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よかった探しの教訓

 「よかった探し」に、一般の人は痛心を救われ、大臣は足元を掬われる

 今村復興大臣が、再度の「失言」で、辞任に追い込まれた。25日の自民党二階派のパーティーで、東日本大震災を「東北だったからよかった」と述べてしまったからである。この発言が菅官房長官に伝わり、首相でもかばうことはできなくなり、更迭方針が決まったという。

 また言葉狩りの犠牲者である。
 報道によると、今村氏の地元・佐賀県の人たちからは、「恥ずかしい」「情けない」と批判の声が上がり、東北の人たちは、「被災者の心をいたぶるような言葉。辞任は当然だ」と憤っているそうだ(嘘くさいが)。確かに、大臣の発言としてはいただけない。
 新聞やTVは、政策決定のニュースより、ケチな大臣のほんの一言で大狂乱する。大臣よりケチなマスコミに気を遣っていたら、まともな人は、一言もしゃべれない。

     枯れてよかった

 しかし、政治家だろうがなんだろうが、正直なことはいいことである。「東北でよかった」とは、すべての人が思っており、核心を突いたいい言葉である。そもそも復興大臣なんかに頼っているようでは、復興はおぼつかない。現に東北人からも、これをきっかけに、「東北でよかった」があふれるようになった。

 しかも、この「よかった探し」は、道徳で推奨されていたはずである。
 むかしテレビの世界名作劇場で、「愛少女ポリアンナ物語」としてアニメ化されたことがある。“幸せ探し”を行う主人公・ポリアンナは、どんな出来事があっても、その中から良かったことに着目する「よかった探し」を行っていた。心理学でも「ポリアンナ効果」で、ネガティブな言葉よりポジティブな言葉の方が、本人や周りの人に良い影響を及ぼすことがわかっている。
 私も若いころ、仕事のことなどで悩んでいるとき、この「よかった探し」に救われた記憶がある。

 反対に今村大臣は、「よかった探し」で、足元を掬われてしまった。
 そして「よかった探し」では、(とくに大臣は)他人の不幸に、「よかった」と言ってはいけないということがよくわかった。これこそ「よかった」と思う。

 まあ、なにごとも、過ぎたるは及ばざるがごとしである。決して、「よかった探し」に巣食われてはいけない(この洒落はしつこい)。
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