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高校生の雪崩遭難

 ここで雪山登山をやめるのは、今回亡くなった人たちに対する冒涜である

 先日栃木県那須で、高校生と教員8名が、雪崩に巻き込まれて亡くなった。これから原因究明に向けての調査が始まり、責任者が洗い出される。報道によると(メディア報道の半分はマユツバ)事故のときの状況は、高校生がやばいと思っていたのに強行したり、雪崩発生時に「伏せろ」と叫ぶなど、ベテラン指導者らしからぬ言動があったという。

 そしてこのような事故があると必ず「行事をやめるべき」と言う人が現れる。実際に文科省は、この事件を受けて、都道府県の教育委員会に緊急の通知を出し、高校生以下は原則として冬山登山は行わないよう、改めて指導を求めたという。

       雪だるま

 しかし、事故があるたびに「全面禁止」するというのは、まるで能がない。登山に限らずなにかやれば、必ずリスクが付きまとう。当たり前である。実際の行動の中でリスクを予知、回避する能力を身に着けていくのが、本来の教育ではないのか。事故は悲しいが、それを活かすことで本物の知恵と力がついていく。ここで冬山登山を止めてしまうのは、亡くなった人たちに対する冒涜である。

 文科省は、教育によって人材の育成をはかる組織である。禁止だけならサルでもできる。事故があればやめてしまうような姿勢では、組織としての存在意義がまったくない。文科省の教育の目的には、「自主的精神に充ちた、心身ともに健康な国民の育成を期すること」とある。大切なことは、批判をうけても逞しく優秀な人材を育て、未来の日本と人類の継続を確実にすることなのである。      死の淵

 ラッセルが必要な雪山登山は、時間と体力のある学生時代にしかできない。そしてその感動は何ものにも代えがたい。
 ここで学校教育による冬山登山を禁止すれば、無知で危険な登山が横行する可能性がある。私の若いころ、まさにそのようであった。さらに若さのはけ口を、覚せい剤や暴力行為に求める者も出てくる。どちらがいいか。
 禁止ではなく、奨励にかじを切っていただきたい。
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