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根拠と論拠

 なぜ国会のような大そうなところで、根拠や論拠のあやふやなものを騒ぎ立てるのか

 いい主張には、「根拠」と「論拠」がしっかりしていなければならない。
 「根拠」とは、主張のベースになる事実、データのことである。「論拠」とは、その事実から主張に至る道筋、理由づけである。これらがいい加減では、説得力のある主張(情報)とはならない。(ISOでも、情報とは『意味のあるデータ』と定義されている)

 たとえば、A社はブラック企業だという主張(情報)があったとする。
 その根拠は、「この会社の一人あたり平均残業時間が、月100時間ある」であった。これが正しいとする。では論拠は、???となる。たしかに普通の人が常識で考えて、100時間は多すぎるかもしれない。では90時間ならいいのか。95時間ならどうか、となる。個人事業主なら残業など無制限である。

 奥が深いのは、この「論拠」の部分である。じつはこれが難しい。「論拠」が異なれば、同じ「根拠」から、異なる主張が生まれる。だからこの論拠というのは、聞く人が共有できるものでなければならない。確実に共有できるものといえば、法律、ルール、基準であろう(それでも完全とはいえないが)。

 「論拠」があやふやだと、「それがどうした」ということになる。苦し紛れに、独りよがりの「人道」や「道徳」などを持ち出したら、それこそ水掛け論になる。

         おかめ 

 いまの森友学園の暴露合戦などは、その典型である。
 たとえば、
 ≪安倍晋三首相夫人の昭恵氏が学校法人「森友学園」の運営する塚本幼稚園(大阪市)で2014年12月と15年9月の2度講演を行った際、いずれも政府職員を同行させていた。3/7時事通信≫
 というニュースが入った。これは政府の答弁だから、事実であろう。

 しかしそこから導かれるのは、「それがどうした」でしかない。せいぜい過去の答弁の食い違いくらいである。
 この事件では、それ以前に「根拠」となる事実、データもあやふやなものが多い。なぜ国会のような大そうなところで、こんなことを騒ぎたてなければならないのであろうか。
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