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失敗者は挑戦者(6月11日)

 失敗者をあざ笑ったり、悪く言う人ほど、自らリスクを取ったことがない。それは、「茹でガエル」と同じである

【リスク(=失敗)のない世界はあり得ない】
 景気が上向き加減と言っても、中小企業者の多くは、その恩恵にあずかっていない。いくらアベノミクスでも、これまでと同じような業態では、生き延びられない。多くの企業は、ものづくりからいろんな業態へと移行していく。その場合でも、以前より良くなるとは限らない。

 また、どんな分野でも変化は激しく、成功することは少ない。 プロ野球やサッカー選手、お笑い芸人、アーティスト、作曲家、演歌歌手を見ればわかる。IT・金融産業もそうである。これらの職業では、いくら能力があり努力を重ねても、たいていは日の目を見ずに消えて行く。他の産業も例外ではない。
 したがって、成功するためには、今までやったことのないことをしなければならない。そうなるとどうしても失敗は避けられない。

【あえてリスクを取れるか】
 かっての高度成長、キャッチアップの時代にはモデルがあり、失敗は欧米に学べばよかった。ところがいまの時代には、モデルがない。しかも何もしないことが、大きなリスクになってしまった。リスクを取って行動を起こさなければ、その組織はなくなってしまう。

 たとえば1999年、日本のH-2ロケット8号機打上げは、制御不具合で小笠原海域へ墜落してしまった。あの時、メインエンジンを広い海域の、それも3,000メートルの深さのところから引き上げて原因を徹底解明し、その後のH-2Aシリーズ以降の成功につなげている。
 人が羨むサクセス・ストーリー(成功物語)の中には、たくさんの失敗が隠されている。「仕事はみな失敗の連続である」と、世界のホンダの本田宗一郎さんは常に語っていた。

 そして、3.11の原発過酷事故を受けて、日本にはこの上ない原発運転のノウハウが蓄積された。今後これを活かせるかどうかが、日本の将来を決めると言っても過言ではない。(ところが現在は、貧乏神の原子力規制委員会に権限を持たせ、リスク回避に汲々としている。) 
 組織を維持するため、さらに70億にも増えてしまった人類を生存させていくためには、失敗が必要なのだ。失敗はその人や企業、国家の素晴らしい財産だといえる。

                最強の美浜原発 R1.17.10
【失敗のすすめ】
 そこで20年前から畑村洋太郎氏は、「失敗学」という考え方を提唱し、文部科学省でも、これを後押ししている。「失敗を恐れてはならない」ということを、官民挙げて研究し、奨励している。すなわち、企業・組織でも、その構成員の失敗をきちんと評価する必要があるということである。失敗を評価し、許容する姿勢がないと、誰もが恐ろしくて、失敗しないような仕事しかしない。そうすると、その企業・組織からは新しいものが生まれず、必ず衰退・消滅していってしまう。

 もとより失敗は、それが致命的にならないような規模で起こることが必要である。その小さな失敗が大きな失敗を防ぐ(大きな失敗でも、その上にはさらに大きな失敗がある。)そのためには失敗の記録を確実に残し、周知させることが大切である。自分の失敗を部下に語ることができない上司(失敗したことのない人)は、部下を育てることができない。

【失敗者は挑戦者】
 批判や評論ばかり達者で、自ら手を下そうとしない人。他人の後追いしかやらない人。彼らはいつまでたっても、大きな仕事はできない。どんな仕事でも最初からうまくいくことはなく、その小さなリスクさえ恐れているからである。

 このような、自らリスクを犯したことのない人ほど、失敗者をあざ笑ったり、悪し様に言う場合がある。しかし、これは聞いていて非常に腹立たしい(福島原発事故処理を批判・罵詈雑言する人は、八つ裂きの刑である)。失敗を恐れ回避ばかりしている組織(世界)は、いつの間にか茹であがってしまう。
  失敗をした人は、挑戦者なのである。 
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