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名古屋城

 自然に埋もれた「見えない城」として、とことん姿を隠した方がいい

 昨日、ある研修のついでに、名古屋城を見学した。
 名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城である。江戸幕府が体制を確立する激動の時代、濃尾平野を見る高台に、巨大な城郭が誕生した。江戸幕府を開いた家康が、大阪城包囲網をつくるため、姫路城や伊賀上野場などとともに築き上げた城である。慶長15年(1610年)1月14日、将軍徳川秀忠が、西国の20大名に名古屋城普請(土木工事)の助役を命じた。

 天守閣は、層塔型と呼ばれる新しい構造で、安定感の中にきめ細かな意匠の凝らされた外観は、独特の美しさを称えている。天守の頂きには、金板でおおった一対の鯱が載っている。鯱には水を呼ぶという伝説があり、火除けのため天守閣上に載せるようになったと言われる。その金鯱には、慶長小判で17,975両分(金量約270キログラム)の金が使用されたそうだ。

 天守閣 H28.12.5 名古屋城から名古屋駅周辺の高層ビル H28.12.5 やっと天守がみえた H28.12.5

 このように能書は素晴らしいのだが、いまひとつ迫力がない。姫路城に比べるのは気の毒としても、これほどの城がなぜパッとしないのか。おそらく、周辺から天守閣を拝むことがほとんどできないからではないか。

 真っ赤な紅葉 H28.12.5 紅葉の土手 H28.12.5 あっぱれ H28.12.5

 姫路城の場合は、遠くからでもその天守の雄姿を眺めることができた。ところが、名古屋城の天守閣は内門に入らなければ、全容を見ることができない。周辺からだと、立木がうまく邪魔してしまっている。今後周りの樹木が成長すれば、ますます隠れてしまうであろう(ただ周囲の紅葉はみごとだった)。

 こうなったら、自然に埋もれた「見えない城」として、とことん姿を隠した方が名を上げるかもしれない。この際福井城も「幻の城郭」として、これを目指すべきである。
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