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テロの原因

 「せっかく援助をしてきたのに」というのは、与える方の視点にしか過ぎない

 バングラデシュのテロ事件について、黒岩揺光氏がブログでおもしろい考察を行っていた。
 日本人の多くは「せっかく援助してあげたのに、なぜその国の人に殺されるのか」と思っているが、これは大きな勘違いかもしれないということである。

 バングラデシュのような国では、国民の大半が貧乏である。周りがみな貧乏だと、自分が貧乏でもみじめだとは思わない。そういうところへ、国連やJICA、NGOなど豊かな人たちが、大勢入っていったらどうなるか。黒岩氏によると、国連の職員の月給は7~80万円。JICA、NGOの人たちでもそれに近い。我々から見ても高いのに、貧困住民から見たら雲の上の人である。

 したがって、このような援助機関が入るほど、そこに超格差社会ができあがる。現地の人たちが逆立ちしても届かないような生活を、彼らは援助に名を借りて行っている。一握りの雲の上にあった富裕層が、次第に身近な怨嗟の対象になってくる。そのような人たちが、自分たちが入れないようなレストランで、女性をはべらして飲食していたらどうか。中には現地の女性に不埒な行為をする人もいるだろう。
 現地の人にとって見れば、次第に鬱積した思いに捕らわれる。

 もともとテロの温床は、貧富の格差である。最貧国への援助はそれを解消しようとするはずが、現実には格差を持ち込んでしまっている。「人類みな平等」、「同一労働同一賃金」などいう平等思想がいきわたり、しかも富裕層の情報が拡散すればするほど、怨嗟の思いは強くなる。

 すなわち、「たくさんの援助をしてきたのに、なぜ殺されたのか」という考えは、与える方の視点にしか過ぎない。いわば「プロダクトアウト」である。
 援助を受ける方は単純ではない。上から目線での援助は迷惑かもしれない。場合によっては、「援助をしたから狙われる」という発想転換、さらには「マーケットイン」の考えが必要なのである。

               恐竜王国
 ただこの黒岩氏のブログに対し、
 ≪お門違いもいいところだ。こいつは被害者の遺族の前で同じことが言えるのか? 安全な場所でネット上に駄文をたれるよりか、発展途上国のために尽くした人々の方が何千倍も美しいわ。≫
 という感情的な反論があるのは確かである。

 しかし今後、同じような被害に遭わないためには、タブーを排除したうえで、テロの真因をきちんと議論することの方が重要なのではないか。どんな場合でも、原因を見極めるのは並みたいていのことではない。         モー 結構  

 そしてこれは、国際援助だけではない。国内における様々な支援制度にも言える。
 すこしずれるが、つぎのようなコメントもあった。
 ≪同じような現象が障害者福祉でも見られる。障害者が100円相当の支援を受けるところに、無数の福祉関係者がぶら下がって、福祉予算を何十万円も消費する。・・≫
  いま騒がれている、保育制度にしてもそうだ。一人当たり30万円~50万円もかけて保育園を作るくらいなら、子供一人につき20万円配ったほうがよほど合理的である。子育てという最重要な仕事は、(保育利権者でなく)母親に全うさせるのが本筋であろう。
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