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御柱祭の死亡事故

 人は必ず死ぬが、祭りは永遠に続く。 祭りはその地域の遺伝子と同じである

 5月5日に起こった長野諏訪大社の「御柱祭」の死亡事故で、弁護士2人が宮司に対し、「男性が転落死したのは適切な安全防止措置を施さなかったからだ」として、業務上過失致死容疑で告発状を提出したという。事故は、大木を垂直に立てる「建て御柱」のとき、高さ15mの木の上から氏子の男性が転落・死亡した。

 この祭りでは、1968年以降、5件の死亡事故が起きている。6年に1回行われているから、およそ2回に1回は死亡事故が発生していることになる。弁護士は、「危険で迫力ある祭りが話題となって集客や収益になるが、生命を軽視し犠牲にすることは許されるものではない」としている。

     御鳳輦 H28.5.03

 大きなお世話である。
 組体操や飲酒運転でも、少し何かあると、すぐに禁止したり中止する。目先だけの短絡的思考が幅を利かせ、だんだん退屈でつまらない世の中になっていく。人々はそれに耐えられず、うつ病になったり、薬物や犯罪に走る。虚弱で打たれ弱い人間ばかりになり、悪徳弁護士にそそのかされた「被害者ビジネス」がつぎつぎ起こる。
 ゼロリスクを求めると、まったく異なるリスクが発生する。たいていの場合そっちのリスクが大きい。多くの場合それは無視する。

 そもそも、人命がそれほど大切か。
 人は誰でも必ず死ぬが、祭りは永遠に続く。祭りは、その地域の遺伝子と同じである。だから人は、つかの間しかない命を、「祭り」という永遠の命に捧げる。生物が子孫を残すのと同じである。

 したがって、人間の一瞬しかない命が、祭り以上に大切だとはとても思えない。参加する人は生物の本能で、この祭りが危険なのは100も承知している。そうでないのなら、祭りに参加すべきではない。
 これが野蛮かどうかは、1000年先の歴史が決める。
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