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生物多様性は必要か

 人口爆発に対応するには、これまでの地球環境とは異なる環境を用意しなければならない

 時間ができたので、久しぶりに本を読んだ。生物学者である本川達雄氏の「生物多様性」である。本川氏は、1992年の「ゾウの時間ネズミの時間」で有名になり、2012年の「長生きは地球を滅ぼす」で人間の本音を暴き、世間に感動を与えた。

 生物多様性の重要性が叫ばれている中、なぜ生物多様性が重要なのかいまひとつわからなかった。かっての本川氏の著作で感銘を受けた私は、彼ならその疑問に答えてくれると思った。
 著書の中で本川氏は、生物多様性のメリットを、つぎのように述べている。

①多様な生物は、人に役立つものを供給してくれる。
 衣食住に多様な彩りを与え、暮らしを豊かにする。遺伝資源を利用して、薬剤などあらゆる可能性の宝庫となる。

②精神的充足、美的楽しみ、宗教、娯楽など文化・文明向上の機会を与えてくれる
 鳥が飛ぶことや植物の葉の機能など、あらゆる生物の生存状況は、われわれに生きる上でのヒントを与えてくれる。

③生物が生きるための基盤となる環境を保ってくれる
 空気や水、エネルギー、食物、土壌、温度など、最も基本的な環境をつくるもので、この主役は植物である。

④他の生物や環境から人間社会への影響を緩和してくれる
 天然のダムである森が洪水や土壌流出を防ぎ、サンゴ礁は天然の防波堤となる。病原菌や害虫の発生を、その天敵である抵抗生物が和らげてくれる。また種の多様性のおかげで、特定作物の不作による飢饉が無くなる。
 重油のような廃棄物も、それを分解するバクテリアが活躍し、処分してくれる。


 さらに、生物多様性条約の前文には、「生物多様性が有する内在的な価値、並びに生物の多様性及びその構成要素が有する生態学上、遺伝上、社会上、経済上、科学上、教育上、文化上、レクリエーション上及び芸術上の価値・・」と述べられている。多様性には、あらゆる価値があるということである。

 また、本川氏は独自の見解として、自分自身すなわち「私」という存在は、自分の肉体だけではないと論じている。自分の思想やそれまでの言動、家や持ち物、もちろん先祖、子供・子孫、ひいては周りの生存環境すべてを「私」とみなしてもいいという。

 たしかに生物多様性は、多様性そのものが持つ価値に加え、われわれに多大な恩恵を与えてくれる。自我の塊のような現代人にとっても、身の回りのことすべてを「私」とみなすことで、自存意識を満足させることができる。

          七福神 しかしながら、生物多様性を謳ったこの本は、以前の「長生きは地球を滅ぼす」に比べ、何とも歯切れが悪い。あまり説得力がないのは、この著作で本川氏が生物学の領域をはみ出し、不慣れな倫理学の分野に、踏み込んでしまったからではないか。以前の、自然科学者としての合理的な考察ではない。

 結局本川氏は、「いま現在の多様性を持つ生態系に、我々は支えられているのだから、今の生物多様性を崩してしまったら、将来世代が生きられないのではないか」という、消極的な推論で括っている。まさにあやふやな「予防原則」である。

           怪しい
 どうも怪しい。
 地球上で生物が発生して35億年。今では1000万種以上とされる史上最大数の多種の生物が存在している。生物多様性が大切だとしても、はたしてこんなにたくさんの種類が必要なのであろうか。生物の中には、我々が忌み嫌うものもたくさんある。チフス菌、コレラ菌、ジカ熱、それを運ぶ蚊やシラミなど、こんなものを大事に保全せよといわれても困る。

 それに、多様な生物の遺伝子から、有用な医薬品が生まれるとしても、これ以上高額な医薬品が必要かどうか。医薬品メーカーが儲かるだけであるし、人間が長生きして困るのは、まさに他の生物ではないのか。
 今ある環境を、そのまま維持しなければならないということなら、75億人もなる世界人口の90%以上を、抹殺しなければならない(人間のようにしぶとい生き物はなかなか死なないのだが)。

 いま我々が悩んでいるのは、これからも世界人口が増えていくことであって、しかもそのすべてが「先進国」のように、過大なエネルギーを求めるようになっていく。それを解決するには、これまでの地球環境とは異なる環境を、用意しなければならない。それが生物多様性だけであるとは、とても思えない。
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