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サルとレミング

 スマホやケータイで集まった、何万という集団はサルだった

 世の中は、自分の思い通りになることはきわめて少ない。その大きな要因が、コミュニュケーションの食い違い、いわゆる「誤解」である。

 西成活裕氏(東大教授)の「誤解学(新潮選書)」と言う本がある。西成氏は、それまでの「渋滞学」、「無駄学」とあわせ、3部作とした。各所に、I・M・V・U等の記号が入っているので、(短期記憶の衰えた)年寄にはついていけない。それでも、ざっと読んだ限り、当たり前のことを学者らしくまとめてあり、結構おもしろかった。

 とくに最後のところで述べている、「科学技術と便利さの誤解」については思い切り納得した。
 すなわち現代社会では、利便性を追求しすぎて、人間の思考能力を損なっている。カーナビに依存して土地勘が退化し、バックカメラなしに後退駐車ができない人が増えている。ウオッシュレットなしに大便できない人もいる。

 さらに社会全体のIT化で、人間がサルになるという学者(正高信男氏)もいるという。
 サルの情報伝達は、人間のように複雑な推論や情報処理を伴わず、「危険だ」とか「エサがあった」など単純なものである。そのため、記号化された鳴き声で充分である。
 スマホやケータイによる情報伝達は、そのまま視覚から入る記号であって、サルの情報伝達手段とほとんど同じである。したがってこれらのIT機器が普及すると、単純な記号に即時反応する人々を作り出してしまう。つまり、人間のコミュニュケーション手段がサル化するとともに、思考能力も衰えてしまう。
 
 人間がサルと異なるのは、即時判断を一時停止し、思考過程を入れることができるということである。このことは、ファスト&スローのところでも述べた。スマホやケータイでの情報伝達は、言語による情報分析に依存しない判断を助長してしまう。
 大勢の日本人がサルになったのは、そのためであろう。

 思い出すのは、数年前から何かあると、国会前を埋め尽くすデモ隊である。彼らは、「反原発」、「反安保」を掲げ、スマホやケータイで拡散して、何万人という集団をつくりあげていた。
 彼らは、レミング集団と同時に、サルの集団だったのである。
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