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高齢者は死ぬ義務がある

 だれもが思っていることが、あたり前になる社会はまだ先である

 曽野綾子氏が最近、週刊ポストのインタビュー記事で語った主張が波紋を呼んでいるという記事があった。
 この記事は、つぎのようなものである。

≪インタビュー記事は、2016年2月1日発売の「週刊ポスト」(2月8日号)に掲載された。「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』を忘れてしまっていませんか?」との問いかけで始まり、曽野さんは「『いくらでも生きたい』は傲慢」「権利を『求め倒し』、医療を『使い倒し』、他人を『頼り倒す』ことは肯定されない」との持論を展開する。2月2日J-CASTニュースより≫

 記事によると、この曽野氏の主張がネット上で大反発を受けているそうである。

≪「長生きは『利己的』らしい」、「あなたからどうぞ、としか」、「『適当な時』は誰がどういう基準で決めるんでしょう」
 ツイッターには、こうした厳しい指摘が相次いでいる。中には「『高齢者は命令されたら死ね』と発言したに等しい」との意見もあり、批判の声は収まる気配がない。2月2日J-CASTニュースより≫

 たしかに、ある程度の反発はあると思う。どんなことでも、100%の賛成などない。

   あの世への架け橋 H27.9.26

 しかし曽野氏の発言は、だれもが思っていることを、自然に口にしただけである。ほんとうにネット上で、大反発だけを受けているのか。大いに疑問である。たぶんこの記事を書いた人は、「曽野綾子憎し」の怨念で、1%しかない反発のコメントを、無理やり集めたに違いない。

 現にこの記事についてのヤフーコメント欄を見ると、逆に賛成意見が圧倒的であった。「大反発」の意見などまったく見られなかった。

≪言ってる事はまともだし、歳を取った人にしか言えない事だと思う。≫
≪正しいと思う。なぜ非難する?≫
≪長生きが幸せとは限りません、曽我さんの意見は大変貴重≫
≪肯定するのはとても難しいがかなりマトモなことを言ってるんじゃないか?≫

 やはり、このJ-CASTニュース記事を書いた人は、かなりな偏見の持ち主であった。このような人が記者として君臨している限り、あたり前のことがあたり前になる社会は、まだまだ先のことなのであろう(それでいいのだ)。
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