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南京事件論争(27年11月13日)

 南京虐殺を確定させてしまうことは、冤罪で捕まった犯人を死刑にすることに等しい

 昨晩12日のプライムニュースでは、先日ユネスコ世界記憶遺産への登録で物議をかもした「南京事件」について取り上げていた。いわゆる「慰安婦」と並び、戦後の日本が巻き込まれた2大歴史冤罪である。

 出席は、秦郁彦氏(現代史家)、藤岡信勝氏(拓殖大学客員教授)、山田朗氏(明治大学教授)の3名である。南京におけるいわゆる虐殺人数について、山田氏は15万人、秦氏は4万人、藤岡氏はゼロ、と、3人の識者の見解は、大きく異なっている。 
 番組では、人数はともかく虐殺事件があったという立場の秦・山田氏2人に対し、ほとんど虐殺はなかったという藤岡氏の論争になった。

 昭和12年に、南京でほんとは何があったのか。
 3人のなかでは、秦氏の話が最も信ぴょう性が高いように思えた。多くの資料・文献を取り上げ、小説の登場人物のような具体的な説明をする。山田氏の説は、殺された人数こそ多いが、内容については秦氏とほとんど同じである。
 一方の藤岡氏は、いろんな証拠を挙げ、民間人を虐殺したことはほとんどなかったと説明していた。捕虜虐殺にしても、戦闘の混乱の中ではやむを得なかったという。それでも、2対1であり、やや旗色が悪い。ディベート大会だったら、秦氏が優勝したであろう。

 しかし、南京事件に関するいろんな文献証拠は、書いた人の主観そのものであるし、客観的な証拠ともいえる写真は、すべてインチキであることが分かっている。だから、さももっともらしいとか話し方がうまいことが、南京事件の真相になるわけではない。もっともらしいストーリーが成り立っただけで、錯覚でそれが本当だと思い込んでしまう、という心理学の研究がある。
 確実に言えることは、南京事件の真相は、誰にもわからないということである。歴史とはそういうものだ。

 したがって、この事件はまさに政治的に利用される。誰にもわからないのだから、「被害国」は、自分たちに都合のいいようなストーリーを作る。それだけである。ここは裁きの大原則に戻り、「疑わしきは罰せず」がいい。そうなるかどうかは、力関係で決まる。
 南京事件を確定させてしまうことは、冤罪で捕まった犯人を死刑にすることに等しい。そんなことになれば、我々は子孫に申し開きができない。
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