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安保がなぜ違憲なのか(27年9月21日)

 偉い人が「憲法違反」と言ったからそうなのだと思うのは、思考を停止しているからである

 新安保法案が決まり、マスコミも落ち着くだろうと思っていたが、そうでもない。大勢のデモ隊が発生したような、国民に興味のあるニュースは、できるだけ引っ張っていた方が紙面を埋めることができる。(このブログもそうだ)

 昨日(20日)の福井新聞朝刊も、「半狂乱」状態であった。前の日に続けて、政治面と社会面のトップは安保法案可決の記事である。とくに政治面はこれ一色である。論説欄も反新安保法案の内容で、もちろん反対の「論陣?」である。例によって、「憲法違反」「立憲主義に反する」「民意を置き去りにした」「理解が進んでいない」という、情緒的な言葉で埋め尽くされている。反対だから、理屈もへったくれもない。たとえば「個別自衛」だけで中国から守ろうとすると、いったいどれだけの軍備が必要か計算したことがあるのか。
 大半のマスコミがそうなったように、一地方紙がここまで「偏向的」になるとは思わなかった。

 また違憲論の根拠として、よく昔の法制局長官や元最高裁判所長官が引っ張り出される。その論説意見の内容をよく見てほしい。彼らでさえ、「違憲である」「政府の合憲論は筋が通っていない」「平和主義を破壊する」というだけである。せいぜい過去発言の整合性を捉えた、重箱の隅をつつくような枝葉の議論である。法案の中身を誤解している人さえいる。なぜ違憲なのか、理由がさっぱり伝わってこない。
 それに彼らはあくまで、もと責任者である。失礼ながら「化石」である。過去の自分の発言を否定するはずがないし、いまの時代環境にあった法整備に責任を持っていない。意見を聞くのはいいが、現世の責任者がそれに左右されたら、それこそ無責任である。

 偉い人が「憲法違反」と言ったからそうなのだと思うのは、思考を停止しているからである。だから、デモ隊をはじめとした、国民の半分が騙された。それに、考えない人に対するマスコミの力は大きい。

                 胎内くぐった H27.9.05

 ちなみに私が考える安保合憲の根拠は、つぎのようなものである。このうちどれか一つでも正しければ、新安保は正当である。それなのに、どの一つに対してさえ、私が納得する反対論を聞いたことがない。

①国際法のほうが各国憲法より優先度は高い。各国が勝手に憲法で権利を主張したら、収拾がつかないからだ。その国際法(国連憲章)では、どの国も自衛としての集団的自衛権は認めている。個別自衛だけでは国を守れないし、軍拡競争になるのを防ぎたいからである。

②その前に、日本国憲法に集団的自衛はいけないとは一言も書かれていない。自衛には、個別自衛と集団自衛の区別などない。ましてや今度のは極めて限定的である。もちろんこれまでも、自衛のための措置はいいとされていた。

③憲法の解釈は、環境の変化に合わせて変えないといけない。変えない方が無責任である(憲法も変えるべきであるが、欠陥憲法のためできない)。
 ただそれができるのは、国民に選ばれた政治家だけである。過去の裁判官、憲法学者や評論家、野党、マスコミ、100万人のデモ隊、いい加減な世論調査ではまったくない。

④その合憲判断ができるのは、現時点での最高裁判所だけである。その判断根拠は、現実の環境に合わせなければならない。それができていないのが大問題であるが。

⑤そもそも、皆が絶対的なものだと信じている今の日本国憲法が、どうも怪しい。いまの国民ほとんどが知らないうちに決まったし、だれも正式に認めた覚えなどない。

 これらは政治家は大きな声で言えなかった。ほんとのことを言うと、落選するからである。
 したがって、国民が自分の頭で考えるようにならなければ、肝心の経済も成長しない。国家安定の基盤は何と言っても、(軍事ではなく)経済である。そのためには国民各自が、自らの仕事を充実させることである。安保論議ではあまり考えなかった国民も、より重要な自分の仕事のことには、もっと頭と体を働かすべきであろう。
 (えらそうに説教するな!・・と言われそう)
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