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戦争体験談の落し穴(27年8月21日)

 強烈な体験ほど、そこから法則を導こうとして勘違いが起こる

 昨日も書いたが、8月は先の大戦時の被爆者や空襲被害者など、語り部としての出番が多くなる。彼らは、自らの悲惨な体験を述べたあと、必ず「戦争を繰り返してはいけない」と述べる。同じ内容の話を繰り返すのだから、内容は練り上げられ、訴える力は大きい。

 しかし彼らの体験は大部分、直接の戦闘行為から発生したわけではない。戦争でなく、「ホロコースト」の類である。これと普通の戦争を混同すべきではない。被害のあり方がまったく異なる。国家間の謝罪姿勢に無知な人たちが、日本とドイツを比較したがるのと同じ間違いを犯す。

 どう違うのか。
 いわゆる東京裁判やニュルンベルク裁判では、戦争に関する罪は、つぎの3つに分けられた。

A;平和に対する罪。侵略戦争を行ったこと
B;通常の戦争犯罪。民間人や捕虜虐待、殺害など
C;人道に対する罪。政治、宗教、人種による迫害、ホロコースト・・直接戦争には関係ない

 ここで語り部の語っている悲惨な戦争体験は、おもに米軍が行った原爆投下や東京大空襲、ロシア兵の暴行など、民間人に対する無差別殺戮である。これは完全にCの領域である。(戦争の延長ではあるが)直接の戦闘で残虐行為が行われたのではない。戦争があってもなくても、このような行為は起こる。
 むしろ、「正式な」戦争でない方が、大虐殺が起こりやすい。600万人ものユダヤ人に対するホロコーストや、中国軍のチベット人大虐殺など、無抵抗な平和主義民族に対する非道な行為は、枚挙にいとまがない

 したがって、われわれ民間人が悲惨な被害に遭わないためには、国家がしっかりした軍隊を保持していなければならない。
 語り部の方々は、体験だけを語っていただきたい。強烈であるほど、その体験から法則を導こうとするから、勘違いが起こりやすい。自らの経験を普遍化できるのは、聖人だけである。

               赤富士
≪戦後補償に関する日本とドイツの違い≫

 ちなみに、ABCの犯罪に関してどのように対処したのか、日本とドイツとを比べてみよう。
 西尾幹二氏や木佐芳男氏によれば、ドイツは、C(人道に対する罪)に対してだけ謝罪を行っている。ドイツは、ナチスに罪をかぶせ、個人補償だけ行ってきた。ユダヤ人に対する大量虐殺は、あまりにも大規模であったし、動かぬ証拠があるからである。戦後のユダヤ社会からの圧力もあった。国家賠償に比べて個人補償の方が、社会的なインパクトは大きい。だから国際社会は、コロッと騙された。
 だがドイツは肝心のA、Bについて、国家間賠償はまったく行っていないのである。

 一方で日本は、A、Bについての国家賠償を中心に行ってきた。その中にBの戦争犯罪に対する個人補償も包括している。国家間賠償とはそういうものである。したがって、Cに関しての個人補償は行っていない。そもそも、ホロコーストのようなC(人道に対する罪)は行っていないのだから当たり前である

 ここでも、日本という国の何とも言えない「お人好しぶり」があらわれている。もういい加減、外国に対する謝罪は慎まなければならない。そうでなかったら、未来永劫周辺諸国に頭が上がらなくなる。われわれの子孫を、そんなヤクザ国家に付きまとわせてはいけない。
 いくら風当たりが強くとも、これは今の世代の大きな責任である。
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