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ストーカーとヘイトスピーチ(27年7月7日)

 いびつではあるが、ストーカーもヘイトスピーチも愛情表現の一つである

 韓国の横やりで難航していた、「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録が決定した。登録間際になって韓国は、「強制徴用」を施設の説明に反映させるよう求め、日本はその主張を踏まえ、歴史的な事実関係の範囲内で明示するとの立場を示していた。

 それにしても韓国はしつこい。この件については外務大臣同士で、決着がついていたはずではなかったのか。これをきっかけに徴用工問題に尾ひれがつき、抜き差しならない外交問題に発展する可能性も大きい。慰安婦問題と同じである。
 まさに、国を挙げてのストーカーである。

 ストーカーとは、特定の人に付きまとう人のことである。stalk(=こっそり追跡)し、何か機会があれば襲い掛かる。ヘイトスピーチより陰湿で、たちが悪い。

 ヘイトスピーチとは、ある事柄で対立している方の言論のことを、反対側が苦し紛れに発する定義である。「憎悪表現」」「差別的表現」「差別言論」などと訳されている。

 このストーカーやヘイトスピーチの対象になっている人にとって見れば、しつこく粘着されるのは、うんざりするしうっとうしい。どうか無関心でいてほしいと思う。

       厭なヤドカリ

 しかし、「愛の反対は憎しみではなく無関心」である。これはインドで、貧困と病気の人々を支援したマザーテレサの言葉らしい。

 夫婦間でも、最初は会話を盛り上げようとしていたのに、そのうち話が途切れがちになる。受け答えも、目を合わせることはない。どこへ行こうが、誰と出かけようが興味がない。帰りが遅くなっても理由は聞かれない。こうなったらおしまいである。喧嘩の方がましかもしれない。

 いびつではあるが、ストーカーもヘイトスピーチも愛情表現の一つである。虐げられている人々のガス抜きでもある。したがって、もしストーカーやヘイトスピーチが無くなったらどうなるか。もっとおぞましい事件続くであろう。
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