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除夜の鐘

 除夜の鐘より、わけのわからない曲しか流さない紅白歌合戦を止めて欲しい

 最近、大晦日の除夜の鐘を取りやめる寺院が相次いでいる。報道では、ある札幌の寺院が市民からの苦情で、鐘つきをやめるという。数年前から匿名苦情が数十件あり、同じくらい継続を望む声もあったらしい。継続を望む人の多くはわざわざ連絡しないから、全体の割合で言えば、苦情はほんの一部であろう。
 もっとも寺院側にしたら、これ幸いと面倒臭い鐘つきをやめたのかもしれない。苦情は、その口実を与えてしまった。

 おそらく苦情を発するのは、日本文化になじみのない人である。そして間違いなく、社会に我慢とか寛容が無くなってきた。外国人の苦情なら話は早い。だが日本人に、寛容の気持ちが無くなってきたとしたら、事態は深刻である。

               除夜の鐘

 つまり民主主義の弊害である。さもしさが増幅し、わがまま根性を抑えるすべが失われてしまった。表現の自由・言論の自由を盾に、自分以外の自由や行動を認めようとしない。セクハラ、パワハラ、マタハラのほとんどは、お互い様である。最近やたらと訴訟が増えたのは、増えすぎた弁護士を養うためとしか思えない。

 幸いわが地元福井ではまだ、除夜の鐘を止めるという話は聞いていない。だが住職やその檀家はみな年を取って、深夜の鐘をつくのはしんどくなってきた。そのうち苦情をきっかけに、取りやめるところが出てくる。それなら、除夜の鐘が煩いと言うのは、寺院に対する思いやりである。

                青臭い音楽家

 むしろ除夜の鐘より、NHKの紅白歌合戦を止めたらどうか。わけわからない歌ばかり増えたので、20年前からほとんど聴いていない。そもそも、NHKの存在が疑問である。
 こちらのほうは、いくら苦情があっても止める気配はない。
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年の終わり

 まもなく今年も終わる。いろんなことがあった

 まず45年の運転歴はじめて、大規模な交通事故被害に遭い、車を買い替えた。
 相手は80代老人である。運転中意識が無くなって中央線をはみ出し、反対車線からぶつかってきた。私もときどき、運転中意識が無くなる。他人事ではない。修理なら全額保険適用できたのだが、大枚はたいて自動ブレーキ付き新車を購入した。

 じつはこの秋には、私の実弟も自動車同士の衝突で車を全損し、新車を購入した。
 イノシシ年は、車も見境がない。

                いじけた猪

 そして99才の父親が、老衰で亡くなった
 8か月ほど在宅介護が続き、家中で険悪ムードが漂い始めていた。それまで、父親より息子の私のほうが、あの世に近いと思われていた。修羅場を演じることなく、最悪の事態を免れたのは幸いであった。
 ややこしい相続手続きも、アタフタしながら終わらせることができた。
 こんどは、私の番である。

 その他、深酒すると必ず意識が無くなるようになった。おそらく、ここに書けない恥ずかしい出来事もあったと思う。
 残念ながら、オリンピック競技には出れそうもない。金メダルは、永遠に無理である。
 それ以外なら、来年は必ずいいことがある。

大掃除と整理整頓

 捨てることは「善」であるという意識を「MOTTAINAI」文化の日本で定着させるのは難しい

 今日は、仕事部屋の大掃除と工具類の整理整頓をした。余計なものがたくさんあるので、まったくはかどらない。この1~2年、「終活」のつもりでずいぶん捨てたつもりなのに、またわけのわからないものが、大量に溜まってきた。
 
 ものづくりに限らず、業務効率化の基本は、整理整頓である。モノや情報、時間、方法を有効活用する。そんなことわかっているはずなのに、きちんと整理・整頓ができている人や組織はほとんどない。人に説教する私自身すら、例外ではない。

 なぜできないか。そのことについて、本ブログで書いたことがある。つまり、整理整頓ができないのは、エントロピーの法則、「秩序あるものは必ず乱れる」という自然界の法則が働いているからである。
 じつはそれだけではない。
 自然界の法則に加え、心理的な制約もある。

                説教

 整理整頓するためには、まず「整理」できなければならない。それが難しいのである。
 なぜ、整理(捨てること)ができないのか。
 人は、「損失回避バイアス」を持っているからである。つまり利得の喜びより損失の痛みの方を感じやすい。たとえば、「コイン投げで、表なら1500円貰えるが、裏なら1000円払う」場合は、ほとんどの人は参加しない。

 すなわち「整理」すればなにかを失う。なにかしら痛みを感じる。ムダが減って利益をもたらすとわかっていても、最初に「損失回避バイアス」が作用してしまう。損失の痛みは確実に発生するが、最終的に利益をもたらすかどうかはわからない。だから「整理」するには、きわめて勇気が必要である。

                ポイ捨て禁止

 では、思い切った「整理」ができるためには、どうしたらいいか。
 「損失回避バイアス」において、たとえば先のコイン投げで貰える金額が2倍以上になると参加者が増える。宝くじのように、何十倍にもなるならもっと多くの人が参加する。つまり、「整理」のリターンの大きさを、きちんと認識すればいいのである。なにかを得るためには、まずなにかを失わなければならない。難しいところではある。

 もっとも、損失回避だけではない。捨てることは「善」であるという意識を、「MOTTAINAI」文化の日本で定着させるのは難しい。今日の大掃除では、30本あまりのドライバーが出てきた。もちろん、半分もいらない。これを直ちに捨てられるか?
 「整理・整頓」は、人類永遠のせめぎ合いである。

頭がいいとは何か

 もともと空っぽの頭は、それ以上「無」を感じることはできない

 いろんな人の話を聴いたり、TVを見ていると、世の中にはじつに頭のいい人がいる。複雑な問題を瞬時に解決し、筋を通して説明する人は、つくづく羨ましい。豊富な知識と言葉を組み合わせ、素晴らしい理論を組み立てることができる。

 以前、経済学者の高橋洋一氏は、頭の良さについて、ある著書で次のようなことを言っていた。
 「頭が悪いのと根気がないのって、ほとんど一緒」、「壁にぶち当たったところで、匙を投げるか、必死に食らいつくか。そこの違いが大きい。」、「いつでも匙を投げてしまうと、物事を持続的に考える力が育たないから、考える力そのものがなえちゃう」、「・・・深く考えて、自分の頭でスーッと展開できるようになると、すごく早く処理できるようになるんだけどね。・・・・頭の中にそういう回路をつくっていく感じ」

 すなわち頭が良い人とは、根気よく物事を考える人である。
 たしかに、手におえないと思っていた複雑な事象も、時間をかければ理解できることがある。あきらめたら終わり。製品や技術開発も、成功の秘訣は「うまくいくまで続ける」ことであった。繰り返すことで、考える力も訓練できる。

               くるくるパー

 しかし、高橋氏は、東大理学部と経済学部を出て大蔵省に入り、東大法学部卒のキャリア官僚からも、一目置かれていた。われわれ凡人とは、かけ離れた頭脳回路を持っているはずだ。理論要素を有機的に結びつける力である。

 さらに、論理を組み立てるためには、根拠となる膨大な事柄を記憶していなければならない。優れた記憶力と記憶の蓄積が必要である。検索エンジンでは時間がかかりすぎる。私のような凡人には、その知識量が絶対的に足りない。悪いことに、いくら詰め込んでも、それ以上に忘れる。
 
 斬新なアイデアを出すには、いったん頭を空っぽにしろと言われる。それには、「禅」がいいらしい。だが、「禅」を何度やってもそのような心境になれない。
 もともと空っぽの頭では、「無」を感じることはできないのである。

エネルギーの活用

 原発なしのエネルギー政策は、ぬるま湯で死んでいくゆで蛙そのものである

 エネルギー開発は、日本が持続・発展するための、最重要課題である。エネルギーの安定確保と効果的な活用がなかったら、日本はもとより人類の未来が奪われる。
 そのエネルギーの基本は電力である。

 すべての電力発生装置には、必ず長所と欠点がある。長期的に安定して電気を送るためには、その長所と欠点をうまく取り入れ、バランスの良いエネルギー源を求めなければならない。

                微妙なバランス

 問題の多い太陽光発電にしろ、すこしは利点もある。夏の日差しの強くて冷房需要が最も多いとき、それなりの発電をする。ただ大きな問題は、あまりにも不安定なことである。電力系統では迷惑以外のなにものでもない。春・秋の一番電力需要が少ないとき、最も発電量が多いなど、ジャストインタイムの反対、ムダの権化である。火災の原因になるし、償却後の廃棄方法も厄介である。

 火力発電は、技術が確立され燃料確保さえできれば、品質の良い電力を供給できる。アイドリングしておけば、再エネのバックアップとしても使える。だが燃料の9割を中東に依存し、供給も価格も不安定である。効率性追求のための高速タービンは周波数変動に弱く、大停電の恐れもある。

 また水力発電は、出力調整がしやすく、揚水による蓄電もできる。しかし、国内に大規模の水力発電を開発できるところは無くなった。

 そして原発である。原発はまさに、安定電源の神様のようなものである。一度燃料を入れたら、数年は愚直に働き続ける。燃料は安いし、ライフサイクルでの安全性はピカ一である。しかし福島の事故のため、日本国中には重篤な原発アレルギー患者が広がってしまった。

 あとは、これらの電源の長所と短所を生かし、品質の良い電気を継続的に提供するしくみをつくる。途上国に比べて所得の高い日本では、少しぐらい高くても大きな負担にはならない。むしろ国内で回るお金なら、いくら高くてもいい。

プロトン冷凍技術

あらゆるものが冷凍保存されるようになると、まちがいなく電気の使用量は増大する
 
 最近の冷凍技術の進化は目覚ましい。つい間近は新しい発想の、プロトン冷凍技術が実用化されている。おせち料理など、あらゆる食材を新鮮なまま凍結できる。冷凍でもほとんど味が変わらない状態で、長期間保存できる。
 何が違うのか。

 むかしの通常冷凍は、食品中の水分がゆっくり凍るため、結晶となって体積が膨らみ、細胞を破壊してしまう。解凍したとき水分が流れ出るなど、冷凍以前の組織を維持することができなかった。
 そこでつぎに急速冷凍技術が出てきた。流体を対象物に当てることで急速に冷やす。その当て方や、流体の工夫で性能の差別化をはかっていた。とくに低温液体は高い熱伝導率を持つため、急速冷凍効果が大きい。いずれも、細胞内の水分すべてが凍る前に部分氷結させ、細胞の破壊を防ぐ技術であった。
 ただこの方法だと、対象物の表層しか急速冷凍できない。そのため、ブロック状の肉や大きな魚などは、冷凍用に加工するなどの工夫が必要であった。

               水素結合

 そこで実用化されたのが、冒頭に挙げたプロトン冷凍という、まったく新しい原理の冷凍技術である。
 これはプロトン、つまり原子レベルでの磁力作用を活用する。
 図のように、水は水素原子2個と酸素原子の共有結合である水分子どうしが、ゆるやかに水素結合している。水素結合はゆるいので、液体では上下左右バラバラに動き回っている。零度近くになると、動きが遅くなり水素結合がはじまる。そこで、水分子のマイナス側(O)とプラス側(H)がつながっていく。これが氷の6角結晶で、すきまができ体積が増える。
 
 プロトン冷凍は、この原子結合状態に着目した。
 すなわち、冷凍対象物に磁力線を当て、水分子のマイナス側(H)とプラス側(O)を矯正することで、水素結合をなくし分子が結晶することを防ぐ。氷になっても6角結晶しないので、体積はそのままである。

 まさにコロンブスの卵である。水の分子レベルでの挙動や性質を知っている人なら、思いついても不思議ではない。
 そのおかげで、まったく次元の異なる冷凍技術を開発することができた。

                飛躍

 この技術はいつ開発されたのであろうか。
 過去の特許文献を検索したら、平成11年に「特開2000-325062」が出ていた。どうもこれが最初らしい。もちろんその後も各社から、改良特許が出ている。20年前のアイデアが改善を重ね、ようやく実用化されたのである。

 冷凍技術が進んでいくと、食材の廃棄は少なくなる。だが、あらゆるものが冷凍保存されるようになると、まちがいなく電気の使用量は増大する。
 最近開発された、レーザー照射で鉄骨の錆をとる技術も膨大な電力が必要である。世界人類100億人に無駄なく食料をいきわたらせ、インフラを維持していくためには、ますます高密度なエネルギーが不可欠となる。

処理水の処理

 いまのように大騒ぎして、「出すぞ、出すぞ」と言っていたのでは必ず反対が起こる

 政府は23日、福島第一原発のタンクに保管された処理水の放出を前提に、有識者会議の報告書案を公表した。実現可能な放出方法として「希釈して海洋に放出」「蒸発させて大気に放出(水蒸気放出)」「その併用」の3案を示したという。

 いま処理水は、敷地の1000基あるタンクに約110万トン溜まっており、さらに毎日約170トン増えている。そろそろ限界である。ただ海洋放出、水蒸気放出のいずれも、自然放射線による影響の1000分の1以下で、人体にまったく影響ないことは自明である。
 いまさらこんなことで、小田原評定を続けているのは、なんとも情けない。

 ところがいくら安全でも、いまの日本ではすんなり受け入れられるとは思えない。国民のほとんどは3.11福島事故のあと、悪質なプロパガンダに洗脳され、重篤な放射脳病に罹ってしまった。いったん思い込んだ感情は、梃子でも動かない。まさにバカは死ななきゃ治らない。だから韓国から、理不尽な嫌がらせを受けるのである。

                親子狸 

 こんな日本では、いまさら処理水処分で「国民的コンセンサス」などできるわけがない。
 ではどうしたらいいか。4つの案がある。

 ひとつは、強制的に排出することである。
 これは、民主主義国家の日本では無理である。北朝鮮か中国に占領され、独裁政権が日本を牛耳れば可能になる。積極的に採用したい案ではない。

 つぎに人知れず、シレッと流してしまうことである。
 いくら安全な処理水でも、いまのように大騒ぎして、「出すぞ、出すぞ」と言っていたのでは、必ず反対が起こる。有識者会議を繰り返し、時間がたつほど反対派の団結も強力になる。金も絡むから、どんどん話はややこしくなる。
 それなら、小田原評定を延々と続けている間に、少しづつ垂れ流していけばいい。
 最終的に責任者は処罰される。だが覆水盆に返らず。歴史的な国民的英雄になる可能性もある。

 一番いいのは、タンクに溜まった処理水を、貴重な有価物として販売することである。
 汚染水とか処理水というから、みなが嫌がる。「ラジウムイオン水」して販売すれば、必ず購入する人が出てくる。健康水として飲んでもいいし、風呂水とするならラドン温泉を超える。タンク買いで、抗菌洗浄液としても使える。そのうちブランド価値が高まり、最初に購入契約した人は、大金持ちになる。

 最後の手段として、北朝鮮あたりのスパイをそそのかし、処理水のタンクをつぎつぎ爆破させる。ミサイル直撃のほうが現実的かもしれない。流れてしまったものは仕方がない。風評はあきらめてもらう。それでも、いまのままズルズル行くより、はるかにましである。

日韓関係の終わり

 観光産業が打撃を受けても、カネのため心を売るようなことは、絶対してはいけない

 安倍総理は、中国の成都で日中韓3か国の首脳会談に出席し、さらに日韓首脳会談に臨む。日中もさることながら、日韓の間には喫緊の課題が横たわっている。まともな日韓首脳会談は、1年3か月ぶりらしい。
 その日韓首脳会談では、いま大きな懸案である徴用工問題に触れる可能性がある。韓国側は、何らかの形で日本側が賠償に加わることを望んでいる。

 日本の「植民地支配」にこだわるマスコミや知識人も、韓国政府の立場に立っている。今朝のTV朝日モーニングショーコメンテーター二人は、韓国民の気持ちを考えたら、いつまでも謝罪し続けるべきだと言う。このままでは、日本の観光産業が打撃を受け、韓国にビールや乗用車が売れなくなる。いいことはないという。

                恨めしや

 しかしこの問題で、日本側は譲る気配はないし、絶対に譲ってはいけない。
 もういくらなんでも、謝罪疲れである。
 韓国からの観光客が激減し、日本のビールや車が売れなくなっても、日本人が飢え死にすることはない。多少のお金に目が眩み、カネのために心を売るようなことは、絶対してはいけない。

 そもそも、日本が韓国を植民地支配し搾取したという話こそ、被害妄想の韓国人が作り上げた詐欺話にすぎない。万一、韓国を搾取したのがほんとだとしても、もう充分に償ってきた。これ以上しつこく集られたら、日本が腐ってしまう。その前に、共倒れ覚悟で相手を殺すのは、ミステリードラマと同じである。

じじいの道 (替え歌シリーズ②)

 新作「じじいの道」です。
 ピンカラ兄弟、「おんなの道」のカラオケ伴奏に合わせて歌ってください。

(1)
 私がささげた 年月(としつき)で
 醜(みにくい)い姿に 変わって泣いた
 老いた私が いけないの
 2度とみないわ 鏡(かがみ)なんか
 これがじじいの道ならば

(2)
 小便(しょうべん)漏らすし 涎(よだれ)も垂らす
 濡(ぬ)れた下着(したぎ)と 顎(あご)の下
 どうしてこんなに 緩(ゆる)んだの
 2度と入れ歯を 外(はず)さないわ
 これがじじいの道ならば

(3)
 暗いあの世へ ひとすじに
 行けば地獄(じごく)の 灯がともる
 きっと落ちるわ 血の池に
 2度と灯りを 見せないで
 これがじじいの道ならば

              じじいのみち

 前回の「じじいよ」につづく、じじいの替え歌シリーズ第2弾となります。ひとりクリスマスの自虐ソングです。
 人前で歌う方は、「ピンコロじじい」と名乗ってください。


(追)
 替え歌のタイトルは、「ババアの道」がいいと言われました。どうでしょうか?
(追2)
 反発が怖いので、本文はこのままにします。
 歌われる方はご自身(自己責任)で、 じじい⇒ババア に代えて歌ってください。

金融機関への不信

 世の中には、永久に使用されない預貯金、国債、投資資金などがわんさか眠っている

 今年父親が亡くなったとき、相続手続きの必要な資産は、土地と郵便貯金の2種類だけであった。それでも充分すぎるほど厄介であった。時間余裕のない現役世代なら、とてもできなかった。政府は、相続手続きを複雑にすることで、関連の士業をサポートしているといえる。

 そのつぎ、私自身の相続を考えてみると、まことに心もとない。
 相続したばかりの、土地については、まだ証書のありかを覚えている。だが預金など金融資産は、ほとんど妻が管理している。どの銀行に預貯金がどれほどあるのか、さっぱりわからない。国債を買ったといわれても、証書があるわけではない。おそらく、先に妻が亡くなったら、私の金融資産の半分はどこかに消えてしまう。

               金が飛んでいく

 ものづくり企業では、在庫の3割は不良在庫とされる。また商品券の2割以上は、期限切れなどで使えなくなる。それ以上に、永久に使用されない預貯金、国債、投資資金などが、わんさか眠っているのではないか。いくら業績が悪くても、金融機関が潰れないわけがわかったような気がする。

 すなわち政府の赤字国債(つまり借金)の大半は、個人の不良在庫として、金融機関に眠っているのである。お金は、天下の回りものではない。かならずだれか、胡散臭い人々の懐に入る仕組みになっている。
 
                タヌキの金玉
 ではどうしたらいいか。
 問題なのは、お金が眠っていることである。
 それなら、パァッと使えばいい。国は赤字国債など気にしていたら、供給力が無くなり国力は弱る。政府はどんどんお金を遣い、国力を高めていけばいいのである。それが政府の役割である。「桜を観る会」で5000万円しか遣わないのは、いかにもみみっちい。

日本の法制度

 複雑な法規制のため起業者は2の足を踏んでしまう。日本が停滞する大きな要因である

 消費増税がはじまり、3か月経過した。増税だけで重圧なのに、軽減税率が取り込まれたことで、混乱に拍車がかかる。厳密に適用すると、とんでもない負担が発生する。ただでさえ、複雑な税制がいっそうややこしくなった。
 こんなつまらないことに、頭脳明晰な会計士が振り回されるから、優秀な人材が枯渇するのである。

 もちろん企業を経営するなかで、ややこしい法律はこれだけではない。
 働き方改革で複雑になった労働関連法案がある。労働基準法も大幅改定になった。労基法も税法に負けず劣らず複雑な法律である。労働者の賃金や労働時間をからめたややこしい規定を、まともにクリアしている中小事業者はどれだけいるのか。パワハラ・セクハラの定義もわかりにくい。事業承継に係る法律も、いろんな分野の専門家が束になってかからなければ、高額な税金で首が回らなくなる。

 税法や労働法は、まだ生易しいかもしれない。厳しいのは、業界特有の法律である。医療や介護、建設、環境など厳しい規制や資格の山を乗り越えなければ、事業そのものができない。農林漁業などのように、業界特有の利権もある。

               働き?アリ

 いまの法律はあまりにも複雑すぎる。いろんな解釈の余地があるから、すべての法律を100%遵守している企業は皆無である。叩いて埃の出ない企業はない。また新しいことをやろうとすると、必ず何らかの法律に引っかかる。

 法律を作る人は、企業の弱みを握れば、天下りに有利である。そのため官僚は、誰も理解できないような法律をつくる。世の中、どんどん複雑になって身動きが取れなくなる。これでは生産性が上がるはずがない。もちろん、新しく従業員を雇って事業を起こそうとする人は、確実に2の足を踏む。これで日本が停滞する。

歴史戦と思想戦(2)

 いつまでも負け犬根性では、われわれ世代の恥が永遠に刻まれる

 「歴史戦と思想戦」(1) (山崎雅弘氏著)の解説の続き。山崎氏の考え方と、それに対する反論を⑤~⑧に示す。

⑤独立した東南アジアはコミンテルンに感謝すべき
 コミンテルン(ソ連の諜報機関の出先)の謀略によって日米戦争が起こったという説がある。その結果、日本は列強に支配されていた東南アジア諸国を攻撃した。結果的に独立に導いた。それなら、アジア諸国はコミンテルンに感謝しなければならない。

 しかし日米戦争が起こらなくても、日本は東南アジアの欧米植民地に侵攻していた。
 東南アジアが勇気づけられたのは、はじめて有色人種が白人支配に立ち向かい、一定の地位を築けることが分かったからである。アジアで白人の軍隊を破ったことだけでなく、日本が植民地支配を免れるため、富国強兵をなしとげ、日露戦争で勝利したことすべて含まれる。
 

⑥「戦後日本人はGHQのWGIPに洗脳された」というストーリーはウソである
 GHQのWGIP(ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム)は、日本国を「大日本帝国」を切り離し、日本国民に民主主義を根付かせようとしたものである。「真相はかうだ」などの放送を通し、それまで知らされていなかった軍部の「悪行」を明らかにした。日本でのGHQ教育プログラムは、諸外国で行われているものと同じ内容であって、洗脳ではない。「自虐史観」でなく、諸外国の歴史教育と変わらない。

 しかしGHQの手によって、国家を骨抜きにする「平和憲法」がつくられ、周辺諸国から侮られる国になってしまったのは事実である。実質的に改憲もできない。思想的にも、公職追放やプレスコード・ラジオコード検閲によって、大学や放送局など中枢機関は、GHQ脳で固められた。そのため今に至るまで延々と、左翼的思考の学者やマスコミが拡大再生産されている。
 これらの人々がつくった歴史教育プログラムなら、日本を悪い国にしておきたい諸外国と変わらないのは当然である。しかもGHQは、宮家の多くを廃止。その時限爆弾が日本を蝕んでいる。まさにいま万世一系の天皇家が危うい。

               継体天皇像 h30.11.18

⑦慰安婦像に対抗した姉妹都市解消宣告は、逆効果となる
 大阪市の市長が、「歴史として定まっていない」として、慰安婦像を建てたサンフランシスコと姉妹都市を解消しようとするのはまちがっている。歴史が両論併記されているのは、旧日本軍が記録を焼却したからである。旧日本軍の悪行は実証の積み重ねによって、多くの歴史学者によって証明されている。アメリカで慰安婦像が数多く建てられているのは、人権尊重の国だからである。

 しかし、慰安婦像はどうみても嫌がらせである。中国・韓国の主張する「実証」などは、なにひとつまともなものがない。放っておくと、あることないこと事実とかけ離れた物語が、事実として歴史に残ってしまう。
 また慰安婦像の多いアメリカの地域は、中国・韓国系の住人が多い。歴史戦は、日本より中国・韓国がはるかに力を入れている。日本の100倍もの予算で、日本を貶め、劣等感を持つ国にしようとしている。中国共産党は韓国と共謀し、歴史戦で日本を封じ込めようとしている。そんな理不尽なことを、黙っていてはいけない。


⑧日本の名誉を高めるには、「大日本帝国」の非人道的行為について反省すること
 戦後の日本は、かっての「大日本帝国」の精神文化を継承していない。したがって、過去の行為を反省し、南京で起きたことや慰安婦問題の解明を行うことによって、「日本国」として世界での名誉は高まる。

 まともな日本人なら、祖先の文化や行ったことを無条件に否定することなど、できるはずがない。そもそも南京問題や慰安婦問題は、中国や韓国からのいわれのない言い掛かりである。証拠はインチキだし、証言は間違いか誇張されている。日本人はそれに反論しているだけである。無いことをあるといわれ、反発しなかったらアホである。もし起こったことが事実なら反省すればいい。

                丸メガネ

 その他、この本に書かれていることのほとんどは、山崎氏自身の偏向レンズで見たものでしかない。これだけみごとに、一方的な歴史感を集めた本を見たのは初めてである。ふつうなら、いくら左翼の書籍でも一部納得するところはある。


 イラク戦争やライダハンなど、日本以外でも残虐な戦争犯罪を批判される国は多い。
 その明らかな事実でも、アメリカ、ロシア、韓国などたいていの国は、批判を無視するか、言い訳に終始している。一方、誠実な日本人は、事実を検証することなく、無条件に認めてしまう。
 だが事実でないことは、事実として認めるわけにはいかないのである。日本人の誠実さとお人よしに付け込んで、弱みを握ろうとする諸外国。その外国に絡み取られた国内の手先を、断じて許すわけにはいかない。いつまでも負け犬根性では、われわれ世代の恥が、永遠に刻まれてしまう。

記述式問題見送り

 どんな変化にも臨機応変に対応できる能力が、いまの時代には求められている

 先日文科大臣は、大學入試共通テストで再来年から導入される予定の国語と数学の記述式問題を見送ると表明した。もともと共通テストでの記述式は、公平性が担保出来ないという声があった。力量ある採点者を確保できないことも指摘されていた。
 この少し前には、英語の民間資格・検定試験の成績を共通テスト成績にプラスする計画が延期されており、入試制度の混乱が続いている。

 もちろん制度の変更は、受験生や受験産業、予備校、高校からは評判が悪い。無理筋の入試制度でも、なんとか対応しようとしていた人たちにとって、それまでの苦労が無に帰してしまう。こんなにころころ変えるのでは、まともな準備ができない。止めるなら、もっと早く決めて欲しかったという意見が大半である。

               狭き門 胎内くぐった H27.9.05

 しかし入試制度は、受けるほうがとやかく言うことではない。
 入試のやり方は、ころころ変えたほうがいいし、変えるべきである。しかも実施までにはまだ1年以上ある。

 なぜならこれからの日本は、変化に対応できる人材を、大量に育成しなければならないからである。その洗礼を浴びるには、大学受験こそ絶好の機会である。大学入試が毎年同じ繰り返しでは、マンネリのマニュアル人間しか社会に送り出せない。
 準備万端詰め込んだ知識を吐き出すだけでなく、どんなことにも臨機応変にこなしていける能力が、いまの時代には求められている。

 つまりいま世界の情勢は、入試見直し以上に急激な変化のさなかにある。ドッグイヤーを超えラットイヤー(1年で世代交代する)と言われる時代となった。これに対応しなければ、日本は世界に埋没する。
 この程度の制度変更に恐れをなしているのでは、先が思いやられる。

 さらに学生時代の勉強は、その内容よりも、勉強する姿勢を身に着けることのほうが重要である。臨機応変に、受験の変化に対応する訓練もその一つである。
 またどんな入試制度にしようとも、問題作成や採点において、必ず既得権益者が発生する。これは、制度を固定する場合ほど大きい。

                勉学に励む

 つぎに、入試制度そのものについてはどうか。
 鉛筆を転がすだけのマークシート式より記述式のほうが、確実に受験生の能力を高めることができる。
 たかが大学入試である。採点が難しいことや公平性を確保するより、自らの思いを文書や数式で正確に記述することのほうが重要である。この能力を10代から訓練しておきたい。その意味で、記述式を見直したことは残念であった。

日本の男女不平等

 「ジェンダー・ギャップ」は女性をおだて、馬車馬のように働かすための深謀遠慮である

 世界経済フォーラムによる、「グローバル・ジェンダー・ギャップ指数」2019年版が発表され、日本は121位であった(調査対象153か国)。昨年の110位を一段と下げた。もちろん、G7では最下位である。(Yahooの「ハフポスト日本版」による)

 この指標は、経済・教育・健康・政治の4分野14項目のデータをもとに、各国の男女の格差を分析したものである。純粋に男女の差だけに着目し、評価をしていることが特徴らしい。

 ここで日本が低い順位にとどまっているのは、経済と政治の分野のスコアが著しく低いからである。
 経済分野の内訳では、収入での男女格差(108位)、管理職ポジション数の男女差(131位)、専門職や技術職の数の男女差(110位)が大きく影響しているという。政治分野でも、日本の衆院議員の女性は、465議席中47人で比率は10.11%。これは、(別の指標だが)193カ国中162位となる。

                蓮如上人 H30.11.25

 しかし「ジェンダー・ギャップ」指標の低さと、男尊女卑とはまったく異なる。
 どう見ても、経済分野の各指標で日本の男の比率が高いのは、女性が男を働かせて左団扇、悠々自適に胡坐をかいているからである。ほとんどの家庭では、夫が汗水たらして働き、妻はパートなどの短時間労働でお茶を濁している。しかも、買い物の主導権はたいてい妻のほうにある。
 夫が稼いでそれを妻が遣う。日本の男は、まさに鵜飼の鵜でしかない。

 日本の政治家も、常にマスコミからぼろくそに言われ、褒められることがない。いつも有権者にペコペコしなければならない。女性の成り手がいないので、しかたなく男が引き受けている。日本で人々が政治家に憧れるようになれば、女性が殺到する。

                怪人

 すなわち、「ジェンダー・ギャップ」とは、女性をおだて上げ、馬車馬のように働かすための深謀遠慮だといえる。じつは欧米ほど、実質には男尊女卑の意識が強い。オブラートに包んだ表現は、「地球温暖化」を問題化することで、後進国のキャッチアップを阻もうとする魂胆と、根は同じである。

 みかけの表現やきれいごとに騙されてはいけない。
 「ジェンダー・ギャップ」ランクが低い日本こそ、世界有数の女性上位国なのである。

足羽山から眺めた白山

 タワーマンションができれば、愛宕坂展望台からの白山景観はおしまいとなる

 好天の昨日は、足羽山を散策した。自宅から往復2時間の歩行である。
 期待にそぐわず、冠雪の白山連峰を拝むことができた。中腹の愛宕坂展望台と、頂上近くの博物館横からの眺めがいい。
 また、一部だけ紅葉の名残も楽しむことができた。

 愛宕坂展望台から白山 邪魔ビル R1.12.16 足羽山博物館横から白山 R1.12.16  足羽山紅葉のなごり R1.12.16

 ただ愛宕坂展望台からは、白山連峰の一部が隠れて見えない。駅前にできた高層ビルパピリンのおかげで、興ざめである。その駅前には、さらに高いタワーマンションが建つらしい。そうなると、この展望台からの白山景観は絶望的になる。
 
 それでもさらに登ったところ、博物館の横からは、白山連山をすべて拝むことができた。この辺りは、標高110Mくらいか。ここからの白山眺望を遮るビルができたら、大したものである。

歴史戦と思想戦(1)

 まともな日本人は断じて、事実でないことを事実として認めるわけにはいかない

 「歴史戦と思想戦」(山崎雅弘氏著)は、著者自身の認識で、近現代史における左翼側の言い分を総合的にまとめたものである。

 著者によると、戦時中の日本賛美プロパガンダなど政府主導の「思想戦」が、国民の現実認識を歪ませ、日本を破滅的な敗戦へと導く一翼となる。同じ轍を踏まないためには、歴史問題にまつわるインチキを見抜かなければならない。つまり、南京大虐殺や慰安婦問題など歴史問題で中国・韓国に反発する日本側言論は、欺瞞とトリックに満ちているのだという。
 著書は、日本の右翼と呼ばれる人たちの言説や行動を数多く挙げ、反論する形で構成されている。

                いじけた猪

 だがこの本を、悪名高い津田大介氏や内田樹氏、望月衣塑子氏たちが推薦していると聞いただけで、眉に唾をつけなければならなくなった。唾をつけて読んでみると、すべておかしなところばかりである。この本こそ、欺瞞とトリックに満ちているのではないか。
 著者山崎氏の考え方のなにがおかしいか。8つの論点について反論してみよう。

①戦前の「大日本帝国」と現在の「日本国」は異なる。
 山崎氏は、歴史戦で諸外国から批判されるのは、皇国史観を持った昔の「大日本帝国」であり、「自由民主主義」の価値観を有するいまの「日本国」とは、切り離して考えるべきであるという。だから日本人が、旧日本軍の「悪行」を断罪するのは「自虐」ではないらしい。著書の大半は、そのことに費やされている。

 しかしこの考えは、戦後のドイツがヒトラーのナチ政権を徹底して切り離し、悪いのはナチである(自分は悪くない)としたことと同じになる。「一億総ざんげ」した日本と、ドイツとではどちらが潔いのか。じつはドイツこそ、個人補償は行っていても、国家としての賠償や謝罪は行っていない。いまでも、ボーランドやイタリア、ギリシアなどから、ネチネチと賠償を要求されている。
 日本は、2000年以上連綿と続いているひとつの国である。「大日本帝国」も現在の「日本国」も同じである。理不尽に「大日本帝国」を批判され、他人事のように黙っているわけにはいかないのである。


②30万人でなければ南京大虐殺はなかったというのは、「誤った2分法」
 慰安婦の中で悲惨な目に遭ったのは一部かも知れないし、南京大虐殺は30万人でないかもしれない。韓国や中国の主張している事例におかしなものがあっても、非人道的な出来事があったことは確かである。一部でも間違っていたら、なにもなかったというのは、誤った2分法である。

 しかし、これまで韓国や中国の言い分には、なにひとつ確かな証拠がなかった。写真はすべてインチキと証明され、証言も伝聞の伝聞でしかない。ほんの一部について事実であるかもしれないが、すべての戦争に犯罪はつきものである。
 それに、数は大問題である。実際に起こった出来事の、10倍~100倍に膨らますから、韓国や中国は、強請・集りの集団だといわれるのである。

                奇想天外

③日本が「大日本帝国」時代を反省しても、領土や主権、独立を失うことはない
 たとえば、中西輝政氏が言う、「中国や韓国との歴史戦争に負ければ、日本は領土と主権、国家としての独立を失う」というのは間違いである。日本が南京大虐殺や慰安婦で謝罪しても、日本はなにも失っていない。むしろ国際社会で評価され、充分に経済発展を成し遂げてきた。

 しかし日本は、国連に敵国待遇扱いをされ、核保有や軍備を制限、アメリカに支配されるようになっている。北方領土、竹島、尖閣、沖縄という日本の領土は、周辺諸国に侵略された。日本の領海にもかかわらず、韓国や旧ソ連によって、数千人が拿捕され殺傷されたこともある。もちろん、拉致問題もまったく解決されていない。いまでも日本の漁場や領土は、荒らされっぱなしである。これで、まともな独立国家と言えるであろうか。
 中国との三戦にも押されっぱなしである。


④教育勅語の大部分は、戦後教育の中でも伝えている
 山崎氏は、教育勅語の中の「父母に孝行し、兄弟仲良くし、夫婦は仲睦まじく…という博愛の精神は」現代の教育の中でも、基本的な価値観として定着しているという。
 また、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」というくだりこそ、日本が天皇中心の国体思想であることを如実に示している。

 しかし、戦後の個人主義教育が蔓延する中で、現代人がこれをまともに教育されたことがあるとは思えない。高齢者は年金に頼り、兄弟とは遺産を巡って争い、離婚率30%が現実の世界である。
 また日本が、天皇中心の国体思想では何がいけないのか。「中心」は「主権」ではない。あるいは、「一旦緩急アレハ・・・」の「皇運」は「我が国」と同じである。読む人それぞれの主観に任せればいいだけである。


  歴史戦と思想戦(2) へつづく

福井市長選②

 市民が注目できる争点をつくれない段階で、対立候補は終わっている

 大方の予想通り、東村氏が市長に当選した(22時20分に当確発表)。これで4選目である。
 東村氏と黒川氏の接戦だった。福井市長選は投票率が低いので(今回36%)、少数異端が当選する恐れがあり、投票には参加した。

 やはりよほどのことがない限り、市長は現役が強い。なじみのない対立候補だと何をされるかわからない。大きな争点があるわけでないので、たいていは現状維持が無難になる。むかしの酒井市長は12年、その前の大武市長は何と20年も続いた。なにもしないのに、これだけ多選できる。

                イノシシ候補

 だから現役候補に挑むのなら、具体的な争点がないと注目されない。毒にも薬にもならない美辞麗句では、ありきたりの作文としか思えない。いくら素晴らしい政策が並べてあっても、理屈だけの文書は人の心に響かない。ヒトラー並みの口説き文句が必要である。

 では福井では、何を争点とすればいいのか。
 市民が注目できる争点をつくれない段階で、その候補は終わっていた。
 それでもこれだけ善戦し、福井市民の認知度がアップした。次回出れば当選の可能性が大きい。

大東亜戦争に至る10年

 そのときどきの偶然の積み重ねが、これまでの歴史をつくっている

 加藤陽子氏の著書「戦争まで」は、昭和の初めから大東亜戦争に至るまでの、複雑な昭和前半、日本が直面した3度の大きな決断の機会を記述している。

①ひとつは、満州事変を調査したリットン報告書の扱い。
②つぎに、日独伊3国同盟の締結。
③そして、真珠湾攻撃に至るまでの、日米交渉である。

 おおまかな内容は、以下のとおりである。

①リットン報告書の拒絶
 1932年に、日本が満州国を承認したとき、それを調査したリットン調査団の報告書は18000字、書籍にしたら300ページにも及ぶ。だからほとんどの人は読んでいない。まったく読んでない人が、まともに中身を理解してない評論家の書く新聞記事をもとに評価していた。
 報告書はどんな内容だったのか。加藤氏の解釈によると、リットンは満州における日本の利益の一部を認めたうえで、中国側に不利なことも示し、お互い話し合うことを提案していた。むしろ中国側が反発していた。
 しかし日本のマスコミは、「どこから見ても最悪の報告」と報じ、国民を煽っていた。当時は、10月事件、5.15事件などテロが頻発し、とても日本が一部でも譲歩を示す、リットン提案を飲める状態ではなかった。やがて日本は、国際連盟脱退に至る。


②日独伊3国同盟の締結
 この同盟は、ドイツの快進撃に目が眩んだ日本が、焦って結んだといわれている。
 ドイツの立場からは、3国同盟によって日本に太平洋側のアメリカをけん制してもらえる。アメリカは、大西洋側の欧州方面に注力できなくなる。また東に進もうとするドイツにとって、日本軍はソ連に対するけん制にもなる。

 日本の内部では、陸軍と海軍の軍事費をめぐる攻防があった。つまり3国同盟によって、中国大陸から太平洋側へ注力できるということは、海軍軍事費の比率を拡大できる。
 さらに欧州では、ドイツがオランダやフランスを占領し、イギリスと講和を結ぶ寸前までいっていた。つまり日本がドイツと組めば、欧州の植民地だった東南アジア~太平洋の島々を、日本が手に入れることができる。ここで本来の、欧米植民地から解放するという、「八紘一宇」「大東亜共栄圏」の理念が希薄になってしまったのである。

                天狗

③ハルノートから宣戦布告へ
 加藤氏によると、開戦1年前から、アメリカ側のルーズベルト大統領やハル国務長官、日本では天皇をはじめ近衛首相や米国大使など、多くの人が戦争を回避しようと、躍起になっていた。だがアメリカや日本の強硬派が、彼ら指導層の隙をついて、相手側に厳しいメッセージを送る。そのあたりでボタンの掛け違いがあり、あれよあれよと、戦争へと追い込まれていく。また、アメリカに対する宣戦布告が遅れたのは、日本陸軍によって大使館への電報が15時間も留め置かれたためという説もある(送別会で遅刻した大使館員の怠慢でない可能性)。


 いずれも、文書や現状の事実の解釈が異なっていれば、異なった対応で異なった現実を生み出していた。つまり、そのときどきの偶然の積み重ねが、これまでの歴史を形造っているのである。たとえばいまアメリカで、民主党がトランプ大統領を弾劾しようとしている。その根拠となる文書に、トランプ氏の問題行動など一切記載されていない(という人がいる)。それがほんとなら、世の中は何といい加減なことか。


 日本が戦争に突入しなかったら、あるいは戦争に勝っていたらどうか。いずれの状況も充分ありうる。いまの世界はまた大きく異なっていた。
 もっとも、これからどうなるか誰にも分からない。
 世の中万事、塞翁が馬である。

昭和史のなぞ

 歴史の大半は、その時点で力の強い人、声の大きい人の認識である

 大正の終わりから大東亜戦争に至る昭和の前半、およそ20年間の日本政治について、何冊か歴史書を読んだ。関東大震災~満州事変、5.15事件、2.26事件を経て、大東亜戦争へと続く時代である。そこには、多くの軍人や政治家が登場する。10年前の日本政治のように、首相が目まぐるしく変わっている。

 このややこしい歴史を紐解こうと、多くの学者が昭和史を発行している。半藤一成氏や保坂正康氏、加藤陽子氏のようなリベラル作家から、渡部昇一氏のような保守の重鎮、若手の倉山満氏などもいる。それでも複雑すぎて、私のような素人では理解できない。

                猫の祟り

 なぜなら学者によって、政治や政治家に対する評価がまったく異なるからである。つまり「群盲が象を触る」ごとし、各自の色眼鏡を通し感じたことを書いている。伝聞性のない1次文書にしても、正しいとは限らない。いくら公式記録だろうが、必ず書く人読む人の主観が入る。国会答弁さえハッタリを盛り込む。正式文書と言っても、「客観的事実」とは限らない。

 すなわち、いろんな資料をさまざまな歴史家が見て、その人の主観で書くのだから、歴史がバラバラになるのは当たり前である。例えば、満州馬賊の張作霖を爆殺したのは関東軍という定説も怪しい。イギリス諜報機関は爆薬を分析し、それがソ連製であることをつかんでいた、という「事実」もある。30万人といわれる南京大虐殺や慰安婦の非人道性も、すべて伝聞の伝聞で、まともな証拠などひとつもない。


 したがって、歴史の大半は「認識」なのである。その時点で力の強い人、声の大きい人の認識が正しい。負けた人には力がない。その上「羅生門」のような、個人的錯誤が加わる。
 だから専門家は信用できないのである。歴史論争は永遠に続く。
 このことを踏まえ、すこし私自身の歴史観をつくってみたい。

半日健康診断

 アマゾンの物流倉庫でピッキングに1日20キロ歩行すれば運動不足は解消する

 半日健康診断を受けた。いつも通り、血圧や胃カメラ、血液検査、心電図などである。測定値では、血圧が目立って高かった。上が150~160で、下は100~105である。いつもより20ほど高い。そのほか、血糖値や中性脂肪、コレステロール値も基準をオーバーしていた。これらはこの数年変わらない。典型的な成人病予備軍である。

 数値が高いのは、どうも食事のとり方によるらしい。昨日のNHK番組(ためしてガッテン)によると、血糖値を上げないためには、まず最初に野菜(あるいは肉?)を食べ、最後にご飯など炭水化物を食べる。そこから肝心なのは、野菜を食べるとき、5分の時間をかけることだという。つまり、よく噛んでゆっくり食べなければ、順番効果は無くなってしまう。

               最後の晩餐

 しかし5分と言えば、早食いの私の食事時間より長い。しかも夜は、日本酒を先に飲む。アルコールの炭水化物は、噛まなくてもすぐ吸収される。そのうえ在宅時間が長くなったので、お昼には、甘いものやカロリーの高いお菓子に手を出してしまう。コーヒーやココアもたっぷり入る。

 これでは、食事の順番など意味がない。異常値を示さないほうがおかしい。
 そのせいか今年に入って、なんとなく全身がだるい。足腰や胸などあちこちも痛い。PSA検査の値も、依然として高止まりしている。

 運動不足も大きい。数年来続けていたダンベル体操も、熟練したせいか、体に負荷がかからなくなった。
 どうすればいいか。
 アマゾンの物流倉庫で、ピッキングで1日20キロ歩行労働すれば、この問題は解消する。レスキューあるいは軍事訓練なら、もっと理想的である。高齢者を徴兵し適度に訓練すれば、老人医療負担は半減する。

福井市長選挙

 あのフラトン市への抗議はどうなったのか。中途半端なら市長は代わっていただきたい

 今週末に福井市長選挙がある。前市長が12月に亡くなったことから、ここ数回師走の選挙となっている。投票率は前回38%、その前は23%しかなかったらしい。今回もまったく盛り上がっていない。

 今回の選挙は、3人が出馬する。現東村市長と警察官僚の黒川氏、共産党の西村氏である。ざっと3人の政策を見ても、市政方針ではそれほど違いがあるとは思えない。おそらく市民生活は、誰が市長になっても変わらないであろう。

                崩れ熊

 違いがあるとすれば、政治思想・歴史認識である。いま川崎市で揉めているような、罰則の伴うヘイト条例など採択されたら最悪である。もし西村氏が市長になれば、何が起こるかわからない。
 この共産党は論外としても、東村氏と黒川氏の違いはどこにあるのか。

 たとえば何年か前、福井市議会は、姉妹都市フラトン市に対し、「フラトン慰安婦像」反対を賛成多数で決議したことがあった。さらに市長名でフラトン市長へ親書を送り、設置に反対の意を伝えたという。
 だがそこからが問題である。
 現市長は、「国際交流は理性的な態度で相互理解を深めることが肝要で、基本的にはこれまでの友好関係を保ちたい」と、腰砕けに終わっている。大阪市長のように、姉妹都市解消を求めたとは聞いていない。そのあといったいどうなったのか。

 新人の黒川氏ならどうするか。彼のホームページには、無難なことしか書かれていない。東大法学部出身だから、GHQ思想護憲ムラの拡大再生産組の可能性がある。それでは困る
 もっとも、どちらも中途半端なら、若い方と取り替えたほうがいいかも。

12月の文殊山

 足元からは、北陸新幹線の工事中のルートが、S字を書いて真上に伸びていた

 晴天が続いたので文殊山に登った。昨年の春以来、1年半ぶりである。その間に二上登山口の駐車場が立派に舗装されていた。平日10時半だというのに、駐車場は半分以上埋まっている。これでは休日なら駐車できないかもしれない。なにしろ毎日登る常連さんだけで、10人以上いるはず。

舗装駐車場から大文殊 R112.10 危険なお堂 R1.12.10 大文殊から白山連峰 R1.12.10

 涼しいので、歩いてもほとんど汗をかかない。快適な季節である。ただ、紅葉は一部を除きすでに終わっていた。この辺り、11月の終わりが見ごろらしい。
 1時間ほどで大文殊に着くと、一昨年の台風で傷んだ山頂のお堂が、さらに悲惨な状況となっている。これでは風前の灯である。

 それでも頂上からは、澄んだ秋空に、白山連峰がくっきり見えた。足元からは、トンネルを抜けた新幹線の工事中ルートが、S字を書いて真上に福井駅へ伸びている。列車が走るようになったら、山頂の眺望は大きく変わる。

文殊の下から新幹線 R1.12.10    文殊菩薩    久しぶりの胎内岩 R1.12.10

 奥の院では、久しぶりの胎内岩も拝むことができた。これで今年は安泰である。
 登山口から、大文殊と奥ノ院までの往復約2時間。自宅を出てから帰るまでなら3時間。朝めし前(昼めし前)のコースである。

レインボーラインの経営

 レインボーライン山頂公園には、至る所にしゃれたテラスができつつあった

 一昨日、診断士協会企画で敦賀~美浜への視察旅行を行った。先月末に参加した、関電の美浜原電見学ツァーとほぼ同じコースである。ただ、佐久間艇長記念館、美浜町健康楽膳施設「こるぱ」、美浜町エネルギー環境体育館「きいぱす」は、今回が初めての訪問であった(もっともこの3施設は知名度が低く、閑古鳥が鳴いていた。もしかしたらわれわれは、今年、最初で最後の訪問者だったのかもしれない)。

 また、前回訪問した年縞博物館、レインボーライン山頂公園、美浜原電は、説明する人が異なったり、前回はなかった講釈がつくなど新しい発見があった。最後の宴会も「ふぐ」こそなかったが、全員、記憶が無くなるほど飲んだ。飲み放題はきつい。

              山頂テラスから若狭湾 R1.12.07

 とくに、レインボーライン山頂公園では、当地を運営する㈱レインボーライン社長の石田氏に、会社の経営状況の説明に加え、いま整備中の施設を案内してもらうことができた。

 1991年度(28年前)に、来場者数104万人で売上高4.5億円だった当社の経営は、石田氏が社長に就任した2017年度(2年前)には、来場者数28万人で売上高1.5億円に激減している。そこで社長は、28年前から現在に至るまでの、細かな財務内容、リニュ-アル投資、施設の内容、周辺の観光施設、外部環境などを詳細に調査し、一覧票にまとめた。それを惜しげもなくわれわれに見せてくれた。ここまで調査分析しようとすれば、外部コンサルタントなら数百万かかる。

 この分析結果をもとに、石田社長は再生計画を策定し、現在その計画を実施中である。その基本コンセプトは、「三方五胡に浮かぶ天空のテラス」とした。有名だった「恋人の聖地」、「カブト虫館」なども、コンセプトに合わないものは思い切って撤去した。クールジャパンにも認定され、年間売上高の2倍もの3億円の予算で、公園を整備している(もっとも8割は、国や県の補助金)。

              山頂足湯テラス R1.12.07

 石田氏は長年リゾート開発を手掛けており、テラスには思い入れがある。国内外の有名なテラスを研究し、これまでもテラスを造ることで集客に成功してきたという。その山頂公園には、至る所にしゃれたテラスができつつあった。そこからは、若狭湾と五胡だけでなく、遠く白山連峰や荒島岳まで望める。

 来年3月に施設が完成すれば、リニューアルした観光スポットとして注目を浴びるに違いない。その後は、どこまで長続きさせるかが問われる。

真珠湾攻撃の失敗

 博打も戦争も、最後に勝ったものが本物の勝者になる

 昭和16年の今日、日本海軍は米国ハワイの真珠湾を攻撃し、大きな戦果を上げた。
 だが第2次攻撃を躊躇したため、肝心の空母や備蓄燃料庫を破壊できなかった。そのため、米国に迅速な立て直しのチャンスを与えることになった。なまじ中途半端な成功体験がその後、悲惨な敗戦の火種となってしまったのである。

 先の大戦(大東亜戦争)については、いろんな評価がある。
 戦争目的(理念)の浸透及び、勝つための戦術について、反省すべき点は多い。真珠湾攻撃のような失敗の積み重ねで、悲惨な結果になってしまった。

                恨めしや
   
 まず戦争目的。つまり大義名分・理念である。
 日本が持っていた理念とはなにか。
 人種差別をなくし、アジアの植民地を解放することであった(東南アジアを、台湾や朝鮮のような日本国とする)。日清・日露、第一次世界大戦に勝利した日本は、当時国際連盟で欧米列強と渡り合っていた。そのとき日本が提案、過半数の国が賛成した「人種差別撤廃条約」は、アメリカなど一部の国が反対し、葬られてしまった。欧米は、植民地や黒人奴隷という既得権を有していたからである。大東亜戦争は、その理想を実現させるためであった。

 最大の失敗は、この「人種差別撤廃」の大義名分・理念を、日本国民と世界に向かって大きく叫ばなかったことである。繰り返し叫ぶことで、ウソも真実になる。大義名分が浸透すれば、国民のマンパワーは倍増する。世界も味方につくし、慰安婦や南京虐殺の冤罪も発生しなかった。アメリカ南北戦争がいい例である。
 本音は違うかもしれない。ロシアの武力脅威そして欧米列強のABCD包囲網により、日本には資源が全く入らなくなってしまった。これではまもなく干乾しになる。
 だがいくら自衛のためとはいえ、目先の資源確保に汲々としてしまったのは情けない。

                キノコ雲

 つぎに戦術および運用のまずさは、目を覆うばかりであった。
 素人目にも失敗だらけである。
 宣戦布告通告の遅れ、真珠湾での第2次攻撃の中止(そもそも真珠湾奇襲が必要なかった)、ミッドウェー海戦やレイテ海戦の失敗、インパール作戦など、いくらでも挙げられる。極めつけは、正規の降伏が遅れてしまったことである。降伏文書調印が9月に伸びたおかげで、当時のソ連に北方領土を侵略する口実を与えてしまった。

 すべて後知恵であるが、先の大戦は負けるべくして負けた。
 残念だが、終わったことは仕方がない。
 こんどの戦争は、負けるための過ちを繰り返してはならない。博打も戦争も、最後に勝ったものが本物の勝者になるのである。

1票の格差問題

 この議論が重要であるなら、もっと本質的な国民的議論を起こすべきである

 年に何回か思い出したように、1票の格差問題がマスコミに取り上げられる。
 12月6日の福井新聞朝刊でも、「参院1票の格差訴訟 抜本見直しの約束果たせ」と題した社説が掲載されていた。

 記事では、今年7月の参院選における「1票の格差」訴訟の高裁・高裁支部の判決について述べている。16件の訴訟のうち「合憲」判断は14件、「違憲状態」は2件であった。2件とはいえ1票の価値の平等に疑義が発せられた意味は大きい、と主張している。
 すなわち社説で言う「抜本見直し」とは、明らかに1票の格差をゼロにすることである。世論を誘導することで、来年にも出る最高裁の統一見解をけん制しようとしている。

                1日2本 Ri.6.26

 しかし私は、この主張には全く同意できない
 私が「見直し」に反対するのは、そもそもなぜ1票の格差がいけないのか、まったく理解できないからである。いろんな見解を見ても、きちんと説明した理論にお目にかかったことがない

 たとえば、6日の社説にも一応、「選挙制度は民主主義の根幹であり、「法の下の平等」という憲法の精神を踏まえ不断の見直しが求められている。」と書いてある。だが、このような主張は、トートロジー(同義語反復)であって、同じことを表す言葉の無意味な繰り返しにすぎない。また日本国憲法のどこを見ても、選挙における1票の平等など謳っていない。

 いまや、1票の格差是正を巡る攻防は、ほんとに国民のための選挙制度をつくるのではなく、与野党間の議席数の奪い合いのためになってしまった。1票の平等を主張するのは、ほとんどが(日本社会を乱そうとする)左翼陣営である。

 きちんと納得さえできれば、私も1票の平等に与してもいいと思う。地域間格差をなくし、日本が豊かになるためにはどうしたらいいか。私は原理主義者ではない。
 この議論が重要であるなら、もっと本質的な国民的議論起こすべきである。

モラハラ体験

 多くのハラスメント定義と法制度ができれば、国民はきわめて窮屈になる

 関大のアイススケート部の監督だった織田信成氏が、濱田美栄コーチからモラルハラスメント(モラハラ)を受けたとして、大阪地裁に提訴している。スケーターに対する指導方法などの行き違いから、ハラスメント行為が始まったらしい。織田氏は、精神的苦痛によって1週間入院し、さらにアイスショーも欠場した。5月にはスケートリンクにも入れなくなったという。

 むかしの織田氏は、インタビューのたび泣いてばかりで、ひ弱いイメージしかない。そもそもこんな気の弱い人を、気難しい人の上司に任命したのが、大きな間違いだったのではないか。

 もちろん、すべて程度問題である。モラハラとされたコーチの言い分がないので、何とも言えない。織田氏の訴えに対しては、賛否両論がある。先に言ったもの勝ちではいけない。

               かわらけ

 モラハラは新しい言葉で、言葉や態度で相手を追い詰める行為。「いじめ」を、ハイカラに言い換えたものである。パワハラとは異なり、上下の関係を利用しなくていい。韓国がこれまで、日本に対して行ってきたような嫌がらせである。

 新しい言葉が生まれることで、社会はそれに反応し、対応ができる。織田氏の1件で、モラハラは犯罪となった。追っかけや待ち伏せが、「ストーカー」となり、犯罪になったのと同じ。あるいは、発達障害という言葉が一般的になることで、病気と認められるようになった。

 そもそもモラハラは、人と交わるすべての人が体験する。私も数えきれないほど経験した。たとえば、ある工場責任者に任命されたとき。現場職長からのあいさつ無視はもとより、指示と反対の行動をとられたこともある。勝手に材料発注を行って在庫を増やすなど、目に余る行為を行った。立場によって、このようなことは必ず起こる。40代で町内会長になったときも、毎年のようにモラハラを受けた。

 つまり経験のない無能上司が上に立てば、だれでも反抗したい。私も逆の立場に立てば、上司にモラハラ的行動をする。モラハラという言葉がなかったときは、当たり前であった。うまくいなすのがテクニックだと思っていた。なんでもモラハラだといったら、仕事も遊びもできない。
                飲むイヌ

 まもなく酒の席で、アルハラ(アルコールハラスメント)という言葉が一般的になる。酒を飲ませて泥酔させる行為である。迷惑だし、世の中の生産性を阻害する。これからは、アルハラやモラハラで裁判所が繁盛する。ややこしい法制度が山ほどでき、国民は窮屈でまともに生きていけなくなる。だから麻薬がなくならないのである。

冬タイヤ交換

 自分でタイヤ交換すれば、ムダは発生しないし全身運動にもなる

 昨日、新車を買ったディーラーで冬タイヤを購入し、ついでに交換してもらった。これで完全にディーラーの囲い込みに嵌った。
これまで40年以上年2回、自力で交換していた。タイヤの取扱いやジャッキアップ、取り外しとセッティング、ボルト締めなど、結構な体力を使っていた。昨日はそれが無くなって、ウソのように楽になった。

 だができれば、タイヤ交換は自分でしたほうがいい。
 今回、ディーラーでのタイヤ交換には、事前の待ち時間と支払い手続きを含め、1時間はかかった。ディーラーまでの往復移動時間を入れると、1.5時間である。作業者は新人といえ、リフトやねじ締め機など使っていたはずなのに、これでは自分がやるより長い。

 作業者がタイヤ交換している間、ボーッと見ているだけである。他にも座って待っているだけの人がいっぱいいた。ディラーには、周辺の間接人員がたくさんいる。自分でタイヤ交換すれば、こんな無駄は発生しないし、全身の運動になる(もっともそれでは、一向にGDPは増えないが)。

                危険な赤い車
 
 じつは今回、自分でタイヤ交換しなかったのは、深刻な理由があった。
 1週間前から、右側の肋骨が痛い。何かにぶつけたか、捻ったのかもしれない。泥酔してよく覚えていないのは不覚であった。「酒に飲まれるな」は、自分の意思でできることではない。
 それより、なぜ痛いのか。すぐ直ると思ったのに、日を追うごとに痛くなる。痛みは背中まで広がってきた。肋間神経痛という病気がある。原因がわからない。死ぬのはいいが、痛いのは勘弁してほしい。

徴兵制の復活

 老人を徴兵して決死隊にするという意見が、すこしづつ大きくなってきている

 中央公論9月号で若手の論客3名(苅部直氏、三浦瑠麗氏、渡辺靖氏)が、「徴兵制を議論せずにこれからの平和は語れない」と題した座談会を行っていた。.

 徴兵制というと反射的に「軍国主義」と考える人は多い。だがフランスのマクロン大統領が選挙公約に掲げ、スェーデンが徴兵制を復活させるなど、リベラル国家でさえ徴兵制を見直している。むしろ徴兵製を敷くことで、国民の戦争に対する意識が高まる。アメリカで徴兵に応ずる人は、必ずしも貧困層ではないこともわかってきた。

 それに日本はもう、防衛のすべてを米軍に頼ることはできなくなってきた。「日本が侵略されたら米国青年が血を流すのに、日本人はTVを見ているだけ」というトランプ大統領の発言は、米国人の本音である。現にサウジアラビア、トルコなど、これまでアメリカの同盟国に対しての防衛協力が疑わしい。
 日本が日本であることを目指すなら、日本は米国を除いた防衛力を確保する必要がある。
                羊の奇兵隊
 その場合日本は絶対的に人員が不足している。若い自衛官だけでは数が足らない。少子高齢化ではなおさらである。そして強い 日本をつくるには、若い人材は防衛産業以外に豊富に投入すべきである。

 そして日本には、絶好の人材が有象無象にいる。元気な高齢者が、数千万人単位で指をくわえて待っている。すなわち、年金支給前の3年間(2年でもいい)、高齢者を徴兵したらどうか。それを生活保護あるいは年金支給の条件にする。
 人材不足を補うだけでなく健康寿命が延び医療費を削減できる。また、90・60問題もなくなる。老人が軍隊に隔離されることで、若者の活躍の場が広がる。まさに1石5鳥以上の効果がある。

 この私の主張と同じような意見が、最近ちらほら出てきた。決して奇想天外な話ではない。この少数意見が、大動脈となって受け入れられる日は近い。

日本海大津波

 日本海側に3.11並みの津波が来たら。再起不能に見舞われてもおかしくない

 今週のNHKは、4夜連続で、架空の東京大震災を扱う「パラレル東京」を特集している。必ず発生する首都直下地震のリアルを描いた番組である。同じ地震が起こっても、無人の砂漠と東京とでは、影響の大きさがまるで違う。

                最強の美浜原発 R1.17.10

 ただ、災害は地震だけではない。
 とくに地方では、地震より水害の方が被害は大きい。さらに河川の氾濫より津波被害の方が深刻なことは、東北大震災で証明されている。
 水害被害は、具体的にどこにどれだけ起こるのか。 

 国交省が「重ねるハザードマップ」を出している。全国各地で災害が起こったとき、簡単にどんな被害が予想されるかを示す地図である。ややこしい検索をする必要はなく、全国地図から、知りたい地域を拡大していくだけである。

 このマップによると、わが福井市街地では、想定最大規模降雨(1000年に一度)が起こったとき、3~5M高さの浸水が発生する。ただ、津波の被害は想定されていない。1000年に一度なら、日本海側にも大津波が発生する可能性がある。福井市街地の標高は、国土地理院のデータでは11.5mである。低いところは4~5Mしかない。これでは、10Mの津波が九頭竜川に沿って逆流したら、福井などひとたまりもない。津波発生は、地震による断層だけでなく、隕石落下も考えられる。

 もっと恐ろしいことに、福井市より標高の低いところが、全国の県庁所在地だけでも、24都市ある。25位の和歌山市が、8.7M。金沢が5.6M。県庁所在地の半分が、10Mに満たない。東北大震災のとき、直接津波がこなかった仙台の標高は、47Mである。盛岡市はじつに128Mもある。
 もし3.11並みの津波が、低海抜の都市に来たら・・・。いつ日本が再起不能に見舞われてもおかしくない。じつは東京はもっとも危ない。

 では、どんな対策をとればいいのか。
 各地に大規模原発施設をつくり、シェルターとして機能させるのが一番である。北朝鮮のミサイル防衛にもなる。

日本と福井の進路(寺島実郎氏講演より)

 日本は、高齢者の質と数では世界のどこにも負けていない

 先週受講した講習会のひとつが、寺島実郎氏の、「世界の構造転換への視座―日本、そして福井の進路」である。福井県事業承継ネットワーク主催「福井の企業と社長のリアル」というプログラムの一環である。
 寺島氏は、日本総合研究所の会長で、ネトウヨに悪評の「サンデーモーニング」コメンテーターの一人である。他の左翼リベラル論者とは異なり、データに基づいた理論を披露する。その点で「リアル」である。

 講演は、「寺島実朗の時代認識」という最新の資料集にあるデータをもとに、如何に日本が世界の中で埋没・没落していくかを説明していた。つまり2000年まで14~16%であった日本のGDP世界シェアは、2018年には6%に落ち込んだ。今後アジアの伸びを考えると、日本の世界シェアは3%まで減少する。これは江戸時代から大戦後にかけてと同じである。

                猫の祟り

 ではどうするか。
 寺島氏は、日本の構造転換のカギは、つぎの3つであるという。

 ①いかにアジアの成長を取り込むか(米中の通路である日本海側の可能性)
 ②IT革命の新しいステージに対応(ビッグデータの取得とAI分析)
 ③高齢者をどう活かすか
 
 いずれも、これまでさんざん言われてきたことで、なにも目新しいことではない。肝心なのは、この厳然たる事実に対し、具体的な行動を起こすことである。

 また、①②については悲観的な日本も、③についてはどこの国にも負けていない。
 この豊富で使い勝手のいい資源をどう生かすかで、日本の未来は決まる。
 2053年に、日本の人口が1億人を切るとき、65才以上の高齢者は4割を占める(そのあとの比率はほぼ一定)。彼らが、100才を目指して全員働けば、日本は安泰である。もちろん、最低賃金以下でも構わない。強制的に数年間徴兵することも検討すべきである。最後に乙姫様のいる竜宮で安楽死できれば、すべてウィン・ウィンとなる。
 
 そして高齢者にこのような最後を提供するためには、若者が思い切りリスクをとって働く日本でなければならない。

道路技術講演会

 主催者および受講者として、実績としてのアリバイが必要なのである

 原電見学会を含め、先週は3度の講習会を受けた。
 その一つが、私の専門分野のひとつ道路技術である。久しぶりの長時間講習である。内容はおもに、最近の災害多発を受けた道路防災についてである。聴講者は、響きのホールが満員になる250名。開始10分前に会場に入ったら、座る席がない。最後列で、映像の上半分が見えない席に着く羽目になった。


 まず、大西有三氏(京都大名誉教授)の、「AI・IOTを活用した最近の道路防災の取り組み」を聴いた。近年の、AI・IOTは、自動車運転の自動車だけでなく、道路技術においても導入されている。とくに道路の設計や保守・点検における画像処理の進展が目覚ましい。
 今のところは、人間の目を機械に置き換えるための、技術開発が中心である。
 距離や位置を正確に測定するためのセンサーや、それを効果的に移動させるためのアクチュエーター(ドローンなど)の発展が目につく。

 川本義海氏(福大所属)の「みち空間の未来像」では、道路のさまざまな可能性を論じていた。道路(街路)には、大きく分けて、交通機能と空間機能がある。この空間機能に着目し、道路を有効活用しようとする取り組みである。自動車と人とが共存する街路や都市公園のネットワーク化などの事例を検討した。
 ユニバーサルデザインの新たなステージについての説明もあった。

 福井県土木部長の大槻英治氏は、「防災先進県ふくいを目指して」の演題で、昨年2月の豪雪時の混乱と課題、今後の取り組みについての説明であった。的確に積雪状況を把握し、除雪指示が行えるための「見える化」と、その管理が重要である。

               大野 寺町 R1.11.04

 会場は暗くて貰ったレジメも見えない。学者やお役人の講演なので、スライド1ページに細かい字でびっしり情報を盛り込んである。これでは消化不良になる。
 もっとも、聴講者も県や市町の道路部門、民間の道路関係者らしく、私のような不満を言う人はいない。主催者および受講者として、実績のアリバイが必要なのである。私自身も、技術部門の資格維持のためのCPD(技術者継続教育)証明がなければ、受けなかった。