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廃液固化中断トラブル

 野ざらしになっている石油や石炭燃えカスのほうがよほど問題である

 昨日の福井新聞で、茨城の再処理施設でトラブルが発生し、放射性廃棄物をガラス固化体にする作業が、1~2年中断するという記事があった。放射性廃液は、高放射線と高熱を持つため、ガラスに吸収させ固めることで取り扱いを容易にする。ただ順調に進んだとしても、30~50年は青森の中間処理施設で冷却し、その後最終処分(どこか決まっていない)する。
 茨城の東海再処理施設は、2014年から廃止がはじまり、70年と1兆円の予算で施設解体と廃液の固化を進めている。記事によると、トラブルの内容は、ガラスを注入する機器の一部が変形し漏電が発生したためだという。

                お釜

 どのようなトラブルがあったかわからないが、こんなことで再生に1~2年かかるのは尋常ではない。現場における現物の修正、改善だけで、そんなにかかるとは思えない。おそらく期間の大半は、また「文書作成」という、しょうもないことに費やされているのではないか。
 原発の再稼働の申請書類も、何万ページもの書類審査がメインだと聞く。それがあまりにもうるさいため、関電の担当者が自殺に追い込まれたこともあった。安全のための作業が、逆に死者をつくるのでは、本末転倒である。

 すべての技術は、以下のようなプロセスで完成に近づく。すなわち、失敗と再発防止策を積み重ねるほどいいものができる。失敗をしない技術はない。だから、体力の続く限り失敗を重ねなければならない。最終的に国家がそのリスクをとればいいのである。

 失敗→再発防止策→前進→失敗→再発防止→さらに前進→失敗→繰り返し

                燃え上がる

 しかしながら、
 そもそも、高レベル放射性廃棄物処分は、どれほど重要なのか。
 先日、本ブログで放射性廃棄物ガラス固化体の再資源化について書いた。その検討がなされていないのは、あまりに量が少なすぎるからではないか、と思いはじめた。東海再処理施設で保管している廃棄物は、350㎥しかない。7m四方の空間、小さなマンション一部屋分である。エネルギー源とするには少なすぎる。それなら、処分、処分と大騒ぎすることもない。

 つまり100万kwの原発で、1年に発生する高レベル廃棄物は、ガラス固化体で10t(26本)である。一方、同規模の化石燃料発電では、膨大な温暖化ガスに加え、重金属や放射性物質を含む廃棄物が10万t発生する。もちろん、放射性廃棄物のような管理は行われていない。野ざらしになっている石油や石炭燃えカスは、なぜ問題視されないのか。そのほうが不思議である。
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原発弱者

 原発反対を叫んでいる人たちは、自分たちがどれだけ恵まれているか認識していない

 私が、本ブログや話の中で原発推進を訴えると、「福島の避難民の前で言ってみろ」と言われることがある。もちろんその人たちの前で、私の主張を繰り返し述べることはやぶさかではない。目の前に連れてきていただければ、喜んでお話しする(市民ヤクザは困る)。

                貧困女性 

 じつは福島難民よりはるかに悲惨な人たちが、世界ではその何万倍もいる。
 たとえば、アフリカで電気の無い暮らしをしている人たち。ざっとアフリカ人口8.5億人の半分。彼らは、まともなエネルギーが得られないため、毎日水汲み重労働に5時間以上費やす。生まれた赤ちゃんの何割かは、1年以内に死ぬ。そこから先も、栄養不足で大人になれない子が多い。いまだに、平均寿命40歳に満たない地域がいくらもある。

 これら最貧困層の人たちは、先進国の反原発や環境保護は自分勝手な主張としか思わない。豊かな人が豊かさを維持するための詭弁である。グレタさんがそのまま大人になったようなものだ。
 エネルギーの恩恵にあずかり、ヌクヌクと長生きしている人たちが、栄養不足の病人の前で反原発を叫ぶ恥知らず。取り残された人は、乏しい薪や石炭の直焚きに依存し、いつまでも飢えや病気で苦しむ。

 原発反対を叫んでいる人たちは、自分たちがどれだけ恵まれているか認識していない。気が付かないふりをしているなら、卑怯極まりない。ごまんと溢れている、放射能の恐怖を煽るインチキ理論で、自らを納得させようとしているだけである。

美浜原電見学ツアー(つづき)

 施設の外観や内部見学を、観光の目玉にするくらいの工夫があってもいい

 昨日の原電見学ツアーは、もちろんメインの美浜原電も見学した。3基の原子炉を有する美浜原電所は、1、2号基が廃炉作業中である。最大出力の3号基は、40年の運転期間を20年延長することが許され、いま災害対策工事を行っている。そのため毎日2800人が働いているという。20年延長と言っても、休止期間が入り実質的には13年しか延長できない。これだけお金をかけて13年で採算が合うのだから、よほど原発以外の電力コストは高い。

 PRセンターで、30分ほど講習のあと、原電のバスに乗って敷地内を見学した。そのあとセンターに戻って質疑応答。およそ2時間コースである。PRセンターと敷地は、400Mほどの橋で結ばれており、敷地に入るときは厳重なチェックを受ける。それでも、意思を持ったテロリストなら入れる。カバンはチェックされても、身ぐるみ検査されることはない。

 といって、大した見学ができるわけでもない。停止したバスの中で、VR画像を使っての説明が2~30分。そのあと、建設中のかさ上げ堤防の上でバスを降り、全体を眺めただけである。なにしろ敷地の広さは、ディズニーランドに匹敵する。遠くに見える原子炉建屋やタービン室、かさ上げ中の防波堤の説明を聞いてもピンとこない。もちろん、原子炉建屋など重要施設には入れない。これは期待はずれであった。バスで移動した距離も、広い敷地のほんの一部、数百メートルくらいしかない。
 (12月予定の診断士見学会では、どこまで見れるのか。もっと突っ込んだ内覧を期待したい。格納容器内は無理でも、冷却プールや蒸気タービンなど、この目で見たい。)

               原子炉PWR

 質疑応答のとき、「高レベル放射性廃棄物ガラス固化体の有効活用」について質問した。最終処分は、トイレの無いマンションと揶揄され、原発最大の弱点とされている。今の計画では、ガラス固化体のまま六カ所村で30~50年冷却し、そのあと最終的に地層処分する。「最終処分地」という、ゴミためになるのは勇気がいる。NINBYばかりの日本で、受け入れ自治体が決まるとは思えない。各地で闇助役の暗躍がはじまる。
 
 他方で、高レベル放射性廃棄物は、数十年もの間、高熱を発するエネルギーの塊である。これを有効活用しない手はない。国を挙げてこのことを推進し、有望な資源を保存するということなら、手を挙げる地域は出てくる。永久機関でないのだから可能性はある。少なくとも、ソーラーパネルより環境にやさしい。
 今世紀末、エネルギーに目覚めた世界人口は、110億人に達する。世界全体で必要なエネルギーは、いまの数倍になる。E=MC2という、格段に効率的な核エネルギーなしで、人々が満足するとはとても思えない。

 だが関電の回答者は、「処分方法は法律で決まっている」の一言であった。技術的に可能かどうかは検討したこともないらしい。まさに深刻な大企業病に罹っている。このままでは茹でカエルである。
 それならむしろ中小企業に任せた方がいいのではないか。あるいは潤沢な内部留保をもつ企業は、ぜひ挑戦すべきである。このためのリスクを国が持つのが、成熟した国家である。

              美浜原発 解体~再生 R1.7.10

 つぎに景観の問題がある。海水浴場や観光地として名高い水晶浜からは、美浜原電が丸見えである。原発を毛嫌いする人や放射脳患者は、景観を阻害されていると思う。そんな人が10人に一人でもいれば、観光地として成り立たない。
 この点では、とりあえず正面に見える1,2号基が無くなれば、景観は大幅に改善される。さらにこれを機に、水晶浜からの景観を配慮した建造物を造ったらどうか。

 もともと原発敷地は、ディズニーランドに匹敵する広大さと、対攻撃性を備えている。大津波はもちろん、核シェルターとして地域住民の避難場所とすることもできる。
 原子炉とあわせ、そのための安全施設を目立つように配置すれば、イメージは大きく変わる。むしろこの施設の外観や内部見学を、観光の目玉にするくらいの工夫があってもいいのではないか。

美浜原電見学ツアー

 付録の年縞博物館のほうがおもしろい

 今日、関西電力が募集していた「若狭路と原子力発電所をめぐるバスツァー」に参加した。この企画は、格安(4000円)で、豪華食事付きの日帰りバス旅行ができる。これまで何回か応募して、初めての当選である。競争率は高い。

 メインはその美浜発電所のはずであった。午前中に発電所を見学。昼食後、レインボーラインの山頂公園から福井県年縞博物館を訪問した。この年縞博物館は付録だと思っていたし、こじんまりした建物を見ても、それほど見学したいとは思わなかった。

               年稿 序列 R1.11.27

 しかし実際見学してみると年縞博物館は、今日のコースでは最も興味を引かれた。子供だましの恐竜博物館などよりはるかに奥が深い。なにしろ世界で唯一、7万年もの歴史の証拠が水月湖から発見され、これから歴史の解明が進んでいくのである。7万年前と言えば、まだネアンデルタール人がウロウロしていた時代である。秀吉や家康などそれぞれの時代の環境も、1年ごとにわかる。

 シンプルな展示だけでなく、説明の流れも垢抜けていた。懇切な説明があるのとないのでは全く違う。最初5分ほどの動画説明で、概要を理解。予備知識を得たうえで、展示物を学芸員の方がわかりやすく解説してくれる。マンパワーは必要であるが、参加者のほとんどは満足していた。また団体入場料一人400円。20人を相手にしたら、1時間8000円の収入で、人件費は十分賄える。
 ただ、今回の滞在は1時間足らず。これでは短すぎて、7万年の一部しかわからない(別の企画で、近いうちまた同じところを訪問する)。

ふるさと納税

 ふるさと納税が拡大していけば、返礼品の内容や売り方も地域間格差の要因になる

 昨年、はじめてふるさと納税を行った。納税先は、私の第2の故郷長岡である。返礼品として、大吟醸酒(万寿)と熟成肉を貰った。こんな高級食材は、人から貰うことはないし、自分で買うはずもない。ふるさと納税が拡大していけば、これまで売れなかった高級な商品が売れ、日本製品のブランド価値が上がる。批判はあるが、面白い制度だと思う。

 そこで今年は、地元福井へのふるさと納税を検討した。
 自分でチョイスすれば、福井がどんな返礼品を出しているかわかるし、商品の構成や出し方のヒントをつかむことができる。地元のサービスや自治体の取り組みを理解した上で、有意義に寄付金を使うことができる。もともとこの制度は、納税者自身が税金の使い道の一部を決めるものであるはずだ。

                久保田 萬寿

 ほんとに、自分の住んでいるところにふるさと納税できるのか。地方税法によると、以下の2つにあてはまらなければ、税額控除の対象になる(つまりふるさと納税できる)。

①ふるさと納税した人が、その寄付によって設けられた設備を専属的に利用している
②ふるさと納税することによって、特別な利益をその人(寄付者)が得ていると認められる

 返礼品をいただくとなると微妙なところである。自治体によっては、居住者の寄付には返礼品を渡さないところもある。
 ただ、「ふるさとチョイス」から福井県や福井市のページを見ても、「居住者への返礼品はなし」との表示は見当たらなかった。すくなくとも、県内の他の市町なら可能なはずである。

               酒樽

 問題は、返礼品の数と種類である。昨年チョイスした長岡市は491件。県内の福井市は450件、坂井市は637件とかなり多い。県内の他の市町は、100~200件と物足りない。

 なんと言っても「酒」と「肉」の豊富なところがいい。贅沢するなら、「酒池肉林」に限る。その点長岡市は、日本酒の商品提示件数が94件と最高であった。「肉」に関しては、若狭牛産地である坂井市が123件も出品しており、坂井市と福井市(32件)を大幅に上回っている。

 中身はどうか。
 いくらふるさと納税でも、コストパフォーマンスのいいところを選ぶ。返礼品では、福井県いずれの市町も、品揃えや見せ方で、まだ全国レベルには達していない。今後、ふるさと納税が拡大していけば、返礼品の内容や売り方も地域間格差の要因になる。担当者の腕の見せ所である。

ローマ教皇のお言葉

 核兵器廃絶の演説を、核を持っていない日本でやっても意味がない

 カトリック教会のフランシスコ・ローマ教皇が来日し、(報道で見る限り)日本中で大歓迎を受けている。昨日は長崎と広島を訪問し、核兵器廃絶に向けての演説を行った。

               キノコ雲

 しかしキリスト教こそ、西欧が南米・アジアへ植民地支配を行うための地ならし先陣だった、と学んでいるわれわれにとって、複雑な思いである。
 中世以降キリスト教宣教師は、各地を訪れてひたすら平和を念じ、武装解除を求めてきた。ほとんどの地域住民は、ころりと騙され、欧米列強のなすがままにされた。武器を持たず、平和経ばかり唱える人など、蹂躙するのは簡単である。

 もちろん宣教師はそんなことはおくびにも出さない。侵略された方も、そのことに気づいていない。欧米は自らの非道さをオブラートに包むのに、年季が入っている(温暖化防止もその一つ)。秀吉は、そのキリスト教の正体に気づき、過剰とも思える迫害を行った。そのため日本は、辛うじて西欧の植民地支配を免れたともいえる(何をまちがったか米国の支配下にある)。

 こんどの教皇の核兵器廃絶演説も、核を持っていない日本でやっても意味はない。近隣の北朝鮮はもちろん、韓国でさえ核武装論が現実味を帯びてきている。こんな時期だけに、日本の核武装をけん制することで、日本を骨抜きにしようとしているように思える。
 いま、無邪気にローマ教皇を歓迎している人々を見ると、「アホかいな」と思う。

BCP計画策定セミナー

 お役人は、法律や制度が、名前だけ代えてゾンビ復活することを当然と思っている

 先日、BCP(事業継続計画)セミナー(福井商工会議所主催)を聴いた。講師は大藤氏(東京海上日動コンサルティング㈱)。定員40名とあったが、聴講生はざっと70名。近年の災害悲惨さを見て危機意識が高まったことと、「事業継続力計画」という紛らわしい名前の計画作成を、経産省が推薦しているからではないか。この計画書を提出すれば、ものづくり補助金などの採択に加点がつく。

 「事業継続力計画」の根拠となるのは「中小企業強靭化法」である。多くの中小企業が災害に強い体質をつくるため、企業に見合った計画を作り、それを地方の各種団体が支援する。おそらく今回の講習会も、強靭化法に合わせて、県や商工会議所が、中小企業支援のために主催したものと思われる。

               まと R1.6.23

 しかし、「BCP(事業継続計画)」と「事業継続力計画」とでは、内容が微妙に大きく異なる。
 前者の主要目的は、自社の中核である「重要業務」を決定し、それを維持するための具体的方策を決定するものである。セミナーはその説明が中心であった。
 後者はそこまで詳細な計画を求めてはいない。
 なぜなら、いくら「重要業務」を維持しようとしても、被災状況によってはまったく意味をなさないことが、東北大震災の調査で分かったからである。重要業務の対象となる顧客が被災して事業不能になる。あるいは、想定していた機械・設備が壊れるかどうか、そのときになってみなければわからない。

 重要なのはどんな事態が起こっても、臨機応変に情報を収集し迅速に意思決定を行う。さらに、社内外で効率的なコミュニケーションのしくみと、良好な人間関係を確立させておく。すなわち、企業の強靭化・体質強化である。まずそれに向けて、企業がやる気を見せなければならない。

 「中小企業強靭化法」は、そのやる気のある企業に対し、自治体や地域の商工会、商工会議所等が支援を行う。いくらやる気があっても、何らかの刺激や適切なフォローがなければ長続きしない。私自身は、たとえば中小零細企業に対して、具体的な事前対策のアドバイス、災害訓練やSNS等を駆使した連絡システム構築、発電機購入などの支援をするのではないかと思っていた。

                 いざ消火 H30.6.24

 心配されていたのは、地域の支援機関が今回の改訂趣旨を理解できず、従前のBCPを蒸し返したような、煩雑なシステム構築を支援することであった。そうなったら、元の木阿弥である。お役人は、多くの支援制度が名前だけ代えてゾンビのように復活することをあたりまえと思っている。
 どうも、心配していたことが、現実に起こり始めたような気がする。

晩秋の富士写ヶ岳

 秋晴れの今日、最後の紅葉を期待して、富士写ヶ岳(941M)に登った。昨年、11月3日に登ったときは、中腹から頂上にかけて、とくに頂上直下の白樺林の黄色が見事であった。
 しかし11月の終わりともなると、このあたりの広葉樹は、ほとんど葉が落ちている。

木漏れ日 R1.11.23 空に紅葉 R1.11.23 新雪の白山 R1.11.23

 その代わり鉄塔から中腹にかけての紅葉は、まだまだ鑑賞に堪える。落ち葉の積み重なったふわふわ山道や、太陽に映える濃赤や紫が美しい。
 秋の澄んだ空気の中で、頂上から見た白山も絶景であった。
 涼しいので、歩いてもそれほど息が上がらない。登り2時間半、下り1時間半の標準ペースで登山を終えることができた。ただ、靴底がすり減っていることに加え、急坂で落ち葉の下が滑りやすい泥道となっており、下りに相当体力を使ってしまった。

中腹紅葉 R1.11.23 枯葉 R1.11.23 雑木紅葉 R1.11.23

 山中温泉道の駅で一風呂浴びようと思ったが、奥の方まで車両がびっしり詰まって、駐車できない。またこれだけいたら、ゆったり温泉に入っていられない。間近でむさい男の裸を見る趣味もない。代わりにすこし福井へ戻って、たけくらべ温泉で汗を流した。浴殿は普通の銭湯並みでも、空いているほうがはるかに快適である。

酒癖の悪い国会議員

 どんなことでも問題にするから問題になる。世の中に聖人君子はいない

 丸山穂高議員が、また泥酔騒ぎを起こしたという。10月29日に皇居で行われた「饗宴の儀」で、「丸山氏がお酒を飲んで騒ぎ、周りの議員たちに制止された」という指摘があり、国会として事実関係を調べることになった(真子さまにモーションかけたという噂もある)。

 丸山氏は今年の初め、北方四島ビザなし交流の訪問団の一員として国後島を訪問したとき、元島民男性に対し、北方領土は「戦争しないと、取り返せない」などと発言し、トラブルになった「前科」がある。
 もともと目をつけられており、この事件で彼の酒癖の悪さが全国に広まってしまった。

               飲酒運転撲滅 H27.7.18  技術士研修会資料より

 しかし、たとえ飲酒の上でとはいえ、本音を赤裸々に語る議員がいなければ困る。国会議員のほとんどは、舌害を恐れ、当たり障りのないことしか言わない。出世して内閣にでも入れば、なおさらである。これでは日本の制度はピクリとも動かない。日本はどんどん世界から見放される。
 (もちろん酒の上とはいえ、口に出したことは実行すべきである。せっかく国民の期待を一身に浴びて、戦争発言をしたのだから、それを実現してもらわなければ困る。)

 「桜を観る会」騒動で感じたことは、どんなことも問題にするから問題になる(これも総理が会費を払ったかどうかなど、みみっちい話である)。世の中に聖人君子はいない。酒癖の悪い人も、必ず日本人のなかには一定数いる。臭いものに蓋で彼を議員から排除すれば、一見酒癖の問題は無くなる。だが日本は底から腐る。

 丸山議員の酒癖は、昔の私を見ているような気がする。ほとんどの人からバッシングされても、全国酒癖悪人、0.1%の支持が得られればいい。

新幹線と人口減が日本を救う

 新幹線で全国を豊かにすることと、人口減少化で地方を豊かにすることは両立する

 藤井聡氏の「スーパー新幹線が日本を救う」と、藤波匠氏の「人口減が地方を強くする」という、なにやら正反対のような本を読んだ。

 前者の藤井聡氏は、東京~大阪のリニア新幹線開通こそが、日本復活の切り札だと主張する。さらに、日本中に新幹線のネットワークができることで、大きな相乗効果が生まれる。たとえば、金沢~敦賀が大阪に繋がれば、かって東京~大阪間にできた新幹線によって名古屋経済圏が生まれたような効果を北陸にもたらす。また、いま分断されている上越~長岡間に新幹線が通れば、福井・金沢・富山から長岡・新潟まで、日本機側に連なった経済圏ができる。

 四国を通す新幹線も同じである。本州と四国にかかる橋に新幹線が通れば、文字通り離れ小島のような四国が、本州と繋がる。道路は物流が主体であり、大量に人を運ぶ鉄道こそが、地域を結びつける。

                1日2本 Ri.6.26

 しかし、いくら新幹線ができても、日本全体の人口減は避けられない。とくにいまは、地方の衰退が問題視されている。
 一方の藤波氏は、どうすれば人口減少時代に地域の維持ができるかを提唱している。
 限界地域では、補助金などで、都会から若者・リタイア老人を呼び込もうしている。だがいっとき田舎暮らしにあこがれ、移住しても、永続しないことが多い。地域にまともな仕事がないからである。起業しても、地域で成功させるのは都会の3倍難しい。
 また、コンパクトシティは理想であるが、高齢者と同居したくないからか、現実はじわじわ住居は拡大している。

 そこで藤波氏は、人口密度の薄い地域において求められる事業を提唱している。何でも屋、よろずやである。これを、数少ない需要者に対し儲かる事業とするには、何でもできる人、多能工者が活躍するしかない(よろず相談でなく実施者である)。これに加え、AIと合わせた自動運転車や配達ドローンが現実的になれば、限界集落はなかなか消えない。いずれの場合も、運輸局や保健所など、事業上の許認可を大幅に緩める必要がある。
 そしてじつは、人口が減り密度が薄くなるほど、一人あたりの富は増える。その富を利用できるかどうかである。


 藤井氏の言う新幹線で全国を豊かにすることと、藤波氏の人口減少化で地方を豊かにすることは、なにも矛盾していない。お互いの豊かさでお互いを豊かにしていくことになる。
 もうあまり時間がない。このような社会の実現に向け、具体的な方策を早急に練る必要がある。

 だからいい加減、「桜を観る会」のスキャンダルを終わりにしたい。チマチマしたことで今の政権を追い払うのもいいが、つぎ何をするかを誰も真面目に語っていない。それこそ、中国ハニトラの思うつぼである。同時に日本政治の貧困さという大恥を、世界に晒している。

サクラのスキャンダル

 「桜を観る会」騒動こそ、香港暴動と韓国大転換から目を背けさせるサクラである

 女優の沢尻エリカ氏が麻薬保持容疑で逮捕されたことについて、「桜を観る会」の疑惑をかく乱するための陰謀だという人がいる。
 タレントのラサール石井氏が、ツィッターに「まただよ。政府が問題を起こし、マスコミがネタにし始めると芸能人が逮捕される」と書き込み、左翼を喜ばせている。そして鳩山由紀夫元総理は、18日のツイッターで「沢尻エリカさんが麻薬で逮捕されたが、みなさんが指摘するように、政府がスキャンダルを犯したとき、それ以上に国民が関心を示すスキャンダルで政府のスキャンダルを覆い隠すのが目的である」とコメントした。

 後者は、いくら「宇宙人」とはいえ、元総理の発言だけに信ぴょう性がある。そんなことができるのかどうかわからないが、ご自身も覚えがあるのであろう。

               たそがれのうば桜 H28.4.09

 しかし「桜を観る会」こそ、数十年前から続いていた。なぜ今さら大ごとになっているのか。
 じつは、いま「桜スキャンダル」を問題化することによって、別のなにかから目をくらまそうとする勢力がある。別のなにかとはなにか。もちろん、香港暴動と韓国のGSOMIA脱退である。

 香港暴動は、1国2制度であるはずの香港に対し中国共産党が独裁の触手を伸ばそうとするのに反発して起こったものである。学生と警察の対立が激化し、とうとう学生は大学の構内に追い詰められ、文字通り兵糧攻めに遭っている。学生数百人は死を覚悟し、遺書を書いているという。集団自決の恐れさえ出てきた。
 韓国のGSOMIA脱退期限も、まもなくである。これは日本の貿易制限に対抗してというより、韓国がいよいよ西側から離れ、北との統一のため共産圏へと大きく舵を切るという、文大統領の意思の表れである。

 いずれの事態も、日本の将来に大きく関係する。香港暴動は決して対岸の火事ではなく、この火は、やがて台湾~沖縄~日本へと飛び火する。また韓国の姿勢は、地政学的に重要な日本の防衛ラインが、大きく変化することを意味する。どちらも決して日本が傍観していいものではない。「桜を観る会」スキャンダルとでは、重要性に天と地の違いがある。

 そして、これらの状況を日本と世界の目からそらしておきたい勢力はどこか。香港暴動については中国政府、韓国大転換も中国と北朝鮮である。いずれの国も、ハニートラップなどを駆使して、他国の関係者を籠絡するのにきわめて長けている。


 つまり状況からみて、「桜を観る会」騒動は、中国が、日本の野党やマスコミへの色仕掛けで起こしたもの、とみるほうが自然である。日本でいま、桜スキャンダルに一番熱心なところ、立憲民主党は(羨ましくも)真黒である。左翼マスコミは放っておいても追随する。冒頭に挙げたラサール氏や鳩山元総理も危ない。これがハニトラでなかったら、それを期待して中国に忖度している。
 日本政府のスキャンダル隠しより、こちらのほうがよほど深刻である。モリカケやメロンなど、これまで発生した日本のスキャンダルも、中国の3戦ハニトラが起こした可能性がある。

                ハニートラップ

 さらにアメリカも、トランプ大統領がつまらないことで弾劾裁判に持ち込まれようとしている。こちらも、民主党の一部(あるいは全部)が、中国のハニトラに罹っているのではないか。

 それでもアメリカは、香港暴動に対する中国政府に対抗し、「香港人権法案」を可決しようとしている。だがアメリカよりもっと香港に近い日本は、まるで何もしていない。それどころか中国主席を国賓で迎えようとしている。これでは、日本の議員全員があやしくなる。どうも桜スキャンダルは、与野党一体のグルのような気がしてきた。・・・それならこの際、私も騙されてみたい。

 いや!日本国民は、サクラの桜なんかで騒いでいる場合ではない(`o´)。
 ハニトラのあとには、地獄が待っている。

高齢者の最後

 高齢者限定で違法薬物OKの竜宮城ができれば、年を取るのが待ち遠しくなる

 先日、敦賀市の70才会社役員男性の家族3名が、遺体で見つかり、71歳の妻が殺人の容疑で逮捕された。亡くなったのは、その男性と95才と93才の両親である。亡くなった男性は足が不自由で、高齢の両親も介護が必要な状態だったという。妻の容疑者が一人で3人の世話をしていたと思われる。報道では、夫の会社の経理業務も行っていたという。

 起こるべくして起こった事件である。決して他人ごとではなく、高齢の被介護者を抱えていた私の家でも、一歩間違えば発生していた。いずれ私自身が動けなくなる時は、また同じような状況が発生する。それに、一人で3人の介護はまず無理である。一人でも大変なのに、つぎつぎ増えていけば、ブチ切れないほうがおかしい。

 もしこの事件に犯人がいるとすれば、それはまちがいなく、95才と93才の老人を長生きさせてしまった老人・医療制度である。
 いま日本における殺人被害者は年間300~500人、自殺者は2万人である。このうち半数以上が、親族に関係するものである。介護殺人や自殺の場合、周囲の裁量で自然死になってしまうから、実態はこの何倍もいると思う(ことの性質上表には出ない)。交通事故死(年間4000人程度)などの事故死も、ほんとに事故かどうか怪しい。

                一所懸命

 ではどうしたらいいか。難しい問題である。
 介護施設や、介護人を増やせと言う意見がある。だが人手を要する介護事業は、外国人の大幅増員が必要となる。これは問題先送りで、将来もっと大きな問題が発生する。また自動介護装置は、まだ開発途上である。私もいろいろ考えてきたが、正攻法で納得できる方法は思い浮かばない。

 そこで、安楽死や尊厳死を認めるべきだという意見がある。異論はないし、やるなら今しかない。どうせやるなら、それを一歩進めて、高齢者が長生きしないような工夫をすべきである。喜んで死んでいくようなしくみがあれば、みんながウィンウィンとなる。
 具体的に考えてみよう。
                恨めしや

 たとえば75才になった高齢者は、大麻や覚せい剤、売春など、これまで禁止されていたサービスを受けられるようにしたらどうか。それで文字通り天国にいける。チューブに繋がれた人生より、充実した老後を送る。高齢になると、酒は飲めなくなるし運転免許もはく奪される。最後に一花咲かせたい。じじいの決死隊もいいが、冥途への土産に、麻薬や買春くらい許すべきである。
 政治を行うもの、法律を作る人は、頭を柔軟にしなければならない。すべて一律に禁止するから、エリカ様のように、隠れて摂取するものが増えるのである。

 もし法改正ができたら、これらサービスを含めた歓楽街をつくり、「竜宮城」と命名する。福井にできれば、幸福度日本一が確定する。尖閣にも特区をつくり中国人を集める。カジノより良心的である。これで年を取るのが楽しみになる。貧乏な年寄りは安物の覚せい剤で十分楽しめる。高齢者が薬物を独占すれば、若者の摂取を防止できる。
 私が75才になるまでに実現したい。竜宮城に行けたらいつ死んでもいい

良心的な国会議員

 あたりまえ行動が聖人君子のように見えてしまうことが、議員の悪質さを物語っている

 国会では、性懲りもなく総理の「桜を見る会」を巡る攻防が続いている。総理の地元後援会から850人も招待したとか、前夜祭ホテルの立食パーティ5000円は安すぎるなど、重箱の隅をつつき回るのに忙しい。

 このことに限らず、国会のかなりの時間は、与党議員の不祥事追及に費やされてきた。国会だけではない。メディアの討論番組では、他党の問題点をつつき回るのが慣例となってしまった。
 立憲民主党や共産党は極端だとしても、自民党も他の政党も同じである。叩いて埃の出ない人はいない。皆がそろって、自分のことを棚に上げ、他人を叩く。日本の政治家は、恥というものを知らないのではないか。そんな性格でなければ、厚顔無恥な議員などにはなれないのである。

               わしゃ知らん

 その中でここ1~2か月、国民民主党の玉木代表だけは、きわめて「良心的」な言動をとっているように見える。先日、桜を見る会について、野党分裂前の民主党政権のとき、当時の鳩山総理がド派手な催しを行っていたことを白状した。その前、台風接近時における森ゆう子議員の国会質問の通告遅れが、官僚の業務に支障をきたしたことを問題視もしていた。大きな問題になる前に、自ら「暴露」する政治家など、あまり聞いたことがない。

 考えてみれば、玉木代表のしたことは当たり前である。後になってバレてから非難されるより、前もって明らかにしておいた方が良いに決まっている。リスク管理の常道であって、これまでさんざん痛めつけられてきた、ブーメランの傷を浅くする。
 この玉木代表のあたりまえの行動が、聖人君子のように見えてしまう、国会議員の性格の悪さは救いようがない。

思いやり予算

 この際日米同盟の見直しを検討し、自前で核武装への歩みを始めたい

 来年度以降の在日米軍駐留経費の「思いやり予算」について、トランプ米政権は、年約80億ドルへの増額を要求したという。これは現状の約4.5倍に当たる。このことは今年7月、ボルトン大統領補佐官が日本を訪れたとき日本側に伝達。現時点で日本は、基地従業員の人件費や水道光熱費代として、年平均約1893億円を負担している(共同通信報道より)。

 大幅に吹っかけたのは、この金額を「アンカー」(最初に示した数字がその後の判断に影響する)として、その後の交渉を有利に運ぼうとするためであろう。韓国に対しても軍事費の大幅増額を要求しており、トランプ流のハッタリであることは明白である。

                いざ決戦

 しかしこの際(順番をまちがってはいけないが)、そろそろ日米同盟の見直しを検討したらどうか。もとより、トランプ氏や一般米国民は内心、アメリカが同盟国を守っていることがいいとは思っていない。アメリカは、年間80兆円もの軍事費をかけている。今回日本に要求した金額の満額さえ、米軍軍事費の1%にすぎない。

 日本にとっては、あらたに毎年1兆円も出して恩に着せられる。実際に日本は、その何十倍もの不利益を被ってきた。バカ高い武器を買わされ、日本の空や領土を制限される。貿易交渉では手玉に取られている。

 それくらいなら、日本は自主防衛の道を進んでいきたい。これを機会に、日本独自で武器を開発し、自衛隊に設置できる新産業を発展させる。もちろん安倍総理退陣3要件、とくに核武装は必至である。
 予算はいくらでもある。

事業を承継する

 どんなつまらない仕事でも、お金が動けば世の中は活性する

 全国の中小企業の2/3は、社長の後継者が決まっていない。引退が近い60歳代になっても、半数の経営者は後継者不在だという。これでは、政府がいくら事業承継支援策をとっても、焼け石に水である。まもなく日本の中小企業が激減する。企業が少なくなれば、有形・無形の資源が消滅し、生産活動できなくなる。日本の経済が縮小する。

 急激な高齢化と人口減少の日本では、この成り行きは必然である。人口が減っていくのは、かまわない。問題なのは、人口減より仕事を辞める人の方が多いことである。すなわち高齢で仕事をしない人を、少ない人数で支えることになる。高齢者が受けるべき、モノやサービスを供給する力が無くなっていくのである。

                破産か R1.6.27

 一方、これまで60~65歳で仕事を引退した人の多くが、何らかの形で農業を行っている。農家の人はもとより、それまで農業経験のなかった人も、家庭菜園や畑を借り、それなりの作物をつくっている。考えようによっては、会社でふんぞり返っていた時より、生産性があがっている。農業従事者の高齢化は、問題どころか歓迎すべきである。

 また日本には、有象無象の個人事業主がごまんといる。私のように従業員ゼロ、設備も事務所も持たないフリーランスの事業主は、数百万人いる。機会さえあれば何かやろうと思う人は、その数倍いる。

 じつは、これからの少子高齢社会を支えるのはこの人たちである。彼らは、動けなくなるまで仕事を続ける。需要の縮小より供給力減退のほうが大きくならないよう、需給のバランスをとることができる。したがって、需要が無くなれば自然消滅する。会社のように、阿鼻叫喚の倒産劇を演じなくてもいい。

 企業は減ってもかまわない。人々の働く場と、体力・気力があればいいのである。どんなつまらない仕事でも、お金が動けば世の中は活性する。私自身も、今の仕事をあと10年。もうできないと思ったとき辞める。あとはじじいの決死隊である。この個人事業者が仕事を続けられる環境づくり、規制緩和が必要である。

大嘗祭は重要な儀式

 いくら税金を遣ってもかまわないし、そのお金が天下に回ることで国民が豊かになる

 大嘗祭が行われた昨日、東京で反対集会があり、主催者は「たった一晩の儀式のために27億円もの税金を遣うのは怪しからん」と訴えたという。「インチキ大嘗祭」などのプラカードを掲げ、「神様ぶるな」「税金返せ」などと声を上げていた。(11月14日朝日新聞デジタルより)
 これだけ堂々と反対行動をして、大新聞に好意的に取り上げられていながら、「天皇制反対の声を上げにくい、息苦しい状況が生まれている」と文句を言うのが不思議ではあるのだが。

 またそれに先立って、「即位儀式は憲法の政教分離規定に違反する」として、各宗派のキリスト教団体関係者が、国会内で反対の記者会見を行った。

 たしかに、ほんのいっときのため巨大な神殿を建てたり、豪華な什器や各地の食物を数多く揃えるのは、われわれ貧乏人からみたら、勿体ないと思う。だから、そんな「ムダ」なことに27億円もの税金を遣うのはとんでもない、と主張する人がいてもおかしくない。

               玄武稲荷祭りH26.3.23

 しかし大嘗祭は、両陛下が古式にのっとり、国と国民の安寧や五穀豊穣を祈られる、一代一度の重要な儀式である。ある程度の国民が、27億円以上の価値があると思えば、止めるわけにはいかない。YAHOOのコメント欄「いいね」の割合を見ても、8~90%は大嘗祭に賛同している。税金の使い道としてこれ以上ふさわしいものはないはずである。
 27億円の大嘗祭がムダなら、沖縄の首里城を何百億円かけて修復するほうが、よほどムダではないか。いくら再生しても、また火災消失したら、賽の河原である。それに一瞬で消える花火はどうする。

 また、ある人にとってどんなつまらないことでも、一部の人がお金を払って欲しいと思うモノやサービスが生まれ、増えていけば、社会が豊かになる。それが経済成長である。だから80%(30%でもいい)もの日本人が反対しないなら、いくら税金を遣ってもかまわない。そのお金が天下に回ることで、国民が豊かになるのである。それこそ五穀豊穣である。


 さらに、大嘗祭が憲法に違反しているかどうかは関係ない。微妙なら憲法を変えればいい。ルールは守らなければならないが、常に見直さなければならない。

逆転人生

 親方日の丸の警察・検察は、いくら冤罪をつくっても自分の首は安泰である

 先日のNHK「逆転人生」では、ある冤罪被害事件を取り上げていた。寿司屋の主人が、駐車違反を咎められた婦人警官に対し、暴行を働いたという冤罪である。現場には大勢の目撃者がいた。暴行はなかったと証言する人がいるにも関わらず、19日間も拘留され、その間、警察官や検事から執拗な取り調べを受けた。あげく最後には、暴行を認めることを条件に、起訴猶予にしてもらったという。それでも、公務執行妨害で暴行し、逮捕されたという「犯罪歴」は残る。結果的に裁判に持ち込み、14年かけてその汚名を晴らす、という逆転人生である。

 むかし私の友人が逮捕された時も、警察のつくったストーリーを認めるまで、長々と勾留を解いてもらえなかったと言っていた。これまで世間で騒がれた多くの冤罪事件も、同じようなものである。

 警察・検察に限らず、多くの役所では、一度決めたことは覆したくない。「無謬性の原則」というのがあり、しばしばこのような理不尽な出来事が起こる。直接冤罪被害に遭った人ばかりでなく、その可能性のあるわれわれにとっても許しがたい。
 表に出ない冤罪被害者は、数えきれないくらい発生しているはずである。有罪とされる人の10%以上あるような気がする。TV放送のようにずさんな取調べが日常行われているなら、半分くらいあってもおかしくない。

                ひねミミズク

 では、なぜこんなばかなことが頻発するのか。
 警察や検察側の理屈はわからないでもない。犯罪者の流出防止である。
 たとえば企業の品質管理を考えてみよう。その場合、検査のミスは大きな問題である。品質検査は、刑事事件では逮捕後の警察・検察の取り調べに該当する(逮捕は抜き取り段階)。
 品質検査のミスには、つぎの2種類がある。
①不良品を良品と判断するミス
②良品を不良品と判断するミス

 企業において、①(不良品を良品と判断する)のミスは、お客に不良品を提供し、不利益を与えてしまう。お客離れを起こす、致命的なミスである。
 一方の、②良品を不良品と判断するミスはどうか。企業にとって、廃棄損は出るがお客に不良品が渡ることはない。不良品と判定されたものは、たとえ良品であろうと廃棄される。これが優良企業とされている。
 したがって、「優良企業」は、②より①のミスのほうを無くそうとする。②のミスはあまり表に出ない(モノやサービス自身は声を出さない)。

 そこで、警察や検察の取り調べにおいても、罪のない人を罪人とする(②にあたる)ミスを犯すより、罪人を無罪(①にあたる)とする方を恐れているのではないか。もし取調べのミスによって、悪質な罪人が放たれてしまったら、再犯による被害が発生する。現実には、そのことで治安が保たれている面もある。

 つまり好意的に解釈すれば、現在の取り調べ法は、冤罪人をつくるより、犯罪人を世に送ることの不利益を無くそうとしているのである。

               崩れ熊

 しかし、モノやサービスと異なり、冤罪被害者は人間である。いくら犯罪者を社会に流出させないからと言って、罪のない人が罪人の汚名を背負い、処罰されるのでは堪ったものではない。また企業にとっても、②のミスは利益を直撃する。こんなミスが続けば、あっという間に潰れてしまう。検査員は路頭に迷うから、②のミスも極力防ごうとする。

 それに対し、警察・検察は親方日の丸である。いくら冤罪人をつくっても、自分の首は安泰である。決して口に出さないが、本音ではそう思っている。
 現に平成30年に行われた、約30万件の裁判のうち、無罪となったのは130件しかない。今のずさんな警察・検察のやり方なら、毎年10万人以上の冤罪被害者が発生していると思われても仕方がない。被害者らが国を恨み、まともに仕事をしなくなって、本物の犯罪者に変身したらとんでもないことになる。すでになっているのではないか。

 したがって、人間様を対象とする警察・検察の取り調べにおいても、②(良品を不良品と判断する)のミスも無くす努力をしなければならないのである。

 どんな人や組織でも、ミスは必ずある。重要なのはそのミスを減らすようにすることと、ミスが発生しても大事にならないことである。そのために、いろんな知恵がある(このことは別な機会に)。

                  妖しい枯れ木

 もっとも、いまの警察・検察から裁判に至るまでの取り調べは、ミスと言うより悪意であるとしか思えない。それなら、彼ら自身を裁かなければならない。その仕組みをつくるため、グルになっている法相界を分断する。裁判制度の抜本改革が必要である。

 まずは、国民自身が冤罪を防ぐために、大きな声を上げ続けることである。TV番組のような理不尽なことが続けば、法曹界の人々の首が飛ぶ。つまり、彼ら自身が「逆転人生」を送る。そのことを、しっかり自覚していただく必要がある。

安倍総理退陣3条件

 退陣を機に民主党の残した毒まんじゅうを一掃するのが、安倍総理の責任である

 安倍政権の「桜を見る会」の参加者をめぐり、国会ではここぞとばかり、野党が突きまくっている。ワイドショウ―など、マスコミも尻馬に乗って騒いでいる。参加者名簿がどうたら、一人当たり3,500円など、重箱の隅がほじくりだされ、断末魔の足掻きがはじまった。

 これに限らず国会では、定期的にパーキンソンの凡俗法則を地で行く論争に明け暮れる。大事より小事しか議論できない議員ばかりだから仕方がない。小事でわかりやすいから、評論家がどんどん増える。本来は、たかが5,000万円の使い道を争うより、強い日本をつくるための議論が必要ではないか。国防や災害対策予算などはどうなっているのか。大事をそっちのけでは、政権というより日本政治の断末魔である。

               最後の大宴会

 それでも、安倍政権もそろそろ限界である。チマチマした不祥事などどうでもいいが、期待された成果がまるで上がっていない。これまで、大きな改革はできなかった。これ以上政権を維持してもできるとは思えない。それなら、最後辞めるときしかチャンスはない。この際最後の大仕事を花道に、散っていただきたい。

 前に書いたように、最後の大仕事は次の3つである。

 ①9条を中心に憲法を大改正する
 ②新憲法に消費税凍結を盛り込む(10%を超えない)
 ③核武装と核エネルギーの拡大

 拉致問題や北方領土など、相手のいる話は解決困難である。だがこの3件なら、総理の権限で強行突破できる。本気で退陣を覚悟すれば、できないはずはない。満額成就できなくとも、いまよりはましである。重箱の隅でずるずる国会論争するより、はるかに国益にかなう。
 民主党の残した毒まんじゅうを一掃するのが、安倍総理の責任である。

海洋プラスチック汚染

 トリチウム水の海洋放出なんかで騒いでいることが、とんでもなくあほらしくなる

 国連で演説した16歳のグレタさんが、環境問題を意識したのは、海に浮かぶ膨大なプラスチックごみの映像を見たことだと言っていた。現在世界中で、プラスチックは毎年4億㌧以上生産され、そのうち1700万㌧が海に流入しているといわれる。2050年まで累計すると、海に生息する魚介類の重さを超える。なにしろ、プラスチックは分解されにくいので、溜まる一方である。

 流出量が最も多いのは中国で、世界の1/4を占めている。続いてインドネシア、フィリピン、ベトナムと続く。これらの国から海に出たプラスチックごみが、海流に乗って日本の近くを通り、還流の集積所に向かう。つまり日本周辺は、世界最大のプラスチックごみの通過、沈殿、集積所となっているのである。

 中嶋亮太氏(JAMSTEC研究員)の「海洋プラスチック汚染」によると、有象無象のプラスチックごみはつぎのようなことから発生する。
 まず陸上や海の上からポイ捨て、ごみ処理施設や下水処理施設からの漏出、イベントでの風船飛ばしなども危ない。また農業で使うビニールや肥料カプセル、魚網や釣り糸の廃棄、道路粉塵など。毎年海上輸送では、1000個以上のコンテナが紛失している。さらに近い将来、廃棄された膨大な量のソーラーパネルが、路頭に迷う。なにしろ、ありとあらゆるところにプラスチックが使われている。

 ゴミの内容は、大型の漁具やレジ袋大のものから、5ミリ以下のマイクロプラスチック、それが分解され1μMより小さなナノプラスチックになったものも増えているという。これらは海流に乗って大洋の「集積所」に集まる。ただその前に、付着物によってほとんど海の底に沈んでいく。いろんなところで海の生物が食べ、それを人が食べる。

                人魚姫
 これらはどんな実害があるのだろうか。「海洋プラスチック汚染」によると、以下のような影響を生物に及ぼす。

①マクロ(大きな)プラスチック
 海鳥やウミガメなどが、レジ袋などプラスチックごみを食べることで、胃や腸が詰まり、死に至る。クジラやイルカなどの大型動物は、釣具や魚網などの大型魚具を呑みこんで、七転八倒している。わかりやすいので、繰り返し映像が流れる。

②マイクロ(1ミリ)プラスチック
 動物プランクトンやカキなどの貝、サンゴなどが、1㍉ほどのマイクロプラスチックを食べ、繁殖能力を落としている。また本来の食材を食べなくなって死に至る。日本近海には、世界平均27倍のマイクロプラスチックが漂っており、そのホットスポットとなっている。

③ナノ(0.001ミリ)プラスチック
 もっと小さい、μ大のナノプラスチックは、消化器官から循環器系に入り込み、さらに脳組織に蓄積する。これが魚介類に浸透し始めているという。もちろん、それを食べる人間に影響しないはずはない。おかげで「放射脳」など、脳のおかしくなった人が増え始めた。

④毒物の吸着
 海中のプラスチックは、これまで垂れ流したPCB、DDTなどの残留有機汚染物質を吸着する。これらも分解しにくい。ナノ・マイクロプラスチックは体積に比べ表面積が大きいので、より多くの毒物を集めて吸着していく。その濃縮した毒素を魚が食べ、それを人間がおいしくいただいている。さんまの大漁に喜んでばかりいられない。

⑤化学物質の影響
 プラスチックに含まれている各種添加剤(酸化防止剤、難燃剤、可塑剤、紫外線吸収剤、着色材、抗菌剤などの)化学物質が、本体から浸みだしている。むろんこれらも、生物にとっていいわけがない。残留モノマーは、発がん性や突然変異誘発性の危険性が指摘されている。


 なにしろ、これまで数億トンレベルの、膨大な量が海に流れ込んでおり、いまもなお毎年1700万トンが、海の中に流入している。すべてのものは、ある限度の量を過ぎると急激に毒に変わる。いくらなんでも、そろそろ限界である。
 これをみたら、トリチウム水の海洋放出なんかで騒いでいることが、とんでもなくあほらしくなる。プラスチックごみの影響は、「風評」でなく、まさに「実害」である。

                ゴミ袋
 さてどうすればいいのか。
 これまで流出したものは、ほとんどが海底や海溝に沈殿し、回収は極めて困難である。今の技術では不可能といってよい。また海面上に漂うマクロプラスチックのほんの一部は回収できても、マイクロ・ナノプラスチックとなると、これも難しい。

 放射能をたっぷり含んだ汚染水を海洋注入し、ガンマ線で分解することも考えられる。ただ福島にあるトリチウム処理水くらいでは、太平洋でゴボウを洗う程度の貢献しかできない。

 海底に沈んだと思われる、膨大なプラスチックごみは、今後どのような環境影響を与えるかわからない。それほど影響ないかもわからないし、今後の量的・質的変化によって、とんでもない環境影響をもたらす可能性もある。もしかしたら、温暖化問題より重要かもしれない。

 現実にできることは、これ以上海洋放出するプラスチックごみを少なくすることである。回収を確実にすることと合わせ、生産量を減らす。あるいは生分解性プラスチックに切り替えていく。いま人類にできることはその程度である。
 これではまた、グレタさんに叱られる。

AIビジネスコンテスト

 コンサルタントも、役所の仕事ばかりしていると目が曇ってしまう

 先日NHK(Eテレ)で、「日本を変える全国高専ディープランニングコンテスト」の、記録動画が放送された。全国の高専生が、人工知能を使った新ビジネスを提案するコンテストである。それを、日本の名だたる投資家5名が評価する。
 
 コンテストに出たビジネスの内容は、以下の通りである。
 沖縄の魚の名前と説明を表示(沖縄高専)、送電線点検ロボット(香川高専)、工場設備のメーター点検ロボット(長岡高専)、ドローンと組み合わせたイノシシ発見、他の動物と選別してイノシシを檻に捕獲、ナビによる運転補助システムなど7校であった。

 魚の名前を表示するシステムは、世の中のあらゆるモノの説明に応用可能である(もっともこれはグーグルが広範囲に開発しているらしい)。送電線点検ロボットは、道路や橋梁、ビル、下水道などあらゆるインフラに応用できる。その他のシステムも、応用範囲が広くいろんな可能性を有している。

 解説の松尾教授が述べていたように、AIシステムにおいて、インタネットと5G分野では、日本はアメリカ・中国に対し絶望的に遅れている。だが、ロボットなどハードメカを組み合わせたAIシステム開発については、まだ可能性がある。つまり1周まわって、昔の機械技術者が活躍する余地が生まれてきたのではないか(この面でも日本は寂しい限りだが)。

                美人ロボット H27.10.9

 このコンテストで感心したのは、プレゼンが時間切れで中途半端になってしまった長岡高専が優勝したことである(内容は、私自身あまり評価していないが)。民間投資家は、形式より中身を重視しているのである。審査員がお役人なら、決してこんなことは起こらない。われわれコンサルタントも、役所の仕事ばかりしていると目が曇ってしまう。

 今回はまだ、プレコンテストである。来年以降、本格的なコンテストを行うという。これまでのロボットコンテストは、単にハードの性能を競うものであった。それに対しAIコンテストは、ビジネスアイデアのコンテストである。その場で結論は出ない。当たり外れはあるが、アイデアだから無限の可能性が生まれる。それを評価するには、さらに柔軟な発想が必要である。

即位パレード

 これで日本には、世界最強じじいの決死隊の結成が現実的になった

 天皇陛下の即位に伴う即位パレード(祝賀音列の儀)を、TVで見ることができた。
 両陛下はオープンカーに乗られ、30分ほどかけておよそ5㌔をゆっくり走る。時速10㌔だから、周囲のビルからゴルゴ13なら狙撃できる。あるいは、ほとんどの人がカメラやスマホで撮影しており、カメラ銃で狙えばひとたまりもない。
 1億人いれば、一人や二人くらい、意欲と能力のある人がいる。それを防ぐのは大変なことである。大勢の警官が膨大な工数をかけて警備を行った。このことは決してムダではない。
 
 それに先立って、昨日の夕方には、「前夜祭」が行われた。若手歌手の合唱に続き、女性歌手が「君が代」を独唱。これはまあまあであった。最後の「天皇陛下バンザイ」が、延々と続いたのは、すこしやりすぎのような気がする。

                じじいの決死隊 H29.8.03
 
 それはともかく、パレードをじっくり見たのは初めてである。
 沿道の観客は、半分以上がひと目撮影しようとスマホを高く掲げ、「雅子さまあ」と叫ぶ黄色い声が、引きも切らない。
 多くの人がコメントしているように、つくづく日本人でよかったと思う。陛下は、どんな状態にあろうとも、常に我々のために祈ってくださる。日本人である限り見捨てられることはない。なにをしても許される、まさに神である

 つまり自分が死んでも、天皇がおられる限り日本は残る。 
 年を重ねるほど、そう思えるようになった。もう思い残すことはない。直接ライブで見た人はもっと感激したはずである。これで日本において、世界最強「じじいの決死隊」の結成が現実味を帯びてきた。この流れはもう止められない。

登山のストック

 普段の歩行でさえ、杖を離せなくなる日が近づいてきた

 11月になると、まとまった山には行けなくなる。それでなくとも、体力・気力が減退してきた。なにか補助具が欲しい。
 2~30年前に登山を再開した時、目についたのが、多くの登山者の持つストックであった。各自が、スキーストックのようなもので歩いている。いまでは、ほとんどの登山者が両手にストックを持つようになった。とくに、中高年の登山者はたいてい使っている。

 そこで15年ほど前、T型の杖を購入した。大枚7000円の杖を、さっそく登山で使ってみた。2~3回は使用したと思う。登り下りのバランスをとるのに便利であった。だが登山するたび親指の腹の皮をすりむく。ズルリ剥けるので、1週間痛くてたまらない。繰り返して皮が厚くなるまで我慢できない。杖の使用をあきらめてしまった。

                崩れ熊

 それでも、山に登るたび衰えを感じる。連続歩行3時間を超えると、全身疲労困憊する。5時間を超えた登山のあとは、精魂使い果たす。若いときのように、有り余るエネルギーを小出しにすることができない。一気に疲れが出て、回復に1週間かかる。

 先日アイスバーンの富士山に、軽装で登りながらUチューブの実況をしていた人が、滑落・死亡していたという。よくそんなことができる。登山どころか、そろそろ家の中を歩くのさえしんどい。
 それこそ、普段の歩行でも杖を離せなくなる日が近づいてきた。下半身が衰えたら、あの世は近い。

愛知の対抗展示会

 チマチマと憂さ晴らしをしている人たちに比べ、その実行力は頼もしい

 愛知県では、先だって物議を醸した「あいちトリエンナーレ」に対抗した「あいちトリカエナハーレ」という、ユニークな名前の展示会が行われた。主催は、日本第一党と桜井誠を応援する会という極右団体である。マスコミではほとんど報道されていないが、ネトウヨの間では評判になっていた。
 「トリエンナーレ」などという、意味不明の外国語に比べ、「トリカエナハーレ」は、ユーモアを含んでいてわかりやすい。

 この「あいちトリカエナハーレ」の展示内容は、大村知事を揶揄した絵画や、朝鮮人かるた、韓国兵の残虐性を象徴するライダハン像などである。揶揄の対象になった大村知事は、訴訟も辞さないとカンカンに怒っているようだ。たしかに「犯罪はいつも朝鮮人」など、ヘイトと思われるような展示物も陳列されていたという。私ならとても「トリカエナハーレ」の主催に名を連ねる勇気はない。

                  キノコ雲

 しかし、あくまで「トリカエナハーレ」は、「トリエンナーレ」に対抗して催されたものである。その大もとである「あいちトリエンナーレ」の展示は、日本人の我々にとって耐えがたいものであった。旧日本軍の冤罪を象徴する少女像だけならまだしも、特攻隊や福島の放射能被害を揶揄する工作物や映像。極めつけは、昭和天皇像を焼きつくしたあげくその灰を足蹴にする映像を流していた。日本に対する最大の侮辱である。
 これに比べたら、「トリカエナハーレ」の展示は、まだまだ生易しい。かなり遠慮したものであったように思える。たぶん「ヘイト法」に配慮したのであろう。

 いくら「あいちトリエンナーレ」の展示内容がひどいものであっても、強制的に排除すれば、またややこしい人が出てくる。そこで、「日本鬼子」のような、気の利いた反撃ができないかと考えていた。パロディあるいは替え歌である。まさに「あいちトリカエナハーレ」は、その思いを具現化したものである。
 ネットブログなんかでチマチマ憂さを晴らしている、私のような人たちに比べ、(センスはいまいちだと思うが)その実行力は羨ましい。

ものづくり補助金採択

 重要なのは、ほんとうに革新的な事業を行える、具体的計画となっていること

 先日、30年度補正ものづくり補助金2次募集の採択発表があり、福井県では17社が採択された。この年度は、1次・2次募集をあわせ、私が支援した企業すべて採択された。(関与の度合いがあるが)こんなことは初めてである。

 じつは今回支援したある企業からは、締切前々日の夕方に依頼され、突貫工事で申請した。申請のための中小機構サイトへの登録から、加点要素である「先端設備導入計画書」及び「事業継続力強化計画書」の作成と、それぞれの役所への提出。そして申請書本文及び付属文の作成である。申請書は、以前企業が独力で応募、採択されなかったものを焼き直し、大幅な加筆・修正を行った。

 これらを、依頼された企業の人たちに説明しながら手分けし、実質1日で行った。もちろん申請前に修正したいところは山ほどあった。だが締め切りを過ぎたら、いくら最優秀作品でも評価の対象にならない。時間がないので最低限の急所だけ押さえるようにした。

                佐々木小次郎

 超特急で申請したおかげで、採択されるコツを再確認することができた。
 次の4つである。
①加点項目はできるだけ入れる。どのような評価も中心化傾向は免れないから、ずば抜けた内容でない限り、加点は決定的に影響する。現実にはほとんどの申請企業が加点要素を入れているので、これがないと大きなハンデを負う。

 そして申請書の内容は、これまで本ブログで書いてきた重要項目を外さないことである。
②ひとつは、ある程度の「革新性」を有していること。
③つぎに「ものづくり技術」の場合は、「高度化」が計画されていること。 
 「革新的サービス」の場合は、「革新性」を強調。
④この2つをしっかり示し、「審査項目」に合わせた申請書をつくる。

 これらがしっかりできれば、平均以上を目指すことができるのではないか(当たり前か)。

                 これでいいか

 もちろん企業にとっては、補助金を得るのが最終目的ではない。
 重要なのは、企業が真に革新的な事業を行えるような、具体的計画となっていることである。あくまでも、申請書の計画に合わせ、その企業が経営革新を成功させること。それが本来のものづくり補助金の目的である。
 補助金で、まともに使いもしない設備を入れたために、余計なスペースをとったあげく効率を悪化させる。そんな企業を数多く見てきた。それでは本末転倒である。

技術士の資質向上

 「有能性の重視」を口実に難しい仕事を受けなければ、イノベーションを阻害する

 技術士筆記試験の、今年度の合格発表があった。合格者は年末年始の口頭試験を受ける。その試験を受ける際、必ず覚えておかなければならない事項に、3大義務と2つの責務、そして10項目の行動指針がある。

 そのなか、技術士の「資質向上の責務」(47条の2)では、「技術士は、常に、その業務に関して有する知識及び技能の水準を向上させ、その他その資質の向上を図るよう努めなければならない」とある。

 多くの場合、「資質向上」は仕事の遂行を通してなされる。いくら机上で勉強しても、現場の仕事では、役に立たない。ほんとに力が付いたと実感できるのは、これまでできないと思っていた仕事ができたときである。またどんな仕事にも新しい要素がある。実践することで力が付き、それがイノベーションとなり、経済成長を支える。もちろん専門外の仕事を受けるといっても限度がある。ライセンスなしに、ジャンボ旅客機の運転や、すい臓がんの手術などを行うわけではない。

                飛躍

 一方、技術士の行動指針の中には「3.有能性の重視」というのがある。ここでは、「技術士は、自分の力量が及ぶ範囲の業務を行い、確信のない業務には携わらない」と謳っている。ここで、簡単にできることしかやらないというのは、明らかに先の「資質向上の責務」と矛盾する。

 そしてこの行動指針が、多くの技術士の資質向上と技術革新を制限している。現実の仕事は千差万別である。自分の力量の範囲で確信の持てる業務などほとんどない。やったことのあるやさしい仕事ばかりでは、仕事量も限定される。

 つまりできることしかしない「3.有能性の重視」は、人の怠け心を増幅させてしまう。
 最近の私も、しばしば「3.有能性の重視」を理由に、頼まれた仕事を断るようになった。これではもう、資質向上など望めない。

生涯勤労社会

 モノやサービスを供給する人がいなければ、お金なんかただの葉っぱである

 私のように70才にもなると、働いている人は少ない。統計によると、65才以上での勤労者はおよそ25%(家業や細々とした畑仕事など含めたら、その倍くらいかもしれない)。私の周りを見ても、同年代で働いてない人は半分以上いる。その多くは、大企業や役所に長年勤め、まともに年金を貰っている。
 
 かれらに限らず、働かないで年金や生活保護を貰うことばかり考えている人は多い。だれだって、働かずにお金だけ欲しい。無責任な野党はいつも、お金を出させることだけしか言わない。政府も腰が引けている。

                じじいの決死隊 R1.7.30

 しかしみなが遊んで暮らせるなど、原理的に不可能である。現実にモノやサービスを供給してくれる人がいなければ、いくらお金を貰っても、タヌキの葉っぱにしかならない。モノを買える裕福な人だけ増えても、供給力がなくなるのだから意味がない。インフレの到来である。働かない人に、むやみにお金を与えたら、かならずそうなる。

 そこで国は、年金受給年齢の引き上げと定年を70才まで延長させることを目論んでいる。方向性としては間違っていない。労働期間を延長することは、高齢社会における喫緊の課題である。70だろうが80だろうが、人は死ぬまで働くべきである。ムダな仕事がGDPを押し上げる。


 そして年寄には年寄しかできない仕事がある。人のふんどしで相撲を取る経営コンサルタントは、年寄向きである。さらに、命を失う危険がある「ジジイの決死隊」こそ、理想の仕事ではないか。この件では最近、同じようなことを言う人が出てきた。もうすこしである。
 また体力・気力溢れる若者なら、命以外のリスクを取って第一線で働くべきである。

越前大野の観光

 観光客が財布のひもを緩め、腹をすかしてウロウロしているのに勿体ない

 宝永体協主催の小旅行で大野を訪問。越美北線に乗り、約1時間で大野駅に着いた。2両編成車両で、満員の乗客の半分は九頭龍湖へ向かうようだ。

 大野駅からは、ボランティアガイドの案内で、六間通りから寺町通りに入った。この通りは、20軒ほどの寺がずらり並んでいる。しかも、真言宗、曹洞宗、浄土宗、浄土真宗など、各種宗派を取り揃えている。これまで見なかった大野である。
 7間通りに入ったら11時過ぎで、ちょうど朝市が終わっていた。振替休日のせいか、我々のような観光客が目立つ。無料駐車場は、ほぼ満杯であった。車の台数からみて、この瞬間4~500人の観光客が市内を散策している。

 大野 寺町 R1.11.04 大野城 R1.11.04 大野城から経ヶ岳、法恩寺山 R1.11.04

 この人数に対し、市内観光の中心である結ステーションあたりの飲食店や売店は、どうも受け入れ態勢が整っていない。普段は閑古鳥が鳴いているのであろうか。

 数少ない飲食店(平成大野屋、御清水蕎麦)は、長い行列で入る気がしなかった。運よく蕎麦屋に入れた人に聞いたら、料理が出るのに30分かかったという。土産物店の結楽座は、品揃えがいまいちで、品切れも多かった。食べるものは「あられ」みたいなものしかない。高級地酒を、暖房の効いた所に並べておいたら、買う気がしなくなる。近くの酒店で買おうと思ったら、まともに値札がついていない。
 せっかく観光客が財布のひもを緩め、腹をすかしてウロウロしているのに勿体ない話である。これでは奈良の2の舞になる。
 

君が代歌唱

 オリンピックでは、失敗の恐れのある独唱は避けたほうがいい。君が代は合唱に限る

 スポーツの試合や運動会など、国旗掲揚するとき君が代を歌う。その「君」はどういう意味か。言葉通りなら、「君」は「あなた」。つまり目の前にいる人のことである。一般には、日本の最高権威である天皇陛下のことだと思っている。万世一系を願うものである。

 あるいは古事記に記されている、伊弉諾(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)の男女ペアの神だという話もある。この男女の神からわれわれが生まれ、延々とつづく悠久の民を形成してきた。
 いずれにしても神話であり、何はともあれ2000年以上続く日本の柱である。

               サザレ岩 別山麓 H22.9.24

 その君が代を歌うのは難しい。9月のMGCで独唱したコブクロの歌は、しばらくネットで評判になっていた。コブクロでなくとも、君が代をきちんと独唱するのを、聞いたことがない。「失敗」とは言えないまでも、プロの歌手でさえ、聞くに堪えない歌声を出す。

 ネットで見つけた堀内孝雄もひどかった。その他、男性歌手は自分流にアレンジ誤魔化すので、うまいか下手かわからない。いくつか探したが、これはと思う歌手はあまりいなかった。まだそのなかでは布施明がいい。

 それに対し、高い声の出る女性歌手は概ねうまく歌っている。
 まちがいないのは合唱である。多少下手でも聞ける。オリンピックでは、失敗の恐れのある独唱は避けたほうがいい。君が代は合唱に限る。

一気飲みの悲劇

 みなが酒をおいしく飲むようにすれば、一気飲みでの事故は無くなる
 
 近畿大サークルの飲み会で、一気飲みをした男子学生が死亡した事故があった。大阪地検は、「保護責任者遺棄致死容疑(最高刑15年)」で書類送検された20代前半の学生のうち9人に、より刑罰の軽い「過失致死罪(同罰金50万円)」で略式起訴する方針だという。刑は軽くなったが、コンパなどで学生が飲酒・死亡することで、起訴まで至るのは珍しいらしい。

 一気飲みを強制することが、社会悪として認識されるのは、悪いことではない。
 この場合も亡くなった学生は、開始1時間までに、ビールをたっぷり飲んだうえ、ジョッキ一杯のウォッカを一気飲みしたらしい。飲めない人はすぐ吐いてしまうので、酒の強い人ほど危ない。飲める人は、周りの期待に応えようと、つい飲みすぎてしまう。

               日本酒で宴会 H28.9.04

 私も高校を出た途端、酒の席では必ず、浴びるほど飲まされてきた。そのたび意識不明で、友人に下宿まで送られるか、道路の側溝に、半身ずぶぬれになって寝込んでいたこともある。丸山議員みたいに、あらぬことを口走ったことも、数えきれないくらいある(と思う)。半分覚えてないので、酔いがさめた途端、穴があったら入りたいような恥ずかしい思いをしてきた。

 「お前は酒か女で失敗するだろう」と言われたことがあった。逆に、酒のせいでうまくいったこともある(ほんとうか?)。いまの状態が失敗かどうかは誰にもわからない。
 いまさらながら、「酒と女は2号まで」とは、よく練れた言葉である。

                 飲むイヌ

 では、一気飲みの悲劇をなくすには、どうしたらいいか。
 他人に一気飲みを迫るのは、たいてい酒の飲めない人である。自分が飲めないので、人に飲ますことで、早く減らそうとする。酒好きはそんな勿体ないことはしない。だから、みなが酒をおいしく飲むようになれば、一気飲みの悲劇は無くなる。

 ここで大きな問題は、世の中に格安のまずい酒が出回っていることである。したがって、飲み放題の店は禁止すべきである。少なくとも、吟醸酒以上の酒を出す。すべての酒が希少価値として尊重されれば、みながお酒をおいしく飲めるようになる。それこそ日本は、竜宮城のような天国になる。

ノーサイドなしの韓国

 良い関係になるには、力を尽くし戦って決着をつけなければならない

 ラグビーワールドカップも、いよいよ決勝戦である。
 予選グループのひとつ、日本対スコットランド戦は、台風19号のため、開催が危ぶまれていた。もし中止になれば引き分けとなり、そのまま日本が予選を通過する。日本が目標としていたベスト8以上が実現する。格上のスコットランド相手だけに、日本人の多くは(心の中で)中止になることを望んでいたと思う。だから、台風19号を「カミカゼ」と考えていた人もいるのではないか。

 それでも結果的に試合が強行され、大方の予想に反し日本が勝利。ベスト8に進出した。これはみごとであった。負けたスコットランドも、観念したであろうし、それこそ終わったあとは「ノーサイド」である。

 あのとき試合が中止になって、スコットランドが戦わず敗退していたらどうか。この先千年くらい、日本に対し恨みをいだきつづけるであろう。

                恨めしや

 まさにこのことは、日本に対する中国や韓国の姿勢に重なる。大東亜戦争のとき、日本といまの共産党中国は、まともに戦争をしていない。日本は、蒋介石(のち台湾に逃げた)と戦っていただけである。毛沢東率いる共産党は、その漁夫の利を得て中国本土を制圧し、今に至っている。

 韓国はなおさらである。相戦うどころか、同じ日本軍として世界と戦っていた。一握りの朝鮮人が、中国で反日活動を行っていただけである。戦争と言えるほどのことは、まったくやっていない。この状態で大東亜戦争が終了してしまった。その時点で韓国は日本国で無くなった。もちろん勝者にはなりえない。

 いつまでも韓国が日本に恨みをいだきつづける、大きな要因は、このもやもやした不完全燃焼が燻ぶっているからではないか。
 欧州でも、徹底的に争ったドイツとフランスは仲良くなった。だが、ドイツと中途半端に戦ったオランダやギリシャ、ポーランドなどのドイツに対する態度は、まさに韓国と日本そっくりである。


 ではどうするか。
 やはり一度韓国とは、本格的に戦って決着をつけなければならない。そうでなければ、千年経っても今の関係は変わらない。
 いちど徹底戦争するか、このままお互い滅びるまで悶着を続けるか。
 おそらくほとんどの人は、玉虫色でお茶を濁そうとする。かくて、またややこしい関係を継続するのである。