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まだ半分

今日は1年間の中日(なかび)である。

 もう半分過ぎた。命が惜しい人はそう思う。
 まだ半分ある。これからたっぷり楽しめる。そう思う人は、幸せである。

              まだ半分ある R1.6.30
 
 裏庭に実ったビワも気になる。
 陽に当たり甘くなった上半分は、すっかりカラスに奪われてしまった。
 だが、まだ日陰の下半分が残っている。酸っぱいのを好む人は、幸せである。


54字の物語
 裏庭に実った琵琶を、カラスが狙っている。毎日10個は食われている。そろそろカラスの肉も甘く食べごろになった。
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日米同盟破棄

 日本が防衛費を5倍にするとき、抵抗勢力を排除できるかで日本の運命は決まる

 またトランプ大統領の発言が、波紋を広げている。TV番組で大統領は、「日本が攻撃されれば、米国民の命をかけて日本を守る。だが米国が攻撃されても、日本には我々を助ける必要がない。テレビで見るだけ」と語った。片務的な日米同盟に言及したもので、大統領の発言としてはかなり踏み込んだものである。


 もっともこの内容については、トランプ氏にとっていまさらの発言ではない。選挙のときから言っている。さらに、今すぐ本気で日米同盟を解消するとは思えない。トランプ氏の交渉術のひとつとして、思うことをぶちまけただけという見方が多い。

            自衛隊パレード 戦車? H28.10.1

 それなら、日本もアメリカに言うべきである。
 日本はいつまでもアメリカの傘の下にいたいとは思わない。日本がほんとの独立国家になるなら自力で国を守る。少なくとも、近隣の中国やロシアに対抗できる防衛力と攻撃力を持たねばならない。もちろん核武装は必須である。

 日本の核武装を、アメリカが止める権利はない。なにしろ我々は、世界最強国のアメリカに対し、大きな貸しがある。アメリカに対し、核攻撃する権利を持っているのは日本しかないのである。その伝家の宝刀を自覚することを、忘れてはいけない。


 問題は、日本国民の覚悟である。自力武装するとなると、軍事予算を5倍にする必要がある。財政出動で大幅に経済成長するし、引きこもり対策にもなる。
 だがそこで、必ず文句を言う人がでてくる。
 その勢力を排除できるかどうかで、日本の運命は決まる。

カーナビ

 大多数は認知機能が退化し、昼行燈が増えると、平和で争いの無い社会が生まれる

 こんどのマイカー4日間の旅行で、はじめてカーナビの威力を満喫した。右左折のはるか手前で方向を指示、交差点ごとに明確に行先がわかる。高速道路料金や10キロ先の渋滞情報まで知らせてくれる。こんな便利だとは知らなかった。情報の中身が新しいからでもある。
 じつはこれまで、カーナビをまるで信用していなかった。

 7~8年前、古いカーナビで道案内したところ、いつの間にかとんでもない細い道に誘い込まれてしまった。渓流沿いで道路脇はすっぱり切れ、落ちたら命はない。ガードレールはないし、反対から車が来たら、すれ違いできる所へバックする自信はない。緊張の糸が途切れ、やけくそになる一歩手前まで行ったことがある。
 そこまで身を危険に追い込んだカーナビを、信用できるわけがなかった。

            わしゃ知らん

 しかし、一旦便利さを知った以上、これを手放すのは至難の業である。
 そして便利になればなるほど、頭の働きは衰える。中央公論6月号で今尾恵介氏は、ニコラス・G・カー氏のつぎのような説を紹介している。
 ある概念を認識するためには、頭の中のナビがそれを脳内で空間的に構築する。いままではこれを、実際の目的地を探して歩くという行為で常に訓練していた。それを必要としなくなるとどうか。カーナビが考えることを代替することで、人の頭脳訓練の機会は少なくなり、認知機能低下が起こる可能性がある。

 進化したカーナビは、AIそのものである。AIは人間の考える力を代替する。そのAIを活用して、人間はさらに利口になるのかどうか。
 おそらく大多数は、それに安住して認知機能が退化する。

 もっとも世の中に、半ボケ昼行燈のような人たちが増えると、平和で争いの無い社会が生まれるのかもしれない。

小布施訪問

 仕事や登山を除き、生涯初めての3泊4日の長い旅を終えた。
 最終日は、これも初めての信州小布施に立ち寄った。「まちづくりの奇跡」と呼ばれるこの町に、いったいどんな魅力があるのか興味があったからである。

 川向正人氏によると、このまちづくりは、単なる街並みの保存とは異なる。地域内の人々や自治体、経済界が一体となって、少しづつ町を整えていく「修景」というキーワードである。すなわち、街の空間の持つ雰囲気、自然な状態を可能な限り残す。人々の生活がそこにあり、訪問者にもひしひしと感じられる、そういった生き生きとした「景観」を継続的に作り出していく。北斎館や菓子工場など、あるものは何でも利用する。

 葛飾北斎館 R1.6.27  小布施歓楽街 R1.5.27  小布施裏通り R1.6.27

 こんな後付けの理屈でも、いったん認知されたところは強い。広いとは言えない街に、年間100万人以上が財布を持って訪れる。訪問客がいれば、商店は繁盛し、さらに磨きがかかる。著名な商品や歴史遺産にもライトが当たる。それを目当てにまた観光客が来る。好循環が途切れない。

 そのコンセプトが陳腐化しないためには、走り続けなければならない。自転車操業である。具体的になにをどうしたのか。真実はだれもわからない。なにがいいのかも相対的である。
 とくに、私のようなリテラシーの欠如したものは、生半可なことでは感激しない。

ビーナスライン

 今日は斉藤ホテルを拠点に、美ヶ原高原~ビーナスラインのドライブと高原散策を行った。梅雨時で平日にもかかわらず、観光客はそれなり入っている。乗用車と同じくらい、バイクでの走行が多い。ただ、登山自動車道のくねくねラインの運転は、年寄には荷が重い。10年前は後からつついていたのが、今では煽られる。そんなに急いでどこへ行く。

 ビーナスライン高原 R1.6.26  車山より八ヶ岳 R1.6.26  車山より白樺湖 R1.6.26

 このあたりは、標高2000Mに満たないなだらかな高原地帯である。俯瞰すれば樹林帯よりはげ山のほうが美しい。それも中途半端なハゲではいけない。ハゲるなら、ここまで徹底すべきである。

上高地散策

 好天の今日、旅館の送迎バスで上高地を散策した。朝9時前に鹿教湯温泉を出発。昨日来た道を遡ること約2時間。11時少し前、大正池でバスを降り、約4時間の徒歩周遊を行った。

 河童橋やや上流から穂高連邦 R1.6.25 河童橋 穂高アップ R1.6.25 河童橋と穂高 R1.6.25

 大正池から河童橋までは、穂高のみごとな山並みを仰ぎながら歩く。河童橋から明神池までの1時間は、子ザルの寝技を見た以外、森林の中を、ひたすら歩くだけ。

 立て四方固め R1.6.25    明神池 R1.6.25    かぶりつき R1.6.25

 明神池のほとりにある嘉門次居酒屋で、待望のイワナの塩焼きをかぶりついた。
 今日の収穫は、穂高連峰の景観とイワナの塩焼きであった。

鹿教湯温泉

 朝9時前に福井を出発。信州鹿教湯温泉へ向かった。
 中部縦貫道路から飛騨高山を通って、約250㌔。鹿教湯温泉に着いたのは3時半。約7時間のドライブである。さすがにこの年ではしんどい。
 
   子連れ R1.6.24      茶店 R1.6.24

 10軒ほどの旅館のうち、「斉藤ホテル」という温泉旅館に宿泊した。宿泊客は、ほとんど日本人の高齢者である。湯治のための長期滞在者が多い。ぬるい湯で、長く浸かっていられるので体が温まる。
 明日は久しぶりの上高地。エベレストトレッキングの代わりである。

防災訓練

 今朝、地域の防災訓練を行った。
 サイレンとともに、「一次避難所」に集合し、そのまま小学校に行く。この訓練は、2~3年前から、いろいろ趣向を凝らすようになった。防災グッズや防災情報などの展示をはじめ、集合場所で段ボール部屋の組み立ても行う。今回は、新聞紙でスリッパをつくり、ゴミ袋での雨合羽の作り方の講習があった。

   大丈夫か R1.6.23    終の棲家 R1.6.23

 最初8時に集合して、9時30分ごろから後片付け。帰るときは、賞味期限間近の非常用ビスケット5枚ほど配布された。昨年は缶詰1個。大したものではないが、タダでもらえるとなると、人は目の色を変える。欲望は人を動かす。何もないときと比べ、集まる人は2倍くらい増えた。

韓国のひがみ

 福井市が独立したとしても、われわれは韓国のようなことはしない

 徴用工問題を巡って、韓国政府は厚かましくも、日韓企業の拠出金を原告への慰謝料の相当額に充てることを会談の前提条件としている。これまでのいきさつを知っている人には、まったく理解できない。
 この反日姿勢は韓国の国是である。文大統領の、天皇陛下への祝電内容「戦争の痛み・云々」も日本国民の顰蹙を買っている。日本の「植民地」になったことを、永遠の武器にしようとしている。

 文大統領の「過去は変えられなくても、未来は変えることができる」という言葉は、日本が悪いことをしたという前提でしかない。日本外務省が、旭日旗の説明をHPに上げたことに対しても、韓国外務省当局者は「旭日旗が過去の軍国主義と帝国主義の象徴だと周辺国に認識されている点は日本側もよく知っているはずだ。謙虚に歴史を直視する必要がある」と批判している。

                恨めしや

 もう、うんざりである。その歴史の間違いこそ修正しなければならない。修正がなされるまで、韓国との付き合いはしない。
 日韓併合とチベットのような侵略併合とは決定的に違う。
 武力侵略か政府間協定か、及びその後の統治である。
 チベットは、北京共産党政府が1951年に侵略。そのとき600万人いたチベット人の30%を虐殺した(米軍の沖縄虐殺の10倍)。チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世はインドに逃れた。

 いま数十万の漢族がラサに住みつき、多くのビジネスを支配し、高給仕事を独占している。環境破壊も進む。豊富な天然資源に目をつけた中国政府による鉱山開発によって、毒性物質が山河に垂れ流しにされる。宗教弾圧や中国共産党への忠誠圧力も止まない。
 チベット族の間では抵抗感情がくすぶり、時には大規模な蜂起に発展している。活動家らによれば、2009年3月以降だけで、140人以上が抗議の焼身を行った。
 これこそ、恐怖の植民地支配である。

 そして70年後のいま、ようやく併合の形を取り入れるようになった。
 物質的には豊かになっても、チベット独自の文化や民族のアイデンティティーは踏みにじられ、中国化が進んでいる。ダライ・ラマの写真を自宅に飾ることも許されず、宗教や文化について発言すれば逮捕される。

            家族

 一方日韓併合はまちがいなく、当時の韓国政府が望んだことである。弾圧どころか、日本の国家予算の半分をつぎ込み、最貧国を一気に日本と同じレベルに引き上げた。徴兵、徴用、弾圧すら、本国と「平等」に行った。
 ブリタリカ国際大百科事典によると、植民地とは「特定国の経済的・軍事的侵略によって、政治的・経済的に従属させられた地域」である。また大辞林によると、「特定国の経済的・軍事的侵略によって、政治的・経済的に従属させられた地域」である。

 「日韓併合」は、植民地の定義にはまったく該当しない。こんな当たり前のことがなぜわからないのか。植民地で搾取されたと言って騒ぐのは韓国だけである。もし福井市が日本から独立したとしても、われわれはそんなことは言わない。
 自分たちが被害者だという輩ほど、胡散臭い者はいない。

運転免許返納

 この50年で車が5倍に増えたのに、事故死者数が激減したことは称賛に値する

 杉良太郎氏や尾木ママなど、タレントの運転免許自主返納が続いている。おそらく免許更新がきっかけである。私も再来年の夏、72才で免許更新する。そこで返納は難しい。返納するなら、そのつぎの更新時。後期高齢者となり認知機能検査のときである。

 2017年3月12日に改正された道路交通法に基づいて、高齢者講習に2つのパターンができた。70~74歳までは2時間の合理化講習。75歳以上は、まず認知機能検査を受け、その検査結果により、合理化講習あるいは3時間の高度化講習に分かれる。
 これまでは、視力検査と30分ほどの講習だけだったのが、これだけ増えた。もちろん更新費用も倍増するので、潤う人が増えた。実効性はわからない。

              事故② H31.3.18

 車の運転は、認知機能ととっさの判断力を必要とする。
 私の経験でいちばん難しいのが、通行量の多い交差点の右折である。信号機、対向車(反対右折車に隠れる)、右側横断歩行者、後続車を同時にみながら曲がらねばならない。完全に対向車がなくなってから曲がろうとすると、後ろから煽られる。なんどもぶつけられそうになったし、実際ぶつけられむちうちになった。
 ガードレールの無い1車線の山道で、肝を冷やしたこともある。
 またカーブの多い山道で、後ろにぴたりつけられると怖い。後ろからせかされ、焦って逆走した人もいる。

 なぜか人は、ハンドルを握ると人格が変わる。車から降りてきて怒鳴られたこともあった。急がなくていいのに、無理やり交差点に入る。スピードを落とすところ、逆にスピードを上げる。右折車線の車が、交差点手前で突然右折信号を出す。福井県は、運転マナー全国ワースト10傑以内の常連である。
 もっと怖いのが、しなりと車線を変更し、中央線をはみ出す車である。オバタリアン及び高齢者が多い。とにかく車が増えすぎた。
 こんな状況で、事故が起こらないわけがない。

 むしろこの50年、車が5倍に増えた(1650万台⇒8200万台)のに、交通事故の死亡者数が1/5に激減(17000人⇒3500人)したことは、称賛に値する。これで日本人の平均寿命が延び、別の社会問題を拡大させていたのである。

幻滅のエベレスト

 エベレストにはもう思い残すことはなくなった。違うところで一花咲かせたい

 登山に夢中になっていた学生時代、一度はエベレストに登ってみたいと思っていた。なんといっても世界最高峰である。山を志す者なら憧れる。卒業後数年経過し、あまり山に登らなくなっても、つい最近まで、その思いはずっと残っていた。

 三浦雄一郎氏は、70才、75才、80才でエベレストに登った。彼はいつも、『無理をしなければ行けない。死ぬ気でチャレンジしなければ生きては帰ってこられない。だから僕は人生最大の無理をします』と言っていたそうだ。そのうえ、彼はいくつもの成人病を抱えている。
 だから私も、全財産をはたき体力を絞ればいつかは登れると思っていた。もう一花咲かせたい。

                じじいの決死隊 H29.8.3

 しかしここ数年、近隣の山を登っただけで消耗する。めっきり体力の限界を感じるようになった。これではエベレストどころではない。
 そう考えていたら、エベレストへの思いを吹っ切るような映像が目に入った。山頂付近の大渋滞と、膨大なゴミの山である。なにしろ、エベレストの山頂に至るやせ尾根数百メートルの間には、色とりどりの登山者が、身動きできないほど、びっしり張り付いている。

 2018年には、シーズンの5月だけで807人も登ったという。年間を通し登山可能な日は、それほどない。多い日は250人が山頂を目指したらしい。なにしろそこは、地上30%の酸素濃度である。酸素ボンベでも、すいすい登れるわけではない。渋滞で順番待ちをしている間に、酸素が無くなる。時間切れで体力を消耗し、遭難する人が続出している。今シーズンだけで10人以上が亡くなった。

 さらに幻滅したのは、ゴミの山である。テント場や山頂へ続く登山道には、テントや登山用具、空になったガスボンベの他、人の排泄物までもが散乱している。あれだけ人が集まれば、廃棄物が発生するのは当たり前である。
 すっかり幻滅した。
 これでエベレストには思い残すことはなくなった。「違う」ところで一花咲かせたい

拉致問題の解決

 首相が金正恩と交渉するなら、まず国内の工作員を一掃すべき
 
 北朝鮮の拉致問題が進展しない。安部総理がいくら意欲を見せても、相手が反応する気がないのでは、それこそ拉致があかない。13歳で拉致されためぐみさんも、50代の半ばになる。親世代は80才を超え、もう先がない。

 さらに深刻なのは、拉致を実行した北朝鮮の工作員が、まだ日本にたくさんいることである。日本で起こった迷宮入り事件の多くは、彼らが絡んでいる可能性が大きい。
 たとえば、平成12年(西暦2000年)12月30日午後11時頃から翌未明の間、東京都世田谷区の会社員宅で、父親(当時44歳)・母親(当時41歳)・長女(当時8歳)・長男(当時6歳)の4人が殺害された事件があった。この事件も、北朝鮮工作員の仕業だという情報もある。

                猫の祟り

 もし、日本と北朝鮮が交戦状態になれば、日本に潜んでいる工作員が、一気に暴れる。恐いのは、彼らの手で放射性物質をばら撒かれることである。何も原発施設を襲う必要はない。病院や研究所には、いくらでも放射性物質が置いてあり、それを拡散すれば、放射脳病にかかっている日本人は、ひとたまりもなくパニックになる。
 
 したがって、首相が金正恩と交渉するなら、まず日本国内の工作員を一掃すべきである(それにはスパイ防止法が必須)。それなしに交渉しても、一戦交える覚悟を持つことができない。いざとなれば戦争をも辞さない、背水の陣で交渉しなければ、解決するものも解決しない。拉致問題は、あと1年以内で全て終わらせたい。

 拉致解決は、核武装・原発推進とあわせ、安部首相退陣の置き土産とすべきである。もっと強引にやったほうがいい。8年も首相を務めたのなら、これくらいの実績は残して欲しい。

相続手続き⑤

 遺言書を書くより、いきなり「遺産分割協議書」を作ったほうがわかりやすい

 ようやく、不動産登記と預貯金引出手続きが終了し。父の相続が一段落した。
 はじめての手続きだから書類不備が多く、何回か書き直しが発生する。そのたび遠くの相続人に説明したり印鑑を貰う。ややこしいので頭の中が混乱する。また今回、あちこちの市役所や裁判所、登記所、年金事務所、金融機関など、20回も駆けずり回った。

 その一つに、家庭裁判所で遺言書の検認手続きがある。
 先月申請を行ってから20日以上かかった。おかげで、その他の手続きがストップしてしまった。正式に遺言書の内容を確認してから、相続人間での「遺産分割協議書」を執行しようと思ったからである。その間、法務局への不動産登記や金融機関からの預貯金引出ができない。

              裁判所 R1.6.12

 1か月近く待たされたので、どんな重要なものかと思っていたら、立ち会った裁判官の言葉で、唖然としてしまった。遺言書の検認は単に、裁判官が立ち会った時刻に、その遺言書があったことを証明するだけである。その遺言書が有効かどうか、いわんや内容が適切かどうかなどのお墨付きを与えるわけではない。

 つまり、検認時刻より前に遺言書が書き換えられていたとしても、知ったことではない。それらは別途相続人の間で解決する。検認後に、遺言書が書き換えられていたと主張するものがいた場合、検認日にコピーした遺言書を見せる。検認はトラブルのほんの一部に備えるだけである。多額の印紙代を治めるわけでもない。審査請求なしの特許のようなもので、知らない人に遺言書を権威づける効果しかない。ほかの手続きが滞るのなら、ないほうがいい。


 そこでこんどから、終活の重要課題として被相続人は、遺言書を書くより、いきなり「遺産分割協議書」を作ったほうがわかりやすいと思う。被相続人が作り、亡くなったとき相続人が調整・追認する様式にすれば、手っ取り早い。さらに被相続人は、生まれてからその時までの戸籍謄本を貰い、「法定相続情報一覧図」もあらかじめ作っておく。いい年して、相続人が増えることはめったにない。あっても微調整ですむ。相続手続きはずいぶん楽になる。
 とにかくこんなややこしい手続きは合理化しなければ、生産性向上どころではない。

イージスアシュア

 こんなあやふやな装置に頼るより、強力な核武装のほうがはるかに効果的である

 防衛省のイージスアシュア設置が、ややこしいことになってきた。住民説明会の資料が、とんでもない間違いを犯していた。電波を遮る山の高さを何倍もまちがえるという、きわめて初歩的なミスである。単純に間違えても、騙そうとわざと間違えたとしてもボンクラである。あるいは炎上させて、この話をぶち壊そうとする確信犯(共産圏の工作員)の可能性もある。

 誰がこの資料を作ったのかはわかっている。その者がボンクラか工作員なのか、防衛省内で落とし前をつけているはずである。もしかしたら徹夜で資料作成し、説明会で居眠りをしていた職員かもしれない。

              ヤマト

 それにしても住民説明会は恐い。日本の弱者や住民は強い。ヤクザのような怒号が飛び交う。私なら恐怖で説明どころではない。とても説明する職員の立場にはなりたくない。居眠りしていた人は、場を炎上させようとした工作員に違いない。

 ただ設置予定地は、秋田と山口でなければならないのか。できれば福井あたりにもってきてもらいたい。2700Mの白山頂上あたりにつくったら効果抜群である。富士山の頂上ではなぜいけないのか。理想的な設置場所は、北方の択捉島と尖閣の魚釣島である。無人島なら攻撃されても被害は少ない。


 そもそもイージスアシュアのような軍事機密の塊を、こんなおおっぴらにしていいのか。本来なら、誰にも悟られずひっそり据え付け、運用すべきである。さらに国家防衛のためには、こんなあやふやな装置に頼るより、やられたらやり返す。強力な核武装がいちばんである。いまの騒動は、だれも本気で国防を考えていない証拠である。

豊作のビワ

 カラスに突かれるか持っていかれる前に、少しでも収穫したい

 裏庭の満開のビワが色づいてきた。カラスも騒ぎ始めた。
 何気なく実っているビワも、購入すると吃驚するほど高い。スーパーで見たら、小さな玉でさえ1個100円ほどする。大きいのとなると3000~7000円/ダースである。それがざっと1000個実っている。

 ただ小売価格100円でも、業者を通せば手元に残るのはせいぜい1個2~30円。1000個売れても2~3万円。しかも、カラスに対する本格的防衛戦をはじめ、高所での危険を冒した採取、洗浄、選別、パッキングなど、大変な労力が必要となる。もちろん最大経費は販促活動である。片町で販売先の接待などしたら、赤字では済まない。

    満作 R1.6.15       実りの梅雨 R1.6.15

 これでは自家消費で満足していたほうがいい。カラスに盗られても、300個くらい手元に残る。ポテトチップやかっぱエビせんを食べるより、成人病にはよさそうである。ウイスキーのつまみにもいい。

 あと1週間くらいで完熟しそうだ。カラスに突かれるか、持っていかれる前に、少しでも収穫したい。昨日100個くらい獲った。タネが多く、うまいのかまずいのかわからない。食べるところが少ないほうが、ズワイガニや高級梅干しのように、希少価値をアピールできる。

100年不安心

 頼りない自民党政府でも、代わりのいないことが日本最大の危機である

 「95才まで生きるには夫婦で2000万円の蓄えが必要」と書いた金融審議会の報告が物議を醸している。麻生担当大臣は、「不足額を表す赤字という表現を使ったのは、不適切だった」として、報告書を受け取らないという。投資を煽るような報告内容も顰蹙を買っている。

 不適切も何も、報告書は当たり前のことを数字で示したに過ぎない。不都合な報告が出たから受け取らない、というのはいかにも身勝手である。もちろん、野党やマスコミは、ここぞとばかり政府を攻め立てる。麻生大臣の言い訳は、いかにも見苦しい。

                金の成る木

 しかしこの情けない政府に対し、野党は攻撃しかできない。批判するだけの専門家はいくらでもいる。つぎつぎと、あることないこと弁舌さわやかにまくしたてる。ノンポリで聞いている人は、政府がとんでもない悪徳代官のように思う。逆に現実を知っている人は、底意地の悪いエリートの恫喝にしか聞こえない。

 本来なら政府は、国民に「もっと働け」とほんとうのことを言わなければならなかった。もし野党の言うように、高齢者がそれなり年金を貰えるようになっても、肝心のモノやサービスを生み出す力が無くなったら、何の意味もない。無人島で、札束を枕に飢え死にするようなものである。

 こんな頼りない自民党政府でも、代わりになるところがない。いまの野党が政権をとったら、もっと悲惨なことは目に見えている。そのことこそが、日本最大の危機である。

有馬温泉

 いまだに知名度でお客を呼べる温泉街のひとつである

 現場視察のあと、有馬温泉に宿泊した。
 この温泉は、林羅山や枕草子の日本3名泉や、江戸時代の温泉番付では当時の最高位に格付けされた、日本で屈指の温泉である。温泉街は6甲山北側麓の標高350m ~500mに位置している。大きな旅館やホテルは温泉街の周辺や少し離れた山麓、山中にある。

  泉質は、空気に触れ着色する含鉄塩化物泉は「金泉」、それ以外の透明な温泉は「銀泉」と呼ばれている。それぞれ何らかの効用があるはずだ。残念ながら、いまだかって温泉の効用を感じたことはないが。

 寂しい有馬温泉街 R1.6.13    賑わう有馬温泉街 R1.6.14

 われわれの宿泊した有馬ロイヤルホテルは、歓楽街のやや奥の方にある。温泉街は細い坂道が入り組んでおり、その間に、土産物店などが込み入って立ち並んでいる。大き目のワゴン車だったので、ホテルの駐車場に入るまでの坂道で苦労した。

 それでも、木曜日の夕方にホテルに到着。夕方6時ごろ近くを散策した。ただ、中心街ですら閑散としていた。いかにもさびれた温泉街と思ったら、翌金曜日のお昼前後には、一変して観光客でにぎわっていた。もちろん中国人が中心である。湯布院と同じように、宿泊しなくてもまだ「有馬温泉」の知名度でお客を呼べるのである。「腐っても(失礼)鯛」とはこのことである。

視察旅行

 明日から、顧問先企業の視察で関西方面に旅行する。
 開発中の、実証施設建設の工事現場を視察するためである。そこではNEDOの支援を受け、地中熱を利用した冷暖房省エネを行う装置を取り付けている。その本格運用のための施設である。

 この事業は、開発をはじめて4年以上経った。実験をやるたび失敗を繰り返してきた。補助金を使っていても、作業の労力は並みたいていではない。関係者は、よく諦めずここまで来たと思う。自然科学を使う技術は、成功するまでやれば必ず成功する。これからも、いくどか失敗を繰り返す。そのたびノウハウが蓄積され、参入障壁が高まる。


 早朝視察なので、出発は今日の夕方となります。
 ということで、
 本ブログは、明日から2日間お休みします。
                長い馬

 じつはその前に、相続手続きがある。
 ようやく今日の午後、家庭裁判所へ行って父の遺言書の検認を受けることになった。その足で、登記所で不動産登記をする予定。自分で作った書類が間に合うかどうか。これでやり直しと言われたら、また県外の親戚を駆けずり回る羽目になる。
 国民にこんな面倒なことをやらせるから、日本は国際競争力が無くなるのである。                  

放射性廃棄物

 天然資源の無い日本にとっては、このエネルギー源を捨てることは国を滅ぼす

 昨日、竹内純子氏のエネルギーセミナー「原子力の未来について学ぶ」を受講した。ゲストは、山口彰氏(東大大学院教授)で、原子力やエネルギー工学、リスク評価を専攻している。久しぶりに原子力専門家の話を聴いた。

 山口氏がとくに強調していたのが、使用済みのMOX燃料を繰り返し再処理して燃料化する、次世代高速炉クローズドサイクルの必要性である。資源を有効利用するだけでなく、長期的に放射性毒性を有するマイナーアクチ二ド元素を繰り返し燃焼させ、毒性を低減させる。すでにロシアや中国では、かなりのところまで進んでおり、インドも続いている。
 
 この場合でも最後には、放射性廃棄物が残ることは避けられない。とくにいまの高レベル放射性廃棄物ガラス固化体は、500㎏で1500SV/Hという強烈な放射線と2.3KW/Hの熱量を有している。
 次世代高速増殖炉が停滞している日本では、まさにその処分が問題となっている。

     エネセミナー 竹内 R1.6.10       エネセミナー 山口R1.6.10

 だが人間にとって危険な放射線は、人間の天敵である病菌にはもっと危険である(敵の敵は味方)。もちろん熱源にもなり得る。天然資源の無い日本にとっては、このようなエネルギー源を捨ててしまうのは、きわめて勿体無い話である。IT分野で後進国となった日本が、エネルギー分野でも他国の後塵を拝するようなら、未来は真っ暗である。世界の最貧国になり餓死者が続出する。悲惨な日本を想像したくない。
 このことについては、本ブログでも散々主張してきた。放射線のリスクを恐れ、このままゆで蛙になるのはまっぴらである。

 一般に廃棄物利用の効率が悪いのは、それが散らばっているからである。「分ければごみ、集めれば資源」となる。ほとんどの資源は、集めるためのエネルギーが、かなりの部分を占める。
 その点原子力施設の廃棄物は、廃棄された時点で、極めて厳格に分別されている。
 つまり原発廃棄物は、資源を利用する上の最大障壁をクリアーしているのである。あとは、それを有価物に変換するだけである。永久機関でないのだから、できないはずはない。毒性が強ければ強いほど有効活用できる。放射線を遮断し、ヒートポンプなどの熱源として利用することも可能である。

 もんじゅや六ヶ所村では、マスコミがわずかのトラブルに目くじら立てるので、担当者は嫌気がさしてしまった。中国への人材流出が続いている。多少の放射能漏れくらい何の心配もない。足を引っ張るしかない放射脳患者を気にせず、どんどん失敗すべきである。失敗を許容し続けなければ、もう2度と日本は再生しない。

政治家の評価

 むしろ「品行方正」過ぎて、大きく国益を損なった議員たちがいる

 政治家とくに国会議員ともなると、いつも注目されているので、何か異常行動があれば直ちに白日のもとに晒される。丸山議員の酒癖の悪さとか、桜田5輪大臣の度重なる失言、あるいは数多くの不倫などは、すこし気配があるだけでいっせいに暴露される。

 ただこんなものは、人格の問題でしかない。たかが陣傘の国会議員に、清廉さを求めるのは無理である。議員ならその政治的行動で評価されるべきで、重要なのは国益に合った言動をするかどうかである。むしろ品行方正な人は、自分のことだけで精一杯で、国のことなどかまっていられない。破天荒な議員ほど国益にかなう場合が多い。
 その観点から最近、「品行方正」が過ぎて、大きく国益を損なった議員たちがいる。

               怪人

 まず維新の会が、ロシア大使館に、戦争発言について謝罪を行ったことである。
 そもそも北方領土は、火事場泥棒行為でロシアに略奪されたものである。その盗人相手に謝罪するなど、あきれ返ってものも言えない。北方領土は日本のものでないと言うのと同じである。そして今後の交渉では、決して戦争など力に訴えたりはしない、ということになってしまう。これを世界に発信してしまった。まさにロシアの思う壺である。

 つまりこの謝罪によって、日本の使える大きなカードをいくつも失ってしまったのである。これほど売国的な行為はない。維新はただちに消滅すべきである。
 本来丸山発言は、内容についての国民的議論を拡大することで、ロシアにプレッシャーを与えられたはずであった。酒癖の悪さなど、2のつぎ3のつぎである。


 つぎに岩屋防衛大臣の、韓国に対する態度である。
 徴用工、レーダー照射、慰安婦財団解散など、韓国は、つぎつぎと日本に因縁を吹っかけている。これは日本がどうこうするものでなく、すべて韓国の対応如何にかかっている。レーザー照射など、謝罪すれば済んだものまで、逆キレするから始末に負えない。これらは、韓国トップが代わり沈静化するまで放っておかねばならなかった。

 それがこともあろうか、防衛大臣のほうから韓国にすり寄ってしまった。これでは、日本側が悪かったという、とんでもないメッセージを韓国そして世界に送ることになる。自民党内部からも批判が噴出している。「怒りを禁じ得ない」、「政府全体の評価として選挙にも関わってくる」との声もある。岩屋大臣も品行方正が過ぎた、罷免すべき重大行動である。


 立憲民主や共産党などは、最初からないと思ったほうがいい。期待していないし、単なるかませ犬である。ここで批判してもはじまらない。

49日の法要

 なかったら、孫や子に会う機会は激減する

 今日、父親が亡くなって最初の、49日法要を行った。親子兄弟を含め、親戚一同が集まる機会はめったにない。午前11時から読経。もっとかかるかと思ったら、法話を含めて30分そこそこであった。短いのは大歓迎で、長くてお布施が高いのは最悪である。
 そのあとの宴会は盛り上がった。

 これでお寺に関して一段落である。ややこしいことが続くので、こんなことでトラブルがあったらたまらない。「正式」には49日まで毎週、1週間おきに行うことになっていた。それは自己流・簡易的に済ました。

              獅子奮迅

 こんなしきたりはいつまで続くのか。
 先月、菩提寺の住職が亡くなったばかりである。代わりがいなかったら、(これ幸いと)縁を切ろうと思っていた。お寺はなくても困らないが、無くなると祟られるような気がする。一種の不安商法である。残念ながら腐れ縁は続く。なかったら、孫や子に会う機会は激減する。

 計算してみたら、お寺に支払うお金もバカにならない。父の遺産が少なかったのは、間違いなくパチンコとお布施のせいである。どちらも再生産性はない。カモの年金老人がいなくなると、パチンコ業界と宗教界は衰退する。その心の隙間を埋めるビジネスチャンスを、だれが掴むのであろうか。

カラスとの戦い

 今年は、カラスの残り物をゆっくりいただくことにしよう

 これから梅雨に入ると、日本各地で豪雨災害が起こる。地表の温度が高くなって海水の蒸発量は増す。降雪が少なかった分、必ず大雨が来る。100年・200年に一度の豪雨というのは、もう当てはまらない。

 この時期になると、裏庭の琵琶の木に実がつく。熟す前の緑の玉がたわわである。今年は豊作のようだ。まもなく実が黄色くなると、またカラスとの戦いがはじまる。

               そろそろ色づく R1.6.08

 昨年は不作で、全部で2~30個くらいしかできなかった。色づいてうまそうな実は上の方にあるので、カラスの独壇場である。空を飛ぶ生き物にはかなわない。人間様の口に入ったのは、2つか3つである。


 それでも数百個あれば、カラスも食べきれない。半分くらいは残してくれるはず。カラスの残り物をゆっくりいただく。

丸山議員バッシング

 たかが飲酒による卑猥言動で議員を辞めるとしたら、その社会は確実に衰退する

 国会の丸山議員バッシングが止まらない。一議員の発言に対し、国会全体が弾圧する。こんな理不尽なことに、だれも表立って異論を唱える人はいない。まさに日本は、言論統制社会に突入してしまった。日本に言論の自由がないというのは、こういうことだったのである。

 直接のきっかけは、北方領土訪問事業での戦争発言である。左翼からみたらトンデモ発言でも、普通の保守層にとったら当たり前のことである。国会議員が発言しなかったら、だれが代弁してくれるのか。さすがに、これだけで辞めさせるには弱い

 そこで丸山氏を辞めさせたい勢力は、つぎつぎと粗探しを始めた。泥酔して記憶が無くなったことをいいことに、あることないこと言い立てる。「おっぱい揉みたい」、「女を買いに行く」など、考える範囲の卑猥発言を並べ立てる。言い立てる人の思いの増幅でもある。もしこんな発言があったとしても、3~40代健康な男子なら普通で、なかったら変態である。アルトラも、ないと考える方がおかしい。

              飲酒運転撲滅 H27.7.18  技術士研修会資料より

 さらにどんな社会でも、持続発展のためには多様性を必要とする。たかが飲酒による卑猥言動くらいで議員を辞めなければならないとしたら、その社会は確実に衰退する(セクハラ忌避は少子化の最大要因である)。いっとき失敗や多様性、それに不規則発言を認めないのは、まさにゆで蛙社会である。

 そもそも、国会議員という職業が、それほど高邁で大そうな仕事なのか。
 国会議員は、日本社会の縮図である。一部が優秀であればいい。多少欠陥のある人間がいても、官僚と議員全体でカバーする。異端を認めない包容力の無い議員集団が、もっと複雑な日本全体を治めていけるはずがない。
 いまほとんどの議員は、毒にも薬にもならないような建前だけ述べ、悦に入っている。与党の出した法案に、反対だけの連中も多い。そんな誰でもできる木偶の棒議員こそ、国会には不要である。


 大問題なのは、日本の国会がこの丸山議員の扱いに、躍起になっていることである。それこそロシアの思う壺である。おバカな議員連中より、丸山議員の方がはるかに国益にかなう。かれが全国区に立候補すれば、必ず投票する。賛同する人は500万以上いる。

年寄の事故

 高齢者の交通事故は必ず起こるから、マスコミはニュースに事欠くことはない

 昨日までの3日間、梅雨前の貴重な晴天だった。訪問する仕事もなかったので、一日くらい近くの山に行けばよかった。体を動かさないと、前立腺の調子も悪い。昨年はたしか、この時期に晴天を狙って一度か2度登山した。それがおっくうになってきた。

 それに近年、やたらと年寄に対する風当たりが強い。このことも、外出を控える原因の一つである。
 例えば昨年、高齢者の登山事故が相次いだ。一人で登山すると、谷底へ落ちても、だれもわからない。行方不明になる。山を歩いてときどき身の危険を感じる。登山届を出しても、広い山の捜索は大変である。遭難事故が起これば、年寄の単独行として、やり玉に挙げられる。

              東尋坊の断崖 H27.10.31

 そして最近、年寄の交通事故のニュースが、つぎつぎ発信される。高齢者の交通事故は必ず起こるから、マスコミはニュースに事欠くことはない。ドライブレコーダーや監視カメラなど、映像を入手しやすくなって、事故がなまなましく増幅される。
 これでは外へ出るのもはばかられる。

 そうかといって、何もしないでいると病気になる。病気で死ぬのも苦しいし、周囲に迷惑がかかる。老衰なら眠るように死ねる。これからの医学は、寿命を延ばすのでなく、老衰を早める手立ても研究すべきである(とっくにできている?)。

長男刺殺事件

 ニートや引きこもりを大問題と思っている日本は、なんと幸せな社会であろう

 東京練馬区で、76才で元農水省事務次官だった人が、44歳の長男を刺殺した事件があった。報道によると、引きこもり気味の長男は家庭内暴力もあったという。当日は、近くの小学校で運動会があり、長男はその音がうるさいと腹を立て、口論になり殺人に及んだらしい。

 川崎連続殺人が起こったばかりで、父親にとってみれば、よからぬことが浮かんだのかもしれない。ほんとに長男が、運動会場に乗り込んで無差別殺人したら、それこそ家族はいたたまれない。無差別に子供を殺す犯人の家族より、自分が殺人犯になったほうがいい。「合理的」な判断が働いたのであろうか。逮捕された76才父親の表情を見ても、なにかほっとしているように見えた。

               仏舎利塔 H30.11.18

 TVの識者・コメンテーターは、きれいごとしか言わない。「何があっても殺人はダメ」、「引きこもりが無差別殺人となる確率は低い」、「行政は具体的な対応を考えるべき」、「引きこもりの人が安心できる居場所を提供すべき」など、結局何をしたらいいのかわからない。警察は事件が起こらなければ対応してくれない。行政府のトップだった父親でも解決できなかったように、これまでの例から行政の相談はいかにも頼りない。近親者だけの対応では限界がある。 
 といっても、何とかしなければならない。他人事ではない。なにしろ日本には、20~50歳代のニート・引きこもりが100万人以上いる。周辺の家族を入れると、およそ20軒に1軒はこのような問題を抱えている。
 
                CH47JX1 ヘリ H30.10.21

 ではどうしたらいいか。2つのシナリがある。
 ひとつは強制的に社会参加させる。
 たとえば昨日、つぎのようなニュースが入った。政府は6月に閣議決定する「骨太の方針」の「就職氷河期世代支援プログラム」で、今後3年間に30代半ばから40代半ばの正規雇用者を30万人増やすとの数値目標を明記するという。これだけの人数が自衛隊に入れば、日本の防衛力は増強される。これから不況が予想される中、国産兵器の開発にも数兆円規模の予算をつけたい。

 もう一つのシナリオは、逆にとことん貧乏になることである。10月の消費増税をきっかけに、日本が大不況に陥る。国民の半分以上が失業し、年率100%のインフレになって国民の貯蓄が激減する。日本で餓死者がバタバタ出るようになれば、ニートや引きこもりなどという、贅沢な問題はどこかへ飛んで行ってしまう。
 そう考えたら、ニートや引きこもりを大問題と思っている日本は、なんと幸せな社会であろうか。

逆走した列車

 原因がわかるまで運行停止などやっているから、日本はどんどん後進国になる

 先日、横浜市の無人運転車「シーサイドカー」が、逆走事故を起こして車止めに衝突、14人が重軽傷を負った。運行会社の記者会見では、「駅と車両の双方にある自動運転の装置どうしが信号をやり取りする際、不具合が生じた可能性があると」いうことであった。

 普通なら「逆走」という、異常事態を防ぐため、何重にも安全のためのインタロックを施しているはずである。運行会社社長は、「原因はわからず、運転の見通しも立っていない」と言っており、まだ自動運転での再開の見通しは立っていない。

            汽車

 しかし、事故があったからといって、運行を長期間停止する必要はない。
 もちろん原因究明は必要であるが、今回の場合「逆走」しないよう安全装置をつけることなど、ソフト面ハード面いずれも可能である。もちろん、まだ起こっていない「正面衝突」に対しても同じである。その対策さえすれば、原因究明はじっくり行えばいい。ほんとの原因などだれもわからない。わかったとしても仮説にしか過ぎない。

 根本原因がわかるまで運行停止などという、バカことをやっているから、日本はどんどん後進国になる。ゼロリスなどどこにも存在しない。おそらく代行のバス運転の方が、事故リスクは高い。自動運転で事故があったと言っても、人間の運転よりましである。人は必ず間違う。かってえち鉄は、短期間に2回も正面衝突事故を起こした。


 懸念されるとしたら、システムのハイジャックによる暴走である。ハッカーによるテロなら、事態は深刻である。それこそ技術のいたちごっこで、防ぎようがない。それでも安全面だけ別回路でブロックしておけば、リスクは一桁少なくなる。これから普及するであろう、車の自動運転も同じである。

エネルギー密度と事故

 圧倒的多数の人の死に場所となるのが、ふとんの中と風呂の中である

 移動手段やエネルギー転換など、たいてい大規模化するほど集約度が高まり、効率が良くなる。移動の場合は、徒歩、自転車、バイク、乗用車、バス、船舶、航空機の順番で輸送効率は高い。また大規模化するほど、移動距離当たりの死者数は少ない。
 エネルギーでも、資源の採取から設備の建設、運転期間中までで、単位エネルギーあたりいちばん死者の少ない安全なのは、核エネルギーを使った原発である。

              獅子奮迅

 核のエネルギー源としての利用は、原発だけではない。半減期88年のプルトニウム238は、その放出エネルギーを電池として利用できる。最初1㎏あたり540Wで100年以上使える。宇宙旅行には、このエネルギー密度の高い核エネルギーが欠かせない。α線だから、取り扱いは容易である。もちろん家庭で使用してもかまわない。

 γ線やβ線も、もちろんエネルギーに変換できる。
 家庭用の小型原子力電池は、いくらでも可能である。核エネルギーも、小型化すれば便利である。ただ小型化すれば、事故の確率は高くなる。大規模原発のほうが安全である。
 原子力というと拒絶反応する人はいる。そんなことを言っても、すでに社会には病院や研究所などあらゆるところに、放射性物質は散らばっている。そもそも一歩地表を離れたら、上も下も強烈な放射線の世界である。放射線から逃げていては、人類は生きのびていけない。

                大砲 H30.7.17
 
 戦争における大量殺戮は、原始的手段によるほうが圧倒的に多い。大量に死者数を増やすのは、ナタと斧である。ルワンダやポルポトの大虐殺。住民を皆殺しにした元の大遠征も、今からみたら大した兵器ではなかった。これまで何十億人もの人々が殺されたが、核兵器で亡くなった人は広島・長崎以外にいない。

 みなが危険だと思っているものほど、じつは安全なのである。
 そしてほんとに危険なのは、みなが安心しているところである。圧倒的多数の人の死に場所になるのは、ふとんの中と風呂の中である。腹の上もある。

写真撮影

 撮影を気にしてばかりいると、ナマの良さがわからなくなる

 スマホのカメラ機能が向上したおかげで、有名人が現われるといっせいにスマホでの写真撮影がはじまる。先月トランプ氏が国技館に現れたとき、ほとんどの観客は両手でスマホを掲げていた。万歳しているのかと見まがうくらいであった。自分のカメラに、有名人を取り込んだ気分になるからである。

 だがほとんどの人が、いっせいにスマホを向けるのは異常である。トランプ氏だけでなく、天皇陛下のパレードでも同じである。間近に来られても関係ない。災害での避難所お見舞いのとき、すぐそばでパチパチとスマホ撮影していたのはさすがに違和感があった。

              奈良山辺の道 H27.3.21撮影

 そういう私もデジカメを手にすると、何でも写したくなる。旅行や登山でも、1日100枚以上とる。なにかあると、撮らずにいられなくなる。撮り逃すと心配になるのは、一緒の強迫神経症である。

 そうまでして撮った写真を見ても、大したものはない。写真を撮るときは、そのときの感動を残したいと思う。だがナマで見た迫力には遠く及ばない。撮影を気にしてばかりいると、ナマの良さがわからなくなる。盗撮する人の神経がわからない。

虫食い土地

 人々が登記するのを待っていたら、1000年経っても終わらない

 日本では、空き家や山林を中心に持ち主不明の土地・建物が増え、虫食い状態になっている。さらに、空家よりも、目に見えない土地のほうがもっと深刻である。権利は外から見えない。放置された山林や田畑などが、大きな問題になっている。

 地方では、荒れ放題の山林や原野が多くある。こうした土地は、民有地か国有地かもわからない。明治の登記のまま残っている土地も多い。多くは次代に引き継ぐとき、相続登記をしないまま放置しているからである。いまとなっては、所有者を特定するのはきわめて難しい。たとえ相続者自身が自覚していたとしても、膨大な相続の手間を考えたら、とても着手する気にはなれない。

              駒ヶ岳頂上付近の霊場 H30.6.16

 本ブログで繰り返し書いたが、私のようなきわめて単純な相続登記でも、1か月以上かかってまだできない。ひとつは被相続人が生まれてから死ぬまでの戸籍を、すべて集めなければならないからである。しかも、平成17年以前の戸籍抄本は、手書きの細かい文字でびっしり記入してある。万葉集を読んでいるようで、一般人にはさっぱりわからない。そしてなぜか、遺言書の検認にも時間がかかる。そもそも相続手続きで何をしたらいいかわからない。

 このような状況で、人々が登記するのを待っていたら、1000年経っても終わらない。むしろ、時間がたつほど不可能になる。いまの民法では、土地を管理する人がいなくなるため、相続放棄を認めていない。だが現実に管理していないのだから、法律が働いていないのと同じである。

 この際、登記人が死亡している土地は、年数を区切って国や自治体の所有にすべきである。そのことを法が阻害しているなら、ルールを変えるべきである。できないのは、妖しい利権が渦巻いているからに違いない。