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平成最後の日

 今日は、平成最後の日である。
 最後と言っても、世の中がひっくり返るわけではない。平成天皇が退位され、つぎの世代に引き継がれる。
 
 前のときとはまったく異なり、全国ではお祭り騒ぎである。
 前回、昭和から平成の代替わりは、昭和天皇の崩御に伴うもので、日本中がお悔やみ一色に包まれた。街中に半旗が掲げられ、キャバレーや旅行、宴会などのどんちゃん騒ぎは自粛。交通量はめっきり減り、繁盛していたのは貸ビデオ店だけであった。あれがバブル崩壊のきっかけになったという人もいる。

              花の道 H30.7.23

 今回は、新しい世の中になることで、日本中の人々の心が一新される。
 地域では、春まつりがはじまる。このさい、景気づけに大盤ふるまいを期待したい。金は天下の回りものである。これで景気が回復すればいいのだが。

 私自身も、今年はこれまで、自動車事故と父の死去など、(いいのか悪いのか)人心を一掃する出来事が相次いでいる。さらにこれから、「相続」という未知の世界に踏み込む。これがすんなりいって、もう今年は何もないことを願う。
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技術士試験

 現実の世の中は、如何にカンニングがうまいかで勝負が決まる

 技術士試験の合格率が、30年度は9.1%と、一気に低くなった。29年度は13.3%で、28年度以前は14~16%であった。ちなみに私が最後に受けたときの合格率は14.3%であった。
 試験のレベルが上がったのか、受験者のレベルが下がったのか。

 私は、技術士試験を8回も受けた。ここ数年の傾向はわからないが、私が受けたときは、ほとんどが記述式であった。総監試験では、3時間半で600字原稿用紙5枚。最初構想を練る時間を30~60分として、ほぼ30分で600字のペースで書き込む。これでも以前の半分くらい、かなり字数は少なくなった。かっては記述式の筆記試験が終わると、右手が痙攣するほどであった。
 
                文書作成

 したがって技術士の試験を受ける人は、手で早く書くことができる人である。パソコンの書類作成がいくらうまくても、試験合格は難しい。合格率が低下していくのは、この辺りが影響しているのではないか。いまだにこんなことをやっているから、われわれ技術士の地位が上がらないのである。

 もちろんこれは、どのペーパーテストも同じである。いまだに入試や資格試験はほぼ紙の上で、知識の量と筆記力だけを競う、無理なテストを積み重ねている。現実の世の中は、知識より人脈や情報機器による知的ネットワークのほうが、はるかに重要である。すなわち、如何にカンニングがうまいかで勝負が決まるのである。

大往生とは

 山で亡くなった場合は、いくら安らかに凍死しても「大往生」とは言わない

 昨日から今日にかけ、寒さがぶり返してきた。これだけ冷えると、2000Mを超える山では大雪である。案の定、日本アルプスなどで遭難が多発し、すでに4~5人亡くなったようだ。その中には、79才の単独行の男性もいたという。

 墜落死でも凍死にせよ、山で亡くなった場合は、いくら安らかでも「大往生」とは言わない(三浦雄一郎さんのように90歳超えたらわからないが)。遭難死すると、最近では迷惑をかけるなと言って、ネットで叩かれる。
 では「大往生」とは何か。

              地獄の風景
 
 先日、私の父が99才でなくなったのは、誰が見ても「大往生」だった。
 「大往生」というのは、天命を全うして、少しの苦しみもなく眠るように安らかに死ぬことをいう。具体的に何歳以上なら大往生を指している、という決まりはないようである。それでも、普通は「老衰のために、苦しむことなく亡くなる」ということなので、長生きし平均寿命を超えている人に使っている。

 もっとも正式には、「大往生」という言葉は、遺族が謙遜して使うものである。他人が言うと、「もう死んでも構わないような年齢だった」という意味になる。もっと長生きして欲しかった遺族にとっては失礼な場合がある。99才なら構わないが。

書類と本の整理

 トラック一杯のガラクタを処分するための大騒動がまもなくはじまる

 こんどは私の終活のひとつ、書類の整理を行っている。ほとんどは、20年前に始めた仕事関係のものである。訪問・診断した企業の診断内容や決算書類が多く、そのまま捨てることはできない。廃品回収に出せないので、始末に困る。薪ストーブがあれば燃やせると思ったが、だめらしい。薪ストーブで紙を燃やすと、煙突に灰がつまり周囲に飛散する。また、相当量の灰が残る。

 したがって、読み取れないようにして家庭ごみに出すしかない。シュレッダー機がないので、人間シュレッダーが書類を粉砕する。企業名や内容がわからなくなるまで紙を破る。一度に出せないので、毎週20㎝ぐらいづつ処分している。あと1年くらいかかりそうだ。
 ほとんど10年以上前のものなので、情報としての価値はないのだが。

              窓の花 本体は枯れても元気な 朝の顔(平成25年9月16日撮影)

 あとは、本である。1000冊はないと思うが、雑誌や単行本取り混ぜたら、大八車一杯になる。これこそ古紙として廃棄できるが、ただで捨てるのは惜しい。1冊1500円として、買った時は150万円である。それでも古本屋に売れば2足3文にしかならない。いっそ自宅を古本屋にしたらどうか。1冊100円で10万円。1000冊の本に値付けするだけで、それくらいコストがかかる。

 本や書類を整理していると、有象無象のガラクタが出てくる。使わないのだが、捨てるには惜しい。だからどんどん溜まる。じつは、こんなものは序の口である。先日亡くなった父親のガラクタが、それこそトラック1杯ある。この始末に頭を痛めている。

葬儀

 本日父の葬儀が無事終了しました。
 通夜や葬儀にお参りいただいた方、あるいは遠くから成仏祈念して頂けた方、ありがとうございました。

              葬儀 H31.4.26

 父は典型的な自宅での老衰死であった。最後の1週間は、水すら飲めない。何も食べないのだから、骨と皮だけである。亡くなっても、緩んだところから体液や排せつ物が飛び出すことはない。だから、死んだときの面相と火葬場で焼けたままの頭蓋骨の形は、ほとんど同じであった。

 それにしても
 あらかじめ覚悟はしていたが、新車購入したばかりのところに、葬儀費用の出費は痛い。とくにお寺へ払う費用の高さに吃驚した。まさに坊主丸儲けである。

葬祭の段取り

 身近な人が亡くなると、通夜や葬儀の段取り以外に、14日以内にしなければならないことがある。年金の受給停止届、健康保険証、介護保険証の返却である。まもなく10連休に入るので、14日だと5月7日。ぎりぎりである。長期間勝手に休んで、多少遅れても文句言わないだろうが、年金が入ってしまったらあとでややこしい。 

 そのほかに、有象無象の切り替えがある。
 さらにややこしいのは、遺産相続関連の手続きである。たぶん今年いっぱいは、仕事にならない。このままずるずる引退したくないのだが。

              最後の審判H26.4.28撮影

 その前に、とりあえず目の前にある通夜(6時半、ふくい翠光園)の段取りである。
 多くの人と交わりたいという父の性格を汲んで、家族葬でなく一般の葬儀にした。もしこのことで新たな結びつきができたら、父のおかげである。

大往生

 父が永眠した。老衰・大往生である

 医者の死亡診断時刻は、昨晩4月23日21時6分(心肺停止はその30分ほど前)。大正9年生まれの99歳である。令和まであと1週間。平成の終わりとともに旅立つことになった。

 25年前に連れ合い(私の母親)を亡くしたので、ここまで長生きできるとは思わなかった。あれよあれよという間に100才間近。子供の私より長いかと思っていた。あと10年も生きていたら、それこそ大逆転である。

              極楽浄土へ急登 H30.9.23

 昨年の夏までは元気であった。自転車で毎日外出、一人でカラオケにも行っていた。
 猛暑にやられたのであろう。秋口に体調を崩し、そのあと急激に衰弱していった。9月はほとんど外出できなくなり、10月に要支援3の認定をもらった。トイレまでの数メートルに手すりを付け、介護ベッドを借りた。ディホームに週1回、5~6回通ったが、次第にそんな元気もなくなった。

 今年にはいると、自力でトイレに行く力もなくなり、ベッド脇に簡易トイレを備え付ける。3月に要介護の認定。4月に入ると、自分で座る力もなくなった。この1~2週間はわずかの流動食。3~4日前からは、スプーンでお茶を飲むのがやっとになった。亡くなる数時間前往診に来られた医者から、入院しなければあと数日と言われた。どうせ間に合わなかったが、入院、点滴、胃瘻では、長生きしても苦しむだけである。

 それでも99歳、それこそ眠るように、静かに亡くなった。大往生である。
 寝込んで8か月、献身的に介護してくれた私の妻や妹、介護関係の人たちに感謝したい。今度は自分だ。


 さっき葬儀社と段取りを行った。何かとせわしい
 決めたことは、明日の晩が通夜 18;30~ ふくい翠光園(問屋団地)、葬儀は翌26日10時~。

TVの修理

 新しいTVを買えば中国にお金が流れるが、修理すれば日本の技術者が潤う

 先日、壊れたTVの修理に来てもらった。10年前に買った14インチの薄型TVを、別の部屋に移動したところ、映らなくなってしまったからである。

 故障の状況は以下の通り。
 いろんな表示が出るので、受像機は壊れていない。どうも地デジのカードを読み込まなくなったらしい。カードが悪いのかと思って、2000円払って交換したが、事態は変わらなかった。室内アンテナやケーブルテレビの線など、いろんなものを刺したり抜いたりしても、うんともすんとも言わない。相変わらず、「カードを読み取れません」の表示が出るだけであった。

 9割がたカードとの接触部の問題である。だがその部分は、うす平べったい孔の奥にあるので、覘くこともできない。細いヤスリを突っ込んで接触部を磨こうとしても、太平洋のゴボウのごとく、どこをこすっているのか皆目見当がつかない。万策尽きて、メーカーに修理を依頼した。

 修理人の見立ても私と同じであった。10年も入れっ放しのカードとの接触部が腐食・癒着し、カードを引き抜いたとき端子が変形したらしい。本来ならそこだけ磨けばいいのに。今の修理は簡単なものも、基盤ごと取り換える。結局修理代が18,480円(もう少しヤスリで擦ってみればよかった)。これなら新品を買える。ただ新しいTVを買って中国にお金が流れるより、修理して日本の技術者が潤ったほうがいい。廃棄物削減にも貢献できる。

              たそがれのうば桜 H28.4.09

 もともと私は、どんなものもよほど壊れない限り、修理しながら使いつづける(先日ぶつけられた車を10年で買い替えたのは例外である)。ガラケーもパソコンも、とっくに10年過ぎた。20年前のブラウン管TVも、修理して使っている。家内とも45年になる。こうやって、使えるものは地獄の底まで使うので、最新の技術が身につかない。
 この性癖は治らない。長くて100年が限度であろうが。

 100年と言えば、自宅療養中の我が家の老人はいよいよ秒読みに入ってきた。さすがにここまで使えば全身が衰弱している(往診した医者の見立てではあと数日、今週一杯?)。もう部品を取り換えたぐらいでは修復しない。 

選挙違反と法律

 世の中がどんどん複雑になって身動きが取れなくなり日本は停滞する

 昨日は市会議員の投票日であった。近所では1~2週間前から、地元の候補者とその応援者たちが、選挙カーや街頭で必死にアピールしていた。やり方はどの候補もほとんど同じである。いすれも選挙カーにスピーカーをつけ、年齢不詳のウグイス嬢が、候補者の名前を連呼している。毎日のようにいろんな候補者事務所から、投票願いの電話が入る(逆効果のような気がするが)。

 候補者は言いたいことも言えず、にこにこしていなければならない。とくに選挙期間中は、なにか異常なことがあれば票に響くし、下手すれば選挙違反に問われる。
 政治家を志す素人にとって最大の難関が、この選挙に係るややこしい手続きと規制である。金のかかる選挙を排除しようとしたあげく、ますます複雑になった。そのためわずかの「違反」さえ咎められる。

              法恩寺山林道入り口 H26.10.29撮影

 問題なのは、いまの選挙違反が、われわれの常識では測れないことである。日常生活なら、詳細な法律を知っていなくても、常識に沿って動いていれば咎められることはない。選挙活動ではその常識は通用しない。だから国会でも、政敵を倒すための「うちわ揉め」が頻繁に起こる。
 選挙を手伝っている人が、法律を熟知しているはずがない。常識で通用しない選挙違反は、おそらくすべての候補者が行っている。警察は、その情報を細かくつかんでいる。

 したがって警察は、選挙で当選したすべての候補者の「弱点」を握っている。だから日本では、警察の力が強い。
 この構造は、税金逃れをしている政治家や企業(ほとんどすべて)に対する財務省。完全に守ることが難しい労働基準法の適用企業に対する厚労省などにも当てはまる。


 いまの法律はあまりにも複雑すぎ、100%完全に遵守している企業や人は皆無である。みな多かれ少なかれ違反している。他人と異なったことをやろうとすると、必ず何らかの法律に引っかかる。法律を作った人は、その弱みを握りたい。
 そのため官僚は、誰も理解できないような法律をつくる。だから世の中は、どんどん複雑になって身動きが取れなくなる。日本が停滞する大きな要因である。

もうすぐ10連休

 連休明けまで、恐ろしいニュースが出ないことを祈る 

 来週27日(土)から、本邦はじめての10連休がはじまる。
 10連休といっても、学校や役所など公的機関や銀行、大企業などが休日に入るだけで、すべての国民が休むわけではない。とくに忙しいのが、人が休んでいるときに働く人である。休暇で旅行に行く人が増えれば、運送業者や宿泊施設など観光産業従事者は、かきいれどきである。また収益性の低い中小企業が、一気に10日間も休んだら、首が回らなくなる。売り上げが上がらないのに、固定費はどうしてもかかるからだ。

 また、多くの人が心配しているのが、医療機関である。急病で救急車は来るだろうが、その先がない。治療を受けることができずに亡くなる人が、日本中でどれくらい発生するのか。
 これについては大丈夫である。おそらく大した数ではない。基本的に医者が治療して治る病気は少ない。むしろこれをきっかけに、病院へ行かない人が増えれば、世の中は助かる。

              ダイビング禁止

 そして、10連休に活躍するのが、空き巣や詐欺師などである。最近、SNSで個人情報を発信する人が多く、彼らにとってのビジネスチャンスが広がっている。「顧客」の情報を手軽に得られるのだから、成功確率は高い。連休前には、金融機関から現金をおろす人も多く、世の中にはお金が唸っている。

 そしていままさに、生きるか死ぬか、断末魔の唸り声を挙げている高齢者がいる。宇多田ヒカルの歌声に似て、何を言っているかわからない。あと1日持つかどうかの積み重ねが、すでにひと月以上経過した。あとすこしがいつまでも続く。早く決着しないと、周りが大変である。すでにつぎが控えている。

高齢者の運転事故

 事故の責任は運転者と同じくらい、自動車メーカーにある

 また、高齢者の運転による死亡事故が発生した。東京池袋で、87歳男性が運転する乗用車が暴走し、横断歩道で歩行者1人、つぎの横断歩道までに9人をはねた。その後、交差点から出てきたごみ収集車と衝突したという。この事故では10人が怪我、そのうち3歳の女の子と30代母親の2人が心肺停止で病院に運ばれ、その後亡くなった。そのほか重傷者が数名で、87歳運転者も病院に運ばれている。

 現場写真を見ると、最後にぶつかったゴミ収集車がひっくり返り、運転車のフロントはグシャグシャに潰れている。これは相当なスピードが出ていた。
 まだ原因は良く分からないが、これまでの高齢者の事故の原因内容から見て、アクセルとブレーキの踏み間違い、あるいは運転中に意識がなくなったのであろう。先月私が被害を受けたときも、相手の老人が運転中、意識を無くしたからであった。
 このように、身の回りで高齢者の事故が増えている。

              事故② H31.3.18

 現実には、16〜24歳の若者が事故を起こす確率は、65歳以上の中高年層の2倍を超している。高齢者の事故の割合が高まっているのは、高齢者の数が大幅に増えたからである。だから高齢者の事故は目立つし、年寄りが若者や幼児を痛めつけることは、社会的に受け入れがたい。

 また、若者が起こす事故と、高齢者の事故では本質的な違いがある。若者の場合、勢い余ったもので、高齢者が起こす事故は衰えからくる。だから若者の事故は、矯正・訓練すれば防げるが、高齢者は運転を辞めるしかない。或いは、自動車の方で安全装置を設ける。
 私自身も事故に遭ってから、自分が加害者になることを考え、自動ブレーキ付きの車を購入した。

 ほんとは、事故の原因は運転者と同じくらい、自動車メーカーにあるはずである。人は必ず間違う。ぶつからない車、ぶつかっても相手が怪我しない車をつくるのが、メーカーの務めではないか。高額な自動車税はどこに消えていたのか。そのような声が全く起こらないのが不思議である。技術的には容易な自動ブレーキ車でさえ、やっとこさ標準装備された。
 いまでも日本だけで毎年3000人、多いときは1万人以上亡くなっていた。こんな殺人マシンを平気で許容し、圧倒的に死傷事故の少ない原発を拒否するのも大きな矛盾である。

シンプルイズベスト

 機能だらけの商品がなぜ売れているのか、スマホ音痴の私には見当がつかない

 先日の貰い事故の件で、先方の保険会社(偶然にも私の保険会社と同じ)との交渉を行った。100%相手の責任なので、少なくとも原状回復分の補償は受けられると思っていた。
 つまり保険会社の支払う金額は、まず修理の見積もり約50万円。その間のレンタル車料金1か月分20万円である。それに、仕事の遅れた分10万円。あわせて80万円。これが原状回復である(左手の親指が今もおかしいが、あまり被害者面したくない)。

 だが交渉しても、現実はその半分である(黙っていたらその半分、壊れた車の中古車査定分だけ)。実際には新車に代えたので、かなりの出費になってしまった。保険会社にとっては、車を修理して70万円(修理代+レンタカー)払うより、かなりのコストダウンである。
 
 今回、自動車保険の対象になって、その理不尽さとわかりにくさに驚いた。
 もともとこの会社の保険金は高い。車両保険抜きで4万円近い。これを40年以上支払っているから、150万円。まだまともな恩恵に預かったことはない。これを機に、格安保険金への移行を考えてみたい。どうせまともなサービスが受けられないなら、安いほうがいい。

                田吾作

 保険に限らず、商品やサービスは簡単な方がいい。
 ヒット商品の多くは、説明書がなくても操作できる。スマホも、表示に沿ってタッチしていけば、なんとなく操作できてしまう。膨大な説明書がついていたら、とてもついていけない。一昔前の携帯電話には、分厚い説明書がついていた。この前購入した自動車にも、厚さ3㎝ほどの説明書がついている(いったん買ってしまった車は使わざるを得ない)。

 商品に、機能をつければつけるほど消費者は離れていくという。
 使いやすいのは、単機能の製品である。それでは寂しいから、今は「1+2」の機能商品が売れる。シャープペンシルなら、赤と黒のボールペンつき。それ以上の色は余計である。まして、時計やラジオ、照明つきのボールペンは、何が主役かわからない。

 あるネット調査では、1万人余りの回答から「使っていない機能が多い家電」について、32%が「スマホ、携帯」で、「電子レンジ」が24%であった。多くの人は、使わない機能が多い製品ほど、購入して失敗したと感じている。

 もっとも現代は、何が売れるかわからない。スマホのように、機能だらけの商品がなぜ売れているのか。スマホ音痴の私には、皆目見当がつかない。

塩漬け預金

 赤字国債の発行を続けていけば、最低ランクの人でも1000万円くらい溜まる

 先日のYAHOOニュースによると、福岡市のある自治会のプール金が、1億円以上も溜まっているという。この自治会の場合、新規入居時に「自治会基金」として1世帯15万円、別に月々千円の会費を集めている。それらが積み重なって、数年前には1億円の大台を突破し、1億1520万円にも達していたそうだ。

 ここの自治会長によると、新たな集会所の建設資金にするつもりだったが、建設予定地が土砂災害警戒区域に指定されていることが判明。危険な場所に建てるわけにいかず、計画は中断し、プール金だけが増えているという。

                タヌキの金玉

 1億円は極端であるが、おそらく日本全国の自治体会計でも、遣うあてのないお金が蓄えられている。私の20軒しかない町内会でも200万円以上ある。日本全国ではものすごい金額になる。1軒あたり10万円として、日本の世帯数5700万を掛け算すると、5兆7000億円。自治会以外にも、いろんなクラブや任意団体が山ほどある。日本全国でプールされている預入金は、少なくとも10兆円はあるはずである。日本にはお金がどんどん増えている。

 もっともこれは、日本中の個人金融資産1800兆円に比べると、ほんの一部である。その個人のお金は、毎年30兆円くらい増えている。

 お金が増えているのに、貧乏人が増えるのは、一部の人にお金が集まりすぎるからである。いまのまま、赤字国債の発行を続けていけば、お金はあるところに流れるから、ますます貧富の差が広がる。

 それでもいつか、最低ランクの人でも1000万円くらい溜まる。これだけあれば、一息つける。それに金持ちが100兆円持っていても、遣わなければ貧富の差はない。日本人なら、100兆円持っていても遣うことはない。日本における一般的なお金持ちのお金は、ベルマークと同じ、単なるコレクションの対象なのである。

宇宙開発

 リュウグウに推進力を持たせれば、強力な兵器とすることができる

 先日、はやぶさ2が、小惑星のひとつリュウグウ着陸に成功し。こんどは、星の表面に向けて秒速2キロの「弾丸」を発射し、穴をあけた。いまはリュウグウの上を行ったり来たりしている。はやぶさ1の成功から15年である。

 今年1月には、中国が月面の裏側に探査機を着陸させている。これも世界で初めてである。月の裏側には電波が届かないため、あらかじめ月を周遊する反射パネルを打ち上げる。これで、基地としての活用や資源を獲得できる。地球が人で一杯になった場合の移民先として、開拓しておくことは重要である。

 もちろん宇宙開発は、ロシアとアメリカが大先進国である。その気になれば、この程度のことは簡単にできたはずだ。
 それでも、宇宙技術が世界中に広がっていくのはいいことである。
 あと数万年といわれる、人類の遺伝子劣化を食い止める技術もめどが立っており、数億年単位で人類が生存する可能性もある。人口が1兆人まで増え、温暖化で酸素濃度が半減するなど地球に人が住めなくなれば、それこそ他の星へ移住することも視野に入れなければならない。
 
              白龍復活 H30.7.23

 一方で宇宙開発は、間違いなく軍事目的である。他国ができないことをやることで、抑止力が生まれる。
 中国は、月の裏に基地を設けようとしている。南シナ海の例でも分かるように、表面上は資源開発と言って人工島などを創りながら、それを軍事拠点化している。

 日本はどうか。リュウグウを軍事拠点化することでできないし、しても無駄である。
 もっといい方法がある。
 リュウグウに推進力を持たせ、地球に呼び寄せる(もちろん平和目的だという)。人口衛星のエネルギーを推進力に変え、少しずつ何年もかかって軌道を変え、地球へ向かうように仕向ける。
 リュウグウの大きさは、約900mである。地球に落ちても全生命が壊滅することはないが、中国やアメリカをコテンパンに叩くぐらいは可能である。ロシアに向ければ、北方領土問題は解決する。拉致問題がこじれたら、北朝鮮にはほんとに落とす。これで日本が抱えていた問題の多くは解決する。
 核兵器を開発できないのなら、これくらいやっても叱られない。

廃炉処理

 目の前の作業を確実にこなしていくことが経済活動を促進し、技術資源の蓄積にもなる

 東京電力は15日、福島第1原発3号機使用済み燃料の、プールからの搬出作業を始めた。最も危険視された4号機からの搬出は終わっていたが、炉心溶融を起こしたプールからの搬出は初めてである。3号機のプールには556本の使用済み燃料が保管され、廃炉を進める上で大きな障害となっていた。予定から4年以上遅れているという。

 今月中に、取り出し容易な未使用燃料7体を別のプールに運び入れる。その後で、作業が難しい燃料取り出しを行う。困難な作業なら数回は失敗する。そのときは、メディアや心無い人たちの中傷を跳ね返していただきたい。計画から遅れているとはいえ、確実に進んでいる。これまでだれも行ったことがない未知の世界である。失敗を重ねることで、これからの原子力開発に向け、きわめて貴重なノウハウが蓄積される。
 現場で実際に作業する人、指示する人、作業環境を整えた人たちを応援する。


                子どもサル

 そして、誰が何と言おうと、原子力の開発・普及は、もっと進めなければならない。宇宙船地球号は、核エネルギーのE=mc2という、圧倒的効率性を有効活用すべきである。核燃料の開発をやめたら、100年後の100~200億の人類は生きていけない。これは科学的原理的に自明である。その選択肢を奪おうとする者は、鬼か悪魔である。その悪魔を放射脳病がつくっている(悪魔は詐欺師と同じで一見やさしい)。現代の先進国は、未来人類を殺す放射脳病を治すことに、全力をあげる必要がある。

 ともかくいまは、目の前の作業を確実にこなしていくことである。
 このことが経済活動を促進し、技術資源の蓄積にもなる。
 現場では様々な役割を持った人が一生懸命やっている。それをどこ吹く風で見ている私たちには、誰が悪い、遅い、見通しが甘いだの、とやかく言う資格は無い。ここまでやってくれた方々に感謝したい。

戦争責任

 「戦争責任」とは、「敗戦責任」のことである

 韓国の国会議長が、天皇陛下に謝罪を要求し、日本中の怒りを買っている。とくに、「戦犯の息子」という言葉が、人々の琴線を刺激する。日本人にとって、天皇は日本そのものである。憲法や戦争などはるかに超越している。

 そもそも、戦争責任というものがあるのなら、悪いのは戦争をした国である。戦争が悪いのなら、負けた国より、むしろ勝った国の方が悪い。大東亜戦争の場合は、アメリカをはじめとした連合国である。
 連合国はだれも、自分に戦争責任があるとは言っていない。東京裁判やニュルンベルク裁判でも、勝った方が一方的に負けた国を裁いている(ベトナム戦争では勝ったベトナムは、アメリカを裁いていないのに)。

              自衛隊パレード 引き回し車? H28.10.1

 したがって、世界中で言っている「戦争責任」とは、「敗戦責任」である。
 では、あの大東亜戦争の敗戦責任は、誰にあるのか。
 ①戦争を起こした人。
 ②降伏に至るまでのそれぞれの戦闘において、敗れた責任者。指揮官、兵士、足を引っ張った人
 ③勝っているときに止めなかった人
 ④降伏を決めた人(降伏しなければ戦争は負けない。ISと同じである)

 これは、日本人が自ら裁けばいい。その意味では、日本はまだ戦後の総括をしていない。
 このことは、他国がどうこう言う話ではない。とくに韓国に言われる筋合いはない。日本が戦争に負けたのは、ややこしい韓国という民族を抱えていたからかもしれないからである。

F35A墜落

 日本は韓国を見倣って、ロッキード社に対し莫大な損害賠償要求を突き付けるべき

 自衛隊の最新鋭ステルス戦闘機であるF35Aが、青森県三沢市沖で墜落した。
 防衛省は、海中に沈んだと思われる機体の回収を急いでいる。同時に、航空事故調査委員会を立ち上げ、原因究明を急いでいる。

 そうはいっても、F―35Aは最新軍事機密の塊である。
 事故原因の究明には、米軍関係者やロッキード社の協力がなければならない。軍事機密を理由に日本側の関与が制限され、米側報告の言いなりになる可能性が指摘されている。防衛省はこの事故を受け、残る12機の飛行と国内で最終組み立てをする予定の進捗を見合わせているという。日本は最終的に、この戦闘機を垂直離着型あわせて150機近く購入する計画であった。

              F15J4機編隊 H29.10.09

 日本にとっては、1機110億円以上の高額戦闘機を失ったこともさることながら、40歳という熟練パイロットの、貴重な命をなくしてしまったのである。不具合のせいで緊急脱出もできず犠牲になったとすれば、製造物責任のレベルを一気に超える。かなり大きな問題である。日本は(韓国を見倣い)、ロッキード社に対し、莫大な損害賠償要求を突き付けるべきである。国民運動を起こす。

 日本は敗戦後、戦闘機はおろか航空機の開発を徹底的に抑えられてきた。戦後しばらくしてYS11。なんとか最近では三菱MRJのような旅客機は飛んでも、戦闘機はせいぜい、ブラックボックスのライセンス生産が関の山であった。これではいつまでたっても独り立ちできない。そのあげく、貴重なパイロット生命が失われた。

 福島第一原発の事故も、古いアメリカ製の原子炉を使わされたおかげである。
 これらに対し、日本人は怒り狂うべきである。そして今後、戦闘機はおろか核兵器の開発も日本独自で進める。日本には、金(国民金融資産)と人(ニート)はいくらでも余っている。
 ただ、今の政権は腰が引けている。いっそ悪魔の共産党ならできるであろうか。

WTOで敗訴

 韓国に輸出するのをやめて国内流通を促進してもらいたい

 WTOの上級委員会は、東北の水産物に対する韓国の輸入禁止が不当と認めた一審判断を取り消した。最終的な結論である。理由は、放射性物質の潜在的なリスクに関する考えが不足した一審の評価に問題があったからだという。一審では原発事故があった周辺の海洋環境や韓国が許容できる放射能量を考慮しなかったとし、自然界に存在する放射性物質の検証も欠けていたと指摘したらしい。

 これはまさに、「理」が「情」に負けた瞬間である。あるいは、背景に怪しげな魑魅魍魎が暗躍していたとしか考えられない。WTOのいい加減さが証明された。
 東北の海産物を扱う業者は、大きな打撃である。TVでは、ホヤ貝を採取している漁業者のがっかりしている姿が映し出されていた。2016年には、宮城県で生産されたホヤ1万3200tのうち約6割(7600t)が焼却処分されたという。

              悪霊の憑いた放射脳患者のお祓い

 そこでこの際、海産物を韓国に輸出するのをやめ、国内流通を促進してもらいたい。「ほやほや学会」という、福井県にゆかりのありそうな愛好団体もある。もしほんとに放射能を含んでいるなら、それを食べることで健康寿命が延びることを、身をもって実践すればいいのである。放射線で貝の毒が消滅し食中毒も減る。

 ホヤは、海産物らしい香りが強く、ミネラル分が豊富である。5つの味(甘味、苦味、塩味、酸味、うまみ)を兼ね備え、海のパイナップルともいわれる。独特の風味が酒の肴として好まれ、刺身や酢の物、焼き物、フライとして調理され、塩からにも加工される。

 そんないいものをこの年に至るまで、まだ食べたことがない。日本人の私でさえ食べたことのない高級海産物を、なぜ韓国に輸出しなければならないのか。ピンチはチャンスである。これからは日本人のわれわれが、日本産の高級海産物を手軽に食べられるようにしよう。

失言大臣

 重箱の隅をつつき回る頭のいい人たちのおかげで、惜しい大臣をなくしてしまった

 ユニークな失言大臣がまたいなくなってしまった。
 繰り返し「失言」を繰り返していた桜田5輪大臣が、「復興より高橋議員が大事」の一言で、辞めることになった。

 彼はこれまでもいくつか「失言」があった。これらの合わせ技で、1本とられてしまったのであろう。
 ・慰安婦は「職業としての売春婦だった」
 ・「なぜ私がオリンピック大臣に選ばれたかわからない。適材適所だと思われた」
 ・サイバーセキュリテイ担当なのに、「自分でパソコンを打つことはない」
 ・オリンピック憲章は「読んだことがない」
 ・蓮舫議員を「レンポウ議員」
 ・1500億円を「1500円」 
 ・池江選手が白血病になって「がっかりだ」
 ・石巻市を「いしまきし」 
                どうでもしてくれ
 だがこうやって並べてみても、それほど問題発言とは思えない。人間味あふれた本音がにじみ、私には素直で好感が持てる。口だけうまい悪意だらけの野党連中よりはるかにましだ。。ふつうのおっさんならもっとまちがえる。西郷隆盛でも同じであろう。そして多くの「失言」は、パワハラ野党や新聞記者のいじわる質問に、必死で答えようとしたものである。本音では、東北も復興予算でスポイルされていると思う人は多い。
 それに東北復興を阻害しているのは、水産物の輸入規制している諸外国である。人畜無害な桜田大臣発言より、こちらのほうが1億倍も重要である。

 それを桜田大臣の「失言」を、今か今かと待ち構えている人々がいて、針小棒大に騒ぎ立てる。格下の5輪大臣であっても、内閣でもっとも弱いところを責めるのが、政治をひっくり返すための戦術である。世の中は、騒げば騒ぐほどものごとが大げさになる。

 本来なら桜田氏は、口車のうまい人より、調整役の5輪大臣には、ふさわしいはずであった。それこそ適時適所である。
 重箱の隅をつつき回る頭のいい人たちのおかげで、日本はユニークな惜しい大臣をなくしてしまった。口から生まれたような人しか大臣になれないのでは、日本はおしまいである。口先でしか人の優劣を判断できない。日本は、そこまでの国であった。

顧客を創造する

 「マッチポンプ」と「顧客の創造」は同じではない。ドラッカーの真意を間違えてはいけない

 「顧客を創造せよ」は、経営の神様であるP・ドラッカーの有名な言葉である。
 この言葉に触発され、企業だけでなく、国家それにあらゆる産業界まで、顧客を創造することに躍起になっている。

 医者は健康診断で病人を増やし、弁護士は社会にトラブル起こし、事件にしようとする。最近では、中国が自国の空気清浄器を販売するため、韓国にPM2.5の汚染した大気を送り込んでいる。かって中国で発生した鳥インフルエンザが世界に広まったとき、中国でしか作られていない治療薬であったタミフルの原料を、独占で供給していたという。(3/23朝鮮日報より)

            いざ消火 H30.6.24

 アメリカは武器を売るために、世界中のトラブルに火をつけて回っている。中東をはじめ、たいていアメリカが介入すると平和的に解決することはない。米朝首脳会談が決裂し、北朝鮮がまたぞろ挑発的な行動を起こしそうである。日本や韓国は、アメリカの武器を買わざるを得ない。

 「顧客を創造せよ」の本来の意味は、マーケティングにおいて、お客が気づいていない不満を探そうとすることである。いま多くがやっていることは、「マッチポンプ」であり、ドラッカーの本意ではない。
 もっとも、ほんとにドラッカーがこの言葉を発したかどうかは誰も知らない。

雨の朝立ち

 体のあちこちが濡れ凍えそうになると、もういつ死んでもいいと思う

 久しぶりに、早朝の交通整理を行った。警察の交通課から、日程表が送られてくるので、やらないと後ろめたい気になる。冷たい雨模様の中、7時から交差点に立って、信号に合わせて指導棒を振った。
 無言のまま。きわめて単調な仕事なので退屈極まりない。刑務所で独房に入ったらこんな感じになるのかもしれない。

            大雨 H30.7.07

 最初の30分は、ほとんど人通りがない。7時半ごろから学生やサラリーマンが増える。雨が降っているので、自転車で傘をさしている人に「指導」しなければならない。もっともそんな人は、我々指導員を遠巻きに通過する。

 交差点の端に立っていると、左折する車が接近してくる。信号の変わり目にスピードを上げる車に轢かれそうになる。ボランティアで怪我をしたら、目も当てられない。そういえば数年前、私と同じ交通安全委員が、交通整理中に、車に撥ねられ亡くなったことがある。

 1時間の朝立ちの最後は、浸透した雨で体のあちこちが濡れた。寒くて凍えそうになると、もういつ死んでもいいと思うようになる。
 家に帰って温まり、先ほどようやく生き返った。

食い逃げ世代

 世の中に、悪い仕事はあってもムダな仕事はない

 孫が高校を卒業し、今春から大学へ通っている。もう生まれて18年経った。子どもが大きくなるのは早い。

 それに対し、引退した年寄りが死ぬまでの期間は長い。
 今死にかかっている父親は、60才で退職した。それからほぼ40年になる。退職したとき生まれた子供が、2回成人できる。いまの100才は、年金を払った期間は20年ほど。受けとる期間の方がはるかに長い。だから若者から食い逃げ世代といわれる。将来もらえるはずの年金が少なくなるからである。

            金は天下の廻りもの H27.9.26

 しかし、みな勘違いをしている。今の若者は大いに得をする。
 世の中にあるお金は減らない。それなのに、将来ますます人口が減っていくからである。人口が減っているのに、政府が発行しただけお金は増えている。しかもデフレである。日本人は世界一の金持ちになる。

 もっとも、お金を持っていても使うことができなければ意味がない。金持ちになって、好きな時に好きなモノやサービスを受けられる世界。それにはみなが一生懸命働くしかない。とにかく働くことである。そしてお金を回す。
 世の中に、悪い仕事はあっても、ムダな仕事はない。

全国知事選

 福井県民の知恵がうまく働いて杉本氏が当選し、事業継承がなされた

 昨日、全国各地で知事選挙が行われ、各地でドラマがあった。
 大阪では、維新が知事と市長を交代して、ダブル勝利した。さすがに「反維新」のためとはいえ、自民党と共産党が組むことに府民があきれ果てたのだろう。議会でも維新が過半数をとり、「大阪都構想」推進に弾みがついた(いいのか悪いのか)。
 また北海道では、野党連合の推進していた候補が自民党推進の候補に及ばなかった。

            お城くんの舞 H30.8.04

 そしてわが福井県では、予想通り新人の杉本達治氏が当選し、前職の西川氏が落選した。福井では、ほとんど同じ政策の保守候補が2名と共産党候補が1名。杉本氏は自民党推薦、自民党推薦が得られなかった西川氏は、立憲民主党と国民民主党推薦であった。共産党が得た票は、漁夫の利どころか、誤差の範囲にしか過ぎなかった。

 もっともどこが推薦したかというより、杉本氏と西川氏の違いは、県民が多選を嫌ったからだと言える。ちょうど騒ぎになっている日産のゴーン氏の影響が大きい。西川氏はすでに16年も知事をやっている。もう1期で20年になり、ゴーン氏に匹敵する。権力は絶対的に腐敗するから、これまで清潔と思われていた西川氏も危ない(すでに腐っていた?)。同じように、セーレンで長期権力を維持している川田氏がバックについていることも、印象を悪くした。
 それに知事の実績と言っても、国と市に挟まれた県の仕事は、県民にはわかりにくい。


 杉本氏に代わる際に、ゴタゴタはあったようだが、権力が変わるときはこんなものである。結果的には、うまく「事業継承」がなされたのだと思う。福井県民の知恵がみごとに働いたのである。

 新知事に期待することはただ一つ。新型原発の推進である。できれば県庁内に循環型の小型原発を設置してもらいたい。

サクラ咲く

 サクラの咲いた人と散った人の明暗が、間もなく判明する

 いっときの寒さが明けて、ようやく桜の花が見られる。桜通りや県庁の桜はもう満開に近い。
 そして今日は、県知事と県議会議員選挙の投票日である。

 さすがに、要介護3で寝たきりの父は投票に行けないし行かない。もし投票できたとしても、どれだけの意味があるのかわからない。若者の票と、死にかかっている年寄りの票は、100倍くらい価値が違う。一票の平等原則はおかしい

            サクラ咲く③H31.4.06

 もっとも私自身にしても、まっとうな投票ができるとは限らない。誰がどんな政策を行うのかは、当選して見なければわからない。漠然と言えるのは、年よりより若いほうがいい。それでも、かっての民主党政権のようなことがあるので、思い切った若返りは危険である。

 そして議員候補を見るたび、なぜそれほどまでして議員なりたいのか疑問である。選挙期間中でなくても、周囲の人にぺこぺこして、何でもいいなりである。とても私には耐えられない。議員になると、よほどおいしい汁が吸えるのか。そこまでしても議員は、選挙に落ちたらただの人である。

 サクラの咲いた人と散った人の明暗が、間もなく判明する。首を洗って待っている候補者たちにとって、花見どころではない。

新車搭乗

 これだけたくさん機能がついていたら、故障する確率も飛躍的に高くなる

 心ならずも、新車に乗り換えて、数日が経過した。車も新しくなるほど機能が増える。フロントパネルに表示が無数にあり、なにがなんだかわからない。切り替えボタンもあちこちあって、運転していると右往左往する。戸惑っていると事故に遭う。

 それに運転中やたらとピーピー音がする。なにが原因かわからない。ぶつかりそうになったのか、車線を外れたのか、ドアが開いているのか、安全ベルト、その他いろいろあるから難しい。
 駐車時は車が庭木に接しているので、センサーが感知して、必ず始動するたびうるさく鳴る。
 またドアをロックするたびにサイドミラーが閉じたり開いたりする。ちょっとドアを開く度にジージー開閉する。便利いいか悪いかわからない。

                摩訶不思議

 また燃費改善のためか、交差点で止まるたびにエンジンがストップする。ブレーキを緩めるとまたかかる。これだけ頻繁に、オン・オフを繰り返したら、エンジン部の寿命が短くなるのではないかと心配になる。

 私の安価な車でこんなたくさん機能がついているなら、高級車はもっとであろう。これだけついていたら、どこか故障する確率が指数関数的に高くなる。メーカーは、わざと故障を起こさせ、自動車ディーラーや修理工場との連携を深めているに違いない。自動ブレーキ付きでも、かえって危険である。

植民地と国家

 とことん侵略を続けたら、中国やアメリカのような大国になれる

 チベット自治区では、中国政府による「開発」が急ピッチで進んでいる。
 世界の目もあって、物理的な弾圧から文化的弾圧へと変わってきた。小学校は寄宿制となり、低学年から中国語で教育している。もとよりこの地区は、モンゴルやウィグル地区に先駆けて鉄道が引かれ、観光客が押し寄せていた。観光地としてのインフラ整備が進み、チベット人の所得水準が上がっている。
 
 そしてこの部分だけ見れば、日韓併合のとき、日本政府が朝鮮の人たちに対して行ったことと同じである。当時の日本も、朝鮮半島に大規模投資をし、インフラを整備し教育水準を上げた。これは間違いであった。百田尚樹氏が「いまこそ韓国に謝ろう」で語っていたことは、皮肉でなく真実だった。
 だから韓国民は、事あるごとに日本に対し過去の「植民地支配」を糾弾している。

              掘り起し中 H30.2.07

 チベットと韓国が大きく異なるのは、チベットは武力で制圧され、韓国は政府間の協議で併合されたことである。またチベットは徹底的に搾取され、韓国は与えられただけだ。その状況でいま、チベットは中国が自分の国だと主張しており、韓国は独立国である。韓国が反日なのは、日本が戦争に負け、韓国を手放してしまったからである。日韓併合のままなら、朝鮮半島はまだ日本であった。


 ものごとを成し遂げる最大のコツは、「成功するまで続ける」ことである。道半ばでやめれば失敗である。侵略もおなじ。途中でやめた国は、「侵略国」として非難される。とことん侵略を続けたら、中国やアメリカのような大国になれる。なにごとも中途半端はいけない。

 もっとも韓国の体質は何をしても変わらない。韓国が日本の一部のままだったらどうなっているか。日本がもう一つ、沖縄を抱えているようなものであった。

太陽光発電の悪夢

 民主党政権の悪夢は現実であった。その毒が全身に回って日本中がのた打ち回る

 日本に太陽光発電が普及するにつれ、その弊害が目立つようになってきた。
 まず場所をとる。いまや日本中どこに行っても、無異質な太陽光パネルが我が物顔にのさばっている。新幹線で太平洋側を走ったとき、窓の外一面に広がる太陽光パネルの大海原に吃驚した。こんなものを、自然エネルギーという人の神経が理解できない。

 お金の負担も重くのしかかってくる。
 いまでさえFIT(による消費者負担)が2兆4000億円ということは、国民一人当たり年間2万円もの、余計な支払が発生している。毎年日本人一人2万円以上を特定の事業者に支払っている。しかもこれから、どんどん増える。
 いくら高速増殖炉が金食い虫だと言っても、20年間で1兆円である。このFITの1年分をつぎ込めば、あっという間に完成していた。いまごろ最少コストで電力の2~3割は賄っていた。中国やロシアの後塵を拝することはなかった。
               
            環境破壊  H30.10.22

 そもそも太陽光発電は、夜の発電量ゼロ。それはいいとして、昼は出力制御しないと周波数が変動してしまう。発電しすぎると電力設備が壊れるし、低発電に備えてバックアップのための火力発電をアイドリングしておく。こんな劣悪品質の電気が、安定した電気よりも高く売れることがおかしい。

 ここまで国民負担が上昇することを、行政は想定していなかったはずはない。先行するヨーロッパ諸国の状況からある程度予想されていた。していなかったらバカである。
 FITこそ、民主党政権の最大の悪夢であった。いや悪夢でなく現実であった。その毒が全身に回って、これから日本中がのた打ち回る。

始まりと終わり

 5月1日の令和元日には、どちらの国にいるだろうか

 元号という新しい命がはじまる。終わる命もある。
 このところ、衰弱の激しい父である。
 昨年9月に急速に衰えたが、昨年中は何とか自力でトイレや入浴ができた。廊下に手すりを付け、湯船には滑り止めマットを設置。ディホームに通い、食事場所にも歩いてきた。
 今年にはいると、ディホームに通うのがしんどくて、やめてしまった。

 2月には、食事もベッドの上でしか取れなくなった。それでも何とか歩いてトイレに行った。週に一度、看護師さんに来てもらって、体調をはかり入浴介護をしてもらう。
 3月4日に病院へ行ったら、そこからまた衰弱した。歩いてトイレに行けなくなり、おまるを設置。定価6万円の代物で、消臭機能付きである。もう歩行の手すりも使えない。

                卍
         
 数日前からそれも危うくなった。おむつを拒むので、尿瓶を準備する。3月の終わりには、自力で食べたのに、もう飲んだり食べることも怪しくなった。脱水症状で、声を出すこともできない。
 医者に来てもらったら、週に3回、点滴をすることになってしまった。
 いまは点滴で無理やり水分を補っている。あまりいいことではない。

 確実に、段階を踏んで衰えている。
 まもなく息を引き取る。
 5月1日の令和元年には、あの世とこの世、どちらの国にいるのか。

新元号決まる

 民主主義でも全体主義でも、決まったことには従わなければ世の中は成り立たない

 5月1日から、新元号「令和元年」がはじまる。
 昨日の発表のときは、多くの国民が固唾をのんで見守っていた。まったく違和感がなく、すっと肝に入るいい名前である。画数が少ないので、書くのが早くすむ。これで日本全体の生産性がすこし向上する。「驢」や「靁」など、30画以上あるような文字なら大変であった(他に、万〇という候補がいくつかあったらしいが、マンは何となく卑猥である)。ロバートキャンベル氏の、「平和になるよう仕向けようという、ポジティブな言葉だと思った」という解説にも納得する。
 発表までほんの一部の人しか知らなかったのも、神秘的である。

                鬼太郎

 しかし、どんなものにでも反対する天邪鬼は必ずいる。

 今朝の福井新聞朝刊の社説では、さっそくこの元号に噛みついていた。
①決まった以上受け入れるしかないが、納得できる説明がない
②令和の「令」は、命令の令で、「命ずる」「いいつけ」「おきて」の印象がある
③選考過程をわかりやすく説明し、元号の意義を捉え直したい
④「元号で、皇帝が時を支配する」という意識を政府が持っていたら問題である
⑤生前退位の元号決定だけに、密室選定でなく国民の意向を反映させるべきだった
⑥時代を区切る方法は、個人の自由である
 これは、共産党委員長や社民党党首のコメントとまったく同じである。福井新聞の半分は「赤旗」であった。

 右翼は右翼で、元号の事前公表に抗議して首相官邸に乗り込んで、抗議文をばら撒いたという。改元は、あくまで新天皇の下で定める。新元号を定める政令も、新天皇の御名・御璽であるべきなのである。

 お互い、言いたいことはわかる。
 だが、いったん決まったことに従わなければ、世の中成り立っていかない。これは民主主義だろうが、全体主義だろうが同じである。
 多少文句をつけるくらいは仕方ないか。

まもなく1万回

 あとひと月で平成が終わります。本日お昼ごろ、新元号が発表されます。
 本ブログを開設して、まる6年が経過しました。平成最後の6年の記録です。拍手回数が、やがて10000回の節目を迎えます。そろそろ潮時かも知れません。

 私が本ブログをはじめたのと同じ時期、海老蔵氏がブログを開設しました。内容は写真と日常の出来事を数行だけです。それだけで広告収入が、年間3千万円以上あるといいます。もちろんこちらは、一円の収入もありません。

              極楽浄土へ急登 H30.9.23

 この際、栄えある10,000回目の『拍手』をしていただいた方には、粗品を進呈します。
 『拍手』コメント欄に、10,000回目であることと、住所・氏名を書いてください。かって、1,000回目に『拍手』していただいた方にも、それなりのプレゼントをさせて頂きました。
 ちなみにその方は、まもなく成仏されました。