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環境セミナー2

 再エネの実情から考えると、事業としてこれから太陽光発電を始めるのは厳しい

 昨日「わかりやすく学ぶエネルギースクール」3回シリーズの2回目「再生可能エネルギーについて学ぶ」の講習会に参加した。講師は石川和男氏(元経産省)といつもの竹内純子氏である。竹内氏のはきはきしたわかりやすい声と、石川氏の「知らないことはない」という自信に満ちた話しぶりが対照的だった。

 ほぼ8割以上が既知の内容だったが、あらためて認識した点もいくつかあった。

①不可避・不可逆的な5D(人口減少・過疎化、脱炭素化、分散化、制度改革、デジタル化)をベースにエネルギービジョンを形成する。
②3.11後、日本で増えた発電は、天然ガスと石炭。水力を除く再エネはまだ7.8%(2016年)しかない
③世界の傾向も同じである。化石燃料の使用量の増え方の方がはるかに大きい
④2011年以降、原発停止による追加燃料分は、毎年約3兆円。ただ2015~2016年は原油安のため1.5兆円。
⑤先進国の2009→2015年の一人当たりCO2排出量は、日本だけ8.3→9.0㌧と上昇。

            環境セミナー H30.7.30

⑥スェーデン、フランス、ワシントン州のように、原子力や水力など安定ゼロエミ電源を持つ国ほどCO2排出量は少ない。
⑦ドイツは石炭火力発電が多く、再生エネが増えても脱炭素化ができない。電気代も高い
⑧FIT(固定価格買取)による賦課金は、毎年増大する。2030年度には賦課金総額3.6兆円になる。買取価格は4.7兆円。これは消費税2%に匹敵し、電力料金全体の15%~20%になる。原発停止分の原油輸入を含めたら、消費税5%分になる。
⑨その他、再生エネを導入するための追加コストが、1KWH当たり9円かかる。(バックアップ電源、送電線、配電装置など)
⑩さらに2032年から、使い古した太陽光パネルの廃棄物が年間80万㌧ずつ発生。有害物質も含まれるため、事業化に当たっては廃棄コストの算定も必要

 聴講した人は、再生エネ事業者や事業を計画している人が多いようだ。だが説明のあった再エネの実情から考えると、これから再エネ事業を始めるには厳しいと感じたのではないか。事業として成り立つかどうかは、リスクと採算計算の兼ね合いである(私のお客様には、お勧めしないが)。


 そしてやはり、原子力の選択肢は無くすべきではない。いまでも世界中で化石燃料の使用が増えているのは、どう考えても良いことではない。現実に少なくともここ100年の間、膨大な電力供給できる原子力を止めてしまったら、人類の未来はない。
 それでも原発推進者と思える石川氏でさえはっきり宣言しないのは、狂気の圧力を感じているからだろう。

 そこで以下のような文を、講習の主催者に提供した。読んで貰えるかどうかわからないが、原発立地住民としての意気を感じてもらえたらありがたい。


 原発推進への意識改革
 人々の琴線に触れるためには、感情をこめて訴えることのできる役者が必要

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団塊世代批判

 現代の若者は、いまがいちばん幸せなので「将来不安というぜいたく」を謳歌している

 われわれ1948年生まれの前後、いわゆる団塊の世代は、なぜか他の世代から忌み嫌われている。とくに下の世代である。団塊世代は、良くも悪くもこれまでの日本社会を牛耳ってきた。この世代は、日本人口の約1割、1000万人いる。「団塊世代が歩いた後は、ペンペン草も生えない」とまで言われた。

 なぜ団塊は、他の世代から嫌われるのか。
 団塊世代が働きざかりのときは、バブルで贅沢の限りをつくし、バブルを崩壊させ日本経済衰退の道筋をつくった。バブル時に高騰した賃金は、その後続落している。バブル処理で、政府の財政赤字を1000兆円にまで拡大させた。政権交代で民主党に投票し、日本を衰退に導く。その毒饅頭がまだ日本中を蝕んでいる。また犯罪率は団塊世代が青少年の時に最も高かった。いまでも切れて暴れやすい。

 下の世代からもっとも恨まれるのは、年金である。その支給率は、団塊世代を境に一気に下落した。団塊の下の世代では、自分の払った年金をもらえる保証もない。したがって団塊は、食い逃げ世代とまで言われる。

 さらに、戦後の日教組「民主教育」をまともに受けてきたため、人権・反戦・護憲のお花畑的思想にどっぷり浸かっている。沖縄や国会前でデモに参加する人たちの大半は、暇を持て余した団塊世代のジジ・ババだと罵られる。

             チングルマ満開 H30.7.23

 しかし、ほんとに団塊の世代は日本をダメにしたのか。
 我々団塊が芋粥をすすっていた子供時代と現在を比べると、確実に日本は豊かになっている。国の財政赤字は増えても、それ以上に国全体の資産は大きく膨らんだ。人口ボーナスや馬車馬労働での経済成長、それに狂乱物価やバブルで、国内でお金を増やしてきたからである。国民は、家族で1台以上の車を保有し、高速道路は全国に張り巡らされている。新幹線や飛行場などインフラも充実し、東北大津波や阪神大震災のような大災害を除けば、天災での死者は激減した。よほどのことがなければ、飢えて死ぬ人などいない。
 
 そもそも日本の財政赤字は何も問題ない。国が赤字になるぶん以上に、国民がお金持ちになった。日本がデフォルトすることはない。将来インフレになっても、高齢お金持ちの資産が減るだけで、働く人の所得が増え格差が解消される。
 しかもこれから人口減少時代に入り、日本国民一人あたりの金融資産は増える。年金の受け取り額が減るのは、単に子供をつくらないからである。お金は有り余るほどあるので、欲しい人がいれば、政府が(仕事をあっせんして)分配すればいい。日本が財政上で問題を起こすのは、国民が働かなくなったときである。

 また、日教組の影響を受けたお花畑的思想も、そろそろ限界に達してきた。現実の世界情勢の中では、自分たちが如何にアホだったのか自覚し始めている。なによりこの異常気象で脳細胞が破壊され死期も近い。まもなく、じじいの決死隊も出てくる。
              じじいの決死隊 H30.7.28
 だから、なぜ若い世代が団塊世代を批判するのか。まったく理解できない。
 いまがいちばんいい時なので、「将来が不安というぜいたく」を謳歌しているから、としか思えないのである。

死刑は廃止すべきか

 法務大臣や死刑執行官の心労と引き換えに、死刑制度は冤罪による殺人を減らしている

 今月26日、オウム真理教の被告6名に死刑執行がなされ、事件で死刑が確定した13人全員の死刑が執行された。執行命令を出した法務大臣には、賛否の意見が渦巻いている。

 もとより死刑に対しては、根強い反対意見があった。
 たしかに、「死刑になるひどい失敗をした人でも、再生のチャンスを与えるべき」という見解には一理も二理もある。日弁連では、「死刑制度の廃止を含む刑罰制度全体の改革を求める宣言」を採択し、2020年までに、死刑制度の廃止を目指すことを求めている。国際社会においては死刑廃止に向かうのが潮流である。死刑制度を残し、現実的に死刑を執行している国は少数になってきた。

 凶悪犯がほとんど射殺される欧米では、あらたまった死刑制度はない。混乱の中で殺してしまうほうが、改まって「今から殺す」といって死刑にするより気分的に楽である。死刑はなんといっても、「正式に」他人の命を永遠に奪ってしまう。したがって、執行命令を出した法務大臣や、実際に執行する人の心理的負担は、大変なものだと思う。
 また、これまで死刑執行された人の中には、冤罪の疑いのある人も何人かいた。

            ⑦切断、あわれ

 しかしそうかといって、いまの日本で死刑を完全に廃止することには反対である。
 ひとつは抑止力である。
 圧倒的多数の人は、死刑のような厳罰があるために、癇癪を何とか抑えることができた。厳罰がなかったら、手を挙げていたかもしれない機会は無数にある。

 つぎに、冤罪防止である。
 もし死刑がなくなると、凶悪犯の疑いだけで、捕り物のとき「犯人」を殺してしまう頻度が格段に上がる。その場合の冤罪の可能性は、裁判によるものとは比べ物にならないほど高い。命を失うという取り返しのつかない冤罪被害が、かえって増えてしまう。
 つまり、法務大臣や死刑執行官の心労と引き換えに、死刑制度は、冤罪による殺人を減らしているのである。

 そして、被害者心理である。
 大事な人を殺された被害者の身内は、絶対犯人を許すことなどできない。刑務所にのうのうといるのなら、乗り込んででも自分が死ぬ前に復讐したいと思う。犯人が社会復帰などしたら、間違いなく仇討ちする。
 さらに終身刑で社会に多大な負担をかけるなら、死刑の方がましである(死刑に反対する人の多くは、少しでも国力を損なおうとするイデオロギー闘争である)。

 このような観点からいまの日本では、死刑制度を廃止すべきではない。

台風前の赤兎山

 台風が近づいており、午後には日本列島に接近する。予定していた立山登山ツァーが中止になったので、赤兎山に登った。
 小原部落から登山口まで、11キロの自動車道はほとんど舗装されている。赤兎の登山口駐車場には、5~6台しか止まっていなかった。経済性だけで、ゲートで300円集金するコストや舗装コストを考えたら気が狂う。

赤兎登山道から大長山 H30.7.28 赤兎頂上から経ヶ岳 H30.7.28 赤兎頂上 H30.7.28

 雨は、8時半に登り始めたとき少し降られただけ。下山した1時ごろまで、まあまあの天候だった。むしろ嵐の前の清らかさで、白山連峰や周囲の山々が雲海のなかに、幻想的に見えた。往復実働3.5時間のコースは、いまの私には丁度いい長さである。
 ただ赤兎頂上から小屋までの平原は、(白山弥陀ヶ原のように)熊笹が成長して視界が悪く、ニッコウキスゲも完全に終わっていた。湿原も猫の額ほどしかない。

赤兎頂上から白山連峰 H30.7.28 赤兎から白山 H30.7.28 赤兎小屋付近の湿原 H30.7.28
 
 今晩やがて台風12号が、日本のど真ん中を直撃する。ややこしいコースで、西日本豪雨被害のあった地域も通過する。さすがに今度は、犠牲者が出ないことを祈る。日本の災害対策力が試される。

相模原殺傷事件の被告

 被告は、「自分は良いことをした」と、満足して死刑台に上がりたい

 19人が殺害された相模原障害者殺傷事件から2年経過した。先日、NHKスペシャル「“ともに、生きる” ~障害者殺傷事件 2年の記録~」で、この事件を取り上げていた。この番組は、事件当時に施設にいた利用者やその家族、周囲の人たちを描いたものである。事件でけがを負わされた利用者の父親が、植松被告に面会する様子もあった。家族でなく関心を持つ人の中には、被告と接見しようとする人もいる。彼らは植松被告に対し、事件の反省を促そうとしているのだろう。

 曽野綾子氏も、≪障害を持つ子供は、800人に一人ほどの割で必ず生まれてくる。その子は、他の健康な人たちの苦難を一身に背負って生まれた、イエスキリストのような存在である。そう考えたら、障害者はムダだから殺せなどと言う発想にはならない。≫と、雑誌に書いている。障害者殺人に対する、これ以上説得力ある言葉を知らない。

              多面仏

 しかし、周囲がいくら説得しようとも、植松被告は「反省」などしないであろう。
 現に人々が被告と接見し、「家族の思い」を伝えようとしても、考えは平行線である。それどころか、「意思疎通できない障害者は社会的に不要な存在」として、いまだ事件を正当化している。そのうえ最近、被告の考え方や手記をまとめた本「開けられたパンドラの箱」が出版された。
 植松被告はいずれ死刑になる。被告にしてみれば、そのとき「悪いことをしてしまった」と後悔して死んでいくより、「自分はいいことをした」と、満足して死んでいきたい。だから被告の考えは変わらない。というより変えたくない。

 「開けられたパンドラの箱」批判に対して、出版社は「植松被告の主張をどう否定するか、社会が問われている」と出版理由を説明している。
 周囲がいくら被告の主張を否定しても、被告に有利な理論などいくらでもある。世の中には、被告と同じ考えの人はごまんといる。実行できないだけである。むしろ「先駆者」としての誇りを持っているのかもしれない。

 もとより被告にとって、死刑は覚悟の上である。「正義感」に溢れた人たちが、被告の行った行動を反省させようと躍起になることで、その思いは信念に変わっていく。社会に余裕が無くなっていくとき、我々はそれを覆すだけの理論を確実なものにできるであろうか。例えば800人に一人の障害者が、2人に一人だったらどうか。これもトロッコ問題のひとつである。

自動車業界の大転換

 自動運転車の普及はビッグチャンス。慌てず確実に変化をつかんでおきたい

 自動車業業界では、いまEV車や自動運転車の熾烈な開発競争が行われている。すでに技術的には実用段階に入り、あとは規制とコストである。EV車は致命的な欠点があるが、自動運転車はすでに高齢者運転よりはるかに安全である。すでに自動ブレーキは標準装備になりつつある。2030年には、新車販売の半分以上が自動運転車になるという報告もある。

 自動運転車が普及すれば、自動車を巡るビジネスモデル全体が大きく変動する。車社会における大変動が予想される。日本がいつまでも規制で縛っていると、それこそバスに乗り遅れる。

            大型バス

 しかし、いくらか技術革新が進んでも、いきなり転換するわけではない。これまで世に出回っているおびただしい数の車が走っている。いま自動車関連のビジネスに携わっている人はどうすればいいのであろうか。変化の各段階(数年単位)でいくつものビジネスチャンスが生まれる。そのうちのいくつかを捕まえる。そのための準備をしておきたい。

 たとえば、
①廃車ビジネス
 自動車の保有期間(現在14年)の長さが一段落し、さらに車を手放す人が出ると、一気に廃車が増加する。解体や転売、輸出などに好機を見つける。

②自動運転に関わるサービスや関連グッズの開発
 ・高齢者の安全対策、昇降
 ・飲酒運転カー用品(バーカウンター、こぼれないコップ、簡易消臭トイレ)
 ・配車ステーションの経営

 自動車関連事業者だけでなく、他の事業の人にとっても、この変化はビッグチャンスである。慌てず乗り遅れず、確実に変化をつかんでおきたい。

LGBTの生産性?

 トロッコ問題を解決するには、タブーを排した複雑で多様な議論が必要である

 新潮45(8月号)の杉田議員論文が、PC(ポリティカル・コレクトネス)患者を刺激し、バッシングに遭っているという。LGBT法連合会は抗議声明を発表し、さらに杉田議員には脅迫状も届いたらしい。

 私も新潮45を読んだが、とくに過激と思える内容ではなかった。杉田氏はなにもLGBTを蔑にしろと書いているわけではない。特別扱いするなと言っているだけである。たしかに「生産性がない」といわれる人は、(面と向かって当たり前のことを言われ)カチンとくるだろう。
 そもそも、生産性がない人間など山ほどいる。私は、男性こそ生産性がないと思っているし、長生きしすぎた高齢者目の敵にしている(障害者の話は長くなるので別に述べる)。LGBTはその端くれにすぐない。

 このLPGT問題だけでなく、杉田議員はこれまでにいろんな場面で「過激」な発言をして、その筋の人から叩かれている。ぜひ理不尽な圧力にめげないでいただきたい。報道によると、この件で杉田議員を励ました自民党議員たちも、バッシングに遭っているそうである。

              天女観音

 問題なのは、このような杉田議員の発言を押えてしまったら、それこそ社会に生産性が無くなってしまうことである。世の中に彼女と同じような考え方の人は多い(だから議員に当選した)。彼女の発言が封印されれば、本音を代弁してくれる人が誰もいなくなる。言論封殺では世の中真っ暗ヤミである。

 さらに私は、人間だけが特別な存在であり他の生物とは異なるという「優生思想」にこそ、根本的な疑問を感じている。人間も生物のほんの一種であり、多様性を持った自然界の一員として生かされているだけである。ところが、思いあがった人間様が他の動物を駆逐し、いまや哺乳類としてダントツの、70億にまで膨れ上がってしまった。しかも人ひとりが費消するエネルギーは、体重100倍のゾウ以上である。そのゾウの生態では、群れから異質なものを排除している。

 すなわち、合理的に人類の永続をインプットしたAIロボットなら、99%の人間は抹殺されるであろう。杉田議員の発言を深堀りしていくと、いま地球に蔓延っている70億の人類を、どう減らしていくかの(いわゆるトロッコ)問題にいきつく。トロッコ問題を解決するには、タブーを排した複雑で多様な議論が必要なのである。

中国社会の急変化 技術士交流会研修より②

 常時インフラを整備していけば、景気が悪くなることはないし人々も金持ちになる

 中国を頻繁に訪問している加藤哲夫氏(名古屋産業大学名誉教授)の報告である。
 中国では、AIやIOTだけでなく、インフラ全体が大きく進展している。以前から、高層ビルなどの建築物は、日本の大都会をはるかに超えている。2020年には、新幹線の総延長は日本の10倍を超える。エネルギーでは、第3世代原発どころか高速増殖炉も実用化されている。
 今度は中身である。

 基本となる都市計画法が充実しつつある。その法律に基づいて、急速に整備が進んできた。何しろ地域間の競争が激しい。罰則も厳しい。だから緑化や公園などの環境整備も半端ではない。廃棄物や水質汚濁など、環境悪化でまともに住めないと思われていた都市が、いまやおおかた緑で覆われている。つい最近まで最悪の大気汚染だった北京の空が、あっという間に清浄化された(どこかにしわ寄せはあるはずだが)。

               卍

 中国はとにかく早い。日本の10倍である。決めるのも早いし、一旦決めたらあっという間にことが進む。いま農村部にある限界集落を無くそうとしている。おそらく大規模農業化が一気に進む。地すべり災害が起こりそうなところには、強制的に移動命令が出るので、自然災害による人命損傷も少ない。日本ではできないし、できたとしてもとんでもなく時間がかかる。中国からみたら、沖縄基地で揉めているのが信じられないであろう。

 その代わり、個人の都合などお構いなしである。国が決めたら立ち退きは免れない。
 日本のように、ゴネまくって手当金を吊り上げようとする輩は少ない。もし中国で、沖縄基地のような反対運動があれば、ただちに「ミニ天安門事件」である。海外記者はシャットアウトされるから、虐殺は闇から闇に葬られる。天候も社会も丁度いいのは難しいのである。
 さてこの勢いで、中国はどこまで膨張するのだろうか。

            不思議なバランス H28.8.19

 この講習の最後に、面白い質問が出た。「いま中国はどんどんインフラ拡大に走っているが、まもなく日本と同じように、高齢化・人口減少社会が来る。そのとき拡張したインフラはどうなるのか」
 たしかに中国は、日本の10年遅れで高齢化、人口減少時代がはじまる。

 講師の答えは、「中国ではこうと決めたら撤退も早い。日本のようにぐずぐずと迷わない」とおっしゃる。たぶん、「選択と集中」を徹底的に行い、みごとな都市と農村をつくるはずである。常にインフラ整備するのだから、景気が悪くなることはないし、人々も金持ちになる。日本が財政を出し渋っているのと反対である。


 さらに、中国人の平均寿命は75才で、日本人の平均寿命84才より9才も若い(ちなみに健康寿命は中国68才で、日本は75才である)。すなわちその分だけ中国は、日本より高齢化問題は小さい。さらに国策として、もっと高齢寿命を短くする手立てを講じてたとしても、不思議ではない。

砂防新道から別山へ

 標高差は少ないが、上り下りと歩行距離の長さがこれまでとは異質で疲労困憊

 今日は、いつもの白山とは少しコースを変え、砂防新道から南竜を通り別山へ登った。別当出会いからの標高差は(1260→2399)1140Mと、白山頂上までの1440Mより300Mも少ない。そのぶん上り下りがあって距離も長いが、南竜から別山への稜線お花畑を堪能できるのはこの時期しかない。天候も梅雨明け10日までの絶頂期である。
 
 早朝4時10に自宅を出発し、中部縦貫道から別当出会いまで約1.5時間。途中の恐竜博物館手前の公園では、いつの間にか白竜が復活していた。
 別当出会いで身支度を済ませ、6時に吊り橋を渡る。噴火警戒が出されている白山に入った。

白龍復活 H30.7.23 危険な稜線 H30.7.23 花の道 H30.7.23

 南竜小屋には予定通り9時に到着。だが、南竜キャンプ場から一旦下って、別山へ向かう油坂の登りで、バテ上がってしまった。どうも私は4時間が限度らしい。足が動かないので、コースタイムを超過し始める(そこからしぶといのだが)。しかもこの稜線は、一歩間違えると、それこそ奈落の底である。

ニッコウキスゲ満開 H30.7.23 チングルマ満開 H30.7.23 別山頂上 H30.7.23

 ただ肝を冷やすところを過ぎると、一面のお花畑である。ようやく別山の頂上に着いたのは12時を過ぎていた。
 帰りは同じところを戻る。足がつり気味なので、やせ尾根のところでずり落ちそうになる。油坂の下り雪渓でも滑りかけた。出発点とピークの標高差は少ないが、トータルでの上り下りと歩行距離の長さが、これまでの登山とは異質な疲労である。しかも持って行った2リットルの水では足らなかったので、沢の水を飲むことにもなった(上流には小屋の水洗トイレ?)。
 結局、別当出会いの駐車場に着いたのは、予定を大幅に過ぎた4時半になる。余裕があればお花畑の観光新道を回って降りようと思っていたが、とんでもない。まして欲張って白山ピークまで足を延ばすなど、夢のまた夢であった。

小浜のまちづくり 技術士交流会研修より①

 ゴミしか持ち込まれない観光地になるのでは、却って住民迷惑である

 昨日、福井の技術士交流会研修会に参加。「小浜のまちづくり―社会実験」と、「中国の都市-地域づくり動向」についての講演を聴いた。近年は、技術士研修でも社会全般についての内容が多い。技術士といってもいろんな分野がある。これまでのチマチマした計算式の羅列では、ちんぷんかんぷんであった。みんなわかったふりをしていただけである。
 もっとも、昨日の講義もよく分かったとは言えない。それぞれ1時間の講習にしては、あまりにも情報量が多すぎた。無理に詰め込みたがるのは、お役人の性なのであろう。
 本ブログでは、その一部だけ紹介する。

            愛宕坂展望台より欠落白山連峰 H28.2.11

 「小浜のまちづくり―社会実験」は、平成26年に全線開通した舞鶴若狭自動車道の、重要拠点である小浜市への影響を調べたものである。国交省の支援と小浜市による。
 小浜では、ICの近くに「道の駅」をつくり、駅近くの「まちの駅」、海岸にある「海の駅」を数キロ以内で結び、若狭おばまSSA(スローサービスエリア)として活用している。とくに「おばま道の駅」は、高速道路を下りたところにあるにかかわらず、電子カードを使うことで、高速SAと同じような機能を発揮できる。それらを中心に、半径5キロ以内には小浜の観光資源がめじろ押しで、そこに観光客を呼び込む算段である。

 社会実験では、高速道路上や近隣の高速SAに案内板を設置したり、手渡しパンフの配布、ユーザーアンケートを収集した。また京都や金沢、敦賀方面からの高速路線バスを実験的に運行し、ニーズ調査をおこなった。またそれらのバスと「道の駅」における小浜周遊バスとの接続などを行った。

 アンケートでは、京都や金沢からの観光客は期待できそうである。無料の社会実験バスと有料運行では天と地の違いがあるが、これから手を挙げてくれるバス運行会社が出てくるかどうか。自動運転バスなら、採算が取れるかもしれない。法改正できれば、高速道路ならすぐにでもできる。

 それにしても、オバマ大統領のときの「オバマを勝手に応援する会」だけだった小浜に、いつの間にか道の駅が3つもできていたとは知らなかった。中国ほどではないが、日本の都市もどんどん変わる。

 ただ残念ながら、小浜にはこれといった宿泊施設がない。いくら観光資源があって人が来ても、稼げるかどうかは別の問題である。奈良のように日本屈指の歴史遺産があるのに、ゴミしか持ち込まれない観光地になるのでは、却って住民迷惑になる。

誰でもよかった

 これといった対策を打てない日本では、リスクが拡大していく

 近年の殺人事件は、対象者への動機がない場合が多い。有名なのは秋葉原の大量殺人事件で、つい最近も新幹線の中で、いきなりナタとナイフで切りつけ、数人を殺傷した。
 殺人に至らなくても、いきなり女性に切りつけたる傷害事件は多い。犯人は、「だれでもよかった」、「人を殺したかった」、「人を傷つけたかった」という。

 殺人事件そのものは激減している。だから、むかしに比べ「だれでもよかった」殺人が増えているのかどうかはわからないが、現実にこのような人がいることは確かである。ハインリッヒの法則を当てはめると、年間10件このような殺人・傷害事件があるなら、控えめに見て日本には3000人の異常者がいるということになる。これだけ危ない人が、虎視眈々と廻りの人を狙っているのである。

              美人薄明
 ではどうしたらいいか。 
 3000人くらいなら、異常者を指定して隔離する。マイナンバー制度が普及し、幼児期からの個人データが蓄積されれば、充分可能である。すでに中国当たりでは実践されているはずである。日本だけが野放しにされている。また殺したい人と死にたい人を引き合わせるのは合理的であるが、いまの日本では人道上許されない。

 もっとも、日本は世界でまれにみる殺人事件の少ない国である。しかも殺人といっても、親族間が多い。アメリカのような乱射事件は極めて少ない。「だれでもよかった殺人」がニュースになるのは、事例がきわめて少ないからである。宝くじの一等当選よりはるかに少ない。
 したがって、日本で無差別殺人事件に遭遇したら、宝くじに当たったと思えばいい。最優先で天国の乙姫様のところに行けるであろう。

「かっぱ寿司」の食べ放題サービス

 辛辣コメントの炎上を浴びても業績を立て直せたなら、みごとな経営手腕である

 回転ずしの「かっぱ寿司」が、食べ放題サービス(食べホー)を25日から拡大する、とYAHOO(毎日新聞)ニュースが報じていた。時間帯を定め、ランクによっておよそ1500円から2500円のコースがあるという。完全予約制で、神奈川県の10店舗ほどが対象になる。

 おそらくこの記事は、パブリシティ広告(プレスリリースやインタビューへの応対などを通じてメディアに報道として自社の内容を取り上げてもらう)であろう。無料?でメディアに客観的な記事を出してもらうことで、読者に信頼感を与える。
 もともと「かっぱ寿司」は、大手のすしチェーンの中では、一人負けで経営難に陥っていた。昨年から行っていた時間限定の食べ放題が、やや業績回復につながったと判断し、サービスを拡大したのだろう。
 残念ながら、わが福井では「かっぱ寿司」を見かけないので、行きたくてもいけない。

            河童橋から H18.8.11 

 だが、この記事をみたネット読者の投稿コメントは、
 ≪申し訳ないけど、カッパごときに2500円も出す気になれない≫
 ≪かっぱも終焉かな≫
 ≪それでも行きたくないかっぱ寿司≫
 ≪ネタがペラペラで1貫が小さいんだよね≫
 ≪寿司の質をなんとかして欲しい≫

 このような否定的な内容が延々と続いていた。これら圧倒的なネガティブコメントに加え、つぎのような具体的で辛辣な投稿もいくつかあった。

 ≪かっぱの食べ放題一度行きましたが、レーンには全くお寿司は流れておらず、全てタッチパネルで注文しなければ行けない始末でした。しかも、注文しても直ぐに流れてこないしで、あっという間に時間が来てしまい、本当に二度と行かないと思いました。お会計では、私を含め多数の客が店員にクレームを入れていました。しかし、店員もアルバイト( 苦笑 )どうにもなりませんね。なので、二度と行かない回転寿司となりました。≫

 内容から見て、実体験にもとづき、じつに生々しい。
 ネットで予約する人の何割かは、この記事を目にする。こんなコメントを見たら誰も行かなくなる。
 実際、つぎのような投稿もあった。
 ≪近くに行ける店があるけど、ここのコメント見てたら行く気がなくなった。≫



 広告宣伝のつもりのパブリシティ記事に、既存客の体験コメントでボロクソに叩かれるとは、「かっぱ寿司」も思ってもみなかったであろう。競合店の嫌がらせ投稿もあるはずだが、それだけでこれほど盛り上がるとは思えない。ネットの怖いところである。ふつうここまで叩かれたら事業継続は困難となる。

 このような逆境で、もし今回の食べ放題サービスを成功させ、傾いた業績を立て直せたなら、それこそみごとな経営手腕といえる。

災害あとのゴミ

 被災地に積みあがるがれきの大半は、もともといらなかったもの

 西日本の豪雨では、水害被災地が広域にわたり、死者200名を超す甚大な被害が発生した。その後の泥水に浸かった家屋の後始末も大変である。泥にまみれた家財道具、畳などはたいてい使い物にならない。家電製品・パソコンなどの高額商品も一瞬で廃棄物になる。家財道具一式だから、出てくる粗大ごみは膨大な量である。

 災害のたびに、このがれき処分が大きな問題となる。
 なぜいつも、こんなにがれきが大量発生するのか。
            焼き場 H30.1.30
 
 日本中に、その大もとであるモノが多すぎるからである。
 日本の家庭は、家財道具で空間がぎっしり詰まっている。ひどいところでは、狭い隙間に布団を引いて寝ている。まさにゴミ屋敷である。
 そのなかでほんとに大切なものは、ほんのわずか。大半は捨てるに捨てられなかったもので、最初からがれきのようなものである。人口減少時代においては相対的に人よりモノが多くなりがちで、とくに高齢者のまわりはごみ屋敷であった(人間も・・?)。

 誤解を恐れず言えば、被災地に積みあがるがれきの大半は、いらなかったものである。私なら、始末してもらってよかったと思う。前向きに考えたほうが、復興は進む。
 ただ国や自治体など、処分するほうは大変である。地球規模の公害である。

 だからこれからの災害に備え、各家庭はできるだけモノを置かないようにしたい。いらないものはさっさと処分しておこう。そしてこんどの豪雨犠牲者200名のうち、70%は60才以上だったという。さすがにこれをがれき処分だと言ったら怒られるか。

箱根・伊豆下田

 ボランティアのできない人は、体のつづく限り飲み食いでお金を回すべきである

 6月につづいての一泊2日の箱根旅行。こんどは伊豆・下田を追加する。6月に行ったときは、梅雨真っ盛りで、箱根はすべて霧の中であった。今回は日本全国夏の高気圧に覆われている。金沢スタートのツァーに参加したので、上越新幹線で東京へ。そこからバスと登山電車を乗り継いで大涌谷に到着。

 残念ながらこんども、富士山を拝むことができなかった。かすかにシルエットが見えただけ。箱根に来て富士山を見れなかったら意味がない。
 そういえば、まともに富士山を見たのは、その麓で管理者養成学校の訓練を受けたときだけである。あの時は、それどころではなかった。これが最後のチャンスだったかもしれない。

 大涌谷から幻の富士 H30.7.16

 今回は駆け足ツァーなのでせわしなかった。その日のうちに伊豆高原の温泉旅館までバスで移動。翌日もカミカゼ運転バスで、みっちりと伊豆半島を周遊。ご丁寧に2度も遊覧船に乗った。東京発の上越新幹線に乗ったのは、夜の7時。自宅到着は、真夜中の12時であった。

 骸骨の霊 H30.7.17   青の洞窟 H30.7.17

 ツァーの参加者は、60~80才代の45名。この暑さの中、誰もひっくり返らなかったのは不思議である。みなよく食べ買い物をして、残り少ない命を謳歌している。
 西日本災害の復興を早めるため、少しでも金を遣って、経済を活性化させようとしている。ボランティアのできない人は、体のつづく限り飲み食いでお金を回すべきである。

また箱根

 明日から2日間不在。
 どういうめぐりあわせか、先月に引き続き箱根へ視察旅行に行きます。先月は霧の中をウロウロしていただけだった。今回はどうでしょうか。
 朝早く夜遅いので、明日から2日間ブログはお休みします(仕事用のパソコンは持参しますが)。

 それに猛烈な暑さが襲ってきた。思考能力が無くなり体がだるい。
 もう毎日書くのは無理。

    ロープウェイから芦ノ湖 H30.6.16

スーパー災害の多発

 人口減少時代に向け、人の住まない区域を決めて集中的なインフラ整備を行う

 1950年代からこれまで、水害死者数は減少していたのに、今回の集中豪雨は、全国的に大きな被害を出してしまった。温暖化の影響から、豪雨の頻度が増し雨量が半端で無くなってきた。とくに今年の被害は甚大だった。これまで水害被害が比較的少なかったのは、堤防などインフラの整備が進んでいたからである。
 そのインフラが老朽化している。悪いことには、その防災インフラの能力を超える災害が頻発するようになった。

 これを防ぐには、老朽化した施設を再整備し、これまで以上の防災機能を持った施設を張り巡らさなければならない。基本的に、ダムの貯水容量を増し堤防を高くする。これまでの数倍の建設事業が必要である。 

 だが人口減少社会にあって、過疎地帯にまで高度なインフラを張り巡らすのは、現実的ではない。建設業界の従事者は激減しており、肝心の供給能力がない。だから今後数十年で、スーパー堤防をいくつも作れるとは思わない。現時点でも公共事業の入札不調がいくつも出ている。

              崩落ヤバい H29.9.04
 ではどうするか。
 選択と集中である。人口減少社会を見据えた、国家100年の計を立てなければならない。具体的に、人の住む区域と住まない区域を分ける。過疎地帯を、住民ゼロ地域にするのである。合理的に考えたらこれしかない。

 たとえば15年前の福井豪雨では、たまたま氾濫した足羽川の南側の堤防が決壊し、市街地の半分が水浸しになった。もしこの場合、あらかじめ無人箇所に氾濫地域を設定してあれば、被害は限定的になる。災害のたびに孤立する地域もなくなる。
 人口が1/4になる80年後には可能であるし、そこまでやらなければ、国が成り立たない。そもそも河川は、定期的に氾濫することによって土壌を豊かにするのである。


 なにもこれは新しい発想ではない。東北では3.11の大津波の教訓から、高台に住宅地をつくる計画が進んでいる。
 もちろん実現に当たっては、過疎地域の抵抗が避けられない。現に名前の挙がる地域では大騒ぎである。だが抵抗を恐れ何もしなかったら、元の木阿弥である。なにか得るためには、なにかを捨てる必要がある。
 問題先送りで日本全体が消滅することが、いちばん問題である。

高齢者の山岳遭難

 高齢になると、死にたくはないが世の中に未練のない人は大勢いる

 年寄の山岳遭難が増えている。
 6月に警視庁が発表した、平成29年度の山岳遭難データによると
 ○ 発生件数 2,583件 (前年対比+ 88件)
 ○ 遭難者  3,111人 (前年対比+182人)
  うち死者・行方不明者  354人 (前年対比+35人)

 発生件数、遭難者数は、統計の残る昭和36年以降最も高い。死者数は、今回の西日本豪雨の倍近くにもなる。遭難者のうち40歳以上が2,419人と77.8%、このうち、60歳以上が1,588人と51.0%を占めている。
 また、死者・行方不明者では、40歳以上が315人と89.0%、このうち60歳以上が229人と64.7%を占めている。

           お札バリアー

 日本総人口のうち60才以上が占める割合は33%。80才以上が8%で、「高齢者」で登山する人が集中していると思われる60~80才の人口は、25%である。また、60~70才の人が登山する割合は、他の年代より2~3%高い。したがって、60歳以上高齢者の登山者は、全体の30%程度と思われる。
 つまり、30%の60才以上の人が遭難者の51%、死者・行方不明者の65%を占めている。明らかに多い。

 高齢者に遭難が多い理由は、ほぼ想像がつく。体力と運動神経が衰え、山道で転倒しやすくなっているからである。登山歴のある人は、自分の力を過信する。また高齢になると、死ぬことへの拒絶感が落ちる。少し危険な目に遭うだけで、もうどうでもよくなる。
 
 私もここ数年来、山で疲労困憊したときには、まるで天国へ行ったようであった。死にたくはないが、思い残すことがない人は大勢いる。

タイの洞窟救助

 冒険少年たちを救った温かいタイ国民の人柄は、世界中を虜にする

 タイのタムルアン洞窟に閉じ込められていた少年たち13名が、無事救出された。行方不明から18日目である。世界中がほっとした。
 雨季で冠水が増える。洞窟内の酸素も薄くなり、時間との戦いであった。脱出するには多くの起伏を越え、雨水がたまった場所は潜水しなければならない。空気ボンベを付き添いのダイバーに渡し、狭い空間をすり抜けるという難路である。

 今回幸運だったのは、まず世界有数のプロダイバーに発見されたことである。
 少年らのいたところは、洞窟の入り口から5キロも奥で、発見するのも大変である。いるかどうかわからないのに、決死の覚悟で5キロもの厳しい洞窟内を探索したのである。訓練したプロダイバーでも危険を伴う。現に今回の救出作業中、元特殊部隊のダイバー1名が亡くなっている。

              円満仏

 そして、今回の事件報道で世界を感心させたのは、タイの国民性である。このような事件が起こると、日本では必ず「勝手に洞窟に入っての遭難は身勝手だ」、「自己責任だ、放っておけ」という声が大きくなる。福井でも2004年、冬の大長山で関西の学生が遭難したときは非難轟々であった。中東でボランティアが3名、テロ組織に拘束されたときも、自己責任論が主流であった。

 しかし、タイではそのような声は少なく、ほとんどのタイ国民は少年たちを責めることなく無事を祈っていた。救出のため洞窟からの排水で田んぼが冠水してしまい、田植えのやり直しを強いられた農家からも、愚痴めいた話は聞こえてこない。
 このような温かい国民の人柄は、世界中を虜にするであろう。もっとも、閉じ込められたのが少年だったこと、日本のメディアが事実を報道していない可能性は大きいのだが。

            雪隠詰め H30.6.16

 このような行方不明事件は、たいていの場合、かなりの確率で行方不明のまま片づけられる。世間が忘れたころ、洞窟内で悲惨な光景が繰り広げたあげく、全員が亡くなる。その後不明者たちの白骨死体が発見される。そのときはじめて、人々はかって行方不明事件があったことを思い出すのである。高校の生物部員だったころ、10匹以上いたハツカネズミの世話を忘れ、共食いで無残に変わり果ててしまった飼育かごの始末が忘れられない。
 つまり事件にならない悲惨な出来事は、この洞窟事件の何十倍もある。北朝鮮による拉致は、その典型例であった。

無料歯科検診

 福井市の「無料歯周疾患健診、口腔指導」の案内はがきに誘われ、1年ぶりに歯医者を訪問した。あの無愛想な若手の受付嬢がいるところである。去年行ったときは、受付だけでなく自ら工具を持っての治療まで受けた。それでも、これまで行ったどの歯医者より、肝心の歯科医の腕がよさそうなので、繰り返し行くことにしている。
 詰め物をしてもらった奥歯にまた空洞ができたので、「指導」だけでなく治療もしてほしい。

 さて今回はどうか。
 無料の健診は数分で終了。あとはいつもの歯石除去治療である。予想をたがわず、件の若い女性が受付と治療まで行ってくれるらしい。去年よりも上達していることを念じて、まな板の鯉になる。

            草津湯もみショー H29.6.17

 だが施術はいっそう乱暴になった。頬をひっぱたいて顔の姿勢を正したり、思い切り唇をひん剥いて歯を剥き出させる。性格は変わらない。痛いのだが、思い切り口を掴まれており声が出せない。口の中に溜まっていく液体が、血液でないことを祈りながら、「治療」は10分で終了した。最後に医師が確認して治療は終了した。

 と思ったら、来週も通わなければならないという。今日は下半分で、来週は上半分を治療する。一粒で2度おいしい無料検診であった。そういえば、「口腔指導」はどうなったのか。

教える難しさ

 人に教えるためには、その内容の10倍の知識量が必要である

 ある業種の企業内教育を、2日間コースで行って欲しいという要請を受けたことがある。私の専門分野だが、丁寧にお断りすることにした。その分野の経験と、体系的に人に教えることとはまったく異なる。まして集合教育の場合、そのための準備とスキルが必要である。誰もが幼稚園や小学校の教師になれるわけではない。


 私自身、まったく集合教育をしないわけではない。7~8年前まで、ISO9001・14001の監査員養成コースと称し、それぞれ2日間の講習を行っていた。また生産管理や5Sなど、ものづくり関連でも、一回1~3時間の講演を、公的機関や個別の企業向けに行っていた(これはいまもたまにある)。
 そのカリキュラムや教材をつくるのに、2日コースなら数週間以上、1~3時間のコースでも1週間程度の準備が必要である。さらに、講習のたびに内容を変え、新しい教材資料を作成する。だから、まったく新しい内容を教えるとなると、どれくらい時間がかかるかわからない。
              オーム返し
 そもそも教えることは難しい。具体的な質問があれば何とかなるが、何か教育となると、テーマに関する森羅万象の情報を集める必要がある。それを理解しながら取捨選択し、重要なものからカリキュラムに入れていく。教えるためには、内容の10倍の知識量が必要といわれる。
 これから仕事の柱とするならチャンスである。ものすごく勉強になって力が付く。だが一度だけではコストパフォーマンスがとてつもなく悪い。


 これは企業内教育でも同じである。ベテラン社員にいくら知見があっても、体系的に教えることはできていない。一方通行に終わってしまう。
 たとえば、企業内の技術伝達に作業標準書をつくることがある。これを誰がつくるのか。知識を持っているベテランではなく、すこし仕事を齧った程度の人につくらせるのがいい。これから仕事をする人が、必要なことをベテランに聞きながらつくる。そのほうが、わかりやすい標準書ができる。

金持ち日本

 消費増税などしなくても、国はいくらでも赤字国債を発行すればいい

 日銀が6月に発表した、2018年1~3月期の資金循環統計によると、個人(家計部門)が持つ金融資産の残高は18年3月末で1829兆円。年度末としては過去最高だった。
 主な内訳は「現金・預金」が2.3%増の961兆円で、これも年度末で過去最高である。マイナス金利でもこれだけ増えるのだから、日本人の貯蓄性向は大きく変わっていない。

 一方、「国債」の残高(18年3月末時点)は、1.2%増の1,097兆円で、これも年度末として過去最高を更新した。このうち、日銀が保有する残高は459兆円、全体に占める比率は41.8%で、ともに過去最高となった。「海外」が保有する残高は120兆円で、こちらも年度末として過去最高だった。
 つまり日本政府の国債残高が増えても、それ以上に国民の金融資産が増えている。

              金の成る木

 むかし「まもなく日本政府が財政破たんする」と叫んだ人は、「政府の財政赤字を家計の貯蓄が支えており、高齢化で貯蓄を取り崩す人が多くなっていき財政が破綻する」と言っていた。
 だが家計の貯蓄は減りそうもない。むしろ増えている。当たり前の話で、国の借金はだれかの貯金(=貸付金)である。政府が(国内で)お金を遣えば遣うほど、国民の懐にお金が溜まる

 国はいくらでも赤字国債を発行すればいい。インフラ整備、とくに次世代原発のためには、毎年2兆円でも3兆円でも費やす。国民が嫌がる原発は、積極的に国が関与すべきである。そこまでやって、人々の英知が活かされとともに、国民の豊かさも保証されるのである。
 消費税など税金の徴収は、格差是正や極端なインフレ発生を防ぐためにこそ用いるべきである。

災害発生時のトップの挙動

 中央はあたふたせず、西郷どんのごとく泰然自若としていなければならない

 今回の豪雨は、死者・行方不明者合わせ200名を超える大惨事となった。まだ必死の救出作業が続いており、どこまで被害が拡大するか予断を許さない。先週末雨が降り始めたときには、暑さが和らいでよかったと思っていた私も、昨日はそれどころでなくなっていた。

 ところでこのような災害があると、必ず政府高官のそのときの挙動がやり玉に挙げられる。誰かと酒を飲んでいたとか、二日酔いで指揮していたなど、あることないこと根掘り葉掘り突かれる。 
 たしかに、日本のどこかでとんでもないことが起こり、迅速な指揮が必要なら、呑気にゴルフや宴会をしていたらまずい。異常事態であることを認識して、どんちゃん騒ぎをしていたなら、非難されても仕方がない。

            炊き出し H30.6.24

 しかしたいていの場合、ことが重大かどうかは、時間がたたないとわからない。とくに今回のような大雨のとき、土砂崩れや河川氾濫などの具体的被害は、数時間以上遅れて発生する。
 そもそも、地域における迅速な判断と指揮は、地元に精通した自治体の長が行うものである。中央は西郷どんのごとく、泰然自若としていなければならない。必要に応じ、予算をつければいいのである。中央があたふたして却って迷惑をかけるのは、「イラ管総理」で懲りたのではなかったか。

 おそらく今度の災害は、週末に発生したということもあり、トップ政治家の多くはプライベートな時間を過ごしていたはずである。したがって、探せばいくらでもゴロネタは出てくる。政府攻撃のためなら労力を惜しまない野党やメディアは、今ごろ「醜聞」を見つけ、舌なめずりをしているに違いない。
 これからまた、批判のための批判報道が続くのかと思うとうんざりする。

文科省幹部の不正疑惑

 先輩の元次官氏のようなパラダイムシフトが起これば、不正入試も正当化される

 文部科学省に新たな疑惑が浮上している。事務次官の有力候補と目された局長が、大学への補助事業採択の見返りに、自分の子供の入学点数水増しを要求したという。受託収賄疑惑事件である。

 といっても、裏口入学など珍しいことではない。もともと私立学校の場合、コネによる入学はあたりまえであった。最近では、正式の入試入学は半分くらいで、残りは特殊技能や推薦入学だと聞く。大手マスコミへの入社も限りなくクロである。今回裏口入学がこれだけ問題視されるのは、文科省の幹部が関わっていたからである。

            永平寺裏門 H27.10.09
            
 ところで、昨年も文科省幹部の不祥事があった。 
 モリカケ問題で有名になった前川元次官は、退職の原因となった天下りあっせんより、出会系クラブでの少女買春疑惑で有名である。文科省のトップだから、ほんとはこちらの方が罪深い。
 これを読売新聞がすっぱ抜いたところ、却っておかしなことになった。記者会見では、買春疑惑転じて「貧困女性の実地調査」と弁明し、それを支持するものが現われた。スケベ爺がいつの間にか、「貧困社会に目を向け、実地支援する人道的な元次官」ということになり、いまや全国講演で飛び回っている。

 そこで今回も、逮捕された文科省の局長の会見が聞きたい。不正入試や裏口入学について、どのように弁明するのか。先輩の前川氏に倣って、政権批判をからめ、うまい言葉で正当化すれば、マスコミは英雄視してくれる。またあらたな、パラダイムシフトが起こるかもしれない。2匹目の泥鰌は必ずいる。
 ただ、「裏口入学の実地調査」では、あまりにも陳腐である。局長氏の創造力が試される。



(追)
 不正入試事件には、件の局長と大学側をつないだ「コンサルタント」の存在がある。今回、局長の逮捕と同時に、医療コンサルティング会社元役員の谷口容疑者が、ほう助容疑で逮捕されている。特定業界の事情に精通したコーディネータである。私のような清貧コンサルタントとは異なり、利権の匂いには敏感である。このような輩が多いから、コンサルタントは胡散臭いと思われるのである。

大雨とオウム処刑

 松本「尊師」が神になるのは、社会が受け入れるからである

 昨日から大雨降りっぱなしである。地面の吸収能力以上に降るから、裏庭には池ができた。あと半日も続くと床下浸水になる。足羽川か九頭竜川が氾濫すれば、15年前の福井豪雨の再現である。

 全国をみると、とんでもないことになっている。
 数十年に一度の特別警戒警報が、九州、中国、四国などに次々出されている。この数十年に一度が頻繁に起こる。たしか昨年も聞いた。至る所で河川の氾濫と土砂崩れがおこり、人が流されたり生き埋めになっている。すでに50人以上の死者・行方不明者がでている。
 これでは風流どころではない。

            大雨 H30.7.07

 そのさなか、「尊師」の松本被告をはじめ、オウム幹部の7名が死刑を執行された。
 死刑制度の無い海外メディアは、「死刑は非人道的、残酷で犯罪の抑止効果もない」として、反発している。だが日本で死刑廃止は無理であろう。

 「尊師」の死が、彼を神格化させるという意見もある。現代のキリストである。松本被告もいずれは死ぬのだから、死刑とは関係ない。もし彼が神になるのなら、未来の社会が受け入れたからである。しかたがない。キリストも最初は邪悪な存在であった。

 問題があるとすれば、信者の声なき声がマスコミに届き、この大雨災害は「尊師」の祟りだと言い出しかねないことである。なんでも批判のメディアなら云い出しそうである。こうしてメディアが神をつくる。

猛暑のつぎは大雨

 いつも文句ばかりでは、どんな場合も状況を楽しむ風流人とは対極の存在である

 連日の猛暑でうんざりしていたところ、こんどは日本中が大雨である。福井でも土砂降りがあった。15年前の福井豪雨を思い出す。近年、梅雨期の降雨量は異常に多いような気がする。
 
 気象庁の、「日本の年降水量偏差の経年変化」のグラフをみると、たしかに2010年から降水量が増えている。その前は、4~5年くらいで変化していた。ただ1950年~1960年も降水量は多かった。私の幼児時代である。あの当時しょっちゅう堤防が破れ、家の周り水浸しになった覚えがある。
 温暖化が進むと、海水や地上の水の蒸発量が増える。蒸発した水は循環するから、降雨量も多くなる。これからどんどん降雨量が増えていくのであろうか。

            非常用備品 H30.6.24

 いくら暑くて雨が降ろうと、それに耐えられるインフラがあればいい。
 残念ながら私の仕事部屋は、築50年のオンボロ部屋である。夏の日射でペンキの禿げたトタン屋根がヒートアップし、部屋の中は茹だる暑さになる。雨が降れば、紫外線で劣化し穴の開いた屋根からは、雨水がしたたり落ちてくる。

 部屋にはクーラーも防水もないので、そのたびに大騒ぎする。ブルーシートの補強は、その場しのぎである。暑いと騒ぐ元気がないので、ぐったりする。梅雨期から8月にかけて、ほとんど仕事にならない。


 こうして私は、季節ごとに文句ばかり言っている。反対・批判が先に立つ国会の野党連中と同じである。これも流行の「アベノセイダーズ」か。どんな場合でもその状況を楽しむ風流人とは、対極の存在に成り果ててしまった。

エネルギー基本計画と原発再稼働

 「水鳥の羽音」に怯え核開発を躊躇する日本は、富士川で滅びた平家の二の舞いを演じている

 政府は、2030年度までの「エネルギー基本計画」を4年ぶり閣議決定した。再生エネルギーが主力で、一応原発も中長期的に活用する。「重要なベースロード電源」だが、可能な限り低減していく。原発の新増設や建て替えには言及していない。それでもパリ協定を踏まえ、2050年までの長期方針に「安全性・経済性・機動性に優れた炉」が盛り込まれた。小型原子炉など、先端技術の開発はチマチマ推進するという。

 相変わらず原発に関して腰が引けている。昨日、名古屋高裁金沢支部で、大飯原発の運転再開を認める判決を出したが、こんな当たり前のことすら、異様な反原発派の抵抗でなかなか決まらなかった。首都圏にある東海第2原発も、規制基準を満たしているにかかわらず、各種認可や「地元」の了解などで、再稼働は闇の中である。放射脳バイアスに憑りつかれた国民におもねって、いまだに政府は原発推進を明確に打ち出すことができない。
      始祖鳥       水鳥     

 しかし、日本が足踏みをしている間に、中国ではつい最近、2基の第3世代原発が送電を開始した。この第3世代の原子炉は、電源がなくても自動冷却できる。世界で最も安全性に優れ、1基175万kWと発電能力もずば抜けている。じつは中国・ロシアではとっくに、高速増殖炉の実用運転も開始している。インドですら、もんじゅの一歩上を行く高速増殖炉を動かしている。

 彼らは、もんじゅや福島第一の失敗を見事に自分のものにしている。本来は日本がこの失敗を活かすべきであった。福島の事故は2度と起こらないし、起こったとしてもこんどは格段に処理が容易である。何のためにいま必死で廃炉作業をやっているのか。
 他国の失敗を活かし国力を高めている隣の国と、一度の失敗に慄いて穴倉に閉じこもる日本。衰退して、隣の国に飲み込まれるリスクは格段に高まってきた。まちがいなくこれは、原発事故のリスクをはるかに超える。

 放射能という「水鳥の羽音」におびえ、自前のエネルギー開発を躊躇している日本の姿は、富士川で退却して滅びていった平家の二の舞いである。こんな臆病で腰の引けたことでは、日本は確実にチベット化する。
 電力会社がリスクをとらないなら、国が前面に出るべきである。リスクをとらない国や企業は必ず潰れる。

ものづくり補助金の採択

 客観的な判断基準にすることで、不公平感を実感できるようになった

 先週金曜の午後、29年度補正ものづくり補助金採択企業が発表された。県内での採択は116事業もあり、採択率は50%以上か。
 私の関与で採択されないのも半分あった。私が目を通した申請書は採択水準を超えているはずで、半分が採択されないのだから、審査基準は不可解である。審査する人が、「ものづくり技術」や「革新性」の意味を理解していないのだと思う。

 もっともこれは今に始まったことではない。これまでの採点コメントを見ても、頓珍漢なことが書いてあった(おまえのほうが頓珍漢だと言われそうだが)。いつも金曜午後ぎりぎりに発表するのは、月曜までの間、採択されなかった者の怒り狂った頭を冷やすためであろう。

              仁王

 今年度は「加点項目」が増え、その加点も大きく上積みした。とくに、固定資産税の特例率をゼロにした地域の『先端設備導入計画』の申請要件が入った。このチェックの有無で、あらかた決まったように感じる。もとより申請事業の内容だけでは、大きな差はつかない。

 おそらく、『先端設備導入計画』に認定される設備は「国産」が中心である。この加点の有無で、外国産設備の購入を防ごうとしたのではないか。補助金でいちばん潤うのは、申請事業者が購入する設備のメーカーである。高額な繊維機械や印刷機械をはじめ、あらゆる加工機械をつくる国内のメーカーは激減している。これまでは、日本の補助金が中国や欧州メーカーを潤すのを忸怩たる思いで見ていた。それが無くなるのはいいことである。
 そうでなかったら、『先端設備導入計画』の意味が理解できない。

 どうせ内容で判断しようにも、そんなものわかる人などいない。内容より客観的な判断基準にしたことで、分かりやすくなった。その代わり不公平感も表面化する。これから猛烈な抗議の嵐が渦巻くような気がする。

ワールドカップサッカー

 世界の最貧国が、ワールドカップサッカーに出るときこそ日本が優勝する

 ワールドカップサッカーで日本が善戦したことを、朝のニュースで知った。相手のベルギーは世界ランク3位で、61位の日本よりはるかに格上である。ボロ負けでもおかしくなかった。ポーランド戦での「汚名」を、少し晴らしたのではないか。
 もっとも今大会で、世界ランク1位のドイツが、日本と同じランクの韓国に負けている。スポーツは紙一重で、「運」が大きく左右する。それに、もし日本が勝ち進んで優勝しても、道頓堀に飛び込む若者が増えるだけで、歓喜はいっときであった(今朝も『やけくそダイブ』で、30人が道頓堀のどぶ川に飛び込んだという)。

 今回の出場国をみると、ドイツ、ブラジル、スペイン、フランスといった常連国は別として、セネガル、コロンビア、ベルギー、パナマ、セルビア、ペルー、スイス、ウルグアイ、デンマーク、オーストリアといった人口の少ない小国が目に付く。これらは、サッカーがなかったら、それほど注目されることがない国である。

 人口が少ないといっても、スイス、アイスランド、デンマークのように一人当たりGDPが日本の倍以上の国もある。スペイン、ポルトガル、ポーランドを除き、ベルギーその他の欧州国家も、日本より金持ちである。
              
            貧困女性 

 一方で、今回1次リーグで日本と引き分けたセネガルは、一人当たりGDPが1038ドルで、日本(38,439ドル)の30分の1以下しかない。今回の出場国の中ではいちばん低い。そんな国でも、サッカーでは世界と互角である。

 そのセネガルより貧乏な国が、世界にはまだ30か国もある。
 とくにアフリカの、南スーダン、ブルンジ、マラウイといった国は、一人1日1ドルを下回っている。セネガルの3分の1以下、日本の100分の1以下である。
 これらの最貧国が、ワールドカップに出てくるのはいつになるであろうか。
 そのときこそ、日本が優勝に絡めるようになっているかもしれない。


 今大会には、アメリカ・中国・インドという、世界の3大大国が入っていなかった。サッカーで勝つより、戦争に勝つ方が得策に決まっているからである。

自動運転車によるビジネスモデル

 10年後には自動車を巡るビジネスモデルは大幅に変化している
 
 EV車と相まって、自動運転車の開発が進んでいる。EV車は難しいが、自動運転車は規制が緩和されれば、一気に普及する可能性がある。

 自動運転は、レベル1~5まである。加減速のみを制御する自動ブレーキはレベル1で、完全自動制御がレベル5である。緊急時だけドライバーが操作するレベル3と、レベル5の違いは気持ちの問題が大きい。技術だけならすでに日本車でも自動運転は可能である。むしろ高齢者の運転より安全である。

 2030年には、新車販売の半数近く、レベル4以上の自動運転車になる可能性がある。それほど時間はない。
 自動運転車が普及すれば、整備事業どころか自動車を巡るビジネスモデル全体が大きく変動する。車社会における大変動期になる。

              沈没寸前 H30.3.31

 たとえば「日経ビジネス(2.12)」によると、
①タクシー
 なにしろドライバーが要らなくなる。その代わり車両価格が高くなる。従来のビジネスモデルは全く成り立たない。
②レンタカー
 自動的に車両が迎えに来て、どこで乗り捨ててもかまわない。カーシェリングが非常に便利になる。タクシーや代行運転との境界が無くなる。
③自動車保険
 日本の収入保険料は年間8.3兆円。その半分が自動車保険である。自動運転が普及すれば事故率が激減するため、保険業界に大きな変動が起きる。
④駐車場
 ドライバー不要の自動運転車が増えると、車は長時間駐車しなくてもよくなる。空いた敷地がどのように利用されるか。
⑤車両台数
 そもそも車の稼働率が向上すれば、車両そのものが激減する。何しろ現在、99%が駐車している時間である。
⑥アフタサービス
 事故が激減すれば、修理や部品供給のサービス市場が縮小する。無人運転車にどのような機能が付随するかによっても大きく異なる。
⑦郊外飲食店
 飲酒運転ができるため、郊外でアルコールを提供する店が繁盛する可能性がある。旅館や民宿など、宿泊を伴う業種はどうなるか。
⑧眠っている間に目的地に着けるような睡眠機能、或いはアルコール付きのサービスカーが増える。芸者やホステスと車の中でどんちゃん騒ぎもできる。


 問題はある。
 雪道の運転である。今年2月のような豪雪があったら、さすがに自動運転ができなくなる。もっとも、車両が激減しているので、車のための除雪は容易になるかもしれない。

 セキュリティの心配もある。自動車は走る凶器でもあり、もし運転ソフトが改ざんされたら、悲惨なことになる。安全なはずの車が、いっせいに人間に向かってくるようになったらどうか。AIロボットに起こることが、一足先に自動運転車に起こる。

暑くてやりきれない

 冬の豪雪を蓄えておくことができれば、雨も少なくなって気温も平準化できる

 7月に入ったばかりだというのに、猛烈に暑い。半月前から最高気温が30度を超え、ここ数日は35度近くの猛暑日が続いていた。来週の予報も気温35度を示している。そのうえ北陸は湿度が高いので蒸し暑い。これだけ暑いと生産性どころではない。頭が朦朧として何をやるのも厭になる。中国北京で40度超えの気温に遭ったときは、暑くても爽やかであった。

 つい4カ月前、あれほど豪雪の中で寒さに震えていたのに。日本は季節によってこれだけ極端に変わる。急に変わるから体が気候変化に慣れる暇もない。さらに例年なら、これから1か月日本各地で大雨による被害が続出する。
 冬の豪雪を蓄えておくことができれば、雨も少なくなって気温も平準化できる。雨が多いのは、大量の溶けた雪が蒸発するからである。他の生物には大迷惑であるが。

            茂み H30.7.01

 もっとも今年の夏は、庭の樹木の葉が増えて、例年ほどは暑くない。雑草もたっぷりで怪しい虫も増えた。それらが日差しを遮ってくれるし、多少は気化熱を奪う。窓のすだれは半分だけにした。植物は、今冬の豪雪に耐えたくましく成長した。琵琶の実をすべてかっさらっていったカラスの糞を栄養にしたのであろう。琵琶にとっては、人間に食べられるよりカラスの方がよかったのである。