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管理者批判

 どう転んでも批判されるやり方を選んだ西野氏は、管理・監督者の鏡である

 ワールドカップの日本対ポーランド戦での戦いに、賛否両論が渦巻いている。日本は、0-1で負けているにかかわらず、最後の10分間をパス回しでこのまま負けを選択。同グループのセネガル×コロンビアの微妙な結果で、決勝トーナメントへ進めたことである。
 その時点で、同時刻で行われている試合結果がどうなるか分からない。したがって、1点差の負けを選択するのは、危険な賭けであった。この10分の間にセネガルが点を入れれば、日本の予選敗退が確定してしまっていた。

 今回、日本のパス回しに対する外国メディアの批判は大きい。英国BBCなどは、日本はトーナメントでボコボコにされればいいとまで報道。私も日本チームのやり方を聞いたときは、こんなものはサッカーではないと思った。日本はあくまでも勝ちに行くべきであった。もしそれで日本がさらに点を取られ予選敗退しても、今より監督への批判は少なかったであろう。

              アジサイ 足羽山 

 しかしよく考えて見れば、西野監督はあえて批判を受ける道を選んだのではないか。
 今回、日本が決勝トーナメントへ行くことになっても、これだけ監督への批判が集まっている。もしあのときセネガルが点を入れ日本が予選敗退していたら、それこそ監督批判は熾烈を極めていたはずである。殺される可能性もある。

 つまり彼は、批判などまったく気にしていないのである。ポーランド戦で最後まで攻めていって批判を少なくしよう、運よく同点か勝利すれば絶賛される。そんなことなど毛頭考えていなかった。つまり、事態がどう転んでも批判を受ける道を選んだ。少しでも良く思われたいということなど念頭にない。そのことこそ賞賛に値する。



 そしてこれはまさに、理想的な管理者の行動である。
 『管理者は管理者であるが故に批判される存在である』
 つまり、管理者が行動を起こすときは自分への批判がどうなるかを考えてはいけない。誰でも人からは良い人と思われたいし褒められたい。それでは管理者として失格なのである(地獄の特訓から)。

 今回のワールドカップで日本が活躍すれば、このような後知恵の管理者本が出回るに違いない。
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生まない方が幸せ

 日本では正論は無視され、自分たちの都合ばかり優先する。それを「勝手」という

 自民党の二階俊博幹事長の発言が、物議を醸している。26日、東京都内で行われた政治評論家との対談で人口減少問題に関し「この頃、子どもを産まない方が幸せに(生活が)送れるのではないかと勝手なことを考えている人がいる」と述べた。

 この正論に、条件反射的に反発する人が、ごまんといるから面白い。
 またネットコメントでの意見は、ほとんどが500字を超える長文であった。それだけこの問題が、人々の琴線に触れるのであろう。

 ほとんどの反発意見は、
 『子供を産める社会になっていない』
 『政治が悪い』
 『生むとか生まないは、個人の自由』
 『生みたいけど産めない人がいる』
 『憲法違反の可能性もある』
 『時代に合っていない』
  に集約される。
 2階幹事長の発言に、全面賛同する人の意見は、ほとんど見かけなかった。またたしかに、2階幹事長の発言は舌足らずであった。

            レッサパンダの親子 H26.11.02撮影

 しかしこの発言に反対するのは、まさに「勝手」な人たちである。
 そもそも人間(生物)の生きる目的は何か。この問題は、そこからはじまる。だれが考えても、人間は生物である。生物は、『生むもの』・『生きるもの』
 だからその目的は、
 第一に子孫を残すことである。
 いまを幸せに生きるのは、その次である。
 すくなくとも、生むことを無視したらおしまいである。

 このような正論は無視され、日本では今現在の自分たちの都合ばかり優先する。こうやってまともな意見が殺されていく。

 2階幹事長の意見に反発する人は、半分は誤った人権意識を持った人。まさに民主主義とは、自分勝手なエゴのぶつかり合いである。そして日本を衰退国家にするための、工作員の扇動に巻き込まれた人々である。
 護憲、反原発、人口減少、移民、利己主義と日本が没落する要件は、たっぷりそろってきた。

新聞は読まない

 多様性あるネットにくらべ、新聞やTVは一斉にフェイクに流れるからしまつが悪い

 いつも本音を言って物議を醸す麻生財務大臣が、先日「新聞を読まない若い人が自民党を支持する」と言ってニュースになった。去年秋の衆院選で、10代から30代前半の層で自民党の得票率が高かったことを持ち出し、分析を行ったうえでの発言である。
 
 立憲民主党・辻元国対委員長は、「報道に圧力ともとられかねないような発言を大臣がするのはけしからん」と述べている。だがメディアから麻生大臣に対し、表だった反論は聞こえてこない。既存の新聞社にとって、痛いところを突かれたのであろう。

            毒花

 なにしろ政権批判にかけては、ほとんどの新聞のスタンスは同じである。朝日・毎日に地方紙が倣っている。2年前から、政治面で最も多い記事がモリカケである。TVはもっとひどい。一部新聞には政権よりの記事もあるが、TVはあからさまである。

 それに対しネット記事は多様である。ネトウヨとネトサヨの極端な意見が1~2割づつで、他は概ね穏健である。状況によって右や左に行く。どんなことでも政権批判に結び付ける新聞やTVにくらべ、それが健全なのではないか。

 もちろんネットにもフェイク記事は多い。それでこそ読者は、真贋を見分ける力量がつく。それに比べ、新聞やTVは一斉にフェイクに流れるからしまつが悪い。だから新聞を読むとバカになる。
 新聞やTVも、ネットのように多様性を持たなければ、環境変化に耐えられない。あるときいっせいに消える。

福島へ移住

 いまだに日本人の多くが、放射線に対する誤解を抱いていることこそ恐ろしい

 YAHOOに掲載された河北新報の記事によると、福島では、若い世代の移住者が震災前から5割も増えているという。移住者には、2~30代の若者が多い。自治体の支援はあるが、そんなもの無くても移りたい人はたくさんいる。特別避難区域でさえ、事情さえ許せば移住したい独居老人がいる。

 だが相変わらず、放射脳患者たちは冷淡である。
 ネットの反応をみても、コメントの9割以上、誤解と偏見である。

≪福島の人には申し訳ないが福島第一原発があの状態でとても安心には思えない。≫
≪風評?放射性物質なくなったわけじゃないよね。わざわざリスクとっていく必要性を感じない。≫
≪汚染は目に見えないんだよ。どこが自然豊かなのかはわからないが、確実に風評被害ではなく、汚染されている。一家転住しても、子供が大きくなって、甲状腺ガンになってからだと遅いんだよ。≫
≪自己責任だが子供を巻き添えにしなさんな。≫
≪放射能を舐めない方がいいよ≫

            ゾンビ

 すべて、「幽霊怖い」である。
 おそらく国民の8割は、自身で作り上げた恐怖に慄いている。いまだ多くの人が、こんな誤解を抱いていることこそ恐ろしい。しかも他人にまで、その思い込みを押し付けようとしている。元凶はだれか。3.11のとき、人々のバイアスに乗じ、放射能の危険性を極大化しばらまいた人たちである。かれらこそ万死に値する

 福島の放射線が危険だという人は、きちんと査読に耐えられるデータを出してほしい。そんなものあるはずがない。インチキデータなら山ほどある。
 そもそも世の中に、危険でない物質などない。すべての植物に含まれる毒素も、身体に刺激を与え健康を維持する。年間100㎜SV程度の放射線では、人より先に天敵である細菌が死ぬ。むしろ人々が長生きしてしまうことが問題である。

真実は仮説

 真実はいくつもあるが、持論を背景とした仮説を持たなければ先へ進めない

 先日、「真実」と「事実」について、このブログで書いた
 じつはこのことは、自然現象としての「不確定性原理」、および「相対性原理」そのものである。サイエンス作家の竹内薫氏によると、客観的な事実、絶対性という枠組みでしか物事を捉えられない人は、その対極にある相対的、不確定、複数の視点、抽象的という現代物理学の世界はわからない、という。

 なにやらややこしいが、簡単に言えば「すべてはいい加減」ということである。
 究極の物質である素粒子すら、定まった場所と時間にはない。つまり世の中には定まったものはないのである。言葉や文書にしても、発信した人、受け取る人、それぞれの思いが異なれば、同じ言葉でも全く意味が異なる。

 たとえば、ピカソの奇天烈な絵を見ていただきたい。
 ピカソは、「キュビズム」という多面的な絵画表現を生み出した。1つのモチーフを描く時、右から見た図、左から見た図、上から見た図、それを1つの絵にしている。そういうあらゆる面をつなげ合わせるのがキュビズムで、あらゆる物を愛するピカソだから生まれたものである。ものごとを一面的に見る人には理解できない。

             変装 H30.5.20

 ややこしいついでに、「真実は一つでない」ということも、真実ではない。
 つまり一旦は、真実を事実として確定しておく必要がある。我々が社会生活を営んでいる以上、ものごとを曖昧にしたままでは、世の中が成り立たない。人を殺めたりモノを盗んではいけない。そのときは、それ相応の罰則があってしかるべきである。

 また極端なはなし、いま自分の財布に入っている1000円は事実なのか。これを遣えなければ、かつ丼を食べたとき支払いができない。そもそもこのお金は本物なのか。ほんとにポケットにお金があるかどうか、支払いになるまで確認できない。こんなことを考えていたらきりがない。現実に、考え過ぎ病気の人もいる。

 すなわち、具体的なことを事実として信じておかなければ、何の行動もとれなくなる。逆に言えば、知恵を総動員した持論を持つことで、ものごとの多くが確定でき、安心して先を進めることができる。
 だがそれらは、すべて仮説なのである。

 持論として仮説を持っても、それに固執してはいけない。かならず異なる真実は存在するからである。私の「妄言」も同じである。

定着した禁煙ファッショ

 喫煙文化がなくなり、命汚い老人がはびこる殺伐した世界は理想郷なのか

 受動喫煙対策を審議した衆院の委員会で、議員がヤジを飛ばし問題になった。がん患者が参考人として発言したとき、「いい加減にしろ」と言ったらしい。自民党議員だったから、しつこくメディアに取り上げられた。

 「がん患者」がどういう人で、どんな発言をしたかわからない。
 だが喫煙と個別のがんの因果関係はわかっていない。
 喫煙者がガンになりやすいという人もいれば、がん患者には喫煙者は極めて少ない(あたりまえ?)という人もいる。ここ数十年喫煙率が激減し、肺がん患者が激増したことは紛れもない事実である。少なくとも相関関係は明白である。ほんとは、禁煙がガンを増やしているのである。

              美人薄明

 そもそもすべての物質は体に影響する。肺がんの原因は喫煙以外に山ほどある。自動車の排気ガス、黄砂や光化学スモッグ、火力発電によるばい煙、不潔による埃である。顔を見せただけで人を病気にする人もいる。とくに3.11後、原発を稼働できずに旧型火力発電を動かしたため、ぜんそく患者がいっせいに増えた。その何割かが、肺がんになる。

 それなのに、禁煙はほとんどの日本人の合言葉になった。
 国に先立って東京都では、さらに厳しい禁煙条例を定めようとしている。従業員を雇っている店はすべて、屋内禁煙となる。規制の対象となるのは、都内の飲食店の84%だという。店側は全面禁煙とするか、費用を負担して新たに喫煙室を設ける必要がある。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催までに、全面施行するという。

 これでは、喫煙という文化がなくなり、頭脳労働が退化する。頭を使う産業は衰退し、まちがいなく芸術の何割かは廃れる。大麻文化も期待できず、つまらない日本になる。殺伐とし命汚い老人がはびこる世界は、決して理想郷とは思えない。何のために禁煙を強制するのか。

防災訓練

 今日、防災訓練を行った。
 6月28日の福井震災を教訓にしようと、毎年6月末の日曜日に行っている。
 といっても、たいしてことをするわけではない。朝8時のサイレンを聞いて、各町内の集合所に集まり、そのまま小学校に集合。参加した人数を数える。ここまでおよそ1時間。もっとも、住民すべてが集まることはない。4200人のうち、2割たらず。

 その後30分ほど、体育館内の展示物を見たり、グラウンドで消火訓練を行う。展示物は、段ボールの仕切り壁、トイレテントなど。外では、消化器やバケツリレーによる「消火訓練」。昨年大幅にバージョンアップしたのが、今年も続いている。

 防災マニュアルの説明 H30.6.24   非常用備品 H30.6.24

 また今年新たに、焚きあげたご飯が参加者にプレゼントされた。昨年は正味期限切れ(寸前?)の缶詰だったが、毎年賞味期限は切れない。ビニールの袋に、コメと水を入れ、そのまま沸騰する湯につけて30分もすれば、ご飯が炊きあがる。人間は、こんなものでも貰うとうれしい。

 バケツリレー H30.6.24 いざ消火 H30.6.24 炊き出し H30.6.24

 集客効果を狙うなら、3日ほど前からどぶろくを仕込んでおいたらどうか。甘くておいしいどぶろくなら、もっと盛り上がる。自然発酵なら、税務署も文句のつけようがない。

カラスがうわ手

ついに、高度なステルス性能を身に着けたカラスを誕生させてしまった

 とうとう我が家の琵琶の実が、ごっそりやられた。カラスに違いない。せっかく色づいてふっくらしてきた一角が、完璧に食い荒らされている。あれだけ毎日見張っていたのに、何とも情けない。完全にカラスとの争奪戦に負けてしまった。

 じつは10日前ほど前から、カラスの気配がばったりなくなったので安心していた。その前に、睨み付けて殺気を送り込んだ。てっきり恐れをなし、寄り付かなくなったのだろうと思っていた。

            収奪の跡

 しかしその考えは甘かった。
 見えなくなってこのかた、件のカラスは腕を磨いていたのである。腕力では人間にかなわないが、カラスには羽がある。空中から忍び込むことができるし、持ち前の黒い外観は、闇にまぎれて忍び込むにはうってつけである。

 あとは、羽音をしないようにするだけである。おそらくこの10日の間、必死に音無しで飛ぶ訓練をしていたに違いない。夜中に音もなく空から来たら、並の人間には防ぎようがない。これで格段に能力がアップした。
 我が家は、高度なステルス性能を身に着けたカラスを誕生させてしまったのである。

米朝会談の勝者

 われわれにできることは、武力衝突の覚悟を決めておくこと

 米朝首脳会談が終了して10日経った。米朝のどちらが有利に終わったか、いろんな見解がある。はじめ日本メディアの報道を見る限り、アメリカや日本にとって圧倒的に不利な交渉だと思っていた。あれだけ強調していた「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)の文言が入っていなかったからである。
 だが分析が進み、いろんな論客の意見を聞くと、まるで反対になるから面白い。

 まず北朝鮮はこれまで約束を守ったことはない。いくらきちんとした条約を結んでも意味がない。もし「CVID」が宣言されていても同じである。したがって、あの漠然とした宣言でも構わない。むしろこの方が、核放棄させる効き目があるという人もいる。

 つぎに日本メディアは、アメリカは北朝鮮の「体制を保証した」と報道した。ところが、実際は「security guarantees to the DPRK」。つまり「北朝鮮に対する安全保障」なのである。「体制を保証」と「北朝鮮に対する安全保障」では、意味合いがまるで異なる。アメリカは、金体制を守るのでなく、北朝鮮という国の安全を守るだけである。

 さらにこの一文は、「金正恩委員長が朝鮮半島の完全な非核化に対する強固で揺るぎない意志」が条件である。つまり金正恩が非核化に取り組まなければ、安全保障はしないということになる。しかもその期限は明記されていない。
 決めたことを守らない北朝鮮相手なら、この程度の宣言文で充分である。
 
            ダイビング禁止

 そもそも金正恩は、アメリカの軍事力を恐れてこの会談を行ったのである。自分の身の保障が非核化とセットになっている。その具体的進展がなければアメリカは、金正恩の命を保障しない。どうせ守らない詳細な文言をつくるより実効性がある。もちろん非核化が完成するまで経済制裁は継続する。なによりも、実際に非核化に取り組まなければ軍事攻撃する。その期限はトランプ氏の意のままである。
 外交の専門家と、有能ビジネスマンの契約法の違いである。


 もっとも、米朝首脳会談の会議場での内容は、すべてが公にされていない。むしろ公表されていない部分が重要である。これから日朝首脳会談もはじまる。あと数か月、10月までには必ず白黒つくはずである。そのときどうなるか。武力衝突の覚悟だけはしておかねばならない。拉致被害者奪還と非核化のため、我々にできる最大の貢献である。

倒壊したブロック塀

 お金を出して作りまた取り壊すのは、ムダな事業の典型である

 数日前、大阪で震度6の地震が発生。我が家でも朝8時に、NHKの「緊急地震速報」の音声が流れ、10秒ほど経って家がぐらぐらした。ここでは震度3と、大した揺れは感じなかったが、一瞬阪神大震災を思い起こした。当日息子が東京出張のため7時39分の「しらさぎ」に乗り、敦賀で足止めを喰らった。すぐ福井へ引き返し、出張は1日遅らしたという。当日の朝北陸から大阪へ行った人は、まともに地震と遭遇したに違いない。

 今回の被害の全容はまだわかっていない。すでに死者5名、負傷者は300名以上出ている。建物の損壊は、数百件はあったという。その他火事が数件、停電、断水があちこちで発生している。亡くなった人の半分は、倒れたブロック塀の下敷きになったものである。
 ブロック塀など日本中いたるところにある。昔からその危険性が叫ばれていた。今回の子供の死亡事故で、ようやく規制がかかる。

            火事場 H30.5.28

 折しも今週末の24日、わが宝永地区の「防災訓練」がある。いつもは単に町内で集合し、全体の集合場所である小学校へ行くだけであった。今回は、間近に震災があったので、気合が入るに違いない。おそらくそのうち、小学校プールのブロック塀も撤去される。

 お金を出して作りまた取り壊す。そもそも何のための塀だったのであろうか。穴を掘って埋め戻すのと同じ、ムダな事業の典型である。世の中はこのようなムダで成り立っている。だが、亡くなった人は2度と戻らない。
 誰か儲けたことだけは間違いない。

幼馴染の喪主

 若しかしたら、人生最後の長生き勝負には、こちらが勝つかもしれない

 昨晩、近所にいた人の通夜に行った。享年95歳。近所の人といっても、20年前に県外の息子のところに行き、4年前に体を壊して福井の病院に入っていた。だから、ここ数十年会っていない。
 じつは、その息子というのが葬儀の喪主で、私の幼馴染であった。
 生まれたのは、私より5か月ほど遅い。高校1年のとき鉄棒で大けがをし、私の1年遅れとなるまで、幼稚園~中学校からの同級生であった。

 私が有利だったのはそれだけである。
 幼い時から彼は、私の必ず1つ上を歩んでいた。たとえば幼稚園のとき、近所の駄菓子屋で私が1等の当たりくじを引いて喜んでいたすぐ隣で、彼はすんなりと「特等」を引いていた。小学校では、私がテストで90点をとると、彼は必ず95点か100点であった。またお互い同じ学年の妹がいたが、私と彼が小学校から帰ってきたとき、彼の妹だけ「お兄ちゃん」といって彼に飛びついたのが記憶に残る。
 極め付きは小学校卒業の時、私が成績優秀の「学校賞」を貰って得意になっていたら、彼は平然と最高レベルの「県知事賞」を受賞していた。

 その後中学・高校と、彼は常に学年のトップクラス。成績の落ちた私は、いつしか彼の背中さえ見えなくなっていた。東大法学部から裁判官になり、国立大学の教授へと、エリートコースまっしぐらである。とくに裁判員制度に関して一家言持っており、関連の著書も多い。いまや法曹界の重鎮である。

 その彼とは30年ほど前、近くの実家を見に来たとき、簡単な言葉を交わした。それ以来会っていない。この機会、久しぶりに彼の顔をみようと、通夜に参列した。いくらエリートになっても、お互い覚えているであろう。

            祭壇 H30.6.09

 しかし残念ながら、喪主の席に彼の顔を見ることはできなかった。
 主催者である彼の奥さん(らしき人)に聞くと、体調が悪く臥せっているということであった。詳細な病名までは聞けなかったが、喪主として通夜に出られないくらいだから、かなり悪いのではないか。
 若しかしたら、人生最後の長生き勝負は、こちらが勝つかもしれない。


 もっとも、体調が悪いというのは方便であって、ほんとはノーベル賞なんかでストックホルムかどこかへ行っているのである。幼いころ駄菓子屋で「特等」をとった運と実力は、まだ衰えていないと思う。
 どう考えても、彼には勝つ気がしない。

AIの正義 AI・IOTとは④

 いくら合理的判断でも人間が裁いたら誰か文句をつける。最後はAIにまかせる

 AIを搭載したロボットが、現実のものになろうとしている。その場合、人に危害を加えないロボットができるかどうか。むかしから大きな課題として問われてきた。いったいそんなことは可能なのであろうか。

 たとえば予防接種で、(いまの日本では)10万人に一人でも副作用死が出ると大騒ぎになる。予防接種をしなければ、それ以上の人が病気で死ぬことが理解できないからである。また、かってアフリカで、DDTを禁止したことがあった。DDTは、蚊を殺すが人間も殺す。その結果どうなったか。毎年マラリアで死ぬ人が400万人も増えたという。

 そもそも、地球上にいるいま70億もの人口は、際限なく増える。地球の限界から人類の破滅を回避しようとする「正義のミカタ」なら、1億残してあとは抹殺する。その意味で、ヒトラーやスターリン、毛沢東らにも一理はあったかもしれない。

            タヌキの勢揃い

 これらはいわゆる「トロッコ問題」である。トロッコが高架線路を走っており、進路に幼児がいる。このまま走れば幼児を轢き殺す。急ブレーキをかけたら、自分がまっさかさまに昇天する。
 このトロッコ問題をどう解決するか。人間にはこれといった知恵が浮かんでこない。マキャベリの理論を振り回すと、「人道的」立場の人が怒る。


 ではどうするか。
 人間の正義をAIに判断させるのも一つの方法である。いくら合理的な判断でも、人が裁いたら誰かが文句をつける。原発の稼働問題はその最たるものである。(もっとも、原発の稼働はトロッコ問題ですらない。)

エネルギーの未来

 失敗を恐れてリスクをとらなければ、日本は中国の属国になるしかない

 先日、福井県環境・エネルギー懇話会主催のエネルギースクール(第1回目)を聴講した。3回シリーズで、今回の講師はエネルギー専門家として有名になった竹内純子氏と伊藤剛氏(アクセンチュア㈱)である。二人は先だって、「エネルギー産業の2050年 Utility3.0へのゲームチェンジ」を発行した。講習会演題の、「エネルギー産業の2050年について学ぶ」は、この本に沿った内容と思われる。

 30年後の2050年は、私が生きていれば100才。父親と同じ年恰好である。自立していても痴呆が進んでおり、もうエネルギーなどどうでもいい。しかも30年後には、世界や日本がどうなっているかわからない。日本はちょうど、南海トラフ地震が起こる時期でもある。富士山が大噴火していてもおかしくない。
 さらに今後のエネルギーの需給は、AI・IOTの動向で大きく変化する。

            エネルギースクール H30.6.14

 しかし、孫の世代は大事にしなければならない。できるだけ正確な予想を立て、準備しておかないと日本は終わる。
 まず未来のエネルギー社会は電力が主力になる。ガソリン自動車など、化石燃料の直接使用は、温暖化ガスの発生そのものだからである。したがって、好むと好まざるに拘らず、原発或いは再生エネルギー中心になる。
 もっとも、再生エネルギーが普及したとしても、同じ容量のバックアップ電源が必要である。再生エネルギーに甘い幻想を抱いていると、必ずしっぺ返しが来る。

 では原発はどうか。
 国のエネルギー計画では、原発は重要なベースロード電源とされている。それなのに、何ら具体的な推進策がなされていない。電力会社でも、リスクを過大に見積もり、さらに世間の反発を恐れるあまり原発の新設を躊躇している。であれば、国が積極的に原発を推進すべきである。リスクをとれるのは国しかない。失敗を恐れてリスクをとらなければ、日本は中国の属国になるしかない。
 いまのままでは、日本のエネルギーは弱体化し、日本は日本でなくなる。


 私のことを「原発大好き人間」と揶揄する人がいる。だが冷静に考えれば、ここまで増えた人類を存続させるには、核エネルギーの開発しかない。途上国の犠牲で豊かさを求める先進国のエゴが、いつまでも続くと思ったら大間違いである。ルーピーと同じ、学べば学ぶほど、同じ結論を深堀りしていく。むやみに反原発を唱える人は、放射脳に汚染され、現実を理解する力がなくなってしまったのである。

日朝交渉の駆け引き

 日本に強硬派が大勢いなければ、現実に核を持った国に対抗できるわけがない

 拉致問題解決に向け、日本と北朝鮮では情報合戦が沸き上がっている。
 アメリカからの情報では、拉致問題について米朝会談で金正恩は「そのことはわかっている」と答えたという。だがその後の朝鮮中央放送では、「拉致問題は解決済み、日本は蒸し返すな」とくぎを刺している。

 一方、日本国内での情報合戦も熾烈である。中国や北からの息のかかった人や組織は、必死に日本政府の足を引っ張っている。河野元官房長官は「日本はまず北朝鮮と国交回復し、賠償金を払ってから、拉致の交渉に臨むべき」とひどい発言をした。朝日新聞系のメディアも同じような論調である。

              獅子奮迅

 しかし日本国内で、このような意見があることが、まさに北朝鮮の思う壺である。メディアや有力者の発言は、日本に一定規模の世論を形成する。この北朝鮮寄りの論説は、いままさに北と交渉しようとする日本政府、安倍総理の力を削ぐことに他ならない。北朝鮮の工作員そのものである。

 だから我々国民は、北朝鮮に対して強硬な姿勢を崩してはいけない。私が言うような、日本が核武装し核攻撃をも辞さないという意見すら、何ら過激ではない。日本にこのような人たちが大勢いなければ、武力の無い日本が現実に核を持った国に対抗できるわけがない。
 国民一人ひとりが強いメッセージを発信することが、日本政府に力を与え、外交を有利に進めるのである。


 そもそも拉致は身代金誘拐である。誘拐犯を煽てる必要などまったくないはずだ。国交回復を優先する人は、人質の保証なしに身代金を渡そうとするのと同じである。それこそ犯罪者を増長させ、世界を誘拐ビジネスの温床に導く。
 目先の優しさは悪である。羊の顔をした残酷な悪魔に騙されてはいけない。

箱根の山

 箱根の2日間は、深い霧の中をウロウロしただけのような気がする。雨こそ本格的に降らなかったが、期待した富士山は気配すらなかった。展望所にいっても、白い霧をみて、土産物店を物色するだけである。

 それでも、ロープウェイで1327Mの箱根駒ケ岳に登った。ロープウェイの終点から10分ほどで、頂上の神社にたどり着く。頂上付近は、怪しげな霊場が広がっている。霧のせいで、一段とその霊気が増していた。
 ロープウェイの途中で、かろうじて芦ノ湖が見えたのが、唯一の眺望であった。

 霧の中 H30.6.16 駒ヶ岳頂上付近の霊場 H30.6.16 箱根の関所 H30.6.16

 悪天候でも、週末の土曜日ということもあって、かなりの観光客が入っていた。御多分に漏れず、外国人が8割。そのうち半分以上が中国人と思われる。昨日宿に入ったとき、われわれも中国人と間違えられた。そのくらい日本人が少ない。

 箱根の温泉旅館も外人観光客がここまで増えなかったら、すでに半分以上なくなっていたに違いない。

箱根旅行

 今日と明日、箱根の芦ノ湖付近を訪問します。正月箱根駅伝のクライマックス舞台。大涌谷、箱根神社、箱根の関所、箱根駅伝ミュージアムなど。いま研究中の地熱利用エネルギーも視察する予定。

 詳細は帰国後報告します。

            福井市火葬場 H30.6.09

また同窓会

 人とのつながりで健康になると同時に、酒の飲み過ぎで寿命が縮む

 今日は中学の同窓会である。先月は高校の同窓会だった。
 これまで書いたように、参加するたび高齢化が進み、同窓会はいまや妖怪の集合体である。江口克彦氏(松下幸之助氏の側近?)は、YAHOOの記事で「50歳を過ぎたら同窓会には出ないほうがいい」とアドバイスしていた。

 たしかにこの年では、同窓会に行っても、たいてい病気と薬や副作用の話、昔話がほとんどである。明るい前向きな話など、とんと聞いたことがない。というより他人の幸せな話など聞きたくない。人の不幸は蜜の味なのである。

            いま墓の中に H30.6.04

 しかし先週の「ためしてガッテン」によると、健康のためできるだけこのような場に出たほうがいいらしい。この番組では、寝たきりを防ぐには、「運動」と同じ程度、「人とのつながり」が有効だと言っていた。一人で籠っていると、体内に炎症物質が発生し老化が進む。同窓会は人とつながる良い機会であって、健康増進にはうってつけだということになる。さらに2次会にいって、カラオケで盛り上がれば最高である。

 もっとも同じ番組で、老化の原因として「飲酒」が挙げられていた。「同窓会」も「カラオケ」も、酒なしで参加したことがない。むしろ2日酔いになるまで酒が進む。
 つまり同窓会とは、人とのつながりで老化が遅れると同時に、酒の飲み過ぎで寿命が縮む。ピンコロにはもってこいの世界だったのである。

米朝首脳会談の結果

 日本はただちに核武装と、先制核攻撃の準備をすべきである

 昨日行われた米朝会談では、懸念していた通り玉虫色の結論に終わった。
 肝心の「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」(CVID)は先送りされてしまった。声明文の段階的な非核化では、従来と同じである。古い核施設を廃棄して新しい核装備をつくれば、賽の河原である。もちろん日本に向けたミサイルは、検証しようがなく温存される。

 日本人拉致問題もあやふやである。トランプ氏が金正恩に伝えただけは、これまでと何も変わらない。そのうち有耶無耶にされる。
 もし周辺国が経済制裁を解きはじめたら、事態はさらに悪化する。
 したがって、状況は最悪になった。いったん融和ムードになってしまったら、北朝鮮と一戦交えようとしていた人たちの覚悟と緊張も溶けてしまう。

            馬も尻むく

 もっともトランプ大統領は、アメリカの国益を考えているだけで、日本の都合など2の次3の次である。日本に係ることは、日本が独自で取り組まねばならない。この当たり前のことが、日本ではまったくできていない。そのことを日本中が実感したのではないか。

 拉致は、憲法で保証されている、『生命、自由及び幸福追求に對する國民の權利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の國政の上で、最大の尊重を必要とする。』を、完全に蔑にする出来事である。憲法9条を破棄するには、これ以上の理由はいらない。
 日本はただちに核武装と、先制核攻撃の準備をすべきである。他国に対し核攻撃する権利のある国は、世界中で日本しかないのである。

IOTの導入  AI・IOTとは③

 IOTでほんとに価値を生み出すのも、スマイルカーブの両端に立つ人である

 竹中平蔵氏の講演を聞くまでもなく、AIやIOTは世界の潮流である。これに乗り遅れたら、現代の文盲あるいは「昭和のいざり」になりかねない。とくに事業に携わっている人にとっては、死活問題となる。

 AIやIOTというと、何やら難しく感じる。とくに、コンピュータ言語を駆使して、IOTやAIを構成するプログラミングを行う人をみると、雲の上にいるように思える。私にやれと言われてもお手上げである。

              雲上の白山 H28.5.28

 しかし、ほんとに価値を生み出すのはなにか。コンピュータの前に座って、プログラムをつくることではない。その成果物が、何を入力して何を打ち出すのか。如何にうまいしくみを構築し、事業や社会に貢献できるかである。それが価値の90%を占める。ものづくりにおけるスマイルカーブと同じである。その両端に立って、鳥の目で世界を見る人のところに甘い汁が流れる。成果物が役に立たなかったら、多大な時間を費やしゴミをつくっているようなものである。


 AIやIOTの中身ができる人は貴重である。これからの日本には必要な人材である。だがそれは、熟練の旋盤工やフライス工と同じ、いくらプログラミングがうまくても、金の卵~現場の神様で終わる。
 デザイナーも、モノの造り方を知らないほうが、斬新なデザインができる。知ってしまうと、つくり方の限界にあわせたデザインしかできなくなってしまう。

 AIやIOTを駆使して、どのようなうまいしくみをつくれるか。まちがいなくその想像力と実行力が、これからの政治家や事業家に問われる。

AIの未来 AI・IOTとは②

 特異点のあと、AIは理解不能な速さで進化し続け、人類の時代は終わりを告げる

 IOTと切り離せないのが、AI(人工知能)である。AI はIOTと結びつき、ビジネスや生活を一変させる可能性を持っている。そこで、「AIまるわかり(野村総研 日経出版社)2017.3月」の記事をもとに、AIについて考えてみたい。

 AIは、ディープマインド社が開発したアルファ碁が、2016年に世界トップレベルのプロ棋士に大きく勝ち越したことで注目された。アルファ碁は、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれる、自分で学習しながら「知能」を高めていく技術を使っており、これが現AIのキーポイントになっている。

 そもそもAIで何ができるのか。
 現在この適用領域には、「音声認識」、「画像認識」、「言語処理認識」がある。「音声認識」についてはすでに実用レベル、「画像認識」は自動運転などに必要な動画認識が未熟で、これは研究レベルだという。また「言語処理認識」については、意味を理解して会話をするまでにはなく、まだ基礎研究レベルである。

 それでも、いろんな形で実用化が進んでいる。
 2016年には、グーグルで機械翻訳の精度が人並みに近づくニューラル機械翻訳を開発。フェイスブックやLINEからは、スマホなどで使う音声のチャットボット。アマゾン・エコーなどの、音声サービスも普及しつつある。未完成ながら、つぎつぎと関連商品が世に出ている。

            長流亭 H28.11.06

 もちろん、ロボットとAIとの融合、ロボットによるおもてなし、農業、医療、金融などあらゆる産業にも活用されている。ITを組み合わせた自動車関連事業としては、ウーバーテクノロジーズのライドシェアビジネス、テスラ社のアップデート型電気自動車、ダイムラー社のカーシェアリング、エヌビディア社の自動運転車両用画像処理チップなどが挙げられる。
 またAIを進化させるためには、その分野における膨大なデータが必要であり、そのデータ保有している企業の争奪戦も行われている

 子供が経験から学んでいく知的活動を、AIに置き換えるのはまだ難しい。だが、この開発が進めば、人間の仕事はかなりAIに代替される。コスト的に合うか合わないだけで、ほとんどの仕事がAIに奪われる可能性もある。今後は、国家や企業レベルでも、AIを持つものと持たないものとの格差が大きくなることは避けられない。 

 さらに、未来に訪れると予想される技術的特異点(シンギュラリティ)が問題である。特異点のあと、AIは理解不能な速さで進化し続け、人類の時代は終わりを告げる(亡くなったホーキンス博士が予言)。



 残念ながらAIの分野でも、日本はアメリカや中国に決定的な差をつけられている。その差はいまや歴然となった。
 だがまだ希望はある。ユーザーとしてAIを理解し、積極的に導入しようとする日本の企業が増えることである。ベンダー任せではなく、自らの力で自らの企業に合ったAIを構築できれば、失敗続きだったITの不良資産も回復できるかもしれない。

琵琶とカラス

 琵琶でたっぷり栄養をつけたカラスは、フルーティな味わいがある

 自宅の裏庭に琵琶の木がある。長女が生まれたときタネを蒔いて、もう40年以上になる。うっそうと葉が茂り、夏になると窓からの強い日差しを遮ってくれる。

 今の時期になるとその実が色づく。そうなるとカラスが騒ぎ出す。毎日のように数羽が実をもいでいく。そのままくわえていくときもあれば、小屋の上でおいしく食べる。いくら追い払っても、すぐ舞い戻る。
 それもたいてい、てっぺんの美味しそうなところからもいでいく。だから、人間様が収穫するときには、青臭い貧相な実しか残らない。

            琵琶の木 H30.6.10

 いま、日本の農作物に対する鳥獣被害額は、およそ200億円といわれている。これは調査の対象になったものだけで、実態はその10倍以上あるのではないか。それを防ぐため、山間部のシカやイノシシなどを猟師が射殺しても、持ち帰ってジビエになるのは、ほんの一部である。
 
 それに対し、市街地で民家の果実を襲うカラスは、捕獲すればそのままジビエとして調理できる。他の食用肉に比べ毒素が多いわけではない。カラス肉は、高タンパク、低脂肪、低コレステロール、おまけにタウリンや鉄分が豊富である。琵琶でたっぷり栄養をつけたカラスは、フルーティな味わいさえある(はずだ)。見た目の気味悪さだけ我慢すれば、食材として充分活用できる。


 このように、食肉を見る目でカラスを見ていたら、今朝からぱったりと来なくなってしまった。カラスも殺気を感じたに違いない。

葬儀での酒宴

 飲酒運転絶滅は、日本に雑駁な社会をつくりあげてしまった

 数日前91才の叔母が亡くなった。私の母が早くに亡くなったので、実の母のように思っていた。昨日は通夜、今朝の葬儀に参列した。家族葬ということで、参列者は近しい親族10名ほどであった。

 いとこの喪主からの電話で「亡くなった母の意向だから香典は不要」といわれた。寝たきりの状態でそんなことを言うはずがないので、この言葉は喪主が創作したものであろう。それでも香典を持っていくのは礼儀に反する。
 簡素な葬儀の割には、立派な祭壇と一通りのシナリオが用意されていた。ごえんさんの読経も通夜が30分、今日の葬儀で40分もあった(短くていいのに)。おまけに通夜のときは法話付きである。

              なんじゃら達磨

 通夜と葬儀、いずれも酒宴が用意されていた。こんな場を除いて親戚が親しくなれる機会はない。予想していなかったので車を運転していった。飲もうとすると周りが鬼のような形相で止める。酒肴を前にして飲めないのは地獄である。

 そういえば、はじめて見た若い親族たちもウーロン茶でひっそりと食している。本来なら親族が親しくなる絶好の機会である。飲酒運転撲滅運動は、殺伐した社会をつくりあげてしまった。
 ポリティカル・コレクトネスは、日本社会の崩壊を願う工作員の成果のひとつである。

新潟知事選

 ネガキャンや反原発プロパガンダに迷わされず、冷静な投票をしていただきたい

 新潟の米山知事の辞職を受けて、知事選挙が明後日10日に行われる。
 前回当選した米山前知事が左派野党の共闘だったことから、今回も野党の池田候補が優勢とみられている。野党のおもな議員が揃って新潟入りするなど、反原発を看板にした野党候補は必死である。おまけに、与党の花角氏に対する誹謗中傷やネガティブキャンペーンが横行しているという。

 その一つ、花角候補の応援演説に立った商工会会長の「差別発言」が針小棒大に捕らえられ、拡散されている。「新潟には女性の知事は必要ない」というもので、あたかも花角候補が、女性蔑視発言を行ったような印象操作である。
 たしかに小池都知事をはじめ、これまで日本に生まれた多くの女性知事で、まともに仕事した人はいない。とくに今度の池田候補は、何でも反対野党の象徴的存在である。もし彼女が当選したら、新潟県民は悲惨な目に遭うことは目に見えている(女性は政治家などという簡単な仕事でなく、もっと重要な仕事を行うべき)。

            どうみても、うば桜 H27.4.14

 しかし選挙演説では、ほんとのことを言ってはいけなかった。虎視眈々と失言を狙っている工作員たちに付け入るすきを与えただけである。応援演説のつもりが、却って足を引っ張ることになったのはまことに残念である。
 もっとも新潟県人は賢いので、ネガキャンはネガキャンとして、こんなものに惑わされることはないと思うのだが。


 新潟県は、私が学生時代を過ごしたところである。卒業後も何度も行き来し、親戚や知人も大勢いる。いまでも常に新潟の出来事を注視している。先日親子が遭難した五頭山は、私も何度か登ったことがある(心配していたのに残念なことになった)。
 今回も直接の選挙権はないが、第2の故郷として選挙結果を非常に気にかけている。
 ぜひ選挙する人は、偏向マスコミや反原発のプロパガンダに迷わされず、冷静な投票をしていただきたい。

IOTとは何か AI・IOTとは①

 革新意欲のある人なら既存コンピュータ知識のない人の方が成功する

 IOTなる言葉が、そこかしこに躍るようになって久しい。専門家の考えを知りたいと思い、坂村健氏(東大大学院教授)の「IOTとは何か」を読んだ。 角川新書2016.3月
 内容はおよそ以下のようなものである。

①IOTは一昔前の「ユビキタス」であり、その前は、「どこでもコンピューター」だった
②IOTが進むと、コンピュータがすべてのモノに組み込まれる(自動的な快適制御)
③ドイツの「インダストリー4.0」は、トヨタの「カンバンシステム」を製造業全体に広げたようなもの。IOTが進化すれば、その枠も広がる
④インタネット的なオープンこそが、これからのIOTの課題
⑤IOTからIOE(Everything)へ。UCode(識別番号)を場所に設置しクラウドに繋げる
⑥CRM(顧客を管理する)からVRM(顧客がベンダーを管理する)へ
⑦プログラミングの義務教育化が必要だが、日本は決定的に遅れている
⑧オープンなシステムにおいて技術以上に重要なのがガバナンスである
⑨電力においても、家庭内の各電気機器の必要度に応じ効率よい供給が可能
⑩米国では失敗が原動力となって既得権益者を追いやり、実現したオープンの有意さを背景に世界を席巻している

            カバ地獄 H28.6.17

⑪ガラケーとスマホの決定的な違いはオープン度の差
⑫汎用ルールに従うものはすべて受け入れるオープン連携は、スピードが段違いに早い
⑬スティーブ・ジョブスが日本に生まれても成功しなかった
⑭オープンデータを実現するなら、プライバシーデータの扱いについての明確化が必要
⑮IOTでは、ネットワークの中での場所概念の標準化が必要である(UCodeを提唱)
⑯カメラなどの組込みやビッグデータを扱うクラウド、中間のスマホなど、それぞれに適したOSを活用する
⑰究極のIOTは、すべてのモノが管理者や製造者の枠を超えてつながる
⑱そのために、ネットワークの中のIDであるUCODEをすべてのモノに貼り付ける
⑲IOTは、セキュリティとガバナンスのほうが、つくる技術より難しい
⑳アグリゲート(孤立に陥らない囲い込み)という方法もある
㉑公共交通機関を公的機関が一手に握っていれば、オープンデータ化は容易
㉒戦争で技術が進展するのは、あらゆる規制や既得権益を排除できるから
㉓ポジティブリストでなく、ネガチィブリスト(やってはいけないこと)を規定しなければ革新は生まれない
㉔IOT時代の法律では「トロッコ問題(そのまま進むと幼児を轢き殺すが、脱線すれば自分が死ぬ)」を曖昧にしてはいけない

            白山 チングルマ24.7.15

 坂村氏のこの著書は、いたるところ横文字やカタカナが入っているので、理解するのがむずかしい。「オープンのレイヤーが拡大してきて、今はミドルウェア、ライブラリ、開発環境、プラウザ、データベースとオペレーティングシステムよりも上のレイヤーでオープンが話題になってきている」などという文章が、そこかしこ頻繁に出てくる。そのたび考えるので、読むのが遅くなる。たいてい考えてもわからないので、分からないまま先へ進む。

 ただ、坂村氏が繰り返し訴えているのは、IOTを進化させるのはオープンシステムであり、従来のベンダー型ビジネスではないということである。そしてもっとも日本が弱いところは、そのガバナンスである。個々の機器をつくる技術で先行していても、社会に組み込む段階で大きな障害が発生し、IOTの実現が進まない。

 IOTのオープン化は、独裁的体制がもっとも適している。すでに中国は日本を凌駕しており、その差はますます開いている。経済規模だけではない。これこそほんとの脅威である。
 さらにIOTは、非連続型のイノベーションである。革新意欲のある人なら、むしろこれまでのコンピュータ知識のない人の方が成功する。日本で、そのような人材を生む土壌をつくれるかどうかが大きな課題である。

万引き家族

 この映画に最高の栄誉を与えた人は、日本を犯罪国家にしたかったのである

 「万引き家族」という映画が、カンヌ映画祭で「パルムドール」という最高の賞を受けたという。東京の下町を舞台に万引で生活費を稼ぐ一家を描いたもので、「不完全だけれど愛すべき「家族のかたち」と、心揺さぶる衝撃のストーリーが映し出される」という謳い文句である。

 監督の是枝氏が、どのような思いでこの映画をつくったのかはよくわからない。映画を見た人の感想をTVで聞くと、「観る人ごとに異なった印象を与える映画だ」というようなことを言っていた。まもなく全国で上映される。

              子連れ

 しかしこの映画が有名になればなるほど、日本に犯罪が増えることはまちがいない。きちんと映画を観ればそんなことないかもしれない。だが観る人はせいぜい100万人単位。私のように、あらすじだけ聞いて、映画を観ない人の方が圧倒的に多い。その数千万人のうち1割は、「犯罪が家族の絆を強くする」と思うだろう。うち1割くらいは実行に移す可能性がある。犯罪者が数10万人増える計算になる。
 つまりこの映画に最高の栄誉を与えた人は、日本を犯罪国家にしたかったのである。


 そんなひねくれたこと言わず、お前も映画を観たらどうかと言われそうである。
 残念ながら、残された貴重な時間を、2時間も退屈な映画に費やすことはできない。いままで、「名物にうまいもの」などあったためしがないからである。

日本を追い込むマスコミ

 この歴史的なタイミングで首相の足を引っ張るマスコミこそ疑惑の親玉である

 歴史的な米朝首脳会談まで、あと1週間。その交渉で少しでも日本の立ち位置を良くするため、米朝会談に先立って安倍総理とトランプ大統領の会談が、まもなくおこなわれる。場合によっては、これで日本の命運が決まる。その見通しについて、どのような報道がなされているか。
 久しぶりに新聞を開いて吃驚した。

 まず第一面トップに、森友問題を巡る財務省の文書改ざん問題が掲載されていた。
 2~3面にも関連ニュース。おまけに社説でも、改ざんに係った佐川元長官の再証人喚問を要求。さらに社会面トップでもこれについて、財務大臣の責任を大仰に問う紙面構成であった。内容は単にこれまでの焼き直しである。コラム欄を含めすべてのページを通して、いかにも政府ぐるみで、とんでもなく悪いことをしたような印象付けに終始していた。北朝鮮関連は、第8面に申しわけ程度に掲載されているだけである。
 福井新聞がこうなら、朝日・毎日はもちろん、ほとんどの地方紙も同じような内容にちがいない。

              紙の工作

 この福井新聞の紙面を見て、あきれると同時に、腹の底から怒りが込み上げてきた。
 なんでこんなチマチマしたことを、いまさら大問題のように繰り返すのか。ここまであからさまだと、これまで抱いていたマスコミ疑惑が完全に確証に変わる。まちがいなく彼らは工作員だったのである。いままでこのブログで、半信半疑で書いてきたことはホントに本当だった。

 日本がいま、極東における立ち位置を強固にするためには、トップが強くなければならない。トップを強くするには、国民が絶大な支持を与えている必要がある。いまこそ全国民が、首相の後押しをしなければならない微妙な時期ではないか。たとえそれが民主党政権の鳩山・管氏だったとしても同じである。このタイミングで、ここまで首相の足を引っ張るのは、日本の交渉力を弱めようとする、ある国の息がかかっているとしか考えられない。それこそ首相の疑惑なんかより100万倍悪質である。

 これらインチキ新聞を潰すのはどうするか。われわれが購読を止めるしかない。読むだけで目が腐る。

大安禅寺の花まつり

 大安禅寺の菖蒲まつりを見に行った。満開には程遠い咲きっぷりであるが、枯れて萎びた花がないだけ新鮮である。見ごろはあと1週間後くらいか。どんなものも、ピークに合わせるのは難しい。一段上にある薔薇畑の方は満開であった。さらにその上にある霊園は、まさに霊気が漂っていた。

 大安禅寺 H30.6.04  大安禅寺 菖蒲祭り H30.6.04

 このお寺では、むかしから和尚の法話が有名である。4~50年前、先代和尚の法話を聞いた。その後綾小路きみまろがヒットしたとき、まるでこの和尚の法話を聞いているようであった。ユーモアの中にさりげなく人生訓を盛り込ませる。おそらくきみまろは、どこか和尚の法話を参考にしたに違いない。

 満開の菖蒲 H30.6.04  結城秀康の霊現る 30.6.04

 血筋は争えないもので、いまの若和尚も話はうまいという評判である。法話を含めた拝観料が1000円となっている。20名以上の予約が必要だから、診断士協会の研修会の講師に招待したらどうか。講師の講師として面白い。
 もっとも「名物にうまいものはない」のかも。

30年後の自分

 未来の病院は、元気な人が行くところになった

 我が家では、30年後の私(生きていれば)と同居している。ほぼ認知症である。さんざん「学習」したので、味噌汁の鍋がメルトダウンすることは減った。だが蛇口(下半身も)を開けっ放しにするなど、予想のつかない行動をとる

 たとえば先日、消防署から「先ほどお宅から119番を受けたのですが、なにかありましたか?」と電話が入り吃驚した。固定電話のところへ行くと、未来の私が立ち往生している。どうも電話番号案内(104)のつもりで、119番を回したらしい。

 3ケタで利用できるサービスがいくつかある。警察(110)や消防・救急(119)以外にも、電話の故障(113)、災害用ダイアル(171)、天気予報(177)などがある。これだけあると間違える。104案内で、予約してあった病院の電話番号を知りたかったのである。耳が聞こえないという病気らしい。

              ボケ

 100才近い老人でも電話はできる。10分ぐらい試行錯誤して、ようやく相手先の病院担当者につながった。なにを話すか聞いていたら、「体の具合が悪いので、病院へ行けない」といっていた。30年後の病院は、元気な人が行くところなのである。

 ところで、ほんとに体が悪いのかと思ったら、仮病だった。

振り回される日本

 米朝首脳会談でらちが明かなかったら、日本は速やかに核武装に走るべき

 ここにきてトランプ政権は、貿易赤字の削減へ強硬な手段を取り始めた。鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を実行し、さらに輸入車への追加関税の検討も始めた。日本車には25%もの関税(現在2.5%)がかかるとされ、日本の自動車メーカーにとって、死活問題となっている。

 また、トランプ大統領は、北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長と会談した後、米朝首脳会談を予定通り開催すると発表した。その際、「12日の首脳会談では、なにか署名することはないだろう」と述べ、さらに「日本や韓国、中国が北朝鮮を助けるだろう。アメリカはお金を遣わない」と述べ、将来日本や韓国が金銭的に支援することになるという考えを示した。
 たしかに北朝鮮体制が変われば、一部の日本企業から投資ぐらいあるかもしれない

            F15J4機編隊 H29.10.09

 しかし、こんなアホなことを真に受ける必要はまったくない。日本へのミサイルそして拉致問題を、お金で解決することはできない。そんなことをしたら、ぼったくりバーと同じ、ズルズルと際限なく引っ張り出されてしまう。「金の切れ目が縁の切れ目」、日本が北朝鮮より貧しくなった段階でほっぽり出される。そのときはもちろん、アメリカも見向きもしなくなる。
 それでも武力を使えない日本は、これを単独で跳ね返すことができない。

 とにかく12日の会談で、中距離ミサイル廃止と拉致問題が解決できなかったら、日本は大きく舵を切るべきである。もちろん、速やかに核武装と敵基地攻撃能力を持つ。そのための憲法改正を躊躇するような日本国民は、ほとんどいないはずである。
 その前に、モリカケで政権を羽交絞めしている中国工作員の議員を、なんとか始末しなければならない。

人生100年

 日本社会は、人々が死ぬまで働くことを前提として設計しなおさなければならない

 このブログで、各年代における「仕事に対する姿勢」を書いたことがある。このとき、人生せいぜい70年生きればいいと思っていた。年寄は静かに消えゆく。でなければ、小泉元総理のように老害を振りまいて、醜い姿を曝け出す。

 だがいつのまにか、私も生誕70年を迎える。この調子では、まだ5~6年は生きる。もしかしたらあと10年。何かの間違いで、(父親と同じ)100歳まで、生き延びる可能性もある。生き恥を晒す。

 現実に、今世紀生まれる人の平均余命は100年といわれ、それがどんどん伸びている。とても、「70才過ぎの人は、迷惑にならないよう生きる」などといっていられない。何もしなければ、生きているだけで迷惑になる。私の描いていた「仕事に対する姿勢」が、怪しくなってきた。

            もうすぐうば桜 本文とは無関係です 

 すなわち日本社会は、100才まで働くことを前提として設計しなおさなければならない。いまの65歳定年ではとても間に合わない。
 そうかといって、高齢者に時代遅れの知識を振り回されても困る。

 やはり、竹中平蔵氏の云うように、20~30年ごとその時代に合った新たな知見を獲得する必要がある。学習→労働→学習→労働のサイクルを100まで続ける。それができない人は、最低賃金以下で働くしかない。