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日本のエネルギー

 事故の教訓を生かすことなく再生エネに逃げていては日本の将来は危うい

 29日のプライムニュースでは、最近まとめられた日本の中長期的なエネルギー政策の指針である「エネルギー基本計画」についての議論が行われた。10年後、2030年度の電源構成は従来の目標を維持し、原子力発電の「重要なベースロード電源」との位置付けを変えていない。変わったのは、「自由化」が盛り込まれたことである。

 一方で立憲民主党は、3月に「原発ゼロ法案」を国会提出し、原発ゼロを政府目標にし、再生可能エネルギーにいち早くシフトすべきだと主張している。もともとこの党は、日本が弱い国になって、中国やロシアに吸収されることを目論んでいる。だから、この党の言うことを聞いたら日本は潰れる。逢坂氏(立憲民主党政調会長代理)は番組でも、頑なに再生エネルギーの推進を強調していた。これがもっともらしく聞こえるから恐ろしい。

              ボケ

 専門家として参加した竹内純子氏(国際環境経済研究所主席研究員)は、冷静な議論に終始し、逢坂氏の発言を訂正していた。①ライフサイクルでは太陽光パネルは原発の2倍の資源・エネルギーを費やすこと、②将来全エネルギーに占める電力の割合が高くなり使用電力量は増える、③ドイツは再エネ割合が増えても一向にCO2の発生が減っていない、④エネルギーの自由化によって今後のエネルギー配分は流動的なこと、などである。

 その彼女にしても、原発推進に関しては腰が引けている。自民党の片山さつき氏も同じであった。またこの番組でいちばん吃驚したのは、電力事業者の多くはできれば原発から撤退したいと思っている、と漏らしたことであった。世間の冷たい目に晒されながら、こんな厄介なものを扱いたくないのが本音であろう。

 だが、冷静・論理的に考えたら、原発の無くなった日本は背骨の無い脊椎動物である。反原発に流されたら日本は終わる。 
 いまの日本は、軍事力はもちろん、IOT、AIなど先端技術においても、世界からどんどん取り残されている。そのうえエネルギーで失敗してしまったら、世界の最貧国に陥る。さらに、100億人に達する人類のエネルギーは原子力なしでは必ず行き詰る。


 間違いなく言えることは、3.11の過酷事故を受け、原発は一段と安全になったことである。とくに日本では、安全運転と事故処理に関するノウハウ蓄積は、世界一になった。今が絶好のチャンスである。多くの先進国民は、感情に流され原発を忌避しているに過ぎない。
 事故の教訓を生かすことなく、再生エネなんかに逃げているようでは、日本の将来は危うい。
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北朝鮮の形

 北朝鮮がどのような体制に変わろうと、日本の核武装は必ず必要である

 トランプ大統領が、米朝会談の中止を言い立てたかと思ったら、周囲が慌てはじめ、結局会談が行われそうな雰囲気である。会談予定の6月12日までには、まだ2週間ある。その間にもゆさぶりが続くであろう。

 北朝鮮は、ほんとに自らの体制維持を条件に、核武装を放棄するのであろうか。多大な犠牲を払って、やっと作り上げた核兵器である。ほとぼりが冷めれば、そっと出してくるに違いない。
 また体制維持とは何とも見苦しい。北朝鮮の体制といっても、金正日からまだ3代目で100年も経っていない。周囲からみたら、屁のような体制でも本人からしたら絶対の存在なのである。もちろん大方の北朝鮮国民にとって、金体制がどうなろうと知ったことではない。

            メガネーシャ H29.10.11

 もちろん、話がこじれる可能性もある。アメリカの軍事攻撃で、一気に金体制が崩壊する。その後の北朝鮮の形が問題である。金王朝が無くなっても、2000万人の人々が残る。韓国が統一できればいいが、中国やロシアが黙っていない。中国の傀儡政権ができたら、また同じことになる。

 日本にとって理想的なのは、統一した朝鮮半島に、親日的な国家ができることである。だがそれに向け、日本が主体的に軍事行動することはできない。国内の工作勢力に羽交い絞めされる。憲法改正を言い出した途端のモリカケ騒動を見ればわかる。どのみち半永久的に、日本の周囲は反日国家で固まるのである。

 それなら日本がやることは決まっている。(知らんふりして)地道に核武装の準備をしておくことである。そのうち、竹島か魚釣島あたりで、不思議な核爆発が起こるかもしれない。

自白の強要

 世間は、日大監督とコーチが全面的に謝罪するまで追及の手を緩めない

 タックル事件を受け、日大アメフト部の会見があった。1回目は、直接タックルした日大の学生、つぎにその監督とコーチ、3回目に日大の学長である。

 直接タックルをした学生の会見では、やってしまったことを真摯に謝罪・反省し、そのうえで、コーチの指示があったことを暴露。自身は、アメフト部を退会するなど、終始低姿勢であった。世間のほとんどは、この学生の会見を評価し、概ね好意的な論評が多い。「被害」に遭った関学アメフト部や怪我をした学生の家族からも、寛大な処置を求める声が上がっている。

 一方、日大監督・コーチの会見では、マスコミの好意的な態度は一変した。
 会見で、内田前監督は直接の指示は出していないと述べた。コーチの方は、指示は出したがあそこまでやるとは思わなかったという。おそらくそれが本音であろう。監督・コーチからみると、選手の性分を考え、やや大げさな指示を出す。前代未聞のタックルになり、ここまで騒ぎになることは想定していなかった(していたらあそこまで具体的な指示は出さない)。

 日大学長の会見でも、監督からの反則指示など、核心への明言を避けた。内田氏がアメフット部に再び関与する可能性については「勝手に判断できない。学生の意見を聞いてから」と、あいまいであった。
 これらの真実が何かはわからない。誰にもわからないであろう。
 それでは世間は納得しない。

            ちがう桜が H27.4.19

 問題なのは、世間やネット世論が押しなべて、日大監督とコーチが具体的に関学の選手に怪我を負わせるように指示を出し、学長がそれをかばっているというストーリーを、かたくなに押し通そうとしていることである。監督やコーチの言動が、少しでもそれに外れてはいけない。「被害者」である関学アメフト部や、けがをした学生の親も、「真実を語ってもらいたい」と、暗に「自白」を強要している。マスコミ報道もそれに加担し、日大が学校ぐるみで傷害事件をもみ消そうとしているように印象を、世間に与えてしまった。

 日大の監督とコーチが全面的に悪かったという「真実」を白状するまで、追及の手は緩めないのであろう。事実かどうかは関係ない。いま、ほとんどのマスコミや知識人は、全面的に日大上層部を悪者にしている。一部反論する人がいたら、あっという間に炎上する。 
 まさに一億火の玉で負け戦に突っ込んでいった、大東亜戦争前の空気を彷彿とさせる。



 モリカケ問題で、些細な事象にうつつを抜かす野党やマスコミも、同じ穴のムジナである。些末な出来事を針小棒大に取り上げ、自ら作ったストーリーで、善良な人たちを極悪人に仕立て上げる。
 ただこちらは、ネット情報を中心に、下手な扇動に踊らされないコア市民が頑張っている。踊っているのは、TVや新聞に洗脳された人種、TV漬けの惚け老人ぐらいである。

あわら温泉街

 昨晩、4年に1度の高校同窓会であわら温泉(グランディア芳泉)に宿泊した。
 街なかを散策しようと思い、田原町駅から電車に乗った。620円を払って30分ほどで、あわら湯のまち駅に着く。この温泉街は、近年いろんな施設ができ、様変わりしている。なぜか古ぼけたミュージックホールはそのままである。閑散としているのは、日曜日だからなのか。全焼したべにや旅館のある中心街をまわって、宿泊する旅館に向かった。

 源泉の地 H30.5.28  ミュージックホール H30.5.28

 同窓会は、720人の卒業生のうち約120人が参加。さすがに薬漬けなど半病人が多い。参加しなかった人の多くもまともではないはずである。すでに亡くなった人が1割。4年後の同窓会のときは、ほぼ後期高齢者である。これから生き残りをかけた戦いになる。
 
 ここにきている人たちは、それなりに容姿に自信がある人たちであろう。それでも4年ごと、会うたび高齢化している。先生を入れた集合写真を見ても、まったく区別がつかない。写真に写った自分の姿を見ると脂汗が出る。子供からみたら、妖怪部落だと思うに違いない。

切れる高齢者

 人生長くなるほど、怒りや恨み辛みの積み重ねが大きくなるからである

 ≪高齢者による暴言・暴力が増えている。2016年版『犯罪白書』によれば、20年前と比べて高齢者の「暴行」は49倍に増加。駅や病院で暴言を吐いたり、乱暴な振る舞いをしたりというケースが増えてきた。(岩崎大輔/Yahoo!ニュース編集部より)≫

 この『犯罪白書』によると、少年や外国人の犯罪はピーク時の1/3にまで減少しているという。だから、細かく統計を取るようになったとか、人口比で高齢者が増えたことだけではない。現実に増えているのである。

 たしかに近隣の会議などに出ても、話の途中で急に怒り出す高齢者がいて、なだめるのに苦労する。何で怒っているか分からないので、周りはおろおろする。なかには、しょっちゅう怒鳴っている高齢者もいる。

            高齢化した胎内くぐり岩 H29.8.10

 記事によると、高齢者の暴言・暴行の原因は2つあるという。
 一つは、老化に伴う脳の機能の低下。つまり、感情の制御や判断力が衰えることで、見境がなくなる。周りから見たら、性格が変わったように見えるかもしれない。私もときどきカッとなり、その感情を抑えることができなくなる。

 つぎに、社会的な環境変化に伴う心理的な要因である。他人との関わりが薄くなることで、不満や不安が溜まりやすくなる。それがちょっとしたことで怒りに転化する。これも分かりそうな気がする。私が暴言で後悔するのは、しばらく他人と接触していなかったあとのことが多い。さすがに、多くの人と交わっているときに暴力行為はやりにくい。


 これらの背景には、高齢者が増えてきて、大事にされなくなってきたことがある。むかしのような希少価値ではなく、二束三文になった。それどころか社会のゴミみたいな扱いをされるようになってきた。このブログでさんざん高齢者不要論を煽る、私のような人が増えた。
 また(私の実感では)、突然切れるにはそれまでの鬱積がある。人生経験が長くなるほど、特定の人やグループに対する怒り、恨み辛みの積み重ねが大きくなる。押える力が弱まるのに対し、吐き出す圧力が強くなるのだから、キレやすいのは当たり前である。


 ではどうするか。
 模範的な応えは、この記事の中で和田秀樹氏が言うように、高齢者に対して、「受容・傾聴・共感」してあげることであろう。
 それでも切れる高齢者はどうするか。
 はやめに死んでもらうしかない。

幸福度日本一

 福井県では、高齢者ほど幸福度ランキングが低下し、危ない老人が増える

 日本総合研究所が発表した「幸福度ランキング2018年版」において、福井県は3回連続で総合1位になった。この評価は、2年ごとに行われており、2012年に3位だったのが、翌2014年、2016年と連続1位になっていた。
 今回福井県は、仕事分野の大卒者進路未定者率の低さ(3.0%)をはじめ、教育分野の学力や社会教育費、女性の労働力人口比率、待機児童率の低さ、子どもの運動能力など、8項目で1位だった。
 ちなみに、2位は東京、3位は長野、4位と5位はそれぞれ石川と富山である。

 法政大学の「幸福度ランキング調査」でも福井県は1位が定位置であった。むかし「生活者満足度」においても、福井県はトップレベルであった。このときはおもに、人口あたりの図書館とか、音楽堂などいわゆる箱モノの施設が数多くあることが問われていた。

            越前3の峰のお花畑 正面が別山、左奥に石川3の峰 H29.7.15
            
 これらは、客観的な指標であり、それぞれの分野で目標となるものである。もともと同研究所のランキングは、主観的な感覚の「幸福」を数値化して分析し、町づくりなどに生かすのが目的である。

 したがって、これらの指標だけでは県民のほんとの「幸福度」、「生活満足度」はわからない。いくら指標が高いといっても、肝心の住民がそう感じているかどうかは別である。せっかくだから、各県民の自身が幸福かどうかの、意識調査も欲しかった(たぶんますます混乱する)。


 たとえば今回、幸福度ランキングの最下位は高知であった。私も数年前訪れたことがある。太平洋に面した素晴らしいところである。酒場や酒の種類が多く、酒を飲む機会も多い。キャバレーに入ったらぼられそうになったが、酒飲みにとっては、天国のような地域であった。是非こんな県に住みたいと思った。酒飲みの地域だから寿命は短く、年寄りも少ない。

 福井県のように、雪や蒸し暑さを我慢し、「細く長く」粘り強く暮らしたほうがいいのか、台風の中で浴びるほど飲んで「太く短く」幸せに暮らしたほうがいいのか。一人ひとり思いは異なるはずである。もともと幸福とか満足は、個人差が大きい。だから、いくら幸福度指数だけ高くても、福井県の人口は増えないのである。

              じじいの決死隊

 また、今回初めて行われたライフステージごとの幸福度分析においても、福井県は「青少年」「シルバー(現役)」で1位になった。不思議なのは、「シルバー(現役)」で1位だったのが、「シルバー(退役)」になると、番外(14位)に堕ちたことである。
 だからわれわれ退役高齢者は、このように文句ばかりつけて、それを生きがいにするようになるのである。

人手不足への対応

 日本に蔓延っているムダな産業を思い切ってなくすことで、イノベーションが生まれる

 先日のプライムニュースでは、高齢化・人口減少社会における労働力不足の課題について取り上げていた。
 対策の方向は、働く人を増やすことと、生産性をあげること。この2つである。

 まず働く人を増やすためには、つぎのような未活用労働者のデータがあるという。
 ①いまよりもっと働きたい人(177万人)。②希望に合う仕事がない失業者(184万人)。③今働いていなくて働く意欲ある人(37万人)。合わせて、400万人である。これは、労働者の6%程度。この割合は先進国の中でいちばん低く、400万人を大きく減らして労働市場に向かわせるのは、難しいとされる。

 ただ未活用労働者は、潜在的にその10倍はいるはず。
 たとえばこれから、個別企業での時短が進んでいくと、年間8.4兆円の賃金が失われる。賃金を増やすため、個人は兼業に走る可能性がある。兼業できれば、①のいまよりもっと働きたい人は、1千万人単位で増える。兼業者が増えることで、次世代の効率良い仕事にスムースに移行できるメリットもある。イノベーションも起きやすい。
 
 そのほか、最低賃金を適用しないことなど、遊んでいる人を駆り出す方法はいくつもある。なにしろ25~69才までで、働いていない人は1650万人、70才以上は2000万人を超える。非常事態になれば、このうち半分以上は働く。

              橋本佐内

 もっと重要なのは、現在働いている人の生産性をあげることである。
 たとえば、コンビニの夜間営業や、運送会社をはじめとした過剰サービスである。これらをなくせば余力が生まれる。また日本には、車検制度のようなムダな仕事もたくさんある。医療機関も効率化の余地をたっぷり残しているし、ややこしい会計制度を簡略化すれば、会計士などが要らなくなる。

 車検制度医療、会計などのムダをなくすことで、そこに従事していた優秀な労働者が、社会に出るとすごいことになる。とりあえずは、今後不足するといわれるプログラミング労働との兼業である。
 かって冷戦が終了したとき、アメリカで軍事産業に従事していた人たちの多くが民間に流れた。その結果イノベーションを起こしたアメリカは、ナンバーワンだったはずの日本をあっさりかわしてしまった。日本がバブル崩壊から、没落していったひとつの要因でもある。

 そのほか生産性の向上には、あらゆる方策がある。それについてはこれまで述べた。
 まちがえても、移民を増やして将来の日本にツケを残すようなことはして欲しくない。移民や研修生で外国人労働者を増やそうとするのは、現在の在日問題を何倍にも拡大する。世紀の愚策である。

記憶は思い出せるか

 嬉しいことを記憶し、厭なことは忘れることで人間は生きていける

 モリカケ問題では、疑惑に上がった人の過去を質問者が問いただすことが多い。柳瀬氏の参考人質問でも、野党が過去の行動を根掘り葉掘り質問していた。3年前の特定の日の出来事である。思い出せなければ、ある野党の質問者は「都合よく記憶をだしたり忘れたりできる」といって非難していた。
 また先日首相が、加計氏と会ったという愛媛県の面会記録(怪文書)について問われ、答弁の食い違いを指摘されていた。これも3年前である。

 人はいったい、どれくらいの記憶を保持できるのだろうか。心理学者エビングハウスによると、記憶は1時間後に56%、1日後に74%、1か月後には80%を忘れるという。もちろん3年後には、きれいに無くなっているはず。ただ、その内容の重みによって異なる。

 そこで、自分ならどうか確かめようと、3年前の手帳を開いてみた。手帳には日々の予定として、訪問先と時刻が記されており、たいていそれが記録になる。
 3年前2015年5月の連休明けから31日まで、ほとんど毎日数軒の訪問先が記入してある。だが、その訪問先で何をしたのか、さっぱり思い出せない。大した仕事をしていないので、手掛かりがなければお手上げである。

              知らない

 公的診断の場合は診断報告書があるので、おぼろげに思い出す。だが文書になった記録は建前にしか過ぎない。多少ハッタリを入れるし、プライバシーなど機微にわたること、ノウハウなど肝心なことは書かない。なにより、他人の言葉を文字に起こす段階で書き手の有意性が紛れ込む。あるとき私自身が、ある団体職員に話したときの記録を見たら、まったく別人の言葉であった。意図した内容が全く書かれていない。だから、文書に示された記録など、半分はでっち上げである。

 ことほど、コミュニュケーションは難しい。つまり記憶はもちろんのこと、たいていの記録など、いい加減なものである。そのことを前提にものごとを進めていかなければならない。文書を後生大事に拝んでいる人を見ると情けなくなる。

 したがってあの国会で、柳瀬氏が3年前の出来事をあそこまで述べのは大したものである。無理に思い出すため、あいまいな記憶に論理性を加え作り上げたのであろう。他人からみて不合理でも、柳瀬氏にとっては真実なのである。
 蓮舫氏が言うように、「記憶を都合よく忘れたり思い出したりする」のは、柳瀬氏だけでない。ほとんどすべての人に適用する。厭なことを忘れることで、人間は生きていけるのである。



 それにしても、いつまでこんなアホなことを国会で続けるのか。無能な野党として、10年後には歴史の教科書に載るに違いない。野党の怪しげな議員以外にも、籠池、前川と、胡散臭い人物がつぎつぎ出てくる。あらたに、タイミングを見計らって「怪文書」を繰りだす愛媛県知事も参戦してきた。その怪文書をトップニュースで扱う、マスコミの劣化は見るに堪えない。政治コミック小説として売れるかもしれない。こんなものが世界史に上がったら、日本の恥さらしである。

登山家の遭難死

 栗城氏はもう2度と失敗ができない。失敗のやり方を失敗してしまったのである

 登山家の栗城史多氏が、エベレストで亡くなったという。登山家として最も脂の乗り切った35歳という年齢である。登山歴は2002年から16年。登山を始めて5年で、すでに世界六大陸最高峰の登頂に成功していた。彼の凄いのは、単独行を貫いたことである。墜落の危険がある険しい山の場合、お互いの確保ができないのでリスクは大きい(そのかわりスピードは上がる)。むかしエベレストへ行くと言って大ぼら吹いた私も、関心はあった。

 単独行の岳人としては、「孤高の人」の加藤文太郎氏や松涛明氏が有名である。二人とも厳冬期の北鎌尾根で遭難死している(もっとも両氏とも遭難したときだけ同行者がいた)。
 当時とは装備や山岳技術は進歩したが、3000M級と7~8000Mでは、厳しさがまるで異なる。しかも栗城氏は、無酸素で登っていたという。8000Mといえば、酸素濃度は平地の1/3しかなく、普通の人は10秒でひっくり返る。さらに栗城氏は、未踏に近いルートや季節を選んで登り、専門家の間では無謀という人も多かった。

            御舎利岳より 剣~槍・穂高 H22.9.24

 栗城氏は、なぜそこまでやったのか。
 栗城氏のホームページを見ると、「否定という壁への挑戦」と題して、以下のような言葉が綴られている。このような、建前は大事である。

≪前略~  最近は講演で学校や企業に行くと、「失敗は悪。失敗が怖い。できない。だからやらない方がいい」という否定の壁をよく感じます。
 否定という壁が多くなれば、挑戦だけではなく夢や目標を持たせない世界になってしまいます。
 今まで山を登ってきて最も心に残っているのは、登頂した山よりも登ることができなかった山の方かもしれません。
 それは決して苦い思い出としてではなく、自然の偉大さに触れ、謙虚さ、優しさを教えてくれました。
 つまり、何かに挑戦するということは、成功・失敗、勝ち・負けを超えた世界が必ずあるということです。
 しかし、挑戦そのものを否定してしまえば、成功も失敗も何も得ることはできません。
  その否定という壁を冒険の世界を通して少しでも無くし、応援し合う世界に少しでも近づきたい。  ~後略≫

 ≪本当の挑戦は、失敗と挫折の連続だからです≫とも書いてある。

 そして「挑戦における失敗と挫折を人々と共有」するために、単独での秋季エベレスト登山の中継に挑戦してきた。
 つまり彼は、今回の遭難死という挫折を、我々と共有できたのである。


 しかし残念ながら、彼はもう2度と失敗ができない体になってしまった。今回は、失敗のやり方を失敗してしまったのである。

病院の待ち時間

 病院経営を効率化できたら、社会のムダが少なくなり、人手不足の一部でも解消できる

 昨日は定期の病院通いであった。PSA測定とその結果を聞くためだけに、毎年3回大病院に出向く。いつまで続くのか聞いたら、死ぬまでといわれた。
 それはいいのだが、あまりにも待ち時間が長い。朝8時に病院へ着いて、受付を済まし採血を行う。そこから採血まで30分待つが、これは序の口である。採血後、検査を終えて医師に報告が入るのが、1.5~2時間。そこから診察がはじまる。つまり採血してから、さらに2時間は待つことになる。支払いを済ませて病院を出たのは、とっくに11時を過ぎていた。

 その内訳は、受付(5分)~移動(3分)~採血受付(1分)~検尿(5分)~手待ち(30分)~採血(3分)~≪測定とデータ入力(120分?)≫~移動(3分)~手待ち(120分)~診察(3分)~診察料計算待ち(5分)~移動(3分)~支払(3分)、である。とくに大きい≪測定とデータ入力(120分?)≫は、病院側の工数である。
 ほんの一部の検査のためだけに、半日潰れる。

            花ざかり

 時刻で予約してあるのだから、本来待ち時間はないはずである。それなのに、これだけ顧客を待たせるのは、病院側のオペレーションに問題があるといってよい。

 まず、採血受付から採血までの30分は、完全に順番待ち時間(ロット待ち)である。採血が必要なすべての部門の患者がいっせいに集まるからである。これを解消するには、各部門で採血すればいい。採血自体は難しいものではない。もっと好ましいのは、受付時刻の平準化である。

 問題は、血液の検査時間である。手順がわからないので何とも言えないが、少なくとも検査の正味時間が2時間かかるとは思えない。せいぜい10分であろう。あとはすべて停滞時間であると思われる。ここを改善すれば、2時間も待つことは無くなる。これも受け付け時刻を均すことで、1個流しに近いやり方で停滞レスができるはずである。これがほんとのサービスではないか。すべての患者の待ち時間を、1時間でも短縮できれば、もっと効率のよい社会になる。

              犬は寝て待つ

 さらに、病院へ行っていつも思うのは、異常にスタッフ数が多いことである。患者のピークが過ぎれば、スタッフの方が多くなることもある。これも、患者受付を平準化すれば、3割ぐらい少なくていいはずである。

 現在は、早朝に一気に患者が集まる。その最大数に合わせてスタッフや器具をそろえているとしたら、大きなムダである。予約密度を公表するなど、病院の場合は、患者受付の平準化はすぐできるのではないか。これはどんなサービス業でも当てはまる。
 病院経営を効率化できたら、社会のムダが少なくなり、人手不足の一部でも解消できる。



 もっとも、病院を訪れる患者たちの顔ぶれを観ると、8割以上が時間など気にしないような人たちであった。このような時間つぶし患者に対し迅速サービスをしたら、却って嫌われる。病院には、効率経営などふさわしくないのかもしれない。それに、(今回の私も含めて)患者の半分以上は、本来病院など行かなくてもいい人たちだったのである。

弁護士懲戒請求

 集団訴訟をするとき、利益を上乗せした手間賃を出せば、「三方よし」になる

 ネトウヨと思われる勢力から、集団懲戒請求を受けた弁護士が、司法記者クラブで請求者の提訴に踏みきるといって、記者会見を開いたという。先週のワイドショウにも取り上げられた。

 はじまりは、昨年6月東京弁護士会10名に対して、190名の懲戒請求からである。懲戒理由は「違法である朝鮮人学校補助金支給要求声明に賛同し、その活動を推進する行為は、日弁連のみならず当会でも積極的に行われている二重の確信的犯罪行為である」だったという。合計では、1000名を上回った。東京だけでなく、全国の弁護士会に対しても懲戒請求が殺到し、全部で数万件を超えているという。「余命三年時事日記」というブログにそそのかされたらしい。

 そこで、このブログを覘いてみた。たしかにヘイト的なものも含まれており、極左から見たら天敵に違いない。さらに困ったのは、弁護士会である。何万件もの請求の返事に、内容証明郵便を出すとそれだけで1千万円を超えるという。もちろん手間もかかる。一種の懲戒テロで、1票の格差是正や原発再稼働の乱発訴訟を模倣したものであろう。

 そして、公文書公開法を盾に、防衛省に何千ページもの日報の提出を要求するのにも似ている。もっとも、防衛省日報の精査はさらに厄介で、事情に精通したそれなりの人が、公開前に念入りに目を通す必要がある。気が遠くなるような作業が発生し、通常の仕事どころではない。防衛省の機能をマヒさせており、これこそサイバーテロに近い。

               ミサイル1号

 ではこれら、法に基づいた集団要求にどう対応すればいいのか。
 弁護士会の、「朝鮮人学校補助金支給声明」に反対するのは、日本国民なら当然のような気がする。憲法違反だし、なによりこの補助金が、日本に向けられた核ミサイルになるかもしれない(お金に色はない)。防衛省への悪質な文書要求も、現在の法律を変えない限り続くであろう。
 いずれも、あらかじめ想定されていなかった法の不備を突いたもので、今すぐ止めさせるわけにはいかない。今回のように懲戒請求された弁護士が、逆に請求者をカツアゲしようとするのは、どう考えてもヤクザとおなじである。

 ではどうするか。
 具体的には、必要な手間賃(印紙代)を請求する。多少利益が発生してもいい。弁護士懲戒要求の場合には1回1000~2000円、自衛隊日報請求の場合は1ページ当たり1~2万円が相場であろう。そうすれば、節度ある要求ができる。請求されたほうも利益が発生する。社会にもよいから、まさに「三方よし」である。いくら民主主義だろうが、これくらいの負担をしなければわがままやり放題になる。

 それにしても、「余命三年時事日記」ブログに感化され、何万人もいっせいに行動を起こすとは大したものである。よほど説得力があるのだろう。私のブログなど、その足元にも及ばない。

歴史的な敗北

 もう下には下はない。あとはV字回復するのみ

 最後の体育委員として参加した今日の体育祭で、屈辱的な最下位を喫してしまった。地域の歴史を塗り替える出来事である。40年ほど前から、私が体育祭に関わって初めて。おそらくこの地域体育祭はじまって以来の、恐ろしい出来事である。

 小さいころから、わがブロックは、宝永地区で常にエリート的な存在であった。20~30年前まで毎年優勝候補で、最下位など想像もつかなかった。やがて段階的に凋落がはじまり、ここ10年は毎回最下位候補であった。だから、今回最下位になるのも時間の問題かもしれなかった。極端に高齢化が進んだブロックの特徴である。

 綱引きは体格差 H30.5.20 必死のリレー H30.5.20

 いくつか、不運な兆候はあった(われわれを貶める仕掛けだったという噂もある)。
 まず、玉入れ競技で籠の底が抜けていた。穴が開いているので何個かは確実に落ちている。つぎに、各チームごとにそれぞれのゲストとじゃんけんを行い、勝たなければ次に進めないショッピングリレーで、我々に当たった人のじゃんけん出し方が遅く、かなりハンデを背負ってしまった。また、1升びんに茶碗で水を早く詰めるリレーでは、びんの入り口が欠けていたため、何パーセントかが溢れてしまった。
 これらのハンデがなかったら、少なくとも最下位にはならなかったはずである。

 それでも、もう下には下はない。あとはV字回復するのみである(そのころわれわれ老兵はいない)。

豪雪の後遺症

 福井市が赤字団体でも潰れることはない。問題なのは働く人がいなくなることである

 平成29年度の福井市決算は、一般会計で約3億円の赤字になると報道された。福井市が赤字団体になるのは20年ぶりで、全国でも2013年度以来という。この対策として、全常勤職員の給与10%削減や管理職手当カットなどを、7月から9カ月間実施する予定らしい。

 市役所職員の給与10%カットが、適切かどうかはわからない。職員にしてみれば、災害のたび給与カットされるのは堪らない。逆に一般市民からすれば、もともと市民より2~3倍の高給取りが、10%ぐらいカットされてもまだ高すぎると思う。
 赤字の原因は、今年2月の記録的大雪で予算10倍の、50億円の除雪費を支出してしまったからである。これは全予算の5%近くに当たる。

 豪雪でダメージを受けたのは、市役所だけではない。2月に、福井の産業はかなり毀損した。企業やお店は、半月ほどほとんど仕事にならなかった。売り上げも立たないし、仕入れもできない。福井市の1か月あたり総生産を800億円とすると、200~300億円はダウンしたのではないか。

            路地裏の雪 H30.2.10

 さらに年金や給与生活者も、そのぶん支出を差し控えたはずである。外出できないので、遣いたくてもその機会がない。支出が減ったということは貯蓄が増えた。デフレに逆戻りである。現に先日の内閣府の発表では、今年1~3月期のGDP成長率はマイナス0.2%(実質)となった。北陸を中心とした大雪の影響も含まれているはずである。

 それなら、福井市があれほどの労力を費やした除雪費の50億円は決して高くはない。
 あのとき政府は、思い切って財政出動すればよかった。5000億円ほど出し、全国の建設事業者に北陸へ除雪応援をするのである。ついでに、雪まつりで盛り上げる。冬季で仕事の薄い事業者なら、喜んで手伝う。

 もっとも、福井市が赤字団体になったといっても、それで潰れることはない。問題なのは、市内に働く人がどんどんいなくなることである。2月の豪雪でも、市役所に何度もクレーム電話を入れるなら、自分で除雪すればよかった。いくらお金があっても、サービスする人がいなかったら、無人島に行ったのと同じである。
 だから今回のように、除雪費が増えたぶん職員の給料をカットするのも合理的である。市民は職員の怒りが恐ろしくて除雪要請ができなくなる。

タックル負傷事件

 一部だけを見て真実を特定し、一方的につるし上げるやり方はいかにも乱暴である

 アメフトの関西学院大の選手が、日大との定期戦で悪質な反則行為により負傷したことが大問題になっている。スポーツ庁長官も乗り出した。「被害」に遭った関西学院大は記者会見で、「ルールを逸脱した行為を監督・コーチが容認していたと疑念を抱く」と批判した。さらに、「本人がこのことについて、真実を話すことが彼の人生のためにも必要だと思う」と述べたという。

 たしかに問題の場面を見ると、無防備な関学の選手の背後から、いきなり日大の選手が飛び掛かっている。これではひとたまりもない。起こったことは「事実」に違いない。TVのコメンテーターや「識者」の話では、こんなことは前代未聞だそうだ。これを日大の監督がけしかけたという話も真実味を持って飛び交っている。
 その中心人物である日大監督が一切顔を見せないことが、世間の日大バッシングに輪をかけている。このままでは、日大監督が関学の選手を潰すよう指示を出したと疑われても仕方がない。

              青竹と水仙

 しかし、非難されているように、ほんとに日大監督が全面的に悪いのか。いま日本中のバッシングで、監督は出るに出られないのではないのか。ここまで日大側の印象が悪くなってしまうと、なにを言っても信じてもらえない。もしかしたら、2度と出られないところに追い込まれる、最悪の事態になる恐れもある。
 
 すでに述べたように、真実は一つではない。被害選手、加害選手、そして「加害選手」を煽ったとされる日大監督の思い、そこに至った経緯、すべて知っている人などいない。たとえば(奇想天外な話だが)、タックルされた選手が、「加害」選手の子供を殺害していたとしたらどうか。まったく話は変わってくる。少なくとも日大監督がどのように選手を煽ったのか、ほんとのことはわからない。コミュニュケーションの行き違いによる可能性も大きい。すべての事実は小説より奇怪なのである。

 なにも関学監督の鬼坊主のような御面相を見て、こんなことを述べているわけではない。
 目先に起こった、ほんの一部だけを見て真実を特定し、一方的につるし上げるやり方は、いかにも乱暴である。無実の犯人の自白を引き出そうとするもので、モリカケ問題で政権を追求する野党やマスコミの論調にも重なる。

 もちろんこの事件だけではない。犯罪容疑者というだけで、いかにも極悪人のように扱うマスコミやネット市民の言動すべてがそうである。さらに、いくら裁判で決着がつこうが、単なる人間様の事情でしかない。
 何度も言う。真実は一つではないのである。

ねつ造記者の表彰

 日本と韓国は、仲良くしたくてもできないように仕組まれている

 植村隆・元朝日新聞記者が、韓国でキム・ヨングン民族教育賞を受賞する。韓国中央日報が、報道した。授賞理由は、「朝日新聞記者として活動しながら、太平洋戦争当時の日本軍従軍慰安婦問題を提起した植村隆先生の活動は、時間を超えてキム・ヨングン先生の人生と流れと共にある」だという。

 キム・ヨングンは、日帝強占期に投獄された人物で、その生涯を世界史教育に捧げたといわれる人物である。また植村隆氏は、朝日新聞記者として韓国に駐在し、「慰安婦」の捏造記事を次々と送り込み、日本の名誉を徹底的に貶めた人である。吉田清次氏と並んで、慰安婦問題で日本を冤罪被害者にしてしまった、2大極悪人といえる。八つ裂きにしてもその罪は報われない。

            ひねくれ大根H24.11.23

 日本では指名手配されるような人が、韓国なら表彰される。日本にいたたまれなくなった植村氏が、ちやほやされる韓国に住みつくようになったのは当然である。もう日本には来ないであろう。
 また韓国人からみたら、悪いのは日本で、植村氏は勇気ある告発者に見える。そのことを本気で信じているのが怖い。

 もちろん、もとはといえば朝日新聞の仕業である。この新聞はあらゆることで、韓国や中国の立場に立って日本を叩き、極東を分断しようとしている。慰安婦捏造も意図してやった確信犯である。
 じつは、それを仕組んでいるのがアメリカである。中東と同じで、東アジアでも近隣国家が仲たがいしていた方が、アメリカにとって都合がいい。武器は売れるし、保有する巨大軍隊の威厳が損なわれない。

 すなわち朝日新聞は、中国でなくアメリカの工作機関だったのである。あるいは両方かもしれない。中国にとっても日本と韓国がくっついては困る。どちらにしても日本の新聞ではない。この新聞がある限り、日本と韓国は仲良くしたくてもできない。日本に、あってはいけない報道機関である。


 われわれは、これがアメリカの策略だとわかっていながら、つい中国や韓国には反発してしまう。
 「かくすれば、かくなるものと知りながら、やむに已まれぬ大和魂」
   ・・ちょっと違うかも。

さよなら北朝鮮

 我々は揺さぶりに乗ってはいけない。まだまだ覚悟を捨てず根本解決を目指す

 やはり、北朝鮮の牽制がはじまった。
 KCNA(国営朝鮮中央通信)によると、北朝鮮は、16日に予定していた韓国との閣僚級会談を中止せざるを得ないと発表したという。米韓軍事訓練を「挑発行為」とみなし、今度予定されている米朝首脳会談への影響にも言及した。
 アメリカとの交渉にビビりだし、このまま米朝会談が進み追い詰められてはまずいと思ったのだろう。あるいはもともと、予定の行動だったのかもしれない。北の言うような理屈なら、いくらでもつけられる。

 ほんの1週間前まで北朝鮮は、体制の維持を条件として、自国核の完全廃棄まで匂わせていた。この言葉に惑わされた人は多い。いったん核戦争まで覚悟した人が、北の融和ぶりを見せられると、一気に弛緩してしまう。そうなってしまったら、覚悟を決めなおすのは難しい。北朝鮮との交渉に、多少でもアメリカが弱腰になることを狙っているのだろう。

              赤ふん

 しかし我々は、そんな揺さぶりに乗ってはいけない。まだまだ覚悟を捨てるべきでない。トランプ大統領は、話し合いが上手く行かなかったら席を立つ、北朝鮮が妥協しない場合は、軍事オプションがあるといっていた。その姿勢を貫くべきである。中途半端に解決してしまったら、未来永劫日本の立場は無くなる。

 もっとも日本の総理は、一連の流れで変わらず冷静であった。モリカケでいわれのない誹謗中傷を浴びせるものは、北朝鮮の工作員だと思っているはずである。
 もう今回は前と違う。トランプは必ず攻撃する。日本にその能力がないのが残念である。さよなら金正恩。


 先ほど、福井市でJ-アラートの演習のサイレンが鳴った。日本が栄えるのなら喜んで犠牲になる。命汚い高齢者は浅ましい。
 熱にうなされて、過激なことを書いてしまった。

休養日

 1週間前から、体がだるい。最初のどが痛くなり、鼻水が噴出。その後背中や節々が痛くなってきた。咳も止まらない。2~3日前、治りかけたと思ったのに、深夜まで寒さを我慢してパソコンに向かっていたら、ぶり返してしまった。急に積まれた仕事に戸惑ってしまったからである。

 これでは元の木阿弥である。むしろ以前よりひどくなった。
 治りが遅いのは、まちがいなく老衰のためである。外観は40代でも、下半身と体内細胞は70を超えている。若くみられるのもつらい。

 今週の体育祭で、ある競技の70才以上の部にエントリーしていたら、クレームがついたという。どう見ても70才には見えないからだそうだ。

              2つの玉 

 養生のため、今日はこれで失礼します。
 幸い食欲はあるので、まだ棺桶に入ることはないと思います。もちろん、年に一度の休肝日ではありません。

真実と事実

 「真実を追求する」というセリフほど白々しいものはない

 「真実」と「事実」は、よく似た言葉だが、似て否なるものである。
 それぞれの定義は何か。デジタル大辞林では
【真実】うそ偽りのないこと。本当のこと。また、そのさま。まこと。
【事実】現実に起こり、または存在する事柄。本当のこと。そのような物事・状態が確かに存在すると判断するさま。

 同じに見えるが、よくみると微妙に異なる。「真実」は「うそ偽りのないこと」ということは、本人がほんとのことだと思っているかどうか、つまり主観的なことである。これに対し「事実」は、「現実に起こり、存在する事柄」であるから、客観的に正しいと誰もが判断できる事柄である。
 つまり、「真実」は人の数だけあっても、「事実」は一つしかない。「事実」を証明するのは、きわめて難しい。映画「羅生門」のように真相は「藪の中」である。

            どうみても、うば桜 H27.4.14

 たとえば、黒い制服を着た人が少女と歩いていたとしよう。複数の人が証言したら、そのことは最低限の「事実」であろう。
 そこから先は、見る人の主観である。
 「学生のカップルが、楽しそうにデートしていた」
 「日本の官憲が、朝鮮の娘を慰安婦にするため連れ出した」
 「寛一、お宮の芝居の練習をしていた」
 「背広の父親が、自分の娘を学校に送っていくところ」
 「文科省の事務次官が、出会い系サロンから少女を連れだした」
 「有力な国会議員が、ハニートラップに引っ掛かった」
  と、いくらでも出てくる。
 
 すなわち、「事実」のほんの一部を見た人が、時期や環境を考慮し、最も確からしいと考えた事柄が「真実」である。見る人の知識や経験、思想信条などはすべて異なる。だから、見る人の数だけ「真実」はある。朝日新聞のインチキ記事も、書いた本人から見たら、「真実」なのである。
                無題
 先だっての国会における柳瀬氏の参考人喚問も、観る人によって「真実」はまるで反対になる。だからあんなことを、長々と国会でやるのはムダ以外の何物でもない。声の大きいほうが中間層を煽るだけで、そんなものは、「事実」ではありえない。
 財務省次官の「セクハラ」発言も同じ。言葉を発した本人、それを嬉しがる人、嫌がる人、それぞれ異なる真実がある。次官が辞職したのは、声の大きいマスコミが自分の真実をねじ込んだからである。
 
 したがって、歴史はいつまでたっても定まらない。
 法廷ドラマを観ていて、「真実を追求する」という主人公のセリフを聞けば聞くほど、その番組は、白々しく安っぽくなっていくのである。



 ≪追≫
 もう一つ「真相」という言葉がある。
 デジタル大辞林では
【真相】 ある物事の真実のすがた。特に、事件などの、本当の事情・内容。
 すなわち、「真相」は「事実」に近い。ややこしいから、ここでは述べない。

船頭の多い日本

 いくらたくさんいても、まともな船頭がいないことが問題

 日本は、深刻な人手不足だといわれている。
 ただ人手不足といっても、分野や求める人材ごとにミスマッチがある。ハローワークの情報では、有効求人倍率が高いのは今年3月時点で、建設躯体工事(10.9)、保安(7.6)、医師・薬剤師(6.8)、建設・土木・測量技術者(6.4)、生活衛生サービス(4.4)と続く。低いのは、一般事務(0.37)、美術・デザイナー(0.5)、鉄道運転(0.34)、航空機運転(0.7)、事務用機器操作(0.47)である。

 一般に、現場労働者の不足が目立つ。むかし中卒者が「金の卵」と煽てられて集団就職した職業に近い。いまは外国人研修生か学生アルバイト、腰掛のパートタイマーがその仕事を担っている。
 また今後確実に不足するのは、コンピュータのプログラミング技術者だという。
             
              田吾作

 一方で、増えている職業もある。
 国内の弁護士数が、4万人を超えたことが明らかになった。司法制度改革の本格始動した2002年以降、法曹人口の拡大が続き、ここ10年間で約1.5倍に増えたという。

 同様に、会計士も増えている。公認会計士が36000人で、これも10年前の1.5倍。税理士は、76000人。医師、歯科医師は、合わせて42万人。私が保有している中小企業診断士、技術士は各10万人を超える。なんやかやで100万人。すべて、スタッフ的な仕事をする人である。
 さらに減少しているとはいえ、400万人もの公務員がいる。公務員と同じような団体職員を含めたら、500万人は下らない。もちろんその上には、3万人以上の議員様たちが鎮座している。

 日本では、頭が多くて兵隊がいない。その増えすぎた頭が、しっかりしていればいいのだが、そうでないことが大問題なのである。

体育祭へ向けて

 今年こそ、万年Cクラスを脱するチャンスである

 また区民体育祭の時期が来た。今年も体育委員を拝命したので、5月20日の体育祭までの準備に追われる。

 体育祭の主体である宝永地区は、8つのブロックに分かれており、わが江戸東地区は世帯数が300もある大ブロックのひとつである。15年前までは、常に優勝争いの一角に食い込んでいた。それが年を追うごとに順位を下げていく。10年ほど前からは、常に最下位争いを演じている(幸いまだ、下には下がいる)。

 原因はほぼはっきりしている。体育祭の選手になる、若者から壮年層の人口割合が減ったからである。300世帯もあるのに、小学生が10人前後という期間がしばらく続いた。小学生がいないということは、その親の世代(2~40代)がいないということである。もちろん、8ブロックの中でずば抜けて少ない。

              裏ワザ

 しかし2~3年前から、わがブロックにも目だって子連れ夫婦が増えてきた。今年度は小学生が20人を超える。それでもまだ少ないが(多いブロックは5~60人)、戦力は倍増してきた。小学生が増えたということは、30~40代人口が増えたということである。

 また、体育部門の責任者もやる気満々である。会則や議事録を充実させ(細かすぎるのが困る)、集会にも多数集まるようになった。優勝とまではいかないが、万年Cクラスを脱するチャンスである(意外とこんなとき、最下位になる)。

柳瀬氏の参考人喚問

 加計問題にうつつを抜かす野党とマスコミは、中国の工作員そのものである

 昨日国会で、「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、柳瀬元首相秘書官の参考人招致での喚問が行われた。柳瀬氏はこれまで、愛媛県や今治市の担当者と「お会いしたことはない」と説明していた。だがその後、愛媛県職員が作成した文書には、柳瀬氏と首相官邸で会い、「本件は首相案件」と発言したとされる記載が発覚。同じ文書が農林水産省にもあり、文部科学省のメールにも記されているなど「資料」が次々と明らかになっていた。

 もちろん「事実」など、誰にもわかるはずがない。羅生門のごとく、真実はいくつもある。国会において柳瀬氏は、これらの食い違いは伝達ゲーム、つまりコミュニュケーションの齟齬であることを説明。一方、野党の質問は、首相の関与ありきのこじつけ、過去の細かい矛盾の追及に終始していた。あげくバーベキュ―やゴルフ代の支払いまで探索するなど、平成の疑獄事件にしてはあまりにみみっちい。少なくとも国会でやることではまったくない。疑惑でっち上げに乗せられた国民は、いい迷惑である。

 そもそもこの案件は、首相が加計氏の獣医学部新設をごり押して、その見返りがあったかが問われているだけである。そんな兆候は何もないし、友人に便宜を払って悪いはずがない。総理ともなると友人はごまんといる。友は大切にしなければいけない。それがいけないなら、日本の総理は木偶の棒が成るしかない。
 どんな人も叩けば埃が出る。いくら叩いてもこの程度ということは、現首相はよほど清潔なのだろう。これでもう首相に成る人がいなくなる。

              知らない

 そんなことよりいま、半島情勢は風雲急を告げている。朝鮮半島がどうなるかは、歴史的に日本の安全にとって最大の問題である。万一南朝鮮が北と統一し、そこに中国が乗り込んできたら目も当てられない。先の女子卓球大会での、ルール無視の南北チーム合体を見ると、なにかとんでもないことが起こる予感がする。拉致問題の解決、北の弾道ミサイル廃棄に向けても、今が正念場である。

 そのなかで、今後日本がどのような立場に置かれるのかは、まさにいま、首相の裁量にかかっている。これは数百年に一度の大きな転換点である。そんなとき、国民が自分たちトップの足を引っ張ってどうする。潔癖症もいい加減にしてもらいたい。

 さらに、いま中東ではミサイルが飛び交い、熱い戦争が起こっている。これは世界戦争にもなりうる。このような大きな問題そっちのけで、チンケなことにうつつを抜かす野党とマスコミは、日本を潰そうとしているとしか考えられない。中国の工作員そのものである。

仕事の優先順位 行動力基本動作10か条②

 「行うべき作業を列記し、項目に優先順位を記せ」も整理・整頓の一部である

 「行動力基本動作10か条」のなかに、「行うべき作業を列記し、項目に優先順位を記せ」という項目がある。私はずいぶんこの言葉に助けられた。これを人にアドバイスして喜ばれたこともある。

 40代、私が製造業を経営していたころ。ある人が独立自営したいと相談してきた。私がスピンオフしたのを見て、自分もと思ったのであろう。いきなりサラリーマンが退職して、起業するといっても具体的に何をすればいいかわからない。いまなら、数多の支援機関へ行けば懇切丁寧に教えてくれるし、資金援助まで貰える。
 30年前は、相談するところも限られ、いざ独立開業しようとしても、なにから手を付けていいかわからなかった。退職の手続きから、起業のための法的手続き、資金や労働力の確保、同業者や顧客とのコミュニュケーションなど、それぞれかなりの準備が必要である。

 会社を辞めて私のところへ相談に来た人は、なぜか非常にあせっていた。やることが多すぎて、何をどうやっていいかわからなかったからである。完全なパニックである。

 その彼に対しアドバイスした言葉が、先の「格言」である。これをもとに、いくつか具体策を提示しただけで、安心して帰って行った。とにかくパニックが治まれば、冷静に物事を進めることができる。

              ゴロツキ 唐変木

 もちろん私自身も、いろんな仕事(仕事だけではないが)が積み重なって、にっちもさっちもいかなくなるときがある。ひとつの仕事を終える前に、つぎつぎ何かを押し付けられる。たいてパニックになって、周囲に当たり散らす。やけくそで酒浸りになればなるほど、事態は悪化する。

 その場合、「行うべき作業を列記し、項目に優先順位を記」すだけで、不思議と心が安らぐのである。たくさん重なった仕事を並べてみると、どうでもいい仕事や断ってもいいもの、他に任せるべきものが必ず出てくる。時間をずらすだけでもいい。不安になるのは、どこまでやればいいのかわからないことである。それが整理・整頓されるだけで癒される。

 したがって、「行うべき作業を列記し、項目に優先順位を記せ」も、整理・整頓の一部である。仕事はすべて、整理・整頓なのである。

結果の報告書 行動力基本動作10か条①

 仮の企画書(報告書)を作成しておけば、「質問する力」が生まれる

 むかし管理者養成学校で、「行動力基本動作10か条」を暗記したことがあった。電通の「鬼十則」のような、モーレツ社員としての心構えをまとめたものである。なかに理解に苦しむものもあったが、概ね組織の中で重要なことが示されている。
 すべての文言は覚えていないが、30年以上経っても、つぎの条項を肝に銘じている。

①ぐずぐずと始めるな、時間厳守。
②始めに結果の報告書を作成し、仕事の進行と共に空欄を埋めていけ。これを企画という。
③行うべき作業を列記し、項目に優先順位を記せ。
④行動の価値を決定するのは、所要時間と結果の良し悪しである。
⑤行動は命令者への結果報告によって完了する。やりっぱなしは何もしないよりまだ悪い。

 当たり前のようだが、これらを自覚しているのといないのでは、仕事に対する姿勢がずいぶん異なる。

              守り神

 とくに、②を初めて聞いたとき、目から鱗が落ちた。
 はじめに報告書を作成するといっても、捏造を薦めているのではない(ほんものの報告書は最後に提出する)。たいていの場合、企画(経営コンサルタントは診断)報告書において、記述する項目は決まっている。企画書(報告書)が必要な仕事の場合には、あらかじめ何らかの情報ぐらい持っている。その情報をもとに、想像力(妄想?)を働かせ、仮説としての「結果の報告書」を作成しておくだけである(最初やや面倒でも、結局は短い時間でいい仕事ができる)。

 仮説の企画書(報告書)は羅針盤である。初心者は、担当者へのヒアリングで、聞くことに困ることが多い。その場合、仮説の企画書(報告書)があれば、それが正しいかどうか確認するだけでいい。そして、空欄をどう埋めるか聞いていく。わからなければ、お互い話し合って知恵を出す。これが「質問する力」である。そこから独創的なアイデアが生まれる。ゼロからは何も生まれない。


 ここで大切なのは、仮説に固執しないことである。仮説はあくまで仮説である。たいてい、企画や診断を実施していくうち、つぎつぎ変更が出てくる。その都度、企画書(報告書)を変更しなければならない。その柔軟性がなければ、ストーリーありきで冤罪を作り上げる、警察や検察、いまの野党と同じことになる。
 だから頭が固い人は白紙で臨んだ方がいい。だがそのときは、④に反することは明白である。

セクハラ多発社会

 性にまつわる不祥事がなくなったら世の中がつまらなくなる

 TOKIOメンバーの一人が、強制わいせつで謝罪会見に追い込まれ、事実上芸能界を追放されることになった。「容疑」は、自宅に女子高校生に飲酒を薦め、酔ってキスしてしまったことだという。
 酔ってキスするくらいだれにでもある。相手によっては奇特な人と思われたり、祝福される場合さえある。たぶん相手が熟女だったら問題なかった。(やり方によるが)未成年だろうが、キスぐらいで大騒ぎになるのもおかしい。ほとんどの人はそう思っているはずだ(デビ夫人がそのような本音を言ったら、大炎上してしまった)。

 また、群馬県みなかみ町の前田善成町長(50)が、団体職員の女性に酔ってキスし、女性側は刑事告訴も視野に対応を検討しているという。こちらはたぶん、未成年ではない(熟女かどうかはわからない)。こうなると限界が分からなくなる。
 たしか昨年は、あわら市長が女性の足を舐めたことがばれ、辞職を余儀なくされた。

 その前には、財務省の福田次官。新潟県知事も、買春がらみで辞職する羽目になってしまった。いまや、芸能界やスポーツ界を問わず有名人は、虎視眈々と不倫やセクハラの気配を探られている。
 おそらくこれらは、氷山の一角である。昨年から欧米で流行している「METOO」運動が、日本にも広まったのであろう。

              円満仏

 これについて、武田邦彦氏は面白いことを言っていた。
 現代のセクハラは、女性が化粧や着飾ってオスを轢きつけるから起こるのだという。考えてみれば当たり前で、薄汚い女性に向けてのセクハラは表彰ものである。

 つまりヒト以外のほとんどの生物は、オスの性欲が強いのでメスなら何でもいい。どんな姿の悪いメスとでも交尾する。だが、ヒトはオスの性欲が弱くなってしまい、見てくれの悪い女性は寄せ付けない。それでは子孫ができないので、女性は濃い化粧や着飾って男性に働きかける。そこまでして、やっと6割くらいの男が結婚にこぎつける(そのあとあきらめる)。それでも3~4割の草食系男性は、一生独身で過ごす。

 さらに現代では、女性が強くなり社会に出てますます魅力度をアップする。エステへ行ってスタイルと肌を磨き上げ、厚化粧で男を刺激しようとする。そうなると、欲求の強い男はつい手を出してしまう。3割くらいの男性は我慢できない。そもそも、メスがオスを轢きつけているのだから当たり前である。

 だから、セクハラや性にまつわる不祥事は、金輪際なくならない。無くなったら世の中がつまらなくなるし、ますます少子化が加速される。いま表沙汰になっている人は、他の男性の犠牲になってくれたのである。

塩漬け預金

 金融機関には、受取先の無い預金や預かり国債がたっぷりと滴り落ちている?

 先日女房にしつこく勧められ、銀行預金を国債購入に回した。国債の取次会社のキャンペーンに釣られたようである。それはいいのだが、証券会社を通して国債を買っても、銀行預金のように通帳や証書があるわけではない。手元には何も残っていない。かろうじて、毎年の金利報告があるだけだという。

 そうなると、そのうち証券会社にお金を預けたかどうかわからなくなる。健忘症が進めば完璧である。通帳のありかさえ分からないのに、ペラペラはがきが重要とは思えない。まして私が死んだら、子供たちが目を止めることはない。10年もすれば影も形もなくなる。おそらく私が買った国債は、闇に葬られ、件の証券会社の資金源になる。お金の管理がずさんな人は多い。私の国債などたいしたことないが、日本中では膨大な金額になるはず。
 
              金が飛んでいく

 この低成長の日本で、証券会社や銀行が利益を挙げる手段は限られている。もともと日本では、経済成長分の利益はすべて、これら金融機関が吸収していた。証券会社の利用者は、経済成長分より手数料が高いということを知ってしまった。そのため、金融機関は売買手数料で儲けることができない。
 最大の稼ぎ頭を失った今、金融機関はどうやって食いつないでいるのか疑問であった。

 そこから、銀行や証券会社は、受取先の無い大量の預金や預かり国債のキャッシュで潤っているという疑惑が生まれる。1500兆円とも言われる個人の金融資産の10%でも、150兆円になる。実際はその数倍あるに違いない。それが毎年10兆円は増える。だからあんなに羽振りがいいのである(たとえば大手金融機関の企業年金など)。

 お金より信用力のない商品券でも、未使用分が平均8%ある(実態はそれ以上?)。どんなものにもロスはある。預金や国債は全体が膨大なため(5000兆円)、ほんの数パーセントでも相当な金額になる。それは必ずどこかに滴っている。もちろんトップシークレットである(あるいは公然の秘密?)。まさかと思うが、合理的に考えるほど疑わしくなる。否定すればするほど怪しい。金融機関はそれを誤魔化すのが最大の仕事だからである。

 もっとも、よく考えれば誰も損していない。気が付かなければ、知らぬが仏である。私のように、わずかの金額で右往左往する人だけが騒ぐのである。

中国のトイレ革命

 中国はトップの一言でここまで変わる。日本では総理の真剣な発言すらバカにされる

 中国で次々と、豪華で風変わりな公衆トイレが誕生している。
 きっかけは、習近平国家主席の「鶴の一声」である。観光部門が進めるトイレ革命の成果について、重要な指示を出したことかららしい。

 もともと中国の公衆トイレは不衛生だと不満が上がっていた。20年前になるが、私が北京にいたとき、道ばたのトイレはもちろん、有名デパートのトイレさえ入るには、一大決心が必要であった。だから、中国のトイレが綺麗になるのは素晴らしいことである。

            豪華トイレ H29.9.10

 「鶴の一声」で思い出すのは、毛沢東の「害虫」の一言である。
 中国の大躍進政策のとき、彼のこの発言でスズメの大量捕獲作戦が展開された。正式には「除四害運動」と呼ばれたが、スズメを大量に捕獲。北京だけでも300万人が動員され、3日間で40万羽のスズメを駆除したという。しかしスズメの駆除は、かえってハエ、カ、イナゴ、ウンカなど害虫の大量発生を招き、農業生産は大打撃を被った。大量の餓死者を出した大きな要因ともいわれる。

 いまの中国でも、習近平主席の一言で、すでに7万カ所近くトイレが建設されている。男子便器の前に液晶TVが付いたものや、便座カバーが自動交換できるもの、空中トイレなど、豪華絢爛なトイレがつぎつぎ出現している。
 さすがに習近平主席からは、やりすぎだとの抑制がかかり始めたとのこと。

                微妙なバランス

 トップの一言でここまでやれる国家はいいのか悪いのか。少なくとも、軍事や経済、AIやIOTの分野では、とっくにわれわれを凌駕している。一方でほんの隣には、(中国が反面教師にしている)まるで反対の国がある。その日本では、総理の真面目な発言すらバカにされる。単に憲法に一言加えるだけの改憲でさえ、闇に葬られそうな気配である。

 何も変えられない日本と、変わりすぎる中国。理想はその中庸にあるのだろう。

春まつり

 毎年、5月3,4,5日は、「おしんめさん」の春まつりである。氏子である我々は、なにかと忙しい(とくに何もしないのだが)。2年前から、交通整理役を引き受けており、今年も御鳳連行列の先導役を行った。

神輿出発 H30.5.05 御鳳蓮 H30.5.05 すれ違い H30.5.05 自画像

 幸い今日も晴天で、暑いくらいであった。若いときと異なり、日焼けの後遺症が残る。
 気温は30度近くにまで上がったのではないか。炎天下を朝9時から午後3時半まで、15キロ以上は練り歩く。交通整理で、先頭を行ったり来たりするので、その1.5倍は歩いたはず。さすがに疲労困憊である。

寂しい出店 H30.5.05 メインの繁華街 H30.5.05 馬も尻むく

 祭りの出店が極端に減ったのは寂しい。全部合わせても、ちらほら10店舗あるかないかである。2~30年前は、神社の回りや境内数百メートル先まで、びっしりと詰まっていた。人が来ないから屋台が減る。屋台が減ると人が来ない。商店街衰退の悪循環である。

同じ命なのに

 高齢になると、周辺環境や世界情勢などにマヒするかまったく関心が無くなる

 愛媛県西条市の福祉施設の浴場で、80代の男性2人が死亡していた。警察発表では、1時間後に測定したところ、浴槽の湯の温度は48度になっていた。だから死亡時はもっと高かった可能性がある。オームの修行を実践していたのではなく、高齢で感覚がマヒしていたのであろう。我が家の98歳の老人も、熱い湯に入りたがる。

 ところで、昨日の憲法記念日特集のNHKスペシャル「どうなる憲法論議」のなかで、憲法改正について街の声を拾っていた。8人が答えており、現在の憲法は変えるべきではないという人が4人。そのすべてが団塊世代以上の高齢者であった。逆に50才代以下の若い人4人は、柔軟な考え方をみせていた。

 高齢になると、周辺環境や世界情勢などに、まったく関心が無くなるからであろう。それに加えてTVメディアに洗脳され、感覚がマヒしている。まさに、福祉施設の高温浴槽で亡くなった人と同じである。浴槽の場合は、自分が亡くなるだけで済む。だが護憲を強調することで日本がおかしくなる。若い人を道連れにするのだけは、勘弁してもらいたい。
            東尋坊の断崖 H27.10.31
 一方で、駐車車両に幼児が放置され、亡くなるという事故が絶えない。
 先月26日にも、茨城県那珂市のショッピングセンターの駐車場で、母親らが買い物をしている間、生後3か月の男の赤ちゃんがぐったりしているのが見つかり、死亡が確認されたという。
 また、兵庫県加古川市では、1歳くらいの女児が乗用車にひかれて死亡したという。車を運転していたのは女児の母親で、自宅駐車場から道路に車を出そうとした際に接触。車の右前にいた女児に気付かなかったという。

 子供が事故で亡くなったニュースは、聞くだけで悲しくなる。少しの不注意で、自らわが子を手にかけてしまった親の気持ちは、想像したくもない。

みっともない憲法

 「みっともない」という人を認めない人こそみっともない

 憲法改正を拒もうとする人たちが、国会を機能停止にしている。国会がおかしな問題に乗っ取られ、憲法問題がどこかに飛んでしまった。今朝の新聞も、改憲反対の社説一色である。その「護憲派」の一人である保坂正康氏(ノンフィクション作家)が書いた記事を見て、いささか憤りを思えた。

 彼は新潮45の2月号で次のように述べている。
 ≪憲法改正を論じる人たちが、あまりにもあっけらかんと「占領憲法」とか「押しつけ憲法」はては「みっともない憲法」と口にするのに驚く。このような論には肝心の点が抜け落ちている。先達に対する畏敬の念である。 ~中略~ 平気で前述のような言を口にする人とは、論議そのものの必要性を認めない。そういう人たちの歴史観は、先達を冒涜しているだけでなく、彼らに非礼を働いていることさえ意識していない。歴史を語るときは先達を侮辱するなといいたい。≫

 つまり幣原喜重郎、吉田茂をはじめ当時の議会は、現在の憲法の前文を作成するのに、前向きな字句を入れるよう要求しており、昭和天皇をはじめ多くの人々も、新憲法制定に尽力していた。だから、安易に現行憲法をいじくるなといいたいのである。
            みっともない顔
 歴史の大家である保坂氏に反論するのはおこがましいのだが、黙ってはいられない。
 まず、「占領憲法」とか「押しつけ憲法」はよく聞くが、「みっともない」という声は聞いたことがない。あったとしても、先達が尽力したことと、現実に「みっともない」ことは関係ない。
 また「占領憲法」とか「押しつけ憲法」というのは、はたして無礼なのか。現に今の憲法は、意味不明な文だらけで、我々には解釈できない。みっともないという声も間違いではない。憲法がみっともないことと、先達に対する冒涜とは異なる。当時よくてもいまはみっともないのである。

 こういう人に限って、先達を侮辱している。
 先達に対する畏敬の念を持つなら、当時の日本軍に対しても、畏敬の念を持つべきである。少なくとも、欧米列強が日本を潰そうとしている中で、命を懸けて戦ったのである。侵略したとかしないというのは、戦勝者の価値観である。それまですべての国は、侵略で成り立っていた。
 「みっともない」という人を認めない人こそみっともない。だから保坂氏のような専門家は信用できないのである。

高齢者の最低賃金

 安い賃金でも、すべての人が働けば移民なしで日本社会が成り立つ

 つい最近まで、高齢者でも最低賃金法は適用されるのかと思っていた。障がい者はともかく、高齢者が時給200円で働いているなど、聞いたことがなかったからである。それどころか、議員をはじめ天下り組織や会社役員など、高齢者ほど優遇されている。
 したがって本ブログでもさんざん、高齢者には最低賃金を適用すべきではない、と書いてきた。

 すべての高齢者が働けば、人手不足などあっという間に解消される。働く人が増えて、世の中にたくさんサービス事業が増えれば、我々の暮らしは豊かになる。日本人は昔から、家族労働で1日中働いてきた。

              すっかりうば桜

 じつは、高齢者も最低賃金以下で働くことはできるのである。
 厚労省のHPには、「一般の労働者より著しく労働能力が低いなどの場合に、最低賃金を一律に適用するとかえって雇用機会を狭めるおそれなどがあるため、軽作業や労働能力の低い労働者については、使用者が都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、個別に最低賃金の減額の特例が認められている」と謳っている。

 それなら積極的に、この制度を活用すべきである。
 福井県では、地域別最低賃金額は778円(H29.10.1)、機械製造業で844円である。こんな「高い」賃金では、生産性の低い業種は成り立たない。閑古鳥の鳴く店も、「山の枯れ木」として賑わいを演出している。1杯100円のラーメン屋の店長も雇えない。自給10円なら、介護を受けている人でも働ける。働きの悪い年寄が高い報酬を受け取ると、そのぶん若い人が苦しむ。
 安い賃金ですべての人が働けば、移民なしで日本社会が成り立つのである。 

 問題なのは、私のギャラが毎年カットされていることである。これだけは困る。なにごともバランスである。

没落したメディア

 朝日新聞に洗脳されたわれわれ団塊世代はまだしぶとく生き残っている

 メディアが、ますます異常さを増している。つい最近も、セクハラ「疑惑」だけで、官僚トップの財務次官を辞職に追いやり、さらに大臣の首まで要求している。尻馬に乗った野党は国会審議をボイコットし、国民の生活改善が滞っている。あろうことか文部大臣のヨガ通いまで問題にするなど、ここまでくればビョーキである。
 そのため、新聞全体の発行部数はピーク時から約20%、朝日新聞に至っては30%以上減少した。

 では、なぜここまでメディアがおかしくなってしまったのか。
 迷走メディアの総本山は朝日新聞である。この新聞は、地方紙だけでなく他の全国紙や放送局など、リベラル系メディアのシンボル的存在で、わが地元の福井新聞もほぼ同じようなスタンスで情報を発信している。
 朝日新聞が荒廃した理由がわかれば、なぜ多くのメディアがここまで没落したのかがわかる。

 これに関し新潮45の4月号に、宇佐美典也氏(コンサルタント)が「形骸化した反権力メディア」と題し、朝日新聞の批判記事を出していた。なぜこんなおかしなことになってしまったのかを、客観的に論じている。
               卍
 周知のように朝日新聞は、戦争を煽った戦前の反省から、戦後「護憲・親米」の国際体制の優等生に一転した。東大法学部を根城にした「護憲ムラ」の広報部門となる。やがて戦後講和条約をめぐって「全面講和」を唱え、ここから「護憲・反米」を頑なに守るようになった。これは、岸~佐藤栄作首相の核武装強硬派の「暴走」を抑え、米国にさえ歓迎されていた。

 異常が表面化したのは、1970年代に本多勝一氏の「中国の旅」が連載されてからである。非人道的な日本軍という根拠のない史実を、これでもかとまくしたてることで、日本人に「自虐史観」を刷り込むことに成功。その後も韓国の「慰安婦」をはじめ、つぎつぎとフェイク記事を出し続けてきたのはよく知られている。

 さらに、21世紀に入り中国が台頭してからも、「護憲・反米」という時代遅れのスタンスを続け、ますます現実感覚から遊離してしまった。朝日新聞のような大きな組織は、状況が変わっても舵を切ることが難しい。むしろそのスタンスを中国に付け込まれ、いまや工作員の巣窟となってしまった。 
                無題
 現在は周知のように、長年の自民党批判が染みついてしまい、抜き差しならなくなっている。「権力に過剰に厳しく反権力には極端に甘い」が高じて、「安倍叩きが社是」といわれるまでの偏向ぶりである。

 その朝日新聞に洗脳されたわれわれ団塊以上の世代が、まだしぶとく生き残っている。癌化した細胞が日本中に転移したようなものである。直すには、熱湯を浴びるか強烈な放射線に晒すしかない。