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5年の節目

 今日で、本ブログ継続5年目となった。

 最初、1か月でいいと思っていたのに、半年から1年~3年と伸び、まさかの5年目である(ブログ本数は今日が1998本目)。ここまで生きていることさえ想像できなかった。あと数か月で古稀を迎える。

 これも、拍手していただける方のおかげです。
 ありがとうございました


            あっぱれ H28.12.5   

 ただ5年も続けたのに、いっこうに慣れない。1000字の文は、相応の気力とそれなりのネタが必要である。頭が昼行燈では1行も書けない。まとまった文を書く難しさは、最初から変わっていない。老化が進んでいるからであろう。

 だから書くのをやめたら一気に惚ける。いまも頭のなかはお花畑である。
 もう私の周辺、桜通りは満開に近い。
            桜通り満開 h30.3.30
 今日はこれから京都へ花見旅行。来週は福井の桜が満開になる。
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議員の質問する力

 証人喚問は、最初の丸川議員の「クローズド・クエスチョン」がすべてであった

 27日の佐川氏証人喚問において、質問に立った丸川議員の評価が分かれている。
 丸川氏は、森友文書改ざん問題で佐川氏に対し「総理からの指示はありませんでしたね」「念のために伺いますが、総理夫人からの指示はありませんでしたね」と聞いた。いずれも佐川氏は「ございませんでした」と短く答えたが、この「ありませんでしたね」という否定形の質問が誘導尋問だと言われている。

 丸川質問に、肯定的な人は
 ≪単刀直入で簡潔な質問なのに何が悪いの?≫
 ≪佐川前長官に証言拒否させないように言葉にも注意していた≫
 ≪佐川が先に「首相官邸などの指示はない」と証言し、それを受けて丸川が「など」の部分を詳しく確認しただけって話があったけど≫
 ≪問題の一端を明らかにした的確な質問だろ≫
 ≪丸川議員は真正面から丁寧に質問していた≫

 一方の、否定的な人の記事やコメントを見ると、
 ≪全容解明も真相究明もする気がまったく感じられない茶番の尋問≫
 ≪国民が納得しない≫
 ≪追及より確認してる印象だった≫
 ≪この方の質問は、首相と夫人が関係なかったことだけをアピールしてることは誰の目にも明らか。≫
 ≪こいつのしゃべり方めちゃくちゃ胡散臭い。≫
 ≪丸川氏も質問がアホ過ぎて、観てられん。≫
 ≪真相究明よりも自分の見せ場をいかに良く見せるかしか考えてないというのがよくわかる光景だった。≫
             無題            
 これはどうみても、肯定する側のコメントのほうが論理的である。
 否定的な人のコメントは、やけくそで感情的なものでしかない。丸川氏が、自分たちのストーリー(政権の悪事)と反対の言葉を引き出してしまったいらだちである。「国民が納得しない」のでなく、ある勢力の人たちが納得しないだけである。
 
 証人喚問は、「事実を問いただすために証人を呼び出すこと」である。
 その証人喚問を、吊るし上げの場にしてはいけない。「ありませんでしたね」が誘導尋問なら、「これでは証人喚問の意味がない」、「改ざん責任をどうとるのか」などといった恫喝や「明恵さんの名前を見たときにどう思いましたか」というひっかけ質問の方がはるかに誘導的である(憲法38条違反は明白)。

 また野党議員の質問に、佐川氏が「刑事訴追の恐れがあるから」という言葉を55回も連発し、証言拒否したことが批判されている。だが質問するほうも、「刑事訴追の恐れ・・」というのはわかっていたはずである。同じ言葉を何度も言わせるということは、同じような質問を55回も繰り返したからである。野党の質問こそレベルが低い。この質問する力と議員の質とは比例する。
 
 というよりこの証人喚問の肝は、最初の丸川議員の「クローズド・クエスチョン」で、すべて終わってしまったのである。丸川氏も後半は、時間を持て余していた。野党も具体的なタマ無しでは、「真相究明」につながる言葉を引き出すのは難しい。
 これで幕引きしないなら、それこそ国政史上に残る恥さらしである(すでに落ちるところまで落ちているのだが)。


 あの証人喚問では、野党の無様さが目立つと同時に、話していいことといけないことを見事に切り分けて答弁した、佐川氏の明晰さだけが際立っていた。

地獄の体験談

 社長の怒鳴り声が響き渡るようになるには、それほど長い期間必要でなかった

 30代のサラリーマン時代、管理者養成学校というところで「地獄の訓練」を受けたことがある。全泊13日間の完全合宿で、みっちりと「管理者」としての心構えと、言動を仕込まれる。


 私の所属する会社は、まず中堅社員2名を派遣した。
 何があったのか、研修から戻った2名は、その立ち居振舞いが一変していた。態度に自信があふれている。声も大きく、はっきりとしゃべるようになった。それを見た社長は、幹部社員35名すべてを派遣することにした。2人ずつ交代で約1年がかりである。
 交通費含めて1人30万円はかかる。派遣費用だけで、1000万円以上の出費である。そのうえ2週間も仕事から離れる。

 私が不安とともに、入校したのは昭和57年の春GW直前であった。56豪雪の排雪が、福井城址の内堀に山と積まれていたのを思い出す。
 富士山のふもと、富士宮駅からバス30分で訓練所に夕刻到着。バンガローが並ぶキャンプ場である。これから何かが始まる。訓練日数が13日間、全参加者130人、そして1班あたり13人という数字も不気味である。
            富士山H25.2.24
 訓練は翌朝、怒号の飛び交う入校式から始まった。大声だから、度肝を抜かれる。
 「座布団を踏むな!」
 「動作が遅い!」
 「声が小さい!」
 集団効率を上げるため、行動はすべて軍隊式でやる。竹刀を持った教官が睨みをきかせている。訓練参加者は私と同年輩、30歳前後の中小企業の中間管理職である。

 訓練目的は、ビジネス上のルールを理解し、効果的に自分の意見を主張し、部下を指導できるようにすることである。自覚しないまま訓練に望んでも、いっとき声が大きくなるだけで、得るものは少ない。
 訓練期間を通して、次の事項を体得する。
 ①正確な発音で、大きな声で話ができること。
 ②きちんとした挨拶ができること。
 ③行動の規範を自分のものにしていること。
 ④ビジネスルールの方向性を知っていること。
 ⑤人前で臆しないこと。
 ⑥話の組み立てができること。

 そのための実践訓練と個人別にテストが繰り返される。そのテストに合格することによって、これらを体得することができるはずであった。
 基本は発声である。訓練期間を通して常に大声を要求される。テストでも、声が小さくて感情が入っていないと容赦なく失格となる。たとえばドラマ訓練では、ある場面に合わせ表現力豊かに朗読する。そのほか、スピーチ、報告、歌唱訓練とそのテスト風景は、知らない人が見ると異様である。
 大きな音が苦痛な私には、この大声を出すことが難しかった。

 記憶力も必要であった。
 「行動力基本動作10か条」という、箇条書き文を暗記する訓練がある。電通の「鬼十則」を具体的にしたようなもので、モーレツ社員としての心構えをまとめたものである。これを1字1句間違わず暗記し、これも大声で発信する。

 また実務として、手紙の書き方や言葉での道案内訓練が役に立った。正式な手紙の書き方は納得できたし、道案内される本人の立場に立った誘導方法は新鮮であった。マナー教育すら受けたことがなかった私には、参考になることが多かった。
 訓練期間の最後に、テーマと内容を与えられたスピーチに合格して卒業する。字数で3~4,000字、時間にして6~7分の内容のものを、3つ短時間に覚える。

 楽しい訓練もあった。
 20キロおよび40キロの夜間歩行訓練は、私にとってはハイキングである。体力のない老人には苦役でも、30代の若者にとっては息抜きであった。

 悪名高かったのは、セールスガラスという歌唱訓練である。人通りの多い富士宮駅前で、大声で身振りを交えながら歌う。人前で何でもできる度胸をつけるものである。訓練生はこれを恥ずかしげもなく歌う。
 だがこれは度胸や能力がついたわけでもない。異様な雰囲気の訓練校の中にいたからこそできた。意識の問題である。帰属意識が嵩じれば、個人はなんでもするという好例であった。ほとんどの訓練がこれに近い。仲間がいなければあんな行動はとれない。
            獅子奮迅
 ともあれ私は130人中49番目(声の小さい私には精いっぱいだった)という成績で、無事に13日間の訓練を終えた。一時的に、自分の行動が変わったのは事実である。管理者が入れ替わり参加していたため、会社には半月ごとに訓練終了者が返ってくる。いつもはいい加減だった上司が、こわもての大声で指示してくる。会社内は、緊張感で引き締まっていた。


 残念ながら、それも時間の問題であった。
 「あれだけ費用をかけたのに、なんだこの有様は。」
 という、社長の虚しい怒鳴り声が響き渡るようになるには、それほど長い期間は必要でなかった。

真相は複雑怪奇

 千日手は、仕掛けたほうが辞めるのがルール。無間地獄は文書改ざんより破滅的である

 北朝鮮のトップが中国を訪問。極東情勢が大きく変化する。
 それなのにすぐ隣の国では、モリカケというまことにつまらない問題で、内閣が引きづり回されてている。

 その騒ぎの一環で、昨日のマスコミニュースは、佐川元理財局長の証人喚問でもちきりであった。TV中継をすべて見たわけではないが、佐川氏の理路整然とした答えと、質問する議員たちの戸惑い発言との対比が際立った喚問であった。野党の質問者が吐く捨て台詞も見苦しかった。「ますます疑惑は深まった」という言葉は、あくまで個人的推測である。そんないい加減なものがTVで流れ、視聴者にすり込まれてしまう。

 この証人喚問を見ても、政治家の直接介入がないことは明らかである(あったとしてもどうしたというのか)。一連の事件は大まかに、役人が籠池氏のしつこい恫喝に負けてしまい、野党・マスコミのパワハラ追及との狭間で、苦し紛れに報告書を修正してしまったと考えるのが自然である(同和利権がらみならほんとのことを言えない)。あげく自殺者まで出した。いくらなんでも、この責任を安倍首相夫妻に押し付けるのは無理がある。

 野党やマスコミは、自分たちに都合のいいストーリーをつくり、答弁者が根負けするよう仕掛けている。シロをクロというまで承服しない。籠池氏のような山師、佐川氏のような高級官僚を除き、普通はまともに答えることができない。まさに冤罪づくりである。こんなことができるのは、なりふり構わず因縁をつけてくるゴロツキ精神を持っているからである。
               妖怪 唐変木               
 今回の証人喚問でよくわかったことは、野党や左翼マスコミは、事実などどうでもいいのである。自分たちの主張するストーリーだけが「真実」であって、それに反する証言や事実があってはいけない。

 こんな根拠の無いストーリーに固執する限り、いつまでたっても終わりがない。必ず冤罪を生み出す。そもそも真実は一つではない。歴史の解釈・認識も国によってまるで異なる。慰安婦問題をはじめとした、中国・韓国との歴史論争とまったく同じである。世の中の事実は、人知の及ばない複雑な世界である。

 さて、どうしたらいいのか。
 千日手は、仕掛けたほうが止めるのがルールである。止めなかったら国民を無間地獄に落とす。文書改ざんよりはるかに破滅的である。日本が世界の中で、まれにみる平和な社会を築いてきた「鶴の恩返し」の教訓を忘れてはいけない。

すべては膨張する

 あらゆるものが膨らみ、どうしようもなくなったところでガラガラポンが起こる

  ISO9001(品質マネジメントシステムの国際規格)の最新版、「ポケット版対訳ISO9001(2016年2/6発行)」は、452ページもある。このポケット版は、多くのISO9001の関連業務をしている人が保有している。(4~5千円するが)私も20年前から持っており、規格が新しくなるたび買い替えている。

  自宅にある歴代の旧版を調べてみた。
  1994年版(1999年発行)は、236ページ。
  2000年版(2001年発行)は、255ページ。
  2008年版(2009年発行)は、302ページ。

 版を重ねるごとに分厚くなっており、いま最初の2倍近くにもなった。大きさは180×108と、B6よりやや小さいので、最初は手軽に持ち運べた。ところがいまの版は、厚さが20ミリもあるしそれなりに重い。よほど大きなポケットにしか入らない。 
            また積もった H30.2.13
 版を重ねるごとに分厚くなるのは、これだけではない。毎年発行の日本経営品質協議会の基準書やガイド書も、どんどん分厚くなって保管場所に困る(だからやめた)。経産省の「ものづくり補助金」も、最初39ページだった公募要項が、5年後のいま83ページに膨らんだ。「小規模企業持続化補助金」の公募要項は、95ページもある。
 ここまでくると、その制度そのものの専門家が必要になる。
 
 もちろん、あらゆる法律も同じである。毎年国会では、ややこしい法律や規制がどんどんつくられる。もはや弁護士でさえ、すべての法律に精通している人はいない。その上、通達、ガイドライン、など箸の上げ下ろしまで微に入り細に入り規定される。
 宇宙が膨張するのと同じように、すべては膨らむ。エントロピーの法則である(豪雪が消えたのは状態が変わっただけである)。


 法規制はこのエントロピーを抑えようとするものだから、原理的に矛盾している。
 なにか事を起こす人は、必ず何かの規則に引っかかるようになった。まったく法規制違反なしで一生過ごす人は、なにもしなかった人である。

 このまま法律や規則がどんどん膨らんでいくと、おぞましいことが起こる。
 その国ではすべてが停滞し、規制を柔軟に活用する国に侵略される。したがって、ガラガラポンするしかない。世界中で定期的に革命や戦争が起こってきたのは、この矛盾を解消するためであった。

 人間も増えすぎた。いまや核保有国が多すぎ、大戦争ができなくなったのは、人類最大の危機である。

270年前の「回復」

 原爆を2発も落とされた国は、どこよりも「回復」する権利を持っている

 明治維新のとき、官軍と賊軍に分かれて内戦が行われた。欧米列強が虎視眈々と日本を狙っているなかで、なぜ国内で争わなければならなかったのか。それが不思議だった。徳川慶喜が大政奉還をして、江戸城を無血開城した。それで充分ではないか。そこから先は余計であったろう。とくに会津白虎隊の悲劇は、日本人の心を揺さぶる。

 これについて、先週のフジTVプライムニュース「靖国西郷合祀論」で、歴史作家の堀雅昭氏は、戊辰戦争は「長州藩を中心とした回復(復讐)であった」と述べており、目から鱗が落ちた。すなわち長州藩は、戊辰戦争を遡ること270年前、関ヶ原の戦いで敗軍の将となった毛利藩の系図である。毛利氏はあの一度の戦いで、領地を縮小され辺境の地へ押し込められてしまった。その後も外様大名として苦労させられた。天皇家により近い立場の毛利氏が、田舎侍の徳川家になぜここまで貶められるのか。その恨みが、270年を経て徳川家に近い会津藩へ向けられたのだという。

 パレスチナ問題を典型例として、多くの出来事は、それだけが独立して発生したのではない。たいていなにか歴史的な背景がある。いくら理不尽だろうが、「(植民地となった恨みは)千年経っても忘れることはない」のである。
            戦うサル
 しかしどうも胡散臭い。多くはこじつけではないか。ことを起こす人たちは、歴史的背景を利用しているだけのような気がする。どんなことでも大義名分として利用すればいい。そのうえ歴史を物語として綴っていくと、因果関係が分かったような気になる。知らない人が聞くとおもしろい。歴史の薀蓄を語れば、まちがいなく一目置かれる。


 では、日本も歴史をうまく利用したらどうか。これまでの世界歴史のなかで、原爆を2発も落とされた国は日本だけである。そのうえ押しつけ憲法で洗脳させられ、国連常任理事国になれないなど、何かと理不尽な扱いを受けている。(中国・韓国と違い)口には出さないが、その恨みは1万年経っても忘れない。だから核兵器を使う権利のある国は、世界中で日本しかない。日本が核兵器を持てない、という選択肢はまったくないのである。

 表面に出さなくてもいい。日本人はこのことを胸に秘めておくべきである。世界にとって不気味な存在となる。
 いま敗戦から70年。日本の回復は、あと200年後である。

春祭り

 こんな平和な日本に生まれたことを感謝すべきなのであろうか

 今日、町内で祀っている稲荷神社の例大祭が行われた。町内の人が半分でも集まる機会あまりない。
 言い伝えによると、400年前に福井城主である次男の結城秀康のため、家康が浅草寺から分家したらしい。
 現在の建屋は戦災後のもので、50年になる。今冬の豪雪で潰れるかと思ったら、屋根が破損しただけで済んだ。それでも修理に15万円かかった。2つある鳥居はいずれもぐらぐらで、倒壊は時間の問題である。これまで数十年も続いていた来賓も途絶えた。維持管理はすべて町内負担である。ほんとは誰かにのしをつけて差し上げたいのだが。

            玄武稲荷例大祭 H30.3.25

 桜の開花予想は、福井では4月1日である。来週からしばらく、桜を楽しむことができる。すでに関西方面では先週開花したという。今日あたりは満開であろう。

 それなのに政治の世界では、性懲りもなくモリカケ問題で騒いでいる。今朝のTV政治番組も、森友一色であった。口角泡を飛ばし、こんなことを議論している政治家や評論家のバカ面をみると、あきれてものが言えない。他の難しい論点を避けているだけである。それとも(こんなものが大問題になるような)平和な日本に生まれたことを感謝すべきなのであろうか。

春の訪れ

 雪の下で虐げられていた庭の木々が、なにごともなかったように立ち誇っている 

 春分の日が過ぎ、ようやく春を感じられるようになった。花粉症も少し治まった。冬の間、あれだけ雪の下で虐げられていた庭の木々が、なにごともなかったように、ピンピン立ち誇っている。植物の生命力はみごとなものである。苛めれば苛めるほど、たくましくなる。くしゃくしゃに折れた枝も、いつの間にか生えそろっている。
            すべて雪の下に埋もれていた
 雪が無くなると、タイヤ交換である。
 交換作業だけで40分。そのあとタイヤを洗った時間を入れると、約1時間の作業である。夏タイヤ→冬タイヤの交換より、重い冬タイヤを組まないだけ楽である。正味作業40分。うち半分以上休息である。ジャッキアップ4回とダウン4回、ねじ外しとねじ締め回数が合わせて32回。それにタイヤの運搬。そのたびに息が上がって、とても連続してできない。

 スタンドなどで交換サービスを利用すると、4本で4~5000円。その場合でも、4本のタイヤを運び込まなければならない。積み下ろしの手間を含めたら、自分で交換したほうが楽である。
             三途の川
 我が家の98才の老人も、長い冬眠から目覚めた。今年の厳しい豪雪で、まったく外出できなかった。冬の間、メシ・フロ・トイレ以外は布団に籠っていたのが、数日前からそろそろ動き始める。自転車での徘徊もはじまった。家では、2回に一度鍋の空焚きをする。それなのに、出かけて数時間すると必ず戻ってくるのが不思議である。さすがに年貢の納めどきかと思ったら、まだ先は長そうである。

国のリーダー

 国民が盛り立てなければ、リーダーは変化に対応できず不幸になる

 佐藤優氏は、いまの世界のリーダーを3つに分けている。
 もっとも強力なのが、独裁国家のトップである。北朝鮮や中国のリーダーは、ほぼ絶対的な権力を持っているか持ちつつある。いまの変化の激しい世界では、もっとも敏速に対応できる。

 それに対し、日本やイギリスのような議会制民主主義国家のリーダーは、なにかと不安定である。なにか決めようとしても、必ず反対に会う。安倍首相も、憲法改正を持ち出した途端、つまらないことでいちゃもんをつけられている。例外的にドイツのメルケル首相は7年務めているが、脱原発と移民政策でポピュリズムに走り、にっちもさっちもいかなくなった。

 中間が、アメリカのトランプ氏やプーチン氏である。いずれも直接選挙で選ばれた大統領制で、それなりの権力はもっている。黒いうわさはいくつもあるが、本人はどこ吹く風である。
            諏訪大社の一物
 この3つのタイプで、どれがいいか。
 やはり中庸であろう。個人的な好き嫌いは別として、プーチンやトランプをトップに持つ国民は幸せである。金正恩とか周近平はいきすぎである。終身制で、いつ終わるかわからないのは困る。


 日本のリーダーは、制度的に絶対権力はもてない。だから、国民が盛り立てていかなければ、世界変化に対応できずみんな不幸になる。いま日本では、その反対のことをやっている人が多い。
 世界が安定・平和な時代なら、いくら足を引っ張ってもよかった。そのことで、独裁・暴走を抑えられる。ルーピーのような逆走政治家でもごまかすことができた。
 いまは少なくとも10年、リーダーを任せるべきである。

フェイクニュース

 事故が起きることを熱望しているから、「見たいものが見えてしまう」のである

 沖縄タイムスは、21日のYAHOOニュースで「米軍嘉手納基地周辺の上空で、F15戦闘機2機が異常接近した様子が確認された。」と報道した。その際、後方から近づいた1機が、空中で機体背部の板状の制動装置「エアブレーキ」を作動させて速度を落としたという。

 これについて沖縄タイムスは、元空将補だという「識者」に、「着陸時の減速で使うエアブレーキを空中で使うのはあり得ない。他の方法では間に合わないくらい危機が迫っていたとみられる」と語らせている。
 いかにも沖縄上空で、大事故が起こる寸前だったかのような記事である。いくら偏向新聞でも、記事に「識者」とか「専門家」と書かれると、つい信じてしまう。
            F15J4機編隊 H29.10.09
 しかしこの記事をみた本物?の識者は、つぎつぎと元空将補の発言を否定している。現役あるいは元パイロットだったという人たち(これもわからないが)は、ネットでつぎのようにコメントしている。

≪エアブレーキは、場面によって普通に使用します。グライダーも旅客機も場面によって、スポイラーと言う名前の違うエアブレーキを通常操作の中で使用します。なぜそんなに大騒ぎするのか、・・≫

≪ジョインナップ(空中集合)するときは普通に使いますよ。特に早くジョインナップしたい時にはとても役立ちます。識者?には失礼ですが、乗った経験がないとわかりませんよ。≫

≪~こちらの記事にある「空中で使うことはあり得ない」というのは嘘だと断言します。
また、異常接近と言いますが、戦闘機操縦者は、翼端間隔が数十センチというレベルまで近づくことが出来ます。~≫

≪ここで言っている「エアブレーキ」は、普通「スピードブレーキ」と言って、着陸時だけでなく、上空では普通に使うもの。「着陸時の減速で使うエアブレーキを空中で使うのはあり得ない。」とか、どシロートもいいところ。≫


 これらコメントの内容を読むと、どう見ても、沖縄タイムス記事の方がフェイクである。記者は、事故が起きることを熱望しているから、「見たいものが見えてしまう」のである。
 文書、そして専門家を信じてはいけないことがよくわかる事例である。

内閣総辞職の悪夢

 日本のためには死ぬまで働いてもらうしかない。死ぬ気になれば日本は立ち直る

 安倍政権の支持率が大幅に下がってきた。中身のないイメージ操作だけで、ここまで下がるのだから恐ろしい。してやったりと思っている人は多いだろう。工作員そして、野党やマスコミによる「安倍憎し」の一途な思いが、政権をここまで追い込んだといえる。

 マキャベリは、「君主は憎まれてはいけない、恐れられる存在にならなければならない」という。ほんとの君主になるのなら、恐れられる存在にならなければならなかった。いまの批判勢力は、安倍首相を憎いだけである。怖がっていないことが、問題であった。
 プーチンや金正恩まで行かなくても、わけのわからないことを言う輩には、恐怖を与えなくては大きな仕事はできない。2~3人行方不明になるくらいでちょうどいい(じつは森友問題の裏には、異なる恐怖の存在があると言われている)。
            トリカブト満開 H28.8.19
 しかし、総理自身の本音は、辞めたくてどうしようもないのではないか。在位5年を超え、それなり実績も残した。中高年がこれだけ激務を続けて、無事でいられるわけがない。不肖私が、会社を廃業したときのように、健康状態には相当異変が起こっていると思う。このまま続けたら、間違いなく寿命を損ねる。

 もっとも野党が求める総辞職をしても、同じ口で「無責任内閣」と言われることは目に見えている。責任をとらない人は、批判しかしないからだ。自分たちが政権をとっても、うまくできないことも自覚している。現に、安倍総理のあとのリーダーを考えると気が滅入る。またルーピーやイラ缶、泥鰌ではお先真っ暗である。

 日本のために、現総理は死ぬまで働いてもらうしかない。死ぬ気になれば日本は立ち直る。

国家間の信頼

 米国が北朝鮮との中途半端な妥協をするくらいなら、核戦争もやむをえない

 米国は日本の重要な同盟国である。とくに、米国トランプ大統領とわが安倍首相は、大統領当選後ただちに面会するなど、なにかとウマが合っている。常に連絡を取り合っているといわれ、「100%一体である」と強調している。このトップ同士の信頼関係のもと、日米同盟は揺るぎないと思われている。

 したがって、トランプ大統領が5月に行う北朝鮮との首脳会談では、日本に不利な条件での妥協はしないはずである。そのように日本国民は期待している。中途半端な交渉で、北朝鮮が日本向けの核ミサイルを持ったまま核開発を凍結する。これが最悪の条件である。まさかそんな裏切り行為はしないというのが、大方の日本国民の考え方である。
            馬 輪
 しかしいかにもそれは甘い。
 信頼とか信義は絶対的なものではない。とくにトランプ大統領の言動は、マキャベリの格言を地で行っており、一般の人々の考え方とはまるで異なる。このことは佐藤優氏が、中央公論2月号で書いている。

 マキャベリはつぎのような言葉を残している。
 「君主は愛されるよりも、恐れられる存在になるべきだ」
 「君主は憎まれてはいけない、恐れられる存在にならなければならない」
 「君主は必ず悪評が立つと覚悟しておかなければならない」
 「君主たる者、けちだという評判を恐れてはならない」
 
 したがってこれからも、マキャベリの格言に沿って、つぎのような政治原則を適用すると考えた方がいい。

 「偉大なことをしたいと考えるなら、権謀術数を習得せよ」
 「裏切りや悪行はいちどだけなら許される」
 「信義を守ることなど気にしなかった君主のほうが、偉大な事業を成し遂げている」


 安倍総理とのトップ同士の信頼関係・信義は、一時的に国民を安心させるための、まやかしと考えてもいい。米国と北朝鮮の交渉では、日本の国益は無視される。北朝鮮は日本への中距離核ミサイルを持ちながら、米国へのICBM開発だけを凍結する。米国はこれで充分である。つまり日本は、未来永劫北朝鮮の圧力下に置かれる。南北朝鮮の統一がなされれば、核を持った大きな国が日本の隣に出現する。

 もしこのことが避けられるなら、核戦争もやむを得ない。少なくともその覚悟は必要である。それができるなら、安倍総理は歴史に残る、偉大なリーダーとして尊敬される。
 いっときの混乱が治まれば、新たな日本が生まれる。

ほんとの問題はなにか

 森友問題の本当の問題は、騒ぎをどんどん大きくしたことである

 国会で大騒ぎになり、内閣支持率を急落させている、「森友文書改ざん」問題。いったい何が問題なのか。
 この問題のきっかけは、安倍首相が国会で「私や妻が土地買収の件で関与していたとしたら、国会議員を辞める」と断言したことから始まった。いま野党やマスコミが騒いでいるのは、首相や夫人が悪いことをしたからではない。単に「関与」したかどうかの一点にかかっている。これは加計学園問題にも言える。賄賂も票も関係ない政治家が、学園設立に尽力したとしても、そのことが罪になるわけではない。むしろ、それこそ政治家の務めである。

 首相がここまで断言したのだから、まず首相自身の関与はないと考えるのが自然である。だがいくら夫婦といえ、妻の行動すべて把握できるはずはない。あそこまで大見得を切ったということは、よほど妻を信頼している。ふつう政治家なら、「妻の細かい行動にまで責任を持てない」と逃げを打つ。私でさえそう思うのだから、狡猾な政治家なら言質を取らせない。
            いわざる
 首相が妻を信頼し、熾烈を極める国会の証人喚問から守ろうとする姿勢は、並みの人ができることではない。多くは妻を差し出すことで、乗り切ろうとする。
 野暮な野党やマスコミは、その一穴を狙い猪突猛進している。政権攻撃だけが目的である(そもそも「関与」は悪いことではない)。まるで大人げないし、これこそ国民無視の逆走ではないか。国会審議が中断し、来年度の予算や風雲急を告げる北朝鮮情勢が、蚊帳の外に追いやられている。これで得をする国は限られている。
 
 したがってこの森友問題のほんとの問題は、このつまらない出来事を、ここまで大きな騒ぎに拡大させてしまったことである。騒ぎが大きくなればなるほど、役人も細かいところを取り繕おうとして、文書書き換えにも手を染める。
 だれが騒ぎを大きくしたのかは、言わずもがなである。
            どうでもしてくれ
 (たとえは悪いが)不倫など不祥事のあとの記者会見で、「お騒がせして申し訳ありませんでした。」という責任者の言葉をよく聞く。この謝罪の仕方はおかしい。騒ぎを拡大したのは本人ではなくマスコミだからである。しかも騒ぎで一番迷惑を被ったのは、不祥事を起こした組織や本人である。
 ほんとうは、「お騒がせして・・・」に続けて、「それでも、世間を騒がしたのは私たちではありません。」と言いたいのである(それこそ大炎上するが)。

病気の季節

 お化け同士が病気の話をしている姿は、現代日本を象徴する時代絵巻である

 じんましんのつぎは、花粉症である。いま鼻水と目のかゆみが止まらない。体もだるい。
 昨年までは、自宅庭の5本松から、大量に花粉がわき出ていた。風が吹くと、黄色い粉末が自宅を取り囲む。見ただけで花粉症になる。そこで昨年、松の枝を8割方切断した。それでも発症を抑えることはできなかった。

 もちろんこんなものは序の口である。いまや体のすべての部分が老朽化し、まともに働かない。がん細胞も発生している。たまたま一番表に出た症状が気になるだけだ。ひと月ほどで花粉症が治まれば、つぎの症状が現れる。こんどは、心臓か大腸か、前立腺かもしれない。歯の痛みもつらい。常にどこかが痛んでいる。そろそろ日本人の平均健康寿命が尽きる。

            枯れてよかった

 だから同年代の人と話をすると、間違いなく病気の話が中心になる。その同年の人が集まるのが同窓会である。
 そこでの話題の中心は、若い時からどんどん変化してきた。
 最初は、合格した大学のランク、趣味やクラブ、つぎに就職先からその仕事の内容、本音は給料の探り合いである。そして結婚相手(ブスだと安心する)、子供の数、子供の学業成績と続く。いっとき、子供の大学費用の苦労話は多かった。つぎに子供の結婚、親の葬式から、孫の数、そして10年前からは病気の話が中心となってきた。並行して、亡くなった同窓生の思い出話が増える。

 もちろんこの年ともなると、同窓会は妖怪変化の集まりとなる。今年いくつか同窓会の話があるが、自分もその仲間だと思うと気乗りしない。まさに病院の待合室の日常風景と同じである。お化け同士が病気の話をしている場面は、現代日本を象徴する時代絵巻である。

全身がかゆい

 一粒でこれほど劇的に症状が治まったクスリは初めてである

 2か月ほど前から、全身がかゆい。掻くとミミズ腫れのようなジンマシンができる。突然、どこがかゆくなるかわからないので困る。掻くとますますかゆくなるし、キズだらけになる。それでも掻くのを我慢できない。肌クリームを手当たり次第に塗りたくっても、状況は変わらない。
 おまけに花粉症の症状で、鼻水が湧き出てきた。

 むかし風邪をひいたときの注射で、ひどいジンマシンを発症した。そのとき以来である。今回は何が原因かよくわからない。すこし酒を控えたからか。あるいは、前立腺がんの細胞が、全身を駆け巡っている可能性がある。血糖値が高いし肝臓も悪いので、そのせいかもしれない

            もう枯れ尾花 H28.8.19

 医者に見て貰うにも、これまで行った皮膚科はどこも混んでいる。早くて1時間、普通は2~3時間も待機する。皮膚科には怪しい患者がたむろしているから、また症状が悪化する。ネットで評判の悪そうな皮膚科を探した。ヤブ医者なら空いているはず。

 その前に、だまされたとおもってむかしの余っていた錠剤を1粒飲んだ。するとかゆみがスカッと治まってしまった。アレルギーを抑える「オロパタジン」という薬品である。これほど劇的に症状が治まったクスリは初めてである。なにか副作用があるに違いない。死ぬまで持つであろうか。
 覚せい剤はまだ飲んだことがない。

文書国会の愚かしさ

 紙切れの断片的な文言が人命より重いということは、金輪際あり得ない

 国会はまだ文書で揉めている。たかが文書なのに。
 もっとも公文書というのは、われわれの考える文書とは異なるらしい。公文書の定義は、「日本の公務所(役所)または公務員が、その名義(肩書)をもって職務権限に基づき作成する文書」である。
 公文書管理法には、公文書を適切に管理するのは、「行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする」とある。

 だがこれだけでは、公文書がどれだけ重要かよくわからない。『専門家』と称する人は、自分の専門分野のことが、世の中で一番大切だと思っている。だから今回も、役所経験者など専門家の意見は当てにならない。そのうえマスコミや野党は、「重箱の隅」をつついて大げさにすることにかけては年季が入っている(もちろん今回の「事件」は、検察リークなど工作員の連携がツボに嵌った)。
            文書作成
 そもそも、「文書」とはなにか。
 国際マネジメント規格では、文書に関する定義は以下のようになっている。

 文書;情報及びそれが含まれている媒体
 情報;意味のあるデータ
 データ;対象に関する事実


 つまり文書の根本は、データ「事実」である。それが、「情報」から「文書」に転写・加工される段階で必ず変化する。
 モノの機能や性質を数値化したものは、客観的データとして、まあ信頼できる。ただヒアリング、伝聞や観察による出来事は、少なからず文書作成者の主観に基づく「情報」となる。とくに文字で書いた文書は、本来のデータ(事実)がどう変化するかわからない。

 たとえば、水道メーターの測定員が測った検針値は、データといえる(厳密に言えば違う)。データそのものを情報として紙などの媒体に書いて、代金を請求する。これを測定者以外の人が勝手に変更したら、それこそねつ造でアウトである。時そば詐欺ともいう。

 一方で、ある企業に経営状況のヒアリングに行ったとしよう。その場合の報告書はきわめて主観的である。報告者が2人いれば、同じ文書ができるということはあり得ない。重視することも違うし、識見の程度、興味や理解度も異なる。企業なら財務の健全性、社長や従業員の資質、製品の特長・将来性、仕事のしくみ、得意先、特許など、視る項目はたくさんあるし、それぞれの評価も違う。だから書いたものは、都度修正しなければ、完成された情報とはならない。その後も不断の修正が必要である(もちろん、事実と異なるねつ造は問題)。それでも正確に事実を転写したものにはならない。
 だから修正を認めなければ、文書のレベルは格段に落ちる。


 さらに文書は、公にするかしないかを明確にしなければならない。書いたものが全部公になるとしたら、ねつ造しないまでも、文書を作る人はすべてのことを書かなくなる。事実には都合の悪いことが含まれているからである。公開を前提とする文書は、いい加減なものになる。

 したがって、「知る権利」を振り回して、やたらと役所に文書提出を求めるのは、公文書の信頼性を損ねる。公開するかしないか、その文書を誰に見せるかで書き方はまったく異なる。
 自衛隊の日報問題、そして今度の財務省文書でも、国会で問題になれば、担当者がアタフタするのは当たり前である。記録文書と言っても、羅生門のように大部分は主観的なものである。改善の余地はあるし、改善しなければ組織は向上しない。
            ペッ
 ではどうしたらいいのか。
 まず、文字で書かれた文書を、あまり信用しないことである。「現場、現物」ですら絶対でなく、文書といえど伝言ゲームの一部である。優等生ほど書かれたものを妄信する(妄言よりましか)から、悲劇が起こったり、自分でものごとを考えなくなる。世の中は、ほとんど仮説なのである。

 つぎに、公開するかしないかを文書作成者がきちんと認識するしくみをつくる。永久保存は無理としても、著作権並みの保護は必要である。50年後にすべて公開するという例もある。即時公開が原則の文書なら、最初からそう決めればいい。その代わり事実の一部は書かれなくなる。いくら公務員でも、機微に触れることまで詳細に書くはずがない。

 さらに、修正する場合にはその履歴がわかるようにすべきである。あるいは配布文書も含め、完全に破棄する。財務省では、この管理がなされていなかったから、ややこしくなった。


 そして、たかが文書である。いくらなんでも、紙切れの断片的な文言の違いが、人命より重いということは金輪際あり得ない。いまの国会騒動を見たらお釈迦様が嘆く。

リニア談合疑惑

 スパイだらけの日本では、マスコミはもちろん財務省も検察も解体する必要がある

 リニア新幹線談合疑惑で、大手のゼネコンの担当者が逮捕された。国交省も指名停止を考えているという。談合によって不当に価格が吊り上がり、特定の業界に利益が集中する可能性はある。リニア新幹線は巨額のプロジェクトだけに、間違ったら不正の温床になる。

 検察側は、「9兆円の国家事業でなれ合いをしていたことが信じられない。こんなことをしていたら社会が腐り、日本企業の競争力が損なわれてしまう」と捜査の正当性を強調する。これも現在の法律に照らせば、「違法」なのかもしれない。犯罪としての成立要件については、関連法律や法例に詳しい人が、照査しない限り判定はできない。
            建設作業員
 しかし常識で考えれば、今度のゼネコンへの仕打ちは、あまりに理不尽である。リニア新幹線は、赤字覚悟で先端技術の開発を要する事業である。日本の建設会社が総結集してやらなければできるはずがない。むしろ発注側が、「談合」をまとめていくべきであった。

 そもそも談合禁止は、かって青天井だった建設費用高騰を抑えるための毒薬である。日本の建設工事は世界に類を見ない悪条件で、コストも何倍もかかる。もちろん、いっとき儲かったこともあった。
 その高コストを何とかしようと、談合が禁止となった。薬が効きすぎ、いまや建設業界は青息吐息である。いまは人材不足で、企業間の連携・助け合いがなければまともな仕事ができない。リニア新幹線のような、超巨大プロジェクトならなおさらである。技術的な情報交換ができれば、安全かつ安価に、工期も短く施工ができる。談合と助け合いは紙一重である。味噌と糞を混同する検察のやり方は、確実に日本の弱体化を招く。毒薬はもういらない。


 では、なぜ検察がおかしな行動を取るのか。
 深刻な懸念がある。検察がスパイの巣窟になっている可能性である。リニア新幹線談合、スパコン詐欺、財務省文書のリークなど、つぎつぎ「不正」が暴かれた。これで得をするのは、いったいどこの国か。れっきとした状況証拠である。

 談合摘発では建設業者の技術が流れているともいわれ、財務省文書のリークは、政権を揺るがしている。まさに近隣国家の工作としか思えない。財務省以上に検察の解体こそ、まな板に上がるべきである。

日本の核武装

 核アレルギーは病気である。治癒しなければ、日本は大やけどを負う

 北朝鮮の核保有が現実味を帯びてきた。このような国でも、日本の近隣にある限り永遠に国交を断絶しているわけにはいかない。いずれ交流が生まれ、国家同士の交渉事がはじまる。
 日本と対中国・アメリカをみればわかるように、核を持つ国は、決定的に有利である。力を持たずに、話し合いだけの交渉はできない。いまのままでは日本は未来永劫、強請集りの被害者になる。

 第2次大戦後、70年以上大国間で「熱い戦争」が起こらなかったのは、核による力の均衡であった。インドとパキスタンも、お互い核を保有した後は、直接の戦闘はなくなった。核を持つ国が侵略をうけたことは、歴史上1度もない。
 もし米国の先制攻撃が期待できないとなれば、日本は核武装しなければならない。

            バズーカ歩兵 H29.10.09      
 しかしいまだ日本では、「核」、「原子力」と聞くと、条件反射的に遠ざけてしまう人が多い。原発稼働でさえ毛嫌いする。アンケートでも、核武装容認者は国民の2割程度で、6割以上が反対している。アメリカでさえ、日本の核武装には4割近くが理解を示している。

 日本人は、幼児期から「唯一の被爆国」として、広島や長崎の惨状をこれでもかと聞かされ、「洗脳」されてしまった。そのため日本国民は、重症の核アレルギーに罹っている。「放射能」、「核武装」と聞いただけでじんましんを起こす。
 まず病気を治さなければ、日本はまともな国として、未来を描くことができない。

「正義」の残酷

 正義の仮面をかぶった野党とマスコミは、鬼畜にもとる残虐な群れである

 ≪森友学園への国有地売却をめぐる問題で、財務省が決裁文書の書き換えを認める方針を固めていることについて、共産党の志位委員長は、文書が改ざんされたのであれば麻生副総理兼財務大臣だけの問題にとどまらないとして、安倍内閣は退陣すべきだという考えを示しました。(3/12 NHK)≫

 万一今回のことで安倍総理が辞職しても、批判は絶対に終わらない。現に佐川財務長官に対し、あれだけ辞めろと騒いでいたのに、辞めた途端「辞職で済まされない」と言い出した。とことん責任を追及しようとしている。これでは佐川氏自身が死ぬまで続く。
 ゴールポストを動かすという、卑劣な行動が常態化しているのは、なにも韓国だけではないのである。

 麻生氏に対しても同じである。最後に人が死んでも、絶対に自分たちのせいにはしない。中川昭一氏の憤死、松岡利勝氏(元農水相)の自死など、マスコミに追いつめられた政治家は多い。笹井芳樹氏(STAP研究)、坂本弁護士一家、雲仙普賢岳被害者など、政治家以外にも、マスコミに殺された人はたくさんいる。

            また幽体離脱 H29.6.13
 私がマスコミの残酷さを実感したのは、ある老夫婦の自殺からである。
 以前、鳥インフルエンザで被害に遭った浅田農園社長を、記者たちが陣を作って攻めていた映像を思い出す。もちろん発見が遅れ、被害拡大につながったことは事実である。だがあまりの追及の激しさに、人のよさそうな社長が困窮しているのを見ていられなかった。そのうえ報道で毎日のように、鳥インフルエンザの恐怖を煽り立てる。まもなく夫婦が首を吊ったと聞いて、一気にマスコミへ、怒りが込み上げてきた。いったい何様なのか。
 寡聞にして、マスコミがこれらの反省を述べているのを聞いたことがない。

 いま国会で野党は、そのマスコミを味方につけ、パワハラの限りを尽くしている。予算委員会での質疑はもちろん、非公開での役人に対する質問も、熾烈を極めている。よほど肝の据わった人でなければ耐えられない。

 野党やマスコミの残酷さは、折り紙つきである。自分たちが正しいことをしていると思っているなら、なお始末が悪い。たかが文書ごときで人を死に追いやるのは、関西電力の原発担当者へのいじめとまったく同じである。
 正義の仮面をかぶった野党とマスコミは、鬼畜も真っ青になる残虐集団を作り上げてしまったのである。

北朝鮮危機解消か

 日本の核保有を現実化できる強権的な政治家が必要である

≪北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談した韓国の鄭義溶・大統領府国家安保室長は8日、米ホワイトハウスで記者団を前に声明を読み上げ、金氏がトランプ大統領との会談を要請したと発表した。トランプ氏は要請を受諾し、「5月までに会談する」と応じたとしている。声明はまた、北朝鮮が「非核化」の意向を表明し、今後は核実験と弾道ミサイル発射を「自制する」と約束したとしている。 3月9日産経新聞YAHOOニュースより≫

 緊迫していた北朝鮮情勢が一気に緩んだ。経済制裁で北朝鮮が追い詰められ、和解できるようになるのか。これまで何十年もの間、多大な犠牲を払って開発してきた核やミサイルを手放すとは、よほどのことに違いない。
 頑なだった金正恩が態度を軟化させたことで、核戦争の危機はいったん治まったように見える。

            別山稜線のお花畑 H29.8.03
 しかし、核をめぐる北朝鮮との交渉では、これまで何度も煮え湯を飲まされてきた。クリントン大統領、ブッシュ大統領、いずれも軽水炉や大量の石油などと引き合えに、核放棄を約束した。北朝鮮は、そんな約束など守るつもりはさらさらなかった。しかも今回は、ほぼ核とミサイルを手中に収めている。いったん保有したものを手放すことなど考えられない。米朝対話が実現して起こることは、日本にとって最悪の事態である。

 すなわち北朝鮮は、日本に対する中距離ミサイル核を持ちながら、米国へのICBM開発だけを凍結する。米国はこれで充分である。つまり日本は、未来永劫北朝鮮の圧力下に置かれる。南北朝鮮の統一がなされれば、核を持った大きな国が日本の隣に出現する。
 こんなバカなことを許しては、それこそ子孫に顔向けができない。国難の程度は、大東亜戦争の敗戦に匹敵する。

 問題なのは、日本が米朝対話に反対すれば、国際社会で孤立することである。せっかくの緊張緩和に水を差すとみられてしまう。これで日本のとる道は限られる。

 日本はどうするか。
 日本の安全を担保しつつ国際社会を味方につけるには、日本の核保有を現実化させるしかない。こんどはそれができる首相を待望する。間違ってもマスコミや野党が推す、逆走する政治家は御免である。

たかが文書の書き換えで

 日本の最大の危機は、安倍おろしのあとルーピーのような首相が出てくることである

 財務省が森友学園関連の決裁文書の書き換えを認めたことで、野党は麻生財務大臣の責任を追及するとともに、倒閣を視野に攻勢を強めてくる。もちろん、大方のメディアも同じである。

 さっそく今朝の福井新聞も、第一面に加えて総合・政治面を大きく使い、財務省の書き換えについて、ブチ上げていた。鬼の首でも取ったように、紙面の大部分を使った報道がなされると、財務省や政権が、なにかとんでもないことをしたような錯覚に陥る。

            紙の工作
 しかし、「たかが文書」である。紙切れの文言が多少変わったくらいで、役人を自殺に追いやり、未曽有の国家危機にある日本の政権を倒そうとするなど、気違い沙汰である。倒閣のあと、いったいどうしようとするのか。マスコミと野党のパワハラは、そのことを自覚することなく延々と続く。

 まさに韓国の朴政権が、北朝鮮の工作に遭って失脚させられたのと同じ轍を踏もうとしている。北朝鮮情勢が微妙な時期に、こんな報道で騒ぎを大きくしようとするのは、日本でも工作が浸透している証拠である。
 工作員の片棒を担ぐ野党や大方のマスコミは、つまらないことを大問題に仕立てあげ、安倍内閣を倒そうとしている。

 100歩譲ってモリカケが、野党やマスコミの言う通りだとしても、それがどうしたというのか。私腹を肥やしたわけではないし、私利私欲があるならこんなチマチマした利権には目もくれない。さらに清潔すぎる人に、ほんものの政治はできない。
 いま日本の最大の危機は安倍おろしのあと、文在寅やルーピーのような、逆走政治家が力をつけてくることである。

国会混乱

 他人を貶めようとするやり方は、必ず誰かが傷つく。永田メール事件の教訓は重い

 今日は、母方の親戚の一周忌の法要に参列する。親戚は丹南地域で代々の農家であり、このような行事を欠かすことはない。建前として法要のメインは、超難解なお経である。50人もの参列者のうち、経典の中身をまともに理解する人は1割もいない。
 わけがわからなくても、ものごとは進んでいく。もっとも、ほんとの目的はその後の酒宴である。
            般若
 しかし、なぜか仕事や政治はそういうわけにはいかない。つまらないことを、大げさに騒ぐ人がいる。
 先週を通し、森友学園への国有地売却に関する財務省決裁文書疑惑をめぐって、国会の混乱は続いている。野党は、財務省が明確な回答をしない限り国会審議を全面拒否する方針を決め、参院本会議などを欠席している。
 このことについて、何を騒いでいるのか、まともに理解している国民はいるのだろうか。

 私も事情はよくわからない。ただ、もし書類がないのなら、いくら財務省でも出すわけにはいかない。出すのなら、ねつ造するしかない。野党は文書の原本提出を引き続き求めていくという。その圧力に屈してしまうことが、ねつ造を意味する。
 だから、野党のやっていることは、目先の手柄のため、無実のものを冤罪に陥れようとする悪徳検事そのままである。

 それに、このような他を貶めようとするやり方は、必ず誰かが傷つく。今回も文書の文言などで誰かの命が立たれるとしたら、悲惨なことである。永田メール事件の教訓は重い。
 現に、財務省の一人が自らの命を絶ってしまった。またマスコミ殺されたのである。

 日本がこんな状態だから、北朝鮮にバカにされる。

失敗を許す

 いつになったら、心から家族のミスを喜ぶことができるようになるのであろうか

 曽野綾子さんの随筆には、亡くなった夫の三浦朱門氏についての記述が多い。高齢夫婦だけに、さすがに「惚れた腫れた」は卒業しているが、年季の入った当意即妙な駆け引きはおもしろい。

 なかで、羨ましいと思ったことがある。朱門氏は妻の曽野綾子さんが何か失敗すると、怒るどころか、かえって喜ぶのだという。家事などなにもできない朱門氏にたいし、家庭では綾子さんのほうが優位に立っている。だから妻の失敗は、自分が一本取った気になるらしい。

            ボケ

 残念ながら私の場合、(自分のことを棚に上げ)妻の過ちには、怒りを抑えることができない。つい先日も、石油ストーブの電動給油器が故障し、灯油を部屋中に溢れさせてしまった。またこたつの上に置いた飲みかけのお茶を、寝ぼけてひっくり返したこともあった。怒りたくはないのだが、目の前で修羅場が発生すると、つい当たりたくなる。

 もっとも損害の大きさは、私のほうが大きい。先だっての豪雪で、カーポートの雪下ろしのとき、スコップが当たり車のサイドミラーを壊してしまった。修理代37,000円は、いらぬ出費である。ここには書けない深刻な失敗も、たくさん犯してきた。人が失敗すると、自分のことはすっぽり忘れる。

 私もいつになったら、朱門氏のように、心から家族のミスを喜ぶことができるようになるのであろうか。

重箱の隅国会

 こんなチマチマした議論をするため国会へ高給取り議員を送り込んだのではない

 国会では例によって野党が、まさに重箱の隅をつつく質疑を繰り返している。その一つが、森友関係の文書に書かれていた文言が微妙に異なるということである。いっとき労働法改正では、まともな議論まで行きそうだったのに。この文書「改ざん」問題で、道を踏み外してしまった。

 今回も、インチキ新聞の虚偽報道の尻馬に乗っている可能性が大きい。
 また、財務省が文書を出し渋っているのは、きっちりしているはずの管理のずさんさを指摘されたくないからであろう。あるいは誤りを正そうとすると、違う地雷を踏んでしまうからではないか。現に、野党の追及は熾烈を極めている。もしこれで自殺者でも出れば、典型的なパワハラである。働き方改革どころではない。

            モー 結構  
 しかしこんなことは、まったく本質的な問題ではない。紙切れに書かれたつまらない文言ひとつで、大きな政策が左右されることがあってはならない。毛沢東の「すずめ」の一言で、6千万人が餓死したことを忘れてはいけない。
 そもそも文書は頻繁に修正するものである。とくに改善意欲の高い役所では、良く似た文書がたくさんできる。よほどの最新版管理がなされていなければ、どれが本物か誰にも分からない。中国の歴史のように、大幅な改ざんが当たり前の世界もある。

 すこし前は、茂木経済再生大臣やその秘書が、選挙区内の有権者に線香を配ったと、国会で追及を受けていた。そのブーメランで、希望の党の玉木代表は政党支部が香典などの慶弔費を支出していたことがわかり、釈明に追われている。数年前には、政治公約や信条をうちわに書いて配った、「うちわ揉め」事件もあった。

 もういい加減にしてもらいたい。
 我々は、北朝鮮危機という喫緊の課題をほっぽり出し、このようなチマチマした議論をするために、国会へ高給取りの議員を送り込んだのではないはずである。もはや「パーキンソンの凡俗法則」といって、議員たちをバカにするだけでは済まなくなった。

9条護憲の矛盾

 憲法改正の目的は、如何に日本を安全な国にするか。侵略に対抗できる国にするか

 国を大きく縛っている憲法9条2項「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」の改正案に対し、いまだ国民の多くは関心を示していない。元外務省の田中均氏でさえ、昨日のプライムニュースで、「いまの憲法改正案は何がしたいのかさっぱりわからない」と木で鼻をくくったような発言をしていた。

 さらに、共産党を中心とした反対勢力は、異常なほど現憲法にこだわっている。「侵略国であった日本は2度と戦争をしない国にすべき」と言う建前である。その大きなよりどころが、「立憲主義」である。憲法は権力者を縛るものであって、権力者が憲法改正を言い出すのはおかしいともいう。外国勢力に加担しているのは見え見えである。
             軍隊犬
 しかし、憲法9条をかたくなに守ろうとする護憲派は、大きな矛盾を抱えている。自衛隊を認めていることである。共産党ですら「違憲だけれど、多くの国民が認めており、専守防衛・個別的自衛の範囲ならそのままでいい。国民的コンセンサスが得られれば、自衛隊は無くしていく。」として、自衛隊を受容している。改正案への対案は、現行憲法そのものであるという。

 自分たちの思いを実現するためにだけ、都合よく憲法を歪曲している。これはとうてい護憲とはいえない。
 そもそも、なんのために憲法改正が必要なのか。その本質的議論がほとんどなされていない。単に自衛隊を明記して現行との矛盾を解消することは、ほんとの目的ではないはずである。

 真の目的は、如何に日本を安全な国にするか。侵略に対抗できる国にするかである。憲法前文に示された、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」がおぼつかなくなったいま、憲法すべてを見直さなければならない。9条に縛られた日本は、未来永劫、諸外国の言いなりになる。もう絶対、つぎの戦争に負けてはいけないのである。

のぞみ号の車体亀裂

 不正や手抜きの公表を褒めてやれば、すべての悪い情報が表に出て事故は激減する

 新幹線のぞみ34号台車の亀裂は、製造段階の不備に起因することが明らかになった。JR西日本の来島達夫社長らが記者会見で、調査結果を公表した。製造したのは、川崎重工である。大企業の不祥事だけに、さっそくマスコミの餌食になっている。

 福井新聞社も、3月2日の社説で「のぞみ台車 破断寸前 安全思想の劣化は深刻だ」として、JRや川崎重工を非難。この機会に、三菱自動車、日産自動車、スバル、神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レ、宇部興産、大林組、鹿島、清水建設、大成建設など、つぎつぎ発覚する大企業の不正を叩いている。

            もう枯れ尾花 H28.8.19

 しかしながら、このような不祥事が表沙汰になるのは、悪いことではない。昔ながらの強権・隠ぺい組織なら、大問題にはならなかった。のぞみ号の亀裂も公にならず、運行中に破断し大事故になって初めて騒ぐ。
 そのほか挙げられた各社「不正」も、公表の時点で実害があったわけではない。

 問題はこれらの不正公表に対し、マスコミのような安全な立場の人が、やみくもに批判記事ばかり書くことである。ことあるごとに目の敵にされれば、誰だって隠したくなる。おそらく世の中には、この100倍ものインチキが眠っている。これらすべてが表に出なければ、あらゆる事故は無くならない。

 つまり今回ののぞみ号のように、不適正な事案を、大事故に至る前公表した場合には、積極的に褒めるべきである。そのような社会的なコンセンサスができれば、悪い情報はどんどん表に出てくる。事故は激減する。
 だから責任は批判するほうにある。
 鬼の首でも取ったように批判ばかりするから、現場には落ちこぼれしかいなくなるのである。

福島第一の廃炉

 廃炉は格好の研究開発投資の対象であり、10倍の予算を出すことで経済成長できる

 先週、福島第一原子炉廃炉処分について、NHK「ニュース深読み」で論じていた。廃炉は、2011年4月から40年で終了させる予定となっている。計画は必要としても、これまでだれもやったことのない超難解で危険な仕事である。とくに使用済み燃料の取り出し、汚染水や放射性廃廃棄物の処分が大きな課題である。

 技術的に難しいのは、デブリと呼ばれる溶解した核燃料の取り出しである。1~4号機のうち、余熱除去のためプール保管されていた4号機を除いて、まったく手が付けられていない。格納容器の底を抜けて、構造物を巻き込んで溶解した高温燃料が、建屋の地下にとぐろを巻いている。熱と放射線で、機械すらまともに近づけない。
 予定では2021年から、デブリの取り出しがはじまる。だが、監視・測定、切断、取り出し、保管など、課題は山積みである。

 デブリほどではないが、汚染水や放射性廃棄物の効果的な処分方法も決まっていない。なんといっても、毎日150トン増える「汚染水」が、すでに敷地内に100万トン溜まっている。また、瓦礫をはじめ放射能を含んだ物質も、どんどん増える。
 これら廃炉に要する費用は、全部で8兆円と言われている。もちろんこれで収まるはずがない。

            金が飛んでいく
 しかし見方を代えれば、これらは研究・開発のための素晴らしい投資である。超難解な廃炉を行うことで、放射線だけでなく高温における材料、機構の開発や作業方法などのノウハウ・知見を飛躍的に高めることができる。

 OECD資料によると、日本の研究開発投資は(衰退国の英国やフランスと同じ)ほとんど伸びていない。まさにそれが経済停滞につながっている。他の元気な国はGDP増分を超えて投資している。とくに中国は、現時点でも日本の2倍以上の投資を行っており、さらにGDPが伸びるぶん確実に増えていく。

 この超難解な原発事故廃炉は、まさに格好の研究・開発投資の対象である。40年で8兆円は、少なすぎる。日本の研究開発投資額1500億ドル(18兆円)/年を考えれば、40年なら80兆円でも少ない。兵力の逐次投入でなく一気に使う(さすがに電力料金の上乗せでは無理。国の借金で賄う)。そのお金は知恵を出した国民がもらい、人々は豊かになる

 大學における、雲をつかむような研究・開発より、実用的で切羽詰っている。それだけ直接社会のためになる。とくにこれから起こる原発事故には確実に貢献できる。500基もの原発を作ろうとしている中国には、高く売れるし、政治的にも優位に立つことができる。
 厄介な放射線デブリをエネルギー源とすることを含め、有害物質を有効活用することも可能である。人類が他の惑星に行ったとき、生活環境を保証する大きな力になるなど、無限の可能性を秘める。

            妖怪変化
 つぎに濾過した「汚染水」と呼ばれる、トリチウムや放射性瓦礫の処分である。これらは一部を除き、人体に害があるわけではない。単に核アレルギーの日本国民が、心情的に受け付けないだけである。海に流すと風評が立ち、瓦礫処分はNIMBYが騒ぐ。

 したがってこれらは、時間に解決してもらう。保管場所がなければチビチビ漏らし、蒸発させる。いま責任者はいないほうがいい。この場合のみ、あいまい戦略は統治の要となる。40年もたてば、日本人の核アレルギーも治まる。アレルギーが癒されれば、騒ぐ人もいなくなる。もし治らなかったら、ほんとのバカである(サルか)。バカにつけるクスリはない(あと、近隣国がしつこく市民活動を後押しするのを防ぐだけ)。

老醜

 同窓会がぱったり途絶えたのも、お互い醜い姿を見せたくないからである

 以前、同窓会は学生時代そのままであった。空白の歳月が一気に縮まり、思い出を取り戻す。
 それが10年ほど前から、怪しくなってきた。さすがこの年になると、若いときとの格差が増幅する。あまりにも変貌したので、どこの爺・婆かと思うような人が増えた。妖怪変化である。もちろん人のことは言えない。

 4~5年前まで毎年のように行っていた同窓会がぱったり途絶えたのも、お互いの老醜を見せたくないからである。色気の残っている人はやりたがるが、どうも気乗りがしない。以前、同窓会をきっかけにした不倫ドラマが評判を呼んだことがあった。さすがにここまで容色衰えたジジババが不倫することはあり得ない。そんな人がいたら尊敬する。
 
            じじいの決死隊 H29.8.03
 歌手も同じである。往年のスターも中高年になると一変する。
 千昌夫の歌う姿は、妖怪灰坊主に酷似してきた。細川たかしを筆頭に、不自然な頭髪の男性歌手は山ほどいる。桂文枝師匠の不倫相手は、やはり2周りも年下であった。そして変化は、女性のほうが激しい。むかしの美人女優は、50年たつと満面皺だらけになる。面影もない。

 当たり前である。年取っていつまでも若々しかったら、若い人の繁殖機会を奪う。年寄りはさっさと死ななければならないのである。もしかしたら、いまの少子化は、高齢者が年甲斐なく色気づいているからではないか。

死亡事故死全国1

 福井は交通マナーが悪いだけでなく、事故で死ぬ確率が全国2倍。これではだれも来ない

 先日、地域交通安全推進委員の総会・講習会に参加した。推進委員と言っても参加者は高齢者ばかりで、委員自身が交通事故を起こさないための講習である。福井の交通事故事情の説明を受けた。

 じつは福井県の10万人当たり交通事故死者数は、全国でもっとも多い。
 平成29年度の福井県交通事故死者は46人で、一昨年より5名少なかった。だが全国の交通事故死者も過去最低の3,694人で、福井県はその1.5%を占めている。0.6%経済と言われる人口比では明らかに多い。10万人当たり交通事故死者数5.88人と、一昨年に続き連続トップになってしまった。全国2.91人の2倍以上である。

            しっかり交通整理 H28.5.03

 交通事情や乗用車保有台数が異なり参考にはならないが、東京、神奈川、大阪の10万人当たり交通事故死者は、それぞれ1.2人、1.7人、1.63人ときわめて少ない。
 福井と同じ地方圏ではどうか。
 自動車検査登録情報協会によると、平成26年3月時点で、一人当たり乗用車保有台数が最も多いのは群馬県で、0.674台であった。福井県は全国7番目の0.624台である。その群馬県の10万人当たり交通事故死者は、29年度で3.41人と福井県よりはるかに少ない(28年度は3.14人)。
 交通事故死者数が最も少ないのは島根県の17名で、10万人当たり2.46人である。これは福井県の半分以下である。ちなみに島根県の一人当たり乗用車保有台数は0.566台で、福井県よりやや少ないだけである。
 だから必ずしも自動車の保有台数が死亡事故の多さに直結しているわけではない。
            どうでもしてくれ
 なぜ福井は死亡事故が多いのか。
 福井県の死亡事故の特徴として、46人のうち高齢者(65才以上)が25名を占めていること、シートベルト未着用が多いこと(20人中15人)、オートバイ事故が6件、飲酒運転が7件となっている。普段から運転時のシートベルト未着用率が高いだけでなく、福井県のドライバーの悪癖として、交通マナーの悪さは有名である。私の周りにも、普段大人しいのにハンドルを握ったとたん、人格が激変する人がいる。

 交通マナーが悪いだけでなく、福井では交通事故で死ぬ確率が、全国の2倍にもなる。これでは観光客の誘致どころではない。

 もっとも日本や周辺国、中国・韓国も、どんどん高齢化が進み、死にたい死なせたい需要は増える。高齢者はうまく死ぬのが勤めである。それにうまく対応できるかもしれない。浄土真宗の極楽浄土、東尋坊、極楽湯など、関連資源はいくらでもある。

EV車の行方

 欧州は自分たちが使わない原発を、アジアに押し付けるためEV車を開発している

 中国やEUで、EV車に向けた規制が強化され、世界中で電気自動車の開発競争が激化している。英国のダイソンのような家電メーカーも、新規参入を企てている。EV車の核心部は、電源とモーターである。モーターはほぼ成熟技術に近く、EV車メーカーにとっては、如何に優位な電池を採用できるかが成功のカギである。

①電池は、リチウムイオン電池が主流である。リチウムは、あらゆる元素の中で最もイオン化傾向(電子を分離する)が高いので、発電効率がきわめて高い。テスラ社はパナソニックがつくった小型電池を並べるなど、各社工夫を凝らしている。

②ただリチウムイオン電池は、発火しやすく取り扱いが難しい。リチウムのような1族の元素は、水と反応して発火する。リチウムイオンを溶かす有機溶媒は可燃性で、過放電や過充電などで高温になれば発火する。

③また、現在の技術では充電回数1000回を超すと、充電能力が劣化する。

④そこでイオンが動く電解質を、液体の有機溶媒でなく固体に置き換えた「全固体電池」が開発され、トヨタ車が実用化を進めている。

⑤現時点では、リチウムイオン電池が圧倒的に多い。そこで使われる原材料供給や加工工場などは、世界中でサプライチェーンが張り巡らされている。これから新しい電池に切り替わるとしても、かなりの時間がかかる。

            毒花

 しかし、どのような電池を使うにしても、EV車には致命的な欠点がある。
 まず、それなりの重量物が時速100㌔ものスピードで安定して走るためには、製造時の職人技が必要である。この技術は簡単に習得できない。
 また充電に時間がかかることと、1回の充電での走行距離は、まだガソリン車には及ばない。

 さらにEV車は、原発の夜間余剰電源を使うことを前提としている。
 欧州がEV車に力を入れているのは、超巨大な中国市場を狙っているからである。もちろんつぎはインドである。この2つのアジアの大国は、世界で唯一原子力発電を増設している。つまり、欧州は自分たちで使いこなせない原発を、アジアに押し付けようとしている。(本来は日本が率先して、この流れに乗るべきである。)

 その前に、欧州自動車メーカーのディーゼルエンジン車は、排ガス規制をクリアーできないため、EV車に移行せざるを得ない。
 アジアを食い物にし、繁栄しようとする根性だけは消えていない。

反日と嫌韓

 日本と中・韓国との間の問題は、ほどほどのところで温めておく

 韓国の冬季オリンピックからパラリンピックがつづく。
 もともと韓国と日本の間では、政府間のさまざまな対立があり、国同士ではうまくいっていない。お互いの国民に対する感情も悪い。韓国から我々に発信される政府・マスコミの声明や言い回しは、ほとんどが反日的である。旭日旗でさえ目の敵にされる。

 日本でもネトウヨを中心に、韓国にはすべてケチをつけたがる人もいる。今回の5輪でも、ノロウィルス食中毒や極寒の競技場や観客席など、大会運営のまずさをあげつらう人もいた。こうなると条件反射的である。
 日韓いずれも、慰安婦や竹島の領土をめぐる問題となると、執拗に相手の国を攻撃する。

            タカス荘近辺海岸 H28.9.17
            
 しかし、いまあるトラブルを解決すれば、日本と韓国の間はうまく治まるのか。
 そんなことはありえない。慰安婦のおばあさんたちがいなくなり、竹島が海底に沈没消滅しても、韓国人は反日をやめるはずがない。新たなネタは無数にある。無くなったとしても、いくらでもねつ造する。

 韓国にとって、「反日」は国是である。中国が、歴史認識で日本を執拗に敵視するのと同じである。韓国(中国も)は、トラブルをつくり、国民の目を外に向けさせる。大人しい日本が最適である。それがなければ国内がバラバラになる。韓国は両班を頂点とした身分制度、中国は複雑な多民族国家である。日本に対する慰安婦や竹島問題のときだけ、国内が一致する。
 したがって対外とは、なにかトラブルを抱えておいた方が好都合である。

            不思議なバランス H28.8.19

 難しいのは、日本は事情が異なることである。
 日本は、韓国や中国ほど国内の対立がない。むしろ、慰安婦や竹島のような外交問題があると、かえって国内が分断されてしまう。朝日新聞のように、わざわざねつ造してまで分断しようとする輩も現れる。

 したがって、日本と中・韓国との間の問題は、解決しそうでしない、ほどほどのところでバランスを取りながら温めておくしかない。動かすからややこしくなる。中庸は難しいのである。

 もっとも、アルマゲドンや宇宙大王のような、人類全体の敵が現れたときには、人間同士の争いは無くなる。それこそ人類が滅びるときである。