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正月料理

 ナマコの切り身とこのわた

 私の好きな食べ物(日本酒を除く)ベスト3は、①酢ナマコ、②沢庵(市販を除く)、③焼き鳥(親鳥)、である。この3つは、一流料亭の懐石料理や帝国ホテルのフランス料理(食べたことないのだが)より、はるかにおいしい。

 したがって毎年、正月料理の準備では、ナマコを捌き、親鳥の切り身を串に刺している。
 ナマコは、以下のように捌きを行った。

①袋からグロテスクなナマコを取り出す(かすかにうごめいている)
②筒状の口と肛門を切り落とす(苦痛の呻き)
③内臓(このわた)を取り出す(砂でふくらんでいる)
④おなかを切り開く(断末魔の痙攣)
⑤たっぷり塩を振りかける
⑥よく揉んでぬめりを取り(これが大変)、洗い流す
⑦水を切って、食べやすい大きさに切る(生き返り不能)
⑧容器に入れて酢に浸しておく(これで10日くらいはもつ?)
⑨このわたは、砂をひねり出して塩漬けにする

①ナマコ ②口と肛門切る ③このわた
④ハラきり ⑤塩かけ ⑥ぬめり取り
⑦切断、あわれ ⑧酢で盛り付け ⑨このわた塩漬け
 (食べることはすべて残酷である。自分がこのナマコなら耐えられない。)
 
 腹の中の泥を絞り出すと、半分くらいに縮み、小さいお椀でこれだけになってしまった。これで1匹850円なら、切り身のほうが安いかもしれない。(まさか、太巻きみたいに、丸ごとかぶりつく人がいる?)

 それでも正月の酒の肴には不自由しない。沢庵もあと20本はあるはず。
 お正月に来られた方は、ぜひこのナマコの切り身を、一口食べていただきたい。とっておき、梵の大吟醸もあります。
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起業の失敗② 眼鏡部品製造業

 事業の安定的な継続に必要なのは、お金より健康であった

②眼鏡部品製造
 つぎにロストワックスでの眼鏡部品製造である。
 これは目的の形に成形したワックス(蝋)を、石膏型に埋め込んで加熱し、ワックスが溶けた空洞に、溶融した金属を流し込む鋳造技術である。埼玉近郊におけるアクセサリー工場の技術を、眼鏡製造に取り入れようとした。

 この事業を始めるまでは、完成された生産技術を忠実にこなせば、部品が完成すると思っていた。やり方は、アクセサリー業界内で周知されていたし、基本的な製造技術は設備メーカーが教えてくれる。だから、眼鏡部品としても採算がとれるはずだった。あとは、細かい改善の積み重ねが、利益を増やす。
 
               丸メガネ
 しかし既存の技術であっても、アクセサリーと眼鏡部品とは、作り方が大きく異なる。製品単価がまったく異なるからである。アクセサリ―の場合には、1個当たりの付加価値は、少なくとも1000円から数万円。一方、眼鏡部品の相場は、単体で数十円からせいぜい200円である。じつに10倍以上の開きがある。

 じつは、この価格の違いが大きな問題であった。事業として成り立たせるためには、製造コストを大幅に削減しなければならない。
 ところが実際に部品を製作すると、「正規」の工程以外に、余計な工数が入る。
 まず、製品歩留まりが悪い。最初のうち、良品はせいぜい半分程度。ある程度熟練しても、8~90%である。さらに、鋳造したままで顧客に提供できるわけではない。鋳造品には、一定の割合で亀裂やピンホールがあり、そもそも表面状態が荒すぎる。それらを丁寧に見きわめ、修正・磨き上げての歩留まりである。

 したがって、製品1個当たりのコストは、その余計な手間をどれだけかけるかに左右される。さんざん磨きまくったあげく、ピンホールを発見し廃棄することはしばしばであった。
 大幅なコストダウンのためには、従来技術とは異なる方法を考える必要がある。ゲートの位置やツリーの形状、焼結温度とその時間変化、合理的な表面研磨の方法など。何とか顧客に受けいられる品質での製造方法を確立し、利益を計上できるまでには、半年から1年を要した。

 それでも、かなりの部分は人間様の「頑張り」に依存する。眼鏡部品として、細心の気配りと細かい修正作業も必要である。座り作業で、無理な姿勢を毎日10~15時間、年300日以上も続けていた。
 そのため、全身の骨格に異常を及ぼすようになってしまった。背中から足腰の痛み、しびれが慢性化し、整骨医はもちろん、針治療に通っても治らない。起業して7年目には、とうとう事業を辞めることになった。運動不足とストレスも加わり、50才にして体はボロボロである。このまま続けていたら、あと5年ぐらいで、この世とお別れしていたに違いない。

               メガネーシャ H29.10.11

 幸いこの事業を辞めて、ウソのように全身の痛みが消えた。ここで実感したのは、事業継続に必要なのは、お金より健康だということである(細く長く事業を続ける選択肢もあったかもしれない)。

 それから20年。
 そろそろ、男の健康寿命が尽きる年代である。同年輩の人が、つぎつぎ旅立っていく。私も体内の至るところ、がんの兆候が出てきた。いつまで健康でいられるか。いまや、親より長生きできるか、熾烈な競争を行っている最中である。

起業の失敗① 機械設計・製造

 機械製造事業では、加工ノウハウと製品見栄え価値とのバランスをとる必要があった

 いまの仕事につく前の40代、2度起業を試みた。ひとつは機械設計事業、そして眼鏡部品製造業である。いずれも(あとから見ればアホみたいな)基本的な戦略ミスがあって、途中下車してしまった。その2つの失敗談である。

①機械設計製造
 40歳近くまで、眼鏡枠メーカーで新製品開発や合理化のための生産技術者として生産設備の設計を行っていた。眼鏡枠製造では、鍛造、鋳造、射出成型、切削加工、溶接、研磨、表面処理、組立に至る工程と、それらの金型製造など、多様な技術分野がある。毎月、新デザインの製品がいくつも開発されるから、新しい技術についても知っておかねばならない。

 したがって、42歳で眼鏡メーカーを退職し、機械設計・製作会社を立ち上げたときは、たいていの仕事はこなせると思った。丁度バブルまっさかりで、仕事の依頼はあった。工場を機械化することで、作業が正確になり効率が上がる。ややこしくても面白い。ロボコン大会のようなもので、趣味でやるなら楽しい。

                   壁をぶち破れ
 しかし1年ほどで、壁にぶち当たってしまった。
 ひとつは、非常に手離れが悪いことである。手間をかけても、お金にならない。
 仕事はほとんど、本邦初めての機械の製作である。そのため、打ち合わせなど設計に時間がかかる。また機械の形はできても、思った通りの動きをしてくれるとは限らない。加工精度や生産スピード、機械の耐久性など、最初からうまくいったためしがない。

 機械技術者として、機械のことは理解していても、その分野の商品を造るのは初めてである。肝心の製造ノウハウが未熟では、時間がかかるのは当たり前である。本来なら、加工しようとする商品の特性をよく理解したうえで、機械の設計に取り掛かる必要があった。そしてそれには、時間がかかり、多くの失敗が必要である。最初から事業として成り立つわけがない。


 つぎに、機械を提供する事業の場合、大型で見栄えの良い製品ほど高額で売れ、利益は大きい。だが、顧客企業にとってのコストパフォーマンスは悪い。簡易的な設備や冶工具で同じ機能を満たすことができれば、顧客は有利になっても、当社の利益は薄い。アイデアにはお金を払ってくれないからである。
 だから顧客満足を追求し、良心的であるほどこの事業では儲からない。事業として成立させようとすれば、価値と価格の設定の仕方を、大幅に変える必要があった。保険診療に依存する医療業界のように、ヤブ医者ほど儲かるしくみではないのである。


 したがってこの仕事を事業として成り立たせるためには、特定分野の加工技術に集中するか、顧客と契約するときの条件を設定するノウハウを身に着けなければならなかった。
 戦略の転換を試みようとしているうちに、違う話が舞い込んできた。そのため、この事業は1年ほどで撤退する。


 以下②へ続く

日韓合意

 日本は、ルールをいったん決めたら、少なくとも70年は守る国である

 韓国政府が、またおかしな挙動をとりはじめた。韓国外交部は、旧日本軍の慰安婦問題を巡る韓日合意の検証結果をまとめた報告書を発表。合意に至る過程で被害者の意見が十分に反映されなかったことや、当時の韓国政府対応の問題点を指摘している。現時点で、公式な日本側への要求は無くとも、いずれ何らかの形でねじりこまれるのは間違いない。

 たしかに一昨年の合意は、唐突のように見えた。
 われわれ日本側から見たら、謝罪する必要のない事案について謝罪してしまい、あまつさえ10億円まで拠出したのは、とても許しがたい。理不尽な強請り・集りに屈したといえる。一方で、あれだけ強欲でしつこい韓国が、「たったの」10億円で、「最終的不可逆的」に手打ちするとは、何とも不思議ではあった。

             封印

 しかしお互い納得しなくても、約束は約束である。約束を守らなかったら、この世はおしまいである。合意について、民間がなにを言おうと勝手であるが、政府が外国との約束を反故にしたら、その国は国ではない。だから日本は不本意ながら、河野談話を継承してきた。

 日本は、ルールをいったん決めたら、少なくとも70年は守る。憲法でさえそうなのだから、国家間の約束ならもっと長い。少なくとも100年は守る。だからこの件では、韓国がどんなことを言おうと関係ない。韓国人の出鱈目さが際立つだけである。「再交渉」が必要なら、100年後にあらためてまな板に載せればいい。

 そのとき、朝鮮半島は地球から消滅している。そのため日本は、ゴジラを養っているのである。

木村草太氏の憲法

 いまの憲法をめぐる争いは、東大法学部「護憲ムラ」の既得権益を守る戦いである

 最近、マスコミに登場する若手の憲法学者がいる。東大法学部の木村草太氏である。最近福井でも講演を行った。
 彼はその著作「憲法という希望」の中で、理解しがたい持論を述べている。

①集団的自衛権について
 日本国憲法9条では、全面的に武力行使を禁止している。ただ木村氏が指摘しているように、例外規定があれば認められる。たとえば憲法13条は、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」は「国政の上で最大の尊重を必要とされる」。日本政府はこれを例外規定として、個別的自衛権は合憲であるとしている。ほとんどの憲法学者も同意している。

 では、集団的自衛権はどうか。
 木村氏は、「日本国憲法の端から端を探しても、外国の防衛を援助する武力行使を認める根拠になりそうな規定はない」、だから「集団的自衛権は違憲だ」という。

 しかし日本国前文には、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」とあり、つづけて「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とある。
 これは集団的自衛権を認める例外規定として、充分すぎる


②法の重要性
 道徳を含めた価値観は、人によって同じではない。そこで、最低限すべての人が守るべきラインを、国会が議論して決めたものが法律である。したがって法律は、なぜそのように決めたのかを理解する必要がある。「場合によっては、法律より大事なものがある」という感覚で議論してしまうことは非常に危険である。木村氏は、「9条より安全保障が大事だ」という主張は危ういという。

 しかし、決まったものは金輪際守らなければならない、という発想こそ危険である。
 憲法9条も、占領政策のもと国民の知らないうちに決められたものである。緊急事態や安全保障のように、法律・ルールがカバーしきれない領域は多い。テロや火事が発生したとき、ゆっくり廊下の右側を歩いていたら、大勢が亡くなってしまう。大津波で避難するとき、車の定員を守る人などいない。登攀禁止の電柱に登って助かる人もいた。
 頑なに法律やルールを守っていたら、組織は壊滅する。そして、ルールは常に見直さなければならない。
            立ち入り禁止
③国家の状態
 国家の第一段階は無秩序状態である。第2段階では、「暴力を独占する絶対的な存在」をつくって秩序を作り出す。そこから、立憲主義によって権力の乱用を防ぐ試みが第3段階となる。
 木村氏によると、現代の日本は、第2段階の「君主制」から、第3段階に入ったところの「第一共和制」だそうだ。じつはこの状態は非常に不安定で、ことがあれば第2段階の独裁制に戻ろうとする。木村氏の見解では、共和制を強化し立憲主義を確立することが第3段階の最終で、これを理想としている。

 しかし権力を縛る立憲主義を追求すると、自分の欲望だけを追い求める民衆が増殖し、収拾がつかなくなる。つまり最初の無秩序状態に戻る。いまの日本は、この状態に向かっているように見える。
 ほんとは、木村氏が不安定だという「第一共和制」こそが、理想的な社会ではないのか。不安定ということは、「中庸」である。中庸は難しいのである。



 木村氏は、法律の専門家として、法の重要性を強調する。また絶対的な「立憲主義」の信者でもあり、その立場から現政権の「危うさ」を訴えている。
 このようにすべての専門家は、自分の専門分野の危機を煽り、少しでも予算をつけようと企んでいる。いまの憲法をめぐる争いも、東大法学部「護憲ムラ」の既得権益を守る、いちゃもんである(もちろんこれにも中国共産党の工作が絡む)。われわれは、そんなものに惑わされてはいけない。

世界史の不思議

 日本が中国を一度でも支配しておけば、現在のような日本叩きはなかったはず

 大東亜戦争後、日本は侵略国家であったかどうかが問われてきた。中国・韓国は戦争前の出来事を穿り返し、日本を口汚く罵ってきた。それに呼応して、日本でも「懺悔」する人がいる。一方で侵略はなかったと主張する勢力も多い。
 

 しかし、このような論争はまったく無意味である。
 歴史ある国は、ほとんどすべて「侵略」で成り立っているからである。我が国も戦国時代から江戸時代を経て、明治維新で初めて日本国が意識された。それまでは無数の国に分かれていた。中東やアフリカなど、第2次大戦後人為的に作られた国以外は、ほとんど同じである。

 たとえば昔から、「中国」という国はない。この地域は秦の始皇帝から始まり、漢、明、元、清など、多くの王朝を作り上げてきた。これらはすべて侵略である。そのなかで、現在中国のおもな民族である漢族は、漢と明だけであった。その他の時代は、契丹人、女真族、蒙古族、満州族と、入れ代わり立ち代わり、支配民族が変わっている。

               綱引き H28.5.15
 したがって国の成り立ちで、侵略を行うことは当たり前であった。侵略がなければ、いまだ世界中が部族間の対立で、殺戮が絶えないであろう。
 秀吉のとき、あるいは満州事変以降、この広大な土地を日本民族が支配しようと動いても不思議ではなかった。ひとつ間違えば、いまの中国は「日本」と言う国であった。そのとき一度でも支配しておけば、現在のような日本叩きはなかった。中国には韓国人のようなしつこい民族は少ない。

 もっとも有史以前、日本は中国大陸からとんでもない侵略を受けている。そのとき「国ゆずり」を行い、神の国になってしまったのである。

平和憲法の残酷

 われわれの生命・財産を蹂躙してきた憲法9条を廃止しなければ、子孫に顔向けできない

 まだまだ不十分ながら、ようやく憲法改正が現実化しそうである。
 日本では、平和憲法つまり憲法9条があったから、70年間も平和が保たれたという人は多い。たしかに、日本国憲法が昭和22年に制定されてからこれまで、直接軍隊で日本に攻めてくる国はなかったし、日本が外国で戦争することもなかった。つまり、軍隊同士でドンパチすることは皆無であった。

               越前3の峰のお花畑 正面が別山、左奥に石川3の峰 H29.7.15

 しかし、「正式」な戦争は無くても、日本人は周辺諸国から徹底的に蹂躙されてきた。
 韓国の李承晩政権時代、殺傷された日本人漁師は44人、拉致被害者は3929人、拿捕された漁船は328隻に及ぶ。当時日本には軍事力が無く、圧倒的に不利な状況で、屈辱的な交渉をするしかなかった。あげく、竹島が不法占拠されてしまった。

 北の方でも、日本人は虐げられてきた。
 旧ソ連時代から現在に至るまで、だ捕された漁船数は約1400隻、だ捕された人員は延べ10000人近くにもなる(北海道庁発表)。だ捕された船員は全員取り調べを受け、船長らは短くて三ヵ月、長くて四年も抑留される。船体、漁具等は全て取り上げられる。漁船員の家族は働き手を失い、苦しい生活を強いられた。

 そして北朝鮮は、日本から数百人もの若者を拉致し、いまだに閉ざされた国の中から、被害者を放そうとしない。とんでもない侵略である。さらに、近年国力を増してきた中国は、大漁船団を編成し、日本近海の漁場を荒らしまわっている。もちろん、尖閣から沖縄に至る領土的野心を隠そうともしない。
 もちろん、軍事力を依存せざるを得ないアメリカには、なすがままにされている。

              戦う犬
 はっきりした軍隊の後ろ盾がない日本は、これら近隣諸国に搾取され放題である。本来なら日本の漁場である日本周囲の海域は、いまや中国や朝鮮の漁船団による乱獲で、資源が枯渇しかけている。
 少なくとも日本が、国民の生命財産を守ろうとする国なら、こんなことはあり得ない。普通なら、拉致被害者を取り戻すために、軍隊が乗り込む。アメリカならとっくにそうしている。まさに憲法9条が、日本人の生命と財産を脅かしてきたのである。

 このような屈辱は、我々の世代でおしまいにしたい。このままでは、とても子孫に顔向けができない。決して、中国工作の手に堕ちた護憲勢力の抵抗に、屈してはならない。

年賀状の発送

 合理的な人は年賀状など出さないが、人間の心情は合理的でないから困る

 毎年この時期になると、年賀状で苦しむ。定型文を作成、印刷し、宛先とコメントを書くだけで、ほとんど丸一日かかる。今日も朝からその作業で潰れる。

 これだけ面倒だと、年賀状を出す相手が憎らしい。だから書かれた文言・字面とは反対に、賀状には私の怨嗟がこもっている。受け取った人に私の祟りがあるかもしれない。かわいそうである。 
 逆に、出さなくて済む相手には感謝している。
 大切な相手かどうか、年賀状の発送で判別しているわけではまったくない。
           怖いイヌ
 もっとも年賀状の大半は、返事を出さないで我慢していると、そのうち来なくなる。
 それに、賀状を出す出さないで気を揉むのは、正月に入って1週間程度である。その後の日々の人間関係はほとんど、年賀状の有無とはまったく関係ない。
 いつまでこんな気配りを続けるのであろうか。

 合理的な人は年賀状など出さないであろう。だが人間の心情は、合理的でないから困るのである。

活性酸素の功罪

 人体に害を与えるだけでなく、有害物質を叩いて人体を強靭にする

 すべての毒は薬である。
 たとえば活性酸素。この分子は、遺伝子を破壊してガンの原因をつくる。老化の原因でもある。活性酸素は人体に最大の打撃を与えている。

 活性酸素は息をしても、飲んだり食べても、動くだけで発生する。
 煙草や飲酒、過激な運動をすれば、普段の何倍も発生し、体内を傷つける。放射線の影響も、その90%以上は体内に活性酸素を発生させることである。年間100㎜SVの放射線は、普段発生する活性酸素全体の、最大で0.1%に匹敵するという(潔癖症はこれでも心配)。
 われわれが生存活動をしている限り、膨大な活性酸素の発生は避けられない。

                ほんとうか?青蛇
 しかし、人間の体は複雑である。
 中村仁信氏(元ICRP委員、阪大名誉教授)の「低放射線は怖くない」によると、活性酸素が、人体に害を及ぼすがんに至るまでには、いくつものプロセスがある。そして人間の体は、それぞれの段階で、素晴らしい修復機能を発揮しているのである。

 そのプロセスは、
 活性酸素→DNA損傷→突然変異→がん細胞→発がん

 そして、発がんに至るまでに、つぎのような修復がなされる。
   DNA損傷←修復機能
   突然変異←細胞自爆(アポトーシス)
   がん細胞←免疫細胞による処理
 そのため、体内で毎日数億単位で起こっている損傷が、実際に発がんする確率は、きわめて少ない。


 さらに活性酸素は、体内のウィルスや菌を殺し、免疫細胞を鍛えている。ある程度の発生があれば、抵抗力が増し、ガンや病原菌に負けない体を作ることができる。人間にとっての毒は無数にある。その毒を活性酸素が抑えている。まさに毒をもって、毒を制している。世の中には、ゼロリスクなどない。

日本商品のブランド力向上

 日本のお金持ちが、日本の製品やサービスを、高い値段で買うこと

 昨日書いたように、日本政府が1100兆円を超える膨大な借金をしているのは、日本のお金持ちがお金を使おうとしないからである。日本は世界中にいいものを輸出して、汗水たらしどんどんお金をためている。そうやって、ためたお金をじっと見ているだけで、しみったれた暮らしをする。今の高齢者は、死ぬ間際がもっとも貯蓄が多く、平均3500万円も残して亡くなる。

 お金があるのに遣わない。だから日本中に、山ほど貯金がたまる。仕方ないから、政府が使わざるを得ない。いまはプライマリーバランスなど気にしないで、思い切って赤字国債を発行すればいい。
  
              太っ腹
 しかし問題がある。財政赤字が増えすぎることではない。
 国が買うものはブランドになりにくく、日本ブランドが育たないのである。国がお金を使うときには、公平にしなければいけない。たとえばいまの保険診療では、名医もヤブ医者も全く同じ料金体系である。むしろヤブ医者の方が、治療に時間がかかるので儲かる。

 しかもいま日本の金持ちが高額商品を買うときは、日本製品でなく欧米のブランド物に手を出す。年棒何億円ものスポーツ選手などは、必ずベンツやBMWなど欧米の車に乗っている。海外ブランドがますます拡大し、いくらいいものでも日本製品の消費は限定される。

 ほんとは日本のお金持ちが、塩漬けのお金を取出して、日本の良い製品やサービスを、高い値段で買わなければならないのである。フランス高級ワインより、大吟醸のほうがよほど価値があるはずだ。そうやって、その商品をつくった日本人の生活レベルを向上させる。日本に金持ちが増え、豊かな暮らしをする。その豊かな暮らしが、また日本ブランドを格上げする。高級品の開発にも拍車がかかるし、国内にお金が回る。
 政府がお金を遣ったのでは、お金持ちが日本商品のブランド力を底上げするような循環ができない。

 つまり、日本の金持ちがムダ遣いをすることで、日本製品のブランド価値が高くなる。3500万円を残して死ぬ高齢者が、死ぬ前にせめて1000万円を遣えば、(毎年100万人亡くなるとして)年間10兆円が、日本ブランドの向上に役立つ。
 政府が徴税権を行使するとしたら、高齢者にお金を遣わせるものでなければならない。

財政赤字の何が問題

 日本のお金は、大部分が年寄りのブラックホールに吸収され、塩漬けされている

 来年度の政府予算は約98兆円と、過去最大になるという。もちろんそのぶん政府の赤字も増える。この日本政府の膨大な財政赤字は、自治体や隠れ債務を含めると、1300兆円とも2000兆円とも言われる。多くの識者やマスコミは問題視している。ただ、そのことの何が問題であるか、私にはいまだよくわからない。

 経済の専門家の話は、煙に巻かれるようで、なにか胡散臭い。大衆政治家はわかりやすい説明をする。正論11月号に掲載された中田宏氏(元横浜市長)の「全国知事・政令市長ランキング」の中に、「なぜ借金が駄目なのか」の一文がある。
 それによると
 『あなたが1000万円の国債を購入し、政府が1000万円のハコモノを作ったら、政府の手元には何も残っていない。そのうち政府は課税徴収権を行使して、その1000万円は徴収される』というものである。たしかに単純明快である。

          金の成る木          太鼓判

 しかし、この説明も嘘くさい。政府が、大規模に課税徴収権を発揮する必要などまったくない(やるとしたら再分配のため)。
 それに政府が使ったお金は、そのまま誰かの貯蓄になる。しかもその段階で、ハコモノを作るという仕事が発生し、技術力が蓄えられる。つまり、いままで1000万円しかなかった国民の財産が、2倍になる。すなわち、政府が国債を発行し国民に仕事を与え報酬を支払った分、日本人は豊かになるのである。

 お金が増えるとインフレが心配という人がいる。ただインフレは、需要が供給力を超えた場合である。いまのところそんな心配はない。むしろ、需要を増やそうと思っている企業は大歓迎である。日本人の根性からみて、一旦貯蓄したお金は金輪際遣おうとしない。まさにブラックホールである。

 その証拠に、「貯蓄を取り崩す高齢者」が、まったく増えていない。高齢者の多くは、潤沢に社会保障費の給付を受け、遣い切れなくて貯めこんでいる。年金の半分は、三途の川の渡し代として、大事に貯蓄される。閻魔様は清潔でお金を取らない。つぎに遺産を受け取った子供も70歳過ぎて、自分の地獄行きに備えなければならない。日本のお金は、このブラックホールに際限なく吸収され、永久に塩漬けされる。
 だから今の日本では、政府がたっぷりと赤字国債を発行しなければ、経済が成り立たないのである。

敦賀「ミライユ2017」

 アーチトンネルはよかったが、イメージライトはじっくり見るようなものではない

 昨晩、敦賀市金ケ崎緑地の「ミライユ2017」を見学した。
 どうせなら、近くで一杯やりたかったので、JRを利用。福井駅16時45分発の普通電車で、新装なったJR敦賀駅に17時35分に到着。駅構内の案内所に美人コンセルゼェが2名も入るなど、かってのボロ駅とは見違えるようである。

 さっそくカウンターで案内を受ける。
 ただ会場への周回バスはすでに終了。しかたなく、敦賀市のメイン通りを歩きだす。ほとんどがアーケード歩道で、ラッシュ時なのに、人通りも少なく歩きやすい。海岸に近づくと屋根がなくなり、海からの冷たい風と雨がきつい。駅から30分でなんとか、金ケ崎緑地の会場に着いた。
 夜の敦賀メイン通り H29.12.19  未来へのトンネル H29.12.19 機関車 H29.12.19

 「ミライユ2017」は、敦賀の港を約45万球のLEDが彩るイルミネーションである。海の中にいるような全長70mのアーチトンネルや、鉄道と港の町・敦賀をイメージした各種モニュメントが展示されている。廃食油を燃料とした「環境にやさしい?」発電を利用し幻想的に照らす、という触れ込みである。

 アーチトンネルはなかなかであった。といっても、15分も歩きまわれば一通り見物終了。昔見た神戸ルミナリエと比較するのはかわいそうである。イメージライトであるから、じっくり見るようなものではない。福井くんだりから1時間以上かけ、わざわざ来るところではないような気がする。
 寒かったので、近くの赤レンガ倉庫内の居酒屋で熱燗を少々。帰りの敦賀駅までの道は、後からの風で、まだ歩きやすかった。

ISOでの審査指摘

 年を取ると、「面従腹背」を駆使するテクニックを覚えるようになった

 今年、何件かのISO9001の認証取得審査に立ち会う機会があった。ISOの審査では、いわゆる「不適合」の指摘とは別に、「改善の機会」と称する審査員の押しつけ提案事項が、報告書に並べられる。

 むかしはよく、これらの指摘に抵抗した。杓子定規で会社事情を考慮していないからである。たいていの指摘内容は、どうでもいいことか、かえって不都合が発生する。審査員とトラブルになり、審査機関と交渉して、審査員を代えてもらったことも何度かあった。不適合ではないにしても、報告書に書かれてしまうと、会社側は何らかの対応をしなければならない。

               講師
 だが最近は、よほどのことがない限り、そのまま受け入れることにしている。
 いちいち審査員と議論していてはなにも進まないし、そもそもISOにまともな審査員など少ないと思うからである。どこかの文部次官のように、「面従腹背」のテクニックも覚えてきた。

 このテクニックは、地域活動において、なにかの役割を押し付けられたときにも駆使する。もし断ると、依頼したほうが困るし、結局誰かがしなければならない。したがって、受けるふりをして何もしないか、最低限の仕事だけする。地域の仕事など、それでもなんとか持続できる。

 審査時の指摘も、おとなしく受け入れるふりをしないと、審査員が困るだけである。どうせ彼らは、まともな指摘ができない。なにか指摘して「成果」を上げないと、評価が低くなる。
 こんないい加減な世の中でいいのであろうか。

核の傘の有効性

 広島市長のような、核の傘が有効と思わない人が増えると、ほんとに戦争が始まる

 12月の「核兵器廃絶国際キャンペーン」へのノーベル平和賞授賞式後に、広島市の松井市長が「核保有国の同盟国(日本)が、核抑止力で守られている『核の傘』は、錯覚である。」と述べ、物議を醸している。

 妄言でも、自明のことと思われていたことに、あえて異議を唱えたのは勇気がある(もっとも市長の立ち位置からすると、当たり前の発言)。それに、すべての想定は錯覚である。『核の傘』が有効かどうかは、そのときになってみなければ誰にもわからない。

             別山稜線のお花畑 H29.8.03

 しかし残念ながら、『核の傘』は有効である。
 なぜなら、北朝鮮の核開発が最終段階に入っても、アメリカ軍が先制攻撃をする気配がないからである。もちろん、その場合にはソウルに向けた無数の大砲や、日本にある米軍基地へのミサイル攻撃が避けられない。
 それよりアメリカが恐れているのは、北朝鮮と中国との安保条約である。
 すなわち、「もしどこかの国が北朝鮮を攻撃したら、それは中国が攻撃されたと見なす。」という条約を北朝鮮と中国が結んでいる。米軍が北朝鮮を先制攻撃した場合には、条約に従って中国軍が米軍に対し反撃する。一気に大国同士の全面戦争に発展する。いくらアメリカでもそれは避けたい。
 だから米軍は先制攻撃をためらっている。中国の北朝鮮に対する『核の傘』は間違いなく効いているのである。

 日本とアメリカとの安保条約もまったく同じである。アメリカの「核の傘」が有効でないのなら、中国はとっくに日本に攻めこんでいる。いままでドンパチがなかったのが、何よりの証拠である。
 
               戦うサル

 それにこれは、ゲーム理論における「囚人のジレンマ」である。たしかにこの理論では、どちらかが融和的措置を取れば、長期的には、お互いWIN・WINになる。だが短期的には、強硬な措置を取ったほうが圧倒的に有利になる。核戦争の場合、短期も長期もない。最初に負けたらおしまいである。
 広島の松井市長は、日本人の生命に責任を持たないから、アホな理論を唱えられるのである。

 大切なのは、世界中がみな「核の傘」は有効だ、と思うことである。広島市長のように、そう思わない人が増えると、ほんとに戦争が始まる。

人間の食べ物

 これからは、人類が食べたことのない物質の摂取を試みていく

 昨日の夕食時に、通販で購入した牡蠣を大量に食べた。我が家ではめったにない御馳走である。10㍑缶にぎっしり入って4,000円。大ぶりの牡蠣が少なくとも5~60個は入っており、大人4人で、あきるほど食べた。もちろん、加熱したはずである。
 ただその後がいけない。
 下痢した者と便秘になった者がいる。もしかしたら感染性胃腸炎かもしれない。人間は、こんな危ない食べ物を美食にしているのである。これに懲りず我が家では、正月に恒例のナマコ料理を大量につくる。

 以前、秋田県の居酒屋で、日本酒の容器に入った洗剤を誤って客に提供し、飲んだ人が入院したというニュースがあった。この店では、洗剤を日本酒容器に保管していて、従業員がこれに気づかず客に提供したらしい。
 ふつうなら洗剤をそのまま飲めばすぐわかる。「被害者」は、日本酒を飲んだことがなかったのであろう。

 私も居酒屋で、洗剤入りの日本酒を飲んだことは何度かある。酒燗器を洗浄するとき洗剤が混じることはよくある。2合瓶徳利で半分ほど我慢して飲み、クレームを付けた(対応が悪かったので2度とその店にはいかない)。その程度では体に異常はない。あっても気が付かない。さすがに秋田県のように、ストレートの洗剤を1合も飲めばおかしくなる。

              飲むイヌ

 そもそも人間は雑食動物である。人類史は、あらゆる物質を食べようと試みてきた歴史でもある。魚介類や動物は、細菌の宝庫である。もちろん植物野菜の多くは有毒だから、死ぬ人も多かった。それを工夫して、煮たり焼いたり、選んだりの試行錯誤で、人類を70億人にも増やしてきたのである。

 これからは、人口増の伸びに食料の増産が追い付かなくなる。新たな食物、場合によってはこれまで人類が食べたことのない物質を、体内に摂取する試みがあっていい。何が毒か毒でないか分かるようになる。異物混合ぐらいで、回収・大量廃棄することなどとんでもない。市販の洗剤とウィスキーでは、どちらが体に悪影響を与えるか。ほんとは誰にもわからない。

セクハラ被害

 年取って容色衰えた好色じじいタイプは、犯人にされやすい

 あわら市の橋本市長(63)が、公務中に市長室で女性とキスするなど、「不適切」な行為をしていたそうだ(13日のニュース)。2013年には、一緒に車に乗った女性に車内で抱きつき、用事で市長室を訪れた女性の体に触れたり、キスをしたりしたらしい。

 その少しまえには、岩手日報社の女性記者が、岩手県岩泉町の伊達町長(74)からわいせつ行為を受けたことを明らかにしている。町長は今年10月、町内に宿泊していた女性記者の部屋を何度もノックし、記者がドアを開けると、部屋に入り無理やり抱きつき、複数回キスをしたという。記者はその後精神的ショックで休職状態にあるらしい。

 11月には、兵庫県川西市の20歳代の女性職員が、本荘重弘・副市長(60)にセクハラを受けたとして9月上旬から休暇を取っていることがわかった。本荘副市長と女性、男性職員2人の計4人が9月1日、仕事の打ち上げに参加。2次会のカラオケで本荘副市長が女性とデュエットした際、肩に手を回したり、手を握ったりしたという。


 もちろん不倫騒動は、市長や町長だけではない。大学や芸能界では、日常茶飯事である。
 それでもこんなことが、つぎつぎ表沙汰になるものだと思う。しかもあわら市長の「事件」は、4年も前のことである。コトに至ったいきさつや状況は千差万別であり、これだけで善悪を結論付けることはできない。だから以下に述べることは、一般論である。

             美人薄明
 そもそも、このような騒動はどちらがセクハラしたのか、当人同士しかわからない。表面化したら、世間は見栄えで判断するしかない。だから、年取っていかにもスケベ面したほうが犯人にされる(だから元文部次官の前川氏の証言は失敗した)。

 その草分け的存在は、横山ノック氏である。彼は選挙期間中に、車の中でか弱き女子大生の一部をいじった罪状で、知事の座どころか世間から抹消されてしまった。もし同じような事案でも、「被害者」が山姥のような醜女で、「加害者」が若き日のキムタクであったらどうか。世間の印象はまるで反対であったに違いない。
 それほど極端でなくても、スケート業界で橋本聖子議員が、当時現役だった高橋大輔氏に「無理チュー」を迫った事件では、橋本議員のほうが悪者になった。今年「准強姦罪」で、如何にも好色そうな元TBS中年男性記者が訴えられたのは、女性側が有利だと判断したからであろう。真相はともかく、世間はうら若き美人女性のほうに同情する。

 冒頭に挙げた3つの事例でも、「加害者」が観念したのは、「被害者」との見てくれの差を、自覚したからである。報道写真を見た限り、見るからにスケベじじいである。
 やはりイケメンは有利である。じじいは、「決死隊」で欲望を発散するしかない。

なぜ人は生きているのか

 なぜ生きているかわからなくても、生きているなら幸せな方がいい

 新潮45には、「ビートたけし 達人対談」と言う記事が連載されていた。この月刊誌は、やたらと人をバカにする評論家が格を下げ、この記事はそれをカバーしている。たけしのユニークな質問が、それぞれの達人の専門性を際立たせている。

 10月号の対談は、幸福学の達人・前野隆司氏(慶応大学院教授)であった。氏はもともと、ロボット学の研究家で、ロボットに心を持たせる研究を行っていた。そのうち、人間の心に関心をもつことになったという。氏のおもな主張は、人間には自ら何かしようとする主体的な意識はなく、無意識が決めたことを追認しているだけ、ということである(この理論では、すべて殺人や不倫も、自分の意思ではないことになる)。

         うばさくら 25.4.13

 前野氏は、人間の永遠のテーマである幸福の追求、どうすれば人が幸せになるかを研究している。
 ではどうすれば幸せになるのか。
 人が幸福を感じるのは、「ほどほどの目標を持っていること」、「人とのつながりがあること」、「なんとかなるという前向きの心」、「他人と比べないマイペース」の、4つの因子を持っていることだという。この因子を持つようにすればいい、この当たり前のことが大切なのである。
 
 ただその根本には、なぜ人は生きているかという、永遠の疑問がある。これについて誰もが納得できる答えなど無い。前野氏は、生きる意味なんて本当はないという。それも寂しいが、人間以外の生物はそんなこと考えない。
 もっとも、なぜ生きているかわからなくても困らない。生きているなら幸せな方がいいだけの話である。

昨日のニュースから

 珍しく昨日は、妄言を発揮できるニュースを四つも耳にした

 ひとつは、沖縄県の小学校校庭に米軍ヘリから窓枠が落下し、小学生がかすり傷を負ったというものである。ニュース映像を見ていたら、校庭には警官やら報道関係者が押しかけ、ひしめき合っていた。TVニュースでは、繰り返しトップで報道されていた。
 たかが窓枠の落下である。大谷選手のホームランが、隣のグラウンドに飛び込んだようなもので、冷静に考えたら、これくらいのリスクなどどこにでもある。それでも、日頃から沖縄米軍を目の敵にしている報道機関や政治家にとって、窓枠は格好の獲物である。沖縄2紙につられる形で、本土のメディアも大騒ぎしている。一連の報道ぶりを見ると、彼らは窓枠でなく、ほんとはヘリコプターごと落ちて欲しかったのではないか。

 二つ目は、広島高裁が四国にある伊方原発3号機に対し、来年9月までの運転差し止仮処分を下したものである。根拠として、火山の大規模噴火に対する想定が甘く、約130キロ西の阿蘇山で最大級の噴火が起きた場合、火砕流が原発の敷地に到達する恐れがあるというものである。
 だが、それだけの大噴火がおきたら、原発どころではない。なにしろ九州はおろか、中国・四国の人の大部分が亡くなる大災害である。3.11の大津波では2万人が亡くなったが、原発事故では誰ひとり亡くなっていない。日本人は、大規模な人命喪失より原発事故のほうが怖いという、不思議な民族である。

               いわざる

 三つ目は、あわら市の橋本市長(63)が、公務中に市長室で女性とキスするなど「不適切」な行為をしていたという話である。市長室を訪れた女性の足の指を舐め回すなど、クリントン前大統領も吃驚の変態ぶりである。ほんとにセクハラか、「礼儀」なのか、本人しかわからない。だが、ここまで表沙汰になっては、まともに市長を続けてはいられない。気の毒である。


 最後に、将棋の羽生永世7冠と囲碁の井上7冠が、国民栄誉賞を受賞する。先の3つのニュースとは異なり、めでたいことであるし、なにも異存はない。
 ただこれまで24名の受賞者のうち、大相撲の力士が2名いる。大鵬と千代の富士で、それぞれ優勝回数は、32回と31回である。したがって、40回も優勝した白鵬が日本人なら、文句なく対象になるはずである(この賞は、王貞治氏のように日本国籍でなくてもいい)。さきの暴行事件で、この話がすっとんでしまった。

原発推進への意識改革

 人々の琴線に触れるためには、感情をこめて訴えることのできる役者が必要である

 先日のエネルギーセミナー資料によると、原発再稼働に賛成する人は、反対者の半分しかいないという。それぞれおよそ30%と55%である。朝日、毎日などの新聞社の調査で、福島事故後から2017年まで5年経っても、ほとんど変わっていない。

 日本国民はもっと賢いはずなのに、なぜこんなおかしなことになってしまったのか。
 再稼働がここまでこじれたのは、いまや原発問題はイデオロギーの手段になってしまったからである。中国など近隣国は、できるだけ日本を弱小国家にしておきたい。そのため、強力なエネルギー源である日本の原発を、停止させておくのが一番である。工作の手先であるマスコミや「知識人」を使って原発不安を煽り、人々の潜在意識に深く刻み込ませる。
 中国得意の、三戦の一部である。日本はその三戦に太刀打ちできず、追い込まれている。

              いざ決戦
 しかしこのまま、負け戦に甘んじていては、日本の未来はない。
 ではどうするか。
 マスコミの印象操作には、その数倍の印象操作でカバーするしかない。とにかく正論をぶつける。ウソも1000回言えば真実になるなら、ほんとのことを10000回言えば確信に変わる。そのための予算を惜しげもなく使う。毎年1兆円もあれば充分である。

 やり方も考える必要がある。
 これまでは、先日のセミナーのようにただ淡々と、事実・データを積み重ねるだけであった。これでは人々の心に響かない。人々が再稼働に反対するのは、漠然とした不安、センチメンタルである。宗教のようなものだから、反原発のインチキデータしか信じない。

 したがって原発の啓もうには、正確なデータとともに、人の琴線に触れるような論旨が必要である(根拠と論拠)。お役人の理屈っぽい説明だけでは、人の魂が揺さぶられることはない。

 たとえば以下に挙げたような、核エネルギー推進の論拠がある。
 このような内容について、感情をこめて訴える。それができるスター「役者」を育て上げることである(先日のセミナー講師の竹内純子氏のような人が適任だと思う)。

               戦うサル
世界人類を支える
 現在、一人当たり日本人の使っているエネルギーは、世界の人々の10倍にもなる。つまり近い将来、エネルギーに目覚めた100億もの人口を支えるには、トータルでいまの5~10倍のエネルギーが必要である。そんなことができるのは、核エネルギーしかない。

脱原発は先進国のエゴである
 人口の半分が電気にアクセスできない途上国にとって、再生エネルギーなどと言う贅沢は望むべくもない。再生エネルギーこそ、先進国の安心のため途上国に大きな犠牲を強いる、富の偏在化の最たるものである。福島原発事故でトチ狂った日本の、中東で支払ったバカ高いオイルマネーが、シリア内戦を拡大させ、何十万人をも殺戮したことを、日本人は恥じるべきである。

③原子力推進の夢がなければ廃炉のための人材も育たない
 原発の撤退は、進めるよりはるかに難しい。このしんがりを務める人には、国の最高レベルの頭脳が求められる。それだけの人材を確保するためには、少なくともあと100年、核燃料サイクルを含めた、核エネルギー推進の夢と、実現のための原資を与え続けなければならない。

失敗のノウハウを活かす
 福島の事故やもんじゅナトリウム漏れ事故は、めったにない貴重な経験であった。人類全体の宝でもある。悲惨な出来事と同時に得られた、貴重な失敗のノウハウを潰してしまう権利は、断じてわれわれにはない。また摺り合わせ技術に長けた日本人こそ、原発や核燃料サイクルの開発に、最も適している。

放射性廃棄物の活用
 トイレのないマンションといわれる原発廃棄物は、一皮むけば重要な資源である。崩壊熱と放射線は、エネルギー源や殺菌、健康増進、及びガン治療に使える。また原子崩壊後のさまざまな元素は、希少なレアメタルである。ゴミにするか資源にするかは、知恵次第である。

人類が一度手に入れた技術は、決して無くならない
 人間はこれまでも数々の失敗を繰り返しながら、文明を手に入れてきた。自然科学である原子力は、人間相手の勝ち負けと異なり、必ず制御できる。怖いから見ない、やらない、隠そうとするなら、サルと同じである。あるいは水鳥の羽音に怯えて逃げ散った、富士川の戦いでの平氏を彷彿とさせる。

エネルギーセミナー

 核燃料サイクルを含めた原子力エネルギーの確立が、日本が生きる大条件である

 昨日、福井商工会議所開催のエネルギーセミナーに参加した。エネルギーや原子力をめぐる現状と課題について学ぶ、シリーズ3回目である。初めての聴講でも、比較的わかりやすい内容であった。
 このセミナーで知りたかったことは、以下の2点である。
 
①核燃料サイクルについて
 化石燃料に頼らず、数百年以上一定規模のエネルギーを供給できる、理想的なシステムである。日本は理不尽な理由で、もんじゅ廃炉憂き目を見たが、中国やロシア、インドでは、すでに実用炉段階まで進んでいる。このままでは、軍事力だけでなく、エネルギーを中心とした経済力でも、圧倒的に中国に後れを取る。日本は強大な中国圏に飲み込まれる。中国における動向を注視しておく必要がある。問題は、日本がどうするかである。

②EV車と原発の関係
 これから世界的にEV車が普及する。ただEV車の充電は、原発の夜間電力を利用することが、前提のはずである。そのため原発が停止している日本では、普及が阻害されてしまうのではないか。日本では製造業の不祥事が相次いでいる。唯一頼らざるを得ない自動車工業までもが没落したのでは、目も当てられない。

       セミナー H29.12.11         人類の未来

 これらの疑問について、
①日本の核燃サイクル
 たしかに中国、ロシアでは、もんじゅクラスの実証炉を卒業し、実用炉の建設を進めている。問題は日本の将来計画である。核燃料サイクルだけでなく、原発の未来がはっきりしなかったら、若い人たちが原子力産業に入らない。若い優秀な人材が活躍しなければ、現在ある原発の安全な撤退もあり得ない。
 このことについて経産省の小澤氏は、日本でも核燃料サイクルを進めると述べていた。だがいまひとつ迫力がない。これでは強力な反原発勢力に太刀打ちできない。

②EV車のCO2インパクト
 日本自動車研究所の資料によると、2015年時点で、走行距離1キロ当たりのCO2発生量(燃料製造から走行まで)は、以下のとおりである。(()内は、原発+再生エネ比率)
 ・ガソリン車平均・・・・132g
 ・ハイブリッド車・・・・69g
 ・日本でのEV車・・・・59g(16%)
 ・中国におけるEV車・・82g(27%)
 ・ドイツにおけるEV車・49g(45%)
 日本、中国、ドイツにおけるEV車のCO2発生量がそれぞれ異なるのは、電源における化石燃料比率と発電効率が異なるからである。だから、すべて化石燃料を使った電源の場合は、単位走行距離あたりのCO2発生量は、ハイブリッド車を超え、ガソリン車と変わらない。むしろ、マツダのように3倍も燃費向上しているガソリン車のほうが、装置製作段階まで含めると、最も少なくなるのではないか。
 すなわちEV車が夜間に充電し、お昼に走行するためには、原発の夜間電力を利用するのが最も合理的である。原発が動かないでEV車が普及しても、まったく意味がない。


 講師の経産省小澤氏のパワーポイントは、お役人特有の細かい文字羅列で、ついていくのが大変であった。だがテキストには、EV車のCO2インパクトなど、いくつか参考となるデータが記載してあり、あらためて知見を高めることができた。
 資源のない日本で、エネルギーが切れたらそれこそ死活問題である。しっかりと4本の柱を確立する必要がある。最重要な柱として原子力は絶対にはずせない。

雨の交通指導

 いやなことや我慢の時間を過ぎれば、しばらくは充実した幸福が訪れる

 地域の交通安全推進員として、月に2~3回、近くの交差点で交通指導を行っている。
 今朝は7時から、防寒具とマフラー、頭巾の上から透明フード付の雨具を着用した「完全武装」で現場に立った。予定では、3名の推進員がいるはずなのに、現場に行ったら私のほかに誰もいない。推進員は高齢者ばかりなので、無理しないのであろう。冷たい雨の中、一人で単調な仕事を行う羽目になった。

 推進員が立つ交差点の端っこは、雨水が溜まっており、靴の中まで浸み込んでくる。その上、道路のわだちに溜まった水を、通行車両が容赦なく跳ね上げる。通り過ぎる車は、私の持つ点滅誘導棒などまるで見ていない。いつもながらこの1時間は長い。「完全武装」なので、寒くないのが救いであった。

      あっぱれ H28.12.5

 推進員の制服は目立つし、一見警察官のように見える。だから、歩行者や自転車通行者には、一目置かれている。

 雨の日に危険なのは、傘をさしたまま自転車に乗ることである。
 自転車に乗った高校生が、私の姿を見てそそくさと差していた傘を仕舞い込んだのは、哀れであった。傘がないと、濡れながら走る。適切な雨具さえつければ、快適に自転車に乗れるのに。
 その一方、不真面目な自転車通行者は、推進員のいる交差点横断歩道を渡らず、片手で傘を差したまま、堂々と道路を横断する。100メートルも離れていたら、睨みつけることもできない。

 単調な時間が経過し、ようやくお役御免の時刻が来たときは、さすがに体中が芯まで冷えていた。着用した雨具も、車にかけられた泥水で汚れている。自宅でこれらを洗い、温まって寛ぐまでには、まだしばらくかかる。


 いま、やっと落ち着いたところである。
 生産的な仕事を全くしなかったのに、なぜか充実感で満ちている。いやな我慢の時間を無理に過ごした反動である。それだけが収穫であった。

保守の安倍政権批判

 できないことを正論で終わらせるより、できることをさっさとやったほうがいい

 7日のプライムニュースは、西尾幹二氏が出演しての、安倍政権批判の独演場であった。久しぶりに見る西尾氏は異常にやせ細った、惚け老人の様相である。たぶん大きな病気を抱えている。
 だが痴呆どころか、2時間近く他のコメンテータを圧倒し、「保守」の貫録を見せていた。さすがの山口二郎氏も、安倍総理の擁護を行っていたくらいである。

 西尾氏によれば、いまの保守論客の多くは、安倍首相を甘やかしすぎているという。むしろ、加藤氏や福田氏のような左翼系首相のほうが、例えば拉致問題の進展はあったかもしれない。とくに安倍総理の決定的失敗は、必要ない70年談話を出したことだと批判していた。これで、世界における日本の歴史的敗北が決定してしまった。
 また、安倍首相の憲法改正私案(9条2項をそのままに3項で自衛隊を明記)は、ぬるすぎるし2項は絶対に排除すべきと主張する。国民投票において、もっと国民を信頼してよいと述べている。

 たしかに、拉致問題、靖国参拝、70年談話、外国人労働者、もんじゅ廃炉、女性宮家創設など、現政権は、保守の側からみたらかなり日和っていることは間違いない。私自身も大いに不満である。安倍政権が誕生した時、本格保守としての行動を期待していた西尾氏が、ここまで安倍総理を批判するのは、よほど期待値からの反動が大きいのであろう。

               達磨 横

 しかし、コメンテータの一人衛藤晟一(首相補佐官)が説明していたように、現実の政治は西尾氏の言うような理想の正論だけでは動かない。
 憲法9条の大幅改正にしても、国民は決して利口ではない。マスコミが担ぎ上げる「識者」の言説にしばしば血迷い、なにを選択するかわからない。いまの原発停止状態や、かっての郵政民営化選挙を見ればわかる。民主党が政権を取った時もそうであった。つい最近も、希望の党狂想曲があった。
 したがって、9条2項を廃止するという、戦後憲法の決定的な改変は、マスコミの総力戦と戦うことになり、国民への印象操作では勝ち目がない。

 できないことを正論で終わらせるより、できることからさっさとやったほうがいいと思う。西尾氏の論説は衰えてはいないが、年取って柔軟性が無くなってきたことだけは確かである。 

もんじゅ廃炉への道

 原発に関わる人材確保を阻害してきたマスコミの責任は重大である

 先日、原子力研究開発機構は、高速増殖原型炉もんじゅの廃炉計画を規制委員会に提出した。もちろん、国内で初めての事業で、30年後の2047年度、建物の解体撤去を全て完了するという計画である。

 この廃炉について、7日の福井新聞社説は辛らつに批判していた。
 ≪核燃料サイクル政策の中核施設として建設費1兆円超を投じ、運転実績は1年にも満たない。ナトリウム漏れ事故や炉内装置落下、機器点検漏れなどトラブル続き。廃炉総経費は最低でも約3750億円。とても「実証炉へのステップ」として国民を説得できない。≫
 さらに
 ≪未知の廃炉に対する国の一元的責任、実施主体の当事者責任は原発の運転以上に重い。信頼を損なう失敗は許されない。≫と書いている。何でも批判紙の面目躍如である。


 良くしらじらしく、こんな社説が書けたものだと思う。いつもながらこの地方紙の無責任ぶりには呆れる。
 もともとこの新聞は、原発やもんじゅの廃炉をしつこく訴えていたはずである。廃炉なら、当然ここに上がった問題点はわかっていた。そのうえでこの社説を出すとは、無責任なのか痴呆なのか、開いた口がふさがらない。
 批判だけでなく、廃炉すると決めたからには、その実現に向け、前向きな提案をすべきではないか。

             赤ひげ とぼけだるま

 そうはいっても、このような紙の上の廃炉計画だけでは、非常に心もとないのは、たしかである。核燃料や放射性物質を含むナトリウムなど、きわめて取り扱いが困難で、まだ具体的なやり方は定まっていないという。
 これから本腰を入れ、原発や高速増殖炉を廃止するなら、その撤退戦に最大限の資源を注入しなければならない。撤退のための活動は、推進するよりはるかに重要で難しい。人もお金も資源も、ふんだんにつぎ込む必要がある。とくに重要なのは、人材の確保である。たくさんの意欲を持った優秀な技術者が、知恵と技術を駆使・集約する。それでも完全撤退には100年以上かかる。

 そのことが全くなされていない。むしろ優秀な核技術者は、蜘蛛の子を散らすように去ってしまった。この新聞のように、マスコミがやたらと危険性を煽り、人々を不安に陥れているからである。国民の原発・放射能パニックは癒されるどころか、増幅し燻り続けている。しかも廃炉の先には何もない。今のままでは優秀な人材は、最重要である原発撤退分野には誰も来ない。そんなことで安全な撤退ができるはずがない。
 核エネルギーの不安を煽り続けている、左翼系マスコミの責任は重大である。

 そもそも、もんじゅの廃炉決定は日本の敗北であり、人類の未来を閉ざす一大暴挙であった。

補助金不正受給

 補助金不正をなくすためには、ややこしい縛りをなくすことである

 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)から助成金約4.3億円をだまし取ったとして、スーパーコンピューター開発を行うベンチャー企業(ぺジーコンピューティング)社長が、逮捕された。この会社は今年、世界トップクラスの省エネ性能を誇るスーパーコンピューターを開発し、注目を集めていた。経産省によると、同社は10~17年の間、5件の事業でNEDOから助成金を受け取っていたという。
 著名な技術者だけに、衝撃は大きい。

 一般の人は、不正に補助金を受け取るなど、とんでもない悪事だと思うだろう。補助金の原資は、自分たちの税金だと思っているからである。森友学園の土地購入や校舎建設費用の水増し申告など、悪いイメージがこびりついている。逮捕にまで至ったということは、今回の「不正」も、水増しや架空実績など、相当悪質な規定違反を犯していると見たほうがいい。

              妖怪 唐変木

 ただ補助金を受ける企業は、大なり小なり「虚偽」の申請を行っている。まず申請書作成段階でも、100%正直に書くところはない。都合の悪い情報は隠し、景気のいい話を増幅する。採用された後でも、不正のあるなしに関わらず、ややこしい伝票の整合性に四苦八苦している。だから不正があったかどうかは、脱税と節税の違いと同じ、質と程度の問題である。

 そもそも補助金というのは、一企業では負うことができない事業リスクの一部を、国家や自治体が肩代わりするものである。未開の分野だけに、どのような用途にいくらかかるかわからない。計画どおりに進むことはめったにない。

 補助金の制度にも問題がある。
 まず非常にわかりにくい。制度ごとに、数十ページもの詳細な「募集要項」が作成され、細部まで応募規定が盛り込まれている。とくに「補助対象経費」が悩ましい。何にでも助成されるわけではない。必要な経費が認められないことも多い。


 補助金の不正をなくし、本来の目的である企業リスクの低減に役立つためには、このややこしい縛りをなくすことである。いまのままでは、「適性」に補助金を受けるためには、肝心の事業遂行以上の労力を要する。しかも、申請から採択決定まで、半年近くの期間を擁する。あげく、補助制度に合わせて事業計画を捻じ曲げる。これでは迅速な事業遂行は望めない。そのチェックにも多大な労力を要する。

 もっとも、どんな企業にでも補助金を支給して良いわけではない。有効な補助のためには、審査する人の資質が最大のネックである。いまのお役人中心の審査体制では、100年経ってもまともな審査などできない。お役人でなくても、無理である。
 結局どの事業が成功するかなど、誰にもわからない。それを前提にするしかない。

景気拡大の実感

 景気の波は、何もしないで口を開けているだけの人には訪れない

 景気拡大が高度成長期の「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目の長さである。それに関わらず、主要100社を対象に朝日新聞が実施した景気アンケートでは、44社が「あまり実感と合わない」と答えたという。ネットの読者コメントでも、概ね同じような投稿が見られた。口を開いたほとんどの人が、自分は恩恵に預かっていないという。

 たしかに、いま景気がいいのは、株価の高騰と大企業の収益増が中心で、中小企業を含めたすべての企業に及んでいるわけではない。大企業に搾られているところなど、業績の悪い企業の従業員は、最低賃金並みの報酬で我慢している。事業主に至っては、役員報酬返上で生き延びているところも珍しくない。

             越前3の峰のお花畑 正面が別山、左奥に石川3の峰 H29.7.15

 しかし、大企業に比べて中小企業の待遇が悪いのは、いまに始まったことではない。戦後、日本経済が立ち直ったころから、大企業と中小零細との2重構造は、当たり前であった。それでも、業績の良い中小企業は数多くあった。とくに最近は、中小企業の業績も好調である。いいところは、黙っている。或いは自分よりもっといい企業を見て僻んでいるだけである。少なくとも、「民のかまど」に、煙が途絶えてはいない。

 そもそも業績の良い中小・零細企業は、中堅企業になり大企業に発展する。大企業になって業績が悪かったら、潰れるか吸収されてしまう。だから今存在する大企業は、中小企業より儲かっているのは当たり前である。
 もっとも大企業と言えども、万全ではない。上場停止の瀬戸際にある東芝をはじめ、三菱、日立といった老舗のものづくり企業ですら、一皮むけば修羅場である。

 漠然と口をあけて待っているだけの企業に、景気拡大の恩恵が訪れるわけはない。いま業績がいいのは、これまでじっくりと準備を行い、タイミング良く景気の波に乗り、さらに運にも恵まれた企業である。

 どんな時も、景気の実感がないとか、政策が悪いなどと泣き言をいう人は必ずいる。待っていれば誰かが餌を運んでくれると勘違いしている。景気の波に乗るためには、それなり知恵を発揮し、努力しなければならない。もちろん運は大きい。その運も何もしない人には訪れない。

国民の権利と義務

 国は無償で義務教育を受けさせる、それ以上の見返りがなければ成り立たない

 日本国憲法は、第25条で、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と謳っている。この規定によって、生活保護や税金からの年金支給など、働かない国民に対し、手厚い保護が加えられている。勢い余って、在日の外国人にまで支給されることもある。

           学者バカ
 しかし権利があれば、義務が生じる。すべての人が権利だけを主張していたのでは、社会が成り立たない。
 その義務とは何か。
 教育を受け、一生懸命に働く義務である。

 まともな働きができるためには、読み書き計算をはじめとした、知的能力が必要である。
 日本国憲法第26条では、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」とあり、第2項において、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。」と規定されている。

 さらに、日本国憲法には第27条で、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」と規定してある。さらにその3項で、「児童は、これを酷使してはならない。」と示されている。
 これをどう読むか。
 児童でないものは酷使してよいのである。もちろん高齢者もかまわない。国は、無償で義務教育を受けさせるのだから、それ以上に見返りがなければ成り立たない。

 それなのに、国の機関である厚労省は、「働き方改革」と称し、現在の残業時間をさらに減らそうとしている。労働時間を徹底して減らす。これが生産性向上につながればいいのだが、これまでのところそうなっていない。
 いくら財政赤字が増えても日本はびくともしないが、日本人が働かなくなったら、おしまいである。

女性宮家

 いったん女系天皇が生まれれば、もう取り返しがつかない

 中国系市民の日本工作のひとつが、皇室の廃絶である。彼らの狙いは、最終的に「女系天皇」を擁立し、万世一系をなくす。そのための前哨戦として、いま女性宮家の設立を企んでいる。

 現に昨日の福井新聞では、共同通信社の全国世論調査の結果として、「女性宮家創設賛成が60%」という記事が、1面に掲載されていた。明らかな印象操作である。世論を女性宮家から女性天皇、そして女系天皇容認へと導く、日本破壊工作である。再来年に決まった天皇の譲位を機に、流れを変えるべく工作活動が活発化してきた。

              継体天皇 再来 H29.6.22

 前にも書いたが、男系天皇の継続による万世一系は、日本が日本である根本である。天皇の父親をたどっていくと、必ず神武天皇にたどり着く。それが2700年近く続いている。その権威のおかげで、世界に冠たる平和国家であり続けた。世界でも一目置かれている。日本というより、世界の宝である。
 どんなことがあっても、万世一系の原則だけは崩してはいけない。

 もし女系天皇が誕生すれば、天皇としての正統性が無くなってしまう。
 だから、日本を貶めたい工作機関は、女系天皇への道をつくるのに必死である。マスコミを総動員し、世論を煽って60%のノンポリの頭を汚そうとしている。だからおかしな世論調査の結果が出る。

 いっときの感情にまかせ、数千年の歴史を踏みにじる権利など、われわれにあるはずがない。いったん女系天皇が生まれれば、もう取り返しがつかない。阻止するためには、自爆テロでも何でもする、じじいの決死隊の出番である。

歴史戦に抵抗する

 中国に有利な行動を取る人を、まともだと思うからおかしくなる

 サンフランシスコ市が、慰安婦像の設置を強行し、大阪市との姉妹都市解消にまで発展した。これはある意味必然である。サンフランシスコには、中国系の市民が20%以上住んでおり、議会も30%が中国系、しかも市長も中国系ときている。ここまで増えると、たいていのことは実施されてしまう。もちろん残りのアメリカ市民も、日本を悪者にしておいた方が都合いい。
 アメリカの主要都市に、ここまで増殖した中国系市民に抗うのは難しい。

 中国や韓国が、歴史をねつ造してまで、日本を貶めるのは、日本の弱体化、場合によっては日米の離反をもくろんでいるからに他ならない。これまでも中国・韓国は、慰安婦や南京問題などの歴史歪曲を押し付け、金をせびってきた。「当たり屋」である。いろんな名目で流入したお金や技術のおかげで豊かになった今、むしる余地もなくなった。それでも、いつまでも日本を貶めておいたほうがいい。

                ハニートラップ
 もとよりこれは、中国の長期にわたる戦略、三戦である。
 問題なのは、世論戦と心理戦、法律戦、さらにハニートラップによって、日本が分断されてしまっていることである。朝日新聞や沖縄2紙のように、完全に中国の工作機関と化した組織が、日本国内に台頭している。TV局や地方紙の大部分、国会議員のなかにもおかしなのがたくさんいる。彼らは完全に籠絡されてしまった。その割合は、サンフランシスコの中国系市民と同じくらいになりつつある。

 ではどうしたらいいか
 おかしな組織や議員に対し、われわれが色眼鏡で見るしかない。彼らがまともだと思うから、腹が立つのである。

冬タイヤ交換作業

 ものづくり日本を復活させるためには、タイヤ交換を自分の手で行うことである

 また、雪の季節が来た。降雪の前に、乗用車のタイヤ交換が必須となる。雪道では、冬タイヤでなければ空回りして動けない。滑ってぶつかることもある。
 乗用車で移動せざるを得ないわれわれにとって、タイヤの交換どきが悩みとなる。
 早すぎると、冬タイヤをムダに摩耗させる。車の燃費も悪くなるし、乗りごこちもよくない。遅すぎると、厳しい寒空で交換作業をする羽目になる。昨年、出かける日に雪が降り出し、早朝6時の作業になった。風雪の中で凍えながら、約1時間。厳しい環境での重労働は、まさに苦役であった。

 今日は久しぶりの晴天。予報では来週中ごろ降雪がある。少し早いがタイヤ交換作業を行った。毎年2回はこの作業をしているのに、一向に楽にならない。いまの車は自分でタイヤ交換するようになっていない。車内のジャッキやハンドルの保管場所がわかりにくいし、交換作業もしんどい。
 おまけに、フロントカバーの留め具が、すべて吹っ飛んでいるのを発見した。高速走行中にめくれたら、前が見えなくて大事故になる。ガラクタ道具箱のネジで止め直した。
 こんなもの、いくら資格を持った検査員でも発見できない。

             元旦の雪 H27.1.1

 現場で作業する人がいなくなれば、ものづくり日本が没落する。東芝、日産、東レなどの不祥事は、氷山の一角である。三菱や日立、パナソニックなどの大企業、いや中小零細企業に至るまで、ものづくりが軽んじられている。現場では、技術力を持った日本人の作業者が激減した。ほとんどの作業現場は、外人部隊に牛耳られている。

 厳しい環境で自ら苦労しなければ、技術改善のインセンティブは働かない。ものづくり日本を復活させるためには、自ら手を汚して作業する人が必要である。まず車の所有者は、タイヤ交換を自分の手で行うことである。

障碍者殺人

 これから増えていくのは、高齢者介護殺人である
 
 障がいのある長男(当時38)に暴行・死亡させたとして、先月千葉地裁は懲役3年・執行猶予3年の判決を、加害の父親に言い渡した。しつけのつもりで突発的に振るった「暴力」であった。
 父親は当時、息子から初めて殴られ、驚くとともに「母親にも同じ事をするのでは」と思ったという。「叩いたら痛い」と躾けるつもりで、叩いたことがきっかけで、亡くなってしまったという。長男は左側頭部に太い静脈があり、出血による急性硬膜下血腫の可能性があったそうだ。血小板の数が少なく、血が止まりにくい体質でもあった。

 以下のコメントに代表されるように、多くの人は父親に同情的である。

 ≪誰も悪くないし誰も責められない。これこそ不慮の事故だと思う。お父さんは息子を40年も愛して頑張って育てたと思う。私にはできない。それがたまたま、頭を叩いて、その部分が太い静脈が剥き出しになって、なおかつ血が固まりにくい体質だったなんて。死に目にあえないなんて、あまりにもかわいそうで。≫

       たそがれのうば桜 H28.4.09
 
 このような、いつ果てるともない世話をするのは、よほどの覚悟が必要である。障害を持った子を親が介護する場合、世話をする方が先に老い死んでいく。障碍者の子供をいかに自立させていくか、全力を注がなければならない。
 それでもそのような目標はある。
 また健常な子供なら、いくら我儘でやんちゃをしても、数年すれば社会性がつく。幼児期でかわいいときなら、涎や下の世話さえ楽しみである。


 問題は、長生きし過ぎた高齢者の介護である。
 高齢者が増えていくと、施設に入りきらず、家庭での介護になる。70歳で健康寿命が尽き、100歳まで生きたとしたら、30年間、誰かが付き添わなければならない。成長する子どもと違って、良くなる可能性はまったくない。公害を撒き散らしたうえ、老いさらばえ醜くなるばかりである。考えるだにおぞましい。それでもこのようなことを、無数の人が行っている。
 よほど愛情を注がないと、まともな介護などできない。普通は無理である。

 やっぱり80才以上は、売春防止法や大麻取締法などの法律適用を免除し、昇天してもらったほうがいい。70才以上でもいい。

日本の覚悟と名誉

 北朝鮮でなく日本が暴発することで、人類が生きのびることができる

 北朝鮮は、1昨日未明に、これまでで最大の大型ミサイルを、日本近海に向けて発射した。高度5000㌔と言えば、地球の半径(6400㌔)に近い。完全に宇宙空間である。北朝鮮のミサイル技術は、確実に進化している。

 まさに、茹でカエルが煮詰まった。
 北朝鮮は自分たちが暴発するかもしれないということを、最大の武器に使っている。そのことを恐れ、周辺国家はおっかなびっくりの対応しかできないでいる。そうやっているうち、もう抜き差しならないところまで来てしまった。

 ここに至ったら、経済制裁だけで北朝鮮の核を止められるはずがない。その上中国やロシアは、北朝鮮が日本やアメリカを脅すのは望むところである。北朝鮮がアメリカを脅かすようになれば、アメリカは日本に対する「核の傘」を引っ込める。日本は、未来永劫ゆすり倒される。
 さらに北朝鮮は、経済制裁を受けた疲弊を潤すため、核ミサイルをテロ組織に流す。世界は暗黒に包まれる。

             2武士

 もういい加減、目を覚まさなければならない。周辺国とくに日本が北朝鮮の暴発を恐れ、腰の引けた対応をしていたら、底なし沼に沈む。発想を転換する必要がある。北朝鮮でなく、日本が暴発すればいい。暴走では生ぬるい。日本人が覚悟を決めれば、怖いものはない。北朝鮮の核ミサイルを、受けて立とうではないか。もともと日本は、世界で唯一の被爆国である。失うものなどない。

 日本が犠牲になれば、世界は救われる。これは日本国憲法の精神である。
 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

 つぎのような諺もある。
 「自分のいのちを愛する者はそれを失う」
 「命を失うのは小さく、名誉を失うのは大きい。勇気を失うことはすべてを失う」
 「命は引き継がれる」