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統計の信頼性

 数字や統計は慎重に見ないと、たいてい騙される

 世の中には、いろんなデータ(事実)がある。重要なのはそのデータが本当かどうか、因果関係を調べるなら、どれくらいの確率で再現できるかが問われる。
 たとえば、

①牛乳が通風を防ぐ
 尿酸値が10年来、9~11もあった。完全に通風の領域である。それが昨年から6~7の正常値に収まるようになった。これは毎日30分の運動を続けていたことが功を奏した、とばかり思っていた。
 ところがTV番組(ためして合点)によると、毎日コップ一杯の牛乳が、尿酸値を下げる効果があるという。そういえば運動のあとで牛乳を飲んでいる。その効果だったのかもしれない。
 原因と結果の因果関係は、目先の事実ではわからない。
 
②女性医師が男性医師より優秀である
 アメリカの医師会の学会誌で、女性内科医が担当した入院患者は 男性が担当するより死亡率が低いという報告があった。入院して30日以内の死亡率が、女性医師の担当患者は11.1%、男性医師は11.5%だという。この0.4%という差は意味があるのかどうか。
 この場合、調査件数が150万件と圧倒的に高い。

 標本サンプルを抽出したときのパーセント誤差を示すのに、±2√P(1-P)/N (P=パーセント=0.115、N=抽出数=150万)という式がある。
 これを計算すると、95%の確率で±0.05%以内の誤差しかないということになる。すなわち、この0.4%の差は偶然ではない。
 
③福島の甲状腺がん
 福島で甲状腺がんが増えていると、しつこく騒ぐ人がいる。
 そもそも、甲状腺がんは成人の半分が罹っている。もちろん子供でもある。これはがんもどきの王様で、発病に至るのはわずかである。調べれば出てくるのは当たり前である。いま発見されている割合(1000人に1人?)が放射線の影響かどうかなど、誰にも分からない。
 むしろ精密検査したおかげで、治療しなくてもいい甲状腺がんを発見してしまった。それが問題をややこしくしている。
 
                サルマタ
 怪しいデータもある。

④飲酒運転で事故は起こらない
 むかし、しばしば飲酒運転をした。そのとき一度も交通事故は起こさなかった。一方で、一滴も酒を飲んでいない素面のとき、乗用車をぶつけたことは10回以上ある。
 したがって、飲酒運転の方が事故を起こす確率は少ない。

⑤喫煙者は病気にならない
 入院患者で、飲酒や喫煙する人はほとんどいない。したがって、酒をたらふく飲んで煙草を吸う人は、病気にならない。


 二日酔いでまだ朦朧としている。我ながらおかしな書き込みをしてしまった。
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製造業復活の障害

 日本が国力を増すためには、原発と高速増殖炉の推進が不可欠である

 円安傾向が続き、近隣アジア諸国との賃金格差が縮まっている。20年前進出した中国は、日本人の1/10の人件費であった。その後日本の労働者の賃金が下落を続けた一方、中国は年率10%の賃上げを続けている。今ではほとんど差がなくなってきた。生産コストも逆転しつつある。

 したがって、中国に進出した企業のいくつかは、日本に戻ろうとしている。中国企業が、日本に進出してきてもおかしくない。さらに日本の若者が、製造業としての起業を考えるところも出てきた。日本がふたたび、ものづくり大国となる可能性も出てきた。

         最後の晩餐 H28.515

 しかし、ここで大きな懸念がある。エネルギーである。日本では原発がまともに動かず、効率の悪い太陽光発電が普及している。そのため、電気料金が高止まりしている。再生可能電源が普及すれば、さらに高騰する。

 一方の中国では、最新の原発を独自開発し、着々と建設を進めている。2040年までに原発200基を新設する。それどころか、すでに2011年から2万キロワットの高速増殖炉が送電を開始しており、続けて60万kWの高速増殖炉も建設中である(高速増殖炉はとっくにロシアが運転しており、じつはインドでも運転中である)。


 これではまともに原発が動かず、その他のエネルギー源のめども立たない日本の、長期低落は避けられない。圧倒的な中国の国力の前に、手も足も出なくなる時期は遠くない。日本が中国の独裁政権の軍門に下り、その残虐性を目の当たりにしたあげく、世界一の軍国主義侵略国家になる。そのとき日本人は、侵略戦争の最前線に送られる。国力が衰退するとはこういうことである。

 そうならないためには、日本におけるエネルギー源の確保が絶対に必要である。これには、原発と高速増殖炉の推進は欠かせない。

国宝展と京の料理

 古臭いブランドの9条に頼って破滅しようとするのは、日本も京都も同じ

 昨日、京都国立博物館の国宝特別展覧会を見学した。
 本展覧会では、絵画・書跡・彫刻・工芸・考古の各分野から、歴史と美を兼ね備えた国宝210点を大きく4期に分けて展示。昨日は、土器や土偶、釈迦如来立像、餓鬼草紙、俵屋宗達筆の風神雷神図屏風、長谷川久蔵筆の桜図壁貼付など100点以上が展示してあった。

           国宝展 H29.10.28

 雨が降って肌寒い天気にもかかわらず、京都駅は観光客でごった返している。
 超満員のバスで移動した国立博物館も、入場まで30分待ちの混みようであった。やっと入った会場内でも、「曜変天目」などの目玉展示品を最前列で観るには、長い行列につかねばならない。その他の展示品も、見物客の隙間からちらちら見るだけである。

 残念ながら、美術品に対してのリテラシーが欠けているため、国宝だろうとその良さが全く理解できない。2時間余りで無理矢理一通り鑑賞したのは、京都までの交通費プラス入場料1500円の、もとをとろうという、さもしい根性からでしかない。美的感覚を養おうと、昔から国宝級の美術展を見ることにしていたが、まったくその甲斐がない。とくに今回のように、たくさんの陳列品があれば、いくら国宝でも食傷する。

 そういえば、今回の目玉の一つであった「縄文のビーナス」と「仮面の女神」を、数か月前にも見たことがある。長野県の茅野市尖石縄文考古館である。ここでは、京都の国宝展とは打って変わって見学者は我々だけであった。いくらでも観ることはできたが、誰もいないのでそれほどありがたみは感じなかった。
 現物そのものの評価より、多くの人に注目させることでブランド価値が生まれるのである。

  「縄文のビーナス」と「仮面の女神」        ネギ生け花

 飲食店の料理も、同じである。
 昨日は京都市内で、2件の飲食店に入った。うどん屋とイタリアレストランである。いずれも福井の飲食店に比べ、価格は5割増しで、味は5割落ちる。ふつうのうどんやペラペラのピザに、「九条ネギ」と称するねぎの刻みがちりばめてあるだけ。それ以上の特徴があるとは思えない。最近いちだんと観光客が増えた分、質が疎かになったのだろうか。

 九条ネギも、普通ネギとの違いがあるわけではない。むしろどぎつい緑でみずみずしさがない分、味のほうは芳しくない。バカ高いお金を出して食べさせられる観光客は、いい面の皮である。九条ネギは、いま日産やスバルで問題になっている、資格を持った検査員と同じである。ブランドという資格だけで重宝される。
 古い中身の9条に頼って破滅しようとしているのは、日本も京都も同じである。

減退した記憶力

 脳内に沈殿した記憶を呼び起こすには、お酒をほどほど飲むことである

 年取るにつれ、記憶が目に見えて減退していく。記憶力というより、「記憶を呼び出す力」である。話していて、なかなか言葉が出てこない。頭に浮かんだイメージを口走ると、「あれのこれをどうした」となって、わけがわからない。

 したがってここ数年、人前で話す講演は、ほとんど断っている。言葉が出なくて立ち往生することが、しばしばあったからだ。そうすると、記憶を引き出す訓練が途絶え、ますます話すことができなくなる。悪循環である。10年前禁煙してから、その傾向が強くなった気がする。

           飲酒運転撲滅 H27.7.18  技術士研修会資料より

 それでも、思いを発信することはできる。書くことである。
 ブログの場合は、言葉が出なくても、ネットなどで調べられる。きっかけがあれば思い出す。なにしろ、70年近くの人生で見聞きしたことがすべて頭に詰まっている。それをすいすい出すのは至難の業である。口車のうまい人は、記憶と言葉がつながる能力の長けた人、あるいは頭の中身が少ない人である。

 もう一つ、脳内に沈殿した記憶を呼び起こす方法がある。
 飲酒である。人とお酒を飲むと、つぎつぎと言葉を発することができる。アルコールが、記憶と言葉の間にある障害を除去する。できるだけ機会を見つけて酒を飲む場に出る。

 しかしこれには致命的欠陥があった。アルコールの量が少ないと不十分だし、多すぎるとろれつが回らなくなる。酒宴で中庸を保つのは、至難の業である。

日本企業のゆくえ② 分化された企業

 「分化」には、メリットもあればデメリットもある。最適な方法を採用するだけ(太田肇氏の著書より)


 中野剛志氏が、企業や政策の在り方からイノベーションを説く一方で、企業内の個人一人一人のやる気を考えることで、企業の盛衰を論ずる人もいる。

 太田肇氏(同志社大教授)は、「なぜ日本企業は勝てなくなったのか」において、「分化」「未分化」という、耳慣れない概念を提案している。
 太田氏の云う「分化」とは、「個人が組織や集団から制度的、物理的、あるいは認識的に分別されること」であり、「未分化」とは「個人が組織や集団の中に溶け込み、埋没してしまっている状態」である。チーム競技でも、野球やサッカーはある程度「分化」され、「未分化」の綱引きやボートは個人の力が見えにくい。

 太田氏によれば、日本企業は「未分化」のために生産性が劣化、イノベーションが起きない。仲間うちの「たこつぼ」に入り込んでいるため、世間の常識が理解できず、企業不祥事も絶えない。また仕事の機能が明確になっていないから、成果主義や女性の登用もできない。雑用が多く創造性のある仕事ができないなど、さまざまな障害が発生している。

 したがって、企業が「分化」されると以下のようなメリットが生まれる。
①仕事の分担を明確にし、裁量権を与えることで、やる気の天井が取れる
②異質なチームワークでイノベーションが生まれる
③個人が分化することで、出世競争などゼロサムがプラスサムになる
④部下を管理したりまとめたりする仕事は大幅に減る
⑤かえって人間関係がよくなり、つながりがよくなる
 
 これらについて太田氏は、教員や医師、番組製作者等の例を挙げてメリットを強調している。企業内においても、ボルボ社のチーム生産方式、社内独立制度などの成功例を示している。また究極の「分化」は、スピンアウトして自営業になることである。

            成仏 H27.12.15

 しかし、このような「分化」が、すべての組織や集団、そしてその構成員にあてはまるわけではない。「分化」し機密事項が分散したため、ノウハウの蓄積ができなくなることもある。まさに診断士協会の会員同士が、そのジレンマに陥っている。鯖江の眼鏡製造の効率が悪いのは、専門事業ごとに「分化」しすぎたためである。管理者が管理業務を削減できる代わり、もっと手間のかかる外注管理業務が増える。

 さらに太田氏の提案で致命的なのは、「分化」するのにはどうすればいいのかという手段が全く見えないことである。かろうじて、「勤務時間や場所などの行動と機能を切り離して考える」と述べているだけで、具体性に乏しい。また、スピンアウトして自営業になるというのは、具体的ではあるが「分化」そのものを説明しているに過ぎない。
 
 むかしから労務管理においては、職能資格制度など業務内容を明確にし、ウェイト付けをしようとする試みは、いやというほどなされてきた。だがこれは、できそうでできない。ことごとく失敗している。流動的な仕事を分化しようとすればするほど、地獄の底なし沼に沈むようなものであった。それを解消できるのか。

 太田氏の提案は一考の余地はあっても、全面的に取り入れることはできない。どんなものにも、メリットもあればデメリットもある。自分たちの組織に最適な方法を採用するだけである。
 なにごとも中庸。ものはほどほどなのである。

いつ終わる一票格差訴訟

 一票格差の限度を憲法に明記すれば、たちの悪い訴訟の悪循環は終わる

 選挙が終わると決まって、怪しげな弁護団による「一票格差での選挙無効訴訟」がはじまる。その中心である升永弁護士は、「国会議員の多数決が、国民の多数意見と一致することが保証されておらず、憲法違反だ。無効選挙で選ばれた議員や総理大臣は無資格者であり、法律を作ることも違憲だ」と述べている。

 彼らが、悪平等の典型である一票の平等に、これほどまで執着するのはなぜか。
 専門家としての悪趣味が高じた信念なのか、日本の国政混乱をはかろうとする中国の工作員なのか。そのどちらかしかない。現実的に(全国比例でない限り)、完全な一票の平等はありえないのだから、やはり終わりのないいやがらせか工作活動である。

           メガネーシャ H29.10.11

 しかし一票の格差を是正すれば、ますます地域間の過疎と過密に拍車がかかる
 そもそも一票の重みが、すべての国民で同じ、ということなどありえない。地域の差だけでなく、一人一人知見も違うし、社会的な重みも異なる。棺桶に片足突っ込んだ高齢者と、これから社会に巣立つ若者の一票が、平等であるはずがない。本来は、それらの悪平等を是正すべきではないのか。


 では、この訴訟はいつまで続くのであろうか。
 最終的に判断を下すのは、最高裁判所の裁判官である。彼らが、一票の差がたとえば、10倍までと判断すれば、それが合憲となる。だが今回の最高裁判官国民審査では、一票の格差が違憲状態だとした裁判官も、すべて信任されてしまった。これではいつまでたっても、この問題はくすぶり続ける。

 したがって根本は、一票格差の限度(10倍)を憲法に明記することである。たちの悪い悪趣味弁護士が引きも切らない現実では、仕方がない。国民投票で、一票の差を是認した憲法を制定すれば、逆立ちしても違憲訴訟はできない(それでも屁理屈をつける人はいるだろうが)。こんどの憲法改正の発議には、このことも忍ばせておこう。

山尾議員の政治能力を活用する

 自分のことを棚に上げ他人を追及できる人は、中・韓国に対抗できる貴重な人材である

 今回の衆院選では、選挙前に「不祥事」を起こした議員たちの当落が話題になった。
 そのなかで、山尾志桜里氏と豊田真由子氏の二人が対比されている。二人とも、東大法学部という、日本では最高難易度の大学を卒業し、その後の経歴も申し分ない。常人にとっては、雲上人である。しかも(好みはあるとしても)それなりの美人である。

 2人とも選挙前の評判は散々だったのに、当落では明暗を分けてしまった。山尾氏はすれすれ当選、豊田氏は完敗である。不祥事の内容は、山尾氏は不倫疑惑、豊田氏は暴言であった。いずれもクロであることは間違いない。

        クロユリ24.7.15

 だが、自らの不祥事についての対応は分かれていた。
 山尾氏の場合、不倫の状況証拠はこれ以上ないほど揃っているのに、徹底して否認している。これでシロなら世の中はひっくり返る。何もなかったとは、誰も思っていない。問題なのは、山尾氏は以前、他の議員の「育休不倫」を激しく追及し、辞職に追い込んだことである。そのときやり玉に挙がった宮崎議員も、証拠があるわけではなかった。

 一方の豊田氏の暴言は、録音によって決定的証拠が明らかにされた。事実関係は否定しようがない。あの程度の怒号など、和田アキ子やシンクロの監督でも発している。だがそんなことは一言も言わず潔く謝罪し、街頭でのお詫び行脚を繰り返した。

 つまり、自分のことは棚に上げ、言い訳に終始した人が当選し、潔く謝罪した人が落選してしまった。これをどうとらえたらいいのか。ねちねち言い訳する人と、不祥事を認め再発防止を誓った人の、どちらが信頼できるであろうか。
 私を含め、普通は後者を選ぶはずである。

             ハニートラップ

 しかしながら今回、山尾氏を国会議員として、送り出すことになってしまった。
 この際しかたがない。その稀有な能力は、日本の国益のため遣うしかない。彼女ができることはいくつもある。人間的魅力には欠けていても、政治能力は別である。

 山尾氏の稀有な能力は「厚かましさ」である。
 すなわち山尾氏は、自分のことを棚に上げ他人を批判することにかけて、誰にも負けない力量を持っている。まさにこれからの政治家の手本となるべき人である。
 これらはまさに、中国や韓国が日本に対しとってきた態度である。彼らに対抗するためには、日本にもかの国に対抗できるだけの厚かましい人が必要であった。山尾氏はその貴重な人材である。これまでの政治家の中では、群を抜いている。

 これからも、「どの口が言っている」という国民の白い目を恐れず、堂々と厚かましく、他人の追及を繰り返していただきたい。その能力を磨き極めたところで、矛先を中国や韓国に向ける。中国・韓国向けの担当大臣となる。それが、山尾氏を国会に送り込んだ選挙民に対する、最大の恩返しである。

日本企業のゆくえ① イノベーション

 短期主義より長期主義、グローバリゼーションからクローズドシステムへ(中野剛志氏の著書より)
 
 日本の大企業の凋落が目立つ。もちろんそれぞれの企業は、必死に再生を目指している。
 では、日本の企業は根本的にどうすればいいのか。

 中野剛志氏は「真説・企業論」のなかで、日本経済の低迷について、グローバリゼーションやオープンイノベーションなど、これまで巷で言われていたことを疑問視し、独自の視点で分析している。
 その要旨は以下のとおりである。

①「アメリカは、多民族のベンチャー企業がイノベーションを起こし発展している」という神話がある。これは、スコット・シェーンが主張しているように、まったくの幻想である。実際アメリカは過去40年間「大停滞」と呼ぶべき状況にある。

②アメリカにおけるイノベーションは、ほとんどが軍事技術からの転用である。シリコンバレーが繁栄しているのは、ミサイル、衛星、軍事および宇宙関連の政府関係からの調達が半分近くを占めていたからである。

③アメリカのハイテクベンチャー企業のほとんど(70%)は、ベンチャーキャピタルから最後に資金供給を受けて、2年以内に倒産している。ベンチャーキャピタルは、リスクをとることよりリスクを分散している。リスクは短期しか見通せない。

⑤イノベーションを起こすのは、意欲を持った人である。その人材を一目で目利きできることはありえない。

⑥事業を多角的に運用している日本の大企業は多様性をもつ。また経済合理性のない、硬直した組織がイノベーションを起こす。イノベーションには、5年~20年という時間がかかるからである。

⑦イノベーションの本質は、不確実性の中での資源の投入である。リスクが大きいほどイノベーションも大きくなる。その最大のリスクをとることができるのは、国家である。国家こそ最大の起業家である。

             でかいケツ

⑧限定された長期的関係の継続がイノベーションにとって重要。シリコンバレーも、濃密な人的ネットワークが張り巡らされ、起業家、資本家、大企業、政府はコネや人脈で強く結ばれたクローズドとなっている。オープンなら、ITベンチャーの集積地は全世界に広がっているはず。

⑨ベンチャーキャピタルの成功は、起業によるベンチャーの支援によるものではなく、単にベンチャー企業という資産を巡る巧みな金融取引によるものに過ぎない。この金銭的成功を、イノベーションの成功と混同している。ベンチャーキャピタルの目利きは、人材でなく投機の目利きであった。

⑩イノベーションは人的能力の成長であって、それには長期雇用が不可欠である。
 日本で労働者の解雇や賃金抑制が難しかったとき、企業はイノベーションと生産性の向上によって競争力を高めることを目指した。構造改革でのリストラや非正規労働者の増加によって、技術開発よりも賃金抑制による利益を求めるようになった。それで日本の成長が止まった。

⑪その結果消費が低迷すると、企業は海外へ進出する。グローバリゼーションは人材や技術のアウトソーシングに拍車をかけ、アメリカと同じく、イノベーションを生み出す力は空洞化した。オープンイノベーションは企業の短期主義の結果であり、イノベーションを阻害する。

⑫アメリカでは、経済の金融化や株主重視、とりわけストックオプションと自社株買いによって短期主義が助長された。その結果ベンチャー企業の開業率は低下し、イノベーションが起きにくい国になった。そのアメリカを真似た日本で、イノベーションが起きにくいのは当然である。
 それでもまた、官僚やビジネススクールでは短期主義を教えている。

 
 日本で先頭を切ってTPPを批判していた中野氏らしく、徹底してグローバリゼーションの弊害を説いている。つまり短期主義より長期主義、アメリカ型のオープンイノベーションから、日本型のクローズドシステムへの転換である。
 経済界でいわれていることとは、まるで反対であるが、説得力がある。また「イノベーションに対し、最大リスクをとれるのは、国家である」との指摘は、腑に落ちる。全面的な反論は難しいのではないか。高速増殖炉など、次世代エネルギーの開発は、絶対に中断すべきでない。


 それでも、最終的には人の意欲と能力が大きく左右する。その方法は千差万別である。クローズシステムだけで、それを醸成できるかどうか。やり方次第では、オープンイノベーションもあり得る。これもほどほどであろう。

いよいよ憲法改正

 必要な改正ができることで、はじめて日本は世界と対等の競争ができる

 一晩中、強風が吹き荒れた。これだけ長時間、台風らしい台風に巡り合ったことは、記憶にはない。朝、家の周りを見わたしたら、カーポートの屋根が一部吹き飛び、雨トイが落下するなど、風景が一変していた。台風の端っこでさえこれだから、中心が通過した地域は、相当な被害を受けたに違いない。

         避難所器具 H29.9.10

 記録的な台風が首都圏を襲うなかで、衆院選挙の結果が判明した。予想通り自民党が圧勝。地元の福井でも、稲田氏と高木氏が当選した。やや頼りないが、比例も福井の山本拓氏が当選である。10年ほど前、福井でも民主党の議員が、続々生まれていたことを思えば、隔世の感がある。
 
 考えてみれば今の時点で、自民党以外に政権を任せるリスクを負うことなどできるはずがない。自民党が最善ではないが、その他があまりにもひどすぎて、話しにならない。5~6年前の民主党のようなことが始まったら、それこそ国難である。

             ゴール H29.8.27
 そして、いよいよ念願の憲法改正である。
 これで改正を進めなかったら、何のために選挙したのかわからない。おそらくマスコミや護憲政党は、阻止しようと必死でいちゃもんをつける。「これで信任を得たわけではない」などという寝言を聞く必要はまったくない。最終的に国民投票するのだから、懸案の憲法改正事項を、つぎつぎと発議していくべきである。

 具体的に憲法のどこを改正するのか。
 まず9条で軍隊の維持、つぎに緊急事態条項。そして消費税を10%に凍結。この3つはぜひ憲法に明記したい。これができてこそ、はじめて日本は世界と対等の競争ができる。
 私が生きている間には必ず、その道筋をつけて頂きたい。

投票と商品サービス

 若い人だけに求められ、年寄が嫌がるサービスを見つけた事業者は繁盛する

 今日は衆院の投票日である。前回の参院選から、選挙権が18歳からに引き下げられた。だが、依然として若者の投票率が低い。その参院選では、10代が46%、20代が36%、30代が45%だという。一番高いのは60代の70%で、70歳以上も60%ある。とくに20代の投票率は他の年代に比べ、ずっと最低で推移している。

 そこで、「投票にいくと割引サービス」という取り組みを始める店が増えているという。
 青森三沢商工会では、投票所で市内商店の割引券が貰えるサービスを行う。あるいは投票に行くとお店のポイントが加わるなど、いたるところで投票と売り上げ拡大を連動させようとする試みが始まっている。
 個人消費者相手の事業なら、一石二鳥の効果があるかもしれない。

           頭の上を、痛い鳥が飛ぶ H27.12.14

 そこでどうせやるなら、若い人の投票行動を促すような、投票と店舗サービスの組み合わせを行ったほうがいい。年寄りは、商品サービスが無くても投票に行くし、そもそも投票させる意味もない。

 若者の投票率が悪い一方で、未来の無い高齢者ほど投票に熱心である。
 我が家の仙人も、毎回の投票は欠かさない。今回もすでに期日前投票を終えている。彼らは、地方新聞やTVのワイドショウにどっぷり浸かっており、政治的偏向に合わせ、世代の利得を追うだけである。
 この「シルバー民主主義」を排し、政策を「いまだけ自分だけ」から、「未来世代の満足」に変えるには、若い世代の投票圧力が不可欠である。

 具体的に、若い人だけに求められて、年寄が嫌がるようなサービスは何か。
 それを的確に見つけられた事業者は繁盛する。もっともえち鉄のように、美人アテンダントをたっぷり配置すれば、投票率は10%以上上がる。選挙の立会人や受付人の選定基準に「容姿端麗」を加えるだけである。

化かし合いの顛末

 夢のような景色を見せておいて、一夜明けたらドロンと消滅する

 明日は衆院選挙日である。思った通り今朝の福井新聞社説では、チクチクと与党攻撃を行っている。選挙前日にまで、なりふり構わず体制崩壊を扇動するなど、もはや地方紙が中国の工作機関であることを隠そうともしない。


 一方で、赤いキツネと緑のタヌキの化かし合いが終盤を迎えている。当初は破竹の勢いであったタヌキが失速。目下、赤いキツネが優勢になっている。

 なぜ緑のタヌキが失速したのか。
 最初から党首である小池都知事のワンマンぶりや政治実績の無さは、よく知られていた。知名度と都知事・都議会選での勢いがあっただけで、その化けの皮が剥がれてきたのである。赤いキツネは出来たばかり。まだ新鮮で、しばらくは化けていられる。なぜか赤いのは口車がうまいので、投票日まではもつ。

      キツネつき   選挙公約内股公約    タヌキ小僧

 だが優勢といっても、政権をとるほど伸びることはない。せいぜい5~60議席である。最大多数でなく、連立与党にもなれそうにない。

 したがって選挙公約には、耳当たりの良い理想を並べておけばいい。消費税凍結、専守防衛、普天間移設見直し、憲法9条改正反対、給与引き上げ、社会給付増、原発ゼロなどである。国会に入ったら、与党と反対のことを言うだけである。少数派だから、いくら頑張っても実現しない。間違えて公約を実現してしまうと、日本は大混乱する。

 まさに昔、一世を風靡した社会党の再来である。無責任に何でも反対を繰り返したあげく、次第に縮小していった。あの党は、政権に加わったとたん化けの皮が剥がれ、ドロンと消えてしまったのである。

大手製造業の凋落

 本腰を入れて再発防止策をやるかどうかに、再起がかかっている

 神戸製鋼所における、アルミ・銅製品の品質データ改ざんが発覚し、企業イメージを損なう大問題になっている。納入先は500社に及び、素材産業だけに影響の広がりは甚大となる。自動車ドア、H2Aロケットや国産ジェット機の部品、自衛隊装備品など、幅広く使われ、アメリカ自動車メーカーや、航空機大手も影響調査を始めたという。
 この問題発覚の前には、日産でも不適正検査が問題視されたばかりであり、しかもまだ同じ検査を続けていたそうだ。さらに食品関連でも、異物混入からO157まで、不祥事が絶えない。

 なんともはや、日本の大手製造業のいい加減さが、一気に噴き出してきている。
 中国メディアも、「東芝の不正会計から神戸製鋼のデータ改ざんまで、日本企業の不祥事が多発しており、日本の製造業神話はもはやこれまで」などと論じている。 
 たしかに、これら多数の不祥事を見れば、日本の大企業全体が泥沼に入り込んでいるように見える。


 なぜこのような不祥事が続くのであろうか。とくに製造業に多い。
 まず、これらはいずれも、コンプライアンス(法令順守意識)および管理能力の欠如であることは間違いない。

 それと同時に、現場に優秀な技術者がほとんどいなくなってしまったからであろう。
 これまでものづくりの現場は、経験豊かで高い思考能力を持った技術・技能者が担ってきた。彼らは、「現場の考える人」と言われ、新製品の開発や、異常が発生したとき、大きな力を発揮する。経験とすべての知見、人脈、創造力を駆使して問題解決にあたる。異常は小さいうちに発見・修復されていた。
 だが現場軽視の風潮の中、その人材がどんどんいなくなっている。

      うばさくら 25.4.13

 一方でこれらの問題は、現物の品質云々というよりも、基準やルールを守ったかどうかの事象が多い。食品の異物混入にしても、騒ぎ過ぎのように見える。本来なら見直したほうがいい基準やルールを、神棚に上げてしまっていたことが、多くの問題の本質ではないのか。

 そしてこれらの不祥事が、こうやって表に出てくるのは悪いことではない。
 中国のネットユーザーからも、「不合格品だろうとちゃんと報道されるから、消費者は選択の余地がある。でも中国に選択の余地があるだろうか?」などのコメントが寄せられている。製品の品質レベルについては、まだそれほど捨てたものではない。


 したがって、問題が発覚した時点で、しっかりした再発防止策をとり、類似の問題が2度と起こらないようにする。そのことを、形だけでなく本腰を入れてやるかどうかに、日本企業の再起がかかっている。

 ものづくりの神髄は、「見る目」と「気くばり」である。まさにおもてなしの精神である。世界に類を見ない日本人のこの精神を発揮できれば、ふたたび日本をものづくり大国に押し上げることは、不可能ではない。

ベーシックインカムの致命点

 不労所得者が増えることで、日本の供給力が無くなり壊滅する

 選挙公約では、いろんな党が耳当たりのいいことを訴える。とくにリベラル・左翼政党は、「庶民」のためいくらでもお金を遣おうとする。年金増額、生活保護漏れの縮小、医療・介護・保育・教育サービスの拡充などである。ベーシックインカムを唱えるところまで現れた。
 たしかに今の日本では、所得における相対的貧困率は、OECD諸国で中位なのに、税や社会保障で修正した後は、最も低い国になった。再配分の効果がまったくないということである。

 これらはすべて膨大な財源を要するが、必要なら赤字国債を発行すればいい。ベーシックインカムとして、国民すべてに一人当たり8万円/月配ったとしても、毎年120兆円である。配った分は国民が潤うのだから、政府の赤字が増えても、誰も困らない。いつも言うように、これだけで財政破綻することはない。

           巨木

 しかしそれでも、ベーシックインカムにお金を遣うわけにはいかない。年金も生活保護も同じである。これらはすべて「不労所得」、すなわち働かないで、それなりの生活ができる仕組みだからである。いくら財政赤字が増えても日本はびくともしないが、日本人が働かなくなればおしまいである。いくらお金があっても、供給する人がいなくて、欲しいものが買えなかったら意味がない。

 ではどうすればいいのか。
 政府財政で働く人を増やし、日本の供給力を増やす。たとえば、防衛費を10倍の50兆円にする。もちろん大部分を国内調達で賄う。このお金の大半は、国民の懐に入る。すなわち、国民1000万人が500万円もの所得増になる。あるいは介護する人の報酬を倍にしてもいい。

 低所得で苦しんでいる人、高齢者やニートなど働ける人はすべて駆り出す。年金を半分にすれば、働く人は湧いてくる。働ける人で無為に過ごしている人は、日本に1000万人はいる。病院通いの高齢者でも、肉体労働に精を出せば健康になることは間違いない。とにかく必要な供給を作り出す。それがほんとの豊かさである。

日本国憲法の神髄

 「国際協調主義」こそ日本国憲法の神髄であり、9条はそのための手段である

 「ほんとうの憲法」(篠田英明氏著)の内容は、憲法の歴史や欧州や英米における考え方の流れなど多岐にわたっている。難しいが、無理やりポイントと思われることを以下に示す(読むのが面倒な人は、最後の7~8行だけ目を通してください)。

①日本国憲法の3大原理は「国民主権、基本的人権、平和主義」と言われている。だが前文を注意深く読むと、「国政は国民の厳粛な信託によるもの」という一大原理と「諸国民との協和」、「自由の恵沢」、「戦争の回避」という3大目的から成ることがわかる。

②前文にある「国際協調主義」こそ、日本国憲法を特徴づけるものである。9条はそのための手段である。

③日本国憲法は、先に成立し戦争放棄を謳っている国連憲章を追認するものにすぎない。

④前文で表明されている目的に従って9条を読めば、国際法で合法とされる(個別・集団)自衛権と集団安全保障を、9条1項があえて違憲とするはずがない。

⑤また、2項で禁止されている「戦力」は、1項が禁止した「戦争」を行うための手段を指す(したがって、1項が禁止していない自衛戦争のための戦力は禁止していない)。

⑥そもそも「交戦権」はあらゆる国が持っていない。9条2項で「交戦権」を否認しているのは、単に国際法遵守の意図を宣言するためである。

⑦日本国憲法のように、アメリカ人が他国の憲法を起草することは、現代国際社会では普通である。それを持って押し付けとは言えない。

⑧立憲主義とは法の支配の貫徹である。ところが日本では、「主権者である国民が政府を制限する」、という憲法学者が圧倒的である。東大法学部を中心とした憲法学者の学説が、憲法解釈を牛耳っている。

⑨立憲主義を貫くなら、「国政は国民の厳粛な信託」ということを、普遍の原理と考えるべきである。

⑩立憲主義も一つの主義にすぎない。信ずるという行為によって初めて体系化される。


⑪日本国憲法押し付け論に対し、「内容がもともと国民の求めていたものであった」、「8月革命を起こして新憲法を制定した」という(苦しい)反論がある。

⑫日本国憲法では表の主権者である日本国民が、実質は裏で権力を行使するアメリカ及び日本国内のエリート層に支えられている。

⑬統治権を持つ国家に対し、主権をもつ国民が抵抗するのが、戦後日本の憲法学が求める基本的な構図であった。

⑭そもそも日本には、統治権など存在していない。自衛権を行使するとき統治権を制限するのは無意味

⑮憲法11条と13条に基づいて社会構成員の安全を守る責務を政府が果たすことが、自衛権となる(9条はなくてもいい)。

⑯9条と前文だけが、主語が「日本国民」となっている。だから9条は前文に近い形で憲法の精神を宣言している。

⑰9条は国際法秩序の遵守を通じた平和を目指している。戦争放棄や戦力不保持は手段であって、目的は「正義と秩序を基調とする国際平和」を達成することである。だから、その手段が目的を阻害するように禁止されてはならない。

⑱国民の安全を犠牲にして絶対平和主義を神聖視するのは、立憲主義的態度ではない。

⑲国連憲章51条の自衛権にもとづく武力行使も、憲章7章の集団安全保障にもとづく武力行使も、国家の権利の発動として正当化される戦争行為としての武力行使ではない。国連憲章にもとづいて合法的に遂行される武力行使は禁止していない。

⑳自衛隊が国際法に従って行動する限り、9条2項に抵触することはない。

              由利公正
 いろんな人の言説が混じっており、一読で理解するのは難しい。
 ただ結論は、この本の最後に篠田英明氏が憲法改正に関し述べていることである。

 ≪もし9条3項を創設して自衛隊の合憲性を明確にするのであれば、簡易につぎのような規定だけを入れればいい。
『前2項の規定は、本条の目的に沿った軍隊を含む組織の活動を禁止しない』≫

  まさに、今年5月安倍総理の提案したそのままである。



 日本国憲法前文では
 「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」 とあり、つづけて
 「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」 とある。
 つまり、「一国平和主義」を厳に戒めているのである。


 これこそが日本国憲法の神髄である。憲法9条に関連して安保法制でバカ騒ぎしていたことがあほらしい。

最高裁判官の国民審査

 裁判官が具体的な判決行動を示さなければ、国民審査は意味がない

 22日の衆院選と同時に、最高裁裁判官の国民審査が行われる。最高裁判官は、国のルールを解釈する最高決定機関で、ある意味最高権力者である。

 我々が審査を行うためには、各々の裁判官が、これからどのような判決を下そうとするのかを、理解していなければならない。そこで報道各社は、先日審査対象の裁判官7人に共通アンケートを行った(10月12日朝日新聞デジタルによる)。全18項目ある中で、私が審査対象としたい項目は、以下の3つである。
 そのほかの質問項目、例えば最高裁判官としての心構えや趣味、司法制度そのものに対する考えなどは、直接判決に係ることではない。抽象的であるし、美辞麗句を並べただけである。

①憲法9条が果たした役割と、9条に自衛隊を明文化することについて
②国政選挙での「一票の格差
③原発関連訴訟の司法の役割

             妖怪 唐変木

 ところが、これに対する回答はほとんど、「個別の事件を廃して見解を述べることは差し控える」であった。
 ただ林景一氏だけ、「一票の格差」について「今年9月の判決の通り」と答えている。この判決では、「一票の格差」が最大3・08倍だった昨年7月の参院選について、林氏は「違憲状態」とする個別意見を示していた。この判決に関わった他の裁判官は、今回の国民審査の対象ではない。
 
 したがって、林景一氏(もちろん罷免)の考えはわかっても、それ以外の裁判官の具体的な判決行動が、さっぱりわからない。
 これでは、まともな審査はできない。別の情報源を探す必要がある。

憲法9条改正

 どんなものも、できてしまえばそれが聖典になる。100%満足するものなどない

 突然の衆院解散から、急激な野党再編が起こっている。あらためて、政治家の政策の方向性が問われる。なかでもっとも重要なのが、日本国憲法の見直しであろう。

 そもそも議員の仕事は、ルールを見直すことである。
 今年5月に安倍首相は、憲法9条改正についての試案を出した。憲法9条に自衛隊の存在を明記するという改正案である。これは多くの国民が受け入れている現状を、そのまま追認しようとするもので、従来の自民党草案とはまるで異なる。

 首相は「自衛隊が違憲かもしれないという議論の余地をなくすべきだ。自衛隊の明文化は国民的な議論に値する」と提案の意味を説明している。現に専門家からは、自衛隊が正式な軍隊でないことの不都合を指摘されている。白旗降伏ができない、捕虜として扱われないなどである。万一戦闘になったとき、敵国からみて、「自衛隊は暴力集団に過ぎない」、という理屈を与えかねない。

 国民の多くもこの首相提案には賛同している。私も変えないより変えたほうがいいと思う。今回の野党再編によって、国民の思いが形になる可能性が出てきた。

            橋本佐内
 それでも、すんなりいくとは思えない。
 いまだ憲法学者の6~70%が、自衛隊は違憲だという。ガチガチの護憲でもある。その学者の多くは大学教授である。ゼミの学生を持っており、いわゆる「護憲ムラ」の中でその見解が拡大再生産されている。いざ改憲しようとすると、工作機関であるマスコミを総動員し、あることないこと吹きまくり、必死の抵抗をはかることは目に見える。


 それに首相提案も問題がある。9条第2項と3項の整合性である。
 これについて、ある国際関係学者の見解を紹介しよう。

 篠田英明氏は、「ほんとうの憲法」の中で、以下のことを述べている。

≪もし9条3項を創設して自衛隊の合憲性を明確にするのであれば、簡易につぎのような規定だけを入れればいい。
『前2項の規定は、本条の目的に沿った軍隊を含む組織の活動を禁止しない』≫


 どんなものでも、100%が満足するものなどできるわけがない。できてしまえば、それが聖典になる。現在の日本国憲法と同じである。

北朝鮮の脅威とは

 ほんとの脅威は、日本向けの核武装をしたまま、南北朝鮮が統一することである

 世間では、北朝鮮の脅威が叫ばれている。ミサイル発射を行い、核実験を繰り返す頻度が高くなった。技術は確実に進歩し、すでにICBMによって米国本土を襲える水爆が完成したとの見かたもある。日本全土をカバーする、中距離ミサイルは数十発以上配備されている。これらが一度に日本を襲ったら、いまの防衛システムではとても防ぎきれない。

 このような状況で、トランプ大統領と金正恩の口撃合戦がエスカレートしている。売り言葉に買い言葉。いつ何時、どちらかが癇癪をおこし暴発を招くかわからない。 
すなわち直接の脅威は、まさに核の暴発である。
 金正恩は、日本の米軍基地周辺どころか、東京などの大都市をも核攻撃すると脅し続けている。東京に核爆弾が落ちると、1000万人以上が死傷する。未曽有の惨劇となる。

            びっくり妄言

 しかしほんとの脅威は、そんなことではない。核の暴発は怖いが、いっときである。東京が全滅しても国民の90%は残る。熱湯を浴びたゆで蛙のように、日本は生き返る。憲法を大改正し、世界の強国に生まれ変わることができる。むしろチャンスである。

 じつは日本にとって真の脅威は、いまの状態で米国はじめ中国、ロシアが、北朝鮮の核保有を認めてしまうことなのである。もちろん、米国に届くICBMを廃棄することが条件となる。日本へ核攻撃する能力はあってもいい。日本を除く世界の大半は、本音でそう考えている。

            ほんとうか?青蛇
 日本はどうなるか。
 北の核が定着し情勢が安定すると、まもなく朝鮮統一がなされる。日本の周囲はすべて核保有国になる。しかもすべて反日国である。彼らは核で脅しながら日本と交渉を始める。これでは未来永劫日本の立場はない。周辺国の草刈り場になる。とても子孫に顔向けできない。
 当然日本も、ただちに強力な核武装を開始する。国際社会との軋轢が始まる。経済制裁で首が回らなくなる。
 どちらにしろ、日本の立つ瀬はない。

 それをいま、「地球儀外交」によって世界を説得し、必死に食い止めようとしているのが、現首相である。この選挙で首相が変わることがあれば、これがすべて「リセット」されてしまう。日本をそんな恐ろしい国にしては、絶対にいけない。

 したがっていま自民党以外、本気になって政権をとろうなんて思っていない。もし間違えて多数派になってしまった党は、ただちに分解するはずである。野党の離合集散を見れば、納得するであろう。

IOFT2017展示会報告

 小規模の加工事業者が、多数の顧客とコミュニュケーションできる場でもある

 昨日まで3日間、東京ビッグサイトのIOFT国際メガネ展に参加した。
 会場は、JR大井町(宿泊したところ)から、りんかい線で10分。「国際展示場」駅で下車する。そこからが長い。まずビッグサイトまで速足で10分。今年のIOFT展は、増設された最奥端で開催されているから、建物に入ってさらに10分以上歩かなければならない。よく似た展示会が同時開催されており、どこに入っていいか迷う。そのうえ、IOFT展示場入り口ではガードマンが厳しいチェックを行っていた。

 さらにIOFT展示場は2つに分かれている。目指すブースは広大な展示場のなかのほんの一角である。たどりつくにはかなりのエネルギーを要する。
 相当の健常者でなければ、見学することができないよう、工夫が凝らされているのである。

 東京ビッグサイト H29.10.11 IOFT2017 H29.10.11~13 麻生津眼鏡集団 H29.10.11~13

 私の担当したブースは、福井東商工会がリードし、麻生津近隣の眼鏡関連業者13社が共同で出展したものである。フレームだけでなく、金属やプラスチックの部品製造、表面加工など、業種は多彩である。ブースは3コマで、ひっそりと目立たない場所にある。
 まだ数字は集計されていないが、それでもざっと、昨年の2倍の見学者があったと思う。

 その要因のひとつは、展示のレイアウトを大幅に見直したことである。
 昨年度は商品などをブース前面に展示したのに対し、今回は背面に並べた。入り口の角には、インドの神様をモデルに眼鏡枠廃材で作った「メガネ―シャ」という奇抜な像を立たせ、興味を持った見学客をブース内に誘導するようにした。たしかにこの像は、「おしょりん」より、はるかに目立つ。

 またこのブースは、眼鏡枠ばかりの展示に飽きた見学者の、「箸休め」にもなるのではないか。IOFT展だから、ほとんどすべての出展者は、自慢の眼鏡枠を出品する。だが見学者は、膨大な似たり寄ったりの眼鏡枠に見飽きるであろう。

 さらに、来場した小売業者は、完成した眼鏡枠しか見たことがない人が多い。眼鏡枠の製造工程や部品を説明してあるコマはほとんどない。興味津々で、自らのお客様に説明したいとして、切削部品のサンプルを求める人もいた。眼鏡関連以外の事業者でも、加工方法や商品に興味を持ったところもあった。

 メガネーシャ H29.10.11 大村崑さん H29.10.11 宿舎近辺 H29.10.11

 もちろん、実質的な効果もあった。
 設備や部品、半製品を展示していた事業者は、いくつかの商談がまとまったようだし、技術的な課題を提示してもらえた事業者もあった。通常の完成眼鏡枠を展示していた人も、昨年より販売数は増えたという。

 ただ最大の効果は、事業者自身の販路開拓における意識改革ではないか。
 このブース出展社の多くは、地域の小規模な加工事業者である。普段、地域内や得意先以外の人と話をする機会はめったにない。そんな彼らが、世界中不特定多数の顧客とコミュニュケーションできる場として、大いに活用できたはずである。
 もっとも、機会を利用するかしないかは、その人の意識次第である。今回の行動を見ると、展示に参加した事業者のなかで、どこが伸びるか判断できそうである。

加計学園問題の真相

 学園誘致と規制突破しようとする人たちが、総理のお友達を利用したのである

 今回の衆院解散はモリカケ隠しだとして、野党やマスコミはいまだこの問題にこだわっている。今治市に対しても、加計学園を誘致することに懐疑的な人たちもいる。大学誘致の経済性においての疑問も根強い。

 ただ過疎の地方都市に大学ができれば、相当の経済効果が見込めるのは間違いない。どれほど活性化するか、簡単にフェルミ推定を行ってみよう。

 この大学は定員120人だから、4年生までで480人。大学院を入れたら、7~800人にはなる。教職員を含めると、少なくとも1000人である。ここには半病人のような高齢者は一人もいない。まさに消費と投資に励むピチピチの活動世代である。彼らは生活するだけで必ず、宿泊、飲食、接待、遊興費を遣う。学費や学校の資機材購入費を合わせると、毎年一人最低で1000万円。これだけで1000万円×1000人=100億円/年である。話半分として、50億円が毎年動く。

 すなわち今治市には、建設費に加え、毎年50~100億円の経済効果がプラスされる。地方都市にとって、きわめて大きい。今治市が寄付したとされる90億円余りの土地代など、屁でもない。学園に寄付しなかったら、広大な土地は未来永劫、空き地のままであった。ペンペン草の生えた地方の土地など、利用する人はいない。市は沈没する。

             壁をぶち破れ

 加計問題というのは、この今治市側の学園誘致の思惑と、文科省や獣医業界の既得権を排して岩盤規制を突破しようとする人たちの活動であった。彼らは、加計氏が総理のお友達であることを利用して根回しを行った。と考えるのが自然である。
 安倍総理個人にとってはどうでもいいことである。いまどきの学園経営は厳しく、獣医学部新設など、加計氏にとってそれほどうまい話でもない。


 むしろ安倍総理は、まれにみる清潔すぎる政治家である。すぎたるは及ばざるがごとし、清潔すぎては大きな仕事はできない。記者会見で「6人の妾がいる」と指摘され、「7人だ」と開き直った三木武吉氏を見習ってほしい。プーチン氏やトランプ氏のような癖のある外国首脳と渡り合うためには、周辺のちんけな疑惑を吹き飛ばすだけの度量が必要である。
 その意味でこの問題において、総理はウソでいいから「友人の加計氏に崖から飛び降りてもらった」と言ってしまえばよかった。


 政治の世界では、「しがらみのない」という言葉が流行になっている。しがらみがないということは、家族や友人関係などの絆(きづな)も、まったくないことになる。そんな人間味のない政治を行ったら、国民一人一人が納得できる社会の実現は、絶対に不可能である。(了)


           東京ビッグサイト 2016

10月11日(水)~13日(金)
     IOFT国際メガネ展

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自衛隊パレード

 こんな貧弱な装備では、中国や北朝鮮の侵略に太刀打ちできない

 昨日(10月9日)、市内大通りの自衛隊パレードを見学した。
 午前10時から開始予定。15分ほど前に会場に行くと、すでに大勢の市民が集まっている。一部で「極左」と「極右」の人たちが横断幕を掲げていた。どちらも10数人程度。圧倒的多数は、私のようなノンポリの興味本位か、軍事オタクであろう。
 それにしても暑い。こんな炎天下に長時間いたら、誰かひっくり返る。
 沿道には人垣ができ、頭越しにしかパレードを見ることはできない。見渡すと、黒服を着て日の丸と横断幕を掲げた、怖そうな人たちの前は人が少ない。目が合わないようにして、そこに移動した。

 F15J4機編隊 H29.10.09   バズーカ歩兵 H29.10.09

 パレードは、最初ヘリコプター(SH60K)が通過した後、F15Jの4機編隊が3回飛行。大通りの行進はそのあと、音楽隊に続いて、歩兵軍団、空軍団、陸軍車両が続く。歩兵軍団といっても40人そこそこ。車両も装甲車とかジープ、トラックなど10数台でしかない。装甲車搭載の機銃や主砲も、太平洋で洗うごぼうのごとく細い。
 とても中国や北朝鮮の軍事パレードの足元にも及ばない。これではいざ戦闘になっても、太刀打ちできるとは思えない。防衛費を10倍にしてもいいのではないか(もちろん国産品の調達)。精神だけでは勝てない。
 それでも、沿道からは拍手が響いていた。

 今回は、舞鶴音楽隊が演奏で盛り立ててくれた。この音楽隊には、卓越した女性のソロ歌手がいるそうである。次回は聴きたい。

 行進車両群 H29.10.09   戦闘車両 H29.10.09

 吃驚したのは、当日の朝。開始時刻を調べようと福井新聞を開いても、パレードの「パ」の字も掲載してなかったことである。この新聞は、地元福井市の中心で数万人を集める一大イベントを、まったく無視する。これで、この新聞が中国の工作機関であるという疑惑はますます深まった。中国の諜報活動は、すでに地方紙を牛耳っている。

 さすがに翌日(10日)の朝刊では取り上げるかと思ったら、休刊日だった。
 週明けからの選挙戦に関する報道では、一斉に日本の体制崩壊に向けての論陣を張るに違いない。

日産社のリコール

 正論かどうかは2のつぎ、企業としてのイメージダウンは最小にしなければならない

 日産の無資格検査問題について、西川広人社長は記者会見の場で、「検査は確実に行われており、安全に使っていただける」と強調していた。あくまで「手続き」に問題があったという主張である。たしかに検査で品質が向上するわけではないので、社長の言い分は正論である。

 それに製品の最終検査といっても、すべての品質特性を検査するわけではない。そんなことは不可能であるし必要ない。ブレーキの効き具合など、安全性に関するいくつかの特性を確認するだけである。それらも、ほんとに高度な資格を持った認定者が必要かどうかも疑問である。このことが原因の事故など聞いたことがない。

           年貢の納め時

 だがこれは、当事者である日産自身が言うことではない。「問題ない」と強調することで、逆に反感を招く。(役不足だが)私のような第3者が発信して初めて意味がある。さらに日産の顧客といっても、固定客ではない。不信風が吹けば、あっという間にそっぽを向く。そうなれば、順調だった世界販売台数の伸びにも悪影響がでる。
 いくら「悪法」だろうが、ルールは守らなければならない。

 では現時点で、日産幹部はどのような対応をとればよかったのであろうか。
 まさに危機管理の対応能力が問われる。
 まず、過ちは過ちとして認めたうえで、下手な言い訳はしない。いまのうちに洗いざらい出す。小出しにしてはいけない。記録も証言もすべて出す。品質に問題ないなど、言い訳じみたことは言わない。

 正論はすこしづつ、ものづくりや業界の事情に詳しい専門家が発信してくれる。おそらく同業者も、似たり寄ったりである。むしろ外国メーカーに比べれば、はるかにましかもしれない。多少の寝技は必要である。
 もし正論が出なかったら。  よほど嫌われているのだから、あきらめるしかない。

赤いキツネと緑のタヌキ

 キツネとタヌキの化かし比べに、どれだけ有権者が騙されるであろうか

 希望の党の党首のことを、「緑のタヌキ」に例えた人がいる。うまいことをいう。
 鳴り物入りで東京都知事に当選し、都民の期待を集めたと思ったら、築地移転をグダグダにしてミソをつけた。また今年の都議選では、自民党のブラックボックス政治を批判して大勝したのに、自分が特大のブラックボックスとなってしまった。さらに今回の、希望の党設立時には、二転三転とリセットを繰り返し、人には任せ切れず自ら党首になる。まさに家康も吃驚のタヌキである。

 その希望の党が、先日選挙公約を発表した。
 そこでは3つの柱として、①消費税凍結、②原発ゼロ、③憲法改正、を挙げていた。さらに「ユリのミクス」として、隠ぺいゼロ、花粉症ゼロ、企業献金ゼロなど、耳当たりの良い「道しるべ」を、12も掲げている。
 付け焼刃なのは仕方ないとしても、あまりにきれいごとすぎる。まともな国民なら、まちがいなく選挙後「リセット」されると思うはず。

    キツネつき   選挙公約内股公約    タヌキ小僧
     
 さて、「緑のタヌキ」がいたら、「赤いキツネ」がいる。
 もちろん赤い方は、「立憲民主党」である。共産党だという人もいる。当面の政策はどちらも同じようなもので、憲法改正反対、消費増税反対、原発ゼロである。「緑のタヌキ」と大きく異なるのは、憲法問題である。赤いのが一本化したら、それなりの票は集まるであろう。


 ただ今度の選挙では、有権者は騙されないような気がする。
 かって日本新党ができたときや小泉郵政選挙、それに民主党が政権を奪取した時のような爽快さと期待感がない。それぞれの時は、私自身も勢いに飲まれ、あらぬ政党候補者に投票してしまった。私の感性バロメーターから、さすがに今回はない。

 それでも選挙までは、キツネとタヌキが必死に化かし比べを行う。いずれも、民進党が割れてできた妖怪である。はたしてどれだけの有権者が騙されるであろうか。

首相はだれになる

 この選挙で首相が変わることがあれば、すべてが「リセット」される

 こんどの衆院選挙で自民党が過半数を割れば、安倍総理は首相を辞めると言明した。解散時点では、誰もがまさかそんなことはないだろうと考えていたが、とんでもない。火事場の馬鹿力で、野党再編がバタバタと成し遂げられ、あっという間に新たな政治勢力が編成された。とくに「希望の党(緑のタヌキ)」と「立憲民主党(赤いキツネ)」が、飛躍する可能性がある。現与党の過半数割れも現実的となってきた。

 その場合、誰が首相になるのか。
 野党連合ができた場合はもちろん、現与党がふたたび政権を握っても、首相は代わる。以前の自社連立のように、少数野党から出る可能性もある。まったく首相としての見識のない人が、トップに祭り上げられるかもしれない。

              恐怖の恐竜
 しかし、緊迫した世界情勢の中、それでいいのか。
 安倍首相は今年の12月で就任5年目を迎える。5年でも、外国の首脳に比べたら長くない。アメリカはほぼ2期8年、中国は10年。ロシアのプーチン大統領は20年近くもロシアの最高権力者である。ドイツのメルケル首相もこれまで11年で、さらに4期目を狙っている。

 これら海千山千の外国首脳に、日本の日替わり首相が太刀打ちできるはずがない。これまでことごとく外交交渉に破れ、不利益をこうむってきた。典型的なのが、プラザ合意による超円高である。中国や韓国の我が国に対する干渉も、熾烈を極めてきた。菅直人首相と中国胡錦濤主席との会談は、みるに堪えないものであった。もちろん長年のていたらくで、北朝鮮の増長まで許してしまう。
 
 その北朝鮮にしても、大国であるアメリカ、ロシア、中国は、本音では核保有を認めつつある。アメリカも、北のICBMさえなくせば、日本全土を網羅する中距離ミサイルは容認してもいい。北の核が定着し朝鮮統一がなされたら、日本の周囲はすべて核保有国である。これでは未来永劫日本の立場はない。周辺国の草刈り場になる。とても子孫に顔向けできない。
 それをいま、「地球儀外交」によって世界を説得し、必死に食い止めようとしているのが、現首相である。この選挙で首相が変わることがあれば、すべてが「リセット」されてしまう。
 「リセット」の得意な希望の党が、このカギを握っていると思うと空恐ろしい。

柏崎原発再稼働なるか

 反原発のマスコミ論調が、ますます原発の安全性を損ない、人々を不安に陥れている

 柏崎刈羽原子力発電所6・7号機再稼働の前提である安全審査で、原子力規制委員会が事実上の合格証「審査書案」をまとめた(10月4日ニュース)。東電の原発が合格内定するのは初めてで、福島第1と同じ沸騰水型の合格も初めてだという。ただこれから、一般の意見公募や地元の同意がある。新潟県の米山隆一知事も慎重な姿勢で、いつ再稼働するかは誰にも分からない。
 そして我が地元の福井新聞も、早速この「合格審査」に噛みついた。
 
 5日の社説では、まず「運転を認めるなんて信じられない」という、福島の原発事故避難者の批判を取り上げ、つづけて相変わらずの理屈で
≪未曽有の災害を引き起こした福島第1原発事故は、いまだ収束の見通しがつかないままだ。事業者の適格性が問われるのは当然で、果たして地元の理解が得られるだろうか。議論の進め方が批判された規制委の信頼性も厳しく問われよう。≫
≪(福島第一原発の)使用済みや溶融核燃料(デブリ)の取り出し工程も改定を繰り返し、事故収束の困難性が浮き彫りになった。これだけのリスクを抱えたままお墨付きを与えるのは早計ではないか。≫
 と、原発再稼働に絶対反対の姿勢を強調している。

 ご丁寧に、総合面の「識者評論」においても、大島堅一龍谷大教授に、反対の論陣を張らせている。大島教授は、「原発のコスト」において、一面的な見方で原発批判を行った人である。この論説も主観的で偏った見解に終始しており、とても「識者」とは思えない。

              学者バカ

 このようなマスコミの論調が、ますます原発の安全性を損ない、人々を不安に陥れている。
 なぜか。
 直接には東電の収益源を絶つことで、福島で行われている廃炉工程をとん挫させてしまう。もっと重大なのは、日本に50基以上もある原子炉の、廃炉をはじめとした原発の撤退戦を戦うべき優秀な人材を、枯渇させてしまうことである。

 そしてエネルギーの未来を束縛し、人類生存の選択肢を狭める。さらに世界中で貧富の格差と気候変動を助長し、中東をはじめ現代社会を不安定にしている。なにしろ現実には、原発以外のエネルギーでの犠牲者のほうが、圧倒的に多いのである。


 彼らが原発に反対する理由は明白である。(中国の工作員でないのなら)、漠とした放射線への不安しかない。人々の脳は、合理的な事柄より感情的な要因のほうに傾きがちである。そして、事故が起きたことのことばかり考える。反原発者が発信する、非常に誇張された記事や映像が、人々の恐怖を募らせる。これが「放射脳」である。

 したがっていま世間に溢れている反原発論のほとんどは、無益であることは間違いない。人々を救うどころか、かえって人々を苦しめ、ときには死を招く。
 思うのはいい。せめて人に語ることなく、自分あるいは仲間うちだけで悩んでいただきたい。
 とくに、マスコミなど社会的影響のある反原発論には、怒りと憎しみしか覚えない。

赤字財政が国を富ます

 経済成長を求めるなら、政府の財政赤字は増やしていく必要がある

 来年度の政府予算はまた100兆円を超え、日本政府の国債発行残高は1100兆円以上になる。こんどの消費増税も赤字解消には遣われない。このことを深刻にとらえ、警鐘を鳴らす人は多い。少なくとも元利払いを除く政策経費は、税収だけで賄う必要がある、と警告する。いまだに専門家と称する人の半分以上は、財政再建が必要だと唱えている。

 だがその必要はまったくない。そんなことをすれば経済発展を阻害する。財政赤字や累積の国債1000兆円など、まったく問題がないことは、本ブログで何度も繰り返している。
 別な観点から、このことについて述べてみよう。

              ほんとうか?青蛇
 政府の財政赤字は、そのまま国民の金融資産である。もし政府に財政赤字がなかったら、国内のお金は流通する分しかない。企業が借金している分だけ、国民の貯蓄である。その場合、お金はぐるぐる回るだけで増えない。こんなことは少し考えればわかる。

 長く仕事を続ければ、一人当たり生産性は向上する。モノやサービスの絶対量が増えてお金の量が同じなら、モノやサービスの価格は下がる。これがデフレである。デフレが人々を苦しめることはいまさら言うまでもない。

 モノは過剰になると輸出できるが、サービスを輸出するのは難しい。だから、サービス供給者は、いくら「おもてなし」のレベルが上がっても低賃金のままである。また、せっかくいいモノが日本に増えても、外国にいくだけでは日本人の生活は豊かにならない。さらに輸出は相手があるため、お金が増えても長続きしない。


 したがって、デフレにならないために、増えた分のモノやサービスにあわせ、お金と需要をつくる必要がある。これが金融政策と財政政策である。お金を増やせるのは、政府しかない。財政政策としてモノやサービスを購入し、お金を増刷し国民に払えば、そのぶん国民は豊かになる。さらに政府の買ったモノやサービスは、国民の財産になる。


 その段階で、政府が支払ったお金や輸出した分の代金は国民の懐に入る。
 そのうえ個人は、いったん蓄えたお金は使いたくない。1000万円溜まれば、2000万円溜めたくなる。だから国民に、遣うあてのないお金がどんどん貯まる。夫婦で教員して定年退職し、兼業農家でもやっていた人の財産は、目をむくほど多い。それでも彼らはお金を遣わない。それが今の財政赤字となった。
 経済成長のためには、国はさらにお金を発行するしかない。


 つまり基礎的財政収支を黒字にするということは、国内のお金が増えないということである。それでは所得が増えることは無く、成長するはずがない。
 ケチな国民の多い国が経済成長するには、財政赤字をどんどん増やしていかなければならないのである。

経営計画は必要か

 肝心なのは、自分がきちんと納得できることである

 あたらしく事業を始めるとき、金融など支援機関から、必ず経営計画を作成してくれといわれる。創業者はもちろん、これまで事業をやってきた人にとっても、計画を作るのは厄介である。私が製造会社を立ち上げたときも、まともな経営計画などなかった。

 なぜ経営計画が必要なのか。
 計画なしに事業を進めてしまうと、事業者は必ず以下のような罠に陥る。

事業者が陥りやすい罠
 1.自分が欲しいからこの商品は売れるはず・・自分の趣味を優先
 2.こんなやり方はだれも知らないはず・・じつは業界の常識だった
 3.そんな規則があったのか(許認可、届け、業界ルールなど)
 4.そんなに費用がいるのか
 5.これくらい出してもいいか・・・どんぶり勘定
 6.もっとよいものを・・きりがない
 7.だれも思ったとおり働いてくれない、任せられない

 毎日こんな罠にはまっていたら、利益など吹っ飛んでしまう。陥りそうな罠を、あらかじめ予想しておけば、ドツボにはまることは少ない。
      
          太鼓判

 そして、経営計画(ビジネスプラン)は、つぎの人たちのために必要である。多くの人に内容を理解してもらうと同時に、問題点があれば指摘してもらおう。
 
1.自分自身のため
  ・事業をバランスの取れたものとする
  ・やり始めてからの失敗を少なくする
2.他人に理解してもらうため
  ・身内、家族に対して
  ・出資者に対して(金融機関、公的機関)
3.事業の目標設定のため
  ・売上、利益など事業を現実的にみる
  ・社員に理解してもらう     

 肝心なのは、自分がきちんと納得できることである。自分がわからないのに、他人が理解できるわけがない。

日産の検査問題

 品質は工程でつくる。余計な検査を定めた運輸省の規制の見直しが必要

 日産自動車で、認定されていない検査員が完成車検査を行っていたという事実が発覚した。自動車メーカーは、あらかじめ認定した従業員が出荷前に「完成検査」を行う。これは道路運送車両法や関連の実施要領などで定められている。それに対し日産では、認定されていない「補助検査員」が一部の検査を行っていたという。

 つまり運輸省規制によって、認定された検査員が検査することが求められており、それに違反したということである。詳細がわからないが、これは単に手続き上の問題のようにも見える。すなわち、「補助検査員」に検査の権限を与えていなかったのであろう。
 いずれにしろ、法律で規制されていることに違反したとすれば、弁解の余地はない。

                危険な赤い車
 しかしこれが、全国ニュースになるほど重大なことなのか。
 ほんとに重要なのは、現物である製品の品質であろう。ものづくりにおいては、「品質は工程で作りこむ」のである。いくら検査を厳重に行っても、いい製品が生まれるわけではない。むしろ検査に頼りすぎ、作業を疎かにすることさえある。

 それに自動車の検査制度については、以前から問題があった。車検や定期点検制度など、ほんとに必要なのか疑わしい。天下りの利権組織が検査員の資格を認定することや、業界のための既得権益保護の色合いがきわめて強い。工場での最終検査にしても、認定検査員と補助検査員とで、なにが違うのか。たぶん何も変わらない。現場の管理者が、合理的な行動をとっただけであろう。

 したがって本質は、余計な検査制度そのものが必要かどうかである。このことが問題視されなければならない。一方的に日産が悪いというだけでは、ほんとうの問題が隠されてしまう。これでは日本中がムダの堆積場になる。もんじゅの点検漏れも全く同じ構図である。原発の審査では自殺者まで出た。
 ルールは従わなければならない。だが見直さなければ、ゴミと悲劇の産出源になる。
 (こんなこと、当事者である日産は口が裂けても言えない。)

多難な廃炉工程

 世間やマスコミの原発叩きこそが貴重な人材を失わせ、廃炉を困難にしている

 政府は、福島第1原発の廃炉に向けた中長期の工程表を改定し、核燃料取り出し開始時期を3年遅らせたという。溶け落ちた核燃料の回収を着手する号機と具体的な方法の決定も1年遅れとした。それでも30~40年で終える予定の、全体工程目標は維持したそうだ。

 もちろん反原発派は、「それ見たことか」とせせら笑っている。
 以前から彼らは、廃炉方法には懐疑的で、格納容器内の放射線の強さやデブリの状況から、「できない理由」を山ほど並べ立ててきた。そのくせ、わずかの「汚染水」漏れや計画の遅れに対しては、これでもかと攻撃する。

         牛の歩み
 しかしこのような難工事が、計画通りいくはずがない。
 なにしろ、まだ世界中のだれもがやったことのない工事である。きわめて高度な技術に加え、イノベーションが発揮できなければ成功しない。そんなことのできる人は、いまの原子力技術者の中にはいない。

 世間やマスコミが、よってたかって原発叩きを行った結果、貴重な人材まで潰してしまったからである。マスコミを先頭に、国民的バッシングを浴びている原子力業界に、誰が好き好んで入るであろうか。いまのままでは廃炉どころか、その過程で重大事故を招く可能性がある。
 原発の安全な撤退のためには、いまは原発技術を蓄積する時期なのである。


 さらに今度の選挙では、国民の漠とした不安に便乗し、希望の党が「脱原発」を唱えるという無節操な行動に出た。自民党との差別化をはかるためである。これがほんとなら、人類と日本の未来を台無しにする暴挙である。
 こんな重要なことは、絶対に政争の具にしてはいけない

中庸の美

 右寄りと思われていた自民党が相対変質し、一気にリベラル化してしまった

 昨日あたりから、肌寒さが身に染みる。パソコンの前に座ると肩や腰が冷える。フリースと毛布を引っ張り出した。ほんのひと月前までは、シャツ一枚で暑くて仕事にならなかったのが、ウソのようである。この2~3か月は衣服で調節できるが、それを過ぎると炬燵やストーブが必要になる。

 車の場合はもっと極端である。季節に関係なく冷房または暖房をつかう。いまの時期なら、朝は暖房で日の当たる昼間は冷房と、1日の間で冷暖房を使い分ける。冷暖房のどちらも使用しない季節や時間帯はわずかである。
 我々にとって、ちょうどいい気温というのは、きわめて狭い範囲でしかない。

           不思議なバランス H28.8.19
 もちろんこのことは、気温だけではない。
 スープやみそ汁の味から政治思想、我々の生きている地球環境すべてに至るまで、あらゆる事象は適切な範囲を維持するために、大変な努力と寛容そして偶然が伴う。すなわち「中庸」とか「ほどほど」というのは、きわめて難しいバランスを要するのである。

 今度の選挙では、「希望の党」という極右勢力が勢力を伸ばしそうだ(極左に近い民進党員が入るのはブラックジョーク)。共産党という正真正銘の極左と両極を成す。面白いのは、右寄りと思われていた自民党が、一気にリベラル(中道)に相対変質してしまったことである。
 この中庸勢力が伸びるかどうか。それこそ国民の良識にかかっている。