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しくじり議員の当選度

 失敗した人ほど成長できる。しくじり議員を落選させることこそ、地元の恥である

 ネットや週刊誌の記事では、今年話題となった「しくじり議員」が、今回の選挙でどのような結果になるかを予想している。女性議員では、豊田真由子氏、稲田朋美氏、山尾志桜里、今井絵理子氏である。
 それぞれの元議員は議員を辞めるつもりはない。いま地元の選挙区に戻って、「お詫び」や説明に必死である。それぞれの「しくじり」によって、支持者からの反応はさまざまである。

 ネットのコメントでは、
 「選挙区の有権者の方の、良識のある判断に期待します。」
 「また当選するようなことがあれば国民に問題あり」
 「当選してほしい国民がいるのかな?そもそも議員を辞めるべき」
 「また当選したら、今後選挙する必要は無いってことだね。有権者の責任でもある」
  などと、手厳しい。

      もうすぐうば桜 本文とは無関係です 
 
 しかしながら、これらの議員の「しくじり」はすべて、マスコミが面白おかしく増幅させたものにすぎない。やりすぎとはいえ、山尾氏や今井氏のような不倫をしない人は少ないし、豊田氏のごとくできの悪い部下を叱りつける人は貴重である。また稲田氏は、防衛大臣というきわめて専門性の高い部署の長を1年も続けたことで、政治家としての厚みが増した(かっての小池都知事は、防衛大臣を2か月足らずで放り出した)。
 このような失敗を経験した人こそ、大きく成長できるのである。

 したがって選挙では、その議員の思想信条と政策の方向性だけを見極めればいい。間違っても、マスコミバッシングの軽重だけで決めてはいけない。多少の毒は、絶好の良薬になる。たまたま稲田氏は今度も、私の居る選挙区から立候補する。こんなことで彼女を落選させることこそ、福井の恥である。そもそも稲田氏どんな悪いことをしたのか、納得ある説明を聞いたことがない。


 他人の失敗を叩いてばかりいる人は、何もしないで一生を送る。社会に必要のない、毒にも薬にもならない人である。いやそれより、蜘蛛の糸を登ろうとしている秀でた人の足を引っ張って、自分たちの地獄に引きずり込もうとする極罪人に近い。
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左右の偏向マスコミ

 思想信条によって、TV信者か月刊誌信者かがよくわかる

 本ブログは頻繁に、マスコミの偏向ぶりを攻撃してきた。数年前の安保法制のころから、明らかに「反体制」傾向が強くなっている。安倍首相が解散を表明した後の新聞見出し「大義なき解散、森友・加計隠し」は、公平・中立など気に掛けるそぶりもない。もちろん社説は「反体制」一色である。

 これに対し、左翼系の雑誌「世界」や、パヨクと呼ばれている極左ネット論壇の見解は、まるで反対である。彼らは、「NHKをはじめとしたマスコミこそ、安倍政権に忖度している」という。

 いったいどちらが正しいのか。
 じつはどちらも正しい。左右いずれの側も、それぞれの思いと周辺マスコミの論調がずれているだけである。
 テレビは、NHKだけが辛うじて「両論併記」。他はほとんど、現政権のやることに「何でも反対」である。新聞は、産経・読売が「右」で、朝日・毎日・地方紙は「左」と明確に分かれている。すべてどちらか一方になってしまったら大政翼賛会である。面白いが現実的ではない。

         まったけ!ではない H29.6.11
           
 問題は、その程度である。
 ざっと、新聞・TVの8割は、完全に左翼思想に染まっている。
 大手はともかく、我々が購読する地方紙は、共同通信の影響を受け、大きく左に偏寄っている。極左集団といってよい。主婦や高齢者のように、地方紙しか読まない人は完全に洗脳される。

 それでも新聞はまだいい。いくら偏向だろうが、基本的に自由競争だからである。
 問題は、国民ほとんどが視ているテレビ報道である。テレビは電波独占によって参入が制限されている。中立を建前に偏向するのだから、たいていの人は騙される。
 一方メディアのなかでも、月間オピニオン誌とネットの論壇は7~80%が右寄りである。だから、ネットと月刊誌で洗脳された人たちは、左翼思想には染まらない。

 したがって、思想信条を見ればたいてい、TV信者か月刊誌信者かがよくわかる。また、お互い相手の陣営のことを「反知性主義」、「パヨク集団」と呼び合うのも面白い。

 ではなにを信じればいいのか。
 自分にとって反対の報道をみて、自分で考え判断するしかない。

希望の党の使用限度

 途中リセットすれば永遠に「希望」で終わる。「絶望」するまで頑張ってもらいたい

 小池新党の名前が、「希望の党」だという。
 この「希望」という言葉は、人生経験を積んだ者には、青臭く嘘くさく見える。
 誰かの孫引きで恐縮だが、「希望」という言葉を聞くたびに「希望は絶望を増幅させる」という、格言が浮かんでくる。私自身の人生経験を顧みて、希望通り進んだことはめったになかった。人生の節目では、大学入試、就職、結婚、起業など。その他日常の、こまごましたことではなおさらである。ものごとが希望したように運ぶと恐ろしくなる。

 たとえば先だって、フィギュアスケートの羽生選手が、SPで世界最高点を出した。当然国民は、FSでもそれに近い点数を出すと期待する。結果は大波乱で、まさかの大荒れ。FSでは、近年で彼の最低点数を記録してしまった。まさに国民は「失望」した。
 それでも羽生選手は、堂々の2位であった。しかもまだチャンスがある。再び「希望」を抱く人も多いだろう。

       どうでもしてくれ

 だがたいていは、「希望」→「失望」→「絶望」と進む。そして「希望」を抱いていた人ほど、「絶望」が大きくなる。まさに小池氏が、昨年都知事に当選してからの歩みに近い。まだ都知事としては、かろうじて「失望」の段階に留まっている。もし都知事を中途で投げ出すとしたら、「絶望」を回避するためであろう。だから小池氏は頻繁に、「リセット」という言葉を使っているのである。
 
 小池新党の「希望」が「失望」に移れば、「絶望」になる前にまたリセットするはずである。リセットを繰り返すことで、永久に「希望」のままで終わる。そのうち必ず見破られる。そのつぎは、新しい「希望の党」に望みを託すのだろうか。


 もっとも、「絶望」というのは、「全く期待できなくなること」(デジタル大辞林)である。すなわち、開き直った状態である。なにも期待しないのだから、そこから先の「絶望」は無くなる。どうせなら、都知事も「希望の党」も、みなが「絶望」するまで頑張ってもらいたい。「幸福実現党」には負けないで欲しい。
 そして、今の段階で希望を持っているのは、この党に駆け込んでいる議員だけなのは間違いない。

中国の高速鉄道

 失敗に恐れをなす日本が、中国に呑み込まれるのは確実である

 中国の新幹線は、先日350㎞での営業運転を再開した。2011年の大事故を受けて、これまで300㎞に落としていた。北京と上海を結ぶ高速鉄道の「復興号」である。この速度は、高速鉄道での商業運転速度では世界最速だという。

 もともと中国の高速鉄道は、日本と欧州からの技術協力で作られたものである。したがって、技術のパクリだという人もいる。

           新幹線

 しかし、すべての技術はパクリである。どんな発明も既存技術をベースに、積み重ねてできたもので、日本の新幹線も、ゼロから始めたわけではない。10年ほど前、北京と天津間で「和楷」という日本の特急のような列車に乗った。日本の老朽した特急列車より乗り心地はいい。これもパクリと言えばパクリである。
 すごいのは、5年前の大事故を乗り越え、世界一の350㎞高速鉄道を作り上げたことである。日本なら、遺族を前面に出した「再稼働反対」の声で、確実に潰される。

 日本では高速鉄道どころか、原子力発電でさえ風前の灯である。数基が再稼働にこぎつけるのがやっとで、次世代の原発増設などは夢のまた夢である。高速増殖炉も、たかが数度の失敗で棚上げされ、ついに廃炉となってしまった(このようなリスクは国家しかとれないのに)。その間に中国は確実に原発技術を向上させ、国力を増強させている。

 失敗を活かす中国と、失敗に恐れをなす日本。
 このままでは、日本が呑み込まれるのは確実である。

前立腺異常

 北朝鮮の情勢如何では治療どころでない

 昨日、PSA定期検査を受けたら、とんでもなく跳ね上がっていた。半年前に10だった数値が(これでも充分高い)、今回は花の18を超えた。がんが増殖している可能性が大きい。医師も非常に心配だと言う。7~8年前、最初の検査のとき、たかが3.2で「異常」と言われたのが懐かしい。

 それでも治療には入らない。治療の前に、あの生体検査をする必要があるからである。5年前受けたときの苦痛を訴えているので、医師も忖度しているのだろう。あの時は検査時の痛さもさることながら、1か月くらいあちこち出血した。なにしろ、下半身を穴だらけにする検査である。とにかく3か月後のPSA結果を見て生検するかどうか決める。3か月あれば、気持ちの整理もできる。

    じじいのトイレ H29.9.10         じじいの決死隊

 それに北朝鮮の情勢如何では、じじいの決死隊が必要になる。そうなったらがん治療どころではない。病院には、私を超えるジジババがわんさか集まっている。決死隊に、彼らを巻き込むことができれば、日本は安泰である。

仮末代の憲法になるか

 意思と良識さえあれば改正できる憲法をこのままにしたら、末代に至るまで日本の恥である

 「仮末代」という言葉がある。とりあえず暫定的に決めたことが、最後までそのままになる、という意味である。時間が経てば経つほど、変更が困難になるからであろう。

 たとえば、日本近代化の2大失敗といわれるものがある。
 ひとつは交流電源。周波数が東日本の50Hzと西日本の60Hzと異なる。
 これは、明治期に直流送電を行っていた東京電燈が、交流転換を決めたとき50HZのドイツ製発電機を導入した。これに対し関西では大阪電燈が60HZのアメリカ製発電機を導入した。当時はそれほどの規模ではなかったのが、その後周波数の統一をしようとしたときには、実現が不可能なほど電力設備が肥大化していた。
 
 もう一つは鉄道の線路幅である。
 日本で鉄道を導入するとき、大隈重信は外国人の意見に押され、線路の幅を狭軌(1067MM)に決定してしまった。そのため、高速鉄道が普及するなど線路幅が広くなると、お互いに乗り入れることができなくなった。これもいまさら統一するには、膨大なコストと時間を要する。

       汽車
 
 さて日本国憲法である。
 よく知られているように、現憲法はGHQの占領下と、敗戦という強烈なバイアスの中でつくられた。米国人の手によって世界中の憲法を寄せ集め、つぎはぎコピペで2週間で起案。議会で検討が加えられ、若干の修正後承認されたといっても、偏った人選と脅迫に近い縛り・検閲の中で決定されたものである。本憲法21条にある「検閲はこれをしてはならない」という規定は、ブラックジョークとしか言いようがない。

 それこそ日本国憲法は、仮制定の見本である。そのうえ英文を訳したものだから、意味不明、矛盾だらけの言葉の羅列となった。ややこしい解釈のために、何十人もの憲法学者を抱えなければならない。彼らの解釈次第でどうにでもなる。まことに奇天烈な規定である。

 憲法制定40年後に、当時憲法を起案した米国人たちにインタビューした人がいる。彼らのほとんどは、すでにあの憲法は改正されているとばかり思っていたという。それからさらに30年経った。彼らは死に絶え、日本で承認した議員たちもいない。もちろんいま生きている我々は、憲法制定にこれっぽっちも関わっていない。

        学者バカ

 周波数や線路の幅については、これを統一するのは膨大なコストがかかる。費用対効果は少ないであろう。だが憲法改正は、自分たちの意思さえあればできる。これ以上この憲法を畏怖し続けたら、末代に至るまで日本の恥である。憲法という絶対権力に支配されたまま、カイゼンすらできない。
 まさに今度の選挙ではそのことが問われる。

秋の経ヶ岳

 三年ぶりで経ヶ岳(1625M)に登った。
 自宅を5時50分出発。中部縦貫道路で終点の大野ICで降りたら、道に迷ってしまった。降りたところの標識が紛らわしい。大野市内を15分ほど迷走し、なんとか六呂師に至る26号線に入った。
 それでも今回は、すんなりと法恩寺林道に入ることができた。これで往復1時間ほどの労力が節減できる。林道に入って15分ほどで、駐車スペースのある登山口に着く。展望台が設置され、荒島岳が目の前に見える。

 林道入り口 H27.9.24 登山口 H27.9.24 保月山 H27.9.24

 7時20分登山開始。単独だから、ほとんど休まずに登る。保月山~釈氏ヶ岳(1448M)までは急登。そこから中岳(1467M)は、なだらかで気持ちのいい稜線である。
 ところが中岳から経ヶ岳のピークへは、いったん下ってから急登がはじまる。この1キロの長いこと。しかも道幅が狭く滑落の危険もある。急登で息が上がっているため、なおさら危ない。落ちたら這い上がる元気はない。

 釈氏ヶ岳から中岳、経ヶ岳 H27.9.24  中岳から経ヶ岳 H27.9.24

 やっとこすっとこ10時10分に頂上に着いた。登り始めから3時間弱。きつかったし身の危険も感じた。4時間かけたらもっと楽に登れたかもしれない。三角点は、標識から笹薮を北へ100Mほど進んだところにある。白山の眺めはここからのほうがいい。
 出会った登山者は15名ほどで、好天の日曜日にしては少ない。紅葉には早い中途半端な季節だからか。

 経ヶ岳頂上直下 H27.9.24 経ヶ岳三角点から白山連峰、大長・赤兎 H27.9.24

 経ヶ岳は、登りがいのある山らしい山である。大野、勝山から見ると、荒島岳と競っているように見える。100名山で後れを取ったのは、麓からの眺めであろう。経ヶ岳は前衛の山しか見えない。

 下りは約2時間。濡れた急坂にてこずってしまった。
 大野から福井は、すんなりと中部縦貫道に入ることができた。

安室奈美恵の引退

 どうでもいいようなじじいに、ファンでいてもらいたくない

 安室奈美恵が、引退することを発表した。TVニュースでは大騒ぎであった。同年代の人たちにとっては、大変な出来事なのだろう。60~70才まで現役で歌っている女性歌手に比べ、40才で引退するのはよほど経済的余裕があるといえる。

 一方しらけている人もいる。
 私自身は、安室奈美恵をまったく知らない。有名人だから、名前は聞いたことがあるが、顔と一致しない。まして彼女の歌など聞いたことがない。藤圭子の娘との違いもわからない。おそらく50歳以上の大半は、同じであろう。

          美人薄明

 50年前の国民的歌手と言えば、三波春夫や美空ひばりなどである。幼児から高齢者までほとんどの人が認知していた。その後、歌手やタレントが増えるにつれ、そのファンも分散化していく。ターゲットが絞られても、日本人の購買力が上がり、それなりの売り上げが期待できるからである。安室奈美恵のCDシングルの最大売上枚数は、200万枚を超えるという。

 だから、安室奈美恵にとって、私などに興味を持ってもらわなくても、まるで関係ない。むしろ変態じじいなどに、ファンでいてもらいたくない。かえってイメージが壊れ、本来のファンが離れる。自分たちが狙った年代の顧客層、さらにその何分の一かに知ってもらうだけで充分なのである。

北朝鮮の恫喝と平和主義

 恫喝に屈したら、日本は平和主義国家でなくなる。もはや軍事衝突しかない

 ミサイルを打ち核実験を続ける北朝鮮が、日本に要求していることの一つが、日米同盟の破棄である。日本にある米軍基地を空にし、北に対する脅威をなくす。日本人の中には、それに同意せよという人がいる。

 もし、この要求を呑んだらどうか。
 日米同盟が終わるだけではない。それこそ北朝鮮の恫喝に屈したことになる。その後は、つぎつぎと無理難題を吹っかけてくる。戦後補償と称し、毎年数兆円の金をはじめとし、領土の一部をつぎつぎと分捕っていくであろう。米軍の後ろ盾のない日本は、腑抜け同然である。北朝鮮あるいはその国とつるんだ中国やロシアが攻め込んできたら、ひとたまりもない。

          いまに見て色鳥

 その場合でも、日本が侵略を受けたら、ただちに白旗を掲げて降参しろという人がいる。日本の9条原理主義者である。
 それこそ論理矛盾である。
 なぜなら降参したら日本は日本でなくなる。侵略した国に同化するのだから、その瞬間日本は紛うことない立派な侵略国・軍事大国である。すなわち平和主義者は、日本が独裁政権の軍国主義国家になることを促進しているとしか思えない。だから彼らは工作員なのである。

 したがっていまは、北朝鮮との話し合い、対話など成り立つはずがない。
 先日の安倍総理の国連演説は、これまで北朝鮮がいかに話し合いを踏みにじってきたかを、わかりやすく切々と訴えていた。そもそも話し合いとは、お互いに譲歩することがなければならない。日本と北朝鮮との話し合いは、日本が一方的に譲るだけである。最終的に日本は、北朝鮮の体制に取り込まれる。
 したがって、もはや軍事衝突しかない。大東亜戦争の反省に立ち、勝算は十分ある。日本人の覚悟はできている。

エネルギーと文明

 核兵器の拡散した世界では、エネルギーを総動員し文明を発展させることが必要

 台風が過ぎ、秋風がさわやかである。今年の夏も暑かった。年を追うごとに暑さの程度が増していく。とても団扇や扇風機だけで、夏をすごすことはできない。もし電気がなくなったら、狂い死にする人が激増するであろう。それやこれや、日本では一人当たり世界平均の10倍ものエネルギーを使っている。

 したがって、電力消費量を削減すべきと主張する人は多い。ムダな電力を使わないことは理にかなっており、省エネ・省資源の努力は今後も続けていくべきである。さらに、反原発を訴える人の中には、電気などいらないという原理主義者もいる。

             丸行燈

 しかし、ものはほどほどである。いまさら昔の生活に戻れるかどうか。
 今夏私も、猛暑の仕事部屋でエアコンなしで仕事しようと試みてきた。どんな仕事でも少しは頭を使う。7~8月、早朝の涼しい日には何とか仕事できるが、室温が30~35度を超えるともういけない。部屋にいることさえ苦痛で、思考能力がまったくなくなる。すべてがどうでもよくなる。

 赤道上にある国が押しなべて生産性が悪いのは、この暑さのせいである。そのような地域に住んでいたら、頭脳労働はできない。近年東南アジアが発展してきたのは、先進国の投資によって、工場やオフィスに冷房装置が導入されたからである。
 したがって冷房をなくしたら、世界的な文明の発展はおぼつかない。

              昼行燈
 文明の発展が停滞するとどうなるか。
 核戦争の危機が飛躍的に高まるのである。
 フロイトは、戦争をなくすためには「文明の発展を促すことで知性を高め、他への破壊欲求をコントロールすることである。」と述べている。すなわち冷房エネルギーを惜しむと、知性が高まるどころか、人々はますます狂暴になる。暑い国で大量虐殺が多いのはそのためである。

 北朝鮮の危機が治まっても、核の拡散は避けられない。あらゆる国に核兵器がいきわたる。思考能力が高まることなく知性の乏しいままの国もある。それらの国すべてが、冷静に判断をすることができるはずがない。核兵器というとんでもない兵器が拡散した世界では、すべてのエネルギーを総動員し、文明を発展させることが、どうしても必要なのである。平和的に核戦争を回避するには、それしかない。

大義は消費増税と憲法改正

 憲法改正は、消費税は10%を超えないこと、9条での軍隊保持を明確にする

 こんどの衆議院解散で、安倍首相は国民に対し、ウルトラ級の問題提起をするという人がいる。「消費減税」である。消費税を5%またはそれ以下にするという、普通思いつかないような施策である。
 いったん上げた消費税をもとに戻すのは、とんでもない抵抗が働く。予算を決めるのにも差し支える。首相の口を封じるため、羽交い絞めにされる。その「抵抗勢力」と闘う姿を見れば、選挙は有利に戦える。

 考えてみれば、これは破天荒な提案ではない。消費税を上げたときから、もとに戻すよう主張している評論家は何人もいる。そもそも消費増税が、経済低迷と財政悪化の根源であった。かえって税収が落ち込んでしまう。消費税を5%にして大幅に財政出動すれば、再び日本は成長軌道に戻る。

           サクラ咲く H29.3.26

 そうはいっても、現実に下げることは難しい。あまりにも抵抗が多いし、突飛な案は国民受けもしない。戸惑うだけである。
 そうかといって、このまま消費税10%まで上げると、今度こそ奈落のデフレが始まる。消費者から見れば、どこまで上がるかわからなくなるからである。日本経済が減衰していけば、ますます中国との国力差が開き、侵略に抵抗できなくなる。

            昼顔 
 ではどうしたらいいか。
 消費税を10%に上げても、デフレにならない方法がある
 憲法に「消費税は10%以下にする」と明記するのである。これ以上、絶対に上げないことを確実にすればいい。税率まで憲法に書くのは、おかしいという人がいてもかまわない。日本がデフレで沈没するかどうかの瀬戸際である。10%で治まるなら、消費は活発になる。支払い時の計算もしやすくなる。
 この際、9条も変えれば、一石二鳥である。

 もっとも、この案のほうが突飛だといわれそう。

衆院解散の大義

 「大義」がないという人には、自分たちに都合のいい大義がないだけである

 衆議院の解散・総選挙が、近いうち行われるらしい。これに対し、野党や左翼系のメディアは、「解散の大義がない」とか、「森友・加計学園問題の疑惑隠し」との批判に終始している(解散しなくても批判するだろうが)。

 たしかに任期はまだ1年以上あり、唐突のような気がした。
 また内外の課題は多い。
 隣の国は頻繁にミサイルを飛ばし、核実験を行っている。それをバックに、「4つの島からなる日本列島は主体思想の核爆弾によって海に沈められるべきだ。日本は我々の近くに存在する必要はない」と威嚇を増幅させている。
 さらに世論調査でも、早期の衆院解散には否定的な意見が多い。FNNの調査では、5割を上回る人が、「解散は、来年末の任期満了か、それに近い時期」を挙げたという。

           鳥が矢を射る
 しかし、よく考えてみれば、(衆院解散は)今しかない。
 北朝鮮の危機は、今後ますますエスカレートする。1年後には、言葉の恫喝だけでは済まなくなっているはずだ。今年11月、トランプ大統領が日本やアジア諸国を歴訪した後で、状況が激変する可能性も大きい。そうなったら解散どころではない。

 また最重要の「大義」は、自民党の党是である憲法改正である。
 半年前に首相は、具体的な憲法9条改正について提案した。1項、2項を残して3項で自衛隊を明記するもので、最低限の改正である。内容については、ほとんどの国民が納得しているにかかわらず、改正手続きが遅々として進んでいない。「安倍首相のもとでのいかなる憲法改正も反対」など、理不尽な抵抗が根強いからである。「中途半端な改正には反対」とするものもいる。
 硬直状態から脱し、国民の意思を確立するのは、いましかない。

 さらに再来年に迫った消費増税や国防予算倍増の賛否を問うなど、大義は目白押しにある。核武装の論議も始める必要がある。いま国会を開いて、森友・加計などちんけな問題にうつつを抜かしている暇など、どこにもない。


 そしてこの場合、FNNの解散時期についての世論調査は、気にしなくていい。一般の国民がいきなり「解散」と言われて、吃驚しない方がおかしい。考える暇がなかっただけである。少し考えれば、解散理由はいくらでもある。
 「大義」がないという人は、自分たちに都合のいい大義がない、というだけのことである。

老人を超える老人

 後期高齢者を過ぎれば、また新たな呼称が必要になる

 今朝未明に台風18号が通過した。天気図の経路を見ると、まさに中心が頭上を超えていった。そういえば午前1時から2時ごろにかけ、外では雨風が騒いでいた。それでも、最大風速30mもあるようには思えなかったし、近くではほとんど被害がなかったようだ。台風の老化は、早いほうがいい。

            雨の日の傘

 さて今日は「敬老の日」である。
 すでに敬老会の対象者は、75才以上となった。それでも地域の30%を超える。ここまで老人が増えたら敬老どころではない。敬老会場では、70~80才の世話係が、75~85才の高齢者を接待している。老老接待である。90才以上になると、まともな状態で来る人は少ない。

 我が家の97才になるハイ高齢者は、一度も敬老会に参加したことがない。70~80才ぐらいのときは、「まだ早い」「幼稚臭い」といっていた。いまはただ自宅待機である。

            どうみても、うば桜 H27.4.14

 一般に年代を称し、若い方から、幼年、少年、青年、壮年、中年、実年、老年などと呼ぶ。また厚労省の資料では、壮年期25~44才、中年期45~64才で、65才以上が高齢者、75才以上は後期高齢者である。

 さて、80~90歳以上の高齢者は何と呼べばいいのであろうか。これからは100歳以上も増えていく。彼らに対し、「老人」、「後期高齢者」では、あまりに幅が広すぎる。また情緒もない。100才と65才では、天地の開きがある。後期高齢者あたりから、新たにいくつもの呼称をつけたらどうか。「仙人」、「余人」、「古人」、「枯人」、「冥人」、「朽人」、「崩人」、「醜人」、「霞人」など。もっと気の利いた呼び方はないか。

日本酒の薀蓄

一人当たり毎日1合の1/20しか飲んでいない。すくなくともこの5倍はいける
 
 涼しくなると、日本酒が恋しくなる。
 暑いときに飲む「冷酒」より、熱燗のほうがいい。それも高級なほうがいい。高いといっても、せいぜい2000~3000円/1升である。これで1週間以上、晩酌を楽しめる。おいしい酒を飲みだすと、日本酒に興味がわく。

 ただ日本酒の作り方はややこしい。およその工程は、

①精米する
 大吟醸は米肉を50%以下まで落とす。おおよそ米1㎏で、1升びん1本の清酒ができる
②米を蒸す
 精米後、倉庫で冷却した米を水洗いし、せいろで蒸す
③米麹造り
 蒸米に麹菌をふりかけ、床もみで付着させる。麹菌を増殖させ、菌糸を蒸米に食い込ませる

            日本酒で宴会 H28.9.04
④酒母(酛)つくり
 ③でできた米麹に蒸米と酵母菌を入れる。雑菌を防ぐために乳酸菌が必要である
 ・速醸酛
  仕込時に醸造用乳酸を添加する方法(およそ12日で完成)
 ・生酛づくり
  天然の乳酸菌が生育してくるのを待つ方法(およそ25日かかる)。生酛づくりの場合、桶の中に冷やした蒸米に米麹と水を入れ、混合させたのち足などで摺りつぶす。この摺りつぶし作業を「山卸」という。これを廃止したのが「山廃仕込」である
⑤3段仕込み
 ④で作った酒母(酛)は、醪タンクに入れられ、さらに蒸米・米麹・水を、3回に分けて投入する。乳酸が薄まって、雑菌が入るのを防ぐためである
⑥発酵、醪づくり
 醪タンクで酵母による発酵が進行する。
⑦搾り
 酒と粕に分ける。「あらばしり」、「中取り」、「責め」と圧力を加える、袋搾りが主流。
⑧ろ過、火入れ
 雑味成分や色を吸着させるため、粉末活性炭などでろ過する。また乳酸菌を殺し酵素の作用を止めるため、瓶詰前に60~65°で加熱・火入れする。


 工程数はワインの倍以上ある。こんな手間のかかる食品が、1升2~3,000円で手に入るのである。だから、多くの酒蔵が潰れる。日本の酒蔵をなくさないため、われわれはもっと日本酒を飲むべきである。いま日本では、一人当たり毎日1合の1/20しか飲んでいない。子供や飲めない人を除いても、この5倍はいけるはず。

再発防止の実践

 文明の進歩は、仮説による対策の繰り返しである

 何か問題が起こったとき、そのことが2度と起こらないようにすることを、「是正処置」あるいは「再発防止策」という。起こったことを修正することとは異なる。

 まず、原因を突き止める。じつはこれが難しい。原因と思ったことは、単なる相関関係でしかないことが多い。ほんとの原因究明はきわめて難しい。因果応報は、何代も遡らなければならない。
 そこで現実的には、仮説を立てるしかない。原因の仮説である。

 その仮説によって、対策は異なる。
 たいていの場合、以下のどれかを適用する。

 ハード面での対応
  ①工程設計の改善
    工程や設定条件、設備構造の見直し
  ②多重防護
    防護措置をいくつか重ねる

 仕組みや設備構造で
  ③フェールセーフ
    ミスが起こった場合でも、安全側の異常が起こる仕組みをつくる。
  ④フールプルーフ
    ミスが起こらないような仕組み

 ソフト面での対応
  ①見える化
    標識、表示の改善
  ②ルールの改善
    指差呼称、手順改訂・作成、パトロール強化
  ③教育訓練
    事故そのもの、安全意識、

  これらの対策をとって、同じ不具合が生じなければ、仮説は正しい。文明の進歩は、その繰り返しなのである。

不倫騒動

 山尾議員は、その「性力」を金正恩へのハニートラップに注いでもらいたい

 ここ数年、不倫が各界を騒がせている。大物芸能界では、渡辺謙、ベッキーなどで、小物は数えきれない。政界では、民進党の山尾氏や細野豪志、自民では中川氏、今井氏、宮崎氏など、こちらは小物ばかりである。それでも表に出たのは、氷山の一角に違いない。

 一昔前、政財界において不倫はあたりまえであった。むしろ男の甲斐性といわれた。伊藤博文は、あちこちに愛人を作って妊娠させていた。掃いて捨てるほど女遊びをしたため「箒(ほうき)」というあだ名がついていたそうだ。三木武吉氏は、ある演説会場で聴衆からの「あなたは妾を5人もお持ちだそうですが、指導的立場にあるものとしてそれでいいのですか」という質問に対し「5人は間違いで、6人です。私を離れて生活できないので、いまも面倒を見ているのです。この際突き放したほうがいいのかご指導願いたい。」と答えたところ、場内は拍手で沸き立ったという。

 怪しくなったのは、30年ほど前からである。
 1989年、当時の宇野首相と神楽坂芸者との関係を週刊誌が暴露し、在任わずか69日で首相を辞任する羽目になった。このあたりから、政界のタブーが表沙汰になるようになった。その後大物では、橋本龍太郎氏、山崎拓氏などが晩節を汚している。

       神様 仏様 女性様

 最近、少しの不倫でも大騒ぎするようになったのは、ポリティカル・コレクトネスと呼ばれる潔癖症が、日本を支配するようになったからである。このような「不祥事」を批判する資格のあるのは、自ら一点の曇りもない清らかな人だけで、すこしの欠陥も許さない。ゼロリスクを求める恐ろしい社会である(もっとも他人の不倫を責める人は、自分はしたくてもできない。羨ましいのである)。

 ただ政治家だけは、自分のことを棚に上げ、他人を批判してもいい。その根性がなければ政治家になれない。だから民進党の山尾議員は、離党はしても議員を辞める必要はまったくない。面の皮が厚いのは、政治家の鏡だからである。できるならその「性力」を、北朝鮮へのハニートラップに注いでもらいたい。金正恩のミサイル発射を、一手に引き受けるのである。

西部邁氏の核保有論

 お花畑患者が大多数を占める日本人の一部でも、現実世界に連れ戻せるか

 13日(水)のフジTVプライムニュースでは、中谷元氏(元防衛相)とケビン・メア氏(元国務長日本部長)に対し、評論家の西部邁氏が核武装論について、正論を述べていた。世界の大勢が現状維持を求めているのに対し、西部氏はどの国も自由に核武装すべきだという。

 西部氏の論旨は、およそ以下のとおりである。
①アメリカをはじめ、「戦勝国」が核を持っているのに、北朝鮮のような弱小国に認めないのは矛盾している。
②核兵器や原発技術のような、人類は一度手に入れた技術を手放すことはありえない。
③したがって万が一すべての国が核兵器を廃絶しても、つぎに最初に核を持つ国は世界の支配者になる。
④つまり核の廃絶は論理的にできるはずがない。
⑤現にアメリカは、核兵器の数量は減らしても、質の向上をはかっている。
⑥よって北朝鮮がICBM搭載の核兵器を持つのはしょうがない。ちっぽけな北朝鮮が、超大国アメリカに刃向うのは大したもの。
⑦その場合、韓国に続いて日本も核保有が認められる。
⑧日本はさっさと核武装すべきである。自力で国を守ろうとしない日本人は腑抜けである。
⑨世界中に核ドミノが起こり、あらゆる国が核兵器を持つのは許容しなければならない。
⑩1回の使用で数十万人が亡くなるような兵器を、いくらおかしな指導者でも簡単に使うわけがない。

      ねずみ男H25.12.18

 正論ではあるが、評論家らしく無責任で原理主義的な発言である。さすがのケビン・メア氏も手を焼いていたのではないか。政治家として責任ある立場の中谷氏も、常識的な発言に終始していた。

 私自身も現実には、西部氏発言そのままの世界は危うすぎると思う。
 北朝鮮を核保有国として認めれば、周辺への恫喝が現実化するだけでなく、核がISなどテロ組織へ渡り、それこそ世界は恐怖のどん底に落ちる。また世界中が核保有国になると、核戦争のリスクは飛躍的に高まる。これは確率の問題である。


 それでも、お花畑患者が大多数を占める日本人に、一石を投じることができるなら、西部氏の発言も理解できる。少なくとも日本人の10人くらい、お花畑の夢枕から現実の世界に誘導できたかもしれない。
 あくまでも真実は中庸にある。

東京壊滅

 文字通り地方が自立する日本再生の大きなチャンスである

 もし北朝鮮が、東京をミサイル攻撃したらどうなるか。正論8月号において高田純氏(札幌医科大教授)は、東京都心に1メガトンの水爆が落ちたときのシュミレーションを、およそ以下のように行っている。

 <都心の高層ビルや鉄道の駅舎、道路や線路を走っていた車両はすべて破壊・吹き飛ばされ、交通は完全にマヒする。核兵器の電磁パルスによって、あらゆる通信や電子制御機器が機能不全に陥る。ゼロ地点から半径8KMの範囲は炎上・壊滅する。死亡が発生する被害の範囲は、半径20KMにも及ぶ。即死者は380万人、負傷者は980万人にも上る。物的損害は2000兆円を超える。
 おそらく、総理大臣など政権中枢は核シェルターに残るが、指示・命令系統は大混乱し、収拾がつかなくなるであろう。金融機能も完全にマヒする。>

 この状態で、日本が生き残っていけるであろうか。
 中央集権型の政治機能はガタガタになり、いまのままでの日本統治は不可能である。

     ミサイル

 それでも大多数の国民は生き残る。地方だけでやっていくしかない。
 まず食料である。日本の自給率は40%。これまで廃棄されていた分や増産分を合わせると、飢えることはない。問題は、燃料や肥料などである。流通の東京本社が壊滅したら、支社ごとに自立して動く。その他の生活物資も同じである。

 すなわち中央集権がダメなら、封建社会へ戻るだけである。数年間は、県あるいは市町単位で生きていく。幸いなことに、食料やその他製品の生産機能は、ほぼ地方にある。東京救済という重荷を抱えても、地方だけで充分やっていける。もちろん甘えた高齢者などにかまっている暇はない。全員が働く。
 すなわち東京壊滅は、文字通り地方が自立する地方分権の絶好の舞台になる。日本再生の大きなチャンスである。

核廃棄物の活用

 永久運動や錬金術でない限り、有効活用できないことはない。最終手段もある

 原発に反対する者の、表向き最大の理由は、いわゆる「核のゴミ」の始末である。再処理して再び燃料にするとしても、その段階で強い放射線の廃液を出す。これをガラス固化すると、安全な放射線になるまで10万年かかる。そんなに長く安定保管できるような地層など、どこにあるかわからない。そもそも、再処理技術がまだ道半ばである。

 原発を稼働し続けると、それらの廃棄物が増えていく。だから原発は、トイレの無いマンションをつくるようなものだといわれる。
 たしかにいまの段階では、原発廃棄物は厄介者である。

       エネルギーシンポ H28.12.11

 しかし、いつも言うように「毒は薬」である。核廃棄物の毒性と言うのは、高い放射線と温度である。いいかえれば、高いエネルギーを持っていると言うことである。これを活用しない手はない。これこそ人類の知恵を活かすべきである。
 永久運動や錬金術でない限り、不可能な技術はない(原子力は錬金術といってよいのだが)。コストに見合うかどうかである。さらに、いくらコストがかかったとしても、日本国内で遣う分には問題ない。どころか、多大な富と雇用をもたらす。


 どうしても無理なら、最終手段である。
 いざとなれば、ミサイル弾頭として使える。プルトニウムや核廃棄物を、敵対国に落として拡散させる。人体に害は及ぼさなくても、放射能のイメージだけでパニックになる。核兵器までつくらなくても、これならすぐできる。これこそ人道的な核兵器である。

肉を切らせる

 日本の犠牲で世界人類が生き延びれば、歴史に残る快挙

 アメリカと北朝鮮のチキンレースがエスカレートし、危機が一段と深刻になった。
 アメリカは、北朝鮮の核施設を攻撃したい。しなければ、「核保有国は安全である」という神話を、確実なものにしてしまう。日本はもちろん、「自衛のために」世界中すべての国が核を持つことになる。

 アメリカはどうするか。
 攻撃するには大義名分が必要である。誰が見ても北朝鮮が一線を超えた、と思わせればいい。最悪の場合小型核を使わせてもいい。先の大戦の真珠湾である。いまはもっと最適なところがある。北朝鮮近くにあるアメリカの同盟国である。この国がやられたら、それこそ北朝鮮を叩き放題に叩ける。

               達磨 縦 

 すなわちアメリカは北朝鮮をつつき、日本への核攻撃をさせようとしている。日本のどこかに原爆を落とさせれば、トランプの思う壺である。大義名分は完ぺきとなった。ただちに報復攻撃を始める。大型核兵器で平壌を灰にする。
 真珠湾の代わり、こんどは最初に日本が火の粉をかぶる。
 日本人はその程度の覚悟はすべきである。

 北朝鮮はまともな国ではない。このまま北朝鮮が核保有国になったら、暗黒の世界がはじまる。日本に対し、永遠に強請り放題、タカリ放題。それで治まらず、テロ集団に大量に核を横流しする。犠牲者は億人単位になり、世界はおしまいである。
 日本の犠牲で世界人類が助かれば、歴史に残る快挙となる。そこからは日本が世界をリードできる。

防災訓練

 災害避難時、現実に一番重要なのはトイレである。マイトイレの準備があれば怖くない

 地域の「防災訓練」を行った。ほんとは「防災」ではなく、災害が起こったときの避難訓練である。例年は6月29日の福井震災の日に行われるが、梅雨時だからたいてい雨天中止になる。そこで、今年から9月に行うことになった。私は名残で、防災委員として参加。

 一部集合 H29.9.10    豪華トイレ H29.9.10 じじいのトイレ H29.9.10

 今回は、通常の集合訓練や防災備品の組立演習だけでなく、屋内体育難に防災情報を展示し、みてもらうことになった。この地域では初めての試みで、成功裏に終わったのではないかと思う。もっとも、災害が発生したら、こんなに整然としていられるはずがない。飲食物の確保や配付で、てんやわんやであろう。

 消化放水 H29.9.10 避難所器具 H29.9.10 段ボールの部屋 H29.9.10

 やはりこの中で一番重要なのはトイレである。大小のトイレ見本が組み立てられたが、いまいちすっきりしない。汚いじじいの使った後には入りたくない。災害に備えて準備すべきは「マイトイレ」であろう。

遺贈先の選定

 「じじいの決死隊」のような団体なら、ぜひ寄付したい

 先日(9月5日)のNHKクローズアップ現代では、今はやりの?「遺贈」を取り上げていた。死後、財産をみな家族に残すのではなく、各種の公益団体などに贈る。子供のない夫婦や独身者が増え、国に返納したり遠い親族に譲るぐらいなら、社会の役に立つほうがいい。また「子孫に美田」を残すと、ろくなことがない。

 「遺贈」といっても、金額や贈与先もさまざまである。番組では、犬好きの女性が100万円を盲導犬協会に寄付するケースなどの例を挙げていた。終活がブームになり、寄付意識が高まれば、日本にも寄付の文化がはじまる可能性もある。
「遺贈」は、人生最後の社会貢献である

        じじいの決死隊

 さて、もし私にしかるべき金があったら、どこに遺贈するか。ユニセフや足長基金、赤十字などの偽善団体は、なんとなく胡散臭い。まず20%以上が中間搾取され、その先も利権で動いている。東北大震災時の寄付金も怪しい。税金として納付しても、何に遣われるかわからない。

 そこで私の本命は、「じじいの決死隊」である。
 このような団体があるなら、けちな私でも1万円位寄付してもいい。
 いまのところ日本では見つからないが、今後出てくる可能性はあるし、無いのならつくるべきである。寄付がかなって行動計画が具体化すれば、参加してもいい。斬首作戦決行前に行う「最後の晩餐」はどのようなものであろうか。

電気自動車はエコなのか

 臭いものは見えないところに追いやる、先進国のエゴにならないようにしたい

 今月6日、日産が新型リーフを公開した。リーフは、2010年に世界初の市販EV車として発売され、これまで30万台近くを出荷。世界で最も売れている電気自動車である。新型リーフはバッテリー技術が向上し、1回の充電で従来の1.4倍の400㎞を走るという。価格は旧型並みの300万円台におさえ、加速性能や静粛度も向上した。さらに駐車時の自動操作など安全性にも気を配っている。

 電気自動車と言えば、ここ数年テスラが注目を浴びていた。当初は1000万円以上の高級EVだったのが、最新作は価格が3万5000ドル(約380万円)からと大幅に値下げしている。受注は50万台を超え、リーフの累計販売台数を大きく上回っている。
 さらに、欧米や中国では、メーカーに対しEVの販売割合を高めるよう規制が強化されつつある。これに対応してほとんどのメーカーは、開発にしのぎを削っており、今後いっそう電気自動車の普及は進む。

           危険な赤い車

 しかし問題もある。
 これまでリーフを購入したユーザーの多くは、バッテリーの劣化に悩まされている。数年も使うと、充電能力は当初の50~70%にまで落ちるという。したがって中古車価格は、他の車に比べてずばぬけて安い。2011~12年の日産リーフ初期モデルは、いまや30~40万円以下で買えるそうだ。バッテリーの充電時間も長く、高速充電でも30分、家庭で充電すると8時間もかかる。これではガソリン車と同じような使い方はできない。



 そもそも電気自動車はどこまで環境にやさしいのか。
 普通のガソリン(ディーゼル)車は、燃料を直接燃やしそれを回転エネルギーに変える。この段階でほとんどが熱に変わり、70~80%ともいわれる多大なエネルギーロスが発生する。
 一方、電気自動車の場合には、もとの発・送電でのエネルギーロスは、約50~60%程度である。それに、バッテリーや充電時のロスを入れても、ロスは60~70%程度しかない。原発などの高密度エネルギー電源にすれば、さらに環境負荷は少ない。

 ただガソリン車のエネルギー効率が飛躍的に伸びていることを考えれば、この差はほとんど無くなる。むしろ、電気自動車のバッテリーの製造や劣化による環境破壊が問題になる可能性がある。おおもとの発電に効率の悪い石炭火力を使えば、なおさらである。
  
            車山から白樺湖 H29.6.16

 先進国が電気自動車を普及させようとするのは、排気ガスなど目先の環境がやさしいからである。エネルギー全体のトータルでどうなるか、電気自動車がほんとにエコなのかどうか、このあたりの議論がよくなされていない。
 電気自動車の普及では、臭いものは見えないところに追いやってしまうという、先進国のエゴにならないようにしたい。

歴史コミュニュケーション

 歴史のような各国の利害が絡み、偏見を持った人の話はすべておとぎ話である

 コミュニュケーションは、意思や感情、思考などの情報伝達である。
 講習会などで講師の話を聞いても、講義が終わったとたん半分は忘れる。つぎの日には70%忘れ、1週間後には90%忘れて、半年後にはほとんど覚えていない。これが、忘却曲線である。

 コミュニュケーションを完璧に行うことは、極めて難しい。山本五十六の「名言」もその苦労を綴ったものである。
 「やってみせ、言って聞かせてさせてみて、褒めてやらねば人は動かじ」

 また消費行動について、アメリカのローランド・ホールが提唱した「AIDMAの法則」というのがある。Attention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)の頭文字を取ったもので、消費者があるモノを知り、買う行動に至るまでの、コミュニケーションの反応プロセスの一つである。

          ひねわらしべ

 すなわち、人にものごとを伝達、意識させ、行動を起こさせるには、あらゆる手段で繰り返し伝える必要がある。言葉だけでなく、見せて、触らせ、感じさせ、考えさせる必要がある。それでもたいていはできていない。冒頭に挙げたように、一度認知したと思ってもたいてい忘れる。
 さらに、間に人が入るとなると、まともに伝わることはありえない。

 だから、伝聞主体の歴史などはほとんどインチキである。
 日本軍の慰安婦問題、南京大虐殺など、すべてまた聞きである。つまり、人から人への伝言。その間に、事実はとんでもなく歪曲される。先日NKHで特集された、731部隊、インパール作戦なども、伝言ゲームであって、まるで信憑性はない。歴史認識のように、各国の利害が絡み、偏見や悪意を持った人が入ると、もう事実とは言えない。すべてはおとぎ話である。

「冷静」な原発論争

 是非を論ずる場合には、それを否定したときどうなるかを示す必要がある

 大飯原発3・4号機など、原子力規制委員会による安全審査と設置許可の出た原子力発電所が続々現れ、本格的な再稼働を待っている。日本と世界人類の未来にとって好ましいにもかかわらず、依然として反対する人たちは多い。
 そのなかで最近、楠美順理氏の「はじめての原発ガイドブック」が刊行された。

 これまで出された大多数の原発関連本が感情的に反原発に傾いている中で、この本は原発の是非について、いくつかの争点を明確にし、冷静に判断する指標を示している。著者はあくまでも中立の立場で、論点の整理だけに努めている。内容も文章も平易で、素人にも理解しやすい。100ページそこそこの薄い本だけに、読み始めるのに一大決心することもない。原発「初心者」に対する、論争および意思決定には格好の入門本である。

      サクラ咲く H29.3.26

 しかし争点の掘り下げがやや浅く、物足りない人もいると思った(読み易いこととトレードオフであるが)。具体的には、いろんなリスクやコストなど争点を論ずる場合、他の分野との比較がないことである。この本では、「不要と整理した論点」として、それを意図して外している。

 たとえばこの本では、放射線が人体にどのような影響を与えるのか具体的に解説している。それはいいのだが、ほんとはそのリスクの程度が問題なのである。世の中にゼロリスクなど一つもない。
 安全性については、放射線のリスクだけを論じるのでなく、他の発電方式との比較が欲しかった。じつは原発は、単位発電量当たりでもっとも死亡した人の少ない発電方式である。目先の放射線の危険性だけを感覚的に思い込むと、事実を見誤ってしまう。

 またリスクは、日常生活のあらゆるものとも比較する必要がある。スマホや携帯の電波、送電線の電磁波、大気中の微粒物質、多様な病原菌やウィルス、食物の中の毒素、人間関係ストレスなど、われわれはありとあらゆるリスクに囲まれている。世の中に絶対安全なものはない。原発事故時の低線量被曝リスクなど、そのなかに埋没してしまう。
 人間はそれらのリスクを封じることで、文明を発展させてきたのである。

 さらにコスト面では、単に発生する費用の大きさを比較するだけでは弱い。国際的な資金の流れまでみないと、多面的な真のコストを把握することができない。その場合でも、他の発電方式との比較は必要である。

          迫力サル

 すなわち、どのようなものでも是非を論ずる場合には、それを否定したときどうなるかを示す必要がある。原発を廃止した場合には、他の発電方式を採用するか、そのぶん電力を使わないことになる。その場合でも必ず、メリットと同時にデメリットがあるはずである。反原発者のように、単に危険だからダメというだけでは、現実的な解決にはならない。
 この辺りを加味すれば、さらに実用性のある論争本になったのではないか。

北朝鮮首領への斬首作戦

 日本ができることは、ジジイの決死隊によるパラシュート降下襲撃か、ババアの決死隊によるハニートラップ

 北朝鮮のミサイル発射とそれに続く、水爆実験を受けて世界中は大騒ぎである。これまで6回も核実験を行ったということは、すでに実質的な核保有国である。弱冠33歳の金正恩は、これで一気にカリスマ党首に躍り上った。

 さてどうするか。数十年来のいきさつから、北朝鮮には「話し合い」も「経済制裁」もまったく効き目がないことがわかっている。かっての6か国協議は、北朝鮮の時間稼ぎに遣われてしまい、経済制裁では肝心の石油を止めることは物理的にできないらしい。

        斬首作戦

 残るは、力づくしかない。
 先制武力攻撃は日本単独ではできない。圧倒的な武力を有するアメリカ頼みである。これでは情けない。日本でもできることはないか。
 韓国では、金正恩を狙う「斬首作戦部隊」を結成したという。先日韓国の国防部長官は、国会国防委員会で、北朝鮮の金正恩を直接狙う「斬首作戦」について、「概念の確立中であり、今年12月1日付で部隊を創設し戦力化することができる」と明らかにした。


 日本も斬首作戦をやろう。憲法の制約があるなら、斬首作戦の参加者は無国籍者になればいい。じじいの決死隊100人もいればできる。機会を捉えて、100人がパラシュートで襲い掛かる。もちろん訓練は自衛隊で秘密裏に行う。生き残ったじじいは国籍回復し、国民栄誉賞を与える。全滅したら波状攻撃である。
 金正恩に対するハニートラップ作戦も捨てがたい。これはババアの決死隊の出番となる。

市ノ瀬から白山釈迦岳

 距離は長くとも、アップダウンの少ない歩きやすいコース

 秋晴れの1日、白山連峰の一角である釈迦岳(2053M)に登った。登山道に至る道が崩落のため通行できなかったのが、8月11日で可能になったからである。観光新道から見ると、どっしりしたお釈迦様のような山で(下左写真)、一度登ってみたいと思っていた。市ノ瀬からの標高差は、荒島岳並みの1200Mである。

 観光新道から釈迦岳 H23.11.09  崩落ヤバい H29.9.04

 午前4時50分、福井市の自宅を出発。中部縦貫自動車道を初めて利用した。松岡ICから勝山まであっという間である。自宅から1時間10分で市ノ瀬についた。いつもより20分ほど早い。高規格道路のスピードをそのまま下道でも持続したからで、再現性はない。
 6時15分、市ノ瀬駐車場から歩き始めた。10分ほど自動車道を通って山道に入る。抜けたところで禅定道口を右に見て、さらに1時間工事道路がつづく。うんざりしたころ、釈迦岳登山道にたどり着いた。たしかに途中の崩落個所はヤバかった(上右写真)。上部で落石防止の工事をすると、こぶし大の石がびゅんびゅん落ちる。まともに当たれば、即死である。工事中は監視員を通し、上部での作業を中断してもらって、足早に駆け抜ける。

 赤兎、経ヶ岳、大長山 H29.9.04  別山と道路工事 H29.9.04

 ここから本格的に登山道に入る。1.5時間ほど登ると、2週間前登った赤兎・大長山、その間に経ヶ岳が見えた(上左写真)。別山と工事道路のコントラストが奇妙である。(上右写真)
 登山道に入って約3時間、10時10分に釈迦岳前峰に着く。雄大な白山の御前峰、大汝峰、七倉山、四塚山が、秋空に並ぶ(下写真左)。見て分かるように白山は、巨大崩落によって手前側がすっぱり削ぎ落ちている(下写真)。その谷筋からの崩落を、下から一生懸命食い止めようとしている姿は、大自然に刃向う人間の姿そのものである。
 ここから釈迦岳本峰までは約10分。せっかく来たのだから、ヤブの中を三角点のある本峰頂上まで攀じる(サルとバカは少しでも高いところにいきたがる)。

 左から四塚山、七倉山、大汝峰、御前峰 H29.9.04  正面が大汝峰、右奥が御前峰 H29.9.04

 さらに進めば、七倉山から白山に至る。健脚なら行けるだろうが、一旦下るから登り返しがきつい。それでももっと眺めのいいところはないかと思って、11時まで進んだところで引き返した。
 下りは早い。整った山道とダンプの行き交う自動車道を下って、2時10分に市ノ瀬駐車場に着いた。
 距離は長くとも(片道7.9KM)、アップダウンの少ない歩きやすいコースであった。

ハゲとカツラ

 形の悪い禿げ頭かバレバレのカツラか。悩む前に天国からのお迎えが来る

 豊田議員の「このハゲー」騒動から、ハゲに注目が集まっている。ハゲにとって、あまり触れてもらいたくない話題かもしれない。

 だがハゲは羨ましい。禿げ頭の人は例外なく、頭部がいい形をしている。
 カツラは見苦しい。突然髪が生えるのはおかしいし、噂はあっという間に広がる。普通は数年間帽子で誤魔化し、周囲がハゲを忘れたころ、カツラ頭を披露する。この手法もすぐ見破られる。

        ハゲ月

 私は未だハゲの領域には達していない(と思っている)。
 ただ、40代から薄毛と同時に白化が始まった。しばらく白髪染を使用していたが、還暦あたりから面倒臭くなって、何もしなくなった。いまはほとんど真白である。開き直ってみると、膨張色である白髪の方が、髪が豊かに見える。

 それでも毛が薄いのは如何ともしがたい。いくら膨張色でも、最低量が必要である。閾値を超えると、一気にハゲとなる。そのときは近い。形の悪いハゲ頭かバレバレのカツラ。どちらの選択肢も取りたくない。
 もっともそのときが来る前に、あの世からのお迎えが来る。

飲み放題が酒と人を殺す

 飲み放題は、宴会幹事にはやさしいが、お客や店にはやさしくない

 むかし(3~40年前)、日本酒は我慢して飲むものであった。合成酒や3倍醸造酒のような、安価なものしかなかった。まずい酒は味わうことができないので、さっさと咽喉に流す。だからひどく2日酔いする(2日酔いの辛さはすぐ忘れるのだが)。その場合、いぼ痔を発症することが多かった(最近はそこまで飲めないし、その体力もない)。

 いま同じようなことが、飲み放題の店で起こっている。
 参加者は、まずい酒をたくさん飲まされる。飲みたくない人も、飲まないと損するみたいに、がぶ飲みするからたまらない。体に厄 介なものがたくさん残る。1回宴会すれば、半年ぐらい寿命が縮む。アル中も増える。お店も儲からないし、誰もいい思いをしない。これでなんのために酒を飲むのか分からない。

 「貧困女性」の家庭では、たいてい父親が飲んだくれて、稼ぎをすべて酒に費やしてしまう。「貧困女性の実施調査」で、このあたりのデータはどれくらい蒐集したのであろうか。

 そこで、私が作った「酒飲み三か条」である。

①高くておいしい酒しか飲まない(飲み放題は厳禁)
②できるだけ自前で飲む
③手酌で飲む

 これを、いつまで守ることができるであろうか。さっそく今晩も酒宴である。

日野皓正の往復ビンタ

 「体罰」を受けた中学生は大物である。これを勲章にして世界的なドラマーになる

 トランペット奏者の日野皓正氏が、世田谷のコンサート会場で、ドラムを演奏していた男子中学生の顔に往復ビンタを加えていた。コンサートは中学生体験学習のひとつで、日野氏の指導を受けて練習した生徒約40人が成果を発表する場だった。日野氏は、生徒の保護者に対し「生徒のソロ演奏が長くなりすぎたので、止めようとした」と説明。また終了後には、ビンタの生徒とも話し合ったらしい。

 もちろん、中庸を知らない原理主義のメディアや教育関係者にとって、なにがあろうと「体罰」は絶対厳禁である。表ざたになったとたん、TVのワイドショウなどに取り上げられ、格好の攻撃材料となるに違いない。番組制作者は、いい時事ネタができたと思って喜んでいる。

             ゴミ

 しかし、体罰が絶対悪であるはずはない。時と場合によって、(少なくとも一生に一度は)必要なこともある。この場合も、前後の事情を聞いたうえで動画を見ると、少年そして世間の過ちを正す、千載一遇の機会であったように見える。現にネット世論では、日野氏の行動を賞賛する声が圧倒的に多い。動画がなければ、ただの暴力事件で終わっていたはずだ。
 
 「ビンタ」に至ったいきさつは、以下の通りである。
 件の中学生がドラムを暴走させ、ソロを延々とやり続け、他のパートに回さなかった。いくら止めようとしても止まらず、日野氏が近づいて口頭で注意。それでもやまず、ステックを取り上げるが、この中学生、今度は手で叩きだした。その状態でしばらくにらみ合った後、最後の手段として、左右の張り手を一発づつ送り込んだ。

 ここで何もしなかったら、公演どころか、その中学生の人生も悲惨なものになった。アメリカなら、射殺されていたかもしれない。日本の子どもは、何をしても罰せられないとなれば、将来一段と犯罪者が増える。


 それにしても、「体罰」を受けた中学生は大物である。こんなことでひるむはずはない。これを勲章にしてこの先を歩んでいけば、必ず世界的なドラマーになる。もしこの「体罰」が無かったら、ただの嫌われルンペンじじいになっていたであろう。