FC2ブログ

民主党政権の毒饅頭

 流行語「日本死ね」は民主党の党是だった。あのとき国が滅びてもおかしくなかった

 もう大晦日である。アベノミクスもいまひとつパっとしない。民主党政権時代に食わせられた「毒まんじゅう」の猛毒が、まだ日本のあちこちを蝕んでいるからである。覆水は盆にかえらない。この毒を無くすのは簡単なことではない。

 日本が、どんな毒まんじゅうを食らったのか。ざっと挙げてみよう。 

≪外交・防衛≫
 普天間移転のちゃぶ台返し
 尖閣国有化による中国引き込み
 北方領土交渉の後退

≪原発・エネルギー政策≫
 原発全停止によるいびつなエネルギーミックス
 根拠のない、原子炉40年寿命や放射線1㎜SV基準、
 極めつけは、FIT導入での環境破壊

≪経済政策≫
 1ドル80円の超円高を放置し、製造業の海外移転を加速
 公共事業削減による社会資本整備の停滞
 ここでも極めつけは、消費増税の決定
          毒ネズミ

 その他、福島第一事故対応のまずさで大事故に発展したこと、中国・韓国へ媚びて増長を招いたこと、口諦疫でブランド牛の大量虐殺などが思い起こされる。
 政治の素人である私でさえ、簡単にあげることができる。よく、ここまで悪政ができたものだと思う。

 これほど無能だと、国が滅びてもおかしくなかった。というより、わざと日本を滅ぼそうとしていたのではないか。「日本死ね」は民主党の党是だったのである。いまでも、いちゃもんをつけることしか考えていない民進党の言動を見ればわかる。

 それでも、皆様のおかげで、なんとか年を越せそうである。
 この毒まんじゅうの毒は、アルコールで溶かす。浴びるほど酒を飲むしかない。
スポンサーサイト



騒がしい年末

 どうでもいいことは無視して、静かに年末年始を過ごしたい

 今年こそ、静かな年末年始が迎えられるかと思ったら、どうもおかしい。なにか問題がないと、マスコミは商売にならない。だからどうでもいいことを、大袈裟に報道する。

 まず新千歳空港での中国人大乱闘である。中華航空の対応の悪さから、さんざん待たされた中国人乗客が、スタッフを押しのけてゲート内に侵入。警官30人が出動する騒ぎになった。SNSの発信をメディアが増幅させ、「乱闘」だけが世界中に拡散してしまった。
 
 韓国では、朴大統領の弾劾を求めた数十万人規模のデモ行進がやっと鎮静化。と思ったら、今度は釜山である。市民団体が、日本総領事館前に少女像を強行設置。それを強制撤去しようとする東区職員や警察相手に、団体メンバーが反発。これも乱闘である。

       ほっとけ鳥

 うっとうしい出来事のあとに、ほっとするニュースが入った。終戦日に靖国に行かなかった稲田防衛相が、やっと参拝したという。天皇や首相が参拝できないいま、軍隊の指揮官が参らなかったら、靖国の怨念が黙っていない。

 これをご丁寧に、日本のメディアが速報でご注進する。もちろん中国や韓国は反発する。韓国外務省は、在韓日本大使館の丸山浩平総務公使を呼び抗議した。中国の報道官もわけのわからないコメントを発信している。
 これらに反応するからややこしくなる。無視して、静かに正月を迎えよう。

火事の原因

 隣の国のように、いくら責任者を血祭りにあげても、何の解決にもならない

 糸魚川市で発生した大規模火災では、150軒もの建物が焼けた。うち80%以上が全焼だった、大惨事である。この火災の出火原因は、中華料理店の鍋の空焚きによるものといわれる。店主は「開店前の料理の準備で鍋に火をつけたままいったん店を離れ、戻ってきたら火が出ていたらしい。

 法律の専門家によると、今回は「重大な過失」が認められる典型的な事例だそうだ。店主は損害賠償責任を免れず、刑事事件としても、業務上失火等の罪に問われる可能性があるという。もっとも、火災による損害は数十億円になるので、個人で全ての責任を負いきれるはずがない。被災者は自分でなんとかするしかない。

       金は天下の廻りもの H27.9.26

 しかし、鍋の空焚きがほんとに「重大な過失」なのか。
 鍋や薬缶の空焚きなんか、頻繁にある。調理していて、空焚きの経験がない人などいない。我が家の認知症住人は、ほぼ週に1度の割合で、鍋の空焚きをしている。たいてい誰か発見して事なきを得る。メルトダウンしても、火事になるのはよほどのことである(糸魚川の中華料理店主は、空焚きでなく油を燃やしたのではないか)。

 とにかく糸魚川大火の場合、あそこまで大事に至ったのは、件の店主の責任ではまったくない。住宅密集を放置した行政や住民、燃えやすい住宅をつくった建築家や施主、そして強風である。みなが防ごうとしてできなかったのだから、自然災害である。
 隣の国民のように、責任者をあぶり出し血祭りにあげても、何の解決にもならない。

いくつで死ぬか

 死ぬときは年の順でも、われわれ男性は稼ぎが無くなった時点でアウトである

 先週亡くなった近所の方は、(私より若い)66歳のおばあちゃんである。同居の息子さんが40代。4~5歳の外孫が2人いて、なついていただけに突然の死は悲しく、涙の別れであった。

 おばあさんが孫を育てる、という人間のライフスタイルの中で、女性が60代で亡くなるのはやや早い。もう少し長く、孫が高校生以上として、少なくとも70~75才くらいまでは生きていて欲しかったのではないか。

    トリカブト満開 H28.8.19

 私の母は22年前に71歳で亡くなった。その母の孫つまり私の子供が高1から大学生のころで、今から思うとちょうどよかったのかもしれない。もし今でも生きていて、我々夫婦と長生き競争されても困る。死ぬときは必ず年の順で、これは譲れない(世の中には厚かましい老人がたくさんいて困るのだが)。

 もちろん、われわれ男性は、稼ぎが無くなった時点でアウトである。いついなくなっても、誰も困らない。

失敗を許さない社会

 口先では「失敗を恐れるな」と言いながら、人が失敗すると潰しにかかるという醜悪

 フィギアスケート日本選手権(女子)は、予想通り宮原選手が優勝した。昨日の福井新聞記事スポーツ欄には、その報道とともに彼女のみごとな演技写真が掲載されていた。一方で、かっての「女王」であった浅田真央選手は、これまでで最低の12位に沈んでしまった。
 吃驚したのは、その浅田選手が失敗した瞬間の写真が、宮原選手の写真の下に堂々と載せられていたことである。

 新旧の世代交代を強調したかったのかもしれない。
 しかし浅田選手は、今の若手が誰も挑戦していないトリプルアクセルをしようとして、「失敗」したのである。これまでの実績や練習状態から決して無謀な挑戦ではない。しかも、かって日本フィギア界を席巻した女王である。そのみっともない瞬間を、衆目に晒していいものであろうか。もう少し惻隠の情、武士の情けというものが欲しかった。

     武士の横顔

 このことは、ほんの一例である。
 いまの日本は、失敗や過ちを犯してしまった人に対し、徹底して冷たい態度を取り続ける。一生立ち直ってほしくないごときである。芸能人の不倫や麻薬騒動、政治家の不規則発言など、挙げればきりがない。

 もんじゅ廃炉の経緯も納得がいかない。20年前にナトリウム漏れ事故があり、5名が亡くなった。その後再開するまでに10年以上経過している。やっと再開したと思ったら、構築物が炉内に落下するという、なんとも初歩的なミスで、塩漬けになってしまった。あとは、膨大な資料やペーパーとの格闘である。
 これら失敗の原因は、わかりすぎるほどわかっている。ほんとは、このような失敗をこの100倍しなければならなかった。もんじゅの廃炉は、失敗を許そうとしない世間に負けてしまったのである。

 口先では「失敗を恐れるな」と言いながら、人が失敗すると、よってたかって潰しにかかる。これが日本の現実である。


 日本はもっと失敗に寛容な社会であってあってほしい。
 つまり失敗を評価し、許容する姿勢がないと、誰も失敗しないような仕事しかしない。あるいは、徹底して隠そうとする。そうすると、その社会からは新しいものが生まれず、必ず衰退・消滅していってしまう。
 その失敗に寛容な社会というのは、日本人の多くが失ってしまった武士道の世界である。


 もう一つ重要なことがある。
 日本で民主主義が成熟するためには、この武士道が定着することが何よりも重要なのである。そうでなければ、民主主義はただのエゴのぶつかり合いになってしまう。沖縄や原発で揉めている人たちを見ればよくわかる。

原発の発電コスト

 支払ったお金が、国内で富と雇用を生むのか、海外で地獄をつくるのかで大きな違い

 総合資源エネルギー調査会「長期エネルギー需給見通し小委員会に対する 発電コスト等の検証に関する報告(案)27年4月」による、個別電源ごとの1kw/hあたり発電コストを以下に示す。
 原子力10円、石炭火力12.5円、LNG火力14円、石油火力35円、バイオマス30円、風力22円、太陽光24円、一般水力10円、小水力25円である。
 これにはCO2温暖化対策費が石炭火力3円、LNG火力1.3円、石油火力2.5円含まれている。また事故リスト対応費や政策経費が、原子力には1.6円、風力6.3円、太陽光3.3円、小水力3円が含まれている。

 これに対し(最近TV出演される)大島堅一立命館大学教授は、2010年までの実際の発電コストを示し、事故コストや賠償コストを入れると、原発は12.0円(東電は16円)になったという。ちなみに火力発電コストは、9.87円、水力発電コストは3.86円だそうである。今回福島の廃炉費用で試算された20兆円余を入れると、原発コストはもっと跳ね上がる。
 大島堅教授の計算だと、原発コストはとんでもなく高いことになる。ほんとにそうか。

              西の丸出口付近より天守閣 H28.8.31

 じつは、コスト計算ほどいい加減なものはない。根拠などあってないようなものである。
 建設コストは、設備の運転期間や稼働率などで極端に異なるし、燃料費も資源国の事情や力関係で変わってしまう。資源採取段階で失われているたくさんの命は、資源国だからと言って安く見積もれるはずがない。原発の廃炉費用など誰にもわからないし、温暖化による気象変動対策の費用こそ出しようがない。洪水や干ばつ被害など考えたら、お手上げである。また原発が停止し化石燃料に依存せざるを得ない日本は、足元を見た資源国からバカ高い燃料を買わされている。割り増し分だけで、毎年、5~10兆円になるときもある。
 さらにWHOでは、化石燃料による大気汚染で、毎年3~400万人が亡くなっていると報告している。これを含めると、石炭火力発電コストなど、今の10倍でも少ない。
 だから、原発反対者は原発コストを思い切り高く見積もり、推進者は低く見積もる。

                金の成る木

 では、どう考えたらいいのか。
 そもそもコストはすべて人件費である。ということは、その費用がいったい誰の懐に入って、どのように使われるのかをみなければならない。

 ざっくりみると、原発コストの大部分は、建設の償却費と維持費、それに政策費や事故コストである。海外からの燃料費は10~20%に過ぎない(もんじゅが稼働すれば限りなく低くなる)。つまり、コストの大部分は国内の誰かが受け取り、そのぶん経済規模が拡大する。原発コストは膨らめば膨らむほど、国内に富や仕事、雇用が生まれるのである

 それに対し、火力発電のコストは60~80%が燃料代である。そのお金はいったいどこにいくのか。ほとんどがアラブの産油国を富ませている。つまり日本で火力発電の比率が高まるほど、中東が太る。武器購入の資金源が増え、シリアなどで悲惨な内戦を拡大させる。中国、ロシア、北朝鮮など、我が国周辺にある武器輸出国が潤い、日本の安全は一段と脅かされる。
 太陽光発電の主たるコストである太陽光パネルも、その輸入先こそ最も怪しいところである。


 すなわち、われわれが電気料金として支払っているお金が、国内の富と雇用を生んでいるのか、海外で地獄の紛争を拡大させたうえ自らの首を締めているのか、よく考えるべきである。
 コストを論ずるとき重要なのは、そのお金がどこに流れたかであって、見かけのコストだけを見てはいけない。この「鳥の目」からの視点が、発電コストの比較ではすっぽりと抜け落ちている。だから、ピントはずれの教授が現れるのである。

日本の実力

 スポーツだけでなく、戦争でも勝てるように力をつけておく必要がある

 いま世界と戦える日本スポーツ界のホープは、男子はフィギュアスケートの羽生結弦選手と体操の内村航平選手、女子ではスキージャンプの高梨沙羅選手、レスリングの伊調選手(吉田選手?)である。いずれも「絶対王者」の期待通り、ほとんどの大会で優勝かそれに近い成績をおさめている。まちがいなく、誰が見ても現時点では世界一の選手である。

 これまで日本人が、試合では必ず勝つと期待され、「絶対王者」として君臨した競技として、東京オリンピックのときの、アニマル渡辺、三宅義信、ロサンゼルスオリンピックの山下泰裕選手ぐらいであった。アニマル渡辺選手にいたっては、決勝戦で終始相手選手が逃げ回っていたのを覚えている。もちろん、力道山を忘れてはいけない。

 今年のグランプリファイナルで羽生選手が転倒し、ワールドカップのジャンプでは、一度だけ高梨沙羅選手が失速してしまった。それでも表彰台に上がる。勝つための戦力を立て、確実に実行しているからである。勝つのが100%でないのが、またスリルのあるところである。

      結城秀康の雄姿

 しかし外国人相手の競技で、日本選手が勝ってもその感動は長続きしない。いっときはスカッとしても、時間がたてば薄れる。もちろん負けても、悔しいのはその時だけで、すぐ気を取り直す。

 これが戦争になるとまた様相が異なる。一度負けたら、その影響は孫子の代まで続く。沖縄や北方領土でややこしいことになっているのは、日本が負けたからである。そのうえおかしな憲法を押し付けられ、がんじがらめになっている(憲法9条は、『負ける戦争は放棄』と改正する)。

 スポーツだけではいけない。つぎの戦争では、必ず勝てるよう、国力をつけておくべきである。

旅立ちの覚悟

 最後は、それまで思ってもいなかった病気か事故で死ぬことになる

 近所の方が亡くなり、昨晩は通夜、これから葬儀に参列する。まだ66才で病死である。私より若く他人事ではない。あらためていつ逝ってもいいように覚悟を決めた。自分もいろんな兆候があるからである。


 たとえば3日前、半年ぶりに病院でPSA値を測定した。PSAは前立腺の異常値を示す数値で、前立腺肥大と前立腺がんの兆候を示す。7~8年前から年に2~3回受けている。4を超えると異常とされ、ここ数年は、5から10までの間をうろうろしていた。それが今回、13.8という高い値を記録してしまった。もちろん自己最高である。

 前回は6.7だったので、一気に倍増である。ここまでいくと誤差の範囲ではない。前立腺が腫れあがっている。がん細胞が増殖し始めたのかもしれない。前立腺がんはがんもどきといっても、そのうち本物のがんになる。死ぬのはいいが、親がまだしぶとく生きている。
 
 ようやく運動と食事だけで、他の異常値(血圧や尿酸値など)が正常にもどったのに、このざまである。高齢になって、全身すべて健全ということはあり得ない。ただ前立腺異常でも、一応医者のアンダーコントロールのもとにある。だから最後はたぶん、それまで思ってもいなかった病気か事故で死ぬことになる。

もんじゅ廃炉の先

 自前のエネルギー調達ができない悲惨な日本を、未来世代に残すわけにはいかない

 もんじゅ廃炉の政府方針を聞いて、西川知事は不満をあらわにしている。「もんじゅの諸課題に充分な議論が尽くせたとは思えない」、「単に内外の情勢変化や抽象的な代替策の説明だけで廃止するのは納得できない」、「高速炉を安全に保守管理できる運営主体を整備すべきだ」と、怒り心頭である。

 国は県内への研究炉の新設を、地元振興策として提示した。これに対しても西川知事は、「あくまでももんじゅをどうするかであって、振興策以前の問題だ」といって、もんじゅとの引き換えを否定したという。

      怒

 仕事が遅いので有名な知事であるが、今度の対応だけは評価できる。それになにも、もんじゅを存続して地元に金を落とせと言っているわけではない。金などいらない。反対派の嫌がらせの材料に使われるくらいなら、交付金などすべて返上すればいい。

 もんじゅがとん挫して核燃料サイクルが立ちいかなくなり、自前でのエネルギーを調達できなくなった悲惨な日本を、未来世代に残すわけにはいかないのである。いまの失敗があるからこそ、技術が確立されていく。すべての技術は必ず、失敗を積み重ねながら蓄積・成長していくことを忘れてはならない。

 お金ならいくらでもある。
 たとえば、数千億円というもんじゅの廃炉予算。これを一気にもんじゅ開発に使えばいい。開発して廃炉にするのだから、同じようなものである。お金は使っただけ国内の仕事と雇用を生む。

 そして、もんじゅの運営主体を「福井県」にする。なんとか機構などという、怪しげな組織に任せてはおけない。トップがナトリウム管理に精通している必要はない。自然科学は戦争と異なり、必ず道が開けている。いまは、強い決意と意思がないだけである。

歴史認識

 いくら認識が異なっていても、表に出すことなく大人の対応をすればいい

 先週NHKで、「東京裁判~人は戦争を裁けるか~」を4夜連続で放送していた。70年前の東京裁判における、11か国からの判事たちの異なる視点を描いたものである。結果的に、「平和に対する罪」という、とって付けた罪名や、戦争犯罪にしても事実を争うことなく、多くの被告たちが死刑になってしまった。

 気になったのは、このドラマでは日本軍人がアジアで行ったとされる、南京虐殺、バターン死の行進などの非道な出来事を、疑いなく事実と認めてしまったことである。だがこれらはあくまでも、勝者の側からの一方的な見方に過ぎない。


 いま日本人の多くは(一部狂信的な左派を除いて)、あの戦争について、つぎのような歴史認識を持っている。
 日本軍が戦時中に行ったとされる非人道的な犯罪は、ほとんど冤罪である。何一つ確実な証拠がない。すべて曖昧な証言やねつ造写真であって、敗者である日本国をいつまでも貶めておきたいためのでっち上げである。
 ただ世の中に絶対はない。万に一つ非人道行為がほんとだった可能性もある。ほんとにそうだったら、申し訳ない。だからあまりこのことには触れないでおこう。(何か言われたら、とりあえず謝っておけばいい)

       玄武稲荷例大祭 H28.3.20

 一方、中国をはじめ「被害」に遭った国の人は、反対のことを思っている。
 旧日本軍の残虐行為は、間違いなく事実である。南京記念館や抗日記念館、慰安婦だった処女像、日本軍の極悪非道ぶりを描いた映画やドラマも厭というほど見た。自分たちの政府もそういっている。
 だがもしかしたら、あれは嘘だったということもあり得る。大躍進とか文化大革命で、何千万人もの同胞が亡くなったのを、日本のせいにしたのかもしれない。どうも自分の国の指導者は信用できない。それでもなぜか日本人は謝ってくれるから、「被害者」はやめられない。


 普段は、このようなことを表に出すことはない。とくに相手の国の人に会うときは内に秘めて、そのまま相手にぶつけたりはしない。たいていそれで仲良く付き合える。それが大人の対応である。
 もちろん相手が大人の対応をしなかったらどうするか。それこそ、伝家の宝刀を抜く。

顧客満足から社員満足へ

 日本は「顧客満足」がいきすぎて、あちこちでモンスターを生み出してしまった

 沖縄の海岸にオスプレイが不時着した事故で、沖縄米軍トップのニコルソン調整官は、抗議に訪れた副知事に対し「パイロットは県民に被害を与えなかった。感謝されるべきだ」と不快感を示したという。さらに記者に対しては、「パイロットの素晴らしい行動、沖縄の人々を危険にさらすまいとした決断は、日ごろのハードな訓練の成果だ」と述べた。

 このニコルソン氏の発言は、植民地意識丸出しだとして、沖縄はもちろん本土のメディアにもすこぶる評判が悪い。当然謝罪すると思っていた人たちは、面食らったであろう。米軍を擁護する人たちでさえ、この言葉はメディアが意図して誤訳したと言っている。

 つまり米軍からみたら、日本や沖縄の人たちは「お客様」である。中国など外敵から守るという価値を提供している。いくら沖縄の人はモンスター客であるといっても、そのお客様の機嫌を損なうようなことをするはずがない。日本人の多くは、そう思っている。

       あっぱれ H28.12.5

 ところが、ニコルソン氏の言葉だけをみれば、「お客様」のほうなど向いていなかった。
 こんどの事故でパイロットは、市街地を通って普天間に着陸するより、あえて海岸での不時着を選んだ。ハドソン川の奇跡で、住宅地を避け川に不時着(墜落)したのと同じである。今回もパイロットは、命を懸けて海岸に不時着した。いちゃもんをつけられてはたまらない。だからニコルソン氏は、徹底してその部下の行動をかばったのである。この上司の言動で米軍の結束は強くなる。結果として、本質的に、お客様である日本や沖縄の安全が保たれる。

 このことはあきらかに、日本の官僚的な組織や会社とは異なる。
 このような事故があれば、日本では「事故を起こした責任者はこいつです。煮るなり焼くなりしてください」となる。いまだに「顧客満足」を徹底信奉し、モンスターだろうが無知だろうが、とにかくお客の言うなりになればいいと思っている。福島原発事故のあとでも、バイアスのかかった国民に遠慮して、日本中の原発を停止してしまうという、アホなことをやった。結果として、日本のエネルギーの未来が、めちゃくちゃになってしまった。こんどの事故で、米軍がすぐオスプレイ飛行を再開したのと大違いである。


 日本は、「顧客満足」と「民主主義」が行き過ぎた。おかげであちこちに、自分さえよければいいというモンスターを生み出し、いびつな世界になってしまった。なにごとも、ものはほどほどである。

責任能力

 最後は、社会がなにをどこまで受容できるかである。ゼロリスクはない

 大阪市のJR新今宮駅ホームで女性2人が突き飛ばされ、1人が線路に転落した事件の容疑者が、先週大阪府警に逮捕された。大津市の無職28才の男で、軽度知的障害があって責任能力について問題となっている。

 多くの人は、つぎのようなコメントを寄せている。
≪これまで自由にさせてきた事に疑問を感じる。≫
≪責任能力がないなら、一生外に出すな。≫
≪障害があっても、取れる責任はあるはず。≫
≪責任能力とか、やめて欲しい。それを主張する弁護士とか、似非人権団体とかも消えて欲しい。≫
 たしかに、知的障害があるから許されるとしたら、「被害者」は堪ったものではない。だれかを責任者にしないと、泣き寝入りになってしまう。

       哀

 しかし、ことはそれほど簡単ではない。
 この出来事は、以前痴呆老人がJRの列車にはねられ、遺族がJR側から損害賠償を請求された事件とよく似ている。あのときは最初、遺族に損害賠償を求めた判決がなされていた。それに対し、ほとんどの人は、「被害者」であるJRや裁判所をバッシングしていた。今回とは、非難する相手がまるで反対である。
 たまたま今回は人に対する危害で、痴呆老人の場合は自らの命を損傷した。それでも、本人の責任能力という点では、今回の場合と本質的には変わらない。異なるのは、本人が亡くなっていたか、そのまま逃げたかの違いだけである。

 あのときは最終的に、遺族の責任は問わないという司法判断が出て、世間は納得した。そのため責任の行き場が、有耶無耶になってしまった。その判例に従えば今回、責任能力のない本人かその保護責任者が損害賠償をするのもおかしなことになる。だが、だれも賠償しないのでは被害者が浮かばれない。

 認知症や知的障害のある人など、善悪の判断がつかない人が社会にいる限り、必ずこのようなことは起こる。いくら熱心な保護責任者でも、できることには限度があるからだ。

          不思議な置石 H28.8.19
 ではどうしたらよいか。
 本人や保護責任者にも、ある程度の責任すなわち損害賠償の一部は取らせ、残りの部分は社会全体で保険のような形で受け継ぐのが自然であろう。その上で、社会全体でこのような人たちを見守るような態勢を取らなければならない。 

 社会は必死に考える。本人に対する薬物による鎮静化や物理的隔離などもあっていい。場合によっては、人々の注意を促すような表示をする。あるいは被害に遭った人は、天災だと思うようにすれば、あきらめもつく。
 最後は、社会がなにをどこまで受容できるかにかかっている。どんなことでも、ゼロリスクは絶対にありえないからである。

日露会談の成果

 目に見える成果を望むなら、核武装を前提に武力で攻め込むしかない

 こんどの日露首脳交渉の結果は、すこぶる日本国民に評判が悪い。
 ネットでのコメントをみても、
≪全く評価できなかった。ロシアに食い逃げされただけだ≫
≪何の担保も取れずに医療で技術協力とか、結局日本側の持ち出しだけ。≫
≪毎回馬鹿みたいに経済援助してなんの進展もなし!≫
≪舐められてんのわからないのかね≫
≪安倍首相は外交力なし。どこに行っても相手の顔色伺いをするだけ。≫

 ・・・とさんざんである。自民党の幹事長でさえ「がっかりした」とコメントしていた。もっとも私自身も、少し前まで同じように考えていた。

 これらはまさに、かって日露戦争後のポーツマス条約で、日本国民が怒り狂ったことを彷彿とさせる。あのとき、(日本国民から見て)勝ち戦なのに、ほとんど戦利品を取れなかったといって、日比谷焼打ちなどの大暴動に発展してしまった。ほんとはどっちが勝ったかわからないような戦争で、ロシアが降伏していなければ日本は破たんしていたのである。 
 このように、国民の多くは領土問題となれば血迷ってしまう。
 
        タカス荘近隣海岸 H28.9.17

 しかし今度の場合、すこし考えれば、(火事場泥棒だろうがなんだろうが)むかし武力で奪われた領土を、交渉だけで取り戻せると考えることほど能天気なものはない。相手にしてみれば、おいそれと返す方がどうにかしている。数十兆円規模といわれるお金だけの問題ではない。
 そして外交交渉は、1か0かではまったくない。お互いのトップの後ろには、引きずり下ろそうとする勢力が、虎視眈々と控えている。もちろん領土に関して、国民の目はきわめて敏感である。どちらの国民に対しても、互いに自分の国が有利な交渉をした、と思わせなければならない。

 それらの観点から、東大の山内昌之教授や外交評論家の佐藤優氏は、プロの目から見た今回の交渉結果について、日本政府を絶賛していた。小泉政権と民主党政権の間に、手放してしまったと思われた島々に対し、少なくとも今回フックだけは引っかけたのだという。つぎの段階から、じわじわと引き寄せる。それくらい交渉ごとで解決するのは難しい。

 これではまどろっこしい、長期戦が嫌というなら、武力で攻め込むしかない。もちろんその前に、ロシアの半分くらいの核武装は必要である。それならもっと有利な交渉もできた。むしろ武力の背景なしに、ここまで交渉できる人などいない。

ごみ搬入の女性に友達申請

 個人情報の不正利用などとうるさく言うから、少子化が止まらないのである

 岡山グリーンサービスの男性社員が、粗大ゴミの搬入に来た女性の個人情報を不正に利用し、フェイスブックで友達申請をしていたとして、岡山市は会見を開き、謝罪したそうだ。


 しかし、フェイスブックで友達申請したことがそれほど悪いことなのか。口頭での「告白」や「ラブレター」と何が違うのか。
 このことが犯罪なら、フェイスブックの友達申請する機能が犯罪ということになる。そもそもこの機能は、「友達申請」するためのものではないのか。件の社員は、それを「適正に」利用しただけである。

 これがセクハラならほとんどすべての人に該当する。少なくとも会見を開いたり、全国ニュースで取り挙げられるようなことではない。むかしの青春映画では、こんなことは当たり前であった(羨ましかったのだ)。

 個人情報の不正利用など、うるさくこんな「事件」を大げさにするから、出会いの機会がなくなり、少子化が止まらないのである。これでまた、いちだんと出生率が下がる。

タイヤ交換作業

 毎日タイヤ交換作業を行えば、身体トレーニングになり血圧と血糖値が下がる

 昨日初雪があった。朝起きてみると、5センチは積もっている。すぐ車で出かけなければならないのに、まだ普通タイヤのままである。思い切ってスノータイヤに交換した。

 タイヤ交換の手順は、
①ネジを入れる箱、錆止めスプレーも用意。軍手、作業着があったほうがいい。
②交換する場所のスペースを確保する。
③交換するタイヤを、クルマのそれぞれの車輪のところに置く。
④車両のどこかに設置してある、ジャッキ、回転ハンドル、スパナを探して取り外す。(設置してある場所が異なるし、外すのが厄介なものもある)
⑤車体の下にジャッキをセットし、取り外すタイヤのネジを少し緩める(錆びついて動かない時もありしんどい)。
⑥タイヤが地面から数センチ離れるまでジャッキアップする(これが疲れる)。
⑦タイヤの取り付けねじを外し、用意した箱に入れる。
⑧タイヤを取り外し(錆びついて取れないこともある)、洗い場に運ぶ。
⑨新しいタイヤの、車軸取付部と接する所に薄く油膜を塗る。(錆びつかないよう)
⑩新しいタイヤを車にセットする(ボルトと穴を一致させるのが苦しい)。
⑪ボルトにネジをはめ、スパナをかけ、少し力を込めて締める。
⑫ジャッキを下ろす。
⑬ネジを増し締めする(上半身の力で思い切り締める。ネジの締め加減が不安)。
⑭  ⑤~⑬を4回繰り返す。
⑮ ホイルカバーがあれば、それぞれのタイヤにセットする。
⑯ジャッキ、回転ハンドル、スパナを車両の保管場所に戻す。セットが難しいものもある。
⑰外したタイヤを洗って、乾かす。カバーをかぶせて保管。
⑱共用ネジでない場合には、外したネジがさびないよう防錆スプレーし、タイヤと共に保管する。
 
 この作業を毎年2回行う。これまで80回の経験があるので、手順を迷うことはない。

      真横から見た赤い車

 それでも今回は、薄暗い中凍えながら行ったので、1時間以上かかってしまった。最近の車は、自分でタイヤ交換するのが非常に厄介である。ジャッキなどを備えてある場所がわかりにくいし、取りにくい。パズルのようである。工具も使いにくい。もともと交換作業は、しゃがんで行うので、非常に疲れる。この半世紀、まったく進歩していない。車の設計者は、雪国の人の苦労を知らないのである。
 
 まだ車の保有者の半分近くは、自分でタイヤ交換を行う。整備工場へ持ち込むにも、都合8本の重たいタイヤを、積おろししなければならない。だから根本的な解決は、タイヤの重量を軽くすることである。タイヤの重さが半分になれば、交換作業のエネルギーは激減する。
 さらに夏冬共通のタイヤが普及すれば交換作業はなくなる(これは業界の抵抗が大きくてできない)。


 もっといいのは、交換作業を毎日1回、ボランティアで行うことである。交換したい人たちに、工具とタイヤをセットしておいてもらい、そこまでランニング。ジャッキアップとタイヤ取外し取付けだけを行う。それなら30分ほどで済む。屈伸運動と、筋力運動を毎日やることで、間違いなく高血圧が解消される。たまには、お小遣い1000円ぐらいもらえるかもしれない。

来年度予算

 死ぬ前に、1000万円でも遣うようにすれば、ハーレムみたいな暮らしができる

 政府来年度予算案の総額は、過去最大の97兆円台だという。そのうち高齢者に対する社会保障費が、32兆円を超える。これも過去最大である。32兆円といえば、リーマンショック時の税収とそれほど変わらない。

 厚生年金の分を入れると、社会保障費は100兆円と膨大で、その半分は年金である。さらにその半分が貯蓄に回る。日本人の個人金融資産はどんどん増える。いま個人の貯蓄が一番多いのは、死ぬときである。平均3500万円も残して死ぬ。
だからいくら予算を遣っても、経済は活性化しない。

           山の神
 ではどうするか。
 3500万円もあるのなら、死ぬ前に1000万円でも遣うようにすればいい。1年間、ハーレムみたいな暮らしができる。自分で遣えないのなら、遣う人に寄付する。毎年100万人以上亡くなっているから、10兆円以上の景気浮揚となる。金融資産の相続税を100%にすれば、みな競って遣いだす。
 景気が良くなって、高齢者がハーレムの中で死ねる。理想的な社会である。

 問題は、自分の余命が誰もわからないことである。1年後に死ぬことが分れば、1000万円どころか、すべて使い切る。
 そのためにどうしたらよいか。具体的に、ここに書くと社会問題になる。

喫煙規制強化

 いくらなんでも行き過ぎ。意味のない潔癖症が差別を助長し、社会を蝕む
 
 オリンピックを前に厚労省は、喫煙を規制する検討を始めているそうだ。不特定多数の人が出入りする施設、つまり飲食店やホテルなどのサービス施設、駅や空港などを原則禁煙とする(完全に仕切られたスペースに限って喫煙を認める)。官公庁や競技場、社会福祉施設内は完全に禁煙(分煙もなし)。医療機関や学校にいたっては、敷地内すべて禁煙にするという。違反した場合、施設の管理者に罰金を課す。来年この法案を提出する可能性がある。

 ここまでやるのは、近年あらためて受動喫煙の健康被害が、明らかになったからである。日本人を対象とした喫煙の健康に及ぼす調査を総合すると、喫煙被害によって毎年15000人が亡くなっているという。

 そのうえ日本は、屋内の喫煙規制が「先進国」のなかで、最も緩いそうだ。日本以外は、建屋内はほとんど禁煙、パブやバーなど日本の居酒屋のようなところでさえ、喫煙が規制されている。いくら分煙しても、喫煙者の移動に伴って、建物内では煙が拡散してしまうからだという。

        ブタ

 しかし、煙草を吸わない私からみても、いくらなんでも行き過ぎである。喫煙者の体についた粒子まで問題にすれば、今度は深刻な差別がはじまる。かってのエイズ、ハンセン病、最近の福島の避難者いじめである。いまでさえ、わずかな放射能を毛嫌いし、抗菌グッズを好むなど、意味のない潔癖症が社会を蝕んでいる。


 そもそも煙草でもなんでも、すべて害ということはあり得ない。すべての物質は、Jカーブが成り立つ。ある程度までは益で、限度を超えてはじめて害になる。例外は聞いたことがない。
 その上、煙草はおいしくて、人の潜在能力を引き出す。ストレス解消、ボケ防止になり、人的交流を円滑にする。石頭の煙草嫌いには理解できないであろう。

 そして最も大きな問題は、毎年亡くなっていた15000人の行き場が無くなってしまうことである。つまり、またいっそう年寄りがふえる。


 これ以上規制しなくても、喫煙率はどんどん減っている。平成27年における成人男性の喫煙率は、平成元年の半分で約30%である(ピークは昭和41年の84%)。人口全体では、10%に満たない。無理に減らすと犯罪者が増える。どうしてもだめなら、特区をつくるべきである。若い人はともかく、高齢者の死ぬ楽しみを奪ってはいけない。

オスプレイ墜落

 この事故をまち望んでいた人たちにとっては、盆と正月が一緒に来たようなものである

 沖縄の海岸で、オスプレイが不時着(墜落?)、大破したというニュースが入った。乗員2人が負傷したという。ご丁寧にその前日も、同じ機種が基地内で胴体着陸していたという。逆説ではあるが、これでまたオスプレイの安全性は高まる。原発事故と同じである。

 そもそも世の中に、不具合のないものなど一つもない。人類は失敗を繰り返しながら、ここまで人口を増やしてきた。完ぺきを求めるような人は、人間ではない。

     あっぱれ H28.12.5

 しかし、この事故を受けて稲田防衛大臣は、安全が確認されるまでオスプレイの飛行を停止するようアメリカ側に申し入れたという。こんなものは申し入れなくても、自分たちの命に関わることだけに、アメリカ軍のほうが考えている。

 さらにこの事故を、首を長くしてまち望んでいた人たちがいる。もちろん沖縄知事、そして沖縄に巣食っている基地反対派である。まもなく鬼の首でもとったような、反対声明が発せられる。彼らにとっては、盆と正月が一緒に来たようなものである。こんどは、どんなおまつり騒ぎが演じられるのであろうか。

もんじゅ核エネルギーの開発

 自然科学は戦争と異なり、必ず勝利の道が用意されている
 
 昨日の福井新聞のトップに「もんじゅなお迷走」という見出しが躍っていた。もんじゅはいま存亡の危機にある。もちろん核エネルギーの実用化に向けて、「もんじゅ」にこだわる必要はない。一歩進んだ実証炉を開発するのがベストである。だがいまの政治家には、それを自前で強力に推進するという、覚悟が全く見られない。

 いま世間では、核燃料サイクルどころか原発でさえ、抹消しようとしている。多くの「知識人」たちが(ヤメ原発技術者でさえ)、「できない理由」を滔々とまくしたてる。バイアスにかかっている国民は、ますます不安に駆られている。残念ながら一昨日のシンポジウムでも、核燃料サイクル実現に向けての覚悟が見えなかった。反原発の世論に遠慮したのであろうか。 

         結城秀康の雄姿 

 しかし、今後90億~100億になろうとする、エネルギーに目覚めた世界の人々の欲望を、核エネルギーなしに、満たすことはできない。格差を助長する自然エネルギーなど論外である。そしてこの核エネルギー開発は、擦り合わせ技術に長けた日本が率先してやるべきである(他の国は必ず失敗する)。

 いま日本がやらなければならないことは、核燃料サイクルを人類のエネルギーの基幹となるよう、断固として開発を続けることである。もう「できない理由」は聞き飽きた。できない理由を探すのでなく、どうやってやるかを示す。その強い意志が見えてこない。
 核燃料サイクルに関わる人たちは、「必ず開発を成功させる」という、強い決意を示してもらいたい。それがあれば、必ずできる。
              コブの木

 無謀な負け戦に突っ込んでいった大東亜戦争と異なり、相手は自然科学である。われわれを負かそうとしているわけではない。人類の知恵と工夫で、必ず成果を上げることができる。予算も、「たった」数兆円でしかない。食いつぶすだけの社会保障費(年間30兆円以上)と異なり、貴重な技術と人材を蓄えられる。

 もっともやっていけないことは、壇ノ浦で敗走した平家のように、(放射能という)水鳥の羽音に驚いて、開発をきっぱり諦めてしまうことである。臆病な民族は滅ぶしかない。

エネルギーシンポジウム

 原発の40年運転は、3.11直後の血迷った世論に押されただけで、何の根拠もない

 昨日、福井新聞社「風の森ホール」で、エネルギーシンポジウムを聴いた。 
 原子力発電所の40年を超えての運転について、安全性や必要性を多角的視点からテーマを取り上げ、県民参加で考えるシンポジウム、という謳い文句である。

 資源エネルギー庁の多田明弘氏が「日本のエネルギーの現状」、関電執行役員森中郁雄氏が「原子力発電所の安全性向上対策~40年以降の運転に向けて~」という演題で、基調講演を行った。続いて、県内の企業経営者や各団体関係者の参加によるパネルディスカッションである。

      エネルギーシンポ H28.12.11

 そもそも原発の40年運転寿命には、何の根拠もない。3.11直後の、血迷った世論に押されただけである。放射線基準1㎜Svと同じ、まったく科学的根拠なしに、どさくさに紛れ決められてしまったのである。もちろん民主党政権のときである。FIT(自然エネ固定価格買取制度)と合わせ、あの暗黒政権時に食わせられた3つの毒まんじゅうが、じわじわと日本を蝕んでいる。

 だから40年を、60年だろうが80年だろうが堂々と延長すればいい。それが毒消しになる。
 それなのに「反原発者」に気を使ったのか、資源エネルギー庁や関西電力の人などは、奥歯にものを挟んだような物言いしかしなかった。もっと毅然としていて欲しい。
 このシンポジウムは、「反原発者」にとって、「御用パネリスト」ばかりで不満だったかもしれない。だが本質的な議論を求めていた私のような原発推進者にとっても、物足りないことおびただしかった。


 それでも、終始「冷静な」話に終始したことだけは評価できる。普通このような集会では、反対ありきの怒号で、まともな議論ができたためしがない。反対者には道理がないだけに、ヤクザより怖い。
 むしろ今回は、最後の質疑応答で、「保守じじい」のピントはずれの「質問」に、あっけにとられてしまった。

記憶の消去法

 いやな記憶を消し、いい方の記憶は残す都合のいい記憶消去をしたい

≪災害や事故、戦争、被暴力などで脳に刻まれた「恐怖記憶」を、過去を思い出すことなく消すことに関西文化学術研究都市の国際電気通信基礎技術研究所(ATR、京都府精華町)などのグループが人の実験で成功した。完治が難しいPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療法の開発につながる成果という。11/22 京都新聞より≫ 

 PTSDまでには至っていないが、私自身にも思い出したくない記憶がたくさんある。それがなにかの拍子に頭に浮かんでくる。いったん浮かんできた記憶は、なかなか覚めない。関連する事象や、後悔、恥ずかしさでいっぱいになる。そうなると、他のことはどうでもよくなる。

 この記憶は、一つや二つではない。ひとつ治まったら、また新たな記憶がよみがえってくる。そのうち、気が狂うような気がする。

 キリスト協会みたいに、「懺悔」できればいいのだが、こんなことは誰にも話したくない。
 もっとも、いやな記憶を消す代わりに、いい方の記憶も一緒に消されたら困る。そんな都合のいい記憶消去法などできるのであろうか。

読解力がない

 大人の「読解力」がおかしいため、日本人は大迷惑をこうむっている

 今月6日のOECD発表によると、2015年に実施した15歳男女54万人を対象とした国際学習到達度調査の結果、日本は科学的応用力と数学的応用力がやや上昇した半面、前回4位だった読解力は8位に落ちたそうである。

 どのような調査かわからないので、これらが信頼できるかどうかわからない。それでも、日本人の「読解力」が優れているとは、お世辞にも言えないであろう。言葉を発信するプロのメディアでさえあやしいのに、15歳の中学生あたりが、まともな読解力がつくはずなどない。

     つかみ石 H28.10.23

 日本人の「読解力」がおかしいのは、今に始まったことではない。
 人々の話を曲解し、自分たちの都合のいいように編集、解釈するのは、みごとというしかない。典型例が「慰安婦」、「南京虐殺」などの歴史問題である。朝日新聞など大新聞社の記者でさえ、先入観を持って人の話を聞くとこうなる。おかげで、日本人は大迷惑をこうむってしまった。

高齢ドライバー

 救世主は自動運転タクシーであるが、普及する頃にもう老人はいない

 高齢ドライバーによる事故のニュースが目立つ。先だって横浜市で、集団登校中の児童に、認知症の87歳男性が運転する軽トラックで、6歳男児が死亡した事件は悲惨であった。いまのところ件数そのものは横ばいであるが、団塊の世代が75歳以上になれば、件数も一気に増える。
 私の近辺でもこのところ数件、認知症気味の人が衝突事故を起こしている。人身事故に至らなかったのは幸いだったし、いずれも事故を機会に車の運転を辞めた。


 考えてみれば、近隣移動で年間1000キロ程度しか走らないなら、タクシーの方が安い。車を持てば、クルマの代金、車庫代、車検代、任意保険料、重量税、ガソリン代、駐車料金など、少なくとも年間50万円はかかる。高級車なら、年間100万円以上かかる。
 それならその分、タクシー代を払ったほうが楽である。酒も飲めるし、移動中にテレビを見ることもできる。50万円もタクシーに乗ろうと思ったら大変である。往復620円区間を毎日使っても、充分おつりがくる。

 問題は、気楽にタクシーを捕まえられるかどうかである。夜間、駅前のタクシー乗り場では、30~40台のタクシーが、延々と客待ちをしている。そこへ、620円の1メーターだけの客は乗りにくい。運転手の不機嫌な顔が目に浮かぶ。

          成仏 H27.12.15

 そこで、近距離専用のタクシーを配置したらどうか。専用のランプをつけて識別する。運転手は半分ボランティアにする。そうすれば駅前や片町でも、遠慮せずにタクシーを拾える。私のような潜在顧客が増え、タクシーのお客は激増する。
 ボランティアの高齢ドライバーが事故を起こしたら、諦めて心中する。

 救世主は、自動運転タクシーである。これならいくら近距離でも、きちんと相手してくれる。なにも完璧な自動でなくていい。スピードを抑えることと、前後の障害物を感知して止まればいい。これなら簡単にできる。 
 完全な自動運転の車が普及する頃には、もういまの老人はいない。

カジノ法案とギャンブル依存

 平和ボケして戦争の可能性がなくなったから、ギャンブル依存症が増えた

 カジノ解禁法案が、衆院内閣委員会で可決され、衆院も通過した。まもなく参院も通過し法案が決まる。
 ギャンブル依存症の問題から、この法案に反対する人は多い。
 それでなくても、日本にはギャンブルがたくさんある。公営ギャンブルだけで、競馬、競輪、競艇、宝くじ、サッカーくじなどがあり、これらに群がる人は多い。そのうえ、年々減少しているといえ、パチンコは20兆円、宝くじは1兆円、公営ギャンブルは合わせて4~5兆円を売り上げている。これでGDPの5%を占める。

 そのためか、日本人に占めるギャンブル依存症の割合は世界一だという。このままではカジノができた分、さらにギャンブル依存者が増える。どこかの大金持ちが、ラスベガスで100億円摩ってしまったりと、カジノでの消耗は半端ではない。

        パン食い H28.5.15

 では、日本人のギャンブル依存症は減らすことができるのか。
 もともと、すべての人はギャンブル依存症だと思っている。だから、こんな法案はどうでもいい。それに、カジノよりパチンコの方がたちが悪い。カジノやパチンコを非合法化すれば、表向きの依存症は減る。そのかわりそれらは裏にもぐる。青息吐息だったヤクザが息を吹き返す。公営ギャンブルの還元率からみて、むしろヤクザの非合法博打の方が良心的かもしれない。

 それに仕事はすべてギャンブルである。「運」だけでなく、本人の裁量の余地が大きいため、普通のギャンブルよりおもしろい。ギャンブルにはまる人は、裁量を持った仕事ができない人である。したがって、ギャンブル依存症をなくそうと思ったら、みなが自営業になればいい。

 そして最大のギャンブルは、戦争である。日本人が平和ボケして戦争の可能性がまったくなくなったから、ギャンブル依存症が増えたのである。したがって、日本人のギャンブル依存症をなくすためには、いつでも戦争を起こすリスクを抱えておくことである。

首相の真珠湾訪問

 真珠湾訪問の後、ただちに靖国神社へ参拝し、わが国の戦没者を慰霊すべき

 安倍首相は12月26日か27日、大東亜戦争の開戦舞台となった真珠湾を訪問する。もちろん、日本の首相がこの地を訪問するのは初めてである。それに合わせ、オバマ大統領との首脳会談も行うという。オバマ大統領として最後の会談である。

 この訪問は「謝罪」ではないし、そうであってはいけない。菅官房長官も、「総理の真珠湾訪問は戦没者への慰霊が目的で、謝罪は行なわない」と明言している。そもそも戦争に「善悪」はない。真珠湾攻撃は、日本にとって成功でも、米国にとっては失敗の歴史であった。もちろん陰謀説も根強く、その後日本がコテンパンにやられたのはいただけない。

        にらみ H28.12.5
 
 ただ安倍総理にとって、真珠湾訪問は、数ある外交の駆け引きにすぎない。訪問に先立って行われるロシアのプーチン大統領との会談も劣らず重要である。それらを絡ませながら、どのように日本にとっての国益を引き出せていけるのか。きわめて難解な異次元方程式を解くようなものである。すべてが絡んでいるだけに、誰も結果は見通せない。
 結局いつも反対している人は、「反対」というだけの能しかない。

 そして真珠湾訪問の後は、ただちに靖国神社へ参拝し、わが国の戦没者を慰霊すべきである。すでに前回の参拝から3年にもなる。来年は、トランプ大統領を案内するかもしれない。間違っても南京や重慶などへ行ってはいけないし、現首相なら絶対に行かないであろう。

名古屋城

 自然に埋もれた「見えない城」として、とことん姿を隠した方がいい

 昨日、ある研修のついでに、名古屋城を見学した。
 名古屋城は、徳川家康が天下統一の最後の布石として築いた城である。江戸幕府が体制を確立する激動の時代、濃尾平野を見る高台に、巨大な城郭が誕生した。江戸幕府を開いた家康が、大阪城包囲網をつくるため、姫路城や伊賀上野場などとともに築き上げた城である。慶長15年(1610年)1月14日、将軍徳川秀忠が、西国の20大名に名古屋城普請(土木工事)の助役を命じた。

 天守閣は、層塔型と呼ばれる新しい構造で、安定感の中にきめ細かな意匠の凝らされた外観は、独特の美しさを称えている。天守の頂きには、金板でおおった一対の鯱が載っている。鯱には水を呼ぶという伝説があり、火除けのため天守閣上に載せるようになったと言われる。その金鯱には、慶長小判で17,975両分(金量約270キログラム)の金が使用されたそうだ。

 天守閣 H28.12.5 名古屋城から名古屋駅周辺の高層ビル H28.12.5 やっと天守がみえた H28.12.5

 このように能書は素晴らしいのだが、いまひとつ迫力がない。姫路城に比べるのは気の毒としても、これほどの城がなぜパッとしないのか。おそらく、周辺から天守閣を拝むことがほとんどできないからではないか。

 真っ赤な紅葉 H28.12.5 紅葉の土手 H28.12.5 あっぱれ H28.12.5

 姫路城の場合は、遠くからでもその天守の雄姿を眺めることができた。ところが、名古屋城の天守閣は内門に入らなければ、全容を見ることができない。周辺からだと、立木がうまく邪魔してしまっている。今後周りの樹木が成長すれば、ますます隠れてしまうであろう(ただ周囲の紅葉はみごとだった)。

 こうなったら、自然に埋もれた「見えない城」として、とことん姿を隠した方が名を上げるかもしれない。この際福井城も「幻の城郭」として、これを目指すべきである。

大麻はなぜいけないのか

 北方4島を大麻特別地域に開放し日本の領土を確立する

 先月、長野県大町市と池田町にある限界集落の住人22人が、大麻を隠し持っていたとして、大麻取締法違反容疑で逮捕された。いずれも長野県内外からの移住者で、これまで集落の周辺で音楽イベントをしながら大麻を栽培し、乱用していたという。

 大麻はなぜいけないのか。大麻と覚せい剤はまったく異なる。
 大麻を違法とすることは、戦後アメリカの化学繊維メーカーのごり押しで、GHQが大麻取締法を日本に押し付けたのが始まりである。その後ずっと、警察と厚労省は大麻を麻薬とみなしてきた。メディアは警察発表をそのまま報道するだけである。

     トリカブト満開 H28.8.19

 だからこれまで、なぜ大麻を違法とするのか、納得できる説明など聞いたことがない。法律だから、というのなら、法律を変えればいい。少なくとも大麻が、飲酒より害があるとは思えない。われわれ高齢者にとっても、冥途への土産が欲しい。禁酒法と同じで、禁止するから犯罪や犯罪者が生まれるのである。
 
 そして今回の事件のように、最近「限界集落」に若者が移住する機会が増えた。行政も積極的に後押ししている。大麻だろうがなんだろうが、過疎のため地域が壊死してしまうより、はるかに良いではないか(やりすぎはよくないが)。

 そこで今回の事件をきっかけに、積極的に大麻部落をつくったらどうか。思い切って、北方4島あたりを特別地域として開放すればいい。それでこそ、日本の領土であるという主張ができる。

福島での5輪野球中止

 大人たちの姿勢が子供に乗り移り、深刻ないじめを生み出す

 東京オリンピックの野球・ソフトボールの会場候補である福島県の野球場について、世界連盟の会長が、難色を示している。グラウンドの内野部分が芝ではなく土であることが理由だという。福島開催の決定は先送りになる可能性が大きい。グラウンドが芝か土かでは大きな違いである。ほんとに福島県内のグラウンドを使いたいのなら、その整備くらいはすべきであった。

 しかし福島県内の球場を避けたのは、ほんとは別な理由であろう。3.11後の放射能の影響を恐れているからである。
 ネット上では、つぎのような意見が大勢を占める。

≪チェルノブイリで試合したくないのと同じ  外人からしたら気持ち悪い≫
≪原発事故の県ですからね。「どうしてわざわざ福島県で?」と思うのは当然だし、もう汚染土壌の問題が解決していたとしても、普通なら嫌でしょう。
≪私も選手の立場なら絶対に嫌です。≫
≪外国人から見れば、福島もチェルノブイリも似たようなものだ。問題は芝ではない≫

 まったく根拠のない風評であるが、このようなイメージが人々に蔓延しているのは確かである。いまだにそれを周囲に撒き散らす人たちがいるからで、まさにこのネット上で発せられた言葉が、それを増幅している。いくら根も葉もないと言っても、一度発した言葉は取り戻すことができない。だからいつまでたっても、風評を正すことができない。
 
        鬼太郎

 さらにこれが、人々の心に深刻な差別意識をもたらしている。
 最近、原発避難者の子供が小学校でいじめに遭ったという報道が何回かあった。大人たちの姿勢が、そのまま子供に乗り移ったのである。むしろ大人のほうが、子供のいじめより陰湿で性質が悪い。

 たぶんおおかたの人たちは、善意なのであろう。放射能の怖さを自分だけでなく、他人にも伝えたいと思っているのかもしれない。
 だが、善意で間違ったことをやっているほど筋の悪いものはない。修正することが全くできないからである。「バカは死ななきゃ治らない」とは、よく言ったものである。

流行語大賞2016

 どうせなら、「土人」と「ブーメラン」も大賞に加えたらどうか

 今年話題となった、流行語を決定する年末の『2016 ユーキャン新語・流行語大賞』が発表された。年間大賞は、「神ってる」が選ばれたという。トップ10には「ゲス不倫」「聖地巡礼」「トランプ現象」「PPAP」「保育園落ちた日本死ね」「アモーレ」「ポケモンGO」「マイナス金利」「盛り土」が選出されていた。

 「神ってる」、「聖地巡礼」、「PPAP」、「アモーレ」と、まったく聞いたことのない言葉が半分近くある。知らないのは流行に乗っていない証拠なのか。すべて知っている人はどれくらいいるのか不安になる。

 気になるのは、「保育園落ちた日本死ね」である。この言葉を流行語に選んだのは、これをきっかけに待機児童問題がクローズアップされたからで、これを国会で取り上げた山尾議員が授賞式に参加したという。
 たしかにこの言葉は、頻繁にメディアに取り上げられていた。私でさえ、いやになるくらい見たり聞いたりした。頻度や重要性から言えば、大賞の「神ってる」を超えるのではないか。

        怪しい

 しかし、このようなヘイト言葉を流行語大賞として選ぶのは、なんともセンスが悪い。選考した人のレベルがわかる。やはり流行語大賞というのは、審査員たちが「流行っていたことにしたい」言葉を選ぶのである。 

 それならバランスを取って、先だって問題になった「土人」も流行語の一角に加えてもいいのではないか。一機動隊員の、基地反対派に対するこの一言を、待ち構えていたように、マスコミが一斉に取り上げた。如何に「土人」が差別用語であるかを、念入りに解説していた記事もある。政治家でもない一青年のたった一言が、大事になった一例である。

 もっとも、あまりにも反響が大きすぎたため、マスコミの意図とは反対に、反対派の非道ぶりが明らかになってしまった。「ブーメラン」である。そういえば、民進党の与党批判が、ことごとく「ブーメラン」のように民進党自身に突き刺さることも多かった。これも流行語大賞にしたらいい。

ネット販売のつけ

 ヤマト運輸のことだから、まもなくこの問題を解決する

 ヤマト運輸の支店が、残業代未払いなどを理由に、労働基準監督署から是正勧告を受けていたという。あの超優良企業でさえ、ブラック扱いされる時代である。

 もちろんこれは、配達量の増加に合理化が追い付かなかったからである。配送業は依頼された仕事をほとんど受けるからたまらない。訴えた労働者の会見では、「ネット販売のアマゾンの荷物を扱うようになって、およそ2~3割荷物量が増えた。人手が足りない」と言っている。

 普通の店舗販売の場合には、消費者が店舗に出向いて商品を購入する。配送事業者は、その消費者の労力を配達員が補うことでビジネスが成り立っている。

 だからこれは、ヤマト運輸だけの問題ではない。ネットによる通信販売が増えるにつれ、商品の配達量が飛躍的に増大している。通信販売の泣き所、商品を「早く、安く、サービスよく」消費者に届けるところに、いま負担が集中している。アマゾンではじめた、「瞬間配達」なるサービスは、ますます配達人泣かせである。

          イモムシ

 さらに、ネットで購入するような若い人は、普段家にいることが少ない。核家族化が進み、代わりに受け取る人もいない。配達するほうは、配達先に誰もいないと再配達しなければならない。それが数回続くと、配達料を配達コストが上回ってしまう。その分は、配達人の過重労働でカバーする。

 そもそも、配達の衝撃に耐えられるよう商品一つ一つを丁寧に梱包し、個別に配送することには、根源的なムダがある。そのムダをネット販売の利便性はどこまでカバーできるのであろうか。

 それでもヤマト運輸のことだから、まもなくこの問題を解決するに違いない。ネット販売が増え、配達する量が増えれば、最適な移動距離で合理的な配達システムをつくることができるからである。
 相手がある戦争とは異なり、ものごとには必ず解決方法が見つかる。

高額治療

 これ以上、命を伸ばすための新薬など、医療技術開発はしないほうがいい

 政府は、オブシーボという新しいがんの薬について、来年2月から価格を50%引き下げることを決めたという。この薬はがんに効く代わり、一人最高年間3500万円もの投与が必要であった。こんな薬が保険適用になってバンバン使われたら、たちまち健康保険はパンクする。半分としても1700万円である。
 この件に関しては、少なくとも3つの問題がある。

 まず、その高額な薬代はだれが受け取るのか、ということである。
 販売元の小野薬品など、日本企業がその大部分を受け取るなら問題ない。金は天下の回りもので、国内企業が利益を挙げた分税金として納付され、さらに従業員の給料が増えて国内経済が活性化する。

 しかしこの高額な治療代が、海外の製薬会社に入るようなら大変である。日本でお金が回らなくなり、健康保険どころか国家財政までおかしくなる。そのうち国のお金が無くなり、国民は窮乏生活を強いられる。阿鼻叫喚の中、国民の大半は飢え死にする。

 つまり、高額な薬はオブシーボだけではない。アメリカの製薬会社が、つぎつぎと新薬を開発しそれを売り込んでいる。命汚い日本人がそれに飛びつかないわけはない。保険適用されれば、3500万円どころか1億円にもなり得る。

 つぎにその薬は、効いても効かなくても、お金は払わなければならない(だから治療を長引させるヤブ医者ほど儲かる)。効かなかったとしても、保険適用されれば、受けた人に負担がかかるわけではない。金返せとは言わない。これを坊主丸儲けという。

          救命なのか   H28.11.13

 そしてもっと大きな問題は、その薬が効いて患者が治ってしまうことである。患者が20~40代ならまだいい。70~80の老人だったらどうか。これ以上老人が増え、日本はにっちもさっちもいかなくなる。


 したがってこれ以上、命を伸ばすための新薬について、技術開発はすべきではない。IPS細胞やIP細胞も同じである。医学の発展は、人類をじわじわと絶滅させる。そう考えたら、原理主義IS細胞の方がまだかわいい。

 もし、現時点で高額治療を施すとしても、必ず年齢制限を加えるべきである。高齢者より若い人の命は重い。