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韓国大統領の行方

 私憤と怨念のはけ口を求めている駄々っ子が、わけもわからず喚いているだけ

 韓国が大統領の「不祥事」で、大変なことになっている。
 大統領退陣を求める集会は、先週ソウルだけで150万人、地方も含めると190万人にもなったという。韓国野党側は、弾劾決議案を国会で採決する構えである。
 そこでついに、韓国の朴大統領は、昨日の記者会見で、任期前の退陣をほのめかした。会見では、「国政の混乱と空白を最小化し、安定的に政権を移譲できる方案を国会が用意してくれれば、その日程と法的手続きに従い、大統領職から退く」と述べていた。

 これに対し韓国内では、大統領がまだ本人の過ちを認めていないこと、国会に進退をゆだねたことは時間稼ぎにすぎない、との意見が多い。中継で談話を見た市民の多くは、冷たい反応を示したそうである。

          おかめたこ

 しかし、いま朴大統領が、「これで辞める」といって、すぐさま退陣してしまったらどうなるであろうか。いくら頼りなくても、トップがいない国は腑抜けになる。韓国政治の混乱は極まる。それこそ無責任である。

 そもそも朴大統領は、どれほどひどいことをしたのか。政策参謀である「友人」に、多少の便宜をはかっただけである。「友人」たちの横暴を見逃したかもしれないが、自らが私腹を肥やしたわけではない。「友人」たちの悪事といっても、「不正入試」などの、チマチマしたけち臭い出来事の積み重ねに過ぎない。落選したヒラリー・クリントン氏の、国家機密を揺るがすようなメール疑惑に比べたら、月とスッポンである。もちろん、中国やロシアのトップ悪徳政治家の足元にも及ばない。

 いま韓国国民が騒いでいるのは、私憤と怨念のはけ口を求めているだけである。駄々っ子が、わけもわからず喚いているだけのように見える。いつもイライラし、誰かに矛先を向けないと済まない韓国民らしい行動である。

 もっとも原発や安保反対など、わけもわからず動員をかける我が国も、隣の国のことを言えたものではない。
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早朝講話

 私自身が講習会に参加するときにも、講師にやさしい態度を取るようにしている

 今朝6時から、「丹南倫理法人会」での早朝講話を行った。
 倫理法人会は、各県や市区単位に組織され、(一社)倫理研究所の法人会員による、心の経営をめざす人々の集まりだという。

 「倫理」とか「心の経営」という、私の最も苦手な分野だけに、なにをテーマにするかが問題であった。人前でお説教じみた「講話」するのも気が引ける。結局、私の知識の範囲でしか話すことはできない。このブログで、ネチネチ書いてきたことを組み合わせて話すしかない。血迷って、「ムダと生きる」などと、わけのわからないテーマを設定してしまった。

 その上会場に入ったとたん、この会の特徴である、全員で合唱、大声での聖典朗読など、15分ほどの「前座」でビビってしまう。この異様な雰囲気と、プレゼン用の電子機器の接続がスムースにいかなかったこともあって、ぎくしゃく感が半端ではない。こんなことなら、あらかじめ1回くらい参加しておけばよかった。

            太っ腹
 
 それでも立ち往生することなしに、何とか40分の講話を終えることができた。
 講話を受ける方々が、聴くことにも年季が入っていたからである。ときどき頷いて相槌を打ってくれたり、ちょっとした冗談にも笑ってもらえると、気持ちよく話を続けることができる。

 自分にやさしいことは、他人にもやさしい。私自身が講習会に参加するときにも、できるだけこのような態度を取るようにしている。(もちろん、はじめから嫌いな講師は別である)

沖縄基地反対

 反対市民の生きがいのため、われわれ多くの国民はいつまでも右往左往する

 先の「土人発言」をきっかけに、沖縄基地反対派の傍若無人ぶりが明らかになってきた。反対派とは、「オスプレイヘリパッド建設阻止高江現地行動実行委員会」だという。その代表者の周りに、退職教員など年金老人が集まっている。生活に余裕のある人でないと、あんな無茶はできない。彼らにとって、「基地反対」は、老後の生きがいになっている。

 たしかに、沖縄に限らず日本各地に米軍基地があるのは異常である。いくら贔屓目に見ても、アメリカに占領されていることは明らかである。属国扱いされて文句は言えない。まともな日本なら、米軍を追い出し、強力な日本の軍隊を置くべきである。
    
     羊の奇兵隊

 しかしそれには、前提条件と順番がある。日本が周辺諸国に対抗できる軍事力が必要である。それまで、力の空白、タイムラグが無いようにしなければならない。日本の軍隊が沖縄で力をつけるには、まだ時間がかかる。憲法改正、核武装、攻撃兵器の開発など、少なくとも3年は必要である。
 それまでは、アメリカの軍隊が必要である。チベットの二の舞は御免である。


 たぶん反対派はこれにも反対する。日本がめちゃくちゃになることを望んでいるからである。だからこんどは、自衛隊を標的にする。反対「市民」の生きがいのため、いつまで多くの国民は右往左往しなければならないのであろうか。

トイレ戦争

 観光に力を入れるなら、激戦の「食」で競うより、「トイレ」での勝利を目指す 

 旅行や人生の大きな楽しみの一つは、「食べること」である。とくに年を取ると、次第にその方に集約していく。昔から「快食、快便、快眠」が健康で幸福のバロメーターであった。そして最近、日本国内を旅行して、改善されたと思うのは、トイレである。街中や観光地はもちろん、人里離れた山の中でも、きれいなトイレがちゃんと用意されている。

 近隣諸国だとそうはいかない、中国や東南アジアなどで、まともなトイレに入れたことはない。オリンピックの選手村でさえ、トイレでうまく流せたことがニュースになるくらいである。

     チンギスハン空港男子トイレ 平成25年6月19日

 その日本観光の長所を伸ばそうと、取り組んでいる地域がある。
 たとえば長野県では、2年前から「認定トイレ」に取り組んでいるという。「信州まごころトイレ」と銘打って観光地の公衆トイレを管理する市町村などを対象に募集し、これまでに54か所を認定した。高知県でも、4年前から「おもてなしトイレ」として認定。2014年の12月現在で694か所を認定した。

 まだ、競争相手は限られている。観光に力を入れるなら、排泄の快適さを争う「トイレ戦争」での勝利を目指す方がいい。無数の競合のいる激戦地帯、「食」で競うのは、あまりにも労が多すぎる。

病気

 ほとんど内科へ行かないから「かかりつけ医」がいない

 ここ4~5日、きわめて体調が悪い。一昨日まで何も食べないで寝込んでいた。体中が痛く立ち上がれない。そのうえ全身がだるく、何とも言えず不快な気分である。鼻水が出てきたところをみると、風邪、もしかしたらインフルエンザかもしれない。しんどくて、医者へ行く気にもなれなかった。

 病気の場合、いつ治るかわからないから困る。二日酔いなら半日も寝ていれば回復する。だから性懲りもなく繰り返す。

          美人薄命 

 病院は、元気な人の行くところである。それにこのところ、病院へ行ってもまともに治ったためしがない。山ほど薬をもらったあげく、飲み過ぎか副作用で気持ち悪くなる。だから医者へ行くたびに、飲みかけの薬が溜まる。

 問題は、内科医へ行かないから「かかりつけ医」がいないことである。家で死んだときに死亡診断書を書いてもらう医者である。歯医者や皮膚科の医者でも、「かかりつけ医」になれるのならいいのだが。

メンタルコーチの効用

 できない理屈をくだくだ並べる人は、何もできないまま生涯を終えていく

 昨晩、飯山晄朗氏(中小企業診断士、各種認定コーチ)の「経営者の能力を引き出すメンタルコーチング」という2時間講習を受けた。他のコーチングに関する書物では、飯山氏のように、脳の構造からコーチングの合理性を説くものは見かけなかったと思う。またひとつ新しい引き出しが増えた。

 講習の内容をざっくり言えば、脳の中心にある「情動脳」に繰り返し刺激を与えることによって、ホルモンが分泌され、実際に体を動かす「反射脳」や「理性脳」を突き動かす。それが現実の行動に結びつき、思いが実現してしまうのである。そして、「情動脳」に刺激を与える「思い」や「イメージ」を増幅しているのは、言葉や態度、表情なのだという。たとえば笑うことを常態化することで、体の動きが格段に良くなる。

 すなわち「メンタルコーチ」とは、常にプラス思考の言動を取っていることで、それが実現してしまうという、魔法のような手法である。あらゆる面で、組織や人の可能性を伸ばせるし、「用不用説」の進化論にも通じるのではないか。ただ良薬は毒でもある。独裁者が民衆を洗脳するのにも利用されている。

       モンゴル大帝王顔H25.6.21

 このことを飯山氏は、高校野球の甲子園を目指すチームに徹底指導し、「必笑」、「笑耐夢」、「常笑」などの合言葉を提案した。試合中何があっても笑顔でいることで、今年の星稜高校が9回裏8点差大逆転につながるなど、大きな成果をあげさせている。また、優勝した時のインタビュー練習を繰り返しすることで、本番での緊張が少なくなる。

 それなら、たとえば大相撲の稀勢の里は、今年に入って飛躍的に勝率が伸びている。その原因の一つが、出番を待つ間に土俵を見上げているときの、にこやかに緩んだ顔つきだと噂される。昨年までは、だれが見ても緊張でピリピリしていた。それが打って変ってプラス思考の表情となった。周りを気味悪がらせたあげく、今年はほとんどの場所で優勝争いに絡むようになった。初めての年間最多勝も見えてきた。
 さらにこの表情を、土俵に上がって両力士がにらみ合うときやったらどうか。一気に優勝までいくかもしれない。本人のプラス思考が持続するだけでなく、相手をたじろがせることは間違いない。
 もっとも、頭の固い相撲協会がどう出るかはわからない。


 最後にまとめとして、飯山氏が強調されていたことは、つぎの3つであった。
①やらなければならないこと(正しいこと)を楽しめるようにする
②単なる「思い」より言葉が大事
③自分のためより他の「誰か」のためでなければ、燃え尽きてしまう

       武士の横顔

 素晴らしい提案であるが、これを実現するのは一筋縄ではいかない。人間の性(さが)は、きわめて複雑である。

①まず、ほんとに楽しいことというのは、やっていけないことをやることである。不倫もそうだし、いま勉強や仕事をしなければならないとき寝ることほど、気持ちのいい瞬間はない。

②また、他人に対するとき、言葉と「思い」が異なると詐欺師といわれる。薄っぺらい人と思われないような誠実さが欲しい。

③さらに困るのは、数値目標は、燃え尽きたいと思っても燃え尽きないことである。せっかく売り上げ目標を達成したのに、それで満足する社長は少ない。お金のように、儲かれば儲かるほど際限なく欲望が膨らむのは、却って人を不幸にする。

 このように、できない理屈をくだくだ並べる人は、何もできないまま、その生涯を終えていくのである。いまや風前の灯である日本の核燃料サイクル組織に、飯山氏の爪の垢でも煎じて飲ませたい。

日露合意は怪しい

 孫子の兵法格言そのままに、日本は泥沼に入り込んでいる

 年末の日露首脳会談に向けた11月の会談では、安倍晋三首相とプーチン大統領は、経済協力を加速することに合意したという。優先して具体化する約30事業について最終的な調整を急いでいるそうだ。

 これではおそらく、日本側の一方的な持ち出しになる。経済分野ばかり先行すれば、したたかなロシアに“食い逃げ”される可能性が大きい。
 さらに問題なのは、日本の経済協力によって、ロシアが力をつけていくことである。

       渦潮に向かう小舟H26.4.29撮影

 これまで日本は、隣の国である韓国、中国に対し、積極的に経済協力を行ってきた。いまでは韓国は一人あたりのGDPで日本に迫り、中国は国力でとっくに日本を追い越した。中国の軍事力は日本の10倍にもなる。その結果、日本は隣国にいいように操られる羽目になった。なんだかんだと、日本は隣国に吸い取られている。

 すなわち孫子曰く、「隣の国を援助する国は亡びる」のである。まさに、孫子の兵法そのままをなぞらえている。

 外交の基本は「近攻遠友」という人もいる。つまり、「近くとは争い、遠くと友好を結ぶ」ことで自国の安全は高まる。どうも日本は泥沼に入り込んでいるような気がしてならない。大東亜戦争の後遺症が、全身を蝕んでいる。

大根の蓄え

 お金も大根も蓄えようとする気持ちは同じ、欲の塊である

 先週掘ってきた大根の後始末をした。葉っぱと根を分離し、使えそうな葉っぱは煮物にする。太めの大根が30本ぐらい並んだ。お金にしたら、せいぜい3~4000円。大の大人が1日がかりで、悪戦苦闘した労力にはとても見合わない。

 それでも食べてみると、この上なくおいしい。
 大きな大根を1本、うす口醤油で煮込んだ。ふろふき大根である。軟らかくて新鮮な大根は、そのままおやつでも酒のアテにしても、たまらなくうまい。大根の葉っぱも、煮込んで炒めたら、応えられないほど美味であった。

          太いすりこぎ  H28.10.09

 こんな素晴らしい大根が、まだ25本も手元にある。これだけで豊かな気持ちになる。1000万円の貯金と同じようなものだ。お金だろうが大根でも、同じ幸せを味わうことができるなら、欲望を大根に向かわせてもいい。とにかく人は、貯めることが好きなのである。
 こんどは、大根を巡っての戦争がはじまるかもしれない。

また東北で津浪

 われわれは良寛のような境地になれないから、いつまでたっても楽になれないのである

 今朝福島沖で、マグニチュード7.4の地震が発生し、福島や宮城に津波が押し寄せている。いまの段階では、被害の状況はわからない。それでも3Mもの津浪警報が発せられており、すでにそれに近い津波が発生している。
 何とかこのまま収束して欲しい。

 つくづく災害というのは、いつどこで発生するかわからない。阪神淡路大震災をはじめ、東北大震災、熊本地震など、だれも思っていなかった。
 もっとも南海トラフのような規模だったら、想定していてもひとたまりもない。

 日本は、その位置、地形、地質、気候などの国土や自然条件から地震や台風、集中豪雨などの自然災害に対し、きわめて脆弱である。だから、永遠に自然災害と付き合っていかなければならない。最近はそれに、人工物による災害も加わってきた。

         ぼろ着の継体天皇 H28.1.1

 良寛は、大地震に遭った知人に対し次のような見舞いの手紙を送っている。「災難に遭う時節には、災難に遭うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。・・是はこれ災難をのがるる妙法にて候。」
 すなわち、人知を超えた災害や死は、逃げようとするほど苦しむ。

 われわれは、なかなか良寛のような境地になれない。ジタバタと、むなしい地震予知に大枚をはたき、少しでも助かろうと防災訓練を行う。だから、いつまでたっても楽になれないのである。

もんじゅの行方

 いまもんじゅの開発を止めれば、日本人は永久に後悔しなければならない
 
 11月12日から福井新聞「もんじゅの行方」という特集で、有識者の意見を掲載していた。推進側は、もんじゅ所長の青砥紀身氏と「あり方検討会」の座長だった有馬朗人氏、反対派では吉岡斉氏である。
 有馬氏は、文殊のこれまでの成果を一定評価して国内で開発を続けるべきだとし、吉岡氏は、文殊の技術開発は不可能だからそんな危険なことは止めるべきだという。従来の意見を確かめただけであった。
 それでも大筋で、もんじゅは廃止すべしという流れに傾いている。

 吉岡氏はともかく、高速増殖炉や原発に反対している人たちのなかには、かって原発技術者として開発に関わってきた人も多い。小出裕章氏や武田邦彦氏などである。彼らはその方面ではそれなりの技術者だったので、自らの「経験」をもとに、如何に原発が危険であるかを「論理的」に述べることができる。

      不思議な置石 H28.8.19

 しかしいくら一流の技術者だろうが、技術のほんの入り口で右往左往していただけである。そもそも人間はアリ一匹作れない。まして原発のような巨大技術は、どんな天才だろうが簡単にできるわけがない。
 いま反対しているむかしの原発技術者は、技術の追求をあきらめた挙句放棄した。だから絶対、残った技術者にはうまくいって欲しくない。男の嫉妬は、さりげなく陰湿である。

 開発者が、それを放棄したのだから怖いものはない。原発政策のアウトゾーンから、勝手なことを言うだけである。理路武装だけは、だれにも負けない。日本の技術者というのは、できない理由を論理的に、どれだけたくさん並べられるかで評価が決まる。バイアスにかかった日本国民には、救世主のように思えるであろう。


 一方、世間のいじめに遭いながら、必死でもんじゅや原発エネルギーの開発を続けている人たちもいる。彼らはマスコミに呼ばれないので、知名度は低い。それでも着実に技術を積み重ねている。もんじゅも開発での失敗があるからこそ、技術が確立されていく。すべての技術は必ず、失敗を積み重ねながら成長・蓄積していくことを忘れてはならない。そして人間がいったん手に入れた技術は、金輪際消し去ることはできないのである。
 いまもんじゅの開発を止めれば、日本人は未来永劫後悔する。

大根の収穫

 共同農園での大根の収穫日である。これで4回目になる。
 重い大根を掘り起こし、車まで100mを運ぶ。一度に5~6本、これを5~6回繰り返すと、へとへとになる。そのうえ、ガキッと腰をやられた。
 家へ帰って、泥だらけの大根を洗って始末するのがまた大変である。車も玄関も泥まみれ。
 
 泥まみれの大根 H28.11.20  細身の大根 H28.11.20

 大根の葉が大量についてきた。
 勿体ないので、インスタントラーメンの具にしたら結構いける。学生時代に道端の草を煮込んで食べた事を思い出す。こんどこれでもつ鍋ができないか試してみよう。

 今日はこれで沈殿。

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車のライト

 簡単なことでも、ほんとのことは誰にもわからない
 
 警察庁の調査によると、夜間に歩行者が横断中、車にはねられた死亡事故のうち、96%の車のライトがロービームだったという(H27年に、死亡事故625件)。ロービームは40メートル先までしか照らせないため、歩行者に接近するまで気付かないからである。

 しかし、40年前に受けた運転教習では、まったく反対のことを言われた。ハイビームだと周りの車や人の目がくらんで、事故になる恐れがある(と聞いたような気がする)。したがってハイビームは、人里離れたところでしか使わないようにと習った。
 三つ子の魂100まで。それを40年以上続けてきた。まだ無事故・無違反の優良運転手である。こんな簡単なことでも、40年よかれと思ってきたことを覆すのは難しい。

 それに、死亡事故のうち96%がロービームだからといって、それが原因とは限らない。たいていは、人がいるところならほとんどロービームで走る。もともと運転者の96%以上が、ロービームで走っていたのかもしれない。それならむしろ、ハイビームの方が事故になる可能性が大きいのではないか。

 これではどちらがいいかわからない。日常の簡単なことでも、ほんとのことはわからない。

ブランド力とはなにか③

 世の中にムダがなくなると、人生は退屈でつまらなくなる。ムダがブランドをつくる  ②からの続き

 世の中の多くはムダである。むしろムダで世の中が成り立っている。
 たとえば、日本人成人の30%は、食べ過ぎメタボである。そのうえ日本全体で、食べられる食料の25%を廃棄している。作物を採取するときにも、捨てている。これらのムダをなくせば、日本は食料自給率が39%しかない、と言って騒がなくてもいい。

 ムダは食糧だけでない。あらゆる商品のなかで、資源採取から加工・流通段階を経て消費者に届き、その製品寿命をまっとうに終えるものは、いったいどれだけあるか。おかげで日本は、毎年5億トンもの廃棄物を排出している。うち90%以上が産廃ということは、消費者の手元に届くまでにほとんどを捨てているということになる。

 消費者の手元にわたってからも、まともに消費などされていない。
 典型的なのは、各種印刷物である。毎日配達される新聞、折り込みチラシはまだいい。会社なら、役所や各種団体からの分厚い調査資料などが、頻繁に送られてくる。家庭に帰ると、回覧板に合わせて市政広報、議会運営、学校便り、福祉月報など、有象無象の読み物が配布される。いったいこのうち何%読まれているのか。これだけの印刷物になると、それぞれ企画・執筆など、ものすごいお金がかかっている。

           太っ腹

 しかし、世の中にムダが全くなくなってしまったらどうか。人々の人生は、退屈でつまらなくなる。文化と言われるものは、すべてムダから成り立っている。「能」の素養のない人から見たら、あんなものはただ「木偶の棒」が突っ立っているだけである。落語に、「間」がなかったら、笑いは生まれない。

 また、アリのコロニー(巣)では、約7割のアリは何もしていないそうだ。ぐうたらアリが多いコロニーほど、異常が発生したとき迅速に対応できるという。人間社会でも、ニートや引きこもり、昼行灯のようなお役人が多いほど、大災害に対応できる可能性が大きい。先の大震災での、ボランティアやヤクザの活動をみれば、なるほどと思う。


 そして、日本の金持ちがムダ遣いをすることで、日本製品のブランド価値が高くなる。目先の効率ばかり追求するから、本物の生産性が疎かになってしまうのである。

ブランド力とはなにか②

 欧州におけるブランド価値の大部分は、厚かましさである  ①からの続き

 ブランド価値を高める二つ目の力は、「厚かましさ」である。
 たとえば、私がある企業へ経営支援に行ったとしよう。数時間のアドバイスで、100万円の請求書を平気で出せるかどうか。たぶん会社の方はびっくりして、「高すぎるのでそんなに払えません」となる。いろいろ交渉して「じゃあ今回は30万円にします」となれば、私の1時間のコンサル料金は、30万円が相場になる。
 これを、悪徳業者と思われずに、できなければならない。欧米はそれがうまい。

 「おもてなし」の日本サービス業は、世界のトップクラスだといわれるのに、世界からみれば、生産性が悪いとされる。その大きな要因は、日本人の奥ゆかしさであろう。本来品質のよさを価格に反映させればいいのだができない。サービスは「無形性」「同時性」であるため、とくに外国との比較がしにくい。
 
       最後の審判H26.4.28撮影

 イギリスの歴史は、世界中を植民地にして、極悪非道の限りを尽くしてきた。
 インドの植民地支配では、数百万人が犠牲になり、アヘン戦争で中国を苦しめ、オーストラリアではアボリジニを虐殺、北アメリカではインディアンを皆殺しにして略奪しアメリカ合衆国を作ったのはほんの200年前である。
 それでもイギリスは、そんなことはおくびにも出さず、「大英帝国」としてのブランドで、世界中からお金を集めている。欧米諸国も似たり寄ったりである。こんな厚かましい真似はとても日本人はできない。慰安婦問題を見てもわかる。なぜか日本の軍隊だけ、世界でいちばん悪者になってしまった。

 欧州は付加価値、ブランド価値を上げるのがうまい、というと言葉は美しいが、そのかなりの部分は、「厚かましさ」だったのである。生産性向上の核心である付加価値を向上させるには、文化的、国民的背景が非常に大きい。

                 ③へつづく

ブランド力とはなにか①

 豊かな暮らしをしている人が作り・使う商品こそ力がある。ややこしい経営手法にこだわらない

 生産性向上の大きな要素は、いかにその商品・サービスの付加価値を高められるかである。この付加価値はブランド価値ともいえる。
 前にも書いたが、たとえば日本のセイコー、シチズンの時計は機能が向上し、電子時計なら1年に1秒も狂わない。またほとんど故障しないし、見栄えもよい。この腕時計が、1~2万円、5万円から10万円も出せば、国産の最高級モデルが手に入る。

 逆にスイスの高級時計ロレックスやオメガは、秒単位で狂うなどしょっちゅう故障する。時間を測るという機能面から見たら、セイコーやシチズンの足もとにも及ばない。それでもスイスの高級時計は、一個当たり30~50万円、100~200万円する。多少手間暇をかけて、貴金属を使っていても、とてもそこまでの差はない。
 これがいわゆるブランド価値である。

 車も同じ、動くだけなら50万~100万円の中古車で充分である。単に乗って動くだけでなく、持っている(見せびらかしたい)欲求を満たす。だから、人々はヴィッツやデミオより、ベンツやBMWを欲しがる。フォルクスワーゲンにしても、排ガス不正であれだけ叩かれても、まだ世界一をトヨタと争っている。
 では、このブランド価値はどのようにして生まれるのか。

      寂しい街並み H28.11.06

 一つは、買う人々がその製品やサービスを作り上げた人に、あこがれを抱けるかどうかである。欧州でも、高級ブランドの産地では、国民が豊かな暮らしをしている。歴史や文化を大事にし、知的で穏やかである。ほんとかどうか別として、そういうイメージがある。その富裕層が重宝する製品だからこそ、破格の値段で売れる。
 日本の地方でも、皇太子様が好んで飲まれていた、という根拠のないうわさが広まっただけで、グッとブランド力が付いた酒蔵がある。

 日本ではどうか
 日本では、お金持ちがお金を使わない。みんなが憧れるような豊かな暮らしをしていない。お金持ちの日本人が貧乏くさい暮らしをしている。世界中にいいものを輸出して、汗水たらしどんどんお金をためている。そうやってためたお金を見ているだけである。金持ちがしみったれた暮らしをしている。

 日本でお金のある人は、金儲けだけが生きがいになっている。お金があるのにつかわない。だから山ほど貯金がたまり、平均3500万円も残して死ぬ。仕方ないから、政府が使わざるを得ない。国が買うものはブランドになりにくい。だから日本ではヤブ医者ほど儲かる。日本には守銭奴しかいないように見える。そんな日本の製品に、憧れるところは限定される。

 しかも日本の金持ちが高額商品を買うときには、欧米のブランド物に手を出す。年棒何億円ものスポーツ選手などは、ベンツやBMWなど欧米の車に乗っている。高額な日本製品の消費は限定される。
 そうやって日本人は、自らの首を絞めている。

 したがって、日本のお金持ちは日本のいい製品やサービスを、高い値段で買い続ける必要がある。それが日本人の生活レベルを向上させる。その結果金持ちが増え、金持ちらしい豊かな暮らしをする。その豊かな暮らしが、日本ブランドを格上げする。高級品の開発にも拍車がかかるし、国内にお金が回る。

 金持ちを増やし、日本商品のブランド力を底上げするような循環が大切である。ブランド戦略やポジショニングなど、経営手法にこだわるからややこしくなる。

          ②へつづく

価値のあるムダ

 そのムダにどのような価値があるかは、われわれ人間ごときにはわからない

 「無用の用」によく似た言葉に、「価値とは、すべて、ある観点(目的)から見たものにすぎない」(ニーチェ)というのがある。すなわち、無駄だと思っていたものは、別な観点から見ると素晴らしい価値を持っている。

 私があるメーカーの生産工程を合理化しようと、現場を見たときのことである。2月の寒い時期、全く暖房のない広い工場内で人々が作業していた。決して遊んでいる人はいないが、やたらとムダな動きが多い。責任者に「従業員の方は寒くないのですか」ときいたところ、「みんな社内を動き回っているので、暑いくらいです。」という答えが返ってきた。
 これでは、商品に投入する価値エネルギーを、社員自らの体に投入していることになる。まさに、ものづくりの効率から考えたら、とんでもないことである。

 だが一日中動き回ることで、従業員はみなスリムな体型をしていた。社員の健康管理面を考えたら、動き回ることはムダではない。それに作業の効率だけを考えると、人の動きを抑えて、そのぶんガンガンと暖房エネルギーを消費しなければならない。
 これまで一生懸命、生産合理化のアドバイスをしてきた私が、自分のやっていることにむなしさを感じた瞬間であった。

        枯淵コース下りから九谷ダム H28.11.05

 また江戸時代のこと、日本にキリスト教を布教しようと、ヨーロッパからある宣教師が来た。彼は、「未開の日本を、キリスト教で発展させよう」と意気込んでいたという。
 ところが日本人はみな、楽しそうに暮らしているではないか。貧乏でも笑顔が絶えず、冗談を言い合い、争いもすくない。逆に宣教師の済んでいたヨーロッパでは、物質には恵まれ、奴隷を使い一部の人は豊かな暮らしをしているのに、一般庶民はこんな穏やかに暮らしていることはなかった。「自分はいったい何をしようとしているのか」と宣教師は思ったという。

        武士の目

 いまは、いろんな分野の「専門家」が、専門的見地から勝手な見解を出している。専門分野を徹底的に追求しようとしている。それがトータルでうまくいかない。医者など、専門医ばかりになって、総合的にものごとを見ることができなくなってしまった。だから、「病気は治ったが、患者は死ぬ」のである。

 ある価値をとことん追求すると、何かがおろそかになる。ムダと思われることはすべて、何かの価値を持っているはずである。それが何かは、われわれ人間ごときには、わからない。

福島の廃炉費用

 電力会社が買い取った10万人分の土地と旧家屋という、素晴らしい資産を活用しない手はない

 先週放送されたNHKスペシャル「廃炉への道2016 調査報告膨らむコスト」によると、福島第一の廃炉費用は、13.3兆円、場合によってはその数倍に達する可能性があるという。
 徐染費用は当初の見積もり3.6兆円を大きく超え、すでに4.8兆円に達したという。福島県の住民に対する費用も6.8兆円になった。しかも毎年1兆円ずつ増えている。直接の廃炉より、むしろその他の方が高いという。番組ではこの数字を悲観的に捉えていた。いかにも福島第一の廃炉によって、日本が衰退するようである。

 しかし、以前述べたように、費用というものは決して負担だけではない。費用を支払うということは、必ずそれを受け取る人がいる。日本にこれだけの新しい市場が生まれるということである。ベンチャー精神を持った企業が参入すれば、日本経済は活性化する。

 間違えても電力会社は、廃炉費用をカバーするため、外国から高額な化石燃料を購入してはいけない。あっという間に日本国内のお金は無くなってしまう。そうなると、膨大な借金を抱えた政府が破たんし、日本国民は路頭に迷う。廃炉費用を賄うのは、原発の全面稼働しかない。

         天国への花 H27.8.3

 その廃炉費用の中で、避難住民に対する補償費用というのがあった。「汚染」で居住地を追われた10万人近くの人に一人毎月10万円。これだけで毎年1200億円かかる。住宅補償では、汚染住宅の時価に加えて新しい住宅購入費用まで支給している。
 避難した人たちは、その補償金に甘んじることなく、日本経済のため何らかの労働力を提供していただきたい。

 素晴らしいことには、ここで電力会社が補償で買い取った避難住民たち10万人分の旧家屋と土地という財産が残る。これを活用しない手はない。年間50~200㎜Svという、ラドン温泉にも匹敵するような快適空間である。そこでは雑菌の繁殖は抑えられ、体内のガン細胞は減少・消滅する。この地域を、高齢者の居住地または保養のための別荘地として分譲して欲しい。地上の楽園になる。

救急救命講習

 救命モデルを全身の美女人形にすれば、男性の受講者はあっという間に集まる

 今日公民館で、見出しの講習を受けた。講師は30代の救急救命士で、受講者は我々のようなジジババが20名。10年ほど前に受けたときは、見ていただけでほとんど役に立たなかった。今回は3時間という長時間の講習で、交代で実施の救命活動も行った。一度でも、実際に人工呼吸やAEDを使ったことは役に立つ。

 必死の救命行為 H28.11.13 救命なのか   H28.11.13

 むかしいちど、目の前で通行人が倒れたとき、なにをしていいかわからなかった。もっともあのときは、むさい中年男性が泡を吹いてひっくり返ったので、マウスtoマウスの人工呼吸など、絶対にできるはずがない。近くに交番があったので、10回ほど胸骨を圧迫しただけで、警官に引き渡した。戸惑っている若い警官を尻目に、さっさと逃げ出した覚えがある。これからは大丈夫かもしれない(もちろん対象者による)。

 ところでいくら無料といえど、3時間もの講習はきつい。今日の講習も、最初は受講希望者が皆無だった。私も各地域から無理矢理集められたうちの一人である。
 そこで、救命モデルを全身の美女人形にしたらどうか。大義名分が立つから、男性の受講者はあっという間に集まる。救命実習のときには、本番と同じように、衣服を一枚ずつはがすようにすればこたえられない。いまのような木偶の坊人形では、これからも受講希望者は少ないだろう。 

異物混入食品

 全数回収廃棄の報道のたび、「勿体ないお化け」に祟られるかと心配になる

 最近また、食品の異物混入「事件」がニュースとなっている。食品混入は、いちど騒ぎになるとしばらく続くのが特徴である。ここ数日だけで、つぎのような事案が公になっている。

①11日、スーパーの成城石井。輸入チョコ4万個に、アレルギー原因の乳成分が混入。
②11日、はごろもフーズ。ツナ缶にゴキブリが混入。
③10日、フジッコ。カップ入り総菜「おかず畑おばんざい小鉢」にプラスチック片。
④10日、セブンイレブン。サラダにカマキリの足?
⑤4日、マルハニチロ。さんまのかば焼き缶詰に金網。

 もちろんこれらは、全数回収して廃棄される。もし横流しすると(COCO壱番屋のカレーのように)、大きな問題になる。先月は、静岡市の「幸楽苑」のラーメンに従業員の指が入っており、全店舗の一斉休業に追い込まれたという、衝撃事件もあった。

 たしかに、食品に異物混入したことはいいことではない。

          ブタ

 しかし、このようなニュースを聞くたび、「勿体ないお化け」に祟られるのでないか、といつも心配になる。
 回収し廃棄することで、膨大なエネルギーが使われ、廃棄食品が発生する。まともに栄養を取れない貧困者から見れば、八つ裂きにしたいくらいである。乳成分が入っているチョコレートにいたっては、単に表示を付け加えればいいだけではないか。普通の人なら、そのままでおいしく食べられる。
 
 日本では、毎日数億個もの加工食品が作られており、実際に異物混入などは無数に発生しているはずである。私自身もこれまで、いくつも発見している。何だかわからないうちに飲み込んでしまったものもある。公表されたのは、氷山の一角にしか過ぎない。もし異物が入っていても、何らかの予告があれば、注意して食べればいい。
 そもそも人間は、食べ物とそうでないものを区別するため、唇の感触が優れており、口で噛んで食べている。

 あまりにも衛生過敏な日本では、まだ食べられる廃棄食品が、消費量の25%もある。それに加え食べ過ぎメタボの人が、成人の30%にも達している。それらを補うために、世界中から余計な食料を買いまくり、人々を飢えさせているのである。

日本流おもてなしの崩壊

 ブラック企業に支えられていたおもてなしサービスは、ブラックが無くなると激減する

 日本のおもてなしレベルが下がってきた、と言われるようになった。注文した料理を運ぶのが遅れ冷めてしまったことや、ウェイトレスが客席の頭越しに料理を運んだことなど、日本式サービスの劣化が、ある記事に取り上げられていた。

 しかしおもてなしとは、求めて与えられるものではない。
 そもそもサービスは、それを受ける人が多くなるほど、質が低下するという性質がある。2年前から外国人観光客が急増している。どんなに素晴らしいサービスも、与える量には限度がある。「おもてなし」サービスの低下は、供給するほうが、その受け手より少なくなってきたからであろう。

            モー 結構  
 
 したがって、いいサービスを受けたいと思ったら、受ける人が限られていなければならない。高額の代金を支払う覚悟が必要である。つまりサービスとは、本来高価なものである。時給800円のアルバイトに、日本式おもてなしを期待するには無理がある。

 それでもお客はそれを期待する。アルバイトのサービス供給者も、できる限りの顧客サービスをしたいと思う。神様であると勘違いしたお客が、いちゃもんをつけると、従業員はたまったものではない。  
 ほんとのブラックは、会社の上司ではなくお客だったのである。
 ブラック企業に支えられていた日本のおもてなしサービスは、ブラック企業が無くなると激減する。

トランプ氏勝利

 日本政府が衝撃を受けたのは、新たに関係をつくるのが面倒臭いからである

 大方の予想に反し、アメリカ大統領選はトランプ氏が勝利した。
 これに吃驚した日本では、株価が1000円も下落し、円高も進んだ。政府が右往左往し、さっそく民進党は後知恵で、政府がトランプ氏に接近していなかったことを非難し始めた。アメリカでは、カナダへ移住するウェブサイトが、集中してつながらなくなっているという。

 各国のニュースでも、驚きをもって受け止められた。「世界に衝撃が走った」と言ってもいい。大変なことになったと思っている人は多い。昨晩NHKテレビのコメンターは、トランプ氏を選んだ米国民を、「無知、無能、無謀」だといって貶していた。

        真顔の牛

 多くの人が不安に思うのは、トランプ氏が何をしでかすかわからないからである。良し悪しはともかく、クリントン氏ならこれまでの大統領とそれほど変わらない。変わらないなら、いつもの通り何もしなくていい。それに対しトランプ氏は、行政経験や軍歴がまったくない。こんなことは、建国以来初めてだという。選挙戦の中では過激発言をしている。それをどのように実行するのか、まったく不透明である。
 
 日本政府や各国が衝撃を受けたのは、なにをするかわからないトランプ氏に対し、自分たちの国益に会うような関係を、新たに作っていかなければならないからである。ほんとは、あらたに外交ルートを築けばいいだけで、怠け者の外務省が面倒臭いだけである。
 うまく関係を築くことができれば、それこそ日本にとって大きなチャンスである。確実に日本からむしり取ろうとするクリントン氏より、はるかに好ましい。

アメリカ大統領選

 期待が少ないぶん、どちらが大統領になっても期待以上のことはする

 今日、アメリカの新しい大統領が決まる。選挙前から、「嫌われもの」対「大ぼら吹き」という、アメリカ歴史上最悪の大統領選と言われていた。

 「嫌われもの」であるクリントン氏のバックには、75兆円もの軍需産業が控えている。そのおかげで、ここまでくることができた。大統領になったら、この産業を衰退させるわけにはいかない。新しい戦争を始めるか、各地で危機を煽り、武器弾薬の需要を拡大させる。もちろん日本など同盟国に、バカ高い武器を売り込もうとする。
 そんなものを買わされたら、たまったものでない。何しろ戦闘機1機で、数百億円もする。日本は早急にこれをブロックし、独自の軍事産業を育てなければならない。
 そもそもGDP世界一のアメリカは、訴訟や軍事産業など、怪しげなビジネスで成り立っているのである。

 一方「大ぼら吹き」トランプ氏の場合、移民や女性蔑視、下品な物言いなど、常識はずれの言動が、大統領にふさわしくないといわれていた。
 ただそんなもの、まともな男ならないはずがない。むしろ正直でいい。
 困るのは、彼が非常な癇癪持ちだということである。癇癪持ちが、アメリカの「核のボタン」を握る。核戦争の危機が高まることは間違いない。

          馬 H28.324 

 どちらに転んでも、新たな戦争が起こる可能性は大きくなる。日本がいつまでも、一国平和主義でいられることはありえない。覚悟が必要である。そして、これまで聞こえてくるのは、お互いの非難・中傷合戦の言葉だけである。いったいこれから、アメリカをどのようにしたいのか、具体的な方向性が見えてこない。
 どちらに転んでも、あまりいいことはないように思える。

            鹿 H28.3.24

 もっともこれまで、アメリカに限らずどの国の指導者も、選挙のときは素晴らしい言葉を並べていた。その通りになることは少なく、政治家の言葉を鵜呑みにしてはいけないことはわかっている。前回は「チェンジ」といった大統領が、何をチェンジしたのかわからないうちに、退陣しようとしている。

 今回は、お互いの中傷合戦のおかげで、2人の過去の醜聞が掘り起こされた。悪いことはもう出尽くしたのではないか。最初の期待が少ないだけ、どちらが大統領になっても、期待以上のことはするであろう。

イベントでの火災事故

 悲惨な事故であるが、イベントを辞めたら再発防止の機会が無くなってしまう

 先週日曜日の夕方、明治神宮外苑で開かれていた現代アートの展示イベントで、展示品のおがくずと周囲の木製品が燃え、中で遊んでいた5歳の幼児が亡くなってしまった。亡くなった幼児のほか、救助しようとした父親と40代の男性も、やけどなどの軽いけがをしたという。 
 悲惨なのは幼児の肉親である。ほんの目の前の事故で、我が子を助けられなかった親の気持ちを思うと、とても悲しくなる。

 火災のあった現場の写真を見ると、木製のジャングルジムに木屑のようなものがあった。その近くに電球みたいなのがあり、それが過熱したものと思われる。燃えやすいおがくずのそばに電球ということから、こういう事態を想定できなかったのは、完全に製作者の落ち度だという人は多い。

 詳細な製作者の意図はわからない。
 電球はLEDだったことから、おがくずと言えども、燃えることはないと判断したのではないか。また、ジャングルジムは、踏み外すと墜落の危険性がある。その緩衝材としておがくずをまぶしたとも想像できる。いくらなんでも、燃やそうと考えてこのような装置を作ったのではないはずである。昼間の明るい時間帯だったら、問題なかった。それでも、浅薄な考えだったのはまちがいない。

       大沢池辺紅葉 H27.12.14

 おがくずではないが、私自身も同じような失敗をしたことがある。
 ある眼鏡フレームメーカーで、新しく作った金型の成型テストを行っていた。その場合、ときどきノズルの先から、高熱(エンプラだから200℃ぐらい)の樹脂の塊が排出される。その塊を不用意に、そのまま屑籠に捨てた。そのとき屑籠には、燃えやすいセルロイドの切削屑が、大量に蓄えられていたからたまらない。クズの下の方から、シュルシュルと異様な音がしたと思った時はもう遅い。およそ200ℓのコンテナボックスのなかのセル屑が、あっという間に炎の柱となって、天井まで燃え上がったのである。

 そのときの消火活動で、私は顔面全体を火傷して、イケメンランクが3段階低下。それでも他にけが人はなく、物的損害もあまりなかった。騒ぎで商品をひっくり返し、どさくさまぎれに踏み潰した人がいただけである。そばに燃えるものがなかったことと、近くの作業者が迅速に消火活動をしてくれたおかげである。

 このときも、まさか加熱した樹脂の塊が、発火のきっかけになるとは誰も想像していなかった。ちなみにセル屑は、おがくずより発火点が低い。もちろんそれ以降、発熱するものは燃えやすいものの近くにおかないなど、厳重な注意を払っている。

         東寺紅葉5重の塔 H27.12.14

 今回のイベント事故では、幼児が亡くなるという最悪の事態を招いてしまった。願わくばこのような火災事故が起こる前に、小さな失敗があればよかった。

 今回の事故を受けて、今後のイベントは止めるべきだという声は多い。
 しかし、事故はどのような場合でも起こりうる。大事なのはこの失敗を全国に共有化し、類似事故が起こらないように再発防止をはかることである。イベントを止めたらこのような機会が無くなる。

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大川小学校訴訟

 避難したために人が亡くなったとしたら、だれが責任を取るのか

 津波で亡くなった大川小学校の児童遺族が損害賠償を求めた訴訟では、遺族側が勝訴した。それに対し市や県は、控訴方針を決めたところ、遺族側は控訴断念を呼び掛けている。世論も遺族側に同情的である。

 小さい子供たちが亡くなってしまったのは、まことに無念である。まして亡くなった子供たちの親が、その悲しみを誰かにぶつけたいのはわかる。原因は大津波という大自然だから、そんなものに八つ当たりするわけにはいかない。勢い矛先は、当たりやすいところ、保護責任のある教師すなわち学校に向かう。
 たしかに、教員の避難判断の誤り、「裏山へ避難すべきだった」は正しかった。「裏山」にさえ登っていれば、ほとんどの児童は助かっていたはずである。

        タカス荘近隣海岸 H28.9.17

 しかし、そんなものは後知恵にしか過ぎない。あの時点で、ほんとに津波が来ると思っていた人はどれだけいたのであろうか。ほとんどの人は半信半疑で、まさかあれだけの大津波が来ると思っていなかった。だから2万人以上が、海にさらわれてしまったのである。あのとき冷静な判断ができなかったことを責めるのは、あまりにも酷である。

 それにもし、大勢が裏山に登ったのに、大津波が来なかったとしたらどうか。地震による山崩れや転落などで、児童数名が亡くなっていたかもしれない。それこそ確実に、教師側は責任を取らされる。


 一方、当時の福島第一原発の事故では、現場から5キロにある双葉病院の介護老人施設で、政府の緊急避難時指示のもと180人の入院患者が避難した。その結果、避難の身体負担に耐えられず、50人もの人たちが亡くなってしまった。このほかの施設でも、避難した老人が多数無くなっている。
 逆に、津波に襲われた宮城・岩沼の赤井江マリンホームでは、寝たきり老人は全員無事だった。まともに「避難」しなかったからである。

 つまり双葉病院の場合は、避難したために、大勢の人たちが亡くなってしまったのである。人数も大川小学校のときよりはるかに多い。それでもなぜか病院の責任を問う人は少ない。そしてこの場合、責任は避難した病院でなく東電側に押し付けている。

 したがって大川小学校の場合、学校側にすべての責任を押し付けるというのは矛盾している。人が抵抗できない自然災害での死亡事故に対し、たまたま居合わせた者に罪を押し付ける判決には、大きな疑問がある。

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大聖寺散策

 大通りから中に入ると古い街並みが続き、古すぎて今にも崩れそうな建屋も多い 

 今日、地域団体の行事で、大聖寺の街を散策した。この町は、汽車や車で通過することはあっても、今までじっくり歩いたことがない。じつは、近隣にそのような地域はたくさんある。
 大聖寺の初代藩主は、加賀藩3代目藩主前田利常の3男前田利治である(ややこしい)。つまり加賀藩前田家の分家となる。その後の歴代藩主が、茶の湯や能をたしなんでたことから、その名残が今も伝わっており、河原や大きな神社には能舞台が用意してある。

 古い街並み H28.11.06 寂しい街並み H28.11.06 長流亭 H28.11.06

 大通りから少し中に入ると、古い街並みが続いている。古すぎて、今にも崩れそうな建屋もいくつかあった。閑散とした家並みが並んでおり、われわれを除いて観光客はほとんど見かけない。街の人を見かけることも少ない。ボランティアのガイド氏も、久しぶりの仕事で戸惑っているように思えた。

 深田久弥文化館 H28.11.06 菅生石部神社 H28.11.06 九谷焼美術館 H28.11.06

 唯一興味のあったところが、「日本百名山」で有名な、「深田久弥山の文化館」である。
 深田久弥氏は、この大聖寺で生まれた。昨日私が登った富士写ヶ岳も、深田氏が愛した山の一つである。その生家は、いま商家として子孫の方が住んでおられる。この文化館では山の文学、小説、ヒマラヤ研究などについての品々や資料が展示されている。深田氏の自然に対する考え方、感じ方を伝える場である。館は明治期に建てられ、樹齢650年と言われるイチョウなど、巨木に囲まれた静かな環境にある。

 入館料300円を出す決心をして、中に入ろうと思ったら、トイレを借り外観だけ見て出発とのこと。団体での格安ボランティアガイド付き観光の限界であった。

晩秋の富士写ヶ岳

 これで、今年最後の登山が終了。行くとしても文殊山ぐらい

 昨年並みの紅葉を期待して、晩秋の富士写ヶ岳に登った。この山は、春はシャクナゲ、秋はそれなりの紅葉を見ることができる。昨年の秋(10月21日)来たときは、標高7~800Mあたりから、色づいたブナ林が見られた。とくに頂上直下の、黄色く色づいた林の中は、陽光とのコントラストが見事であった。

 駐車場の近くの吊り橋を、8時にスタート。途中、赤いTシャツ・短パンの2~30代の体格のいい女性に追い抜かれる。たしか丸岡から車道を走っていた女性である。駆けるように登り、あっという間に見えなくなった。その代わり、小松から来た熟年のおばさんにいろいろ話しかけられた。初めてこの山に登るという割には健脚である。登りながら話ができるのもすごいと思ったら、ときどきジムで鍛えているという。

 我谷コース登り H28.11.05 青空 H28.11.05 黄色いブナ林 H28.11.05 

 途中の紅葉は、まあまあであった。それでも昨年ほどではない。10時ちょうどに、頂上に到着。快晴の中に、初冠雪の白山から別山までの稜線が、くっきりと見えた。そして頂上には、真新しい銅製の方位盤が、きれいな御影石の台座の上に据え付けられていた。1トンはあるはずである。今年8月に設置されたらしい。いくらなんでも強力が運んだのではないであろう。

 それなりの紅葉 H28.11.05 前山から白山 H28.11.05 枯淵コース下りから九谷ダム H28.11.05

 下りは、久しぶりに前山を通って、久谷ダムへ降りる枯渕コースを選んだ。濡れて滑りやすい急坂を約1時間で下ると、初めて見る九谷ダムの真上に着く。美しいダムである。このダムは、周辺の景観になじむように、デザインの工夫がなされているという。曲面の美しさを演出し、中央の取水棟を頭に、鳥が羽を広げた形をイメージしているらしい。
 10年ほど前にこのコースを下ったときには、ダムは影も形もなかった。しかもあのときは、登山道はイノシシに荒らされ、迷いながら下った覚えがある。
 ここから、我谷コース吊り橋の駐車場まで、車道を4~50分歩く。

 とにかくこれで、今年最後の登山が終了。もし行くとしても文殊山ぐらいか。

ナチスの制服

 鉤十字マークや旭日旗が排除される理由は、その国が戦争で負けたことだけである

 「欅坂46」とかいうアイドルグループが、ハロウィンのライブで着た衣装が、ナチスの制服と似ているということで、批判を集めている。欧米などのネット上で非難されており、ついに米国のユダヤ系人権団体は、欅坂46のプロデューサーである秋元康氏とソニーミュージックに謝罪を求めたという。

 そういえば、よく似た騒ぎが日本の旭日旗でもあった。これにいちゃもんつける国は決まっている。何とかのユニフォームは旭日旗をモチーフにしたものだとか、イタリアの日用品のデザインが旭日旗に似ているなど、ほとんど言いがかりとしか思えないものであった。

 そこで今回の場合写真を見ると、たしかに「欅坂46」のステージ衣装は、ナチスの衣装に似ている。神経過敏な人たちにとって、とくにそう見えるであろう。鉤十字こそないが、帽子には鷲マークがある。ユダヤ人ばかりでなく、なぜか日本人の中にさえ嫌悪感を抱く人たちもいる(私自身は、デザインが良ければそれでいいと思うのだが)。いまは、だれかが不快になったり差別だと思ったことはしてはいけない時代だからであろう。

     たそがれのうば桜 H28.4.09

 しかし、大勢の人を殺戮したのがいけないのなら、ナチス・ヒトラーよりはるかに格上がいる。スターリンと毛沢東である。周知のように、スターリンは大粛清や飢饉などの虐殺で1000~2000万人、毛沢東は「大躍進」、「文化大革命」で3000~8000万もの人々を死に追いやった。ナチスの制服がいけないのなら、「鎌と槌」や「五星紅旗」の方が、はるかに忌み嫌われていいはずである。

 鉤十字や鷲マーク、旭日旗が排除される理由はただ一つ。その国が先の戦争で負けたことだけである。負ければ(勝つまで)永遠に叩かれる。だから戦争は、絶対負けてはいけないのである。

僧侶ビジネス

 私のようなバチあたり人間が増えれば、僧侶ビジネスは大繁盛する

 葬儀など、僧侶に払うお布施金額を明確にする動きが広がっている。
 それに対し、「なんでも商売にしてもうけるのは安易な世俗主義だ。」として、全日本仏教会の理事長である石上智康総長が憤っているという。総じて仏教界は、「宗教のビジネス化」と反発している。坊主丸儲けの味が忘れられないのであろう。

 しかし葬儀や法事などで、僧侶を呼ぼうとする人たちにとって、これまで不透明な価格は悩みのタネであった。悩むことが増えた現代において、こんなことで頭を使わされるのは御免こうむりたい。

     仏様 H28.10.09

 そもそも、葬儀や通夜などでの読経は、短ければ短いほどいい。長々と小難しい読経でイライラしたあげく、高額なお布施を払うのではたまったものではない。お経なんかより、演歌でも流してもらいたいくらいだ。

 この私のようなバチあたり人間が増えれば、僧侶ビジネスは大繁盛する。そして、私のようなものでもバチがあたらないよう、安心して「発注」できるようにして貰いたいものである。

すべては詭弁

 「護憲で平和」という詭弁がまかり通る日本ほど危険な国はない

 詭弁の中で最も多いのが、一部の事実をもって全体がそうだと思わせるものである。「性急な一般化」というらしい。これは、自分自身も騙される。

 たとえば、死刑廃止論者はその根拠として、「人を殺した人は、犯行時には死刑になるかどうか考えていないから、死刑は抑止力にならない」という。しかしこの場合、殺人一歩手前で犯行を自制した、殺人犯予備軍のことを考えていない。死刑があるから殺人を止めようと思った人は、無数にいるはずである。

 あるいは、「人を大事にする会社で、業績が悪い会社にお目にかかったことがない」という指摘がある。だがこれは、人を大事にしすぎる多くの会社は潰れてしまってすでに無くなってしまった、という別の事実を無視している。

           猫魂 H28.10.23
          
 さらに、「憲法9条のおかげでこれまで日本は戦争しなかった。だから平和憲法を持つ国は戦争しない」というのもおかしい。中国やロシア、アメリカがあんな巨大な国土を持っているのは、「平和」で無抵抗な近隣諸国を、無理やり犯してきたからである。これまで1国平和主義だった国は、日本を除いて無くなってしまった。日本も風前の灯である。
 それに、世界中のほとんどの国(150か国)は何らかの平和憲法を有している。だが、毎年いくつもの戦争が起こっている。

 これまで日本が主体的に戦争しなかったのは、アメリカの占領下にあるからである。アメリカが引けば、必ず近隣諸国に侵略される。日本における「護憲」はとんでもない代物である。
 このような詭弁がまかり通る日本は、じつは世界一危険な国だったのである。

自動車事故

 2度と悲惨な事故が起こらないためには、自動車をなくすしかない

 先週、横浜市の市道で、軽トラックが軽乗用車に追突して軽トラックが横転し、登校中の小学生の列に突っ込んだ。この事故で、小学1年の男の子が車の下敷きになって死亡した。近くにいた人は、母親が泣き叫びながら子どもの名前を呼んでいたのを目撃している。高齢の軽トラックの運転手は、車内でぼうぜんとしていたという。

 このような自動車事故で、毎年数千人が亡くなっている。数字よりも、事故で人が亡くなるときはそのたび、必ずこのような悲惨な出来事が発生している。
 2度と悲惨な事故が起こらないために、どうしたらいいか。
 根本的な解決法は、世の中から自動車を撤廃することである。まちがいなく、自動車事故はゼロになる。飲酒運転もやりようがない。

 それでも、自動車を完全になくそうという話など、聞いたことがない。いくら悲惨な事故が起ころうと、「2度とこのようなことを起こさないように」と言うだけである。
 なぜなら、いまの世から車を完全に追放したら、日本人の生活が成り立たなくなるからである。飛行機や鉄道以外、移動手段が無くなるとどうなるか。おそらく、日本の生産力は数分の一に落ち、食料生産や輸入もままならず、弱者からバタバタと亡くなっていくに違いない。みるも悲惨な状態になる。
     
        昼顔 

 ところがなぜか、原発事故になると話が変わる。
 腑に落ちないのは、事故で直接亡くなった人はいないのに、原発をなくしてしまおうとする人が大勢いることである。原発が無くなれば日本はいずれ、立ち行かなくなることは目に見えているのに。誰かが何とかしてくれるという、甘い考えに浸っている。

 世の中は、現実の危険源より、幽霊のようなイメージだけで重要なことを決めようとする人の方が多い。その方がよほど恐ろしい。