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分担金や募金・寄付金の怪

 いったんしくみとして組み込まれてしまうと、シロアリの生活の基盤になり、無くすことができなくなる

 昨日につづき、自治会長の愚痴。
 自治会長の仕事の一つは、分担金や寄付の集金である。これらは税金でなく、法律で決められているわけではない。赤い羽根・緑の羽根等の寄付金、体育協会・社会福祉協議体などの分担金、神社の氏子としての分担金や賛助金、障がい者福祉のための物品購入依頼など、その他わけのわからない寄付金や分担金の集金依頼がつぎつぎ来る。

 今回は、熊本地震の寄付金の依頼である。
 交代制での自治会長は、わけがわからないので、言われるままに支払っている。

 そもそもこれらの寄付金や分担金の徴収が、なぜ町内会に依頼されるのか。
これらがいったんしくみとして組み込まれてしまうと、そこにはびこっているシロアリ連中は、それが生活の基盤になってしまう。赤い羽根募金のかなりの部分が、その既得権益者を太らしている。
 募金者の真意を踏みにじっているだけに、ヤクザのみかじめ料よりたちが悪い。
 
 そこで私が自治会長のときには、寄付金などは一切支払わないことにしている。
 ・・というわけにいかないところが、ブラックである所以である。
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地域活動はどこまでやるか

 地域活動のブラックぶりを乗り越えるには、「断る力」と「面従腹背」をうまく組み合わせる必要がある

 もうすぐ区民体育祭。例年この時期は最高に忙しい。地域の体育長役が終了しても、自治会長や区長として、何かと駆り出される。間の悪いことに仕事も立て込んできた。目の前にやることが山積みになると、パニックになってイライラする。

 もしかしたら地域活動こそ、最大のブラックではないか。大学もひどいが、地域活動は住民としてそこにいる限り、終わりがないからである。
 
 もっとも以前は、地域の役が振り当てられても、集会など半分も出なかった。面従腹背である。中途半端に参加してきたから、いつまでたってもなじまない。100%何もしなければよかったのかもしれない。
なぜか年取ると、そのような厚顔無恥な行為はできなくなってきた。

 ビジネスでは、「断る力」が必要である。
 地域活動のブラックを乗り越えるためには、「断る力」と「面従腹背」をうまく組み合わせなければならない。まだそこまでの知恵はついていないから、難しい。

事実はもっと恐ろしい

 現実の世界では、「専門家」が想像できない、もっとすさまじいことが起こっている

 65歳の義父と娘が、2人の間で生まれた子を殺害し、逮捕されたという事件があった。娘の母親は娘を連れて義父と再婚し、事件当時も3人で暮らしていた。娘は義父に性的な関係を強いられ、2014年の夏に糸魚川市内の自宅で、娘が出産したばかりの男児の首を刃物で切って殺害したという。

 まさに「事実は小説より奇なり」である。小説は作者の頭の中だけでも、こちらは現実の世界である。それに真実は闇の中。ほんとうはもっとドロドロした関係があったかもしれない。

 しかも今回はたまたま、娘が家出し知人に相談したことから発覚したに過ぎない。現実の世界では、もっとすさまじいことが起こっている。その100倍もの事件が闇から闇に葬られているに違いない。知らないだけである。

 同じようなことは、放射脳患者にも言える。
 昨日原子力規制委員会は、志賀原発の敷地内断層について、「活断層」とした専門家調査団の評価書を、受理し確定した。このままでは、せっかくの貴重な財産である原発が廃炉になる。

 規制委員会や「専門家調査団」は、ありもしない目先の恐怖に駆られている。そのため、活断層破壊による原発事故なんかより、何万倍もの脅威を見逃す。そもそも「専門家」ほどいかがわしい人種はいない。

がんもどきは悪魔か

 医師への不信感が払しょくされない限り、がんもどき理論は支持を持続する

 近藤誠氏のがんもどき理論に対し、外科医の大場大氏は、VOICE4月号に「がん放置理論の蔓延は悪魔の沙汰」という記事を書いて反論している。
 ものごとは白か黒で割り切れるものでないので、どちらが正しいかはよくわからない。それでも、大場氏の記事を読む限り、近藤氏の方に分があるように思える。

 なぜなら、この反論記事で大場氏が近藤氏に対し行っているのは、ほとんど人格攻撃である。

①川島直美さんへの思想押しつけは、倫理的に大きな問題を孕んでいる
②結論ありきの近藤理論は、すべて予定調和式である
③近藤氏の言説を妄信したため、本来救えたはずの命が救えなかった例は多いはず
④医師による治療は危険だというだけで、なにひとつ責任を負っていない
⑤近藤理論に従えば、がんを見逃してがんで死なせてしまった医者は免罪される
⑥近藤理論は、科学論文というエビデンスレベルに至っていない
⑦論理的に実行できないことを問うことで、ディベートに勝つことだけを目指している
⑧近藤医師の臨床姿勢は、とにかく患者に冷たい、というエピソードがある
⑨近藤理論とは、がん患者を点で裁いてしまうディベートゲームである

 大場氏は、「近藤氏は自分に都合のいいデータや理屈ばかり取り上げるか、都合の悪いことは伏せておくか因縁をつけている」という。だが、そんなことは理論を構成する上で、当たり前である。この記事では、大場氏も同じようなことをやっている。
 
 また大場氏は、胃がんと診断された患者に対し、「放置か手術かどちらかを選べ」というのは残酷だという。しかし近藤理論によれば、そもそもがんの診断を行った時点で、すでに泥沼に足を踏み入れている。がんを放置しておいたときのデータなど、いくら探してもない。医者が見つけた段階で、すぐさま何らかの処置をとってしまうからである。がんもどき理論のように、初期がんがいつの間に消えてしまったとしても、それを証明するすべはない。
 だから近藤理論は怪しいが、それが絶対に間違いだと証明することはできない。

       怪しい

 ここで重要なのは、いくら大場氏ががん治療の正当性を強調しても、患者には根強い医師への不信があることである。この不信感が払しょくされない限り、いくら怪しくても近藤氏のがんもどき理論は、一定の支持を持続していくに違いない。

震災詐欺

 多少の寄付金を出すより、税金を誤魔化さない方がよほどいい

 東日本大震災のあと、復興のための寄付を呼び掛ける偽電話が全国的に発生した。仮設トイレを設置するなどという、架空の復興事業への投資話で、現金をだまし取った詐欺事件も発生しているという。

 今回の熊本地震でも、自宅を訪問して耐震診断や修繕がと称し、金をだまし取る手口が懸念されている。すでに不審電話も数件発生しているそうだ。

 そういえば、最近私のところにも、寄付の依頼が相次いでいる。もちろん、まったく知らない人からそんな話があっても受け付けない。ただ、知らないところからではないので、放っておくわけにはいかない。
 じつはそんな怪しくないのが一番危ない。

 そもそも寄付金といっても、いったいどこへ渡るのか。直接渡すわけではないので、闇から闇である。たいてい、ほんとに困っている人のところにはいかない。自己満足で終わるくらいならしないほうが良い。多少のはした金より、今回も補正予算で3000億円つぎ込んだ。被災者が100万人いるとして、一人当たり30万円である。

 多少の寄付金を出すより、税金を誤魔化さない方がよほどいいと思う。

北海道補選結果

 人々の心の99%の関心事は、自分の豊かさがどうなるかである

 衆院の北海道5区補欠選挙で、自民新人の和田氏が野党統一候補の池田氏を破り、当選した。「革新系」の跋扈する北海道の一人区で、自民党が過半数を獲得したということは、「野党共闘」が実らなかったことを意味している。

 そもそも、「反安保」だけで共闘を組むのはばかげている。昨年決まった安保法制にしても、まだまだ生ぬるい。こんなものにさえ反対して、日本を一体どう解体しようとしているのか。まともに考える人は、「野党共闘」を危険思想とみなす。

 それに、有権者の関心事は安保法制だけではない。むしろそんなものは全体の1%にも満たない。人々の心の99%の関心事は、自分の豊かさがどうなるかである。それが、さもしい民主主義の本質である。

 もっとも、野党共闘で敗れたほうも、得票率は40%を超える。今回当選したほうも、絶対的な支持を受けたわけではない。選挙とはそういうものである。

シャクナゲの富士写ヶ岳

 晴天の日曜日、富士写ヶ岳(941M)に登った。昨年通った大内コースから火燈山(801M)の周回コースを、今度は火燈山からの逆コースをたどる。火燈山は標高こそ低いが、シャクナゲの数が多い。昨年は不作だったので今年は当たり年。

  女王 H28.4.24 小倉山下りから富士写が岳 H28.4.24

 このコースは、全長約9キロでコースタイムは5時間。
 駐車場から火燈古道を経て火燈山頂上まで、およそ1.5時間。登り始めて1時間ほどで、シャクナゲがちらほら見える。

  シャクナゲ群生 H28.4.24 どれもきれい H28.4.24

 火燈山から小倉谷山、そこから富士写ヶ岳までの稜線は、シャクナゲとタムシバが狂乱している。小倉谷山から200mほど下ってやっと登り終えた山頂は、3つの山道からの登山者で、腰を下ろすところもないほど。
 富士写ヶ岳からの下りも、見ごたえのあるシャクナゲ群生が見られた。

  シャクナゲの群れ H28.4.24 天国の生き仏 H28.4.24

 春霞(実態は黄砂とPM2.5)で稜線からの眺めはいまいちでも、そこそこの花見日和であった。景色は秋、花は春。

三菱自動車不正

 自分で計算して申告させるという当局の手抜きが、多くの罪人を生んでいる

 先週、三菱自動車は、燃費試験データを不正に操作していたことを発表した。燃費性能を求めるため走行抵抗値を甘くする操作が行われたという。初めに想定した燃費値を達成できず、燃費競争の中で販売に大きく左右するカタログ燃費を少しでも良く見せるために不正がおこなわれたといわれている。

 これに対し世間では非難一色である。もう三菱はダメだという。たしかにいいことではない。表だって擁護することはできない。

 しかし私には、なぜそれほど問題になるのかよくわからない。
 もともとどの車も、燃費はカタログ値とまったく違う。私がいま乗っているベリーサは、カタログ値18㎞/ℓに対し、その半分以下、いいときでも10~11㎞/ℓしか走らない。これまで乗ったすべての車も、似たり寄ったりであった。程度問題であって、燃費を意図的によく見せようとしていないメーカーなどない。世の中ことごとく、狐と狸の騙しあいである。

 燃費は台車の上に試験車両を乗せて走らせて求めるという。燃費に大きな影響を与えるのが走行抵抗であって、そのデータを提出するのは、メーカーの責任である。個々の段階で、自分に有利なように解釈してしまうのは、生物の本能である。

 それに、三菱を非難する人たちに、そんな資格はあるのか。税金の計算をしている人たちも、100%正確な申告をすることなどありえない。たいていは、自分に有利な解釈で計算している。
 自分で計算して申告させるという当局の手抜きが、多くの罪人を生んでいるのである。

地磁気の逆転

 われわれ地球人は、きわめて微妙な空間環境に支えられている

 地球の磁場を「地磁気」と呼ぶ。地磁気は、地球内部核の対流、太陽活動、地殻の活動など、地球環境の変動に応じ刻々と変化を続けている。

 そしてこの地磁気は、われわれが生きていくうえで大きな役割を果たしている。図のように、宇宙空間に広がった地球磁場は、太陽から放出された高エネルギー粒子(太陽風)の影響で、太陽と逆側に吹き流された形をしている。この地球磁場が支配する領域を磁気圏といい、地球は高エネルギー粒子の放射線に直接さらされずに済んでいる。

       地磁気逆転気象庁HPより

 その地場の強さが、減少を続けている。少なくとも最近200年間で10%減っている。このまま地磁気がなくなるかわからないが、何らかの異変がおきていることは間違いない。

 地球磁場の歴史の中では、いつも磁石のN極が北極方面を指していたわけではない。磁極が入れ替わる地球磁場の逆転が、この360万年の間に11回もあったことがわかっている。最も新しい逆転は78万年前だから、今その渦中にあると考えてもおかしくない。その変化は、あるとき急に起こる。
 そうなると地磁気が逆転する数年間~数千年の間、地球は強烈な放射線にさらされる。原発事故何万回分にもなる。われわれ地球生物の生命は、きわめて微妙な紙一重の空間環境に支えられているのである。

 そしてこの変化に対して人類が生き延びるためには、放射線に強い遺伝子を持った子孫を残す必要がある。年間100ミリSV程度ではまだまだ弱い。

被災時の段ボール製品

 避難所生活することになって一番重宝するのが、快適なトイレである 

 災害時の避難所にいる人々に対し、各種段ボール製品が開発されている。越前市の段ボールメーカーでも衝立や椅子、寝台などの避難所用製品を作っている。

  たとえば段ボールベッドがある。この利点は、

 ①安くて簡単に作れる
 ②空気の層があるので暖かい
 ③収納箱にも使える
 ④廃棄が簡単
 ⑤振動を吸収できる

 しかしこんなかさばる物を、災害に備えて保管しておくわけにはいかない。折りたためるといっても、一人あたりの分量はそれなりの体積になる(人間一人分くらい)。したがって、避難所が作られたとき、素早く生産し、そこへ送り込む仕組みが必要である。
 これは、段ボールメーカー単独では難しい。横浜市など、先進的な自治体ではすでに取り入れている。熊本では、うまく機能していたのだろうか。

               うんち

 そしてなんといっても、避難所で一番困るのはトイレである。熊本県益城町の避難所にある5つの仮設トイレは、数百人が使うので20分以上も並んでいるという。そのうえ不特定多数が使うトイレは、これまで「清潔」な暮らしをしてきた人たちには耐えられない。

 そこで、段ボールで家族別あるいは個人別のトイレをつくり、「排せつ物」だけを家族単位で集積所へ運ぶようにしたらどうか。すでに簡易洋式トイレはいろんなタイプが市販されている。せいぜい一坪くらいの静寂な場所が確保できればいい。そこへ各自が個人用トイレを持ち込んで、ゆったりと用を足す。

 避難所で生活することになったら、一番重宝するグッズである。それほどかさばるものでないので、ぜひ購入しておきたい。これこそ「自助」である。

アメリカ大統領の広島訪問

 日本人は、米国の代表が哀悼を感じてもらえるだけでいい

 先週、G7の外相会合が開催された広島の平和記念公園に、アメリカのジョン・ケリー氏が国務長官として初めて訪問した。原爆資料館も訪れたという。オバマ大統領も広島訪問を検討していると聞く。

 もちろん、アメリカの保守層の反発は大きい。多くのアメリカ人は、いまでも原爆投下の正当性を信じている。

     火燈古道シャクナゲ H27.4.26
 
 しかし日本人は、米国の代表が哀悼を感じてもらえるだけでいいのである。
 アメリカの大統領や大臣が広島を訪問した後で、「アメリカは過ちを認めた」とか「被爆者に補償しろ」、「慰謝料を払え」などとは、口が裂けても言わない。天皇がいつも国民の安寧を祈念されるだけで、安心して暮らせるのと同じことである。

 まさに心の問題である。この点は中国や韓国とはまったく異なる。
 アメリカ大統領には、安心して広島を訪問していただきたい。

尿飲料

  これをきっかけに、新たなビジネス展開がうまれるかも

 先週青森で、尿入りのペットボトルを、コンビニエンスストアのドリンクコーナーに置いて、来店者に購入させた疑いで、37歳の農業手伝いの男が逮捕された。陳列されたのは茶に見せかけたペットボトルで、購入者が口に含んで異常に気付いたという。

 聞いただけで、気持ちの悪い事件である。
 騒げば騒ぐほど模倣犯が現われる。それに、お茶に10%ぐらい混ぜてもわからない。買った人は気付かないで飲んでしまう。冷えていればなおさらである。これで愉快犯が出ない方が不思議である。ニュースに出ないだけで、これまでも販売されていたに違いない。

        怪しい

 もっとも尿入りお茶も本物のお茶も、成分は変わらないのではないか。もしかしたら尿入りの方が、健康増進になる。もともと人間心理には、便や尿に近いイメージのものほどおいしく感じるという本能がある。尿に近いお茶や、便色に近いカレーライスがおいしいのはそのためである。味噌汁もそうだ、

 この場合の商品販売のコツは、直接尿や便という言葉を使わずに、そのイメージをおいしさに導くことである。そして好きな人のだったら、100万円だしても欲しいという人はいる。
 これをきっかけに、新たなビジネス展開が生まれるかもしれない(変態ビジネス)

柔道に情けは無用

 相手の弱い所に自分の強い所をぶつけてこそ本当の勝負師

 リオ5輪の代表選考会を兼ねた全日本女子柔道選手権で、山部選手が優勝し、78K超級の代表に選ばれた。この試合では、優勝候補の田知本選手が左ひざを負傷し、山部選手はそれに付け込んだ形となった。思い切り左ひざを蹴りに行っているし、相手が崩れたのをみてすかさず押し倒している。勝利が決まったとも、負傷した相手を気遣う様子は見せなかった。

 これに対し思い出すのは、男子柔道の山下泰裕選手が金メダルを獲得した1984年ロサンゼルス5輪の決勝である。2回戦で右足ふくらはぎに肉離れを起こした山下選手に対し、対戦相手のエジプトラシュワン選手は、直接山下の右足を狙わなかったことから、フェアプレーの精神を称えられた。

 単純にこの2つを比べると、如何にも今回の山部選手は、人の弱みに付け込んだずるい勝ち方をしたように見える。また無理やり押し倒したため、相手のけががひどくなったようにも思える。どうせ勝つのだから、もっと負傷した相手を気遣うふりをしたほうがよかったのではないか。口には出さずとも、試合を見ていた多くの人は、山部選手に対し良い感じは持たなかったはずである。


 しかし柔道は、その普通の感覚とは違うのだという。
 ロス5輪のとき山下選手は、「ケガした右足を気遣って、右の技をかけなかったというのは事実ではない」「右払い腰を仕掛けようとした時、ラシュワンは右足に技を仕掛けている」「相手の弱い所に自分の強い所をぶつけてこそ本当の勝負師。自分も、得意技が相手が痛めた所を攻めるような技であれば、遠慮なくそこを攻める」と語っている。
 それゆえ柔道は、他のスポーツとは一線を画しているのかもしれない。

九州の大地震

 良寛のような心境に到達するまでには、まだまだ日本人の修行は足らない

 熊本の地震が止まらない。
 14日に続き16日未明に起こったほうが、最初の震度7のものに比べて20倍ものエネルギーがあり、その「本震」での死者の方が多い。しかもこれに触発され、大分まで地震が発生している。活断層がドミノ倒しになって、日本列島を縦断すると脅す人もいる。さっそく「放射脳」患者は、原発を止めろと騒ぎ出した。

 恐ろしいのは、地震に対する常識がひっくり返ってしまったことである。
 日本にいると年に数回、体に感じる地震を体験する。これまでは、「地震は最初の揺れが一番強い」という常識によって、最初の揺れが収まった段階で、それ以上強いのはこないと思い安心していた。これが覆されると、常に恐怖のどん底にいなければならない。
 そのため現地では、ショックで亡くなった人もいると聞く。 
         
             P1250659.jpg

 しかし、日本ではこのような災害は必ず発生する。それも思ってもいなかったところである。過去の阪神淡路や東北大震災、今回の熊本もそうである。我々は、一生のうち一度も災害に遭わないほうが幸運だと思ったほうが良い(時の政権によっては死者の数が大幅に増えることはある)。地震以外に、台風、洪水、大津波、噴火、地滑り、豪雪、雪崩、竜巻、干ばつ、冷夏、地盤沈下、北朝鮮暴発・・など数え上げたらきりがない。隕石衝突、地磁気逆転、太陽異常、ゴジラ襲撃など、これまで想定していなかった災害が起こる可能性もある。

 したがって我々は、常に災害に遭うことを考えていなければならない。
 個人では、破壊されてもすぐ回復できるような、シンプルな住まいづくりを行っておく。行政では、過去のしがらみを払拭し、人口減少のためのまちづくりである。これらは災害が起こってからでは遅い。

                良寛様

 ほんとは良寛のように「災難に遭う時節には、災難に遭うがよく候。」という心境に到達したい。だがここに至るまでには、まだまだ日本人の修行は足らない。

地域での防災活動

 つまらないことでも、話し合いの場を持つことが「共助」の基本になる

 熊本の地震ではこれまで8名の死亡が確認され、まだ30名近くが生き埋めになっているという。先ほども、『家屋の下敷きになっている90歳の老婆を救出中』というニュースが入っていた(これが3歳の幼児なら、救出にも力が入るのだが)。

 ところで、災害があったとき身を守るのに、自助、共助、公助という3つの段階がある。自助は自分や家族で身を守ること、共助は近隣地域や企業間でともに助け合うこと、公助は行政による救助や支援のことである。

 ここで難しいのは、「共助」である。『町内会や自治会などの小さな地域コミュニティ単位で、防災としての助け合い体制を構築する、また災害発生時に実際に助け合う』といわれても、実際に何をすればいいかわからない。
 わざわざ「共助」と言われなくても、地震で倒壊家屋の下敷きになった人(年齢制限がある)がいたら、その辺の人をかき集めて必死に掘り起こすのは当たり前である。洪水で人が流されて来たら、見て見ぬふりはできないであろう。一方で津波の時は、我先に逃げるのが原則であって、「共助」していたら共倒れになってしまう。

 調べてみると、じつは共助に関しては、内閣府が「地区防災計画制度」を制定していた。このややこしい内容の「計画」を、どのように具体化するのであろうか。

 昨日行われた区長会の防災議題では、このような本質的なことが話し合われず、(パーキンソンの法則どおり)町内防災会長の任期のことばかり集中していた。
 もっとも、こんなことでも話し合いの場を持つことが、「共助」の基本である地域コミュニュティを高めることになるのであろうか。

町内自治会の謎

 会員が少なくなるのに会費を値上げするのが、最大の謎である

 また面倒な配付物がどっさり配達されてきた。
 今年は町内自治会長と合わせ、地域区長という大役を仰せつかったため、こんなことばかりしなければならない。誰も読まない印刷物を、作るほうも大変だが、末端で配る人の労力は無視されている。まさにムダの権化である。

 日本には、町内自治会というものがあり、ほぼ半強制的に加入させられる。自治会では、市や団体からの印刷物配布や清掃、体育祭の運営、ゴミ収集の連絡、それに災害時の対応など、行政の末端組織としての役割を担う。町内会の情報交換は回覧板で行われている。そのうえ定期的に、自治会長や会計などの役目を担う。
 任意団体だから、強制的ではないはずなのに、ほとんどの住民は入っている。自治会の目的は、「自分たちの済んでいる地域を、自分たちでよくしよう」ということであろう。ほんの町内だけのことなら大したことない。

 だが自治会長あたりになると、学区全体の仕事が入ってくるからややこしい。
 私の学区では、体育祭や文化祭、何とか祭りなどのイベントから、社会福祉協議会とか社会教育会(いまだにその違いが分からない)、公民館行事などがある。これらは、ほとんどの住民には関係ない。子供でもいれば別であるが、たいてい棺桶に片足突っ込んだ高齢者である。何も言わず自治会費だけは納めてくれても、行事に参加したり、ましてや役を務めてもらえることなどあり得ない。

 そして高齢者ばかりだから、ポツリポツリといなくなる。会費を納める人が減るから、各団体の収入も減る。会員が少ないのだから会費も少なくていいはずなのに、値上げする。これが今年最大の謎である。


 そして、こういう隙を狙って大災害が発生する。熊本は大丈夫だろうか。

ややこしい補助金制度

 わけがわからないものを、制度的に整合性を持たせている

 27年度補正予算における「ものづくり補助金」の申請が締め切られた。この補助金は、平成24年度補正から始まり、その名称は微妙に変化してきた。
 24年度補正のときは「ものづくり中小企業・小規模事業者試作開発等支援補助金」、25年度補正「中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業」、26年度補正「ものづくり・商業・サービス革新補助金」と変わり、今回の27年度補正では、「ものづくり・商業・サービス新展開補助金」となっている。

 すなわち当初の24年度補正では、おもに製造業者に対する開発費用や設備投資であった。それが25年度補正からは、対象範囲が広くなり、さらに「革新」の名称が加わった。それが今回は「新展開」である。

 名前の変遷は別にして、たいていの補助金事業では「革新性や新奇性」が求められる。ものづくり補助金も、申請企業は事業の革新性ねん出に苦労している。同じような「革新」事業が他に申請されても、申請した本人にはわからない。その上審査する人によって、まったく見解が異なるからますますややこしい。

 さらにこの事業は、「ものづくり技術」と「サービス革新」との2分野がある。
 つくる技術が革新的な場合は「ものづくり技術」、製品やサービス内容が革新的な場合は、「サービス革新」というわけでもなさそうである。すべての事業はサービス業である。いくら優れた技術でも、製品やサービスに反映しなかったら意味がない。「技術」を限定してしまっているのも、いかにも役所らしい。

 良く考えたらわけがわからないものを、整合性を持たせて取り繕うのが、お役人の真骨頂なのであろう。

NIMBYでもいいことがある

 このような抵抗がなければ、日本中すべての子供が入れるまで、保育園をつくっていた

 「施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には建てないでくれ」などと主張し、建設や誘致の反対運動することを、NIMBY(Not In My Back Yard)という。原発や沖縄基地だけでなく、廃棄物処分場、下水処理場、食肉処理場、石油などの備蓄基地、火葬場、グループホーム、精神病院など、何でもありである。

 先日は、千葉県で4月に開園予定だった私立保育園が「子どもの声でうるさくなる」などと近隣住民から反対されて建設を断念した。東京都の調査では、子供の声がうるさいという近隣住民の苦情は、70%の保育園で発生しているという。
 「保育園落ちた死ね」という輩と、目くそ鼻くその争いである。
 もちろん世間の声は、「子供の声がうるさい」と騒ぐジジ・ババに対してのほうが、冷たく厳しい。

      たそがれのうば桜 H28.4.09

 しかし世の中の風当たりにもめげず、NIMBYを主張している高齢者には、もう少しがんばってもらいたい。おかげで、無制限に保育園が増殖していくのだけは食い止めることができそうだからである(保育園の需要増大と、最近梅毒患者が増えたことの因果関係もあるはず)。

 このような抵抗がなければ、日本中すべての子供が入れるまで、保育園をつくり続ける異常なことになっていた。なにしろ日本の政策は、一旦始めたら止まらない。これまでの大学や病院の増設をみたらわかる。
 さもしい民主主義NIMBYにも、いいことがある。

サービス業の平準化

 店内の様子を動画でライブ発信すれば、お客の人数が均等化され双方が満足する

 スナックなどサービス業は、お客が入らなければ困る。かといって、入りすぎても困る。限られたスタッフではとても対応できず、顧客不満足が発生する。
 一時のピークをセーブしながら、どのようにして稼働率を高めていくかが、経営上の課題であろう。お客が増えるほど、お客自身の満足度が低くなるという、サービス業のジレンマである。

 これは、客の立場からもいえる。
 勇気を振り絞って店に入ったのに、満員では面白くない。隅のほうで一人、焼酎の水割りを飲むくらいなら、家のほうがいい。お店ではいくら混んでいても、グラスに焼酎を継ぎ足すのだけは忘れない。座っているだけで、自動的にアルコールが喉に流し込まれる。
 時間がたつほど量が進み、2日酔いになるのは必然である。もちろん目をむく料金請求がつく。こんなばかばかしいことはない。

   美人ロボット H27.10.9

 だから、店に入ろうと思ったとき、その店の込み具合が分るようなしくみがあるといい。
 たとえば、店内の様子を動画でライブ発信する。パソコンやスマホで状況が視認できるため、お客は店に入るタイミングをはかることができる。見られたくなければ、店にいるお客の顔はぼかせばいい。下半身だけのライブもよし、単に人数だけをリアル発信してもいい。ガラガラでは入りにくいから、客席に美女マネキンでも座らせておけば、効果抜群である。

 こうすればお客の入り具合が平準化でき、お客とお店の双方にとってメリットがある。
 私が考えるくらいだから、このようなアプリなど、探せばいくらでもある。使いやすい仕組みを作ればいい。問題なのは、入りたい店がそのようになっていないことである。

放射脳患者につける薬

 人々は昔からほんとの恐怖には目をそむけている

 Asukaさんという人が、4月6日にこんなツィッターを発信し、評判になっているという。

≪日本国
昔からこんな国だった。
1970年「有機水銀はただちに健康に影響は無い」→水俣病
1980年「アスベストはただちに健康に影響は無い」→アスベスト問題
1985年「非加熱製剤はただちに健康に影響は無い」→薬害エイズ
2011年「放射性物質はただちに健康に影響は無い」→今ココ≫

 何でもかんでも放射線のせいに結び付ける「放射脳」患者が、なかなか減らない。患者の病は直さなければならない。
 そこでこんなのを紹介したい。どう考えても、こっちの方が一般に信じられていた。

≪日本国
昔からこんな国だった。
1970年「ダイオキシンは史上最大の猛毒である」
1980年「PCBと水銀で海が汚染され魚がいなくなる」
1985年「不治の病エイズで人類が滅びる」
1999年「恐怖の大王があらわれ世界が滅亡する」
2011年「放射能でがんが多発、奇形児だらけになる」≫

 その他に「環境ホルモン」、「砂漠化」、「オゾン層破壊」、「鳥インフルエンザ」、「エボラ出血熱」などが騒がれ、いまにも人類の終焉が迫っていると思った人は多いのではないか。

        悪霊の憑いた放射脳患者のお祓い

 しかしほんとに怖いのは、大隕石の衝突や地磁気の消滅・変換、気候変動、人類増による核戦争などである。さらにいま現実に人が死んでいるのは、飢飢や細菌・ウィルスによる病気、貧困による殺戮・自殺である。人類がアッという間にいなくなってしまう本物のリスクは、他にいくらでもある。

 これらは、チマチマした放射能なんかより、はるかに深刻で現実的である。がんなどというのは、長生きする人のぜいたく病である。日本だけでなく世界は、昔からほんとの恐怖には目をそむけている。

禁煙10年

 もう愛煙家にはなれず、人生の楽しみを一つ失ってしまった

 煙草を辞めて10年になる。それまでは毎日20~30本吸っていた。高校卒業以来だから喫煙歴40年になる。あるとき、咳が止まらなくなった。夜中にひどく咳き込み眠れない。さすがにひどいので、少しづつ減らした。禁断症状は最初の数年。今はほとんど吸わないし、吸いたくもない。

 それ以前禁煙したときは、長くて数か月、たいてい数日で挫折。とくに飲酒時の煙草は抜群にうまかった。3~40代までは、煙草を吸おうが止めようが体調に変化はなかった。とくに40代で会社経営したときは、ストレスで1日中煙草を吸いまくった。そうしなければ、狂っていた。
 
          ヒトの展示 2

 だから煙草の香りは嫌いではない。人が吸っていても気にならない。いまでも年に数回、貰い煙草をする。だが1本吸っただけで夜中に咳き込み、黄色い痰が出る。これではもう愛煙家にはなれない。人生の楽しみを一つ失ってしまった。まだ大麻は吸ったことない(あとは酒?)。

 このまま死んでいくのは、いかにもつまらない。70才過ぎた高齢者には、すべての麻薬を解放したらどうか。禁止するから麻薬の値が吊り上って、北朝鮮がのさばるのである。

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違法賭博はなぜ悪い

 バトミントン選手の二人には、身を賭して世に問題提起したということで、金メダルをささげたい

 バドミントンでリオ五輪の金メダル候補と見られていた桃田賢斗氏と、ロンドン五輪代表の田児賢一氏が、東京・錦糸町の違法カジノ店で賭博をしていたことが判明し、出場は絶望的になっている。
 たしかに「違法」賭博は、違法である。
 それなら5輪以前に、なぜ刑事罰を与えない。

 それに、合法賭博ならいいのか。競馬、競輪、ボートレース、パチンコ、宝くじなど、身の回りには博打場がいくらでもある。株の売買も立派な博打である。
 これらを仕切っている人たちが「清貧」なら何も問題ではない。

            怪しからん

 しかし、パチンコは日本に対するアヘン攻撃と同じである。宝くじに至っては、客への配当額より胴元の取り分の方が多い。競馬、競輪でさえ、2~3割は経費として主催者が取る。さらに彼らは、自分たち以外の賭博を違法とすることによって、独占的な利益を得ようとしている。彼らの方が、違法賭博の胴元よりよほどあくどい。
 この「合法」賭博にはまり、どれだけの人が借金地獄の中で死を選んだことか。

 また一昔前までは、職場や町内で当たり前のように、高校野球博打を行っていた。賭けマージャンも普通である。暴力団が介在する場合でも、胴元の取り分はせいぜい1~2割と「良心的」であった。

 したがって、すべての賭博は禁止する。あるいはすべて合法としたほうが良い。今のような中途半端が一番いけない。限定して違法にするから、合法・違法を問わず、闇の利権集団がはびこる。
 バトミントン選手の二人には、身を賭して世に問題提起したということで、金メダルをささげたい。

大切にしたくない会社

 ほんものの「ブラック」は、大学だったのである

 「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者である坂本光司氏(法政大教授)は、人に対する経営を最重要視している。坂本氏の言ういい会社とは、人を大切にしている会社である。平均より高い賃金を払い、労働時間は短い。リストラはしないし、障がい者もたくさん雇う。
 そこで彼は、その著書の中で、経営の目的に、つぎの5つを挙げている。

①社員とその家族を幸せにする
②外注・下請企業の社員を幸せにする
③顧客を幸せにする
④地域社会を幸せにする
⑤結果的に株主の幸せ
 ・・・美しい言葉が並んでいる。

 しかしこれができるためには、それなりの利益を出せる会社でなければならない。この①~⑤だけで、直ちに会社に利益をもたらすことはあり得ない。従業員の待遇をよくし、モチベーションを上げても、それが利益に結びつくまでには時間がかかる。多くの会社はそれまで持たない。金がないのに従業員に気を遣いすぎ、会社を窮地に追いやり、自ら命を絶ってしまった経営者を何人も知っている。
 すべて、経営者の能力にかかっている。

 現実には優れた経営者は一握りしかいない。だから、並みの頭脳を持ったやる気のある経営者は、つい「ブラック企業」を目指す。あるいは「ブラック」と言われないよう、気を遣いながらなんとか経営をやりくりしている。

          怪しい

 では、ほんものの「ブラック」とはどこか。
 坂本氏は法政大の教授である。すなわち坂本氏の業績、多くの研究実績は、周囲の研究者や学生たちの協力に負うところが多い。その坂本氏は、学生たちに高給を払っているはずがない。むしろ多額の授業料を受け取っている。客観的に見たら、これこそ「ブラック」ではないのか。考えてみれば、すべての大学は同じような仕組みで動いている。

 お金を取って学生をこき使っている大学に比べれば、ユニクロやワタミなど可愛いものである。じつはほんとの「ブラック」は、大学だったのである。

サルとレミング

 スマホやケータイで集まった、何万という集団はサルだった

 世の中は、自分の思い通りになることはきわめて少ない。その大きな要因が、コミュニュケーションの食い違い、いわゆる「誤解」である。

 西成活裕氏(東大教授)の「誤解学(新潮選書)」と言う本がある。西成氏は、それまでの「渋滞学」、「無駄学」とあわせ、3部作とした。各所に、I・M・V・U等の記号が入っているので、(短期記憶の衰えた)年寄にはついていけない。それでも、ざっと読んだ限り、当たり前のことを学者らしくまとめてあり、結構おもしろかった。

 とくに最後のところで述べている、「科学技術と便利さの誤解」については思い切り納得した。
 すなわち現代社会では、利便性を追求しすぎて、人間の思考能力を損なっている。カーナビに依存して土地勘が退化し、バックカメラなしに後退駐車ができない人が増えている。ウオッシュレットなしに大便できない人もいる。

 さらに社会全体のIT化で、人間がサルになるという学者(正高信男氏)もいるという。
 サルの情報伝達は、人間のように複雑な推論や情報処理を伴わず、「危険だ」とか「エサがあった」など単純なものである。そのため、記号化された鳴き声で充分である。
 スマホやケータイによる情報伝達は、そのまま視覚から入る記号であって、サルの情報伝達手段とほとんど同じである。したがってこれらのIT機器が普及すると、単純な記号に即時反応する人々を作り出してしまう。つまり、人間のコミュニュケーション手段がサル化するとともに、思考能力も衰えてしまう。
 
 人間がサルと異なるのは、即時判断を一時停止し、思考過程を入れることができるということである。このことは、ファスト&スローのところでも述べた。スマホやケータイでの情報伝達は、言語による情報分析に依存しない判断を助長してしまう。
 大勢の日本人がサルになったのは、そのためであろう。

 思い出すのは、数年前から何かあると、国会前を埋め尽くすデモ隊である。彼らは、「反原発」、「反安保」を掲げ、スマホやケータイで拡散して、何万人という集団をつくりあげていた。
 彼らは、レミング集団と同時に、サルの集団だったのである。

思い込み記事

 プロ記者が書いたさまざまな思い込み記事に対し、読者コメントは非常に有効である

 ヤフーニュースに、しばしば有名人の事件に対するコメントが載る。4日は、いわゆる尾木ママ(尾木直樹氏)の発言が取り上げられた。埼玉県の女子中学生が2年ぶりに保護された事件で、逮捕された寺内容疑者の父親が、店のホームページで顧客らに謝罪したことについて、「わびる相手を間違えている、商売のことしか頭にない」と、怒りを交えて批判したという。

 教育評論家といえども、そのときどきの頭に浮かんだ思いを、ついしゃべっただけである。そのコメントを勿体ぶって記事にすれば、間違った方向に進む恐れがある。

 これに対し、読者は冷静である。

≪つっても会社のHPだからなあ。経営者の立場としての謝罪であって、父親としてとは別でしょ。そこで被害者への謝罪とか肉親としての気持ちとか書くのも違うと思う。≫
≪会社のホームページでしょ?業務関係者へのお詫びだけでいいと思うけど≫
≪公私分けてるだけじゃないの?≫
≪会社のホームページに相手方への謝罪文の方がおかしい。そうしたらそうしたでまた、何か言われるんでしょ?≫

 この記事に限らず、プロ記者が書いたさまざまな思い込み取材記事が掲載される。その思い込みを正すうえで、この読者コメントは非常に役立っている(放射脳以外は)。

衰退の悪循環

 他人に経営を指南するはずの中小企業診断士は、なぜ儲からないのか
 
 会社経営なら、いくら頑張っても思うように業績があがらない、売り上げが伸びないことはいくらでもある。
 もちろんその原因はさまざまである。
 そのひとつが、「手を広げすぎること」である。具体的に考えてみよう。
「商店街は今必要なのか」(満薗勇氏)によると、商店街の拡大・縮小は、つぎの循環によって発生する。

①商店会の拡大均衡モデル
 ・人通りの多い立地には多くの店舗が集まる
 ・非価格競争がはじまる
 ・差別化に力を入れる(個々の店で異なるものに力を入れる)
 ・商店街全体とすると、多様で豊富な品ぞろえが実現できる
 ・さらに多くの消費者を引き付け、さらなる小売店の出店を促す

②商店会の縮小均衡モデル
 ・郊外の大型店などの影響で通りに来る客が減ると、撤退する店舗が出てくる
 ・残った店舗は、売れ筋や定番商品に絞り込もうとする
 ・各店が無難で似通った品ぞろえになる
 ・商店街全体とすると、魅力の乏しい品ぞろえになる
 ・客足がさらに遠のき、空き店舗も増える
 ・商店街ですべてをそろえる利便性が無くなる
 ・さらに客足が落ちる

              鹿教湯温泉繁華街 R1.6.25

 このことは、商店街だけでなく地域のサービス業全体に言える。とくにわれわれ中小企業診断士のような、コンサルグループが典型である。

 他人に経営を指南するはずの中小企業診断士は、なぜ儲からないのか。
 ・そもそも、診断士に仕事を依頼する企業が少ない。
 ・そのため、幅広くいろんなことを勉強する。
 ・得意分野が何かわからなくなる。
 ・自分でもわからないのに、周りはなおわからない。
 ・診断士全体として、魅力の乏しいコンサルタントになる


 私自身もこの悪循環の泥沼に、どっぷり陥ってしまった。仕方がないので、今は「清貧コンサルタント」として糊口を凌いでいる。 儲けるためには、背水の陣を布いて「1点突破」で行かねばならない。 
 それでも、儲けたくない人もいるから世の中はややこしい。

自動運転の自動車

 自動車が自動運転になると、車を買う必要が無くなるか

 2020年のオリンピックを目指し、自動運転の技術開発が進んでいる。自動運転は人間に代わって、感知・判断・操作を行う。人間以上に、瞬時の高度な情報処理や制御ができる。スマホに音声で命令すれば、その通りに走行する制御方法も工夫されている。

 人や車が複雑な動きをする実際の道路を除いて、すでに技術的にはほぼ完成されている。駐車場など限定された場所では、すぐにでも使えるという。

 この自動運転技術が進み、街中でも自在に走れるようになったらどうか。現時点では、いくら自動運転でも運転監視が必要である。自分で監視する必要がなくなれば、タクシーに乗るようなものである。タクシーというより、運転手のいないお抱え乗用車である。
                真横から見た赤い車
 そもそも、人が車を保有するのはなぜか。
 まず、好きな時自由に遠くへ行けることである。つぎにハンドルを動かし、思い通りに制御できることである。
 その運転する爽快さが無くなったとき、人は車を買うであろうか。自動車メーカーは、どのように購買意欲を喚起するのか、必死で考えているに違いない。

 最大のメリットは、飲酒運転できることである。そうなれば人との交流が増え、自殺者は激減、経済活性化は間違いない。アル中が増えるのは自己責任である。

桜満開

 来年、また見ることができるであろうか

  明道中学前 H28.4.3  桜通り H28.4.3

 桜満開の、さくら通りと福井城址(県庁舎)の周囲、足羽川堤防を散策した。昨晩、ライトに照らされた夜桜もよかったが、今日の曇天の桜も見ごたえがある。とくに福井城址南天守を登ったところは、桃源郷である。明日は雨なので、今日のうちにできるだけ見ておきたい。

 福井城址北天守 しだれ桜 H28.4.3 福井城址北天守 大咲き H28.4.3

 桜はほぼ1週間で散る。今日は風が強いので心配である。満開になりかけたとき散るのは最悪だ。この年になると、その1週間がきわめて貴重な時間になる。咲き初めから散り終わるまで、毎日浸っていたい。
 
 福井城址南天守 桜咲く H28.4.3 福井城址南天守 桜 H28.4.3

 来年、また見ることはできるであろうか。その可能性は年々減っていく。

 足羽川堤防 満開の桜 H28.4.3 足羽川堤防花見の席 H28.4.3

ジャガイモの植え付け

 大損でも続けていくのが不思議なところである

  今日、ジャガイモの植え付けを行った。
 坂井市の北部丘陵地の借りている農地に、8時30分に約15人が集合。種芋をカットし、整地された畑地に30センチ間隔で植えつけていく。その後に肥料を散布し土をかぶせるまでで、2時間弱の作業である。70~80mの長さで、7~8列植え付けた。収穫は、4か月後くらい。

 農作業 H28.4.02 耕運機 H28.4.02

 立ったり中腰を繰り返す動作は、てき面に疲れる。鍬で土をかぶせる作業もきつい。それに比べ、小型でも耕耘機は10人分以上の力がある。

 ジャガイモづくりだけで、2回の移動時間を合わせ、収穫まで一人5~6時間の作業。それでやっと、15キロほどの分け前しかない。スーパーなら1500円~2000円も出せば買える。往復のガソリン代や肥料代、土地賃貸料をいれると、とても採算に合わない。
 大損でも続けていくのが、不思議なところである。

自民党議員の「不祥事」

 信用してならないのは、間違いを犯したことがない者、失敗したことがない者である

 今年に入って、自民党議員の不祥事報道が多い。
 高木復興大臣の下着泥棒容疑が沈静化したと思ったら、甘利大臣の贈収賄疑惑からはじまって、宮崎謙介議員の不倫騒動、山田俊男議員の暴力事件、大西英男議員の「巫女のくせ」発言、菅原一秀議員のヤジと愛人、石崎徹議員のセクハラ二股、滋賀県議の「甲子園1回戦で負ける」、それに自民党候補として有力だった乙武洋匡氏の「5人以上不倫」(それでも障がい者を普通に批判できる雰囲気を作った彼の功績は大きい)・・・。
 よくここまで不祥事が続くものである。

 しかし考えてみれば、甘利大臣の疑惑を除けば、議員でなくともその辺のだれも、この程度のことは一つや二つ抱えている。できる人ほど、叩けばいくらでもホコリは出るし、出ない人は人間ではない。これぐらい危ない経験をしなかったら、ろくな人間にはなれない。とくに滋賀県議の「1回戦で負ける・・」は、駐車違反を咎めたものである。誤解があったとしてもそんなことで辞職していたら、悪いことを抑える人はいなくなってしまう。
 だから、暴露されて動揺するようでは議員の資格はない。その覚悟をもって政治家になったはずである。

 再びつぎの言葉をかみしめたい。
 『信用してはならないのは、間違いを犯したことがない者、失敗したことがない者である(ドラッカー)』

         癒しの空間  桜通り産科前 H27.4.2

 もっとも、自民党議員の不祥事がここまで報道されるのは、選挙が近いからである。すなわち、GHQのラジオコード、プレスコードの呪縛にある報道機関は、憲法改正の意気込みを見せている自民党に、選挙で大勝してもらいたくない。だから、民進党政調会長の政治資金記載疑惑は、アリバイ程度にしか報道されていない。
 われわれ選挙民は、報道機関の不公正さこそ見抜かなければならない。