FC2ブログ

ふくい暮らしライフデザイン設計書(27年11月30日)

 肝心の福井県の情報発信がないのでは、本気で若者を受けいれる気がないと思われる

 若者の流入を進めている福井県では、福井と東京の家計を比較する「ふくい暮らしライフデザイン設計書」をつくった。結婚して2人の子を持つ世帯を比べると、60歳までの収支差は、福井が東京より3000万円多いという。

 福井県は、就職支援協定を結んでいる京都の大学での就職セミナーで、この設計書のリーフレットを配布するそうだ。東京、大阪などで開催する企業研究セミナーでもリーフレットを活用し、福井の暮らしやすさをPRして、Uターン・Iターンにつなげたいということである。

 しかし、根拠となる数値データについては、大いに疑問がある。
 よく数字を見ると、福井の世帯収入が47歳~60歳の間で年間約1200万円である。30~46歳の間でも年間900万円近い。いくら共稼ぎでも、夫婦二人が公務員でもなければ、こんな数字はあり得ない。福井の女性がフルタイムで働くのに対し、東京はパートであるという前提もおかしい。子どもの都会大学への仕送りが、一人1000万円以上かかるのも無視している。

 つぎに問題なのは、この情報が新聞ニュースでしか見られないことである。ニュースのもとである本物の「ふくい 暮らしライフデザイン設計書」を見ようと思い、いくら探してもネット検索ができなかった(30日朝の時点)。ネットで閲覧できたのは、一部の新聞情報や2チャンネルなどの派生情報だけであった。
 これでは、根拠となるデータがインチキかどうかわからない。インチキまではいかなくとも、なにか不都合なことを隠しているのは間違いない。

 都会に住んで真剣に福井へ移住しようと考えている人は、詳細な元データを見るはずである。そこでもメリットばかり強調していたら、怪しいと思うだろう。肝心の福井県の情報発信がないのでは、本気で若者を受けいれる気持ちがないと思われても仕方がない。
スポンサーサイト



女の裸は金になる(27年11月29日)

 あまり責めると教師たちが委縮して、ますますつまらない授業になってしまう

 ここ数年、教師の発言がニュースになることが多い。
 たとえば、
≪愛知県尾張旭市立小 男女児童間のトラブルで指導する際に 愛知県尾張旭市教育委員会は24日、市立小学校で6年生を担任する男性教諭(29)が、男女児童間のトラブルを指導する際、「女の裸は金になる」などと発言していたと発表した。担任教諭は同日朝、児童に謝ったという。(11月4日毎日新聞)≫

 また1週間ほど前は、神奈川県にある小学校の女性教諭が、算数の授業で4年生児童に「嫌なやつ(18782)と嫌なやつ(18782)を足すと、皆殺し(37564)になる」と話し、保護者説明会を開いて謝罪したという「事件」があった。
 たしか以前には、生徒に木くずを食べさせ、吊るし上げを食った教師がいた。

 こんなことが、つぎつぎとニュースに取り上げられる。教師も哀れだが、「事件」を起こさない教師の授業を聞いている生徒たちの方が気の毒である。

 すなわち、こんなことがニュースになるということは、普段の学校では、退屈で面白くもない授業の明け暮れに費やしているのであろう。E-ラーニングの単調な講義を聞くとわかる。まさに地獄である。いまの生徒たちは、毎日そんな地獄の学校に通っているのである。

 今回の問題にしても、若い女性のハダカ問題はデリケートである。それを分かりやすく、お金に関連付けて、説明しようとしただけである。これをわざわざ教育委員会に連絡する、保護者の面を見たい。見解の相違はあっても、ここまで先生を吊るし上げるほどのことではない。

 もっと問題なのは、教師たちが委縮して、ますますつまらない授業ばかりになってしまうことである。それこそ末恐ろしい。教育崩壊は日本崩壊である。

シロアリ集団の法曹界(27年11月28日)

 多くの有権者は短絡的に、「1票の格差」は悪い、と なんとなく考えているだけ

 シロアリは、日本中いたるところに蔓延っていた。たとえば法曹界である。
 先日最高裁判所は、2014年12月の衆院選は、憲法が定める投票価値の平等原則に反する「違憲状態」であると判断を下した。裁判官や弁護士といったシロアリ集団は、何が何でも「1票の平等」を実現させ、国を蝕み、崩壊させようとしている。

 そもそも、「1票の格差」がなぜ違憲なのか、納得できる理由を聞いたことがない。安保法制のときも同じであった。偉い法学者が「違憲」というからだ、では話にならない。はやく法曹界の異常さに気が付いてほしい。
 一票の価値は現実に沿わせなければ、国力は充実しない。

 不思議なのは、国民の間にこれに反する言論が、ほとんど湧き上がってこないことである。
 多くの有権者は短絡的に、「1票の格差」は悪いと、なんとなく考えている。なぜいけないのか、真剣に考えてほしい。そうでなければ シロアリのような法曹界に、日本国をずたずたにされてしまう。
 つぎの国民審査では、違憲判決を下した裁判官に鉄槌を下さなければならない。

続きを読む

恐怖のシロアリグループ(27年11月27日)

 いまだに福島が危険でいてもらわないと困るカルト集団がある

 少し前、つぎのような記事をみかけた。

≪県内の自然農や有機栽培農家の野菜を福島県へ送るチャリティーイベント「福島の子ども達に佐賀の野菜を送ろう!収穫祭」が23日午前11時〜午後2時、鳥栖市元町の鳥栖キリスト教会で開かれる。市民団体「原発を考える鳥栖の会」主催。同教会の関係先などを通じて福島市や郡山市などの被災者へ送る。毎日新聞 2015年11月20日 地方版≫

 この記事の内容がほんとなら、福島に対する嫌がらせ以外の何物でもない。福島は農業県であり、野菜は売るほどある。まさか福島で採れないような、特別栽培の高級野菜を送るというのではないであろうに。
 たとえ善意だとしても、相手の気持ちを慮る気持ちなどまったくない。

 福島の人たちが求めているのは、そんな風評につながる行動は、一切やめてもらいたいということだけである。福島の野菜を食べたくないならそれでいい。その気持ちは自分だけに留めておいてほしい。

          働き?アリ

 いまどきこんな心無い人がいるのかと思い、市民団体「原発を考える鳥栖の会」のHPをみて納得した。彼らは、妄信的に原発を毛嫌いしているグループであった。反原発ではないと言いながらもろに反原発であり、差別ではないと言いながら、原発近隣の住民を徹底的に差別している。まさにカルト集団である。

 さらに、東京電力福島第1原発のある福島県沿岸部の国道で、地元中高生が参加した一斉清掃活動の主催団体に対し、約1千件にも上る誹謗中傷の電話やメールが寄せられていたという

 彼らは、日本中を故なき恐怖で根腐れさせる、シロアリのような存在である。シロアリが増殖するには、永遠に福島が危険でいてもらわないと困るのである。

市民意識調査と地域創生(27年11月26日)

 二重行政だといわれないよう、計画はできるだけシンプルで分かりやすく

 平成27年度の「福井市民意識調査報告書」が公表されている。市民の意識を把握し、今後の市政運営の方向性を探るため、市内18歳以上の男女2500人への郵送アンケートの集計である。

 内容は前半、「県都としての魅力を高め、交流しやすいまちをつくる」、「暮らしを支える社会基盤のととのったまちをつくる」など、15項目について、重要度や満足度を、年齢別、性別、地域別に分析している。後半は、図書館や公園などの利用状況調査である。
 前半15項目のうち、4項目を除いて満足度評価はプラスであり、全体として福井市の満足度は高いと見ていい。この結果をどのように反映させるか、28年3月にHPで報告するという。

 そして福井市では、「福井市・まち・ひと・しごと創生人口ビジョン総合戦略(素案)」のパブリックコメントを募集している。同じようなのが福井県からも出ている。よく似ているが、微妙に違うからややこしい。住民にとっては、県も市も同じである。二重行政だといわれないよう、計画はできるだけシンプルにまとめ、分かりやすくしていただきたい。計画は実現しなければ意味がない。もちろん、「福井市民意識調査報告書」をどう反映させるか、腕の見せどころである。

     最後のあがき H27.4.14

続きを読む

どうなる中国(27年11月25日)

 経営学やマーケティングの本に書いてあるような内容でも直接話を聞けば「なるほど」と思う
 
 昨日、「迷走する中国経済」という演題で、柯隆(か・りゅう)氏(富士通総研主席研究員)の講演を聴いた。
  
 柯隆氏は、最近よくメディアで見かける。これまで日本在住の中国人評論家というと、朱建栄氏や凌星光氏みたいに中国政府の代弁者のような人か、反対に石平氏や黄文雄氏のように反中国を売りにする、両極端な人しかいなかった。その中にあって柯隆氏は、中国人ながら客観的なバランスのとれた評論をするのが受けているようである。
 
 さて、昨日の1.5時間の講演の中では、つぎの3つのことを強調していた。

(1)中国では男女のバランスが狂っており、社会秩序が乱れる
 一人っ子政策のあおりで、いま中国では20歳以下の男性は女性より3000万人も多くなってしまった。清朝の終わりに太平天国の乱が起こったように、人口構成の矛盾が爆発する恐れがある。

(2)中国での信用崩壊
 中国古来の儒教、道教、仏教が文化大革命で息の根を止められ、さらに改革開放によって共産主義そのものの考え方も矛盾に満ちたものになった。したがって、中国では今お金以外に信じられるものがなく、このまま社会の秩序を永続させていくのは難しい。

(3)日本企業のブランド力が失われてきた
 原因は、①経営者がコストカットに執心している、②製品の性能ばかり磨いている、③ものづくりの現場は技術者だけで、音楽家、デザイナー、文学者といった感性豊かな人がいない。・・・からである。ブランド力をつけるには、その反対のことをすればいい。

 中国も大変だが、決して日本も安泰ではないということである。
 いずれも、経済やマーケティングの本をみれば書いてあるような内容である。それでも最近の経済評論家には珍しく、あまり細かい数字を駆使した物言いをしないのがいい。書物の字面だけを見るより、直接話を聞くと「なるほど」と思ってしまう。そうやって人は催眠商法にかかるのであろう。

大根の葉(27年11月24日)

 廃棄されている食材を集めたら、日本の食糧自給は十分可能

 昨日は、1年ぶりの大根掘り。
 掘るのは簡単でも、運ぶのはつらい。重くて泥だらけの大根を、車のところまで約100メートル、両手でぶら下げて歩く。大小取り混ぜて30本ほど(割り当ては25本)荷台に乗せた。泥でワヤクソである。家でこの泥を始末しなければならない。

 帰りに、農産物直売の「きららの丘」に立ち寄った。売り場にはきれいな大根が並んでいた。値段をみたら、1本50円から高くて100円。平均70円として、私が採ったのは30本だから、ざっと2000円。これだけ稼ぐのに、移動時間を含め4時間である。
 それでも自宅で30本の白い大根に囲まれると、ハーレムを作った気分になる。

         荷台に大根 H23.11.23

 ところで、付録と思っていた、大根の葉がうまい。裁断して醤油か何かで調理すると、歯ごたえよく、温かいご飯にぴったりである。鉄分やビタミンA、Cなど栄養豊富で、ホウレンソウの5倍のカルシウムが含まれているともいう。
 
 昨日の大根掘りでも、葉っぱの部分を捨てていた人が多かった。日本は、こんないい食材を大量に捨てている。同じように、サツマイモのつる、ニンジンの葉っぱなど廃棄されている食材は多い。その他、形の悪い農産物など採取段階での廃棄、中間貯蔵段階、賞味期限切れ、食べ残し廃棄を合わせると、われわれが口に入れているよりも多いのではないか。これらを集めるだけで、日本の食糧自給は十分可能であろう。

晩秋の紅葉(27年11月23日)

 どんなものでも、ピークが短いほど出合いの喜びは大きい

 今月の好天時を狙って、今年最後の紅葉登山をしたいと思っていた。1週間おきに天候が変わり、チャンスを失ってしまった。県内の山は、350Mの文殊山でも、紅葉が枯葉になったと聞く。今年、暖かい割に紅葉の見ごろは短かかった。もう県内で山の紅葉は終わりである。

 西山公園晩秋1 H27.11.22 西山公園晩秋2 H27.11.22 西山公園晩秋3 H27.11.22

 そこで、今年最後の紅葉を楽しもうと、昨日、紅葉まつりの西山公園を訪問した。
 それでも、秋の終わりは枯葉のほうが目立つ。

 西山公園晩秋4 H27.11.22 西山公園晩秋5 H27.11.22 西山公園晩秋6 H27.11.22

 春、桜の見ごろは約1週間、秋の紅葉はそれより長い。それでも、良いときは1か月もない。これが1年中続いたら、ちっとも面白くない。どんなものでも、ピークが短いほど出合いの喜びは大きい。

(追) 朝8時!! さあ、今日はこれから大根堀りである。どんな生足と出会えるか。

男女平等101位(27年11月22日)

 日本は女性の方が断然強く、平等ではない

≪ダボス会議で知られるスイスの「世界経済フォーラム(WEF)」が19日公表の2015年版「男女格差報告」によると、日本は調査対象となった145カ国中101位だった。前年より順位を三つ上げたものの、依然として先進国の中で最低水準であることに変わりはない。11月19日共同通信より≫

 これは、男のほうが上位に立っているという前提である。残念ながら、日本ではその前提は成り立たない。まるで反対である。
 前にも書いたが、若い女性は男を選り好みできても、若い男は「萌」に溺れるしかない。結婚すれば男は、責任ある仕事で、ストレスを溜めながら、女性のために稼ぐ。女性は能力があるのに、楽な仕事しかしない。だから男は頭が禿げる。男のほうが給料が高いといっても、自分のものにはならない。

 もちろんその金を遣うのは女性である。何を買うのにも、夫より妻の意見が優先する。夫は、給料の1割を小遣いとしてあてがわれ、たまに片町でうっぷんを晴らすだけだ。
 年とって稼ぐ力がなくなれば男は用済みで、平均79歳であの世に逝く。そのあと女性は、89歳まで悠々と人生を謳歌する。
 つまり日本の女性は、「鵜飼い」であり、男性は操られる「鵜」である。

 したがって、日本は女性の方が断然強いことは歴然としている。「男女格差」の定義を明確にしていただきたい。

プレミア21準決勝敗退(27年11月21日)

 侍ジャパンが負けても不思議ではないが、屁理屈ばかり捏ね回すと野球は面白くない

 先日の野球プレミア21の準決勝で、日本チームは韓国にまさかの逆転負けを喫した。8回を終わって3-0とリードし、ほとんどの人は日本が勝ったと思ったであろう。それが9回に相手方が4点入れ、ドンデン返しを食らう。
 日本の野球フアンは、7回まで完璧だった大谷投手を交代させ、チャンスで一発狙いの打者を代打に送った小久保監督の采配を問題視し、非難轟々である。

 しかし冷静に判断すれば、日本チームが負けたのは必然である。相手が、韓国チームだろうが他のチームでも同じである。
 なぜそういえるのか。

 ひとつは「平均回帰」である。
 例えば、大勢の人たちに、難易度の等しいA・B2種類のテストを受けさせたとしよう。テストAで最も成績の良かった10人を選んでつぎのテストBを受けさせる。その場合たいてい、Aのときより成績の低下が見られる。逆に、最もできの悪かった10人を選んでBのテストを受けさせた場合、大きな確率でAのときよりいい成績をとる。
 プレミア21の日本チームも、この試合まで全勝であった。だから多くのファンは、つい期待してしまう。だがよく考えてみれば、野球のように運が大きく左右する複雑なゲームで、すべて勝利の完全優勝できる確率は非常に小さい。準決勝あたりで負け、「平均」に近づくほうが自然だったのである。

 もうひとつは「後知恵」である。これは分かりやすい。あの継投が成功して、3-0のまま勝っていたら、逆に小久保采配を褒めちぎっていたに違いない。
 人間は、行動を起こしてなにか悪い結果が起こったとき、何もしなくてそうなったときよりひどく後悔する。例えば、安定株を保有していた人が、同じような安定株(と思われる株)と交換したとたん、新しいほうの株が値下がりしたらひどく悔しい。
 同じように、好投していた大谷投手を代えて打たれたときの後悔は、きわめて大きい。代えなくても、打たれていたかもしれないのに。
                                          (いずれもダニエル・カーネマン「ファスト&スロー」より)

 したがって、侍ジャパンが準決勝で負けたのは、不思議でもなんでもない。(一番勝ちたかった試合に負けたのは悔しいが)
 
・・こんな屁理屈ばかり捏ね回しているから、野球がちっとも面白くないのである。

消費税は10%まで(27年11月20日)

 消費税は絶対10%以上にならないように、憲法に明記する

 民主主義は嫌いだが、決まったことは守らなければならない。そうしないと世の中が成り立たない。ぐずぐず言っていても、見苦しいだけである。北陸新幹線しかり、TPPしかりである。世の変化に合わせて、自分を変えなければいけない。とくに企業はそうである。

 消費税の10%増税も、もうほとんど決定であろう。これを与件とするしかない。8%より10%のほうがはるかに計算しやすい。消費者の心理面から見て、逆に消費が伸びる可能性もある。だから軽減税率などややこしいことはやるべきでない。

 そうはいっても、デフレには消費税は悪税である。これ以上は絶対に上げるべきではない。12%や15%になったら、計算しにくくてしょうがない。消費も激減する。税金は10%あればなんとかなる。

 したがって、消費税を10%以上にしないよう、憲法に明記したほうがいい。それなら国民も納得し、消費も伸びる。憲法改正の絶好のきっかけになる。

下町ロケット(27年11月19日)

 同じ単位で見れば、大企業より中小企業のほうのレベルが高い

 TBSの連続ドラマ「下町ロケット」の前半が終わった。TVドラマを見ることの少ない私が、5回も続けて見るのは珍しい(もっとも、ネットでの再放送である)。

 このドラマは池井戸潤の「代表作」を題材にしたもので、100倍返しの「半沢直樹」と同じTVチームだという。大企業の傲慢さを示し、下請け中小企業が窮地に立たされながら、最後に相手をギャフンと言わせるストーリーである。「半沢直樹」と同じように、爽快さが売り物である。

 それでも、実務面でおかしいところは多く、いろんな場面で違和感はあった。帝国重工の現場に人がウジャウジャすぎる、手作業の機械加工を見下しているなどである。どんなドラマも、嘘くさく白々しいところがある。

 とくに、大銀行本店や大企業からの、地方支店や中小企業に対する認識が、あまりにも差別的である。「半沢直樹」のときもそうであったし、今回も大企業や宇宙開発機構の管理職という立場に比べ、中小企業の社長の立場が相当低く見られていた。
 このような傾向は、大手メディアが作ったドラマには必ずみられる。本社の人間が地方支店に転勤になると、もう完全な左遷である。

 しかし私の実感から見て、現実は大企業が優秀だとはとても思えない。同じ単位で見れば、佃製作所のような100人規模の企業レベルは高い。とくに中小企業の社長は、下請けとして甘んじながら、厳しい環境の中で企業を存続させている。大企業からあぶれた従業員をまとめ、低賃金で技術力は大企業を凌駕する。しかも、不利なボジショニングでの競争をせざるを得ない。とても大企業には真似ができない。

 もっとも、ほんとのことばかりではドラマにならない。それらしく見せて感動してもらえればいい。「水戸黄門」の現代版である。

まち・ひと・しごと創世(27年11月18日)

 一点突破で行こう。ひとつがうまくいけば、他はついてくる

 いま国は「まち・ひと・しごと創生法」に基づき、50年後に1億人程度の人口を維持することを目指している。将来展望を示した「長期ビジョン」を策定し、今後5か年の政府の目標、施策の基本的方向性や施策を示した「総合戦略」を作った。
 各自治体も国の総合戦略をベースに、「地方版総合戦略」を定める必要がある。

 わが福井県も、9月に「ふくい創世・人口減少対策戦略」(素案)というものを発表している。

 その基本戦略は5つ

 ①結婚・出産の促進
 ②U・Iターンの促進
 ③ローカル産業、観光
 ④元気なまちの形成
 ⑤幸福な暮らしの維持
    だという。

 いつもながら、総花的な感は否めない。リチャード・ルメルトは、「良い戦略・悪い戦略」の中で、およそ次のようなことを述べている。
 『寄せ集めの戦略は、間違った戦略であることの最たる例である。その大きな過ちは、それら項目の間に矛盾するものがあったり、ヒト・モノ・カネを奪い合う結果、折り合いがつかないものがあるからである。』

 さいわい福井の戦略5項目は、互いに矛盾するものはない。というより、5項目ともほとんど同じ、若者の活性化に関係することばかりである。だが担当が異なれば、ヒト・モノ・カネを奪い合い、実現のための資源が乏しくなる。

 それなら一点突破で行こう。一つがうまくいけば、他はついてくる。
 たとえば、「出産の促進」である。これを達成するには、男と若い女性の出会いが必要である。そのためのいろんな事業、イベントを行う。多少のハレンチ行為は大目に見よう。
 ここまで思い切れるかどうか。あちこちで子供ができれば、②~⑤は、何もしなくても成り立つ。そして若くない女性は、黙っていても活性化している。

 ただ1点突破の本命は、なんといっても「しごと」であろう。③ローカル産業・観光だ。地域産業の生産性が上がり、若者が老人年金以上の所得を得られるようにならなければ、すべて夢で終わる。

民間人の銃保有(27年11月17日)

 感情で銃規制は必要だと思っているが、ほんとはどちらが正しいかよくわからない

 共和党の米大統領候補のドナルド・トランプ氏は、パリで発生した連続襲撃事件について、もし民間人が銃を所持していれば、「事態は違っていただろう」と発言したという。その根拠として、アメリカのシカゴのように、厳格な銃規制を課している米国の都市ほど、犯罪率が高いと述べたそうである。

 これは、「不規則発言」の多いトランプ氏だけの意見ではない。銃規制に反対しているアメリカ共和党の多数が、同じような見解を有している。これまでアメリカで発生した銃撃事件も、人々が銃を持っていれば死なずに済んだ、と言っている。
 そういわれれば、そんな気がしないでもない。

 じつはこの論法は、《不足要求の虚偽(仮称)》という詭弁に当てはまる。「銃犯罪が起きるのは、国中にまだ銃の普及が足らないから」という詭弁である。詭弁ではあるが、納得ある理論でその根拠を崩せないのがもどかしい。この詭弁は、水掛け論になりやすいからである。

 私自身も感情的には、銃規制は必要だと思っている。
 しかしほんとは、どちらが正しいかよくわからない。トランプ氏への反論にしても、「ただトランプ氏の意見は納得できない」というだけである。また、「みんなが銃を持てば、民間人同士の射殺事件が多くなる」というのも、犯罪の多い地域では当てはまらないかもしれない。

 銃規制賛成・反対、両方とも、原因と結果を自らの都合のいいように考えている。ほんとの原因を突き射止めるのは、きわめて難しい。

何でもできる(27年11月16日)

  できないことも時間をかければ必ずできる

 「何でもできる、使える」という技術がある。汎用性が高く、いろんなことに応用できそうなものである。これらは、ある一つの応用がダメになっても、他のいろんな分野に展開できる。

 しかし、この「何でもできる」というのは曲者である。ある技術が製品となり、実際に顧客に購入してもらえるようになるまでには、ふつう多くの困難に直面する。その場合、その技術で何でもできるなら、少しの困難に突き当たっても、すぐ違う道に進んでしまう。逃げ道がたくさん用意されていれば、安易な道を選ぶのは人情である。

 そうなると、当初の目的はいつの何か消えてしまい、安易な方に流れる。開発・研究に携わっているものとしては自然である。そうなると、大した成果が得られないまま、その技術に代わる新しい技術が出てくる。

 これは、設備や人材でも同じである。何でもできる設備は、ある目的のために造られた設備には太刀打ちできないし、何でもできる人は結局人生に迷う。これを器用貧乏という。
 したがって当初の開発は、執念を持って進めるほうがいい。 
 できないことをあきらめる必要はない。できないことでも時間をかければ必ずできる。できるまでやる。継続は力である。

 それでも、新しいことの90%以上は必ず失敗する。人類はその失敗の積み重ねで進歩してきたのである。

パリの惨劇(27年11月15日)

 テロの脅威を恐れすぎることによって、テロがますます増える

 パリの劇場と競技場付近で、昨日(13日)銃撃や爆発などがあり、劇場への攻撃だけで約100人、合わせて120人以上が死亡したという。警官隊は、イスラム過激派とみられる容疑者を射殺。オランド大統領は「前例のないテロ攻撃がパリで起きている」と非常事態を宣言した。 

 このようなテロ事件が、しかも先進国で起こると、強烈な印象が植えつけられる。たしかに欧州での100人規模でのテロ事件は、ほとんど前例がない。
 さっそく日本の旅行各社は、フランス行きの一部ツアーの中止を決めた。

 しかし、ノーベル賞受賞者のダニエル・カーネマンは、「ファスト&スロー」の中で、つぎのように述べている。

 ≪今日の世界で利用可能性カスケードを引き起こす技を実践し、重大な影響を与えることに成功しているのはテロリストである。9.11のような大規模テロは別として、テロ攻撃による死者数は、他の死亡原因に比べるときわめて少ない。≫

 問題なのは、テロの脅威を恐れすぎることによって、他のことが犠牲になってしまうことである。外出・旅行を控えたり、イベントを中止すれば、経済活動が停滞する。実際は、自分がテロに巻き込まれることよりも、風呂で溺れ死ぬリスクのほうがよほど大きい。宝くじの1等に当選する確率の方がはるかに高い。そのことだけは知っておきたい。

 テロを恐れて我々の活動を制限すれば、テロの効用が増大し、テロがますます増えるだけである。

航空機市場(27年11月14日)

 過大評価しすぎで必要数以上が参入すると混乱になる

 三菱航空機が開発を進めていた国産初のジェット旅客機MRJが11日、初飛行に成功した。当初の予定から4年以上遅れたが、YS11に続いて50年ぶりの、国産旅客機開発である。実際航空会社へ納入するのは、2017年からだという。MRJの座席数は約90席で、航続距離約2000㎞、1機58億円だ。低燃費の経済性が売り物である。小型ジェット旅客機の需要は、今後20年間、世界で約5000機と見込まれている。単純計算で年間1.5兆円。

 また、ビジネス用に数人が乗る「ビジネスジェット」市場も拡大している。
 米航空機製造業者協会によると、2014年の世界のビジネスジェット市場規模は約220億ドル(2.6兆円)で、2004年の倍以上に増大したという。多くの企業が海外進出し、企業幹部や富裕層のニーズは大きい。ビジネスジェットならチェックインカウンターなどで待つ必要がなく、時間の制約もない。テロの安全なども確保しやすいからである。
 そしてこの分野では、ホンダが参入を狙っている。「ホンダジェット」は、昨年6月に量産1号機が米国で初飛行した。価格は450万ドル(5.4億円)。すでに、100件以上の受注があるという。

 さらに、戦闘機の市場もある。三菱重工業は小牧南工場内に建設を進めてきた、最新鋭戦闘機F35機体の最終組み立て・検査工場を12月に稼働する方針を明らかにしている。このF35をめぐっては、IHIも現在、瑞穂工場にF135エンジンの組立工場を新設しており、完成後は米P&Wの協力生産として参画する。

        ゼロ戦

 問題はこれらの市場のうち、日本がどれだけ算入できるかである。年間1兆円規模の新しい市場が生まれる可能性はある。点検サービスや部品供給などの関連事業を含めたら、その数倍は期待できる。

 だがこれでも、目標とするGDP600兆円のほんの一部にしか過ぎない。過大評価しすぎで、必要数以上が参入すると、値崩れや混乱が発生する。大多数の人は、あまり目新しいことに目を奪われずに、自分たちの分野の市場拡大を狙った方が賢明であろう。

南京事件論争(27年11月13日)

 南京虐殺を確定させてしまうことは、冤罪で捕まった犯人を死刑にすることに等しい

 昨晩12日のプライムニュースでは、先日ユネスコ世界記憶遺産への登録で物議をかもした「南京事件」について取り上げていた。いわゆる「慰安婦」と並び、戦後の日本が巻き込まれた2大歴史冤罪である。

 出席は、秦郁彦氏(現代史家)、藤岡信勝氏(拓殖大学客員教授)、山田朗氏(明治大学教授)の3名である。南京におけるいわゆる虐殺人数について、山田氏は15万人、秦氏は4万人、藤岡氏はゼロ、と、3人の識者の見解は、大きく異なっている。 
 番組では、人数はともかく虐殺事件があったという立場の秦・山田氏2人に対し、ほとんど虐殺はなかったという藤岡氏の論争になった。

 昭和12年に、南京でほんとは何があったのか。
 3人のなかでは、秦氏の話が最も信ぴょう性が高いように思えた。多くの資料・文献を取り上げ、小説の登場人物のような具体的な説明をする。山田氏の説は、殺された人数こそ多いが、内容については秦氏とほとんど同じである。
 一方の藤岡氏は、いろんな証拠を挙げ、民間人を虐殺したことはほとんどなかったと説明していた。捕虜虐殺にしても、戦闘の混乱の中ではやむを得なかったという。それでも、2対1であり、やや旗色が悪い。ディベート大会だったら、秦氏が優勝したであろう。

 しかし、南京事件に関するいろんな文献証拠は、書いた人の主観そのものであるし、客観的な証拠ともいえる写真は、すべてインチキであることが分かっている。だから、さももっともらしいとか話し方がうまいことが、南京事件の真相になるわけではない。もっともらしいストーリーが成り立っただけで、錯覚でそれが本当だと思い込んでしまう、という心理学の研究がある。
 確実に言えることは、南京事件の真相は、誰にもわからないということである。歴史とはそういうものだ。

 したがって、この事件はまさに政治的に利用される。誰にもわからないのだから、「被害国」は、自分たちに都合のいいようなストーリーを作る。それだけである。ここは裁きの大原則に戻り、「疑わしきは罰せず」がいい。そうなるかどうかは、力関係で決まる。
 南京事件を確定させてしまうことは、冤罪で捕まった犯人を死刑にすることに等しい。そんなことになれば、我々は子孫に申し開きができない。

金田氏の見解はプロダクトアウトなのか(27年11月12日)

 プロ野球経営者は、どのような顧客をターゲットにしたいのか

 11月10日のNEWSポストセブンの記事に、400勝投手である金田正一氏の、プロ野球に対する意見が掲載されていた。

 ≪本来、日本シリーズが終わったこの季節は、選手は体を休める時期なんです。選手の本業は春からのペナントレースで死力を尽くすこと。そこで良い成績を残し、カネを稼ぐのがビジネスなんだ。そのために秋から冬にかけてしっかり休み、力を蓄えて、春・夏に爆発させる必要があるんです。―略―
 そもそもそんな野球の何が面白いんだ。―略― ≫

 たしかに、もとプロ選手の目から見たらそうなのかもしれない。400勝投手にしたら、国際試合よりペナントレースの方が重要なのである。そのために選手を大事にしなければならないというのはわかる。

 だが、この金田氏の見解は、プロダクトアウトつまり「生産者志向」である。あくまでもサービスを供給する側の立場での意見である。

 一方で、私のようなファンにとって、日本が誇る大選手の活躍を見るのは、国際試合しかない。チマチマとしたペナントレースなど、まったく興味がなくほとんど見ていない。大谷選手の名前は、ちらほら聞くだけである。
 国内試合より国際試合の方が、応援のやり甲斐がある。 

 なにも私の意見が、「顧客志向」だといって威張っているのではない。野球リテラシーのあるファンはまた違う。

 大事なのは、今のプロ野球が、金田氏のような玄人を顧客ターゲットとするのか、私のような野球を毛嫌いする者をターゲットとするかである。これは企業であるプロ野球経営者が考えることである。選手の体のことは、別途考慮すればいい。

偏向思想はなぜ起こるのか(27年11月11日)

 反基地移設のような理不尽な考えを、なぜ人々は信じてしまうのか

 9日のフジTVプライムニュースは、沖縄の米軍基地負担と日本の安全保障について議論していた。ゲストは、前県知事の仲井眞弘多氏と沖縄国際大学教授の前泊博盛氏、元防衛大臣の小野寺五典氏である。

 仲井眞氏は大人の政治家らしく、国益と沖縄住民の双方に配慮した、バランスある発言を行っていた。一方で、(辺野古移設反対の)前泊氏の偏向ぶりには思わず耳を覆いたくなった。さすがに、もと「琉球新報」の記者だっただけのことはある。こんな幼稚で無節操な思考が沖縄に蔓延しているのかと思うと、暗澹たる気持になる。まさに「悪ガキ」である。
 それでも、不肖の子供をあやすように、我慢強く淡々と説得する小野寺氏の姿が印象的であった。私が彼の立場なら、「悪ガキ」相手に、あんなにやさしく丁寧に説明しない。

 さらに翌10日のプライムニュースでも、共産党の赤嶺議員が、前泊氏と同じようなことを述べていた。共産党の主張であるから、もともと日本の米軍基地の全面撤退を求めている。話にならない。

 そもそも、沖縄に米軍基地があることの何が問題なのか。
 考えてみれば、具体的な被害などほとんどない。普天間基地が辺野古に移れば、さらに少なくなる。米軍犯罪にしても、沖縄の平均よりはるかに少ない。前泊氏は、「県民を守るべき軍隊が県民に対し犯罪を起こすのは、いくら少なくとも許せない」と屁理屈を述べる。これこそゼロリスクを求める天国人の発想である。そんなことを言ったら、不倫ばかりしている大学教授は、連帯責任ですべて辞めさせなければならない。
  
             天国への花 H27.8.3 天国へのお花畑

 ではなぜ、前泊氏や赤嶺氏のように、理屈に合わない「偏向思想」を、多くの人々が信じてしまうのか。
 沖縄基地移設反対以外にも、反安保法制、反原発など、多くの反対運動が起こっている。どうしてこんなアホな考えが、つぎつぎと人々の心に宿ってしまうのであろうか。もちろんこれは、左右いずれを問わない。

 このことについて、興味深い心理学の著書がある。ダニエル・カーネマンの「ファスト&スロー」である。上下巻合わせ700ページの中に、そのヒントがある。簡単に言えば、「人々は目に付きやすい印象・思考に流されやすく、それを修正するのは容易ではない」ということである。沖縄の場合には、沖縄2紙によるバイアスが大きい。
 「ファスト&スロー」の詳細な内容については、あらためて紹介したい。巷に言われる「民意」は、ほんとの民意ではないのである

福井の強みを活かす(27年11月10日)

 4世代同居ができる、長屋みたいな馬鹿でかい家をつくる

 福井の強みとして、3世代同居家族が挙げられる。祖父母は孫の面倒を見て、夫婦は共働きをする。夫婦が安心して働けるため、企業は比較的低コストで勤勉な労働力を確保できる。
 また家庭では、祖父母が孫の勉強をみる。農家や商家なら、孫は祖父母の働いている姿を間近で見たり、手伝ったりする。知恵の伝承は、親からよりも祖父母から孫への方が伝わりやすい。その結果、子供は学力・体力が日本で最も優れている。

 しかし、強みであったこれら3世代家族の姿が、福井から消えつつある。
 孫が大人になりその子供が生まれても、依然として祖父母が「でん」と控えているからである。いくらなんでも4世代が同居できるほど、日本の家屋は広くない。福井でも、別居が当たり前になってきた。それ以前に、孫に子供が生まれない。

 その結果わが福井県も、全国に負けず劣らず、「消滅可能性都市」が半分以上を占める。いまのままでは、ゆで蛙である。

 ではどうしたらよいか。
 4世代同居ができる、長屋みたいな馬鹿でかい家をつくる。人口が半分になるのだから、十分可能である。補助金1000万円も出せば何割かは同居するし、回収は十分可能である。その場合、祖父母がひ孫の面倒をみる。間に挟まった2組の夫婦が共働きをすることができる。
 寿命が延びたとしてもさすがにここまでであろう。祖父母が玄孫の面倒を見るような世界はぞっとする。

料理の順番(27年11月9日)

 お客が欲しいときに、欲しいもの(サービス)を提供することは、ビジネスの基本中の基本である

 ラーメン店の対応に腹を立て、店に約3時間居座った男が、「不退去」の疑いで逮捕された、というニュースがあった。なんでもギョーザとラーメンの順に提供するよう注文したが、ラーメンが先に出たことで店長と口論になり、そのまま店で3時間もクダを巻いていたそうである。

 ニュースの記事だけ見れば、居座った男の方に大きな非があるように見える。たしかにこの程度のことで、店に迷惑をかけてはいけない。多少のクレームはともかく、やりすぎはいけない。

 しかし、飲食店で出される料理の順番は、きわめて重要である。まとまった食事をする場合、順番が狂うと、その飲食行為そのものが台無しになる。
 このラーメン店客の場合も、先に餃子とビールで腹具合を整えてから、最後にラーメンで締めようと思ったのかもしれない。その場合、最初にラーメンを出されたら、その「計画」が水の泡になる。せっかくの食事の楽しみが無くなる。

 たいていの焼き鳥屋では、まずビールが出る。ジョッキ2~3杯飲んでから、やっと焼き鳥が食べられる。よほどのどが渇いているときでなければ、肝心の焼き鳥の味が半減する。普通の居酒屋でも、ビールや日本酒を飲んでしばらくして、やっと料理が出ることが多い。多くのお客は、この小さな不満が蓄積している。

 和食の会席料理では、酒、前菜、吸い物、刺身、焼き物、煮物、揚げ物、蒸し物、酢の物、ご飯とみそ汁、デザート、というように順番が決まっている。少なくとも、料理の後にご飯が出る。そのあとデザートの果物かお菓子である。食事するお客は、この順と容量がおさまるように、あらかじめ腹をリセットし覚悟を決める。酒はご飯とみそ汁が出る前に、いったん打ち止めする。この順番と分量が狂うと、まともな食事をした気になれない。場合によっては、悪酔いや下痢をする。

 これは飲食店だけではない。どのようなビジネスでも、お客が欲しいときに、欲しいもの(サービス)を提供することこそ、基本中の基本である。そのタイミングの重要性は、モノやサービスの価値を大きく左右する。
 ラーメン店の居座りお客は、逮捕というわが身を犠牲にしてまで、その重要性を教えてくれたのである。

産めよ増やせよ(27年11月8日)

 中国が産児制限を廃止し人口が増えていくと、日本に対しての膨張圧力がいっそう強くなる

 先月中国共産党の、中央委員会第5回総会のコミュニケが公表されている。それによると、中国政府は全ての夫婦に2人までの子供を産むことを認め、夫婦に子供は原則1人までと定めた国策「一人っ子政策」の完全廃止を決定したという。

 深刻な高齢化への危機感があるからである。労働力人口はすでに減少しており、2050年には60歳以上が全人口の35%を占め、世界で最も高齢化が進んだ国になるという予測も出ている。

 これは他人ごとではない。むしろ日本の方がもっとひどい。2050年には日本の60歳以上人口割合は、45%にもなる。まだ働けない子供も10%以上いるから、20歳から59歳までの労働人口は40%そこそこである。そのころ人口は1億人だから、労働力人口は、2500万人も減って4000万人。じつに40%も減少する。生産性の向上がなかったら、国力はいまの半分である。

 したがって、中国が産児制限を廃止し人口が増えていくと、我が国への膨張圧力がいっそう強くなる。20億対1億では勝負にならない。いまのうちに国力を蓄え、産業を活性化させる必要がある。今まで手掛けてこなかった軍事産業がもっとも効果的である。このままでは中国に飲み込まれ、我々の遺伝子が壊滅する。

高齢者の事故(27年11月7日)

 高齢者用安全車を強制的に使用させれば、若年層への所得移転ができる

 ≪ひき逃げ容疑 福岡で93歳逮捕、被害の高校生重体 27/11/4毎日≫
 ≪「歩道と車道を間違えた」軽で暴走の73歳の男性 27/10/29読売≫

 最近毎日のように、高齢者が起こす交通事故のニュースが入る。
 「ブレーキとアクセルを間違えて店に突っ込んだ」、「高速道路で逆走し衝突した」というのは、日常茶飯事である。
 高齢ドライバー数が増えるにつれ、高齢者により引き起こされる交通死亡事故は激増する。最近ではとくに、認知症のドライバーによる交通事故が報道される。

 認知症患者に車の運転というのは、酩酊運転より危険である。事故を起こしやすいのはもちろん、本人に罪の意識がない。さらに飲酒運転に比べ、刑事罰も桁違いに軽い。事故さえ起こさなければ、おとがめなしである。

 したがって、飲酒運転を厳罰にするなら、認知症運転はそれ以上の厳罰化が必要である。本人に自覚がないのだから、事故を起こした時点で、最低で免許証をはく奪と懲役が適当であろう。場合によっては「死刑」。これで効果がないのなら、認知症と分かった段階で、車両を没収しなければならない。
 そうでなくとも危ない老人が増えて困る(自分のことか?)。

 そして最も理想的なのは、高齢者用の安全車を強制的に使用させることである。障害物、信号、逆走などの検知とブレーキの組み合わせぐらい簡単である。1台100万円も追加すれば、もっと立派な安全車ができる。法令で決めればすぐにでも実施できる。
 高齢者の払うお金が多くなるほど、若年層への所得移転ができるのもいい。

もんじゅ廃止勧告(27年11月6日)

 熱湯を浴びせなければ、ゆでガエルだらけの日本原子力研究開発機構は再生しない
 この無能さ怠惰さは、原子力規制委員会・規制庁にこそあてはまる


≪機器点検をめぐり管理ミスが続発している高速増殖炉もんじゅ(敦賀市)について、原子力規制委員会は昨日の定例会合で、廃炉を含め抜本的な見直しを文部科学省に突き付けた。11月5日福井新聞ニュースより≫

 日本原子力研究開発機構にはもんじゅの運営能力がない、と規制委員会が判断したということである。私も同じように、機構のあまりの無能さには、苛々していた。もんじゅは、1995年にナトリウム漏れ事故、2010年には炉内落下事故が発生。その後、大量の機器点検漏れの発覚、管理ミスなどが続発している。

 しかし私は、そんなことで能力がないと考えるのではない。
 外部から見ていても、とにかく事故の処理が遅い。いくら難しい技術であるといっても、尋常でない遅さである。あまりにも事故後の対応が遅いから、再稼働ができない。その結果必要な失敗の蓄積が疎かになる。初めての技術で、事故がないほうがおかしい。もっと失敗を重ねなければノウハウが身につかない。

 失敗を恐れ過ぎるため、必要でないところに、余計な手間ばかりかける。規則で縛りすぎるから、点検漏れが発生する。それでも機構には、危機意識が感じられない。事故を恐れるあまり、やらない理由ばかり並べる。どうでもいいことを、こねくり回しているようにしか見えない。

 これではやる気がないと見なされて当然である。私も機構には、意欲のない人間ばかりが、うじゃうじゃしているように思える。何でもいいから、定年まで理屈をこねていればいいと考えているのであろう。組織はそんな人間はいらない。8割は解雇すべきである。どんな組織にも、2割ぐらい意欲のある人材がいる。その人だけで充分である。

 高速増殖炉開発に意欲的な人は大勢いる。人手がなかったら、日本中から集めればいい。いまの機構の半分の人件費で、はるかに優秀な人材が集まる。これくらい熱湯を浴びせなければ、ゆでガエル(タコか?)の日本原子力研究開発機構は再生しない。

       タコ 2匹 
            
 そしてこの無能さ怠惰さは、もんじゅや原発の規制を行っている原子力規制委員会・規制庁にこそあてはまる。日本に50基ある原発のうち、まだ1基しか稼働していない。電力会社は必死で安全対策を施しているのに、規制委員会は何もしていないのと同じである。
 まさに彼らこそ責任を放棄し、原子炉の寿命が尽きるのをじっと待っている。そのため、じわじわと国力が失われている。

 すなわちもんじゅが動かないのは、周囲も含め、できない理屈を発見するのがうまい昼行燈がやっているからである。
 もちろん、そのことと開発の必要性とはまったく異なる。もんじゅや原発の開発は、絶対に続けなければならない。それこそ、我々が人である証である。

危ない老人(27年11月5日)

 年取って仕事できなくなるから、キレる老人が発生する

 社会に出てからずっと、いつも何かに追われる気がしている。落ち着かない。年取ったいまでも、時間を持て余すということはない。なにか自分で仕事をつくってしまう。このブログを書いたり、地域の付き合い、読まない読書。やればやるほど自分が小さく思えてくる。

 60才の半ばを過ぎると、さすがに報酬を伴う仕事は減少してきた。50代は、ほとんど日程が詰まっており、日に2件3件とつなぐことも珍しくなかった。いまでは、週2~3件、月10件程度しか受けていない。

 外での仕事と、家でこもってやる作業は異なる。それは言葉である。外では人との会話、ヒアリングが主な仕事になる。いろんな言葉をつないでしゃべる。毎日のように仕事していれば、それほど大変ではない。

 しかし今のように仕事が切れると、次第に言葉が出なくなる。もともとあまりしゃべらない方なのでなおさらである。仕事が少ない分、かえって中身も薄くなる。

 忙しい人ほどいい仕事ができる。年取ると、一気に仕事ができなくなるのもわかる。そうやって、キレる危ない老人が発生する。

多段階構造からの脱却(27年11月4日)

 抵抗に勝てるだけの商品・サービス力があるか
 
 日本産業の生産性が低い原因の一つは、ややこしい多段階構造に陥っている業種が多いからである。
 たとえば日本の繊維産業は、卸業界と生産業界に分かれ、それがさらに業種別、業態別に細分化されてきた。また、生産業界と小売業界との間に卸業界が介在するという、世界でも独特の形態になっている。(欧米の企業では、生産企業がブランドをもって、小売企業と直接に近い形で取引しており、それを媒介する大規模な見本市も開催されている。)さらに、この商工分離の製造部門においても、織布、ニットがあり、たとえばニットでも横編ニット業界、丸編ニット業界、経編ニット業界などの分業構造を成立させてきた。
 福井の地場産業である眼鏡業界でも同じである。

 このきわめて複雑な多段階構造によって、消費者ニーズの情報伝達が遅くなったり、阻害されたりする状況が生じている。そのため、消費者ニーズに敏感に対応した企画、生産、販売が行えなくなり、在庫や売れ残りリスクが増大することになった。過剰品質によるロスも多い。個々の企業としては、これらのリスクを取引先に転化し、自らのリスクを軽減しようとするから、企業間でのリスク分担が不明確な状態が発生し、現実のリスクをも大きくしている。

 これが全体のコストを押し上げ、また、多段階構造であるため、各段階において機能の重複が発生し、そのためのコストも加わり、業界全体としてきわめて高コストで非効率な生産流通形態となってしまった。このことが、消費者に対する価値を創造する人材、技術、デザイン力の育成にも遅れを取ることになってしまった。

 意欲ある多くの企業はそれに風穴を開けようとしている。しかしそれには関連の中間業者など、多くの抵抗がある。個別企業にとって、この抵抗に勝てるだけの商品・サービス力があるかどうかが問われる。

NHK受信料(27年11月3日)

 カネが集まるところには、必ず利権が絡む。受信料はやめて税金で賄う方がいい

 客室にテレビを設置しているのに受信料を支払っていないホテルに対し、NHKが受信料支払いを求めた訴訟で、先月東京地裁は受信料の支払いを命じたという。客室にあるTVすべてに受信料を払う。9690台の受信料計7530万円である。

 受信料は衛星契約で月額2,280円、年間約25,000円。へたすると受像機より高い。日本にあるTV受像機は、およそ1.5億台。したがって、まともに受信料を徴収すれば、年間3.7兆円にもなる。
 ワンセグや小型受像機を含めれば、一人何台も持っていることもある。払っていない人が、山ほどいるということである。それでもNHKの受信料収入は年間6200億円もある。この差額はいったいなにか。しかもNHK職員の年収は、1700万円とべらぼうに高い。

 カネが集まるところには、必ず利権が絡む。ここにも日本の「闇」が隠れている。その闇を暴くためにも、受信料徴収制度は廃止したほうがいい。税金のほうが、徴収員の手間や顧客からのプレッシャーもなくなる。

 さらに受信料の根拠は、「NHKの放送を受信できる受信設備の設置者は、NHKと受信契約を結ばなければならない」と規定されている放送法である。本来は自由意志である契約をないがしろにしている。これこそ憲法の精神に反しており、違反の疑いが濃い。

ハロウィン大騒動(27年11月2日)

 ハロウィンをきっかけに日本は発展途上国に逆戻りする

 ハロウィン騒動がやっと終わった。1月ほど前から、あれほどメディアで取り上げていれば、ブームが起こらないほうが不思議である。福井県内のあちこちでも、子供たちの仮装やお菓子配りが見られた。
  
 仕掛け人は誰か知らないが、みごとなものである。クリスマスに始まり、バレンタインディ、ホワイトディ、そしてこのハロウィンである。ここまで盛り上がり定着したら、もう後戻りできない。辞めれば、ハロウィンで儲かる人が黙ってはいない。もちろんその筆頭は電通だろう。

 ハロウィンは本来、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的行事であった。現代ではとくに、アメリカの行事として定着し、本来の宗教的な意味合いはほとんどない。かぼちゃの中身をくりぬいて飾ったり、魔女やお化けに仮装し、近くの家々を訪れてお菓子をもらったりする。そういえば何年か前、日本人の子供がアメリカでお菓子を貰いに民家を訪問し、住民に銃殺される事件があった。

 それが都会での大騒ぎを見る限り、子供の祭りではなくなってきた。いい年をした大人が、変装してバカ騒ぎしている。バカ騒ぎだけならいいが、交通渋滞や大ゲンカ、あげくに街中を飲み食いのゴミで埋め尽くす。これはみっともない。

 4~50年前も、クリスマスイブには、街中に安酒の酔っぱらいが溢れかえっていた。あのとき、たばこ吸殻のポイ捨ては当たり前で、長距離列車に乗れば食事時間のあと弁当殻で足の踏み場もなかった。まさに今の途上国である。
 そんな、街中にごみがあふれる光景がなくなったのは、日本が豊かになり、衣食足って礼節を知ってきたからである。

 だが、いまや不景気が続き、貧乏人が増えてきたからであろうか。ハロウィンをきっかけに日本は発展途上国に逆戻りする。 
 いくら貧乏になっても、礼節だけは保ってほしい。それがなくなれば、日本の誇るものが何もなくなる。

歯が痛い(27年11月1日)

 もし「歯」が治療できたとしても、つぎの病気で苦しまなければならない

 数年前から歯茎が痛い。左前下のかみ合わせのところである。冷たいものが口の中に入ったとき、痛さで飛び上がる。少し硬いものを噛んでしまった時は、10分以上痛さをこらえる。

 じつは10年ほど前にも、同じような症状があった。その時は右前上に部分である。近隣の歯医者に通ったが、半年経っても回復しない。別な病気で入院中に日赤で見てもらったら、歯の根元がかけているといわれ、引っこ抜かれてしまった。

 あの時の再来である。そうやって歯が無くなっていく。
 ほんとは近隣の医者に行きたいのだが、少しは腕を上げただろうか。あの時のように、弄り回されるだけなら、痛い思いをするだけである。

 そもそも痛いのは「歯」だけではない。いまの私は、頭のてっぺんからつま先まで、異常だらけである。もし「歯」が治療できたとしても、つぎの病気で苦しまなければならない。歯の痛みに耐えている方がましである。
 
 このことはあらゆる人生に言える。いま身も周りに起こっている不幸な出来事が解消されれば、つぎの不具合が最大の不幸になる。きりがない。