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八方尾根から栂池高原②(27年6月30日)

 宿泊したホテルは、「ホテルグリーンプラザ白馬」である。客室は257、目の前には「白馬コルチナスキー場」があり、北アルプス連峰や戸隠山、妙高連峰を望む大パノラマが見える。夕食も朝食もバイキング。いくら食べても金額は同じなら、高額なものを少しでも多く腹の中に収めようとするのは、人間の性である。とくに宿泊客の80%を占める中高年女性の馬力はすごい。
 リゾート地のホテルらしく、大浴場があるのがいい。洋風ホテルなのに、芦原温泉の大浴場に匹敵するのにはびっくり。

 さて、2日目は栂池高原である。ここは、中部山岳国立公園で(第一種特別保護地域)標高1,900mに位置する日本有数の高層湿原である。総面積10ヘクタールの高層湿原で、ミズコケ類が数千年から数万年増積して出来たという。
 6月中旬から7月上旬には水芭蕉、7月~8月にかけてはワタスゲ、ニッコウキスゲなど数百種の高山植物が咲く。今日は水芭蕉が綺麗であった。曇り空ながら、白馬岳(2932M)や後ろ立山の頂が見えた。

 一周約5.5km、所要時間は約3時間30分。80%に木道が設置されている。まだかなり雪渓が残っており、通行止めの個所もある。蒸発ガスで、展望がさえぎられるのも残念であった。また中間に合ったトイレが、3メートルほどの積雪に埋もれて使えない。シーズン中は人通りが多いので、トイレを3時間我慢できる人か、5秒以内で放出できる人しか入れない。

ホテル外観 H27.6.29 湿地帯より白馬岳、三俣蓮華 H27.6.30 水芭蕉 程よい大きさ H27.6.30  お土産の宝庫糸魚川駅 H27.6.30

 ところで、初めて北陸新幹線を利用した。JR福井駅と、大糸線南小谷との往復である。ここは、各駅止まり(はくたか)と在来線との連絡が悪い。行き帰りとも金沢駅、糸魚川駅で、それぞれ4~50分も待たされる。乗り換えも増えるし、運賃も上がった。北陸新幹線のおかげで、福井から北へ行くのはかなり不便になった。それに糸魚川駅は拡張されたが、駅舎の販売店など閑古鳥が鳴いている。途中駅の悲哀である。これで、格差拡大にまた拍車がかかる。「被害者ビジネス」なら、損害賠償請求が起こる。
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八方尾根から栂池高原①(27年6月29日)

 今日から2日間信州を旅行する。今月2回目の信州だ。11日前は、戸隠~渋温泉~扇沢~立山のコースで、今回は後立山の八方尾根と栂池高原である。何故かあの世が近くなると、天国のような高いところに行きたくなる。

 朝6時の列車でJR福井駅を出て、10時前に大糸線南小谷駅。そこからホテルの送迎バスで、ホテルを経由して八方尾根のゴンドラ駅へ。11時から16時までの5時間で、ゴンドラとリフトの時間が約1時間。残り4時間で往復できるところまで登る。せいぜい八方池あたりまでか。

 ここは45年前の冬、八方尾根から後立山を縦走しようとして、とん挫したところである。あの時スキーゴンドラから降りた途端猛吹雪に見舞われ、八方池山荘の縁の下にもぐりこんだ。そこを追い出され、近くに雪洞を掘って1週間ビバーク後、敗退したことがある。最後には雪洞の天井が、仰向けで寝ているすぐ鼻の上まで沈下し、やっとの思いで這い出ることができた。生き埋めにならなかったのが不思議である。

 八方池付近から不帰の剣 H27.6.29 八方尾根より八方池 H27.6.29 八方山荘 縁の下バリアー H27.6.29

 夏山ではあるが、そのリベンジで少しでも高いところまで行きたい。
 ほんとは第3ケルンあたりまで行きたかったのだが、時間の都合で八方池を20分ほど登ったところで引き返した。

百田氏と自民党議員の「暴言」(27年6月28日)

 この「事件」をきっかけに、実態を炙り出し、ほんとの事実を明らかにしていただきたい 

 25日に開かれた自民党文化芸術懇話会での、百田尚樹氏や自民党若手議員の発言が、沖縄に対する冒涜ではないかとして問題になり、国会でも取り上げられた。
 27日の福井新聞その他の報道によると、百田氏はつぎのことを言っていたという。

①普天間飛行場はもと田んぼで、商売になるということで、人が住みだした
②そこの地主は年収何千万で、六本木ヒルズとかに住んでいる
③米兵よりも沖縄住民による強姦事件の方がはるかに多い
④偏向報道の沖縄の地方紙2紙は、潰れたほうがいい
⑤沖縄のどっかの島でも中国にとられてしまえば目を覚ます

 国民の多くは、薄々とは感じていても、このようにはっきり聞いたことはない。だからこの「事件」をきっかけに、実態が炙り出されるとしたら、その方がいい。むしろこの際、ほんとの事実を明らかにしていただきたい。

 これまで我々(本土人)は、ことあるごとに「沖縄は虐げられている」、「すべての本土の負担をかぶっている」といわれてきた。なんか怪しいと思っても、「弱者」の前では本音が言えない。有無を言わさない、「弱者」からの「言論封殺」、「水戸黄門の御印籠」である。そのため、言いたいことが言えず、鬱憤ばかりが溜まっていた。

 これを機会に、ほんとに沖縄が苦しんでいるのか、それともほんとは違うのか。その具体的な事実が明らかになればいい。反論するほうも、感情ではなく、事実でもって反論してもらいたい。多くは、漠然と「百田氏の発言は事実誤認」と言っているだけだし、当事者である沖縄タイムスの記事は信用できない(この記事ではますます疑惑が膨らむのだが)。

 事実が明確になれば、基地移設の適否もはっきりするであろう。そうでなかったら、原発問題のような感情論に終始して、いつまでも埒が明かない。
              ゼロ戦

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地域振興券の拡大(27年6月27日)

 商店街の再生・活性化が、地域経済の活性化を体現するものなら、3億円は如何にもみみっちい

 各地で地域振興として、各種の商品券が発売されている。福井市でも「プレミアム商品券」が発売された。これは、1セット12000円分を、現金10000円で販売するというものである。一人5セット(50000円)まで購入できる。一人5万円買うとすると、3万人分である。一家6人分30万円(36万円分)購入した人もいる。
 福井市全体では、18億円分(購入金額15億円)発行された。この制度に使った予算は、3億円+(印刷代、配付手数料など?)。
 
 我が家でも、今月13日の1次販売のとき、家内が3時間以上も並んで購入した。今日はその2次販売日である。私にも買いに行けと言われた。計算上、1万円の利益になるからである。そう言われても、「欲ボケ面」を晒しながら3時間以上並ぶ気力はない。
 それに、福井市のGDPが約1兆円(福井県は3兆円だからその1/3とする)だから、18億円といっても、経済効果はスズメの涙である。しかもプラス分は3億円だけだ。

 しかし、この制度を企画した人は、なにも経済効果だけを狙ったわけではない(と思う)。この商品券の販売を起爆剤とし、なんとか地域の小規模商業と商店街を助け、振興させたいと思ったのであろう。

 商店街は、地域の商業機能だけでなく、その地域の文化や伝統を育て、産業としての機能や地域内の所得循環の役割を担っている。人々が集まって、買い物を中心に楽しみあう商店街は、地域コミュニティの回復の鍵である。その商店街の再生・活性化こそが、地域経済の活性化を、体現するものである。

 そうであるならば、3億円は如何にもみみっちい。起爆剤でも線香花火にしかならない。これでは通常の消費行動の範囲内におさまってしまう。それに、3万人が3時間も不愉快な思いをして並ぶ価値はあるのだろうか。
 そこで、こんな「戦力の逐次投入」ではなく、思い切って300億円ぐらい出したらどうか。沖縄の地域振興予算の1割にも満たない金額で、地域のGDPを3%も押し上げる。

新安保法案に反対する人(27年6月26日)

 国際情勢の変化を認めようとせず、ひたすら「平和」という隠れ蓑に頭を突っ込んでいる

 しつこいが、また安保法案について述べる。あまりにも世間の「空気」が、安楽な現状維持に傾いているのに、大きな不安を抱くからである。昨夜のプライムニュースでも、まだ小田原評定の合憲性談義を行っていた。

 それでも、ゲストの一人森本敏氏(元防衛相)は、先の国会説明で述べたように、新安保法案の必要性をきちんと説明していた。またそのメリットも明確である。
 
 ①強大な軍事国家となった中国の膨張に対し、日本単独では対応できない。
 ②そのための日米協調に、後方支援などの協力ができ、一部でも片務的でなくなる
 ③これらによって、アジア太平洋地域での力のバランスを維持し、安定を保つ
 
 つまり、いまや中国の脅威が明確に日本や周辺諸国を脅かすことになったという、強い危機意識を持っている。別途歯止の「3要件」もある。

 これに対し石川健治氏(東大法学政治学教授)は、新安保法制の必要性には触れず、しきりに憲法違反であることのみを強調していた。砂川判決が集団的自衛権を認めたことについても、「専門的」な詭弁で誤魔化し、なにがなんでも新安保法案は日本国憲法に反していると言い張る。そうかといって、憲法改正にもまた反対である。もう一人のゲストも同じような意見であった。
 法の「専門家」というのは、こんなにも現実と全体を見ない独り善がりであるのか。あらためてその偏狭さに怒りを覚える。

 新安保法制に反対するほとんどの人は、この法学者たちと同じような考えであろう。これが何故か、日本国内の「空気」を支配している。

 したがって、この新安保法制の賛否は、いまの国際情勢の変化をどう考えているかどうかの問題である。この数十年来の、中国の台頭と米国の衰退である。きちんと変化を意識し、歴史の流れと教訓を理解している人は賛成する。「平和」な日本国の中で、環境変化を考えず、能天気に現状維持がいいとする極楽蜻蛉は反対する。彼らはひたすら、「平和」という隠れ蓑に頭を突っ込んでいて、まわりが見えない。それだけのことである。
 もちろん政府は、無責任なことはできない。何が何でも新法案は通さねばならない。

          学者バカ

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支持率で物事を決めるな(27年6月25日)

 「一国平和」に徹する国は必ず「軍事国家」に制圧される。 原理的に「平和主義国家」は成り立たない

≪朝日新聞社が20、21両日に行った全国世論調査(電話)によると、安倍内閣の支持率は39%で、前回(5月16、17日調査)の45%から下落した。支持率の40%割れは昨年11月22、23日の調査と並んで、第2次安倍内閣発足以降最低だった。安全保障関連法案への賛否は、「賛成」29%に対し、「反対」は53%と過半数を占めた。同法案が内閣支持率に影響したとみられる。(22日 朝日新聞デジタルより)≫

 多くのマスコミは、「支持率」が下落したことで、民意に沿わない安全保障関連法案を廃棄しろと叫ぶ。たしかに支持率低下の原因は、この法案が国民に「理解」されていないからであろう。「自分の国だけ」が平和で、自分だけが良ければいいという、さもしいエゴに毒されているからである。それに便乗した新聞やTVの大マスコミの「反対」大合唱で、さらに国民や野党議員が煽られている。

 だが支持率の低下が法案の採否に影響があっては、絶対にいけない。支持率というのは、世間の「空気」に支配される。ポピュリズム(大衆迎合)と「空気」が、日本を破滅に導いた70年前の歴史を忘れるべきでない。したがってこの法案は、強行採決である。

            いざ決戦

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吉本隆明氏の「反原発」異論(27年6月24日)

 原発のような文明の進展を否定し、穴倉に閉じこもるような人は猿である

 知の巨人といわれ、2012年3月に亡くなった吉本隆明氏は、生前ずっと、反核・反原発の風潮に対し異論を唱えていた。とくに3.11の原発事故のあと、亡くなる前2012年1月の「週刊新潮」に掲載された「反原発で猿になる」は大きな反響を呼んだ。そのタイトルの過激さもあって、読者の半分が逃げてしまったとも言われる。

 吉本氏は、反原発の愚かさについて、つぎのように述べていた。吉本氏は哲学者であると同時に、もともとは優秀な技術者でもあったことから、物事の本質をきちんとわきまえている。

                人類の未来

①知識や科学技術は元に戻すことはできない。どんな退廃的でも、今あるものは否定できない。
②文明の発達は、常に危険との共存である。危険があれば防御策を講じることとのイタチごっこ。
③常に今以上のものをつくるか、考え出すしか方法はない。
④やるべきことは、原発を止めることでなく、放射線に対する防御を完璧にすること。
⑤人間が他の動物と違うところは、こうした努力をあきらめず続けてきたことである。
⑥原発をやめるか進めるかは、本来、科学技術の進歩や文明の発達をどう考えるかの大きな問題
⑦それが、「原発放射能で人が死ぬ」、「反原発で経済破たんする」という問題に矮小化している。
⑧反原発者も推進者も、卑怯な武器である「脅迫」を使うのは問題。とくに放射能の危険を煽る人を、決して許してはいけない。

 私はこれまで、反原発者のあまりの浅薄さ、身勝手さにあきれ、彼らこそ傲慢で残酷だとこき下ろしてきた。また原発の稼働は、単にリスク管理や技術の問題として考えてきた。
 
 しかし吉本氏の思想はもっと大きい。原発問題を文明論として捉えている。そう考えれば、原発のような文明の進展を否定し、穴倉に閉じこもるような輩は人間でない。猿と論争するから、いつまでも埒が明かないのである(そのせいか、小泉元総理の面相も人間離れしてきた)。

逆走する安保改正論議(27年6月23日)

 法案の必要性を憲法問題にすり替え、ほんとに大事なことを議論しないから、アホなのである

 衆院の平和安全法制特別委員会は、安全保障関連法案を審議するなかで昨日、有識者の意見を聞く参考人質疑を行った。特別委には、与野党が推薦した参考人5人が出席。宮崎氏(民主推薦)と小林節慶大名誉教授(野党推薦)の2人が法案を憲法違反と指摘する一方、阪田氏(維新推薦)と西修駒沢大名誉教授(自民推薦)、森本敏元防衛相(公明推薦)の3人が一定の理解を示したという。

 いまやマスコミや国民の多くは、この法案が憲法違反かどうかに注目を移すことになった。したがってこのニュースを取り上げた記事も、見出しには≪歴代の法制局長官が「憲法9条に反する」と指摘≫(22日テレビ朝日系ANN)などと表現している。
 たしかに法案が憲法違反かどうかは大事である。

 しかしもっと大事なのは、この法案が今の日本に必要かどうかである。それが憲法違反かどうか考えるのは、そのあとでいい。どうしても必要なのに憲法違反なら、即刻憲法を変えるべきである。そのためには、憲法変更手続きを簡素化すればいい。昔の憲法が合わないのは当たり前である。法案の必要性で論破すれば、論破された方もただちに憲法改正に賛成する。しなかったらインチキである。
 どうしても必要なことと、それを縛るルール。どちらが大事であるかは、アホでない限りわかる。

 法案が憲法違反だということで、廃案にしようとする輩は、問題をすり替えようとしている。法案の必要性では反論できないから、憲法解釈という異なる土俵に持っていくしかない。法案を出した方も、重要でない方の土俵で、一所懸命相撲を取っている。
 
 だから、今の国会はアホなのだ。
 ほんとに大事なことを議論しようとしないから、小田原評定なのである。その意味では、「今の法体系では国民の安全を守れない。」とした参考人の一人森本敏元防衛相の意見がもっとも優れていた。

 この法案が憲法違反だという学者は、今の日本国憲法こそ、民主主義の身勝手さを凝縮したものであることは、おくびにも出さない。さらに、これまでできた多くの法律(自衛隊法、PKO法など)も憲法違反だらけであることも、棚に上げている。
 ルール(憲法)は守らなければいけないが、ルールにこだわり、変えようとしないのは、致命的に愚かである。

軍艦島の世界遺産登録(27年6月22日)

 インチキ河野談話が、日韓関係をどん底に突き落とした、あの慰安婦問題の教訓を忘れるな

 軍艦島の世界遺産への登録が、韓国の反対でおかしなことになっている。昨晩の日韓外相会談では、このことについても話し合われた。この会談で岸田大臣は、「世界遺産への登録はあくまで学術的な観点からなされるべきだ」とする日本の立場を説明し、韓国側の主張を「一部反映」し、韓国が登録を求める推薦案件と合わせて、登録が実現するよう協力することで一致したという。

 この「韓国側の主張を一部反映」が曲者である。そもそも当時ここで、「強制徴用」と言うものが、ほんとにあったのかどうかさえ疑わしい。確かに軍艦島では、「過酷な労働」が行われていたとされる。だがそれは、韓国人(当時は日本人だが)以上に内地人や「台湾人」も含まれていた。しかも労働者は、破格の待遇を得ていた。そうなると、「強制」であったとはとても言えない。

 今回もいい加減な調査で、この「強制」を認めてしまうことは断じてならない。ほんの少しの譲歩をきっかけに、つぎつぎと言いがかりをつけ、タカリの材料にするのは韓国側の常とう手段である。あのインチキ河野談話が、日韓関係をどん底にまで突き落とした、慰安婦問題の教訓を忘れたのであろうか。

 日本の外交は、いつもその場しのぎで、後世に大きなツケを遺している。そんなことだから竹島も盗られる。重要性を考えたら、世界遺産の登録などいつでもいい。まず(無理だろうが)事実関係をはっきりさせることだ。登録できなければそのほうがいい。韓国に「貸し」ができるし、かえって「軍艦島」が有名になる。

原発避難地域の宅地販売(27年6月21日)

 低レベル放射線環境を望ましいと思っている人はたくさんいる

 東電福島原発事故について、与党が2017年3月までに福島県の避難指示区域解除を政府に提言している。これに対し、同県飯舘村の住民から疑問の声が上がっている。除染を行った後も線量が減らないところが多いからだそうだ。

 多いといっても、せいぜい10μs/h以下で、年間被ばく量80㎜s程度である。これくらいなら高原地帯か健康ランドと変わらない。むしろ、増殖の激しいウィルスや病原菌、がん細胞などを攻撃してくれるため、清潔な環境が保てる。
 また、福島県沖では漁業資源が増大し、世界最高の漁場が生まれている。

 もっとも、住民が帰宅を渋るのはいつまでも「被害者」でいたほうが、有利だからである。さすがにもう補償金などは出ていないと思うが、いつまでも自立できないのは人類の損失である。

 そこで、住民が帰還したくないのなら、広く日本中から移住希望者を募ったらどうか。私のように、低レベル放射線環境を望ましいと思っている人はたくさんいる。今すぐ居住地を移せないとしても、別荘として購入してもいい。或いは除染費用のぶんを、汚染地域の買い上げに使えばいい。
 そうでもしないと、この問題は永久に解決しない。民主主義は、「自分さえよければ」を、正当化してしまったからである。

空気の醸成(27年6月20日)

 マスコミに煽られ滅亡へと突き進んでいった、70年前の日本と同じような雰囲気になっている

 昨日のプライムニュースでは、今国会で問題の集団的自衛権について、与党と野党の論客の出演があった。賛成の立場では自民党の小野寺氏と維新の党の丸山氏、反対の論客は民主党の辻元氏、共産党の赤嶺氏である。

 4人の中では小野寺氏の意見が最も筋が通っていた。軍事費が日本の10倍以上に膨れ上がった中国の膨張を防ぐためには、個別自衛だけでは限度がある。軍拡競争に陥いる恐れがあり、単独では暴走する可能性もある。だから集団で防衛するしかないという。至極当然ではないか。歴史の常識である。

 あとの3名は、子供のようであった。
 とくに共産党の赤嶺氏は、中国共産党の代弁者といってもよい。北朝鮮や中国の脅威など、国際環境の変化を認めず、ひたすら「話し合い」ですべてを解決しようとする。「攻撃を受けることを想定してはいけない」というのだから、無責任極まりない。それでも彼が中国人だと思えば、わかりやすい。

 悪質なのは民主党である。近隣国からの攻撃には「個別的自衛権」だけで対応できるといい、あるいは集団的自衛の必要は一部認めながら、憲法違反だから憲法改正が必要だという。そのくせ、憲法改正には反対する。いったいどうすればいいのか、わけがわからない。こんな政党に一時的にでも政権を預けたことは、いくら後悔しても過ぎることはない。

 維新の党は、集団的自衛権は認めるが、その発動の根拠に「経済的事由」を除けという。
 しかし、今の日本は経済で命を守っている。原発が止まっている状態で化石燃料が途絶えたら、食料は腐敗し輸送もままならない。確実に日本人の何割かは餓死する。

 なぜこれほど正当性のある集団的自衛権容認に、多くのマスコミや国民が反対するのであろうか。

 おそらくこれは、大手マスコミの擦りこみによる、「空気」の醸成である。
 マスコミで取り上げられる「市民」の声には、必ず「政府の説明が足らない」、「政府は、自分たちが理解できるように説明してほしい」という言葉が入る。
 しかし、政府の説明がわかりにくいという人たちには、いくら説明しても無駄である。マスコミは意図して政府の案を説明しようとしないし、そもそも最初から理解しようとしないからである。

 理屈に合わない「空気」が日本中に蔓延すると、とんでもないことが起こる。方向が真逆なだけに誤解されやすいが、いまやマスコミに煽られ敗戦へと突き進んでいった、70年前の日本と同じような雰囲気になっている。

組織を蝕む「大ヌシの尊」(27年6月19日)

 会社に「ヌシ」が発生すると、コミュニュケーションがなくなり、行き詰る

 どんな会社でも、作業のほとんどはムダである(ここで「ムダ」とは、付加価値を生まない、つまりお客からお金を貰えない作業を示す)。従業員30万人で営業利益2兆円、つまり一人あたりの利益が給料より高いトヨタでさえ、正味作業は10%以下で、現場作業の90%以上はムダだといわれている。まして「普通」の会社は、作業の99%以上がムダといってよい。

 ムダをなくすために、5Sの徹底など、企業はいろんな取り組みをしている。99%のムダ時間のうち、1%をまともに働くだけで、生産性は2倍になる。

 じつは、そのムダ取りの最大のものが、「助け合い」である。
 会社の仕事は、必ず忙しいところと、暇なところがある。時期や時間によっても異なるし、慢性的に違う時もある。会社全体が、一様に忙しければ一番いいのだが、そんなことはありえない。
 そこで、仕事の薄いところの人が、忙しいところを手伝う。その「助け合い」がうまくなされれば、一気に効率は高くなる。

      青色お化け        へびお化け

 しかし、多くの会社にはその助け合いを阻む「魔物」が潜む。
 それは、「ヌシ化」、「単能工者」、そこから発生する「コミュニケーション不足」である。この魔物の毒が回れば、助け合いどころか、会社を腐らせ消滅させてしまう。

 「ヌシ化」とは何か。ある仕事を一人が丸抱えするようになると、彼はその仕事の「ヌシ」になる。人一倍経験があって、頭のいい人ほどその傾向にある。そうなると、その仕事はヌシにしかできない。ヌシにしかわからないことがどんどん増える。
 「単能工者」は、ヌシの子分である。ある範囲の仕事はできるが、そのほかの仕事はやろうともしない。

 ここから、組織としては致命的なコミュニケーション不足が生まれる。コミュニケーションは組織の心臓であり、これが機能しなくなると、心不全で一巻の終わりとなる。
 同じ会社なのに、隣の部署の忙しさも、暇なお化けがいるのも気づかない。他が何をしているかわからないのに、助け合いどころではない。「単能工者」では、わかっていても助けることができない。

 悪いことには、「ヌシ化」が進めば進むほど腐敗が進み、気が付いたときは取り返しのつかないことになっている。不正や不祥事の、時限爆弾を抱えているようなものだ。モノも人も同じところにとどまると、必ず腐敗する。
 大銀行のディーラーが巨額の損失を出したこともあるし、会社の経理担当者が愛人に何億もの金を貢ぐ事件は後を絶たない。製造現場のヌシは、自分の周りにお化けを養殖し、じわじわと会社を痛めつける。
 「ヌシ化」は、競争のない業界ならトップにまで及ぶ。こうなると手に負えなくなる。最近では、FIFAの不祥事がある。さらに特定の業界全体がヌシになり、日本を蝕んでいる。

 そんな組織にしないのが、経営者の務めである。そもそも、ヌシをつくったのは、経営者の責任である。目先の生産性低下を恐れ、人事のローテーションをやらなかったからである。
 組織内で仕事の交流を行わなければ、どんな組織も時間がたつほどリスクは増大する。会社に「大ヌシの尊」を奉ってはいけない。

立山・黒部視察旅行②(27年6月18日)

 立山黒部アルペンルートは、長野県大町市の扇沢から入り、富山県の立山駅に抜ける

 東から西に、およそ25㎞の直線距離で、最大高低差は 1975m。ルート内の交通機関は、黒部ダム建設に用いられたトンネルを通るトロリーバス、全線地下式ケーブルカー、日本一の堤高を持つ黒部ダム堰堤上の徒歩移動、立山連邦の景観を望むロープウェイなど、様々な乗り物を乗り継いで移動する。中部山岳国立公園のなかで、飛騨・立山連峰を貫き、黒部ダムなどいくつもの景勝地を通る。

 今回はあいにくの悪天候で、周囲の山々の展望はほとんどなかった。
 ただ、黒4ダム展望台からのダムの眺めは壮観であったし、立山自動車道「雪の大谷」の雪壁、その名残を見学することができた。また、室堂からのバスの中からは、弥陀ヶ原高原を満喫できた。

 黒4ダム 流木H27.6.18 黒4展望台菩薩観音像 H27.6.18 立山室道雪の大谷 H27.6.18

 乗り換え時間を含めない合計の移動時間は、正味1.5時間ほど。室道から美女平までのバスが45分で、あとは5~10分ほどの細切れ乗車である。中間の乗り換え地点だけで5カ所もある。その待ち時間や、歩行、食事の時間を合わせると3時間以上。トータルで5時間はかかる。例によって、中国人観光客が多い。
 景色も楽しめないのに、3時間以上もの待ち時間を何に使う??もちろん、トイレと物販店の物色である。ここ数年、観光地のトイレの改善には目を見張るものがある。あとは運用である。

立山・黒部視察旅行①

 今日と明日の2日間かけて、渋温泉から扇沢、立山アルペンルートを訪問する。立山アルペンルート通過は、4回目ぐらい。
 初めて室堂からの「雪の壁」を見る予定。今回、時期的に間に合うかどうか。

 今回は一泊で、宿は渋温泉の「金具屋」である。
 渋温泉は、長野県の下高井郡にある温泉で、一帯は「湯田中渋温泉郷」と呼ばれる。旅館数35軒に外湯9か所。高温60~90℃の源泉が、37カ所ある。宿泊者には無料で外湯の鍵が貸し出され、苦(九)労を流すと謂われる「九つの外湯めぐり」を楽しむことができる。
 
 宿泊する金具屋には所有の源泉が4つあり、浴槽や洗面台などに使用されている。10人以上が入れる大浴場がない代わりに、5~6人風呂が3か所ほど、中から鍵のかかる怪しい個室風呂が5~6か所ある。合わせ技である。

 建物も見どころ満載である。建築は昭和11年。1部屋ずつ造りを変え、部屋の入口は家の入口のように作られている。宮大工が造った建物で、壁はベンガラ塗り、柱は1本柱15m(+α)を13本使っているという。千と千尋の神隠しの舞台にもなったと噂されている。国の登録有形文化財の部屋にも泊まれる。

 夕方5時半から、9代目30代?当主の館内めぐりツァーに参加。40分ほど、真面目で念の入った説明を聞いた。もう少し年季が入ると、スピーチにユーモアが混じることを期待したい。

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温室効果ガス削減のために(27年6月16日)

 再生可能エネルギーの技術革新を進めるなら、原子力エネルギーはそれ以上に革新が必要である

 昨日のプライムニュースでは、安倍首相が2030年度までに、2013年度比で温室効果ガスを26%削減する目標を表明したことを受け、その意義や可能性についての討論を行った。この6月8日に行われたG7サミットでは、温室効果ガス削減の新たな長期目標を盛り込んだ首脳宣言を採択していた。 

 この温室効果ガス削減のためには、原発の稼働と再生可能エネルギー推進が欠かせない。
 ゲストの3名とも、反原発論者ではないのが救いであった。いわゆる原発アレルギー論者による頑なな原発反対者がいると、妄想ばかりで話が進まない。
 それでも、小宮山宏氏(元東大総長)は、「再生可能エネルギー」の未来に、異常なまでの期待をかけていた。2030年には、太陽光発電コストが、6円/kWHにまで下がるという(眉唾ではある)。

 ただ、太陽光発電が日本の総電力量(10000億kWH)を賄うためには、日本の国土の20%ぐらいをパネルで覆い尽くす必要がある。500兆円規模の投資も必要である。このお金は中国へ流れる。化石燃料の赤字に加え、こんな出費をしていたら日本は10年と持たない。現時点での、FIT(固定価格買取)による貧乏人から投資家への収奪、野放図なパネル建設による環境破壊も大きい。
 それにバイオマス発電は、国内森林の年間成長量すべてをエネルギーに転換したとしても、日本で使っている石油エネルギーの1/10である。

 したがって、再生可能エネルギーの技術革新を進めるなら、原子力エネルギーはそれ以上に革新の可能性と必要がある。そのための投資は、500兆円の半分もいらない。その前に、すぐにでも稼働できる原発はいくらでもある。それをムダに温存している。動かさなければノウハウはどんどん失われる。もうすぐ安全な撤退もできなくなる。
 
 「集団的自衛権」もそうであるが、議論だけで一向に物事が決まらない。せっかく与党が圧倒的多数をとっているのに、なにごとも慎重すぎる。いま決めなければ、日本中が「茹で蛙」である。
 いまこそ安倍家は、一時的にでも、独裁の「キム家」になる必要がある。民主主義では、日本の未来は託せない。

民主主義の怪しさ(27年6月15日)

 「道徳教育」すら拒絶する人の多い日本では、持続可能な「民主主義」は育たない

 私はこれまで、働かない「弱者」に対し、厳しい意見を吐いてきた。それを支援する「人権」弁護士も、タカリの代理人だと思っている。なぜなら、いま日本で絶対的な「善」と思われている、「国民主権」、「民主主義」、「人権」などと言うものは、きわめて胡散臭いしろものと感じているからである。
 
 その私の感覚を、うまく言葉で表現した人がいる。社会学者の佐伯啓思氏で、彼はその著書「正義の偽装」で、つぎのようなことを述べている。

①「自由」とは、自分の欲望の解放であり自己利益の追求である。
②「民主」とは、自己利益を政治的権利として主張することである。
③「平和主義」は、他国はどうであれ、自分の命だけは無事でありたいということである。
④この本質的にさもしい自己利益、利己心を「正しいもの」として、「自由」や「民主」や「平和主義」という「錦の御旗」を与え「政治的正しさ」として偽装したのが、戦後の「公式的価値」である。
⑤これらは「正義」として堂々と主張され、「さもしく」「えげつない」利己心や欲望の隠れ蓑になっている。
⑥これらに「政治的正しさ」を与えてしまっては、これをどこかで「恥ずかしいもの」として抑制するものが無くなり、精神性が劣化するだけでなく、際限なく資源を浪費する。
⑦多くの人が「民意」といっているのは、「自分の都合」や「自分の事情、気分」にしか過ぎない。
⑧民主主義国家の国民は、「自己利益」を求めてお互い相争う、「エゴ」の集まりである。
⑨人々を主権者とみなすということは、人々が自己利益を目指して相互に争うように仕向けること。
⑩西洋には、このエゴを抑制するキリスト教のような絶対的「神」がいる(これも怪しいが)。日本にはない。

 ただ、この佐伯氏の著書には、「ではどうすればいいか」ということは書かれていない。私のように、過激なことを提案してもいない。問題点を列挙してあるだけである。

 日本で民主主義が定着するかどうかは、「神」に代わる絶対的なものを醸成できるかどうかにかかっている。もとより中国、韓国では、そんなものはない(だからしょっちゅう『火病』をおこす)。「道徳教育」すら「人権」や「民主主義」に反するといって拒絶する人の多い日本でも、難しいのではないか。
 「武士道」に望みを託すか、あるいは「過激」思想も一分の価値はあると思う。

永平寺参ろーど(27年6月14日)

 実りの秋に100円の無人販売所が出没すれば、ハイカーが殺到する

 今日、永平寺参(まい)ろーど禅ウォーキングに参加した。京福鉄道旧永平寺線の跡地約6キロメートルが遊歩道となり、「永平寺参ろーど」と名付けられた。その「全線」開通を記念してのウォーキングイベントで、永平寺町観光課が主催である。

 えちぜん鉄道「永平寺口駅」を下車。駅南側の参ろーど入口からスタート。1マイル(約1.6㎞)ごとに、「1参る」の標識がつけられている。駅から、「4参る」で永平寺門前町のゴールにつく。
 3カ所ほど、臨時の売店が設けられており、休憩しながら約1時間半の道のりであった。

 旧永平寺線跡 H27.6.14 永平寺参ろーど くまげら工房 H27.6.14 愛宕観音より永平寺本山 H27.6.14

 ここなら、イベントに参加しなくても来れる。電車で永平寺に参拝するのに、ちょうどいい。ほどほど歩いた後、永平寺に着くというのもいい。大仏寺山を眺めながらの散策は、昨年歩いた奈良山辺の道に匹敵する。

 ただ年寄には、途中もう1~2か所トイレが欲しいし、もう少し世俗感があってもいい。実りの秋に100円の無人販売所が出没すれば、ハイカーが殺到するに違いない。(小さい祠と賽銭箱があれば、1日でどれだけ溜まるか楽しみである)

怪しいメール(27年6月13日)

 誰も怪しいメールは開かない。怪しくないメールに騙される

 YSHOOの意識調査で、「日本年金機構の個人情報流出問題で、機構に送りつけられた不審なメールは表題が少なくとも4種類あり、合計100通以上だったことがわかりました。実在する年金関連の団体名などを挙げ、業務に関連があるように装っていたそうですが、あなたは怪しいメールを開かない自信がありますか?」というのがあった。
 回答では、「自信がある」と答えた人が56.3%と過半数を超えていた。

 しかし、多くの人がコメントしているように、「自分なら怪しいメールは開かない」と思っている人ほど危ない。

 その中で、核心をついた意見があったので紹介しよう。
≪怪しいメールは開かないよあたりまえだ!!怪しくないメールにだまされちゃうんだ!≫

 したがって、意識調査ぐらいではメールによる感染は防げない。オレオレ詐欺と同じで、攻撃するほうが何枚も上手で、常に進化している。私の使っているパソコンも、感染している可能性はある。
 MERSも同じである。あれほど韓国で流行しているのに、日本人が感染していないわけがない。

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他党批判と国家の危機(27年6月12日)

 出世する議員は国家より党を大事にし、厚顔無恥な発言を堂々と行わなければならない
 
 国会議員のコメントは他党批判が大半である。野党ばかりではなく与党でも同じである。他人の批判は非常に聞き苦しい(私もか?)。
 とくに民主党はひどい。自分のことは棚に上げて、ことあるごとに揚げ足を取っている。

 たとえば先日、身内である民主党の小西洋之議員の国会暴言を咎めた枝野幹事長は、返す刀で「秘書官の助けがないと答弁ができない防衛相に、根本的な問題の原因がある」と語ったという。
                   
 よくこんなことが言えたものである。これぞ「棚上げ」の典型である。民主党政権時代の防衛大臣など、秘書官の助けがあってもまともに答弁できなかったではないか。

 議員として出世するためには、このような厚顔無恥な発言を、堂々と行えるようにならなければならない。やはり宇宙人である。こんな人たちだから、国家より自分の党を大切にする。
 その意味では、発言の「素人っぽ」さが抜けきらない中谷防衛大臣には好感が持てる。

           厭なヤドカリ        マスク

 それにしても、今の国会運営には非常に危機感を覚える。国際環境が変化したのに、マスコミの論調に乗って、やるべきことが遅々として進まない。倒産する会社の典型である。方向性は逆であるが、70年前朝日新聞などの大手マスコミに煽られ、国民を悲惨な敗戦へ導いた構図とそっくりである。
 郵政民営化のように、メディアが一斉にわめきだすと、たいていろくなことはない。

水産加工会社の戦略(27年6月11日)

 開発した商品も、安全性やおいしさなどについて、不断のレベルアップが必要である

 この会社は、地元福井県産を中心に北陸の海産物を、干物や一夜干し、切り身などに加工し販売を行っている。仲介業者を通した量販店への販売であるが、従来の普及品では価格競争が厳しく、また海産物だけに仕入れの量や価格の変動が大きい。したがって、安定して高収益をあげる経営体質にはなっていなかった。

 そこで、海産素材の組み合わせで高付加価値の冷凍商品を開発し、新鮮な海産物の加工食品をつくることを計画している。冷凍食品は長期間保存がきくため、海産物原料を安いときに仕入れることもできる。
 ターゲットはギフト市場で、最終消費者は関東・関西の個人や法人。製品を中元・歳暮需要を含む贈り物や進物などに仕上げる。直接の販売ターゲットは、ギフト卸・メーカー、小売(百貨店・高級量販店・専門店)等である。
         タコ 2匹 

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憲法守って国滅ぶ(27年6月10日)

 隣の国が虎視眈々と日本を狙っているのに、能天気に憲法談義をしているとは、なんというアホな国であろうか

 政府は、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案の、今国会会期末までの衆院通過を断念するという。先だっての衆院憲法審査会において、自民党推薦を含む憲法学者3人全員が法案を「憲法違反」と発言したことが大きい。

 しかし憲法学者でも、反対の意見を言う人はいくらでもいる。出席した憲法学者が3人とも、同じような発言をしたのは、あきらかに人選を誤ったからである。そんな単純ミスを咎めて国策を誤らせるとは、言語道断である。物事の軽重を分かっているのか。

 それに専門家というのは、あくまでも専門分野のことしか知らない。自分の狭い守備範囲で、ああだこうだ言うだけで、まったく責任がない。言うことが外れたとき、言い訳のうまい人を専門家ともいう。
 さらに法学者というのは、まともな人間ではないことがわかってきた。そんな人の言うなりになっては絶対にいけない。

 そもそも隣の国が、虎視眈々と日本を狙っているのに、能天気に憲法談義をしているとは、なんというアホな人たちであろう。国がなくなれば憲法どころではない。小田原評定も、いい加減にしろと言いたい。

公開プロポーズ(27年6月9日)

 最初から「了解」すみの「サプライズ」は、直接プロポーズができない男の手段である

 先日、カナダの研究者が、新種の大型草食恐竜化石を発表した論文の最後の謝辞で、同僚の女性研究者に「will you marry me?(結婚してくれますか?)」とプロポーズした、というニュースがあった。(6月8日 時事通信より)

 これについて読者コメントは、

≪やっぱり恐竜学者ってロマンチストが多いのかな?≫
≪カレント・バイオロジーって、そこそこ格のある論文雑誌だぞ。ユーモアあるなあ。≫

 という肯定的なものがある反面

≪この手のサプライズ的なプロポーズはよく聞くけど、あかんかった時の話は記事にならんのかな≫
≪彼女が本当は断りたかったとしたら、強要になると思うけど≫

 などと、現実的な意見も見られた。

 思うには、これはいきなりプロポーズではない。最初から「了解」すみであったのだろう。
 というのは、私のような日本人男性の見解である。ほんとに「サプライズ」だったのかもしれない。それでも、勇気がなくて直接プロポーズができない男にとっては、いい方法である。今後流行になるであろう(残念ながら私には資格がない)。
 もっとも、こんなのばかりでは「サプライズ」でなくなるが。

資本主義の終わり(27年6月8日)

 世界の成長が終わりの時代に向け、日本が収奪の対象にならないためにこそ、アベノミクスは必要

 水野和夫氏(日大教授)は、私の密かに師事する経済専門家の一人である。その水野氏は以前から、「一部の富裕国が、大多数の資源国を搾取することで成り立ってきた、従来の資本主義構造自体が崩壊しつつある」との見解を述べていた。

 水野氏は、今年の「新潮45」4月号でつぎのように述べている。これらの見方に対して、私も同意するところは多い。

①西洋史は「蒐集(しゅうしゅう=収奪)」の歴史で、それを効率よく行えるのが「資本主義」であった。
②「資本主義」は今や機能不全に陥り、これからは経済社会システムの更新が行われる。
③「資本主義」と「民主主義」は、いずれも「過剰性」を内包している。(誰もが豊かになろうとするが不可能)
④周辺国からの「蒐集」ができなくなった欧米は、グローバリゼーションによる「蒐集」に転換した。
⑤しかしBRICSやイスラム国の対等などで、先進国はかっての「蒐集」が不可能になった。
⑥これからは、ゼロ成長となる「撤退戦」を余儀なくされる。
⑦この撤退戦に最も不向きな政治家が安倍晋三氏である。
⑧とにかく日本は1000兆円の借金問題を解決しなければならない。
⑨そのためにはエネルギーの海外依存の解決が必要である。

 ただここで水野氏は、安倍総理のことを「狭い視野、浅い思慮、地球儀を俯瞰すると言いながら過去の歴史に少しも学ぼうとしない姿勢は、本来なすべき経済施策の真逆を彼に取らせている」と述べている。

 これこそ、視野狭窄的な見方ではないか。「撤退戦」は一筋縄ではいかない。押したり引いたりしながら、落としどころを探るのが「撤退戦」だからである。
                 赤富士

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つまらない芥川賞小説(27年6月7日)

 芥川賞のような権威ある受賞作は、読み易かったり面白くてはいけない

 今年こそ芥川賞受賞作を読んでやろうと思い、掲載された雑誌のページを開いた。小野正嗣氏の「九年前の祈り」である。ふつう小説なら、最初つまらなくても、2~3㌻読み進んでいくうちに引き込まれる。ところがこの小説は、それ以上5~6ページまで読んでも感情移入できない。なぜこんな苦しい思いをしてまで、読まなければならないのか。

 あとはななめ読みである。感動どころか、なにを言いたいのか、何が面白いのかさっぱりわからなかった。

 それでも、昨年の受賞作(abさんご)よりいい。あれは外国語みたいで、取りつく島もなかった。数年前やっとの思いで読んだ「共喰い」は、感動どころかグロテスクで、悪感情しか残らなかった。
 芥川賞というのは、人を読書嫌いにさせるためにある。

 なぜ、芥川小説は面白くないのか。
 ひとつは、私自身に、小説の感性を受け入れるだけの情緒がないからである。

 もうひとつ理由がある。
 芥川賞のような権威ある受賞作は、あまり簡単ではいけない。わざと一般の人には読みづらくさせ、作家という「専門家集団」だけのものにしておく。普通の人が簡単に評論できるようでは、専門家の権威が落ちる。

 そういえば、役所の作った法律やガイドラインも、やたらと難しい。これも、その道の専門家以外に理解できてはいけないのである。

介護サービス(27年6月6日)

 介護からその周辺サービス事業については、あまり規制しない方がいい

 今年度から、いくつもの値上げがある。介護保険料もその一つである。
 保険料は上がっても、介護業者への料金は下がった。介護者の人件費分はわずか上がっても、相変わらず介護従事者の給料は安い。

 そんな業界でも、年収600万円もの介護従事者がいる施設があるという。ここでは、介護保険ではできないサービスを行っている。付き添いサービスや買い物サービスなどである。

 ただ高齢者相手のビジネスは、どうしても胡散臭さが付きまとう。サービス提供者と認知症の老人とでは、対等の交渉にはならない。きわどい綱渡りになる。
 また、金持ちとそうでない高齢者の間の格差をやっかむ声も上がる。

 それでも、虎穴に入らなければ虎児を得ることはできない。さらに、塩漬けになっている高齢者の資産を流動化させることは、日本経済の悲願でもある。
 介護からその周辺サービス事業への進展を期待したい。消費者庁は、あまりやかましく規制しない方がいい。騙された老人といえども、死ぬまで騙されたかったはずである。

皆が働く組織は滅びる?(27年6月5日)

 いつも遊んでいるように見える公務員は、「いざ」という時によく働く

 ふつうの会社では、すべての人が目いっぱい働くことが求められる。そうでないところは潰れる。そのような会社人間から見ると、何をしているかわからない公務員や団体職員は、能無しの「穀潰し」に思える。その「穀潰し」が我々より高給取りとはどういうわけだ、と怒る。当然である。

 ところがもっと大きな視点からみると、皆が精いっぱい働いている社会は長続きしない。
 どういうことか。
 生物学者である長谷川英祐氏の著書「働かないアリに意義がある」によると、アリやハチの世界において、つぎのような観察結果が得られたという。

・コロニー(巣の世界)の中で7割のアリは何もしていない
・死ぬまでほとんど働かないアリもいる
・卵の世話が途切れると次世代がいなくなり、そのコロニーは滅びる
・よく働くアリは寿命が短い
・ハチやアリには個性として刺激に対する反応の違いがある
・その個性によって、仕事が全体にいきわたる
・つまり、仕事が増えると働かないアリも働くようになる
・働かないアリがいる非効率なコロニーのほうが寿命は長い
・道をまちがえるアリがいると、効率よく餌がとれる場合がある

 すなわち、ブラック企業の従業員のごとく、よく働くアリやハチは寿命が短い。もしこのような個体ばかりだと、皆が一斉に疲れ果て、(卵の世話のような)どうしても必要な仕事ができなくなる場合がある。卵の世話ができなくなると、その一族は滅びる。あるいは、人間に襲われて巣が破壊されるときもある。そんなとき、ふだん働きづめのアリは、それ以上の仕事ができない。

         働き?アリ

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未来への記録(27年6月4日)

 今の我々を1000年先に残す記録媒体として、和紙の重要性を提案する

 以前、古文書を保存することの重要性について述べた。昔の歴史遺産の保存は、文化面だけでなく政治的にも大きなメリットがある。

 ところで今現在、我々の時代の記録はどうなるのであろうか。はたして1000年後に、今現在の我々がどのような活動をしていたのか、未来人は知ることができるのか。

 現代の記録媒体は、ほとんどが電子データ或いは洋紙である。
 ご承知のように、洋紙の保存期間は和紙(1000年)に比べ大幅に短く、せいぜい100年程度といわれる。硫酸アルミで処理されているものは、もっと短い。全米最大の議会図書館で、蔵書の紙の劣化状態が進んでいると報じられたこともある。フランス、イギリスその他の国々の図書館も同じ状態だという。だから、洋紙での記録は心もとない。

 また電子データは、必ず改ざんできる。証拠としての正当性を持つことができない。今、世に蔓延っている無数の電子データは、コピーしていけば無限に寿命を延ばせるが、中身の信憑性が問題である。私の書いているブログも、電子データでしか残らない。 こんなもの誰もコピーしないから、私が死ねばたちまち消滅する。
 たぶん、質より量。現代の記録は、膨大な量で信頼性を補うのかもしれない。
 
 そうなると、確実なのは和紙と墨である。大切な記録、改ざんされずに、1000年も保存が必要な記録は、和紙媒体が最も適している。それは、1000年後の人が判断してくれる。
 
 1000年残したい記録媒体として、和紙の重要性を提案したい(但し韓国恨みの記録は除く)。

すべて侵略国家(27年6月3日)

 日本の集団的自衛権行使に反対する人は、日本を取り巻く状況について、まるで勘違いをしている

 100年前の世界地図を見ると、全世界の2/3が、欧米の植民地であった。70年前は、樺太、カムチャッカ、満州、インドシナ半島、南太平洋の島々など、日本の領土が最大に増えた時代である。
 みごとに、全世界が侵略地である。

 そもそも、すべての歴史ある国は侵略で成り立っている。
 日本の大和朝廷が各地の豪族を支配し、その後室町戦国時代は、日本中が侵略戦争を繰り広げながら領地を定めていった。豊臣秀吉が中国地方から九州を侵略し、明治には沖縄が併合され、日本国内での侵略戦争は一段落した。
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政府予算の配分(27年6月2日)

 年金補てんのほんの一部を、中小企業の投資に充てれば、日本は甦る

 日本が今後、自力で生き延びていくためには、働く人にこそお金を回さなければならない。年金や生活保護にいくらお金をつぎ込んでも、国内でモノやサービスを生み出す力はつかない。最近拡大している「被害者ビジネス」も同じである。

 それでは、具体的にどうするか。
 すべての中小企業者の投資に、お金を出すことである。たとえば、「小規模事業者持続化補助金」。これは、小規模事業者が、商工会議所や商工会と一緒に、販路開拓に取り組む計画について、最大50万円(雇用を伴う場合は100万円)を補助しようとする。現在の年間予算は100億円から150億円である。補正予算だから、いつ無くなるかわからない。この規模を100倍以上に拡大する。

 いまの政府予算は、年金など社会保障費だけで31.5兆円もある。そのうち、年金の補てん分だけで10兆円だ。それに対し、中小企業対策費は1800億円しかない。
 これこそ、働く人から働かない人への「搾取」である。
 年金補てん分の半分の半分。2~3兆円を中小企業にばらまけば、相当状況は変わる。年金が減った分、必要なら働けばいいだけのことだ。

 基本的にこのお金は投資のためである。補助金だから、きちんと使い道を申告しなければならない。補助金以外に自己資金を30~50%使うから、それ以上の乗数効果がある。企業は、自分で戦略をつくる力が付くと同時に、企業間取引が増え、国内の供給力が増す。働く人が増えるということである。
 国内の供給力が増せば、誰かの貯蓄取り崩しは誰かの貯蓄になるだけで、永遠に国内でお金が回る。財政破綻の心配はなくなる。

 生活保護や年金など不労者に対する補助金も税金だから、きちんと使い道を申告すべきである。払った税金がまた貯蓄されるのでは意味がない。これまでの太陽光発電とかエコポイントなど、使い道を限定した補助金は、ほんとに国民の必要な事業が育たない。今はやりの地域振興券も、目立って供給力を押し上げるところまではいかない。 

 全国300万事業所の投資に、1社100万円づつ支援しても、「たったの」3兆円である。年金補てんにくらべたらわずかで、確実に日本は元気になる。

古文書を世界遺産に(27年6月1日)

 軍艦島とは違い、「歴史を直視せよ」といっている韓国は、さすがに反対できない

 昨日の日曜日、2年ぶりに今庄を訪れた。地元ガイドさんによる旧北国街道の旧跡案内のあと、「未来へつなぐ地域づくりの基礎・歴史遺産」という演題で涛声学舎代表の多仁照廣氏の講演を聴いた。
 今庄は、京都と北陸、若狭と越前をつなぐ交通の要衝として栄えた宿場町である。2年前もガイドさんの案内で見学したのに、一割も覚えていない。たぶんこれから、何回も行って話を聞かないと、記憶に残ることはないと思う。

 今庄 街並み H27.5.31 今庄 本陣跡 H27.5.31  古文書を歴史遺産に 多仁先生 H27.5.31

 それより今回、多仁照廣氏の講演が面白かった。氏は講演で、歴史遺産である古文書を保存することの重要性について述べ、とくに
 「日本の村や町に遺された大量の古文書を、世界遺産に」と訴えていた。

 日本の文字文化は、つぎのような優れた特性を持っている。

≪①室町時代から江戸時代に発達した寺子屋教育によって、識字率が高い。
 ②和紙と墨という優れたメディアがあった。
 ③江戸時代は、戦争のない平和な時代。
 ④江戸時代の裁判は先例主義だったので、山や水、境界、租税など他と訴訟になった場合の証拠として記録が遺された。
                                  ・・・・多仁照廣氏講演資料より≫

 古文書といっても、なにも文化財でなくていい。各地の庄屋や大店、代官所にあるようなもので、今も民家に保存してある。それが災害や人口減少などで、どんどん失われている。世界遺産候補に挙げるなど意識づけをしないと、壊滅的に消え去る恐れがある。

 古文書を遺すことで、助かった例があるという。むかし新幹線などの土地利用を巡って、暴力団が全国的な訴訟を起こした時、それを退けたのが税務大学租税資料室の行政記録であった。そこには係争地について、明確に「官地成」、すなわち公の土地であることが示されており、裁判での有力な証拠となったそうである。
 もちろん古文書から、噴火や津波など災害の記録を活かすこともなされている。
 また、王朝が代わるたび古文書はすべて破棄してきた中国に比べ、証拠に基づいた正確な歴史を提示でき、彼らの「歴史ねつ造」に対抗することも可能である。

 したがって、古分書を世界遺産として大切にすることは、歴史遺産としての価値を遺すだけでなく、実利的なメリットを発揮することもできるのである。

 そして韓国も、軍艦島とは異なり、さすがに反対することはできない。一つ覚えのように、「歴史を忘れるな」、「歴史を直視せよ」と口を酸っぱくして言うのだから、古文書の世界遺産化は彼らの要望に沿うだけの話である。
 もっとも韓国の目的は、日本に因縁をつけることしかない。こんどは、どんな新手のいちゃもんが現れるか、楽しみである。