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慰安婦問題の解決(27年4月30日)

 完全に解決しようと思ったら、戦争を起こし相手を完全に叩き潰す以外にはない

 虚偽の発言はもちろん、いくら事実であっても、相手の欠陥を指摘し傷つけた場合には、何らかの罪に問われる。刑法上の罪にはならないまでも、相手に厭な思いを抱かせ、周囲の雰囲気を壊してしまう。これを「暴言」あるいは「いじめ」ともいう。

 ところで、いまアメリカを公式訪問中の安倍総理大臣は、昨日歴史的な議会演説を行った。それに先立ってハーバード大学でスピーチを行い、学生たちからの質問に答えた。
 そのなかで、韓国系の米国人の学生からの
 「(慰安婦について)これだけの証拠があるのに、まだ日本政府の関与を否定するのか」という質問に対し、
 「慰安婦問題については、人身売買の犠牲となって筆舌に尽くしがたい思いをされた方々のことを思うと、今でも私は胸が痛みます。この思いは歴代の首相の思いと変わりはありません」と答えたという。

 まさに、「大人の対応」である。
 本来ならば韓国人学生の誤り(暴言)を正し、慰安婦問題は虚構であり慰安婦は売春婦であったというべきである。だがいくら事実であっても、相手を傷つけその場を凍らせることはしない。暴言合戦になってしまう。

 そうかといって、韓国系学生に全面的に迎合することはできない。質問した学生は、あとで
「個人的には正直言うと、満足できる答えは得られなかった。歴史は歴史であり、自分勝手には変えられない」と答えていたが、満足する答えなど得られるはずがない。そんなことをすれば、安倍総理は日本人に総スカンを食い、議員を辞めなければならない。

 これは、宗教戦争である。お互いに、自分たちの信じることが絶対的に正しいと思っており、譲ることはしない。時間がたてばたつほど、いくらでも自分に都合のいい「真実」は出てくるからである。
 したがって、いくら相手に反駁しても、納得させることはできない。

 そうであるならば、どちらの国のトップも、永遠にのらりくらりしていくのが最善である。完全に解決しようと思ったら、戦争を起こし相手を完全に叩き潰す以外にはない。それこそまさに、漁夫の利を狙う欧米の思う壺である。
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大震災の教訓(27年4月29日)

 どのような災害でも、しなやかで直ちに復旧できるような社会こそ日本のあるべき姿である

 今回のネパール大地震では、800万人が被災し、死者は1万人を超える見込みだという。2008年の四川大地震の被害(死者8万7000人で損壊家屋400万棟以上、避難者1500万人以上)に匹敵しそうである。
 内陸部の地震であるから、津波の被害はない。ほとんどが、家屋の倒壊による被害である。レンガや石造りの家が多いだけに、崩れたがれきの下敷きになれば、ひとたまりもない。簡易住宅にしか住めない「格差」社会が、如実に表面化した。

 大地震なら日本も負けていない。3.11では死者と行方不明者合わせ、2万人を超えた。阪神淡路大震災での死者は6500名、福井地震でも4000名近くの死者が発生した。

 ただ日本の3.11地震での死者の大部分は、津波か火災によるものである。阪神淡路大震災で潰れた家屋の下敷きになった人は70%を超えているが、人数では四川大地震やネパール地震よりはるかに少ない。

 日本では昔から、軽くて再生可能な、木や紙、わら、土などでできた家屋が用いられてきた。そして、昔はそれほど家財道具がなかった。したがって、いくら災害があっても最少の被害で済み、簡単に復旧できた。
 しかも大災害の後には、それまでのしがらみや既得権益が破壊され、以前に増した合理的なインフラや社会制度が確立されてきた。

 間違いなくこれからも日本で、大地震は起こる。いくら頑丈な建物や防波堤をつくっても、それを超えた規模の場合には、かえって被害は大きくなる。そして、有り余る「モノ」である。家財道具をはじめ人工物が多ければ多いほど、使い物にならなくなった時の始末に困る(3.11の瓦礫の教訓)。

 したがって日本の震災対策は、重要拠点(避難場所、司令塔、発電所など)は、強固な耐震対策を施し、その他住居や遊戯施設などは、できるだけ簡素にしておいた方がいい。そして、モノよりサービスを重んじる経済社会を目指す。

 どのような大災害があっても、しなやかで直ちに復旧できるインフラのある社会こそ、人口が減少していく日本のあるべき姿だと思う。知恵は、そのために使いたい。

論理が伝わる「書く技術」(27年4月28日)

 参考にするのはいいが、手法だけマスターしても、簡潔で面白い文書をつくることはできない

 久しぶりに文書作成に関する著作を読んだ。倉島保美氏の『論理が伝わる「書く技術」」である。
 そこでは、わかりやすい文書を作成するために、つぎのようなルールを紹介している。

①総論のパラグラフ(一つのトピックを説明した文の集まり)で始める
②一つのパラグラフでは一つのトピックだけを述べる
③パラグラフの先頭は要約文で始める
④先頭文に続き、補足情報(意味、なぜ、重要性)を加える
⑤パラグラフの接続(総論と各論、引き継ぎ型、展開型)
⑥並列のパラグラフは、揃えて表現する(書き方のコツ・・骨子法)
⑦既知から未知へつなぐ

 参考になったのは、「③パラグラフの先頭は要約文で始める」と「⑦既知から未知へつなぐ」であった。たしかにわかりやすい文書が作れるかもしれない。
 あとは、いいのか悪いのかわからない。

 ただ、このような手法を厳格に守ると、書き手は迷走することが多い。この作文ルールでは、繰り返しが多くて長く面白くない文章になってしまうのではないか。いくらわかりやすくても、面白くなければ読んでくれない。

 専門的な話で恐縮だが、むかし機械の制御回路を設計していたとき、ある人の書いた独自の制御回路設計法を読んで、非常に混乱したことがある。手法にこだわった設計で、そもそもの回路の意味が分からなくなってしまった。基本原則から自分で煮詰めていくやり方のほうがよかった。

 どんな手法でも、参考にはしても全面的に依存すべきではないと思う。

官邸ドローン事件(27年4月27日)

 今回ドローンを飛ばした「犯人」は、規制がなければ将来被害を受けたであろう、何人かの命を救う

 首相官邸に小型無人飛行機「ドローン」が侵入した事件で、逮捕された福井県小浜市の容疑者が、「4月9日午前3時半ごろにドローンを飛ばした」と供述しているという。
 政府の原発政策に不満があり、抗議のために微量の放射線を含んだ砂を入れて飛ばしたそうである。抗議といっても、原発推進反対のほうである。原発再稼働が遅々として進まない抗議ではなさそうである。
 原発推進に反対している人たちの逆走ぶりがわかる。

 しかし、今後可能性のある大きなテロを未然に防いだということでは、よかったのではないか。ドローンと言っても、ラジコン機である。こんなものは昔からあった。どこにでも飛ばせる。その気になれば、自爆テロ以上の脅威を与えられる。
 首相官邸という注目を受ける場所にでさえ、このような物体を簡単に飛ばせる時代になったのである。

 この事件を受けて、さっそく法規制が検討されている。当局の危機管理のなさから言って、死者を伴う大きな殺傷事件でもなければ、いつまでもほったらかしになっていたであろう。

 その意味では、今回ドローンを飛ばした「犯人」は、規制がなければ将来被害を受けたであろう、何人かの命を救ったのである。

富士写ヶ岳から火燈山へ周回(27年4月26日)

 今年は、シャクナゲの外れ年? つぼみも少ないので、あまり期待できない

 晴天の今日、富士写ヶ岳に登った。
 いつもは、つり橋の我谷コースであるが、今回は大内コースである。しかも、火燈山への周回コースとはり込んだ。富士写ヶ岳から不惑新道を経て小倉谷山、火燈山に至り、火燈古道から大内峠へ下山の周回である。数年前までヤブ漕ぎのコースを、地元の方が整備されたという。全長8キロのロングコースで、タイムは5時間の予定。

 福井から丸岡を通り、364号線のトンネルを抜けてすぐ、右へ入ったところに大内登山口がある。
 昨年の今ごろ(27日)、我谷コースのピストンで、シャクナゲの群生に感激した。そのとき、大内コースのほうがたくさん咲いているということを聞いた。期待が高まる。

 7時10分に登山開始。今年初めての登山にもかかわらず、2時間のコースタイムを切って、富士写ヶ岳のピークについた。
 ところが期待したシャクナゲは、ほとんど咲いていない。大内コースの登りで見かけたのは、辛うじて1輪か2輪である。そのかわり、なぜかイワウチワが咲いている。シャクナゲほど派手ではないが、小さくて清楚な花である。この花は、周回コースの至る所で群生していた。

 富士写ケ岳大内登山口H27.4.26 イワウチワ群生 H27.4.26 富士写ケ岳から小倉谷山コブシの道H27.4.26

 富士写ヶ岳(941m)と小倉谷山(910m)の道程はおよそ2.5㎞、標高差はわずか30mである。ただその間に、2~300メートル下ってまた登る。手を使っての急降下と急登である。甲斐駒~仙丈岳ほどではないが、老体にはこたえる。期待したシャクナゲもない。
 それでも、小倉谷山への急登が終了したあたりから、白いタムシバの並木道がしばらく続いており、慰めにはなった。

 小倉谷山への道から富士写ケ岳H27.4.26 火燈古道シャクナゲ H27.4.26 火燈古道入り口 H27.4.26

 小倉谷山から火燈山(801m)へは15分。火燈山は、竹田からのコースもあるが、周回の火燈古道から降りる。
 シャクナゲは、火燈山からの下山道でやっとお目にかかることができた。それでも10本から20本、数えるほどしかない。つぼみも少ない。昨年多かったぶん、今年はシャクナゲの外れ年なのか。

 大内登山口  7:10  (登山開始)
 富士写が岳  9:00~9:15
 小倉谷山   10:50~10;55
 火燈山     11:10~11:25
 火燈古道入り口  12:20 (下山)

額の出っ張り(27年4月25日)

 気のせいか額の出っ張りは、「悟り」を得るたびに、大きくなる

 私の額の真ん中に、大仏の額のような異様な出っ張りがある(プロフィール写真参照)。いつごろできたのかわからない。30歳すぎたころ、人に言われて気にするようになった。そのうち無くなるかと思ったが、なかなか消えない。

            H27.4.22 1 (1)

 奈良の大仏にも同じような出っ張りがある。ただ大仏にあるのは、「毛」である。これを白毫(びゃくごう)といい、1本の毛が右巻きにカールして巻貝のように収まったものである。釈迦や観音の如来・菩薩像にもある。仏の知恵を示し、またこの部分から神々しい光を放ち、人々を救うといわれる。
 気のせいか、私の出っ張りも「悟り」を得るたびに、大きくなる。

 インドのヒンドゥー教では、額は人間の中枢であり、神聖なる部分で体の中でも特別な場所だと考えている。宗教的な意味において、ビンディは第三の眼、第六のチャクラ(エネルギーポイント)を顕し、身体のエネルギーを集中させ、増強し、魔を除ける力を持つと思われている。
 そこで、多くの人が額に「ビンディ」というシールを貼っている。結婚しているインド人女性は、額に赤丸・黒丸の「ビンディ」を貼る。

 私自身の「聖なる場所」の出っ張りは、何を意味するのであろうか。
 もしかしたら小学生のころ、頭突きのプロレスラ―大木金太郎に憧れ、毎日100回も額を柱にぶつけ鍛えた。その後遺症かもしれない。

アベノミクス不況(27年4月24日)

 人は、自分が消費する以上の価値をつくらなければならない。苦しいのはまともに働かなくなったからに過ぎない

 アベノミクスでは、大企業ばかりが潤い、中小企業はかえって苦しくなったという。中小企業庁の影響調査では、原材料・エネルギーコストの増加を販売価格に反映できてないと答えた業者が7割にのぼるうえ、昨年4月の消費税の8%増税が相まって、価格転嫁をさらに困難にしている。

 たしかに円安になると、海外から調達する材料価格が高騰する。中小企業にとって、仕入れ価格のアップや消費増税の影響は大きい。

 しかし「アベノミクス」がなくても、消費増税はあった。それに少し前には、日本中が「円高で苦しい」と言っていたのではなかったのか。私の知る限りこれまで、円高をなんとかしろと訴えていても、円安で大変だと言っていた時期はなかった。円安で仕入れ価格が上がっても、加工での付加価値がそれを補っていたからである。

 結局いつの時代も、文句を言う人はいる。マスコミはそれを取り上げることで、ニュースになる。円安で儲かっているところは、人々の怨嗟の的になる。
 それにいまの日本では、弱者を演じることで、いくらでも利権が発生する。

 なんだかんだ言っても、苦しいのは、まともに働かなくなったからである。「知恵のない人」が他の3倍働こうとすると、「ブラック」といって叩かれる。
 そもそも人は、自分が消費する以上の価値をつくらなければならない。これは、経済以前の大原則である。

中・韓には謝り続けるのか(27年4月23日)

 そもそも「歴史修正」というのは、間違っている歴史を直すことである

 村上春樹氏は、最近日本の歴史認識に触れ、
 「歴史認識の問題はすごく大事なことで、ちゃんと謝ることが大切だと僕は思う。相手国が『すっきりしたわけじゃないけれど、それだけ謝ってくれたから、わかりました、もういいでしょう』と言うまで謝るしかないんじゃないかな。謝ることは恥ずかしいことではありません。細かい事実はともかく、他国に侵略したという大筋は事実なんだから(共同通信インタビュー記事より)」と述べている。

 いま世界でもっとも注目されている作家だけに、この発言の影響は大きい。
 もちろん日本国内では、この発言に対する反発も出ている。たとえば百田尚樹氏は、ツイッターで、「そんなこと言うてもノーベル賞はもらわれへんと思うよ」、「小説家なら、相手が『もういい』と言う人間かどうか、見抜けそうなもんだが...。それとも本音は『1000年以上謝り続けろ』と言いたいのかな」と述べた。

 前にも書いたが、「感情」・「感性」を売り物にする芸術家は、込み入った背景の政治的発言をするべきではない。村上氏は紛れもない「芸術家」で、百田氏は「芸術家」というより「思想家」である。

 もともと村上氏は、日本の「反体制」的な言動で知られていた。彼がノーベル賞候補になったのも、日本の「歴史修正主義」を懸念している欧米の影響が大きい。いま村上氏が、こんな理不尽な発言をしたのは、ここ数年ノーベル賞候補と言われながら「落選」してきた焦りではないか(と思わざるを得ない)。

 もし今年村上氏がノーベル賞を受賞したら、この発言のせいだということになる。それだけ欧米は、日本の「歴史修正」に対する、抑え込み圧力を利かそうとしている。

 そもそも「修正」というのは、間違っていることを直すことではないのか。なぜそれがいけないのか。いまだ誰も、納得ある説明はできていない。

「全裸」ポスターは否か(27年4月22日)

 議員になる人も、一定数はおかしな人がいなければいけない

 いまの東京都千代田区議選で、ある男性候補者が「全裸」ポスターを掲示して物議を醸している。「全裸」といっても、名前のところで局部を隠しているから、違法ではない。
 このニュースがネットに掲載されると、読者コメントは否定的な意見がほとんどであった。

 しかし、普通の選挙掲示板に張ってある候補者のポスターは、完全修正した顔写真と名前を表示しているだけである。面白くもなんともない、どころか修正が効きすぎて、候補者本人と判別がつかないものもある。この方が問題である。
 少なくとも「全裸」は、ありのままを見せる。これまでの選挙ポスターの在り方に、一石を投じた。

 この「全裸」候補者が当選するかどうかはわからない。
 これまでも選挙になると、トンデモ政策をアピールしたり、歴史上の著名人の名前を使ったりと、とにかく目立つ行為を行おうとする人はいた。できるだけ多くの人に注目されるため、あの手この手を使っていた。いくら優秀でも、知名度のない人はまず当選しないからである。

 それでも公職選挙法などに阻まれて、結局ワンパターンのアピールしかできなかった。
 この「全裸」候補者は、その一角を崩したのである。議員としての素養はともかく、ベンチャーとして、人のやらないことをやるという勇気は尊重したい。

 そもそも、これまで当選した議員も似たり寄ったりではないか。議員として恥ずかしい人は、たくさんいる。かえって議員になる人がすべて政策通で優秀な人ばかりでは、政治はうまくいかない。どんなグループでも、一定数はおかしな人がいなければ、多様性と永続性がなくなってしまう。
 まじめくさった戦後教育の優等生ばかり当選するから、自民党の対極として共産党、民主党ぐらいしか、いなくなってしまったのである。

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フェルミ推定(27年4月21日)

 詳細な調査より、「当たらずと言えど遠からず」のほうが正確な場合がある

 「フェルミ推定」は、実際に調査するのが難しいようなとらえどころのない量を、いくつかの手掛かりをもとに推論し、短時間で概算するものである。コンサルティング会社や外資系企業などの面接試験でよく使われ、欧米では教育の一環として、科学的な思考力を養成するために用いられるという。

 税務署が脱税企業に目をつけるのも、フェルミ推定の一つに違いない。客数と客単価、季節変動、商品の原材料価格などは簡単に推定できる。私がこのブログで示す数字も、たいてい簡易的なフェルミ推定によるものである。

 具体的には、直接答えを得ることが難しい問に対し、
 ①関係するいろんなデータを集める
 ②そこから、エイヤット推論する。この段階で、大胆な発想が求められる。

 よく知られているフェルミ質問は、「アメリカのシカゴには何人のピアノ調律師がいるか?」というものである(以下ウィキペディアより)。
 1.シカゴの人口は300万人とする
 2.シカゴでは、1世帯あたりの人数が平均3人程度とする
 3.10世帯に1台の割合でピアノを保有している世帯があるとする
 4.ピアノ1台の調律は平均して1年に1回行うとする
 5.調律師が1日に調律するピアノの台数は3つとする
 6.週休二日とし、調律師は年間に約250日働くとする

 これらの仮定を元に次のように推論する。
 1.シカゴの世帯数は、(300万/3)=100万世帯程度
 2.シカゴでのピアノの総数は、(100万/10)=10万台程度
 3.ピアノの調律は、年間に10万件程度行われる
 4.それに対し、(1人の)ピアノの調律師は1年間に250×3=750台程度を調律する
 5.よって調律師の人数は10万/750=130人程度と推定される

 当たらずと言えど遠からずであろう。むしろこの場合、詳細な調査を行っても、正確な数字を出せるとは思えない。「ピアノの調律師」の定義も国や地域によってまちまちであるし、恣意的にいい加減なデータを出してくるところもあるはずだからである。

 しかしこのように、単にいま現在の数字を推定するだけではあまり意味がない。フェルミ推定を、もっと建設的なものに使いたい。

 ではフェルミ推定問題、
 「日本の公衆トイレの数は充分か」 
  
   前立腺肥大の旅行者にとって切実な問題である。

もらい事故で賠償?(27年4月20日)

 こんないちゃもんが通るなら、裁判所はいらない!!暴力団の方がはるかに筋を通す

≪車同士が衝突し、センターラインをはみ出した側の助手席の男性が死亡した事故について、直進してきた対向車側にも責任があるとして、遺族が対向車側を相手に損害賠償を求めた訴訟の判決言い渡しが13日、福井地裁であった。原島麻由裁判官は「対向車側に過失がないともあるとも認められない」とした上で、無過失が証明されなければ賠償責任があると定める自動車損害賠償保障法(自賠法)に基づき「賠償する義務を負う」と認定。対向車側に4千万円余りの損害賠償を命じた。4月19日 福井新聞ONLINE≫

 この事故ではみ出した車は、家族以外が運転していたので任意保険が使えなかったという。そのため、この車で死亡した男性の遺族補償は困難だとされていた。判決が実行されれば、遺族を救済することになる。

 先週に引き続き、また福井地裁でおかしな判決が出た。これで福井では、まともな裁判ができないということが定説になってしまった。まさに恥の上塗りである。

 死亡した男性の弁護士は、「(自分が悪くても、被害さえ受ければ)なんとかなる場合が多い。諦めず検討してほしい」と述べたそうだ。

 明らかに屁理屈である。当たり屋を奨励し、誰か弱くて取れそうなところから取れと言っている。こんないちゃもんが通るなら、裁判所はいらない。暴力団の方がはるかに筋を通す。

 本来ならこの場合、居眠り運転して道路をはみ出した大学生が最大の責任者で、家族限定の任意保険なのに他人を運転させ、横で居眠りして何もしなかった男性(死亡者)にも責任がある。
 そもそも、もらい事故を受けた対向車が最大の被害者である。事故現場の写真を見ても、避けようがないのがわかる。だれがどう考えても、被害者が目の玉の飛び出るような賠償金を払うのは異常である。

 最近の法曹界は、ゆすりたかり体質の中・韓、それに沖縄と、まったく同じ思考回路になってしまった。少なくとも日本人なら、こんなおかしな判決に納得する人は一人もいない。自分が逆走裁判官だから、同じ体質の逆走車に甘いのであろうか。

 根本的に司法制度を見直し、弁護士、裁判官など法曹界の総入れ替えがなければ暴動が起きる。またすべての裁判に、常識をもつ裁判員裁判を適用すべきである。

 今回の判決は、先週の高浜原発差し止めと合わせ、狂った判例として永遠に歴史に残る。

            びっくり妄言

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偏向報道(27年4月19日)

 民主党に恫喝されているから、多くの民放が偏向報道している

 先週の17日、自民党は「党情報通信戦略調査会」にテレビ朝日とNHKの幹部を呼び、番組の内容について事情を聴取した。これについて、野党や他のマスコミ、「有識者」は、政治圧力として批判している。
 ただTV局には、政治家や官僚の子弟がかなり就職している。天下りも多いから、もともと自民党に「圧力」をかけられている。いまさら何を言っているのか。

 それに、メディアに対しほんとに「圧力」をかけているのは、自民党ではない。民主党である。今年、NHKの会長を呼んで、何回も吊し上げている。あのときTV中継されたのを見ると、ヤクザの恫喝のようであった。メディアに対する「圧力」なら、民主党のほうが何枚も上手である。他のTV局に対しても、同じことをやっているのではないか。

 民主党に恫喝されているから、NHKや多くの民放が偏向報道しているのである。中国のハニートラップにも罹っている。あまりにひどいので、コメンテーターはみな中国人ではないかと勘違いするときがある。

 とにかくTV局は、限られた電波を独占している利権団体である。権力批判もいいが、日本の権力は国民である。ほどほどにした方がいい。

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酒の適量(27年4月18日)

 高い金を払って、半日を棒に振るような馬鹿な真似を、今まで何回繰り返してきたのであろうか

 適量の飲酒とはどれくらいを言うのか。必ず医者には、「日本酒で毎日1合以内、週1回は休肝日をもうけなさい」と昔から言われてきた。

 もちろんこの基準は、すべての人に当てはまるわけではない。酒が生き甲斐の人は、こんな雀の涙では、あっという間に死んでしまう。逆に酒に弱い人は、1合も飲んだらそれこそひっくり返る。
 それに、「休肝日」というのは、何時間あければいいのか。たいてい1日1回しか飲まないので、その間は休肝日である。

 そして、どれくらい飲んだら2日酔いになるか。私の場合は、徳利5本まで。家ではそんなに飲まないが、月に3~4回の宴会ではそれで済むわけがない。たいていそれ以上飲んで、翌日の午前が潰れる。

 高い金を払って、半日を棒に振るような馬鹿な真似を、今まで何回繰り返してきたのであろうか。とく飲み放題はいけない。幹事にはやさしいが、参加者には悲惨なシステムである。

企業の海外展開(27年4月17日)

 海外進出するためには、相当の覚悟とその上を行く能力が必要である

 国内の規制や成長の鈍化によって、多くの企業が海外進出を行っている。結果的に、日本の海外からの所得は増大する。
 しかし国内の経済は停滞する。多くの製造業が海外に拠点を移し、日本と同じものを安価につくる。それを日本国内で販売する。定年近い優秀な技術者は、格安の報酬で海外工場で腕を振るう。これでは、同じものをつくっている国内の製造業が太刀打ちできるはずがない。つまり、国内からの輸出が減って、逆輸入が増える。

 一方、松島大輔氏(タイ政治顧問)は「空洞化のウソ」のなかで、つぎのように述べている。

①企業が海外進出したから日本が空洞化になっているわけではない
②海外進出した企業は、国内でも事業を拡張し雇用を増やしている
③2009年4月から海外子会社からの配当を非課税とする制度が導入された
④日本国内では経済成長は望めないが、東南アジアは今後20年以上高度成長が続く
⑤優良海外進出企業は、その製品の90%以上を日本以外で販売している
⑥中小零細企業の海外展開は、まず外地日本企業向けのビジネスからはじめる
⑦南アジアの物流インフラは、自ら構築したほうがいい
⑧日本企業によって、東南アジアのデフェクトスタンダードが生まれつつある

 3.11後、それまで続いていた貿易収支が赤字に転落、2014年度は経常収支まで赤字近くまで減少した。貿易収支の改善が見られないため、投資の重要性が増大している。
 松島大輔氏の主張するように、人口が減少する日本に閉じこもっていては経常収支が改善されず、このままでは日本は破たんする。

 したがって、ある程度の海外展開はいたし方ないと思う。
 人件費が、海外との競争にさらされている企業や価格以外の独自性を打ち出せない企業、あるいは会社の一部に不採算部門を有している企業もある。これらは、日本では存続できない。無くなったらそれまでである。
 そのような企業他部門は、海外へ行くのも大きな選択肢の一つである。海外進出することによって、国内部門が強化されることも多い。

 藤本隆宏氏も、「ものづくりからの復活」の中で、「多国籍企業の存在、賃金・生産性・為替レートの不確実性、能力構成の不可逆性という3つを前提にすれば、生産主力は比較優位に従って(海外移転して)も『絶対優位のある工場は復元可能な形で国内に残す』のがいい」と述べている。すなわち国内の高生産工場は、「戦うマザー工場」として残し、国内外での「二本足で立つ経営」が求められる。
 つまり、海外で業績が上がればその企業は拡大し、国内での雇用も増える。そのような成功事例は、よくマスコミで取り上げられる。


 しかしこれまで、日本から海外展開した企業の多くは失敗している。福井の眼鏡製造業の海外進出は、すべてみごとに敗退した。江守GHでさえ、中国で巨額の損失を発生させ、大幅な債務超過に陥った。
 いま海外で好調だとされている企業も、ほんとの実態はわからない。化けの皮をはがされたとき、日本全体でどれくらいの損失が発生するのだろうか。もちろんそうなれば、第一次所得収支が激減し、経常収支は完全にマイナスになる。日本の屋台骨が揺らぐ。
 海外進出するにも、相当の覚悟とその上を行く能力が必要なのである。

福井の女性診断士(27年4月16日)

 10年後、彼女が大ベテランになった時どうなるかで、当協会の運命が決まる

 いま、福井県の中小企業診断士協会の活動が目覚ましい。
 毎月のように定例集会や懇親会を開催し、受託事業も年間100件近くになる。そのため事業収入も跳ね上がった。HPが充実し、毎年数回の海外視察旅行も欠かすことがない。新入会員が増え、例年以上に独立診断士が生まれている。

 もちろんこれは、数年前交代した現在の会長をはじめ、新役員の能力と努力に負うものである。先代の副支部長で、すでに「一兵卒」格下げの私も、いまの執行部を評価する。

 同時に今の盛況は、2~3年前に入会した、ある「美しすぎる」女性診断士の存在であることは間違いない。協会の多くの行事に参加し、会を盛りあげている。講習会の講師としても活躍中である。
 といっても、いまのところ彼女自身が、積極的にみんなを引っ張っているというわけではない。美人ではあるが、ふるい付きたいほどでもない。
 存在そのものが大きいのである。

 どういうことか。
 これまでは何十年も、当県の診断協会は、50面下げたむさ苦しい男だけの、理屈っぽいグループであった。みなその雰囲気には辟易していた。女性会員がいなければ、いまでも変わっていないと思う。あい変らず、チマチマした計画立案や、細かい数字や行事の進め方などで、侃侃諤諤の議論をやっていたであろう。
 ところが彼女の入会で、掃き溜めに一羽の鶴(鶏か)が舞い下りたごとく、協会の空気が変わった。明らかに行事の参加者が増え、議論をするにしても何やら楽しそうである。
 
 男性会員のほとんどは、(口には出さないが)その女性会員を憎からず思っている。そうでなくとも、男性の中に女性が入ると、その組織は活性化する。心理学の定説では、人間の行動のほとんどは、性的欲求からだと言う。いつかは思いを遂げたいと思っている(だれも遂げないだろうが)。
 まさにいまの執行部がよく働くのは、そのためである。

 10年前から待ち望んでいた、待望の女性診断士である。会員たちは、大切に育てあげて欲しい。同時に件の女性会員も、いまの初々しさを忘れないでいただきたい。10年後、彼女が大ベテランになった時どうなるかによって、当協会の運命が決まる。

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逆走の高浜原発再稼働差し止め(27年4月15日)

 吉田松陰が間部詮勝の暗殺を画策した気持ちが、痛いほどわかる
   しかし、国のしくみを変えない限り、この裁判官のような「鬼っ子」はつぎつぎ現れる


≪福井県や関西の住民ら9人が関西電力高浜原発3、4号機(同県高浜町)の再稼働差し止めを求めた仮処分の申し立てに関し、福井地裁(樋口英明裁判長)は14日、住民側の主張を認め、申し立てを認める決定を出した。4月14日毎日新聞より≫

 どんな人間か知らないが、わが福井にこんなアホな裁判官がいたとは、なんという恥さらしであろう。どこかのたちの悪い一部の原発ヒステリー住民のために、日本だけでなく人類の未来を、惨憺たるものにしようとしている。
 絶対にありえない「ゼロリスク」を、原発にだけ要求し、3.11の貴重な教訓を台無しにしたのである。

 このニュースを聞いたときは頭に血が上り、いっそ刺し違えてやろうか、と思った。こんな裁判官一人のために、日本の未来が失われるのだけは絶対避けなければならない。先週の大河ドラマで、吉田松陰が井伊直弼の懐刀である間部詮勝の暗殺を熱望した気持ちが、痛いほどよくわかった。

 しかし冷静に考えてみれば、このような大きな問題は、逆走裁判官一人を抹殺すれば済むものではない。全体のシステム、制度、風土の問題だからである。

 たしか今回の樋口裁判長は、昨年大飯原発差し止め判決のときと同一人物である。このことは、先だってニュースになった群馬大学医学部で、一人の医師がつぎつぎと手術で患者を死なせてしまった事件と完全に重なる。 

 群馬大医学部の場合、最初1~2件の手術段階で、件の医師が異常であることは、周囲はわかっていたはずだ。それなのに、医師を守らんがためにその場を取り繕って、患者をつぎつぎ死なせてしまった。
 同じように、昨年の大飯原発差し止め判決が異常であることは、誰もがわかっていた。その段階で、この無能な裁判官を辞めさせれば、このようなとんでもない判決は出なかった(その前から異常判決はあったのかもしれない)。

 いずれの場合も法相界と医学界、それぞれ「赤い巨塔」、「白い巨塔」が生み出した「鬼っ子」である。どちらの組織も、「巨塔」に入るまではバリアーがあるが、入ってしまえば社会から隔離され守られてしまう。 組織内の個人を守ることで自らの「巨塔」組織を守ろうとする、歪んだ力が働いているからである。
 その結果、自らの組織外、社会全体のことなど、2の次、3の次になってしまう(このことは、どのような組織でも起こる)。
 これは、民主主義の致命的な欠陥である。

 したがって、このような異常事態を起こさないようにするには、日本が独裁国家になるしかない。間違いなくそのほうが、人類と日本人の生命体としての生存期間は長くなる
 まず、多くの人々の頭の切り替えが必要である。

対立意見の構造(H27年4月14日)

 人々がいったんある考えを持ってしまったら、その意見を変えるのは難しい 

 集団的自衛権核武装歴史問題靖国参拝慰安婦問題原発推進財政1票の格差など、我が国では、国論を2分するような問題が多い。2分しているということは、異なる意見が同じくらいあるということである。
 どちらかは、明らかに間違っているはずだ。それなのに専門家ほど、それぞれの意見に固執している。

 なぜそんなにこだわるのか。単なる面子だけでもなさそうである。これに関して、中央公論2月号の三井誠氏の記事「米国は反科学主義といかに向きあうか」に、興味深い記事が掲載されていた。

 記事の内容は、

①米国では今も、神が生物を創造したとする「創造説」が教えられている。(「進化論」をきっちり教える教師は、28%しかいないという)
②全米で進化論の支持者は19%で、創造説は42%(2014年のギャラップ社調査)
③人間活動の地球温暖化への影響を信じる人は、大卒の共和党支持者では19%しかいない。
 (大卒の民主党支持者は75%、大卒でない共和党支持者は31%)
④人は自分と同じ考えの知識を吸収する。知識が増えるほど考えが極端になる(カハン教授)
⑤したがって、科学教育を充実しても、正しく理解することはない(カハン教授)
⑥人の心は常に、自分の想いを支えてくれる証拠を探す(クリス・ムーニ―)
⑦人類の知性は集団の中で自分の地位を守るための手段として進化(クリス・ムーニ―)
⑧温暖化の危険が叫ばれるほど、より強く温暖化を否定する。いやなものは見たくないから
⑨ネット社会は、自ら都合のいい情報を容易に入手できるため、2極化が進む(リード氏)
⑩情報伝達は、中身の客観性やわかりやすさだけでは限界がある(ムーニ―氏)
⑪情報の受け手は、自分の主義主張に合う情報しか受け取らない
⑫極端な考えを持つ人は、どんな動機や背景でそうなったか分析する必要がある
⑬地球温暖化懐疑論、極端な反原発論、創造説などが跋扈すると科学的な知見が活かされない
⑭米国海岸の放射能が飲料水基準の0.01%以下でも、安全を指摘した人が嫌がらせされる
⑮日本でも、放射線に対する科学的な意見ほど、バッシングされている

 人々がいったんある考えを持ってしまったら、その意見を変えるのは極めて難しそうである。
 ではどうすればいいのか。

 これに関して、澤昭浩氏(国際環境経済研究所)の行動が参考になる。彼自身は、現実を踏まえた原発容認の姿勢を貫いている。その客観的・科学的な正論が、なぜ受け入れられないのか考え、高校生を対象に、「傾聴」を重視した会合を開催した。「ワールドカフェ」というグループミーティング手法に近い。
 これは討論ではなく、あくまでも「傾聴」である。お互いの意見を我慢して聞くことによって、自分の意見を養成し、その後「賛成」、「反対」に分かれ討論する。

 しかし、この場合は高校生であった。まだそれほど自分の意見が定まっていない。
 このやり方を、その道の「専門家」同士で行ったらどうなるか。お互い真っ黒な頭では、相手の言葉を取り入れられるであろうか。本当はその道を深めるほど、自分の未熟さを実感するはずなのだが。

統一地方選新知事(平成27年4月13日)

 福井では優秀な人ほど政治家にはならない。次の知事選こそ、若い保守系の候補が出てほしい

 昨日統一地方選があり、私も知事と県会議員選挙の投票を行った。
 知事選で西川候補は、これまでの実績を訴え、人口減対策に徹底的に取り組む姿勢を示し、共産党金元候補は、原発ゼロや北陸新幹線の県内延伸反対を主張してきた。いずれも、マンネリの候補だけに新鮮味はない。

 予想通り、西川知事が24万票で4選された。投票率は48%であった。最初からわかりきった結果だけに、わざわざ面倒な投票行動を起こしたくなかった。 
 それでも、共産党候補に入った6万票のうち、かなりが批判票であろう。投票率が20%くらいになり、間違えてその候補が当選してしまったら困る。

 西川知事はこれまで、可もなく不可もない典型的な地方政治家であった。4選され、権力が強化されるとおかしくなる人がいる。願わくば、晩節を汚さないようにだけ、していただきたい。

 次回の選挙には、若い保守系の候補が出てほしい。最初から政治的力量など期待しない。もっとも福井のような地方でさえ、選挙は知名度優先である。優秀な人ほど政治家などにはならない。

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京おどり(27年4月12日)

 一生に一度だけは、見て損はない舞台であった

 昨日、初めて「京おどり」なるものを見物した。「京おどり」は、4月初旬から下旬にかけての15日間、1日3回宮川町歌舞練場で上演する。まさに、「デカンショ」宮川町の舞踏公演である。

 よく似たのに「都をどり」がある。京都の花街の中で、祇園申部という花街に所属する芸舞妓が出演する舞台が「都をどり」で、宮川町の芸舞妓が出演するのが「京おどり」である。「をどり」と「おどり」、微妙に異なる。なにが違うのかは知らない。

 宮川町の始まりは、出雲の阿国が宮川河原で「ややこ踊り」を興行して人気を呼び、一大歓楽街が形成されてからである。歌舞伎の始まりと密接につながっているという。なぜか近隣には、連れ込みホテルが異様に多い。

 京おどり会場H27.4.11  京おどりポスターH27.4.11

 客席は全部で487席+補助席、私たちは1階の中ほどに席をとった。
 舞台は、第1場の「劇場通い」から、第9場「宮川音頭」フィナ‐レまで、およそ1時間。歌舞伎を花街風に仕立て、ドラマチックに踊り込んでいる(らしいが、良くわからない)。とにかく、きれいな舞妓さん(35人ほど)の競演がいい。
 一生に一度は、見て損はない舞台であった。

 ここでは踊り手さん以外にも、囃子方が15人と黒子さんが数人、会場係をあわせ70人ほどが、この歌舞練場を仕切っている。1年のうち15日間のみ入り(1日1500人×15日×3000円≒7000万円)だけで、やっていけるのか。
 しかしHPを見ると、毎月のように公演を行っている。余計な心配であった。 

 福井では、これだけのイベントができる文化があるだろうか。

ちょうどいい寂しさ(27年4月11日)

 忙しくて幸せな老人は、死ぬのが恐ろしくなり、気の毒である

 高齢者の孤独化が問題だという。
 たとえば東北の災害公営住宅では、高齢者が半数以上を占めている。高齢化率は他の地域の水準より高い。独り暮らしの高齢者は全世帯の3分の1近くに達している。

 なぜ独居老人が問題なのか。世間は、彼らが「寂しい」と思っているからである。(ほんとはそれを楽しんでいる人もいる)。なにも、食うに困って飢え死にしそうだからではない。
 では、独居老人が寂しいのはいけないことなのだろうか。

 そうではない。こんないいことはない。
 もうすぐこの世にいなくなる人は寂しいほうがいい。この世に未練が残らず、安心してあの世に行くことができる。

 逆に、楽しい老人もいる。じつはこれが困る。
 仕事を引退しても、やれ町内会だ、選挙だとひっぱりまわされる。その打ち上げには、酒池肉林の宴会となる。忙しく幸せな老人は気の毒である。楽しいと、死ぬのが恐ろしくなる。

 ものはほどほどである。だが、ちょうどいい具合というのはない。

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サッカーボールの事故判決(27年4月10日)

 裁判所というところは、常識が常識とわかるのに、10年もかかる

≪小学校の校庭から蹴り出されたサッカーボールが原因で交通事故が起きた。ボールを蹴った小学生(当時)の両親に賠償責任はあるのか――。そうした点が争われた裁判の判決が9日、最高裁であり、第一小法廷(山浦善樹裁判長)は「日常的な行為のなかで起きた、予想できない事故については賠償責任はない」との初の判断を示した。4月9日朝日新聞デジタルより≫

 ようやくまともな判決が出た。といって、喜んでばかりはいられない。ここまで、いったい何年かかったのか。

 事故があったのは、2004年である。小学校庭で放課後、当時11歳の男児がゴールに向けて蹴ったボールが、門扉を越えて道路に転がり、オートバイの85歳男性が転倒し、足の骨折で入院した。1年4か月後に肺炎で死亡したという。
 2007年に訴訟がはじまり、1審と2審では、男児に過失があったと判断し、男児の両親に、1200万円の賠償を命じていた。「子供に対し、『ゴールに向けて蹴るな』と教えていなかった」という、まことにアホな理由である。

 これまでよく似た「事件」の訴訟でも、親族の監督責任が問われていた。昨年、痴ほう症の老人が踏切事故で亡くなったとき、その老人の家族がJRから賠償を請求されたこともある。老人をはねたほうが賠償金をもらえる。相手が高齢者だけに一理あるが、状況を考えるとおかしい。だから上告している。

 今回はとくに、「加害者」が11歳の少年で、相手が85歳の老人である。11歳と85歳では、どちらが大事かだれでもわかる。11歳は無限の可能性を持っているのに、85歳の価値は残り少ない

 それなのに、亡くなった高齢者は、死ぬことでさらに若い人を苦しめた。この場合、罪深いのは子供ではなく、亡くなった高齢者の方である。この10年の間、関係者はどれだけ悩んだことか。私なら、後期高齢者を犯罪でなくあの世に送った小学生を称賛する。踏切事故のJRのように、逆に亡くなった老人から賠償金をもらってもいい。

 裁判所というところは、簡単な常識が常識とわかるのに、10年もかかるのである。

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日本の経常収支(27年4月9日)

 日本が破たんしないためには、これ以上ものづくり企業の衰退を見過ごすわけにはいかない

    経常収支の推移1996~2014

 このグラフは、1996年から2014年にかけての、日本の経常収支のグラフである。
 ここから、2008年のリーマンショックと2011年の東日本大震災を契機とした産業構造の変化を読み取ることができる。

①第一次所得収支が堅調に伸びている
 第一次所得収支(黄色に黒点)は、対外金融債権・債務から生じる利子・配当金等の収支状況を示す。親会社と子会社との間の配当金・利子等の受取・支払、株式配当金及び債権利子の受取・支払などである。
 2008~9年のリーマンショック時と、2011年の大震災後に一時減少したものの、その他は確実に伸び、2014年度は18兆円にまで達している。円高の影響、国内の労働力不足やアジア諸国の投資受け入れで、日本企業の海外進出が伸びている。

②貿易収支は大震災の後、赤字に
 貿易収支(青斜線)は、輸出額と輸入額の差を示す。輸出額が輸入額を上回れば「貿易黒字」で輸出額が輸入額を下回れば「貿易赤字」となる。
 2011年に31年ぶりに貿易赤字に転落、その後は赤字幅が拡大している。
 これは、1ドル80円の超円高や海外の景気低迷で輸出が減少したうえ、3.11原発事故の影響による火力発電稼働増で化石燃料の輸入が増えたからである。円高で国内の製造業が縮小していたため、円安になったとたん製品の輸入額も膨らんでしまった。

③経常収支は限りなくゼロに近づいた
 経常収支(折れ線)は、第一次所得収支(黄色に黒点)、貿易収支(青斜線)、サービス収支(ピンク)、第二次所得収支(緑縦線)の4つを合わせたものである。
 旅行や金融などのサービス収支、海外援助などの第二次所得収支は、昔からマイナスであった。それでも経常収支は、2007年までは拡大を続け、ピークには24兆円にまで達していた。
 ところが貿易収支がマイナスになった2012年から、経常収支は減り続けている。2014年には3兆円近くまで落ち込み、マイナスの月が発生するなど、減少傾向は止まっていない。このままでは経常収支も赤字に転落する。
 第一次所得収支の伸びに比べ、貿易収支の落ち込みが大きすぎるからである。それに日本企業の中国での投資活動などを見ると、海外からの第一次所得収支すら、いまに化けの皮をはがされるような気がする。

 経常収支が赤字ということは、国内のお金が海外に流出しているということである。これが常態化すれば、日本のお金だけでは生活ができなくなる。日本の国債は、海外に買ってもらわなければならない。

 そうなると、1000兆円を超え拡大している日本政府の借金は、海外資本家の腹一つで不安定になる。ギリシャと同じように、国の信頼が失墜し国債利回りは上昇、日本は多額の利息を払い、財政問題はさらに悪化するという悪循環になる可能性が出てくる。
 リーマンショック以上の大恐慌が発生し、数十万単位の餓死者が出る恐れもある。

 これを避けるため、日本の貿易収支は黒字にしたい。そのためには、海外に売れる商品をつくらなければならない。藤本氏の言う「よい現場」を日本に増やすしかない。これ以上日本で、原発を含めたものづくり企業の衰退を見過ごすわけにはいかない。

島尻参院議員の発言(27年4月8日)

 普通の政治家のごく普通の発言が、「勇気ある発言」とされてしまうことに、沖縄の異常さがある

≪自民党沖縄県連の会長に就任した島尻安伊子参院議員は4日、那覇市内の自治会館で開かれた県連大会のあいさつで、名護市辺野古の新基地建設をめぐる市民の反対運動について「責任のない市民運動だと思っている。私たちは政治として対峙(たいじ)する」と発言した。 4月5日沖縄タイムスより≫

 さらに島尻議員は、辺野古移設を容認し「反対運動の声の大きさに恐れず、毅然と冷静に物事を進めないといけない。」とも述べたという。

 まったく現実的な正論である。きわめて当たり前の内容でありながら、駄々っ子のような翁長知事に比べ、なんと爽やかに聞こえるのであろうか。

 ヤフーネットでは1000以上のコメントが寄せられ、ほとんどすべてが島尻議員の発言に賛意を示している。

≪大人の発言だと思います。反対派の運動家やオナガは子供。≫
≪地元なのに、迎合する事無く、波紋が拡がる事を期待しています。≫
≪沖縄にもまともな考えができる人が居た事に少し安心しました。≫
≪こういうのが本来の政治家の姿だと思う。≫
≪沖縄タイムスも1000年に一度の魅力ある記事を書いた。≫
 
 これまでも多くの政治家や評論家が、島尻議員のような発言を行っていた。もっと過激な発言もあった。しかしそれは、日本本土における右派系のメディアやオピニオン誌上だけである。そんな人も、沖縄に来ると口を閉ざす。とくに政治家は、基地問題になると、奥歯に物が挟まったような物言いしかしていなかった。

 今回発言した場所は、自民党県連大会とはいえ、沖縄の那覇市内である。たとえは悪いが、暴力団の事務所の前で「暴力団追放」を叫ぶようなものである。普通の発言とはいえ、普通の人にはなかなかできない。
 したがって、普通の政治家のごく普通の発言が、「勇気ある発言」とされてしまうことにこそ、沖縄の異常さがある。

 原発、基地、廃棄物処理など、政治家は国民に対し責任を持っている。現実にものごとを進めるためには、憎まれても政策を進めなければいけないのである。

沖縄知事の本意(27年4月7日)

 翁長知事が、まともな人か「宇宙人」かどうか、彼の任期終了前の行動を見ればわかる

 昨日のプライムニュースでは、菅官房長官が出演し、「沖縄基地問題」についての話を行った。菅官房長官は、4月5日に昨年の翁長知事就任以来、初めての面会を実現させた。しかし依然として、辺野古移設問題は膠着状態にある。翁長知事の辺野古沖作業の一時停止指示の、政府による一時停止措置など、泥沼状態である。

 この番組では、菅官房長官に先立って共産党の赤嶺政賢氏が出演した。赤嶺氏は、これまで何回もプライムニュースに出て、中国共産党の代弁者のような発言を繰り返している。したがって、彼の意見をそのまま受け入れたら、日本はチベットになる。

 問題は、翁長知事の真意である。
 普通の人間なら、駄々っ子のように、意固地になって非現実的な要求ばかりするはずがない。子供が考えても、まず普天間の危険除去が最優先ではないか。(もし基地が負担だとしても)辺野古と普天間では雲泥の差がある。どんな世の中でも、自分だけの思いが100%通るなんてことはあり得ない。
 世界中の人に、「ゆすり・たかりの名人」と思われてまで無理筋を通そうとするのは、普通なら恥ずかしくてできない。

 では、なぜあんなおかしな発言ばかり繰り返すのか。
 一つは、常識的な発言では沖縄の選挙を通らないからである。もし、前任者の仲井間氏のような主張では、落選していた。そうなると、先の赤嶺氏のような知事が誕生してしまう恐れがある。それはもっと困る。

 心ならずもいまは「民意」に沿い、ほとぼりを覚ましてから、「妥協」していけばいい。翁長知事がまともな人間なら、そう考えてもおかしくない。5日の菅官房長官との「秘密」の打ち合わせでは、今後のシナリオを書いていたふしがある。前任者の仲井間氏と同じく、任期終了の前に君子豹変するシナリオである。

 もう一つの可能性は、じつは翁長氏は普通の人ではなかったのである。鳩山由紀夫氏と同じ星の「宇宙人」であった。いまに、仮面と鬘(かつら)を外す。そうなると、日本中が吹っ飛ぶであろう。

薬の効き目(27年4月6日)

 まったく同じ条件でテストすることはできないため、薬効を判断するのは難しい

 4月に入っても、花粉症の症状が止まらない。鼻水と目のかゆみである。今年はとくにひどい。予報でも今年は花粉が多いとあったので、3月に初めに皮膚科からアレルギーの錠剤(タリオン10)をもらい、1日2錠飲んでいる。

 困るのは、この薬が効いているのか効いていないのかが分からないことである。
 ひどいときには、いくら薬を飲んでいても症状が止まらない。厚いマスクをしようが鼻水が流れ、かゆい目を掻いて傷つけたりする。 逆に、薬を飲み忘れていても、ほとんど症状が出ないときがある。
 もちろん、周囲の花粉の状態が分らないからである。花粉予報で、「非常に多い」とあっても、実際に多いかどうかわからない。

 そして、花粉症の症状に至る原因は、花粉の量と種類、薬の効き目以外にもたくさんある。
 その時の体調、部屋の換気の程度、精神状態の違いによって、症状の程度は大きく異なる。いくら濃厚な花粉の中でも、3億円の宝くじに当選すれば、その瞬間花粉症のことなど吹っ飛んでしまう。
 薬の副作用で、体調が悪化することもある(花粉の多い予想があれば、必ず薬を飲む)。その場合は、花粉症の症状は軽くなっても、花粉症に似た症状で苦しむことになる。
 さらに、花粉と一緒に飛ぶ黄砂やPM2.5、不潔な部屋の埃、スギ以外の松や桜などの花粉、場合によって女性の白粉の影響もある。

 したがって、薬効を適切に判断するのはきわめて難しい。いくら臨床試験を行っても、まったく同じ条件でテストすることは不可能だからである。だから、世の中のほとんどの薬は「気休め」だと思っている。
 こんなものに、日本国民は毎年30兆円も遣っている。なんという壮大なムダであろう。

高齢者虐待(27年4月5日)

 虐待されるような被介護者になる前に、自らいなくなることが一番である
 
 老人ホームなどで、介護者による高齢者虐待のニュースが多い。タバコの火を押し付けて大怪我をさせたり、訪問介護で現金を盗んでヘルパーが逮捕された事件もある。自宅介護の場合もっと多いはずである。言葉の暴力や「無視」などを含めたら、虐待していないほうが珍しいのではないか。
 
 その高齢者が、ものすごい勢いで増えている。
 ギネスブックで世界最高齢者に認定されていた大川ミサヲさんが、4月1日に亡くなった。117歳である。117歳といえば、私の祖母の年である。厚労省の調査では、昨年の「敬老の日」には、日本で100歳以上の老人の数は59,000人だという。いまは60,000人超えであろう。117歳を超す人も続々出てくる。
 そうなると、「虐待」はニュースにもならなくなる。

 では、どうすればいいか。極論である。
①虐待を推奨する→ 老人になる人がいなくなる
②高齢者の介護保険料を引き上げ、介護者の待遇を国会議員並みにする
③虐待した人を死刑にする
④60歳以上の被介護者を安楽死させる

 いずれもいい案であるが、実現は難しい。現実には何もしないで、放っておくのであろう。
 しかし虐待は、するほうもされる方もみじめである。そして若い介護者に、罪を犯させるべきではない。一番いいのは、虐待されるような被介護者になる前に、自らいなくなることである。

逆走より暴走(27年4月4日)

 現政権が「暴走」していると主張する人は、世の中を「逆走」している

 靖国参拝、原発再稼働、集団的自衛権容認、憲法改正、沖縄米軍基地新設、秘密保護法成立、TPP推進、消費税増税、社会保障、雇用・労働問題、農業・農協改革・・など、現政権は続々実績を挙げつつある。

 一部には、これを「暴走」として、強固に反対する向きがある。たしかにこの中で、TPP推進から後に並べた政策には、私も全面的な賛同はしにくい。とくに消費税増税は、100害あって1利なしだと思っている。予定される平成17年の増税は、絶対にすべきではない。

 それでも全体としては、いい方向に向かっている。「暴走」どころか、遅すぎるくらいである。憲法改正や原発再稼働は遅々として進まないし、集団的自衛権や秘密保護法も生ぬるい。靖国に至っては、まだ1回しか参拝していない

 したがって、現政権の政策を「暴走」だと思っている人は、自身「逆走」しているのではないか。バックでの逆走である。高速路の出口を過ぎてしまった車が、恐る恐るバックしているようなものだ。現実の世界に目をそむけ、そのうち後続車(後進国)に追突される。なかには、ほんとの逆走車もいる。
 現政権が「暴走」していると主張する人の、実際の姿であろう。

 「逆走」の結果は、火を見るより明らかである。いつかは大事故を起こす。現政権が「暴走」だとしても、「逆走」よりはるかにましである。

 もっとも、高速道路を逆走している人も、自分以外が逆走していると思っている。だから、始末が悪い。

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行動観察による改善手法(27年4月3日)

 世の中の経済活動は、すべて人間の行動によって成り立っている

 実際に人間の行動を観察・分析することによって、潜在的なニーズを発掘したり、暗黙知を形式知に転換する方法がある。松波晴人氏(大阪ガス行動観察研究所長)が、彼の著書「ビジネスマンのための「行動観察」入門」で、その具体例を紹介している。

①4名のワーキングマザーの日常行動を観察し、彼女たちが如何に忙しいか理解した
②イベント会場の来場者の行動を観察し、効果的な接客や展示の方法を提案した
③シティ温泉のお客の行動を観察し、満足度を向上させ、リピーターを増やす提案を行った
④優秀な営業マンとそれなりの営業マンの行動を観察して違いを分析し、底上げを提案した
 ・ファーストコンタクトを大事にする
 ・自分が話すより、お客さんに話してもらう時間を長く
 ・お客さん個別に、提案・サービスをする
 ・店舗などでは、声掛けは全体に行っているほうが、個別のお客に話しかけやすい
⑤オフィスの人々のワークサンプリングを行い、ムダな時間の多さを発見した
⑥飲食店の厨房作業者の行動分析を行い、価値のある作業時間を割り出した
⑦流行る店と劣悪店の接客担当者を観察し、接客法の違いを分析することで劣悪店をかさ上げした
⑧工場の現場観察を行い、改善点を提案した
⑨コミニュケーションロスは人数が多いほど多くなる
 (組み合わせは2人→1通り、3人→3通り、4人→6通り、50人→1225通り)

 いくつかは、行動観察というより普通の観察である。
 また行動観察事項の結果得られた仮説は、その道のプロなら当たり前のことである。たとえば店舗や展示会場で、接客者がデンと待ち構えていたのでは、お客は怖くて寄り付かない。また事務作業では、継続した時間をとることが大事であることはよく知られている。

 しかし、このようなノウハウは、聞かなければ誰も教えてくれない。また最初に気が付いた人も、同じような試行錯誤の結果、そのノウハウは得られたはずだ。さらに、なにが大切か、なにを知りたいかは、個別具体的な事項によって異なる。

 したがってこの「行動観察」は、簡単で有効な方法である。世の中の経済活動は、すべて人間の行動によって成り立っているからである。最初は難しいが、意識して行うことによって分析力が付く。

敦賀気比高優勝(27年4月2日)

 スポーツだけでなく学力でも福井の中高生はレベルが高い。高齢者も、平均寿命だけはトップクラスである

 昨日、甲子園野球で福井の敦賀気比高校が優勝した。4月バカかと思ったら、ほんとだった。今朝の福井新聞は、ほとんどの紙面がこのニュースで埋め尽くされていた。北陸勢の優勝は、春夏を通じて初めてだそうだ(これまで福井商業と星陵高校が準優勝)。

 37年前に福井商業が準優勝したとき、私はある中堅の会社に勤務していた。平日の午後ながら、決定戦と場内パレードが終了するまで、社員全員そろってテレビ観戦することができた。会社の計らいであったが、それだけ経営に余裕(?)があったからである。昨日の福井は、それだけ盛り上がっていたのであろうか。

 とにかくほんとにおめでとうと言いたい。これだけ注目されている甲子園で、地元の高校が優勝するとはすばらしい。久しぶりにスカッとした。

 そういえば、先日の「第38回 全国高等学校ハンドボール選抜大会」で、福井県代表の北陸高校が優勝した。浦和学院高等学校との「共同優勝」ではあるが、これも全国優勝である。甲子園と同じくらい価値があるはずだ。
 北陸高校のハンドボール優勝も祝福しよう。 

 スポーツだけでなく学力でも福井は、中高生のレベルが高い。
 それでは高齢者はどうか。平均寿命だけは全国トップクラスである。ただ、それがいいことなのかどうかはよくわからない。「日常生活に制限のある期間」が、割と長いからである。

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笑いの商品(27年4月1日)

 落語家や漫才師さえ難しいことが、素人にできるか。可能なら世の中は幸せになる

 笑いと言ってもいろいろある。他人を冷やかしたり、威嚇・馬鹿にするもの。自嘲のように複雑な笑いもある。ただ一般には、プラスの感情に伴って表情が和んで声をだす。
 笑いは体にいい。頬の筋肉が働き動くことでストレスを解消、鎮痛たんぱくの分泌を促進、心臓によい影響を与える。
したがって多くの人は、笑いを求めたい。できれば大笑いしたい。

 しかし、笑ってもらうのは難しい。落語や漫才を聴いても、それだけで大笑いすることは少ない。人が笑っているのをみても、何がおかしいのかわからない。
 ほんとに腹を抱えて笑うのは、「もらい笑い」である。これは、演芸場以外でもある。国会でもあった(50秒あたりから)。こんなことが、人為的にできればいい。落語家や漫才師に難しいことが、笑いの素人にできれば世の中は幸せになる。

 そういえば、むかしから「笑い袋」というのがあった。布製の袋の中の機械のボタンを押すと、とめどない笑い声を発声するグッズである。ボタンを押すと笑い声の吹き込まれたレコードを演奏する。いまは、さまざまなテーマの商品が存在する。スマホでも、「笑い声」のアプリケーションも発売されている。ただ、聞いてもそんなに笑えない。
 効果的な笑いのアプリケーションができれば、使ってみたい。