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KDDIの勧誘電話(27年3月31日)

 『世の中に、うまい話はない』のだから、うかつに乗らないほうがよい

 またまた先日、KDDIの代理店とやらから電話があった。何もしないでも光通信の料金が安くなるという、いつものセールスである。NTTに払っている7000円(なんで知っている?)が、5700円になるそうだ。
 「ほんとに何もしないでいいのか」と聞いたら、モデムの交換が必要だと言う。

 これで、何十回同じようなセールス電話を聴いたことか。
 断り方も、「「NTTに問い合わせてみます」、「怪しいので、いりません」、「知っている人がいません」、「死にました」、「葬式の最中です」など、その都度変えている。あまり説明が長々続くので、途中で切ったこともあった。
 それでも、ほんとに何もせずに料金が安くなるなら、と思うと断り方も中途半端になる。

 詐欺かと思ってネットで調べてみたら、どうも怪しいのが多そうだ。なかには、以前より高額になるトラブルもあるという。
 国民生活センターにも、インターネット回線やモバイルデータ通信などの電気通信サービスを「よくわからないまま契約してしまった」という相談が相次いでいる。センターでは、「プロバイダー契約にはクーリング・オフ制度が 適用されないため、不審なケースはその場できっぱりと断ってほしい」と注意を呼びかけている。

 やはり、うかつに乗らないほうがよさそうである。キャノンプリンタも、安い『非純正』のインクを使っていたら、やたらと時間がかかるし、インクは早く消耗する。かえって何倍も高くついた(結局大メーカーの思惑に屈してしまった)。
 『世の中に、うまい話はない』のである。
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沖縄基地問題(27年3月30日)

 沖縄は、日本の安全保障を「人質」にして、「弱者・被害者競争」の最前線に立っている

 アメリカ軍普天間基地の辺野古への移設をめぐり、沖縄県知事と政府がぎくしゃくしている。翁長知事は、許可の取り消しを表明しているにかかわらず、政府は「粛々」と進めようとする。政府は、辺野古への移設は基地の危険を除去するためだとしており、翁長知事は、基地が沖縄にある限り県民の負担はなくならないという。
 定型化した問答である。

 ところで、沖縄県民の言う基地負担とは何か。耳にタコの「沖縄の負担・重圧」とは、具体的にいったい何を示すのだろうか。

①米兵の暴力
 飲酒運転による交通事故、女性に対するレイプや痴漢
②騒音
 飛行練習の騒音
③事故
 墜落事故、オスプレイからの部品落下、飛行可能ルートからの逸脱
④米軍への攻撃
 中国軍の米軍基地への核攻撃に巻き込まれる

 たしかに、これらの「負担」を含め、在日米軍基地の約75%が日本の国土のわずか0.6%の沖縄に集中している。記憶力の減退した私でも頭に入るくらい、繰り返し聞かされる。

 しかし、これらを「重圧」と言えるのだろうか。
 ①②③が「重圧」としたら、観光立県など全く成り立たない。いま沖縄には年間700万人もの観光客が訪問し、無数のジェット機が騒音をまき散らし、離発着を繰り返している。700万人の観光客のほうが、米兵よりはるかに事故や犯罪事件を起こす。基地外での米兵の犯罪率は低く、沖縄の犯罪の1%程度である。
 それより、沖縄での成人式は毎年、まるで暴力団の就任式である。基地反対運動に参加している「住民」の言動はどうだ。米兵より県民のほうが恐ろしい。④に至っては、完全な被害妄想である(原発施設への攻撃と同じ)。
 また本当に負担に苦しんでいるなら、沖縄はなぜ日本で唯一人口が増えているのか。

 さらに、在日米軍基地の75%が沖縄にあると言っても、沖縄の75%が米軍基地ということではない。基地面積は、県土面積の約10%、本島でも19.3%である。もともと日本の国土の70%は森林で、人が住めるところではない。それに比べたら、沖縄の基地面積ははるかに少ない。沖縄の在日米軍人数は、日本全体の半分以下である。

 それでも県民でない限り、苦しさはわからないと言う。
 だがそんなことなら、日本中すべての地域が「重圧」を負っている。豪雪地域などは、米軍基地の何倍も負担だし、都会は都会で過密に苦しんでいる。空港や新幹線の騒音に苦しんでいる人もいる。おそらくほとんどの日本人が、自分の地域こそ負担にあえいでいると思っている。

 つまり沖縄(もちろん一部の強硬派だろうが)は、日本全体の安全保障に係る基地問題を「人質」にして、「弱者・被害者競争」の最前線に立っているようにしか見えない。口には出せないが、「ゆすり・たかり」根性の現代社会人の醜さを体現している。
 それに加え、いつまでも「問題」を残して、反対闘争することが目的になっている。だとしたら、万一辺野古基地を県外へ移すといっても、また難癖をつけ反対運動が起こるに違いない。
 
 このような県民性では、この問題を「平和的」に解決するのは無理であろう。最終解決は「武力」しかないのは、歴史が証明している。県民は、独立戦争を覚悟できるであろうか。

3年目のブログ(27年3月29日)

 このブログを書き始めて、まる2年経過した。
 書く方はいいとしても、毎日読んでいる人こそ大変だと思う(そんな人がいたら表彰したい)。

 ほぼ毎日、なにがしかの記事をつくっている。耳当たりのいいことを書いているわけではないので、不快に思われる方もいると思う。繰り返すが、「毒がなければ薬にならない」からである。

 それでも、記事の本数が700本を超えてくると、自分でも何を書いたかわからなくなる。内容に、多少の矛盾はあるだろう。変化は、私自身が日々成長(退化?)していることの証拠である。人は、一瞬たりとも同じではない。

 目標は、あと1年続けることである。

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福井県庁移転(27年3月28日)

 県庁は、今の裁判所あたりにあれば、駅との動線効果で片町は復活する

≪福井経済同友会は24日、「北陸新幹線延伸に向けた県都創生」と題する提言を発表し、福井県庁と福井市役所の移転について両庁舎を統合した新庁舎を、JR福井駅西口の新栄商店街かいわいに建設するよう求めた。県庁跡地の活用法としては、4千人規模収容のコンベンションホールの設置を示した。中心市街地をにぎわいのあるエリアにする狙いで、10年後の2025年までの実現を目標としている。
 25日福井新聞 福井のニュースより≫

 移転先に、新栄商店街の近くを選んだ理由について、委員長は「市の中心であり、にぎわい創出の場として最適。県、市合わせて3千人以上の職員が通勤し、周辺の商店街に活気を与えると期待している。新庁舎には商業施設の入居も提案している。」という。

 また、県庁移転後の跡地は、巨大なコンベンションホールとし、新栄商店街との求心力を高めることで南北方向の人の流れをつくり、福井駅から西武福井店方面へ向かう東西方向の流れとともに、面として波及効果をつくりたいと述べている。

 もちろん決定ではない。代表幹事が言うように、「こういう形で一石を投じ、いろいろなご意見をいただいて次の一歩へ進めていきたい」ということである。県民にセンセーションを巻き起こすため、25日に福井新聞のトップにでかでかと掲載されたのであろう。

 すなわち、県庁跡地にいくら巨大なコンベンションホールをつくっても、どこから人が集まるのかよくわからない。高齢化率が80%に近い福井市中心の住宅地を考えると、その頃は人口が半減し、街の様相は一変しているかもしれない。ここは単純に、福井城址公園として残したい。春は花見に最適である。

 また、数千人もの人が勤務する県庁オフィスを新たにつくるのなら、あまり福井駅に近すぎないほうがいい。もっと歩行距離を長くした、効果的な動線をつくる地域のほうがいいのではないか。今の裁判所あたりにあれば、片町は復活する。高給の職員3000人が通勤だけで往復30分も、駅から周辺にかけて毎日滞留する効果は大きい。

 現在の福井城後に県庁があることは不自然で、いずれ移転しなければならない。そのときになって右往左往するより、もっと県民の関心を高めておきたい。

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マスコミの取材姿勢(27年3月27日)

 面の皮の厚いマスコミ記者のような仕事は、とても普通の人にはできない

 チュニジアのテロで負傷して入院中の結城法子さんが、一部のマスコミに寄せた手記で、「次々と取材に来たのがショックだった」と述べていた。病院では、けがをした耳の処置をされた後、まずNHKや米ニューヨーク・タイムズ紙の記者が来て、質問に答えるように言われ、その後も取材のオファーが続いた。極めつけは、部屋の前で取材を制止された朝日新聞記者が、大使館員に対し「あなたに断る権利はない」と怒鳴る声が聞こえたことである。

 この報道で、マスコミへの批判が集中している。

≪配慮ってもんが無いのか?横柄過ぎる。≫
≪マスコミってこんなもん。傍若無人で礼儀なんて二の次。≫
≪入院しているときにわざわざ取材に行かなくても・・・・・≫

 たしかにこのような場合、取材される方は傷つく。それに私自身、いろんなところでマスコミの「傍若無人」ぶりをみて、その特権意識に辟易していた。

 しかし、なにか「事件」があったとき、遠慮ばかりしていたらとても取材などできない。人々に悪く思われてまで取材しなければならないマスコミの記者は、なんと因果な商売であろう。よほど面の皮が厚くなければできない。他人に悪く思われることを、受け流す度量が必要である。先だって外務省の渡航禁止命令に反発した新潟のジャーナリストや、元朝日新聞記者の植村氏を見たらわかる。

 もしかしたら、彼らは私たちと同じ人種だと思ってはいけないのかもしれない。まさに宇宙人である。普通の人にはとても真似ができないから、産業界で最高の待遇で雇われているのである。

地方議員の生産性(27年3月26日)

 地方選挙では、1~2割のまともな議員を見極めるのが、有権者の努めである

 昨日は国会について述べたが、じつは地方議会のほうがもっとひどい
 昨年は、「号泣議員」や「セクハラ議員」が続出した。政務活動費不正使用では、いまも身に覚えのある無数の議員が、じっと息をひそめている。

 そして、市議会や県議会のTV中継は、まるで下手な学芸会の練習をやっているように見える。
 質問するほうも、答弁するほうも「台本」を淡々と読んでいるだけである。でき合いレースで緊張感も何もない。単調なE-ラーニングのようで、聞く方は苦痛である。
 「台本」の読み合いなら、時間をかけた審議などいらない。少なくとも、選挙で選ばれた「エリート」であるはずの、議員や首長がこれでは、心もとない。答弁する地方官僚然りである。

 またほとんどの議員は、1年に1回質問するかしないかだという。その質問内容や文面さえ、お役人任せの議員が多いとも聞く。さらにお役人は、議会の開催・運営だけでなく、議員視察の調整サポートも行う。議員のわがままを聞いて、視察先で必要な資料を全部カバンに詰め、最後まで現地で右往左往するという。このサポートがなければ、視察はただの慰安旅行である。
 いったい議員は何の仕事をしているのか。採決だけなら、木偶の棒でいい。
 
 それでも、100人も議員がいれば、10人ぐらいはきちんと仕事をする人がいるはずである。組織の論理では、どんなに「木偶の棒」ばかりが集まっても、1~2割の人はまともな仕事をする。

 今度の地方選挙では、全体で1~2割しかいない正常な議員を見極めなければならない。難しいが、これがわれわれ有権者の努めである。

国会議員の生産性(27年3月25日)

 劣悪な審議が続く国会は生産性が低下した証拠であり、その改善には「少人化」が最も有効である

 3月20日の国会質疑の中で、安倍晋三首相が自衛隊を「我が軍」と述べたことに対し、野党から批判が相次いでいる。
 民主党の政調会長は「憲法の枠組みの中で積み上げた議論をひっくり返すような話だ。非常に理解に苦しむ」と述べ、維新の党幹事長でさえ、「あくまで我が国は自衛隊だ。不安をあおるような言い回しは、気をつけるべきだ」と指摘したそうである。
 民主党は、国会でもこの件を追求するという。

 しかし、野党の言動こそ理解に苦しむ。いい加減にしろ、といいたい。
 ようやく、重箱の隅をつつくような「献金疑惑」追及が一段落したと思ったら、今度は「言葉狩り」である。いくら我々のようなおバカな国民でさえ、このような無理筋の言いがかりしかできない野党には、あきれかえる。

 国会は、建設的なことに時間を使って欲しい。日本の国力を向上させるためには、まず国会の生産性を向上させなければならない。そのためには、国会を「良い現場」に変える必要がある。

 そもそも、議員の数が多すぎるから、このようなムダなことに時間を使う。野党の民主党でさえ、衆参合わせ130名もの国会議員がいる。それぞれ4~5人もの政策秘書を抱えているから、膨大な数が犇めいていることになる。無責任でも務まる野党で、これだけの人数がいれば、生産性は低下する。少ない仕事を大勢で行えば、必ず「お化けの時間」が発生するからである。

 したがってこの場合、生産性向上の最も効果的な方法は、「少人化」である。まず、国会議員定数を半分にする。人を減らすのは、もっとも有効な生産性向上の定石の一つである。

 劣悪な審議が続く国会は、生産性が低下した証拠である。これまでのように、「国会でまともな審議ができなくなる」という、議員定数削減に反対する意見は説得力を失った。

筋の悪い1票格差是正要求(27年3月24日)

 司法試験に合格するような人は、限りなく無理筋要求を押し付け、人々を困らせる

 選挙が終わって数か月すると、全国の裁判所から、「人権」弁護士グループが訴訟した1票の格差についての判決が続々と出てくる。いまは、昨年12月に行われた衆院選についての判決の時期である。
 3月23日には、関西48選挙区についての判決が大阪高裁であった。裁判長は「投票価値の平等に反する状態だったが、合理的期間内に是正されなかったとは言えない」と述べ、選挙を違憲状態と判断したが、無効請求は棄却した。

 これに先立って19日の東京高裁では、「現在の選挙区割が憲法の要求に反する状態ということはできない」として、選挙制度は合憲で、選挙は有効とする判決を言い渡している。

 この東京高裁判決に対する、訴訟弁護団の言い分が振るっている。
 弁護団の一人は判決理由について、「まともに司法試験を受かった法曹には理解できない」とし、「もし司法試験で判決のような答案を書いたら、正解にはならないだろう」と指摘したという。(3月19日弁護士ドットコムより)
 これで、弁護士の司法試験に合格するような人はまともではない、ということがはっきりした。

 さすがに、国民の多くも「1票の格差是正」の、いかがわしさに気づいてきたようである。以下のような正論が、確実に増えている(Yahooニュース コメント欄より)。

≪時代遅れの論議としか思えない。格差が嫌なら田舎に引っ越せばいいじゃないか。≫
≪自分たちの意に沿わない判決に対しての、弁護士グループのコメントは容認できない。こんなのに、弁護士資格を与えているかと思うと嘆かわしい≫
≪一票の格差は悪いことでない。人口に応じて議席が配分されれば、大都市の論理だけで政治が進められ過疎地の代弁者がいなくなってしまう。そうすれば、ただでさえ問題となっている地方格差がさらに広がるだろう。≫

 ちなみに、昨年の衆院選での「1票の格差」は2.13倍であり、これまでで最低であった。かって1971年には4.99倍もあった。1990年には3.18倍、2000年に2.47倍で、前回2012年には2.43倍と少しずつ小さくなっている。訴訟弁護団は、どこまで縮めたら満足するのだろうか。
 おそらく、1.01倍でも、いちゃもんをつけるに違いない。まともでない人は、限りなく無理難題を押し付け、人々を困らせるのを生き甲斐としている。どこかの民族と同じである。

比較の幸福(27年3月23日)

 「幸せの国」ブータン国は、経済発展が進めば、「不幸の国」に成り下がってしまう

 以前このブログで、「お金持ちほど、世の中を搾取してきた人たちである」という意味のことを書いた。もちろん私の負け惜しみで、本音では「成功者」は、自分とは何か違うものを持っていると思っている。だから、彼らはお金持ちになった。大多数の貧乏な日本人は、そう思って劣等感を感じている。これでは幸せではない。

 ところが、まったく異なった考え方を持っている人がいる。世界ではその方が多いのかもしれない。

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春の奈良の道(27年3月22日)

 お金を落とさない大勢の観光客を、沿道の住民はどう思っているのだろうか

 昨日、奈良盆地の「山の辺の道」を歩いた。昨年10月に通った道を、今度は反対側からである。
 JR桜井駅からJR天理駅まで、ほぼ線路に平行に約16キロ。駅を降りてすぐ、100メートルおきくらいの要所に、案内の道標が設置してある。迷うことはない。また、JR桜井駅からJR天理駅の間には4駅あって、短いコース設定もできる。

 飛鳥から平城に至る歴史の道として有名で、ゆったりとした上り下りの山里道である。古代天皇が開いた神社や仏寺、天皇が葬られている巨大な古墳が、つぎつぎ現れる。昨年秋に通った時は、目の前に柿やミカンが鈴なりで、つい手を伸ばしてしまいそうであった。こんどは、ポンカン、はっさくである。咲き始めの桜、満開の菜の花も見られる。
 祭日の土曜日、それに春らしい陽気のなかで、道路はハイカーで列をなしていた。

 奈良山辺の道 H27.3.21撮影 奈良山辺の道 H27.3.21撮影 奈良山辺の道 H27.3.21撮影

 しかしこれらの観光客は、それほどお金を落とすわけではない。ほとんどが、格安の「青春18切符」で、飲食物持参の日帰りである。買い物と言えば、道端に点在している無人販売所ぐらいであろう。それも、100円均一の野菜や果物などである。1000円も買えば、重くて持てない(行くときは、100円玉をたっぷり用意しよう)。そして、同じくらいあちこちにある賽銭箱である(こっちは10円玉でいいか?)。
 訪問する観光客は安くて満足だろうが、沿道の住民はどう思っているのか。

 もっとも天理市街に入ると、天理教関連の建造物一色である。1キロほど続くアーケード商店街も、天理集団の息がかかっている。寺社を目当てに観光客が来るわけでもない。迷える信者が、ネギをしょって、つぎつぎ現れるのであろう。

 明治維新後の廃仏毀釈で、多数の寺院が破壊されたのは、このような大寺院の勢力が、国内を席巻しようとしていたからである。奈良でも、いまの永平寺を超える大きさの大寺院がいくつか消滅してしまった。
 その中で生き残ったのであるから、オウムみたいなことがなければ強い。

民主主義とテロ(27年3月21日)

 テロをなくそうと思ったら、強力な独裁国家になるか、皆が食うや食わずの貧乏になることである

 「地下鉄サリン事件」は、20年前の3月20日に起こった。国内最大のテロ事件である。昨20日は、NHKやプライムニュースで、特番で取り上げられていた。

 あの事件では13名が亡くなり、6000人以上が負傷した。13名で済んだのは、ある意味日本医療の罪である。いまでも数百名が重い後遺症に苦しんでいるという。他の国なら100名以上が亡くなっていたに違いない。対人地雷のような(殺さない)残酷さを考えたら、3.11同時多発テロ以上かもしれない。

 また、つい先日チュニジアでは、日本人3名を含む21名がテロに遭って亡くなった。チュニジアは、いわゆる「アラブの春」によって、唯一民主主義が成功した国だと言われる。

 民主主義で「人権意識」の強い国家のほうがテロ事件は起こりやすい。確実な証拠がなければ、効果的な取り締まりはできないからである。「地下鉄サリン事件」の前も、警察や公安は、オウムに対して、強制捜査の機会は何度もあったという。破防法の適用も視野に入れていた。
 だが、「宗教の自由」や「人権意識」、破防法反対のマスコミの論調や世論に束縛され、思うように動けなかったそうだ。警察庁や公安委員会が言うのだから、言い訳半分としても、半分は真理である。

 そして人々が豊かになれば、かならず経済格差は発生する。
 そうなれば、落ちこぼれた人が、豊かな人を抹殺したいと考えるのは自然である。そこに手軽な大量破壊があれば、あとは一直線である。問題は、サリンや機関銃など、誰もが簡単に大量殺りく兵器を手に入れられる時代になったことである。小型核兵器さえも、可能である。

 したがって、世の中にテロをなくそうと思ったら、方法は2つしかない。強力な独裁国家になるか、社会全体が食うや食わずの貧乏になることである。
 いまの日本では、どちらも不可能である。ほどほどを狙うしかない。

 したがって我々は、多少のテロリスクと、取り締りを覚悟しなければならない。どんな世界でも、大勢が生きていくためには、ゼロリスクなどあり得ない。

安倍談話に向けて(27年3月20日)

 過去を振り返るのなら2600年前から振り返る。未来は好きなことを言えばいい

≪中国の李克強首相は15日、第12期全国人民代表大会(全人代=国会)第3回会議の閉幕後に行った記者会見で、「国家の指導者は、先人の作り上げた業績を継承するだけでなく、先人の犯した罪がもたらした歴史の責任も負わなければならない」と述べ、今年、戦後70年の首相談話を発表する安倍晋三首相を牽制(けんせい)した。  3月15日産経新聞より≫

 8月に予定されている「安倍談話」に対するけん制が、国内外からかまびすしい。焦点は、大東亜戦争時の日本軍の行動を、「侵略」と認めるかどうかにかかっている。中国・韓国及び、「戦勝国」は、日本が悪かったと認めてほしいだけだ。そのほうが何かと優位に立てる。

 それでも、日本国民にしたら、いつまでも「冤罪」で苦しむわけにはいかない。安倍政権でも「村山談話」を踏襲し冤罪を認めてしまったら、これまでの鬱積が爆発し、日本人テロリストが発生する。何のための安倍政権かわからない。
 では、どうしたらいいか。

 過去を振り返るのなら、古事記の神話からいこう。縄文から弥生、神武朝廷、聖徳太子、大化の改新、300年の平安時代から源平の戦い、室町、元寇、戦国時代、天下統一から江戸時代、明治維新、日清・日露ときてやっと大東亜戦争である。その間、欧州の帝国拡大主義が西は南北アメリカ大陸からハワイ太平洋へ、東は中東・インドから中国を飲み込もうとしていた。100年前の日本は、地球を半周づつした東西からの膨張勢力がぶつかる渦の中でもがいていた。
 私が総理ならこれを延々とやる。歴史を知るとは、そういうことである。

 歴史の責任を負うためには、知りうる限りの、過去の積み重ねが必要である。なんなら、地球誕生の46億年前からでもいい。さすがに、150億年前の宇宙誕生からでは長すぎるかもしれない。

 未来については好きなことを言えばいい。過去は変わらないが、未来は誰にもわからない。どうせ10年後には、後継者がまた違うことを言う。

買い物難民の支援(27年3月19日)

 買い物弱者を応援すると、高齢者はまた世の中に未練が残ってしまう

 いわゆる「買い物難民(弱者)」が増えているという。
 これは、過疎地だけではない。都市のど真ん中にある市街地でさえ、高齢者にとって買い物は一苦労である。近隣に昔からあった商店街はシャッター通りに変わり、続々と建てられる大型スーパーやショッピングセンターセンターには歩いては行けない。近くても数百メートルあり、大きな道路が横たわっていたらお手上げである。

 そこで経産省では、「買い物弱者応援マニュアル」を作成し、自力で買い物をすることができない高齢者たちを支援しようとしている。このマニュアルでは、①店をつくること、②商品を届けること、③人々が出かけやすくすること、を呼び掛けている。また、各地で取り組まれている具体的な事例を挙げ、工夫すべきポイントなどを示している。

 さらに、今年度の小規模企業持続化補助金では、「買い物弱者対策の取り組み」を計画した企業に対しては、補助上限額が100万円に設定されている(通常の販路開拓などの補助は50万円まで)。この取り組み計画を策定しようとする企業は、「買い物弱者応援マニュアル」を参考にしたほうがいい。

 しかし、こんなことをして高齢者を応援すると、また世の中に未練が残ってしまう。せっかく死ぬ準備ができたのに、かえって気の毒である。少なくとも私が「買い物難民」になった時には、こんなサービスは受けたくない。

悪質クレーマー?(27年3月18日)

 こんな仕事で生産性を上げても、日本人の暮らしが、よくなるはずがない

 すこし前のヤフーニュースである。
≪旅館の女湯が廊下から丸見えになっていたため精神的苦痛を受けたとして、大阪府内の30代の女性と60代の母親が、兵庫県西宮市の武田尾温泉の老舗温泉旅館に対し、慰謝料など約200万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、神戸地裁尼崎支部であった。 3月14日産経新聞より≫

 この判決で裁判官は、「損害賠償請求権が発生するほどの権利侵害があったと認めることはできない」として、請求を棄却した。

 女性らは平成25年8月旅館に宿泊した際、午後3時ごろから約30分間、女湯に入浴したそうだ。窓ガラスのすだれが外されていたため、女湯が廊下から見えるようになっていた。入浴後、そのことに気付いて訴えたという。

 複雑な事情は分からないが、これだけ聞くと、まさに「悪質クレーマー」である。訴訟社会の米国ならともかく、日本でこんな裁判沙汰があることが、信じられない。

 これに限らず、最近やたらと訴訟が増えているような気がする。
 元朝日新聞記者の植村氏も、自分のことは棚に上げ、記事を非難した人をつぎつぎ訴えている。これにボランティアの弁護士が、170人もついているそうだ。本人も本人だが、弁護士も弁護士である。
 こんな仕事で生産性を上げても、われわれ日本人の暮らしが、よくなるはずがない。

北陸新幹線開業(27年3月17日)

  一極集中のリスクを減らすには、敦賀以南は、米原、京都、舞鶴と、3つぐらいに分割したほうがいい

 14日に、北陸新幹線の長野~金沢間の運転が始まった。金沢から東京はものすごく近くなる。東京までの所要時間が、これまでの3時間50分から2時間半に短縮される(高崎~飯山間が「コ」の字型になっていなければ、あと30分ぐらい短縮できた)。
 関西までつながれば、外国人観光客のルートは、東海道新幹線とで2分される。あるいは、周回コースとなる。北陸の日本海側が、富士山に勝てる魅力と知名度を生み出すことができるか。福井駅前には、恐竜が勢ぞろいした。

 もっとも個人的には、騒がしい団体の外国人旅行者など、北陸の温泉に来てもらいたくはない。和倉温泉で、うんざりしたことがあるからだ。
 東京から金沢は完全に日帰りとなり、日本人宿泊客は減る可能性もある。

 また新幹線の開通で、日本海側の背骨ルートは寸断された。福井から新潟に行くときは、何回も乗り換えなくてはいけない。昔あった大阪~青森間の「白鳥」はとっくに無くなったし、昨年はブルートレイン「日本海」も停止した。もともと、敦賀~舞鶴~鳥取は、同じ日本海側でありながら、別世界である。
 日本海側ルートは、ずたずたである。

 これでまた、東京一極集中が加速されるのであろう。リニア新幹線ができれば、東京と名古屋が一体になる。もっと分散しなければ、リスクが高まる。北陸新幹線の敦賀以南は、米原、京都、舞鶴と、3つぐらいに分割したほうがいい。
 それが無理なら、せめて春江空港でオスプレイの定期便を飛ばせないか。

元首相たちの狂い咲き(27年3月16日)

 3人の元首相たちの乱交ぶりを見ると、なんと今の日本には本物の政治家がいないのかと思う

<鳩山由紀夫氏>
 まず、どうしようもないのが、鳩山氏である。もちろんロシアに迎合してクリミアを訪問、併合を容認したことである。これで日本人全員の敵となった。
 住民投票で帰属を決めるなど、論外である。敵軍が自国民を追い出したところに、敵国民を移転させていいはずがない。まさに北方領土である。いま北方領土で住民投票すれば、ロシアへの帰属は火を見るより明らかである。チベットやウィグル自治区も同じことが言える。
 宇宙人なら、早く宇宙へ昇天して欲しい。絶対に日本へ戻ってきてはいけない。万一戻ってきたら、袋叩きになる。日本には彼を許す人などいない。

<小泉純一郎氏>
 「脱原発」の言論活動が止まらない。震災4年目にあたる3月11日にも、福島県喜多方市で、講演を行っている。小泉氏は、東日本大震災後に、同じく元首相細川護熙氏と共に一般社団法人自然エネルギー推進会議を立ち上げ、原発ゼロの日本を訴えている
 前にも書いたが、国民の原発ヒステリーに便乗し、国策を誤らせようとするのは、老害の極み以外の何物でもない。そもそも自らが首相だった時には、率先して高齢議員を首にしていたではないか。
 この人も早く、昇天しなければいけない。

<村山富市氏>
 20年前の連立政権、文字通り「棚からぼたもち」の首相就任で、とんでもない談話を出してしまった。「植民地支配と侵略によってアジアの諸国民に多大な苦痛を与え、謝罪を表明した」、いわゆる村山談話である。これが歴代内閣に引き継がれ、中国・韓国からの、ゆすり・たかりの材料になっている。
 引退してからも、同じようなことを言い続けている。今年予定されている「安倍談話」に対しても、「村山談話を薄めてはならない」とけん制している。ますます日本はいじめの被害者になる。いったいどうしてくれよう。

 あきれた「3バカ退相(大将)」である。
 このような、元首相たちの乱交ぶりを見るにつけ、なんと今の日本には、本物の政治家がいないのかと思う。


 もっとも国会審議を見ても、チマチマした金のやり取りや「露(路)チュー」で大騒ぎするのが、議員の仕事だと思っているのだから仕方がない。それを喜んでいるのが、マスコミと国民である。結局、いまの国民の程度がそれまでなのであろう(そうだとしたら、国民の声を無視した政策のほうが日本はよくなる)。

軽犯罪のニュース(27年3月15日)

 「犯人」を憎むより、つまらない「事件」を大袈裟にしてしまったメディアの「いじめ」が怖い

 ネットでヤフーのニュース版を見ていると、ときどきおかしな記事に出会う。

 まず、≪元日ハム投手が下着窃盗未遂・・≫と題して、
≪京都府警山科署は10日、窃盗未遂の疑いで、京都市山科区音羽沢町、元プロ野球選手中西有希人容疑者(37)を逮捕した。
 逮捕容疑は1月29日午前8時10分ごろ、隣家の会社員女性(56)宅の2階ベランダに干してあった下着を、自宅から釣りざおを使って盗もうとした疑い。 3月10日・京都新聞より≫

 つぎは≪授業でわいせつ画像 横浜の中学校で≫と題し、
≪横浜市教育委員会は11日、市立中学校の1年生の授業で40代の男性教諭がパソコン操作を誤り、約10秒間わいせつな画像がテレビ画面に映し出された、と発表した。
 市教委によると、男性教諭は10日の1限目の理科の授業で私物のパソコンを使用。宇宙に関するDVDを見せようとして操作を誤り、上半身裸や下着姿の女性の画像などが掲載されているインターネット画面が約10秒間、パソコンと接続したテレビに映し出された。
 教諭はすぐに生徒38人(男20、女18)に謝罪。その場では騒ぎにはならなかったが、授業終了後に「気持ち悪い画像だった」などと話す生徒もいたという。 3月11日・神奈川新聞より≫

 いずれも、「犯人」である元日ハム投手や、中学教師の行動を責めていると思われる。茶化してバカにしているのかもしれない。
 
 隣のベランダの下着を釣竿で盗もうとした前者は、たしかに軽犯罪ではある。それでも、コメディドラマか漫画の世界である。さらに、ほんとに盗もうとしたのかどうかさえ、はっきりしていない。

 後者に至っては、たかが「上半身裸や下着姿の女性」の画像ではないか。盗撮ならともかく、これがなぜいけないのか。
 中学生の「気持ち悪い画像だった」という言葉は、本音ではないであろう。ほんとにそう思うなら、かえって心配である。少子化にますます拍車がかかる(もっとも画像が、SMや老婆趣味だったら気持ち悪い)。

 いずれの場合も、とても「犯人」を憎む気にはなれない。むしろ、こんな「事件」を大袈裟にしてしまったメディアの暴力が怖い。これこそ、人間社会に潜む「いじめ」の根性である。

(追)
 昨日来、福大の特命准教授の「殺人」が、大事件としてニュースになっている。若い女性が亡くなっただけに、メディアやネット読者は興味津々で、あることないこと噂に花が咲いている。
 しかし、昔から福井で起こった事件を見ると、まともに解決したためしはない。川崎同様、福井の警察の能力も怪しい。それに、「事実は小説よりはるかに奇怪」である。眉に唾をつけて、報道に接したほうがいい。

地産・地消と「食育基本法」(27年3月14日)

 どのようなしくみをつくったとしても、きちんと働く人がいなければ、なんにもならない

 農産品などでは、「地産・地消」が推奨されている。「地産・地消」することによって、どのようなメリットが得られるのだろうか。

①地元産品を地元で消費することによる、生産・加工・販売における才覚が向上する
②そこから、6次産業へと発展する可能性が生まれる
③農協合併、農産物市場における「せり」の自由化による、直接販売への気運の高まり
④農業自由化への対抗手段として
⑤地元の消費者にとって、新鮮で安心できる産品を手に入れることができる
⑥生産者にとっても、消費者の評価がすぐわかり、産品の品質が向上する
⑦地元の生産者と消費者が連携することによって、新しいコミュニティが生まれる
⑧地域で選ばれ、認められたものが全国から世界に発信できる


 また、2007年7月に「食育基本法」が制定された。つぎのことを謳っている。
①家庭における食育推進(第19条)
②学校、保育所等における食育推進(第20条)
③地域における食生活の改善のための取り組み推進(第21条)
④食育推進運動の展開(第22条)
⑤生産者と消費者との交流の促進、環境と調和のとれた農林漁業の活性化(第23条)
⑥食文化の継承のための活動への支援(第24条)
⑦食品の安全、食生活に関する調査、研究、国際交流の推進(第24条)

 ここから、「食育基本計画」が策定され、これをもとに地域では推進計画を策定している。
 具体的には、以下のような展開が考えられる。

①飲食店や宿泊施設での地域メニューの充実
②学校給食からの食育
③直売所の充実
④グリーンツーリズム
⑤共同での特産品開発

 当たり前であるが、どのようなしくみでもきちんと働く人がいなければならない。(私のように)口だけで何もしない人は5段階評価のどこに当てはまるであろうか。

食料廃棄のムダ(27年3月13日)

 自給率の低下による食糧危機は、日本の「ヤミ鍋」文化が救う

 世界中で、ムダに食料が捨てられている。
 日本でも、流通している食料品8000万tのうち1/4の2000万tが廃棄されている。食べられたものでも、1/4は、おなかに脂肪として溜まっているだけである。このムダが無くなれば、食料は輸入しなくても賄える。
 国際連合食糧農業機関(FAO)の調査によれば、全世界では毎年、生産された食料の1/3およそ13億トンが廃棄されているという。これも、10億といわれる世界の飢餓人口をなくすには充分である。

 じつは廃棄食品の実態は、よくわかっていない。これでも控えめな数字である。
 「さらば食料廃棄(シュテファン・クロイツベルガ―他著・春秋社)」によれば、世界中でじつに50%以上の食料がムダに捨てられているという。

 この本によると、家庭での廃棄と同じくらい生産段階や流通段階での廃棄も大きい。生産段階では大手スーパーの規格に合わない農産物が大量に捨てられ、流通段階では厳しい消費期限のため、まだ食べられる食品が大量に廃棄される。
 廃棄されるということは、その食品はもとより、生産、流通段階でのエネルギーや労力が、すべてムダになることを意味している。

 魚の廃棄も半端ではないという。
 漁獲された魚介類全体の最大80%が、意図しない混獲であって、これらは殺され、潰され、あるいは死にかけのまま海に帰されるそうだ。エチゼンクラゲのようなのもあるが、たいていは食べられるものである。稚魚も多い。いったん網にかかった魚は、海に帰されてもほとんど生存できない。
 そのため、漁業資源が枯渇しかかっている。

 これらに拍車をかけているのが、巨大種苗業界や流通大手である。近年は、投機筋による価格の乱高下が、市場を歪ませている。
 さらにトウモロコシなどのバイオエネルギーは、確実に食用としての穀物と競合している。

 そのため、世界の飢餓人口は、10年前の8億人から、10億人にまで拡大した。これは、形を変えた先進国の植民地支配である。その証拠に、「戦勝国」の食料ほど満ち足りている。アラブの春といわれた「民主革命」も、根底には穀物価格の高騰があったといわれる。 
 この支配のしくみを、敗戦国である日本の一市民が簡単に変えられるわけはない。時期尚早である。
             ヤミ鍋??

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裸で走る女子競輪(27年3月12日)

 こんないいアイデアを殺すような福井市の政治には、まったく期待できない

≪福井市が市営の福井競輪場で女子選手を集めて8月に初めて開催する「ガールズケイリン」について、9日の同市議会経済企業委員会で、委員長の堀江廣海市議(72)が「集客効果は全くない。裸で走りゃ別だけど」などと発言していたことがわかった。3月10日読売新聞より≫

 いいアイデアではないか。このアイデアを発展させ、実現可能な施策に結びつけたらいい。
 ところが堀江市議は、すぐに「不適切な発言があった。取り消させていただく。申し訳ございませんでした」と、あっさり謝罪してしまった。

 こんな些細なことでも大げさに取り上げ、セクハラ扱いするから、福井では思い切った改革案が生まれなくなる。問答無用に、「よそ者、ばか者、わか者」を排除している。
 すこしは「ブレーンストーミング」手法のかけらでも学んだらどうかと思う。

 さらに心理学者フロイトによると、人間の行動の90%以上は性的欲求からだと言う。政策面でもそのことを念頭に置かなければ、いい政治などできない。

 したがって、いまの福井市の政治には、まったく期待することはできない。
 今度の選挙では、もっと柔軟性のある市長と議員に投票したい(そんな人いるの?)。

空港での再入場騒動(27年3月11日)

 高速道路の逆走とあわせ、「ポカヨケ」のうまいしくみを考えた人は、子金持ちになる

 先日那覇空港国内線旅客ターミナルで、間違えて手荷物受取場に入った中国人女性3人が、出発ロビーに引き返してしまったという。全ての乗客の保安検査をやり直すため、約1時間、全ての国内線の出発を見合わせた。那覇空港を発着する5便以上が欠航、20便以上に遅延が発生するなど、6300人以上に影響が出た。
 女性たちは、石垣空港から那覇空港で乗り継ぎ、羽田空港に向かう途中だった。免税店を探しているうちに、誤って手荷物受取場に出たらしい。

 このニュースに対し、ネット読者のほとんどは、3人の中国人をバカにしていた。中国人のなかにも、同胞ながら恥ずかしいと言っている人もいた。

 しかし、空港ターミナルの管理体制にこそ、問題があったのではないか。
 空港のような、不特定多数の人が行きかうところでは、間違おうとしても間違えない仕組みが必要である。私自身も海外の空港ターミナルに入ったとき、右往左往し、どこへ行ったらよいかわからなくなるときがある。飛行機から空港の外へ出るだけでも迷うのに、この女性たちのように、免税店を探していたらなおのことであろう。3人の女性たちも、銃や刃物で脅したり、鉄格子を破ったのではないはずである。


 さらに深刻な問題として、高速道路の「逆走」がある。こちらは直接命に関わるだけに、もっと重大である。逆走する人の何割かは、高速車線に入るとき、わざわざ走行車線をまたいで反対車線に入ってしまうという、信じられない行動をするそうだ。
 人はパニックになると一瞬、何をするかわからないのである。

 いずれも「逆走」を防ぐためには、「見える化」に加え「ポカヨケ」のしくみが必要である。これまでの管理方法では不十分であることは、はっきりしている。「逆走」をなくすうまい仕組みを考えた人は、子金持ちくらいにはなるであろう。

原油安はカミカゼか(27年3月10日)

 中東の化石燃料に依存している日本は、きわめて危ない橋を渡っている

 昨年来、原油の価格が大幅に下落している。昨年半ばには、1バレル100ドルを超えていたのが、今では40~50ドルで推移するようになった。昨年10月ごろ経済評論家が、30%は下がると言っていたのが、それ以上の下落である。

 そのためガソリン価格も一息ついている。以前からの契約購入のため一気には安くならないが、化石燃料に頼っていた電力会社の経営も落ち着く。
 昨年の消費意増税で停滞していたアベノミクスも、回転を始めた。まさに「カミカゼ」である。

 しかし、原油価格の下落はいいことばかりではない。誰かにいいことは、誰かに悪いことである。すなわち、産油国にとって原油価格が半分になれば、収入は半分になる。
 そうなるとどうなるか。

 藤和彦氏(世界平和研究)たちによると、逆オイルショックが起きると言う。
 すなわちサウジアラビアなどは、潤沢なオイルマネーを配分することによって、治安を維持していた。それが持たなくなる。産油国の治安が悪くなると、中東全体にISISのような組織が大発生し、大混乱に陥る。当然、まともに原油輸出もできなくなる。
 中東の治安維持に、アメリカはもう当てにならない。

 そうなると日本は、いくらお金を出しても石油が入らなくなる。日本経済は破たんし、大量の餓死者が出る。
 カミカゼはいつまでも吹いていない。いまのような中東の化石燃料に依存している日本は、なんと危ない橋を渡っているのだろうと思う。

補助金の穴・収益納付(27年3月9日)

 企業が損をするわけではないが、あらかじめ理解しておかないと、払うとき損した気分になる

 補助金制度を利用する際に、注意すべきことがある。

 まず、申請するときの書類の作成が煩わしい。決定までの時間が長いのも問題であるが、採択されてもなんだかんだと書類の提出を要求される。さらに多くの場合、補助対象事業が完了した後5年間は、事業化状況報告を行うことが義務づけられる。
 それでも補助金をもらう人は、たいていここまでは覚悟している。

 びっくりするのが、「収益納付」である。「後出しじゃんけん」と同じで、たいていの人は途中で気がつく。
 これは、事業の実施によって収益が発生した場合に、収益の納付を義務づけるものである。「創業補助金」、「小規模事業者活性化補助金」、「ものづくり補助金」のいずれも、収益が得られた場合には、交付した補助金の額を上限として収益の一部を納付することを求めている。
 実際に支払った人を知らないので、現実にはどの程度の負担なのかわからない。

 経産省の計算式(今年度の詳細は不明)によると、

 (補助事業の累積利益―自己投資額)×(補助金/投資金額)― 納付累積額=納付額

 これを毎年、5年目まで計算して、プラスの場合納付しなければならない。

 ≪ただし、以下を満たす企業は求めない。
 1)直近3年間のいずれかの年に赤字を計上した企業
 2)相当程度の雇用創出等の効果によって交易への貢献が認められた企業(第三者審査会で認定)≫

   
 では具体的に、いくらぐらい支払うのか。
 ざっと計算すると、

 ①自己負担500万円で1000万円の補助金を受け、5年で1000万円の累積利益が発生した場合は、
  (1000-500)×1000/1500=330万円 ・・5年目までの収益納付金額
                     である(実際は毎年計算する)。

 ②同じ条件で、5年で2000万円の累積利益が発生すると、
  (2000-500)×1000/1500=1000万円 ・・5年目までの収益納付金額
                   この場合は、補助金全額を納付することになる。

 もちろん、自己負担が累積利益より多い場合には、納付する必要はない。
 それにいくら収益納付しようと、企業が損をするわけでもない。収益納付した後でも、自己負担500万円の投資で、①の場合660万円の利益が発生し、②の場合には1000万円が残る。それ以上の利益が発生しても、納付する必要はないし、納付は5年目までである(当時の制度)。

 それでも、採択された企業は説明会のときに詳細を問い合わせたほうがいい。事業ごとの仕訳が必要になるからだ。それにあらかじめ理解しておかないと、払うときになって損した気分になる。

小さな食料品店(27年3月8日)

 カードや電子マネーは使えないし、ややこしいポイント制もない。年寄にはもってこいの店だ

 市立図書館へ通う途中に、小さなスーパーがある。田原町の「くりなみ食料品店」である。外装からみて、それほど古い店ではない。

 大手のスーパーやコンビニが君臨しているいま、こんな小さい食料品店がやっていけるのか気にかかっていた。
 そこで先日、図書館の帰りに立ち寄って買い物をした。

 土曜日であったが、10人ほどの客が入っており、会計するのに5人ほど順番を待つほどであった。お客の年代は60~80歳以上。若い人はほとんどいない。

 価格は、普通のスーパーより2~3割は高い。それでもここでしか買えないものが並んでいる(ような気がする)。セロリ(130円)と大豆(100円)、豆菓子(350円)、酒(1300円)などを買った。
 奥には惣菜もあったが、どんどん売れている風ではない。会計では2019円の表示なのに、レジの爺さんは躊躇なく「2000円」と言ってくれた。細かい金をいじくる手間が省けていい。

 定休日は、日曜と祝日。カードや電子マネーは使えないし、ややこしいポイント制もない。年寄にはもってこいである。どこの産かわからなくとも、どうでもいい。老人にとって望むところである。
 近所のお客だけかと思ったら、車が数台あるところを見ると、遠くからも来ているようだ。

 セロリが甘くておいしかった。大豆もいける。

セクハラ、マタハラ、パワハラ(27年3月7日)

 こんなものを厳格にしたら、息が詰まる。これも、『ものはほどほど』である

 ハラスメントという言葉が流行している。
 連合によると、女性からの労働相談の内容は、「セクハラ・パワハラ・嫌がらせ」が 26.9%と最も多いそうだ。上司や安定している雇用形態の立場を利用し、理不尽な叱責や暴言を吐かれたというパワハラの相談や、「結婚はまだか」といったプライベートな部分に触れる発言、2人きりになるとキス・体を触る等、卑劣なセクハラ行為に苦しむ女性の相談も目立ったそうである。

 これらの基準は、きわめてあいまいである。言われた本人が思ったとおりなら、いくらでも相手を罪に問うことができる。ノックはアウトで、キムタクなら何をしてもいいというのは、完全な差別である。

 そして、性的関心はすべての生き物が保有している。
 プライムニュースコメンテーターの一人は、『仕事だけなら、セクハラに関することを話題にする必要はない』と言っていたのは、まったくの勘違いである。心理学者フロイトによると、人間の行動の90%以上は性的欲求からだと言う。仕事でもそのことを念頭に置かなければ、いい商品などできない。

 とくにパワハラが難しい。
 どこまでが指導でどこから先がパワハラかなど、誰にもわかるはずがない。こんな名前が独り歩きすれば、技術・技能の伝承すら難しくなる。

 結局、『ものはほどほど』に行きつく。
 こんなものを厳格にしたら、息が詰まる。やたらと「弱者」をつくりたがる弁護士の陰謀ではないかとさえ思える。

韓国のテロリスト(27年3月6日)

 我々は、このような韓国人にどのように付き合っていけばいいのだろうか

≪リッパート駐韓米大使が5日朝、ソウル市内の講演会会場で凶器を持った男に襲われ、負傷した。男はその場で取り押さえられ、連行された。韓国内では最近、シャーマン米国務次官の発言が「日本寄り」だとの批判が出ており、警察当局が関連を調べている。3月5日朝日新聞デジタルより≫

 この事件の前、先月27日に米国のシャーマン国務次官は、講演で、「ナショナリスト的な感覚で敵をけなすことは、国の指導者にとって安っぽい称賛を浴びる容易な方法だが、それは感覚がまひするだけで、進歩は生まない」と語っていたという。これに触発されたとの見方もある。

 また1昨年の1月には、安倍晋三首相の特使として訪韓した額賀福志郎元財務相がソウルの金浦空港で、特使訪韓に反対する男が自分の腹部を刃物で切って病院に運ばれた。

 これらの事件は、かって伊藤博文を暗殺したテロリストの安重根にダブる。
 早坂隆氏が、Voiceに掲載している「テロリスト安重根(第10回)」によると、安重根は逮捕後、伊藤博文を敵視した理由を15項目も列挙している。
 その内容は、伊藤博文は韓国王妃を殺害する指示を出した、日韓協約を行った、銀行券(ほんとは伊藤ではない)の発行を行った、韓国の義兵(じつは盗賊)の取り締まりを行った・・など、明らかに事実と異なる部分や錯誤で締められており、誤認から生まれた稚劣の産物であった。

 早坂氏は、そのノンフィクション小説の中で、安重根についてつぎのように語っている。
 ≪彼は事件前、韓国系の新聞を読み漁っていたと言うが、偏向した反日記事から吸収した誤った知識の蓄積によって、歪んだ衝動を隠然と醸成し、ついには国際情勢を揺るがす重大時にまで及んでしまったのであった。≫

 現在の、韓国内の状況とまったく同じではないか。日本国初代総理大臣の伊藤博文の暗殺がなかったら、その後の朝鮮併合や大戦の形は違っていたかもしれない。

 それでは我々は、このような韓国人と、どのように付き合っていけばいいのだろうか。いくら論理的に話し合っても、まともに聴く相手ではない。

 先週のプライムニュースで、渡部昇一氏がコメントしていたことが参考になる。
 つまり、
 ≪淡々と水の如く、政・経関係は希薄に(できればゼロにする、ただし個人や文化的な付き合いは続けても良い)≫

戦艦武蔵の発見(27年3月5日)

 敗戦の屈辱を秘めていれば、必ずつぎの戦争には勝利できる。戦争は勝たなければ、意味がない

 昭和19年10月にフィリピン・レイテ島沖のシブヤン海で沈没した戦艦「武蔵」が発見された。船首に菊の紋があり、巨大な錨がある。バルブの写真も見え、バルブの中心の部分に「開」などの漢字が書かれている。「武蔵」に間違いないだろうと言われる。

 周知のように「武蔵」は、「大和」と並ぶ、当時世界最大の巨大戦艦であった。全長263メートルで排水量7.2万t、46センチ砲9門を有し、無数の対空砲や機銃が張り巡らされ、「不沈艦」とも呼ばれていた。

 それが、航空機の攻撃を受け、あっけなく沈んでしまう。戦艦同士の砲弾に対する防御はともかく対航空機戦は考えておらず、魚雷に対しての防御が甘かったからだとされる。

 半藤氏の指摘によると、「武蔵」が沈んだのは、皮肉なことに46センチ砲を保有していたためだそうだ。この巨砲はあまりにも巨大で、発射の爆風で甲板にいる人は吹っ飛んでしまう。発射するときはブザー警告することになっていたのだが、 たまたまレイテ島戦闘のときには、ブザーが鳴らなかったのだと言う。そのため、「武蔵」の前部主砲近辺の銃座にいた兵士は、吹っ飛んでしまった。
 敵の攻撃機は、機銃攻撃が手薄になった前部をめがけ、集中的に魚雷攻撃を仕掛ける。さすがの「武蔵」も、20本もの魚雷を1か所に受けたらひとたまりもない。前部から、沈んでしまった。

 そもそも大和型戦艦は、航空隊の掩護下で艦隊決戦を挑むために開発された戦艦である。味方航空機の支援が1機もなく、100機以上の航空機から集中攻撃されることは設計者の予想を超えていた。

 後知恵ではあるが、あの戦争での日本軍の行ったことをみると、すべてがちぐはぐであった(だから、負けたのであるが)。日清、日露、真珠湾攻撃からの初戦の勝利で、日本軍は完全に呆けてしまい、自ら修正する力をなくしてしまっていたのである。

 逆にいえば、この敗戦の屈辱を秘めていれば、必ずつぎの戦争には勝利できる。戦争は勝たなければ、意味がない。

現場はムダの宝庫(27年3月4日)

 ある製造現場の一部です。

 前工程から製品が運ばれ、箱詰め・梱包されて、発送のためつぎのパレット置き場に移動されようとしています。
 7つのムダに照らして、どのようなムダが発生しているか指摘し。改善案を考えてください。

  運搬取り置きのムダ

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セル生産とビジネスチャンス(27年3月3日)

 製造業でも飲食店のように屋台販売できる業種はあるはず

 製造業で、セル生産というのがある。これは、1人または少数の作業者が、U字型などに配置したセルと呼ばれる製造ラインで、製品加工や組み立てを受け持つ方法である。

 ①仕掛在庫を少なくでき、短時間で生産できる、②品種や数量の変動に対応できる、③多品種少量に対応、
  などのメリットがある。情報機器メーカーや家電、自動車部品メーカーだけでなく、工作機械などの重工業へも普及が進んでいる。
 一人で多くの作業を受け持つため、個人の力量に大きく依存する。そのため、熟練すればするほど高品質、高効率な仕事ができる。

 じつはこんなやり方は、大昔からあった。
 もともと飲食店は、たいていこのやり方である。それも、お客さんの目の前で作り上げる。小規模なセル生産のことを「一人屋台方式」というのは、屋台のラーメン屋やおでん屋を想定したものである。

 ただ普通の製造業では、飲食店のようにお客の目の前で加工するものは少ない。いくら短時間でできると言っても、お客が待つ時間の限度をオーバーするからだ。少なくとも、10分ぐらいで提供できるまでに短縮できないとお客は待ってくれない。

 逆に、10分くらいで提供できるなら可能性がある。お持ち帰り焼き鳥のように、20分くらいでもいいかもしれない。
 眼鏡枠、パソコン、自転車などのように、工数の少ない製品ならできる。

 さらに、修理や補充などはもってこいである。昔の包丁の研ぎサービスなどは、家庭で包丁を使わなくなったから無くなっただけである。
 いま求められているものならいい。

 そこで、プリンターのカートリッジインクの、補充サービスなどはどうだろう。
 なにしろカートリッジインクはバカ高い。純正なら1個1000円、格安再生品でも5~600円する。半額で詰め替えしてもらえるなら、ユーザーの多くはものすごく助かる。書店や文具店、金物屋などのサービスとしてできれば、受けること間違いない。客寄せにもなる。
 プリントメーカーの嫌がらせはあるかもしれないが、消費者が声を上げれば、大企業の横暴は防げる。

乞食はなぜいけないのか(27年3月2日)

 乞食は、すべての人に優越感を与えることのできるすばらしい職業である

 ≪JR高松駅やその周辺で「お年玉を入れてください」と金品を乞う行為をしたとして、香川県警は24日、高松市の無職の男(23)を軽犯罪法違反の疑いで書類送検し、発表した。男は金品を乞う様子をネットの動画サイトに投稿。県警は動画から男を特定した。 2月24日朝日新聞デジタルより≫

 逮捕された人は、「お年玉をこのカップに入れてください」と訴えて、高松市内で金品を乞う行為をしたという。軽犯罪法では「こじきをし、又(また)はこじきをさせた者」を「拘留又は科料に処する」と定めているそうだ。

 ところで、『こじき』とは何か。
 「にこにこ大百科」によると、 
 ≪本来は、仏教で行う修行の一つまたはそれを行う人のことである。他人に分けて貰える少ない食物のみで満足出来るよう、鍛錬しながら暮らすことである。我欲を少なくし、また可能な限りの時間を精神修養に当てることを目的とする。
 そこから、自分では生産活動をせず、他人の善意にすがって暮らす人のことを言うようになった。基本的に蔑称として使われる。≫

 法律では、≪不特定の人に哀れみを乞い,自己又は自己の扶助する者のために生活に必要な金品を受けようとすること≫だという。

 軽犯罪とはいえ法律違反に問われるのは、乞食が勤労をしていないと見なされるからであろう(勤労、納税、教育の国民3義務)。乞食行為は、社会に何の価値も与えないと思われている。

 だが、ほんとにそうか。
 「不特定の人に憐れみを乞う」行為は、じつは多くの人が「仕事」として行っている。
 選挙運動をみよ。たいてい「最後のお願い」で金切声を上げる。顧客に憐れみを起こさせるのは、営業マンのセールステクニックの一つでもある。マスコミ報道も、社会全体に憐れみを訴えることで販売数を伸ばす。
 さらに被害者、被災者に対する義捐金との違いは何か。働けないから年金よこせという年寄りは、どう考えたらいいのか(ギャンブルと同じ、公営だからいいと言う人もいるが)。
 そもそもなにかあると、「我こそは被害者」という人は後を絶たない。それを応援する弁護士はどうなのか。

 一方で、(乞食でなく)社会の底辺で虐げられていた人も、人に何か与えることで一時的に幸せになる。乞食に恵みものをした人は優越感を感じる。まだまだ自分の下層には、だれか人がいると思うからである。

 すなわち乞食は、すべての人に優越感を与えることのできるすばらしい職業である。これ以上価値のある職業があるであろうか。身なりを整えるなり、他人が不快にならないような工夫をすればいいだけである(そんなことできる??)。

残酷画像閲覧(27年3月1日)

 つぎの世代に「耐性」をつけさせるためにも、われわれ老人は、死にざまを考えておく必要がある

 先日の女子プロレスで、「壮絶」な「喧嘩マッチ」があったという。ワールド・オブ・スターダム王者の世IV虎から顔面にパンチを浴び続けた安川惡斗は、緊急搬送され病院検査で顔面の複数箇所に骨折が判明したそうだ。
 もとの顔を知らないので何とも言えないが、見るに堪えないくらい変形している。気の小さい人が見たら、異常をきたす(神経の細かい人は見ないでください)。

 またすこし前には、ISISに殺害された後藤さんの死骸を見た小学生たちが、気分が悪くなってしまったというニュースを聞いた。
 いずれの画像も、ネットで簡単に検索できる。ネットではこれ以上に残酷な画像も多い。

 インタネットがここまで普及した以上、これを止めることは不可能である。いくら「ネチケット」を守ったとしても、ゼロにはできない。
 そうであれば、見る人の耐性を増すしかない。
 では、なぜ死や醜いものに対する耐性が無くなってしまったのか。

 近くで死体を見る機会がほとんどなくなってしまったからである。
 ほんの数十年前まで、われわれは身近で人の死を見ていた。若くて死ぬ人も多かった。中には苦しみぬいて、壮絶な顔をしている人もいた。毎年のように、死人や死にかかった人が近辺にいれば、おのずと耐性は増す。そんな人は、多少残酷な画像を見ても、びくともしない。

 ところが近年では、家庭で死を看取るということはほとんどない。たいてい最後は病院である。最後だけにたちあうか、火葬場での御対面しかしない。
 ビフテキやチキンナゲットを食べる人は、その本体が殺害された場面を知らない(だからクジラやイルカ漁に反対する)。
 これでは、「死」が現実のものとはならない。「死」が疎かになれば、「生」も疎かになる。

 つぎの世代の人に、死に対する「耐性」をつけさせるためにも、死にざまを考えておく必要がある。それこそ、われわれ高齢者の大切な仕事である。