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大晦日(12月31日)

 年末年始に首相の靖国参拝がなければ、平成27年は悲惨な年になる

 今日は、平成26年(2014年)最後の日である。
 来年の日本はどうなるのだろうか。

 アベノミクスは、大花火で終わる(それでも煙は残るし、他の選択肢よりはましである)。
 つぎのような、民主党時代からの負の遺産も引きずっている。

①再生エネルギーの固定価格買い取り制度(新電源の革新ができなくなった)
②規制強化による原発再稼働の事実上の阻止
③普天間基地固定化によるゴタゴタ
④領土問題からの日中関係悪化
⑤TPP、移民の促進
⑥消費増税

 これらの「毒」が日本を蝕んでいる。なんといっても3年以上にわたって、日本をいじくり回されたのである。

 さらに今年は、首相の靖国参拝がなかったため、靖国の怨念が溜まっている。
 おかげで後半は自然災害が多かった。アベノミクスを頓挫させたのも、この怨念による祟りである(荒唐無稽と思われるかもしれないが、人災はすべて心理的なものである)。
 このままでは日本は沈没する。

 それでも今年はまだ10時間以上残っている。ぜひ総理は靖国へ参拝し、燃えさかる怨念を鎮めてもらいたい。それができるのは、天皇陛下か首相だけである。
 年末が無理なら、新年の初詣でもいい。

 経済が悪ければ若者が育たない。年寄りが既得権益にしがみつくからだ。
 われわれ老人は、積極的に参加することはできない。できるのは、静かに退場することだけである。そのほうが日本は元気になる。
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車の安全装置(12月30日)

 エアバックやシートベルトのために亡くなった人は、その100倍もの命を救っている

 「タカタ」製のエアバックの不具合が世界中で問題となっている。事故は10~20件ぐらいとはいえ、安全装置が凶器になるということで、騒ぎが大きくなった。

 一方、交通事故総合分析センターによると、日本で平成25年中に発生した交通事故は、66万5138件で、死亡者数は、4411人である。
 負傷者数は82万5396人ということだから、およそ83万人が1年間に人的被害を受けている。死亡者数は1970年の1万6765人を最高に激減しているが、件数はそれほど減っていない。

 このことは、我々の知人縁戚を15人として、10年に1回はその中のだれかが、交通事故で人的被害を受けているということになる。届を出さない物損事故を加えれば、その10倍以上はあるはずだ。おそるべき確率である。
 
 さらに事故一歩手前をいれると、ハインリッヒの法則から、その30倍はあることになる。
 すなわち日本人すべてが、日常的に交通事故のリスクと接していることになる。

 私自身もこれまで、物損事故は何度も起こしたし、交差点で、危機一髪で子供をはねようとしたこともあった。

 そこで、工学的に車の安全を高める工夫が取られている。自動停止はもちろん、自動運転の車両も開発されている。
 もちろん、これらが普及しても100%安全ではない。

 問題のエアバックの破裂事故、シートベルトをしていたための事故もある。エアバックによる死亡事故は、タカタ製だけではない。自動停止機能付きの車両にしても、前から来た車を感知して止まってしまい、避けられず衝突することも考えられる。

 それでも、それらの安全装置のために助かった人は多い。
 安全装置の事故で亡くなった人の100倍以上の人が救われているはずだ。明らかにリスクが小さくなるから安全装置をつけるのである。

 どんなものにも必ずリスクはある。大切なことは、そのリスクを可能な限り小さくすることである。絶対にゼロにはできない。ゼロリスクを求めたら、生きてはいけない。

ロボットの普及(12月29日)

 世の中は一気に変わらない。ビジネスは、予測できる未来に価値をもたらすものが成功する

 オックスフォード大学が、702業種を調査し、あと10年で「消える職業」、「なくなる仕事」がどれくらいあるかの分析を行ったという。(11月9日現代ビジネスより)

 たとえばタクシーの運転手は、無人で走る車に代わられ、バーテンダーの仕事がコンピューターに取って代わられる。コンピューターの技術革新が進む中で、これまで人間にしかできないと思われていた仕事が、半分近くロボットなどの機械に代わるそうだ。

 たしかに、機械は人間のように休息をとることはないし、力も強い。決められたことは必ずやる。監視業務や、正確な位置決めなどの業務の多くは、機械でもいい。

 オックスフォード大学は、700業種にも及ぶ業種を、どこまで具体的に調査したかどうかはわからない。このような、人間の仕事がロボットに置き換わるという話は、目新しいことではない。20年前、製造業はほとんどすべて、ロボットに置き換えられるとまで言われていた。

 それでもまだ、ロボットやコンピューターには、芸術のようなクリエイティブな作業はできない。クラブのホステスのような、当意即妙の会話も無理であろう(逆に幼児のような奇想天外な会話は得意)。
 そこで、機械にできる仕事は機械に任せ、人は高次元でクリエイティブなことに集中するようになる。

 だが人間でも、こんな難しいことをできる人は限られる。その他の人は、一体何をするのか。大半の人が、遊んで暮らせるような世の中というのは考えづらい。
 格差はますます拡大し、世の中が芸術ばかりになって、それを楽しむ人がいない。おかしな世界になる。

 ひとつ言えることは、世の中は一気に変わらないということである。ビジネスも、予測できる未来に価値をもたらすものが成功する。早すぎても遅すぎてもいけない。

プリンターメーカーの陰謀?(12月28日)

 時間がたつと他社インクが使えなくなるようになる「時限爆弾」なら、大企業の横暴である

 先日、年賀状を印刷しようとして久しぶりにプリンターを動かした。
 ところが、エラーが出て動かない。「プリンターヘッドの機種が異なります」というエラーである。

 たしかに、我が家のプリンターには純正のカートリッジインクを使用していない。他のメーカーが詰替えた再使用品である。
 なにしろ、純正が5400円で再生品が3800円である。「たかが」インクである。それほど高精度の画像を期待しているわけでもない。月に10枚ぐらいしか印刷しないのに、減るのがものすごく速い。本体の価格よりインク代のほうが、1~2年で高くなってしまう。
 そもそも3800円でもバカ高いし、どこが違うかわからないのに、さらに4割も高いインクを買いたくない。

 それでも、最初1~2年は再生インクでも、なんとか印刷できた。昨年あたりから、たまにエラーが出るようになったが、騙しながら使ってきた。
 ところが、ここにきて頻繁にエラーが出て、まともには使えない。

 もしかしたらキャノンプリンターには、3年たつと他社インクが使えなくなるような「時限爆弾」が仕掛けてあるのではないか。もともと、プリンタを安く売って、高いインクを売りつけるのは詐欺だと思っていた。もし「時限爆弾」が事実なら、これこそ大企業の横暴である。

表現の自由(12月27日)

 いくら表現の自由だと言っても限度はある。 結局、得をしたのはソニー・ピクチャーズである 

 『ザ・インタヴュー』というソニー・ピクチャーズの映画をめぐり、国際紛争が起こっている。
 この映画は、アメリカのジャーナリストが金正恩を暗殺するというコメディである。これが、「首領様」を愚弄するものだとして、北朝鮮が反発した。ソニー・ピクチャーズに対し、情報流出などのハッカー攻撃を仕掛けたという。
 ソニー・ピクチャーズが映画公開を見送ったことから、表現の自由を巡って外交問題となった。
 
 オバマ大統領の懸念からはじまり、北朝鮮のネット接続ができなくなるなど、応酬がやまない。

 アメリカのような歴史の浅い国なら、大統領がバカにされることはしょっちゅうある。これまでハリウッド映画でも、いくつもあった。
 だからアメリカでは、この件に関して多くの人が北朝鮮に対して冷たい。アメリカに追随する日本のマスコミも同じである。ソニー・ピクチャーズに対しても、北朝鮮の「圧力」に屈したとして、批難が集まった。
     
                山の神
          
 しかし、北朝鮮の言い分にも一理あるのではないか。
 いくら、コメディだからと言って、自分たちの崇拝している「首領様」が貶められたのである。いい気分はしない。(内容を見ていないので、どんな程度かはわからないが)
 
 もし、日本の天皇が海外のメディアによって、茶化されたらどうか。
 かって、韓国の李明博大統領は、「日王(天皇)は、大韓国民に心から土下座するのなら勝手に来ればいい、重罪人に相応しく裸にして手足を縛って頭を踏んで地面に擦り付けて謝らせてやる」といって、日本国民の怒りを買ったことがあった(ハッカー攻撃までやったかどうかはわからない)。

 北朝鮮の人民にすれば、首領様は日本の天皇と同じである。
 さらに、ローマ法王が愚弄されたら、世界はどう思うか。

 いくら表現の自由だと言っても、限度はある。何でも好き放題にしていいものではない。モノはほどほどである。

 結局、映画は公開され、ネットでも配信されることになった。
 そして、この騒動で一番得をしたのは、ソニー・ピクチャーズであろう。こんな騒ぎを起こさなければ、誰も振り向いてくれなかった。あの映画は、制作費50億円もかけた割にはつまらなかったという、もっぱらの評判である。

発電コストは決まらない(12月26日)

 コスト計算は、それぞれの主張をする人が、自らに都合の良い数字をはじき出すためのものである

 経済産業省は、来年1月、電源ごとの発電コストを試算するそうだ。
 原発や火力発電、再生可能エネルギーなどのコスト見積もりである。この試算をもとに、2030年の総発電量に占める電源別の割合、エネルギーミックスを策定するという。

 前回(2011年)の試算では、原発のコストに事故対応費用を織り込んだ結果、原発の発電コストを8.9円以上とした。2004年の政府試算で5.9円とされていた原発の発電コストは大きく上昇し、石炭火力の9.5~9.7円、LNG火力の10.7~11.1円並みの水準となった。

 再生可能エネルギーのコストは、前回試算では陸上風力が9.9~17.3円、住宅用太陽光は33.4~38.3円であった。ただ当時の試算には、固定価格買い取り制度の買い取り価格や、太陽光や風力の普及拡大に必要な送電線の増強費用が含まれていない。

 しかしこのようなコストの見積もりは、一面的にしか過ぎない。はっきり言えば、いい加減である。
 コストには、実際お金に換算できるものと、できないものがある。人命などの社会的コスト、環境コスト、安全保障コストなどがある。これらは、直接お金に換算できない。

 たとえば化石燃料の運転で、たくさんの人が亡くなっている。これがコスト計算に入っているとは思えない。化石燃料採取時の事故や化石燃料の発電だけでも、毎年数百万人が命を落としている。
 さらに化石燃料に偏重したエネルギーは、日本の安全保障の重大な脅威にもなる。
 もし金額に換算すれば、年間10兆円は下らない。

 直接お金に換算されるものであっても、計算の方法によって大きく異なる。
 原発事故には補償金はあっても、化石燃料の汚染で亡くなった人には補償されない。すでに建造された設備の償却をどのようにするかによっても、極端に違う。温暖化による異常気象の、対策費用が入っているとも思えない。

 そもそも、コストというのはきわめて人為的である。直接のコストであるお金であっても、人間様しか欲しい人はいない。それも含めて、とくに社会的コストなどは、人々の価値観に大きく左右される。

 したがってコスト計算というのは、それぞれの主張をする人たちが、自らに都合の良い数字をはじき出すための便宜的なものにしか過ぎないのである。

経営についての格言(12月25日)

 矛盾をはらんだ格言をどう活かすかは、歴史の蓄積が生み出す「道徳律」である

 商工会議所から貰った来年用のカレンダーに、渋沢栄一の「経営に効く言葉」というのがあった。これは、その中のひとつである。

 【すべて世の中のことは、もうこれで満足だという時には、すなわち衰える時である。】

 たしかに、人は常に先を見越して進歩していかなければ、衰退する。経営目標管理などで、このことは嫌というほど聞かされる。

 一方、つぎのような格言も、よく聞く。

 【足るを知る】 である。

 京セラの稲盛和夫氏がよく使う言葉である。
 「人間は、もうそんなに強欲にならなくてもよいのではないか。欲望にも節度が要るのではないか」ということである。満足することを知っている者は、貧しくても幸せであり、満足することを知らない者は、いくら金があっても不幸である。
 この言葉にも共感する。

 しかしこの言葉と、先の渋沢栄一の言葉は、明らかに矛盾する。「足るを知ったら」、あとは衰退しかないのではないか。

 さらに、この言葉を弱い立場の人間が信条としてしまうと、結果的に強い立場の者ばかりが利益を得てしまう。つまり一般庶民や、貧しい人たちのなかに「足るを知る」人が増えていけばいくほど、「持てる者」の立場が安泰になっていく。
 なぜなら、「あいつばかり恵まれるのは許せない」という、庶民の嫉妬心や向上心を緩和してくれる役割を、この教えは果たしてくれるからである。

 したがって、これらの言葉の使い方のバランスが難しい。これも、歴史の蓄積による「道徳律」を身に着けるしかない。使い方を誤ると、逆効果になる。

道徳とはなにか(12月24日)

 いまの絶対的なルールとされる「憲法」など、たかだか100年そこそこの歴史しかない

 19日のフジテレビプライムニュースでは、下村文科大臣と西部邁氏をゲストに、「道徳教育と国家の尊厳」について議論を行っていた。
 「道徳」と聞いただけで、退屈でつまらんとか、偉そうだとの拒否反応が起きる。それに西部氏は、やたらと横文字を使いたがる。19日の番組に、それほど興味を持ったわけではない。
 それでも西部氏の話を聴いて、なるほどと思ったことが、2点ばかりあった。

 まず西部氏は、「国民のルールは歴史の中に自生する。道徳の基礎は伝統にある」という。
 神や宗教という絶対的な基準がない日本では、善悪の判断は長年の歴史によって、積み上げられてきた。それでも、その「慣習」のなかに、好ましい「伝統」と好ましくない「因習」がある。その善悪の基準を指し示すのが、歴史の蓄積である。
 また聖徳太子の17条憲法を挙げ、もともと日本の規範は道徳律だったという。
 これは納得した。
 いま絶対的なルールとしてみなされている「憲法」などは、たかだか100年そこそこの歴史しかない。憲法学者だからと言って、大きな顔をしてもらっては困るのだ。

 つぎに、勇気、節制(慎重)、蛮勇(無謀)、臆病を例に、ものごとの是非は、具体的な事象があってこそ、はじめて判断できるという。
 肯定的にとらえられる「勇気」と、マイナスに思われる「蛮勇(無謀)」は、紙一重である。直面した場面如何によっては、同じ行為が「勇気」にもなり「蛮勇」にもなる。「節制(慎重)」と「臆病」も同じことが言える。また、「勇気」が必要な場合と「節制(慎重)」が必要な場合は、区別するのは難しい。この4つは複雑に絡んでいる。

 たとえば人が川に落ちたとき、助けるかどうかは、救助者の力量、装備、周囲の状況、水流、水温、水量、気温、秘救助者の年齢や状況によって、是非が分れる。極悪人が真冬の濁流に飛び込んだとき、泳ぎのできない部外者が助けようと飛び込んだら、「蛮勇(無謀)」といわれる。落ちたのが子供であって、1mくらいの浅瀬だったら、「勇気」を出して飛び込む。
 だがここまで極端なことは少ないし、まったく同じ条件はない。多くの場合どうすればいいのか迷う。

 また昨日、松浦機械の会長が「殺害」されたというニュースが入った。近年同じような、介護に起因する「殺人事件」は増えている。それでも、個別の事情はさまざまである。法律上の裁定はともかく、道徳的にことの善悪を判断するのは難しい

 その判断基準を指し示すのが、歴史の蓄積である。
 
 これらを背景に西部氏は、教育で大切なのは、「国語」、「歴史」、「道徳」の3つだという。
 しかし道徳教育は大切だと言っても、こんなややこしいことを、「たかが」教師に教えられるわけがない。下村大臣は、だからこそ道徳の教科書が必要だと言う。

 そうであれば、道徳教科書の中身はきわめて重要である。日本という国家の判断基準を指し示す、宗教以上の物差しになってしまうからである。採用しておしまいではなく、試行錯誤しながら時間をかけて作っていく必要がある。

ブログランキング(12月23日)

 私がこのブログを書く目的は、自分の想いを形にして残しておくことである

 毎日ブログを書いていれば、これがどのように評価されているか気になる。「人気ブログランキング」には参加していないが、FC2の「政治経済」ジャンルでは、5~6000本のうち3~500番目くらいを上下している。想定している読者は、毎日10~20人ぐらいだから、まあまあだと思っている。

 もう少しランキングを上げるコツはわかっている。もっとカテゴリーを絞り込めばいい。狭い範囲ほど、その分野に特化した読者がつく。中小企業の戦略である。

 本ブログのカテゴリーは、おもに「政治・経済」、「社会」、「企業経営」の3つである。これでは、固定読者がつかない。「政治・経済」を見ようとした人が、今日は「企業経営」だったらがっかりする。
 したがって、「政治・経済」、「社会」、「企業経営」をそれぞれ、別のサイトに掲載すれば、確実にランキングは上がる。

 だがそれでも、トップには届かない。ランキングトップクラスの人は、そのためにとんでもない労力を費やしている。とてもあんな真似はできない。
 トップになれなかったら、10番でも500番でも同じである。

 私がこのブログを書く目的は、ランキングを上げることではない。日々の自分の想いを形にして、残しておきたいからである。いま死んだとしても、1~2年は残るはずだ。

全国高校駅伝(12月22日)

 サッカーや野球などは、運や判定に大きく左右されるが、駅伝はほとんど力の勝負である

 昨日の全国高校駅伝で、男子は世羅高校が2時間2分39秒で優勝した。7人のリレーながら、マラソンの世界記録(2時間2分57秒)より速い。
 そしてもっとすごいのは、参加した58チームすべてが、完走したことである。7区間だから58×7=406人もの選手が、一人あたり3キロから10キロ走り、たった一人も脱落しなかったのである。最下位の記録でも、2時間17分台であるから、それほど遅いわけではない。さすが高校生である。

 日本陸上競技の最大のイベントが箱根駅伝であるように、駅伝は日本独特の競技である。陸上競技で、400Mや1600M、水泳でもリレー競技があるが、一人がこれほど長距離を走る競技はない。何人もがタスキをつなぎ、一人の不調がチームをどん底に追いやる。

 駅伝は、粘り、チームワークの大切さ、タスキをつなぐ使命感など、多くの日本人が大事にしているさまざまな価値を現している。そして、ただ走るだけの競技は非常にわかりやすい。同じチームプレーでも、サッカーや野球などは運や判定に大きく左右されるが、駅伝はほとんど力と頑張りの勝負である。

 ただ昨日の競技では、走り終わってから振り返って礼をした選手がほとんどいなかったのは、残念であった(こんな小言が出るのは年取った証拠か)。

プライムニュースのキャスター(12月21日)

 あらゆる分野についての見識と、ゲストに対する突っ込み、当意即妙な反応には感心する

 フジテレビのプライムニュースという番組がある。これは、あらゆるジャンルの課題について、数人のゲストを招きその専門的立場から論じており、3~4年前から続いている。半分くらい興味のない分野もあるが、週に1~2回は観ている。これまで当ブログでも、ときどきその内容について論じてきた。

 2時間番組といっても、適度に休息が入って見やすい。CMの長さもちょうどいい(他の民放番組は、CMが長すぎ)。NHKで2時間番組を見たら疲れる。

 とくに、反町キャスターの深い見識と、ゲストに対する鋭い突っ込みや当意即妙な反応には感心する(ときどき「なるほど」と言って、あっさりひっこめてしまうのは気になるが)。

 そして政治・経済・外交だけでなく、医療、ファッション、食料問題など、とにかく幅広い。これを2時間番組で、週5回もやっているのだから、人間業ではない。見てくれはいまいちだが、貴重な人材である。(朝日系の有名キャスターだった田原総一朗氏はよくない。あまりにも個性が強すぎて、ゲストを殺してしまっているからである。)

 番組の女性キャスターもただのお飾りではなく、しばしば適切な質問を入れたり、場合によってはうまく場を和らげたりする。

 19日は、下村門下大臣と西部邁氏をゲストに、「道徳教育と国家の尊厳」というタイトルの番組であった。(別途掲載)

憲法解釈と改正にむけて(12月20日)

 こんな神学論争や小田原評定のようなことを、行っている暇があるのだろうか

 18日のフジテレビプライムニュースでは、石川健治氏(東大教授)、小林節氏(慶大学名誉教授 弁護士)、百地章氏(日大教授)をゲストに、憲法改正や集団的自衛権の解釈について議論を行っていた。おおむね石川氏は憲法改正慎重派、百地氏は積極派、小林氏は中間と、3者3様の特徴が出た番組であった。

 そのなかで石川氏の議論は、典型的な法学者らしく現実離れしており、これまでの学者や専門家に対する私のイメージそのままであった。

 すなわち学者は、つぎの2つの性質をもっている。

①簡単なことをわざと複雑にして、人を煙に巻いて悦に入る
②自分の専門分野を大切にしないと、さも大変なことのように言う

 石川氏は提言で、「ものごとは重層的に考えよ」と述べている。
 たとえば集団的自衛権について、「権利はあるが行使しない」という、これまでの内閣の解釈を、一内閣が簡単にひっくり返すのは問題だという。つまり、「行使しない」という、自らを縛るような解釈を行った場合、それを変更するのは相当の理由がなければならないそうだ。
 だが自らを縛るということなら、「・・しない」も「・・する」も、まったく同じである。何かをしたら、何かをしないことになるからである。「行使しない」も「行使する」も、利害相手が異なるだけで、同じ約束である。いったいその重みに何の違いがあるのか。

 また、憲法変更にかかわるルールも、ベースにあるルールは絶対に変えるべきでなく、それが侵されると、自由が侵される、世の中がひっくり返るという。その一つが立憲主義(憲法は政府を縛るもの)だそうだ。
 だがそのルール・土俵は、石川氏が独断で設定しただけではないか。少なくとも国民は、そんなことを考えて政治家を選んではいない。

 学者だけに言葉は明瞭で、部分的にはそれらしいのだが、全体として何を言いたいのかさっぱりわからない。この番組では、このような抽象的な話で終わってしまい、集団的自衛権の必要性や運用法などの具体論は、ほとんど聞かれなかった。

 それにしても、こんな神学論争や小田原評定のようなことを、行っている暇があるのだろうか。さすが、雲の上に鎮座する東大法学部の学者である。

人の命より環境(12月19日)

 「自分だけが正義」と思う人は、人の命より自分の思想を大切にする残酷な人種である

 沖縄の米軍基地移転を阻む理由の一つが、辺野古に移転するとジュゴンやサンゴが破壊されてしまうということであった。絶滅危惧種・ジュゴンの餌となる海草藻場が広がる辺野古の海域は、サンゴ群集、干潟、マングローブ林などとともに、サンゴ礁生態系を支える、重要な場所とされている。

 ただ、沖縄の海洋自然を破壊するのは、米軍基地だけではない。沖縄は、港や漁港などのインフラ整備によって、北谷や糸満などの干潟が消失し、赤土の汚染が深刻化した。
 そして今後、辺野古住民の生活基盤を支えるためには、このようなインフラの拡充が不可欠である。その場合、環境影響調査などなされないため、むしろ基地建設よりも環境破壊は進む。辺野古基地にしても、米軍撤退後には民間飛行場になる。

 間違いなく言えるのは、辺野古周辺には住宅地が少なく、普天間に比べ安全性は飛躍的に向上する。さらに移設に伴い、嘉手納飛行場から南にある補給地区などの5つの拠点も返還され、他の基地などに集約される。
 つまり、普天間基地の危険性が除去されるばかりでなく、他の土地も返還される上、軍事的にも効率化が進む。したがって、辺野古への基地移設が遅れるほど、実質的に沖縄の人の命は損なわれることになるのは間違いない。
 
 「環境」のために人間の命を犠牲にした事例として、かってのDDTの規制があげられる。
 いま世界では、毎年2億人がマラリアに感染し、およそ60~100万人が亡くなっている。死者のほとんどはアフリカに住む子供である。それでも、死者数が「この程度」で収まっているのは、DDTの室内散布による蚊の駆除のおかげだといわれる。

 アフリカにおけるマラリアによる死者が200万人を超えたことがあった。「沈黙の春」が出版され、DDTが鳥や昆虫を絶滅させ、ひいては人類をも滅亡に導くということが言われていたため、DDTを全面禁止にしていたからである。
 DDTがマラリア蚊を駆除することはわかっていた。だが、「先進国の正義」は、人間より環境のほうを大切にした。そのためアフリカでは、DDT全面規制を解除するまでの数年間、子供を中心に数百万人が亡くなってしまったのである。

 さらにそもそも、ジュゴンの保護が環境保護になるかどうかは、大いに疑問である。じつは、生物多様性を破壊しているのは、ジュゴンやコウノトリなどの大型動物である。このことは、あまり知られていない。

 「我こそは正義」と思う人は、人の命より自分の思想を大切にする。視野が狭くて残酷な人たちは、どこの世界にもいる。

乗用車の雪対策(12月18日)

 乗用車のような成熟した商品でさえ、まだまだ改良の余地はある

 今月は久しぶりの大雪であった。気象庁の長期予報は、あてにならない。

 今朝はわずか10㎝ほどであったが、除雪車が通ったため、かえって除雪に大わらわであった。幅広く道路全体の雪を、ご丁寧に駐車場の前にかき集めてくれるからである。除雪車で押しつぶした雪が山になったら、融けるものも融けない。

 昨晩からの積雪H26.12.18  駐車場前の雪ブロックH26.12.18  積雪数センチでの道路除雪跡H26.12.18

 それでなくとも、雪国で乗用車を運転していると、いろいろと不都合なことが発生する。車そのものについても、具合の悪いことがたくさんある。
 これまでの経験から、積雪に関する乗用車の問題点を挙げてみよう。

①フロント面に雪が溜まる
 最近の車はフロントガラスの下方が平らになっている。雨水は流れるが、雪は溜まる。駐車時は言うに及ばず、走行中にも雪が積もって、前方が見えなくなる。ワイパーは押し付けるだけで、積もった雪は除去できない。

②車の屋根から雪が落ち、前が見えなくなる
 走行中に、車の屋根に積もった雪が、一気にフロントガラス前面に落ちることがある。急停車すると必ず落ちる。前が見えなくなり、危険である。ワイパーが壊れることさえある。

③ジャッキとハンドルの取出しができにくい 
 ジャッキとそのハンドルの格納場所がわかりにくく、取り出しにくい。タイヤ交換時にイライラする。とくにマツダベリーサは、最悪であった。(おそらく、タイヤ交換サービス所の仕事を増やすための細工なのであろう)

 これらは、見てくれのデザインを重視するために、機能面が低下した典型例である。

 車のフロント下凹み部H26.12.18  フロント部に雪が積もると・・H26.12.18  ワイパーでは押し固めるだけであるH26.12.18

 そのほかにもある。
 歩行者が雪道を歩くとき、いつも車両の水しぶきを気にしていなければならない。車の中からは、どれだけ歩行者に迷惑をかけているかわかりにくい。

 水しぶきの上がらないタイヤ構造や、カバーなどの工夫が必要である。
 歩行者側にも対抗手段が欲しい。傘にアタッチメント垂れ幕をつけ、水はねする車に対応するなどである(くそっと思ったら金の卵)。

 車両設計に携わっている人は、雪で困ったことがないのだと思う。乗用車のような成熟した商品でさえ、まだまだ改良の余地はある。「なるほど」と思われるようなアイデアを提案してみよう。
 もっとも、われわれも雪で困っているといっても、1年のうち数か月である。春先になって雪がなくなると、嫌なことは忘れる。そのため、毎年同じ不平不満の繰り返しだけで終わる。メーカーには声が届かない。

1票の格差是正の不思議(12月17日)

1票の格差是正は、法曹界だけでなく、もっと国民の間での議論が必要である

≪人口比例に基づかない区割りで「一票の格差」が是正されないまま行われた14日の衆院選は憲法違反だとして、升永英俊弁護士らのグループが15日、全国すべての295選挙区の選挙無効を求める訴えを全国14の高裁・支部で起こした。選挙区全てについて無効請求訴訟が起こされるのは初めて。12月16日産経新聞デジタルより≫

 予想したように、さっそく1票の格差是正の訴訟事件が発生した。しかも今回は、選挙区すべてについて選挙無効を訴えている。

 なぜ法曹界がここまで執拗に格差是正を訴えるのか。単に「我こそは正義」という、幼児的な思い込みなのか。それとも、日本をめちゃくちゃにしようとする「極左」集団なのか。あるいは、大量に発生した弁護士養成のためなのか。
 たぶん、これらいくつかの要素が複雑にからんでいるのであろう。

 格差是正の理不尽さについては、本ブログでこれまで散々述べてきたから、参照していただきたい。ここでは、彼らの行動についての、矛盾や問題点を指摘しておこう。
                 学者バカ

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移民反対の論拠(12月16日)

 欧州諸国の失敗例に学び、生活コミュニティや安全保障をないがしろにする移民政策は取るべきではない

 雑誌「正論」9月号では、「日本を移民国家にしてよいのか」というタイトルで、6人の論客が移民反対の立場で、意見を述べていた。
 その要旨である。

 西尾幹二氏
①移民を受け入れると、日本人が加害者になる
②その業種の労働を、移民に依存するようになる
③外人労働者は人間であり、人としての保障が必要になる
④外人労働者の半数は必ず定着する
⑤外人の間の階級社会が発生する
⑥日本人は冷徹に対応できない(妊娠したら帰国など)
⑦大量受け入れは、日本文化の包容力をオーバーする
⑧高学歴の中国人労働者が日本の支配階級になる(高度人材の受け入れこそ慎重に)

 関岡英之氏
①労基法違反の一部企業の加害が、全体の問題となる
 (アメリカ国務省の「人身取引報告書」も指摘)
②技能労働者の8割が中国人である

 河添恵子氏
①中国の膨張政策に飲み込まれる。
②欧州の外国人労働者のように、生活保護目当ての移民が増える

 坂東忠信氏
①中国人の不法入国者、犯罪が激増している
②舞鶴(自衛隊基地)、岡山など地方都市に売春組織がある
③中国人ヤクザが手に負えなくなっている

 三橋貴明氏
①建設業に人材がいなくなり、安全保障を担う造船業に中国人の技術者が入る
②日本人労働者の賃金が引き下げられ、デフレが深刻化する
③少子化で生産性向上と賃上げすれば、高度成長できる
④生産者人口の労働参入割合(74%)を上げればいい

 河合雅司氏(産経新聞論説委員)
①日本人で働きたい人働ける人を活用してから(産経新聞の主張)
②大量の外国人受け入れは、日本民族の崩壊を招く


 大きくまとめると、「移民問題は国防問題であり」、「労働力不足は日本人だけで解決するべき」ということである。
 後戻りできなくなっている欧州諸国の失敗例に学ぶ必要がある。

           英語学者

 日本に移民を推進する人は、アメリカのような国を念頭に置いている。
 たしかにアメリカは、人種のるつぼといわれるような多民族国家である。商習慣や生活習慣の異なる多くの民族が、同居している。そのことによって、単一民族である日本人には理解できないような、事業や生活にいたるまで、書面での契約が必要になる。紛争も日本とは比較にならないくらい多い。

 年間の訴訟件数は、日本が1500件に対し、米国は40万件以上。弁護士の数も、日本では1万2000人に対し、米国は60万人である。日本の人口の2倍とはいえ、とてつもない数字である。弁護士費用だけで、ざっと年間30兆円にもなる。これが、米国の経済発展を支えている。
 
 また、米国では「いじめ」が極端に少ないという。「いじめ」加害者は、目の玉の飛び出るような賠償金を請求されるからである。

 しかし、このような「訴訟社会」が日本になじむとは思えない。「グローバル化」の掛け声で、日本にたくさんの弁護士が量産されたが、多くはあぶれている。
 彼らにいくらでも仕事があるような社会になったら、日本はおしまいである。多くの場合、弁護士の仕事はゼロ・サム、略奪にすぎず、価値を生み出さないからである。

最低の投票率(12月15日)

 投票率が低いということは、多くの国民が現状に満足し、政府に白紙委任している

 昨日、衆院選挙結果が発表された。予想通り、自民党が290議席をとり、公明党と合わせ2/3を超えた。安倍政権を批判する人も、具体策がない無責任野党には票を入れなかったことになる。

 投票率は50%そこそこしかなく、これまでで最低であったそうだ。
 悪天候のせいもあったが、相変わらず若い人を中心に政治に関心がない。ここまで投票率が低いと、少数狂信的な組織を抱えているところが有利である。おかげで、公明党や共産党の票を伸ばしてしまった。
 とくに沖縄はひどい。ここは確実に中国の工作が進んでいる。沖縄は、地方都市で唯一人口が増えている地域である。増えているのは、工作員ではないのか。

 そうはいっても、投票率が低いのは、必ずしも悪いこととはいえない。
 なんだかんだ言っても、多くの国民が、現状に満足し政府に白紙委任している、つまり日本が安定しているということでもある。政情不安定な国では、まず投票率が100%近くにまで上がり、次いで暴動が起きる。文句は言っても、その気配は全くない。

 これまでの世論調査の矛盾も明らかになった。
 NHKの分析では、投票者のうちアベノミクスや集団的自衛権など安倍政権を評価している人が、50~60%あったという。これは、これまでのメディアの世論調査よりずいぶん高い。
 投票に行くような政治に関心のある人の評価が高く、無関心な人はメディアの言うなりであったということである。

年末宴会(12月14日)

 こんな酒浸りでは、いつまでも健康でいられるわけがない

 昨日と一昨日、宴会に出席。年末に入り、外で飲む機会が増えた。さすがに体がおかしい。
忘新年会を中心に、いつも年末・年始にかけて、15~20回ぐらいは二日酔いになるほど飲む。今月はすでに6~7回忘年会に参加した。今年だけで、まだ2~3回予定がある。加えて2~4月は移動の時期で、歓送迎会が続く。
 おまけに12月~3月は、家で漬けたたくあんが どっさり食卓に並ぶ。塩くどいたくあんは、私の2大好物の一つだ。

 したがって、4月は体調最悪の時期である。その時期に健康診断がある。最悪の時期に検査するのだから、異常値が多くなるのは当たり前だ。とくに今年は最悪であった。

 5月を過ぎると、大量に飲む機会は月に1~2度しかない。夏から秋にかけ、徐々に回復する。血圧も、180から100近くにまで低下した。毎年、この繰り返しである。
 この繰り返しが、いつまでも続くことはない。いつかはダウンする。

食品の異物混入(12月13日)

 過剰な品質を求めるとコストアップになり、廃棄によって世界では大勢が飢死する

≪即席麺「ペヤング」に虫が混入した商品1点が見つかり、製造した「まるか食品」(群馬県伊勢崎市)は4日、約5万個を自主回収すると発表した。12月11日毎日新聞より≫

 即席めんに中に虫を発見したとして、ツイッターに「ペヤングからゴキブリ出た」と画像付きで投稿した人がいたことから、大事件になった。虫が写った画像は拡散され、ネット上で大きな話題となっていた。画像では虫はあおむけで、体の一部が麺の中に入り込んでいる。

 製造元の「まるか食品」は、全24商品の生産と販売を当面休止すると発表。市場に出ている5万個を自主回収し、市内にある2工場とも操業を停止した。生産再開は数か月先とも言われ、会社には大きな打撃となった。

 異物混入は、これだけではない。
≪日清食品冷凍(大阪市)は10日、冷凍パスタ商品にゴキブリとみられる虫の一部が混入していたとして、静岡県焼津市の工場で製造した3商品を自主回収すると発表した。12月10日共同より≫

 これ以外にも、今年8月ごろから、千葉、神奈川、岡山、大分などのスーパーや生協の店舗で、体長約1〜2センチのフグの稚魚が、イワシの稚魚や、豆アジなどに混じって見つかり、商品が回収されているという。
 以前も繰り返しあったように、一旦火がつくとつぎつぎ異物混入食品が発見される。こんなことでも、日本の消費者にとっては、とんでもないことなのであろう。

 だがここまでいくと、「MOTTAINAI」を通り越して、「罰当たり」ではないかと思えてくる。たしかにゴキブリはイメージが悪いが、一応食べられる昆虫である。まして、イワシの稚魚にフグの稚魚が混入することは、昔からあったしそれが当たり前だと思っていた。 

 過剰な品質を求めると、大きなコストアップにつながる。防虫を完全にしようとすると、残留する薬品濃度が上がる。目に見えないだけに、もっと怖い。
 そして、麺やパスタを回収・廃棄すれば、間接的に世界で大勢の人が飢死するのである。

原発のゴミ(12月12日)

 すべての便益には必ず、負の側面が発生する。誰かがそれを引き受けなければ、社会は成り立たない

 12月10日のプライムニュースでは、原発ゴミの最終処分について、近藤駿介氏(原発環境整備機構)と田坂広志氏(多摩大教授)をゲストに議論を行っていた。原発ゴミの行き先が決まらない現状を踏まえ、その処分や処分地選定の方法についての内容である。

 原発ゴミの処分方法は、大きく2通りある。一つは廃棄物からプルトニウムや有価金属を取り出してガラス固化する方法、もう一つは、原発ゴミをそのまま埋設してしまう方法である。資源のない日本やフランスは前者、フィンランドやスェーデンは低コストである後者をとっている。
 その他に世界では、燃料ゴミをそのまま使える統合型原子炉の実用化が近い。

 ゲスト論客のうち田坂広志氏は、これまで原発運転に慎重な見解の持ち主だと思っていた。ところが、この放送を見た限り柔軟な意見を述べており、今回は彼の考え方に賛同する。

 番組での、田坂氏の見解をまとめよう。

①現時点で原発を廃止し選択肢を縮めるのはナンセンス
 将来のエネルギー事情は誰にもわからない。30年先の世界では、エネルギー消費に目覚めた100億近い人類がひしめいている可能性が大きく、エネルギー事情がひっ迫するかもしれない。いま原発という選択肢をなくすわけにはいかない。
 原発廃棄物にしても、将来はエネルギーとして活用できる可能性がある。したがって、処分方法は将来世代の選択肢を残せるようにしておきたい。

②日本で処理技術を蓄積しておくべき
 厭でも応でも、いずれ福島第一の放射性デブリ廃棄物は、処理しなければならない。日本での処理技術の蓄積が進まなければ、福島の処理もできない。
 また、原発の廃炉とゴミ処理は、これから世界中で大きな問題となる。日本が率先して廃炉や原発ゴミ処理技術のレベルを高めていくことによって、将来原発処理技術の輸出と世界貢献ができる。

③「NOT IN MAY BACKYARD」を排除しなければならない
 日本では、すべての国民は原発の恩恵を受けている。ところが、便益だけをむさぼって、「処分」という厭なことは、みな逃げ回っている。みんなが「権利」だけを享受して「義務」を果たさない社会は、成り立たない。
 フィンランドやスェーデンでは、比較的容易に最終処分地の決定がなされた。これは、「権利と義務」を理解した、意識の高い国民が多いからである。

 原発の廃棄物だけではない。すべてのエネルギー、すべての便益には必ず負の側面が発生する。誰かがそれを引き受けなければ、世の中に便益は発生しない。
 もし私が広大な土地を所有していたら、原発の廃棄物処理のため、喜んで提供する(ないことをいうのは卑怯と言われそう)。
 
 小泉元総理の「即原発廃止」などは、ポピュリズムどころか、ボケのたわごとの典型である。

           泥棒ひょっとこ

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「トモダチ作戦」で被爆(12月11日)

 被ばく訴訟が増えると、自立できない精神的疾患者がどんどん増える

 東日本大震災で「トモダチ作戦」に従事したアメリカ海軍の兵士ら239人が、東京電力福島第一原子力発電所事故による被ばくが原因で、健康被害を受けているとして、東京電力を訴えている。
 いかにも、弁護士が60万人もいる訴訟社会、アメリカからの事件である。

 一旦訴訟に巻き込まれたら、そこから逃れることは難しい。なにしろ、海千山千の圧倒的多数の弁護士が、GDPの10~20%を、訴訟ビジネスで稼いでいる米国のことだ。事実かどうかは関係ない。詭弁、でっち上げ、何でもアリである。
 これから東電は、格好の獲物になる。

 そもそも、健康被害の原因は無数にある。大気汚染はもとより、あらゆる有害廃棄物、自然由来の有害物質を含めたら、放射線由来の健康被害は、何万分の一以下である。放射線そのものより、その影響を不安視しているほうが、健康悪化につながる。とくに低線量被ばくでの影響は、永遠に確定できない。

 米国では陪審制の審議であり、一般市民の判断が重視されることも問題である。感情だけがモノを言い、ますます事実から遠ざかってしまう。
 もっとも、日本の裁判官のレベルは、もっとひどいかもしれない。

 そのため、日本でもこの手の訴訟が起こる可能性がある。
 その場合、もっと深刻な問題が起こる。チェルノブイリ被災者の後追いである。
 チェルノブイリでは、アル中など自立できない精神的障がい者が、数百万人もいるという。自分たちは被爆者だ、被害者だといっているうちに、何もできなくなってしまったのである。

 アメリカの弁護士ほどではないが、日本でも彼らのような人を「援護」する「反原発」グループがいる。自分たちは「反原発」権益を享受しながら、福島の人たちを奈落の底へ引きずり込もうとしている。
 彼らの働きで、日本でも自立できない人が無数に発生する。いまでも賠償金で、昼間から酒浸り、パチンコ三昧の人が増えている。
 それこそ日本社会が破滅する。ほんとに問題なのは、こちらのほうである。

1票の格差と国民審査(12月10日)

 1票の格差を認めない、形式主義・専門バカの裁判官は、罷免しなければならない

 衆院選挙戦がたけなわである。1週間もすれば結果が判明する。
 今回の衆院選は、前回より「0増5減」で、定数は小選挙区295、比例区180の計475となった。おかげで、福井県の選挙区では1名減る。

 それでも選挙戦が終わると、またぞろ「1票の格差」問題が出てくる。きまって、選挙に負けたほうがしかけてくる。政治をめちゃくちゃにするためである。
 この1票の格差については、福井県の西川知事が中央公論10月号で、格差容認の立場からつぎのように述べている。

①人数に票数を合わせた形式主義では、ますます都市の発言力が強まり人と資金を引き込む
②一般に言われる「1票の格差」は、定数の多少を個人の権利の格差問題にしているだけである
③本来は地域間格差であるのに、個人レベルの権利という抽象的な比較に還元されている
④人口差の拡大が限界となり、「1票の格差」問題の本質は、「地方格差」問題に移行している
⑤人口や国土に視点をおく、根本的な解決法が求められている
⑥諸外国では、柔軟で実際的な解決を行っている(米国ではどの州も同じ議員数、1:70の格差、面積を勘案して議員定数を決める国もある)
⑦投票率を考慮して定数を配置すれば、現在でも1票の格差は少ない
⑧参院比例区では、都市部の候補者が多数当選しており、逆の隠れた格差が発生している
⑨したがって、参議院選挙区では、比例区から選挙区へと定数配分を移すべきである
⑩また、参議院での全国1区の比例区を、都市比例区と地方比例区に大括りする
⑪「ふるさと投票制度」を採用し、都市部の住民は、本籍地に対する投票を行えるようにする

 知事の、この意見にだけは賛成する。なかでも「ふるさと投票制度」は、西川知事らしい提案である。選挙制度における真の平等に、すこしは近づく。

 私自身も、「1票の平等」こそが問題であり、1票の格差を是正すれば、本物の格差が拡大すると考えている。1票の平等こそ、まさに悪平等の典型である。
 さらに私は、地域間格差だけでなく、年代間格差も適正化すべきであると思う。あの世しか見えていない100歳の大ボケ老人と、これからの世の中をしょって立つ20歳の聡明な若者の、1票の価値は同じであるはずがない。

                 裁判官

 そして今回の選挙では、最高裁判官の国民審査も行われる。1票の格差を認めない、形式主義・専門バカの裁判官は、必ず罷免しなければならない。

 その意味では、今回の国民審査対象の5人の裁判官すべてが罷免の対象となる。5人とも×だ。
 なかでも(わが福井県生まれということであるが)山本庸幸判事は、「1票の価値の平等は、唯一かつ絶対的な基準であるべき」という、偏執狂的な思想の持ち主である。鬼丸判事とともに、選挙そのものを無効にし、日本をめちゃくちゃにしようとしている。とくに、この2人は×である。こんな人たちが裁判官を務めていると思うと、ぞっとする。

 国民審査は、我々が司法権力に対抗できる、たった一つの機会である。これをムダにすべきではない。

「失言」と足の引っ張り合い(12月9日)

 マスコミや政治家は、国内に向けるエネルギーを外国に向けても発して欲しい

 選挙戦終盤になると、こじつけのような「失言」報道や、足の引っ張り合いが出てくる。
 たとえば、

≪麻生太郎財務相は7日、札幌市内で行った衆院選の応援演説で、社会保障費の増大に絡み、「高齢者が悪いようなイメージを作っている人がいっぱいいるが、子どもを産まない方が問題だ」と述べた。12月8日毎日新聞≫

 この報道の尻馬に乗って、マスコミにはつぎつぎと「識者」なるもののコメントが発せられるであろう。1週間ほどして、麻生発言の「真意」が理解され、「誤解」が解けたときには、すでに選挙は終わっている。
 議員数にして、数人~数十人程度の影響は必ずある。

 各政党間の足の引っ張り合い、罵り合いも聞き苦しい。なかでも、民主党、共産党、社民党、生活の党はひどい。すべて与党に反対で、現実的対案らしきものが全くない。もし彼らが政権をとったらと思うと、身の毛がよだつ。
 自民党も、他党批判では負けていない。
 その点では、次世代の党や維新の橋下代表はまだ評価できる。与党のいいところは、素直に評価しているからである。

 願わくば、これら批判のエネルギーを、外国(とくに中国、韓国)に対して発揮してほしいものである。

真珠湾攻撃と陰謀説(12月8日)

 真実はどうであれ、起こったことは取り返しがつかない

 昭和16年の今日未明、日本海軍が真珠湾攻撃を行い、大東亜戦争に入った。休日の日曜日を狙って、ハワイ真珠湾にあるアメリカ太平洋艦隊と基地に対し、航空機および潜航艇による一大奇襲である。この結果、アメリカ海軍の戦艦艦隊は戦闘能力を失った。
 日本にとって真珠湾攻撃は、歴史上まれにみる「快挙」であった。

 しかし、主力となる空母や基地の燃料タンクまでは破壊できなかった。さらに真珠湾と言っても、アメリカ本土ではない。 ましてワシントンからは遠く離れている。その後は米国が地力を発揮し、日本軍を追い詰めていったのは周知のとおりである。
 初戦の勢いで早々に終戦を決めていれば、我々は今のような惨めな思いをすることはなかった。完全に日本の外交戦略の間違いであるが、過ぎたことはしょうがない。
 
 陰謀説も聞かれる。「ルーズベルトは日本の攻撃を諜報局から知らされていたにも拘らず、あえて放置し、攻撃を許すことでアメリカの参戦を国民に認めさせた」とするものである。

 これに関して、9.11の「同時多発テロ」についても囁かれている。アメリカには、戦争によって利権を得られるグループがおり、あのテロは、彼らの工作による自作自演であったという。にわかには信じがたいが、あり得ないことではない。

 ただ真実はどうであれ、起こったことは取り返しがつかない。もし「陰謀」や「自作自演」があったとしても、ほんとうに意図していたものかどうかはわからない。70億もの人々と複雑な世の中で、誰かの思うように世の中が動くとは、到底考えられない。
 現実を見つめながら、(100倍返しという)目的に向け、自分ができることだけをやるしかない。

大雪(12月7日)

 2~30センチぐらいの雪で、たまにしか車が通らないような道では、除雪車は逆効果である

 久しぶりの大雪である。12月初めというのは珍しい。それでも市内では20センチぐらいで、大したことはない。除雪車が入らないので、自動車がスムースに走らない。除雪車が入ったとしても、歩道は除雪しない。
 道路は完全にわだちができている。歩行者はそこしか歩けない。

 昨日、図書館まで15分ほど歩いたら、車が通るたびに跳水をかけられた。歩く道さえまともにないのだから、自転車に乗れるわけがない。

 わだちの道 H26.12.07  除雪車無用 H26.12.07

 今朝は、家の表と裏の除雪に2時間かかった。車を出すのには、道を広げる必要がある。そのあとではしばらく、除雪車が通らないでほしい。
 除雪したとたんに除雪車が通ると、せっかくの苦労が水の泡になる。大きな雪のブロックが、壁のように積み上げられる。除雪車が集めて固めた雪の絡まりを、人の手で移動させるのは大変である。溶けるのも遅くなる。

 2~30センチぐらいの雪なら、たまにしか車が通らないような道の場合、除雪車は逆効果である。
 それにしても、雪国はとんでもないハンディキャップを負っている。

植村元記者への「いじめ」(12月6日)

 脅迫文を送り付けられたのも、自作自演だと疑われても仕方がない人たちである

≪朝日新聞で慰安婦問題の記事に関わった植村隆氏がニューヨーク・タイムズの取材に応じ、安倍晋三首相ら国家主義的な政治家について「彼らはわれわれをいじめて黙らせようとしている」などと述べ、朝日新聞や自身への攻撃を批判した。12月4日J-CASTニュースより≫

 植村氏は、自称慰安婦女性のインタビュー記事を書いた朝日新聞の元記者である。退職後は北星学園大の非常勤講師を務めていた。しかし、今年8月に朝日新聞が慰安婦報道記事の取り消しを発表してから、大学あてに脅迫文が届き、退職を余儀なくされていた。

 しかし、事実と異なる記事を書いたことへの反省や謝罪は、彼の口からまったく出ていない。「いじめて黙らせようとしている」もなにも、日本ではマスコミの取材に応じていないのでは話にならない。ニューヨーク・タイムズという、朝日新聞の兄弟会社のようなところに泣き付いているだけである。

 この、「自分がいじめられている」という記事は、相当波紋を広げている。
 しかし、ネットのコメントはつぎのようなもので、この記事に賛同する声はほとんどない。

≪間違ったことに対して、謝罪をしない。これが問題なのだ。≫
≪やり方といい言動といい、朝日新聞の中の朝日新聞みたいな記者だね。こんな記者ばかりだから、あんなめちゃくちゃな新聞が出来る訳だ。≫
≪いい年をした中年男がいじめて云々なんてよくもまあ発言できるな。≫
≪いつも自分達に都合がいい一方的な発言しかしない植村や朝日…≫
≪今後も誤報を世界中にバラ撒き続けると宣言してるようにしか見えませんが、≫

 まったくそのとおりである。
 もしかしたら、「脅迫文」が送り付けられたというのも、自作自演ではないか。自分でサンゴに傷をつけて、「こんなマナーの悪い人がいる」と騒いだ朝日新聞体質の人間なら、大いに可能性がある。無理やり、「強者」=「悪人」とそれに虐げられる「弱者」=「被害者」を作りたがる。
 これまでの言動から見て、そう疑われても仕方がない。

アメリカのイスラエル支援(12月5日)

 ほんの一部の組織・団体が、圧倒的な力を持つメカニズム

 中東では、シリアとイスラム国に世界の目が集まっている。
 しかし、イスラエルとパレスチナの紛争にも目を離すことはできない。ガザ地区では、今も攻撃が散発しており、多くの人が亡くなっている。
 
 イスラエルは、必ずしも世界中から好感をもたれていない。そのイスラエルを、なぜアメリカが支援するのであろうか。アメリカには400万人ものユダヤ人がいるとしても、アメリカ人口の2%でしかない。

 超大国アメリカをして、世界に嫌われてまでイスラエル支援に向けさす「ロビー活動」とはいったいなんなのか。
 じつはユダヤ人は、アメリカ国内で強固な圧力団体を結成している。
 この団体は、イスラエルに不都合な議員に白羽の矢を立て、選挙で落とす。ネガティブキャンペーンや競争相手への資金供与など、あらゆる手を使うという。

 彼らによって、何人も落選した議員が出ている。他の議員は、ユダヤロビーに気を使わざるを得なくなる。
かくして、アメリカの議員は、ユダヤロビーの意に沿った決議しかしなくなる。

 このことは、日本の創価学会に似ている。日本に数十万人しかいない学会員が、政治に大きな影響を及ぼすようになってしまった。在日など「弱者」の団体も同じである。

 投票率が50%しかないような「先進国」では、このようなことが起こる。ほんの一部しかない偏狭な団体が、圧倒的な力を持つ。
 月並みではあるが、これを防ぐには、投票率を上げるしかない。

西川知事4期でいいのか(12月4日)

 そもそも県のような、国と市町に挟まれた3重行政が必要とは思えない

 先週の福井新聞に、西川知事(69)が来年の知事選に出馬する意向を示しているという記事があった。
 出馬理由として、北陸新幹線の敦賀までの開業認可や、舞鶴若狭自動車道の全線開通など、3期目の任期中に実現させたインフラの整備を、県土の発展につなげるためなどと説明。原発については廃炉問題も含めて全国のモデル地域を目指すという。
 来春の知事選に向けた正式な出馬表明は、今回の西川氏が初めてである。

 4期目ということは、すでに3期12年も知事を務めてきた。
 私自身、直接知事と接触したことはない。それでもいろんな事業を通して間接的に、影響力を聞いたり、手腕や指導力を聞く機会もあった。彼のおかげで福井県が「発展」したかどうかはわからない。意思決定が遅いため、事業の意味が無くなってしまうこともあったように思う。
 ほとんどスキャンダルらしきものがないのは、毒でも薬でもない証拠である。

 それよりこのような、不思議な知事の政治が3期も続いたこと。そして、簡単に4期目を目指せることこそが問題である。3期12年たっても、西川知事を超えるような人材が育ってこなかったということだし、知事自身が育ててこなかったということでもある。

 それ以上に、そもそも福井県のような、国と市町に挟まれた3重行政が、必要かどうかが疑問である。それこそムダの根源である。知事が無能というより、行政の仕組みが政治の停滞を招いているのではないか。
 むしろ県など無いほうが、ものごとはスムースにいくはずである。

雪の徳山ダム(12月3日)

 ダムは国土や環境を破壊する「悪者」として見られているが、大きな利点もある

 先日、揖斐川町の北部にある徳山ダムを訪れた。冠山峠は通行止めのため、高速関ケ原インターを通って、福井から3時間余りである。福井県とは冠峠を境に、北は足羽川源流、そして徳山ダムは揖斐川の源流地域である。

 徳山ダムは、堤高161m・総貯水容量6億6,000万mで、日本最大規模である。多目的ダムとしては日本最大、全ての日本のダムにおいても最大級の規模を誇る。水害常襲地帯である揖斐川 の治水および東海3県の水がめとして、平成17年に建設された。
 高さ161メートルあるダムは壮大なスケールで圧倒される。

 雪の徳山ダム H26.12.02  雪の徳山ダム水面 H26.12.02

 これまでダムは、国土や環境を破壊する「悪者」として見られていた。山からの土砂をせき止めて海岸の砂浜を削り、さらに生態系を荒らすからである。

 しかし、太田猛彦氏の「森林飽和」によると、いま日本では森林が増えすぎている。室町以来、最大の森林量までに至っているという。森林が増えると、山からの流水量が減少する。増えた森林が降雨を吸収、蒸発させるからである。
 ダムは、その水不足を補う役目をする。だからダムは、「100害あって一利なし」ではない。

 また今年の集中豪雨時に、徳山ダムは2メートル水かさを増した。もし、このダムがなかったら、下流の大垣市あたりで河川堤防が決壊し、国土交通省の試算では、6500億円もの被害が発生したそうだ。
 15万kWと原発の1/10ぐらいの容量であるが、豊富な水量を活用して常時発電も行う。その内部見学をさせてもらった。

 さらにダムは、観光資源としての役割も果たす。
 紅葉の時期には名古屋方面からの観光客で賑わう。冠山トンネルが開通すれば、福井から2時間かからない。福井~九頭竜ダムの観光客は、相当こちらに流れる。福井県民の、徳山ダムへの認知度も一気に上がる。
 名古屋方面からダムまでの道路も、急ピッチで整備が行われていた。

 したがって、うまく使えばダムには、大きな利点がある。世の中に100%の悪者などいない。

揖斐川町訪問(12月2日)

 昨日から2日間、岐阜県の揖斐川町を訪問した。
 この町は、福井の池田町と県境山脈、冠山を隔てた対面にあり、町の中心を揖斐川が流れている。岐阜県の西北部に位置する。
 夏は非常に蒸し暑く、35℃以上の猛暑日が連日のように続く日もあり、年によっては38℃以上になる日もある。県下随一の酷暑地域である。その一方、冬季は豪雪地帯に指定されている。
 町域の92.4%が森林で、農用地が2.3%、宅地が0.8%で、池田町とよく似ている。

 ただ、人口は平成22年に23784人と、池田町の8倍もある。
 また、平成21年度の全事業所数1369のうち、卸・小売業者300件、建設業者265件、製造者146件、宿泊飲食125件、その他のサービス業300件以上であり、農林業業者は21件312人だけである。

 揖斐川町 H26.12.01  池田温泉道の駅 H26.12.01

 4~5年後に冠山トンネルが開通した暁には、池田町と1時間ほどで結ばれる。つまり1時間以上短縮される。
 これまで以上に交流が盛んになることが予想されるだけではない。今までそれぞれの町を訪れていた人々が、トンネルを通ってその先まで足を延ばすことができる。たとえば福井市から池田町を通って、徳山ダムまで2時間ほどで行ける。大野の九頭竜ダムより近い。確実に、池田町の通過人口は増える。

 このことは、池田町と揖斐川町、お互いにとってチャンスであり、脅威でもある。今回の揖斐川町訪問は、そのための具体的な情報収集と、意見交換を目的とした。
 連携できるのか、ライバルとして「戦闘状態」に入るのか。

 そして問題のひとつは、揖斐川町の南にも、福井の池田町とまったく同じ「池田町」があることだ。こちらも福井の池田町よりはるかに人口は多い。他から見たら、混乱するに違いない。

 昨晩は、その池田町にある「池田温泉」に宿泊した。すぐそばに、道の駅がある。ただ、池田温泉では朝風呂に入れない。温泉に来て朝風呂がないのは寂しい。

公平な報道(12月1日)

 メディアは、国民が選んだ政権より、自分たちのほうが偉いと思っている

 朴槿恵大統領に対する名誉毀損罪で在宅起訴された産経新聞社の加藤達也前ソウル支局長に対する公判準備手続きが、先月ソウル中央地裁で開かれた。韓国メディアの記事を引用し、ウェブサイトコラムに大統領の「気に障ること」を書いたからである。

 韓国では、この程度の記事でさえ政権から訴えられる。今年だけで、すでに5~6件もの韓国メディアが訴訟されているという。

 一方、日本ではどうか。
 むかし、北九州選挙区の与党幹部が不倫変態プレーを続けていたという、とんでもない記事が出回っていたことがあった。政治家に対するこの類の記事は、珍しいことではない。

 「変態プレイ」が事実かどうかはともかく、さすがにここまで政治家がバカにされているのでは、まともな政治ができない。叩いて埃の出ない人は、カスである。日本でも、韓国政府の1/10ぐらいは「弾圧」したほうがいい。やりすぎはいけないが、何もしないのはもっといけない。

 そこで最近、自民党の幹部がメディアに「要請文」を送って圧力を加えたという報道がなされている。これが「言論弾圧」だとして、メディアが騒いでいる。
 日本政府も少しはまともになったかと思い、「要請文」の内容を見たらがっかりした。つぎのような、あたりまえの「要請」であったからである。

1.出演者の発言回数や時間を公平にすること
2.ゲスト出演者の選定について中立公平を期すこと
3.テーマについて特定の出演者への意見が集中しないよう公正を期すこと
4.街角インタビューなどの映像で偏った意見にならないよう公正を期すこと
 
 いったい、これのどこが「言論弾圧」なのであろう。これを圧力と感じているメディアは、よほど偏向しているに違いない。公平を、圧力と感じる人たちなのか。ムラ社会の中で、特権意識を持ってしまったのであろう。

 私が見ても、公平にしろと言われても仕方がない、偏った報道をしている番組は多い。そう多くの国民は思っている。そんなことを、メディア自身が言うわけない。国民の代表である政府が言うしかない。
 おそらく日本のメディアは、自分たちが一番偉いと思っているのであろう。