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大根堀り(11月30日)

 恒例の大根堀り。
 今年の割り当ては25本。5~6本ぐらいづつ抜いて、100メートルほどの往復運搬を5~6回繰り返す。簡単に抜けるが、車まで運ぶのが問題である。ぬかるみを歩くので疲れる。腰も痛い。

 坂井市丘陵地 大根 H26.11.30  水洗い完了 H26.11.30

 べっとりと泥のついた大根を、ブルーシートに新聞紙で完全武装した荷台に乗せる。それでも車内は泥だらけ。

 できそこないの大根を合わせて30本ほどを、抜いて洗って落ち着くまで4時間かかった。金銭的なメリットはない。大根25本としても、スーパーではせいぜい3000円。往復50㎞のガソリン代、車や大根の泥落としで、時給800円。

 それでも、運動不足の解消にはもってこいである。
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地域ブランドを高める(11月29日)

 その地域の人が、交流を通して幸せに暮らしていることが根幹である

 地域起こしのために「先進地」を視察する人は多い。ほとんどの役所職員、議員、商工会などはもちろん、各種団体、診断士協会も毎年行っている。
 だが、表面だけそのまま取り入れると必ず失敗する。「成功」した背景には、言葉では表せない暗黙知やノウハウがたくさん詰まっている。またマスコミに取り上げられる「先進地」の事業は、必ずしも「成功」しているとは限らない。

 さらにどのような地域にも、「先進地」とは異なった事情がある。人口構成、地形、天候による活動可能日、歴史、文化、経済事情などである。

 では、「先進」事例を参考にしながら、自分たちの地域を発展させるためにはどうすればいいのか。
 いきなりモノを売っても、それが持続するとは限らない。地域で特色あるモノをつくり、販売するのは、単にきっかけにすぎない。大事なのは、地域の力を持続的に高めること、そのためには自他ともに認める地域のブランドをつくり、向上させることである。

 そのためには、どうしたらいいのか。

①地域内をまとめる
 地域には、いろんな事業体がある。役場、企業、住民それぞれが、地域の主体である。企業と言ってもいろんな企業があるし、住民もたくさんいる。組織も目的も複合的である。
 地域ブランドを高め、マーケティングを成功させるためには、それぞれのベクトルを統合させる必要がある。これらの集団をうまく組織としてまとめることが、地域力向上には欠かせない。

②住民の生活スタイルを発見、創造する
 地域ブランドは、イメージから成り立つ。そのイメージの基本は、地域住民の生活スタイルそのものである。
 地域の住民が、特徴的な生活スタイルを持つということは、その地域の歴史、文化、気候、地理、政治・経済などの影響を受けていることを意味する。それらが長い時間の中で磨かれ、熟成され、定着したものである。地域としての完成度が高く、地域の多くの人たちは、違和感なく溶け込んでいる。
 この地域の生活スタイルを発見し、それにどのような価値を創造・付加できるかがカギである。

③地域のモノを売る
 地域の産品は、地域の人々の生活スタイルの一部として、地域外に販売するほうがいい。それが物語をつくりだす。たとえば九条ネギは、京都の生活スタイルの中の「おばんざい」の材料であることから、ブランド価値が高い。加賀野菜も同じである。

④テクニックとして
 ・地域のオリジナリティを発見し作り出す
 ・ブランド価値を見い出し、コンセプトを象徴するシンボルづくりを行う
 ・地域全体を俯瞰できる見晴台があれば、地域のイメージをアピールしやすい

 そしてなによりも、推進する人々が、自分のまちを愛していることである。
 地域振興のためには、そこに住む人が中心になる必要がある。だが、そのまちを愛していなければ、決して長続きしない。

 たとえば、担い手として活動できなければ、熱心な消費者になる。そのためには、日常的に飲み食いのできる交流の場があるといい。こうすれば、おのずと地域内に循環が生まれる。 

 すなわち、地域全体のブランド力を上げるためには、その地域の人が交流を通して幸せに暮らしていることが大切なのである。それが伝わることによって、周りの人たちは一目置く。
 日本人が憧れるフランスやイタリア、スイスから、高額品の輸入が絶えないのはそのためである。

高知市のひろめ市場(11月28日)

 アオッサ3階の屋台村が集客に失敗したのは、圧倒的な品ぞろえの不足である

 高知に行ったとき、市内の「ひろめ市場」で食事をした。
 このひろめ市場は、和洋中のさまざまな飲食店が40店舗、土産物屋や洋服屋などの物販店約20店舗が混在する、大きな屋台村のような施設である。好きな店舗から好みの飲み物や料理を買い、好きな席で土佐を味わえる。

 小さい店舗の寄せ集めでも、お客にとっては大店舗に入ったような雰囲気である。また、ある程度の人数で店の前に座れば、普通の飲食店のように、まとめての後払いもできる。

 各店舗ではレンタル食器を利用し、洗浄・回収料金は、レンタル食器使用代金として徴収する。食器の回収は食器センターの職員が、各席を巡回して行ってくれる。つまり各店舗は、お客への飲食提供に専念すればよい。

  高知ひろめ市場 H26.11.24  高知はりまや橋 H26.11.25

 我々が入った日は、祭日の夜7時~8時で、ほぼ満席であった。観光客が半分くらいで、初めてのお客でも入りやすい。位置は、アーケードが施された商店街の端にあり、近隣の商店にもかなりの集客効果があるのではないか。
 各地にこのような店舗があれば、住民の交流の場にもなる。

 じつは、よく似たシステムの店は、全国にある。だが、地域の実情に合わないのか継続が難しい。
 福井市にもあった。駅の東口、アオッサの3階である。私も2~3度行ったことがあるが、まもなく無くなった。いまその跡スペースが、100円ショップでは寂しい。

 アオッサの3階屋台村が集客に失敗したのは、圧倒的に品ぞろえの不足であろう。評判の看板メニューもない。聞いたことのない「創作料理」が多く、私に食べられるものがなかった。地酒のバリエーションも少ない。仕方なく、ビールに出来合い瓶詰高塩分の「ホタルイカの沖漬け」ばかりつまんでいた。血圧が一気に高くなったのは、このせいに違いない。

木の駅プロジェクトから自抜型林業へ(11月27日)

 熟練度が高まるほど生産性が向上する自伐林業は、差別化しやすく、日本人にはもってこいである

 高知県佐川町では、「土佐の森救援隊」事務局長である中島健造氏の講演を聞いた。
 この地域は、「木の駅プロジェクト」のモデルとされている。
 「木の駅プロジェクト」は、山で放りっぱなしになっている木(林地残材)を「木の駅」に出荷することによって、山林の美化や町の活性化につなげようとするものである。集積場が、山から10~15kmくらいの距離にあれば、手軽に林地残材を持ちこむことができる。

 ただボランティアであっても、労力はかかるし燃料代やトラックなどの経費も必要だ。販売では、チップ材ではトン3000円程度である。プラス3000円、つまりトン6000円ぐらいは欲しいが、C材がそれ以上で売れる市場は少ない。

 そこで佐川町では、地域通貨であるモリ券を発行している。
 モリ券は、間伐・林地残材の搬出など「森林の保全活動」に対する環境直接支払いとして発行される。1モリで日本国通貨1千円以下の価値を持ち、地場産の商品や地場サービスなどと交換することで「地域経済」を促進する。

 木の駅集積場 H26.11.24  ボイラー用ペレットタンクH26.11.24

 中嶋氏の講演内容は、この「木の駅プロジェクト」を「自抜型林業」へとつなげようとするものであった。

 中嶋氏は、日本の林業を「施業委託型」と「自抜型」に分けている。
 国が推進する「施業委託型」は、山林地主が森林組合などに伐採を委託し、たとえば1ha300万円収入のうち50万円を受け取る。
 ところがこの方法では、持続できない。地主の責任である植林や下草刈り費用が、200万円/haもかかるからだ。50万円/ha受け取っても、大赤字である。地主は植林をあきらめ、山はほったらかしになる。

 また、山主が伐採を委託する業者は、大規模伐採型がほとんどである。この方法では、4人の作業員に1億円の設備投資が必要で、さらに燃料代と修理代に年間2000万円かかる。
 この「効率的伐採」によって、売上は上がるが、①雇用が少ない、②山を荒らす、③持続性がない、などの問題が起こっている。つまり、いま主流の「施業委託型」林業は、補助金を使って日本の山を荒らし、機械メーカーばかりを太らせている。日本の農業問題とそっくりである。

 これに対し「自抜型」は、山林地主や地域の人が、20%づつの間伐を50年以上続けていく。こじんまりした林業である。
 ①雇用力が大きい、②持続型、③小規模設備で低投資で済む、④参入が容易、⑤適切な間伐によって木の成長率が高くなる・・・と、いいことづくめである。1人30 haあれば、事業として成り立つという。
 現実にこの「自抜型」林業は、素材生産シェアの20%を占めるまでに伸びている。

 さらに中嶋氏は、つぎのように述べている。
 町おこし、村おこしといえば、すべての地域は、「観光」と「6次産業化」を挙げている。ところが、日本の67%を占める「森」を活かそうとする地域は非常に少ない。とくに、池田町は92%が森林である。ポテンシャルは、林業の方が圧倒的に大きい(海岸の町なら海のほうが大きい)。

 「自抜型」林業にも、課題はある。担い手不足や気候、風土などの地域特性、熟練度による生産性の違いなどである。

 それでも機械に頼らず、熟練度が高まるほど生産性が向上する事業というのは、差別化しやすい。熟練度が増すということは、その人の価値が向上するということである。人の価値を高めて収入が増すような仕事は、日本人にはもってこいではないのか。

 実施するための課題や阻害要因を克服し、地域にあった産業として活かしていけるか。製造業は、とっくに大量生産から多品種少量型へと移行した。もしかしたら 森を活かす「自抜型林業」が、これからの地方創世の大きな流れになるような気がする。

どぶろくの三原村(11月26日)

 本物の「やぶ隠し」がふんだんに飲める交流の場があれば、どぶろく文化は残る

 三原村は人口1688人(世帯数783戸)、高知県の西南、周りは四万十市・宿毛市・土佐清水市に囲まれる。高知市から車で2時間、隣接する各市とはおよそ1時間の距離である。
 南に下ノ加江川、北は四万十川支流中筋川の流域にある。気候は温暖多雨で、夏は台風の進路にある。周囲を山に囲まれ、ほとんどは山林。民家及び耕地は、下ノ加江川とその支流に沿って散在している。

 特産品は、硯(土佐すずり)、お茶(三原茶)、米(三原米)、地酒(やぶ隠し)、そしてこの「どぶろく」である。いわゆるどぶろく特区は、25年3月には全国に129か所あるが、高知県には10か所もあり、長野県の11カ所に次いで多い。秋田、新潟と並んで、どぶろくの産地である。

 三原村では現在、7軒の農家・民宿が、それぞれ独自のどぶろくを製造・販売している。商品開発には、有志の尽力はもちろん、地域の商工会の協力があった。販路開拓や製造技術より、最も苦労したのが税務署対策だというのが、如何にも日本的である。
 年に1回の「どぶろくまつり」には、いつも4~5000人が集まるという。

 訪問した夜は、商工会や関係者の人たちとの歓迎会が開かれ、地元のどぶろくを堪能することができた。といっても、13名の参加者でどぶろくは4合瓶3本だけ(そのうち少なくとも1本は私が飲んだ?)。ほとんどの人はビールを飲んでおり、中にはワインの人もいた。どぶろくの辛口は、通でなければ飲みにくい。地元の人も、ほとんどどぶろくは飲まない。

 三原村歓迎会 H26.11.23  どぶろく提供飲食店 H26.11.24

 三原村のどぶろく販売実績は、年間1.5~2万リットルで販売額2~2700万円である。ただ、平成22年の2万リットルをピークに、平成25年度は2割ほどダウンしている。全国にどぶろく特区が増えて、競争が激しくなったのと、村での消費がほとんどないからであろう。もっとも、贈答販売用の4合瓶1300円では、毎日飲むわけにはいかない。

 平成17年に事業を始めてから9年目を迎え、作り手の高齢化も進んでいる。ピーク時の頑張りはきかないし、バリエーションの開発も消極的である。もともと、定年の年齢の人が始めた事業だけに、家業ではあるが持続的ではない。今後どのように維持できるかが課題である。

 そのためには、村にどぶろくを中心にした、交流の場があればいい。そこでは本物の「やぶ隠し」(密造酒)がふるまわれる。お酒は、作った時に税金がかかってしまうからだ。

 それでも、飲む人は飲む。
 歓迎会のあと、視察団は2班に分かれ、われわれ4名は民宿「風車」に宿泊。さらに寝酒と朝酒をいただいた。ついにどぶろく漬けになって、次の目的地に向かうことになった。 

どぶろく試飲旅行(11月23~25日)

 今日から3日間四国を訪問する。高知県の三原村と佐川町である。

 三原村は、「どぶろく特区」で知られている。平成17年に3軒の農家が免許を取得し、現在では7軒の農家食堂、民宿が製造・販売を行っている。
 どぶろくは、米と水、麴で醸造した濁り酒で、米の甘さや後口が好まれている。ばらつきは大きいが、それが特徴でもある。
 今回は、その仕掛け人である三原村商工会でお話を伺い、その晩は民宿でどぶろくを堪能する。

 二日目は佐川町を訪問し、「木の駅プロジェクト」の取り組みについて伺う。
 「木の駅プロジェクト」は、福井県の池田町でも取り組んでおり、共通の課題と改善策について探る。

 いずれも池田町で行っている、「地域内資金循環等新事業開発検討事業」の一部である。地域内の複数事業者が連携し、新しいビジネスや事業者をつくるためのもので、今回の「先進地視察」は、池田町で取り組んできたどぶろく製造や「木の駅プロジェクト」進展の参考にする。

 先進地視察といっても、漫然と行ったのではまったく効果がない。どんな情報が必要かを把握し、調べておきたい。現地で質問する時間は限られている。

酒税の撤廃(11月22日)

 酒税をなくすことによってアルコール飲料の市場を拡大させた方が、納税額は上がる

 酒造りにおいて、家庭内で販売を目的としない場合には、自由に作れるのではないかと思っていた。昔から家では、梅酒などの果実酒をつくっていたし、ビール製造キットが販売されている。ネットでは「どぶろくの作り方」を簡単に検索できる。

 ところが、一定の要件を満たさない場合には「密造酒」となり、酒税法に違反する。
 たとえば、どぶろくをつくりたい場合には、その地域が「特区」に指定され、さらに製造所は税務署に認可を受けなければならない。
 
 この認可を得るためには、
 ①農家民宿や農家レストランを営む農業者であること
 ②製造する種類は、「にごり酒」に限ること(濾してはいけない)
 ③製造技術を有していること
  などの要件がある。もちろん、新たに民宿やレストランを始めるためには、別途保健所などの届出も必要である。どぶろくを製造販売しようとする人は、これらの認可を受けるのに、大きな労力を払う。

 もともと日本では、アルコール飲料に対して厳しい課税がなされていた。明治から昭和の初めにかけては、税金の半分以上が酒税のときもあったという(現在では、3~4%)。アルコール製造所に対しての税務署の厳しい姿勢はまだ続いている。
 アルコール飲料メーカーは、まさしく税務署との戦いであった。いまでも、酒の造り方やアルコール度数に対して、厳しい縛りをかけている。

 それが日本のアルコール飲料のブランド力を低下させ、海外との品質競争に勝てない一因ともなっている。酒の造り方、アルコール度数の微妙なところまで規制されたら、いい酒ができるはずがない。

 法律とは、その国や地域の人々の「常識」を条文化したものである。すなわち、地域の文化そのものである。「常識」を外れた法律は、ただちに改正されなければならない。

 したがって、酒税の要件は大幅に緩和すべきである。できるなら完全撤廃が望ましい。
 3~4%の税率を守るより、アルコール飲料の市場を拡大させた方が、かえって納税額は上がる。そのうえ、お酒の文化が進むと人々のつながりが増し、社会が活性化する。
 ついでに飲酒運転の規制緩和ができればいい。うつ病による自殺者は激減するであろう。

動物愛護と環境保護(11月21日)

 「生態系」を守るためには、半永久的に手を加え続けていかなくてはならない

 シカを硝酸塩入りの餌で駆除する方法が考案されたという。深刻な食害を少しでも防ごうとしたものである。これは、反芻(はんすう)動物の特徴を利用したもので、静岡県の職員が考案したという。

 硝酸塩が反芻動物の胃に入ると、細菌で亜硝酸塩に変わる。つぎに、赤血球が酸素を運ぶ能力を奪われ酸欠から死ぬ。銃やわなを使った駆除より危険が少ないため、他の動物への安全性を確認しながら実用化を目指している。

 この方法は反芻動物以外には影響がないそうだ。ふつう動物を減らすには、餌に避妊薬を混ぜる方法があるが、これは他の動物に影響が出る。

 「残酷だ」といった声も出ているが、何をしても反対する人はいる。私に言わせれば、アジやサンマを開きにして食べるほうが、はるかに残酷である。生きたまま釜ゆでにされる、蟹の気持ちにもなって欲しい。
 こういう人たちは、「正義感」のあまり物事を決めつけ、拡大再生産する。

 「生態系」を守るためには、いったん人間が手を加えた自然に対し、半永久的に手を加え続けていかなくてはならない。ほったらかしでは必ず、「人間様」にとって不都合な「生態系」が発生する。

 これで安楽死できるのなら、人間様にも使っていいと思う。入れ歯で反芻ばかりしている人もいる。

総選挙と消費増税(11月20日)

 いくら景気が悪くなっても、共産党と社民党だけは御免である

 今度の解散総選挙の争点の一つは、消費税である。来年10月の増税中止というより、1年半の延期である。平成29年4月の引き上げについては、景気判断条項を付すことなく、確実に実施するという。
 
 3年後には、必ず消費税を10%にするといっても、リーマンショックのようなことがあれば中止せざるを得ない。そこまでいかなくとも、いまのような景気状態では、再延期になる。無理やり増税すると恐慌になる。いずれの場合も、責任をとって内閣総辞職は避けられない。
 政権与党にとっては、それまでには必ず成長軌道に乗せなければならないという、背水の陣をとったのである。

 しかし、そもそも消費税などない方がいい。この税が必要なのは財務省だけである。
 国債ならいくらでも発行できるし、必要なら大企業の制度減税や配当金税率を見直せばいい。なにしろ、さまざまな優遇税制によって、金持ちは特別扱いされている。所得が500万円でも5億円でも、税率はほとんど変わらないから、貧富の格差はますます拡大している。

 今回の総選挙で、与党が過半数をとると、平成29年4月の消費増税が信任を得たことになってしまう。3年後に増税できるかどうかなど、いまわかる人などいない。
 とても信任などできるはずがない。

 そうかといって、消費税に反対しているのは、共産党と社民党しかいない。いくら景気が悪くなったとしても、この2つの政党だけはまっぴら御免である。
 結局、現政権の「背水の陣」を見守ることしか、選択肢はない。

衆議院解散(11月19日)

 立候補全員に1億円づつ配り、その範囲で自由に使えるようにしたらいい

 衆議院が解散し、12月に総選挙が行われる。大義がないとか、無駄な税金を使うという批判がある。
 だが私はそうは思わない。選挙は「まつり」であり金がかかる。デフレのときは、お金を使うほうがいい。とくに今は、2回続けて4半期がマイナス成長になった。へたな景気対策を打つより刺激になる。

 地域では、選挙になると張り切る人がいる。政治的な共感はなくとも、自分の応援する人を決め、あちこち動き回る。ポスター貼りや選挙カーのスケジュールなどで、地域の自治会長などを居酒屋に誘い、人を集めたり頼み込んだりする。お金の出所は誰も聞かない。(選挙で最もお金がかかるのは、お役人の超過勤務手当であるのが気に食わないのだが。)
  
 ただ昔と違って、選挙活動には厳しい規制がかかっている。あらゆる寄付行為や贈与が禁止され、政治家は金を使いたくても使えない。あるいは、こっそりとしか使えない。
 金を使うことに制約があるのは、お金持ちしか議員になれないのがまずいからであろう。

 それなら、立候補全員に1億円づつ配り、その範囲で自由に使えるようにしたらどうか。国内に限り、何をしてもいいことにする。2000億円もあれば十分だし、へたな景気刺激策よりはるかに効果がある。候補者が、効果的にお金を使える人かどうかわかる。

 その代わり立候補する人には、議員的確テストを行う。衆議員の場合には、上位2000人くらいしか立候補させない。号泣議員や中核派などがいなくなるから、一石二鳥である。


 もちろん、この案は非現実的である。またこの役割は、ある程度政党助成金が担っている。
 しかし、小渕氏が大臣辞職に追い込まれたように、公的資金が絡むと使い方が厳格に規制される。このような規制の存在こそが、人々の心を狭くし景気の足を引っ張っているのである。

年金制度は破たんしない(11月18日)

 GPIFが抱えている130兆円は、むかし団塊世代以上がブラック企業で働いて貯めたお金である

 先週15日のNHK「ニュース深読み」では、年金マネーを運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の、運用方針の変更を取り上げていた。リスクが低いとされる国債での運用を減らし、国内株や外国株への投資を、全体の50%にまで増やすという。

 運用が失敗したらだれが責任をとるのか、ということが問題になっている。しかもGPIFの運用原資は、民間の年金積立金である。GPIFの前身である「年金福祉事業団」は、ずさんな運用で解体された。人の金を運用するのだから、腹は傷まない。GPIFも同じである。
 問題なのは、公務員の共済年金だけが別枠で、絶対安全なところに置いてあることだ。

 これらを含めて、年金を払う人、貰う人の双方から、年金制度に対する反発の声が出ている。

 しかし、もともと年金の基礎部分である国民年金は、生活の補助と考えるべきである。
 人は死ぬまで働くことを前提として、世の中は成り立っている。今のように、大量の高齢者があふれるような世界ではなおさらである。何もせずに若者の給料分の年金をもらうなど、原理的に成り立たない。

 年取って多少稼ぐ力が衰えても、1日千円程度の国民年金さえあれば、食っていける。昔でも楽隠居ができるのは、ほんの一部であった。厚生年金や共済年金は、会社や役所という組織でしか働けない人のための、例外的な「生活保護」でしかない。

 したがって、年取って働きたくなくなったから、(自分が払った以上に)生活できる金を工面しろというのは、厚かましく虫のいい話である。

 また、GPIFが年金をどのように運用するかは、大きな問題ではない。どのように運用しても、必ずリスクは発生する。たとえ国債中心で運用したとしても、インフレになれば目減りする。その金額は、株の損失より大きいかもしれない。
 いずれにしろ、不労所得などいい加減なものである。あてにしてはいけない。

 そもそも、年金の受給額が減っていくのは、すべての人がわかっていた。「100年安心」など無理なことは子供でも分かる。都合のいい言葉しか聞かず、自分の頭で考えない人ほど文句ばかり言う。
 原発の安全神話に騙されたふりをして、たかる人々も同じである。世の中に絶対安全などというものがあるはずはない。

 いい加減、被害者面ばかりして文句ばかり言わず、少しは自分で稼いだらどうかと思う。

 なんだかんだ言っても、むかし団塊世代以上がブラック企業で働いて貯めた130兆円を、GPIFが抱えている。たとえ年金制度が破たんしても、日本にはこれ以上の財産がたっぷりある。
 それに、金持ち老人に払う年金はほとんど貯蓄されるから、いくらでも国債に変換できる。お金は蒸発しない。財政赤字を積み増せばいいだけである。

沖縄知事選で革新系勝利(11月17日)

 翁長雄志氏と支持者は、普天間で大きな事故が起こることを待ち望んでいる

 昨日の沖縄知事選挙で、辺野古移設の阻止を主張していた翁長雄志氏(64)が当選した。移設を容認して3選を目指した推進派の仲井真弘多氏(75)が、10万票の大差で敗れた。

 さっそく政府批判メディアは、鬼の首をとったように、つぎのような記事を出している。

≪衆院選前、政府に冷や水=野党「痛烈な政府批判」  11月16日時事通信≫
≪県民の選択ぶれず 移設反対「心一つ」  11月17日 毎日新聞≫

 辺野古移設容認派にとっては、後期高齢者である仲井真弘多氏に代わる有力な人材がいなかったのが、大きな敗因であろう。
 もっとも、基地反対派の声が大きい沖縄において、移設を容認するのは、大変な勇気がいる。韓国で親日を叫ぶことや、反原発集会で原発推進の意見を述べるのと同じである。そのような「空気」の中では、合理的な判断をする人は排除され、政治家になる人材も限定されてしまう(山口組や住吉会の集会で、暴力団撲滅を主張できる人はなかなかいない)。

 それに、日本をめちゃくちゃにしようとする「反日」勢力移住おかげで、沖縄の人口が増えている。投票率が低いほど、その少数意見が通ってしまう。

 ただ、これだけ国内で関心を持たれていた選挙に関わらず、投票率が64%しかなかったのは不思議である。ほんとうは、沖縄では基地問題などどうでもいいのではないか。私が数年前沖縄へ行ったときも、基地があることがそれほど大きな負担だとはとても思えなかった。辺野古はさびれた漁村だし、周辺海岸もきれいな青い海では全くない。一方で、観光スポットの嘉手納基地展望所は、大盛況であった。
 そして沖縄は、実質的にアメリカの領土である。基地の維持にお金がかかるから、日本に返還しただけに過ぎない。 

 民主党の鳩山氏が、「ちゃぶ台返し」をした後、やっとここまで積み上げてきた基地移設容認である。ふつうの感覚では、またここでひっくり返すことはできない。やろうと思ったら、血を流す独立戦争が必要である。
 翁長雄志氏が、そこまで考えているとはとても思えない。じっと、普天間で大事故が起こることを、待ち望んでいるだけである。

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登山計画書は必要か(11月16日)

 登山まで監視されるようになると、お忍びで山へ行くことはできなくなる

 御岳山の噴火による大量遭難を機に、登山計画書を提出する義務が検討されている。
 登山計画書には、登山者の氏名や年齢、連絡先、登山日程・ルート、携行する装備・食料などを記入し、事前に提出する書類である。群馬県の谷川岳と富山県の剣岳に関しては、条例に基づく登山届の提出義務がある。2013年には、無届の谷川岳登山者が、書類送検された例もある。

 ただ実際の届け出者は、1割にも満たないという。私もこれまで、ほとんど書いたことがない。あの大きくて複雑な登山届の記入は、いかにも煩わしい。

 現実にすべての人が登山届を書くなら、届出用紙が足りないし、登山口は大混雑する。「電子申請」があっても、行くかどうかわからないのに、あらかじめ申請はできない。
 標高360Mの文殊山に、登山計画書が必要とは思えない。それに、なにが登山なのかもはっきりしない。危険性から言えば、登山より海・川のほうが高い。

 どうしても必要なら、監視カメラがいい。
 監視カメラなら、登山者には煩わしくなく、多くの情報を収集できる。「お忍び」で山へ行くことはできにくくなるが、管理されるということは、不自由を我慢することでもある。

 白山は、登山道の入り口にセンサーがあって、人数を計測することができる。せいぜいその程度でいいと思う。山へ行く人は、救助されない覚悟をもつ必要がある。

木材利用のバイオエネルギー(11月15日)

 バイオマスは、エネルギー全体では、補助的な役割しか果たすことができない

 日本は、国土の67%が森林面積を占める世界有数の森林大国である。年間の森林成長量は、8000万㎥/年で、これはほぼ国内の木材需要と同じである。
 ところが、国内で使われている木材の80%は、輸入に頼っている。
 つまり国内では、毎年6400万㎥の森林が増えていることになる。そこでこの増加する分を、エネルギーに転換しようとする動きがある。バイオエネルギーである。

 ではこの6400㎥は、どれくらいのエネルギーになるのだろうか。石油に換算してみよう。
 同じ体積での、木材のエネルギーは石油の1/3とされる。したがって、木材の年間成長量6400万㎥は、石油の2100万㎥と同じくらいである。
 
 年間原油輸入量は2億㎥/年強であるから、木材の年間成長量すべてをエネルギーに転換したとしても、日本で使っている石油エネルギーの1/10にしかならない。もし、石油の代わりに木材を燃やすと、日本の山はあっという間にはげ山になってしまう。

 したがってこのバイオマスは、エネルギー全体では、補助的な役割しか果たすことができない。 皆が集中すると大変なことになる。太陽光発電の2の舞である。

北朝鮮の核の脅威(11月14日)

 欧米人は、日本が北朝鮮の核施設を攻撃しないのを不思議に思っている

 中央日報日本語版によると、北朝鮮の核兵器製造能力が、相当なレベルに達している。
 韓国の、韓国防部長官は先月27日、「北が核保有の現実化段階に入り、このために戦時作戦統制権の転換時期を延期した」と強調した。

 現実に北が、ウラン濃縮工場を新しく建設し、遠心分離器を稼働する際に発生する熱が、感知されている。また広島型の核弾頭をつくる場合には、爆発実験をしないでも武器化は可能だという。秘密地下施設などに追加で運営する可能性が高いだけに、北朝鮮の核を遮断するための国際社会の努力には限界がある。
 いずれにしろ、北朝鮮が実用性のある核兵器を保有するのは、もう時間の問題である。

 あのような国が、核を積んだミサイルを手に入れたらどうなるか。日本に対しては、これまで以上に、恫喝やゆすりが横行する。日本も、「対話と圧力」などと言っていられない。一方的に、押し切られるのは目に見えている。
 それだけではない。誤解や行き違いによって、核兵器が飛んでくる可能性は大きい。その確率は、原発事故などよりはるかに高い。

 イスラエルなら、とっくに「先制攻撃」で、北の核施設を爆撃している。自国民の安全を保つためには当然である。現に多くの欧米人は、日本が北朝鮮の核施設を攻撃しないのを不思議に思っている。
 
 それにも拘らず日本では、これが脅威だと思わない人は多い。平和ボケだといわれる所以である。集団的自衛権ぐらいで騒いでいる人々の気がしれない。
 アメリカは日本を守ってくれない。心ある欧米人の期待に応え、核施設の攻撃を検討すべきである。あまり時間がない。

海賊と呼ばれた男(11月13日)

 軍事力のない日本が、石油を安定して低コストで手に入れることは難しい

 百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」は、出光興産創業者の出光佐三氏をモデルにした小説である。
 第2次大戦の終了時、無一文で還暦を迎えた国岡鐵造は、戦後復興の中で必死に石油を確保する。内外の石油資本の妨害を受けながら、つぎつぎとタンカーや製油所をつくり、純粋な国産資本の石油事業者として、地位を拡大していく成功物語である。

 ところで、これまでメジャーと呼ばれる巨大な石油資本が、母国の軍事力を利用し、中東の政権を揺さぶってきた。小説では、その欧米石油資本が、どのように中東に関わってきたのか、その一部が描かれている。

 たとえばアメリカは、傀儡のパーレビ国王を即位させ、イランの石油精製施設の利権を確保。そのため国岡鐵造は、イランから石油買い付けの約束を反故にされてしまう。
 その後イランの独立派が勝利し、イランでのメジャー権益は失われたが、まだ中東での覇権争いは続いている。

 20世紀は、石炭から石油への時代であった。今の中東のごたごたは、第一次大戦からの欧米の石油利権の不始末である。そのなかでも、利権獲得競争は続いている。
 それなのに日本は、依然として石油の利権にありつけていない。

 住友商事は、アメリカでシェールガスの開発に失敗し、莫大な損失を計上した。1700億円もの金額である。1989年には三井物産が、イランでのIJPC事業の破たんによって、1300億円もの清算金を支払っている。

 軍事力のない日本が、エネルギー源としての石油を安定して低コストで手に入れることは、これからも難しい。
 環境問題を別にしても、早急にエネルギーの転換をはかる必要がある。

外国との論争(11月12日)

 海外宣伝に8000億円もの予算を使っている中国でさえ、日本では論争に負ける。日本はもっとひどいはず

 先週水曜日のフジテレビ「プライムニュース」では、櫻井よし子氏(国家基本問題研究所理事長)と凌星光氏(日中科学技術文化センター理事長)をゲストに、日本と中国の問題を取り上げていた。
 小笠原沖での、200隻以上もの中国漁船密漁問題。APECにおける首脳会談の行方など、いま起こっている事件から、日中の問題を論じていた。

 ここでは、櫻井よし子氏と凌星光氏の役者の違いが、はっきりと浮き彫りになった。
 櫻井氏は事実をあげて冷静に論点を整理していくのに対し、凌星光氏は感情的にそれに反駁するしかできない。
 たとえば櫻井氏が、中国の統計はあてにならないと述べたのに対し、凌星光氏はバカにするなとばかり「中国は、国連統計局の支援を受けた正確な統計だ」と、反駁していた。櫻井氏は事実として、集計の作業にかかわる人や中国の首相である李克強氏の発言を示しただけである。かえって、中国の統計のずさんさが強調されてしまった。

 櫻井氏と凌星光氏の、論争レベルが違うのは、ある意味当然である。ここは日本である。日本人の中でも中国に関して選りすぐりの論客である櫻井氏と、日本語を話せる数少ない中国人論客の一人では、話にならない。母数が違うし、司会者も日本人である。完全アウエーでの論戦である。
 
 海外宣伝に8000億円もの予算を使っている中国でさえ、この程度なのである。その10%の予算もない日本は、外国ではどのように戦っているのか。

 中国で、同じような日中問題の論戦を行ったらどうか。日本には、中国語が話せる優秀な論客がどれだけいるか、非常に心もとない。チャイナスクールと呼ばれる、外務省の職員では最初から話にならない。全員ハニートラップにかかっている。

 おそらく、あの番組で凌星光氏が恥をかいた以上に、打ち負かされているはずだ。中国だけではない。すべての国において同じことが言える。知らぬが仏なのかもしれない。

 もっともあの場で、櫻井氏が凌星光氏に、ディベートで勝ったからといって、中国人全体を説得できたわけではない。凌星光氏にしても、納得はしていない。

どうなるアベノミクス(11月11日)

 経済予測は当たらないので、あまり信用せずに、考え方だけを受け入れたほうがいい

 昨日、経営者協会の特別講演会を聴講。「どうなる?消費税後の日本経済!~アベノミクス成功の条件」を聞いた。講師の永濱利廣氏は、40歳そこそこながら、第一生命の主席エコノミストで、メディアにもよく登場する(もっとも、若くて見栄えがいい評論家は、硬い番組に主婦層を呼び込むため、テレビ局は重宝する)。

 講演の内容は、最近の経済情勢の分析と、成長戦略について、今後の見通しについてであった。

①2014年4月以降は、消費増税の影響がまともに出て、GDP前年比7.8%のマイナスとなった。
②真水で5.5兆円の景気刺激策は、人手不足の公共投資に重点を置くなど、効果的でなかった。
③7~9月期も回復は思わしくない。
④ただ株価は上がり、機械受注は好転の兆しがある。
⑤これは先日の日銀の、大幅な金融緩和のおかげである。
⑥この金融緩和は、当分続く。そのため来年は、1ドル120円前後に円安が拡大する。
⑦4月の消費増税に見合った賃金の上昇はなく、円安での物価上昇で、可処分所得は減少。
⑧来年度の消費増税は見送った方がいい。可能性は50%。
⑨海外からも、日本の景気腰折れを心配されている。
⑩アメリカとサウジアラビアの連携で、原油価格が30%下落している。
⑪これはイランとロシアをけん制するためで、当分継続する。
⑫そのため来年度は、経常収支と消費は改善する可能性がある。
⑬原油価格低下は、アジア経済にもいい影響がある。日本の貿易拡大にもなる。
⑭今回のアベノミクス成長戦略は、おおむね外人投資家は歓迎している。
⑮経常収支、対外純資産、債務の外人比率が良好なため、財政危機は5~6年は大丈夫である。
⑯いまの日本の経済状況は1980年代後半に近い。
⑰少し前に円高に見舞われその後株価が上昇している。ミニバブルが起こりそうだ。

 もともと、アベノミクスに好意的なエコノミストだけに、おおむね楽観的な予測である。

 しかし、彼の推薦する移民の受け入れ法人税減税については、大きな疑問がある。マクロ経済学が専門だけに、人々の行動や社会全体を扱う分野には考察が及んでいないのであろうか。
 講演全体も、経営者協会の海千山千のお歴々にとっては、物足りなかったのではないかと思う。
 また、エコノミストや経済評論家の経済予測は、当たらないのが普通である。

 もっとも、若手のエコノミストに講演してもらったのは、ホットな「最新」の経済情報を入手するためである。なにも、ためになる「人生訓」を聴くためではない。
 あまり信用しないで、考え方だけを受け入れたほうがいい。

若手議員の団塊世代批判(11月10日)

 中国や韓国政府が、日本という敵をつくって自国民を団結させようとしているのと同じ

 小坪しんや氏(行橋市会議員)のブログを見ていたら、いきなり団塊世代への批判が出てきてびっくりした。
 このブログでは以前から、在日や中国・韓国を批判的に扱っており、それに共鳴する人たちの「たまり場」になっている。最近、ブログランキングでトップに躍り出たため、注目していた。

 彼は、11月7日に「団塊の世代の皆様へ、若い議員からの手紙」と題し、つぎのように述べている。

一部を抜粋
≪今の若者は、・・・ 団塊の世代の福祉を支えろ、などとわけのわからないことまで言われている。本心から言えば「イヤ」である。団塊の世代が行った選挙・政治で、私たち若者はどんな思いをさせられているか考えて欲しい。自分たちにのみ都合がよく、次の世代のことなど何も考えぬ政策ばかりを選択してきた。世代の責任だ。≫

≪私たち、若者に、働け!と言っているのだ、団塊の世代は。納税し、人数ばかり多いあなた方の世代を「支えろ」と言っている。言っているのと同義だ。人数ばかり多いゆえ、選挙のため政策はそちらばかりにシフトしている。
 私たち若者は、皆様の人生と老後のため、生贄になれ、と言っているようにしか見えないのだ。≫

 そして、これに同調する人たちのコメントが延々と続く。団塊世代批判で、一気に盛りあがっている。

 私も自分のブログで、団塊世代を含む、高齢者批判さんざん行ってきた。私自身が団塊の世代であり、自分が高齢者になったからこそ、その資格があると思ったからである。

 しかしこんなことを、他の世代のものには言われたくない。尊敬されなくてもいいが、団塊の世代をひとくくりにして、悪しざまに言われる筋合いはまったくない。
 私のように、若者を応援しようとする団塊人間までも、神経を逆なでされる。

 それに若者が不遇をかこっているなど、とんでもない。
 いま数多くの団塊世代以上が抱えている、とてつもない財産が、いずれ必ず若者世代に転がり込むのである。団塊世代はかって、汗水たらして外貨を稼いできた。今なら、ほとんどがブラック企業である。その日本のお金の総額は減らないし、年寄ほど早く死ぬ。あの世まで、お金を持っていくことはできない。

 数多くの高齢世代と少数の若者世代。どちらが得かは、はっきりしている。
 こんな当たり前のことに気が付かず、被害者意識ばかり持つなと言いたい。日本が借金漬けだなどという、増税利権しか頭にない財務省に騙されてはいけない。(安心して若者が働かなくなるのが一番怖いのだが)

 小坪しんや氏は、あえて団塊の世代という敵をつくり、若者世代の支持を集めようとしている。ブログランキングのトップにはなるが、戦略としては疑問である。団塊の世代でも、菅や鳩山に反発する人は多い。そんな人を敵に回してしまう(私ももう彼のブログは読まない)。

 しかもこのことは、まさに中国や韓国政府が、日本という敵をつくって、自国民を団結させようとしているのとまったく同じである。モノはほどほどであり、倫理的にもおかしい。

エボラ出血熱騒動(11月9日)

 海外から日本に来る人たちは、必ず日本にはない細菌やウィルスを保有している

 日本でも、エボラ出血熱の疑いある人が、つぎつぎ報道されている。7日も、エボラ出血熱が流行しているギニア国籍の女性が、入国した大阪府の関西国際空港で発熱しているのが確認された。

 ただ、空港でチェックされたといっても、自己申告にしか過ぎない。これまでに大きく報道された3人以外にも、疑いのある人はその何十倍もいるはずだ。多少具合が悪くとも、自己申告する人は10人に一人もいないと思う。
 したがって、疑いのある人で、チェックにかかった人はほんの一握りであろう。


 もしかしたらこの病気は、すでに日本に入っている可能性もある。
 それにエボラ出血熱以外にも、危険な病気は山ほどある。人知れず日本に入って、人知れず消えていく病気は多い。
 多かれ少なかれ、海外から日本に来る人は、必ず日本にはない細菌やウィルスを保有している。私自身も海外から帰るときには、いつも体調がすぐれなかった。

 この病気も、これまで大騒ぎした鳥インフルエンザ、ハーツ、エイズ、ダイオキシン、環境ホルモンなどと同じ、1年後には騒がれなくなっている可能性は大きい。

 不思議なことに、放射能だけはいつまでも、意図的に騒ぐ人たちがいる。
 エボラ出血熱のような増殖の激しい細菌やウィルスは、放射線に弱い。よって、ほどほど放射線量の高いところで暮らせば、病気の心配は少ない。チェルノブイル近郊で、原発事故後避難しなかった人々の方が健康なのは、そのおかげでもある。

足羽山散策(11月8日)

 なんといっても、「飲み食い」は、コミュニティの中核である

 紅葉の足羽山を散策した。
 11月の初め、まだ紅いモミジはわずかであったが、これから秋の深まる気配を感じる。

 ところで最近、足羽山の飲食店の雰囲気が変わった。あか抜けてしゃれた感じの飲食店が出ている。以前は、「ジジ・ババ」向けの野暮ったい、古ぼけた茶屋ばかりであった。

 とくに、1年ほど前に改装した、招魂社の前にあるASWAYAMDECK?という店が注目である。若い女性好みの外観とメニューで、多くの若者を集めている。そのためこれまで、ウォーキングする中高年しかいなかった足羽山も、若い女性が出没し華やかになってきた。

 ASWADECK H26.11.05撮影  かわむら茶屋 H26.11.05撮影  森の音 H26.11.05撮影

 これに刺激されたのか、これまでの茶屋も続々改装されている。近くの、カワムラ茶屋、森の音、大久保茶屋、木の芽屋などである。これなら、中高年も入りやすい。先のASWAYAMDECK?は、10~20代の女性が中心で、高齢者は気まずくて入りにくい。

 もともと足羽山公園は、整備に相当なお金をつぎ込んでいるのに、花見の時期しか人がいなかった。市民の集う場所として、たくさんの人が利用できるようになれば、観光資源としての価値も増大する。なんといっても、「飲み食い」は、コミュニティの中核である。

マッサージで強制わいせつ?(11月7日)

 もしキムタクが同じことをやっても、逮捕されるのであろうか

 教え子の女子高生にわいせつな行為をしたとして、茨城県の中等教育学校に勤める男性教師が逮捕された。今年5月の1回目の逮捕から、再逮捕を重ねての今回5回目の逮捕である。ただ1回目の逮捕から、容疑者は釈放されていないという。

 容疑者の言い分では、「おなかが痛いと訴えてきたから、おなかをマッサージしてあげた」そうだ。
 どこをどのように「マッサージ」したのかは、よくわからない。だがマッサージぐらいでわいせつになるのなら、医者や整体師の行為はすべてわいせつである。

 つまり、「マッサージ」を行う人やその場面によって、罪になるかどうか決まる。
 男性教師の顔写真を見ると、あまり女性にモテるタイプではない。もし、違う人だったらどうか。おそらくキムタクが同じことをやっても、逮捕されることはなかったであろう。

 むかし、大阪府知事だった横山ノックが、選挙カーの中で女子大生へのわいせつ行為のため、失脚したことがあった。このときも全く同じことを思った。

 世の中は、不公平である。
 いくら「マッサージ」しても、逮捕されないような人になりたい。

消費増税の有識者会合(11月6日)

 消費税というのは、消費者にとっては罰金を払うのと同じである

 政府は4日に、消費税率を来年10月に引き上げる判断の参考にするため、「点検会合」を開いた。ここでは、各界の代表など8人が出席し、意見を述べた。
 8人のうち、予定どおり引き上げるべきだという人は5人、引き上げ先送りを求める意見は3人であった。

 増税に賛成したのは、伊藤隆敏氏(政策研究大学院大学教授)、加藤淳子氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)、古賀伸明氏(連合会長)、三村明夫氏(日商会頭)、須田善明氏(宮城県女川町長)である。景気対策や低所得者への配慮を行ったうえ、予定通り実施すべきとしている。
 増税賛成の意見は、今後の社会保障費の増額対応と財政規律につきる。金融の専門家になると、「信用不安を起こす」、「国債金利が上昇する」など、わけのわからないことを言って煙にまこうとする。

 一方増税に反対する人は、浜田宏一氏(内閣参謀参与)、河野康子氏(全国消費者団体連絡会事務局長)、荻上チキ氏(シノドス編集長)である。アベノミクスがとん挫する、低所得者層への影響が大きいなど、それぞれの立場に立った意見を述べていた。それでも「凍結」ではなく延期であって、いずれは消費増税を容認している。

 しかし消費税という、まさに消費者にとっての大きな関心事に関わらず、当の消費者の代表が、8人のうち1人しかいないことは問題である。ほかの7人は、まともに消費したこともない、あるいは消費税など痛くもかゆくもない人たちである。
 それに一方的に話を聞くだけなら、立場によって最初から結論は出ている。

 そもそも消費税というのは、消費者にとっては、消費するたびに罰金を払うことに等しい。
 いまはデフレを脱却するかしないかの、大切な瀬戸際である。この機会を逃すと、日本は永遠にデフレから脱却できない。
 国民がお金を使わなければならない、まさにそのとき、お金を使うことに対して罰金を加増するなど、まったくばかげている。まちがいなく、消費が減退しデフレが加速する。

 もっと悪いことには、消費が減ることによって、日本で製品やサービスを作り上げる力が萎えてしまうのである。まさにそのことによって、財政が破たんする。そんな日本は想像したくない。
 増税はいつでもできるし、する必要もない

反原発者の論理(11月5日)

 原発撤退のための人材育成を必要としながら、原発を悪者扱いしているのは大きな矛盾

 小出裕章氏は、反原発者の理論的支柱の一人である。彼は、3.11事故の前から、原発の危険性を訴え、事故が起きてからでも、反原発の急先鋒に立っている。
 過激な発言をするわけではない。だが科学者としてのもっともらしい発言は、国民の原発に対する恐怖と反感を、確実に高めている。哲学者の1の瀬正樹氏も、「放射能問題に立ち向かう哲学」のなかで、小出氏の罪深さを強調している。

 小出裕章氏の著作「日本のエネルギー、これからどうすればいいの?」をもとに、彼の論理をまとめてみよう。

①3.11後、福島県を中心に広い範囲が汚染され、人が住めない地域となった
②原発は火力発電所より熱効率が低い(33%しかない)
③原発は、建設コストや再処理コストなどを含めると、最も発電コストが高い
④ウランの埋蔵量には限りがあり、またウラン採掘時には多くの被爆者が発生する
⑤日本で作られなくなった原発設備を海外に売ろうとするのは犯罪である
⑥原発を運転することによって、核兵器が開発される
⑦原発はトイレのないマンションである。核のゴミの始末ができない。
⑧原発をやめるためには、優秀が科学者とエンジニアが必要。自分が若ければやりたい。
⑨自然エネルギーを含め、エネルギーを使わない世界にする。まず日本が率先する。
 
 突っ込みどころ満載である。

 大筋では、「お化けが怖い」から原発をやめようといっているだけだ。
 すなわち、原発がいけないという、その根本である放射線の危険性について、客観的・科学的な説明がまったくなされていない。国の基準が変わるから、ダメだというのに過ぎない。

 これは、小出氏だけではない。原発の不安をあおる人たちで、放射線の危険性を論理的に説明できた人はいない。漠然とした恐怖と、原因不明の「被害者」をクローズアップして、人々の「右脳」に訴えている。
 これにほとんどの人が騙されるから、始末が悪い。

 そのほかも、偏った知見で結論を導いている。個別項目については、このブログで散々説明したからここでは述べない。

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河野談話とバカの壁(11月4日)

 あの河野談話は、決定的な間違いであった。河野氏は潔く過ちを認めるべき
 
 少し古いが、6月に政府の河野談話作成過程に関する検証報告がなされた。その報告書の内容について、信じられないような解釈がなされている。

 たとえば、吉見義明氏(中央大学教授)は、「世界」9月号でつぎのように述べている。
 これは、①河野談話の根拠とされた元慰安婦16人の証言、及び
      ②河野談話を作成するときの韓国側からの「圧力」、
            に関しての見解である。

 ①≪-前略- この聞き取りと河野談話の関係は、「聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまって」いたこと、「聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」ことが指摘されており、この聞き取りを根拠に河野談話傘規制されたのではないことが明らかになった。
 こうして、「元慰安婦16人の証言だけに基づいて募集時の強制を認めた」として河野談話を非難し、見直しを求めていた人たちの主張は、完全に崩壊したことになる。  ―後略―≫

 ②≪-略- 河野談話では日本政府の立場から見た「歴史的事実」・「事実関係」を歪めるような譲歩は一切していないことが明らかになった。 -略-
 これも、河野談話の見直しを主張する人びとにとって、大きな打撃となったといえるだろう。≫

 いったい、どこをどう捻じ曲げれば、このようなおかしな見解が出てくるのであろうか。
 大学教授というのは、専門分野を掘り下げるあまり、世間の常識を失ってしまった種族だとしか思えない。自分の見たいものしか見えない「バカの壁」に、どっぷり取り囲まれている。

 そもそも、われわれ国民が河野談話に対し怒っているのは、慰安婦の騒動が起きたとき、何の裏づけもなく簡単に謝ってしまったことである。その結果日本が、とんでもない歴史冤罪に巻き込まれてしまったのである。

 いい加減な16人の慰安婦証言の前に、「既に談話の原案が作成されていた」のなら、もとのいい加減さが、なおさら増幅されただけではないか。それほどのいい加減さで作られた談話では、日本政府の立場から見た「歴史的事実」・「事実関係」を歪めるような譲歩も糞もあったものではない。

 さらにこの問題の本質は、韓国側から「この問題は河野談話で終了し、金銭的な補償を求めない」旨、打診されていたにかかわらず、つぎつぎと無理難題を吹っかけられたところにある。すなわち、石原元官房副長官の言う「当時の日本政府の善意が活かされておらず非常に残念」な状態になってしまったことである。

 韓国側がその約束を違えたというのに、吉見教授は、当時のそのような外交交渉を明らかにしたことにさえ、いちゃもんをつけている。
 吉見教授などどうでもいいが、その結果日本が冤罪で苦しめられているのは、厳然たる事実である。

 ただ、今度のことでわれわれが深く認識したのは、韓国という国はまったく「善意」が通じないということである。少し譲れば、嵩にかかって襲い掛かってくる(水泳の富田選手が嵌められたという話も信憑性が出てくる)。

 その意味で、あの河野談話は決定的な間違いであった。未来永劫、日本が辱めを受ける。これ以上の国辱があるだろうか。
 河野氏は潔く過ちを認めるべきである。過ちを認めない者は、最低の人間である。

 さらに言えば、河野談話を炙り出して油を注ぎ、日韓関係を抜き差しならないところまで追い込んだ朝日新聞こそ、万死に値する。中途半端な自己検証ではとても回復できない。消滅する前に、自らの「お詫びと反省」のため、世界行脚をしていただきたい。

 (そういえば、福井市の姉妹都市であるフラトン市の慰安婦像はどうなっている? )

「コウヨウ」と「モミジ」(11月3日)

 春満開の桜の木が、秋には真っ赤な「モミジ」になれば理想的

 紅葉の季節である。
 本ブログでも書いたように、先月から今月にかけ、奈良の大和路、大野経ヶ岳、武生菊人形、鯖江西山公園と、紅葉の地域をいくつも巡ってきた。

 ただ同じ紅葉でも「コウヨウ」と「モミジ」は違う。
 「コウヨウ」とは、木々が冬に備えて落葉する前に、葉の色が変わることである。黄色も橙もあり、紅くなくてもいい。

 一方「モミジ」と言うのは、「コウヨウ」の中でもひときわ紅色の目立つ、カエデの仲間の総称である。その中でも、赤ちゃんの手のようなイロハモミジの仲間は、色も形も大変美しい。そこから人の手を広げた形の葉を代表して「モミジ」と呼ばれるようになったそうだ。

 そして、この「モミジ」として親しまれているカエデは、ほとんど日本列島特有のものである。したがって諸外国では、日本のような真っ赤なモミジ紅葉を拝むことはできない。
 春は桜に、秋の「モミジ」。この景観は、日本でしか味わうことができないのである。

  西山公園のモミジ紅葉 H26.11.02撮影     福井県庁周辺の姥桜紅葉 H26.11.02撮影

 どこかに出かけなくとも、紅葉ならたっぷりある。たとえば、県庁石垣周辺の、桜の紅葉である。「モミジ」ではないが、それなりの景観を楽しめる(これがほんとの、姥桜)。
 願わくば、春満開の花が咲く桜の木が、秋には真っ赤な「モミジ」になれば、理想的である。

健康ウォークで鯖江散策(11月2日)

 そろそろ宝永地区にも、「カリスマボランティアガイド」が現れるのではないかと期待する

 宝永体協主催の「鯖江散策・健康ウォーク」に参加した。
 JR福井9時10分発でJR鯖江下車。舟津神社、萬慶寺、法順寺、松平神社、植田家長屋門、誠照寺、西山公園とまわり、西山駅から福武線に乗って帰宅のコースである。参加者は25人で、8割が中高年だ。
 小雨の中を、およそ4㎞(7700歩?)歩いた。

 この行事は毎年行われ、これまで三国、勝山、武生、大野、敦賀、今庄を訪問したという。小粒だが、それなりの雰囲気の町である。私は3回目の参加である。

 今年の鯖江は平凡な地域で、眼鏡産業以外は、何もないと思っていた。こんな殺風景なところに来るとは、企画する人もよほどネタがなくなったのであろうか。さらに、現地のガイドさんも新米で、(人生の年季は入っているが)今日がガイドになって初めての案内だという。そもそも鯖江に、ボランティアガイドさんがおられたとは知らなかった。

 舟津神社 H26.11.02撮影  萬慶寺 H26.11.02撮影
 
 ところが、私もよく知っているはずの街なのに、西山公園を除いて、初めて見るところばかりであった。西山公園にしても、これまでになく新鮮に見えた。
 いくら新米でも、ガイドさんがいたからである。なにかしら、新しい知識が得られる。

 つまり鯖江の歴史・旧跡は、7代藩主・間部詮勝(まなべあきかつ)を抜きにしては語れない。まず、このことを教えてもらった。
 間部詮勝は1811年に藩主となり、5万石ながら、寺社奉行、大阪城代、京都所司代を歴任、西丸老中を経て、最後は大老井伊直弼の下で、財政・外交を司る老中まで勤め上げた。いまでいえば、財務大臣、金融大臣、外務大臣を合わせたような、とんでもない重職である。
 安政の大獄では、逮捕者の処断をめぐって「天下の多士を失うことになる」と主張し、井伊直弼と対立して免職されてしまった。

 結局1884年(明治17年)に、81歳で不遇のうちに亡くなる。その銅像が西山公園にある。今回訪問した神社仏閣も、ほとんどが間部詮勝ゆかりの建物であった。

 この間部詮勝の「人生ドラマ」を頭に入れて観光すれば、ばく然と見るよりはるかに面白い。もし鯖江市が観光客をふやそうと思うなら、間部詮勝の「物語」をもっとアピールすべきであろう。なにしろ、幕末幕府の重要な大臣クラスである。大河ドラマを超える物語が生まれるはずだ。

 植田家(間部家家老)長屋門 H26.11.02撮影  間部詮勝の像 H26.11.02撮影

 その、間部詮勝の「物語」を発信する前線部隊が、「観光ガイド」である。
 今回のガイドさんも、初めてと言いながら年季の入った案内をしていただいた。もとより長年、立派に企業を勤め上げた人である。人前で話すことやスケジュール管理はお手のものだ。

 西山公園紅葉 H26.11.02撮影  レッサパンダの親子 H26.11.02撮影

 さて、歴史ならわが宝永地区こそが、その宝庫である。ユニークな店舗もある。そのうえ、高齢者の数だけはどこにも負けない。
 高齢になって、人の役に立つことをしたいと思ったら、ボランティアガイドは最適である。宝永地区の人はこれまで、健康ウォークだけで、7~8回もガイドを受けてきた。そろそろ宝永にも、「カリスマボランティアガイド」が現れるのではないかと期待したい。まちがいなく中高年の星である。みんなが宝永をよく知るきっかけにもなる。
 地域を知ることから、地域を愛する人が育つ。地域を愛する人がいなければ、そこは廃れるだけである。

 最後に、今回の健康ウォークを企画・案内・誘導していただいた関係者の方に深く感謝します。来年企画する人は大変ですが。

武生菊人形展(11月1日)

 このまま衰退させるのは惜しい。最後に、思い切りフィーバーした菊人形展を見たい
 
 先日、妻と武生の菊人形を訪問した。たまたま貰った入場券があったからで、いくら仕事がなく暇だといっても、そうでなければ行かない。

 武生市はもともと菊作りが盛んなところである。この菊人形展は昭和27年から続き、今年で63回目。看板は、NHK大河ドラマをテーマにした菊人形づくりである。これなら毎年、テーマを考える必要がない。見る方も、安心である。

 武生菊人形 官兵衛 H26.10.31撮影  菊のガーデン H26.10.31撮影

 ところが、最後の有料入場者数のピークは昭和57年の147,292人(最高は昭和31年の165,175人)で、そこから減少。平成11年までは、毎年10万人を超えていたが、平成12年から昨年まで10万人を割り込み、減少が続いている。昨年度は72,342人と、過去最低であった(越前市WEBより)。
 それに有料入場者といっても、ほんとに自腹の人は半分もいないのではないか。

 つまり、完全にマンネリである。菊に興味のない人にとっては、10分も歩けば終わりである。菊人形、菊の品評、遊園地、OSK、物産販売、フードコートなど、何がメインかわからない。来客の年代を見ても、自力で歩けない高齢者から幼児まで、非常に幅広い。
 もっとコンセプトを絞るかターゲットを絞らないと、雲散霧消してしまう。地域限定ならそれでもいいが。
 私も、妻がOSKを見ている1時間余り、図書館で時間を潰すしかなかった。

 それでも、開催期間は約1か月だから、通年にすると70万人以上となる。これは、恐竜博物館の倍である。1日平均2000人もの人が、ここに集まる。
 60年以上続いたイベントを、このまま衰退させるのは惜しい。私が小学生のときには、今の倍以上の人出があった。最後に、思い切りフィーバーした菊人形展を見たいものである。