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道頓堀ダイブ(10月31日)

 清潔で安全な川になり、だれもが安心して飛び込めるようになれたらいい
 
 プロ野球日本シリーズは、ソフトバンクが優勝した。
 もし阪神が優勝すると、大阪道頓堀の戎橋から道頓堀川に飛び込むお祭り騒ぎが始まる。1985年、阪神が日本一になったときに行われたのが始まりとされるが、もはや、阪神が快挙を達成したときの恒例行事となった。
 ワールドカップサッカーの結果次第でも、飛び込む。(昨日も、「阪神夢をありがとう」と書かれた垂れ幕を掲げ、飛び込んだ人が5人ほどいたらしい)
 
 2003年の阪神優勝の際は、早い時期での異例のM点灯という事態にまで発展し、5000人ものダイブが行われたという。

 道頓堀川の水質は劣悪であり、ゴミや大腸菌の宝庫である。便器に顔をこすりつけるのと同じだともいわれる。橋のすぐ下に、自転車やバイクが放り込まれていたこともある。さすがに今は、取り除かれているようで、水深は3.1メートルあるそうだ。

 当局からは、危険だし不潔だからやめるように言われているが、あの雰囲気ではとてもやめるわけにはいかない。飛びこむ人たちは、一瞬でも皆に注目され、スターになれる。私がその場にいたら、乗せられて飛び込むかもしれない(それこそ、年寄りの冷や水)。

 願わくば、清潔で安全な川にして、だれもが安心して飛び込めるようになれたらいい。もっとも、不潔なのが大阪人の誇りなのかもしれないし、道頓堀が清潔になったら飛び込む勇気はいらない。
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経ヶ岳登山(10月30日)

 山に登るだけでも大変なのに、御嶽山に連日登山し、捜索という重労働を行うなど人間業ではない

 秋晴れの29日、たぶん今年最後の登山を行った。日本300名山のひとつ、大野の経ヶ岳(1625M)である。経ヶ岳の山名は、昔一向一揆で平泉寺が焼き討ちにあったとき、宗徒が経文をこの山頂に埋めたという伝説からきている。

 ところで、先だって御嶽山で水蒸気噴火があり、50名以上の人が亡くなったばかりである。
 この山も火山である。山腹の六呂師は、噴火の時に岩屑流が流出してできた高原である。ここで噴火に遭ったらお陀仏である。もっとも噴火に遭う確率は、宝くじで3億円当選するよりはるかに少ない。それより今年は、クマの当たり年である。このクマに会う確率でさえ、宝くじより少ないそうだ。
 
 登山口は、最初法恩寺林道口から入ろうと、林道入り口まで車を進めた。これなら歩行時間を1時間ほど節約できる。ところが、工事で通行止めという看板(ほんとか?)があったので引き返し、通常の「青少年自然の家」の脇から入った。そこには、登山届出記入のボックスがある。噴火があってから計画書を出せとうるさいので、久しぶりに書こうと思ったが、用紙がなく断念。

 山道の入り口は、駐車場から車道を少し歩いたところにあった。その車道から入る登山口が、いくつもあってわかりにくい。P1と書かれているオリエンテーリングコースから入ってしまった。さすが「300名山」。「100名山」との差は、ここにある。

 法恩寺山林道入り口 H26.10.29撮影  青少年自然の家駐車場付近 H26.10.29撮影   正規?の登山口(青少年自然の家から徒歩10分) H26.10.29撮影

 それでも快晴の一日、周辺の絶景と紅葉の終わりを楽しみながら、4時間で頂上に着くことができた。ほとんどがブナの紅葉であるから、真紅ではない。近隣の山では、3の峰チブリ尾根の紅葉の方がきれいである。11月にはいると、低山(365M)ながら文殊山もそこそこである。
 コースでは、最後の登りがとくにきつい。急峻で滑りやすく、疲労困憊した身には滑落の危険すら感じる。下まで落ちたら、這い上がる元気はない。

 紅葉の登山道 H26.10.29撮影  杓子岳近辺より経ヶ岳 H26.10.29撮影  杓子岳の下りから経ヶ岳 H26.10.29撮影

 頂上に登ると、加賀白山はもちろん、例の噴煙を上げる御嶽山もくっきり見えた。
 頂上広場で、茨木のご夫婦に出会った。2人はすでに100名山を制覇し、経ヶ岳のような300名山まで登っているという。毎年200回以上は山に入り、昨日は冠岳と刈込池を踏破、明日は富山の金剛山に登るそうだ。私と同じような年代なのに、この経ヶ岳も3時間足らずで登ってしまったという。

 経ヶ岳より白山 H26.10.29撮影  経ヶ岳より御嶽山噴煙 H26.10.29撮影

 そのご主人はしきりに、御嶽山の捜索中止を「まだできるのに、やる気がない」と言って嘆き、捜索隊を非難していた。
 私に言わせれば、山に登るだけでも大変なのに、あの御嶽山に連日登山して捜索という重労働を行うのは、人間業ではないと思っていた。でも、このような超人的な人ならできるかもしれない。「では、あなたがやってください」と言おうとしたが、恐そうなのでやめた。

不祥事と消費税(10月29日)

 新任大臣にこれだけ「不祥事」が出てくるのは、消費増税を先送りするための高等戦術である

 内閣で、小渕経産大臣と松島法務大臣が辞任。それでも、内閣の「不祥事」が治まらない。新任の宮沢経産大臣や西川農林大臣、それに環境大臣までもが、「粗探し」の犠牲になっている。宮沢氏の外人献金問題はともかく、それ以外は些細な事項である。

 それにしても、これだけちまちましたミスや違反を、よく発見したものだと思う。SMバーの支払いを見つけた人にいたっては、よほどその道の「通」なのだろう (4人で18,000円なら行ってみたい)。

 ただこの時期、新任の大臣に限ってこれだけ「不祥事」が出てくるのはおかしい。もしかしたら、わざとリークした可能性もある。それも政権自らが、である。

 どういうことか。
 年末の消費増税決定の先送りである。
 総理は、消費税増税をしたくないのに、財務省や周りの政治家の包囲網にあって、身動きが取れない。いまのままでは、心ならずも増税しなければならない。

 不祥事が続いて、内閣がおかしくなるとどうなるか。
 支持率が低下し、内閣の維持ができなくなる。内閣の維持は、消費増税より重い。その段階で、国民の大多数が反対している消費税の増税など、とてもできるわけがない。
 これに、衆議院解散の脅しが加わる。

 そのような名分がたてば、増税は先送りできる。
 
 そう考えると、すべてのつじつまが合う。
 このような高等戦術がとれるのは、現政権しかない。外交でもこのような寝技が得意である。移民や原発再稼働の遅れ、靖国不参拝など問題はいくつもあるが、今のところ、現首相以外に日本を託せる人は見当たらない。
 改造前の内閣に戻って、しっかり地についた政治をやっていただきたい。

哲学から放射線被ばくを考える(10月28日)

 放射線から守ろうとする「正義」が、被災者を苦しめている。思いは自分だけでとどめるべき

 1の瀬正樹氏の「放射能問題に立ち向かう哲学」を読んだ。
 哲学者の立場で、放射能問題を客観的に論じている良書である。内容は、哲学的な論考だけでなく、リスク、確立、人体への分子レベルでの作用、安全性など、自然科学的な分野にも踏み込んでいる。
 むしろ自然科学の専門家ではないため、素人にはわかりやすい。普通の人は何がわからないかを、知っているからである。

 その要旨である。

①低線量被ばくの恐怖は、将来のがん発生であるが、少なくとも科学的には証明されていない
②福島の原発災害という負の出来事に対し、だれかに責任を押し付けたい心理が働いている
③放射能ががんになるのは活性酸素が発生するからで、これは程度と比較の問題である(あらゆるものは毒であり、毒か薬かは量次第)
④科学的客観的な「安全」と心理的な「安心」は、似て非なるものである
⑤「低線量被ばくでがんになる」と言う因果関係は証明できない
⑥因果関係は証明できないため、被曝線量に応じて補償金を払うという方法も考えられる
⑦「年間1ミリシーベルト」というのは「先天的」な正しさであり、科学的ではない
⑧予防原則を適用することで不都合が生ずる。福島の事故でも、被災地を離れたための「関連死」が大量に発生した
⑨放射線被ばくは、企業リスクの借金と似ている。メリットもありデメリットもある
⑩放射能の危険を吹聴する行為は、合理性を欠き道徳的にも正当化しにくい
⑪小出裕章氏のLNT仮説見解では、自然放射線の中でも健康な人はいなくなり、矛盾している
⑫放射線から守ろうとする「正義」が、被災地を差別する。「道徳のディレンマ」に陥らないよう、自分の決断は自分だけで実行すればいい

 そして繰り返し、つぎのように述べている。

≪いかなる被ばくも危険だと主張する方々が何を述べたいのかが私には本当の意味で理解できないのだが、もしそれが、福島原発周辺の広範な地域に住む人々に「避難」を勧めているということだとするならば、それは、現状に関するこれまでのデータからして、有害な勧奨であることはほぼ間違いない。人々を救うどころか、かえって人々を苦しめ場合によっては、死に至らしめてしまいかねない。
 -略―
 せめて人に語ることなく、自分だけで実行することでとどめてほしい。・・・≫

 1の瀬正樹氏は、原発の稼働には言及していない。だが、原発が稼働しないことによるリスクを見向きもしない市民も、まったく同じである。

 世に出ている著書やブログのタイトルを、ざっと眺めてみよう。1の瀬氏のような、冷静に放射能や原発を扱った著作は、探すのが大変である。逆に、反原発や放射能の恐怖を扱ったものは、いくらでも発見される。
 おどろおどろしいタイトルをつけ、今にも日本中が死の国になるような書き方をしているものさえある。

 それでもまだ、自分は「正義の味方」と思っているのだから始末が悪い。

法人税減税の罠(10月27日)

 法人税の減税は、大企業にとってのメリットだけ。デフレと格差が広がり税収は落ちる

 いま政府税調で、法人税減税が検討されている。この減税によって、企業の海外投資の国内への引き戻し、海外からの投資拡大を目指し、結果的に税収増につながるという。

 ほんとに、このような効果があるのか。しがらみのない、素人の立場で考察してみたい。

 まず減税になると、企業は頑張って利益を拡大しようとする。
 そうすると、外注費などの仕入れ費用や人件費を削減するから、仕入先の企業(多くは中小企業)の収益が悪化するとともに、社員の待遇が悪くなる。
 また、法人税が低くなっても、中小企業の7~8割は赤字企業であるため、メリットは少ない。

 したがって、ざっと考えれば減税は大企業にメリットがあり、中小企業にはデメリットの方が多い。大企業の内部留保が膨らむだけであろう。そのうえ、直接の税収も落ちる。

 これでは、デフレに逆戻りである。

 一方、逆の見方もある。
 海外子会社との関係である。
 多くの大企業は、海外に関連の子会社を有している。大企業でなくとも、海外に子会社を持っている会社は多い。いまは海外の方が、法人税や利益配当金に対する税率も低いから、本社の利益はできるだけ海外の子会社に移そうとする。税務署が目を光らせているが、やり方はいくらでもある。
 当然、日本の会社の利益は少なくなる。

 そこで日本の法人税を、海外並みに低くすれば、本社利益を海外子会社に移そうとする動機はなくなる。本社の利益は増える。法人税減税の目的の一つである。
 
 この場合でも、海外に子会社を持っているような中堅~大企業にはメリットがあるが、赤字の国内企業には関係ない。むしろ大企業は、先ほどと同じ行動をとり、外注先や社員をいじめる。
 それに、利益が増えても減税で相殺されるから、トータルで税収が増えるかどうかわからない。まちがいなく言えるのは、大企業が内部留保を増やすだけである。

 また法人税が低くなっても、日本に投資しようとする企業がそれほどいるとは思えない。5%や10%税率が低くなっても、コストにはほとんど反映されないし、もともと日本での経費は高すぎる。

 これらを考慮すると、法人税減税は大企業にとってのメリットがあるだけである。国内での格差がますます広がり、全体として税収が伸びることはありえない。
 したがって今の状況では、法人税の減税をやってはいけない。

最大の貿易赤字(10月26日)

 貿易赤字が膨らむのは、日本人がまともに働かないからである

≪財務省が22日発表した2014年度上期(4~9月)の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は5兆4271億円の赤字だった。上期として過去最大の赤字額となった。 10月22日時事通信より≫

 このニュースを受けて、YAHOOにはつぎのような読者コメントが掲載された。

≪アベノミクスはもうやめたのかな。ずっと赤字は増え続けたという事実をどう説明するの≫
≪金がない、資源がない、人がない、希望がない。日本の未来はない≫
≪徐々に国力が削がれていくんだろうね。≫
≪円安なのに買う方が多いって  残念すぎるよアベさん≫
≪国富がどんどん失われていくのに知らん顔 国の借金が千兆超えると騒いでいたのはいつの時代の話 財政なんかどうでもいいのかアルゼンチンへの道を歩むアベノミクス ≫
≪何ヵ月経っても輸出が増えないことは露呈してる、緩和政策の見直しが必要じゃないの?≫
≪明らかにアベノミクス、円安誘導の影響だね。≫

 すべての人が、赤字の原因を他人のせいに押し付けている。アベノミクスは、その槍玉に上がっている。

 しかし何のことはない。赤字が膨らむのは、日本人がまともに働かないからである。円安政策は、日本人がきちんと働くことを前提として、とられたものである。いくら円安でも、日本でモノやサービスを供給できなくなったら、まったく逆効果である。

 まず一所懸命働くことである。働くこともしないで、文句ばかり言うのは非常に見苦しい。いくら生活保護や年金をもらっていても、自分でできることは自分でやるべきである。
 もちろん原発再稼働は、最優先である。

介護負担による悲劇(10月25日)

 悲劇を少なくするには、高齢者自身が身を引くことと介護手段の革新が重要

≪介護していた父親=当時(92)=の胸をはさみで突き刺し殺害したとして、殺人の罪に問われた伊達市の無職小賀坂義春被告(57)の裁判員裁判初公判は20日、福島地裁(中島真一郎裁判長)で開かれ・・10月21日福島民友新聞≫

≪脳に障害がある義兄を殴り死亡させたとして、傷害致死の罪に問われた千葉市中央区、団体職員の男性被告(35)に対する裁判員裁判の判決公判が20日、千葉地裁であった。10月21日 千葉日報≫

 介護に関しての「犯罪」が目立つ。殺人事件に限っても、10年前は年間30件前後だったのが、現在ほぼ倍増している。もともと日本での殺人は、親族間のトラブルからのものが多い。
 今後老々介護が増えていくと、さらに悲劇は増えるであろう(その場合世間は、犯罪者に同情的である。人情としてそうなる)。

 この悲劇を少なくするために、どうすればいいのか。
 根本的には、介護しないことである。介護負担がなくなれば、日本の殺人事件は激減する。

 まず、高齢者自身が身を引くことである。75才過ぎたら強制的に安楽死、という人もいた。だがいくら正論でも、今の時点で実現は難しい。
 やはり正統法として、介護手段の革新を追求しなければならない。

福祉用具の革新(10月24日)

 「自動排泄処理装置」の機能向上が大きなイノベーションをもたらす

 近年の福祉用具の発達には、目を見張る。
 あらゆる用途に対応する車椅子、浴槽付きの介護ベッド、介護つりさげ具、松葉づえの機能を持つしゃれたデザインの補助杖などが、つぎつぎ発売されている。

 そしてなんといっても、「自動排泄処理装置」である。
 この「自動排泄処理装置」は、局部に専用のカップを装着し、センサーが排泄を感知すると、吸引、洗浄、乾燥を行う。尿・便対応の全自動の機種が、数社から発売されている。

 じつは私も30年前から、排泄介護を楽にするための方法を考えていた。具体的な案件がなかったため、思考停止のまま現在に至っていた。
 「自動排泄処理装置」の開発については、先を越された感がある。

 私は、いまの最先端という装置をまだ使ったことがない。実際に使用するときには、匂いや局部のただれなど、必ず問題が発生する。あまり便利でも、寝たきりになってしまうだろう。もちろん、コストダウンも必要だ。何も問題がないのなら、すでに大普及している。
 まだまだ改良の余地があるはずである。

 介護の8割は下の世話である。だからもし、排泄時の負担がなくなれば、介護の問題はほぼ解決する。いまの1/5の手間なら、家庭での介護も十分可能である。福祉の救世主となる。
 すなわち、今後の社会保障の負担を激減させ、日本を救う。極論ではない。介護にとられていた人手不足も解消する。大きな問題である移民、そして将来必須といわれている消費大増税が、必要なくなるのである。

 福祉分野における、この「自動排泄処理装置」の機能向上とコストダウンが、大きなイノベーションをもたらすであろう。  

「サ高住」の課題②(10月23日)

「サ高住」に入る高齢者に、収益事業所で働いてもらい、支払のギャップを解消する

 「サ高住」と呼ばれる、「サービス付き高齢者向け住宅」が注目されている。新成長戦略にも盛り込まれ、事業開始にあたってはさまざまな助成が受けられる。
 そのため、地域で「サ高住」関連の事業を始めようとする人が増える。

 ただ、課題もある。
 ユーザーが払える入居費と「サ高住」を経営していくための経費とのギャップである。前回の考察から、月額10万円は欲しい。それが埋まれば、この事業は成り立つ。

 もちろん、金持ち老人は別である。従来の有料老人ホームの延長でいい。
 では、どうしたらいいのか。

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「サ高住」の課題①(10月22日)

 ユーザーにとっての費用負担をどうするかが、この事業の成功のカギである

 いま、高齢者向けの住宅として注目されているのが、「サービス付き高齢者向け住宅」(サ高住)である。この「サ高住」の創設にあたって、これまでのいわゆる「高円賃」、「高専賃」、「高優賃」の3施設は廃止された。有料老人ホームも、基準を満たせば、「サ高住」として登録できる。

 「サ高住」に一本化されたのは、以前の各施設における管轄範囲やサービス内容、医療機関との関係などがわかりづらかったからである。
 といっても、まだ一般には理解しにくい。

 そもそも「サ高住」は、介護施設ではない。
 介護や医療と連携はしても、基本的には住宅施設である。もちろん、高齢者の円滑な生活を支えるためだ。政府は介護施設の整備を重視してきたので、欧米に比べ、このような高齢者住宅の割合はきわめて低かった。イギリスやデンマークが8%あるのに比べ、日本は0.9%しかないという。

 そこで国交省は、この「サ高住」を創設し、2020年までにサービス付き住宅の割合を5%に高めることにした。今後10年間で60万戸の整備を目標に、新成長戦略にも盛り込まれている。
 なにしろ、現在の介護分野における社会給付額10兆円が、10年後には20兆円になると見込まれる。「サ高住」関連の事業だけで、そのかなりの部分を占めるはずだ。
 大きなビジネスチャンスでもある。

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閣僚辞任(10月21日)

 「うちわ揉め」などやめて、まともな国会運営をしてほしい。ほんとに追放したいのは、なにもしない「窓際議員」である

 二人の大臣が昨日辞任した。
 小渕大臣は支援者を歌謡ショーに招待したときなどの収支の矛盾を突かれたもの。松島大臣は選挙活動に「有価物」である「うちわ」を配った問題からである。

 小渕大臣の場合は、選挙資金の使い方の説明が不充分だったのと、事務局担当者の杜撰さに足を引っ張られた形である。松島大臣は、違法ぎりぎりの解釈の問題であって、何百人もの国会議員の時間を費やし審議することではまったくない(合理性からいえば、すぐゴミになるチラシより、うちわのほうが長持ちし、環境にも優しい)。

 いずれも「立ちションベン」で死刑になるようなもので、まことにくだらない。
 民主党のときは、外人献金問題や土地転がしなど、悪質極まりないものであった。自分のことを棚に上げて、追及するほうも追及するほうであるが、答弁するほうも知恵が回らない。
 こんなことで辞任に追い込まれたら、大臣になる人など一人もいない。

 おそらく、すべての議員が何らかの形で「違法」行為をしている。もし完璧な議員がいるとしたら、その人はちまちました小事に、すべてのエネルギーを吸いとられている。
 そのような、議員を維持するために議員になるような人こそ、追放されなければならないはずだ。

原発再稼働の説明会(10月20日)

 いまの日本は、かって源平の富士川の戦いで、(放射能という)水鳥の羽音におどろき、逃げ惑っている平家そのものである!!

 九州の川内原発再稼働について、新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の住民説明会が、14日に阿久根市で開かれた。担当者が審査内容を説明したが、その後の質疑応答は、安全性を疑問視する声ばかりであった。

≪「国の説明を聞き安心できるかと思い参加したが、不安になった」、「使用済み核燃料は稼働してなくてもリスクがある」「新基準が機能して100%安全なのか」など安全性を疑問視する声が出されました。しんぶん赤旗より≫

 この様子は、18日のTBS報道特集でも放送され、そこでも住民の意見として、つぎのような反対意見が強調されていた。

≪今現在、福島で被ばくされながら収束作業に必死で取り組んでいる人がいるという時、どうして再稼働などと言えるか。≫
≪福島の時も『絶対安全』と言っていて、ではあの爆発は何だったのか、その原因も本当に分からないで再稼働などありえない。≫    

 つぎつぎとこのような意見が出され、取りつく島もない。
 このような人たちには、いくら安全性を説明しても、絶対に納得しない。事実に基づく科学的な安全と、心理的な安心とはまったく別物だからである。

 住民の中で、まともな質問や意見があったかどうかわからない(あっても放送しない)。もし、わたしがそこに参加していたら、つぎのように発言したかった。
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エボラ出血熱が戦争をなくす(10月19日)

 この病気が世界に広がったら、おそらくテロや戦争はなくなるであろう

 国連のエボラ出血熱対策のチーフが、ニューヨークの国連安全保障理事会にテレビ中継で参加し、「いまエボラ出血熱を止められなかったら、世界は未曽有の事態になり、人類は敗北する」と警告したという。「この60日間が勝負になる」とも語った。

 たしかに、これはアフリカだけの問題ではない。世界中の人々が、自由に行き来できるネットワーク社会では、いつだれがこのウィルスに感染し、拡大してもおかしくない。表に出ないだけで、すでに日本にも入っている可能性は大いにある。

 かってのエイズと同様に、人口増加の著しいアフリカでは、自然の摂理によって致死率の高い病気が蔓延するのは、ある意味合理的である。これが人類全体に及んだとしても、不思義ではない。

 もしエボラ出血熱が世界に広がったとしたら、世界の人口が半分に減る。地獄の光景である。これは悲惨である。そんな光景は見たくもない。

 ただそうなると、しばらくはテロや戦争はなくなるであろう。このウィルスは、人類共通の敵となるからである。地球征服をたくらむ宇宙人と同じである。

 それでも、人口爆発に比べたらまだましである。生物種の保存にとって最大の脅威は、増えすぎることである。エボラ出血熱は、人類最大の課題である「人口爆発」を先送りできる(問題なのは、この病気は成人病患者には効かないかもしれないことである)。

安楽死は是か(10月18日)

 高齢化を背景に、否応なしに安楽死の制度は普及する

 悪性脳腫瘍と診断されたアメリカの29歳の女性(ブリタニー・メイナードさん)が、安楽死すると公表したインターネット上の映像が、世界中で議論となっている。
 彼女は今年4月、脳腫瘍のため、医師から余命6か月と宣告を受けていた。そこで自ら命を絶つことを選択し、末期患者が安楽死を選ぶ権利が認められているオレゴン州に、夫とともに移住した。
 今月末に夫の誕生日を祝った後、来月1日に自ら安楽死するという。

 これについて、多くの意見がある。

≪安楽死は自殺だ。だから彼女は生きるのが苦しくても最後まで頑張って生きるべき≫
≪痛みや苦しみというのはその本人にしか分からない。こればかりは本人の選択に委ねるしかない≫
≪どのように死にたいかっていうのは個人の自由であり権利でもある≫
≪動物だって安楽死をさせたりするじゃないか、それなら人間だって安楽死を選択する権利はある≫
≪ほんとに楽に死ねるのか? 死んだ人しかわからないから証明できない≫

 難しい問題であるが、安楽死の是非はケースバイケースであろう。これから高齢化を背景に、否応なしに安楽死は現実問題となる。私は、原則として年代別で分けるのがいいと思う。

 オランダやベルギーでは、オレゴン州と同様に安楽死を認めている。すでに死者の3%は、安楽死によるものである。もしかしたら、この国が豊かなのはそのせいかもしれない。(ついでにこの国は、大麻や売春も合法である)

 4月の時点で余命6か月なら、11月1日はまさにその日である。安楽死しないですんだとしても、それはそれで悲劇である。

テクノフェア見学(10月17日)

 核融合エネルギー装置の開発に比べたら、どんな技術も霞んでしまう

 昨日、久しぶりに「北陸技術交流テクノフェア」を見学した。
 このような展示会は、目的なく見学しても、得るところは少ない。それにこのテクノフェアは、あらゆる分野の技術や商品が展示されているので、狙いを絞りにくい。各々のブースには、なにやら難しいパネルが並んでいる。すべて理解しようとすれば1週間でも足らない。眺めて歩くだけなら10分もあれば終わる。
 それでも、ランダムにいくつかのブースを覘いた。

 文科省のコーナーでは、案内者から放射線の説明を聞いた。ついでに周辺の放射線量をはかってもらったたら、0.07μSv(年間0.6mSv)であった。我々は、それに加えて食事や呼吸で大量に放射線を吸収し、合わせて2mSv以上の自然放射線を浴びているという。そもそも、身の回りのたいていの物質は、放射線を発している。
 また、放射線照射による眼鏡レンズの着色、ガラスへの和紙の吹付など、放射線利用の開発製品も展示されていた。どんなものでも、(バカとはさみは)使いようである。

 また、ビジネスプランコンテスト2012でグランプリを受賞した、「次世代ウィンタードライブサポート(危険路面情報発信サービス)」があった。これは、路面の凍結を感知してその情報をリアルタイムで車両に届けるサービスである(写真左)。

 さらに、小中学生の「発明くふう展」では、「バスケットゴミ箱」が面白かった。バスケットのゴールのボードのようなものをゴミ箱に据え付けるもので、ゴミを入れるときの命中精度が高くなる(写真右)。簡単で効果的だ。コロンブスのである。

  危険路面情報配信サービス H26.10.16  バスケットゴミ箱 H26.10.16

 ところで、

≪米航空防衛機器大手ロッキード・マーチン<LMT.N>は15日、核融合エネルギー装置の開発において技術面の画期的進展(ブレークスルー)があり、10年以内にトラックに搭載可能な小型の核融合炉を実用化できると発表した。15日ロイターより≫

 というニュースが入った。
 まゆつばのような気がするが、ほんとならどんな技術も霞んでしまう。

社会保障政策(10月16日)

 高齢民主主義国家では、老人の数の力によって、内部崩壊が起こってしまう

 日本の景気低迷の大きな要因に、貧困層の所得が低下していることは述べた。
 この貧困層には、いわゆる母子家庭が圧倒的に多い。この層はもともと給料が低いうえに、所得の再分配が全くない。それどころか再分配後のほうが、子どものいる世帯の貧困率は、逆に上昇している。こんなことをしているのは、日本だけである。
 再分配後に貧困率が上昇するなどという、バカな矛盾はなくさなければならない。

 なぜこんなことが起こるのか。
 母子家庭の貧困率を下げるための、まともな制度がないからである。そしてそれは、高齢者への分配が多すぎるからだ。

 では、どうすればいいのか。
 周燕飛氏(労働政策研究・研修機構)は、「社会保障の現状と改革に向けた課題」の中で、「負の所得税」導入を提案している。これは払うべき所得税が控除額よりも低い場合、差額は現金で受け取ることができる制度である。すでに、アメリカやイギリスで導入されている。
 働く貧困層に、少しでも多くを還元する、一つの方法である。

 ただ、周燕飛氏の提案を実施するにしても、財源が必要である。
 それには、分配の見直し以外にはない。すなわち、高齢者への分配を削る。
 いまの高齢者個人に対する社会保障は、先進国中最高である。人口割合の多い、働かない人々のために、若い労働者が苦しんでいる。 こんなアホな制度は、だれが考えてもおかしいと思うだろう。

 だが、変えられない。身勝手な高齢者が、必死で抵抗するからである。
 なにしろ、数が多い。このような制度改革を提案した議員は、2度と当選しない。

 民主主義国家では、数の力によって、このような内部崩壊が起こってしまう。
 そうならないために、我々高齢者はもっと謙虚になるべきである。そして、潮時を見て消える。それが、若い人の何倍も生きてきた高齢者の務めである。

中国との「三戦」(10月15日)

 問題なのはこの冷戦によって、日本が分断されてしまっていることである

 いま日本は、中国に仕掛けられた「三戦」と呼ばれる、冷たい戦争の真最中である。

 「三戦」とは、世論戦、心理戦、法律戦のことである。中国は、当面の武力でかなわない相手には、「三戦」を仕掛け、相手を弱体化させる。まさに「孫子の兵法」である。

 尖閣では、連日中国が公船を尖閣諸島の領海に侵入させている。これは、日本側がひるむことを狙う心理戦である。
 在日の中国人やリベラル日本人学者に、尖閣は共同管理すべきだと語らせているのは、日本の世論に訴える世論戦である。

 そして法律戦である。中国首脳は、カイロ宣言とポツダム宣言にまで言及している。
 敗戦国である日本が尖閣諸島の領有を主張するのは「国連憲章の趣旨と原則に対する重大な挑戦」だなどと言い始めた。ポツダム宣言や国連憲章を利用して、旧戦勝国の支持を獲得しようとしている。
 日本の「違法」を主張し、尖閣での日本側の行動を押さえ込もうとする。

                  おかめ分断
 
 問題なのは、世論戦と心理戦、さらにハニートラップ(中国よりの議員はたいていこれだ)によって、日本の陣営が分断されてしまっていることである。
 「孫子の兵法」では、「倍すれば則ちこれを分かち」とある。これは相手の兵力を分断し、攻めやすくすることを意味する。

 靖国参拝に対し公明党が反対する。多くの新聞は海外反応を気にし、安倍内閣批判を行う。自民党議員ですら、中国に媚を売っている。
 このように、着々と分断工作は進んでいる。ニューヨーク・タイムズ紙が安倍首相を「右翼ナショナリスト」呼ばわりしたように、米国のロビー活動での世論工作も進んでいる。
 歴史問題では、韓国という反日同盟も加わり、日・韓の分断は、決定的である。

 原発、普天間基地、集団自衛権など、分断のネタには事欠かない。そのうえ、これら中国よりの世論が勝ると、日本の国力が確実に減退する。
 中国にとっては、思う壺である。

 しかしここにきて、あまりにも露骨な朝日新聞のねつ造報道が、白日の下にさらされた。朝日とニューヨーク・タイムズとの癒着も明らかになった。
 国民もおかしいと気づき始めている。
 いまこそ、巻き返すチャンスである。分断されてはいけない。

自衛隊にノーベル平和賞を(10月14日)

 「平和憲法」に縛られ、自らの身を危険にさらしながら、幾多のPKO活動を行ってきた自衛隊こそノーベル平和賞にふさわしい

 今年のノーベル平和賞は、インドとパキスタンの個人二人が受賞した。子供や若者の抑圧に対する闘いと、子供の教育を受ける権利のための闘いに貢献したことが授賞理由である。
 1901年の設立から今年まで、99人と20の団体が受賞しているという。

 発表前には、日本の憲法9条が最有力候補だといううわさが、しきりに流れていた。一部の日本国民や、なぜか周辺諸国からも、合わせて40万もの署名があったという。この運動は今後も続けていくそうであるが、とんでもない話である。

 もっともノーベル平和賞は、ノルウェイが選ぶ委員会で選考するから、彼らの価値観で決まる。
 また原則として、国際紛争の調停、軍縮、人権など世界平和の実現に貢献した個人と団体に授与される。9条みたいに抽象的なものを対象としていない。
 平和賞は胡散臭いが、ノーベル賞というと、なにやら世界的な権威がある。

 そこで私が選考委員なら、日本の自衛隊をノーベル平和賞に推薦する。

 自衛隊は1950年に組織され、現在では世界有数の戦力を持っている。強力な軍隊でありながら、この60年以上一度も戦闘を行わず、一人として外国人の死者を出していない。また、「平和憲法」に縛られ、自らの身を危険にさらしながら、幾多のPKO活動を行ってきた。
 さらに、災害救助活動の実績は、ピカ一である。
 こんな軍隊が世界にあるだろうか。

 いまは国民とともに、近隣諸国からの挑発にじっと耐え、いつの日か100倍返しを狙っている。
 このような日本の自衛隊こそ、ノーベル平和賞にふさわしい。

おっぱいもんでハッピーに(10月13日)

外国からの移民が増えると、このようなおかしな事件が多発することになる

≪東京都北区の公園などで小学6年の女児たちの胸や脇腹などを触ったとして、警視庁滝野川署は10日までに都迷惑防止条例違反容疑で、豊島区のインド人調理師、チャウデリ・ビーム・シン容疑者(42)を現行犯逮捕した。10月11日スポーツ報知より≫

 この報道によると、東京メトロ駅で帰宅途中の小6女児2人組に握手を強要。女児1人の手を握ったまま、改札までついて行き、右胸をもんだという。また容疑者は、「少女のおっぱいをもんでハッピーになりました」などと供述しているそうだ。

 問題は、インド人の容疑者がこの行為に対し、まったく罪悪感がないことである。もしかすると、インドでは普通のことなのかもしれない。かの国では、カースト制など日本の常識ではかり知れない文化背景から、レイプ事件が多発している。

 いくら韓国や中国人が嫌いだといっても、まだ日本人とインド人の間のような考え方の違いはない。
 したがって、外国人の移民が増えると、このようなおかしな事件が多発する。ほんとに、移民受け入れは日本のためになるのか、大いに疑問である。

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サツマイモ掘り(10月12日)

 宝愛会で、5月に植えたサツマイモを掘る。
 参加人数は、およそ30名。植え付け時より5割ほど多い。

 現地(坂井丘陵地)に8時30分到着し、まず長く絡まったつるや雑草の切断除去、そこからスコップで掘り起こし、出てきたサツマイモの選別、袋詰めを行った。
 今年の収穫は、昨年の半分以下。10M×80Mほどの面積で、3~400kgの収穫である。

 虫食いや形が悪いなど、半分以上は商品として売り物にはならない。歩留まりが悪い。場所によっても出来が違うようだ。 ついでに、廃棄したイモのつるを一袋採取。これはフキに似て、湯がいて炒めて食べたらうまい。全国ではものすごい量が捨てられているはずだ。
 肝心のイモは、10kgほどの分け前にあずかり、12時前に終了。

 芋ほりわっしょい H26.10.12撮影  副産物  H26.10.12撮影  本日の収穫  H26.10.12撮影

 帰り道の、JAが経営する直売所「きららの丘」で、4000円もの買い物をしてしまった。やはり、素人が作る作品とは、出来栄えがまったく違う。

点より線の観光(10月11日)

 名所旧跡を「点」で見るだけなら、そこを案内したい人の思惑が押し付けられるだけ

 秋晴れの平日、奈良盆地の「山の辺の道」を歩いた。
 JR天理駅で下車し、三輪駅まで約13キロ。険しくはないが、上り下りの多い山里道である。
 飛鳥から平城に至る歴史の道として有名。古代天皇が開いた神社や仏寺、天皇が葬られている巨大な古墳が、つぎつぎと現れる。

 景行天皇の陵 全長300M 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影  柿の収穫 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影  つい目の前に 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影

 そして奈良は、柿の産地である。すぐ手を伸ばせば届くところに、わんさかいい色の実が生っている。ミカンやカボス、アケビもある。周りに人の気配はない。もぎ取りたい誘惑を、自制するのが大変である。罪つくりな道だ。

 でも、良心の呵責に悩まされながら、柿やミカンをチョロマカす必要はない。
 格安で、いくらでも買える。

 道ばたには、いたるところ、季節の野菜や果物の無人販売所が設置されている。柿やミカン、茄子、枝豆、イモ類、トマト、インゲン、無花果、アケビなどである。
 ほとんどが一袋100円と、買いやすい。ミカンなら、5~6個から10個以上、柿も3~6個、なすは7~10個入っており、市価の半分以下である(写真下)。

 数量のばらつきはご愛嬌として、狭い道を一日数百人が通行するから、必ず注目される。一か所少なくとも、5~6千円は売れる。休日なら数万円いくだろう。そこそこの現金収入である。格安でも、農家にとっては市場に出荷するより利幅が大きいはず(税務署が目を光らせているかも)。

 ややこしい歴史の説明は頭が痛くなるが、目の前の産物を物色して歩くのは楽しい。こんなことなら、もっと大きいリュックを持ってくれば良かった。それでも800円でこれだけ買えた (写真右下)。

 山盛りで100円 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影  売り切れまぢか 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影  800円の買い物 奈良山の辺の道 H26.10.10撮影

 13キロもの道を歩くと、連続していろんなものを見るし、自分が知りたいものを知ることができる。これまで奈良は、数回訪問したが、このように歩いたことはなかった。
 車で移動すれば、名所旧跡を「点」で見るだけである。その場合、そこを案内したい人の思惑が押し付けられる。行った人が、知りたいことを生で見ることは難しい。

 もっとも私が歩いた道は、特別に旧跡が保存されているところなのであろう。10キロ以上も、連続して歴史の雰囲気が感じられるのは素晴らしい。
 それでも観光客にとって、点よりは線の観光のほうが、深みがある。歩くのはいい。

くそっと思ったら金の卵(10月10日)

 洋式トイレでの、2つの「くそっ」を解決してみよう

 発明を生み出す考え方のひとつに、「くそっと思ったら金の卵」というのがある。
 問題のないところに解決はないし、発明はない。ということは、問題がわかったら半分は解決できる。発明も改善も同じである。

 具体的に考えてみよう。「くそっ」と思ったことはないであろうか。

 洋式トイレに固形物を落下させると、水滴が跳ね返る。
 なぜ跳ね返るのか。

 便器に、「水たまり」があるからだ。
 体の外に出た雲子は、空気中では湯気に乗って匂いが拡散する。一気に水没すれば大丈夫である。また汚物が直接便器に付着すれば、除去するのが大変である。
 さらに、この「水たまり」には、下水管とトイレ内を遮断し、臭気が上がってくるのを防ぐ役割もある。
 この「水たまり」を発明した人は、すごい。

 しかし、完ぺきではない。
 この「水たまり」があると、汚物が落下したとき、水が跳ね返る。汚物の形状・重さ・粘度は一定ではなく、「排出速度」も異なるため、いまのところ完全には無くせないという。

 したがって、
 ①固形物が落下しても、水滴が飛び散らない様式トイレがほしい。

 つぎが「本命」である。
 洋式トイレの普及に伴い、一般家庭では、男性便器が激減した。この洋式トイレでは、かならず男性の小便が飛び散る。
 たいていの男は悩んでいる。しゃがんで用を足すと、半分も出ない。とくに前立腺肥大の中高年は、身につまされているはずだ。

 そこで、
 ②洋式トイレで、男性が快適に放尿できないか。

 この2つの「くそっ」を解決できた人には、必ず「金の卵」が与えられる。トイレメーカーに売り込めば、一攫千金も夢ではない。

メディア統制(10月9日)

 共産圏国家の息がかかっているメディアの反対のなかで、現政権はよくやっている

 ロシアのクリミア編入は、ウクライナはもちろん、国連も西側諸国も認めていない。つまり、国際的な支持を得られておらず、一部を除き世界中がこれを非難している。

 だがロシア国内では、圧倒的に国民の支持が多い。プーチンへの支持もうなぎ上りである。

 これは、ロシア政府がメディアを支配し、国内世論を誘導したためである。
 ロシア研究家の保坂三四郎氏によると、ロシアは国内3大テレビチャンネルや海外向け放送など、ロシアの主要メディアを総動員し、ウクライナ内の対立や、ウクライナのロシア系住民に対する人道危機を煽り立てたという。

 合法政権の治安部隊が、デモ隊の暴力に手を焼いた様子をねつ造したり、ウクライナ西部の暫定政権側とナチスとを結びつけるような印象操作放送をつぎつぎと発してきた。
 朝日新聞もびっくりのプロパガンダである。
 どんな国も、国民世論の支持がなければ、重要な政策を実施することはできないからだ。
 
 日本ではどうか。
 日本は、産経新聞以外の大手メディアはもちろん、国営放送に近いNHKすら、政府と反対のキャンペーンに走っている。彼らは、ロシア・中国など共産圏国家の息がかかっているからだ。貧乏で弱い日本になってほしい。
 そのため、特定秘密保護法、集団的自衛権閣議決定、靖国参拝、原発推進、辺野古基地建設など、反対の大合唱である。

 そのなかで政策を実現するのは、容易なことではない。いまの日本政権は、反日メディアのなかでよくやっている。

3人のノーベル賞学者(10月8日)

 成果が見込めない研究に、給与と研究費を支給し、中村氏のような人を何年も使っていた、日亜化学工業こそノーベル賞にふさわしい

 2014年度のノーベル物理学賞に、青色発光ダイオードを開発した、日本の3名の学者が選ばれた。メディアは昨晩から、そのニュースでもちきりである。
 このテレビのインタビューなどを通し、3人3様の異なった性格が明らかになった。
 以下もちろん、私個人の印象である。

 赤崎勇名城大教授(85)は、謙虚でモノ静か、典型的な学者タイプである。口数も少ない。安倍首相からのお祝いの電話にも、「ありがとうございます」としか言わなかった。
 偉大な業績を上げても、このように謙虚な人は、日本人に好かれる。ただ3人の中で、一番余命が少ないのが残念である。

 自由奔放なのが、天野浩名古屋大教授(54)である。破天荒な性格で、いわゆる学者タイプではない。いつもどこへ飛び出すかわからないという。
 ノーベル賞が決まったときも、彼は行方不明であった。欧州旅行中だということであるが、自分がノーベル賞に決まったことも、知らないのではないか。

 さて、中村修二米カリフォルニア大教授(60)である。まさに「オレがオレが」のタイプだ。「LED技術は100年に一度の大発明」、「自由がない日本で、これだけのことをした」、「日亜化学で発明しても2万円もらっただけ」、「200億円訴訟」など、挑発的な言動を繰り返す。
 その鬼瓦のような風貌とやっかみもあって、日本では中村氏のような人は毛嫌いされる。
 むしろ成果が見込めない研究に、給与と研究費を支給し、中村氏のような人を何年も我慢して使っていた、日亜化学工業(先代社長か)にこそ、ノーベル賞を与えてもいい。

 このように、いろんなタイプの人がそれぞれ、基礎研究から技術開発、製品開発を行っていたのだということがわかって、興味深かった。
 ただ、物理学賞は喜ばしいが、9条のノーベル平和賞だけはまっぴらである。

財政破綻はあるのか(10月7日)

 国家が破たんするのは、財政赤字からではなく、国民がまともに働かなくなるからである

 来年度の消費増税の、大きな理由は「財政再建」である。なぜなら、国債残高が膨大になると財政が破たんするから、というのが政府・財務省の見方である。
 その理由として、財政再建論者の一人である小黒一正氏は、つぎのように言っている。(「アベノミクスでも消費税は25%を超える」PHPビジネス新書より)

 ①国債により賄われたお金を現役世代が費消してしまえば、将来は負担しか残らない
 ②将来世代の増税負担は、国債残高が多いほど重くなり、生活を圧迫する
 ③家計の金融資産は高齢化の進展によって伸び悩む一方、公的債務残高は増大する
 ④企業借入の減少は、多額の国債発行になり、どこかで限界に達する
 
 これに対し、どんなに国債残高が増えても財政破綻は起きないという財政楽観論がある。私もこれに与している。
 その観点から、上記の①~④について反論したい。

 一言でいえば、「お金は消えてなくならない」ということである。

 ①現役世代がいくら「費消」しても、そのお金は必ず国内のだれかが受け取っている(ラスベガスでのばくちは別)。

 ②そして、国民の懐に入ったお金は、使う分だけ残し、あとは預金される。だから、いったん発行した国債は必ずしも償還する必要はない。増税の必要はない

 ③家計の金融資産は高齢化の進展によって伸び悩むことはない。なぜなら、公的債務残高が増大するということは、その分が企業または家庭に入るからである。もちろん、金利分もおなじ。

 ④企業借り入れが減少すれば、だぶついた貯蓄分を政府が借りるのは当たり前である。国債発行で財政出動のお金が企業に入れば、また内部留保が溜まる。お金の欲望は無限大で限界がない。限界があっても、破たんはしない。

 小黒一正氏のような財務省に息のかかった人は必ず、「国債発行→財政破綻」の論理展開を行う。しかし、これは彼らの利権以外の何物でもない。
 税金が増えなければ、お役人は自分たちの思い通りの使い方ができないからだ。

 財政赤字が今の10倍に増えても、国民が大金持ちになるほうが、はるかにいいに決まっている。

 もちろん、国債発行で使ったお金を海外に流してはいけない。そのお金は、国民が働いて受け取る必要がある。この世に、いつまでも遊んで暮らせるような世界はない。

 すなわち、国民が一生懸命働く限り、財政赤字は人々を永遠に潤す。
 もし国家が破たんするとしたら、財政赤字が増えることからでなく、国民がまともに働かなくなるからである。

再生エネ買取は廃止せよ(10月6日)

 再生エネ固定価格買取制度は、粗悪品を高額な料金で、環境破壊を起こしながら購入するものである


 全国の電力会社が、再生可能エネルギーを固定価格で買い取る新規契約を中断している。
 まず、太陽光発電の条件のよい九州電力、北海道電力に申し込みが殺到し、受電のための設備容量がオーバーしてしまった。まだ、関西電力や北陸電力でその話は出ていないが、東京電力や東北電力の一部でも買い取り制限を検討しているという。

 従来の発電方式では、需要に合わせた送電や変電のための設備容量でよかった。
 ところが太陽光発電は、日照に左右されるため、時間ごとのばらつきが大きい。風力発電も同じである。従来の需要変動に加えて、その最大ピークに合わせた受電設備が必要になる。

 つまり気象条件によっては、ほとんどの太陽光発電設備から、いっせいに大電流が供給される。
 なにしろお天気まかせだから、ゼロから一気に最大電力が発生する。その処理を行う受電設備は、たまったものではない。電線は焼き切れ、設備の寿命も短くなる。
 その発電の波をフォローするための、既存の発電設備の負担も大きい。

 太陽光発電も、買取容量がわずかなときにはそれほど影響はなかった。それが全体の5~10%近くにもなると、その欠陥が牙をむいてくる。

 これは、受発電設備だけの問題ではない。
 全国の里地に広がっている、無機質な太陽光パネルを見てほしい。里山の荒廃に加え、これが嵐で破壊され、破片が飛び散ったらと思うとぞっとする。膨大な廃棄物はどうするのか。
 もとより、太陽光発電など再生可能エネルギーは、自然の恵みを人間が横取りする「自然破壊エネルギー」なのである。

 ドイツでは、昨年あたりから太陽光発電の導入が、前年比半分近くにダウンしているという。
 そして、太陽光パネルはほとんど中国メーカーから輸入している。国際収支から言えば、化石燃料を買うよりも不利になる。貿易赤字の要因でもある。
 中国で製作するときの環境汚染もひどい。
 もちろん、高額な買い取り価格は、消費者の電力料金に上乗せされる。

 つまり、再生可能エネルギーの固定価格買取制度は、粗悪品を高額な料金で環境破壊を起こしながら購入するという、とんでもないしろものなのである。
 これに消費増税が加わると、国民生活は完全に破たんする。民主党政権の悪影響が続く。

Windows 10の開発(10月5日)

 Windowsは、我々高齢ユーザーにとって、使いにくいことこの上ない

≪米Microsoftは9月30日(現地時間)、米サンフランシスコで次期Windowsのプレビューイベントを開催。開発コード名で「Threshold(スレショルド)」と呼ばれてきた次期Windows OSが「Windows 10」の名称であることを発表した。Windows 8/8.1の後継は、うわさされたWindows 9ではなく、数字を1つ飛ばしたWindows 10となる。  10月1日ITmedia PC USERより≫

 「いい加減にしてくれ」といいたい。
 この前、すったもんだして「XP」から、「7」に変えたばかりだというのに。それもなかなか調子が出ないのに。「8」、「8.1」ときて、いきなり「10」にまで飛んでしまう。

 自動車の新モデルとはまた異次元の、販売モデルである。
 車の場合は、車検さえ通れば永久に乗れる。ところがWindowsは、旧型は実質的に使えなくなってしまう。設定の変更はもとより、これまで使っていたアプリケーションソフトの一部も使えない。

 我々高齢者ユーザーにとっては、使いにくいことこの上ない。
 Windowsに代わる永久ソフトが欲しい。

9条がノーベル賞?(10月4日)

 欠陥だらけの現行憲法を、ノーベル賞の対象にするなど、とんでもない恥さらしである

≪10日にノルウェー・オスロで発表される2014年のノーベル平和賞の受賞予測に、「憲法9条を保持する日本国民」が浮上した。受賞予測を毎年発表している民間研究機関、オスロ国際平和研究所(PRIO)が3日、ウェブサイト上の予測リストを更新し、それまで「欄外」だった「憲法9条」がトップに躍り出た。受賞への期待が高まりそうだ。10月4日朝日新聞デジタルより≫

 市民団体が呼び掛けた運動でも、9条を平和賞に推薦しようとする署名が、30万筆にも達しているという。

 だが、もともとノーベル賞の中で、平和賞ほど胡散臭いものはない。
 ノーベル賞の権威を利用して、その人や国家を封じ込めようとするだけである。これまでの佐藤栄作や金大中、オバマなど、完全に政治利用であった。

 そして日本は、9条のおかげで、周辺国に完全に舐められている。何百人もが拉致され、領土は奪われ、いわれなき歴史冤罪で強請られ続けている。
 それを今必死で変えようとしている。

 日本にとっては、武装準備して侵略を防ぐほうが、チベットのように侵略・蹂躙され、女性の半分が強姦されるより、はるかにいいではないか。

 常識で測れない周辺国を相手にしていることを考えず、いつまでも「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」していく。こんなものは、ただの阿呆である(Mなら別である)。

 欠陥だらけの現行憲法を、ノーベル賞の対象にするなど、恥さらしもいい加減にしてほしい。

映画パンドラの約束(10月3日)

 この映画の意義は、普通の人が思考停止してしまう原発に対し、科学的アプローチを推奨するところにある

 先日久しぶりに映画館へ足を運んだ。しかも有料である。平日にもかかわらず、座席は30~40%埋まっていた。無料チケットのおかげであろう(じつは私も、無料招待券を2枚ももらったのだが、認知症の話と勘違いして、譲ってしまった)。

 かつての反原発主義者が、あらゆる情報を集め、原発推進派に転じた。この映画は、その知識人たちの声を集めたものである。
 ただ、映画で言わんとしていることは、私にとって、特に目新しいことではなかった。

①放射線の危険性は感覚的に捉えられているため、実態とかけ離れている
②チェルノブイルや福島において、民間で亡くなった人はいない。禁止区域の人は健康に暮らしている
③化石燃料の消費が地球温暖化を加速させており、食い止めるには原発を使わざるを得ない
④石炭による大気汚染では、年間300万人以上が犠牲になっている
⑤原発は安全性能が飛躍的に向上しており、さらに進化している
⑥人口が増大している低開発国のエネルギー開発は、原子力しかない
⑦核兵器弾頭が解体され原発の燃料となっているため、原発が稼働すれば核兵器は少なくなる

 などである。⑦を除いて、私がいつもこのブログで述べていることである。それでもあらためて、次のようなことを感じた。

 多くの人は原発問題に対し、感情や感覚だけで議論を進めている。
 たとえば香山リカ氏は、精神科医でありながら、「福島であんな事故が起こったのに、まだ原発を進めるなんて・・・」といった、カストロフィーバイアスそのままの発言をしている。「福島の事故は、一歩まちがえれば、東日本が壊滅した」ということを、まだ信じている人がたくさんいる。まるでオウム真理教の信者である。

 すなわち、学者といわれる人たちでも、原発となると科学的・論理的に考えなくなってしまう。お化けを怖がるのとまったく同じである。

 この映画を監督したロバート・ストーン氏へのインタビューも、このことに触れている。
 監督は、福島を訪問したときのことを聞かれ、こう答えている。

≪訪問前まで気付かなかったことは、いかに人間の感情がすべてを支配するかということだ。私は科学をよく知っており、福島にいても安全なのを知っていた。ただ、私の感情や脳がそうならなかったのも事実だ。私が子供と一緒にそこに住むかと言われたら、おそらく住まないだろう。人々に『安全だ、科学者を信頼しろ』とは言えない。ただ、こうしたことを認識すれば、映画をより深く理解できるだろう  4月8日産経ニュースより≫

 だから、「筋金入りの」反原発者は、こんな映画にはびくともしないだろう。それに、彼らが信じたい怪しげな情報は、いくらでもころがっている。

 したがってこの映画の意義は、その中身ではない。普通の人が思考停止してしまう原発という事柄に対し、科学的なアプローチを推奨するところにあるのだと思う。
 その意味では、このことを一般の人に訴えられたかどうかは疑問である。

             光る太陽

 ところで映画にもあったが、いま世界は第3世代から第4世代の原子炉へと移行しつつある。そうなると、これまで厄介者としか考えられていなかった放射性廃棄物が、願ってもないエネルギー源になる。

 日本が原発とその思考を停止している間、世界はどんどん進化している。現代社会では、安定したエネルギー源がなければ、生きていくことはできない。
 日本の反原発者は、世界のエネルギーを求めて、また大東亜戦争を起こそうとするのであろうか。

 ロバート・ストーン監督は、つぎのようにも言っている。

≪安倍晋三首相はたとえ(原発推進策が)不人気であっても、自らが信じることを口にする勇気を持っているという点で尊敬している。政治家が不人気なことを言うとき、聞く価値がある≫

 これを利権がらみだというのは、下種の勘繰りである。

 それにしては、いまの原発再稼働はあまりにも、のんびりしすぎている。

ギャンブル依存の恐怖(10月2日)

 いたるところでカジノが開かれようとしているが、反対する人たちの顔ぶれが悪い

 雑誌「世界7月」に、帚木蓬生氏(作家・精神科医)の「ギャンブル依存400万人の実態」という記事が掲載されていた。「世界」にはめったにない、いい記事であった。

 2010年に発表された厚労省の「推定有病率」によると、我が国のギャンブル依存症は、成人男性9.6%、女性1.6%である。男女合わせ5.6%で、他の先進国(オーストラリア1%、米国オハイオ州2.5%)に比べて、異常に高い。わが国には少なくとも、400万人も依存症がいるということになる。
 一人の病的ギャンブラーがいると、その周囲では8~10人が影響を受ける。この数は、日本人口の1/3にもなる。

 深刻なのは、かなりの割合で、犯罪に手を染めていることだ。
 多くが家庭内窃盗を行っている。親や配偶者の財布をかすめるだけでなく、子供のお年玉にまで手を出す。自宅で母親をハンマーで殴り殺し、奪った金でパチンコ店に直行したという事件もあった。有名なのは、大手製紙メーカー会長が、100億円もの大金をラスベガスに突っ込んだことである。
 このようなギャンブルがらみの犯罪が、頻繁にマスコミを賑わせる。

 この大きな要因は、日本には多くのギャンブルがあることである。その質と量は、他の国には例を見ないという。競馬、競輪、宝くじなど、公営ギャンブルだけでも、年間6兆円以上もの売り上げをあげている。
 それに加えての、パチンコ・スロットが大きい。

 パチンコ店は、全国で12000軒。年間の売り上げは20兆円を超える。ギャンブルマシンは460万台で、世界の60%を占めている。
 じつは病的ギャンブラーの多くが、このパチンコによって生み出されている。

 悪いことには、20兆円もの巨大産業だけに、その根は隅々にまで張り巡らされている。
 日本の政治家や治安を取り締まる警察はもとより、巨大な資金をバックに、マスコミへ膨大な広告費用を拠出している。マスコミも、パチンコ業界を叩けない。
 かって、清国が英国のアヘンによって蝕まれたように、日本はパチンコによって溶かされようとしている。

 さらにこの上、「カジノ法案」なるものが検討され、いたるところで賭場が開かれようとしている。いまの臨時国会では、カジノを合法化するIR整備法案が審議に入る。これは何としても、潰さなければならない。

(問題なのは、カジノに反対する人の顔ぶれが悪い。都知事選に出た宇都宮氏、社民党の福島瑞穂氏、あろうことか山本太郎氏までが出てくる。これらの人たちの反対は、逆効果である。)

御嶽山での遭難(10月1日)

 このような大参事を機に、登山をやめてはいけない。やめれば、その教訓を台無しにすることになる
 
 今回の御嶽山噴火遭難では、30名以上という未曽有の死者が発生した。
 これは、紅葉シーズンで好天の休日、お昼頃という、まさに最悪の時期と時間帯に起こったからである。1年を通してもっとも登山者が多い、まさにその瞬間、噴火が起こった。
 昭和54年に同規模の噴火が起こったときは、10月28日の未明であった。登山者はいなく、遭難はなかった。

 いくら登山者が多い山でも、人のピークは一瞬である。
 信じられないほど、最悪のタイミングであった。誰かわざとやったとしても、できすぎている。

 同様に、3.11のときの福島第一への津波来襲も、最悪のタイミングであった。最悪の政権のとき、日本で最弱の原子炉に、有史以来最大の津波が襲ったのである。
 阪神大震災のときの政権もひどかった。
  
 そのため多くの人は、噴火や原発事故に対し、必要以上に恐れを抱きすぎることになった。きわめてまれな出来事に、異常反応を起こす。これをカストロフィーバイアスという。

 このようなことは、これからも起こるであろう。

 しかし、つぎの「大参事」は、決して津波や噴火、原発事故ではない。「心配事の9割は起こらない」し、それが何かは、誰もが予想できない。 
 間違いなく言えるのは、それは同じものではない、ということである。

 したがって、このような大参事を機に、登山や原発をやめてはいけない。やらないことでリスクを回避するということは、その教訓を台無しにして、人々を弱体化させることになる。
 そのうち、全員が家にこもって、何もしなくなる。その方がはるかに恐ろしい。

 (御嶽山噴火について書くのは、3回目である。私にとって、あまりにも身近な出来事なので、とても他人事とは思えない。いつ同じような目に合うかわからないからである。)