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御嶽山噴火遭難(9月30日)

 今度の噴火では、登山者と救助者1000人以上が、死を覚悟している。彼らは強い

≪火山灰とともに、周囲に直径1メートルぐらいの大きさの石が飛んできたため、急いで岩陰に隠れた。まもなく、もう一度「ドカン」という音が鳴り、今度は軽トラック大の石が飛んでくるようになった。巨大な石は地面にぶつかって割れ、破片が四方八方に飛び散った。黒い雨が降り始め、雷のような音も鳴ったという。灰はひざ上まで積もった。「もうダメだ」。そう思った。
 噴火当時、山頂には50人ぐらいの登山客がおり、女性4人組のグループの1人は、飛んできた石が左足に当たり、骨折してパニックになっていた。「救助してあげたかったが、どうにもできなかった」
 9月28日産経新聞配信より≫

 御嶽山噴火のとき頂上付近にいて、命からがら逃げてきた人の話や撮影画像が、数多く報道されるようになった。いくつかは、「ガセネタ」もあるというが、このような臨場感のある情報は信用していいと思う。

 その場にいた者しかわからない、壮絶な光景であったことは、想像に難くない。
 その後の中継画像を見ると、山腹全体に巨大な岩石が散乱している。このうちの何割かは、今回の噴火で落下したものであろう。山小屋の屋根に大きな穴が開き、軒が破壊されているのがわかる。

 火山灰で真っ暗なところに、大きな隕石が空からどんどん落ちてくるのである。小屋の中にいた人でさえ、死ぬことを覚悟したに違いない。
 よくこんな状況でパニックにならなかったものだと思う(なっていたのかもしれないが)。

 救助活動も、困難を極めている。いつ同じような噴火が起こるかわからない。有毒ガスが発生し、足場の悪いところで救助を行うのは、まさに命がけである。

 すなわち今度の噴火では、登山者と救助者1000人以上が、死を覚悟している。そんな人は少ない。羨ましい限りだ。いちど生きることをあきらめ、生還した人は強くなる。
 ただ一番悲惨なのは、身近な親しい人を失った人である。
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看護師が患者に暴行(9月29日)

 被介護者のわがままは、私ならとても我慢できない。1日でも耐えられる人はすごい

≪岩沼市の総合南東北病院(松島忠夫院長)で、30代の女性看護師が入院患者に暴行していたことが25日、分かった。現場にいた目撃者によると、看護師は患者に対して「早く死ね」などの暴言も吐いたという。病院は患者の家族らに謝罪し、看護師を停職3日間の懲戒処分にした。 9月26日河北新報より≫

 職員が患者に暴行を受けても誰も見向きもしない。しかしこのように、患者を虐待すると大々的に報道される。

 私自身は、直接介護したことはない。それでも、介護の施設や病院などで、被介護者のわがままな言動を見たことがある。とくに認知症気味の患者は、自分の言ったことを覚えていないから、妄言、暴言、暴力、何でもアリである。汚物をぶつけることもある。
 70過ぎの「高齢者」になると、施設に入っていない人も、同じようなことをする人は増える。

 私はとても我慢できない。無視するか、ベルトと猿ぐつわで押さえつける。1日でも耐えられる人はすごい。尊敬する。
 今回この報道を発したメディアは、この件についてどのような事情聴取をしたのであろうか。放っておいたら、看護師が殺されていたかもしれない。

 そもそも件の看護師は、こんなすごいことをする職業に、向いていなかった。テレビ局の女子アナにでもなればよかったのだ。せいぜい、みのもんたに尻を触られるぐらいで済む。

御嶽山噴火(9月28日)

 これにおびえて、登山ブームが下火になってしまうのではないか

 昨日御嶽山が噴火し、登山者30人以上が行方不明、また大怪我をしているという。
 好天の土曜日、しかも紅葉の時期とあって、大勢の登山者が噴火に巻き込まれてしまった。
 お昼の11時53分という、もっとも登山者の多い、最悪の時間帯である。噴火1分前の11時52分に、頂上付近の池の画面とともに、ツイートした人もいた。その後のツイートがないことから、遭難したのではないかと心配されている。

 噴火の時間が、前後2時間ばかりずれていたら、これほどの犠牲者は出なかったであろう。
 最終的には、どれくらい被害者がいるのかわからない。逃げ惑って火山灰に埋もれた人は、発見すら困難になる。情報がはっきりすれば、被害はまだ拡大しそうである。
 登山者に、これほど大規模な被害を与えた噴火は記憶にない。農作物など、経済活動への影響も出てくる。

 噴火の兆候がほとんどないというのも、不気味である。
 日本には火山が110あり、そのうち常時観測対象の火山は、47である。もちろん、この御嶽山や富士山、加賀の白山もその中に含まれる。日本で登山の対象になる山には、火山が多い。

 すなわち、山に登る人は、いつ噴火にあってもおかしくないということである。
 今回の被害規模によっては、山へ登る人がいなくなるかもしれない。せっかくの登山ブームが、下火になってしまうのではないか。原発事故と同じ、めったにない出来事が起こったときほど、人々は強い恐怖を感じるからだ。

女児遺棄事件(9月27日)

 この事件によって、地域の「変人」が魔女狩りに会うことを危惧する。「変人」と「天才」は紙一重なのだ

 神戸市長田区の小学1年、生田美玲さん(6)の切断された遺体が見つかった事件で、死体遺棄容疑で、君野康弘容疑者(47)が逮捕された。

 これに関して、いくつか心配なことがある。

①わざとらしい証拠品の出現
 死体を入れた袋の中から、容疑者名の入った診察券やたばこの吸い殻が出てくるのは、あまりにわざとらしい。推理ドラマを見慣れたものにとっては、「真犯人」に嵌められたか、無理やり警察に犯人に仕立てあげられたとしか思えない。
 それでも現実には、彼が犯人である可能性は高いだろう(これが思い込み?)。

②生活保護の受給
 つぎに、彼が生活保護を受給していたことである。
 47歳で、殺人までできるような男に、なぜ生活保護まで与えなければならないのか。生活保護の支給基準が、おかしいのではないか。
 日本はいま、働く人がいないため、貿易赤字・経常赤字が深刻になっている。このままでは、遠からず破たんする。
 そんな非常時に、生活保護などとんでもない話である。

③国民の感情移入による死刑求刑
  また、この容疑者に対し、極刑すなわち死刑を望む声が多いことである。
  たしかに、小学1年の罪もない子供を殺したことは許せない。私自身も、できるならこの男を死刑にしたいと思う。
 そう思うのはわれわれが、女児に感情移入してしまっているからである。
  生田美玲さんが行方不明になってから、メディアは連日その可愛い姿とともに、捜査動向を報道した。遺体が発見されてからも、その活発だった過去の行動を映している。
 これでは、国民が身近に思うようになってしまう。当然、犯人に対する憎しみも増幅される。
 しかし、日本では年間1000件近くも殺人事件が起こっている。可愛くはなくとも、その一人一人に生田美玲さんと同じ、「物語」があるはずだ。
 たまたま、メディアに乗せられた時だけ、世論に合わせて厳罰に処するとしたら、いかにもまずい。裁判員になった人は、配慮してほしい。

④「奇行」をする人が抹殺されるようになる
 そして、容疑者が逮捕された後で、その「奇行」がつぎつぎ暴かれている。
 酒臭い息を吐きながら、通りがかりの女子中学生にたこ焼きをすすめる。通っていた病院看護師にいきなり「結婚してくれ」と迫る。通りがかりの小学生に唾を吐きかける。などである。
 水に落ちた犬を叩くみたいに、起こったことを大げさに吹聴しているように見える。

 この程度の「変人」は、どこの地域でもいる。その「変人」と「殺人を犯してしまう人」との間には大きな壁がある。予備軍だからと言って、社会から抹殺してはいけない。
 それに、「変人」でなくとも、殺人を犯す人は山ほどいる。
 これを機に、地域の「変人」が魔女狩りに会うことを危惧する。「変人」と「天才」は紙一重なのである。

日本ブランドの相場(9月26日)

 貧乏人と守銭奴しかいない日本の製品に、どこの世界が憧れるであろうか

 工業製品のみならず農産物にいたるまで、日本製品は、アジアを中心に世界中で信頼を得ている。

 しかし、この諸外国からの日本製品へのあこがれ、ブランドイメージが崩れつつある。単に技術力が落ちたからではない。
 格差が広がり、豊かな中間層がいなくなった。日本人そのものの生活レベルが落ちてしまったからである。

 この20年で、日本のGDPが10%縮小し、それ以上に労働者の賃金が下落している。年収200万に満たない労働者が主流となり、貧困が定着している。
 これまでは、豊かな中流階級の消費者がいて、商品に厳しい目を注いでいた。その消費の中心であった「中流階級」がいなくなってしまった。

 多くの人は、マグドナルドの100円バーガーで朝食をとり、昼食は250円の牛丼で済ます。夜は、ブラック居酒屋の1000円飲み放題で、憂さを晴らす。
 一方勝ち組の「上流階級」は、欧米のブランド物に手を出す。日本製品の消費は限定される。
 こんな生活をしている日本人や日本人が作る製品を、いったいだれが憧れるであろうか。

 欧州でも、高級ブランドの産地であるスイスやオランダ、ベルギー、ドイツなどでは、国民が豊かな暮らしをしている。歴史や文化を大事にし、(外見は)知的で穏やかである。
 その富裕層が重宝する製品だからこそ、破格の値段で売れる。オメガやローレックス、ベンツやBMW然りである。
 ここでは、ものづくりの技術力はそれほど重要ではない。

 日本製品も同じである。日本製品全体のブランド力を上げるためには、日本人の生活レベルを向上させなければならない。まず格差社会をなくすことが重要である。

 同時に日本の金持ちは、金持ちらしい豊かな暮らしをする。その豊かな暮らしが、日本ブランドを格上げする。高級品の開発にも拍車がかかるし、国内にお金が回る。
 日本でお金のある人は、金儲けだけが生きがいになっている。そんなことでは、みんなが不幸になる。

 貧乏人と守銭奴しかいない日本の製品には、世界のだれも見向きもしない。

国際競技での勝敗(9月25日)

 日本選手の敗退は、世の中うまくいかないのだということを、身をもって感じさせる

 仁川アジア大会がたけなわである。バトミントンで韓国に有利な「神風」が吹いたり、表彰式で国旗を違えるなど、運営の不手際が報じられている。体操など二線級選手の競技が多く、正当性も疑問である。
 それでなくとも、国際競技のライブはあまり見たくない。ストレスが溜まるからである。

 メディアは、有望な日本人選手がいると、必ず持ち上げる。すぐにも優勝したり、メダルをとるかのように報道する。視聴率を稼がなければならないからだ。
 当然、期待は高まる。

 ところが、現実はそんなに甘くない。たいてい惨敗する。期待が高いぶん、がっくりくる。この前のサッカーがいい例である。
                            競馬  どっちが勝った?
 これは老い先短い身にとって、精神衛生上よろしくない。
 メディアに対し、期待をあおった責任をとってくれと言いたいほどだ。期待しているのだから、半分ぐらいは勝ってほしい。できれば、むかしの常勝巨人のように、勝率6割くらいがちょうどいい。あの頃は巨人ファンが多かったから、国民の気分が高揚し、景気も上向きになった。

 ただ、日本が負けるのを見るのは、若い人には精神鍛錬にもってこいである。世の中はうまくいかないのだ、ということを、身をもって感じられる絶好の機会だからである。

エボラ熱緊急医療支援(9月24日)

 日本には、命がけの支援希望者がごまんといる。募集をかけたい

≪エボラ出血熱の犠牲者が1400人を超えた西アフリカ・リベリアのサーリーフ大統領が今月10日付で、安倍晋三首相に書簡を送り、感染者治療のため自衛隊などからなる緊急医療隊の派遣を要請したことが22日、分かった。共同通信が書簡のコピーを入手した。9月23日共同通信より≫

 大自然は正直である。エイズやエボラ熱にしても、必ず人口が増えすぎた地域に発生し、適正人口を維持しようとしている。
 はたして人間が、そんな大自然の意志に逆らえるのか。
 できることは、限られるはずだ。

 それでも、「人道支援」は、至上命題である。
 すでに、アメリカや欧米が人的支援を決めている。日本が行かないわけにはいかない。湾岸戦争のときと同じである。
日本人が支援に行くとしたら、防疫の専門家になる。すでに数十人の派遣を決めた。

 しかし、それだけでは焼け石に水である。本来なら、数万人単位の支援が必要ではないのか。
 そこで、広く志願者を募集したらどうか。仕事がなくて、暇を持て余している人はごまんといる。あるいは、年金受給額の多い人から、行ってもらうのもいい。
 やはり決定版は、「じじいの決死隊」であろう。

 素人軍団は、出発前に1週間ほど、徹底的に防疫と看護の教育・訓練を行う。2か月の派遣期間が過ぎ、帰ってきたら1か月は、温泉施設に隔離する。もちろん、飲み放題付きだ。この義務を果たした人にだけ、高齢年金を支給する。
 条件によっては、参加を希望したい。

セールス電話(9月23日)

 こんな電話が続くと、NTTやKDDIは、押し売り悪徳集団だと思えてくる

 2~3日に1回は、セールスの電話がかかってくる。以前は、金融商品の売り込みが多かった。最近は、通信環境のセールスである。

 たとえば、KDDIに変更してモデムを取り換えるだけで、1か月1500円も料金が安くなるという。そんなのに乗ってしまうと、ろくなことがない。まず、何もしなくていいというのが怪しい。

 「怪しいから結構です」というと、電話の向こうでは、「そうですね、わかりました」と言って引き下がった。たまたま、若い?「誠実そうな」女性であった。
 私が受けた限り、このようなセールスは、男の方がしつこい。私が(なぜ安くなるのかの)根拠を尋ねると、一生懸命答えようとする。が、さっぱりわからない。わかりませんというと、「わかる人を出してください」という。

 NTTやKDDIの代理店が沢山あり、それぞれが新規のセールスをやっているのであろう。それも、重複しないようにされてないから、何度も同じような電話が入ってくる。
 代理で電話しているだけで、本店のポリシーや情報を理解していない。言葉遣いのマナーすらわきまえないので、本店の印象を悪くしている。

 こんな電話が続くと、NTTやKDDIは、押し売りの悪徳集団だと思えてくる。日本を代表する通信大手がこれでは、世界にたち向かえない。

満月マンの掃除(9月22日)

 多くの人が、ほんの少し気を配るだけで、世の中は清潔になる

 先月、満月マンが毎日、日本橋周辺の掃除を行っていることを書いた。
 いいことだから、手伝う人が出てくる。

 そんな人に、満月マンは決して長くやってほしいとは言わない。2~3分、長くても5分以内でいいという。できるだけたくさんの人に掃除してほしいと思っている。

 いい方法である。まちがいなく、この方が長続きできる。

 このようなことは、一過性ではだめだ(なにもしないよりは100倍いいが)。未来永劫、続けたい。
 その場合、実行する人がほとんど負担にならないようにする。ちょっとしたついでにやるのがいい。「ちょい拾い」、「ちょい拭き」である。
 多くの人が、ほんの少し気を配るだけで、世の中は清潔になるのである(これが難しいのだが)。

 これは、5S活動でいう「清潔」、つまり「整理・整頓」を維持する工夫の一つに他ならない。

荒島岳中出コース(9月21日)

 100名山の名は、山の風格、雰囲気まで変えていく

 これまで荒島岳(1523M)は、勝原コースで5~6回登った。最近登山口が整備されたと聞いたので、今日は中出コースをとることにする。
 勝原コースの登山口は、158号線のすぐそばでわかりやすい。中出登山口は、どうか。

 自宅を6時50分出発。158号線を東に向かう。右に157号線の分岐をみて約5キロ、2番目の蕨生(わらびょう)の標識で右折。1.3キロほど進んでから左折、5~6百メートル先に中出登山口駐車場がある。7時35分。トイレは新しく、快適である。
 ただ、158号線からの右折地点がわかりにくい。昨日ネットで調べていなかったら、しばらくウロウロしたに違いない。

 7時45分、登山開始。車道を5分ほど歩いたところに、登山口の標識がある。そこから30分ほど林道らしきところを登って、やっと本格的な登山道になる。
 歩き始めて2.5時間で、小荒島(1175M)のピークである。勝原コースでは拝めないような、大荒島岳が迫っている。快晴で、加賀の白山連峰もくっきりである。

  中出登山口駐車場 H26.9.21撮影    小荒島岳から荒島岳 H26.9.21撮影 

 小荒島から20分ほど行くと、勝原コースとの合流点、シャクナゲ平だ。そこから頂上までは、モチが壁の急登。およそ300メートルの高度差。3時間歩いた後だけに、さすがにバテる。
 30年前は、小学1年の息子とホイホイ登った。最後に登った10年前も、こんなに大変ではなかったような気がする。

 それでも、歩き始めて4時間で頂上に着く。11時45分。休日の100名山だけあって、50人以上の登山者でにぎわっていた。まだ、どんどん登ってくる。大半は、勝原コースからである。

 頂上での大パノラマはどうだ。さすがに富士山までは見えなかったが、近くの白山連峰はもとより、北アルプス、乗鞍、御嶽、八ヶ岳までも遠望できた。眼下には、大野市や勝山市の市街が見える。
 しかも、無粋なコンクリートの建物が取り払われ、小さい祠が立っている。

  りんどうの群生 H26.9.21撮影    荒島岳頂上記念 H26.9.21 

 下りは、同じ道を2時間。

 中出駐車場に備えてある冷水かけ流しの足水が、疲れた足に心地よい。温水よりも清潔感がある。アイシング効果で、明日の筋肉痛が緩和される気がする。それにあがった後、足がホカホカする。こんなときは、「足湯」より「足水」のほうがいいのかもしれない。
 軽トラの地元の人が、ときどき水を変えてくれる。トイレの隣に、シャワーまで検討しているという。登山者にとっては、ありがたい。

  荒島岳頂上付近 H26.9.21撮影    中出駐車場にある足水 H26.9.21撮影

 以前登った時、荒島岳には100名山の風格は感じられなかった。
 低山ゆえの見晴らしの悪さ、勝原コースにあるスキー場施設や、頂上のコンクリート建造物などが、その威厳を損なっていたように思う。主たる登山口(勝原)が、ほんの国道沿いにあったのも、山岳気分を損ねていた。

 だが、100名山の名は地域を動かした。ブームにのって登山者が集まると、それに見合った整備や施設がなければ、かえって自然が壊れる。見栄えも必要である。100名山の名は、山の風格、雰囲気まで変えていく
 登山口の清潔なトイレの設置、登山道の整備、頂上らしさの演出。冷水の足水場の設置もその一つである。これからも、施設整備は進んでいくだろう。
 往復6時間強という、それなりにボリューム感のあるコースも、中高年には適している。

 これで、道路の案内がわかりやすかったら、もうすこし登山者が集まるであろう。また「中出」という名前がいい。

文殊山(9月20日)

 久しぶりの文殊山。自宅出発が8時になってしまったので、大文殊往復だけに絞った。帰宅は、10時半の予定。

 いつものように、二上口に駐車。ここには、立派なトイレができた。そのため駐車場広場ではいろんな催し物ができる。登山者の車は、20台ほど。
文殊山白い花 H26.9.20撮影 文殊山頂上より白山 H26.9.20日撮影 ツリフネソウH26.9.20撮影

 野の花がちらほら見られるが、もう後は枯れるだけだ。
 頂上では、遠く白山がくっきり見えた。大雪山とは異なり、まだ初冠雪はない。

 往復1.5時間のコースである。
 物足りなかったので、明日経ヶ岳か荒島岳に行こうと思う。

 午後は市立図書館に行き、新しいオピニオン誌の閲覧。借りることのできる1~2か月遅れの月刊誌はすでになく、適当に見繕って10冊借りる。これで1週間はもつ。

理不尽な調査捕鯨禁止(9月19日)

 強大な軍事力がなければ、日本人はいつまでたってもうまい鯨肉を食べることができない

≪スロベニアで開かれている国際捕鯨委員会(IWC)の総会で、日本の調査捕鯨を事実上延期させる決議案が賛成多数で採択された。
 この決議案は反捕鯨国のニュージーランドが提案していたもので、日本時間18日午後に投票が行われ、賛成35票、反対20票で採択された。この後、日本の代表は「南極海での調査捕鯨を来年行う」ことを改めて表明した。
 18日の決議に法的拘束力はないが、日本が決議採択にもかかわらず捕鯨を継続する姿勢をしたことで国際社会の批判は避けられず、難しい立場に立たされることになる。 9月18日NNN配信より≫

 国際社会と言っても、先頭になって反対しているのは、オーストラリアとニュージーランドである。彼らは、南極海を自分たちの裏庭と見なしているから、この海域に多いクジラへの思い入れが強い。

 しかし、そもそも彼らこそが、かってクジラを痛めつけていたのである。
 1788年にイギリス人の入植が始まって以来、1979年に禁漁を定めるまで、オーストラリアは鯨油目当てにクジラの捕獲を大々的に行っていた。そのため、クジラが絶滅寸前まで追い込まれていた。彼らは鯨油だけをとって、死体は放置する。クジラを食べる文化がないからである。

 石油文明になって鯨油がいらなくなると、とたんに手のひらを返す。自分達が食べないものを黄色人種ごときに食わせるな、というわけだ。
 その想いを、文化の異なる国に押し付ける。まことに自分勝手な国である。

 その理不尽さは、これまでも述べたし、水産庁も調査捕鯨の正当性は訴えている。

 そうはいっても、日本が決議採択に従わなければ、ルールを守らない国にみられる。これはまずい。いくら不当であっても、決めたことには従わなければならない。

 では日本は、そのまま泣き寝入りするだけなのか。
 いくら正当性があっても、日本に不利な決議が出るのは、日本には核を含む軍事力が弱いためである。おまけに経済力も弱くなった。これは、日本が歴史冤罪で苦しめられるのとまったく同じ構図である。

 したがって日本は、せめて中国並みの強大な軍事力を持つことである。
 そうでなければ日本人は、いつまでたってもうまい鯨肉を食べることができない。

イスラム国の台頭(7月18日)

 日本がバカ高い石油を買うのをやめれば、紛争は下火になる

≪過激派組織「イスラム国」が勢力を広げるイラクを支援するため、フランス政府が呼びかけた国際会議が15日、パリで開かれた。欧米や中東を中心に26カ国が参加し、軍事支援を含む「必要なすべての措置をとる」ことで合意した。 9月15日朝日新聞デジタルより≫

 そもそも、アラブの国々が今のように分裂したのは、だれの責任か。
 いまの中東混乱は、100年前の第1次世界大戦後にはじまる。それまで広い範囲を統治していたオスマン帝国は、敗戦国ドイツに協力していたため、解体されてしまった。そして、イギリスとフランスの密約で境界線が決まり、シリアとイラクは分断。それぞれの独裁政権によって、国家が維持されてきた。

 その独裁政権が崩壊あるいは弱体化したいま、 宗派や民族の結びつきを取り戻そうという機運が復活している。それが、「イスラム国」を宣言する過激派組織の台頭である。

 これを力で抑え込むことができるとは思えない。地域に強力な政権がない状態では、パレスチナ問題が大規模に起こるだけではないのか。

 そして、その紛争を後押ししているのが、わが日本である。
 大量の石油や天然ガスを、産油国の言い値で購入している。まさに「イスラム国」の資金源は、この石油である。それがアラブの「戦国時代」を招いている。
 
 ここで日本はどうしたらいいのか。
 「戦後レジームからの脱却」をはかるためには、無条件に欧米主導の国境線を認めてはいけない。静観して、中東の信長や秀吉の台頭を待とう。

 それには、中東の石油依存からの脱却が必要である。
 なにもバカ高い石油を、こんな紛争地域から買う必要はない。いや買ってはいけない。その石油代金が、武装勢力の資金源になっていることを、自覚しなければならない。

 そのためには、ただちにすべての原発を稼働させる。中東への資金流入が細り、紛争は下火になる。そうなればあらゆる面で、世界に対する日本の発言力は、一気に高まる。
 石油という弱みを握られたままでは、何もできない。

3K業務の改善(9月17日)

  個人に光を当てた番組が増えれば、日本のものづくり職人が、育っていく

 15日のNHK番組、「プロフェッショナル仕事の流儀」では、新潟県燕市にある小林研業の研磨職人を取り上げていた。

 新潟県燕市は、昔から金属加工の産地として知られている。円高で洋食器の生産が落ち込み、その加工技術を生かし再生をはかってきた。いろんな分野の商品開発を行った企業もあれば、小林研業のように、加工技術を極めたところもある。

 この会社が注目されたのは、13年前アップルのipodのボディを磨いてからである。金属加工の経験者なら、広い平面を歪みなく仕上げるのが、いかに難しいかわかるはずだ。
 それが紹介され、全国から研磨の依頼が殺到するようになったという。

 研磨は、バリ取りと並んで、ものづくりにおける「縁の下の力持ち」である。
 見た目の良さだけではない。表面の光沢状態が悪いと、雑菌が付着する。食品機械や医療機械に使用される場合には、致命的である。さらに、部品の強度にも影響する。
 このように、日本のものづくりの多くは、繊細な磨き加工に支えられている。

 しかしこれまで、小林研業のような金属加工とくに研磨作業は、作業環境が劣悪で、3k業務の親玉といわれてきた。磨きなどの仕上げ作業を行う人は激減しており、深刻な人手不足である。
 この状態が続けば、最大の強みであった仕上げ加工の卓越さが失われ、日本製品の競争力がなくなってしまう。

 では、小林研業はどうか。
 この会社は、新潟平野の田んぼの真ん中で、農家を兼業している。古びた隙間だらけの工場である。
 研磨屑の屋外への排出や、マスクなしでの作業環境も怪しい。長男が跡継ぎを嫌がっていることからも、高収益・高待遇の会社だとは思えない。
 NHKは、持ち上げすぎのような気もする。

 それでも小林研業では、3~4人の若手職人が研磨作業をしていた。有名になった社長の小林氏をめざしているのだろう。
 近年職人の世界でも、個人を取り上げて花形スターを作り上げようとしている。「楯・鉾」や「超絶・凄ワザ」などである。これらのような、職人に光を当てた番組が増えると、「個人」が注目される。

 NHKの番組も、組織にスポットを当てる「プロジェクトX」から、個人を注視する「プロフェッショナル仕事の流儀」に変わった。
 世間の見方が変わっていかなければ、日本でものづくり職人は育たない。

ブラック企業の功罪(9月16日)

 大きな組織では個人は埋没する。だが組織を見切る前に、個人の能力を養っておかなければならない

 「ブラック企業」という言葉が、独り歩きしている。ヤマダ電機にワタミやユニクロ、すき家など、これまで優良企業だと思われていた会社が、その実「ブラック」だったとされている。

 かって私の娘が、県内の某建築会社に就職したことがあった。営業職ということもあって、毎日午前2時過ぎまで拘束されていた。それが数年続いたので、どう見てもブラックにしか思えず、退職を促した。その住宅会社のブラックぶりを、酒の肴にしたこともあった。
 社長の熱意はわかるし、ほんとはいい会社なのかもしれない。
 それでも地域密着の住宅会社にとって、悪評は致命的である。いくら100年住宅だろうが、私や知人はこの会社に建築を依頼しようとは思わない。

 ブラックどころか、社員に大甘の企業もある。
 「自由奔放」、「自主性を重んじている」と言えば、聞こえがいい。しかしその多くは、会社にしっかりした理念や方針がないだけである。社員が勝手気ままに行動したあげく、組織としての方向が定まらず、企業間競争に負ける。その結果、悲惨な最期を遂げた会社をいくつも見た。

 人は怠惰である。
 ある程度は強制されないと、ズルズルその日を過ごしてしまう。
 体を壊したり、うつ病になりそうなら、やめればいい。過ぎたるは及ばざるがごとしである。むしろ、過ぎたときに、やめることのほうが大切である。その雰囲気を醸成しなければならない。

 私自身は、企業がブラックかどうかは、勤務する人の気持ち次第だと思っている。 世の中には、ブラック企業を必要としている人は必ずいる。そういう組織がなければ人は育たない。

 あるいは、どんな組織でもいい。組織で10年。一生懸命働いてみることだ。そこで初めて組織を見切ったらいい。 どんなにいい仕事をしても、大きな組織では個人は埋没する。しかし、その前に個人の能力を養っておかなければならない。
 その個人の能力を育てるのが、組織なのである。

やり残したこと(9月15日)

 死ぬときには必ずやり残しの仕事が発生する。それでいいのだ

 今日は敬老の日。世が世なら私も式典に招待される年齢である。それがいまは、75才にならないと敬老される資格がないそうだ。
 75才にならなくとも、50才過ぎたらいつ逝ってもいい。

 その時気がかりなのは、やり残した仕事である。ありがたいことに、いまでも何かしら仕事を依頼される。そうなると常に、やり残した仕事ばかりになる。
 このブログもそうである。頭の中には、いくらでもあるのに、毎日一つしか書けない。書く方が追い付かないから、まだいっぱい残る。そのうえ、毎日インプットされる。

 したがって、自分が死ぬときには必ずやり残しの仕事が発生する。それでは未練が残る。死んでも死に切れない。

 だが、あるとき曽野綾子氏の「やり残すのはあたりまえである。」というコメントを聞いて、目からうろこが落ちた。やり残さない人などいない。できたところまでで、十分である。

 吉田兼好も、「ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。」と言っている。

石川での診断士更新研修(9月14日)

 福井の更新研修でも、毎年の調査研究事業を取り上げてほしい

 昨日(13日)、久しぶりに金沢で診断士の更新研修を受けた。野暮用のため先週、地元福井での研修を受けられなかったからである。
 場所は、石川県地場産業振興センター。福井と異なり、午後の開催である。
 北陸高速の金沢西インターから10分、石川県庁の隣にある。北陸最大の都市だけあって、受講診断士は150名もいた。

 内容は決まっている。中小企業施策と支援や経営の実例である。
 いつもながら、施策の説明はわかりにくい。スライド画面に、これでもかとばかりびっしり詰め込む。情報は多くなるほど、わけがわからなくなる。お役所の人の説明には、進歩がない。
 しかも、施策であるから内容がころころ変わる。とても覚えようという気になれない。かろうじて、右脳で雰囲気を感じるだけだ。

 つぎに、診断士会員の調査研究活動の支援事例の説明である。
 25年度の「中小企業の地域ネットワーク活動についての調査研究報告」で、そのなかの具体例「石川県内航空機部品モノづくり中小企業の海外展開支援プロジェクト」、「能美改革実践塾」、「かが元気塾」を取り上げていた。これはわかりやすい。
 福井の更新研修でも、毎年の調査研究事業を取り上げたほうがいいのではないか。
 誰がどんな活動を行っているか明らかにしてほしいし、せっかく実のある活動を行っても、報告書をつくって配っただけでは、だれも見ない。

 最後は、食品会社社長の「経営哲学」の披露である。実践に裏打ちされた、独自のマネジメント理論は面白かった。安全な加工食品をつくるには、高度な技術と高精度の設備が必要なこともわかった。これでは、PLは良くても、BSは厳しいかもしれない。
 ときおり自慢話が入るのは、ご愛嬌である。

 ただ、終了が10分オーバーし、夜の宴会に遅れそうになったのは困った。

晩節を汚さない(9月13日)

 高齢者は静かに消えていかなければならない。今度はだれが、小泉氏の首に鈴をつけるのか

 明後日は敬老の日。私も66才である。地域の老人会に誘われているが、入会するつもりはない。94才になる私の父でさえ、まだ早い?と言って敬老会にさえ出ない。
 それでいい。高齢者は静かに消えていかなければならない。

 小泉純一郎氏が首相のときは、70歳以上の国会議員に辞職を勧告して回った。自分より10歳も先輩に辞職を促すのは、すごく勇気がいる。自らも潔く政界を引退した。
 そこまでは、見事であった。

 しかし、70過ぎてからの狂い咲きはどうだ。何を血迷ったか、72才の自分よりはるか年上のお殿様を担ぎ出し、日本をめちゃくちゃにするような妄想で、脱原発を訴える。大迷惑である。

 さすがに国民もあきれ果てた。
 まさに、「晩節を汚す」とは、このことである。何より、本人が気付いていないのが悪い。今度はだれが、小泉氏の首に鈴をつけるのか。

独立紛争の隆起(9月12日)

 沖縄は、アメリカからの独立戦争を戦う気概があるか

 クリミアで住民投票の結果ロシア編入となったのをきっかけに、世界の各地で同じような独立運動が起きている。
 英国のスコットランドでは、独立を問う住民投票が、18日に行われる。世論調査では賛成・反対両派が拮抗し、結果は予断を許さない。また、カナダのケベックやスペインのカタルーニャなど、独立志向の高い地域は、一気に分離に傾く可能性がある。

 
 そして、沖縄である。
 ここでも、以前から独立論がくすぶっていた。この世界の流れを受け、独立が現実のものとして、確実に住民の意識に根付いてきている。ハニートラップ漬けの運動家が、それを扇動している。

 しかし、いくら沖縄住民が独立を望んでも、アメリカが許さない。
 アメリカは残酷である。黄色人種を殲滅させることにかけては、並ぶものがない。インディアンからメキシコ、ハワイ先住民、そして大戦時の日本人への残虐行為を忘れてはいけない。

 アメリカは、基地を維持するための金銭負担を嫌って、沖縄を日本に帰しただけである。沖縄にある基地を手放すつもりは、さらさらない。独立などの動きがあれば、躊躇うことなく武力に訴える。

 その場合沖縄は、独立戦争を戦う気概があるのか。この場合本土からの、じじいの決死隊は、期待できない。

奥穂高遭難から(9月11日)

 延々と社会に迷惑をかけるのに比べたら、山で死ぬのもいいのではないかと思う

 奥穂高のジャンダルムで、坂井市の71歳の男性が転落死したという(11日の福井新聞より)。
 このコースは、日本の最難関コースのひとつで、これまでも多くの人が遭難している。10日の早朝だから、悪天候ではなかったはずだ。浮石か何かで、足を踏み外したのであろう。
 ご冥福を祈る。

 このコースは、私が登山を始めた時から、目標としていた。
 いちど奥穂の頂上で、目の前にジャンダルムを眺めながら、断念したことがあった。単独だったし、こんなところいつでも来れる、こんな簡単に目標を達していいのだろうか、と思ったからだ。

 今にして思えば、30歳前で脂の乗っていた時期だけに、惜しかった。そのまま、ずるずるとここまで来た。もうこの年では無理だろう。Uチューブで他人の記録動画を見たり、地図を眺め我慢していた。

 したがって、今朝この遭難の記事を見たとき、「私ならこれ以上の幸せはない」と思った。あこがれ、目標としていた山で、亡くなるのである。もしここで成功していたら、人生の目標はなくなってしまう。
 その後の人生は、「腑抜け」である。(もっとも、71才の男性の気持はわからない)

 たしかに遭難した場合、救助活動などで大きな迷惑をかける。この場合も朝7時に連絡が入って、ヘリの遺体収容が10時ごろだから、3時間のご面倒である。

 だが、生きていることの方が迷惑な人は多い(この男性は違うだろうが)。
 長生きして、延々と家族・縁戚や社会に迷惑をかけるのに比べたら、これぐらいは何ほどのこともないのではないか(救助する人たちは大変である)。
 そして普通に地上で死ぬときも、必ず誰かに面倒をかける。

 そう考えたら、山で死ぬのもいいのではないかと思えてきた。救助者の迷惑にならないよう、好天の日に、搬送しやすいところに落下するのである。
 「そんなにうまくいったらお釈迦様はいらない」、と言われそうである。

海に2兆ベクレル???(9月10日)

 印象操作に煽られた国民を相手にしなければならない、いまの政治家に同情する

≪東京電力福島第1原発から放射性物質が海に流出している問題で、今年5月までの10カ月間に第1原発の港湾内に出たストロンチウム90とセシウム137が計約2兆ベクレルに上る可能性が高いことが7日、東電の資料などで分かった。9月8日時事通信より≫

 いかにもセンセーショナルな記事である。典型的な、印象操作の「煽り記事」にほかならない。
 案の定、この記事に踊らされた「安心人間」は、つぎのようなコメントを発している。

≪無策以外何物でもない、コントロール出来ているなんて言うのはもってのほか ≫
≪「アンダーコントロール」って言ったのは誰だったのでしょうか?≫
≪オリンピックなんてやってる場合じゃないんじゃない?!≫
≪これって今年一番のニュースだと思いますが。なぜもっと大々的に取り上げない。≫

 普通の人は、たいてい2兆ベクレルでびっくりする。だがこんなものは、大海原から見て、誤差の範囲にもならない。

 本来、海が自然の状態で持つ放射能の総量は、14ゼタ(1兆×10億)ベクレルである。(海水量140京トン、海水1㎏あたり10ベクレルとする)
 10か月2兆ベクレルの流出を、ずっと続けたとしよう。半減期を無視しても、50億年後にやっと濃度が2倍になるだけである。海の放射能濃度がいまの2倍だろうが、10倍(普通の人体の放射能濃度)になろうが関係ない。ましてそのころ人類はいないし、地球そのものの存在も怪しい。

 いつも言うように、いくら数字を挙げて大丈夫だといっても、信用しない。悲観的な情報ばかりを探して、だれかを生贄にしたがる。
 こんな愚かな国民を相手にしなければならない、いまの良識ある政治家に同情する。

発祥の地(9月9日)

 「ふるさと納税やコシヒカリは、福井から始まった」と強調すれば、どこかの国と同じになってしまう

  福井県の西川知事が、「ふるさと納税」について苦言を呈したという、TVニュースをみた。

 自分の故郷だけでなく、応援したい自治体に寄付をする「ふるさと納税」制度がスタートして5年たつ。寄付した自治体から、お礼に特産品などが贈られる特典も増え、認知度も拡大した。
 この制度は、西川知事が提案したそうだ。それがいまになって、あまりにも過熱気味ではないかという。

 たしかに、納税者に米1俵などの特典内容もさることながら、少しの自己負担で多額の産品がもらえてしまう。たとえば、最終的に2千円の自己負担で、5千円相当の米やら肉、みそ、醤油などが贈られるという。
 もともとこの納税制度は、地方自治の原則に反するなどとして、専門家からの批判が多い。

 これら制度上の矛盾や批判は別として、西川知事の本音は違うのではないか。
 もともと自分が考えた制度なのに、他の地域にお株を奪われてしまった。特典で納税を促すのは、ずるいのではないかというわけである(県知事として、そう思われる人徳は残念である)。

 同じように、「コシヒカリ」がある。
 このコメも、最初は福井の農業試験所でつくられ、全国に広がった。
 ところが、魚沼コシヒカリなど他県産は有名になり、福井産のコシヒカリはさっぱりである。人気がないから、米価も上がらない。そのため福井では、大枚をはたいてキャンペーンを実施することにした。

 どちらの場合も、最初に発案した福井がスルーされ、他県が大ブレイクしている。ごまんとあるネタの一つを取り上げ、大変な能力と実行力を発揮して事業にまで発展させ、成功させたからである。

 発案だけならだれでもできる。だがそれを実際に運用し、事業から収益にまで結びつけることは、きわめて難しい。
 素直に他県の知恵と努力を認めたらよいと思う。そして、そのいいとこどりをしよう。

 「ふるさと納税やコシヒカリは、福井から始まった」などと、自らは言わない方がいい。事業能力がないのを見透かされるだけで、見苦しい。そんなことをすれば、相撲や柔道が起源だという、どこかの国と同じと思われてしまう。

 いくら発祥の地でも、謙虚でなければ煙たがられる。ここは日本なのだ。

景気回復(9月8日)

 地方からの景気回復には、観光と赤線を活性化させる必要がある

 4月の消費増税で、消費が落ち込み景気が悪化している。
 エコノミストの吉本佳生氏は、「日本の景気は賃金が決める」の中で、「低所得者の賃金が増えると景気が回復する」と述べている。

 そのために、大幅な財政出動が必要であることは述べた。
 それでは、それをどう使えばいいのか。これまでのように、高所得者に回っては意味がない。

 吉本佳生氏は、宿泊・飲食サービス業に従事する人の賃金を増やすことを提案している。
 日本における就業者の75%がサービス業である。もともとサービス業従事者の賃金レベルは低い。そのサービス業の中で、もっとも所得の低いのが、宿泊・飲食サービス業従事者である。

 そのために吉本氏は、地価を上昇させ、都会への人口集中を狙うべきだという。人口密度が高くなるほど、サービス業従事者が増えるからである。

 しかしそれでは地方が困る。また、東京への集中はリスクが大きい。地方からの景気拡大の方策はないものだろうか。

 観光である。都会の富裕者層を取り込んで、地域の宿泊・飲食サービス業者を増やしていくことができるのは、観光しかない。それと限定的な赤線復活である。じつは、これこそが「グローバルスタンダード」なのである。

長岡残雪クラブ(9月7日)

 昨日、新潟の蓬平温泉での「長岡残雪クラブ」50周年記念総会に参加。「長岡残雪クラブ」は、長岡市にある山の会のひとつで、谷川岳を中心に登山を続けていた。設立時には、岩登りや冬山など、先鋭的な活動で知られていた。
 今回の総会は、およそ20名が参加した。クラブ員だった人で欠席した人は2名。

 創立者と数年後に1名、2名が山で亡くなった。それ以外には、この50年亡くなった人はいない。
 40年ほど前から新人が入らないため、一番若い人で60才。最高齢82才である。さすがにこの年では、アクロバットのようなまねはできない。
 
 年は取っても、往年の酒飲みの勢いは変わらなかった。

中国のペスト流行(9月6日)

 デング熱やアフリカのエボラ出血熱には、あんなに大騒ぎするのに、ペスト患者発生の報道はほとんどない


 少し古いが、7月23日のmsn産経ニュースは、次のことを伝えていた。
 これはどうなったのか。

≪中国甘粛省政府によると、同省玉門市で23日までに男性がペストに罹患して死亡した。地元からの報道によると、当局は同市に通じる高速道路や幹線道路を封鎖するなどして、市民ら約3万人を事実上隔離した。≫
 
 日比谷公園のデング熱やアフリカのエボラ出血熱には、あんなに大騒ぎするのに、ペスト患者発生の報道は、これぐらいしかない。日本にとっては、すぐお隣の中国での出来事である。あのエボラ出血熱より、致死率が高いかもしれないのである。

 本来なら中国からの入国者は、隔離しなければならないのではないか。中国への旅行者にも伝える必要がある。どうも中国が絡んでくると、マスコミや政府は冷静すぎる。

消費増税は凍結すべき(9月5日)

 消費税率10%への再引き上げは、断固凍結するべきである。やったら、「国賊」である

 新内閣は、「消費増税内閣」だと揶揄されている。
 だが今の状況で、増税はありえない。やったら、それこそ「国賊」である。

 先月13日に内閣府が発表した今年4~6月期の国内総生産速報値では、物価変動の影響を除いた実質で前期比1.7%減、年率換算で6.8%減となった。4月の消費税増税に伴う駆け込み需要の反動で個人消費などが低迷し、2四半期ぶりのマイナス成長である。

 物価はそれなりに上昇しているが、肝心の消費が思わしくない。7~8月も回復していない。昨年の今頃、本欄でさんざん心配したとおりになった。

 消費が低迷する大きな原因は、増税後も労働者の賃金が思うように上がっていないことである。もともと賃金総額は、この20年で15%も減少している。
 たしかに昨年来、大企業正社員の賃金は上昇した。ところが、低所得者層の賃金上昇は、ほとんどない。それどころか、物価上昇のおかげで、格差はますます増大している。可処分所得が減るからである。

 これについてエコノミストの吉本佳生氏は、「日本の景気は賃金が決める」の中で、不況の原因に労働者の賃金格差をあげている。高所得者は収入が増えてもそんなに使わないが、消費支出の割合が高い低所得者の可処分所得が減少すると、消費は大きく減退する。

 日本の高所得者層は、公務員と大企業の正社員、しかも40~50歳以上の永年勤続者である。必ずしも、賃金に見合った働きをしているとは思えない人が多い。これらの人々が、既得権を離そうとしない。そのムラの中では、退職者ですら企業年金など低所得者層の何倍もの報酬を得ている。
 その高額所得のほとんどが、貯蓄に回っている。

 したがって、景気を良くする方法は簡単である。
 高額所得者の貯蓄を、低額所得者に移せばいい。低所得者の賃金が上がると消費は大きく伸びる。具体的には、大幅な財政出動である。

 さいわい27年度の政府予算では、過去最大規模の100兆円もの概算要求があがっている。このお金が、低賃金の非正規労働者に回るようにしなければならない。これまでのように、高額所得の既得権益者がお金の使い道を決めるようでは、元の木阿弥である。
 財政赤字を気にしてはいけない。

 もちろん、15年10月に予定する消費税率10%への再引き上げは、凍結すべきである。できれば、段階的にゼロに戻す。今の日本で、低所得者の可処分所得を減らす消費税は不要である。

新内閣に期待(9月4日)

 一人でも「死ぬつもりで頑張る」人がいることは、頼もしい

 新しい内閣が生まれた。総理をはじめ、財務、外務、文部大臣などおもな閣僚は、そのままである。安倍内閣が発足してすでに2年近くになる。大臣がこれだけ長く在職するのは記憶にない。
 これ一つとっても、大いに期待がもてる。

 じつは、現在の安倍政権の個別の政策には、大いに疑問がある。消費増税と法人減税、外国人労働者受け入れ、憲法改正先送り、原発再稼働先送りなどは、大きな間違いである。方針変更を望む。

 そうはいっても、他にいったい誰がやるのか。文句を言う人は、いくらでもいる。しかし総合的にみて、今の首相以上に期待が持てる人は、ただの一人もいない。
 ここは、安倍内閣に頑張ってもらうしかない。

 そういえば新しい顔ぶれの中に、「死ぬつもりで頑張る」といった人がいた。一人でもそんな人がいることは、頼もしい。死ぬつもりなら、何でもできる。
 いざとなれば、福井の「じじいの決死隊」が、控えている。

前立腺PSA検査(9月3日)

 やめると悪いことが起こりそうな気がするのは、医療は不安商法のひとつだからである

 昨日、4か月ぶりにPSA検査を行った。前立腺がんの兆候を見つけるための検査で、血液中にある前立腺に特異的なタンパク質の一種「PSA」の値を測定する。
 この数値が4以上だと、前立腺がんの可能性が大きくなるという。

 5~6年前の健康診断で、3.2の値が出てから、3~4か月おきにはかっている。測るたびにじわじわ上昇して、昨日はとうとう9.9にまでなった。がん細胞が増殖してきたのであろう。

 この数値が10以上になったら、再度採取検査をするといわれていた。
 じつは、3年前にこの検査を行った。バットみたいな棒を、尻に突っ込まれ、ひっかき棒で10か所以上の組織をむしり取る。検査後も、1か月は下血が止まらない。またか、と思うとぞっとする。レイプ被害恐怖の一部を垣間見たような気がした。

 その診察室の前に、自動血圧計が設置してある。
 本日のPSA数値を聴く前に血圧をはかったら、190もあった。太い棒を挿入される不安で、一気に血圧が上がったのである。
 ちなみに診察後、採取検査先送りを聞いてからはかったら、136に下がっていた。血圧は、こんなにも変動する。

 PSA以外にも悪いところが多いので、これだけ測定しても全く意味がないと思う。それでも、やめると悪いことが起こりそうな気がするのは、医療も不安商法のひとつだからである。

アイヌ民族差別(9月2日)

 金子快之市議に反発する人こそが、アイヌ人を傷つけている

≪札幌市の金子快之市議が「アイヌ民族なんて、もういない」などとツイッターに書き込んだ問題で、金子市議は1日、所属会派の自民党・市民会議を同日付で離脱したことを明らかにした。発言は撤回しないという。 9月1日時事通信より≫

 最近地方には、号泣議員やヤジ議員、不倫議員など、目を覆わんばかりのハレンチ議員が多い。その中では、珍しく気骨のある市会議員である。また理不尽なことに、自民党・市民会議には言論の自由がない。

 そして自民党・市民会議以上に、多くの「人権利権」をむさぼっている人からは、反発を食らっている。もちろん単純に「アイヌ民族」に同情する人もいて、金子市議を非難する。

 しかし、それは間違っている。
 「アイヌ民族なんて、もういない」というのは、絶対に差別発言ではない。アイヌ民族は完全に混血が進んでいる。もともと日本には多くの民族がいて、混血を繰り返してきた。越前に住む私自身も、「越人」の流れである。それが日本である。チベット民族とは全く事情が違う。

 かえって、「アイヌ民族がいる」という方が、差別である。よく考えてほしい。もしあなたが、アイヌ人だと言われたらどうか。
 金子快之市議に反発する人のほうが、(もし純粋のアイヌ人がいるのなら)アイヌ人を傷つけているのである。

米フラトン市の慰安婦像(9月1日)

 毅然として対抗しなければ、つぎの市長は違った顔になっている

≪福井県福井市の姉妹都市、米フラトン市で従軍慰安婦とみられるモニュメントの設置が検討されていることが分かった。フラトン市議会がこのほど、関連議案を承認した。福井市は「事実関係を確認し、対応したい」としている。27日福井新聞ONLINEより≫

 福井市民である私も、米フラトン市と姉妹都市関係にあるとは、初耳であった。これまで私自身がフラトン市とかかわったことはなかったし、名前さえ初めて聞いた。
 したがって、わが福井市とフラトン市が、この先まで姉妹都市関係である必要はまったくない。

 いわゆる「慰安婦」なるものは、旧日本軍に課せられた冤罪であることは明白である。もしフラトン市が、おかしな真似をしたのなら、姉妹都市であるわが福井市でも、現実の行動で対抗しなければならない。国民の義務である。
 福井市は、「事実関係を確認する」という。だが、そのあとの対応が問題である。絶対、うやむやにしてはだめだ!!

 では福井市は、何をすべきか。
 「慰安婦」の冤罪性について、毅然とした市長声明を出し、議会決議を行う。つぎに、「パンパン像」の設置予算を計上する。それでもフラトン市が慰安婦像を撤去しなければ、姉妹都市を解除する。

 最低でもそれぐらいやらなければ、次期市長選で投票することはない。