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あらたな産業革命③(5月31日)

 大規模農業から個人農業への変革。個人農業が日本を救う

 では、未来の産業はどうなるのか。
 難しいが、現代のあらたな産業革命を念頭に考える必要がある。製造業では職人の技能が要求される「摺合せ型」、そしてサービス業は無くなることはない。あたり前だが、うまくやれば儲かる。ただ、経営者の裁量が大きい。

 そして農業、食糧生産である。食べるものは、誰かが作らなければ、生きていけない。

 そもそも日本では、「効率的な」大規模農業は難しい。いくら大規模にしても、1農場あたり4000㌶のオーストラリアには勝てるわけがない。コメなどの単品生産では、産業として残るのは難しい。
 そこで大きさでだめなら、小さくやるしかない。食べ物を3Dプリンタではできないとしても、発想を変えればできる。

 単純に、個人農業である。(マイクロアグリ?)
 自分の食べるものは自分で作る。大規模農業から、個人農業への変革である。農業全体としてこれができれば、これ以上ない産業革命となる。食糧生産も技術力が向上し、昔に比べほんの少しの労力でできるようになった。
 基本的な食料は自分で作り、自分ではできないもの、うまいコメや趣向品はプロが作る。国民の半分がこれをやれば、怖いものはなくなる。5%の農民を1%にするのは難しいが、50%にはできる。現に団塊世代の退職者の半分は、(下手くそだが)何らかの形で農業に手を染めている。

 なに、原点に返るだけである。大昔と違うのは、個人農業と言えど圧倒的に効率が上がっている。できなければ、できるようにすればいい。スマホと同じ、既存技術を組み合わせるだけだ。そのための技術開発こそが、狙い目である。あとは、エネルギーの確保と制度改革である。
 この開発は、個人ではできないから、大企業か国家プロジェクトとなる。

 昔の自給自足から、効率追求の現代の分業化へ、そして再び個人単位での自給自足へと、時代は変遷する。農業やエネルギーでさえ例外ではない。
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あらたな産業革命②(5月30日)

 余った労働力が、介護や建設分野に移行できるようすれば、賃金の下落は避けられる。外国人労働者はいらない

 いま、あらたな産業革命が、急ピッチで加速している。
 もとより、あらゆる産業の生産性が向上しており、労働力が過剰になろうとしている。

 江戸時代、農民は全人口の80%を占めていた。ところがいまや農業先進国では、労働人口のたった1~2%の農民が、余るほどの作物をつくっている。日本には5%の農民がいるから、あと3%はいらない。いまと同じだけ作るなら、0.5%(いまの1/10)の農業人口で充分である。農業の生産性が悪いのは、農民が多すぎるからである(ただこのことを当事者は認めないし、単純に農民を減らすのがいいとは思わない。理由は次回述べる)。

 農業ほどではないが、製造業も経営コンサルタントがいなくなり、生産性の向上は著しい。建設業でも、重労働は機械に代わった。さらに、家電の普及で、家事にも人手がいらなくなった。よほどの金持ちでも「お手伝いさん」はいない。

 前述のごとく、スマホを中心に3Dプリンタやネット社会の進展は、それに拍車をかけている。
 さらに先日の陛下写真のように、プロ以上の写真が拡散するようになると、職業人としての写真家もいなくなる。ネットニュースやブログは、新聞・出版社と、それに係る人、記者・作家までもが食えなくなる。

 儲かるのはアマゾン、グーグル、楽天のような、「プラットホーム」をつくり、情報を集め、運営する企業だけである。大規模小売店が零細商店を飲み込んだように、中小の通販会社も駆逐されるかもしれない。あとの企業は、その御釈迦様の手の上で、弄ばれるだけである。
 また、大規模な「プラットホーム」には、多くの機能が集約されるから、さらに生産性が向上する。富めるものは、ますます富む。

 したがってサービス業を中心に、新しい形態での産業が興るとしても、無くなる産業のほうが多い。既存の多くの分野で、リストラは避けられない。労働者は大量に余る。

 だが、いいこともある。
 これからの日本は、生産年齢の人口が減少する。その時代と歩調が合ってくる。余った労働力が、いま不足している介護や建設分野に、いい形で移行できれば、人手不足は解消し賃金の下落は避けられる。もし、労働者数が減って賃金が下がれば、日本経済はめちゃくちゃになる。

 ところがこのような時代に、政府はあきらかに間違った政策を取ろうとしている。
 外国人労働者を増やすことである。あらゆる分野の労働者が、解雇されようとしているのに、移民が入れば、それに拍車がかかる。不足している介護や建設分野への労働移転が、なされなくなる。

 いっそう賃金が下落し、生活破綻者が続出する。「搾取」できるユーザーがいないから、一部の億万長者でさえ事業は成り立たなくなる。日本全体が沈没する。

 したがって、外国人労働者の流入阻止は、至上命題である。
                                     つづく

あらたな産業革命①(5月29日)

 いまの産業社会は、変化が急ピッチで加速している

 工業製品で、「軽・薄・短・少」を競っていた時代があった。ある機能を持った商品を、極限にまで小さく、コンパクトに作ろうということである。おもに加工技術を駆使して、部品を小型化し、一定の空間内に機能を押し込める。電話機やカメラ、テレビ、パソコン、計算機、時計のような機能製品が小さくなり手軽に持ち運べるようになった。

 それでもあの時代は、その製品単体のコンパクトさを追求していただけである。電話機やカメラという、せいぜい1つか2つの機能商品である。したがって、部品加工の精密さがカギを握っており、日本製品の強みのひとつであった。

 ところが、携帯電話からスマホが普及すると、そんなものは吹っ飛んでしまった。ご承知のように、この小さい装置には、あらゆる機能がぶち込んである。先ほど挙げた、電話機、カメラ、テレビ、パソコン、計算機、時計だけでなく、書籍、辞書、百科事典、翻訳、ゲーム、新聞、ウォークマンなど、機能がどんどん拡大している。ソフトの充実で、品質も向上している。一部の高品質を求めるユーザーでなければ、性能はこれで充分である。ハードは電子部品の組み合わせだけでいい。圧倒的なコストパフォーマンスを持つ。

 したがって、スマホに取り込まれた業界の命運が尽きるのは、時間の問題である。現に、日本を代表するソニーやパナソニックでさえ青息吐息で、主力だったテレビ・パソコンなど、見る影もない。
                      迷える家電
 他の製造業も安泰ではない。3Dプリンタの発展で、あらゆるものが作られるようになる。今でも簡単に拳銃を作れるし、これからいくらでも製作範囲は広がる。加工ソフトも、スマホからダウンロードできる。

 さすがにまだ3Dプリンタでは、「衣・食・住」や運搬、介護などの機能を、直接カバーすることはできない。しかしスマホでは、ネットを通してあらゆる情報を集め、発信することはできる。そのためユーザーは、あらゆるモノやサービスを比較・検討し、簡単に手に入れることができるようになった。宅配便の普及がそれを後押ししている。
 現に通信販売の伸び率は、ここ10年5~10%を推移している。まだ全体の10%程度であるが、確実に他の小売形態を侵食している。

 そうなると、小売店舗が危ない。地域の零細商店を駆逐してきた大型量販店も、いずれネット通販にとって変わられる。コンビニも例外ではない。危機意識を抱いているが、如何ともしがたい。

 産業社会は劇的に変わる。いまのあらたな産業革命は、変化が急ピッチで加速している。
                                             つづく

両陛下の写真(5月28日)

 陛下はいかなることがあっても、国民の安寧を願っておられる。だが、政治はそれだけではいけない

 先日、天皇・皇后両陛下が栃木県を訪れた際、地元の女子高校生が両陛下の写真を撮影し、ツイッターで公開した。その行為が、ネット上で議論になった。
 両陛下の、自然な笑顔を称賛する人が多いが、報道では、「非常識」という意見も出ているという。

 多くの意見は、つぎのようなものだった。

≪これなの?別にいいじゃん、お元気そうで何よりです ≫
≪いい写真やん。売名ではあるけど、拡散はしょうがないやろ。酷いなら怒ってもいいよ。 ≫
≪今日1日が幸せに終われる    良い写真を有り難う御座います ≫
≪あかん、いい写真すぎる 。心が広いんやろなー ≫
≪こんなお姿見れたら、自慢したくなっちゃうよね!女子高生の気持ちもすごく分かります!!
本当に天皇陛下、美智子さまは日本の宝だと思います。たった一枚のこの写真だけで、お二人の素晴らしさが伝わってくる。 お二人がいらっしゃるからこそ日本人で良かったと改めて思います(;_;)≫

 マスコミ報道の、「非常識」という意見はほとんどなかった。もしかしたら、否定的な意見というのは、マスコミのねつ造(極少意見の拡大)かもしれない。こんないい写真を「素人」に撮られたのが、面白くなかったのであろう。

 たしかに、いっせいに陛下にカメラを向けるのは、考えものである。被災地訪問でも、陛下の近くで大勢が携帯を向けている。いい光景だとは思わない。

 それでもそれを補って余る、素晴らしい写真である。これまでの、どんな陛下の画像よりいい。心が洗われる。多くの国民に、ぜひ見てもらいたいと思う。
 そしてこの写真を見て、あらためて感じたのは、陛下はいかなることがあっても、国民の安寧を願っておられる、ということである。それでこそ国民は安心できる。やさしさの極致。まさに「神」である。

 ただ、国家を運営する上で、それだけでは困る。厳しさがなければ、国民は呆け、諸外国にも蹂躙される。やさしさを極限まで象徴する天皇に代わり、厳しさを代弁する「番頭役」がいなければならない。
 それは、総理大臣をおいて他にいない。とりあえず総理は、憲法改正へ向けての、厳しい道を進んでいただきたい。公明党などと「小田原評定」をやってる暇はない。

JR運転手の悲哀(5月27日)

 これでは、JRの運転手は気の休まる時がない

≪JR北海道の運転士が、駅のホームにいたプロ野球日本ハムの選手からサインをもらうために無断で列車を離れていたことが19日、分かった。また、別の車掌が走行中の列車に乗務していた際、漫画を読んでいたことも分かった。同社は「就業規則に違反しており、厳正に対処する」としている。5月19日 毎日新聞 YHOOニュースより)

 この記事を読んで、なんと日本は厳しい国なのだと思った。いいことではないが、サインをもらったり漫画を読んだだけで、全国ニュースになる。さぞかし、これを記事にした記者は、勤務中「品行方正」なのに違いない。

 以前のJR北海道は論外としても、JRに対するバッシングはこれだけではない。これまでも、停車位置を超えてわずかバックしたり、停車中に少し動いただけで記事になっていた。運転席でズボンの下がったのを直しただけで、痴漢扱いされた運転士もいた。
 なぜこんなことで、大騒ぎするのか。

 これは、JRとマスコミの戦いだという意見もある。JRは大手マスコミに対し、あまり広告費を出さないからである(広告費の多い自動車やパチンコ業界への、マスコミのバッシングは少ない)。

 これでは、JRの運転手は気の休まる時がないであろう。緊張づめで、切れなければいいが。

五木ひろしコンサート(5月26日)

 サンドームからJR鯖江まで、目の前の2万人の通行者(しかも共通の趣味を持っている)を、指をくわえみている

 昨日、サンドームで行われた五木ひろしコンサートに行った。福井信金を利用した年金受け取り者へのサービスで、定期的に行われている。島津亜矢、水森かおり、石川さゆりなど、毎年のように高齢者の好みそうな歌手を呼んでいる。

 落ち目とはいえ、大御所ぞろいだけに、開催費用は数千万円どころではない。サンドームは、1万人ぐらい観客が入る。しかも今回は4部構成である。つまり信金は、4万人の顧客に一人1000円のサービスをしていることになる。演歌世代の顧客にしてみれば、1000円貰うよりはるかに価値がある。

 実際に観客席に座ると、会場の広さや膨大な観客数に圧倒される。一人の歌手が、ここまで人を集めるのかと思う。2時間の講演を2日で4回もおこない、1回あたり50曲も歌う。商売とはいえ、還暦過ぎての体力にも感心する。

 サンドームへの道 H26.5.25撮影  サンドーム~JR鯖江駅 H26.5.25  バラ展 H26.5.25撮影

 サンドームでは、年に数回コンサートを行っている。ロックシンガー(私の知らない名前)の場合、観客は全国から集まる。JR鯖江駅から、コンサート会場までの1キロを、1万人が往復する。ところがこの通りは、まことに殺風景である。目の前の2万人の通行者(しかも共通の趣味を持っている)を、指をくわえみているのは、非常にもったいない。
 と言っても、年に数回ではあまりに少なすぎる。せめて月1回呼べたらいい。

高校同窓会(5月25日)

 昨日、昭和42年卒高校の学年同窓会に参加した。4年に一度行われているから、ほとんどの人は、顔なじみである。まれに卒業後初めての人もいる。男性はそんなに変わっていないが、女性はみな、婦人会のおばさんに見える(例外はいるが)。

 あわら温泉 H26.5.24撮影  宴会場 H26.5.24撮影  深夜の部 H26.5.24撮影

 この年になると、物故者の数が増えだす。名簿によると707名中66名が鬼籍に入っている。「所在不明者」41名を入れると約15%。これからは比例級数的に増えていく。

 健康そうな人が早く亡くなる。逆に浴びるほど酒を飲んでいた人が、まだピンピンしている。
 青白く病的な担任の先生も昨年亡くなったが、それでも90歳は超えていた。他のクラス担任の先生は4名参加された。先生方は、副担任入れて28人中18人が存命中。みな90歳前後である。まだまだしぶとい。

 同窓会での話題は決まっている。20代は就職か結婚。30代は仕事か子供。40代は子供の学費。50代は懐具合とリストラ。いま60代は、健康、病気。 ・・・ その年代ごとの、最大の関心事である。
 そしてつぎからはまちがいなく、亡くなった同窓生の思い出話が中心になる。

不安商法の極意(5月24日)

 そもそも、マスコミこそが不安を煽る商売の典型である

 美味しんぼ騒動で、あらためて思い知ったのは、人の不安を煽る商売は、至る所にはびこっているということである。

 まず、保険はすべてそうだ。けがや病気、事故に遭った時のため、ほとんどの人はなんらかの保険に入っている。ところが、一度入ったら、なかなか抜けられない。抜けたとたんに、何か悪いことが起きるのではないかと思うからだ。
 したがってこの商売は、加入するときと辞めるとき、2重に不安を煽っている。

 つぎに、製薬会社の広告をみてみよう。「血圧130を超えたら、始め時」、「コレステロールが高めの方や 気になる方へ!」、「中性脂肪をどうにかしたい」・・・などが目白押しである。
 人々の健康願望に潜んでいる、不安感に目を付けた広告である。

 原発不安に目を付けた関連産業も多い。太陽光発電設備や風力発電設備を設置させ、かえって環境悪化を招いている。
 「この印鑑を買えば、先祖の祟りがなくなる」「家相が悪いから、この壷を買いなさい」、というのは論外としても、お客のリスクを減らすための商売は多い。同業の経営コンサルタントが言う、「リスクマネジメント」や「BCP」も怪しい。

 これらはビジネスと詐欺の境界線上を歩いている。

 したがって、マスコミ情報や他人に惑わされることなく、自分自身がよく考え、必要なものだけを選択する。その能力と気概を養わなければ、社会に翻弄されるだけである(私は人に勧められた金融商品で、いつも大損している)。

 そもそもマスコミこそが、不安を煽る典型的な商売である。そして、美味しんぼを掲載した小学館のやり方は、不安商法の先を行く「炎上商法」である。今回この騒ぎを利用して、売り上げを大きく伸ばしたと言う。

会計監査(5月23日)

 叩けばいくらでも埃が出るが、ほんものの「国際交流」ができているなら、問題ではない

 今年度から、福井県国際交流協会の会計監査を拝命した。もちろん、(希望しない)ボランティアである。指名するほうも、あんまり熱心に監査されると困るから、私のような人を選んだのであろう。

 そうはいっても、いい加減さを見込まれ、監査役を継続されても困る。なにしろ、年に数回ウィークデイを潰し、その上わけのわからない資料を、読み込まなければならないのである。

 その協会で、先日2時間ばかり「監査」を行った。複雑な協会の仕組みや、企業とは異なる会計制度に面くらい、煙にまかれて終わってしまった。それでも、あとになって気がついたことがいくつかある。といっても、すべて公にされていることで、私が知らなかっただけである。べつに暴露ではない。

①膨大な埋蔵金
 協会では、資産約17.3億円のうち約15億円を、国債などで運用している。そのうち13億円が県や市からの税金で、あとは電力会社や大手地銀が出損者として名を連ねる。ここから毎年3000万円ほど、運用益として事業費に入れている。一言で言えば「ずるい」。
 ただ、他の県や市の関係する公益財団法人も、似たり寄ったりであろう。すべて合わせれば、膨大な金額になる。国の特別会計と同じで、知らないところで「すき焼きを食っている」。
 財政赤字が深刻だといっても、いざとなればこれらを取り崩せばいい。

②人件費の怪
 この協会は、公益事業と収益事業を行っており、利益を出してはいけないところと利益が欲しい部門がある。これに対し、従業員の給与は、一人づつ仕事内容で「按分」されている。すなわち、この「按分」の裁量だけで、利益を左右できてしまう。人件費の合計は、費用全体の半分近くにもなるから、すこしの「操作」でいい。
 うまい仕組みがあったものである。

③事業費の使い方
 費用で人件費のつぎに大きいのは、「委託費」である。そのうち大口(2000万円と1000万円)の2件が競争入札で、あとは随意契約である。競争入札も怪しいが、随意契約では「親方日の丸」のせいか、相場以上の金額を払っているのもあるのではないか。
 たとえば、エレベーターの保守点検費用が年間240万円である。月1回半日足らずで20万円は、どう考えても高い(わかりやすいので、これは指摘した)。われわれの監査費用(コーヒー1杯400円?)の500倍である。

 いまのところ、これぐらいしか思いつかないが、叩けばいくらでも埃が出るような気がする。もっとも、玉突き人事や放漫経営は天下り団体すべてに言えるし、ここにはあまり「悪党」らしき人がいないので、叩きがいのある組織ではない。


 それに、こんなことは些事である。ほんとに大事なのは、「国際交流」である。中国や韓国のプロパガンダに負けないだけの交流が、できているかどうか。それができなければ、当協会の存在意義そのものが疑われてもしかたがない。
 とくに中国には、三戦(世論戦、心理戦、法律戦)で、完全に押されっぱなしである。

大飯原発差し止め判決(5月22日)

 政府は、こんな判決に惑わされることなく、原発の運転と増設を進めるべきである

 昨日の大飯原発差し止め判決には驚愕し、しばらく怒りが治まらなかった。無知自分勝手な一般国民はともかく、知的レベルが高いと思われていた裁判官でさえ、この程度だったのである。そして、この程度の「たかが」裁判官が、日本の根幹を揺るがす、重大な判断をすることなど、あってはならない。

 いつも言うように、「専門家」は、自分の専門分野にこだわったあげく、ものごとの本質を捻じ曲げてしまう。とくに、裁判官はその傾向が強いとは思っていたが、まさかここまでとは・・・
 マスコミと国民だけでなく、裁判官まで乱心してしまった。

 とにかく、こんなおかしな裁判官の独断で、日本が潰れるのを黙ってみているわけにはいかない。

 幸い良識ある人々によって、判決の不合理さは指摘されている。また、菅房長官も、原発の再稼働を進めるという従来の政府方針について「全く変わりません」と述べている。
 政府は、こんな判決に惑わされることなく、原発の運転と増設を早急に進めなければならない。同時に、裁判制度の根本的な見直しも必要である。

いじめっ子は誰だ(5月21日)

 大臣の見解は、「美味しんぼ」のいじめっ子ぶりを見かねただけ。本当は、武田邦彦氏自身が、最悪のいじめっ子なのだ

 武田邦彦氏(中部大学)の、原発・放射線関連の発言がおかしい。氏は、以前から環境問題などで一家言あり、尊敬する学者のひとりであった。最近もブログで、小保方論文について、正論を述べている。
 それが、こと原発や放射線の話になると、途端に支離滅裂になる。なぜこのことになると、わけのわからないことを言い出すのか。

 たとえば、美味しんぼ作者に対する、環境大臣や福島県知事、大阪市長などの「言論弾圧」を、バッシング、いじめだと言う。

≪あるマンガに福島の被曝地帯で鼻血が多かったという内容があり、これに対して、こともあろうに大臣が「不快だ」と言い、地元が「差別」と言って、漫画の作者を非難した。まさに現代の社会「悪者が良い人をバッシングする」という典型例である。≫

 この見かたはあまりに一方的である。そもそも「美味しんぼ」こそが、福島県民をいじめているのではないか。公式見解は、そのいじめっ子の、あまりの悪質ぶりを見かねただけである。
 鼻血が出たかどうかは別に、武田氏は異なる人の意見は聞こうともしない。

≪もし、隠さなければならないほど原発や被曝が怖いなら、原発の再開などありうるはずもない。「風評」の専門家は「風評が起きるのはデータ不足から」と言っているが、風評を作り出しているのは、政府、環境省、自治体、そしてマスコミであり、国民は情報が提供されれば正しく冷静に判断するだろう。≫

 これも言いがかりである。データなら、いくらでも出している。いくらデータを出しても、信用しようとしないだけである。

 そもそも、武田邦彦氏自身が最悪の「いじめっ子」だ、ということに、はやく気がついてほしい。現に3.11では、氏のブログに影響され、家庭崩壊に至った例もあるという。氏の他の意見は支持できても、これだけは容認できない。
 ・・自分の間違いを認めようとしない人は、どうしようもないのだが(5段階評価)。

(追)
 ところで、今日の「朝日新聞デジタル」は、

≪東京電力が2011年3月14日、福島第一原発3号機で高濃度の放射性物質を人為的に外気に放出するドライベントの準備を進めていたことが分かった。国はこの時、混乱を避けるため3号機の危機を報道機関に知らせない「情報統制」をしており、多数の住民が何も知らないまま大量被曝(ひばく)する恐れがあった。≫ 

 と、鬼の首でも取ったように大騒ぎしている。

 だが、あの危機的状況の中、ベントしなければ、もっと大変なことになるかもしれなかった。ベントの準備をしなければしないで、叩かれるのは目に見えている。
 いじめっ子の親玉は、朝日新聞だったのである。

農業を守る(5月20日)

 小田原評定を続けるのでなく、思い切って熱湯を浴びせたほうがいい

 5月8日のNEWSポストセブン配信記事に、『農業しないのに農地を手放さぬ「土地持ち非農家」の理由とは』と題して、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏の談をもとにした提言が掲載されていた。

 山下氏の話の内容は、
・日本では供給を調整する減反政策で高い米価が維持されているので、零細な兼業農家でも農業を続けられる
・コメ作については機械化が進み、労働時間(10アールあたり)は26時間。本職がサラリーマンで週末にしか田んぼに来なくても問題なくできる
・農地を宅地などに転用すると莫大な利益が転がり込むとの期待から、農業をしないのに農地を手放さない『土地持ち非農家』が多い。
・農地の固定資産税は低く、農業を継続すれば相続税や贈与税が免除される優遇措置まである。
・“農業をしない農家”を支えているのが農協という「戦後最大の圧力団体」である

そこから、
≪主業農家を戸数で凌駕する零細農家は農協とガッチリ結びついて構造改革に抵抗する。彼らは水田ならぬ「票田」となり、自民党政権の基盤を支える。見返りに自民党は減反や補助金という旨みを農協と零細農家に与え、予算獲得に執念を燃やす農水省にも力を貸す。 この「農政トライアングル」を壊すことは強い農業を育てる必須条件になる≫
 という。

 これに対する、読者のコメントである。多くは農業従事者からの反論であった。

≪汗水たらして働いている農家をバカにするな!!≫
 という、数多くの感情的な意見に交じって、つぎのようなコメントがあった。

≪「農業をしないのに農地を手放さない」わけではなく、「農地を手放したいのに買い手、借り手がいない」のです。小規模農家なので、米は作るより買った方が安く、荒らしておくと近所の農家から苦情がくるため、除草などの手入れだけはしなくてはならないのです。"作物は作らなくても手入れだけはし、税金だけを納めている" これが小規模農家の実態です!≫

 これが本当なら、これまで巷言われていたこととは全く違う。これまでは、意欲ある人が農業を拡大しようとしても、売ってくれない、貸してくれない、ということだったのではないか。

 もちろん、土地の耕作条件の違いによるものであろう。個別の条件の違いは考慮しなくてはならないが、考慮しすぎてもいけない。それに、農業従事者の反論は、単に既得権を守ろうとする(それはそれで貴重である)だけで、肝心の「どうすればいいのか」には、まったく触れていない。

 ここは、思い切って(TPPという)熱湯を浴びせたほうがいいのではないか。誰かわからないが、ほんものの「茹で蛙」が、びっくりして飛び上がるであろう。

山の遭難死(5月20日)

 むかし谷川岳で不完全燃焼した世代が、騒ぎを起こしているのかもしれない

 山岳遭難が多い。5月の大型連休中も、山の事故で18人もの死者が発生した。日本山岳協会でも、例年より遭難が多いという。中高年らの登山ブームによる入山者増が事故件数を押し上げた。

 厳冬期の山とは違って斜面には積雪は少ない。それだけに、氷の上で足を滑らせると、硬い岩を直撃する。5日には北アルプス涸沢岳で防衛大の山岳部員と顧問の職員が滑落死。富士山頂では4日に男性2人が滑落し、1人が死亡、1人が行方不明となった。40年前、私の先輩もこの時期、富士山で滑落遭難死した。

 ところで、世界で最も死亡者が多い山は、谷川岳である。少し古いが、2005年(平成17年)までに781名の死者が出ている。この数は、世界のワースト記録としてギネス認定されているという。(ちなみに、8000メートル峰14座でさえ、死者の合計は637名である。)

 そういえば、私が谷川岳に通っていた頃(昭和45年ころ)、シーズン中は毎週のように誰か遭難していた。アプローチに、墜落者の肉片とおぼしきものが散らばっていたこともある。標高は2000㍍そこそこでアプローチも短いだけに、週末になると、まる一列車分(上野発22:10分)が谷川岳登山者になっていた。ほとんどが夜行日帰りの強行軍である。
 何人かの山仲間を含め、毎年20~30人ぐらいは、亡くなっていた。若気の至りで、その「挑戦者」に憧れたこともある。
 ただ数字から言っても、その後はかなり改善されてきたのであろう。

 ということは、あのころの我々団塊の世代が、いま谷川岳以外の山で、あの不完全燃焼を補っているのかもしれない。

宝永運動会(5月18日)

 今年の江戸東チームの成績

 わが江戸東チームは、全8チーム中6位。
 昔は総合優勝を数回、常に2位から4位はキープし、他のブロックからは一目置かれた、「名門」チームであった。ところが昨年度は7位でそれまでの最下位であった。今年はかろうじて、すこし上げた。

 ところが、下には下がいる。みごとに全種目最下位のチームがある。このチームに負けるのは難しい。なぜか、ほとんどの競技で最下位になるからだ。今年も同じだ。この万年最下位のチームは、どのようにモチベーションを保つのか。その管理集団の手腕には感心する 。

 綱引き  ラムネ飲み競争  リレー

 他のチームはどうでもいいが、もともとわがブロックチームは、選手層からみて、好成績は望めない。なにしろ人口700人ほどの地区に、小学生が10人(これでも2~3人増えた)。これは宝永8地区のうち、一番少ない(多いところは、小学生50人以上)。小学生が少ないということは、主力選手となる親の世代も少ない。その状態が続いている。

 数少ない子供も、かろうじて高校生ぐらいまでは残る。だが成人、結婚すると町内外での生活を始める。ついに今年、20代の男子選手は一人もいなかった。
 最下位になるのは、時間の問題であろう。
 

著作権70年(5月17日)

 著作権は、富める者をますます富ませ、貧乏人をとことん絞る。著作権などないほうがいい

≪環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加している日米など12か国が、音楽や小説の著作権の保護期間を70年に統一することで合意する見通しになった。5月13日 読売新聞 YAFOOニュースより≫

 TPPで最も危惧していたことが起こってしまった。巷では、小麦や牛肉の関税云々が叫ばれている。しかし、じつは著作権を中心に知的財産権の取り決めこそが、最も影響が大きい。農業を含めた、ものづくりの根幹を縛りつけるものだからである。

 現在、著作権の保護期間は、日本で50年、アメリカは70年である。アメリカは、ミッキーマウスの著作権が切れそうになると、つぎつぎと保護期間を延長してきた歴史がある。力で既得権益を守ろうとしている。
 これとISD条項が加わると、恐ろしいことになる。訴訟が頻発しても、弁護士の数では太刀打ちができない。

 著作権に限らず、「知財」は、富める者をますます富ませ、貧乏人をとことん絞る。そもそも、著作権などないほうがいいのではないか。

運動会の選手(5月16日)

 われわれのような高齢者を走らせる「ぽっくり競争」など、洒落にもならない

 先日の福井新聞に、20年後には若い女性が半減するという記事が載っていた。
 じつはこんなことはとっくにわかっていた。50年前から若い女性など、毎年10%は減少している。

 いま地域(宝永地区)運動会の、選手集めを行っている。ウルトラ限界集落のわが町内は、還暦をとっくに過ぎた私でさえ、有力な選手候補である。
 ただ肝心の、リレー競技に参加できる20代~30代の選手がいない。信じられないだろうが、300世帯もあるのに、数えるほどしかいない(結局今年は20代が一人もいなかった)。昔、候補者が多すぎて、選別するのが大変なこともあったが、いまは頭数の確保ができないで苦しんでいる。

 輪投げ競技のような高齢者向きの競技は、いくらでも選手が集まる。むしろ、選手が多すぎて困る。昨年度は、あぶれた人から苦情が来て、役員は往生したという。
 
 たしかに、運動会の競技内容は、時代に合わせ、多少変化してきている。当地区では、20人リレーが16人になったり、長距離リレーが廃止された。だが、ほんの一部である。60年前から、全体の1~2割しか変わっていない。前例踏襲の典型で、急激な高齢化にまったく追いついていない。

 町内間のアンバランスもある。
 児童数が50人の町内と、10人にも満たない町内では、若者数は5倍も違うはずだ。若者のいない町内は、若者競技の参加者を確保するために、こっそり不正(多重参加、町内外住民参加)するしかない。
                          入場行進(子供1人に保護者6人)

 そこで提案である。これまで各町内に全種目参加を強制していたのを、選択制にする。そうすれば、年代構成が大きく異なる町内間の、公平性を上げることができる。

 たとえば、
 ①全部で10種目のうち、若者向けの競技と65歳以上の競技を、3種目づつつくる。
 ②各町内は、そのうち2種目づつ4種目のうち2種目を選択する。
 ③ブロック対抗での『総合優勝』をなくす。(オリンピックのように、競技別を重視)

 そうでなければ、無理やり我々のような高齢者を走らせ、ぽっくり逝かせることになる。ぽっくり競争など、洒落にもならない。

アベノミクス効果(5月15日)

 アベノミクスはだめだと言う人は、何をしてもだめなのではないか

≪東京証券取引所に上場する企業の平成26年3月期決算発表が9日、ピークを迎えた。東証1部上場企業(金融を除く)の業績は安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」による円安株高などを追い風に、最終利益は前期の2・1倍に膨らんだ。  5月10日産経新聞≫

 このヤフーニュース記事に対しての、読者コメントの応酬が面白かった。

 まず
≪アベノミクスとやらはバブルである。そもそも景気回復とは何か。ちょっと物が売れたり忙しくなったりして、利益が上がることか。首相が途上国並みの強権を発動して中央銀行の中立性を侵し、トップの首をすげ替えて、無理やり期間限定の円安に誘導することか。
 日本経済の過去・現在・未来を展望できないと騙される。日本は景気が悪いのではない。韓国や中国と違って、経済成長を終えた成熟社会なのである。ヨーロッパと同じ、落ち着いた社会なのだ。自動車やマンションがが売れているとかテレビが売れないとか、そんな基準で見ること自体が時代遅れなのだ。
 地味でも地域を活性化し少子高齢化に対応し、女性や高齢者やハンディのある人々の自己実現を助けていく中で、新しいビジネスを育てていかなくてはならない。安倍首相は分かりやすい過去の再現で、国民を眩惑し、政権を維持しようとしている。たった二週間で終わるオリンピック、数字だけの景気浮揚、そして軍拡。日本人の民度が問われている。≫

 これに対し、
≪批判だけならマスゴミでもできる。「地域を活性化し~中略~新しいビジネスを育てていかなくてはならない」なんていう文言は中学生でも言えるぞ。お花畑フレーズを並べる前に具体的提案をしてみろよ。最後には”軍拡”なんていう言葉を出すあたり、民青あたりの残党か?特アの工作員か?
数字すら改善できなかった売国民主党の崇拝者か?≫

 下品な物言いではあるが、いいところを突いている。

 たしかに、「地味でも地域を活性化し少子高齢化に対応し、女性や高齢者やハンディのある人々の自己実現を助けていく中で、新しいビジネスを育てていかなくてはならない。」というのは、どこかの地域振興報告書の挨拶文そのままである。こんなことは当たり前すぎることで、そのために何をするかが問われている。

 軍拡やオリンピックもその手段のひとつである。景気浮揚はないよりあったほうがいいのは誰でもわかる。景気浮揚を批判する神経がわからない。
 それに、儲かっている人はじっと黙っている。他のやっかみがいやらしいし、このまま何も変わらないほうがいいからだ。アベノミクスはだめだと言う人は、何をしてもだめなのではないか。

未知の不安と勇気(5月14日)

 ほんとに勇気のある人は、未知の不安に恐れを抱きながら、逃げずに取り組む

 3.11大震災の津波では、民生委員57人、消防団員が200人も亡くなった。ところが福島第一周辺で、放射能で直接亡くなった方は一人もいない。
 なぜ、このような差が生まれたのか。
 
 あの時沿岸地域では、最大3㍍とか6㍍の津波が来ると警報を発していた。ただ、津波はこれまで何度も当地を襲っており、恐ろしいが「なじみ」ある相手だった。なんとかなるという、ある意味軽い気持ちで、津波リスクのある場所に留まっていたのではないか。そこに、10㍍以上もの津波が来てしまった。

 ところが、原子力発電所の重大事故などと言うのは、世界的にもあまり経験がない。チェルノブイリ事故は知っていても、今回の事故はそれ以上かもしれない。それでなくとも、放射能の恐ろしさは刷り込まれている。
 そのため、3.11事故の起こった原発の周辺で作業する人は、相当覚悟を決めていたと思う。

 現時点では、放射能など過度に恐れることはないとわかってきた。だがそれは後知恵である。当時の状況としては、まさに命がけの思いだったに違いない。できるだけの準備をして、おっかなびっくりで、作業に取り組んだ。
 30キロ圏内の老人ホームへ、避難する人を迎えに行くのでさえ、心の準備をしていったという。

 この違いである。
 心配してきちんと準備と覚悟をして取り組めば、大きな被害は免れる。高所恐怖症の人が、高い所から落ちて死ぬ可能性は非常に少ないのと同じである。人間の持っている本能である。

 何事も、恐れを持って準備した上で取り組めば、人命に害を及ぼすことは少ない。
 ほんとに勇気ある人は、未知の不安に恐れを抱きながら、最善の準備で逃げず取り組む人である。結果的に、そういう人ほど生き残る。

 逃げることは、世界の中で日本が消滅することを意味する。

本格的越前焼(5月13日)

 現代の越前焼を超えようとする「黒越前」の輝き

 「栄山窯」という、越前焼き陶芸品の製造、販売を行っている窯元がある。昭和60年に陶芸を開始し、平成13年には、永平寺町に窯場を設置した。現在は、年に2回窯焼きを実施、製品を地域内外の販売所や展示場で、顧客に直接販売している。
 現在、代表者とその妻、長男の3名で、作陶~窯焼~販売を行っている。

 わが国の陶磁器事業者の出荷額は、ピーク時である平成3年の1770億円から、平成17年には570億円と縮小。現時点では、年間500億円を下回っている。その分を輸入がカバーしているが、消費者の購買金額は低下しており、市場全体の縮小傾向は否めない。
 これは、輸入品価格に引きずられての単価の下落、及び消費者の手元で商品が飽和しているからだと思われる。また、流通面においても、これまでの、「メーカー→産地問屋→消費地問屋→小売店→消費者」という形態が崩れている。
 ただ百貨店では、高級品へのシフトを強めている。厳しい経済環境の中でも、消費者にとって価値の高いものであれば、高額であっても受け入れられているからである。

 まさに当事業所の製品は、その付加価値の高い陶磁器を好む消費者を対象としている。すなわち、当事業所の顧客は、陶芸品に関してのリテラシーを有する愛好家で、次項3.で述べるような、当社の製品の特長について、本物の見極めができる人である。全国で数万人~10万人程度であろうか。

                P1380005.jpg

【製品の特長】
 越前焼は850年の歴史をもち、瀬戸焼、信楽焼などとあわせ「日本六古窯」のひとつにあげられている。焼成されるときに薪の灰が器に流れ出し、溶け込む自然釉(ゆう)の風合いで知られる。
 とくに写真のような青い輝き模様(青筋)は、現在、当事業所以外では作り出すことができないという。釉薬(ゆうやく・うわぐすり)を使わず、土本来の成分から出たこれらの色合いや風合い、艶、自然釉の流れの優美な模様は、本窯独特のものである。これを「黒越前」と命名した。
 この「青い輝き」模様は、重要文化財に匹敵すると言われ大英博物館に展示されたことのある「越前双耳壺(室町時代作)」とほぼ同じである。これまで、現代の陶芸作家にはできないとされていた。

【つくり方の特徴】
 焼き物・陶芸が他の造形芸術と異なる点は、灼熱の炎とその炎圧を利用して制作を行うという点である。当事業所では、自然窯での薪による加熱で、釉薬(ゆうやく)を使わず土に含まれている成分を抽出させ、前述のような独特の風合いと色合いを表出する。自然窯の複雑な焼成条件が醸し出す、絶妙な古の色触である。
 陶器に造詣ある人にとって、きわめて希少な価値である。
 
 そのため当事業所は、「還元焼成」(下(注)参照)での窯入れを行っている。ただこの方法では、微妙な酸素供給量の調節が必要で、さらに一酸化炭素が発生してしまう。したがって、自然窯での高温加熱条件維持作業は、きわめて高度の熟練と身体の危険が伴う。現時点で、この製法を用いる窯元はきわめて少ない(代表者がこれまで情報収集した範囲では皆無だそうだ)。

 代表者の長男(34)が数年前から、当事業で製作作業を行っている。今後5年をめどに、当事業所の製作ノウハウを伝承し、スムースな事業継承を行いたい。それには企業として、安定経営できる体制の確立が必要である。

 (注)還元焼成:酸素が足りない状態、いわば窒息状態で燃焼が進行する焼き方。
    酸化焼成:燃料が完全燃焼するだけの十分な酸素がある状態での焼き方。

「国の借金」1024兆円(5月12日)

 多くの国民にも、財政赤字という役人のプロパガンダが、お見通しになってきた

 先日のヤフーニュースに、つぎのような記事があった。

≪財務省は9日、2013年度末の「国の借金」が前年度末より33兆円増えて1024兆9568億円となったと発表した。高齢化に伴う医療や年金といった社会保障費の伸びなどを背景に、借金は過去最大を更新。今年4月1日時点の人口推計(1億2714万人)で割ると、国民1人当たり約806万円を背負う計算となる。5月9日時事通信より≫

 これに対し、
≪そろそろこの国も 終わりかねぇ≫
≪だから、96兆円なんていうバラマキ予算組んでんじゃないよ!このままでは、早くて10年後、遅くとも20年後には、財政破綻するぞ。≫
≪無駄なODAの廃止と議員の人件費の削減でもしたら?≫

 予想されたように、このような「常識的」なコメントが、いくつか見られた。

 しかし、半数以上はつぎのような内容であった。

≪国の借金は国民の借金でなく政府の借金でしょ≫
≪だからさ、貸主が国民で、なんで借主も国民になるの≫
≪いい加減国民一人当たりとか、でたらめ言うのやめてほしい。「国」は「国民」に対して借金をしている。私達一人一人が借金しているわけではない≫
≪政府は国民にちゃんと金返せよ。国民の預金で国債買ってるんだから。≫
≪財務省はさらなる消費税引き上げのためにアピールしているだけ。では、国家が保有している資産はいくらなんだ?無駄に独立行政法人に流れている金額は一体どのくらい?≫
≪国民に対する国の借金です。国の借金は政治家を始めとする政策の失敗から来るもの≫
≪役人天国日本、公務員はアメリカの2倍以上の給料もらってる。なのに一人当たりGDPは米国の方が段違いに多い。役人栄えて国滅ぶ。≫
≪まず国民に誤解させるような書き方をしない。「国の」借金はそれだろうけど、国民は国に借金はしてませんよ。
 ・・中略・・
 財務省はいい加減にまともな数値をフェアに出しなさい。貸借対照表の右側だけ出して「こんなに大変なんだよ」という経理はありません。≫

 こういう冷静なコメントが半分以上出てくるということは、ようやく多くの国民に、財政赤字の欺瞞が見えてきたのではないか。
 これまで、このブログで繰り返し述べてきたように、国の財政赤字は何も怖くない怖いのは、国民が裕福になりすぎるか、人によっては投げやりになって、まともに働かなくなることだけである。

龍興寺跡ウォーク(5月11日)

 今日、「龍興寺跡ウォーク」に参加した。主催は、「くろゆりクラブ」という中高年の方の山の会である。(おそらく壮年は「やまゆりクラブ」、若い人は「ひめゆりクラブ」??)。

 龍興寺(竜興寺)(りゅうこうじ)は日本各地にある仏教寺院の名称である。室町時代には、福井にも曹洞宗の大きな寺院があった。「本郷の竜興寺」「八幡の竜興寺」として知られ、最盛期には七堂伽藍を誇っていた。
 永享初年に希明清良を開山とし、安居代官藤原清長によって創建されたと伝えられる。朝倉氏との関係は深いが、朝倉氏滅亡後の天正 2年6月18日に一向一揆に放火され灰燼と帰し廃寺となった。

 墓塔 H26.5.11撮影  越前焼壺(室町)H26.5.11撮影  龍興寺跡H26.5.11撮影  人口池(水ガメ)H26.5.11撮影

 福井市本郷地区の八幡集落から林道をすすみ、さらに谷川沿いに20分程度登ったところに、この寺跡がある。 案内板など無く、道は途中判然としない所もあるが、近づくと「石積み」の跡もあり、うっそうとした林のなかでもそれらしい雰囲気が漂い、墓石や墓塔が見えてくる。
 ため池、水田跡、割れた越前焼壺など、100人もの修行僧が生活するための痕跡も見られた。磨けば光る遺跡である。

 半分は林道が通っており、約5キロの日曜散歩であった。

バリ取り作業(5月10日)

 これまで見落とされがちであった、バリ取りのような周辺加工の負担を軽減することが、ものづくりの基盤を強固にする

 日本の製造業は、衰退の中で生き残りをかけている。とくに、中小零細企業は、多品種でしかも3Kと呼ばれる、利益が薄くて劣悪な環境で作業を行っている。
 
 たとえば板金工場では、金属板をレーザーなどの設備で切り抜き、曲げ加工、溶接を行い製品にする。それらの加工では、必ずバリやスラグが発生する。そのため、加工の合間には人力での「バリ取り」、あるいは「磨き」を行っており、その工数がバカにならない。また鋳造工場も、鋳造機で行う作業はほんの一部であり、工数のほとんどは、切断、バリ取り、磨き、洗浄、修正などの泥臭い手作業である。
 これらの作業は、日本の若者に毛嫌いされ、高齢者あるいは外国人が研修という名目で行っていることが多い。

 そのうちの「バリ取り」作業では、2~3キロもある回転工具を保持し、防塵マスクや安全メガネを付け完全武装で作業する。部品の組み合わせや外観に影響する複雑な作業で、工具に巻き込まれたり破片が飛んで、けがをすることもある。
 そのうえ、削り取った粉塵が舞い、作業環境を損なう。「良心的な」工場では、強力な吸塵機で粉塵を排出しているが、完全に除くことはできない。吸塵機は、冷暖房効果を削いでしまう。

 とくに問題なのは、このように大変な思いをして「バリ取り」を行ったとしても、お客はそれを付加価値と認めてくれないことである。もちろん、製品にバリがついたままだと、すぐにクレームとなる。すなわち「バリ取り」作業というのは、マイナスの価値をゼロにすることしかできないのである。

                             イモムシ

 金属加工業の宿命と言われていた、このバリ取り作業を合理化して、現場の改革を行おうとしている企業がある。福井の板金加工業者のN社である。この会社は、大手メーカーの設備用の板金加工を行っているが、前述のようなバリ取り、磨き、修正など、工数のかかる作業に悩まされていた。

 そこで、最近開発された自動バリ取り装置に目を付けた。この機械は、加工された板金を、旋回・搖動するロータリーブラシにかけ、バリを取り除こうとするものである。もちろん吸塵効果も優れている。新潟の板金加工業者が開発した設備であり、基本的な性能は備えている。 
 ただ平面部に傷を付けずに、材質も形状も発生箇所も異なるバリだけを除去するものであるから、使用方法は簡単ではない。独自の工夫を重ねながら、ノウハウを積み重ねていくしかない。
 
 この事業が成功すれば、これまで大きな負担であった「バリ取り」作業工数を大幅に削減することができ、合わせ3Kと言われた職場の作業環境が劇的に改善される。会社のコアな部分に資源を集中させることができ、大幅に生産性が向上する。そうなれば、日本の若者も製造業に注目する。

 すなわち、日本のものづくり技術の向上は、3Dや精密加工など、核心部を向上させるだけでは不十分である。これまであたり前と思って見落とされがちであった、周辺加工の負担を軽減することも、同じくらい重要である。とくにバリ取りは、ほとんどの加工に発生する。

 中小の工場が、この泥臭くて付加価値が低いとみなされてきた作業から解放されれば、複雑多彩な造形や精密加工など、付加価値が高いとされる技術が向上する。日本のものづくりの、ほんとの良さを活かせるようになるはずである。

遠足バスの手配ミス(5月9日)

 重要なのは、ミスを全体でカバーする風土を、組織が持っていることである

 遠足バスの手配を忘れた旅行会社員が、遠足を中止させようとニセの手紙を学校に送っていた事件があった。
 JTBの男性社員が、高校の遠足のための大型バス手配ミスをごまかすため、遠足が中止になるように、生徒が自殺を示唆する手紙を学校に届けた。「遠足に行くのが死ぬほどつらい。消えたい。中止してほしい」と書いた手紙を、学校の玄関のところに落ちていたとして、学校に届けたという。ところが学校は、遠足を決行することにしたため、社員の行動がばれてしまった。
 観光庁が営業停止処分の検討するなど、騒ぎが大きくなり、社員は解雇された。

 この場合、細工がうまくいって遠足が中止になっても、いずれこの社員の手配ミスはばれる。ミスをウソで隠そうとしても泥沼である。この事件で、そのことを改めて思い知らされた。

 この社員の心情はよくわかる。自分一人の思い違いで、何百人に影響するなど、あってはならない。
 それに、仕事でミスをしてしまうことは、誰にでもある。それを隠そうと、ウソをついてしまった覚えも皆あるはずだ。それで済む場合も確かにあるが、ほとんどの場合よからぬことになる
 では、このようなミスをしたとき、どのようにすればいいのだろうか。

 前日に、「バスの手配を忘れた」と気づいたとき、どうすればよかったのか。
 ひとりで抱え込んでしまったのが、大きなまちがいであった。会社の上司や同僚、場合によってはライバル会社にでも、「絶体絶命のピンチ」ということを知らせ、力を貸してもらう必要があった。ぼろくそに怒られはしても、なんとかなるものである(当然、個別の採算は度外視である)。原理的には、日本中探せば、余っているバスや乗務員はたくさんいる。針の筵ではあろうが、高校への連絡も必要であった。

 それができなかったのは、もちろん個人の資質である。だが、それで終わらせてはいけない。このような人はいくらでもいる。

 では根本的には、何をすればいいのか。
 組織の改革である。重要なのは、ミスを全体でカバーする風土が、その組織にあったかどうかである。組織に、常日頃から失敗を受け入れる風土があれば、このようなことはなかったであろう。
 良い組織はつぎのような合言葉を持っている。 「悪い情報ほど、とにかく早く」

 もともと、失敗を評価し、許容する姿勢がないと組織は伸びることができない。誰もが恐ろしくて、失敗しないような仕事しかしないからである。そうすると、その企業・組織からは新しいものが生まれない。

 このようなミスやトラブルは、誰にでもあるということを前提に、仕組みや風土を改善していく必要がある。そしてこれは、われわれ国民全体にもあてはまることなのである。

 関連記事
 http://abegorou.blog.fc2.com/blog-entry-155.html

鼻血の美味しんぼ(5月8日)

 こんな不安をネタにした商売が、許されるはずがない。影響力の大きさから、オウム真理教より悪質である

 週刊ビックコミックスピリッツに連載されている「美味しんぼ」が、物議を醸している。福島の放射線によって鼻血が出たかのような描写を強調しているからである。
 漫画では、あたかも福島で健康被害が続発しているかのような印象を持つ。これでは風評被害の拡大は、必至である。そのため、多くの読者から抗議の声が上がっている。地元福島県双葉町も7日、発行元の小学館に抗議文を送付した

 これに対し「美味しんぼ」原作者の雁屋哲氏は、ブログで次のように述べている。

≪私は鼻血について書く時に、当然ある程度の反発は折り込み済みだったが、ここまで騒ぎになるとは思わなかった。
で、ここで、私は批判している人たちに反論するべきなのだが、「美味しんぼ」福島篇は、まだ、その23,その24と続く。
その23、特にその24ではもっとはっきりとしたことを言っているので、鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない。
今まで私に好意的だった人も、背を向けるかも知れない。
私は自分が福島を2年かけて取材をして、しっかりとすくい取った真実をありのままに書くことがどうして批判されなければならないのか分からない。
真実には目をつぶり、誰かさんたちに都合の良い嘘を書けというのだろうか。
  ―中略―
本格的な反論は、その24が、発行されてからにする。≫

 前にも書いたが、危険を煽る人たちは、それだけで金儲けができる。不安をネタにした商売ほど儲かるものはないからだ。この場合も、結論を「その23」、「その24」、に先送りし、読者の購買行動を促している。
 このような不安を煽る商売が、許されるはずがない。何もなくとも、これだけで健康被害が発生する。しかも取材の相手が、胡散臭くて首になった元町長だというから、あきれる。

 これは、その影響力の大きさから、統一教会かオウム真理教並みの悪行である。この漫画を擁護している人々やブログも、同じ穴のムジナである。

さみしい老後(5月7日)

 死ぬ間際まで楽しかったら、人生に未練が残ってしょうがない

 「さみしい、さみしい」・・高齢になって、「お迎え」だけを待つ身になると、飛び出す言葉である。誰からも、何も期待されず、相手にもされない。家族から話しかけられることもない。周りを見ると、自分がいなくなればいいと思う人だけになる。
人生相談でよくある話だ。

 もう、これはしょうがない。むしろいいことである。死ぬ間際まで楽しかったら、人生に未練が残ってしょうがない。さみしいほうが、思い残しがなくなり、安心して死ねる。
 
 私も、あと10年でそうなるのだろう。ならなければ、若い人の出番がないということであり、それはそれでまずい。

 もっとも今は、さみしい思いをする暇がない。次々とこの老体に、無理難題を持ってくる人々がいる。他人から、あてにされていると思えばいいのだが、何事も過ぎるとおかしくなる。つい、癇癪を起して、ストライキをする。
 自分の意に反して、人生に未練が残ってしまう。これが悔しい。

核武装の現実(5月6日)

 日本が、永久に核を持たないという選択肢など、あるはずがない

 ウクライナ紛争が、拡大している。
 ウクライナは、ソ連が崩壊したときは、核保有国であった。しかしその後、核不拡散条約(NPT)に加盟、核を放棄する方針を決定し、核弾頭は96年までに、廃棄されるか、もしくはロシアへ移管された。大陸弾道弾のサイロも、使用不可能な状態にされた。

 ウクライナが核兵器を放棄したのと引き換えに、アメリカ、イギリス、ロシアは、「ウクライナの独立と領土、既存の国境線を尊重し、領土保全や政治的独立を損ねるような、脅し、軍事力の行使、経済的強制策について自制する」と、明確に約束した。ブダペスト覚書である。

 ところが今年3月、ロシアはクリミア半島を編入し、国境線の変更を行った。それに対し、今のところ米・英は、軍事力を行使していない。ロシアによるクリミア編入は、ブダペスト覚書に反していると批判されているにかかわらず、「世界」はロシアによる国境線変更を止めることができなかったのである。

 ここで、ウクライナが核兵器を放棄せず、核保有国のままだったならば、どうか。歴史に「もし」があれば、これほど短期間でウクライナがクリミア半島を「奪われる」ことにはならなかったのではないか。
 結局ウクライナは、核兵器を放棄した単なる弱小国になってしまった。

 イラクと北朝鮮を見ればわかる。核を持たない国は攻め込まれ、核を持つ国は、最貧国でも存続する。


 領土問題だけではない。
 昭和初期、大阪経済人である小林一三氏は、随筆で次のようなことを書いたことがある。
「ロンドン、ニューヨークに商売の手を広げて毎度痛感することだが、黄色人種のわれわれに対し、白人がとにもかくにも商売上の約束を守って代金を支払ってくれるのは、ひとえにわが日本に『陸奥』や『長門』をはじめとする、侮ることのできない巨大戦艦があるからである。」
 日本に力がなければ、相手はどんないちゃもんでも、つけてくる。これが世界の現実である。

 たとえばいま、アメリカでは日本企業に対し巨大訴訟が続いている。最近、武田薬品工業とその関連会社に対し、総額1兆円近い損害賠償の評決が下った。
 また1996年に米国三菱自動車製造が米の雇用機会均等委員会 から提訴され、1999年には東芝のパソコンがテキサス州連邦裁判所で損害賠償を起こされた事件など、いずれも最終的には和解で、多額のカネをふんだくられた。無実でも訴訟で勝てる見込みはないので、泣く泣く和解に応じ、巨額のカネを払ったという。

 中国・韓国は言うに及ばずである。
 最近も中国は、戦時中の強制連行をめぐり、日本企業を相手取った訴訟に関連して、浙江省に停泊中の商船三井の船舶を差し押さえるという暴挙に出た。今後も日本企業が敗訴した場合、資産を差し押さえられる可能性もある。

 核を持たないということが、世界の中でどんな意味を持つのか考えてみたい。日本が、永久に核を持たないという選択肢など、あるはずがない。

おしんめさん(5月5日)

 氏子のわれわれでさえ、祭りの雰囲気が盛り上がらないこと夥しい

 1昨日から今日まで3日間、「おしんめさん」と呼ぶ神明神社の例大祭である。毎年ゴールデンウイークの最中に行われ、福井三大祭りのひとつとして、昔は大変な賑わいであった。

 かって、神社の境内には、数百メートルもテキヤの屋台が並び、怪しげな見世物小屋が何軒も軒を連ねていた。親の因果に報われた、「大蛇を飲み込む蛇女」とか、「足が8本あるタコ娘」、「水中で生活する人魚姫」などである。子供心に半裸の女性ばかりなのが不思議だったが、見物人はみなインチキを承知で、小屋に入ったものだ。

 子供神輿はもちろん、500㎏の神輿担ぎも本格的だった。担ぎ手50人ほどが、交代で肩を痛めながら、3日間連続して、市内を練り歩いた。1日の移動距離は10キロ以上で、春の日差しと重労働で、脱落する若者が相次いだ。ところが・・

    神輿担ぎの現況H26.5.04撮影     おしんめさん神輿H26.5.04撮影

 いつの間にか、これらの規模は極端に小さくなった。屋台は数えるほどに減り、大半の子供神輿は廃止、大人神輿も車輪で引っ張るだけになってしまった。三大祭りどころか、氏子の我々でさえ、祭りの雰囲気が盛り上がらないこと夥しい。

 高齢者が祭りを引っ張るようになり、気力がなくなってしまったからであろう。もちろん、勝山左義長や三国祭の足元にも及ばない。

東京の高齢化(5月4日)

 一番いいのは、何もしないことである

 増田元総務大臣は、TBS「時事放談」で、「高齢化が一番深刻なのは東京で、75歳以上は30年たつと2倍近くに。20代30代は40%少なくなって、そのときにどういう姿になるのか。介護施設はこれ以上作れないが担い手すらいなくなる」と述べた。

 その増える高齢者というのは、まさにわれわれ団塊の世代のことである。では、どんな対策を取ればいいのだろうか。

①外国人労働者を大量に受け入れて、介護をさせる
②施設にすし詰めにする
③家族に押し付ける
④地方に飛ばす
⑤早く死ぬことを奨励
⑥なにもしない

 ストレートには受け入れられないであろうが、⑤が最も合理的である。なにも、直接毒を盛ろうと言うのではない。原発再稼働を止め、高齢者に高率の医療費負担を要求するだけでいい。大気汚染で、高齢者はばたばたと死ぬ。

 ただ合理性だけでは、世の中は通らない。一番いいのは、⑥何もしないことである(⑤→①と番号が若くなるほど、愚策)。たいてい、心配していることは起こらない

歴史論争と「普遍的価値」(5月3日)

 国民の声に逆らってまで、日本政府は韓国に謝罪している。これ以上何をせよというのか
 
 先日のオバマ大統領来日の大きな目的は、日、米、韓が連携して中国の覇権戦略に向かうことを確認することであった。そこでこの3国は、「自由、平等、人権」の普遍的価値を有する同盟国である、と言われた。 

 しかし、微妙な位置にある韓国は、これまでも「サンドイッチ外交」を続けてきた。どっちつかずの、二股膏薬外交である。いまは、中国の不気味な軍事力拡大路線を前に、韓国が中国にすり寄っている。韓国は、例の「慰安婦問題」で、日本に絶対譲ろうとしない。首脳会談さえできない。

 日本のほうは、河野談話にはじまり、歴代政府が何度も謝り、基金まで作って補償している。それでも「謝罪」を一切認めない。次々と、無理難題を押し付けてくる。
 彼らの言い分はこうだ。
 「いくら政府が公式見解として謝っても、他の政治家や国民が異なったことを言うから、信用できない。」そうだ。

 確かに「慰安婦問題」については、当初からねつ造の匂いがぷんぷんしており、私を含め多くの日本国民が疑問の声を上げていた。ことは日本の「名誉」に係る。大多数の良識ある国民は、ほんとのことを知りたいと思っている。真の解決を望んでいる。
 これをうやむやにしておくから、つぎつぎとエスカレートする。2~3年前からは、日章旗にいちゃもんをつけだした。先月起こった韓国船沈没事故でさえ、10年後には「老朽船を売り付けられたからだ」といって、日本が責任を押し付けられる可能性は大きい。多くの日本人はそのように思っている。

 この日本国民の声に逆らってまで、日本政府は韓国に謝罪をしている。これ以上何をせよというのであろうか。韓国は我が国に対し、言論統制を要求しているのか。そんなことが日本で受け入れられる、と思うのが不思議である。

 考えるまでもなく韓国は、「自由、平等、人権」の価値観を、まったく持っていない。韓国では、日本を擁護する人を「袋叩き」にしたり、場合によっては殺してしまう。恐ろしい国である。
 普遍的価値の共有などは、まったくの幻想であった。

  
 もっとも、日本でもかって「広島への原爆投下はしょうがない」と言って、罷免された防衛大臣がいた。韓国ほどではないが、あまり人の国のことは言えない。

経済拡大と環境保全(5月2日)

 企業はインフレに備え、高くていいものをつくる戦略に切り替えたい

 デフレ対策が行われている。インフレ目標を掲げるなど、これまでとは、かなり踏み込んでいる。インフレ期待の消費需要が伸び、景気が回復、自殺者が激減する。多少は効果が出ているのではないか。

 ところで、消費が拡大すると、大量の資源を浪費し、廃棄物が増大すると思われている。いわゆる《大量消費、大量廃棄》が増幅される。市場に出回るお金が増えるから、使われる資源や廃棄物もその分増大するのではないかというわけである。

 事実は、全く逆である。
 市場に出回るお金が増えたからと言って、資源や廃棄物が増えることはない。これまでデフレ経済下で起こってきたことを、思い出してほしい。低価格の居酒屋、焼肉屋、ファミリーレストラン、100円ショップが大盛況である。テレビやパソコンなどの家電も価格がどんどん安くなり、使い捨てに近い。住宅もそうである。品確法で食い止められてはいるが、低価格で寿命の短い住宅が建てられている。
 安いものは長持ちしないし、粗末にしか扱われない。これらのほとんどは、中国など賃金の安い国からの輸入品だ。そのため国内雇用も縮小している。

 今後インフレによって、消費者が高くていいものを買うようになってきたらどうか。安くてすぐに廃棄するものより、高付加価値で長持ちするものを求める。高級レストランや200年住宅の購入が増大し、高付加価値の雑貨や家電が復活する。

 これらの高付加価値品は、海外資源より、国内の人的資源をたくさん使う。国内雇用も増大する。200年住宅では、国産材を多用し、30年に1回大幅なリフォームをすることによって、町並みも改善する。心も豊かになり、人類の未来に向けての建設的な想像力も増す。
 
 インフレに備え、高くていいものをつくる戦略に切り替えたい。

バナナ事件と日本鬼子(5月1日)

 加害者や被害者意識ばかりの世界では、息苦しくてしょうがない

 サッカー『バナナ事件』つまり、敵地サポーターから「お前は猿だ」という意味のバナナを投げつけられ、それを拾って食べたバルセロナのダニエウ・アウベスを支持する声が広がっている。日本ではあまりなじみがないが、バナナを投げ与えるということは、相手を人間以下とみなすことになるのだと言う。

 この人種差別に対応したダニエウ・アウベスに賛同し、スター選手たちは次々とバナナを手にした写真を発信している。インテル・ミラノも流れに乗り、長友やサネッティが並んでバナナをかじった写真をクラブ公式インスタグラムに掲載した。
...................... ....バナナ4本

 差別と言えば、中国人から日本人差別へのお返しも面白い。
 中国の反日デモなどで叫ばれる「日本鬼子」という日本人への罵倒に対し、「日本 鬼子 (ひのもとおにこ)」という萌えキャラを作って、中国人を萌えさせよう、という動きがある。イラストだけでなく、鬼子人形も作られている。中国人旅行者のお土産にもなっているという?
 あまり報道されないが、これこそ気が利いている。最初に考えた人、拡散した人は、素晴らしい感性の持ち主である。

 差別を意味する言葉や動作は、どこにでもある。ありすぎてわからないほどである。日本人もバナナを投げ与えられるほうであるし、日本の中でも、長らく部落差別や在日差別が、それぞれ独特の地方の言葉で語られてきた。
 これらについても、独創的なユーモアで返しができないものか。いたずらに、加・被害者意識ばかりの世界では、息苦しくてしょうがない。