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鳴門観光(4月30日)

 鳴門海峡を通って鳴門に一泊。大塚美術館の鑑賞と、渦潮の見物である

 大塚美術館は、大塚グループが創立75周年記念事業として設立した日本 最大級の常設展示スペースを有する「陶板名画美術館」である。世界25ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画まで至宝の西洋名画1,000余点を大塚 オーミ陶業株式会社の特殊技術によって、オリジナル作品と同じ大きさに複製している。
 オリジナル作品は退色劣化を免れないが、陶板名画は約2,000年以上にわたって、そのままの色と姿で残る。また、原画と同じ大きさというのが特徴であり、その迫力には圧倒される。陶板とはいえ、これだけのものをこれだけの規模で作成するのは、相当の財力が必要である。

 ただ、「本物ではない」という認識、間近で観たときの陶板独特の「のっぺり感」、そして1000点もの美術品を短時間で観るという倦怠感、は否めなかった。

 大塚美術館H26.4.28撮影 最後の審判H26.4.28撮影   渦潮に向かうH26.4.29撮影 渦潮に向かう小舟H26.4.29撮影

 幅1300㍍の鳴門海峡は、1日2回潮汐によって、瀬戸内海と太平洋に向け、海水が移動する。瀬戸内海と太平洋の水位差は最高で1.5mにも及ぶ。海峡の幅が狭いことに加え、海底の複雑な地形も影響し、潮流は13~15km/hの速度で流れる。この潮流速度は日本で一番速く、「世界三大潮流」にも数えられる。この早い潮流と、海峡両岸に近い穏やかな流れの境目において、渦が発生する。

 これを、鳴門大橋の上から眺めた。ただ、観察場所までの4~500㍍は、吹きさらしである。あいにくの雨風に祟られ、他の観光客とともに、ずぶぬれになった。

 渦潮現場では、観光船が傾きながら、なんども渦の中に出たり入ったりしている。乗船客に対するサービスといっても、横倒しにならないか心配になる。韓国で、大きな沈没事故があったばかりである。沈没までいかなくても、揺れて人が落ちただけで、渦にのみ込まれてしまうのではないか。
 もっとも、多少スリルがなければ、面白くはない。
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ものづくり補助金採択(4月29日)

 不採択企業は、なぜ不採択になったのかを、申請先に納得いくまで問いあわせたほうがいい

 昨日、補助金採択企業が発表された。県内企業は36社で、採択率は30%位だと推測される。

 ただ関連情報を総合すると、どうも審査のレベルそのものが、異常に低いのでないかと思われるふしがある。採択する審査員自身が審査基準を理解していないのではないか。
 もっともレベルの高い人は、忙しくてこんな面倒な審査を引き受けない。そもそも、人間の手で完ぺきな審査は難しい。

 そこで不採択企業(認定支援機関)は、なぜ不採択になったのかを、申請先に納得いくまで問いあわせたほうがいい。

 幸いに、ほとんどの補助金審査には、審査員のコメント記入欄がある。そこには、各審査員が5~6行づつ記入し、要求された企業に報告することになっている。

 その内容を確認すれば、審査員の程度がわかるはずだ。次回からは、そのレベルに合わせた申請書を作成すれば、すこしは採択確率が向上するかもしれない。

貴重な「反日」左翼人(4月28日)

 日本語で反論が返ってくる左翼系の人がいるからこそ、日本の保守論壇が成長する

 いま、中国や韓国が追及している「南京大虐殺」や「慰安婦」は、すべて日本人が火をつけ、煽ぎまくったものである。メディアでは、朝日新聞や毎日新聞、その系列のテレビ局の人間である。また「知識人」と呼ばれている人にも多い。在日では、辛淑玉氏、金慶珠氏、姜尚中氏などで、とくに女性の評論家のほうが辛辣である。

 「純粋」な日本人もいる。大塚久雄氏、大江健三郎氏、孫崎享氏など。俗なところでは、香山リカ氏、田嶋陽子氏などである。彼らは、どういうわけか、「進歩的」知識人といわれる。 共産党や社民党なども、日本を苛めることには熱心である。

 そのなかで田嶋陽子氏は、よくTVの討論番組に出ていた。喚かせておいたほうがバラエティとして面白いからだ。保守の意見に対し、ヒステリックにわめくか、都合良い資料を取り上げ「これにはこう書いてある」とか「外国は素晴らしいでしょ」とか、「男はけしからん」と決め付ける。支離滅裂なだけに、叩かれ役としてもってこいである。
 これだけのことのできる人材は、そうはいない。最近見かけないので、寂しい。 
 田嶋氏は特別であるが、真面目に中国・韓国の代弁をし、「反日」の理屈を解説する人もいる。

 じつは、いまの日本では、彼らの存在意義はきわめて大きい。
 このような、保守系の言論に反対する人が日本にいないと、張合いがなくなる。国内が「愛国者」ばかりでは、中国や韓国と同じになってしまう。日本語で反論が返ってくる左翼系の人がいるからこそ、保守論壇が成長する。

石楠花(4月27日)

 富士写ヶ嶽のシンボル

 久しぶりに、富士写ヶ嶽を登った。自宅7;15分発~自家用車~登山口8:10分。我谷コースから頂上着10;10分。ちょうど2時間の登り。メタボの身には、さすがにきつい。
 標高600あたりから、満開の石楠花(写真)が登山道を飾っていた。これまでで最高の花観である。ただ、あと数日で枯れ始めると思う。この花の盛りは、桜より短いかもしれない。

 シャクナゲの道H26.4.27撮影  シャクナゲ富士写が岳H26.4.27日撮影  シャクナゲの道を歩くH26.4.27日撮影

 好天と石楠花の時期のため、登山者は100人以上入っていた。
 頂上では、大谷コースからの登山者と合流。大谷コースの登山者も、満開の石楠花に感激していた。もっとも、両方見た人がいないので、どっちがいいかわからない。
 大谷コースを降りたいが、下山口から駐車場まで5キロほど歩かなければならないので断念。

外国人労働者受入批判(4月26日)

 日本には、まだまだ働ける人がたくさんいるし、現場技能者の待遇改善の絶好のチャンスである

 15日に総務省の人口推計(2013 年10月1日)が発表された。総人口は1億2729万8千人で、前年比21万7千人(0.17%)減少。3年連続減少で、今後も加速する。
 生産年齢人口(15~64歳)は7901万人で、32年ぶりに8千万人を下回った。2050年の生産年齢人口割合見通しは、アメリカ60%、中国61%、インド67.6%に比べ、日本は、51.5%と世界最低である。出生率は1.4程度で今後も大幅な改善が見込めず、このままでは働き手が急速に減っていく。

 そのため、外国人労働者を増やす案が力を増している。建設業や家事支援や介護などでの外国人労働者受け入れを積極的に検討している。
 確かに、シンガポールでは、外国人労働者を受けいれ、大きく経済成長した。本国の5~10倍稼げるため希望者は絶えない。欧米諸国でも、移民受け入れによって、経済成長がなされたことがある。

 ただシンガポールは、外国人労働者に一切甘い顔をしない。IDカードには指紋を表示。家族の呼び寄せは、許可しない。社会保障はなく、もちろん生活保護はない。若い女性には半年毎に妊娠検査を義務付け、妊娠していれば国外退去。シンガポール人との結婚を禁止。・・・・

 こんなことが日本でできるはずがない。
 では、オランダやスウェーデンなど、欧米ではどうなっているか。人種・民族間の差別のない社会、多文化共生社会など、きれい事を並べて、大勢の移民を受け入れてきた。その結果、国の根幹が揺らいでいる。都市のスラム化、強姦・放火など犯罪増加、生活保護費負担、逆差別の深刻化などである。さらに、人種でのマイノリティがマジョリティになりつつある。生まれる子供の数が、圧倒的に違うからだ。

 シンガポールでさえ、昨年12月外国人暴動が起こった。また、国民の不満に押される形で、外国人雇用規制の強化に舵を切っている。

 そこで舛添知事は、「60歳以上の家事代行ができる日本の女性はたくさんいる。この方たちの力を借りることがオールジャパンで良くなる道だ」、「外国人が低賃金で入ってきた時に、日本人労働者まで低賃金に引っぱられる問題にどう答えるのか」と指摘している。

 こればかりは、舛添知事の見解に賛同する。日本には、まだまだ働ける人がたくさんいるし、現場技能者の待遇改善の絶好のチャンスである。 
 いざとなれば、死ぬまで頑張る「じじいの決死隊」が、大量に控えているのだ。

大麻とコンプライアンス(4月25日)

 「コンプライアンス」にも、おかしな「コンプライアンス」がある

 昨日、ある組織の「歓送迎会」で、したたか飲んだ。こういう場には必ず出席する、悲しい性である。おかげで、あと10年持たせようと思っていた寿命が、また半年ばかり縮んでしまった。

 ところで、アルコールが入ると、言わなくていいことまでしゃべってしまう。よく朝、酔いがさめるに従って、順次思い出し、ひどく後悔する。いつも、その繰り返しである。

 良いこともある。
 頭の中に眠っていた記憶が、アルコールによって掘り起こされる。その記憶と記憶がうまく結びついて、素晴らしい発明・発見がなされる

 残念なことに、翌日になるとすっかり忘れる。話を聞いた相手も、飲んでいるから覚えていない。なぜか、いやなことは思いだし、良いことは忘れる。
 飲み過ぎなければいいのだが、ほどほどというのは難しい。
  
 では、大麻ならどうか。これなら飲み過ぎることもないし、記憶がなくなることもない。もちろん、健康にもいい。最近誰か、「コンプライアンス」と言っていたような気がするが、なぜ「酒」なら良くて、「大麻」はいけないのか。
 
 「コンプライアンス」にも、おかしな「コンプライアンス」がある。

. ...... ....... .......................頭脳明晰

経営戦略と申請書(4月24日)

 会社の経営戦略を立ててもらい、しかもお金までもらえる方法がある

 すぐれた経営戦略は、企業の目標や、競争手段、優位性をはっきり示している。つまり優れた戦略を持つ会社は、次の質問にきっちり答えられる。

 ①当社は、どのような製品やサービスを提供しているのか。データで把握しているか
 ②それは、誰に提供しているのか。その顧客は何を求めているのか
 ③当社の製品やサービスは、他社と何が異なり、どこが優れているのか
 ④それをもとに会社をどうしたいのか、そのための人材など資源はなにか
 ⑤その資源を補強・維持するために、今何をすればいいのか

 企業はこの戦略を明らかにし、これを確実に実施することによって、持続経営が可能になる。戦略のない会社は、嵐の闇のなかを、行く先決めずにレーダーなしで進んでいる船と同じである。

 ところが、多くの企業、とくに小規模企業は、あまりこんなことを考えない。毎日のこまごました問題の処置にかまけ、いつの間にか会社の方向を見失っている。
 そこで企業は、自らの組織が何を目指そうとしているのかを、あらためて考えてみる必要がある。
 では、どうすればいいのか。戦略と言っても、何やら難しそうだ。

 じつは、会社の経営戦略を立ててもらって、しかもお金までもらえる方法がある。これは、昔から存在している。
 そんな「詐欺」みたいな方法があるのだろうか。世の中に「うまい話はない」のではなかったのか。

 詐欺ではない。
 それは、各種公的支援の申請書を、自らの言葉で、きっちり書くことである。
 申請書を書けというと、ジンマシンを起こす人がいる。お役所向けの書類で、七面倒くさいチマチマした数字や言葉を書かなければならないからである。
 たしかにその傾向は多分にあるが、最近の申請書はかなり、簡素化されてきた。

 たとえば、今募集(5月27日〆切)を行っている「小規模事業者持続化補助金」である。これは、小規模事業者が、商工会議所や商工会と一緒に、販路開拓に取り組む計画について、最大50万円(雇用を伴う場合は100万円)を補助しようとするものである。

 この申請書には、次のような「経営計画」の項目を記述する欄がある。

(1)会社概要(様式2)
(2)顧客ニーズと市場の動向(様式2)
(3)自社や自社の提供する商品・サービスの強み(様式2)
(4)経営方針・目標と今後のプラン(様式2)
(5)補助を受ける事業の内容とその効果(様式3)

 この(1)~(5)が、まさに冒頭で述べた①~⑤の経営戦略そのままである。すなわち、会社は、この申請書の(様式2)、(様式3)を、きっちり自分の言葉で記述することによって、自分の会社の戦略を明確にすることができる。しかも戦略を補強するため、50万円もらえるのである。
 こんな絶好の機会を逃す手はない。

 もちろん、日ごろ文書を書くのが苦手な企業者はたくさんいる。そんな方は、商工会指導員の卓越した文書作成能力をお借りしたらいい。
 その場合でも、主体はあくまでも企業である。すべて指導員に任せたのでは意味がない。名文でなくていい。日ごろの会社についての思いを、できるだけ素直に書き綴って、見せてあげて欲しい。優秀な指導員なら、それをきちんとした申請書にまとめてくれる。或いは手引きしてくれる。
 そうすれば、あらためて自社の経営戦略が明らかになり、会社の進むべき道を見通せるようになるはずである。

半日健康診断(4月23日)

 理想的なのは、75歳になった時、体内のあらゆるところが同時に悪くなって、死ぬことである

 午前に、半日ドッグ検診を受け、今帰ってきた。もういい年だから、健康診断でもないだろうと思ったが、まだ少しは命に未練がある。
 とはいえ、検査というのはあまり気持ちの良いものではない。とくに胃カメラである。昨年も書いたが、誰の大腸を検査したのかわからないのを、口から無理やり突っ込まれるのは、厭なものである。それに、今年のは一段と太いように感じた。
 
 最後の問診で、検査数値を教えてくれた。
 もう、典型的な「メタボ」である。高血圧、高脂血、腹回りの3拍子そろっている。血圧と脂肪はごまかしようがないが、腹回りは抑え気味に測っても、88センチもあった(前回は84センチ)。ここまで行くと観念せざるを得ない。血圧も160、100を超えてしまった。
 その他、尿酸値、肝機能、胃の荒れ、皮膚の荒れを指摘された。昨年より確実に「前進」している。とくにこの血圧では、いつ逝ってもおかしくないと言われた。

 もっともこの時期は、年末年始の20~30回にもおよぶ、連続宴会の影響であることは疑いない。普段より多めの飲酒と飲食が、老体を苛めている。むかしなら、春から夏にかけて回復したのが、いまでは悪化したまま、もとに戻ることがない。悪いことには、年末年始以外にも飲む機会が増えた。

 では、どうしたらいいのか。問診した医師に聞いても、あたり前のことしか言わない。酒を飲み過ぎない、最低2日は休肝日をとり、適度な運動をする。
 こんなことならいつもやっている。いい年をして「3日酔い」になるまで飲むことはないし、年に2日ぐらいの休肝日なら、なんとかなる(ひどい二日酔いの翌日は飲まないことがある)。「運動」も、毎日何かしら行う。これ以上何をすればいいのであろうか。

 それでも、あと10年持てばいい。理想的なのは、10年たった時に、体内のあらゆる臓器が同じくらい悪くなって、死ぬことである。その理想に、近づいている。
 最悪なのは、ズルズルと生き続けること。その次悪いのは、10年たたないうちに、一部だけの欠陥で死ぬことである。

民主主義の弊害(4月22日)

 必要な施策が進まないのは、民主主義の弊害である。すべての人にコンセンサスを取ろうとしたら、絶対できない

 19日に、沖縄県の与那国島で、陸上自衛隊の沿岸監視部隊配備に伴う造成工事の起工式があり、小野寺五典防衛相が出席した。ところが、配備に反対する住民らの抗議で、小野寺氏の会場入りが阻まれてしまった。
 中国の脅威が迫っている中、最低限の抑止さえ阻もうとする人がいる。こういう無責任な人たちの意見も聞かなければならないから、何事も進まない。

 東北復興が進まないのも同じである。復興の遅れを批判する人は多いが、当初の計画で進めていたら、とっくに復興はなされていたはずだ。なにしろ、すでに何兆円ものお金をつぎ込んでいる。しかし、実際に計画を進めようとすると、必ず邪魔がはいる。万人が平等によくなるような案など、あるはずがないからである。

 沖縄基地の移転、原発再稼働、憲法改正・・・挙げていけばきりがない。

 これらは、「民主主義」の弊害のひとつである。「自由と民主主義」を拡大解釈してしまう。今のままなら、日本がなくなるまで「小田原評定」を続けていかなければならない。

 憎まれ役のリーダーが必要な所以である。

中指(4月21日)

 まだまだ世の中には、知らないことがたくさんある
 
 「しばき隊」のポーズで、中指を立てているのが強調されている。「しばき隊」は、ヘイトスピーチで有名な「在特会」の対抗勢力である。この中指の意味を、私は「なかよくしようぜ」だとばかり思っていた。「しばき隊」のプラカードにそう書いてあるし、中指の「なか」からの推測である。

 そのため私も、機会があれば中指ポーズをとろうと思っていた。今度日本で行われるオリンピックでは、言葉の通じない外国人に対し、みながこのポーズをとることを奨励しようと思っていたくらいである。

 ところが、まったく違う。最近何かの本で読んで、びっくりした。
 手の甲を相手に向け、中指を立てるのは「Fuck you」(くたばれ、犯すぞ)の意味になるのである。中指は陰茎、人差し指と薬指は陰嚢を象徴する。卑猥で強烈な侮辱の仕草である。サインを出した後、突き上げるようにすると、さらに意味が強くなるそうな。
 そういえば、あの凶暴な「しばき隊」が、ポーズとはいえ、仲よくしようと言うのはどうもおかしいとは思っていた。

 欧米人や意味を知っている人に対しては、許されがたい喧嘩を挑む行為である。欧米では冗談で行っても、場合によって生命と身体の保障が出来ないという。この行為によって、追放になったり、謝罪に追いこまれたスポーツ選手や有名人が、たくさんいるそうだ。

 この年になるまで、こんなことも知らなかったというのは恐ろしい。まだまだ世の中には、知らないことがたくさんある。上品な世界しか知らないというのは、考えものである。違う世界のことも、もっと知りたい。

 ↓自分も知らなかった、という人は「拍手」をクリックしてください。

いよいよ大麻解禁(4月20日)

................................................................................................................ 娼婦
  老い先短い老人に、最後の楽しみを与えて欲しい

 趣味で吸う娯楽用大麻の販売が、コロラド州で1月に解禁された。全米で初めてである。6月にはワシントン州が続く。アメリカ大統領も容認した。しかも、過去の使用歴を披露している。他州でもその動きがある。
 大麻どころか、売春でさえ解禁の方向に進んでいる。すでにオランダでは、いずれも法律で認められている。そもそも、タダなら良くて、お金を払うと「買春」になるのは、大きな矛盾である。

 高齢化が進む日本こそ、真っ先に解禁すべきではないか。先の短い老人に、最後の楽しみを与えて欲しい。

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NHK受信料凍結(4月19日)

 受信料を楯にとって、個人をやめさせるのは卑怯である。あくまでも、具体的な放送内容を問題にすべき

≪就任会見での政治的中立性を疑われる発言などが問題になっているNHKの籾井(もみい)勝人会長について、市民団体「NHKを監視・激励する視聴者コミュニティ」は17日、籾井氏が4月中に自ら辞任しない場合、受信料を今後半年間支払わないよう視聴者に呼びかける運動を始める、と発表した。4月18日朝日新聞デジタル≫

 受信料不払いは、以前から保守系の視聴者を中心に起こっていた。私もしぶしぶ支払っていた。NHKの放送内容が、とても日本を代表するものとは、思えなかったからである。それが籾井会長の就任以来、気のせいか少しずつ改善しているようにみえる。

 とくに籾井会長の就任会見は、期待を持たせる内容で、NHKの放送内容が大きく改善するのではないかと思った。これなら、喜んで受信料を支払ってもいい。

 しかしその後、籾井会長は謝罪放送で、「個人的見解は、放送に反映させない」と述べた。これにはがっかりである。
 あの就任会見時の見解は、「個人的見解」ではまったくない。たとえ「個人的見解」であっても、普遍的な真理であり、放送に反映させるべきである。そのために(間接的ではあるが)国民が会長に選んだのではないか。

 それでも、会長を辞めさせるのは不適切である。見てくれや行動は品がないとしても、これまでの歴代会長のなかでは、一番まともである。彼以上に正しい発言をする人がいるとは、とても思えない。

 それに、受信料を楯にとって個人を辞めさせるというのは、卑怯である。まともな日本人がやることではない。総理大臣が嫌いだから税金を払わない、というよりひどい。個人の信条での就職差別にもあたる。反対するなら、あくまで具体的な放送内容を問題にすべきである。

 今回の受信料凍結運動は、何を求めているのかよくわからない。異常な行動である。

著作権を恐れない(4月18日)

 グーグルにしろユーチューブにしろ、「虎穴」に入り危険領域に挑んだから成功した

 「コピペ」と大いに関係するのが著作権である。著作権法と言うのは、例外規定が細かく定められており、非常にわかりにくい。

 もともと著作権と言うのは、複製を制限しようとするものであった。印刷技術や映写に高額な費用がかかっていた時代には、印刷屋の権利を保護しなければならない。勝手に複製されては困るし、昔は、簡単に複製ができなかった。
 それに、複製して海賊版ができると、本家の利益が少なくなるだけでなく、その地域の「芸」が育たないという側面もある。海賊版を安く買う人は、なにもその地域の人の「芸」を楽しむ必要はない。海賊版ばかりつくる中国では、芸術が育たない所以でもある。

 ところが近年のデジタル化の進展で、誰でもがあっという間に複製ができる。パソコンやスマホでは、できるというより意識しないで、複製してしまう。

 よく似た権利で「肖像権」というものもある。肖像権は「プライバシー権」と「パブリシティ権」というふたつの側面を持つ。「勝手に写真を撮らない、公開しない」というプライバシーを保護するものである。

 こんなものを厳密に適用すると、たいていの人は引っかかる。逆に言うと、誰でもが無条件に逮捕される時代になったということである。

 日本に成功したベンチャーが生まれないのも、こんなことを恐れているからではないか。実際に、ウィニーや複写代行サービスなどは、足もとをすくわれ、ひどい目にあった。

 先日も書いたが、STAP細胞研究に対し、「論文にコピペや貼り合わせ、ミスがあるからいけない」と言う批判があった。そんな官僚的なルールに縛られているから、日本の科学技術は足踏みをする。なかなか「虎穴」に入れないし、入ろうとしない。 
 グーグルにしろユーチューブにしろ、その危険領域に果敢に挑んだから成功したのである。

 複雑な法律やルールは、理解できないし守れない。ぜいぜい、「17条の憲法」か「5個条の御誓文」ぐらいにしておいてもらいたい。

(追)最近、武田邦彦氏は、STAP論文擁護の中で、「理系に関する著作権はない」と極論を述べている。「思想や感情を創作的に表現したもの」以外は著作物ではないという、著作権法を極大解釈したからである。私もここに書かれていることは、その通りだと思う。
 しかし、どこまでが「思想・信条」かどうかは微妙であるし、判例でもすべてが認められているわけではない。野心的でない人は、全面的に信用するとえらい目にあう。
 ものはほどほどである。

大気汚染と原発(4月17日)

 原発に反対する人は、己の「安心」のためだけに大多数の「安全」を犠牲にする、恐るべき利己主義者である

 「中国原発大国への道」(郭四志:岩波ブックレット刊)によると、中国では2020年までに原発を80基、2035年には230基まで増やす計画である。中国で大量につくられる原発のうち、半分は東海岸である。そこで大事故が起こった場合、日本への影響は多大である。風向きから、福島第一よりひどくなる。内陸部の場合は、中国の河川や湖が汚染される。目も当てられない。
 それでもその場合より、今起こっている現実のほうが、はるかに深刻である。

 中国発の大気汚染である。最近、世界保健機関(WHO)は、2012年に世界中で約700万人が大気汚染のために死亡したと発表した。毎年、この数字が上昇している。さらに、大気汚染は環境要因で最大の健康リスクだと警告している。
 木炭など家庭内の空気汚染で430万人、外気の汚染で370万人がそれぞれ死亡したと推定。中国を含む西太平洋が約280万人と最多で、ほとんどが中国である。日本でも毎年10万以上は亡くなっている。

 中国国内のCO2発生量は年間75億tと、世界の1/4にも及ぶ。CO2発生と大気汚染物質は密接に関連する。単純計算で、この75億tで、250万人の中国人が大気汚染のために亡くなっている。
 一方、100万kw級の原発1基で、500万tのCO2が削減される。少なく見積もっても、原発1基が毎年1500人の生命を救う。これまでの原発事故を合わせても、とてもこれだけの死者はいない。

 これでわかるように、原発に反対する者は、憎むべき利己主義である。なぜなら、己の「安心」のためだけに、大多数の「安全」を犠牲にしているからである。そのことだけは、自覚していただきたい。

 関連記事
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科学と真理(4月16日)

 「悟り」は言葉や文書で表せるものではないし、科学は「真理」のほんの一部である

 「仕事」はいくつもの、段階、階層、ステージなどと呼ばれるものの集まりである。最初の発明・発見が、市場に商品として出るまでには、無数のステップがある。いわゆるMOTでも、「研究」→「開発」→「事業化」→「産業化」のステージがある。それぞれのステージについても、いくつもの階層がある。

 細分化された「仕事」はまた、①発想(仮説)、②形にする、③文書化、の3段階で成り立つ。科学技術における、「研究」ステージでも同じである。小さい仕事なら、①②③を同時に行うこともある。

 ①発想というのは、新しいアイデアを生み出すことである。たくましい想像力が必要である。
 ②形にするのは、発想したアイデアを実現するプロセスである。職人技と根気、そしてここでもアイデアの積み重ねが求められる。
 ③文書化は、アイデアやそれをもとにした製品を特許にしたり、標準書や論文にまとめることである。きめ細かい事務能力、言語やデザイン能力が求められる。

 異論はあろうが、この中で最も難しいのは、②の「形にする」ことである。もちろん、大もとになる発想・アイデアがなければ、つぎに進めない。しかし、「発想」だけならいくらでもできる。日本人には創造力がない、と言われるが、とんでもない。日本中(いや世界中)には、妄想たくましい人がごまんといて、つぎつぎと面白い発想を出す。
 水または空気からエネルギーを取り出す。舌を付けるだけですべての病気がわかる。放射性廃棄物の実用化・・・・。 ここまで行かなくとも、企業の開発会議では、いくつものアイデアが出てくる。

 ところが、いざ誰がやるのかとなると、顔を見合わせる。アイデアを実行し形にすることが、いかに難しいか、わかっているからである。日本が高度成長できたのも、苦労してアイデアを実現したからである。難しくて、他国がやれなかったことだ。

 最後に、形にできたものを特許にしたり、論文にするのは、また別の能力である。几帳面な事務処理能力が必要である。もちろん、文書や言葉で説明できなければ、どんな偉大な発明であっても世に出ない。佐村河内氏の楽譜も、ここにあたる。利権が集中するところでもある。

 STAP研究での小保方氏の役割は、②であったろう。発想は他にあったかもしれないが、具体的に形にできたのは、彼女の職人技と根気、アイデアの積み重ねである。さらに、それを支えた組織とお金、人である。STAP細胞で小保方氏を批判している人は、単に③文書化の段階が、いい加減だと言っているに過ぎない。科学者と呼ばれる人に多い。
 もちろん理由はある。きちんと文書化、マニュアル化しないと誰も証明できないし、インチキ商法が蔓延る。
 ということは、とくに科学者にとって、この③文書化のところが「科学技術」の神髄なのであろう。

 しかし科学とは、こんな薄っぺらいものだったのかとあらためて思う。つまり科学は「真理」のほんの一部でしかないのである。


 「不立文字」という言葉がある。「悟りは言葉で表せるものではないから、言葉や文字にとらわれてはいけない。」という意味である。科学も、発想(仮説)とその実践、すなわち「悟り」で成り立っているのではないか。
 「真理」の探究は、なにも科学である必要はない。

厭な上司②(4月15日)

 部下のほうが年上のとき、ますます上司の苛めは陰惨になる

 組織の人事異動が一段落した。とくに役所や団体などは、大幅に代わった。栄転なのか左遷なのかよくわからないから、「おめでとう」とも言いにくい。

 ところでどんな組織にも、厭な上司はいる。
 そんな上司に、なぜ部下が何人もつくのであろうか。中小企業は別として、大企業や役所などあまり人は辞めない。これらの組織は人数も多いので、従順な人を選んで部下にできる。小言の度に大喧嘩する人は、地域に飛ばされる。他部署の危険人物は、側近にしなければいい。かくて、不満を胸に秘めるイエスマンばかり、近くで仕える。

 部下からすると、いやな上司でも、いつまでも仕えるわけではない。近いうち、人事異動で離れる。それまでの辛抱だ。イエスマンぶりが気に入られ、飛ばされそうにないときでも、上司は自分より定年が先である。そのあとは、自分が管理職として君臨できる。同じことを部下に繰り返し、うっぷんを晴らす。
         厭なヤドカリ
 逆に、部下のほうが年上のときは悲惨である。自分のほうが先に辞めなければならないが、それまでは生活のためにしがみつく。ますます上司の苛めは陰惨になる。気の毒としか言いようがない。
 今年度は、誰が犠牲になるのだろうか(幸い年功序列の組織では、このようなケースは少ない)。

延命治療(4月14日)

 少なくとも私は、延命治療など断固拒否する

 日本の医療費は、年間40兆円になろうとしている。GDPの8%以上、じつに国家予算の半分近くである。その70%が60歳以上の高齢者医療、そして全体の20%が、末期患者に使われる。いわゆる延命治療もそこに入る。

 延命治療とは、「治癒・回復の可能性はないが、進行を遅らせ心身の機能を維持させ、寿命を何年・何十年の単位で延長させる治療のこと」である。
 この延命治療に至る段階では、意識は朦朧としており、心身の機能は大部分削がれている。したがって、その場で患者本人の意思は確認できない。そのため、家族の意思を確認することになる。

 その場合、なかなか「治療をやめてください」とは言いにくい。しかも、それまで何年も患者に付き添って介護した人より、間際に遠方から駆け付けた肉親ほど、延命治療を求める傾向が強いという。気持ちはわかるが、あまりにも身勝手である。延命することで、付き添ってきた人の介護負担が継続するだけでなく、他に助けるべき人の命が確実に失われる。
 もちろん、患者がまだ30~40代以下で、少しでも回復の望みがある場合は別である。

 また高額の医療費がかかるということは、医者が儲かるということでもある。「良心的」な医者でないかぎり、延命治療を断らない。さらに、いったん延命に入ったら、止めることは難しい。

 その結果、患者は棺桶に片足突っ込んだまま、胃ろうや人工心肺、高カロリーの点滴などを延々と続ける。こんなことがいいと思う人は、きわめて少ないだろう。 
 
 そこで、難しいが法律で、60歳以上の延命治療を全面的に禁止したらどうか。禁止しなくとも、全額自己負担でいい。年齢を重ねるということは、罪を重ねることだからである。

 少なくとも私は、延命治療などは、断固拒否する。なにかの事情(相続問題など)で延命治療に入った場合でも、その事情が済んだら必ず切って欲しい。このブログが、宣誓の証拠である。

固定資産税(4月13日)

 老い先短い高齢者は、有効活用などまったく頭にない。出すものはゴミでも嫌う

 我が家に、固定資産税納付通知が来た。土地家屋合わせて、22万円にもなる。毎年収入が減っていく身には痛い。

 とくに、空き地(38坪)の負担が大きい。評価額約850万円(課税標準額600万円)で、税額10.4万円である。過去をさかのぼれば、すでに土地代ぐらいの税金は払ってある。空き地だから売却すると半分税金である。したがって、金銭価値は、評価額の半分しかない。実質2.5%の税率となる。
 何のことはない、塩漬けのお金400万円ほどを、10.4万円の金利を払って持っているのと同じである。手放したいのだが、私の持ち物ではない(なぜか税金だけは私が払う)。

 空き地の固定資産税が高いのは、有効活用を促進しているからである。ところが、空き地の持ち主は、老い先短い高齢者が多い。有効活用などまったく頭にない。出すものはゴミでも嫌う。他所にやっていいのは、排泄物と雪だけである。
 したがって、玉石混合あらゆるものが年寄りにまとわりつき、収拾がつかなくなる。こういう人たちが消えない限り、日本経済は復活しない。

 農地を持っている人は恵まれている。あの空き地は、畑にもできない。

トヨタ車リコール(4月12日)

 トヨタでは定期的にリコールを出して、社内を引き締めているのかもしれない

 先日トヨタ自動車は、乗用車のヴィッツなど13車種約108万5,000台のリコールを国土交通省に届けた。輸出や海外生産分を含めた対象車は27車種約639万台にもなる。運転席などに不具合があったという。

 これを受けて、私のヴィッツにもリコール案内が届いた。
 内容は、「運転席前後のスライド機構で、頻繁に前後位置調整を行うと、固定用スプリングが破損する」ということである。スプリングが破損すると、座席が固定できなくなる。また、破損した部品が挟まり、座席の位置調整ができなくなる。
 ヴィッツ以外の車種にも、ワイパーの不具合、始動モーターが過剰に回転するなどの欠陥があるという。けが人はいないが、これまで2件の火災が発生したそうだ。

 世界一の生産台数の会社だけあって、リコールの数も半端ではない。修理費用が1台あたり1万円としても、639億円となる(トヨタにとっては大したことないが)。これらが原因で、639件の事故が発生し、一人1億円の賠償を求められるのと同じである。アメリカなら、その何倍も吹っかけられる。

 しかし普通に考えたら、この程度の「欠陥」など、欠陥のうちに入らない。運転席が多少ずれても、事故が起きるとは考えにくい。それ以上の不具合はいくらでもある。フロントに雪が積もって、前方が見えなくなるほうがよほど危険である。
 したがって、このリコールがほんとに必要なものだとは思えない。

 もしかしたら、定期的にリコールを出して、社内を引き締めているのかもしれない。工場でもわざとラインを止めて、改善の機会を見つけるトヨタのことだから、あり得る。

STAP細胞疑惑(4月11日)

 画期的な発明・発見ほど、はじめは胡散臭いし、同時代科学者の嫉妬で葬られる

 理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの小保方晴子ユニットリーダーは9日、STAP細胞の論文問題で、大阪市内のホテルで記者会見した。いま日本中の注目の人である。

 あの会見でわかったのは、何はともあれ、本人はSTAP細胞を信じているのだということである。もしかすると、信じるあまり、人には見えないものが見えてしまったのかもしれない(反原発の地質学者が、活断層でないものを活断層とみてしまったのと同じ)。
 未熟だというなら、その通りだろう。本人も認めている。 
 しかしそれは、単に事務処理能力のことにすぎない。他の科学者がもっと優秀だとは、とても思えないのだが。

 いまのところ、STAP細胞があるのかないのかは、誰にもわからない。STAP細胞が「秘伝のたれ」だとしたら、いくら言葉や図表・写真などを駆使しても、論文、ノート、レシピでは、つくりかたを表現できないからだ。職人芸の「暗黙知」というのは、その人個人の感覚だけにある。たけしの芸は、ほかの誰にもできない。
 こんなものを「形式知」にしようとすると、とてつもなく時間がかかる。また、必ず盗用される(発明の最初の段階での特許など、いくらでも抜け穴がある。まして、製法特許である)からあいまいになる。だから、胡散臭いと言われる。

 そもそも、画期的な発明・発見ほど、はじめは胡散臭い。
 コペルニクスの地動説が認められたのは、彼の死後80年過ぎてからである。遺伝学誕生のきっかけとなった「メンデルの法則」も、その発表以来数十年も埋もれており、日の目を見たのはメンデルが死んでからである。しかも彼は、データをごまかしていたともいわれる。また、「質量不変の法則」を発見したフランスの偉大な化学者アントワーヌ・ラヴォアジエは、ギロチンで殺された。
 原子炉メーカーの三菱重工業は、セシウムやストロンチウムを無害化する技術を確立したらしい。現時点で、STAP細胞より画期的であるが、これも疑念の目で見られている。

 画期的な発明・発見が葬られるのは、たいてい科学者どうしの嫉妬からである。今回の場合も、自分より格下の人が成果をあげると、面白くはない。このことは、小保方氏に対する「知識人」たちのコメントを聞いても、微妙に感じられた。コピペ、写真転用(まったく本質的なことではない)にしても、よほどあら探ししないと見つからない。また、これが不正だというなら、すべての報道や論文は成り立たない(程度問題ではあるが)。
 しかも今回の発見は、ばく大な利権に係る。

 もうひとつ。
 STAP細胞がねつ造だったとしたら、いずればれる。佐村河内氏の場合とは全く違う。誰が考えてもすぐばれるものをねつ造するのは、普通の考えができない人、つまり知的障害者である。このような人を、マスコミ、世間が一体となってバッシングしていいのだろうか。小保方氏が天才なら、もっとである。
 そして、学者からの批判で「論文に、コピペやミスがあるからいけない」というのは、その世界だけの論理に過ぎない(ムラの掟という人もいる)。そんなことで世間が大騒ぎするのはおかしいし、そんな官僚的なルールに縛られているから、いつも日本から宝が流出するのである。
 つまり今回の場合、①STAP細胞は本物、②ねつ造=知的障害者、③ミスか不正カン違いでSTAP細胞もない、の3つのうちのどれかである。いずれにしても、国民的バッシングの根拠は、まったくない。

 したがって、小保方氏が「クロ」=②か③、と確定するまでは、「推定無罪」で研究を続けてもらったほうがよいのではないか。そうしないと日本では、ほんとに優れた発明・発見が、すべて潰されてしまう。

 ........................................................... 
 もっとも私自身は、この世にSTAP細胞のような延命道具は、いらないと思う。死にたくても、死ぬことができないような世界ほど、恐ろしいものはないからである。

春の文殊山(4月10日)

 1昨日は、愛宕坂花見会に参加できなかった。そこで昨日、文殊山の花見としゃれ込んだ。正月の「姫はじめ」以来の文殊山である。これまで無数の人が通ったであろう胎内も新鮮で、中からの眺め(写真3)も官能的であった。

 ちょうどカタクリが終わって、桜が咲き始める間の時期である。あと1週間で文殊山の桜も満開になる。姥桜もいいが、つぼみ桜もおつなものである。

  文殊山 桜のトンネル H26.4.9撮影  文殊山 頂上直下カタクリ群生 H26.4.9  文殊山 胎内からの眺め H26.4.9
       桜のトンネル              カタクリ群生地             胎内からの外界

 天気がいいので、山は元気な高齢者でいっぱいである。これだけ力の有り余った高齢者を遊ばせておくのは、まことに惜しい。じじいの部隊が、現実味を帯びてきた。

PSA検査(4月9日)

 医療検査の多くは、かえって健康に悪い

 昨日、前立腺異常をはかる定期PSA検査を受けた。5~6年前の健康診断で、PSA3.26を出してから、4~5か月おきのPSA検査を勧められたからだ。4から6の間で推移していたのが、昨年末9.1まで上がった。今回10を超えていたら、再び恐怖の採取検査となる。

 幸い今回の測定値は、8.5だった。それでも高いが、採取検査は先延ばしとなる。
 前回の採取検査では、尻の穴に棍棒みたいなものを思い切り突っ込まれ、大腸や尿管が破れるのをお構いなしに、金属の引っ掻き棒を伸ばし、12か所の前立腺片を採取された。局部麻酔はしていても、痛くて気持ち悪いことこの上ない。検査後1か月以上、「前から後ろから」出血した。
 それも治療ではなく、ただの検査である。前立腺異常が治るわけではない。前立腺は、ますます悪化しているような気がする。

 それに、検査のためだけに数か月に1回、半日を棒に振る。PSA検査など、手前でもっと簡単にできないものか。
 以前、どこかで「PSA検査は無駄だ、しないほうがいい」ということを聞いた。そういえば毎回、検査数値を聞くときには、血圧が200ぐらいに跳ね上がる。いつ逝ってもいいのだが、いざとなると改めて覚悟がいる。
 医療検査の多くは、かえって健康に悪いのではなかろうか。

抗菌商品(4月8日)

 どんなものであろうと、人体に有害なものだけを選んで殺すことなどできるはずがない
 
 先日、トルマリンやマイナスイオンは「似非科学」商品だと書いた。じつは「抗菌商品」も、危うい。
 いま、「抗菌効果」を謳う多くの商品が発売されている。日用品、衣料品をはじめ、あらゆる商品に「抗菌」加工がなされている。0-157、サルモネラ菌など、食品汚染が叫ばれたことから、抗菌が消費者の強い意識になったからだ。確かに大なり小なり「抗菌」作用はあるから、まったくのインチキではない。
 しかし本当に、われわれにとって「抗菌」が好ましいのであろうか。

 われわれの腸内細菌は、その種類や数が多いほど病原菌に対する抵抗が強くなる。ガンにもアレルギーにもなりにくくなるという。少なくなると免疫力が低下して、病気になりやすい。
 昔アメリカかどこかで、娘を溺愛するあまり、生まれたときから無菌室で育てた人がいた。その子はひ弱で、10歳までに亡くなってしまったという。清潔指向を強めている日本では、40%の子供が、なんらかのアレルギー症状を示している。

 さらに、抗生物質の多用と同じで、抗菌商品が氾濫すると、細菌に耐性ができる。抗菌効果が持続することはないし、抗生物質が効かないことが起こる。
 また「抗菌商品」は皮膚への影響だけでなく、廃棄後の環境影響など、わからないことも多い。
 そもそもどんなものであろうと、人体に有害なものだけを選んで殺す、などという芸当ができるはずがない(花粉症の薬を鼻に塗ったら、かぶれてひどい目にあった)。

 安井至氏は、HP(市民のための環境学ガイド)で、≪抗菌そのものは、消費者が状況を正しく理解をするまでの一時的なニーズ、言い換えれば現時点では「超清潔ファッション」としてのニーズに過ぎない≫と述べている。

 販売者にとってはイメージ戦略がとれるとしても、消費者は過度な期待はしない方がいいということである。


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詭弁に対抗する(4月7日)

 ものごとは違った観点から見ないと、必ず間違う。その見方を養っておくことが大切である

 つぎの3つの事項が正しいかどうか、考えてほしい。

①死刑廃止論者
 殺人犯は、その犯行時に自分がこの犯罪で死刑になるかどうか、考えていない。よって、死刑制度は犯罪抑止にはならない。

②甲状腺がんの増加
 今回の甲状腺検査では、約23万9千人のうち、59人ががんの疑いと診断された。本来の甲状腺異常は30万人に一人であるから、これはフクシマの影響である。

③検挙率
 昔に比べ、犯罪件数が減り検挙率も向上した。これは警察の努力の成果である。

 これらは詭弁である。または考え方を間違えている。騙されてはいけない。

 ①の場合、殺人一歩手前で犯行を自制した(どれだけいるかわからない)他の大多数の殺人犯予備軍のことが、すっぽりと抜け落ちている。激昂したあげく、殺そうと花瓶を持ち上げ、すんでのところで抑えた経験は誰にでもあるのではないか。

 また②の場合、そもそも、これまで甲状腺の検査など受ける人は、ほとんどいなかった。きわめてまれに、甲状腺がおかしい人だけを調べた結果が、30万人に一人ということである。だから、比較しても意味がない
 
 ③も数字のごまかしである。犯罪件数が減ったのは、警察が犯罪と認めないものが増えたからである。件数が減れば、検挙率は高くなって当然である。重病の患者を断るヤブ医者ほど、治癒率が高いのと同じである。

 他人を騙そうとする人は、このような詭弁を使いやすい。したがって、ものごとは違った観点から見ないと、必ず間違ってしまう。その見方を養っておくことが大切である。(じつは後半の反論も、突っ込みどころはある。)

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アンチ巨人へ(4月6日)

 刷り込みとは恐ろしい。何気なく耳にした言葉に、延々と束縛される

 プロ野球シーズンが始まった。テレビをつけると、いたるところでプロ野球中継をやっている。世の中、そんなに野球好きが多いのか。忌々しいことに、今年は巨人が強い。5点差を逆転したとか、5試合で77安打とか、強さが目立つ。大方の予想では優勝間違いないらしい。
 アンチ巨人派として、面白くない。

 だが私も、40歳頃までは巨人ファンだった。幼児のころ、ラジオか何かで「長嶋」という声を何回か聞いた。単にそれだけである。そこから巨人ファンになった。
 まことに単純な刷り込みである。刷り込みとは、動物がある時期に、特定の物事がごく短時間で覚え込まれ、それが長時間持続する学習現象である。その刷り込みが、30年も続いたわけだ。

 なぜその呪縛から離れることができたのか。たぶん40代は仕事で忙しく、野球どころではなかったからだ。それに、何かを好きになるのは、苦しいものである。ハラハラドキドキ、気の休まるときがない。できるなら、無関心でいたかった。そう思いながら、めちゃくちゃ忙しい時期を過ぎ、ふと気がついてみると、巨人なんかどうでもよくなっていた。他の球団のほうが、メディアで目立つようになり、いつしか巨人軍の敗退を願うようになっていた。
 刷り込みの呪縛から逃れるのに、分別盛りの40代でさえ、10年もかかったのである。

 私のアンチ巨人はどうでもいいが、刷り込みとは恐ろしい。何気なく耳にした言葉に、延々と束縛される。とくに幼児期の刷り込みは、一生続く。
 人間も動物である。我々の想いや行動の大半は、理屈ではなく刷り込みであろう。

花の終わり(4月5日)

 今年の福井の桜満開日は、3日(木曜日)であった。ほんの1日、拝ませてもらっただけである。盛りが過ぎれば、あとは下るだけだ。しかも今年は、その日だけが晴れで、翌日からは冷たい雨風である。まともに桜を見る日がほとんどなかった。これで終わるのであろうか。

 来週(8~12日)に花見を予定していた人は、姥桜で我慢するしかない。腐りかけの肉は旨いが、桜の終わりは何とも汚らしい。

 もっとも、いつまでも咲いているよりは、さっさと散ったほうがいい。短い命だから貴重なのだ。もし、桜がだらだら1年中咲いていたら、これほど人々に愛されなかったであろう。  ・・もちろん人間も。

.....桜通りH26.4.5撮影.......福井城址天守台跡しだれ桜H26.4.5撮影

.....福井城址天守台跡しだれ桜H26.4.5撮影.......福井城址天守台跡花見ポイントH26.4.5撮影

 さて、今日午後は、まだ大丈夫だった。

 晴れてきたので、さくら通りと福井城址天守台跡をぐるり回って、散り初めの桜を見学。まだ姥桜にはなっていない。なんといっても、さくらの色は、人をわくわくさせる。

調査捕鯨中止判決(4月4日)

 日本は「調査」などという姑息な手段でなく、堂々と商業捕鯨を主張すべきである

 オランダの国際司法裁判所は、南極海での調査捕鯨が国際法に違反しているとして、中止を命じた。オーストラリアが起こした訴訟によるものである。最大1035頭の枠で実施している調査捕鯨についてペテル・トムカ裁判所長は、「科学目的のためとは言えない」としている。

 日本はいま、国際司法裁判所には、背かないほうがいい。竹島や北方4島、尖閣など、日本を取り巻く領土をこの裁判所に提訴し、勝つ見込みがあるからである。万一領土で負けたら、クジラの禁止命令も反故にする。
 無茶苦茶だが、日本を取り巻く状況から見て、これが世界の常識である。

 そこで調査目的でなく、本格的に商業目的で捕ればいい。日本も、「調査」などという姑息な手段に訴えるのでなく、今度は堂々と主張すべきである。実際にクジラは増えており、海洋の生態系を荒らしている。
 クジラのおかげで、生物多様性が失われており、このままでは漁業資源が枯渇してしまう。

小道具(4月3日)

≪山形県の吉村美栄子知事(62)は1日、年度始めの職員への訓示中に突然、隠していたサクランボのかぶり物を頭に付け、「思い切って殻を破り、山形の魅力を発信してください」と呼び掛けた。4月1日毎日新聞より≫

 「発信力」は、言葉だけではない。5体すべてを使うのがいい。この原則を発揮した吉村美栄子知事を尊敬する。それにこの被り姿は、還暦すぎとは思えない。とてもかわいい。
 これからいろんな地域でも、被り物が増えるのではないか。イチゴやリンゴ、お米、イワナ・・何でもいい。震災時の防具用としてもピッタリである。

 わが知事は、何も被らなくてもいい。福井の「食」をアピールするために、「食いだおれ太郎」を側近にすることを提案する。

台湾デモ(4月2日)

 軍事力を使わなくとも、中国は時間をかけて、ゆっくり縄張りを広げていく。このままでは、中国の台湾支配が進み、中国が一層膨張する


 台湾では、学生が国会を占拠するという異常事態が続いている。
 サービス分野の、中国と台湾の市場開放(人や資本移動の自由化)に、抗議するものである。市場開放といっても、中国の開放度に比べ、中国から台湾への開放が優遇され過ぎているからだ。中国からの移民が増えると、台湾はチベットやウィグルのようになる。
 
 私も含め多くの日本人は、台湾に対して特別な思いを持つ。昔日本だった2つの国のうち、一方(南北朝鮮)は国是として日本を目の敵にし、もう一つ台湾は、世界一親日的である。3.11のとき、小さな台湾が、最も多くの義捐金を払ってくれた。自分を慕っているものに対し、悪い感情を抱くはずがない。
 そのような国が、国を2分して、大騒ぎになっている。

 ところが不思議なことに、今回の事件も、日本のメディアはほとんど報道しない。多くの日本国民の感情に反し、日本政府やメディア(羨ましいことに、いずれも中国のハニートラップに遭っている)は、台湾に対し腰が引けている。福井新聞も、STAP細胞の続報や「武生信金セクハラ」の記事はあっても、台湾デモの記事は見ない。
 したがって私自身はまだ、この件について、コメントに値する情報を持っていない。

 ただこれだけは言える。
 台湾人は、中国からの分離独立を望んでいる。2大政党のひとつ民進党は、分離独立を望む台湾本省人の支持する政党である。

 一方、中国には民意など無い。あるのは共産党独裁政権のみである。そしてこの国の憲法には、台湾は中国の領土であるとはっきり謳ってある。国家主席であろうと、台湾の分離独立を認めてしまうことは、政治的失脚を意味する。

 中国が台湾制圧をはかろうとしているのは、まちがいない。軍部が暴走する危険性も抱えている。怖いのは、中国が国益を考えた上で軍事力を使うとは限らないことだ。核もある。
 軍事力を使わなくとも、中国は時間をかけて、ゆっくり縄張りを広げていく。心配されるのは、中国の台湾支配が進み、中国が一層膨張することである。
 台湾への派兵も考えるべきであろう(もちろん、じじいの部隊)。

絵画鑑賞(4月1日)

 絵画や名所旧跡の説明書きは、お笑い芸人に書いてもらったらどうか

 先日、京都文化博物館の絵画展をみた。ここには今、ルノワール、モネなど印象派の絵画約70点が展示されている。印象派は、フランスのセーヌ川からその海岸へ至る水辺の景観が中心である。
 最初、学芸員の説明があり、その後1.5時間ほど見学した。

 説明と言えば、絵画のわきに、必ず200~250字の説明書きがある。これがまたつまらない。漢字や数字が多く、読んでいるうちに眠くなる。理解しようと思ったら、読むのに1分かかる。これまで、面白い説明書きには、出あったことがない。観光地の名所旧跡にある説明書きも、同じことが言える。これらは「専門家」が思い入れを込めて書いたものだろうが、素人にとっては退屈極まりない。一所懸命に読んでいる人をみると、尊敬する。
 
 こういうのは、お笑い芸人にでも書かせたらどうか。いっそ素人が書くほうが、わかりやすい。絵画でもなんでも、漠然とみるより、その背景や能書きがわかれば、断然興味がわく。

 そして、今回の絵画展で感心したのは、額縁である。ほとんどすべての絵画が、3Dのみごとな額縁で飾られていた。印象派の時代は、絵を描くより額縁に時間がかかったかもしれない。
 本来、額縁の役割は、絵画と壁面とを切り離し鑑賞しやすくし、また壁面とを調和させるものであった。しかしこの額縁が、中身の絵画を食ってしまっているものもある。

 肝心の絵画を見ないうちに、あっという間に鑑賞時間が過ぎてしまった。