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機械加工業の新人社長(1月31日)

 あらゆる手段を駆使して相手に訴えることでしか、意思の疎通ははかれない。多くの経営者は、そこから逃げている

【当社は、社長を含めても5名の機械加工場である。CADから、加工、組み立て、仕上げまで一通りの作業をこなしている。50~60代の熟練技能者も2名抱えている。現在の代表者は、事業を引き継いで、3~4年しか経過していない。それも先代の急死によって、他業種から急きょ入ったものである。したがってまだ組織の経営に自信がなく、従業員との意思疎通もできていない。】


 若い経営者が事業を継承するときは、ただでさえ経営が不安定になる。古参の幹部やベテラン職人が、経験のない新社長を認めようとしない。先代が急死し、十分な継承期間をとれなかった後継者は、なおさら大変である。

 会社は、経営理念、方針、目標、戦略を組織内で明確にし、思いを共有することが大切である。その進むべき方向について具体的な構想を有し、その課題を実現するため、組織内で適切な役割を振り分ける。社員が力を発揮できる場をつくり、それを支援・推進していく役割が経営者には求められている。
 こう書くと難しそうであるが、やるべき仕事の内容をきちんと共有し、社内で役割分担できるようなコミュニケーションがとれるかどうかである。目標とそのやり方を明確にすることと、それを組織内に徹底するということである。

 ただ、この組織内に徹底することが、いかに難しいかを、経営者は認識しておく必要がある。どの会社でも、徹底の度合いは経営者が思っているのとはずいぶんかけ離れている。
 まずは、繰り返し思いを伝えるしかない。コミュニケーションをはかるということは、単に情報を共有化するというより、会社の価値観を共有することである。この面で労力を惜しむようなことがあってはならない。
 意識を高揚させるためには、会議やミーティングを効果的に行うことも大切である。日常的に、正しく対話を行える場を設ける。対話重視の環境が、考える人を作っていく。

 コミュニケーションを効果的に行う具体策として、「見える化」がある。口下手でなくても、目で訴えるほうがいい場合が多い。ビジョンや目標、日々の業務の進捗状況などを、社内の目立つところに大きく掲示しておく。
 
 あらゆる手段を駆使して相手に訴え、聞くことでしか、意思の疎通ははかれない。新人社長でなくとも、多くの経営者はそこから逃げている。
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打たれ強い人材をつくる(1月30日)

 これだけ豊かな日本で、異常に大人の自殺者が多いのは、子供時代の過保護が原因である

≪日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」(水曜午後10時)が、児童養護施設の団体などから放送中止や内容改善を求められている問題で27日、新たに花王など3社がCMの放送を見合わせることを決め、番組スポンサー8社全てがCMを放送しないことになった。1/28日刊スポーツより≫

 日刊スポーツのアンケートでも「子供が傷つく恐れがある以上、内容を変更するか、放送を中止すべき」という意見が、もっとも(=36.6%)多かった。児童養護施設の団体が、子供たちの精神状態を気遣って抗議したものが拡大してしまった。

 そしてまた、これもTV放送である。カエルの着ぐるみがやり取りをする、キリンの缶チューハイ「本搾り」のCMが、1月24日で中止された。中止の理由は、未成年にアピールするキャラクターが、アルコール飲料の広告にはふさわしくないということらしい。

 なんと日本人は、ここまで繊細で弱くなってしまったのか。わずかな「モンスター」にさえ、恐れおののいている。事なかれ主義の典型でもある。
 「打たれ弱い」日本人の悪癖が露出したといえよう(はだしのゲンはひどすぎ。ものはほどほどである)。

 じつはこのことが、子供たちをもますます、ひ弱にしている。あげく、保護のない現実世界では、生きられない人材を育てている。

 それが今の大人たちである。
 世界でわずかにたたかれると、ヘナヘナとくじける。日本人として、まともな意見すら言えない。これでは、絶対に世界の中で戦っていけない。
 日本人が中国との3戦(世論戦、心理戦、法律戦)に負けるのも、無理はない。

 これは、精神面だけの問題ではない。身体に襲い掛かる「モンスター」に対しても、同じである。少しでも不潔なものがあれば、受け付けない。冷蔵庫に入った悪ふざけ写真でさえ、大騒ぎである。レストランで他の客の食べ残しなど、とんでもない。日本中が「抗菌商品」であふれかえり、毎日お風呂に入り、洗浄便座で洗うのが当たり前になっている。
 ノロウィルス、鳥インフルエンザ、ダイオキシン、放射能、BSEなど、ほんのわずかでも異常があれば、国民運動で排除しようとする。
            歌舞伎
 しかし本当の世の中は、多様で異物だらけである。すべてのモノは、人間に悪影響を及ぼすと同時に、好影響も与える。ほんのわずかの悪影響でも排除しようとするから、抵抗力が無くなってしまう。
 
 他の国の人々は強い。多少の諸外国からの批判にはへこたれない(慰安婦、尖閣など平気で屁理屈をこねる。そしてシリアや北朝鮮を見よ)。清潔すぎないようにして、丈夫な政治家や国民を作っている。日本は、そんな世界に囲まれている。
 このままでは、無菌室で培養されている日本人が、生き残れる見込みはない。

 そこで、これからの日本は、「打たれ強い」人を作る必要がある。豊かな日本で、異常に大人の自殺者が多いのも、子供時代の過保護が原因であろう。
 曽我綾子氏が言うように、いじめは決してなくならない。なくそうとするより、いじめに強い人間をつくる。そうでなければ、魑魅魍魎の跋扈する現実世界で、人生を全うすることは難しい。

原発再稼働反対が60%??(1月29日)

 人々は絶対に、こんないい加減な調査結果に惑わされてはいけない

 ≪共同通信社が25、26両日に実施した全国電話世論調査によると、原発の再稼働に反対するとの回答は60・2%に上り、賛成の31・6%のほぼ倍だった。安倍晋三首相は原子力規制委員会の安全性確認を前提に、再稼働を進める構えだが、否定的な意見が根強い現状が鮮明となったことで難しい判断を迫られそうだ。1/26共同通信≫

 明らかにこれは、世論誘導である。電話での質問内容さえ明らかにしないで、「原発再稼働反対が60%」「安倍首相は、・・・・難しい判断を迫られそうだ」などと、報道していいのか。都民が騙されれば、東京都知事選にも悪影響を与える。
 そういえば共同通信は、昨年7月にも同じような調査をしていた。その時は、再稼働反対が50%だった。ということは今回の調査は、再稼働反対に誘導する質問設定であったのだろう。

 (政府は当然無視するだろうが)人々も絶対に、こんないい加減な調査結果に惑わされてはいけない。積極的原発推進派の私でさえ、「100年後には原発撤退」を唱えているのである。

外国人技能研修性の拡大(1月28日)

 日本にはまだまだ働ける人がごまんといる。これ以上外国人を入れると、失敗国家になる

 いま、建設業を中心にモノづくりの現場で、人手不足が深刻になっている。
 なぜ人手不足になのか。
 建設事業のコスト削減のおかげで、建設現場で働く職人の賃金が、きわめて低くなってしまったからである。建設現場より、コンビニアルバイトのほうが高給かもしれないという。
 業界で働く人の数は、15年前と比べて約180万人、約27%の減少である。高齢化も進み、労働者の3人に1人が55歳以上となっている。

 国も対策に乗り出している。公共工事にかかわる標準の労務単価を15%引き上げた。労務単価の引き上げは実に16年ぶりである。それでも低賃金が一足飛びに解消されるわけではない。そして、いったん失われた技術労働者は、もう帰ってこない。

 そこで、さらに政府は、最長3年間の技能実習制度の期間を延長するなど、外国人労働者の受け入れ拡大に向けた具体策を検討している。今年度中をめどに、とりまとめる方針だという。
 ちなみに現在は、年間5万人の外国人研修生を受け入れている。3年在住だから、研修生は日本には15万人いる(もっと多いような気がするのだが)。そのうち、建設作業従事者は、5000人という。

 しかし、これ以上外国人研修生が増えると、ろくなことがない。改善されつつある現場労働者の賃金上昇が怪しくなるし、治安も悪化する。
 なにより日本には、まだまだ働ける人がごまんといる。高齢者や女子、ニートなど、とくに年金受給者や、生活保護世帯である。何千万人もいる彼らの、10%でも労働市場に出すことができれば、現在の外国人研修生でさえ不要になる。

 欧米は、10%以上もの外国人労働者を入れ、抜き差しならなくなっている。若年者失業率が20~40%と異常に高い。あのような失敗国家には、絶対なりたくない。いったん定着してしまったら、もう後戻りはできないのである。

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なぜ日本の建設コストは高い(1月27日)

 悪条件の中で、建設コストを欧米並みに抑えようとするのは危険きわまりない

 昨年あたりから国土強靭化が叫ばれ、建設事業予算も増える見込みである。 
 日本の建設コストは、高いといわれる。欧米の2倍以上の価格である。1990年代、日本の公共事業費の対GDP比は、欧米の2倍であった。それでもまだ、欧米以下のインフラしか整備されていない。

 なぜ日本での建設コストは高いのか。一部、利権による癒着もある。それはどの業界でもある。それ以上に、わが国特有の厄介な問題がある

 つぎに示すように、わが国は、その位置、地形、地質、気候などの国土や自然条件から地震や台風、集中豪雨などの自然災害に対し、きわめて脆弱な国土となっている。
 
①国土は、弓のように長く、入り組んでいる。長さでは、欧州本土をカバーするくらいである。そのため、交通や送電、情報通信などのインフラ整備は長大となる。
②入り組んだ海岸線は、約35000kmあり、津波の被害を受けやすい。しかも、本土でさえ4つの島に分かれ、それぞれが海峡を隔てている。
③平野は国土の約3割と狭い上に、降った雨は中央の山脈から急勾配の河川を通って一気に流下する。
④山岳地帯が多く、平野が少ない。平野でも軟弱地盤の上にある。
⑤4つのプレートの上に乗っているため、世界有数の地震国であり、複雑な地質地盤は、ゆれに対して壊れやすく、地震による被害が拡大する可能性が高い。
⑥火山が多く噴火予知も困難である
⑦地盤沈下によるゼロメートル地帯が多く、洪水だけでなく、高潮の危険性も高い。
⑧台風の通過地帯であり、被害を受けやすい。     
⑨国土面積の60%が、積雪寒冷地帯である。
⑩さらに、近年の異常気象により、集中豪雨や降水量の変動幅が拡大している。

 日本に建設物をつくるためには、これだけのことをクリアしなければならない。どうしても、トンネルや橋梁、高架工事が増える。さらに、その耐久性も高度なものが求められる。ちなみに、欧米のほとんどの国では、地震や津波、軟弱地盤に対応する必要は、ほとんどない。また道路を、山岳地帯に走らせる必要もない。

 これらに加え、日本ではもっと大きな問題がある。土地の所有権が強く、また複雑に入り乱れている。東北の復興の遅れも、この私有権のせいである。中国並みまでは行き過ぎとしても、欧州並みの所有権制限になるだけで、建設投資額や建設期間は、半分以下になる。

 日本特有の悪条件の中で、公共工事が欧米並みに抑えられている。ということは、日本はそれだけ危険な状態に置かれていることになる。パッシングの中で、建設工事を行う技術者が激減している。さらに危機が拡大している。

建設事業のコスト削減(1月26日)

 建設業は、この15年で40%以上ものコスト削減を要求された。これはやり過ぎである

 公共工事のコスト縮減については、平成9年1月に、全閣僚を構成員とする「公共工事コスト縮減対策関係閣僚会議」を設置し、同年4月に「公共工事コスト縮減対策に関する行動指針」を策定し、施策を推進してきた。
 そこから、おおむね5年間で15%づつ、コスト削減目標を設定してきた。ということは、平成14年、19年、24年と3段階で、0.85×0.85×0.85=0.61 。すなわち、この15年で実に40%ものコストが縮減されたのである。
 現在もこのプランが進んでいるとすると、0.61×085=0.52である。まもなく29年度には、従来の半分のコストで工事をすることになる。

 もちろんこの場合、工事コストそのものの低減だけではない。工事の時間的コストの低減、施設の品質向上、ライフサイクルコストの低減、社会的コストの低減、工事の効率性向上によるコストの低減を含めた、総合的なコスト縮減だとされている。
 だが、発注者がわかりやすいのは、単純に発注価格の引き下げである。40%コスト削減の大半が、受注建設業者、とくにその下請けにしわ寄せされてきたのは、目に見えている。

 別途記載するように、日本の建設事業は欧米に比べ高コストになることが運命づけられている。防災基準が強化され、利便性の向上も要求されている。建設業者が激減したのは当たり前である。
 その結果日本は、まともな公共事業ができない国になってしまった。

 これまでのことは仕方ないとしても、生産性向上なしのコスト削減は、もう打ち止めにしたい。

東京都知事選(1月25日)

 もし細川氏が都知事に当選したら、東京は永遠に世界中の物笑いの種になる

 23日に、東京都知事選挙が告示され、立候補者が出揃った。そのなかに、元首相の細川護熙が入っている。その細川氏を、小泉元首相が応援している。念の入ったことには、(逆効果ではあるが)管元首相も応援団に入っているということである。
 その具体的な主張は、「即・脱原発」ただひとつである。そのため、再生可能エネルギーを推進するのだという。その他にもあるが、抽象的で何を言っているのかわからない。

 これでは、都民をバカにしているとしか思えない。というより彼らは、都民をほんとにバカだと思っているに違いない。

 まず、再生可能エネルギーによる「即脱原発」は、原理的に不可能である。できないことをやろうとするのは、詐欺師である。本人が信じているのなら、ただの阿呆である。何度もいうが、原発は直ちに稼働させなければ、日本は滅びる。

 つぎに、前都知事の猪瀬氏が辞めた理由は、5,000万円金銭授受の説明がつかなかったからである。そして、細川氏が首相を辞めたのは、1億円の金銭授受の説明に窮したからであった。5,000万円疑惑知事の代わりに、1億円疑惑知事が誕生する。まさしく、ブラックジョークである。
 細川氏が都知事になれば、東京は永遠に、日本中いや世界中の物笑いの種になる。

 また、応援団長の小泉元首相は、郵政民営化で日本を売り渡した男である(あの時、郵政事業は改善が進み、民営化の必要は無かった。佐々木実氏の著書「市場と権力」の中で、竹中平蔵氏でさえそういっている)。まさに今回と同じ「シングルイシュー」で国民を熱狂させ、地獄の1丁目に追い込んだ。あの時は私も、まんまと騙された。

 そもそも、細川氏をはじめ応援団である小泉氏(管氏が入れば、3バカ退相?)は、政治家を引退したはずである。引退した人が、現役世代に影響を及ぼすと、ろくなことがない。言いっ放しで「よきに計らえ」では、実行世代はたまったものではない。
 「即・脱原発」が決まったとしよう。それでも優秀な原発技術者は、今以上に確保しなければならない。撤退は推進の何倍も難しいからである。しかし「即・脱原発」では、技術者のモチベーションが失せ、日本は危険にさらされる。普通に考えたらわかるはずだ。

 したがって、賢明な都民なら細川氏を選ぶことなどありえない。
 これで万一、細川氏が都知事に当選したら、都民はほんとにバカだったことになる。

レイプは特別な犯罪か(マイケルサンデルの白熱教室より)(1月24日)

 「レイプは特別な犯罪で女性を破壊してしまう」、という世の中の風潮が、かえって被害者を苦しめる

 インドでの凶悪レイプ犯罪のあと、マイケルサンデルは、同国で「レイプは特別な犯罪か」についての「白熱教室」を行った。
 議論では圧倒的多数の人が、レイプは特別な犯罪であるとし、加害者には厳罰を要求していた。「レイプは、女性を破壊し、尊厳を失わせてしまう。」、「弱者である女性は法律で保護しなければならない」、と言うものである。
 普通に考えたら、そう考えるのは当然であろう。とくに、男性からの意見が多かった。

 これに対し、少数ではあるが、「女性を特別視して欲しくない」、「レイプより、片腕を切り落とされる被害のほうが大きい」と言う意見もあった。この意見を出した2名とも女性であったことは、興味深い(もっとも、男性からは言いにくい微妙な問題なのだが)。
 私自身も、後者の意見に賛同する。

 確かに世の中の空気は、圧倒的に前者の考え方に染まっている。インドで、レイプに対する大規模デモが発生したことからもわかる。「レイプは、女性の人格を破壊し、その人の尊厳を失わせてしまう。永久に立ち直れない」と言うものである。
 被害の甚大さを強調することによって厳罰化をはかり、抑止力にしようとする考え方は、否定できない。

 しかし、このような考え方そのものが、被害者を苦しめるのである。レイプ事件は、加害者と同時に、その被害者も確実に存在する。何千万と言う被害者が、世界中のあちこちに存在している。これからも事件は起こり、被害者は発生する。
 その被害者に対し、「永久に立ち直れない」などと言うレッテルを張ってしまったらどうか。それこそ「永久に立ち直れない」ではないか。

 レイプは確かに憎むべき犯罪である。しかし事件を憎むあまり、被害者の心情に思い至らないことこそが、悲劇を増幅させている。
 善人の単純な思い込みが、真に救わなければならない人々を、地獄に追い込んでいる。


 放送での議論はここまでであり、マイケルサンデルも結論を出していない。
 この場合、将来発生する被害者の立場に立つのか、すでに起こってしまった被害者の立場に立つかで、見解は大きく異なる。これは、臓器移植の場合の「脳死判定」を認めるかどうかの議論と同じである(脳死になった側と、移植を受ける側では意見が違う)。

 このような議論は、はっきりと結論を出せるものではない。そこに日本的な「中庸」の考え方が生まれてくるのである。

新幹線と幸福(1月23日)

 福井県民は、日本国のためにこの「迷惑施設」を受け入れる

 藤井聡氏は、著書「新幹線とナショナリズム」で、日本の都市の発展と新幹線との関係について述べている。新幹線が開通した都市は栄え、開通しなかった都市が衰退するという傾向が存在するという。
 また、新幹線のような物理的インフラが整うことによって、強力な国家になるとも述べている。

 たしかに、新幹線の整備状況と都市の人口推移を見ると、新幹線が開通したところは人口が増えている。逆に、新幹線が無かった都市は、相対的に人口減少している。金沢でさえ、そうだ。これは客観的事実である。人口が増える都市は効率的になり、住民所得も高い。
        新幹線

 しかし個人にとっては、必ずしも地域の人口が増えることがいいことではない。
 また、平成24年に法政大学が行った、都道府県ごとの「幸福度調査」によると、幸福度が上位の自治体では新幹線の通過していないところが多く、逆に幸福度が下位の自治体では、新幹線の通っているところが多かった(いずれも70%ぐらい)。つまり、新幹線が通っていない県ほど、幸福度が高いということになる。

 幸福とは、相対的なものだ。ある県に新幹線が通っていても、駅があって恩恵を受けるところは、ほんの一部である。その隣の住民は、それを見て妬ましく思う。欲望が膨らむのに、満たされないからである。そのうえ、騒音や景観悪化、地域分断、ストロー化など、悪影響だけが発生する。かえって新幹線駅のないほうが、県全体では幸福度が高いということになる。

 つぎの式がある。
 幸福度=充足(得られた財)/欲望

 いくら新幹線だ、グルメだと言っても、それによって欲望が肥大してしまえば、かえって幸福度は小さくなってしまう。
 したがって私はこれまで、福井県民の幸福のために、新幹線の福井通過に反対してきた。

 ただ藤井氏が言うように、新幹線によって日本全体が底上げされるのは確かである。政治ができることは、経済や生活の効率を良くし、収入を増やすことだけである。住民の心の中には、踏み込めない。
 福井県民は、日本国のために、この「迷惑施設」を受け入れなければならない。

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市場と権力(佐々木実著)(1月22日)

 日本の「詐欺師」は、その「悪事」ぶりにかけては、まだまだ欧米人の足元にも及ばない

 すべての人は詐欺師である。まず自分を偽り、つぎに他人をだます。そのテクニックの卓越した人が、世に出てくる。竹中平蔵氏は、その親玉格であろう。いや、単なる実働部隊長かもしれない。

 温厚そうな人柄、さわやかな弁舌、一見もっともな理論づけによって、多くの人はコロリと騙される。私も一時騙された。かって、本人すら必要と思わなかった郵政民営化を、このテクニックだけで進めてしまった。政争しか頭にない当時の小泉首相は、この才能を最大限利用したのである。

 「市場と権力」には、この竹中平蔵氏の虚実が、余すところなく炙り出されている。著者は、フリージャーナリストである佐々木実氏である。この本は、2013年の新潮ドキュメント賞に選定された。
 経済学者、国会議員、企業経営者の顔を使い分け、“外圧”を利用して郵政民営化など「改革」路線を推し進めた竹中平蔵氏は、いまも政権に入り込んでいる。いったい彼は何を目的としているのか。
 
 佐々木実氏は、その著書の一節「映画『インサイド・ジョブ』が伝える真実」のなかで、アメリカの金融業界の構図をつぎのように喝破している。

≪政界や学界が金融業界と癒着を深めながら金融業界の規制を取り払い、金融バブルを誘発して世界を危機に陥れ、ウォール街が窮地に陥ると今度はアメリカ政府を動かして莫大な公的資金で金融業界を救済する。≫

 すなわち政府と民間で、人が入れ替わり立ち代わり、利権あさりをしている。日本の天下り役人もびっくりである。

 じつは、この「回転ドア」構造は、アメリカだけではなかった。儲けることにかけては、日本の経済人も抜かりはない。あの構造改革路線を中心に、政府の審議会や決定機関に、民間の金融業者や学者が入り込み、蜜月構造を作り上げている。そこには、オリックスの宮内義彦氏など、多くの経済人の名前があがっている。

 もちろん竹中平蔵氏自身も、その中の一人である。超高級マンションを東京都内にいくつも所有するという。本人は、本がたくさん売れて、その印税で購入したと弁明しているが、それでは説明がつかない。氏が関連する大会社の取締報酬が超高額なのも、不自然である。

 それでも、竹中氏の蓄財は「たかが」数億?でしかない。アメリカの金融業者のそれに比べたら、一桁も二桁も少ない。日本人は、悪事にかけても、スケールが小さい。年季の入った欧米人の、まだまだ足元にも及ばないのである(この控えめなのが、日本人のいいところであるが)。

原子力発電と火(1月21日)

 日本以外の国は、核や原発を手放すことはない。日本は原発で強大になった国に、蹂躙されるだけである

 火の利用が始まって以来、急激にヒトの進化は早まった。火を調理に使い、暖を取り、獣から身を守る。そのことで個体数を増やしていく。また火を使った調理は、タンパク質や炭水化物を摂取するのを容易にする。夜の行動ができ、寒冷地にも住める。獣から身を守れるようになった。

 発見した当初、ヒトは火が怖かったであろう。火は多くのモノを、焼きつくす。ヒトにも致命的な害を与える。どれくらい多くのヒトが火傷を負い、亡くなったであろう。
 しかし人類は、いったん手に入れたものは、手放すことはしなかった。

 すなわち、火の発見とその使用法の発明が、今の人類を作りあげたと言ってよい。いくらヒトが知能に優れていても、火という決定的な武器がなければ、今の我々はなかった。ヒトの進化は、極端に遅くなるからだ。マンモスには勝てたとしても、ネアンデルタール人のような、別人類に滅ぼされていたかもしれない。

 核や原発は、人類が20世紀に発見した火である。このエネルギーがなければ、70億にも増えた世界人類を養っていけない(小泉元首相がなんと言おうと、自然エネルギーでは原理的に不可能である)。原始時代と異なり、今や人類の敵は人類そのものである。
 今の日本が、恐怖に駆られて原発を廃止できたとしても、他の国は絶対、これらを手放さない。日本は、原発で強大になった国に、蹂躙されるだけである。

 現に隣の中国では、毎年10基も原発を作ろうとしている。その力を背景に、日本を飲み込もうとしているのを忘れてはならない。中国ほどではないが韓国やインド、東南アジアも同じである。

 私が恐れているのは、日本が20~30年後、チベットやウイグルのような国になってしまうことである。先の民主党政権の延長では、間違いなくそうなっていた。そうなれば最後の瞬間、日本人の遺伝子は残らない。
 
 世界中が、平等に仲良く生きることなど望んではいけない。無理な「希望」は、「絶望」を増幅させるだけである。

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ペットショップ(1月20日)

 子供がいなくなり、ペットに関心が移ってきて久しい。特徴あるサービスを提供できれば、有望な市場である

 昨年11月に開店のペットショップを訪問した。ブリーダーといわれる仕事である。こじんまりした店内にはいると、すぐ目の前の飾り窓に、可愛いい子犬たちが並んで出迎えてくれる。当店は、小型犬を専門に扱っており、トリミング(毛づくろい)、宿泊サービス、繁殖も行う。
 プードルやチワワが、ガラス張りの清潔な飼育室の中で遊んでいる。動物店特有の匂いはない。愛らしい小型犬を前に、つい長居してしまう。

 店長は、もともと犬嫌いであったという。それが、ブリーダーという職業を選んだきっかけは、わが子にせがまれて飼った1匹の子犬であった。その愛くるしい眼差しと忠誠心にすっかり魅了され、すっかり夢中になってしまった。その時飼っていた犬の名前が「ピュナ」。それをお店の名前にした。

 以前は、自宅での飼育販売を行っていた。住宅街で集客ができないため業績が上がらず、思い切って新築出店した。場所は、福井市清水町。「プラント3」の広大な駐車場の一角である。出店3か月目で、すでに1か月の売り上げは、以前の2倍を超えたそうだ。
 
 ホームページ(HP)も一新した。特長のひとつは、ペットをカメラでライブ発信できることである。誰でもHPから、販売用ペットの様子を見ることができる(もちろんリアルのほうがいいが)。店長自身が、ペット管理するにも好都合である。
 ペットホテル用の個室にもカメラが設置されている。お客は、遠くにいても預けたペットの様子を見ることができ安心だ。

 ペットショップ   ワンちゃん飾り窓

 当店の事業内容は次のようなものである

①店舗内で小型犬を繁殖・育成し、ペットとして県内のユーザーに販売
②それに付随した犬具・各種グッズやペットフードの販売
③トリミングや入浴、ペットホテルなどの、ペット所有者に対するサービス
④動物病院との連携によって、障害犬や老犬など身体不自由な犬に対する「リハビリサービス」を行う。また、高齢施設などにペットを派遣して、施設利用者に癒しを提供する「ドッグセラピーサービス」も提供

 これらのサービスを組み合わせて提供する。ワンストップで多くのサービスが受けられるペットショップとして、地域の愛犬者に対しての認知度を高めていくという。

 ペット関連市場は平成23年度には14,033億円で、毎年少しずつ伸びている(そのうち平成23年度の生体市場は、5,011億円)。少子化の影響で、人間の子供から、ペットに関心が移動してきたと言われて久しい。一人っ子の遊び相手としても人気がある。
 この店のように、特徴あるサービスを提供できれば、まだ有望な市場である。

関連サイト
http://pyuna.com/

日本には働けない人はいない(1月19日)

 すべての人に働くことを義務付ければ、日本にぶら下がりはいなくなる

 生活保護費の支給が問題になっている。一部ではあるが、不正受給は確実にある。「働きたくても働けない」という制度の趣旨が、曲げられている。そもそも、「働きたくても働けない」人などいない。どんな人でも働ける。民間で採用しないだけである。

 そこで、役所が採用すればいい。
 生活保護費を受け取る人に「強制労働」をさせるのである。もちろん、その人ができる仕事に限られる。介護や子育ては、立派な仕事である。「風俗」を問題視する人は、職業を差別している。
 その他、町中・公園や施設の清掃、膨大なパンフレットの作成(役人の無味乾燥な文よりよほどいい)、イベントのエキストラ(にぎわいが欲しいのならいくらでも仕事があるはず)、素人の囲碁や将棋、麻雀コンクール賞金、絵画や音楽、動画など芸術作品の購入、家庭菜園、同窓会の幹事、兵役、人柱、売血、人体実験(治験)、モデル、人体観察・・・いくらでも「強制労働」させることができる。

 年金の支給も同じである。何かしら働くことを義務づける。そうなれば、日本にぶら下がりはいなくなる。デンマーク、オランダ、スイスなど、欧州の富裕国は、何らかの形でこの制度を取り入れている。

 働くということを、ややこしく考えるからいけない。原点に返ればいい。そもそも「働く」とは、「はた(他人)をらくにする」ことである。極端に言えば、じっとしているだけでも「はた」がらくになる。生き物でない彫刻でさえ、できることだ。ましてや人間である。植物状態の人でさえ働ける。ここで「人道」「人権」など持ち出すから、おかしくなる。

 無駄な仕事でもいい。みんなが何かしら働くことによって、新しい文化が生まれる。昔は、大金持ちの「旦那衆」が、ムダな人間を抱えていた。もともと役所には、ムダな人が山ほどいる(不思議なことに、そういう人ほど給料が高い)。

 日本に大金持ちがいなくなった今、行政機関しか「旦那衆」の役割を果たすことはできない。
 働く日本人にお金をいくら使っても、財政破たんしないのは、これまで繰り返し述べた。考え方を反対にしなければいけない。国の借金が増えたから、国民はお金持ちになった。大金持ちはいなくとも、小金持ちがたくさんできればいい。

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ユニバーサルデザイン(1月18日)

 日本だけで毎日何億回も、水を出そうとするたび、戸惑いを繰り返す
 
 ユニバーサルデザイン(Universal Design、UD)とは、文化・言語・国籍の違い、老若男女といった差異、障害・能力の如何を問わずに利用することができる施設・製品・情報の設計(デザイン)をいう。(ウィキペディアより)
つまり、すべてのひとが使いこなすことのできる製品のデザインである。

 これには、次のような7つの原則がある。あらゆる製品やシステム設計に当てはまる。

 1.誰でも公平に利用できる
 2.利用における柔軟性
 3.単純で直感的に利用できる
 4.わかりやすい情報(イラスト、音声など)
 5.小さな間違いが大きなミスにつながらない
 6.身体的負担が少ない(無理な姿勢)
 7.誰でも接近して利用できる

蛇口上出る 蛇口下出る

 しかし、これも一筋縄にいくものではない。

 例えば、上の写真左と写真右の蛇口を見てほしい。いずれも水が出ている。昔と違ってレバーの上げ下げで操作するものが多い。

 本来なら右写真のような、レバ-を下げれば水が出るほうが、ユニバーサルデザインに合致する。手の動きと水の出る方向が同じだからだ。ところがまずいことがある。落下物がレバーにぶつかると、水が出っぱなしになる(このような方式の蛇口は、常時監視可能な公共施設に多い)。

 そこで家庭用などでは、左写真の蛇口のように、レバーを上げると水が出るようになっている(2000年にJIS規格化)。これでは直感的な方向が反対である。手の動きも長くなる。そのため、多くの人は、水を出そうとするたびに戸惑う。ややこしいことには、場所によって右写真のような蛇口もある。
 日本では、毎日何億回となく、戸惑いを繰り返す羽目になった。あげく惚けかかっている人は、水を出しっぱなしにする。

ヤブ医者とヤブコンサルタント(1月17日)

 どんな名医も、最初はヤブであった。5年もすれば、「ヤブ」コンサルタントも、立派な名コンサルタントになる

 近年、公的制度によって、中小企業は無料で経営診断を受けられるようになった。10年前までを見れば、隔世の感がする。

 ところが、タダほど高いものはない。無料で経営診断を受けられるとなると、ありがたみが無くなる。商工会などの支援機関でも、この支援制度を活用することをノルマにしている。ノルマで押しかけられたら、支援を受ける企業は迷惑千万である。
 支援を行うほうも、相手が無料で診断を受けていると思うと、腰を据えてやる気がなくなる。

 それに、公的診断の場合、前後の事務処理が膨大である。とくに事後の報告書作成の手間が大きい。しばしば、企業支援そのものよりこれらの事務処理工数のほうが多い。本末転倒である。学校の教師が、長時間勤務の割に、子供に接する時間がないと言われるのも、このことを指すのであろう。

 税金で仕事をするのだから、つじつまを合わせると言われれば、その通りである。
 そのつじつま合わせのために、膨大な証拠書類を作成する。中身のない長時間支援を行い、山ほどの事務書類を作成できる人が、それに比例した報酬を受け取る。

        ヤブコンサルタント

 じつは、ここに「ヤブ」コンサルタントの出番がある。彼は、必ずしも支援した企業の実績をあげられなくてもいい。公的支援の場合、「支援時間」に比例した報酬を受け取れるからだ。うんざりする企業経営者を相手にする、その図々しさも必要である。
 ヤブ医者が、患者を手玉にとって、長々と治らない「治療」するのと同じことである。医療と同じように、税金を投入する仕事は、「ヤブ」ほど儲かるしくみになっている。

 もっとも、ヤブと言い切ってしまっては失礼である。名医も、最初はヤブであった。5年もすれば、「ヤブ」コンサルタントも、立派な名コンサルタントになるであろう。
 支援を受ける企業は、名経営コンサルタントを育てるつもりで、気長に付き合って欲しい。

沖縄は独立戦争を覚悟すべき(1月16日)

 「独立戦争」というけじめを経ないで独立すると、必ず韓国のようになってしまう

≪米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題が焦点となっている名護市長選(19日投開票)について、朝日新聞社は沖縄タイムス社、琉球朝日放送と共同で12、13の両日、市内の有権者に電話調査し、取材で得た情報とあわせて情勢を探った。移設に反対する現職の稲嶺進氏(68)が先行し、移設推進で新顔の末松文信氏(65)が激しく追っている。(朝日新聞デジタル)≫

 昨年末、知事が同意した普天間基地移設であるが、この選挙結果では、また暗礁に乗り上げる恐れがある。困ったことに沖縄には、世の中を攪乱することだけを目的とする人が多い。

 私の認識では、沖縄問題は、つぎのようなものである。

 ①沖縄は、先の大戦によってアメリカの領土になった。
 ②アメリカは、基地を作って沖縄(尖閣を含む)を支配してきた。
 ③ところが、基地の維持費負担や住民運動の高まりで、沖縄を支えきれなくなった。
 ④そこで、条件付き(基地使用と費用負担)で、沖縄を日本に押し付けた。
 ⑤日本はこれを受け入れ(断る理由がない)、沖縄や米軍に膨大な経済援助を行ってきた。

 沖縄が、戦後アメリカの領土になったこと①がすべてである。それ以前のことを言っても、きりがない。
 したがって、日本が先の大戦の敗戦国である以上、現状を大きく変えることはできない。米軍基地の県外移設などは、決して戦勝国米軍が許さない。大きな改革がなければ、現状を変更することは、まず不可能である。

 そこで以前から、沖縄独立論がくすぶっている。
 しかし、沖縄が独立したいのなら、独立戦争を起こすべきである。戦争というけじめを経ないで独立すると、韓国のようになる。いまの沖縄は、日本国だったときの韓国のように思える。

 日本は、韓国に20兆円以上もの資産を残し、さらに賠償金を供与してきた。莫大な援助のあげく、千年たっても恨まれるのではたまったものではない。日本にとって、陰湿で厄介な隣国がまた一つ増えることになる。したがって日本も、黙って独立を許すことはできない。
 沖縄に、そのけじめをつけるだけの覚悟があるのか。
 
 ただ日本国が米国に戦争で勝てば、基地問題はなくなる。それまで待ったほうが現実的であろう。沖縄が日本や米国を相手にして、独立戦争で勝つ可能性は、それよりはるかに少ない(中国が入って、ややこしいことになる可能性は大きいが)。

(追)戦争の好きな人は、あまりいない。私も戦争は大嫌いである。しかし、「嫌い」なことと、「悪い」こととは、まったく異なる。嫌いなことから逃げていると、すべてが腐る。

韓国人の本質(1月15日)

 告げ口外交が得意な国と、どうつきあっていくのか。誰だって悩むであろう

 XINHUA.JPは、14日のYAHOOニュースで、つぎのような報道を行った。

≪中国国内の掲示板「凱迪社区」は、あるユーザーが「韓国人だけ反日に気合いが入っている6つの理由」として、中国人を騙すためとの考察を掲載した。この大胆な分析はネットユーザーの関心も高く、多くの賛同コメントが寄せられた。

 まず、ユーザーが挙げた6つの理由を紹介しよう。
1.韓国人が故意に反日を演じる目的は中国人を刺激すること。日中問題を激化させれば、韓国は漁夫の利を得られるわけだ。車、携帯電話、ドラマ、レストランと中国の街には韓国のものだらけ。韓国人は中国人を騙しているのだ。
2.第2次大戦時に日本の軍服を着て中国人を殺した罪を隠すため。
3.韓国人が中国の蘇岩礁にある排他的経済水域を占有するため。
4.朝鮮人はこの200年、ロシア人と結託して東アジアで大量の暗殺、爆破事件を起こし、日中関係に混乱を起こした。この罪を隠し、中国人を騙すために、必死に反日を演じるのだ。
5.反日を演じれば韓国人は楽に中国の政府と結託することができ、中国の資源を略奪するとともに環境を汚染させることができるため。
6.韓国人が北朝鮮と結託して、中国人向けの核兵器を開発するため。

かなり衝撃的な「理由」に対して、ほかのユーザーからは支持を示す意見が相次いだ。主なものは以下のとおりだ。
「韓国が日中関係を使って中国人を騙すやり方は非常に険悪だ。韓国人による企みは、統制された中国メディアを通じて実現されている」
「伊藤博文の暗殺、日本の軍服を着た中国人殺害は、西洋人にはできない、韓国人だからこそできることだ」
「日本の右翼主義者の真の姿は、日本で生活する韓国、朝鮮人だ」
「2008年以降、日中両国は東アジア自由貿易圏などの大きな構想を立ち上げた。これにロシアや米国が脅威を感じ、走狗である韓国人を使って日中間の軋轢を生じさせたのだ」
「日中両国は戦争するのではなく、合併について討論すべきなのだ」(編集翻訳:城山俊樹)≫

 日韓の歴史を勉強し、本質をついた意見だと思う。以下は、受け売りである。
                                 
 日本はかって、清の属国である朝鮮を独立させようとして、日清戦争を戦った。迫りくるロシアの脅威に対抗するためである。日本はこの戦争に勝利し、朝鮮が独立国になる機運が高まった。
 ところがそこで三国干渉が入り、ロシアが横槍をいれ、清国との下関条約を反故にしてしまった。すると朝鮮王の高宗とその妃の閔妃は、ロシアに寝返り、独立のための改革をご破算にし、まったくもとの中世的体制に戻ってしまった。

 日本は、ロシアの圧力を肌で感じ、乾坤一擲の日露戦争が始まる。日本がやっと勝利し、朝鮮を独立させようとしたところ、当時の韓国王は、自分の権力がそがれるのを恐れ、ここでもロシアや欧米と通じたのである。

 いずれも、日本が欧米諸国の植民地となるのを、必死で防ごうとしている時代である。あろうことか韓国王は、その殺戮集団に媚を売って、自分の身を守ろうとしたのだ。一度や二度ではない。まさに今の、大統領の告げ口外交と同じである。
 こんな国と、どうやってつきあったらいいか、誰だって悩むであろう。

環境保護活動の錯覚(1月14日)

 生態系の頂点に立つ大型動物が、小動物を駆逐し、本来の生物多様性を損なっている

 日本自然保護協会の安倍真理子氏は、12日の福井新聞掲載の論文で、環境保全を理由に辺野古埋め立てに反対していた。ジュゴンやウミガメの生育が脅かされるから、ということである。音に敏感なジュゴンが船に衝突したり、埋め立てによってウミガメの産卵が一部脅かされるという。
 ここでは、とくにジュゴンやウミガメのような、目立つ大きな動物について心配している。

 しかし本当は、生態系の頂点に立つジュゴンなどの大型動物そのものが、生態系の多様性を損なっている場合が多い。クジラがいい例である。ヒトはもっとだが。
 花里孝幸氏(信州大教授)は、「自然はそんなにヤワじゃない」という著書の中で、つぎのように述べている。

≪生物というものはとてもタフで、打たれ強いものであることがわかる。すると、今、人類が強い力で地球環境を変えて生態系を大きく攪乱しても、人類は滅びるかもしれないが、その急激に変化する環境をうまく生き抜き、新たにつくられた環境の中で繁栄する生物種が必ず出てくるに違いない。そして、生物がそこに存在することができれば、そこには生物たちの相互関係が生まれ、食物連鎖がつくられ、きちんと機能する生態系がつくられるのである≫

 花里氏によると、生態系の錯乱は、生物多様性が生まれる大きな要因となる。洪水がいい例である。これは、自然発生的でも人為的でも同じである。海岸埋め立ては、生物多様性が増す絶好の機会かもしれない。
 たとえば、大型捕食動物がいなくなることによって、それまでそのエサとなっていた小動物が増え、かえって多様性が増す。小動物のほうが、圧倒的に種類が多いからである。
........................................恐竜

 多様性を損なうのは、天然記念物のトキやコウノトリ保護の場合も同じである。この場合人為的に、エサとなるカエルやドジョウを増やす。そうすると、カエルやドジョウのエサとなる動物プランクトンがいなくなり、その生態系での生物多様性が失われる。ミジンコなどのプランクトンは、小さく目立たないが、多様性はカエルやメダカの比ではない。

 たしかに、ジュゴン、ウミガメ、トキ、コウノトリといった大型動物は、目立ちやすく、観光のシンボルとして最適である。そのことが悪いわけではない。それを目的に保護活動を行うことは、正当な経済活動(金儲け)であり、非難されるものではない。

 しかしこれは、あくまでも観光・経済目的であって、環境保護ではまったくない。保護によって、かえって生物多様性が、失われてしまうのである。自然の摂理というものはきわめて複雑で、人間の浅知恵が及ぶものではないからだ(ほんとに環境保護をしたいなら、ジュゴンやコウノトリを増やすより、ヒトを減らしたほうがいい)。
 勝手な思い込みでの「環境保全」、「生物多様性の保護」は、欺瞞以外の何物でもない。
 
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戦争の原因(1月13日)

 医者が病気をつくり、弁護士が事件をつくるように、軍人がいるから戦争が起きる

 原田泰氏の「なぜ日本経済はうまくいかないのか」の中で、戦争の原因は軍人が作るものだという指摘があった。医者がいるから、病気が増える。弁護士が事件をつくる。戦争がなければ軍人はいらない。
 具体的に我が国は、明治維新後、日清、日露の戦争など、10年おきくらいに外国と戦争していた。そのたびに男爵、子爵、伯爵が増えた。これらの華族は、国家から数億円(現在価値で)の一時金と生活保障、名誉が与えられ、その恩恵は子孫に及ぶ。現在の天下りの比ではない。

 したがって、参戦できなかった第1次大戦を含めて、しばらく戦争がなく、清貧に甘んじていた軍人にとっては、第2次世界大戦は、絶好の機会だったであろう。というより、軍人の没落を避けるには、参戦以外の選択肢はなかったはずだ。満州事変から始まる日本軍の暴走も、これで説明できる。
 
 超大国アメリカが、しばしば戦争を起こすのも、軍の利権獲得である。アメリカはこれまでの戦争で、軍人とその関連産業以外、誰も得した人はいなかった。

 しかし軍隊は、無くすわけにはいかない。軍隊のない国が永続することはない。どの国にとっても、外国の軍隊よりは強く、国内政治には弱い軍隊を作ることができるかが、問題なのである。

飲酒と大麻(1月12日)

 お酒を飲めない人は気の毒である。代わりに大麻を飲ませてあげたい

 忘年会や新年会、真っ盛りの時期である。昨晩は町内の新年会であった。私でも、年末年始10回以上は参加する。
 お酒を飲むと、気持ちよく酔えるし、話すことによってストレスを発散できる。日本酒や洋酒を問わず、おいしい酒はごまんとある。食事が2倍おいしくなる。酒によって人間関係が円滑になり、人脈も増える。無口で人見知りな私が「経営コンサルタント」などできるのも、お酒のおかげである。

 ところが、日本人の4人に一人はお酒が飲めない。肝臓でアルコールを分解する酵素が不足しているからだ。
 昨晩の新年会でも、一滴も飲まない人が14名中4名いた。飲めない人は、お酒の席が苦痛であろう。お酒に「酔う」という感覚が得られない。飲んでも、苦痛しか得られないという。

 お酒を飲めない人は、かわいそうである。そう思うと、周りで飲んでいる人も、なんだかつまらない。
 では、お酒の代わりに「大麻」ではどうか。お酒に弱い人でも大麻なら飲める。大麻は、アルコールやたばこより、習慣性や毒性が少ない。
 2008年、イギリスの研究団体ベックリー財団は、「大麻は精神及び身体を含む健康問題で良くない場合があるが、相対的な害では、それはアルコールかタバコより極めて害が少ない」とする報告書を発表した。少なくとも、近年問題になっている脱法ハーブなどより、よほどましである。
 すでに、各国では解禁の動きがある。アルコールに弱い日本こそ、まっさきに解禁すべきではないのか。

 少なくとも、60歳以上の高齢者には、大麻を禁止する理由が全くない。お酒は、人類の文化を発展させ、社会生活を潤いあるものにした。大麻はそれ以上の働きをするに違いない。

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歴史報道、世界への謝罪(1月11日)

 マスコミの報道姿勢に「活!」を入れなければ、日本の再生はない
 
 秦郁彦氏は、「WILL」1月号の「河野談話をつき崩した大スクープ」という記事の中で、『身内の責任をなすり合うよりも、日本政府が一括して国際社会へ騙した責任を謝罪するのも一案かと思う。』と記述していた。日本のマスコミ(この場合朝日新聞)によるねつ造が、ありもしない「慰安婦」事件を引き起こしたことを受けてのものである。

 名案である。
 この際「南京大虐殺事件」その他洗いざらい、すべての冤罪事件について、マスコミを吊し上げ、一緒に謝罪すべきである。
 なにしろ、これらの事件については、何一つ客観的証拠がない。証拠として挙げられたものは、ことごとくねつ造であることが証明されている。
 
 前にも述べたように、
“先の大戦は、デモクラシーとファシズムとの戦いであった。正義の味方「戦勝国」は、悪であるファシズムを滅ぼし、その権化であるナチスやA級戦犯を封じ込めた。これらを封じ込めることによって、「悪」に支配されていたドイツや日本の国民を、解放した。”

 「戦勝国」は、このような物語を作ることによって、自らの悪行を正当化してきた。日本人の多くも、米国主導の戦後教育とくにマスコミによって、この「戦勝国」の物語を信じ込まされている。
 とくに、日本のマスコミによる煽動ぶりは大きい。

 ねつ造事件のほとんどは、日本のマスコミが、火のないところに火種を運び、ガソリンで火をつけ、送風機で煽り立てたものだ。国内外の醜聞を作り上げるため、そんなことを延々と行ってきた。
 インチキがばれ、ねつ造の証拠が挙がっても、シラを突き通している。

 多くのマスコミは、GHQ支配からの年功序列体制が脈々と続く「化石集団」と化しているからである。このマスコミの報道姿勢に「活!」を入れなければ、日本の再生はない。
 いつまでも、「冤罪被害者」として小さくなっているのは、まっぴらである。


 ところで、
 私自身は、日本国に関わる先の大戦からの歴史をつぎのようにとらえている。
 
 『日本は、若気の過ちで交通事故を起こしてしまった。気がついてみたら、事故を起こした相手は、とんでもないやくざ集団だった』

 当たらずと言えど、遠からずであろう。

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トリアージと想定外(1月10日)

 どちらかを優先できないときは、どちらも見捨てたほうが、「みんなが幸せ」になる

 災害などで多数の負傷者が発生したとき、治療や搬送の優先順位をつけて負傷者を分類することを「トリアージ」という。
 では、どのように優先順位をつけるのか。傷病の緊急度に応じ、次の4段階に分類する。

 第一順位:直ちに治療しないと死に至る状態。
 第二順位:2~3時間なら治療を遅らせても状態が悪化しない状態。
 第三順位:今すぐの処置や搬送の必要ない状態
 第四順位:治療を行っても生存の可能性のない状態。

 これは、負傷の程度だけを見た優先順位である。ところが、年齢や社会的地位など、負傷者の属性を考慮すると、ややこしくなる。
 年齢だけなら、まだわかりやすい。同じ程度の負傷のときは、8歳の子供と80歳の年寄とでは、どちらを優先すべきかは、誰が見てもわかる。

                これでいいか

 しかし、その80歳が天皇陛下だったら? 8歳の子供が、ネアンデルタール人だったらどうか。日本人なら、こんなことは考えたくない。もし医者が、この場面に遭遇したらどうするか。どちらを優先しても苦しむ。どっちにしても必ず非難を受ける。助かったほうも後味が悪い。
 それなら、どちらも見捨てたほうが、「みんなが幸せ」になる。いずれだれもが死ぬからである。

地域振興のためには(1月9日)

 その地域を好きな人を育てる必要がある。単発的な地域おこしは、決して長続きしない

 今、すべての国すべての地域が、観光振興に力を入れている。いかにして、他の地域から人と金を引っ張り込むか、血眼である。

 しかしこのような同じ視点で勝負しても、勝てるとは思わない。福井の周りには、強敵が多すぎる。
ではどうするか。
 人を呼び込もうとするより、いかに地域の人が楽しく豊かに暮らせるかに力点を変えたほうがいい。そうすれば、黙っていても人は来る。
 そもそもいくら他人が来ても、地域の人が不幸になったのでは全く意味がない。

 では、どうすればいいのか。
 「新潮45 13年10月」で、スイス在住の山田桂一郎氏(観光カリスマ)と藻谷浩介氏(日本総研)の対談での、スイスの例が参考になった。
 スイス・ツエルマットは、マッターホルン麓のリゾート地として有名である。人口5700人にもかかわらず、年間宿泊者数は200万泊にも及ぶ。70%がリピーターで、シーズンを通してほとんど変動がないと言う。
 このような地域をどのようにして作ったのか。

 人口800万人足らずのスイスには、このような取り組みが数多くある。観光地だけではない。製造業もきわめて強い。一人当たりGDPは約8万ドルで、日本の約2倍。日本にも高級時計や医薬品を売り込んでおり、対日貿易黒字は、4000億円以上にもなる。非常に豊かな国である。

 ただ、人口1億人を超える日本が、スイスと同じことをしても成功するとは限らない。それに、スイスには特有の問題もある。外国人労働者の比率増大や、それに伴う人種差別である(医薬品開発の治験には、人体実験が必要)。日本のような、逆差別とまで思えるような平等社会では、できないことが多い。

 それでも、日本がぜひ参考にしたいところがある。
 スイス住民のほとんどが、自国や地域の歴史、文化、地理に精通していることである。スイスでは、学校教育でもこれらの科目を重視するという。
 日本はこれまで、そこが疎かになっていたのではないか。日本人で、自分が住んでいる町村、市、国のことを、人に説明できるほど知っている人が、どれだけいるか。能や歌舞伎などの古典芸能、古典絵画、日本や地域の歴史に精通している人もほとんどいない。地元をテーマにした演歌でさえ、まともに歌えない。
 考えてみれば、さびしい限りである。

 人は知ることによって、その対象に好感を抱く。地域を知れば楽しくなり、精神的な豊かさが増す。
 地域振興のためには、そこに住む人が中心になる必要があるが、地域が好きでなければ、決して長続きしない。そして地域が好きになるには、その地域のことをよく知っていなければならない。

 時間はかかるが、そこから始めたほうがいい。低学年からの、地域教育が重要である(英語教育は不要)。その場限りのイベントや地域おこしだけでは、一過性で終わってしまう。そんなことは、これまでの経験で明らかである。

文殊山胎内くぐり(1月8日)

 一昨日、朝の仕事が一段落したので、文殊山に登ってきた。雪解け道がぬかるんでおり、ゴム長靴である。途中、20名ほどの登山者に会ったが、8割は同じゴム長である。ゴム長靴は、泥道で裾が汚れないのはいいが、足のすわりが悪い。上りは快適だが、下りは脱げそうになる。

 平日(月曜)の10時と言うのに、駐車場には20台以上の車が並んでいる。いまの日本は、暇人が多い(私も同じ)。ほとんど60歳以上だが、学生と思しき若い人も数人いた。

 もちろん、今年初めての文殊山登山である。そして、今年初めての胎内くぐりだ。ただゴム長で入ったのは、失礼だったかもしれない。

 胎内岩横からH26.1.6  胎内岩接近H26.1.6  胎内岩最接近H26.1.6

 「自分もくぐってみたい」、と思われた方は「拍手」お願いします。

ものづくりにおける異常対策(1月7日)

 冷凍食品は、長期保存ができるという利点の陰に、恐るべき欠陥が潜んでいる。冷凍食品製造業者は、それをカバーするしくみをつくらなければならない

 先日も書いたが、マルハニチロの農薬入り冷凍食品が、大きな社会問題となっている。
 だが、事業を行っていれば、必ず何らかの不具合が生ずる。その場合、発生した異常事態に対し、必ず是正処置(再発防止策)を行うことが大切である。
 是正処置(再発防止策)とは、問題の原因を突き止め、その原因を取り除くことである。その手順は、以下の通りである。

①不具合、不良の定義を明確にする
 実務担当者だけでなく、営業担当者、顧客、外注先に対してコミュニケーションを充分行い、どこまでが不良なのかを明確にする。
②不良の発生について、社内で共通認識をもつ
 不良撲滅は、まずどんな不良があるか、それはどのような状態なのかの観察眼を養うことから始まる。不良の発見は、作業者の「見る目」と「気くばり」に大きく依存する。
③発生した不良についての責任と処置を明確にする。
 品質の責任は、その品物を作った人、あるいはその仕事を依頼した人にある。責任を取る人は、不利益なことも甘んじて受けなければならない。
④不具合、不良は速やかに処置する。
 不良を発見した場合、速やかに処置し、影響を少なくする。そのためには、不良を発見したら、直ちに発生場所にフィードバックする。そのしくみや風土を形成する必要がある。
 不良の発見は、早ければ早いほど原因も明確になり、手直し修復も容易である。
⑤是正処置をとる
 緊急の対策が終わったら、同じような不良が発生しないように、原因をしっかり把握し、その対策をとる。
⑥記録して、組織のノウハウとする
 大切なのは、同じような不具合を繰り返さないことである。それには、これらを記録して物語として周知し、組織のノウハウとして活かす。

 ここでもっとも重要なことは、「早期発見・早期対応」のしくみを作ることである。これは、リスクマネジメントの基本でもある。

 その意味で、冷凍食品というのは、食品の形態としては、きわめて筋が悪い。食品(製品)・・梱包・・冷凍・・保存・・流通・・保存・・と、製品ができてから消費されるまでの時間が、非常に長いからだ。その間、異常が蓄積・増幅されてしまう。

 今回の事件も、農薬食品が10月初め出荷され、苦情があったのは11月である。これは、「早期発見・早期対応」の原則には、まったくそぐわない。長期保存がきくという長所が、そのまま大きな欠点になっている。今回の場合も、保存食品でなければ、ここまで大きな広がりにはならなかった。

 もちろんこれは、冷凍食品だけではない。味噌、乾物、缶詰その他、あらゆる保存食品についても同じことが言える。
 そこで、冷凍食品など長期保存食品を製造する業者は、その欠点をよく認識し、それをカバーするための仕組みを作らなければならない(各工程におけるトレーサビリティ、冷凍前のチェックなど)。
 
 当該事業者だけでなく、食品業界の事業者は、ぜひ今回の失敗を肝に銘じて欲しい。それができなければ、またどこかで同じような事件が起こるのは、間違いない。
 今回の事件を、経営のモラルだけで終わらせては再発防止にはならない。もし犯罪だとしても、犯人を捕まえて終わりでは決してないのである。

経済特区構想(1月6日)

 チマチマした規制緩和策を、一部の地域だけに導入したとしても、話にならない

 アベノミクスの第3の矢。成長戦略の柱として、規制緩和のための経済特区が検討されている。いま検討されているのは、「出雲大社の参道に屋台を出せる」、「農業用車両の車検期間を少し長くする」、「関西空港で水素使用を緩和する」、「外国人医師が診療できる」などである。

 まことに、みみっちい。
 こんなチマチマしたものを、一部の地域だけに導入したとしても、話にならない。鼻糞ほどの緩和を、恩着せがましく「規制緩和」だと考えているのが、官僚なのである。こんなものは「特区」どころか、全国解禁したところで大した効果はない。

 経済特区をつくるなら、もっとインパクトのある規制緩和をやったらどうか。
 たとえば、「売春」、「麻薬」、「銃」、「飲酒運転」である。福島第一周辺は、「老人天国」として開放して欲しい。これらは特区として地域限定にするか、年齢制限にする。
 そもそも、100歳以上の老人に、売春や大麻を禁止するのは、ナンセンスである。

 これらが実現できれば、経済効果は抜群である。
 あわせて、暴力団の資金源を断つことにもなる。それ以上に、隣の国に対する現代のあへん戦争にも、勝たねばならない。パチンコ、売春婦の送り込みへの戦いである。この毒は、もはや毒でなければ制することはできない。
 隣国や暴力団の息がかかっている人は、抵抗するだろうが、これぐらい思い切らなければ、「特区」の意味がない。

年賀状(1月5日)

 今年もたくさんの年賀状をいただきました。

 この場を借りて、感謝申し上げます。ありがとうございました。


 まことに失礼ながら、私も100枚ほど出したのですが、どの方に出したかよく覚えていません。忘れないように、手書きであて名を書いてもだめでした。もし、出し忘れた方がおられても「たまたま」です。決してお気を悪くなさらないよう、お願いします。

 つまり、賀状を頂きながら、さし上げていない人がいると思います。これまで、頂いた賀状の整理が不十分でした。とくに数年前「忌中」案内をいた方には、不義理をしているかもしれません。賀状は、出せば返事が来るので、かえって迷惑かもしれないと思いつつ・・・。

 もっとも、出す出さないで、気まずい思いをするのは、年末年始の1~2週間ぐらいです。それ以外、賀状云々で気を使ったことはなく(相手の腹の中はわかりませんが)、少なくとも私は、「こいつは年賀状よこさなかった、今畜生」と思ったことは、一度もありません。その点だけは、ご安心ください。

 ともかく明日からは、本格的な「仕事」に入ります。気合を入れて、がんばりましょう。

              馬 輪
(追)
 当地区で共同管理していた「子供みこし」が、廃棄処分されるかもしれません。終戦後作られ、私自身も担いだ覚えがあるので、製作後少なくとも60年以上になります。骨董的価値があるかどうかは、わかりません(いま新品を購入すれば、100万円以上はするはずです)。
 もし、購入希望の方がおられたら、「拍手」で、お名のりください。価格はご相談の上。

農薬入り冷凍食品とリスク(1月4日)

 リスクに関する情報の秘匿は、組織のリスク低減に寄与しないだけでなく、新たに大きな責任が発生する

 昨年の、食品偽装報道が治まったと思ったら、『マルハニチロから農薬入りの冷凍食品が出荷された』という記事が入ってきた。この会社も、回収に動き出したのは、苦情を聞いてから1.5か月もたってからだという。表に出たのは氷山の一角であるが、組織にとっては致命的だ。なぜこんなことが起こるのか。組織はどう対処したらよいのか。

 今回の農薬冷凍食品の場合は、犯罪性が疑われており、これまでの事件とは、性格がやや異なるかもしれない。
 ただ、今の日本では、多くの人が「正直者は、馬鹿を見る」と考えている。まじめに働いた人が報われない時代だと思っている。現にこれまでも、不祥事の内部告発者が、干されてしまった例は多い。必死の中小企業者を痛い目にあわせた銀行が、公的資金で焼け太ったこともあった。天下りや渡り鳥も、相変わらずである。
 そのため、金回りの良い人は、何かずるいことをやって儲けているに違いないと、普通の人は感じている。偽造や不祥事隠しを行ったとしても、組織内にいる人は、それが悪いことだとは考えられなかったのではないか。

 しかし、悪いのは世の中だと言っても、責任を取らなければならないのは、不祥事を起こした組織である。さらに、時代は確実に変わりつつある。市民や消費者として、企業に関心を持つ人が増え、環境や法規制にそむいた行動は、厳しくチェックされるようになっている。また、組織内では共同体意識が薄れ、臭いものに蓋をしておくことはできなくなっている。

 そして、これらの危機は、人為的なものだけではない。安全、衛生、公害など、どのような組織にも数多く存在する。それらを特定・管理し、社会や組織に与える影響を最小限に抑えようとするのが、リスクマネジメントである。

 前にも記したように、リスクマネジメントには、事故や危機がなるべく起きないようにする予防活動と、事故や危機的な状況が発生した後の危機管理活動とがある。
 まず組織は、リスクを顕在化させないための予防処置を講じる必要がある。予防処置が完全に機能した場合、リスクは顕在化しないので社会から注目されることもなく、一般の人は、そのようなリスクがあることさえ、気付くことはない。 本来、これがもっとも望ましい。

 しかし、予防処置がいつも完全であるとは限らない。予見できないリスクが発生する可能性もある。そのような時、危機管理に深い関心を持っているトップは、迅速な対応と情報開示によって、影響を最小限に抑えることができる。

 その場合、次の点が重要である。重要なので、繰り返す。
 ① 異常事態が速やかにトップに伝達されること
 ② 関係者への連絡など、決断と行動のスピード

 これができるためには、内外での効率的なコミュニケーションのしくみと、良好な人間関係が必要である。危機が起こっても、適切な対応さえ取られれば、一時的な業績低下は短期間で回復する。適切な対応を内外から評価され、以前より業績を伸ばすことさえある。
 逆に、対応のわずかな遅れは、影響を拡大させ、社会に大きな損失を与えるだけでなく、組織自体の存在さえ危うくする。

 リスクに関する情報の秘匿は、組織のリスク低減に寄与しないだけでなく、それによって新たな責任が組織に課せられることになる。これまでの事例を見ても明らかである。

英語教育(1月3日)

 無理に英語を勉強すれば、とてつもなく大切なものが、失われてしまう

 小学校からの英語教育が、必須になるという。高校の英語教育は英語で行うようになり、大学の授業も英語で行う割合が増えていくそうだ。企業でも、楽天やユニクロでは、英語を公用語とし、英語のできない人は辞めているらしい。
 たしかに、英語はできないよりもできたほうがいい。

 それで私自身も昔、30代の5~6年間、ラジオの英語講座を聞いていたことがあった。毎朝1時間も聞いていたが、ただそれだけ。結局それで終わってしまった(目的がないのだから当たり前である)。いくらやっても、英語はできるようにならなかったし、使う機会もなかった。   
                   英語学者

 そして最大の後悔は、人生で最も脳力の充実していた30台の5~6年を、英語ごときに費やしてしまったことである。早朝、起きがけの1時間は、もっともアイデアが湧いてくる時間帯だ。ここで、いくつもの大きな発明の機会を、完全に逃してしまった(逃がした魚は大きいのだ)。

 また大学時代に、いくつか工学の教科を英語のテキストで教えられたことがあった。もちろん、ちんぷんかんぷんである(それで単位が取れるのが不思議なところであるが)。英語でなく、日本語のテキストだったら、多少は理解できていたであろう。
 すなわち、何かを得ようとすると、他の何か大切なものを捨てなければならないのである。

 一方、ろくに勉強もしなかった中国語でさえ、簡単な会話ならできるようになったことがある。50歳のころ、数か月北京滞在したときのことだ。その短い間、虎の巻1冊と、意識して中国語を使うようにしただけである。
 普通の企業人にとって、英語をはじめ外国語などは、必要になれば何とかなる。

 夏目漱石は、「日本人に英語力がつかないのは、国家として確立しているからだ」と喝破している。
 英語は、国や教育機関が、片肘張って教えるものではまったくない。必要性だけわかればいい。英語を強要すれば、国民一人ひとりにとって、とてつもなく大切なものが、失われることになる。

 もっとも、何もしないよりは、よほどましだけどね。

経営コンサルタントという仕事(1月2日)

 中小企業者のニーズには、正攻法で応えていかなければならないが、ますます金には縁が遠くなる
 
 企業の不祥事が発生するたび、ちらほらと「経営コンサルタント」が出てくる。「経営コンサルタント」は、悪事指南役の代名詞のようである。
 現に私自身、初めて経営コンサルタントを名乗ったとき、「脱税を教えてくれるのか?」と言われたことがある。それ以来今日に至るまで、この名称に誇りを持てない。友人たちにも、バカにされることがある。

 中小企業診断士は、その経営コンサルタントの国家資格である。もとより企業経営者は、国家資格としての中小企業診断士には、多くを期待していない。わけの分からない資格よりも、その道の真のプロを望んでいる。あえて言えば、違法すれすれだろうが、業界での裏技を指導してくれるような指南役が欲しい。
 悪事指南の「経営コンサルタント」は、そのニーズに応えている。

 しかしながら、技術や専門性が進展する中で、専門家の倫理確保がますます重要になってくることは明白である。専門度が増すほど、違法性や安全性を他人がチェックすることは不可能になるからだ。中小企業者のニーズには、正攻法で応えていかなければならない。

 そうすると、ますます金には縁が遠くなる。世の中は、藪医者ほど儲かる仕組みになっているのである(もっとも、金にも命にも欲がなくなってきたのが、年寄りの強みであるが)。

平成26年 元旦

 あけましておめでとうございます!
                                          千石舟
 おかげざまで、無事新年を迎えることができました。
 今年は、靖国に渦巻く怨念がすこし解消されたので、世の中はだいぶ良くなると思います。 

 さて、
 このブログも、FC2の「政治・経済」のランキングで、ほぼ10%の位置を上下しています(およそ5000件中、400~600位)。 
 まず、3年「継続」を目標にします。
 
 
 本ブログのカテゴリ構成は、大きく4つに分かれます。
(1)政治・経済
(2)社会・哲学
(3)企業経営
(4)画像

 ランク上位を狙うためには、カテゴリを絞ります。内容を明確に分けることは難しいのですが、これを2つぐらいにして、別なジャンルでアップすることを考えています。

 もうすぐ、別な形でお目にかかるかもしれません。

 ただ、日々の仕事の中で書き続けるのは厳しく、投稿だけで手いっぱいです。また、年齢と共に筆力も減退してきました。そこで今年の仕事は、コストパフォーマンスの高いものだけに絞ります(なかなかうまくいかないが)。

 今年も、ご愛読お願いします。とくに「拍手」が多いと、励みになります。