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大みそか(12月31日)

 今日で、このブログをはじめて1年である。

 ネタ切れになるかと思ったら、けっこう続いた。あと2年続ければ、「石の上にも3年」となる。そこまでいけば、大したものだ。少なくとも、もっと楽に書けるようになる。
 命が持てばいいのだが。

 この年末年始は、忘・新年会が合わせて15回くらい。おかげでいつも体調が悪い。毎年12月~1月の2か月で、3年ぐらい寿命が縮む。「高級な酒を少しだけ」飲む方針を貫こうとしているが、うまくいったためしがない。

 ただ内気な私が、何とか社会参加できたのは、お酒のおかげである。高校時代から、交友関係には必ず、酒が仲介していた。その意味では、酒には恩がある。足を向けては寝られない。

 それに、ここまで生きてきたのだから、もう自分の命は惜しくはない。上がつかえているだけである。
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靖国参拝評価のマスコミ影響(12月30日)

 TVだけでしか情報を受け取っていない高齢者は、騙されやすい。しかし、「敗戦責任」を棚に上げ、中・韓に迎合するのはやめてほしい

 今回、安倍総理の靖国参拝をうけ、YHOOでは次のような意識調査を行っている。

『安倍首相は政権1年を迎えた26日の午前靖国神社に参拝。現職の首相が靖国神社に参拝するのは、小泉首相以来7年ぶりですが、あなたはこの靖国神社参拝を妥当だと思いますか?』

 この質問に対し、本日(30日)12:00の時点で、39.3万票のうち、賛成が77.3%であった。
 ただ、26日の参拝直後は、賛成票が85%以上あったはずだ。見るたびに、少しつづ反対票が増えている。いつの間にか、賛成票が10ポイント近く減少している。

 明らかにこれは、マスコミの影響である。
 26日の参拝後、ほとんどすべての新聞・TVが批判的な言説を加えていた。ニュースや報道番組のたび、海外からの批判や懸念声明を繰り返し、あるいは増幅させ、日本国民を委縮させようとしている。
 中国・韓国はともかく、米国からの「失望」声明は、少なからぬ日本人に影響を与えたであろう。いかにも日本が世界中から孤立するかのような、マスコミの演出はみごとである。
 マスコミは、その「放火魔」ぶりを、如何なく発揮しているともいえる。

 ヤフーの投票は1回きりである。したがって、最初「妥当」票を入れた人が、その後マスコミ影響を受けたことを考慮すると、現時点で実際の参拝支持率は、70%ぐらいとなろう。
 この先、マスコミがこのような報道を繰り返せば、まだ減少する可能性はある。

 とくにTVだけでしか情報を受け取っていない高齢者は、騙されやすい。現に、安倍総理の靖国参拝を批判するなかで、90歳以上の高齢者が少なからずいたのには、びっくりした。

 そもそも、今の世代がこの問題で苦しんでいるのは、先の大戦で負けたからである。今90歳以上の連中には、その責任がある。その「敗戦責任」を棚に上げ、「戦争を知らない政治家」だの、「安倍総理は危ない」など、どの面下げて言えるのか。
 厚顔無恥とは、まさしくこのことである。

 書いているうち興奮し、つい言葉が荒くなってしまった。

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記憶力の低下(12月29日)

 年寄りがボケるのは当たり前である。都合のいいものだけを思い出せばいい

 私の記憶力の減退は、日増しに進む。とくに、人の名前が分らない。外国ドラマなど、誰が誰だかさっぱりである(わからなくても日本の青臭いドラマより面白いのだが)。

 会話をしていても、固有名詞が出てこないので、そこで話が切れる。とても評論家のように弁舌さわやかに話すことはできない。人前で話す講師の仕事は、もうできないかもしれない。

 では、ほんとに記憶力が亡くなったのか。
 先だってのNHK「ためして合点」では、記憶する力ではなく、「思い出し力」が無くなるといっていた(どっちにしても、「アウトプット」できないのだから、同じであるが)。

 確かに、生きてきた時間に比例して、脳に入る情報は増える。年に500冊も本を読まなくても、漫画やテレビ番組、ぼんやり景色を見るだけでも、記憶は確実に蓄積されている。

 それだけ膨大な記憶容量を、簡単に思い出せることこそおかしい。年寄りが、ボケるのは当たり前である。ボケた人は、容量オーバーなのである。
 過ぎたるは及ばざるがごとし。あまり蓄積するのは、止めよう。

 そして世の中には、忘れたいことが山ほどある。都合のいいものだけを思い出せばいいのである。

靖国参拝批判(12月28日)

 いま日本人が何もしなければ、子孫たちまでが歴史を捻じ曲げられ、都合いいようにあしらわれるだけである

 安倍総理の靖国参拝に対し、国内外のマスコミや各国の批判が高まっている。中国や韓国の反発は当たり前として、アメリカ、ロシア、EUなどから懸念の声も聞かれる。
 「各国」と言っても、世界中ではない。非難や懸念を示す国は限られている。

 どこの国か。
 もちろん、先の大戦の「戦勝国」である。中国や韓国のように、自分たちが「戦勝国」であると勘違いしている国も含まれている。

 では、なぜこれらの国が、総理の靖国参拝に反対するのだろうか。

 「戦勝国」は次のように、先の大戦からの歴史(物語)を作り上げてきた。それが、崩れてしまうかもしれないからである。

 “先の大戦は、デモクラシーとファシズムとの戦いであった。正義の味方「戦勝国」は、悪であるファシズムを滅ぼし、その権化であるナチスやA級戦犯を封じ込めた。これらを封じ込めることによって、「悪」に支配されていたドイツや日本の国民を、解放した。”

 「戦勝国」は、このような歴史(物語)を作ることによって、自らの悪行を正当化してきた。日本人の多くも、米国主導の戦後教育やマスコミによって、この「戦勝国」の物語を信じ込まされている(そこから、『河野談話』のような、荒唐無稽な話が出てきた)。

 そして靖国神社には、東京裁判で「平和に対する罪」で有罪になったA級戦犯が祀られている。
 戦後日本は、サンフランシスコ講和条約で東京裁判を受け入れ、国際社会に復帰した。それなのに、A級戦犯が祀られた靖国に首相が参拝すれば、日本は歴史を反省せず、歴史の修正を試み、戦後の国際秩序に挑戦していることになる。
 それにともなって、封じ込めたはずのA級戦犯の名誉回復がなされようとするのは、きわめてまずい。「戦勝国」の正当性、既得権益の根幹が脅かされてしまうからだ。

 この物語によれば、悪癖の「敗戦国」は、正義の「戦勝国」の支配下に置かれなければならない。国連の敵国条約が典型である。この「戦勝国」の包囲網によって、「敗戦国」は完全に頭を押さえられる。
 この体制が、いわゆる「戦後レジーム」である。靖国参拝やA級戦犯の名誉回復など、許されるわけがない。

 周知のように、「戦後レジーム」での支配者、戦勝5大国は、国連の常任理事国である。核保有国、大量の武器輸出国で、広範囲に植民地を支配・搾取してきた国だ(中国は現在進行形)。世界で起こる戦争・内戦には、すべて責任がある。極悪非道な行動を取りながら、それを正当化させることにかけては、年季が入っている。

                    鳥居

 一方、日本国民にとって、A級戦犯=悪の権化ではない。確かに、日本を敗戦に導いた、「敗戦責任者」ではある。それが、「戦勝国」の歴史を作るため、死刑に処せられた。どんな人でも、死んだら神様である。しかも靖国の魂の中で、小さな顔をしていなければならない。その怨念がくすぶり続けている。鎮魂しなければ、どんな災いがあるかわからない。

 もっと大事なことは、靖国には無数の英霊が眠っている。われわれ日本人の祖先である。少なからぬ英霊は、靖国に入ることを信じて亡くなった。そこに、トップが参拝しない国など、あろうはずがない。
 靖国に代わる慰霊施設など、問題外である。日本人の多くは、島倉千代子の「東京だよおっかさん(2番)」を聞いて、涙する。

 さらにこのままでは、「戦後レジーム」、すなわち「戦勝国」支配が、永遠に続く。日本という国を否定したまま、「戦勝国」のレジームの中でしか、存在できない。絶対に1番にはなれない。台頭しかかると潰されるからだ(円高やバブル潰し、構造協議、郵政、米軍基地、TPPなど)。軍事面では、完全に米国の属国である。

 ほんとに、それでいいのか。日本人がこのまま何もしなければ、子孫たちまでも、歴史を捻じ曲げられ、都合いいようにあしらわれるだけである。まともな日本人なら、いいとは思わないはずだ。

 では、どうすればいいのか。
 ここで、「戦勝国」に一矢報いてみようではないか。国民の80%以上が靖国参拝を支持しているということは、その覚悟ができたということである。
 といって、なにもいま戦争をするわけではない。これまでのように外国(世間体)を気にすることなく、自らの権利を、堂々と主張していくだけでいい。これまではあまりにも、海外の目を気にしすぎた。海外政府のコメントは、「戦勝国」の利権を守るための建前に過ぎない。
 日本が覚悟を決めれば、周りの国も刮目して見る。そうなってはじめて、「戦後レジーム」からの脱却ができるのである。

 ただ現時点での、天皇の参拝は難しい。天皇は、ひたすら国民の安寧を願っておられる。したがって、いかなる形での争いも避けようとされる。天皇が直接に靖国参拝できるのは、この参拝が政治問題でなくなった時である。
 
 そして、国内でも10%ぐらいは、靖国参拝を批判的にみている人がいることも、確かである。靖国参拝を「オウンゴール」とまで、言い募る。彼らはなぜか、日本がいつまでも「戦勝国」に虐げられ、「2番以下でいい」と思っている人たちである。そんな人でも威張っていられるのが、日本のいいところである。

靖国参拝報道(12月27日)

 よくぞここまで、国民目線を欠いた報道ができるのか。良識の欠如した報道機関に、日本は潰される

 昨日、安倍総理の靖国参拝を受けての、マスコミ報道とネットの姿勢の違いに、あらためてびっくりしている。

 まず、昨日来のネットに投稿された意見をみると、圧倒的多数が参拝を支持していた(ヤフーアンケートで82%)。むしろ、願っていたことがようやくかなえられた、という雰囲気で満ち溢れている。誇張でなく、ワールドカップサッカーで、日本が優勝したようであった。

 「日本国の首たる総理が、不戦の誓いの心で英霊に参拝して何の問題があるのか」、「日本人も、諸外国の顔色を窺うのはやめて、自国の主義主張はハッキリと示していくべき」、「先の大戦で前夫と兄を失った○○さん(88)は首相の靖国参拝を心から喜び、『総理大臣が参拝してくれましたよ』と、2人の遺影に報告した」。
 なかには、ほんとかどうかわからないが、「韓国がデフォルトする直前に手を切るとは、見事なやり方だ」と、総理の参拝戦略に感心した投稿もあった。
 さすがのマスコミも、この国民的盛り上がりには、逆らえないだろうと思っていた。

 ところが日本のマスコミは、そんなヤワではなかった。
 昨日からのTV報道を見ると、大部分が参拝を否定的にとらえていた。ネットの論調とは、まるで反対である。中国、韓国との関係悪化の懸念や、宗教上の理由である。なかには、靖国参拝をナチス励賛と同等視する、トンでも発言まで飛び出す始末であった。

 今朝の福井新聞(共同)でも、「外交戦略を欠いた独走」と解説。「識者」のコメントも、「中・韓との修復がより難しくなる」、「政府間外交が動くチャンスに水を差した」など、参拝に否定的な意見ばかり集め、いかにも首相の靖国参拝が「悪」であるかのように報道していた。

 よくぞここまで、国民目線を欠いた報道ができるのか、まったく不思議である。
 報道機関として、権力の監視役を果たそう、としているのかもしれない。また、「専門家」として、ポピュリズムに走りがちな国民を引き締める役割もあるだろう(そんな高尚な意思があるとは、とても思えないのだが)。

 だがどう見ても、報道によって騒ぎを起こそうとしている。その火付け役のほうが大きいのは、間違いない。
 たとえば今回の場合、
 「安倍総理大臣が靖国神社を参拝したことに対しては、中国や韓国政府が激しく反発するのは必至とみられます。」
 こんなことを、日本のメディアに書かれては、穏便に済まそうとしていた中国・韓国も、騒がざるを得ない。それぞれの国の報道機関も、まさか日本のメディア以下のことを主張することはできない。

 このようにして、日本内外で騒ぎを引き起こす。関連して、各国要人やメディアの発言があるたび、大々的に報道して騒ぎを大きくし、それがまた記事になる。こじれていけば、記事が拡大され、紙面が埋まる。

 マスコミにとっては、外交がうまくいかないほうがいいのである。「マッチポンプ」どころか、火をつけて煽り立てる「放火魔」である(阪神大震災で、報道ヘリの風が火災を拡大させたのと同じ)。大火事になるほど、記事が売れる。

 おかげでこの何十年、どれだけ国益を損なってきたことか。良識の欠如した日本の報道機関に、日本は潰されるのではないか。日本が潰れる前に、腐った報道機関を潰さなければならない。まともな人ならそう思うはずだ。

普天間基地移転(12月26日)

 そんなに県外移転したいのなら、沖縄県を2つに分ければいい

 昨日、安倍総理と仲井真沖縄知事が会談。総理は、地位協定の見直しや、今後8年間沖縄振興予算3000億円以上供与などを提案。これ以上ない大盤振る舞いである。3000億円といえば、140万人の沖縄県民一人当たり20万円以上にもなる。これが当分続く。もちろんすべて国民負担である。これまでもさんざん、沖縄に絞り取られてきたのに、うんざりである。  
 これに対し、普天間の辺野古移転に関し、知事は前向きな意向を見せているという。あたり前である。これで移転を拒否したら、日本国民に対する重大な背徳である。八つ裂きにされても、文句は言えない。

 ところが、何事にも難癖をつける人は必ずいる。
 今朝の「モーニングバード」のコメンテーターもひどかった。知事が評価した総理の提案にさえ、さんざんケチをつける。「今回の地位協定の交渉程度では不十分だ。」、「沖縄の中での移転では問題は解決できない。」など、絶対に解決できないような要求を突きつけ、悦に入っている。子供の我儘である。
 日本には、この問題を絶対解決したくない人種がいる、ということがわかった。

 そんなどうしようもない我儘人種でも、納得させる方法がある。辺野古から北を沖縄から分離させ、もう一つの県にするのである。それなら、確実に「県外移転」になる。

 もっとも、「問題を絶対解決したくない」人は、また新たな難題をふっかけるに違いない。困ったことに彼らは、「何でも反対」することにかけては、天才的な人たちである。
 それしか生き甲斐がないのは、気の毒ではあるのだが。


(追)
 ところで、「モーニングバード」の玉川という解説委員はおかしい。
 今朝の番組では、中国の「防空識別区」についても、頓珍漢な説明をしていた。これは、中国が「防空識別区」を、自国の領土と見なしたことに問題がある。それ以上でも以下でもない。日本が抵抗するのは当然である。それなのに、カネのために中国のいいなりになれと言う。
 「モーニングバード」は、たまにしか見ないが、見るたびにおかしな解説をする。こんな輩を高給で雇っているテレビ局が、なぜ今まで存続できたのか不思議である。


(再追)
 お昼のニュースで、安倍総理が本日、靖国を参拝したことを聞いた。靖国は、総理が参拝してこそ意義がある。ようやく国民の思いを遂げてくれた。もろ手を挙げて支持する。 

     関連記事 ⇒ 靖国参拝

クリスマス(12月25日)

 キリスト教がなかったらもっとひどい社会になっていたのか、キリスト教を利用して世界支配をしてきただけなのか。1000年後にはわかる

 今日はクリスマス。この日を、キリストの生誕日と思っている人は多い。ところが、学説は全く違う。キリスト教が勢力を伸ばしていたころ、旧宗教(ミトラ教)の大祭が、冬至であるこの日盛大に行われていた。この日を境に、太陽が勢いを増す(日照時間が長くなる)からである。そこで、新興キリスト教は、ミトラ教に対抗するために、この日をクリスマスにしたという。
 キリストなど、どうでもよかった。記念日のようなシンボルが必要なだけであった。

 そして今、世界最大の信者を有するのは、このキリスト教である。およそ22億人で、宗教人口の1/3を占める。キリスト教は、植民地を拡大するための手段でもあったことから、欧米を中心に、アフリカ、南米、中国、韓国の一部にまで拡散している。日本でさえ、クリスマスを祝う(なぜかこの日、ホテルは満員になるという)。
 もちろん、2番目はイスラム教であり、現在15億人。イスラム圏のほうが人口増が大きいため、まもなく宗教人口では逆転する。(3番目がヒンズー教で、4番目が仏教)
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 もともと、キリスト教の教えは、①主を愛しなさい、②隣人を自分のように愛しなさい、の2つであった。もちろん「隣人」とは、宗教や社会的立場を乗り越えた人たちである。

 ところが現実社会は、この教え通りいかないのは、歴史が証明している。人間、というより生物の性であろう。
 キリスト教がなかったら、もっとひどい社会になっていたのか、それともキリスト教を利用して世界支配をしてきただけなのか。1000年後には、わかる。

ゴシップ記事(12月24日)

 それなりの地位にあってゴシップ記事に書かれない人こそ怪しい

 週刊誌には、多くの噂話が掲載されている。あることないこと、新聞本社では書けないことも、子会社を使って書き込む。とくに「・・・・経済」、「・・・政界」などの業界紙は、政治家や芸能人のスキャンダルを、いかにもそれらしく暴き立てる。多くの人は、広告の見出しを見ただけで、信じてしまう。少なくとも、「火のないところに煙は立たない」と思う。

 しかしどんな人も、いくら聖人君子だろうが、叩けば何かしら埃が出る。出ない人はいない。もし埃の出ない人がいたら、その人は何もしなかった人である。すなわち、何もできない「毒にも薬にもならない」役立たずだ。これは断言できる。

 したがって、何の裏付けもないそのたぐいの記事は、逆読みをすべきである。
 記事に書かれない人こそ、怪しい。

 つまり、それなりの地位にあってゴシップ記事に書かれない人は、記事が出る前に何かアクションを起こしたのである。その業界紙と癒着、まではいかなくても、何らかの働きかけをしている。と考えたほうが自然である。

 週刊誌で、けちょんけちょんに書かれている人こそ、信頼できる。

天皇と万世一系(12月23日)

 かけがえのない日本の宝を、現在の目先の事情だけで葬り去ってしまう権利は、断じて我々にはない

 日本人にとって、天皇家の存在は特別である。日本国内には、さまざまな矛盾、争い、葛藤がある。日本を取り巻く国々からの嫌がらせも多い。それらは永遠に続く。完全に解決することは不可能である。必ず国民の不満は高まる。
 そこで、これらを超越・統合した、最後の支えがなければならない。それが天皇である。天皇がおられなければ、いまの日本はなかった。まさに「国体」と呼ばれる所以である。

 すなわち、日本人にとって天皇は、その存在だけで心のよりどころになる。災害時の慰問の様子を見ればわかる。どんなときも、ひたすら国民の安寧を願われる。我々は決して、見捨てられることはない。
 アメリカや中国、韓国のように、絶えず外的を作って戦争状態にしておかなければ、国の統一を保てない国とはまったく違う。歴史の断絶もない。

 また、国際的にも天皇は、各国の大統領はもとより、すべての国の王族よりも格が上である。ローマ法王以上に見られている。日本の誇るブランドイメージとして、これ以上のものはない。

         万世一系         継体天皇像 H29.1.29
         
 これらの根拠となるものは、世界に類を見ない「万世一系」に他ならない。すなわち、確実に血筋をたどることのできる、男系だからである。これで、女系が混じっていたらそうはいかない。血筋など雲散霧消してしまう。それゆえ日本では、男系の血筋にこだわってきた。これは世界の王族の中でも天皇家だけであり、国際的にも一目置かれている。

 ただ、この「万世一系」は、意識して出来上がったのではない、という説がある。本郷和人氏は、「天皇家はなぜ万世一系なのか」という著書のなかで、つぎのように述べている。

≪・・皇室の男性が、一般の女性と交わるのは問題ない。けれども皇室の女性が一般の男性と交わるのは、聖性が侵害されることであって、認められない。女系天皇が存在しなかったのは、まさにこのためではなかったでしょうか。≫

 だが、たとえ「たまたま」ではあっても、2600年もの長い間、男系が続いてきたのである。むしろ、そのような「偶然」こそ、貴重なのではないか。
 血筋などは、単なる認識の問題であり、おとぎ話かもしれない。だが、ブランドイメージはすべておとぎ話である。女系の天皇が誕生すれば、これらがすべて崩れてしまう。それより、男系を絶対視する人たちとの間に壮絶な争いが起こり、果てしなく内乱が続く。

 今、世論は女系・女帝容認に傾いている。しかしながら、男系と女系、女帝などの違いをわかっている人がどれくらいいるのだろうか。男系を信奉する10%の国民の思いは、違いの分からない他の90%より、はるかに重い。
 2600年以上かけて築き上げてきた、かけがえのない日本の宝を、現在の目先の事情だけで葬り去ってしまう権利は、断じて我々にはない。

財政赤字で金持ちになる(12月22日)

 いくら国の借金が増えても、その分だけ国民が金持ちになる

≪政府は20日、2014年度予算案の全容を固めた。一般会計総額は13年度当初比3兆3000億円増の95兆9000億円で、当初予算では過去最大となる。高齢化で医療、年金などの社会保障関係費が初めて30兆円を突破。公共事業費に加え、安全保障を重視する安倍政権の姿勢を反映して防衛費も増えるなど、歳出膨張に歯止めがかからない。 12月20日共同より≫

 過去最高の予算案に伴い、新たな国債発行額41兆円になる。累積の財政赤字は、とっくに1000兆円を超えた。「財政赤字が増える」と、マスコミが大騒ぎする。
 しかし、ほんとに財政赤字は問題なのか。

 人口1億人の、A国とB国があったとしよう。どちらの国に住みたいか。

 A国:国の借金はゼロ。国民の預貯金もゼロ。
 B国:国の借金は1000兆円。国民一人あたり1000万円の預貯金がある。


 A国では、国民の面倒はすべて国が見る。その代わり、稼いだ金はほとんど税金で納める。スェーデンに近い。税金が高いので、食事は軽減税率適用の食品に限定される。グルメな飲食店は、閑古鳥が鳴く。外に出ると何かと税金がかかるため、フリーセックスだけが蔓延するという「素晴らしい」社会である。

 それでも私は、B国に住みたい。今の日本に近い。いくら国の借金があっても、自由に使える1000万円もの貯金があったほうが断然いいからである。

 「財政赤字が大きいと、個人の貯金があっても、引き出せなくなる。」という人がいる。そんなことはない。大きな買い物なら、単に口座から口座への移動にすぎない。だからお金は、使った瞬間、誰かの貯金になる。もともと日本国内に出回る現金は、50兆円ぐらいで変わらない。

 今回のように、日本政府が大盤振る舞いをすると、また金持ちが増え、預金残高が増える。そのうち国の借金2000兆円になると、国民一人2000万円の預貯金となる。国債金利にしても、受け取る人は国民である。
 国の財政赤字が問題となるのは、それが特定の利権集団に集中してしまうことだけである(財政上は問題ないが、怨嗟の対象となる)。


 もちろんそれらのお金は、国内で使うことが大前提だ。金にあかして、ラスベガスで100億円すってしまうというのは、論外である。

 ただ、心配なことがある。
 財務省が、12月9日に発表した10月の国際収支によると、モノの取引を示す貿易収支は、1兆919億円の赤字。海外とのモノやサービス、投資などの取引を示す経常収支は、1279億円の赤字だという。ついに、経常収支も赤字に転落した。これが続くと、国の財政赤字は持たない。
 
 したがって日本人は、もっと働いて、少なくとも経常収支をプラスにする必要がある。働かないで年金や生活保障を受け取ろうとする人は、絞り上げなければならない。そんな人が増えると、汗水たらしてモノやサービスを作ろうとする人たちがいなくなり、すべて外国に頼ることになってしまうからである。

累進課税(12月21日)

 高額所得者の累進課税は、もっと進めるべきである。彼らは、日本で儲ける相手がいるから、高額所得を得られる

 ≪ダウンタウンの松本人志さんによる「高額所得者は高額納税者であることを知って欲しい」という発言が話題になっています。与党はちょうど、来年度の税制改正大綱において高額所得者への増税を打ち出す見通しですが、お金持ちの人にたくさんの税金を課すことにはどんなメリットがあり、逆にどんなデメリットがあるのでしょうか?12月12日(THE PAGE)より≫

 確かに、金持ちほど税金をたくさん払っている。同じ税率でもそうなるのに、累進課税なら、なおさらである。金持ちにとっては、せっかく稼いだ金が、ほとんど税金でもっていかれるのは、面白くない。
 
 しかし高額な所得を得られるといっても、それが働きに比例しているわけではない。所得のほとんどは、低所得者からの搾取である。あるいは、「運」か「流れ」である。高額になればなるほど、その比率は高くなる。

 たとえば、イチローの年棒は、優に私の100倍以上ある。しかし、彼が私の100倍以上努力し、100倍以上能力があるとは、とても思えない。せいぜい2倍であろう(それでもたいしたものであるが)。それ以上は「搾取」、と言って悪ければ、世の中の仕組みによる「吸い上げ」である。
 たまたまイチローを例に挙げてしまったが、彼以上に、その働きに見合わない高級を食んでいる人は、ごまんといる。

 この場合、人の100倍稼いだものを、90%税金で戻しても、まだ10倍分残る。それが惜しいと言うのは、何をかいわんやだ。お店で、仕入れ価格の100倍の定価をつけたものを、バーゲンで90%引きにするのと同じことである。

 現在の最高税率は40%である。1800万円以上の所得者は、みな同じであり、それ以上は、所得100億円だろうが、同じ税率である。たしか昔は、税率80%ぐらいあったのではないか。プロ野球選手最高の、王、長嶋の年棒の80~90%が税金だったという話を聞いたことがある。

 したがって、累進課税は、もっと進めてもかまわない。最高98%でもいい。
 それでも高額所得者が、海外へ逃避することはない。そんなことをすると、日本の低額所得者からの上りが無くなり、能力の100倍以上も稼ぐことができなくなるからである。


 ところで、
 私が金持ちの税率を高くしようと主張するのは、単に金持ちに対する「嫉妬」からである。人殺しの手段が発達したいま、庶民の「嫉妬」による暗殺が、頻発することを恐れるためである。(暗殺まではいかなくとも、「黒子のバスケ事件」のような、やっかみによる脅迫は発生する。)
 すでにアメリカでは、成金が殺される事件が多発している。アメリカの10年後の社会が、日本である。警察やボデーガード費用が、GDPの10%にもなる社会は、想像したくない。

 しかし、これまで本ブログで述べたように、いくら金持ちが税金を払わなくても、そのお金をすべて国内で使うか、預金として塩漬けにしておくなら、日本の財政赤字は何の問題もない。

大阪から、鳥取、島根(12月18~20日)

 まず、足立美術館。
 この美術館は、横山大観を売りにしている。と言っても、大観の展示件数は20点ぐらい。この10倍以上の貯蔵品を、とっかえひっかえ展示する。小出しすることによって、リピーターを呼ぼうとしている。
 ただ美術館というのは、美術権威の象徴である。いいものかもしれないが、たいていの人にとってはつまらない。楽しむためには、それなりのリテラシーが必要である。
 私には展示の絵画より、日本一と言われる庭園のほうが、印象に残った。

 足立庭園 H25.12.18     境港駅前H25.12.18 ねずみ男H25.12.18

 つぎに、水木しげるロード。
 まちおこしの一つ、市街地活性化を考えた場合、いくつかの方向が考えられる。まず、土産物や飲食店などの集積。神戸や横浜の南京町、沖縄の国際通りが典型である。つぎに、ファッションに特化したまち。例えば金沢で、福井や富山から多くの買い物客を集めている。
 あるいは、テーマ性のあるまち並み。どんな地域でも歴史・文化はあるから、それを発掘・創造していく。まさしく、この妖怪の町である。500mほどの街路両側に、100体以上もの妖怪人形が、5~10メートルおきに並んでいる。「子供だまし」とはいえ、かなり手が込んでいる。子供は喜ぶであろう。(ごり押し設置の「慰安婦像」より、よほどいい)。
 しかし、少なくとも私は、また来たいとは思わない。「水木しげる」の「妖怪」が、この先普遍的なものになるかどうかも、微妙なところである。


 そして、出雲大社。
 古事記では、イザナギ、イザナミをはじめ、たくさんの神々が現れる。ここはその神々のなかで有名な、大国主神を祀っている。ただ、何代にも連なる話は複雑で、私はその関係がよくわかっていない。
 「国ゆずり」の話も不可解である。たぶんあの頃、朝鮮半島からの大規模な侵略戦争があった。その事件が、伝達ゲームのように伝わってきたに違いない。話は極端に美化される。旧日本軍の中国での話とは、まったく反対である。

メール送信不調(12月17日)

 半月ほど前から、メール送信が不調である。外部からは、嫌というほど入ってくるのだが、こちらからの送信が届かない。とくに、県の各商工会あてのメールが届いていないようだ。
 苦労して作ったものが送信できないのは、なんとももどかしい。

 調べたところ、メールの1%程度は、何らかの不具合で届かないことがあるそうだ。しかし、今回の場合は、何かの設定トラブルのようである。不具合対象が限定されている。

 しばらくは確認のため、私のメールを受けた方は、返信お願いします。


(注)
 県外視察のため、19日まで出張です。書き込みが不規則になります。

 本日早朝、サンダーバード乗車。
 今日は、大阪の量販店、飲食店などを視察。

ものづくり補助金(12月16日)

 いくらお金が下りると言っても、計画がずさんでは意味がない。3月申請に合わせ、経営計画を練り込んでおきたい

 平成25年度は、1000億円の予算で、「ものづくり補助金制度」が施行された。これまでの補助金と異なり、設備投資までが助成対象となるため、申請者には使いやすい。福井県でも、24年度の補正と合わせ、165件採択された。経済規模からいえば、破格の大盤振る舞いである。

 そのため、中小企業の工作機械受注が、大幅に増えているという。県内工作機械メーカーにいる知人も、この補助金のおかげで、すこし息をつけたと言っていた。もともと、工作機械の市場規模は3000億円程度である。1000億円の何割かが、そこに向かうだけでも大きい。

 さらに、26年3月には、「スーパーものづくり補助金」の募集があるという。総額は不明だが、今度は、助成額が1件2000万円になるという。設備メーカーにとっても、大きなボーナスである。もっとも、一過性であっては意味がない。
 そして、この助成金がうまく呼び水になるためには、申請する企業が、経営計画に基づく設備投資を効果的に行う必要がある。

 昨年度から、この補助金の申請を請け負う人が出没している。1000万円の補助金なら、成功報酬1割でも、100万円である。違法ではないが、申請計画が現実的でないと、補助金とプラスする自己資金までも、どぶに捨てることになる。
 いくらお金が下りると言っても、計画がずさんでは全く意味がない。3月申請に合わせ、自社の経営計画を、しっかりしたものにしておきたい。

じじいの決死隊(12月15日)

 いつか必ず死ぬのなら、そういう役をやって死にたい

 3.11の原発事故のとき、作業員たちは、放射線を恐れて、おっかなびっくりで修復を行っていた。放射線にかまわず、現場作業を行う人がいればどんなにいいか。若い人には、これからたくさんの仕事を、やってもらわなければならない。先が短く、暇を持て余している人がいい。
 そこで、「じじいの決死隊」の出番である。実際に福島第一では、この決死隊編成を考えたという。志願者も、数百人単位で現れた。幸い日本には、候補者がわんさかいる。

        じじいの決死隊  
                             
 先日中国は、尖閣を含んだ「防空識別区」を設定した。これは、日本が設けている「防空識別圏」とはまったく異なり、排他的意味合いの強いものである。
 ということは、日本と中国の戦闘機がこの領域で、互いにスクランブル発進する。互いに譲り合わない場合、戦闘行為が発生する。日本が最初に攻撃を仕掛ければ、中国にとって絶好の「口実」になる。
 いまの日本では、先制攻撃はできない。黙って撃ち落とされる。
 そこで、「じじいの決死隊」の出番である。旧式の飛行機で中国軍の矢面に立ち、撃墜される。大義名分が成り立つ。どうせなら、そういう役をやって死にたい。平和ボケ日本も、やっと重い腰を上げるだろう。

 その他にも、いろんな危機がある。毎年、日本のどこかで大雨、地滑りが発生する。最近北アルプスで雪崩が発生、7名が死亡した。北海道十勝岳でも遭難者が相次いている。いつも、2重遭難の恐れがあるため、救出がはかどらない。
 ここで「じじいの決死隊」が出動する。危険を恐れないため、救出作業は効率的になる。もっとも、救出されるほうも「じじい」では、まったく意味がないのだが。

 ただ、「じじいの決死隊」は、希少であるからこそ、価値がある。決死隊への参加が、社会の「空気」になってしまうと恐ろしい。65歳を過ぎて、「決死隊」に入らないことが、世間から冷たい目で見られるような社会は、なんとも重苦しい。

パチンコ戦争を始めよう(12月14日)

 清国でさえ、「アヘン戦争」を戦った。誇りある日本人は、「パチンコ戦争」を仕掛けよう

 日本中どこに行っても、豪華な建物がある。ご存じパチンコ店である。外国人が日本に来て、びっくりするのがこれだ。郊外店ができるようになって、ますます派手になった。こんなものは、クールジャパンじゃない。

 昔は、庶民の手ごろな息抜きとしてのパチンコだった。それが今では、1回10何万、それ以上勝ち負けするようになっている。負け始めるときりがない。
 パチンコ中毒になった人は、他の事は考えなく、ありったけのお金と時間をそれに費やす。あげくは、借金、自己破産から、家庭崩壊、一家離散、自殺へと進む。強盗や万引きといった犯罪の引き金にもなる。炎天下の車両での、悲惨な幼児放置も、後を絶たない。人心は荒廃し、凶悪犯罪が激増する。
 業界はそうやって、国民から膨大なお金を収奪する。パチンコは、30兆円規模の巨大産業に成長した。
 このパチンコ業界の最大資本は、韓国・朝鮮である。

 これは、英国東インド会社によって、清を蝕んだアヘンと酷似している。いや、もっと悪質である。パチンコは、日本の政治家や治安を取り締まる警察にまで、侵食している。政治献金や、賄賂、天下りなどの利権で釣っている。また、巨大な資金をバックに、マスコミへ拠出する広告費用も大きい。そのためマスコミも、パチンコ業界を叩けない。

 パチンコ資本の母国韓国は、少し前に、国家としてパチンコを全面禁止にした。日本のあまりの悲惨な状況を、目の当たりにしたからだ。あれだけ日本をまねる韓国でさえ、禁止する。
 良識ある日本人なら、今の国民へのパチンコ汚染は、アヘンより性質が悪いと思うだろう。清国でさえ、「アヘン戦争」を戦った。誇りある日本人は、「パチンコ戦争」を仕掛けなければならない。

 ただ、現代の戦争は、国を相手にするのではない。相手は個人、パチンコ経営者である。それに、いまや警察をはじめとして国家中枢やマスコミまで、パチンコに汚染されている。この状態では、正面突破は難しい。業界のおもな会社を個別に狙う。ゲリラ戦しかない。

知財の罠の罠(12月13日)

 日本に「知財」権益が残っているうちに、国民が一所懸命働く国にならなければならない

 これまで何回か、「知財の罠」シリーズを掲載してきた。「知財」は、富める者をますます富ませ、貧乏人をとことん絞る「レントシーキング」の典型であるとして、批判的に書いてきた。
 こういう見方もある、ということである。

 しかしながら、今の日本で「知財」を全否定するわけにはいかない。アメリカのバイオメジャーやディズニー、マイクロソフトなどが荒稼ぎしているのは事実だが、日本もまた少なからず「知財」の恩恵に預かっているからである。

 財務省が、12月9日に発表した10月の国際収支によると、円安によってドルで取引される燃料の輸入額が増えたため、モノの取引を示す貿易収支は、1兆919億円の赤字であった。さらに、海外とのモノやサービス、投資などの取引を合わせた経常収支は、1279億円の赤字だという。ついに経常収支も、赤字に転落した。

 とうとう日本は、経常赤字国に落ちた。これが続けば、国の財政赤字が爆発する。すなわち、国債の国内消化ができなくなり、国債の大暴落から、国家破綻が現実になるのである。

 ただ貿易赤字に比べ、経常赤字はまだまだ少ない。これは多分に日本企業の持つ「知財」のおかげである。もし「知財」を否定してしまったら、すでに日本は、とんでもない赤字大国になってしまっていた。

 したがって、日本に「知財」の権益が残っているうち、貿易赤字の解消をはからねばならない。
 その方法は、一つしかない。国民が皆(高齢者も障害者も)、一所懸命働くことである。そして、原発をはじめ、自前のエネルギー比率を高めることだ。でなければ、飢え死にするしかない。これは、誇張ではない。
 文句ばかり言って、働かなくて済む世界など、どこにもない。

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 食品偽装とブランド
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 著作権はいらない
 産業財産権と企業経営


(注)
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 1000拍手目の方からは、連絡がありましたので、後日ささやかな記念品を提供させていただきます。
 これからも、ご愛読よろしくお願いします。

産業財産権と企業経営(知財の罠)(12月12日)

 大多数の中小企業にとって、「特許権」は気休めの『お守り』か『宝くじ』である

 少し古いが、特許庁によると、2008年度における特許出願件数は、およそ39万件(実用新案は9400件)。そのうち審査を通って登録された件数は半分以下だが、18万件もある。また、その年度における発明者延べ人数は、全国で77万人。福井県は1750人である。もっとも、弁理士の登録数は、全国で7800人いるのに、福井県では9人しかいない(今はもっと増えているはず)。

 また、特許取得や維持の費用がバカにならない。弁理士を利用しない場合でも、出願料1.5万円、審査請求料20万円(請求項の数による)で、めでたく特許認定された暁には、最初毎年1.6万円から順次上がり、10年目以降は毎年10万円ほど支払う。合計で160万円にもなる。弁理士を活用した場合には、これに30~50万円を上乗せしなくてはならない。
 すなわち、特許権を1つ保持するだけで、200万円以上費用がかかる。

事例(1)(機械製造会社)資本金8500万円、従業員110名、知財担当3名(兼務)
 ・特許出願件数 合計 99(国内)+54(外国)=153件  (2004年度は6件出願)
 ・特許権利件数 合計 35(国内)+29(外国)= 64件   実用新案権利件数=1
 ・知財権により保護された製品の売上合計=約13億円(純利益は不明)
 ・年間の知財に関する費用=約2000万円
                        (特許庁「知財で元気な企業2007」による)

事例(2)(県内A社工具販売)資本金1000万円、従業員2人、売上高1億円、利益▲100万円
 ・特許出願件数 合計 25件  (2004年度は2件出願)
 ・特許権利件数 合計 8件  (うち4件は係争中、他の特許権も額縁に飾ってあるだけ)
 ・知財権により保護された製品の売上高=0
 ・年間の知財に関する費用=約200万円
 ・権利の内容も、類似品を排除できるような強力なものではない。(目的に対する手段は無数)
 
 「知的財産戦略ガイドブック 2006年3月近畿経済産業局」によると、そこにある事例24件のうち、費用対効果のプラスの企業が11社、マイナスの企業が9社、不明が4社であった。
知財が企業にとって、万能ではないことがわかる。

 では、企業は知財をどう考えたらいいか

①知財が効用を発揮するためには、その保護された製品が売上を確保できるかどうか。
②つまり、特許の有効期間(出願から20年)で、もとを取れるか?(実態は、不活性特許が50%以上)
③自社に生産・販売能力がない場合は、他社へのライセンスなどを考える。
④技術内容が他社にわからないような製造方法の場合は、出願しないほうがいい。(他社が特許取得しても、先使用権がある)


 中小企業では、特許権や実用新案は、水戸黄門の『御印籠』だと思っている。しかし本当のところは、気休めの『お守り』程度であろう。あるいはせいぜい、一獲千金を夢見る『宝くじ』ではないか。

著作権はいらない(知財の罠)(12月11日)

 わけのわからない音楽や小説、画像が、50年も100年も保護されると思うと、ぞっとする

 著作権法の第1条には次のようにかかれている。
 「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作権の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権等の権利の保護をはかり、もって文化の発展に寄与することを目的とする」
 つまり、個人の創作活動を保護することによって、文化が発展するという。確かに、個人の著作権を保護することによって富が集まるから、欲に駆られ創作活動は進む。この大義を疑う人は少ない。

 しかし、本当に著作権が必要なのか? さらに、文化の発展がそんなに大事か。次から次へ出てくる、わけのわからない音楽や小説が文化なら、文化など発展しなくてもいいと思う。そんな作品が、50年も100年も保護されると思うと、ぞっとする。
 著作権が無くても、文化は発展する。むしろ、異質な文化が生まれる(上塗り文化も発展する)。

 それに、これまで消化しきれないほどの音楽が世に出ている。これに加え、毎年おびただしい数の音楽が発売される。だが、人がすべての音楽を聞けることはありえない。ほとんどの人が消化不良のまま、新しい音楽をスルーしている。もし著作権が無かったら、新作が激減する。そのほうがいい。懐メロだけで充分だ。

 音楽を大量生産している会社やアーチストは、著作権という既得権の上に立つ。しかし、その音楽がすばらしいから売れているわけではない。お金をかけて宣伝すれば、たいていのものは売れる。
 それだけではない。大量に新作を流すことによって、本当にいいものが出ない。世の中には、無名でもっとすばらしいものが五万とある。それが、既得権益者の横暴で埋もれる。

 音楽のやり取りが、自由にできるようになれば、本当にいいものが残る。既得権益がなくなるため、顧客を洗脳することが利益にならないからだ。我々は、ほんとにいいものが手に入る。

 文学や絵画、ブランドも同じである。多くの人は、専門家や権威ある人の意のまま、彼らの権益を守るようなものがいい、と信じさせられる。
 権威者は、権益を手放したくないため、「・・・大賞」とかいったお墨付きを与える。秀吉が千利休を利用したのと同じだ。だから、権威ある展示会に行っても古典を見てもつまらない。ほとんどの人は、わかった振りをしているだけである。
 芸術は、主観的なものである。人がなんと言おうと、いいものがいい。
 
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遺伝子特許(知財の罠)(12月10日)

 特許による独占が、巨大企業を太らせ、貧富の差をますます拡大させている

 アメリカのバイオメジャーと呼ばれる巨大企業を中心に、遺伝子組み換え食品が世界に広がっている。アメリカ農務省によると、2012年のアメリカで遺伝子組み換えのトウモロコシ、大豆、綿花が、作付面積に占める割合は、それぞれ88%、93%、94%である。
 またたとえば、モンサント社は、世界のトウモロコシ種子市場の41%、大豆種子市場の25%、主な野菜種子市場の2~40%を占めているという。これら遺伝子組み換え作物の種は、「知的財産」として保護され、巨大企業による食糧生産コントロールが、世界規模で広まっている。

 これらの種は1代限り(F1種)である。そのため、農家が生産を続けるためには、この種を買い続けるしかない。さらに、「モンサントポリス」という組織をつくり、各地の農家に対して特許権侵害の摘発活動を進めているという。
 効果的な遺伝子組み換えの種を開発するには、膨大なコストがかかる。それを回収するためのビジネスモデルである。         
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 しかし、このことによって世界中の農業が、一握りの巨大企業に牛耳られてしまった。種が独占され、価格が供給側で決められるようになる。そうなると、種を買えない農民は干上がってしまう。少数の大国に「農」が集中し、食料は完全な戦略物質と化す。

 同じように、医薬品、医療用具の世界でも、特許権を武器に熾烈な淘汰争いが続いている。まさに、1%に99%の富が集中する世界である。
 特許による独占が、貧富の差をますます拡大させている。

食品偽装とブランド(知財の罠)(12月9日)

 ブランドを礼賛するのもいいが、これは富める者をますます富ませる

 日本では、ブランド品が売れる。ブランド品といっても、グッチやエルメスといった伝統手工芸的なものから、トヨタやソニーといったメーカーブランドまで、さまざまである。近年、地域の産品がブランドになるものも多い。
 いま大流行の食品偽装は、まさにこのブランド志向を逆手に取ったものである。

 ブランド名は、商標法によって保護されている。これを保護することによって、商標(ブランド)を扱う人の信用を維持する。また、購入する時も、商品を区別できるため、需要者の保護にもつながる。消費者が、買おうとしている商品の品質や機能を判断できない場合、商標(ブランド)は大きな味方となる。

 しかし、なぜ商標法が存在するのか。
 本物と偽物の区別がつきにくいからである。よく偽ブランドが問題になるハンドバッグや運動靴、眼鏡、アパレル、アクセサリーなどの商品は、誰も真贋の見分がつかない。レストランでの食材も同じである(メニュー表示は、景品表示法で規制)。
 これらは製造が容易であり、有名ブランド品でなかろうと、それほど品質的な差はない。世界の技術レベルが均一化しているのだから、あたりまえである。品質の差がないものを、いかにもあるように見せているのが、ブランドである。デザインには特色があるが、これは好き好きである。
 ホテル・レストランの“メニュー偽装”では、どんなネギでも、「九条ネギ」になる。もとより、日本人の消費者としてのレベル向上は、期待できない。

 もちろん、ブランドを定着させるには、大変な手間とコストがかかる。
 しかし、偽物と区別がつかないなら、本質的な差はないはずだ。差がないものを、ブランドという「葵の御紋」を付けただけで、価格を吊り上げる。これは消費者をだます。一度つかんだら話さない既得権の典型である。極端なのは、デイズニーである。

 名の売れたブランド品が好まれるということは、日本人の横並び意識、その浅薄さに乗じている。そうなると、ブランド商法と、オウムとの違いがよく解からない。いったん強者となった1%が、99%を搾取する構図である。別途述べる、巨大バイオ企業や医薬品メーカーが、特許権を盾に取るのも同じである。

 以上、これはブランドに乗れなかった事業者たちの、苦しい遠吠えである。

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(注)
 あと20日すこしで、大みそか。この妄言ブログも、「めでたく?」1年続きました。
 ところで、「拍手」の数が、あと20~30で、トータル1000になります。記念すべき1000拍手目をクリックされる方は、どなたでしょうか。ぜひコメントで、お名乗りください。
 ささやかながら、記念品を差し上げます。

貧困と内戦をもたらす知財(知財の罠)(12月8日)

 特許権や著作権、ブランドなどの知財は、富める者をますます富ます、「レントシーキング」の親玉である

 今、世界各地で内戦が続いている。シリア、ソマリア、マリ、イラク、アフガンなど、数え上げればきりがない。しかもエジプトのように、これまで安定していた国でさえ、内乱状態となった。内戦状態にある国は、増えつつある。

 ではどうして、世界中で内乱、内戦が続くのか。
 個別には複雑な事情があるが、根本は貧困である。そして、その貧困国に武器を供与し、内乱を拡大させて儲けようとする国がいる。アメリカ、ロシア、中国、フランス、イギリスの国連常任理事国である。これらの国は、膨大な軍人と軍事産業を抱えている。これらを維持していかなければならない。ただ、大国同士で戦争をしかけるわけにはいかない。それぞれが、軍事大国であるため、自国の被害も尋常ではないからだ。

 そこで大国は、内戦や地域紛争を心待ちにし、あるいは仕掛ける。そして、それぞれの思惑で武器援助を行う。見返りはその国の持つ天然資源であり、通行権、軍事的な位置づけであることが多い。 
 すなわちいま世界で起こっている内戦は、21世紀型の戦争である。これを解決するには、貧困をなくさなければならない。
 ところが、その貧困を助長しているのがまた、軍事5大国なのである。大国は、グローバルスタンダードという、巧妙な仕掛けをつくり、貧困国を永久に搾取しようとしている。

 その仕掛けの典型例が、知的財産権である。特許権や著作権、ブランドなどの知財は、富める者をますます富ます。ステイグレッツのいう、「レントシーキング」の親玉である。

 内戦は、日本国にもあった。応仁の乱(1467年)から100年以上続く戦国時代が典型である。そして、江戸から明治に移行するときもそうだ。それを経て、いま日本は安定している。少なくとも、戦乱のさなかにはない。
 その時日本はまだ、グローバルスタンダードである「知財の罠」に落ち込んでいなかったからである。中国が、ここまで大国化してきたのも、「知財」を軽視してきたからに他ならない。

 異論はあるだろうが、「知財」が世界の貧困と内乱を助長してきたのは、事実である。

特定秘密保護法案成立(12月7日)

 なんでも「知る権利」を振り回すことがおかしい。世の中には、知らないほうがいいことが多い

 「特定秘密保護法」が成立した。数十年ぶりの懸案だった法律である。経済だけでなく、矢継ぎ早に懸案事項を解決してくれる。さすがは自民党である。大衆迎合せず、きっちりといい仕事をする。

 新聞やテレビ、作家などは、批判的に報道している。しかしそんなものは、自分たちの既得権益を守りたいだけではないか。そもそも「知る権利」など、何でもかんでも権利意識を振り回すことがおかしい。世の中には、知りたくないことがたくさんある。
 ほんとに知りたかったら、体を張って取りに行けばいい。死刑になるわけではない。真に価値ある情報なら、10年刑務所に入るくらい、なんでもない。ジャーナリストなら、それくらいの覚悟を持つべきだ。

 もともと日本には、「見るな」の文化がある。「鶴の恩返し」や、古事記でイザナキとイザナミの伝説などである。つまり、無理やり人の過去の過ちやアラをほじくり返さないことによって、円満な人付き合いができる。
 あの暗黒の民主党政権時代、当時の岡田幹事長は、日米の核に関わる密約なるものを、暴こうとして、見てはならないものを見てしまった。
 
 一歩国外を見れば、中国の圧力が日増しに高くなる。米国と連携してその侵略を防止することが、緊喫の課題である。そのとき、軍事機密がボロボロ漏れたら、連携どころではない。法案成立は、ジャストタイミングである。

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組織や地域の活性化(12月6日)

 「よそ者」、「わか者」、「ばか者」を受け入れられるかどうかできまる

 今年もある地域から、その地域産業活性化のための計画づくりを依頼された。その委員として、これまで数回の打ち合わせに参加した。以前にも、いくつもこのような事業に参加してきた。もちろん、同じような事業は無数にある。

 しかし、計画が軌道に乗ったという話は、きわめて少ない。事業がうまくいくためには、多くの課題や問題があり、それが疎かになっているからである。
 では、それらの課題を解決し、活性化を本物にするには、その過程で何が求められるのだろうか。

(1)強いキーパーソンの存在
 これまでも、すばらしいビジョンや計画が策定されたとしても、いったい誰がやるのかという事業があった。計画実現のためには、役割、責任、権限の明確化が必要である。強いリーダーシップ、ビジョン実現の要となるキーパーソン、さらに実際に活動を行うプレイヤーの存在である。そしてこの中で、とくに重要なのがキーパーソンの存在なのである。
 キーパーソンとは、地域振興の現場にあって、企業や大学、関係機関との緊密な連携、ネットワークをもとに、精力的な活動を展開し、次々と実務レベルの成果を出していく中心人物である。地域は、このような人材を輩出する土壌となる必要がある。

(2)顔の見える連携とネットワーク
 キーパーソンの重要な役割は、顔の見える連携やネットワークを強化することである。地域の内外において、開かれた出会いや意思疎通、交流の場をつくり、地域内の企業、行政、団体、住民だけでなく、地域外の企業、大学など相互のネットワークを形成することだ。
 それによって、実際のプレイヤーに支えられた、共同研究や新事業など、実効的な活性化策を展開できるとともに、同じ地域に生活する住民と目標を共有していくことも可能になる。また、公的機関の支援体制との連携を強化することもできる。

(3)個別企業に対する重点的な事業支援
 つぎに、地域企業全体への支援だけでなく、個別の企業、個々の起業者への重点的な支援を徹底して実行することが、成功の鍵になる。「出る杭」を伸ばすということ、そして個々のプレイヤーの活躍の総和が、地域活性化の実現に他ならないからである。
 具体的には、常日頃から個別の企業訪問などによって、それぞれの課題やニーズを把握する。個々の技術課題や商品開発ニーズ、資金調達などの経営課題を明確化することにより、適切な相談やアドバイスができるようになる。

 それぞれの地域や企業を取り巻く環境の変化など、地域のおかれた状況はさまざまであり、活性化させるための道筋も一様ではない。地域の企業、キーパーソンは、その状況に応じて、これからの地域・企業を支える共通要素や、それらを充足するために加えられたさまざまな工夫のうちから、必要なものを選択し、組み合わせ、さらに新たな創意工夫をこらしていく必要がある。

 そして、このキーパーソンに適しているのが、いわゆる「よそ者」、「わか者」、「ばか者」であるといわれる。
 すなわち、

 「よそ者」=しがらみにとらわれない人
 「わか者」=失敗を恐れない、失敗しても次がある人
 「ばか者」=常識にとらわれない考えを持つ人
                      である。
 じつは、このような人は身近にたくさんいる。気がつかないし、胡散臭いため、遠ざけているだけである。
 これらの人を、ほんとに受け入れることができるかどうか。すべて、それによって決まる。このことは、地域だけでなく、どのような組織でも同じである。

肉のスズキ屋(12月5日)

 飯田市遠山郷にある、有名な肉屋である。遠山郷は人口1700人。飯田市から車で1時間以上もかかる。地域には、星野屋という山肉専門の飲食店もあるが、鈴木屋は工場生産と店舗販売である。

 この会社は、羊の肉を中心に、猪、鹿など、あらゆる獣肉を扱っている。そのための最新の加工場を有する。6年前に新築した工場では、従業員25名が、HACCPに準拠した仕組みで働いている。
 たとえば獣体は、皮や内臓を別工場で剥ぎ取り、肉の部分だけを工場に搬入する。もちろん、作業員の手洗い、衣服管理は万全である。工場内部では、外から持ち込まれる包装資材と商品本体(肉)とは区別される。温度管理は厳しく、工場全体が冷蔵庫という位置づけである。
 この工場と設備を、補助金なしで建てた。億単位の投資で、相当な借り入れがあるはずだ。必死にならざるを得ない。

 その工場見学とあわせ、社長ヒアリングを行った。2代目社長も、40代で30年の経験がある。仕入れ~加工、~販売まですべてをこなす社長は、淡々と話す。経験とノウハウ、市場の苦労に裏打ちされた言葉は、新規参入者に対し、辛辣である。
 これまでいろんな地域から、山肉(猪やシカ)の加工販売について問い合わせがあったそうだ。しかし、猪でも捕れたから売れるものではない。素人の自家消費と商品にするのでは、雲泥の違いがある。ほとんどが、辞めたほうがいい案件ばかりだという。
 当社では、鹿肉を解体する場合でも、たいていの部位を使う。1頭当たり35キロは食用にする。業界平均の8キロに比べ、大変な違いである。そういえば、店舗には鹿のペニスや睾丸が、掘り出し物のように販売されていた。命を大切に扱うという信念である。ロースやもも肉しか使わない他の業者は、工夫が足りないそうだ。

 社長は、工場の生産だけでなく、営業面にも直接携わっている。都会のデパートへ出て自ら催事販売も行う。HPをつくって、その管理も行っている。したがって、1日12~16時間の仕事をこなす。

 ただ、あらゆることを自分だけで行うのは大変である。真面目で夜遊びもせず健康そうであるが、個人の力には限界がある。これから社員が増えていけば、なおさらである。その人材育成プランについて、聞けなかったのは残念であった。


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「カウントダウン、メルトダウン」福島第一の事故(12月4日)

 あの事故の知見を活かさない手はない。日本以外の各国は、3.11を「他山の石」として、原発増設を進めている

 船橋洋一氏の著書である。3.11からの福島第一原発に関わる人々の動きを、きわめて幅広い立場から、記述したものである。上下巻合わせて、900頁にも及ぶ大作だ。
 インタビューした人は、記載されているだけで100人以上。実際には、数百人にもなる。
 東電の現場従事者だけでなく、その本社や関連会社、政府中枢、原子力保安院、安全委員会、経産省、防衛相、文科省、地域自治体や住民、さらには、在日米軍や各国大使館、アメリカ政府の内部にまで踏み込んでいる。
 その人間関係にまで及んだ、広く深い取材は、幅広い人脈を持ちジャーナリスト経験の長い船橋氏ならではのものであろう。

 とくに、アメリカ関係の記述は、特筆ものである。
 あのとき米海軍は、米国空母をいかなる形でも、汚染させることはできなかった。いったん汚染されれば、艦隊は世界へ自由に航海して、寄港できなくなる。そこで海軍は、横須賀基地で放射能が検出された段階で、原子力空母ジョージ・ワシントンが、緊急出航。また原子力空母ロナルド・レーガンも、寄港を取りやめ遠ざかっていった。
 空母が避難するということは、在日米軍、大使館員など、すべての米国人が、日本を去る、ということを意味する。
 ホワイトハウス高官は、「もしあの時、在日米軍が日本から撤退したら、日米同盟は終わっていただろう」と述べている。この危機意識を、ホワイトハウスと国務省の担当官、在日大使館は共有していた。そこで彼らは、米海軍の提案する200マイル(320㎞)避難案を、身体を張って阻止したのである。

 そして、あらゆる関係機関の人たちが、この原発危機に当面し、右往左往した。その様子が、赤裸々に描かれている。この期に及んで個人のメンツや縦割り組織を意識する人、できることはすべてやる覚悟で乗り込んできた人。様々である。
 いろんな組織がいろんなことを考えているため、重複したり、まったく間に合わなかったりすることもある。全体を見るべき首相たちが、子供のサッカーみたいに、一つのことだけを追いかけ回していたこともわかった。
 何はともあれ、何千、何万という人たちが、あの半月間、死に物狂いで頑張ったのである。

              必死の救命行為 H28.11.13

 しかし今更ながら、いかに「安全神話」に則って原発が作られ、維持されてきたかがわかる。「重大事故は絶対起こらない」という前提で、多くのものごとが決められてきた。
 後知恵ではあるが、事故後におこった一つひとつの不具合を見ていくと、簡単な準備さえあれば、起こらなかったことが多い。そのうちの、いくつかでも対策が施されていれば、あそこまで重大事故にはならなかった。
 たとえばハード面では、配電盤が集中していたこと、ベント機能、注水機能が不十分であったことが挙げられる。具体的には、それらを動かすための、弁やモーター、動力の冗長性が不足していたことである。その気になれば、低コストで対応できていたはずだ。
 ソフト面では、SPEEDEIと呼ばれる緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムが、ほとんど避難の役に立たなかったこと。そもそも、20キロ以上の大規模避難は、まったく想定していなかったという。
 すなわち、原発反対者に気を使うあまり、やるべきことを隠してしまったのである。
 そのため、関係者は大変な思いをした。

 一方、その熾烈な事故処理の経験から、原発事故に対しての膨大なノウハウが蓄積されたことも、事実である。そして、それほどのコストをかけなくても、安全対策は十分できるということもわかってきた。
 この知見を後世に活かさない手はない。現に日本以外の各国(とくに中国、韓国)は、3.11を「反面教師」として、急ピッチで原発増設を進めている。

                水鳥
 ところで
 あの時期、日本中、いや世界中は、原発事故が最大の関心事であった。ただよく考えてみると、なぜあんなに大騒ぎしなければならなかったのか。
 ただ一つ、「放射能」である(専門家は『放射線』といえという)。
 ということは、「放射能」さえ過度に気にしなければ、あの騒ぎはいったいなんだったのかということになる。
 もしかしたら日本はいま、「水鳥の羽音」におびえているだけではないか。慎重すぎる原発の再稼働は、源・平の富士川の戦いで、驕る平家が潰走したときのように見える。

 日本が周辺諸国から蹂躙されないためには、国民が覇気を取り戻さなければならない。いくら高齢者が多くても、気位までが「老人国家」になったら、おしまいである。

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人を殺してはなぜいけないのか(12月3日)

「人を殺してはいけない」というのは、決して絶対の真理ではない

 人間は、平気で豚を殺して食う。同じように豚から見れば、人を殺すことなどどうでもいい。人も食料の一部である。人間が平気で豚を殺しているのに、人は殺していけないと言うのは、豚から見ればあまりにも理不尽である。

 人間以外の生物世界から見たら、「殺人は悪である」というルールと、「殺豚は悪である」というルールは何も違わない。イワシだろうとホウレンソウだろうと同じである。世の中に絶対正しいと言うルールなどない。人を殺してはいけないというのは、単なる人間同士の決め事に過ぎない。 
               ブタ イラスト
 だが、たとえ理不尽であろうとも、この決め事を守らなければ、多くの人が安心して暮らすことができない。人間社会が成り立たない。

 現代は人道主義思想のもとに、人権尊重、民主主義が、思想として定着している。この、人間至上の考え方の中では、人間様がもっとも厭なこと、恐れていることを避けたいのはあたりまえである。同じ人間として、それを責めるわけにはいかない。

 そこから、“人を殺すという、「殺される人にとって厭なこと」は、お互いにやめておきましょう”というルールが生まれてきた。厭なことといけないことを、同じことにしてしまったのだ。これは、人間同士にしか通用しない、他の生物を排除した「談合」である。

 そして、ルールができた以上は、守らなければならない。人を殺したら自分も殺される。それができないのなら、ルールのない国へ行くべきである。いまどきそんな国はないから、自分ひとりで世界と戦わなければならない。

 すなわち、「人を殺してはいけない」というのは、「決め事だから守らなければならない」だけなのである。

 私は、「絶対に、人を殺してはいけない」という人に、人間中心主義の傲慢さ、身勝手さを感じる。そんな人は、豚に殺されるだろう。

石破幹事長のブログ発言(12月2日)

 記事に書かれている「批判が集まりそうだ」という言葉は、確実に放火である

≪自民党の石破茂幹事長は11月29日付の自身のブログで、特定秘密保護法案に反対する市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と指摘した。表現の自由に基づく街頭での市民の主張をテロと同一視したことに批判が集まりそうだ。  29日朝日新聞デジタルより≫

 いったい、どういう「批判」が集まるのであろう。記事に書かれている「批判が集まりそうだ」という語尾ほど、恐ろしいものはない。この言葉は、確実に放火である。案の定、ネットでは批判の嵐である。

 程度にもよるが、大音量でのゴリ押しは、暴力行為そのものである。批判する人たちは、よっぽど耳の遠い人たちなのであろう。右翼だろうが左翼だろうが、「大音量」での主張は、絶対やめて欲しい。「大音量」は、聞きたくない人にまで圧力をかける。気の小さな私は、精神障害を起こしそうだ。主張はいいが、静かにやってくれ。

 ちなみに、石破茂幹事長のブログの内容は、最初以下のとおりであった(後日一部書き換えた)。「大音量」でのデモにくらべ、はるかに穏やかである。いったい何が問題なのか。

≪今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。≫
 
 今のマスコミは、政権与党の政策批判より、「失言」を炙り出すことに全精力をあげているように見える。数か月前の、麻生大臣のときもひどかった。無理やり大臣の発言をナチス励賛に結びつける。おかげで、国際社会での日本の立場はおかしくなってしまった。新聞さえ売れれば、世の中はどうなってもいいのである。
 
 与党政治家の、あらゆる行動を監視して、その言動をあげつらう。秘密警察と同じである。こんなことでしか紙面をつくれないようなマスコミは、存在価値がない。

(追)
 テレビ録画された国会周辺でのデモを見ていたら、ブタのような男が警官に向かって、「お前は安倍政権のイヌだ」とわめいていた。あれには笑えた。

狩猟中の事故(12月1日)

 ハンターの高齢化と減少傾向とは反対に、イノシシやシカの生息数が増えている

≪狩猟中に誤って人を撃つ事故が今年度の解禁期間中、既に5件起き、2人が死亡したことが28日、警察庁のまとめで分かった。多発している上、猟と関係ない一般人も被害に遭っている。11月28日(時事通信)より≫

 環境省統計によると、平成13年度から22年は、ハンター本人に起因する銃の誤射などによる事故は、年間概ね20名以下の死傷者数で推移している。
 またハンターの数は、1970年年代に50万人台のピークを迎えてから、右肩下がりで、現在は20万人前後である。その大半が60代以上の高齢者で占められており、年々その割合は増している。反面、若年層は伸び悩んでおり、近い将来にハンター大幅減が予想される。

 しかし、今年度は別として、これまで統計上からは、ハンターの高齢化と事故の相関関係は、見いだせなかった。
 心配なのは、今年の事故を受けて規制が強化され、さらにハンターが激減してしまうことである。

 なぜなら、ハンターの高齢化、減少傾向とは反対に、イノシシやシカの生息数が増えているからだ。とくにシカの増え方が大きい。
 環境省によると、過去の捕獲数から23年度のニホンジカの生息数を261万頭と推計。捕獲率がこのまま変わらないと仮定した場合でも、37年度に500万頭まで増えるという。被害規模は、壊滅的となる(林野庁)。
 年間50~100万頭ぐらいを安定的に捕獲しないと、増えるペースが加速されてしまう。

 ニホンジカの捕獲数は、平成10年以来大幅に伸びてはいる。と言っても年間30万頭前後である。しかも罠による捕獲が増えている。罠で捕獲された動物は、のた打ち回るため、ストレスの塊である。とても食用にはならない。ただでさえ、シカ肉はおいしくない(逆にイノシシ肉は引っ張りだこである)。

 気がついたら人間より多くなる日も、そう遠くない。日本は、シカの国になるのだろうか。
 シカ肉が美味しければ、こんなにはならない。せっかく、年間100万頭もの供給能力のある蛋白源である。(シカの命を粗末にしないためにも)若手ハンターの育成と調理法の開発に、力を注ぎたい。