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温泉入浴 ③

白山温泉にて
 白山のふもと市ノ瀬の、白山温泉
  下山後の、熱くてぬるい源泉は最高。

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平成25年3月(1~31日)

3月1日(金)
【型破りと型なし】
 これは先月亡くなった、中村勘三郎の口癖だった。型とは、ルールである。会社で言えば、作業マニュアル、作業標準だ。型にはまるなとか、マニュアルはいけないとかいわれるが、最初から何もないということはあり得ない。少なくとも人はすべて、生まれてしばらく、周りのルールを習っている。そうしなければ、文字や言葉もわからないし、食物の食べ方もわからない。どんな人でもある程度、型にはまらざるを得ないのである。
 じつは、そこから後が大切なのだ。型にはまりすぎる、ルールを守りすぎると、変化する環境に合わなくなる。そこで、型を破り、あるいはルールを改善して、生き延びる。「守・破・離」。これが、人類のたどってきた歴史である。


3月2日(土)
【途上国のCo2削減】
 地球温暖化会議(COP~)では、途上国の削減義務が問題になっている。途上国の言い分は、『これまでは、先進国が、さんざんCO2を増やして経済発展をしてきた。途上国にCO2の削減を義務づけさせようとするのは、途上国の経済発展を阻止しようとする先進国の横暴である』であった。
 この途上国の言い分に対してはこれまで、反論が難しいのではないか、と思っていた。

 ところがこれに対して、劇作家の山崎正和氏は、『中央公論 24年12月号』で、つぎのように述べている。≪・・途上国の論法は歴史的平等主義とでも呼ぶべきもので、先駆けて工業化して環境を破壊した先進国が先駆けて犠牲を払うべきだというのだが、これは工業を先進国から移入した恩恵を忘れた詭弁にすぎない。じつは環境を汚してまで先進国が努力したから途上国の工業化もできたのであって、同じ祖先の遺産を受け入れた以上、その借財も分担するのが論理というものだろう。≫

 これはこれで、先進国の言い分として、納得できる。では、どちらの言い分が正しいのか。
 いつも言うように、世の中は《白か黒か》《1かゼロか》ではない。ほどほどのところに、真実があると思う。
 すなわち、先ほどの先進国と途上国の言い分は、どちらも正しいし、正しくない。私なりの言い方では、『どっちもどっちだ』。 で、お互いに譲る。それができなければ、戦争になる。戦争に勝ったほうが正しいのは、歴史が証明している。したがって、国益を守るためには、軍事力は絶対必要なのだ。


3月3日(日)
【規制緩和と生産性】
 ずいぶん昔から『規制緩和』についての賛否両論が渦巻いていた。しかし、この『規制緩和』という言葉の意味が、人によって違うのではないか。違う概念で同じ言葉を使っていたら、話が合わないのが当たり前である。

 たとえば、気鋭の経済評論家で中小企業診断士の、三橋貴明氏が「日本経済を殺した真犯人はだれだ!?マガジンハウス社」で、つぎのように述べている。『経済がインフレギャップの状態にあるならば、政府が規制を緩和、撤廃し、民間企業の新規参入を促し、さらに国営企業は民営化し、市場競争の波にさらし、生産性向上をはかるという施策は全く正しい。だが、デフレ期には間違っている』

 すなわち、この場合の『規制緩和』の意味は、業界の垣根を外して企業を競争にさらし、生産性を上げる(聞こえはいいが、安値競争させる)ということである。もちろん、このような『規制緩和』は、デフレをますます促進させる。当たり前である。

 しかし、異なる意味での『規制緩和』もある。たとえば、Aというものを作っていた企業が、新たにこれまで世にないBという商品を開発しようとする場合、立ちはだかる規制である。たとえば、医療関係の器具や薬品を作る場合、中小企業には不可能と思える規制の壁が立ちはだかっている。天下りの検査機関に対する、膨大な申請資料や法外な手数料である。これは、食品関係、消防関係など、他にも無数にある。産業財産権もそうである。『安全』に名を借りた、あるいは特定の圧力団体による、非合理で理不尽な規制が山ほどある。もちろん、中国のように、お金のためなら何でも自由、は論外としても、規制のやりすぎはいけない。この場合の規制は、『需要を創造』する機会を奪うことになっている。

 生産性の向上とは、これまで10人で作っていたAという商品を5人でつくることだけではない。むしろ、Aより付加価値の高いBという商品を、同じ人数の10人で作ろうとするものでなければならない。そうやって、雇用を守り売り上げを伸ばす。先進的な企業とはこのように、『顧客を創造』しようとする企業である。このような企業を応援するための『規制緩和』は、国民に新たな価値を提供するだけでなく、需給ギャップを縮めてデフレを解消するはずである。

 ただ、大きな心配がある。日本がこれから伸びていくためには、まず需要が伸びて、それに供給が追い付く必要がある。しかし長らくデフレで、日本の技術力、供給力が毀損してしまったのではないか。すでに、多くの製造業は中国へ行き、製造機械など、日本ではあまり作らなくなった。その他多くの商品でも、日本より中国のほうがすぐれている。
 これを取り戻すためには、日本人がもっと働かなければならない。プライマリーバランスより、そのほうがはるかに大切である。日本人がみな、一生懸命働けば、財政赤字は理論上無限大でもかまわない。


3月4日(月)
【TPP参加】
 「聖域なき関税撤廃ではないことが分かった」と言って、TPP交渉に参加に気運が高まっている。もともとTPP反対論者だった私でさえ、何となくそのような気分になってきた。ということは、国民にも、同じようなムードが生まれてきたに違いない。

 しかし、よく考えてみれば私自身、まだTPPというものが、よくわかっていない。TPPは単なる「自由貿易」ではない、ということしかわからない。これまで、よくわからないものに参加して、ろくな目にあったためしがない。そもそも、TPP参加のメリットが全く分からない。貿易で、自動車の関税撤廃と言っても、たかが2%程度のことではないか。こんなものは、誤差の範囲である。為替が10%も動けば、吹っ飛んでしまう。

 それよりも、ISD条項とか産業財産権の保護強化など、大企業優先の協定が気になる。こんなものは、もともとグローバル企業であったアメリカ企業と、その弁護士軍団の利権を守るためだけにあるのではないか。まさしく、規制を作ることで1%が残りの99%を支配する、『レント・シーキング』の罠である。新しい形での、植民地支配の企て、としか思えない。

 そして、TPPは交渉である。「敗戦国」の日本が、「戦勝国」の米国に、交渉で勝てるわけがない。もし、交渉参加するなら、米国に勝てるだけの軍事力を持った上でなければならない。できるなら、つぎの戦争で勝ってからだ。「敗戦国」のままでは、ありもしない『慰安婦』や『南京大虐殺』の汚名さえ、晴らせない。
 さらに、TPPは、断じてアメリカとの軍事同盟強化のためではない。いくらTPPで、アメリカの大企業を太らしても、アメリカの若者は、日本を守ってくれるはずがない。そんなことは、火を見るより明らかではないか。日本は、自力で守るしかないのだ。


3月5日(火)
【TPPつづき】
 ただ私が、TPP交渉参加に、全面的に反対だと言えない理由が、国内の既得権である。コメ、国民皆保険、医薬品規制、食品規制など、どう見ても天下りの既得権益としか思えないものが、たくさんある。これらは、自己改革できない。これまで、戦後70年かかって積みあがったものが、簡単に改革できるとは思えない。
 TPP交渉を活用して、これらの既得権益を燻し出すのだ。それができれば、TPP交渉参加も悪いことではない。


3月6日(水)
【サービス業の労働生産性と診断士の報酬】
 国際比較での日本の生産性は、製造業に比べて、小売りやサービス業は、標準以下だと言われている。しかし、本当に製造業より小売りやサービス業の生産性が低いのだろうか。
 生産性は、一人あたりの加工高を意味する。「価値」とはあくまで「価格」だから、いかにクオリティの高いサービスでも、それを安い人件費で、格安で提供していれば、付加価値は低いことになってしまう。「物を右から左に流すだけの商売に金は、払えない」という価値観の国や地域では、小売やサービスの付加価値は低くならざるをえない。日本の小売やサービス業の生産性が低いというのは、日本人が小売業やサービス業が生み出している価値を低く評価していることの裏返しである。

 かくして、中小企業診断士のような、形のない(いいか悪いかわからない)サービスの価値は、極端に低くなるのである。公共事業やNPOという形でしか社会貢献できない。ただそこには、競争が働かないため、これまで辛うじて保っていたコンサルサービスの品質が、横並びの低レベルに落ち着いてしまうという、致命的な欠陥がある。


3月7日(木)
【1票の格差】
≪昨年12月の衆院選で最大2・43倍の「一票の格差」が生じたのは憲法違反として、升永英俊弁護士らのグループが東京1区の選挙無効を求めた訴訟の判決が6日、東京高裁であった。難波孝一裁判長は「投票価値の平等に反する区割りで、合理的期間内に是正されないまま選挙に至った」として「違憲」と判断。・・(中略)・・平成24年選挙では2つの弁護士グループが14高裁・支部に計16の選挙無効訴訟を起こしており、最初の判決。公職選挙法は国政選挙の効力に関する訴訟の1審を高裁と定めており今後、最高裁で審理される。   3月7日産経新聞≫

 これに関して、なぜ1票の格差がいけないのか調べてみた。ところが、ほとんど納得する理由がない。理由なしに、皆なんとなくそう思っている人だけだ。単純な人なら、有権者一人あたりの政治家の数だけ見て、不公平だというかもしれない。しかし、世の中の実態は、そんな簡単なものではない。根拠は昨年12月24日付で述べたので、ここで繰り返さないが、格差是正は、都会人の、過疎地に対する「搾取」そのものである。断じて、1票の格差には正当性があるのだ。

 裁判所の違憲の理由とされる憲法14条1項には、1票の格差について、これっぽっちも書かれていない。『裁判所がダメだと言ったから、ダメなのだ。』では、理由にならないし、法律の専門家は、自分の殻にこもるから、始末に負えない(専門家のいかがわしさについても、これまで散々述べた)。
なぜ1票の格差が必要なのかを、国民がみな自分の頭で考えることだ。


3月8日(金)
【市・県・国議会】
 予算編成の時期だけに、毎日市・県・国の議会が開催され、TV中継も多い。とくに市議会や県議会は、内容はともかく(いいとは言えないが)、進行はまるで下手な学芸会である。質問するほうも、答弁するほうも「台本」を淡々と読んでいるだけだ。本来なら、これらの審議を通して、わかりやすく施策を説明し、説得しなければならないはずである。これでは、でき合いレースで緊張感も何もないし、単調で、聞くだけで苦痛を感じる。小学生でさえ、もっと抑揚をつける。「台本」の読み合いだけなら、時間をかけた審議などいらないのではないか。少なくとも、選挙で選ばれた「エリート」であるはずの、議員や首長がこれでは、心もとない。答弁する地方官僚然りである。
 
とてもボランティアとは言えない報酬をもらい、議員一人当たり数少ない質問機会を活かすことができず、これだけつまらない「茶番」を見せつけられる納税者は、たまったものではない。欧米の地方議員は、ほとんどが無報酬のボランティアだと聞く。それなら我慢できる。地方財政で大きな負担となっている、議員報酬と公務員報酬の見直しは、必須であろう。


3月9日(土)
【WBC】
 昨日は、台湾との試合で、辛うじて勝った。じつは、昨晩途中までTVで、経過を見ていたのだが、日本のだらしなさにあきれて、寝てしまった。
だから、試合に勝ったとしても、実力ではそんなに違わないと思う。むしろ劣っているのではないか(専門家?は絶対そんなことは言わないが)。少なくとも、費用に見合った仕事はしていないはずだ。日本人選手は、本当に給料に見合った働き方をしているのか。日本軍選手の年棒を足すと、いったいいくらになるのだ?


3月10日(日)
【企業経営人の高額報酬制限・・国民投票】3月4日 毎日新聞配信
≪スイスで3日、企業経営陣の高額報酬を制限するか否かを問う国民投票が実施され、7割近い賛成多数で、制限導入が承認された。
 憲法が改正され、上場企業の株主が経営陣の報酬に制限を課したり、法外な退職金の支払いを阻止したりできるようになる。報酬制限に違反した企業幹部には罰金や禁錮刑が科される可能性がある。これによりスイスは、株主が企業トップらの報酬について強い発言力を持つ国の一つになるという。
 スイス政府によると、投票者の67.9%が報酬制限の導入に賛成した。
 ビジネス界はスイスの国際競争力が損なわれるとして制限導入に反対してきたが、企業役員らが高額報酬を受け取っている現状への国民の怒りが噴出した形だ。≫
 この動きが、世界中で加速すればいいのだが。そういえば日本でも、値上げ申請をしている電力会社役員の高額報酬が、問題になっている。しかしおそらく、1%の逆襲が始まる。これとどう戦うかである。


3月11日(月)
【成長戦略としての福祉分野】
 雑誌「世界」2月号で、宇野裕氏は、「ますます『福祉国家』しか選択肢がなくなった日本」と題して、つぎのように述べている。
(1)日本は、高齢化がピークとなる2050年までは、持続的成長が必要である。
(2)福祉産業は、膨大な潜在需要を背景によいサービスを提供できれば、高付加価値を実現できる。
(3)その中核となるのが、ロボットスーツやセラピー用ロボットなど、技術テクノロジーである。
(4)これらの技術は生活のあらゆる面で、適用できる。
(5)しかし、これまでは、モノ志向の発想のまま開発が行われてきたため、発展・普及しなかった。
(6)そこで今後は、①福祉テクノロジーのコンセプトを確立する、②エンドユーザーとその仲介をする専門家がニーズの提供において、重要な役割を果たす。
(7)そのためには、異分野交流、開発資金、人材育成などの整備が必要である。
 そして宇野裕氏は、その論文の最後で、こう述べている。「福祉労働がコミュニケーションを通じて人間的価値を生み出していることが広く認められ、正当な対価が支払われる状況を作り出すことが、福祉産業をゆるぎない成長産業に育て上げる王道なのである。」

 しかしながら、氏の議論で抜け落ちているのが、その「高付加価値」が、必ずしも金銭の移動に結びつかないことである。いくら付加価値が高いと言っても、それに対してお金を払ってくれる人がいなければ、経済活動には結びつかない。とくに福祉分野は、その恩恵を受ける人が経済的弱者である人が多いから、なおさらである。しかも、もともと福祉は『低賃金労働で、安い』というイメージが植えつけられてしまっている。付加価値に対し、お金を払ってくれる仕組みがなければ、事業は成り立たないのだ。
 
したがって問題は、どのようにして付加価値を金銭的価値に結びつけるかということである。あるいは、公益性を重視し、この分野は年間10~30兆円規模の財政出動で賄うということも、充分考えられる。国民が一生懸命働く限り、財政破綻はしない。国の財政赤字は、そのまま国民の財産であるからだ。


3月12日(火)
【不愉快な現実】講談社
 孫崎享氏は、この著書のなかで尖閣論争について、つぎのように主張している。
1.中国はまもなく、アメリカ以上の大国になる。
2.アメリカは、日本以上に中国を重視する。(実質的に、尖閣では安保適用はしない)
3.日本は、中国に軍事力で太刀打ち出来ない。
4.したがって、中国とは尖閣をめぐって争わず、仲良く(屈服)しなければならない。

 これが本当だとしても、日本人にこの主張が受け入れられるであろうか。しかも、彼の主張に反する論理は山のようにある。
 そして孫崎氏は、どこの国にも好戦的な勢力と厭戦的な勢力がおり、戦争を避けるためには、相手の厭戦的な勢力が増強するように働きかけなければならないと言っている。それはそうなのだが、いったい中国に厭戦的な勢力がどれくらいいるのだろうか。少なくとも、日本人の目には全く触れることがない。姿の見えない相手に働きかけることは、不可能である。

 しかしながら、戦争を避ける方法がないではない。すなわち、どの国でも好戦的な勢力と厭戦的な勢力というのは、ほぼ貧富の差と相関関係にある。だいたい、貧しい人ほど好戦的である。貧しい層は、戦争で現状を変えることによって、上昇する機会を得ようとするからだ(『希望は戦争』、といった若者がいた)。また、戦争で失うものが少ない。よって、好戦的な勢力が増えるということは、その国では貧しい層が増えているということを意味する。その反対に、豊かな人は、現状維持を望むため、戦争を嫌う。
 
それならば、戦争を避けるための重要な方策は、豊かな層から貧しい層へと、富を移転することである。孫崎享氏のような豊かな人がすべて、財産の90%を放棄すれば、間違いなく日本からの戦争は回避できる。その場合でも、日本から戦争を仕掛ける前に、中国内の好戦勢力が増殖し、否応なく戦争に巻き込まれる可能性は、大いにある。中国にとって、戦意を無くした相手ほど戦いやすいものはないからだ。そのときこそ日本は、見るも無残なことになる。
 

3月13日(水)
【花粉症】
 先週あたりから、花粉症の症状がひどくなった。車の上も黄砂がふり積もっており、相乗効果でとんでもないことになっている。鼻水が止まらなく、息もできない。
 市販の薬品をいろいろ試しているが、これと言って、効くものがない。例年3月が一番ひどい。桜の咲くころには、収まってくれればいいのだが。


3月14日(木)
【ネットワーク事業】
 ようやくこの仕事が終わる。最後の支援先は、越前市の製造業N社であった。この会社に対しては、「事業ドメインの見直し」について提言を行った。(以下略)


3月15日(金)
【製造業が日本を滅ぼす】野口悠紀雄 ダイヤモンド社
 この著書で野口氏は、つぎのように述べている。
①日本の輸出は、鉄やアルミなどのエネルギー多消費産業が伸びており、機械などの労働集約的な分野は減少している(逆に輸入が増えている)。
②日本の製造業従事者数は、1990年の1400万人から2010年の1000万人と、減少傾向は止まらない。
③為替レートは、現時点(H23年)が自然であり、今後も円高基調が続く。
④原発の停止で、電力料金の大幅値上げは避けられない。
⑤したがって、日本での製造業の衰退は避けられない。
⑥今後は、サービス業(金融、IT産業、コンサルティング業、介護など)に移行すべきである
⑦TPPはブロック経済であり、「投資歪曲効果」、「貿易移転効果」をもたらすことによって、世界経済を不均衡にする。日本にとっても、TPP参加国との関税撤廃は、ほとんどメリットがない(中国などTPP非参加国に比べ、すでに低関税である)。

 この中で、日本の産業構造が、サービス業に移行すべきだとするのには反対である。サービス業は、その業態を確立するのに、かなりのイノベーションを要するが、その後はそれほど生産性が向上しないからである。したがって、変化しなければならないのなら、製造分野でのイノベーションをはかるべきである。その場合、これまで公的助成に支えられてきた「介護」など、新しい分野に注目することは必要だ。


3月16日(土)
【TPP交渉参加表明】
 昨日安倍首相は、日本のTPP交渉の参加を表明した。私はこれまで、日本がTPPに参加するのには、懐疑的であった。明らかなメリットが思いつかなかったからである。
 しかし、国として参加交渉を決断したからには、ぐずぐずと反対しているわけにはいかない。決まったことに対して、仲間内で女々しく反論しても、「敵」を利するだけだ。また、全くメリットがないわけでもない。強固に反対している農協や医師会の利権構造に、メスを入れることができる。利権とまでいかなくとも、これらの業界は、もう破たんしかかっている。ゆでガエルに熱湯をぶっかけるようなもので、これは大きなメリットである。このことは、すべての分野に言えるのではないか。業界の「利権」や「悪習」を見直す、いいチャンスである。
 政治とは、10人を見捨てることによって、90人を救うものである。それくらいの非情さがなければ、100人すべてが沈没してしまう。見捨てられた10人は、豊かな90人が救えばいい。またそのために宗教がある。これまでのように、声の大きい10人が90人を搾取するような利権構造は、ぜひ改めるべきだ。


3月17日(日)
【フィギュアスケート】
 今回の世界選手権で、日本のフィギュアスケート成績は、さんざんであった。金メダルどころか、メダル一つも取れないのではないか。大方の予想通り、男子ではパトリックチャン、女子はキムヨナが優勝するであろう。
 そもそも、フィギュアスケートのような、どっちが勝ったのかわからないような競技はつまらない。それに、相手のミスを願うような、意地汚い根性まで芽生えてしまう。やはりスポーツ観戦は、陸上競技が一番である。その陸上競技では、日本人が太刀打ちできるのは、マラソンぐらいしかないのが残念であるが。


3月18日(月)
【仕事の報酬】
 世の中の大きな矛盾の一つは、『必ずしも社会にとって重要な仕事ほど高額報酬が得られるわけではない』ということである。これは、財やサービスのような商品にも言える。社会にとってどうでも良いような仕事や商品が高額で取引され、なくてはならない仕事や商品(サービス)は、聞くも無残な価格で取引されている。
 
前者の例として、金融サービスや天下り機関の経営業務などが挙げられる。或いは、既に利益誘導の道筋が確立した業界(放送、石油、ITなど)の経営者である。これらは、社会にとってそこでうごめくお金の額ほどは必要ないし、むしろ災いをもたらすこともある。既得権益を持つ1%の高額所得者が、99%の所得を搾取する核心にいることは間違いない。彼らの現在の働きの何万倍もの報酬を、不当に得ていることは、本人以外誰も否定できないであろう。

 後者の例として、食料生産に従事する人の報酬、農産物の価格が挙げられる。食べ物は、我々生物にとって、最も重要な命の基であり、欠かすことはできない。このような大切なものを生産する人の報酬は、本来最も優遇されていなければならないはずだ。しかしどの国でも、農民は最貧困層に位置づけられている。その報酬は、前者の高額所得者の何万分の一になるのだろう。

 極めつけは、「出産、子育て」である。食物生産とあわせ、「出産、子育て」は、生物、人間にとって、最重要な仕事である。その他の仕事は、付属みたいなものだ。だが、この報酬こそ不当な安さの典型である。「出産、子育て」を放棄して、社会進出をしようとする人は、これより重要な仕事があると思っているのであろうか。そんなことをすれば、ただ金銭報酬が得られる(GDPが高くなる)だけで、社会にとっては、明らかにマイナスになるのではないか。本来なら、自分の子の「出産、子育て」をしている人に対し、社会が高額の報酬を与えるべきであろう。もっとも、「出産、子育て」の直接の受益者は、自分自身とその子であるから、簡単にお金を貰うわけにはいかないところが難しい。

 ただ現実に公的保育では、一人の幼児保育に1ヵ月50万円以上かかるという。それくらいなら、子供を持つ人に30万円渡して、「出産、子育て」に専念してもらったほうが良いのではないか。そして、これまで保育所で他人の幼児保育を行っていた人が、子持ちの人がやっていた仕事につけば良い。そのほうがよほど合理的だ。


3月19日(火)
【ストレスとがん】
 安井至氏の『市民のための環境学ガイド』2013.3.10に、次のような記述があった。
≪6.5 がんと生活のストレス
 大阪大学の医学生が書いた『やさしい「がん」の教科書』2002年、PHP研究所には、ストレス度点数表というものがある。そのベスト20をご紹介したい。
1.配偶者の死          83点
2.会社の倒産          74点
3.親族の死            73点
4.離婚               72点
5.夫婦の別居           67点
6.会社を変わる          64点
7.自分の病気や怪我       62点
8.多忙による心身の過労    62点
9.300万円以上の借金     62点
10.仕事上のミス          61点
11.転職               61点
12.単身赴任            60点
13.左遷               60点
14.家族の健康や行動の大変化 59点
15.会社の立て直し        59点
16.友人の死            59点
17.会社が吸収合併        59点
18.収入の減少          58点
19.人事異動            58点
20.労働条件の大きな変化   55点
 過去1年間に経験した生活上の出来事について、合計点が150点以下ならまずまず耐えられるストレスで、翌年に健康破綻が起きる危険性が30数%程度。150~300点だと50数%。300点以上だと健康破綻の確率が80%になるとのこと。
 福島県からの避難するかどうか、にこの評価法を適用してみる。
 放射線を余りにも気にして、母親だけが子どもをつれて、どこかに避難するとどうなるのか。夫婦が別居で67点、単身赴任で60点、家族の大きな変化で59点、収入の実質上の減少が58点、
 家庭に関する21位以下65位までを列挙してみると以下のようなものがある。
27.息子や娘の家離れ        50点
30.夫婦げんか             48点
43.住環境の大きな変化       42点
45.社会活動の大きな変化      42点
47.団らんの家族メンバー変化    41点
48.子どもが新しい学校へ       41点
60.レクリエーションの減少       37点
 ここまでのすべての条件を満たしたとすると、合計545点になって、家族の誰かに健康破綻が起きるのが当然というほどのストレス量になる。
 少なくとも、がんとの戦いの最後防衛線である自己免疫の状況が最悪になることは間違いなさそうである。
 これまで、本Webサイトで何回も主張してきたように、放射線によるリスクだけを考えてそれを回避したところで、もし、ストレスが増大するような状況になるのであれば、放射線被曝の結末を発がんであると考えたとき、決して賢い選択だとは思えない。
 結論である。生命体というもののもつ不確実性を理解しないと、発がんのように複雑なプロセスをもつ現象への対処方法を、正しく判断することはできない。
 「放射線被曝 ⇒ 発がん」といった単純なものではないのである。≫
 
これまで、「ストレス」が悪いということはよく聞いても、いったい「ストレス」とは何かが、よくわからなかった。記述内容のストレスの点数は、個人差があるはずであるが、具体的に「ストレス」がなにか、それがどう影響するのかがよくわかる。福島県で、放射線防護のアドバイザーをしていた山下氏が、「いつもにこにこしていれば、放射線の害なんか吹っ飛んでしまう」と言っていた意味も、よく分かった。
 そう考えたら、これまで散々放射線被ばくの害をあおってきた人は、その言動こそが、人々を病気にしているのである。それでもまだ、自らの利権のために人々を恐怖させ、がん患者をつくろうとしているのか。とても許すことができない。


3月20日(水)
【稲荷例大祭】
 稲荷神社の例大祭に、町内およそ15名が参加。例によって年寄りばかりである。65歳以上の人が50%を超えた集落は、『限界集落』というらしいが、わが町内は、80%を超えているのではないか。『超限界集落』である。あと10年後に、存続しているかどうかさえ、疑わしい。
 もうまともに町内の役をする人は、誰もいなくなるのではないか。


3月21日(木)
【農業再生】
 TPP参加で、農業分野が壊滅するという。こう言っているのは、農協をはじめとした、団体である。TPPは、これらゆでカエル状態の既得権益集団に、熱湯を浴びせるものと言える。すなわち、農業を取り巻く環境がじわじわ悪化しているのに関わらず、何もしてこなかった業界に刺激を与え、自己改革を迫ろうとするものである。

 具体的には、農協の地域独占体制である。たしかに、大胆な改革に取り組んできた農協もある。しかし、多くの農協は、日本の農業の没落にたいし、自らの利権を守るだけで、何もしてこなかったとしかみえない。そのうえ、意欲ある起業家の農業参入を、巧妙に阻んできた。しかも農協は、電力と同じ地域独占であるため、農家には選択の余地がない。

 現在、日本の農産物はおもに、アメリカやオーストラリアなどの「先進国」から輸入されている。近い将来もそうであろう。ただ、水源や土壌の制限で、それほど生産が伸びるとは思えない。また中国の農産物は、安全性やコストの面で、日本の農産品とは太刀打ちできない。日本以上に耕作面積が小さく、日本の人件費に近づいているからである。東南アジア諸国も同じである。

 したがって、今後日本の農産物は、アジアに向けて大いに輸出できるはずだ。なにも、富裕層を狙う必要はない。2010年の農産物の輸出額は2400億円である。これが、農産物輸入額4兆円に迫った時、日本の未来は明るくなる。そのためには、従来イメージでの「農家」という業態そのものを、大きく変化させなければならない。昔ながらの「八百屋」、「魚屋」という業態が、成り立たないのと同じである。
 

3月22日(金)
【花粉症対策】
 花粉症対策として、越前市企業のスプレー式塗布剤を買った。3150円だが、花粉症が楽になるのなら安いものだ。鼻の孔に吸い込んで、最初のうちは効いたような気がした。くしゃみやかゆみなどが、それほどひどくならなかったからである。
 ところが1~2週間ほどすると、鼻の下が赤くかぶれてきた。鼻をかみ続けたからだと思って、かまわず(1日5~6回)薬を使っていたが、今度は鼻の中がガサガサとおかしくなってきた。数日前から異常があったのかもしれないが、水曜日ごろからは、痛みを伴うようになってきた。鼻孔が狭くなる就寝時などは、痛いのと鼻づまりで、ぐっすり眠るどころではない。

 典型的な薬の副作用であろう。あわてて説明書きを読んでみると「かぶれ、腫れ等の症状が出てきたら、投薬をやめてください」と書いてあった。数回程度の投薬ではなんともなくとも、数十回も続ければおかしくなるのであろう。それならそう説明してくれればいいのに。
 考えてみれば、人間に不都合な生物(この場合は花粉)だけを退治して、人間の細胞に何の異常もないということがあるはずがない。藁をもすがるつもりで、信じた自分がバカだった。「自分だけは大丈夫」という言葉には何の根拠もないこともわかった。そして、3,150円よりも、痛みと苦痛の時間を返して欲しい。


3月23日(土)
【文殊山】
 今年初めて文殊山に登った。7時に家を出て、大文殊往復、9時20分帰宅。早春とあって、さすがに風が冷たい。頂上稜線のカタクリがつぼみだ。あと1週間で、咲き始める。
 ところで、スギ花粉の襲来を恐れ、マスクをしていったのだが、登りの息が苦しくて、外してしまった。べつに外しても何ともない。花粉恐れずに足らずだったのだ。花粉症の症状を気にかけて、例のスプレーをかけ、とんでもないことになった。まだ、そのかぶれが残っていて、鼻の周りがひりひりと痛い。何もしないほうがよかった。

【体力テスト】
 2012年に行われた文科省の小中学生の体力テストで、福島県の生徒が全国最下位であった。原発事故放射線の影響で、屋外での活動が制限されたためであろう。そんなことはしないほうがよかった。放射線の害より、運動制限して体力が減退する弊害のほうが、はるかに大きいからだ。日本中が、必要以上に放射線を怖がっているため、これからもいろんな弊害が発生する。 


3月24日(日)
【ネズミ1匹】
≪福島第1原発で停電が起きて、冷却システムが停止していた問題で、電源盤の内部の壁などに黒い焦げ跡があり、ネズミが感電し、ショートさせた可能性があることがわかった。フジテレビ系(FNN)≫
 「大山鳴動してネズミ1匹」を地で行くような出来事であった。お粗末なのは、事故が発生してから、1日以上も原因がわからなかったことである。本来ならこれくらいのことは、数時間で復旧できるはずである。電気の専門家の本家本元である東京電力がこのざまだ。日本の現場力の低下が嘆かれるはずである。
 電気はデジタルであるが、その安定供給はアナログ、摺合せである。原発も日本が得意な、摺合せ型の製品であったはずだ。家電のような、デジタル技術にばかり目がくらむと、このようなことになる。


3月25日(月)
【ETV特集 ウクライナは訴える】
 昨日夜のNHK ETV特集『ウクライナは訴える』(再放送)を見た。ウクライナ地方の人々の、放射線による健康被害を訴えるもので、NHK・HPの番組紹介では、以下のように説明されている。

≪チェルノブイリ原発が立地するウクライナでは、強制避難区域の外側、年間被ばく線量が5ミリシーベルト以下とされる汚染地帯に、事故以来26年間、500万人ともいわれる人々が住み続けている。
公表された「Safety for the future未来のための安全」と題されたウクライナ政府報告書には、そうした汚染地帯でこれまで国際機関が放射線の影響を認めてこなかった心臓疾患や膠(こう)原病など、さまざまな病気が多発していると書かれている。
 特に心筋梗塞や狭心症など心臓や血管の病気が増加していると指摘。子供たちの健康悪化も深刻で2008年のデータでは事故後に生まれた子供たちの78%が慢性疾患を持っていたという。≫
 
  ただし、つぎのような説明もある。
≪しかしIAEAをはじめとする国際機関は、栄養状態の悪化やストレスなども原因として考えられるとしてウクライナの主張を認めていない。放射線の影響を科学的に証明するには被ばくしていない集団と比較しなければならないが、住民の被ばくに関するデータも、被ばくしていない集団のデータも十分ではなく、今後も証明は困難が予想される。≫

 
  この番組映像では、健康被害は放射線の影響であるということを、意図的に強調していたようにしか見えなかった。日本国内での福島の放射線被害に関しても、有識者会議で、結論を強引に安全側に持っていったと取れるような編集を行っていた。「前科」たっぷりのNHKのことだから、事実を相当歪めていることは間違いない。本当は、IAEAの言うように、放射線の影響を恐れるあまり、ストレスからアル中や偏食習慣に陥り、本人や子供たちに健康障害がおこったと考えるほうが自然であろう。
 
 素人考えではあるが、原発事故後に汚染牛乳から甲状腺がんが大量発生したことから、その関連食品の摂取を控えるようになり、貴重なカルシウムを得る機会が無くなってしまったのではないか。あるいは、ウクライナ地方と旧ソ連との政治的な駆け引きが背景にあるのかもしれない。ウクライナ及びその住民とすれば、自分たちは原発事故の「被害者」であったほうが、きわめて都合がいいと思われるからである。『ウクライナは訴える』というタイトルからも、そのことはうかがえる。
 
 ちなみに日本保健物理学会では、2012年11月24日、この番組についての質問に答える形で、次のようなコメントを出している。
≪前略
 報告書には遺伝性影響をうかがわせる表現が散見されますが、肝腎な典拠が示されていません。査読を受け、きちんと評価された学術論文が出典として提示されていない以上、少なくとも科学的には放射線の影響として認めることはできません。
 中略
 チェルノブイリ事故がもたらしたのは放射線の直接的な影響だけではないことに注意する必要があります。WHOの2006年の報告書(注4)において、放射線被ばくに対する恐怖、政府への不信、ソビエト連邦の崩壊、経済的困窮等によって、人々が相当のストレスを抱え、精神・神経学的症状が出現するとともに、生活習慣が大きく変化したことが指摘されています。家庭や地域の生活環境が激変したことにより、子どもの健康状態も悪化したであろうことは想像に難くありません。
 いずれにせよ、チェルノブイリ事故による影響は複雑な構図の中でとらえる必要があります。そして、将来にわたって有効な対策を講じるためには、原因を正しく見極めることが大切です。その意味で、特定の事象、とりわけ多様な原因によって生じる健康影響を安易に放射線被ばくと結びつけるのは慎むべきであると、回答者は考えます。≫
 
 「Safety for the future未来のための安全」のような、いい加減な報告書にもとづいて、それでなくとも放射線の恐怖に怯えている原発周辺の人たちを追い込むような番組を、これでもかと、何回も再放送するNHKの悪辣ぶりは、金輪際治らないのであろうか。そして、これでまた、原発周辺住民のストレスがたかまり、平均寿命が一段と低下するのであろう。
 NHKは、公共放送という分厚い仮面をかぶっているだけに、オウム真理教以上に性質が悪い。
 

3月26日(火)
【1票の格差での選挙無効判決への怒り】
 広島で、1票の格差による選挙の無効判決が出た。わが福井県でも1票の格差を違憲とする判決が出ており、名古屋高裁金沢支部で、市川正巳裁判長は「憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあった区割りであり、福井3区の選挙は違憲かつ違法である」との判断を示した。福井3区(おもに嶺南)での有権者数が少ないというのである。また、判決理由で市川裁判長は、「投票価値の平等に最も忠実な定数配分は人口比例だ」としている。ただ広島の判決は、選挙そのものを無効としており、画期的な判決であると言われている。

 しかしこのような、判決には怒り心頭である。石頭の裁判長を罷免したい。「1票の格差」の欺瞞性については、さんざん述べてきた(24.12.24他参照)ので、詳細理由は繰り返さない。しかし、1票の格差と地域間格差と、どちらが重要かはバカでもわかるはずだ(裁判官はバカ以下である)。1票の格差は概念でしかないのに、地域間格差は格差の実態そのものである。現実に日本国内で過疎地と過密地域があるのは、万人が認めるところであろう。しかもその差が拡大している。それならば、国内の各地域間の適切な人口配分(過半数が、これくらいならいいと思うような人口密度の濃淡)ができるまで、「1票の格差」は、拡大しなければならないはずだ。真の平等とは、「投票価値の平等」の本質を突くことであって、「最も忠実な定数配分は人口比例」では、まったくないのである。
 

3月27日(水)
【南海トラフ地震】
≪国の中央防災会議の作業部会「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」(WG)は18日、南海トラフ巨大地震に伴う経済やライフライン、交通など第2次の被害想定を公表した。被害額は計220兆円で従来想定の約3倍、国家予算の2倍超。ピーク時の断水被害人口3440万人▽停電2710万件(契約数)▽避難者950万人−−と推計された。被災する可能性のある人口は国民の過半数の6800万人に上り、中・西日本の太平洋側の住民が深刻な被害を受ける。3.18毎日≫
 災害は、忘れたころにやってくる。これまでも、「危ない、危ない」と言われてきた地域ではなく、思いもよらないところが、自身や津波などの災害に見舞われている。ただ、南海トラフは、きわめて広範囲なだけに、「当たらずといえども遠からず」になるのかもしれない。
 太平洋側で、10メートルもの津波対策用堤防を作る動きがある。そんなものを、日本中の海岸に張り巡らして、いったいどうなるのだろう。津波は防げたとしても、国土がめちゃくちゃになるのではないか。


3月28日(木)
【19年前のいじめ自殺】
≪兵庫県たつの市で1994年、教室で男性教諭から体罰を受けた後、首をつって自殺した小6男児について、同市の教育委員会が「事故死」としていた従来の見解を、体罰と自殺の因果関係を認めて訂正し、両親に謝罪していたことが21日、父親への取材で分かった。3.21日本経済新聞≫

 このような事件が発覚すると、世間は『なんで今ごろ』と批判する。マスコミ、TVのニュース特番では、関係者をぼろくそにこき下ろしている。
 しかし、ほんとにそうか。じつは、この世間の厳しい非難こそが、事件を表ざたにしなかった最大の原因なのだ。表ざたになるとやり玉にあがるから、隠そうとするのである。逆に、もし教育委員会が、この事件をひた隠しにしていたらどうか。今のようにマスコミに袋叩きに合うことは、なかったであろう。社会にとって、そのほうがいいとは、とても思えない。

 したがって、この教育委員会に対しては、19年もたって、勇気をもって恐るおそる「事実」を表明したことに対しては、まず敬意を払うべきだと思う。そうでない限り、悪いことの事実は、ひた隠しに隠される。ばれそうになってから、はじめて告白するような世界になってしまう。『正直者がバカを見る』ような世界にしてはいけない。
 そして、19年もたって、『なんで今ごろ』とか『遅すぎる』などと言ってはいけない。そんなことを言う人は、10年前でも同じことを言うのであろう。19年は、決して遅くない。29年より10年も早いではないか。


3月29日(金)
【あってはならない】
≪福島第1原発で停電により使用済み核燃料プールの冷却装置などが停止したトラブルは、19日も完全復旧しなかった。「いつ復旧できるのか」「あってはならない事故だ」。県内の周辺自治体からは東電の原発管理への不安や困惑、原因究明を求める声が上がった。3.20毎日新聞≫

 何か事件が起こると、必ず『あってはならないことだ』という言葉が聞かれる。マスコミが勝手に代弁しているのかも知れない。というよりも、これしか言葉がないからであろう。
 しかし、『あってはならない』などと、人間が言えるのであろうか。我々が知っているのは、自然界のほんの一部であって森羅万象何事も事前に分かっているなどということはあり得ない。それこそ、傲慢である。本当は、『あってはならない』ことなど、何もないのである。
 これからは、『あってはならない』と言うよりも、『あって欲しくない』と言うべきであろう。


3月30日(土)
【植松恵美子氏の国会質問】
 たまたまUチューブで、民主党植松恵美子氏の過去の国会質問をみた。国会での質疑というとたいてい、質問するほうも答えるほうも台本を片手に下手な学芸会を行っているか、質問するほうが大臣のあら捜しを行って、徹底的にいじめているのが常であった。
 ところが、この議員は多岐にわたって具体的な施策を取り上げ、課題と問題点を、的確に指摘していた。残念ながら、指摘だけで具体的な改善案までには至らないのだが、それでもこれまで見てきた他の国会質問を見直すような、建設的な質問の仕方であった。しかも、民主党の議員でありながら、質問相手が民主党政権や自民党政権に関わらず、党のイデオロギーを出さず、真に国民のための質問を行っていたように思えた。
 たとえば、2012年4月には、ややこしくて屋上屋根を重ねている中小企業施策のわかりにくさや、失業給付をもらいながら受ける職業訓練制度の中身の不適切性を指摘していた。この2つは、たまたま私自身が身をもって、問題だと考えていたことである。また具体的には、筑波大学で行っている藻から石油をとる研究を取り上げ、これに予算をつけてほしいと訴えていた。さらに2013年2月18日参議院の予算委員会では、民主党の議員でありながら、まるで自民党員のように、国家100年の計について語っていた(個別の案件については、それが有望かどうかは誰もわからないし、ごまんとある案件の中で国会で取り上げたことだけが優先されるのはおかしいし、まだ全体的に言葉だけで、底が浅いような感じがするのは否めないのだが)。
 ただその後すぐ、1週間もたたないうちに、民主党を離れてしまったのは残念であった。うがった見方をすれば、7月の参議員選挙に向けて、アピールしただけではないかとも取れる。自民党だったら、このレベルの議員はいくらでもいる(福井県の男性議員では無理か?)し、植松氏が民主党議員だからこそ、注目したのだが。


3月31日(日)
【ジャガイモの植えつけ】
 「宝永を愛する会」の活動で、ジャガイモの植え付けを行った。坂井市の北部丘陵地で借りている農地に、約20人が集合。種芋をカットし、整地された畑地に30センチ間隔で植えつけていく。その後に肥料を散布し土をかぶせるまで、約1時間の作業であった。60~70mの長さで、10列ほど植えた。収穫は、4か月後くらいか。
 作業時間は短いが疲れる。とくに、立ったり中腰を繰り返す動作は、てきめんである。鍬を持って土をかぶせる作業も、きつそうであった。北海道あたりのジャガイモづくりでは、こんな非効率なことはやっていないはずだ。種まきも肥料散布も、すべて機械で一気にやる。

 もし事業としてやるのなら、こんなところでジャガイモのような価値の低い作物をつくることはない。高付加価値の作物をつくるか、あるいは多品種にわたるものを少量づつジャストインタイムでつくることになる。その場合、必ずジャガイモ作りの何倍も手間がかかる。これは機械化できないか、工夫を凝らした機械に頼る。このことは、製造業の生産性向上と同じプロセスである。何が売れるのかをよく見極めなければならないのも同じである。そんなことは、このような趣味の会ではできない。
 ただ、製造業の製品と違って、農作物は売れなくても自家消費できる。去年も半年ほど、ここで取れた芋(ジャガイモとサツマイモ)や大根の料理を食べる羽目になった。今年も、いやな予感がする。

温泉入浴 ②

黒川温泉
 黒川温泉
  入浴手形での、湯めぐり露天風呂

平成25年2月(1~28日)

2月1日(金)
【体罰問題】
 大阪桜ノ宮高校での生徒自殺を機に、体罰についての論争がはじまった。大阪市の橋本市長のように、「体育系での体罰はとんでもない。桜ノ宮高校は、廃校になっても仕方がない」という意見。これは欧米型である。もし桜ノ宮高校のような事件が欧米であったら、廃校どころか殺人事件として起訴されるという人もいる。それに対し「ある程度の体罰は仕方がないのではないか」という意見も根強くある。これは、「日本的」な風土かもしれない。

 これはもう、どちらがいい悪いというより、「価値観」の問題である。私自身は、どちらかというと、後者である。確かに桜ノ宮高校での「体罰」は、行き過ぎであったろう。しかし、何事も「ほどほど」がいいのである。一番いけないのは、「体罰」を全面禁止にして、教師の手足を縛りつけておくことである。「体罰」と「暴力」を、味噌くそにしてはいけない。

 そしてもう一つ。体罰を行う教師は少なくとも、何にもしない教師よりは熱心なはずである。少なくとも「休まず、遅れず、仕事せず」の指導者よりは、賃金に見合った仕事をしている。ただ、指導能力がないだけだ。理論的に生徒を納得させられないから、口で言えないから、手が出るのである。これはもう、その指導者を育てた人、そしてその指導者を選んだ組織の責任である。断じて、「体罰」を行った教師の責任ではない。彼は、無能なだけである。


2月2日(土)
【D社との契約終了】
 1月29日に、D社とのコンサル契約を終了した。昨年の5月ごろから始めて半年と少し。リーダーの意識の改革など、一定の成果はあったと思う。担当者は、継続を望んでいたが、このままではマンネルになると判断したからだ。
 コンサルの内容は、製造現場の生産性向上であった。現場の生産性向上のためには、現場のリーダーをはじめ従業員全員が改善の「マインド」を持たねばならない。その上で、改善の「原典」とでもいうべき、共通の言語・合言葉が必要なのである。そうしなければ、一人一人が「改善」に疑問を抱いて、反発する。その結果、山ほどの「できない言い訳」が出てきてしまうのだ。改善マインドを持ち、改善の基本、「原典」を認識した人なら、その「できない言い訳」を、工夫に転換する。
 D社は、今この段階でストップしている。私を含めた現場のコンサルが入って、1年少し。リーダーには、何かやろうという気が起きて、事実少しずつ現場が変わってきている。ただここにきて、足踏みしてしまっている。
 コンサルとして私の持つ数少ないカードの一つが、「辞める」ことである。私の契約終了をきっかけにして、さらに改善マインドを高めていただきたい。
 もし、私が再びあの会議に復活するには、つぎの2つの条件が必要である。
①少なくとも、リーダー全員が、「7つのムダ」とその内容を理解し、改善のマインドを持つこと。
「7つのムダ」については、とくに現場作業者にも伝えてほしい。とくに、「つくりすぎのムダ」=仕掛品をつくるムダについて、理解を深めることが必要である。
「見える化」についても、大胆な変化を見せてほしい。
②各工場ごとの生産性を示す指標を作ること。延べ人数あたりの加工高(人時生産性)が適切だと思う。ただ簡単に集計できて、期間ごとの比較ができればそれでいい。この指標がなければ、改善の結果が現れないため、工場の改善意欲が高まらない。コンサルの効果もわからない。
 この2つの条件が整ったら、再度支援させていただく。もっとも、これができたら、もう支援はいらなくなるはず。
 

2月3日(日)
【助成制度】
 たとえば、支援センターの制度で、「地域資源等を活用した新商品開発・販路開拓支援事業」がある。会社が、この認定を受けるためには、その要件に該当しなければならない。
 ここで地域資源の繊維布を使って、先進的な事柄に活用しようとする事業者があるとする。実証を開始してまだ半年しかたっていないため、実績が少ない。そのため上手く機能するかどうか、誰も客観的に評価することができない。公的部門からの受注や、補助事業の認定を受けるためには、この客観的な評価が必要である。
 残念ながら、支援機関の審査チームでは、この技術評価ができない。審査チームが評価できるのは、誰でもわかる具体的な形になったもの(衣服や置物、食品など)だけである。
 県内の有望な開発案件が、闇から闇に葬られることになる機会損失は大きい。


2月4日(月)
【65歳定年】
 4月から企業に65歳までの雇用が義務付けられる。これについては、賛否両論ある。高齢者にとっては、年金受給のはじまる65歳までの食い扶持が得られるから、大歓迎である。一方、企業内の若手従業員の給与が抑えられ、その上若年層の採用が少なくなる。すなわち、単純に定年を延長しただけでは、誰かが割を食うのである。ではどうしたらよいのか。

 誰が考えてもわかるように、経済が成長し、全体の雇用が増えればいいのである。景気が良くなることだ。まんべんなく財政出動を行い、国全体の労働者人口を倍増させる。財政赤字は関係ない。いつも言うように、日本人がよく働き、日本人の間でモノやサービスを賄っている限り、日本は破産しない。ハイパーインフレにはならない。絶対、大丈夫である。「アベノミクス」の危険性を言い立てる人は、その言動そのものが危険であることを自覚していない。

 もう一つ、重要な点がある。それは雇用のミスマッチである。失業率が高い時でも、労働人口の80%を占める中小企業は、人手不足に悩んでいる。これはひとえに、雇用条件の不平等に尽きる。大企業と中小零細企業の格差である。さらに、年金や失業保険、生活保護費のほうが、中小企業労働者の賃金より高いなどという、ばかげたことが起こっている。この平準化をはからなければならない。

 そのためには、年金や失業保険、生活保護費など、不労所得の受給金額を激減させる。そして、大企業や公務員の人件費(おもに高額な退職金や共済年金など)を半分にする。それだけで、失業率はゼロになる。もともと大企業や公務員の人件費は、中小零細企業の3倍以上あった。それを半分にしたところで、大したことはない。どうせ使い切れない分は、貯め込んでいるからだ(過去に貯め込んだものを吐き出させるのが、財政出動である)。

 そうすると、大企業や公的機関で飼い殺しにされていた優秀な人材は、起業するか中小企業に集まるしかない。そうなれば、日本は活性化する。能力のない人は、そのまま低賃金となった公的部門で働く。既得権益に守られている「労働貴族」は大反対するが、これだけは推進しなければならない。


2月5日(火)
【大臣辞職】
 徳田毅国土交通・復興政務官が、「女性問題」で、政務官を辞職した。近年にない、速い決断である。これに対して、ワイドショーでは、「あまり頻繁に大臣が変わるのはよくない」と言って、東日本大震災の被災者の声を取り上げていた。復興が遅れるということだろう。
 しかしもし、徳田氏が辞任しなかった場合には、「大臣にはふさわしくない」と言って、辞任を迫るのは、目に見えている。どちらにしても、ほめられることは絶対ないのが、大臣である。そもそも「女性問題」などで辞任していたら、TV局のキャスターなど、一人もいなくなってしまうのではないか。


2月6日(水)
【著作権とTPP】
≪「著作権で保護されている期間は、著作権者の意図から逸脱した作品は作りにくいといっていいでしょう。『銀河鉄道の夜』の主人公を猫にした傑作アニメは有名ですが、宮沢賢治の著作権がある間は、著作権者の許可が取れずに、実現出来なかったという逸話があります。著作権が切れれば、限度はありますが、二次創作の自由度はある程度高まります。例えば、吉川英治の『宮本武蔵』は、大河ドラマやマンガなどの原作になっていますが、これからは、さらに大胆な解釈として、新たな武蔵が生まれるかもしれません。著作権の切れた作品から新たな作品が生まれて、文化が継承されていくことも、著作権に期限がある重要な理由のひとつです」(福井弁護士)

 そして、これらの新しく生まれた二次創作物には、新たに著作権が発生することも重要だ。例えば、柳田國男の『遠野物語』を原作に、日本情緒あふれる映画が制作されて、コンテンツとして外国へ輸出されたら、世界的な大ヒットになり、外貨を稼いでくれるなんてことも考えられる。≫笹林司「著作権切れ」作品が日本を救う?より
 
著作権という既得権が、世の中を牛耳っていることは、これまでも述べた。TPPは、アメリカが、自身の持つ「著作権」を武器に、日本から、金と活力を奪い取ろうとしているのだ。著作権は、作者の生存期間内だけでいい。なぜ50年も守る必要があるのか。不労所得の典型である。アメリカは、それをさらに70年にしようとしている。こんなバカげた既得権益の保護は、全く理解できない。


2月7日(木)
【体罰問題2】
≪毎日新聞が2、3両日に実施した全国世論調査で、大阪市立桜宮高校で男子生徒が体罰を受けて自殺した問題を踏まえ、体罰についてどう思うかを聞いた。「一切認めるべきでない」との回答が53%と半数を超える半面、「一定の範囲で認めてもよい」との容認派も42%を占めた。(2・3毎日新聞)≫

 最近マスコミは、うんざりするくらい、この話でもちきりである。バラエティ番組でも、多くの「知識人」が、したり顔で、体罰禁止を訴える。しかし、本当に「体罰」を全面禁止にしてもいいのだろうか。人が進歩するためには、自他いずれかの、「体罰」や「いじめ」は絶対必要である。体や頭を「いじめ」ることと「鍛える」ことは、ほとんどイコールであるからだ。それがなければ、能力をどうやって磨くというのだ。

 そもそもほとんどの人は(私も含め)、何が「体罰」で、何が「しつけ」か「暴力」か、あるいは「いじめ」や「脅迫」なのか、分かっていない。ごっちゃにしている。それぞれが、それぞれのイメージで「体罰」を論じているから、わけがわからない議論になっている。その段階で、「体罰」を全面禁止にすると、とんでもないことになる。何事も、行き過ぎは絶対いけない。

 たとえば、飲酒運転の厳罰化で、それが原因での交通事故死は、たしかに何人か減少した。その代わり、飲食店の売り上げが30%もダウンし、「経済的理由」やうつ病の自殺者が数万人増えた。結果、日本経済が沈没したのである。『角を矯めて、牛を殺す』ことになってしまったのだ。放射能で死んだ人はいないのに、福島東海岸を『死の街』にしたのも同じである。

 少なくとも、次のような場合の「体罰」は、絶対必要である。
①自殺しようとしているとき。
・今にも手すりを越えて飛び降りようとしている。
・カミソリで自分の手首を引っ掻いている。
②人を殺したり傷つけようとしているとき。
・周りに人がいるのに、ふざけてバットを振り回している。
・人ごみに向かって、槍投げや砲丸投げをしようとしている。
・100回説教しても、カミソリで隣の人を脅かしている。
・プラットホームでふざけて人を突き落そうとしている。
・美人教師に迫っている。
③覚せい剤を打とうとしているとき。
④他人の家に強盗に入ろうとしているとき。
⑤オレオレ詐欺をしているのを見かけたとき。
 
 昔から秋田県には、『なまはげ』という行事がある。福井県の白浜町にも、『あまめん』というよく似た行事があり、幼児を脅かしている。今の風潮では、これらの伝統行事は、風前の灯であろう。永平寺の座禅も、微妙である。アントニオ猪木の「闘魂ビンタ」は、もうおしまいだ。
 また、日本の文化がいくつも失われるのである。


2月8日(金)
【原発支持見直し】
≪内閣支持率が6割を超えた安倍晋三首相にとって、原発を含むエネルギー政策と、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加は、政権の行方を左右する課題だ。毎日新聞が2、3日に実施した全国世論調査では、民主党政権の掲げた「2030年代に原発稼働ゼロ」を見直すと表明した首相の方針について「支持する」が56%で、「支持しない」が37%だった。(2・3毎日新聞)≫

 やっとすこし、国民の「原発パニック」が、治まってきたようである。しかしまだ、一部には根強い反対がある。これは「反原発」という利権に関わっているから、切り崩すのは大変である。
 しかしまあ今後は、利権同士の争いであるから、パニックの治まった国民が、正当に判断することになろう。


2月9日(土)
【自衛隊の制服】
≪陸上自衛隊大津駐屯地(大津市際川1)の隊員が今年から迷彩服で通勤を始め、地元住民らが「戦争の象徴の服で日常生活に不安を感じる」と反発している。住民有志約20人は「自衛隊の戦闘服通勤はやめての会」(高田敬子代表)を結成、8日までに「戦闘服通勤の中止」を求めるよう越直美市長に文書で要請した。【千葉紀和】2/9毎日新聞≫
 「何でも反対」の典型である。そのうち、迷彩服や軍服グッズで歩く市民にも、文句をつけるのだろうか。こんなことで不安を感じるとは、なんと贅沢な人たちであろう。たぶん、意見を言いやすいところだから言うのだ。反発する市民に、反発したい。


2月10日(日)
【裁判員制度】
 「日本の論点2012」に、井上薫氏の、裁判員制度についての論考が掲載されていた。まだそんなことを言っているのか、という感じである。井上氏は、私と同級生の西野喜一氏と同じく、裁判員制度に徹底して反対していた。その論拠は、「国民が選んだ議員の作った法律を適用できるのは、専門の裁判官でなければならない」というものである。

 しかし、実際に起こった事件を法律にそのまま適用することは不可能である。法律が、人々の行為の細部に至るまでは、とても設定できないからだ。どうしても、法律の間の部分、あるいは法の解釈によるところが大きい。つまり、現行の粗い法律をもとに、実際に起こったことを無理やり推定し、合わせるしかないのである。そんなことがいくら専門家でもできるはずがない。むしろ、法律の「専門家」ほど、専門にこだわり、いい加減な判決を下すのではないか。「専門家」は、自分の分野の専門を守ることにかけては、誰にも負けないからだ。裁判所は、その弊害が身に染みているからこそ、裁判員制度に踏み切ったのである。

 そもそも、国民の選んだ議員が法律を制定する際に、それを条文化するのは「専門家」である。わざとわかりにくい、どちらにもとれるような条文にしておいて、それを「専門家」でなければ、解読できない、と主張するのは、いかにも傲慢である。どこかで批判されたような、ムラ社会を作り上げているとしか思えない。

 法律とは、一般国民の「常識」を条文にしたものである。したがって、その常識を適用させるのは、井上氏のような、雲の上に住む「専門家」には、不可能である。


2月11日(月)
【大気汚染】
≪中国環境保護省は4日、1月24日に開かれた全国会議での周生賢(しゅう・せいけん)環境保護相の発言全文をウェブサイト上で公表した。それによると、1月の大気汚染は中国全土の4分の1、全人口の半数近い6億人に影響が出たという。(2/5:毎日新聞)≫

 WHOによると、中国ではこれまでも大気汚染で、毎年100万人以上の人が亡くなっている。いまはそれ以上に汚染状態が悪化し、高齢化も進んでいることから、大気汚染で毎年200万人以上が亡くなることになっているのではないか。そのうちの大半は、高齢者である。高齢者が片付けば、再び中国は活性化する。脅威である。


2月12日(火)
【首相 産業界へ賃上げ要請】
≪政府は5日、経済財政諮問会議を開き、デフレからの脱却に向け、雇用・所得の増加を伴う経済成長を実現するための具体策を議論した。安倍晋三首相は「業績が改善している企業には、賃金の引き上げを通じて所得の増加につながるよう協力をお願いしていく」と述べ、産業界に賃金上昇に向けた取り組みを要請する考えを示した。2013.2.05共同通信より≫
 
 ここでいう賃上げは、大企業の労働者を対象にしている。とくに労働組合に属している人が中心だ。公務員も含め、彼らは中小企業労働者の3倍以上もの生涯報酬を得ている。もともと、高額な報酬をもらっていた人が、さらに賃上げをしても、消費行動にはあまり結びつかない。貯め込むだけだ。

 一方、国内労働者の70~80%を占める中小企業労働者の賃金は、ここ10年で10%以上下がっている。大企業の派遣労働者も同じである。ますます大企業労働者との格差は開いている。しかも、今回の首相の賃上げ要請の対象には、含まれない。このところの株高・円安の恩恵は、大企業に限られ、ほとんど中小企業には及んでいないからだ。たとえば、逆に中小の運送業者は、原油価格の高騰で悲鳴を上げている。本当に国内の個人消費を高めるためには、低賃金の中小企業労働者の賃上げをしなければならないのである。

 しかし、この中小企業労働者の賃上げは、大企業の中小企業者に対する「搾取」構造を是正しない限り難しい。格差は永遠に続くのである。

 そこで、2つの『建設的提案』を行う。安倍総理の足を引っ張る気は全くないからだ。これには、ジェセフ・ステイグリッツの「世界の99%を貧困にする経済」からの、アイデア引用も含まれている。

①「レントシーキング」と呼ばれる、大企業の不当な超過利益誘導を監視し、罰則を適用する
 大企業が持っている240兆円もの内部留保を吐き出し、中小企業の労働者に恩恵を与えるためには、大企業と中小企業の取引慣行の大幅な改善が必要である。下請法の実質見直しなどを行って、「レントシーキング」と呼ばれる大企業の不当な超過利益誘導を、しっかりと監視し、罰則を適用するのである。

 ほっておくと、富める者の富蓄積は加速する。TV広告圧力での批判封じ、周波数独占、著作権など知財権を振り回しての中小企業いじめなど、「レントシーキング」は、無数にある。それぞれの専門分野の知見を結集し、大企業や一部の人に富が集まるしくみを、是正しなければならない。

 そうしなければ、米国社会のように、1%の勝者に99%以上の富が集中し、貧困と絶望がはびこる世界になる。日本ももうすでに、なりかかっているのではないか。

②中小企業の生産性の向上→フルタイム労働者に対する賃金補助
 大企業の生産性が中小企業より圧倒的に高いのは、労働者の能力が高いからではない。少なくとも、今の何倍もの賃金格差のような能力格差があるわけはない。では、なぜこのような格差が生まれたのであろう。

 一つは、前項で挙げた「レントシーキング」と呼ばれる、大企業の不当な超過利益誘導があるからである。これは綿密に計画され、もっともらしい大義名分を伴っている。そのため、多くの人は気づかない。富を持つ者は、巨額の富の何分の一かを使い、日夜知恵を絞っている。持たざる中小企業者が、かなうわけがない。

 そして、そこから生まれた労働者の賃金格差が、さらにまた中小企業の生産性を、低下させている。
 ある行動経済学によると、人が労働意欲を無くすのは、自分が不公平に処遇されていると感じている、ということが大きいそうだ。
 たとえば多くの派遣労働者は、正社員と同じような業務を行っても、その賃金には大きな格差がある。もちろん中小企業社員に対しての、大企業労働者や公務員の待遇も同じである。この差が少ない(2倍以下)うちは、それほど意識していなかったとしても、さすがに近年の格差はあまりにも大きい。

 私自身の40年の経験から、中小企業労働者と大企業社員や公務員との能力差は、ほとんどない。むしろ、中小企業者のほうがすぐれている場合が多い(大企業出身のエコノミストは反発するだろうが)。同じような能力をもつ労働者の待遇が、3倍から5倍も違っていたら、待遇が少ないほうは、労働意欲を失う。ましてや、生活保護者や年金生活者よりも低いとは、とんでもないことである。多くの中小企業の生産性の低さの原因の一つは、ここにある。そのため、画期的な新技術や製品が、中小企業からは、なかなか生まれないのだ。

 したがって、中小企業の生産性向上のためには、働く人の不公平感の払しょくが必要である。少なくとも、中小企業の社員でも、大企業労働者や公務員賃金の、半分は貰う必要がある。
 そのためには、中小企業を対象とした公共事業を、大盤振る舞いする。賃金の不足分は、直接支給してもよい。とにかく「額に汗して働く」人が、報われる社会にならなければならない。そうすれば相対的に、働かない人(年金生活者、生活保護、減反者など)に支給される金額は減少する。それが呼び水となって、中小企業の生産性は、飛躍的に向上する。企業数で99%、労働者数で80%の中小企業が回復しなければ、経済活動は絶対に活性化しない。

 大企業や公務員が、いま余計に貰いすぎている待遇(とくに退職金や年金)を、すこしづつ減らしていくのも名案である。そうすれば、中小企業者との賃金格差の是正は早くなる。
 またお金というものは、ある必要限度以上は持っているだけで満足し、永遠に使われない。よってその分を減らしても、経済には影響ない。そしてそれを大企業や公務員は、不公平とは感じない。

 人が意欲を持って働くのは、有り余る金銭欲ではない。自分の仕事が社会に認められ、その能力が向上していると感じるからである。不公平と感じる人は、かなり能力のある人であろう。その人たちこそ、スピンアウトして起業すべきである。まちがいなくそのほうが、経済は活性化する。


2月13日(水)
【稲田氏の眼鏡枠】
 新内閣で、行政改革担当大臣の稲田氏の眼鏡枠に、注目している。国会中継で、その大ぶりで黒ぶちの眼鏡が、えもいえぬ妖艶な輝きを放っている。もともと、美貌の稲田氏であるが、一段と女っぷりが上がった。
 どんな美人でも、中年すぎればそれなりに落ち着く。いくら自分で変わらないと思っていても、周りから見れば、変化しているのである。それを、見事に下支えしているのが眼鏡枠なのだ。昔からTVドラマや漫画では、眼鏡をかけている女性は、「ブス」キャラクターであった。その「ブス」イメージを一新させてくれるのが、その人に合う洗練された眼鏡枠なのである。稲田氏の眼鏡枠は、これまでの眼鏡のイメージを大きく変化させると思う。

 稲田氏の眼鏡枠は、眼鏡の産地である福井県嶺北を意識してのことに違いない。であれば、プラスチック枠だけでなく、鯖江産地の強みである特殊チタン枠もかけていただきたい。洋服にあわせて日替わりで眼鏡を変え、眼鏡ファッションを作っていきたい。願わくば、安倍総理に産地の高級眼鏡フレームをプレゼントして欲しい。中年以上の男性が、ふさわしい眼鏡枠をかければ、格段とイメージアップできるのは、あの(変態プレー)山崎拓議員においてさえ、証明されている。

 もっとも、福井の男性議員(山崎、高木氏)の眼鏡枠は、あまり似合っていない。素が悪いから、仕方がない(メガネを外すと、もっとひどい)。民主党仙石氏は、メガネベストドレッサーになったが、逆に産地のイメージダウンになってしまった。期待できるのは、稲田氏だけである。
 以前、サラ・ベイリン氏(副大統領候補)のかけていた、ファセット枠がブームになったことがあった。それ以前は、「冬ソナ」ブームによって、国産セル枠の売り上げが数倍にもなった。今後は、このような一時的なブームに終わることなく、眼鏡枠による「男前」、「女前」のイメージを定着させていただきたい。

 ちなみに2月8日の国会中継での、東国原氏との答弁は、対照的であった。東国原氏の眼鏡のかけ方は、あまりにも爺むさい。これでは、眼鏡枠のイメージが落ちる。東国原氏に、適切な眼鏡枠の選定と使い方をアドバイスしてもらえればいいのだが。


(追)2.28
 その後、国会などでの稲田氏の服装を注視していたら、白衣服には白縁の金属フレームを掛けていた。まさか(自民党県連に送った)、この投稿を見たからではないでしょうね。


2月14日(木)
【北朝鮮核実験】
 大きなニュースが続いている。まず、中国軍による自衛艦へのレーダー照射。その問題が冷めやらぬうちに、北朝鮮の核実験である。おかげで、レーダー照射問題は、どこかに吹っ飛んでしまった。得をしたのは、中国である。レーダー照射問題で、中国は「照射の事実はない、これは日本のでっちあげだ。」と言い張っていたが、いざ日本が証拠開示をちらつさせると、黙ってしまっていた。このままでは、いかにもまずかった。
 そのタイミングでの、核実験である。あまりにも都合が良すぎる。中国と北朝鮮がつるんでいるのは、周知の事実である。この一連の動きは、中国の意向そのものではないか。


2月15日(金)
【新潟県がれき受入】
≪新潟県柏崎市と三条市で始まった震災がれきの本格焼却について、泉田裕彦知事は14日の記者会見で、「亡くなる方が出れば傷害致死と言いたいが(放射能の危険性を)分かっていて(埋却を)やったら殺人に近い」と述べ、両市の対応を改めて厳しく批判した。12日にも両市の対応を「犯罪行為」とやゆした知事。この日の記者会見では、「未来に対して責任を持てるのか」と怒りを爆発させた。(2月15日9時48分 読売新聞)≫

 まだ、こんなことを言っている知事がいるとは驚いた。必要以上に放射線の害を煽り立て、放射能が怖くて、逃げ回っている。化石のような、こんな知事を頂いた新潟県民は不幸である。一刻も早く退陣させなければならない。何故、このようなとんでもない人を、知事に選んだのか。
 ちなみに、放射線の強いがれきは焼却し、灰をコンクリートで固め、ブロックにする。これは「岩盤浴」の基材として、1個1万円以上の高値で売れる。ちなみに、市販の『岩盤』用品は、数十万円~数百万円もする高額商品である。格安で、そんな商品ができれば、是非購入したい。


2月16日(土)
【TPP】
 政府は、「聖域なき関税撤廃には反対」といい、政権与党にはTPPの交渉参加すら、断固拒否する勢力がいる。私自身も、「聖域なき関税撤廃には反対」である。
 しかしよく考えれば、「聖域なき関税撤廃」などあり得ない。各国とも、強力な利権団体、圧力団体を持ち、何らかの利害を持っている。日本の場合は、農協である。しかしいったい農協は、何を守ろうというのだろうか。
 具体的に、守らなければならないのは、穀物とくにコメである。それ以外は守る必要ないし、すでに自由化されているではないか。具体的に中身の議論に入らなければ、何も進まない。
 そして、著作権である。これは、守るというより、開放しなければならない。そうしないと、日本では何にも活動できなくなる。アメリカはTPPによって、著作権という既得権を守ろうとしているのである。日本では著作者の死後50年(それでも長い)の著作権益を、死後70年から永遠に守ろうとしている。それによって、これまでアメリカで勝手に設定あるいは登録されてきた、膨大な著作権益をはじめとした知的財産権益を、TPP参加国に押し付けようとしているのだ。アメリカの膨大な弁護士が、それを手ぐすね引いて待っているのである。


2月17日(日)
【経済より命】
 16日夜のNHKスペシャル「どうするエネルギー政策」は、各界の論客が、原発や自然エネルギーに関し、それぞれの意見を述べたものである。特に目新しい意見があったわけではない。ただ、コマツ代表の岩根氏の「原発や核燃料サイクル、その廃棄物処分については、エネルギーが枯渇する100年後には、必要とされる可能性が大きい。今その技術を途絶えさせてはいけない。」と述べたのが印象的であった。
 また、視聴者からの意見がテロップで流れていたが、このような番組になると、必ず次のようなアホな意見が出てくる。

 一つは、「経済より命だ」というものである。発言者が小学生くらいなら、間違いを説明するのにやぶさかでなない。しかし、中年すぎの大人なら、あきれてものも言えない。「経済より命だ」という人は、「パンがなければ、お菓子を食べればいいのに」と言った、マリー・アントワネットを演じているのではないか。世間知らずにもほどがある。経済貧困国の平均寿命を見てほしい。まさしく日本は、お金で命を買っているのである。

 つぎに、「原発を推進する人は、避難地域に住んでほしい。」というものだ。これは、社会・経済的理由で、できないのを承知で言っている。卑怯極まりない。私も、そこに住みたいのはやまやまである。できれば「避難地域」を持ってきてほしい。そうでなければ、現地での就職と不動産買取のおぜん立てをしてほしい。話がまとまれば、すぐに移動する。

 もっとも私自身は、避難地域は安全だと思っている。しかし「避難地域に住め」と言う人は、危険だと思って、言っているのだろう。100歩譲って、もし避難地域が本当に危険だとしても、この言い方は、「暴力団反対を叫ぶ人は、○○組の事務所へ行って、叫んでほしい」というのと同じである。こんな人はこれまでも、平気で人をキズつけたり、殺してきたに違いない。


2月18日(月)
【アベノミクス】
 昨年から、このマスコミ造語が大流行である。この言葉は、かってのレーガン政権がとった「レーガノミクス」をもじったものだ。いずれの政策も、大幅な財政出動を原則としている。
しかし、「アベノミクス」と「レーガノミクス」との決定的違いがある。それは、自国通貨の価値を高くするか、低くするかということである。いうまでもなく「レーガノミクス」では、「強いアメリカ、強いドル」を目指して、ドル高を誘導してしまった。そのため、アメリカは強いドルで、外国からどんどんモノを買うことができ、一時的に国民は豊かになった。ところが、おかげでアメリカの製造業はガタガタになってしまったのである。そこから、アメリカの凋落がはじまる。製造業は、うまく戦略転換ができれば、生産性がどんどん上がる産業であり、それがなくなれば成長は望めない。
 「アベノミクス」では、逆に「円安」を狙っている。これまで、高すぎた「円」を是正し、日本の製造業と農業を、世界との対等競争に持っていこうとする。これは、先進国と途上国との格差是正にもなる。グローバル世界で、国家間でのあまりにも大きい物価や生産性の格差(これは生活格差になる)は、必ず是正されるはずだからだ。そうなれば必ず、日本は復活する。


2月19日(火)
【掲載拒否?】
 昨年10月ごろから、ふくい中小企業診断士協会のHPのフリーレポートに、ここで書いている私の随想文を掲載してもらっている。何十本かまとめて担当者に預けており、他の人の投稿がなければ、その中から選定してアップしてもらっていた。
 しかし、この数週間アップがない。担当者の怠慢なのか? そんなことはないであろう。以前担当者は、私の投稿文は過激すぎると言っていて、比較的穏やかなものを選んでいるということであった。それでも「毒にも薬にもならないような」他の人の投稿と異なり、多少は毒気があったのか。もしかして、クレームがついて恐れをなしたのかもしれない。
 しかし、掲載されたものをみても、これより過激なブログなどは、いくらでもある。大学教授という「公職」にある人でさえ、ネットではどんどん過激発言を繰り返している。武田邦彦氏などは、最たるもので、私の投稿文などは足元にも及ばない。私の書いたもの程度ではまだまだ、世の中は、ピクリとも動かない。
 まさか、「言論統制」に恐れをなして、投稿掲載を中止したのではないことを祈る。


2月20日(水)
【ジャカルタ旅行記1 出発まで】
 今日から4日間、診断協会のインドネシア視察旅行である。小松発20:00の飛行機で羽田へ。そこから成田で1泊、明朝飛行機でジャカルタに飛ぶ。私には、初めての国だ。福井は真冬なのに、ジャカルタは、赤道の近くである。冬物を成田に預けるというが、どんな服装で行けばいいのか。とくに、足回りが不安である。
 とにかく今日は、成田までで、近くのホテルで1泊。ところが、羽田から成田までの電車が長いこと。2時間近くも通勤電車に揺られた。成田がまるで、地の果てのように思える。成田空港の使い勝手が悪すぎる。あれだけ大騒ぎして作った空港なのに、これでは不便すぎる。すべて羽田に集中させればいい。誰かの利権がなければ、とっくにそうなっているであろう。福井から、空路を入れて夕刻から5時間。やっとの思いで、出発地近くのホテルにたどり着いた。


2月21日(木)
【ジャカルタ旅行記2 移動】
 成田から、約8時間のフライト。出発が2時間遅れ、いささかうんざり。機材の不具合らしいが、そうだとしても、本当に15分程度で修復できたのか。ただ、エコノミー席にしては、モニター装備がそろっていて、それほど退屈せずに過ごすことができた。
ジャカルタ到着後、ホテルから市内のショッピングセンター(スナヤンシティ)へ、夕食に出かけた。5~6キロを、タクシーで1時間以上かかる渋滞である。乗用車の混雑の中を、無数のバイクが器用にすり抜けていく。タクシー代およそ30000ルピア(300円)。夕食は中華料理とビール2杯ほどで、1人320000ルピア(3200円)。帰りは10時近くになって、道路は空いていたが、ベンツタクシーに乗ったため、およそ60000ルピア(600円)の支払いであった。今日1日、ほとんどを移動に費やす。


2月22日(金)
【ジャカルタ旅行記3 渋滞、買い物と乞食】
 朝、ジェトロでこの国についてのレクチャー。午後は、日華化学の現地駐在人の話を聞いた。
 ジェトロでは、この国の自動車市場にも触れてもらった。この国では、中古車の価格が年間数%しか減価せず、高値で取引されている。自分の車を中古車として高く販売するために、磨き立て、飾りたてて「商品価値」を挙げている。そうやって、30年近く乗るという。
 そのせいか、とにかく車が多い。どこへ行っても渋滞である。これだけ渋滞が多いと、移動を伴うビジネスはきわめて効率が悪い。したがって、これからの経済発展のポイントは、道路インフラの整備であろう。田中角栄みたいな人が大統領になれば、極端に変わるかもしれない。そういえば、2年後に大統領選挙があるようだ。
 
 つぎに、今回の旅行でも旅行者の常として、大小の小売店へ立ち寄った。もともと日本でも、ほとんど買い物をしないため、買いたいものがない。その私の目で見ても、この国の商品には魅力がない。まず、品揃えが圧倒的に不足している。そして高級感がない。高級店舗の中でさえそうである。もっとも、インドネシア産の商品はほとんどなく、目についたものは全部輸入品であった。価格も、日本で買うより高い。現時点で、この国では高級感あふれるものであれば、何をもってきても売れるのではないか。パッケージデザインなどの余計なものは、不要であろう(ゴミ処理にも困るはず)。
 「ブロックM」(日本人向けの居酒屋やカラオケが並んでいる)の日本料理店での食事も良くなかった。雰囲気と価格、料理の見映えは高級居酒屋だが、味は小学生並みである。日本人だったら、調理人でない普通の大人でも、こんな不味い料理は作らない。日本の味覚をもつ人なら誰でも、この地で日本人向けの料理店を開ける。あっという間に有名店になるはずだ。その割にこの店は、日本人(駐在者?)客で、満席であった。不味くても何とか食べられるので、これが当たり前になっているのかもしれない。(ただ、我々が入ったこの1軒だけで、ブロックM全体を決め付けるわけにはいかない。)
 日本人駐在者が減少(98年ジャカルタ暴動以来、家族は帰国し、単身赴任が増えたと言う)しているためか、「ブロックM」の店舗数もだいぶ減っているようだ。福井の片町以下の街並みで、なんとなく怪しげである。ガイドブックでは、この辺の店は比較的「安心」できるとあったが、行き当たりのカラオケ店に入る勇気は、誰にもなかった。
 
 またこの国で、「乞食」の姿を何人か見かけた。屋根のついた歩道橋や、渋滞の車の間を回って、物乞いをしている。「乞食」というと、かならず軽蔑する人がいる。「そんなことをするくらいなら、なにか働けばいいのに」という。ただ彼らを雇う場はないし、私自身「乞食」は、それほど低級な仕事には思えない。少なくとも、不要な商品やサービス(毎日のようにゴミが郵送されてくる)を売りつけて、代金をせしめる仕事に比べれば、ずっとましである。不要なものを提供し金銭をせしめる仕事は、社会にとって明らかにマイナスである。しかし「乞食」は、マイナスもプラスもない。むしろ、施しする人に優越感を与えるだけ、世の中に貢献している。それに、権利を行使するだけの生活保護や年金受給と違い、働いて糧を得ている。「乞食」は、ビジネスの原点である。見た目が不快な人なら、「乞食」以外に、いくらでもいる。 
 
 さて、イスラム教徒が多いこの国では、多くの女性はヒジャブと呼ぶスカーフをかぶっている。ヒジャブというのは、目だけを出すタイプではなく、髪の部分だけ飾る女性のファッションである。カラフルで、デザインや着こなしもさまざまだ。若い女性のこのヒジャブ姿は、エキゾチックでかわいくとても魅力的である。しかしどうも、中高年女性のヒジャブ姿はいただけない。煙突に顔を突っ込んだ豚のように見える。日本の中年女性の浴衣姿を見て、ボンレスハムを想像するのと同じ。中年以上になったら、目だけを出すタイプの被り物がお薦めである(日本でも流行させたい)。


2月23日(土)
【ジャカルタ旅行記4 トイレ事情】
 私のような前立腺肥大の中高年旅行者にとって、最大の敵は「尿意」である。液体が体内に入ると、すぐ排出したくなる。尿道が狭くなり、踏ん張りがきかないためだ。いざとなると、我慢できなくなる。今度の旅行でもかなり自重し、アルコール類は控えざるを得なかった。その点、日本国内での外出は気楽である。観光地や公園などでは、屋外のいたるところに公衆トイレが設置してあり、歩くときに目をつけておけば、たいてい都合がつく。コンビニもたくさんある。自分が慣れたのか、日本でのトイレ整備が進んだのか。両方であろう。
 ところがインドネシアでは、ホテルや大型ショッピングモール、飲食店を1歩出ると、ほとんどトイレがない。たまに有料トイレ(1000ルピア?)があるが、番人がいて、入るには勇気がいる。いちど余裕がなくなり、ガイドに案内されて独立記念塔近くの有料トイレに入った。一応「水洗」であって、床面所構わず流している。何の液体で洗っているのかは、不明。しかし、ここで用を足すのには、かなりのテクニックと、バランス感覚、柔らかい体が必要である。狭くて、ドアを開けても中に入れないから、一本足、半身の姿勢でチャックを下ろした。私の前に入った、ヒジャブの太った女性は、どのようにして用を足したのであろうか。
 また、つぎに見学したモスク寺院では、集団で500mもトイレを探して遠征しなければならなかった。右往左往した挙句、汚物?で靴下が濡れるのを厭わなかった一部の人(1~2名)だけが、思いを遂げることができた。その時、私と残りの人はそれほど切羽詰ってはいなかった。しかしその後、昼食場所までの1時間余、多くの人は渋滞の移動車の中で、不安のときを過ごしたのである。
 もっともこの国は、赤道直下で、1年中暑い。体内の液体は、ほとんどが汗となって空気中に拡散する。また、イスラム教徒が圧倒的で、国民の多くはほとんどアルコールを飲まない。したがって、それほど頻繁に下から排泄することはない。立ち小便の姿も見かけなかった。
 ただ、この国が経済発展して、コーラなどの飲料が大量に出回るようになると、どうか。いたるところに、不思議な水たまりが出没するのではないか。トイレの整備を並行して行わなければ、観光客どころか、中流以上の国民も逃げて行ってしまう。そして発展に伴い、排泄物以上に、あらゆる廃棄物が増大する。そのための、下水や処理施設など、まさに、車の増加と道路整備の関係と同じである。あらゆるインフラ整備が、急務であろう。
 
 さて、あと1日、この国で「尿意」と戦わなければならない。しかし、どこへ行っても敵はいるのだ。やがて日本に帰ると、新たな敵「スギ花粉(PM2.5入り)」が、待ち構えている。

 
 今日は、独立記念塔とモスク、ファタヒラ広場と、グランドインドネシア(この国最大のショッピングモール)を訪問し、そこからスハルト空港へ。21:30発ANA帰国の飛行機に乗る。エコノミー席は満員。さすがに、8時間も狭い席では疲れる。何人か体調を崩した人がいた。私も少しおかしい。もしかして、疲れだけではないかもしれない。海外から帰るときは、いつもそうだ。このようにして世界中に、おかしな病原菌がばら撒かれるのであろう。


2月24日(日)
【帰国 富士山】
 成田空港から小松へは、36人乗りの小型機である。これで、成田からうんざりの陸路が省ける。この路線は、小型機で充分だ。そして、機内から雪の富士山がくっきりと見えた。孤高の頂からなだらかな斜面に新雪を被せた富士山は、まさに国土のシンボルである。これまで見た、どの富士山よりも美しかった。日本へ来る外人客(日本人でも)が、最初に飛行機から見る日本のイメージとして、これ以上のものはない。とくに1~3月の富士山は最高である。
 ただ、期待していたアルプス山脈(北ア・穂高の真上を飛んだはず)は、すべて雲の中であった。また小松から福井へは、吹雪の旅となった。


2月25日(月)
【専門家の欺瞞】
≪各地の原発で断層の調査を進めている国の原子力規制委員会の専門家会議。福井県の敦賀原発について報告書の案を示し、「2号機の真下を走る断層は、安全側の判断として活断層である可能性が高い」と結論づけた。NHK2/4≫
 専門家とはなにか。ヤフー辞書には、『ある特定の学問・事柄を専門に研究・担当して、それに精通している人。エキスパート』とある。ということは、「ある特定の学問・事柄」については、世の中でその人しか知らない、ということである。では、誰がそれを認めているのか。周りの、何も考えない人が、「専門家」に、専門分野を丸投げしているのだ。
 いつも言うように、怖いのは、世界でその「専門家」しかいない場合、その分野では、その人の好き放題ができるということである。だれも「専門家」に理論では、太刀打ちできないからだ。日本では、国家予算を好き放題に使う。では、どうやって国家予算を好き放題に使うのか。簡単だ。危機をあおればいい。
 私の定義はこうである。「専門家とは、自分が最高権威であることを利用して、自分の専門分野の危機をあおる人である」。もっとも、真の最高権威者なら、そんなことはしない。本当の専門家は、自分が何も知らない、ということを知っている人である。危機をあおる専門家は、似非専門家である。


2月26日(火)
【規制改革】
 2月15日の毎日新聞報道によると、規制改革会議の主な検討課題は、次の項目である。
・ 混合診療のさらなる範囲拡大
・ 一般用医薬品のインターネット販売規制見直し
・ 医療機関の処方箋の電子化
・ 自然公園での地熱発電の開発可能地域の設定
・ 石炭火力発電所建設の環境アセスメントで条件を明確化
・ 農地に太陽光パネルを設置する際の手続き簡素化
・ 裁量労働制の対象となる業務の拡大
・ 派遣労働の対象となる業務範囲の見直し
・ 解雇規制の明確化、柔軟化
・ 産業としての農業の競争力強化
 
 内容が具体的にわからないが、「農地に太陽光パネルを設置する際の手続き簡素化」、はいただけない。そもそも、太陽光パネルがいかに資源浪費であるか、わかっていないのではないか。悪徳業者(ソフトバンク)の息でもかかっているのか。いったん農地が蹂躙されると、もとに戻れなくなる。
 そして、このなかに知財保護の規制緩和が盛り込まれていないのは、きわめて残念である。知的財産権こそは、史上最大の既得権益であるからだ。ほとんどの人が知財の正当性を信じているだけに、まことに始末が悪い。アメリカは、圧倒的多数の弁護士を抱えて、虎視眈々と日本の懐を狙っているのである。ただ、『銃規制の緩和』だけは、ごめん被りたい。


2月27日(水)
【体調不良】
 2~3日前から、体調がすぐれない。鼻と喉と頭が痛い。最初花粉症かと思ったが、どうも風邪を引いたようだ。暑いインドネシアから、真冬の大寒気団の待つ日本で、1日寒い思いをしたからかもしれない。いずれにしてもこの季節は、花粉症でも悩まされる、いやな季節である。


2月28日(木)
【貿易赤字】
 朝から体調が悪く、起きることができないで、TVを見ていた。
 テレビ朝日「モーニングバード」では、貿易赤字の原因について、取り上げていた。曰く、このところ続いている貿易赤字は、化石燃料の値上がりが主因である。原発が停止したために、その分の化石燃料の輸入量が増えただけでは、それほどたいした金額ではないということらしい。それをもとに試算を行っていた。つまり、原発の再開を牽制しているのである。

 しかし、そもそも化石燃料が値上がりしたのは、日本が原発を停止して、これまで以上に化石燃料の輸入量を拡大しようとしたからではないのか。先ほどの理屈には、「価格は、需要と供給で決まる」という、至極当たり前のことが、すっぽりと抜け落ちている(この2年ほど、日本の化石燃料バイヤーは、足元を見て高値を吹っかけてくる海外の石油メジャーと、必死?に戦ってきたに違いない)。
 したがって、日本の原発が再稼働すれば、化石燃料の輸入量が減少し、その分世界の需要も少なくなる。価格も大幅に下がり、日本の貿易赤字は、大幅に縮小するか黒字転換する。エネルギーや食糧のような必需品は、わずかな需給バランスの違いで、価格が大きく変動するからだ。
 
 この番組コーナーは、「データの一部だけをとって、都合のいいところだけを利用する」格好の見本であった。  それに、アホな番組に悪態をついたおかげか、少し体調が楽になった。

温泉入浴 ①

湯布院
 湯布院の小さな旅館
  部屋付の露店風呂
 

平成25年1月(1~31日)

1月1日(火)
【新年】
 元旦ということで、梵の「極秘造大吟醸」を開けた。息子たちと杯に2~3杯づつ、朝食時と夕食時で、4合瓶1本を空けた。もちろん、それだけで済むわけがない。同じく梵の「ひやおろし」と一本木(1,700円)も、合わせて一人1~2合飲んだ。

 さすがに「極秘造大吟醸」はうまい。一気に飲むには惜しいので、口に含んでゆっくり飲むのだ。いつもビールを飲んでいる息子たちも、「うまい」と言ってくれた。朝一番の空腹時に飲んだためもあって、これまでで一番おいしい酒だった。この「極秘大吟醸」のあとに「ひやおろし」を飲むと、非常に淡泊に感じる。「ひやおろし」もそれなりにうまいのだが、「極秘大吟醸」ほどではない。ちなみに、普通ならいけるはずの「一本義」は、燗したためか、雑味が鼻について、とても飲めなかった。べつに「一本義」がお粗末なわけではない。ランクが違うのだから仕方がない。心配なのは、味が肥えてしまって、これからは大吟醸クラスしか飲めなくなるのではないかということである。
 
 ところで、これからの造り酒屋は、本当にうまい酒だけをきちんとつくるようにしたらどうか。私のような酒飲みでも、安酒をがぶ飲みするのには、辟易してきた。わけのわからない酒をたくさん飲むより、少しくらい高くても、いい酒をおいしく飲んでほろ酔いのほうがよほどいい。
 今まで、まずくても飲んでいたのを、我慢しなくてもよくなる。安酒だから、人に無理強いする側面もあるはずだ(ほんとにうまかったら、あまり人には薦めない)。そうなると、1升1000円台の安酒は淘汰されるであろう。本当のファンが増える。


1月2日(水)
【箱根駅伝】
 恒例の箱根駅伝である。2区のエース区間では、例によって黒人選手が大活躍だ。日大と山梨学院大それぞれの選手が、日本人のそれも力のある選手たちを10人以上抜いた。今や陸上競技で最後の牙城であった超長距離走でも、日本人選手の出る幕はない。オリンピックのマラソン競技は、圧倒的にアフリカ選手の独壇場である。
 しかし、ほんの10年ほど前まで、陸上競技ではマラソンは唯一といってもよいお家芸であった。宗兄弟、瀬古、谷口、中山、森下、藤田など、世界で通用する選手が次々と排出された。伝統の箱根駅伝をはじめとする、日本独自の駅伝による育成が功を奏していたからであろう。
 ところが、素質のあるアフリカ人選手が、日本人と同じようなトレーニングをしたらどうなるか。それが今の結果となっている。もともと、日本人とアフリカ人とでは、犬で言えば「柴犬」と「シェパード」以上の身体能力の差がある。日本人がかなうわけがない。
 ではどうすればいいか。身体能力の劣る日本人でも勝負できるような分野を探すしかない。なければつくる。幸い、国内の層は厚い。100人レベルの「駅伝」なら勝てるかもしれない。
 企業活動と同じ、「栄華必衰」は、世の流れである。
 
1月3日(木)
【行政改革】
 大前研一氏はつぎのように言っている。
≪国会議員と地方議員の定数も半分以下にすべきである。とくに地方議員は、今や候補者の顔ぶれが職のない若者と暇を持て余している老人のハローワークのようになっているので、歳費は少なくとも10分の1にしてかまわないだろう。さらに、市区町村長は基本的にボランティア(無給)で務めるのが世界の先進国の常識である。≫

 ぜひ、このように進めていく必要がある。ただこの改革は、職員や議員ではできない。規則を決めるのは、彼らだからだ。黙っていては、自分で自分の存在意義を否定するような規則を、決めるわけがない。職員や議員の報酬に関しては、市民が直接規則を決めればいいのだが、それを決めるのも議員である。
 名古屋市長みたいに、自ら報酬カットを言い出す議員が続出することを期待するしかないのであろうか。


1月4日(金)
【デフレ反転の成長戦略】(東洋経済)山田久氏
 日本総研の、戦略センター所長である山田氏の著作である。1963年生まれと若いため、読者にわかるような言葉遣いができてなく、読むのに苦労した。また、論点がマクロの経済政策と大企業中心で、中小企業にはあまり言及していないことから、直接の参考にはなりにくい。また、その具体的な成長戦略の提言内容についても、目新しい視点は見られなかった。
 ただ、日本の財政赤字を維持していくためには、「輸出主導」の経済政策が必要であるとの認識は、私と一致している。要は、「日本人はもっと働け」ということである。また、政策的な教育・訓練と資格制度を導入して、派遣労働者の賃金を正規労働者の賃金に近づけていくという提案は、一考の価値はある。この場合、「既得権益」を守ろうとする高賃金労働者の抵抗対策が必要である。

 ところで、この本の内容から、「デフレ」に関して、気が付いたことがある。つまりいま日本で起こっている「デフレ」のおもな原因は、供給が需要を上回っているからだとされている。確かに、土木建設や飲食、家電製品、衣服品、その他多くの製造品などはそうかもしれない。しかし、逆に需要が供給を上回っている業種がいくつもある。医療、介護、保育などのサービス分野である。おそらくこの3つの分野だけで、GDPの10%近くを占めているはずだ。
 ふつう景気刺激のための財政出動では、供給力過剰の分野に集中する。しかし、この3つの分野は、反対である。需要がたっぷりあるところへ、さらに政府の金が入る。これでは景気刺激にならない。もちろん、医療など命に係わる分野は、インフレになっては困る。ある程度の補助は必要である。支払いのできない需要者に対しての社会政策である。
 でもそうすると、ただでさえ需要が多い分野に政府が金を出すのだから、その分野の従事者はものすごく高賃金になるはずである。現に医療分野や公的保育分野ではそうなっている。しかしながら、民間の介護ではそうなっていない。介護のような直接命にかかわらないものには、年寄は金を使いたくないからであろうか。この辺の経済メカニズムは不思議である。おそらく、経済メカニズムとあらゆる既得権益とがごっちゃになって、わけが分からなくなっているのだろう。


1月5日(土)
【飲酒運転解禁論】
 飲酒運転禁止の弊害は大きい。GDPが減少しデフレが回復しないだけでなく、飲酒によるコミュニケーション機能が失われ、日本中に閉塞感が充満している。そのため、相変わらず自殺者も3万人を下らない(昨年は2万人台になったようだが)。本来ならば、すぐにでもこの悪法を廃絶すべきである。そもそも、人っ子一人通らないような道路で、飲酒運転を禁止する必要はないはずだ。しかし、「リスクゼロ」でなければならないという、ガチガチの固定観念に取りつかれた日本国民は、とうてい受け入れない。この「バカの壁」を破ることは、きわめて困難である。
 そこで、飲酒者向けの車を作るのだ。「絶対にぶつからない」自動車を早急に商品化、販売する(もう、製品はできている)。周囲の状況を把握して自動的にブレーキをかけられる技術を搭載した自動車なら、めったに事故を起こさないはずだ。すでにミニカーでは、完璧にできる。もちろん普通の自動車の場合、慣性もあるし複雑な動きをするため、一筋縄ではいかない。でも多少金はかかってもいいではないか。その高機能自動車を運転するのなら、飲酒運転(べろんべろんでは困るが)OKとするのである。自動ブレーキ機能に加えて、スピードは40キロ以下にする。外観を真っ赤にして明かりを点滅させるなど、派手に目立たせれば、周りも逃げていくであろう。
 
1月6日(日)
【崩落事故】
≪3日正午ごろ、大阪府河内長野市と和歌山県橋本市を結ぶ国道371号の「紀見トンネル」(全長約1450メートル)の和歌山方面行きの車線で、コンクリート製の側壁の一部がはがれ、約5メートル下に落下した。けが人はなかった。≫

 昨年の中央道トンネル事故のあとだからか、こんな小さな事故さえニュースになる。絶対「安心」を求める日本国民には、大変なことなのかもしれない。今に、日本中の建設物の破壊状況が、細部にわたって報道されるであろう。それだけであって、じゃあどうすればいいのかを、誰も提言することができない。


1月7日(月)
【低線量被ばく】
 この件については、昨年度もこの欄でさんざん述べてきた。
 今の日本には放射線の危険を、これでもかと煽り立てる人もいれば、いや低線量被ばくはかえって健康にいいのだという人もいる(ホルミシス効果)。健康にいいとまではいかなくても、この程度の放射線(20~100㎜SV/年)では、全く人体には影響ないという人が、冷静な人を中心に、確実に増えてきている。これまでいろんな情報を集めてきたが、客観的に見て「安全派」の根拠・理論はしっかりしているし、必ずしも御用学者ばかりではない。誰がどう考えても、今の程度の放射線のリスクより、危険を煽られて逃げまわり、ストレスをため込むリスクのほうがはるかに大きい。3.11で分かったのは、地震や津波で「原子力発電所」は壊れるが、放射能はそんなに恐くなかったということである。原発関連で亡くなったのは、放射能から逃げた人だけである。
 そうはいっても、まだ圧倒的に放射線の危険を煽る人のほうが多い(声が大きいだけかも)。「安全派」の声が小さいのは、「何もないというのは悪魔の証明」だからである。安全の証明は、絶対にできない。(冤罪事件、南京大虐殺や従軍慰安婦と同じ構造である)

「危険派」は、どうみても噂に毛が生えただけの情報をもとに、感情だけに走っている。その論理は破たんしているのに、である。所沢ダイオキシン騒動、新型インフルエンザ騒動、BSE騒動、口蹄疫30万頭大虐殺などの愚を繰り返し、増幅させているのである。ほんとうに学習能力がない。いやもしかしたら、危険を煽る人たちも、これはおかしいと気づき始めているのかもしれない。一度口に出したことを引っ込めたくないのだろう。原発利権の恩恵から外れた怨念もあるし、放射能が安全であっては、原発反対の根拠がなくなってしまうのだ。

 そして危険を煽る人たちは、それだけで金儲けができる。不安をネタにした商売ほど儲かるものはないからだ。本が売れ、保険が売れ、放射線防護商品が売れ、測定器が売れる。政治家は票につながる。東電や政府からは、補償金がたんまり入る。弁護士は、サラ金から東電に狙いを変更した。これらを商売にしている人たちは、いまさら放射線が安全だといって欲しくない。「放射能は危険」が、新たな利権となっているのだ。また、これらについて利害関係のない市民でも、「放射能は危険」の固定観念を植え付けられている。安全だといわれるとかえって心配になる。したがって彼らは、「安全派」に圧力をかける。
 さらに大問題なのは、危険を煽っている人たちは、自分たちがいかに低線量地域住民の、人権を蹂躙しているかについて、思いをはせていないことだ(思っていてやっているのなら、もっと悪い。バカではなく、悪人だからだ)。「子孫に影響するから少しでも放射性物質が含まれていたら廃棄せよ」、「原発周辺は毒物地帯だ」、などと煽る。危険だ、危険だということで、徹底して地域やその住民に対する差別意識を生み出している。したがってネットでは、「遺伝子に傷がついた東北の人間とは結婚するな」、という意見まで飛び出しているのだ。これは、過去問題となった、ハンセン病やエイズ患者などへの差別意識を、100倍も拡大したものである。とんでもないことだ。「放射能危険派」は、万死に値する。


1月8日(火)
【高橋是清】
 麻生前総理が入閣し、「平成の高橋是清」だと言われている。一度総理大臣までなった人が、経済危機に際して、金融財政の責任者として登場したことが共通している。ただ、高橋是清は、昭和11年に起きた2.26事件で青年将校に暗殺されている。
 高橋是清は、昭和5年の世界大恐慌と井上準之助の金本位制の影響で、デフレ不況に陥った時、自身5回目くらいの大蔵大臣に要請された。そこで日本を、「大胆な」金融緩和と積極財政で救ったのである。ただその時に、かなり軍事費を増やして軍部を増長させてしまった。その後インフレが進んで、引き締めにかかろうとしたときに、予算を削られそうになった軍部に消されてしまったのである。それからあとは、国家予算の半分近くを陸軍と海軍に費やすなどで赤字財政が膨らみ、後戻りできないほどのインフレに突入、大東亜戦争に突っ込んで行ってしまった。したがって、2.26がなければ、日本は大きく変わっていたであろうと言われている。
 今回も、もし政策が成功してデフレを脱却し、インフレになったとき、予算を引き締めなければならない。その時に、2.26のような修羅場なしにことが収まるかどうか。
 ただ、現代は昭和初期と決定的に異なることがある。それは、個人と企業が大金持ちになっていることだ。大金持ちが増えて金の使い道がないから、国が代わって使ってあげるのだ。そう考えたら、財政赤字はいくら大きくても構わないのではないか。
 
1月9日(水)
【手抜き除染】
≪東京電力福島第一原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水の一部を現場周辺の川などに捨てる「手抜き除染」が横行していることが、朝日新聞の取材でわかった。元請けゼネコンの現場監督が指示して投棄した例もある。発注元の環境省は契約違反とみて調査を始めた。汚染廃棄物の扱いを定めた特別措置法に違反する可能性がある。1月4日≫

 あまりいいことではないが、現場の作業員の立場に立ってみれば、無理もない。文句を言っている人たちは、机の上で「怪しからん」と言っているだけで、実際に除染作業をやったことがないのだ。やったとしても「背広の土方」(その場で、背広を脱いで、『こうやってやるんだ』と言って、1回だけ見本を見せるやり方)である。とくに、仮設住宅に居ながら、除染を待って帰宅しようとしている人たちが文句を言うのは見苦しい。除染作業者から見れば、「あんたがやることを代わりにやってあげているのに」と思っているだろう。私に言わせれば、そもそも除染などは必要ない。穴を掘って埋めるのと同じ、失業対策だと思えばいい。働く貧乏人にお金が回らなければならないからだ。


1月10日(木)
【診断士手帳】
 今年から診断士手帳は、有償となった。1冊500円だ。本部に購入を申請したので、支援センターには届いているのだが、そこから1か月かかっても、まだ手元にない。これまでは、「自動的に」自宅に送付されてきたので、煩わしい手続きなしに移行できた。500円という手帳の金額より、入手の手間のほうがコストアップになると思う(その代わり本部からは、頼みもしない雑誌が毎月「律義」に送られてくる。我が家はゴミ屋敷になる)。
 旧手帳で、3月までの予定記載があるので、1か月ぐらい入手が遅れてもそんなに影響はないはずである。しかしそろそろ、来年(26年)の予定も入るようになる。地域の役員交代期が1月で、その会場予約が1年でも、都合のいい日が取れないからである。早く新手帳に移行したい。
 ところで、この診断士手帳は平成13年度から使っている。診断士の報酬や契約、収入印紙なども書かれており、便利である。とくに予定欄は、1か月1ページ単位(見開きで2か月分)になっており非常に使い勝手がいい。簡単に記入や閲覧ができるからだ。ただ、1年分しか記入するところがなく、毎年12月になると新手帳への移行が煩わしい。
 そこで、この予定欄を3年分にした手帳があれば、非常に便利である。少しくらい高くても(1500円くらいまでなら?)買う。これまで市販の手帳をさんざん探したが、この予定記入方式での3年手帳はなかった(見開き1か月の予定欄で3年手帳は市販されていたが、非常に分厚い)。報酬や契約、氏名や血液型など、めったに変わらないものは、3年ぐらいそのままでいい。
もっとも予定の立て方は、人によって千差万別であるから、私のようなニーズは、世の中にはないのかもしれない。5年ほど前から、自分専用の3年手帳をつくろうと思っていたが、とん挫している。

 

1月11日(金)
【消費税】
≪公明党は、14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げる際に軽減税率を導入するよう求めた。両党は来週にも民主党との協議を行った上で、24日までに与党税制改正大綱をまとめる方針を確認した。(2013年1月9日14時15分 読売新聞)より≫

 消費税導入のたびに、この軽減税率が問題になる。しかし、どの品目を軽減し何を課税するのかについて、必ずあいまいになる。これを議論しだすと、泥沼に入る。また、各業界の思惑が入り乱れて、利権の奪い合い、賄賂の温床になるのは明らかである。軽減税率の導入権限を通して、財務省の天下り先を増やすことにしかならない(消費税は他の税と違い、ほぼ全ての商取引に関係してくるので、財務官僚にとっては最高のメシの種となる)。したがって、消費税を上げるなら例外を認めては絶対にいけない。

ただ、もし一つだけ例外を認めるなら、国産の「米」だけは例外にしてもいいのではないか。穀物は日本の生命線であり、守らなければならならない最大のものであるからだ。例外のない原則はないし、例外を作るなら、たった一つだけにすべきである。


1月12日(土)
【加害者と被害者】
 自分は交通事故の加害者にも被害者にもなったことはない。しかし、もしなるのなら断然「被害者」のほうがいい。圧倒的多数の人はそう思っているであろう。事故の「加害者」になるほど、みじめなことはないからだ。(もちろん例外はある)

 ところで今日アオッサの前で、80歳くらいの男が、20歳くらいの若者の軽自動車にぶつかって、倒れているところを目撃した。すぐ立ち上がったので、大したことはないと思う。ただ、軽自動車の後ろにいた1BOXカーの運転手は、「足に乗り上げていたので、救急車を呼んだほうがいい」と言っていた。ひかれた瞬間を目撃したのだろう。私は、すぐ現場を離れたので、詳しい状況はわからない。たぶん、横断歩道で老人がもたもたしていて、車のところに倒れ込んだようだ。

 ただ、ひかれた老人は意識がはっきりしており、しきりに若者に文句を言っていた。平謝りの若者を見ると、気の毒になる。おそらくここしばらくは、警察の事情聴取や保険金の支払い、けが人の見舞いなどで、日常生活が大幅に乱されるはずだ。
 
 逆に、ひかれた老人は「しめた」と思ったに違いない。命に別状はないし、ここ当分は、交通事故被害ということで、誰に指指されることもなく、のうのうと暮らすことができるからだ。「被害者」さまさまである。
 あの様子を見ていて、またその後の状況を考えると、高齢者の醜さといやらしさに、反吐が出そうになる。もし、あの老人がいなかったら、あの若者はこの事件に関わることになる時間を、もっと有効に使えたはずだ。老人が、若者の人生を奪うことになったとも言える。そう考えたら、「被害者」にしかなれない人は、この世にいないほうがいいのではないか。残酷なようだが、「加害者」になることのできる人こそが、世の中に必要なのである。




1月13日(日)
【孫への贈与税】
≪政府は9日までに、緊急経済対策に祖父母が孫に教育資金を一括贈与した場合、贈与税を非課税とする措置を盛り込む方針を固めた。非課税額の上限を1人最大1500万円とする方向で調整している。(時事通信)≫

 経済活性化のためには、この税制改革は1歩前進である。ただこれだけでは、まだ1/10の効果しかない。贈与税を軽減し、相続税を重くすることがセットになっていなければならない。ほんとは、贈与税より相続税のほうを重くするのが理想である。金融資産の相続税率は、100%でもいい。黙っていたら、高齢者は金を使わない。お金を持っていることが負担になるような仕組みが重要なのだ。今の税制は、お金を貯め込むことそのものがゲームのようになってしまい、お金を使う楽しみを奪ってしまっている。これではだれも幸せにならない。

≪繁栄可能の理由として、大前さんは、日本の個人金融資産はGDPの3倍と世界で例がなく、仮に10%の150兆円が市場に回れば日本の経済状況は激変することを挙げる。海外では、イタリア人は人生を楽しむために金を使い切るまで遊び、アメリカ人は老後の準備をして、そのために最もお金を使うという。大前さんは、その金が市場に流れ、若い世代へ受け渡されるとしている。J‐CASTニュース2009.2.7より≫


1月14日(月)
【バラマキ財政】
≪フジテレビ系 1月11日(金)19時37分配信
安倍政権は、史上最大規模20兆円を超える緊急経済対策を打ち出した。しかし、肝心の財源は確保できるのか。大幅に増額された公共事業費に、一部からばらまきとの声もあがっている。≫

 バラマキとは何か。マネー辞典(m-Word)では、『国家による大規模な財政支出を意味することば。やや批判的なニュアンスで表現するときに用いられる。景気刺激のための公共工事、また子育て支援、福祉政策などの目的でバラマキがなされる。』とある。
 しかしこれでは、大きく金を使うことすべてがバラマキになってしまう。本来のバラマキとは、ヘリコプターでお金をばら撒くように、誰でも彼でもお構いなしにお金を与えることを言う。ふつう「誰でも彼でも」ということはあり得ないので、常識的に考えて、ほとんど働かない人にお金を与えることを「バラマキ」と言ってもいいのではないか。「生活保護」や、「子ども手当」、「年金給付」などである。休耕田保障など、農地を持っているだけでお金を支給するのもバラマキである。

 では、バラマキでない大幅な財政支出とは何か。働いている人にお金を与えることである。その場合、少しぐらい効率が悪くてもよい。一所懸命働いていると認めた人に、報いることが大切なのだ。その価値観さえ共有していれば、その判断は政治家に任せてもいい。そのための選挙制度なのだ。
 そう考えたら、バラマキでないお金の使い方は、「公共事業」しかないではないか。他にあるなら、教えてほしい。


1月15日(火)
【著作権】
 知的財産の一つ著作権という既得権の塊のようなものがある。著作権の詳細は省くが、これは「著作者」の死後、50年も守られる。それを米国の圧力で、75年にしようとしている。さらに、これまで親告罪だった著作権法違反の罪を、非親告罪にしようとする動きまである。こんなことをしたら、すべての人が犯罪者になる。他人の著作権を厳密に守っている人など、誰もいないからだ。「創造的」な活動をして、著作物をたくさん出している人ほど、他人の著作権を犯している。自分一人で、ゼロからそれなりの著作物を出すことは、それこそ「絶対に」不可能である。また、文字人口が飛躍的に拡大し、著作物の数量が無数に増えてきた現代では、他人の著作物をすべて調査してから著作するなんてことは、「逆立ちしても」できるはずがない。

 これまでも、著作権法のおかげで、人々はどれだけ不自由な思いをしてきたことか。一部の著作者の既得権を守るために、世の中の自由な生活と創造的な活動を、大きく制限してきた。

 そもそも、なぜ著作権は守らなければならないのか。
 著作権法第1条では、≪この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し、著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする≫とある。

 しかし、どう見ても今の著作権法が「文化の発展」に寄与しているとは思えない。逆だ。著作権を保護することによって、文化的な活動と発展を阻害しているなら、こんなものはないほうがいい。今の著作権という悪徳利権は、「文化の発展」を守るというより、「著作権者」を守ることに汲々としているようにしか見えない(アメリカの言い分を聞いていたらこうなる)。

 ちなみに中国では、(閲覧の制限はあるらしいが)著作権を無視して、あらゆる分野の学術論文が自由に閲覧できるようになっているという。これによって、学問の進歩は著しく進む。日本のように、がんじがらめに縛られて、何もできないのとでは大違いである。世界との競争に負ける。
 もちろん、「モノはほどほどである」。


1月16日(水)
【中国の人口】
≪中国の出生率に予想以上の急ブレーキがかかっている。中国政府は1.8と言い続けてきたが、最近の調査で1.18へ低下していたことが判明。現代中国研究家、津上俊哉氏がこれらのデータから推計した結果、労働力の中核を担う15歳から64歳までの生産年齢人口が、これまでの通説の2015年以降ではなく、2013年にピークアウトし、減少へ転じることが初めて明らかになった。 一人っ子政策で出生率を抑えてきたが、生活費が上昇する都市部で子供の養育は簡単ではない。急速な少子化で労働者が減り、賃金上昇が加速すれば、経済成長は一段と大きな壁に突き当たりかねない。中国の失速は、中国依存度が高い日本や世界経済へも甚大な影響を及ぼす。津上氏は以下の寄稿文で、仮に一人っ子政策を撤廃しても、それだけでは出生率の回復には力不足で、中国の将来に対する楽観的な見通しは大幅な修正が必要と指摘する。2013年1月7日(月)日経ビジネスより≫

 少子化はわかった。問題は高齢化である。2012年のWHO調査では、中国の平均寿命は74歳とされている。日本より10歳近くも低い。実際はもっと低いかもしれない。この平均寿命を下げていけば、中国は大丈夫である。


1月17日(木)
【体罰禁止】
≪大阪市立桜宮高校の男子生徒が、部活動の顧問から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、学校は、全ての部活動を自粛することを決めた。
大阪市立桜宮高校の2年の男子生徒は、2012年12月、バスケットボール部の顧問から体罰を受けた翌日に自殺した。
桜宮高校では2011年、体罰で停職3カ月の処分を受けたバレーボール部の顧問が、復帰したあと、再び部員に体罰を加えていたこともわかっている。
一連の問題を受けて、高校は、ほかの部活動でも体罰がなかったかどうかの確認をするため、全ての部活動を当面の間、自粛することを決めた。
大阪市の教育委員会も、やむを得ない措置として了承したという。フジテレビ系(FNN)1.14より≫

 ここまでしたら、まさしく「角を矯めて牛を殺す」になる。日本中の子供が、スポイルされる。このままでは、日本国民は世界中で一番早く全滅する。 体罰でも何でも、行き過ぎはよくない。しかし、「ほどほど」の体罰は、絶対に必要である。


1月18日(金)
【語学】
 国際人になるために、日本人はもっと英語力をつけなければならない、という議論は久しい。ただ、英語を覚えるのは簡単である。日本人のほとんどは、10年近くも英語の基礎を勉強してきた。したがって、あと数か月の実践環境があれば、完全マスターする。あとは、具体的な必要性が身に迫っているかどうかである。すなわち、日本人が英語が苦手なのは、その必要がない(と思っている)からであるにすぎない。

≪世界中の言語で、日本語ほど複雑で難しい言語はない。これがマスターできているのなら、英語などは簡単である。日本語には、3種類の文字がある。ひらがなとカタカナという2種類の表音文字が100文字もあり、その他に漢字という表意文字が3000字ぐらいある。中国から輸入した漢字であるが、その読み方にはオリジナル準拠版と大和版と2種類あるので、正確な読み方は、変種もあるため経験的に覚えるしかない。外国人にとって、これをマスターするのは、不可能に近い。
 英語は、大文字小文字で50文字強しかない。発音と文字の関係に大体のルールはあるものの、細かいところは覚えなければならないという若干の課題はあるが、ドイツ語などと違って、名詞に性があって、それを覚えるという手間はいらない。ということで、今や、世界の標準言語は、インターナショナル英語である。いや、場合によってはブロークン英語と言った方が良いかもしれない。・・・・・・・・・・・・市民のための環境学ガイド 安井至より≫

 若い人は、英語が必須である。世界と戦っていくのには、「敵」を知らなければならないからだ。しかし、我々「老人」に、英語は必要ない。英語どころか、日本語やその方言さえよくわからない。まだまだ、国内で知りたいことが山のようにある。そして、外国の「敵」と戦う前に、国内の「敵」を滅ぼさなければならないからである。


1月19日(土)
【活断層と専門家】
 大飯原発や敦賀原電の近くに、活断層があり、その近辺の原子炉を廃棄する可能線が論じられている。ここで、活断層の危険性を強調しているのが、その分野の「専門家」である。

 「専門家」のいかがわしさについては、これまで厭になるくらい述べてきた。「専門家」ほど、既得権益を守ろうとする職業はないからである。ではどのようにして、既得権益を守るのか。「専門家」は、自分の専門分野の存在価値を守るために、必要以上にその危険性をアピールするのである。自分の専門分野に危険性も有益性もなければ、世間に注目されないだけでなく、研究費が減額されるからだ。場合によっては、研究が打ち切りになる。逆に、その専門分野が危険をはらんでいればいるほど、利権が転がり込む。有益性を示すのは難しいが、危険性を示すのは簡単だし、そのほうが世の中にインパクトがある。

 しかも自分の専門分野に関しては、自分が一番の「専門家」である。誰もその専門分野では反論できない。かくして、すべての「専門家」は、自分の専門分野の危険性を水増しし、必要以上に訴えるのである。このことは、必ずしも「専門家」の責任ではない。いいことではないが、日本ではそのような社会構造になってしまっているのだ。オカルトより、たちが悪い。

 したがって、「専門家」のいうことは、99%嘘である。これだけは断言してもいい。良心的な「専門家」を見分ける方法はただ一つ。その「専門家」ご自身の専門分野が、世の中にとって、毒にも薬にもならないということを、正直に言える人である。

 今回、活断層の上の原発の危険性についても、その99%の嘘のために、日本の未来を犠牲にするなんてことは絶対にできない。


1月20日(日)
【放射能の害】
≪東日本大震災の福島第一原発事故後、避難者を受け入れている福島市の瀬戸孝則市長が15日、大阪市役所に橋下徹市長を表敬訪問し、「今日は久しぶりに放射能のことから頭が離れて、スッキリしているところでございます」と発言した。 1月16日1時5分配信 読売新聞≫
 間違いなく言えるのは、放射線の害は、放射線そのものより、放射線を恐れて不安が高まり、免疫機能が低下することである。大阪に来てすっきりするのなら、福島でもすっきりできるはずだ。単に、気持ちの問題である。


1月21日(月)
【アルジェリア人質】
≪アルジェリア南部イナメナス近郊の天然ガス関連施設でプラント大手「日揮」(本社・横浜市西区)の日本人従業員らがイスラム武装勢力に拘束された事件で、アルジェリア軍は19日、最終的な掃討作戦を実施し制圧を完了した。内務省によると、これまでの作戦で武装勢力32人を殺害したが人質ら23人の死亡を確認。サイード情報相は20日、死者がさらに増えるとの見通しを示した。日本人が含まれるか不明だが複数死亡の情報もある。(毎日新聞より)≫
 この国では、若者の失業率が90%近く。テロも頻発し、10年ほど前までは内戦状態で、数十万人の国民が亡くなっていた。そういう国である。人質の10人や20人より、再び内戦状態になることのほうが、この国にとってははるかに重大なのである。
 日本人の駐在員の方も、アルジェリアに派遣された時には、そのような覚悟をしていたとは思う。日本人がかなり犠牲になったと聞いている。若い人が少なければ良いのだが。


1月22日(火)
【規則】
 先日、地域町内の総会で原理主義を持ち出す人がいた。この会の会則が、この場に提示されていないため、この会が成立しないというのだ。確かに会則はこの場に提示されていない。ただ私を含め、その原理主義にきちんと理論で言い返すだけの知恵は持ち合わせていなかった。その時に、本来ならこの原理主義者に、こういい返すべきであったろう。
「確かに、ここに会則の原本は、ここにありません。しかし、この総会資料は前回と同じです。前回の資料は、会則にもとづいてつくられています。それは、前回の早期で承認されたことです。その前から、それが引き継がれています。この資料が現在の実質的な会則そのものです。ですから、会則は必要ありません。そもそも、この会の存在自体を定めたものがなにもないのに、会則も何もあったものでありません」と
 あまりにも規則でがんじがらめにすると、何もできなくなる。今の日本国の法律がそうである。こと細かく、あらゆる分野の法律・法令が定められている。天文学的な量である。法律学者でも、すべての法律に目を通し、理解できている人はいないのではないか。その結果、日本中が規制に縛られて、何もできなくなる。
 とは言っても、規制がないほういいと言っているのではない。ある程度の規制はなければ困る。たとえば、5個条の御誓文程度でいい。あとは、なあなあで済ますのが、日本的である。とくに、町内会のような互助会のような、ボランティア組織のようなものはとくにそうだ。ややこしいことを言い出すと、きりがないし誰もやる人がいなくなる。


1月23日(水)
【さっさと死ねるように】
≪麻生太郎副総理兼財務相は21日開かれた政府の社会保障制度改革国民会議で、余命わずかな高齢者など終末期の高額医療費に関連し、「死にたいと思っても生きられる。政府の金で(高額医療を)やっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろと考えないと解決しない」と持論を展開した。≫

 誰もが思っていることを口にしただけではないか。副総理という立場からの発言は、いかがなものかという意見がある。しかし、副総理、財務大臣の発言だからこそ、注目されたのではないか。普通の議員の発言なら、当たり前すぎて、誰も注目しないだろう。
 虎視眈々と大臣の「失言」を狙っているTV局が、この発言にさっそく飛びついた。しかし、どのコメンテーターも目くじら立てて非難することはなく、TV局の思惑も、空振りに終わったようだ。


1月24日(木)
【仕分けの廃止】
≪安倍政権の発足後、民主党政権の「事業仕分け」で廃止もしくは見直しを求められた事業が相次いで復活しつつある。仕分けは、法的拘束力がなく、短時間で結論を出す手法の問題も指摘されたが、行政の無駄に切り込む姿勢は一定の評価を得てきた。政権交代により、無駄の検証なく、仕分けられた予算がよみがえれば、行政へのチェック機能の後退は避けられない。 (中根政人、宮尾幹成)≫
≪〇九年度の補正予算でもほぼ同じ事業が五百七十三億円計上されたが、同年の仕分けで「補助金を配る仕組みが問題」として、翌年度の予算計上を見送るよう判定された。経済産業省によると、事業費は外部団体を経由し、中小企業に補助金として配られていた。その外部団体が事業費のうち約十八億円を「事務経費」として抜き取っていたのが問題視された。
 今回計上された事業も、経産省が事業費を基金化して外部団体に預け、補助金を交付する企業の選定も外部団体に委託する方針。指摘された問題は改善されず事業規模だけ増えたとの印象が残る。≫

 仕分けで問題視されたのは、その事業費が適正に使われていたかどうかである。本来の事業に使われていなくて、事務費と称し、「天下り」機関にピンハネされるような構造を、問題視していたはずだ。その肝心のところを曖昧にしたまま「仕分け」を廃止すれば、この国は再び、役人の天下り天国になってしまう。
 金を使うのはいい。ただそれは、正当に働いた人がもらうべきだ。この国はとにかく、人々が一生懸命働けば、何とかなる社会なのである。財政赤字は、関係ない。


1月25日(金)
【物価上昇率2%目標】
≪22日、日本銀行は前日に続き金融政策決定会合を開き、1)「物価安定の目標」を導入と2)資産買入等の基金について、「期限を定めない資産買入れ方式」の導入を決定した。
 1)については、従来の、「消費者物価の前年比上昇率で2%以下の領域、当面は1%を目途とする」から、「目途」を「目標」に代え、消費者物価の前年比上昇率の目標を「2%」とした。
 2)については、実質ゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置を、それぞれ必要とされる時点まで継続すること、その際、資産買入等の基金の運営について、現行方式での買入れが完了した後、2014年初から毎月13兆円程度の金融資産の買入れ(うち2兆円が国債、10兆円が国庫短期証券)を行い、これによって基金の残高は14年中に10兆円程度増加し、以後は残高が維持される――としている。東洋経済オンライン≫

 これは、呼び水である。地下に水脈がなければ、いくらやっても意味がない。逆に水脈がなければ、何してもだめなのだ。ダメだということがわかるだけでもいいではないか。
 もっとも、日本に水脈がないとは思わない。5~6年この政策を続ければ、絶対に日本は回復する。


1月26日(土)
【教員退職金】
≪埼玉県内で100人超の教員が退職手当引き下げ前に「駆け込み退職」を希望している問題で、佐賀県と徳島県では教頭や学級担任を含む教員43人が既に駆け込み退職していたことが22日、毎日新聞の全国調査で分かった。学校事務職員や一般行政職員を加えると70人超が退職。高知県など4自治体でも退職希望者がおり教育委員会が対応に追われている。(毎日新聞)≫

 先日、破産寸前の業者の相談を行った。150万円のお金が工面できなくて、自己破産もできない。また自己破産できたとしても、住んでいる住宅は手放さなくてはならない。下手するとそのために一家離散となるかもしれない。いま、こんな中小企業者が、ごろごろしている。

 それに比べて、この教職員達の贅沢な悩みはどうであろう。いったいその退職金は、いくらもらえるのか。早期に辞めた人は2700万円で、2月以降の場合2550万円だそうである。その半分もあれば、前述の中小企業者は助かる。その退職金額の多さも恨めしいが、退職後の年金額を聞いたら、怒り心頭である。辞めるまでの給料分を引くと手取りが70万円ほど少なくなるらしいが、2500万円のうちの70万円のために、周りに迷惑をかけてまで退職する教師とはなんだ。彼らはこの先、永遠に世の中から恨まれるであろう。


1月27日(日)
【貿易赤字過去最大】
≪財務省が24日発表した2012年の貿易統計速報(通関ベース)によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は6兆9273億円の赤字だった。赤字額は1980年(2兆6128億円)を大幅に上回り、過去最大となった。年間の貿易赤字は2年連続。原発停止に伴って火力発電用の液化天然ガス(LNG)など燃料輸入が増加する一方、世界経済の低迷や円高で輸出が落ち込んだ。(時事通信)≫

 直接の原因は、高額な燃料輸入のせいである。しかし、本当の原因は、日本人が働かなくなったからであることは間違いない。生活保護費や年金、子ども手当、農業補償など、働かない人にどんどんカネをばらまいている。今問題になっている、退職金に目がくらんだ教師の早期退職などは、典型的な事例である。早期退職しても、かれら教師にはがっぽり年金が入るはずだ。

 日本人が働かずに、このまま貿易赤字が拡大していくと、経常収支、国際収支も赤字になる。そうなると、財政大赤字国である日本はもたない。国家破たんである。とにかく、一所懸命働いた人にお金が回るようにしなければならない。国内でお金が回っている限り、政府の財政赤字は、いまの100倍でも問題ないのである。


1月28日(月)
【25年度税制改革】
≪自民・公明両党の税制調査会は24日、平成25年度の与党税制改正大綱を決定する。経済成長とデフレからの脱却を目指し、設備投資や研究開発などに前向きな企業への減税措置をずらりと並べる。暮らしの面では26年4月の消費税率8%への引き上げを前に住宅ローン減税の拡充で配慮を示す一方、8%段階での「軽減税率」導入は見送り、富裕層には所得税や相続税を増税するなど負担増が目立つ内容だ。1月24日産経新聞≫

 このなかで、孫へ1500万円までの贈与税率をなくすことも盛り込まれている。高齢者に塩漬けになっている1500兆円もの金融資産が動き出すことは間違いない。あとは、相続税をどこまで上げるかである。金融資産については、100%でもいい。


1月29日(火)
【中小企業診断士】
 その役割について、診断士協会のHPでは、≪中小企業診断士は、企業の成長戦略策定やその実行のためのアドバイスが主な業務ですが、中小企業と行政・金融機関等を繋ぐパイプ役、また、専門的知識を活用しての中小企業施策の適切な活用支援等幅広い活動が求められています≫と述べている。
 簡単に言えば、「中小企業施策の伝達役」ということであろう。経産省にお墨付きを頂いた立場としては、ぐうの音も出ない。しかしこれでは、何の主体性もない。また、国の施策に疑問を抱いている身としても、この資格にしがみついている意味がない。そろそろ潮時かなと思う。


1月30日(水)
【‘について’】
 福井県中小企業診断士協会のHP(http://www.sindan-fukui.jp/)フリーレポートに、時々私の文を掲載していただいている。ただ、私の投降したものとは、やや異なったタイトルが付けられている。つまり、私がつけたタイトルに‘について’が付帯されてしまっているのである。たとえば「レバ刺し禁止」→「レバ刺し禁止について」、「5段階評価」→「5段階評価について」、「次世代産業」→「次世代産業について」・・といった具合である。
 ここで、ヤフー大辞林で、‘について’の意味は、≪[連語]《格助詞「に」に動詞「つ(就)く」の連用形と接続助詞「て」の付いた「につきて」の音変化》ある事柄に関して、その範囲をそれと限定する。≫とある。
 すなわち、タイトルに‘について’がつくと、その文章の内容は、その表題に限定することになってしまうのだ。これは私の思いとは異なる。これまで私の投降してきた文は、ほとんどが、そのタイトルの内容に限定したものではない。そのタイトルの事象をきっかけとして、思いを拡大し、関連する世の中の矛盾を考えてみようとするものなのである。「レバ刺し禁止」にしても、そのこと自体を問題にするのではなく、「レバ刺し禁止」という出来事を見て、現代の「規制」という事柄の是非を問いたい、ということなのだ。そういう意味では、タイトルの語尾は‘について’ではなく、‘から’のほうがいいかもしれない。しかしそれは、個別の文の内容によって異なる。よってタイトルは、素のままのほうがいい。
 もっとも、私の非力な作文能力では、そこまで伝わらなかったのだと思う。微妙な違いであるが、このような私の意をくんで、今後私の投降した文のタイトルに、‘について’は、付けないでいただきたい。


1月31日(木)
【生活保護費引下げ】
 これを実行しようとするにあたり、当の受給者やその擁護者から、猛烈な反対が起こっている。誰でも、既得権益をはく奪されることには、敏感なのだ。
 しかし、明らかに今の生活保護の実態は、現実実離れしている。まともに働いている人より恵まれているのはもちろん、本当に必要な人は支給されず、単に世渡り上手で、手続きのできる人だけに支給されている。日本の「武士は食わねど高楊枝」といった《恥》の文化ではなく、「腹が減っては戦ができぬ」という、現実主義者がはびこった結果である。

 ただ、生活保護費を引き下げることによって、その近辺の低賃金労働者の各種保護制度(給食費、学費保障など)の廃止も予想される。社会の混乱が予想される。ではどうすればいいのか。
 生活保護者でも全く働けないわけではない。今でもなんとか働ける人は、80%はいるはずだ。これまで賃金支給の対象にはならなかったような、労働とは言えない労働(子供や老人の話し相手、折り紙づくり、封筒貼り、内職の真似事など・・・)を含めたら、90%以上の人は、何らかの労働ができるのではないか。

 多少非効率でもいい。ほんとに働けない10%程度の人は別として、少しでも働いた人にお金が入るようにしなければならない。そのために、財政出動がある。国内でお金が回る限り、国はいくらお金を使っても構わない。国は貧乏になっても、国民がお金持ちになるのなら、はるかにそのほうがいい。
 これは、年金支給も同じである。そもそも、過去の高給取りほど年金支給額が高いのはおかしい。その逆でもいいはずだ。少なくとも、年金額は平等でなければならない。その上で、働いた人に加給するしくみをつくる。

 すなわち、働ける日本人はみな働く。そうしなければ、国家財政は破たんして悲惨な状態となる。働かなくてお金をもらえるような仕組み(生活保護、年金支給、子ども手当、減反補償、恩給、・・・)は、最小限にすべきである。
http://www.sindan-fukui.jp/

開設にあたって ご挨拶 H25.3.27


  平成24年4月から、日々のニュースや身の回りの出来事、ハイキングや旅行に行ったときの感想などを、毎日書き綴ってきました。それから1年経過し、書いたものも溜まりました。ただそれよりも、毎日少しでも書き続けることができるようになったことが(中身はともかく)我ながら感心します。
 そこで、今年(平成25年)4月1日から、このブログ上に原則毎日、書いたものを掲載することにしました。
 思ったことをそのまま書くので、少々きつくあたるかもしれません。また、多分に思い違いをしている可能性もあります。ただ私は、常識を少し外したところに真実があると思っています。

 これまでも、いろいろな機会に、投稿させていただいたことがありました。ただ、紙面を借りる以上、内容制限があります。タイトルのつけ方や前後の文脈、段落の取り方など、ずいぶん自分の思いとは異なった表示の仕方をされることもありました。
 それが、このブログによって、かなりの部分が解消されると思います。本FC2の枠組みと、著作権法や名誉棄損罪などの法律に配慮すれば、かなり自由度が増すはずです。

 読んでいただき、共感される人が少しでもおられれば幸いです。