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センバツ中止

 大恐慌が発生した場合、最後は自給自足できる人や国が生き残る

 史上初めて高校野球選抜が中止になった。出場が決まっていた選手たちはもちろん、関係者はがっかりしていると思う。もちろんマスコミも大騒ぎである。

 センバツだけでなく、ほとんどの高校競技が中止である。高校スポーツどころか、プロ野球開幕も無制限延期になった。宝塚や歌舞伎をはじめ、ディズニーランドやUSJも、開園のめどが立っていない。大相撲は、かろうじて無観客試合を行っている。
 いまのままでは、オリンピックどころではない。

 これで経済はとことんおかしくなる。世の中は、衣・食・住だけではない。このようなつまらないことでお金を回すことが、経済成長なのである。

                ナマケモノ H30.11.25

 個人的には、センバツが中止になってよかったと思う。プロ野球の開幕延期は大歓迎である。野球が始めると、TV中継やニュースは、野球の話題で持ちきりになる。まったく野球に興味がない(というより野球アレルギーの)、へそ曲がりの私にとって、いっそこの世から野球が消えたほうがいいとさえ思う。

 そして私のような無関心男が大勢いると、大恐慌が起こる。
 その場合、最後は自給自足できるかである。これからは、ものづくりの中国依存を止め、国内の供給力の拡大に全力を挙げるべきである。
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東京オリンピック

 4年後か8年後は、南海トラフ地震直前。最後の祭りである

 昨日の名古屋マラソンで、一山選手が日本人としての国内レース最高記録で優勝し、東京オリンピック出場を決めた。まだ22歳だという。久しぶりに、世界と戦えるマラソン選手が出た。

 だが、新型コロナ肺炎が世界中に蔓延しており、このままではオリンピックどころではない。日本で感染収束しても、これだけ世界中で騒ぎになっていたら、選手の派遣ができない。無観客試合でやるより、いっそのこと延期したほうがいい。国民もそう思い始めたのではないか。

                綱引きは体格差 H30.5.20

 延期するとしたら8年後ではどうか。4年後でもよい。
 4年後はパリ開催が決まっている。これを順送りにするという手もある。噂では、そのあとに開催する都市がない。金がかかりすぎるからである。ここまで準備してある東京なら、いつでも大丈夫である。今年開催するより、あと4年引っ張れば、景気も回復する。 池江璃花子選手がよみがえる。

 もっとも関係者は、その辺りは100も承知である。IOCでは、チームを結成しシナリオの検討を始めたらしい。ちょうど、日本の森会長をはじめ、IOCのお偉方の命も尽きる。私も後期高齢者から男子の平均寿命を超える。
 南海トラフ地震直前なら、最後の祭りである。直後なら復興祭になる。それとも、あとの祭り。

厚底シューズ規制

 トップランナーのいない別府・大分毎日マラソンでも、サブ10選手が10人以上

 問題となっていたナイキの厚底シューズの着用が、条件付きながら、東京5輪で認められたという。世界陸連の規制では、靴底厚さ4㎝以下で埋め込みプレートは1枚に限るらしい。
 最近、長距離レースの記録が飛躍的に伸びたと思ったら、やはりそれなりの理由があった。昨年好記録を出したランナーは、ほぼナイキの厚底シューズを履いていた。

 もちろん靴に工夫をすることで、スピードアップすることは間違いない。
 それが、どこまでならいいのかは難しい。パラリンピックランナーや跳躍選手が使うカーボン製バネ義足は、いかにも早そうである。今でも健常者の世界記録とそん色ない。これを健常者に開放すれば、圧倒的に有利になる。

 靴の裏に車をつけたローラースケートならどうか。価格は、ナイキの厚底シューズより安い。車も弾力製品と同じ補助機能である。市販のローラースケートがだめなら、靴底に直径1ミリ(0.1㎜)の車輪を無数につける。これで訓練したら速くなるかもしれない。大きな車輪の自転車も自力走行である。車いすマラソンの方が健常者マラソンより速い。考え出したら、きりがない。
 どこかで歯止めは必要であった。
 一定の基準が示されたことで、メーカーは安心する。今後ランニングシューズの開発競争が起こる。

               ラムネ飲み競争

 その厚底シューズ全盛で開催された、昨日の「別府・大分毎日マラソン」の結果はどうだったか。
 トップランナーがいないレースなのに、サブ10(2時間10分を切る)選手が10人以上もでた。あきらかに圧底シューズが影響している。さすがに上位選手には、ローラースケートを履いた選手はいなかった。

徳勝龍の優勝

 インタビュー訓練を繰り返すことで、メンタル面で優位になり他を圧倒した

 大相撲初場所は、幕内番付の最下位にいた徳勝龍が、最高優勝を飾った。しかも14勝1敗の好成績で、千秋楽には正攻法で大関をも下している。その相撲内容もさることながら、優勝後のインタビューが、日本中の相撲ファンを喜ばせた。

 まずインタビューに先立って、四方にお辞儀したのも新鮮である。さらに、優勝を意識したかどうか聞かれたとき、「意識することなく」と言って、すかさず「うそです。めっちゃ意識してました」と笑いを誘う。そのあと、「バリバリ、インタビューの練習をしていました」と続け、観客を引き付けた。 
 そのあと、師匠が場所中に亡くなったことに触れるなど、彼の言葉すべてが、「金言」として語録に残った。もしこの優勝が年末なら、いくつかは流行語大賞に選ばれたはずである。

                雷電

 徳勝龍が優勝を意識しながら、ガチガチにならず白星を重ね、最後は大関まで破った秘訣はなにか。そしてなぜ、わずか数分のやり取りで、ここまで人々を「感動」させたのか。
 それは、彼自身が言った、「インタビューの練習をしていました」ということに尽きると思う。

 推測するに場所の後半、優勝がちらついてから、彼はなんども、優勝インタビュー練習を繰り返したのではないか。インタビュー訓練を繰り返すことで、緊張感が薄れ気持ちがほぐれる。このメンタル面での優位性が他を圧倒したように思える。
 何十回も練習したと考えれば、とっさのインタビューで、あのように気の利いた受け答えができても不思議ではない。

 このことは以前、「メンタルコーチの効用」というタイトルで、飯山晄朗氏(中小企業診断士、各種認定コーチ)の講義を紹介したときに書いたことがある。「メンタルコーチ」とは、常にプラス思考の言動を取っていることで、それが実現してしまうという、魔法のような手法である。あらゆる面で組織や人の可能性を伸ばせる。

 もちろん、インタビューの練習をやれば、必ず優勝するとは限らない。勝負では必ず誰かが負ける。皆が同じことをやれば、別の工夫をして、その上をいかなければならないのである。

登山のストック

 普段の歩行でさえ、杖を離せなくなる日が近づいてきた

 11月になると、まとまった山には行けなくなる。それでなくとも、体力・気力が減退してきた。なにか補助具が欲しい。
 2~30年前に登山を再開した時、目についたのが、多くの登山者の持つストックであった。各自が、スキーストックのようなもので歩いている。いまでは、ほとんどの登山者が両手にストックを持つようになった。とくに、中高年の登山者はたいてい使っている。

 そこで15年ほど前、T型の杖を購入した。大枚7000円の杖を、さっそく登山で使ってみた。2~3回は使用したと思う。登り下りのバランスをとるのに便利であった。だが登山するたび親指の腹の皮をすりむく。ズルリ剥けるので、1週間痛くてたまらない。繰り返して皮が厚くなるまで我慢できない。杖の使用をあきらめてしまった。

                崩れ熊

 それでも、山に登るたび衰えを感じる。連続歩行3時間を超えると、全身疲労困憊する。5時間を超えた登山のあとは、精魂使い果たす。若いときのように、有り余るエネルギーを小出しにすることができない。一気に疲れが出て、回復に1週間かかる。

 先日アイスバーンの富士山に、軽装で登りながらUチューブの実況をしていた人が、滑落・死亡していたという。よくそんなことができる。登山どころか、そろそろ家の中を歩くのさえしんどい。
 それこそ、普段の歩行でも杖を離せなくなる日が近づいてきた。下半身が衰えたら、あの世は近い。

愛知の対抗展示会

 チマチマと憂さ晴らしをしている人たちに比べ、その実行力は頼もしい

 愛知県では、先だって物議を醸した「あいちトリエンナーレ」に対抗した「あいちトリカエナハーレ」という、ユニークな名前の展示会が行われた。主催は、日本第一党と桜井誠を応援する会という極右団体である。マスコミではほとんど報道されていないが、ネトウヨの間では評判になっていた。
 「トリエンナーレ」などという、意味不明の外国語に比べ、「トリカエナハーレ」は、ユーモアを含んでいてわかりやすい。

 この「あいちトリカエナハーレ」の展示内容は、大村知事を揶揄した絵画や、朝鮮人かるた、韓国兵の残虐性を象徴するライダハン像などである。揶揄の対象になった大村知事は、訴訟も辞さないとカンカンに怒っているようだ。たしかに「犯罪はいつも朝鮮人」など、ヘイトと思われるような展示物も陳列されていたという。私ならとても「トリカエナハーレ」の主催に名を連ねる勇気はない。

                  キノコ雲

 しかし、あくまで「トリカエナハーレ」は、「トリエンナーレ」に対抗して催されたものである。その大もとである「あいちトリエンナーレ」の展示は、日本人の我々にとって耐えがたいものであった。旧日本軍の冤罪を象徴する少女像だけならまだしも、特攻隊や福島の放射能被害を揶揄する工作物や映像。極めつけは、昭和天皇像を焼きつくしたあげくその灰を足蹴にする映像を流していた。日本に対する最大の侮辱である。
 これに比べたら、「トリカエナハーレ」の展示は、まだまだ生易しい。かなり遠慮したものであったように思える。たぶん「ヘイト法」に配慮したのであろう。

 いくら「あいちトリエンナーレ」の展示内容がひどいものであっても、強制的に排除すれば、またややこしい人が出てくる。そこで、「日本鬼子」のような、気の利いた反撃ができないかと考えていた。パロディあるいは替え歌である。まさに「あいちトリカエナハーレ」は、その思いを具現化したものである。
 ネットブログなんかでチマチマ憂さを晴らしている、私のような人たちに比べ、(センスはいまいちだと思うが)その実行力は羨ましい。

ラグビー日本敗退

 イギリス領か植民地だった国が残り、そのイギリスがEU離脱で右往左往する

 昨晩、日本中が注目したWCラグビー日本対南アフリカは、日本が3点しかとれず、3-26で完敗した。素人目にも、組んだとき完全に押されていたし、スピードも違う。スコットランドに勝ったときの気力もない。日本は、予選で力を使い果たしてしまったように見えた。

 今回のシリーズで日本は、ロシアに30-10、アイルランドに19-12、サモアに38-19、スコットランドに28-21で勝っている。いずれも苦しい点数での、ぎりぎり勝利である。
 一方の南アフリカは、ニュージーランドに12-23で競り負けたものの、ナミビアに57-3、イタリアに49-3、カナダには66-7で大勝している。奪った点数は、4試合で日本が115点、南アフリカが184点。日本の1.6倍である。普通に考えたら、力量差は明らかである。

 もし日本が決勝まで行っても、相手はニュージーランドである。このチームは、日本がやっと勝ったアイルランドに、46-14の大差で勝った。素人目でも、その差は歴然としている。あの試合を見たら、とても日本が勝てるとは思えない。

               まと R1.6.23

 ただこれで、目標としていたベスト8は実現した。勝ちすぎるとつぎが大変である。ここから先は、4年後に取っておけばいい。またラグビーのおかげで、同時開催していた、プロ野球日本シリーズの影が薄くなった。私にとって、60年前から見せつけられたマンネリプロ野球より、ラグビーの方が新鮮である。

 そして残った4チームは、すべてイギリス領か植民地だった国・地域である。
 そのイギリスが、EU離脱のことで右往左往している。このところの世界景気悪化の一因でもある。正式に、「合意なき離脱」が決まれば、日本の消費増税と合わせ技で、世界恐慌が来る。香港デモやソウルデモの混乱も加わる。

 そういえば韓国がなぜか、ラグビー日本チームのユニホームが「旭日旗」だと言って騒がない。桜をイメージした赤縞のユニフォームは、パラリンピックのメダルよりよほど旭日旗に近いと思うのだが。もうそれどころではないのであろう。

マラソンコース変更

 涼しい札幌でスピードレースになると、日本人選手は逆立ちしても勝てない

 IOC会長の提言で、東京オリンピックのマラソンコースが、札幌へ変更になる可能性が大きくなった。今年のカタール・ドーハの世界陸上で、棄権者が続出したことを受けたものである。いくら早朝に走るとはいえ、夏の東京は暑くて湿度も高い。沿道での観客も、ドーハの比ではない。もちろん札幌は大歓迎である。

 東京オリンピックの花形種目を北海道でやるのも意義がある。国民から見たら、オリンピックは都市でなく国が盛り上げると思っている、またここで、南北に長い日本の強みを発揮すべきである。ドーハなら、こんな芸当はできない。
 さらに小池東京都知事は、「札幌より北方領土で」と言ったらしい。素晴らしいアイデアである。ぜひ実現に尽力していただきたい。

                競争 r1.5.09

 しかし、これで日本人選手が上位に食い込む可能性はなくなった。なにしろ今月12日にはオーストラリアで、ケニアのキプチョゲが非公式ながら、2時間を20秒も切っている。さらに女子マラソンで、翌13日にケニアのコスゲイが、2時間14分4秒という、驚異的な世界新記録を出した。

 オリンピック陸上競技では、辛うじて100メールリレーとマラソンだけが、日本にメダルの可能性があった。東京暑さの消耗戦ならともかく、涼しい札幌でスピードレースになると、アフリカ勢の独壇場である。ケニアには、彼らに匹敵する選手が相当数いる。タンザニア、エチオピアもそれに続く。日本人選手は逆立ちしても勝てない。柴犬とシェパードの差と同じ、日本人とは遺伝子が違う。同じだけ訓練したら、陸上競技で勝つのは難しい。

 ではどうするか。
 参加することにだけ、意義を見出す。いきなりコース変更を通達され、負け戦を準備する担当者には同情する。

ラグビーの金星

 最後の出番を待っているじじいにとって、ラグビーは物足りない

 28日のワールドカップラグビーで、日本チームは世界ランク2位のアイルランドに、「歴史的」勝利を収めた。実況中継したNHKをはじめ、メディアは大騒ぎである。

 ラグビーというのは、あまりなじみのない競技である。日本で試合経験のある人は少ない。ルールを知っている人も少なく、日本チームといっても半分が外国人である。ワールドカップ出場チームも、どこにあるかわからないような国ばかりである。それに、アイルランドに勝ったといっても、まだ予選を突破できたわけではない。
 それはそれ、日本チームが勝ったことは、素直にうれしい。

                いじけた猪

 一方、翌朝の世界陸上では、50㌔競歩で日本の鈴木選手が、みごと金メダルを獲得した。世界陸上で日本人選手が金メダルを取ったのはまだ5人目で、こちらの方こそ偉業である。
 ラグビーの勝利に、お祭り騒ぎになるのはなぜか。

 やはり団体競技と個人競技の違いである。戦争できない日本では、団体競技に勝利すれば、戦争に勝った気分になる。もともとスポーツは、代理戦争である。

               じじいの決死隊 R1.7.30

 しかしいくら団体競技・代理戦争でも、スポーツでは「じじい」の出番がない。また、いっとき勝利の余韻が冷めれば、さらに高みを目指したくなる。餓鬼道の如く際限が無くなるのは、お金に対する欲望と変わらない。

 本物の戦争なら、命がけの仕事ができるし、それこそ歴史に残る。いったん勝利すれば、それ以上は望まない。2度と負ける戦争をしない世界をつくるだけである。
 最後の出番を待っているじじいにとって、ラグビーでは世界一になっても物足りない。

MGC大会

 オリンピックでメダルを量産するには、野球への過度な集中をなくすことである

 今日、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)が行われ、男子は鈴木選手、女子は前田選手が優勝した。とくに男子3選手の終盤の競り合いは、みごとであった。むかし瀬古選手が、最後のラストスパートでイカンガーに勝ったことや、円谷選手が競技場の中でイギリス選手に抜かれ3位になったことを思い出す(古すぎる?)。

 そういえば、今回のような日本人だけのマラソンを見ることは、めったになくなった。このところマラソン中継では、アフリカ勢が圧倒的な強さで、日本選手はせいぜいそのおこぼれを拾う程度であった。レースの優勝者タイムも今回、男子が2時間11分28秒、女子は2時間25分16秒で、オリンピックでメダル争いをするには、2~3分足りない。絶望的な差である。

 これは、日本人選手の努力が足りないというより、先天的な遺伝子能力の差であろう。シェパードと柴犬が競争するようなもので、いくらスーパー柴犬が頑張っても、同じだけ頑張ったスーパーシェパードに勝てるわけがない。身体能力で劣る日本人がこれまで勝てたのは、たくさんある競技の中で、隙間を狙っていたからである。

                競争 r1.5.09
 ではどうするか。
 遺伝子的体力差のある日本人が勝つには、競技人口の少ない種目に絞る。
 また、野球への過度な集中をやめなければならない。今のように、日本で運動能力の高い人がほとんど野球界を目指すようでは、あとはカスしか残らない。
 それでも他のシェパード国が同じことをしたら、勝ち目がない。
 したがって日本人は、体力を活かすことより、もっと頭とセンスを活かす競技に専念すべきだ。

 ただ国歌斉唱は、女子高校生にやってもらったほうがいい。今日のレース前に歌ったコブクロの君が代は、声が上ずって、いつ途切れるか、聞く人を不安のどん底に落とし入れた。素人なら失敗しても大目に見られるが、本番でプロがドジったらハラキリものである。

手塚雄二展

 どの分野でも、根気さえあればそれなりのことはできる

 先日、県立美術館の手塚雄二展を鑑賞した。手塚氏は1953年生まれで東京芸大の教授である。日本美術院の同人・理事という、まだ現役の画家である。私より若干若い。
 美術館には、彼の代表作が70点、その他にスケッチ画が展示してあった。これらをすべて鑑賞することができた。

 もともと絵画を見るのはあまり好きでない。美術品を見るのは時間のムダだと思っていた。これまで世間の評判に騙され、多くの展示場に足を運んだが、いちども感動したことがない。むしろ見るのが苦痛であった。連れがいなければ入らないので、いつも時間の過ぎるのだけを願っていた。

               手塚画伯作品 R1.9.07

 手塚氏の作品も、これまでと変わらない。むしろ大きさで、ピカソやゴッホといった、巨匠の作品に引けをとらないだけ、よかったのではないか。
 手塚作品の多くは、構図として主役なるものを中心において、黄金比率を考慮していないように見える。それだけ、われわれのような素人受けする。また細かくみると、非常に手が込んでいる。木の幹の模様にいたるまで、スケッチでさえ、微細なところの描写をびっしりと入れている。この根気には感心する。どんな分野でも、根気さえあればそれなりのことはできると思った。これが収穫である。気の短い私にはできない。

 残念ながら多くの展示会と同じように、作品の横に掲示してある説明文がわかりにくい。わざと難しい言葉で、ぎっしりと書かれている。もっと読みやすく面白く解説文を書ければ、作品の価値は一気に膨らむ。(素人にとって)わけのわからない絵に、独自の物語を乗せて活力を与えるのである。これこそ学芸員の根気の問題であろう。

大相撲観戦

 砂被りの最前列に座って、ハーレムのなかの大相撲観戦が最高

 大相撲秋場所2日目の昨日、幕内力士の取り組み(20番)をすべてTV観戦した。およそ2時間の「長丁場」である。中入り後から全部見たのは、おそらく生まれて初めてである。

 取り組みのなかで一番印象に残ったのが、炎鵬が明生を下手投げで破った一番である。168㎝98キロ炎鵬の敏捷さと、思いきりの良さが存分に表れた相撲であった。もぐりこんで下手をつかんでかき回したあげく、最後は左足を内またに入れ、体重1.5倍の明生を、豪快に土俵下に投げ飛ばした。滞空時間が長く、柔道の内股以上の迫力で、思わず声を上げてしまった。

 またカド番大関、栃の心の負けっぷりは残念であった。昨年1月に初優勝した時点で、現役最強の力士だと思っていた。力では群を抜いていたが、その後急速に衰えていった。多くの力士のように、怪我がすべてを狂わせる。そうかといって、怪我しないようなけいこをしていては強くなれない。あらゆるスポーツ選手は、そのギリギリのところでせめぎ合っている。

 感心したのは、20番あってひとつも「待った」がなかったことである。また、合わせて300㌔以上の、頭や肉体がぶつかるときの衝撃音。土俵下にもんどりうって落ちる力士が、何人かいた。TVでさえ迫力があるのだから、ナマで見ている人は、堪えられないであろう。
 死ぬまでには、いちど桟敷席で大相撲を観戦したい。

              セクハラ
 
 ところで、砂かぶり席最前列には、高須院長とその愛人が並んでいた。また、TVカメラが観客席をアップすると、高級クラブのマダム然とした和服で妙齢の美女が目に入る。隣には、鼻の下をのばした旦那衆が鎮座している。このようなカップルを2~3組見かけた。
 どうせなら、このような身分で大相撲見物をしたい。

登山とヘルメット

 飲み放題の格安宴会より安く命を守れる

 先月富士山の8合目付近で、落石のため若い女性が亡くなった。富士山では1980年に、死亡12名、負傷者29名もの大落石事故が発生している。このときは頂上付近から、直径1~2mの巨石5~60個が左右に広がりながら一直線に滑り落ち、5合目付近まで到達したという。死者の多くは頭部を潰され、即死状態であったらしい。

 円錐状の富士山は、落石があれば山道を直撃する。遮るものがなく避けるのは難しい。ゴルフボール程度でも、加速度のついた落石に当たれば致命傷になる。触っただけで大怪我する人もいる。積雪期は人間もよく落ちる。むかし私の先輩が滑落し、命を落としたことがあった。
 落石ではないが、先年の御嶽山噴火では、噴石のため60名近く亡くなったことは記憶に新しい。

              噴火岩 白山ワイナリー畑 H27.10.12

 そこでヘルメットである。これを着ければ、パラパラ落ちる小石程度なら大丈夫である(さすがに大きな石が直撃すれば割れる)。岩場で転んだときや滑落したときも頭を守り、生存確率が高くなる。ヘルメットなしで、岩登りや沢登りはできない。御嶽山の事故後、普通の登山でも、ヘルメット着用者が確実に増えている。
 またヘルメットは、普通の登山帽より涼しく快適である。

 ヘルメット価格は、3000円から5000円程度。飲み放題の格安宴会1回ぶんより安い。片町なら半分以下である。山へ行くなら、ぜひ買いたい。
 日本では、登山人口がおよそ900万人。その半分がヘルメットを購入すると、4,000円(ヘルメット単価)×450万=180億円 およそ年間20~30億円のヘルメット市場がある。
 残念ながら、めったに買い物しない私は、いつまでたっても手に入れることができない。

写真撮影

 撮影を気にしてばかりいると、ナマの良さがわからなくなる

 スマホのカメラ機能が向上したおかげで、有名人が現われるといっせいにスマホでの写真撮影がはじまる。先月トランプ氏が国技館に現れたとき、ほとんどの観客は両手でスマホを掲げていた。万歳しているのかと見まがうくらいであった。自分のカメラに、有名人を取り込んだ気分になるからである。

 だがほとんどの人が、いっせいにスマホを向けるのは異常である。トランプ氏だけでなく、天皇陛下のパレードでも同じである。間近に来られても関係ない。災害での避難所お見舞いのとき、すぐそばでパチパチとスマホ撮影していたのはさすがに違和感があった。

              奈良山辺の道 H27.3.21撮影

 そういう私もデジカメを手にすると、何でも写したくなる。旅行や登山でも、1日100枚以上とる。なにかあると、撮らずにいられなくなる。撮り逃すと心配になるのは、一緒の強迫神経症である。

 そうまでして撮った写真を見ても、大したものはない。写真を撮るときは、そのときの感動を残したいと思う。だがナマで見た迫力には遠く及ばない。撮影を気にしてばかりいると、ナマの良さがわからなくなる。盗撮する人の神経がわからない。

文章の書き方

 いくら工夫しても自分が納得する文章は書けない

 文章を書くのは難しい。かなりの集中力とエネルギーがいる。ほぼ毎日、6年以上このブログを書いてきても、一向に楽にならない。

 まず何を書くかが問題である。心の中に『思い』が詰まっていなければ、1行も書けない。仏師も、素材のなかに仏が見えてくるまで仕事に取り掛からない。あるテーマがあって、訴えることがいくつか浮かんで、初めて文章という形に置き換えることができる。それも、ありきたりのものではいけない。「妄言」にふさわしい、革新的思想や改革のアイデアが必要である。
 
                グリフィスと弟子 H30.11.18

 つぎに、文章はわかりやすくなければならない。いくら思いがあっても、伝わらなかったら意味がない。言葉の使い方や、想定する読者のレベルを考慮する。それにはテクニックが必要である。それが難しい。

 また同じような意味の言葉も、いろんな言い方がある。
 「思う」と、「考える」、「感じる」との使いわけ。「重要」、「大切」、「肝要」、「大事」、「最優先」、「要諦」、「不可欠」、「主要」、「喫緊」など、よく似た意味で異なる言葉がいくつもある。これをどうするか。

 さらにいくら名文でも、長すぎると読んでもらえない。ツィッターがあれほど普及したのは、140文字という短文に、端的に思いを込めるからである。これには、短歌や俳句並みのテクニックが必要である。われわれ凡人は、ある程度の分量がなければ、伝わる文は書けない。
 私は、バカのひとつ覚え『起・承・転・結』を基本としてきた。たいてい、『転』で文の流れが変わる。そこに、イラストか写真をもぐりこませる。

 いくら工夫しても、自分が納得する文章は書けない。自分の書いたものをみるたび、穴があったら入りたくなる。

東京マラソン

 これではとても、東京オリンピックで日本人が活躍することはできない

 昨日の東京マラソンは、圧倒的な強さで、エチオピアのレゲセ選手が優勝した。冷たい雨の中を、2時間4分48秒という好タイムである。上位4選手も黒人で、ようやく5位に2時間10分21秒で、日本人堀尾選手が入った。それも最後は力尽きて倒れ込んでしまった。

 レースは、1㌔3分ペースのグループと、もっと早い高速集団が引張った。最初20キロ過ぎまでは、日本記録保持者の大迫選手や佐藤、中村選手が高速集団についていた。やがて、大迫選手と中村選手が遅れ、佐藤選手も力尽きた。30㌔前で大迫選手が棄権。佐藤、中村選手も、最後は後続グループ選手に抜かれてしまう。

 女子も上位5人が黒人だった。鳴り物入りだった日本の有望選手も、最後は悲惨な記録となった。だれ一人、MGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)の出場資格さえ取れない。冷たい雨の中という過酷な状況ながら、やはり黒人選手は強かった。日本選手のひ弱さが際立ったレースだった。川内選手がいたら、もっと活躍したかもしれないが。

              ラムネ飲み競争

 とにかくこれで、東京オリンピックでの日本人選手の活躍はあきらめた。マラソンは、陸上競技のなかで、日本人が活躍した数少ない種目だっただけに残念である。もちろん水泳も危ない。オリンピックは、参加することに意義がある。もう金メダルの数に一喜一憂するのはやめよう。ストレスが溜まり、日本中にがん患者が増える。

 テニスの大坂選手を見てもわかるように、純血の日本人が、体力勝負のスポーツで勝つのは難しい。柴犬がシェパードに立ち向かうのと同じである。勝てるとしたら、将棋である。あるいは、ゲーム脳患者、又は放射脳患者同士の戦いがあれば勝てるかもしれない。

池江選手の闘い

 オリンピックで金メダルを取るより、もっと大きな感動をわれわれに与えてくれた

 競泳の池江璃花子選手が白血病を公表したことで、日本中が吃驚し心配している。来年のオリンピックに向け、日本競泳会のトップアスリートであり、伸び盛りの18才である。美人の世界的スイマーということで、病気でなくとも日本中の注目を浴びていた。
 彼女の病気は、新聞の1面に掲載され、TVのワイドショウでも連日取り上げられている。いま白血病は不治の病でないとはいえ、治療には年単位の期間が必要である。

 たくさんの著名人がコメントを出している。多くは池江選手の病気を案じ、早期の回復を願ったものである。その中で桜田義孝五輪相は、「盛り上がりが下火にならないか、若干心配している」、「本当にがっかりしている」などと発言し、それが物議を醸している。野党から一斉に批判の声が上がり、国会でも取りあげられている。
 たしかに桜田大臣の言葉は、他の人とはニュアンスが違っていた。やや不適切かもしれない。

              未来へのトンネル H29.12.19

 しかし桜田大臣は、決して悪気があったわけではない。単に言葉の使い方の問題で、こんなものを、いつまでも引っ張るものではない。繰りかえし表に出せば出すほど、発言の内容がわい曲・増幅され、肝心の池江選手を傷つける。野党やマスコミは、政争の具にしたり、視聴率を上げるために叩いている。それこそ不適切で、いい加減慎むべきである。

 それよりもっと大切なことがある。本人の思いの影響である。
 池江選手のツィッターコメントは、ようやく手が届くところまできた夢を一時断念し、新たに病気との戦いに向かう、気持ちの切替えをしっかり打ち明けていた。それがまた健気で胸を打たれる。これは彼女しかできない。池江選手は、同じような病気で苦しむ人を勇気づけた。そしてオリンピックで金メダルを取るより、もっと素晴らしい感動を日本中に与えてくれたのである(少なくともじじいの遭難騒ぎとは比べ物にならない)。

スポーツのメンタル

 わずかの狂いが精神を追い詰め、それがまた手元を狂わせる

 昨日全豪テニスで、大阪なおみ選手が優勝した。これで、4大大会連続優勝である。まぐれでできるはずがない。これでまた、スポーツ界で世界に通用する日本のエースが現われた。

 これまで、日本の絶対エースとしては、スキージャンプの高梨沙羅、女子レスリングの吉田沙織や伊調馨、男子体操の内村航平、フィギアスケートの羽生結弦、スピードスケートの小平奈緒などがいた。だがこれらは比較的マイナーな競技である。テニスのように、膨大な競技人口を抱えたスポーツでは難しいと思われていた。




 ただエースと言えど絶対でない。あれほどジャンプで連続優勝していた高梨沙羅選手は、いまは不振にあえぎ表彰台にも上がれない。羽生結弦も怪我とメンタルとの戦いで、フルシーズン出ていない。その他の選手も、年齢とともに衰え始めている。
 スポーツは、一瞬ごとの緊張の連続で、わずかの狂いが増幅する。昨日の大阪選手のテニスでも、第2セットでぎりぎりまで追い詰めたと思ったら取り逃がし、そのイライラがまともにプレーに出てしまった。わずかの狂いが精神を追い詰め、それがまた手元を狂わせる。

              ボーリング大会 H29.1.22

 そのメンタルで、私がいつも苦戦しているのがボーリングである。
 今日、毎年恒例のボーリング大会に参加。2ゲームの合計点数をチームごとに競う。最初の練習でGが続き、それが祟って、本番もさっぱりであった。ボールが中心に行かないから、ストライクどころかスペアも出ない。だんだん投げやりになる。途中機械ミスのストライクが1本あっても、100点に届かなかった。最初のゲームで、100点割れするのは初めてである。
 私の場合、今日はメンタルを回復する投球が一つもできなかった。ますます落ち込む。

稀勢の里引退

 これでは大相撲も歌舞伎のような無形文化財保護の対象になってしまう

 連敗の続いていた稀勢の里が、ようやく引退を決意した。見るに堪えない相撲が続いていたので、国民の多くはほっとしたのではないか。このままずるずるいったら、本人だけでなく日本中がおかしくなる。逃げない横綱も潮時がある。

 ちょうど2年前、久々の日本人横綱稀勢の里が誕生した。絶対横綱の白鵬にも、地力ではひけをとらなかった。もろいところもあったが、土俵際の粘り腰は見ごたえがあった。惜しいのは、連続優勝の絶頂期に、大けがをしたことである。さらに怪我を抱えた千秋楽の大逆転で日本中に感動を与え、その引き換えに取り返しのつかない弱点を背負ってしまった。結果論であるが、そのとき逃げていれば、こんな辞め方はなかったと思う。

              力士たち H29.5.04

 圧倒的なモンゴル勢の強さの中で、稀勢の里は10代のころから、日本人の期待を背負っていた。だが、18歳で幕内昇進してからが長かった。強い相撲を見せても、勝ち越しがせいぜいで、入幕から大関昇進まで5~6年。そこから横綱になるのがまた長かった。当時、土俵下で取り組みを待っている稀勢の里をみると、いつも強張った顔で目をしばたいていた。緊張でピリピリしているのが一目瞭然である。

 それがいつしか、土俵下の表情が変わってきた。土俵を見上げているとき、にこやかに緩んだ顔つきになった。周りを気味悪がらせたあげく、ほとんどの場所で優勝争いに絡むようになった。初めて優勝して横綱になったのは、その数年後である。あきらかにメンタル面で異変があった。
 残念ながら怪我をしたあと、土俵下の表情は昔に戻ってしまった。これでは勝てない。引退は時間の問題であった。


 競技人口が少なくても、大相撲は日本の国技である。典型的なお相撲キャラの稀勢の里は貴重な存在であった。もうこんな人はそうそう作れない。外国人力士に無制限開放したら、日本人力士はとても太刀打ちできない。大相撲も歌舞伎のような、無形文化財保護の対象になってしまうのだろうか。

アルコール中毒

 酒を飲めない人は何を楽しみに人生を過ごしている

 1月は新年会が続く。最低5回は浴びるほど飲む。酒席につくと必ず酒を薦められる。頼まれると断れない。それに飲食店というところは、追加すればいくらでも酒が出てくる。これが困る。昨日も2日酔いで苦しんだ。

 なぜ飲みすぎるのか。べつに強制されているわけではない。アルコールは依存度が高く、覚めればまた飲みたくなる。つまりアル中である。

 酒の依存度を調べた実験がある。サルにレバーを押させ、いろんな薬物を投与する実験である。レバーを押す回数が多いほど、その薬物の依存度は大きいといえる。
 実験では、カフェイン100回に対し、アルコールは3200回。これだけの回数を押すまで要求し続ける。ちなみにニコチンは1600である。酒の方が煙草の2倍の依存度があることになる。もちろん麻薬は、はるかに依存度が高い。モルヒネは25,600回である。

              飲酒運転撲滅 H27.7.18  技術士研修会資料より

 だから酒を断つのはきわめて難しい。
 最近頻繁に、旅客機パイロットが飲酒チェックで引っかかっている。代わりのパイロットを準備するので、出発が大幅に遅れる。たしかに、泥酔状態で飛行機や乗用車を運転するのは、危険極まりない。

 だがある時は、呼気0.05㎜で搭乗を禁止された。これでは奈良漬け一切れでアウトになる。ここまで行けばやり過ぎである。おそらく、朝の通勤時間に飲酒チェックをしたら、半分くらい引っかかるのではないか。

 酒の無い人生は、生きている価値が半減する。飲めない人は、何を楽しみに人生を過ごしているのであろう。最大の疑問である。