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12月の文殊山

 足元からは、北陸新幹線の工事中のルートが、S字を書いて真上に伸びていた

 晴天が続いたので文殊山に登った。昨年の春以来、1年半ぶりである。その間に二上登山口の駐車場が立派に舗装されていた。平日10時半だというのに、駐車場は半分以上埋まっている。これでは休日なら駐車できないかもしれない。なにしろ毎日登る常連さんだけで、10人以上いるはず。

舗装駐車場から大文殊 R112.10 危険なお堂 R1.12.10 大文殊から白山連峰 R1.12.10

 涼しいので、歩いてもほとんど汗をかかない。快適な季節である。ただ、紅葉は一部を除きすでに終わっていた。この辺り、11月の終わりが見ごろらしい。
 1時間ほどで大文殊に着くと、一昨年の台風で傷んだ山頂のお堂が、さらに悲惨な状況となっている。これでは風前の灯である。

 それでも頂上からは、澄んだ秋空に、白山連峰がくっきり見えた。足元からは、トンネルを抜けた新幹線の工事中ルートが、S字を書いて真上に福井駅へ伸びている。列車が走るようになったら、山頂の眺望は大きく変わる。

文殊の下から新幹線 R1.12.10    文殊菩薩    久しぶりの胎内岩 R1.12.10

 奥の院では、久しぶりの胎内岩も拝むことができた。これで今年は安泰である。
 登山口から、大文殊と奥ノ院までの往復約2時間。自宅を出てから帰るまでなら3時間。朝めし前(昼めし前)のコースである。
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晩秋の富士写ヶ岳

 秋晴れの今日、最後の紅葉を期待して、富士写ヶ岳(941M)に登った。昨年、11月3日に登ったときは、中腹から頂上にかけて、とくに頂上直下の白樺林の黄色が見事であった。
 しかし11月の終わりともなると、このあたりの広葉樹は、ほとんど葉が落ちている。

木漏れ日 R1.11.23 空に紅葉 R1.11.23 新雪の白山 R1.11.23

 その代わり鉄塔から中腹にかけての紅葉は、まだまだ鑑賞に堪える。落ち葉の積み重なったふわふわ山道や、太陽に映える濃赤や紫が美しい。
 秋の澄んだ空気の中で、頂上から見た白山も絶景であった。
 涼しいので、歩いてもそれほど息が上がらない。登り2時間半、下り1時間半の標準ペースで登山を終えることができた。ただ、靴底がすり減っていることに加え、急坂で落ち葉の下が滑りやすい泥道となっており、下りに相当体力を使ってしまった。

中腹紅葉 R1.11.23 枯葉 R1.11.23 雑木紅葉 R1.11.23

 山中温泉道の駅で一風呂浴びようと思ったが、奥の方まで車両がびっしり詰まって、駐車できない。またこれだけいたら、ゆったり温泉に入っていられない。間近でむさい男の裸を見る趣味もない。代わりにすこし福井へ戻って、たけくらべ温泉で汗を流した。浴殿は普通の銭湯並みでも、空いているほうがはるかに快適である。

刈込池紅葉

 秋晴れの一日、大野の刈込池を散策した

 国道158号線から別れて、鳩ヶ湯~小池駐車場への道が長い。国道からおよそ20㌔、1.5車線の細い道である。数か所肝を冷やすところがあるので、あまり運転したい道ではない。細いところでのすれ違いや、後ろにぴたり付かれると焦る。
 途中の鳩ヶ湯でキツネに睨まれ、10時少し前に小池駐車場に着いた。数日前、福井新聞に掲載されたこともあってか、駐車場は一杯であった。

 鳩ケ湯のキツネ R1.10.31 池への道 紅葉R1.10.31 池 紅葉 R1.10.31

 駐車場を出て、キャンプ場を通りやがて3の峰登山口を過ぎる。6~7年前の秋、3の峰を往復したその足で、刈込池まで登ったこともある。さすがにもうそんな元気はない。紅葉の山道を刈込池までゆっくり登って1時間30分。平日なのに人通りが多い。もちろん、リタイアした高齢者である。なかにはおぼつかない足取りの人もいる。山道は往復せいぜい2時間そこそこでいいが、往復40キロの山道の運転は大丈夫なのか。今日、1台くらい転落しそうで怖い。

 刈込池  R1.10.31 刈込池と3の峰 R1.10.31

 刈込池に映った3の峰と紅葉は、これまでで一番綺麗であった。紅葉もタイミングである。
 下手な写真では、その迫力がまったくなくなってしまう。

 帰りには、鳩ケ湯温泉で一風呂浴びた。湯船も洗い場も3人分しかない、建て替え前そのままの風呂場である。「湯に浮かんでいるのは湯の花です」と書いてあったが、どう見ても垢と縮れ毛が混じっていた。

ホワイトロードから三方岩岳

 50年ほど前にできた白山スーパー林道に、今日初めて入った。ハイキングバスツァーである。いつの間にかスーパー林道の名前が、「白山白川郷ホワイトロード」に変わっており、ますます期待を持たせる。

               ふくべ大滝 ホワイトロード R1.10.05

 といっても、道路を走ったのは、料金所から3~40分のところにある「栂の木台駐車場」までである。そこからおよそ標高差350Mのところにある三方岩岳へ登った。白山をいつもと反対側から眺めることができた。それなりの紅葉はあったが、みごとというほどではない。時期が悪いのか、下地が悪いのか。両方であろう。

 あてにしていたホワイトロードは、半分の距離しか走らなかった。おまけに途中工事車両の脇を通る際、乗っていたバスが目もくらむ谷底へ落ちかかり、肝を冷やした。と思ったら携帯に、私の弟が自動車事故に遭い、病院で検査中との知らせが入る。今年は自動車事故の当たり年である。

鬼が岳

 久しぶりに、秋晴れの越前鬼が岳(532M)に登った。
 カントリーのある登山口駐車場は、すでに15台ほどの先客があった。9時45分に登り始める。最初200mほどは、気持ちのいい緩やかな森林。まもなく急登がはじまる。暑くてしんどいので、途中2回ほど休憩。頂上に着いたのは11時である。1時間15分もかかった。数年前は50分くらいで登ったので、相当体力が落ちている。

               鬼が岳頂上から越前市内、日野山、部子山 R1.9.26

 下りは、尾根道を通る。今日だれも通っていないと見えて、通路にはびっしり蜘蛛の巣が貼ってある。棒切れではたきながら下った。下りといっても、途中2回ほど登るので結構しんどい。1時間ほどかかって、ようやく駐車場に着いた。汗びっしょりで、上着もズボンもぐっしょり濡れている。
 さっぱりしようと、温泉か銭湯を探していたら、越前海岸に出た。朝めし前の登山のつもりが、結局一日がかりになってしまった。

 平日だけに、鬼が岳は引退老人のたまり場である。日本中の山には、何万人もの高齢者が入っている。これだけ体力があれば、じじいの決死隊にはみんな甲種合格できる。人のエネルギーは有効活用したい。

白山日帰り

体のあちこちが痛む。もう日帰りの白山はおしまいにしよう

 久しぶりに加賀白山に入った。登り観光新道で下りは砂防新道、単独日帰りの定番コースである。
 早朝4時40分に自宅を出発。6時15分に別当出会いの駐車場に着いた。平日なのに道路わきの駐車スペースは一杯で、正規の駐車場もそれほど空はない。ほとんどが、定年過ぎたジジババと、夏休み中の学生である。駐車場所から10分ほど登り、6時30分鳥居をくぐって、観光新道に向かう。

 馬のタテガミ1 R1.7.30  馬のタテガミ2 R1.7.30  馬のタテガミ3 R1.7.30

 観光新道を登るのは2年ぶり。きつい登りが堪える。それより、稜線に着く前から、雨が降ってきた。やがて本降りになる。今日から晴れるのではなかったのか。小さな折りたたみ傘1本で、ずぶ濡れになって急登を超える。殿ヶ池ヒュッテから、決死隊用の本格雨具を着用。馬のたてがみのお花畑も、雨の中では、落ち着いて楽しめない。

 弥陀ヶ原 コバイケソウ R1.7.30   じじいの決死隊 R1.7.30   白山 山頂 R1.7.30

 黒ボコ岩に着いたときは10時。ようやく雨も止んだようだ。展望はない。迷った挙句、やけくそで頂上を往復することにした。さすが室堂より上は冷える。頂上付近は風もあって、とても夏とは思えない。全身水浸しなので、動いていないと凍え死ぬ。酸素が薄いからか、どうにも体が動かない。黒ボコからピークまで2時間かかった。
 ピークで休んでいると気が遠くなる。12時に御前峰を出た。下りの泥道の長いこと。この時期、永平寺の修行僧がつぎつぎ登ってくる。3時間かかって駐車場に着いたとたん、体のあちこちが痛みはじめた。一転した下界の暑さも不快である。もう、日帰りの白山はおしまいにしよう。

小布施訪問

 仕事や登山を除き、生涯初めての3泊4日の長い旅を終えた。
 最終日は、これも初めての信州小布施に立ち寄った。「まちづくりの奇跡」と呼ばれるこの町に、いったいどんな魅力があるのか興味があったからである。

 川向正人氏によると、このまちづくりは、単なる街並みの保存とは異なる。地域内の人々や自治体、経済界が一体となって、少しづつ町を整えていく「修景」というキーワードである。すなわち、街の空間の持つ雰囲気、自然な状態を可能な限り残す。人々の生活がそこにあり、訪問者にもひしひしと感じられる、そういった生き生きとした「景観」を継続的に作り出していく。北斎館や菓子工場など、あるものは何でも利用する。

 葛飾北斎館 R1.6.27  小布施歓楽街 R1.5.27  小布施裏通り R1.6.27

 こんな後付けの理屈でも、いったん認知されたところは強い。広いとは言えない街に、年間100万人以上が財布を持って訪れる。訪問客がいれば、商店は繁盛し、さらに磨きがかかる。著名な商品や歴史遺産にもライトが当たる。それを目当てにまた観光客が来る。好循環が途切れない。

 そのコンセプトが陳腐化しないためには、走り続けなければならない。自転車操業である。具体的になにをどうしたのか。真実はだれもわからない。なにがいいのかも相対的である。
 とくに、私のようなリテラシーの欠如したものは、生半可なことでは感激しない。

ビーナスライン

 今日は斉藤ホテルを拠点に、美ヶ原高原~ビーナスラインのドライブと高原散策を行った。梅雨時で平日にもかかわらず、観光客はそれなり入っている。乗用車と同じくらい、バイクでの走行が多い。ただ、登山自動車道のくねくねラインの運転は、年寄には荷が重い。10年前は後からつついていたのが、今では煽られる。そんなに急いでどこへ行く。

 ビーナスライン高原 R1.6.26  車山より八ヶ岳 R1.6.26  車山より白樺湖 R1.6.26

 このあたりは、標高2000Mに満たないなだらかな高原地帯である。俯瞰すれば樹林帯よりはげ山のほうが美しい。それも中途半端なハゲではいけない。ハゲるなら、ここまで徹底すべきである。

上高地散策

 好天の今日、旅館の送迎バスで上高地を散策した。朝9時前に鹿教湯温泉を出発。昨日来た道を遡ること約2時間。11時少し前、大正池でバスを降り、約4時間の徒歩周遊を行った。

 河童橋やや上流から穂高連邦 R1.6.25 河童橋 穂高アップ R1.6.25 河童橋と穂高 R1.6.25

 大正池から河童橋までは、穂高のみごとな山並みを仰ぎながら歩く。河童橋から明神池までの1時間は、子ザルの寝技を見た以外、森林の中を、ひたすら歩くだけ。

 立て四方固め R1.6.25    明神池 R1.6.25    かぶりつき R1.6.25

 明神池のほとりにある嘉門次居酒屋で、待望のイワナの塩焼きをかぶりついた。
 今日の収穫は、穂高連峰の景観とイワナの塩焼きであった。

鹿教湯温泉

 朝9時前に福井を出発。信州鹿教湯温泉へ向かった。
 中部縦貫道路から飛騨高山を通って、約250㌔。鹿教湯温泉に着いたのは3時半。約7時間のドライブである。さすがにこの年ではしんどい。
 
   子連れ R1.6.24      茶店 R1.6.24

 10軒ほどの旅館のうち、「斉藤ホテル」という温泉旅館に宿泊した。宿泊客は、ほとんど日本人の高齢者である。湯治のための長期滞在者が多い。ぬるい湯で、長く浸かっていられるので体が温まる。
 明日は久しぶりの上高地。エベレストトレッキングの代わりである。

幻滅のエベレスト

 エベレストにはもう思い残すことはなくなった。違うところで一花咲かせたい

 登山に夢中になっていた学生時代、一度はエベレストに登ってみたいと思っていた。なんといっても世界最高峰である。山を志す者なら憧れる。卒業後数年経過し、あまり山に登らなくなっても、つい最近まで、その思いはずっと残っていた。

 三浦雄一郎氏は、70才、75才、80才でエベレストに登った。彼はいつも、『無理をしなければ行けない。死ぬ気でチャレンジしなければ生きては帰ってこられない。だから僕は人生最大の無理をします』と言っていたそうだ。そのうえ、彼はいくつもの成人病を抱えている。
 だから私も、全財産をはたき体力を絞ればいつかは登れると思っていた。もう一花咲かせたい。

                じじいの決死隊 H29.8.3

 しかしここ数年、近隣の山を登っただけで消耗する。めっきり体力の限界を感じるようになった。これではエベレストどころではない。
 そう考えていたら、エベレストへの思いを吹っ切るような映像が目に入った。山頂付近の大渋滞と、膨大なゴミの山である。なにしろ、エベレストの山頂に至るやせ尾根数百メートルの間には、色とりどりの登山者が、身動きできないほど、びっしり張り付いている。

 2018年には、シーズンの5月だけで807人も登ったという。年間を通し登山可能な日は、それほどない。多い日は250人が山頂を目指したらしい。なにしろそこは、地上30%の酸素濃度である。酸素ボンベでも、すいすい登れるわけではない。渋滞で順番待ちをしている間に、酸素が無くなる。時間切れで体力を消耗し、遭難する人が続出している。今シーズンだけで10人以上が亡くなった。

 さらに幻滅したのは、ゴミの山である。テント場や山頂へ続く登山道には、テントや登山用具、空になったガスボンベの他、人の排泄物までもが散乱している。あれだけ人が集まれば、廃棄物が発生するのは当たり前である。
 すっかり幻滅した。
 これでエベレストには思い残すことはなくなった。「違う」ところで一花咲かせたい

有馬温泉

 いまだに知名度でお客を呼べる温泉街のひとつである

 現場視察のあと、有馬温泉に宿泊した。
 この温泉は、林羅山や枕草子の日本3名泉や、江戸時代の温泉番付では当時の最高位に格付けされた、日本で屈指の温泉である。温泉街は6甲山北側麓の標高350m ~500mに位置している。大きな旅館やホテルは温泉街の周辺や少し離れた山麓、山中にある。

  泉質は、空気に触れ着色する含鉄塩化物泉は「金泉」、それ以外の透明な温泉は「銀泉」と呼ばれている。それぞれ何らかの効用があるはずだ。残念ながら、いまだかって温泉の効用を感じたことはないが。

 寂しい有馬温泉街 R1.6.13    賑わう有馬温泉街 R1.6.14

 われわれの宿泊した有馬ロイヤルホテルは、歓楽街のやや奥の方にある。温泉街は細い坂道が入り組んでおり、その間に、土産物店などが込み入って立ち並んでいる。大き目のワゴン車だったので、ホテルの駐車場に入るまでの坂道で苦労した。

 それでも、木曜日の夕方にホテルに到着。夕方6時ごろ近くを散策した。ただ、中心街ですら閑散としていた。いかにもさびれた温泉街と思ったら、翌金曜日のお昼前後には、一変して観光客でにぎわっていた。もちろん中国人が中心である。湯布院と同じように、宿泊しなくてもまだ「有馬温泉」の知名度でお客を呼べるのである。「腐っても(失礼)鯛」とはこのことである。

富士写ヶ岳

 今日、富士写ヶ岳に登った。
 家を出たのは、いつもより遅い時刻で朝8時すぎ。我谷登山口は9時ごろ。好天でしかも10連休のさなかだけあって、やはり混んでいる。先行者の車は、道路わきに60台以上並んでいた。登山口の吊り橋から、3~400M先で見つけたスペースに駐車し、歩き始めた。昨日の足腰の痛みが残っていたが、登り始めて体が温まるとなんとか治まった。

 石楠花群生800M R1.5.04 石楠花 日の当たる稜線 R1.5.04 石楠花 R1.5.04

 お目当てはシャクナゲである。昨年4月29日に登ったときは、まだ咲き始めで蕾が多かった。ことしは1週間遅い。標高800Mあたりから、シャクナゲの群生が見える。さすがに盛りは過ぎている。それでも熟れた美しさがあって、蕾より好ましい。

 もう一つ心配だったのは、昨年の荒島岳登山で顕在化した左ひざの痛みの再来であった。下るときの衝撃が膝関節を痛めつける。今回ぶり返したら、もう大した山には行けなくなる。
 ゆっくり下ったせいか、今回はひざが痛くなることはなかった。こんなことにも気を配らなければならないとは、何とも情けない。

紅葉の富士写ヶ岳

 今日は天気が良かったので、富士写ヶ岳に登った。

 朝8時に自宅を出発。9時に、いつもの我谷コースから登る。
 紅葉は、2週間前に荒島岳でショボイのを見たので、あまり期待していなかった。
 だが、中間点を過ぎたあたりから、きれいな紅葉が周囲を取り囲むようになった。日光の当たり加減で非常にきれいに見える。山全体が色づいて、久しぶりにきれいな紅葉の山を楽しむことができた。これぞ、低山の醍醐味である。ちょうどタイミングがよかったのであろう。これまでで最高の景観であった。
 今日は言葉よりも写真です。ところどころですが、時系列に並べてあります。

中間点を超えたあたり H30.11.03 見晴休息地点から富士写が岳左峰 H30.11.03

稜線を頂上へ H30.11.03 紅葉の山みち H30.11.03

頂上への取りつき付近 H30.11.03 頂上への登り H30.11.03

頂上へ H30.11.03  吊り尾根付近 H30.11.03

頂上からの下り H30.11.03 下り一番 H30.11.03

下りも見事 H30.11.03 萌える山 H30.11.03

 残念ながら、下りでまたひざを痛めてしまった。荒島岳で痛めたところが、まだ治っていなかったのである。

荒島岳登山

 荒島岳に登り、先ほど帰ってきたところ。
 ルートは、妖しい名前の中出コース。3年前に足水で感激したところである。行動時間を6時間、麓までの移動を片道1時間とみて、朝6時半に自宅を出発した。
 中部縦貫道路から158号線に入り約4キロ、中休の交差点標識で右折。1.3キロほど進んで小さな標識を左折したところで道に迷った。ようやく奥にあった大きな標識を見つけ、5~6百メートル進むと、中出登山口駐車場があった。立派な水洗トイレがある。

小荒島からの白山 H30.10.17 モチが壁を超えて紅葉 H30.10.17 中荒島の下あたり H30.10.17

 7時35分に登山開始。車道を5分ほど歩いたところの登山口の標識から、30分ほど林道らしきところを登って本格的な登山道になる。
 小荒島(1186M)のピークに着いたのは、9時40分。すぐ大荒島岳が迫っている。白山連峰は、頭に雲がかかっている。紅葉が見られたのは、シャクナゲ平を過ぎたあたりからである。ところどころのショボイ紅葉でも、それなり目の保養にはなる。

中荒島の下から小荒島 H30.10.17 モチが壁の上から小荒島 H30.10.17 荒島岳頂上社 H30.10.17

 荒島岳の頂上に着いたのは、11時20分。今日は涼しかったので、それほどバテた感じはない。大野の市街地は見えても、周辺の山は雲の中でよくわからない。
 下りは2時間。敏捷性がなくなり、いつ転倒するかわからなくなった。おまけにひざも痛い。こんなことは初めてである。確実に老化は進んでいる。

室堂から浄土山登山

 弥陀ヶ原の紅葉にかこまれ成仏したら、それこそ大往生である

 昨日バスツァーで、室堂から浄土山に登った。出発は朝7時過ぎ、しかも寄せ集めなので、室堂に着いたのは11時40分。それから、5時間の自由行動である。よほど健脚なら、雄山から大汝山まで行ける。だが見たところ、90%は70歳以上の高齢者である。せいぜい雄山往復であろう。これなら室堂から往復で3時間ぐらいか。
 
浄土山へ急登 H30.9.23  極楽浄土と、遠くに槍・穂高 H30.9.23

 われわれはもう少し日和って、隣の浄土山に登った。標高2831と、雄山より170Mほど低いし、雄山を正面から眺めることができる。まもなく成仏する身内がいるので、偵察の必要もあった。

浄土山から剣と立山 H30.9.23  浄土山中腹から雄山 H30.9.23

 浄土山頂からは、槍・穂高だけでなく、白山や富士山までがうっすらと見えた、まさに絶好の登山日和である。しかも3連休の中日で、隣の雄山は大混雑であった。ただこの浄土山は比較的登山客も少ない。登りやすく、景観も雄山に引けを取らないのに登山者が少ないのは、そのまま昇天するような山名が影響しているのかもしれない。

一の越から雄山 H30.9.23  みくりが池から立山(左)と浄土山(右) H30.9.23

 9月の23日ともなると、弥陀ヶ原から上は、かなり紅葉が進んでいる。バスの中からは、その眺めを楽しむこともできた。10月のはじめともなると、もっと見事な紅葉が期待できる。これを観ながら、そのまま浄土へ召される人もいるに違いない。それこそ大往生である。

立山登山

 今日は久しぶりの登山。これから、バスツァーで立山室堂まで行って、自由時間5時間がある。条件が良ければ、雄山と浄土山に登りたい。好天を祈ります。

            北陸高速富山付近 剣・立山・薬師が見える

 8月にはいって今までの2カ月間、登山シーズンに関わらず、一度も山に登らなかった。7.8月の猛暑と9月の連続台風で、とても登山どころではなかったからである。廻りに死にかけている人もいる。そのうえ北海道では大地震もあった。
 
 そういえば、白山では入山届をしない登山者に対し、過料5万円を課すことになったらしい。いよいよ白山も、噴火の兆しが出てきたのかもしれない。白山が噴火すれば、立山も危ない。気象庁によると、立山の弥陀ヶ原では2012年以降、火山ガスの噴出や高温域が確認されているという。これで富士山が噴火したら、日本はお手上げである。

 登山の報告は、明日。

台風前の赤兎山

 台風が近づいており、午後には日本列島に接近する。予定していた立山登山ツァーが中止になったので、赤兎山に登った。
 小原部落から登山口まで、11キロの自動車道はほとんど舗装されている。赤兎の登山口駐車場には、5~6台しか止まっていなかった。経済性だけで、ゲートで300円集金するコストや舗装コストを考えたら気が狂う。

赤兎登山道から大長山 H30.7.28 赤兎頂上から経ヶ岳 H30.7.28 赤兎頂上 H30.7.28

 雨は、8時半に登り始めたとき少し降られただけ。下山した1時ごろまで、まあまあの天候だった。むしろ嵐の前の清らかさで、白山連峰や周囲の山々が雲海のなかに、幻想的に見えた。往復実働3.5時間のコースは、いまの私には丁度いい長さである。
 ただ赤兎頂上から小屋までの平原は、(白山弥陀ヶ原のように)熊笹が成長して視界が悪く、ニッコウキスゲも完全に終わっていた。湿原も猫の額ほどしかない。

赤兎頂上から白山連峰 H30.7.28 赤兎から白山 H30.7.28 赤兎小屋付近の湿原 H30.7.28
 
 今晩やがて台風12号が、日本のど真ん中を直撃する。ややこしいコースで、西日本豪雨被害のあった地域も通過する。さすがに今度は、犠牲者が出ないことを祈る。日本の災害対策力が試される。

砂防新道から別山へ

 標高差は少ないが、上り下りと歩行距離の長さがこれまでとは異質で疲労困憊

 今日は、いつもの白山とは少しコースを変え、砂防新道から南竜を通り別山へ登った。別当出会いからの標高差は(1260→2399)1140Mと、白山頂上までの1440Mより300Mも少ない。そのぶん上り下りがあって距離も長いが、南竜から別山への稜線お花畑を堪能できるのはこの時期しかない。天候も梅雨明け10日までの絶頂期である。
 
 早朝4時10に自宅を出発し、中部縦貫道から別当出会いまで約1.5時間。途中の恐竜博物館手前の公園では、いつの間にか白竜が復活していた。
 別当出会いで身支度を済ませ、6時に吊り橋を渡る。噴火警戒が出されている白山に入った。

白龍復活 H30.7.23 危険な稜線 H30.7.23 花の道 H30.7.23

 南竜小屋には予定通り9時に到着。だが、南竜キャンプ場から一旦下って、別山へ向かう油坂の登りで、バテ上がってしまった。どうも私は4時間が限度らしい。足が動かないので、コースタイムを超過し始める(そこからしぶといのだが)。しかもこの稜線は、一歩間違えると、それこそ奈落の底である。

ニッコウキスゲ満開 H30.7.23 チングルマ満開 H30.7.23 別山頂上 H30.7.23

 ただ肝を冷やすところを過ぎると、一面のお花畑である。ようやく別山の頂上に着いたのは12時を過ぎていた。
 帰りは同じところを戻る。足がつり気味なので、やせ尾根のところでずり落ちそうになる。油坂の下り雪渓でも滑りかけた。出発点とピークの標高差は少ないが、トータルでの上り下りと歩行距離の長さが、これまでの登山とは異質な疲労である。しかも持って行った2リットルの水では足らなかったので、沢の水を飲むことにもなった(上流には小屋の水洗トイレ?)。
 結局、別当出会いの駐車場に着いたのは、予定を大幅に過ぎた4時半になる。余裕があればお花畑の観光新道を回って降りようと思っていたが、とんでもない。まして欲張って白山ピークまで足を延ばすなど、夢のまた夢であった。

箱根・伊豆下田

 ボランティアのできない人は、体のつづく限り飲み食いでお金を回すべきである

 6月につづいての一泊2日の箱根旅行。こんどは伊豆・下田を追加する。6月に行ったときは、梅雨真っ盛りで、箱根はすべて霧の中であった。今回は日本全国夏の高気圧に覆われている。金沢スタートのツァーに参加したので、上越新幹線で東京へ。そこからバスと登山電車を乗り継いで大涌谷に到着。

 残念ながらこんども、富士山を拝むことができなかった。かすかにシルエットが見えただけ。箱根に来て富士山を見れなかったら意味がない。
 そういえば、まともに富士山を見たのは、その麓で管理者養成学校の訓練を受けたときだけである。あの時は、それどころではなかった。これが最後のチャンスだったかもしれない。

 大涌谷から幻の富士 H30.7.16

 今回は駆け足ツァーなのでせわしなかった。その日のうちに伊豆高原の温泉旅館までバスで移動。翌日もカミカゼ運転バスで、みっちりと伊豆半島を周遊。ご丁寧に2度も遊覧船に乗った。東京発の上越新幹線に乗ったのは、夜の7時。自宅到着は、真夜中の12時であった。

 骸骨の霊 H30.7.17   青の洞窟 H30.7.17

 ツァーの参加者は、60~80才代の45名。この暑さの中、誰もひっくり返らなかったのは不思議である。みなよく食べ買い物をして、残り少ない命を謳歌している。
 西日本災害の復興を早めるため、少しでも金を遣って、経済を活性化させようとしている。ボランティアのできない人は、体のつづく限り飲み食いでお金を回すべきである。