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一気飲みの悲劇

 みなが酒をおいしく飲むようにすれば、一気飲みでの事故は無くなる
 
 近畿大サークルの飲み会で、一気飲みをした男子学生が死亡した事故があった。大阪地検は、「保護責任者遺棄致死容疑(最高刑15年)」で書類送検された20代前半の学生のうち9人に、より刑罰の軽い「過失致死罪(同罰金50万円)」で略式起訴する方針だという。刑は軽くなったが、コンパなどで学生が飲酒・死亡することで、起訴まで至るのは珍しいらしい。

 一気飲みを強制することが、社会悪として認識されるのは、悪いことではない。
 この場合も亡くなった学生は、開始1時間までに、ビールをたっぷり飲んだうえ、ジョッキ一杯のウォッカを一気飲みしたらしい。飲めない人はすぐ吐いてしまうので、酒の強い人ほど危ない。飲める人は、周りの期待に応えようと、つい飲みすぎてしまう。

               日本酒で宴会 H28.9.04

 私も高校を出た途端、酒の席では必ず、浴びるほど飲まされてきた。そのたび意識不明で、友人に下宿まで送られるか、道路の側溝に、半身ずぶぬれになって寝込んでいたこともある。丸山議員みたいに、あらぬことを口走ったことも、数えきれないくらいある(と思う)。半分覚えてないので、酔いがさめた途端、穴があったら入りたいような恥ずかしい思いをしてきた。

 「お前は酒か女で失敗するだろう」と言われたことがあった。逆に、酒のせいでうまくいったこともある(ほんとうか?)。いまの状態が失敗かどうかは誰にもわからない。
 いまさらながら、「酒と女は2号まで」とは、よく練れた言葉である。

                 飲むイヌ

 では、一気飲みの悲劇をなくすには、どうしたらいいか。
 他人に一気飲みを迫るのは、たいてい酒の飲めない人である。自分が飲めないので、人に飲ますことで、早く減らそうとする。酒好きはそんな勿体ないことはしない。だから、みなが酒をおいしく飲むようになれば、一気飲みの悲劇は無くなる。

 ここで大きな問題は、世の中に格安のまずい酒が出回っていることである。したがって、飲み放題の店は禁止すべきである。少なくとも、吟醸酒以上の酒を出す。すべての酒が希少価値として尊重されれば、みながお酒をおいしく飲めるようになる。それこそ日本は、竜宮城のような天国になる。
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日本の闇構造

 関電はこれまで日本を腐らしてきた膿を絞り出し、根本治療に向けた歩みを進めるべき

≪同和の影響力≫
 関西電力役員の多くが、元助役から多額の金品を受けとっていたことで、背景に同和の恐怖が指摘されている。同和がなぜそれほど怖いのか。一般には、直接何かされるわけではないし、あまり報道で知らされることはない。多少なりとも関わったことがある人はわずかであろう。
 その同和がなぜ問題なのか、なぜ闇の力と言われているのか。

 まず、だれも反論できない「弱者」という正義を振りかざすからである。黙っていても心理的に追い込む。それを社会の闇構造にまでエスカレートさせ、弱者利権で太った一部の者は、抵抗するものに無理難題を吹っかける。
 もちろん同じような構造は、他の「弱者」集団にも言える。

                才女

≪弱者の陰謀≫
 たとえば先だって国連で、16歳の少女グレタさんが、温暖化防止のスピーチを行った。一面の真実を突いているが、しょせん穴だらけの空論である。世の中の複雑な事情を単純化し、上から目線で思いつきの正義を振りかざしているに過ぎない。同じことを大人が言えば、青臭いとバカにされる。
 すなわち、環境利権を得ようとしている人たちは、グレタさんと言う子供の口を通じて、過激で危険な環境論を拡散しようとしているのである。未熟さや幼稚さを問題する人に対しては、子供だからと言って、反論を封殺している。 
 そのグレタさんは今やノーベル賞候補にまでなっている。
 
 福島原発事故で、自主的に避難して国家公務員宿舎に、まだ無賃入居している人がいる。普通に考えれば、これこそ弱者に名を借りた集りそのものである。
 ハンセン病患者に対する補償も、考えてみればおかしな話である。
 つまり弱者は、部落民だけではない。在日、アイヌ、LBGT、自主避難民など、新手がつぎつぎ繰り出している。仲間は多いほどいい。束になって、日本の体制を腐らせようとたくらんでいる。

 誤解しないでいただきないのは、私は部落民や在日韓国・朝鮮人に対する差別意識はまったくない。かれらの多くは、出自の弱みや差別にめげず、懸命に生きている。むしろ憧れと尊敬の念を抱いていた。

                説教

≪弱者の権力化≫
 しかしいま、その「弱み」は「強み」に変わっている。彼らは初期段階の弱者という立場から、弱者→蔑むもの→憐れむもの→保護するもの→優遇すべきもの→特権階級へと変わり、いつの間にか金銭面や制度面で、優遇処置を受けられるようになった。表だった優遇はなくても、就職や入札などでは下駄をはかされる(と考えられている)。NHKなど報道機関に入れば、世論は牛耳られる。

 その強みを利用して太ったあげく、さらに自らの利権に結び付けようとする輩が現われてもおかしくない。彼は「弱者」集団の中で、強力な権力を持ち、(関電など)特定の組織に無理難題を押し付ける。以下に示すように、表だって抵抗できない雰囲気が醸成されていく。


≪弱者の恫喝、恐怖の構造≫
 かれら恫喝の対象となったものは、言いようのない恐怖を持つ。身内が陰湿ないじめに遭い自殺に追い込まれる。場合によっては電車のホームで突き落とされる。これらは、証拠がないから恐ろしい(証拠があれば、警察が動く)。たまたま身内が事故に遭うと、彼らのせいではないかと思い込んでしまう。そういえば、殺された経営者もいたような気がする。

 さらに彼らは、餌食となったものを容赦しない。
 国会において、弱者の立場に立とうとする野党の質問の仕方を見ればわかる。ヤクザの恫喝より恐ろしい。大臣や高級官僚でさえ、ビビッてまともに回答できない。反基地や反原発集会などで飛び交う怒号を連想する、「糾弾会」というのもあるらしい。私ならとてもいたたまれない。

 長年にわたり関電役員が心ならずも金品を受け取ってしまったのは、この(思い込み)恐怖の泥沼にどっぷり浸かってしまったからではないか。運が悪かったとあきらめていただくしかない。日本政府でさえ、これまで韓国に対し、慰安婦、徴用工問題など、理不尽な要求を呑まされてきたのである。後知恵で批判しても始まらない。関電の中で、一部金品を返却した人は、相当な勇気を奮ったに違いない。

                じじいの決死隊 H29.8.03

≪ではどうしたらいいか≫
 まず今回の始末は、どうするか。
 ことここに至ったら、仕方がない。徹底的に膿を抉り出す。関電の役員は会見の中で、「非常に大変な時期と思っている。何か役に立てないかという気持ち」と言って、メディアでは顰蹙を買っている。だが、彼らが体を張って役に立とうと思うなら、いい機会である。とことん「弱者の恫喝」構造を明らかにしていただきたい。もちろん、関電に不都合なことも含まれるはずである。
 それこそ、これまで日本を腐らしてきた(同和など弱者の)膿を絞り出し、根本治療に向けた歩みを進めなければならない。

 そして今後、どうすればいいのか。
 難しいが、むやみに恐れないことである。家族に害が及ぶと言われても我慢する。ほとんどの場合、単なる脅しである。放射脳患者がわずかな放射能を恐れるのと同じで、実害が及ぶことはない。恫喝されても毅然とした対応をとればいいのである。それができる人が社長・役員になる

 さらに同和問題は、マスコミが隠すからこんなことになる。しまいこまず、飲酒やあおり運転みたいに、社会問題として日の当たるところに持ち込まなければならない。もう部落解放同盟が弱者だとは、だれも思っていない。

関電役員への裏金

 こんなことで原発再稼働が遅れたら、それこそ国家の大損失である

 関西電力役員が、総額3億円余りの金品を受け取ったということが問題になっている。地元の建設会社である吉田開発が、会社顧問で高浜町の元助役を通して贈っていたらしい。なかには、1億円を超える金品を受け取った人もいた。菓子折りの底に金貨を潜ませるとは、なんとも時代がかったやり方である。

 吉田開発という会社は、建設事業を管理する地元ゼネコンである。受注業務を地元建設業者に委託し、差益と管理業務で売上を立てている。以前から工事受注で接待攻勢を繰り返していた。新原発の工事が3.11で見送りとなり青息吐息のところ、原発の対策工事を取り込んだらしい。

 ニュースで「街の声」を拾うと、必ず関電役員に対しての怒りの声を紹介する。金品を貰う立場でない一般の人々にとって、関電役員の収賄は、とても許すことができない。賄賂を受け取った人は、みっともない恥を天下に晒してしまった。運が悪かったと思って、あきらめるしかない。

               金ブタ

 しかしいま怒っている「街の人」も、自分が金品を貰う立場になったら、たぶん断れない。インタビューで素直に答える人ほど、断る力がない。執拗に押し付けられたら絶対に受け取る。怒っているのは、自分のところに声がかからなかったからである。

 また、関電役員をとっちめてやろうと、国会では野党連中が息巻いている。その野党議員の大半も、中国やロシアのハニートラップに罹っている。ハニトラの誘惑こそ断るのは難しい。もし私が触手を伸ばされたら、簡単に落ちる。そのハニトラ男が、賄賂を貰った役員たちをどう裁くのか見ものである。恥ずかしげなく自分のことを棚に上げるのが、議員の仕事だからである。
 
                タヌキの金玉

 そもそも今回の案件は、よく意味がわからない。(吉田開発が直接渡せばいいのに)なぜ元助役が間に立ったのか。その段階で、3億円が3億2000万円に増えたのも不思議である。3億円も税務署に摘発されるような、吉田開発の財務処理もおかしい。それに20億円の受注で3億円もバックしていたら、吉田開発のような薄利企業がやっていけるはずがない。
 また本来の裏金なら、関電から助役に渡るのが筋である。吉田建設より関電の方が、資金は潤沢にあるし、立地の便宜もあるはず。いったい誰が得したのか。
 すべておかしなことだらけである。
 関係者の話を総合すると、元助役はきわめて胡散臭かった。表に出ない力が働いていた。元助役が生きていたら、関電社長はあんな会見など開けなかったに違いない。

 たぶん動いたお金は3億円だけではない。反対側には、その何十倍も渡った可能性がある。これだけ金額が大きいということは、そのぶん原発はコストダウンの余地が大きいということである。原発はもっと安くできる。

 もっとも、いくら原発にお金を遣っても、そのお金は国内で回る。闇で同和利権を潤すかもしれないが、石油利権のように毎年何兆円も中東へ支払うことはない。中東へのお金は、北朝鮮やロシアに流れ、日本を脅かす。北方領土は袖にされるし、日本に対するミサイル性能はどんどん向上している。また(これも年間数兆円単位の)ソーラーパネル利権は、中国からの脅威を増やす。
 だから、こんなことで原発再稼働が遅れたら、それこそ国家の大損失である。

山梨の女児行方不明

 普通の人がいきなり捜索しようとしても、かえって迷惑をかけるだけである

 小学1年の女の子(7歳)が山梨で行方不明になって、もう1週間以上経つ。山の中や川沿い、5キロ四方に広げて捜索が続いている。いくら大人数でも、山の地形や森林は複雑で、探し出すのは容易でない。道路沿いでも、目撃情報がないか、小屋などに潜んでいないか探している。今となっては、連れ去られたほうがまだ救いはあるかもしれない。

 その一方で、女の子を捜すため、1人で山に入っていた20代のボランティア男性が一時行方不明となった。27日に、崖から落ちて怪我をしたという本人からの通報があり、彼の捜索も同時に行われていた。幸い今朝(29日早朝)発見され、いま病院で治療しているらしい。

               吊り尾根付近 H30.11.03

 昨年も山口県で、2歳の男の子が行方不明になった。あのとき、78才のボランティア男性(尾畑さん)が救出し、一躍時の人になった。昨年も書いたが、まともな道の無い山に単独で分け入って捜索するという、尾畠さんのようなことは、普通の人にできることではない。同じことをやってはいけなかった。

 尾畠さんの場合、つぎのような技量と実績があった。
 ①北ア単独縦走など高度な登山経験と知識、自己完結の生活技術
 ②毎朝8キロのランニングを欠かさない体力
 ③長年のボランティア実績にもとづく信頼される人柄
 この3つに加え、そのときの巡り合わせと運があって、はじめて「偉業」が達成できたのである。

 したがって、普通の人がいきなり捜索しようとしても、かえって迷惑をかけるだけである。今回もまさに、ミイラ取りがミイラになってしまった。水難事故もたいてい、助けようとした人が溺れ死ぬ。

 そうはいっても、善意で人助けをしようとした人を責めるわけにはいかない。とくに今回は20代の若者である。じじいなら、だれも心配しなかったであろうが。

京都アニメ放火殺人

 日本でも大量殺戮ができると思われてしまったことが恐ろしい

 京都アニメが放火され、70人もが重いやけどを負い、うち35人が亡くなるという大惨事が発生した。日本の単独火災で、これだけ死者の発生した記憶がない。昨年の相模原殺人事件でも、19人である。
 国民からは、犯人に対し極刑を要求するコメントが多い。
                犬刺客
 だが犯人の放火行動から、これほど大惨事になるとは、誰も予想できなかったはずである。刃物やピストルで、人を殺すには抵抗があっても、ガソリンをまいて火をつけることは比較的たやすい。犯人にしても、まさか34人も亡くなるとは思っていなかったのではないか。死者数は、あの地下鉄サリン事件の3倍近くにもなる。
 そして今度の事件で、もっとも悔いの残るのが屋上へ通じるドア前の悲劇である。ここで34名中19人が亡くなってしまった。専門家の話では、先頭の人がドアの開け方を間違えたため、外へ出られなかったらしい。瞬時のことで、パニックになっていたのだと思う。

 結果として、大惨事になってしまった。
 恐ろしいのは、銃や爆弾、毒物規制をいくら強化しても、大量殺戮ができると思われてしまったことである。人の多く集まるところに、ガソリンを積んだダンプカーで突っ込んで火を放てば、ひとたまりもない。
 おそらく世界中(とくに北朝鮮)のテロリストが、脆弱な日本の民間施設に狙いを定めている。

長男刺殺事件

 ニートや引きこもりを大問題と思っている日本は、なんと幸せな社会であろう

 東京練馬区で、76才で元農水省事務次官だった人が、44歳の長男を刺殺した事件があった。報道によると、引きこもり気味の長男は家庭内暴力もあったという。当日は、近くの小学校で運動会があり、長男はその音がうるさいと腹を立て、口論になり殺人に及んだらしい。

 川崎連続殺人が起こったばかりで、父親にとってみれば、よからぬことが浮かんだのかもしれない。ほんとに長男が、運動会場に乗り込んで無差別殺人したら、それこそ家族はいたたまれない。無差別に子供を殺す犯人の家族より、自分が殺人犯になったほうがいい。「合理的」な判断が働いたのであろうか。逮捕された76才父親の表情を見ても、なにかほっとしているように見えた。

               仏舎利塔 H30.11.18

 TVの識者・コメンテーターは、きれいごとしか言わない。「何があっても殺人はダメ」、「引きこもりが無差別殺人となる確率は低い」、「行政は具体的な対応を考えるべき」、「引きこもりの人が安心できる居場所を提供すべき」など、結局何をしたらいいのかわからない。警察は事件が起こらなければ対応してくれない。行政府のトップだった父親でも解決できなかったように、これまでの例から行政の相談はいかにも頼りない。近親者だけの対応では限界がある。 
 といっても、何とかしなければならない。他人事ではない。なにしろ日本には、20~50歳代のニート・引きこもりが100万人以上いる。周辺の家族を入れると、およそ20軒に1軒はこのような問題を抱えている。
 
                CH47JX1 ヘリ H30.10.21

 ではどうしたらいいか。2つのシナリがある。
 ひとつは強制的に社会参加させる。
 たとえば昨日、つぎのようなニュースが入った。政府は6月に閣議決定する「骨太の方針」の「就職氷河期世代支援プログラム」で、今後3年間に30代半ばから40代半ばの正規雇用者を30万人増やすとの数値目標を明記するという。これだけの人数が自衛隊に入れば、日本の防衛力は増強される。これから不況が予想される中、国産兵器の開発にも数兆円規模の予算をつけたい。

 もう一つのシナリオは、逆にとことん貧乏になることである。10月の消費増税をきっかけに、日本が大不況に陥る。国民の半分以上が失業し、年率100%のインフレになって国民の貯蓄が激減する。日本で餓死者がバタバタ出るようになれば、ニートや引きこもりなどという、贅沢な問題はどこかへ飛んで行ってしまう。
 そう考えたら、ニートや引きこもりを大問題と思っている日本は、なんと幸せな社会であろうか。

無差別テロ

 ニートや引きこもりが軍隊に入って所得を保証されればテロ事件は激減する

 今月28日の朝、川崎市の路上でカリタス小学校の生徒ら19人が、包丁を持った男に襲われ2人が亡くなった。小学生と、40才前後の保護者の一人が亡くなるという、大変痛ましい事件であった。
 あれだけ厳重な保護の中で、包丁だけで20人近く殺傷できるのには吃驚した。

 20年前に、大阪の池田小学校で児童8人が殺害された事件を教訓に、日本の学校では「厳戒態勢」が取られている。多くの学校では、出入り口を限定し警備員がつくようになった。学校の出入り口には、「用の無い人お断り」の立札があり、用があっても入りにくい雰囲気が漂っている。

 とくに、今回被害のカリタス小学校では、スクールバスまで用意していた。さらに生徒が乗車するまで、保護者や先生が見守るという、最高レベルの厳戒態勢を取っていた。これだけ対策して事件を避けられないのなら、もうなすすべがない(対策していなかったらもっと多くの事件が起こっていた可能性はあるが)。
 犯行を起こす意志を持った者がいれば、尋常な手段では防げない。

                 安部の生命

 だが、じつは今回のような殺人事件は、(ある程度の大きさの国のなかで)日本は世界で最も少ない。日本と比較した人口当たり殺人は、韓国2.5倍、ドイツ4倍、フランス5倍、アメリカに至っては20倍近い(2016年度)。そのため日本以外の国では、金持ちと貧乏人の居住区を完全に分けている。
 だから、日本で今回のような事件が起こると、大きく報道されるのである。

 言い古されたことながら、原因の根幹は貧富の差である。宗教の違いによるテロ事件も、自分たちが虐げられていると感じたほうが、豊かな方を攻撃する。裕福なテロ犯人も、貧しいものの心情に立っている。心豊かな金持ちは喧嘩しない。これまで日本で殺人事件が少なかったのは、比較的平等社会で、我慢強い国民性だったからである。
 今度のような事件が続くようなら、平等社会が崩れつつあるということになる。金持ちは報酬を辞退するか、常に首を洗っておかねばならない。

 また、人はなにかのグループに属していれば、なんらかの社会的規範が働く。ヤクザにしても、孤独な者より100倍マシである。ざっとみて、一番適しているのは軍隊である。日本のニートや引きこもりは全員徴兵したい。かれらがみな軍隊に入って、年収1000万円の所得を保証されれば、日本のテロ事件は激減する。

高齢者の運転事故

 事故の責任は運転者と同じくらい、自動車メーカーにある

 また、高齢者の運転による死亡事故が発生した。東京池袋で、87歳男性が運転する乗用車が暴走し、横断歩道で歩行者1人、つぎの横断歩道までに9人をはねた。その後、交差点から出てきたごみ収集車と衝突したという。この事故では10人が怪我、そのうち3歳の女の子と30代母親の2人が心肺停止で病院に運ばれ、その後亡くなった。そのほか重傷者が数名で、87歳運転者も病院に運ばれている。

 現場写真を見ると、最後にぶつかったゴミ収集車がひっくり返り、運転車のフロントはグシャグシャに潰れている。これは相当なスピードが出ていた。
 まだ原因は良く分からないが、これまでの高齢者の事故の原因内容から見て、アクセルとブレーキの踏み間違い、あるいは運転中に意識がなくなったのであろう。先月私が被害を受けたときも、相手の老人が運転中、意識を無くしたからであった。
 このように、身の回りで高齢者の事故が増えている。

              事故② H31.3.18

 現実には、16〜24歳の若者が事故を起こす確率は、65歳以上の中高年層の2倍を超している。高齢者の事故の割合が高まっているのは、高齢者の数が大幅に増えたからである。だから高齢者の事故は目立つし、年寄りが若者や幼児を痛めつけることは、社会的に受け入れがたい。

 また、若者が起こす事故と、高齢者の事故では本質的な違いがある。若者の場合、勢い余ったもので、高齢者が起こす事故は衰えからくる。だから若者の事故は、矯正・訓練すれば防げるが、高齢者は運転を辞めるしかない。或いは、自動車の方で安全装置を設ける。
 私自身も事故に遭ってから、自分が加害者になることを考え、自動ブレーキ付きの車を購入した。

 ほんとは、事故の原因は運転者と同じくらい、自動車メーカーにあるはずである。人は必ず間違う。ぶつからない車、ぶつかっても相手が怪我しない車をつくるのが、メーカーの務めではないか。高額な自動車税はどこに消えていたのか。そのような声が全く起こらないのが不思議である。技術的には容易な自動ブレーキ車でさえ、やっとこさ標準装備された。
 いまでも日本だけで毎年3000人、多いときは1万人以上亡くなっていた。こんな殺人マシンを平気で許容し、圧倒的に死傷事故の少ない原発を拒否するのも大きな矛盾である。

新車購入

 もらい事故のおかげで大量出費をする羽目になってしまった

 先日の事故で車の大修理が必要になったので、思い切って新車を買うことにした。まだ10年そこそこで走行距離5万キロ。廃車にするには惜しい。だが、いちど前輪のひん曲がった事故車で高速道路を走るのは怖い。

 それに私の残りの年齢を考えたら、運転するのはあと10年。高齢になると今の車のままでは危ない。私がぶつけられたように、私自身が加害者になる恐れがある。車を動かす時、前後に子供がいたらとんでもないことになる。崖から転がり落ちる可能性もある。
 そこで「最新?」の、自動ブレーキ付の車を購入することにした(今の新車はほとんどそうなっているらしい)。

                危険な赤い車

 しかし、いざ営業担当と話をすると思ったようにはいかない。
 これまでのヴィッツは、助手席に荷物を置く場合、飛び出さないように板を引き上げるようになっていた。非常に便利だったのが、今度はないらしい。その代わり、電子制御のわけのわからない機能がたくさんついている。また、崖から落ちるのを防止する機能はないようだ。
 それに、前の車で夏タイヤを交換してまだ1年しか経っていない。冬タイヤだけでいいと言っても、新車にタイヤはつきものだと言われた。

 トヨタの車といえども、細かいところで規格大量生産の名残が消えていない。営業マンの融通性がないのか、業界全体がそうなのかはわからない。
 それにしても、もらい事故のおかげで大量出費をする羽目になってしまった。

交通事故②

 このペースなら今度事故が起こるのは私が85才の頃である

 これまで自動車の運転45年の中で、人間相手との事故は4回あった。幸いにも人身事故は一件もない。

 1回目は、車を乗り始めて間もないころ。優先道路を走っていたら、突然脇道から飛び出した車のどてっ腹にぶつかってしまった。こちらの車は、角に少々傷がついたくらいであったが、相手の高級車は、右ドアが派手にへこんでしまった。
 なぜか、こちらの保険で修理する羽目になった。
 
 2回目は30年ほど前、信号機のある十字路を右折しようとしたところ、突然自転車が横断歩道に突っ込んできた。急ブレーキをかけたところ、後続車に大きくお釜を掘られてしまった。これは相手の保険で修復してもらった。

              事故①H31.3.18

 3回目は15年ほど前、以前の新車を購入して数か月のことである。図書館の駐車場の中で、後を見ずにバックしていたら、後続の車にぶつかってしまった。大したキズではなかったが、双方の修理代合わせて10万円ほどかかった。かすり傷でも、人のお金だと思い切りふんだくるのが厭らしい。保険は使わなかった。

 そして4回目が、先日の事故である。
 こうしてみると、車同士の事故は、ちょうど15年おきくらいに起こっている(もちろんこれ以外に、電信柱や交通標識、柿の木などにぶつかったことはある)。まさに、災害は忘れた頃に起こる。
 このペースなら、今度事故が起こるのは私が85才の頃である。さすがにそのときは、自動運転車が普及しているに違いない。

交通事故

 もしこれで事故死でもしていたら、あの世から呪い殺したであろう

 昨日、運転歴45年の中で、最大の交通事故に見舞われてしまった。と言っても、車輛が破壊されただけである。左手の親指を突き指したくらいで、人体の損傷はないようだ。不思議なことに、相手の老人もピンピンしている。

 事故は12時30分、県道229号線(旧国道8号線)の今市付近を南下していたところで起こった。突然反対車線から、中央線を越え白い軽乗用車がふらふらと、こちらに向かってきた。やばそうなので、必死で左に寄ってみたものの、縁石に阻まれてしまう。これはやられる、と思った瞬間、相手の車の右前が、こちらの右前のボンネットの方から、ドスンドスンとぶつかり、後のタイヤあたりで止まった。こちらの車は、左側の縁石に乗り上げてしまった。

 しばらく呆然とし、ふと相手の車を見ると、運転席にはだれもいない。恐るおそるドアを開けると、高齢の男性がボーっとしている。なにが起こったかわからないらしい。自分の車は、右側全体が思い切りりぼこぼこになっており右前輪がおかしく変形している。相手の車は右側のボンネットが食い込んで、エンジン部がむき出しになっている。もちろんどちらも自力では動けない。
 目の前にあったディーラーの人が出てきて、老人を店にいれ話をしてもらった。運転しているとき気分が悪くなり、気がついたらぶつかっていたという。鯖江の病院から、福井の競輪場へ行く途中らしかった。

              事故② H31.3.18

 そこから、警察やら保険会社、車のディーラーなど、20本くらい電話でやり取りし、レッカー車が来たのが、事故から1時間以上経ってからである。困ったのが、代車を手配できないことであった。車がないと移動できない。保険会社に連絡したら、そちらで何とかしろと言われた。目の前にあるマツダディラーで借りようと思ったら、事故相手の息子さんが来られた。謝ってもらえたので、とりあえずの訪問先と、最寄りの駅まで送ってもらった。

 お互いそれほどスピードを出していなかったのが、不幸中の幸いであった。それに私が左に避けたからこの程度で済んだ。相手の車も、私の車にぶつからなかったら、つぎの車と正面衝突していたかもしれない。
 つくづく高齢者は、自動ブレーキ車限定にすべきである。いや自動運転車でなければならない。


 そもそも、なぜそんな時間帯に、私があの通りを走っていたのか。
 重箱の隅をつつき回る優秀な人たちのおかげで、意味のない印鑑を貰うためであった。もしこれで私が事故死でもしていたら、あの世から呪い殺したであろう。死ななくても、大損害であった(結局廃車にして新車を購入する羽目になった。こうなると、いくら事故の責任がなくても保険会社は一部しか補てんしてくれない)。

コカイン

 麻薬と同じ効用を持ちながら副作用のない薬物を開発したい

 タレントのピエール瀧さんが、コカインの接種で逮捕・送検された。人気俳優だっただけに、出演を予定していた番組や過去の映像処理など、業界は大騒ぎである。

 コカインは、覚せい剤と同じような作用をするという。末端価格はざっと10倍で、効能時間は30分と覚せい剤の3時間に比べ短い。覚せい剤と異なり注射の跡が残らないため、お金のある人ほど、コカインに走りやすいらしい。

 もちろんコカインは、れっきとした麻薬である。中枢神経に作用して精神を高揚させる働きをし、快感を得て一時的に爽快な気分になるという。効き目が短いため、何度も摂取するうち強い依存症に襲われるらしい。またコカインの過剰摂取は、心疾患および脳損傷を引き起こす。一方で、局所麻酔として用いられることもある。

              妖しい花弁

 ただどんな物質も、量が大きく影響する。コカインや覚せい剤、大麻などの「麻薬」とお酒の違いは、その量と質である。酒も麻薬の一緒であるが、覚せい剤のように1gでは中毒しない。
 人々が麻薬を使うのは、気持ちが昂ったり創造力が増すなどの「効用」があるからである。その効用は誰にとっても好ましい。副作用が問題なだけである。

 したがって、麻薬と同じ効用を持ち、かつ副作用のない薬物があればすべて解決する。それがあれば恐ろしい薬物に手出しをしない。北朝鮮が麻薬を輸出し、核ミサイルを開発することもない。発明者には、10回くらいノーベル賞を与えたい。
 出現しないことが不思議である。原理的に不可能なら不可能と言ってもらいたい。

 
 それでも、そんな理想的な薬物ができても、みなが飛びつくとは限らない。人はリスクが大きい危険な匂いのするものほど、引き付けられるからである。

安田氏バッシング

 帰国した途端逮捕されたら、安田氏に対する国民的バッシングも和らいだはず

 3年半前にシリアで拘束された、フリージャーナリストの安田純平氏が解放され、先日帰国した。拘束中は、水浴びができなかったり狭い場所で監禁されたり、ひどい虐待を受けたという。監禁場所が特定されることを恐れ、日本人であることや実名を明かすことは禁じられていたともいう。
 安田氏の解放・帰国について、いくら行動に問題があっても、長年人質になっていた同胞が解放されたわけであるから喜ばしいはずである。本来なら今ごろは日本中が歓喜に沸いている。

 大方のマスコミの記事は、比較的冷静に取り扱っている。好意的ともいえる。考えてみれば、いくらフリーと言えど安田氏の仕事は、記事を書いてマスコミに販売することである。いわばマスコミの仕入れ先である。その仕入活動の一環で拘束されたのであるから、責任の一端はマスコミ自身にある。マスコミが安田氏の問題行動を咎めることは、自らを否定することになってしまう。そのため、「識者」のコメントを引用するなど、必死に「自己責任論」をけん制している。
 たしかに誰も知らない悲惨な状況を、世界に紹介することには意義がある。そのことで救われる命があるかもしれない。

              三途の川

 しかし国民の間では、そのような声はまったく聞こえてこない。安田氏へのバッシング、自己責任論が飛び交っている。とくにネットでは、擁護論はほとんど見られない。

 ≪どの面さげてノコノコと、って表現がピッタリ≫
 ≪日本人誘拐の相場が決まってしまったことが大問題。≫
 ≪大変だった感をアピールする為に髭もそらず髪の毛もボサボサにしているのでしょうか≫
 ≪日本にはまだまだ沢山被災されて大変な生活をされている方もいます。あなたの身勝手な自業自得の行動やテロ犯に渡った資金を思うとお風呂に入らなかった、狭い所にいたなど、誰も同情などしません。≫
 ≪今回の一件で他国に大きな借りを作った上、世界中のテロ組織に対して日本人を拉致れば第3国が金を出すことが証明された≫

 これだけ厳しいコメントが並ぶのは、今回明らかに3億円以上の身代金を支払ってしまい、これからの身代金ビジネスを助長するようになってしまったからである。不用意に野生動物に餌付けし、鳥獣被害を加速させるようなものであった。
 もっと悪いことには、安田氏の誘拐が、いかにも自作自演のように見えることである。

 さらに現代社会では、わざわざ記者が危険地域へ行かなくても、現地の住民がSNSで詳しい情報を発信してくれる。むしろ胡散臭いジャーナリストの見聞きしたものより、よほど信用できる。
 そもそも日本国民には、そんな情報に対するニーズがない。あったほうがいいとは思うが無理に押し付けてはいけない。

              天国への花 H27.8.3

 ではどうすればいいのか。
 安田氏のような行動をとる人には、何らかの罰則を与えるべきである。明らかに彼自身の意思で国民に迷惑をかけているからだ。一定地域への渡航禁止など、法律を無視したものが刑罰を受けるのはあたりまえである。すべての自由には制限がつきもので、蛮勇と勇気は異なる。社会人はその程度を見きわめる必要があるはずだ(だから大麻吸引や飲酒運転は罰せられる)。

 今回、もし安田氏が帰国した途端逮捕されたなら、逆に政府批判が高まり、安田氏に対する国民的バッシングは和らいでいたのではないか。私が安田氏の立場ならそのほうがいい。日本の刑務所は、拘束生活に比べたら天国である。

大阪逃亡犯

 これからあと半世紀、逃亡生活を続けていけたら英雄になる

 大阪の富田林暑から樋田淳也容疑者が逃走して、1か月ほど経過した。これから容疑者はなにをしようとしているのか。普通に考えれば、あれだけ面が割れた状態で、狭い日本にいつまでも隠れていけるはずはない。また名前を隠して潜んでいても、そんな生活が楽しいとはとても思えない。

 逆に刑務所に入りたがる人もいる。不況になって働き口が無くなると、わざと窃盗して逮捕される。生活保護申請できないのか、面倒臭いのかわからないが、刑務所生活の方がいいらしい。3食昼寝付きで、病気になったら医者にかかれるし、最後も看取ってもらえる。老い先短い高齢者に多い。

            雪隠詰め H30.6.16

 しかし樋田容疑者はまだ若い。若い人にとっては、いくら逃げ回っていても、娑婆のほうが刑務所よりいいのだろう。入ったことがないのでよくわからないが、刑務所で毎日、単調な決まりきった生活しかできないのは地獄である。私は毎月1~2回、横断歩道での交通整理を行う。その単調な1時間は、責め苦である。とても1日は耐えられない。

 もっとも容疑者が、これから何十年も逃げ回れるとは思えない。海外脱出して一旗揚げても、だいたいばれる。半世紀も逃亡生活を続けていけたら、大したものである。そのころは娑婆にも飽きる。80才になれば、自ら窃盗で逮捕され堂々と刑務所に入る。そこまでいったら英雄になるであろう。

ボランティア救出

 普通の人が同じことをやれば迷惑をかけるだけ。われわれは自分のできることをやればいい

 一昨日、山口県で行方不明になった2歳の男の子が、3日ぶりに見つかったことで、日本中が胸をなでおろした。78才のボランティア男性(尾畠春夫さん)が救出したという。早朝6時半ごろ、名前を叫びながら斜面を登っていたとき、幼児の声が聞こえ、岩の上に座っている理稀ちゃんを見つけたらしい。探し始めてから、20分ぐらいしか経っていなかったそうだ。

 なにも、警察や消防隊の160人体制での捜索がムダだったわけではない。この2日間の捜索があったからこそ、ポイントを絞ることができた。いくら経験豊富でも、最初から探していたら短時間ではわからない。警察も、脱走犯を探すのと同じくらいの人数(3000人)なら見つけたと思うが。
 また、理稀ちゃん祖父のへらへらしたインタビューを責めるコメントもあった。TVで見る限り、祖父はもともと、悲しい表情ができない顔の造作である。なにもいい加減な気持ちでインタビューを受けていたわけではないと思う。

 一方この件では、理稀ちゃんを見つけた尾畠春夫さんに、賞賛の声が集まっている。たった20分で発見したこともさることながら、これまで10年以上ボランティアで日本中の現場を駆け回ってきた、いままでマスコミに出なかったタイプである。まさに国民的ヒーロー、我々じじいのあるべき姿の見本である。
 彼は65歳で鮮魚店を辞め、残りの人生を社会にお返しさせてもらおうと、全国各地で車中泊しながらボランティア活動を行ってきたという。先月は、広島で水害に遭った家の泥掻きをして、前日に山口の理稀ちゃん行方不明事件を聞いて飛んできた。
 このかっこよさにあこがれ、多くの人が同じような活動を始めるのではないか。

              じじいのトイレ H29.9.10

 しかし、まともな道の無い山に単独で分け入って捜索するという、尾畠さんのようなことは、普通の人にできることではない。絶対に同じことをやってはいけない。

 尾畠さんの場合、つぎのような技量と実績があった。
 ①北ア単独縦走など高度な登山経験と知識、自己完結の生活技術
 ②毎朝8キロのランニングを欠かさない体力
 ③長年のボランティア実績にもとづく信頼される人柄
 この3つに加え、そのときの巡り合わせと運があって、はじめて「偉業」が達成できたのである。

 したがって、一般の普通の人がいきなり捜索しようとしても、かえって迷惑をかけるだけである。胡散臭さがられて誘拐犯人にされるか、自分が遭難してミイラ取りがミイラになる。われわれは、自分のできることをやればいいのである。まず第一に、自分と回りの人の生活である。

 もっとも高齢者が捜索に入って行方不明になったとしても、理稀ちゃんほど心配する人はいない。効率の悪い「じじいの決死隊」としてバカにされるだけである。

タイの洞窟救助

 冒険少年たちを救った温かいタイ国民の人柄は、世界中を虜にする

 タイのタムルアン洞窟に閉じ込められていた少年たち13名が、無事救出された。行方不明から18日目である。世界中がほっとした。
 雨季で冠水が増える。洞窟内の酸素も薄くなり、時間との戦いであった。脱出するには多くの起伏を越え、雨水がたまった場所は潜水しなければならない。空気ボンベを付き添いのダイバーに渡し、狭い空間をすり抜けるという難路である。

 今回幸運だったのは、まず世界有数のプロダイバーに発見されたことである。
 少年らのいたところは、洞窟の入り口から5キロも奥で、発見するのも大変である。いるかどうかわからないのに、決死の覚悟で5キロもの厳しい洞窟内を探索したのである。訓練したプロダイバーでも危険を伴う。現に今回の救出作業中、元特殊部隊のダイバー1名が亡くなっている。

              円満仏

 そして、今回の事件報道で世界を感心させたのは、タイの国民性である。このような事件が起こると、日本では必ず「勝手に洞窟に入っての遭難は身勝手だ」、「自己責任だ、放っておけ」という声が大きくなる。福井でも2004年、冬の大長山で関西の学生が遭難したときは非難轟々であった。中東でボランティアが3名、テロ組織に拘束されたときも、自己責任論が主流であった。

 しかし、タイではそのような声は少なく、ほとんどのタイ国民は少年たちを責めることなく無事を祈っていた。救出のため洞窟からの排水で田んぼが冠水してしまい、田植えのやり直しを強いられた農家からも、愚痴めいた話は聞こえてこない。
 このような温かい国民の人柄は、世界中を虜にするであろう。もっとも、閉じ込められたのが少年だったこと、日本のメディアが事実を報道していない可能性は大きいのだが。

            雪隠詰め H30.6.16

 このような行方不明事件は、たいていの場合、かなりの確率で行方不明のまま片づけられる。世間が忘れたころ、洞窟内で悲惨な光景が繰り広げたあげく、全員が亡くなる。その後不明者たちの白骨死体が発見される。そのときはじめて、人々はかって行方不明事件があったことを思い出すのである。高校の生物部員だったころ、10匹以上いたハツカネズミの世話を忘れ、共食いで無残に変わり果ててしまった飼育かごの始末が忘れられない。
 つまり事件にならない悲惨な出来事は、この洞窟事件の何十倍もある。北朝鮮による拉致は、その典型例であった。

自白の強要

 世間は、日大監督とコーチが全面的に謝罪するまで追及の手を緩めない

 タックル事件を受け、日大アメフト部の会見があった。1回目は、直接タックルした日大の学生、つぎにその監督とコーチ、3回目に日大の学長である。

 直接タックルをした学生の会見では、やってしまったことを真摯に謝罪・反省し、そのうえで、コーチの指示があったことを暴露。自身は、アメフト部を退会するなど、終始低姿勢であった。世間のほとんどは、この学生の会見を評価し、概ね好意的な論評が多い。「被害」に遭った関学アメフト部や怪我をした学生の家族からも、寛大な処置を求める声が上がっている。

 一方、日大監督・コーチの会見では、マスコミの好意的な態度は一変した。
 会見で、内田前監督は直接の指示は出していないと述べた。コーチの方は、指示は出したがあそこまでやるとは思わなかったという。おそらくそれが本音であろう。監督・コーチからみると、選手の性分を考え、やや大げさな指示を出す。前代未聞のタックルになり、ここまで騒ぎになることは想定していなかった(していたらあそこまで具体的な指示は出さない)。

 日大学長の会見でも、監督からの反則指示など、核心への明言を避けた。内田氏がアメフット部に再び関与する可能性については「勝手に判断できない。学生の意見を聞いてから」と、あいまいであった。
 これらの真実が何かはわからない。誰にもわからないであろう。
 それでは世間は納得しない。

            ちがう桜が H27.4.19

 問題なのは、世間やネット世論が押しなべて、日大監督とコーチが具体的に関学の選手に怪我を負わせるように指示を出し、学長がそれをかばっているというストーリーを、かたくなに押し通そうとしていることである。監督やコーチの言動が、少しでもそれに外れてはいけない。「被害者」である関学アメフト部や、けがをした学生の親も、「真実を語ってもらいたい」と、暗に「自白」を強要している。マスコミ報道もそれに加担し、日大が学校ぐるみで傷害事件をもみ消そうとしているように印象を、世間に与えてしまった。

 日大の監督とコーチが全面的に悪かったという「真実」を白状するまで、追及の手は緩めないのであろう。事実かどうかは関係ない。いま、ほとんどのマスコミや知識人は、全面的に日大上層部を悪者にしている。一部反論する人がいたら、あっという間に炎上する。 
 まさに一億火の玉で負け戦に突っ込んでいった、大東亜戦争前の空気を彷彿とさせる。



 モリカケ問題で、些細な事象にうつつを抜かす野党やマスコミも、同じ穴のムジナである。些末な出来事を針小棒大に取り上げ、自ら作ったストーリーで、善良な人たちを極悪人に仕立て上げる。
 ただこちらは、ネット情報を中心に、下手な扇動に踊らされないコア市民が頑張っている。踊っているのは、TVや新聞に洗脳された人種、TV漬けの惚け老人ぐらいである。

タックル負傷事件

 一部だけを見て真実を特定し、一方的につるし上げるやり方はいかにも乱暴である

 アメフトの関西学院大の選手が、日大との定期戦で悪質な反則行為により負傷したことが大問題になっている。スポーツ庁長官も乗り出した。「被害」に遭った関西学院大は記者会見で、「ルールを逸脱した行為を監督・コーチが容認していたと疑念を抱く」と批判した。さらに、「本人がこのことについて、真実を話すことが彼の人生のためにも必要だと思う」と述べたという。

 たしかに問題の場面を見ると、無防備な関学の選手の背後から、いきなり日大の選手が飛び掛かっている。これではひとたまりもない。起こったことは「事実」に違いない。TVのコメンテーターや「識者」の話では、こんなことは前代未聞だそうだ。これを日大の監督がけしかけたという話も真実味を持って飛び交っている。
 その中心人物である日大監督が一切顔を見せないことが、世間の日大バッシングに輪をかけている。このままでは、日大監督が関学の選手を潰すよう指示を出したと疑われても仕方がない。

              青竹と水仙

 しかし、非難されているように、ほんとに日大監督が全面的に悪いのか。いま日本中のバッシングで、監督は出るに出られないのではないのか。ここまで日大側の印象が悪くなってしまうと、なにを言っても信じてもらえない。もしかしたら、2度と出られないところに追い込まれる、最悪の事態になる恐れもある。
 
 すでに述べたように、真実は一つではない。被害選手、加害選手、そして「加害選手」を煽ったとされる日大監督の思い、そこに至った経緯、すべて知っている人などいない。たとえば(奇想天外な話だが)、タックルされた選手が、「加害」選手の子供を殺害していたとしたらどうか。まったく話は変わってくる。少なくとも日大監督がどのように選手を煽ったのか、ほんとのことはわからない。コミュニュケーションの行き違いによる可能性も大きい。すべての事実は小説より奇怪なのである。

 なにも関学監督の鬼坊主のような御面相を見て、こんなことを述べているわけではない。
 目先に起こった、ほんの一部だけを見て真実を特定し、一方的につるし上げるやり方は、いかにも乱暴である。無実の犯人の自白を引き出そうとするもので、モリカケ問題で政権を追求する野党やマスコミの論調にも重なる。

 もちろんこの事件だけではない。犯罪容疑者というだけで、いかにも極悪人のように扱うマスコミやネット市民の言動すべてがそうである。さらに、いくら裁判で決着がつこうが、単なる人間様の事情でしかない。
 何度も言う。真実は一つではないのである。

流行語大賞

 どのようなものが選ばれるかは、選考者のセンス次第である

 毎年、年末になると、いろんな団体から「流行語大賞」なるものが発表される。なかで最も「権威」のあるのが、『ユーキャン新語・流行語大賞』である。

 その2016年大賞は、「神ってる」であった。その他トップ10は、「ゲス不倫」「聖地巡礼」「トランプ現象」「PPAP」「保育園落ちた日本死ね」「(僕の)アモーレ」「ポケモンGO」「マイナス金利」「盛り土」であった。
 2015年より前は、「トリプル3」、「爆買い」、「ダメよ~ダメダメ」、「集団的自衛権」、「今でしょ!」、「お・も・て・な・し」、「じぇじぇじぇ」、「倍返し」などが大賞として選ばれている。

             貧困女性 

 さて今年は、どのような言葉が大賞に選ばれるのか。ざっと予想してみよう。
 「貧困女性の実態調査」、「このハゲー」、「ちーがうだろー」、「・・・リーヌ」、「忖度」、「一線越えた」、「排除の論理」、「モリカケ」あたりか。いかにも、ネトウヨらしい選択である。

 今年はノミネートされた30語の中から、一般投票が行われる。そろそろ30語がノミネートされるはず。私の予想した言葉が、その中に入っているかどうか。入っていなかったら、選考委員のセンスが悪い。

テロ実行者の狙い

 欧米住民を重視した扱いは、貧困国にとっては我慢できない

 イギリスでテロ事件が発生し、7名が犠牲になった。つい先日、イギリスのマンチェスターコンサート会場での自爆テロ事件では、8歳の女児を含む22名犠牲になり、59人が負傷したばかりである。

 イギリスの2つのテロの合間に、アフガニスタンの首都カブールで自爆テロが起こり、これは80名以上が死亡、負傷者は350名に及ぶという。犠牲者の大半はアフガン市民とみられる。じつはカブールでは、今年1月と2月にも、議事堂や裁判所近くで、3月には警察署や国軍病院などでそれぞれ爆発があり、警察官ら計100人以上が死亡している。
 規模や継続性からいって、こちらの方がはるかに深刻である。
 
      羊の奇兵隊

 「先進国」から見ると、どちらのテロも理解に苦しむ。
 原因の根本は貧富の差である。世界中の情報が簡単に手に入る今、貧しい人が貧しさに我慢できなくなっている。さらに、自分だけが良ければという「民主主義」が世界正義としてまかり通ってきた。こんな状態でいくらテロ撲滅を叫んでも、テロをやろうとする人には馬耳東風である。
 
 マンチェスターでテロのあったとき、公演を行っていたアリアナ・グランデさんは、こんど被害者のためのチャリティコンサートを開くという。少なくとも200万ポンド(2.8億円)集めたいとし、そのお金はテロの被害者のために遣われるそうだ。直接の金銭補償だけでなく、欧米でのテロ事件はニュースでも大きく取り上げられる。亡くなった人の個別取材など、日本のメディアでさえ、扱い方はイギリステロの方が、圧倒的に大きい。

 このような、欧米住民を極端に重視した扱いは、貧困国の住民には我慢できない。
 だから、テロの本命は先進国である。テロ実行者にとっては、アリアナ・グランデさんのチャリティコンサートは、これ以上ない絶好のターゲットである。警備には、万全を尽くす必要がある。