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司法における人権

 いかに日本のやり方が生ぬるいのか。みながしっかり自覚しなければならない

 中国上海で一昨年、周近平の看板に墨をぶちまけ、その動画を公開した女性が公安に拘束されたことがあった。最近その女性が釈放されたあと、自宅の様子が動画で拡散され、世界中に恐怖と衝撃を与えている。
 その女性は、うつろな目でテーブルに座り、ひたすらスマホをいじっている。隣で母親と思しき女性が、嘆き悲しんでいる。この動画を視る限り、釈放後の女性は明らかに人格が変わり、廃人に近い。収容所で何かされたとしか思えない。脳細胞破壊の薬物を盛られたのではないかと噂されている。

 すこし前には、ウィグル人女性の悲劇をつづった「私の身に起きたこと」という漫画が、世の中を震撼させた。中国ウイグル自治区において、数百万人という「政治犯」が「再訓練施設」に収納され、悲惨な目に遭っている。ナチのユダヤ人撲滅に匹敵する、民族浄化と言っても過言ではない。

 これらは、事実のほんの一部である。世界のあちこちで、このような非人道的なことが、日常的に起きている可能性がある。

               ねねの祟り

 一方、日本の法制度はどうか。まるで反対で、容疑者の権利を重視しすぎる。
 つい最近も、企業を食い物にした大金持ちが、日本の生ぬるい司法を手玉に取り、中東に逃れている。そのあげく世界中のジャーナリスト相手に、言いたい放題の茶番劇を演じていた。

 たしかに件の大金持ちは、20年前、瀕死の日産を立ち直らせた。偉大な経営者であった。
 だがその後は、じり貧経営のなかで、ひたすら私腹を肥やすのに専念していた。むかし日産を再生したと言っても、数万人もの犠牲が払われた。数百人規模の自殺者も出ていたはず(ちょうどこの時期、自殺者が3万人の大台に乗っている)。
 人道的価値観からみれば、彼こそ極刑にすべきではないか。

 日本の司法制度では、彼のような極悪人に対してさえ、捜査手法が限定されている。おとり捜査や盗聴・通信傍受などができない。勾留中の待遇は、金持ちも貧乏人も平等である。保釈中も先進国ではあたりまえのGPSを装着しない、見張りが緩いなど、容疑者の人権に配慮しすぎている。射殺などしたら、徹底してマスコミに叩かれる。
 日本は、極刑にすべき人でさえ、簡単に逃亡させてしまう国なのである。

                いくぞネズミ

 すなわち中国も日本も、両極端なのである。
 中国は、1党独裁体制で何をやっても許される。これがよいほうに進めば、新幹線や原発のように開発が進む。逆に日本では、反対が多すぎて何も進まない。わずかの失敗で何十年も停滞する。いまや国力において、日本は中国の足元にも及ばない。


 ではどうしたらよいか。
 なにごとも、ものはほどほど。中庸が大事である。いまの中国と日本の間くらいがちょうどいい。その中庸政策を進めるためには、いかに日本のやり方が生ぬるいのか。みながしっかり自覚しなければならない。日本人は、少し中国政府の爪の垢でも舐めたほうがいい。
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ゴーン氏の逃亡劇

 逃亡者はぜったい許さない、恐怖の闇の手が及ぶということになれば日本も一目置かれる

 大晦日から正月にかけ、とんでもないニュースが駆け巡っていた。
 保釈中のゴーン氏が不正出国し、中東レバノンに高跳びしていたのである。日本を脱出するときは、クリスマスパーティの音楽隊を招き、大型楽器のケースに入っていたという報道もあった。まさに芝居じみた脱出劇である。

 一昨年ゴーン氏が逮捕されてから、海外から日本の司法制度に対する批判が相次いでいた。取り調べに弁護士が立ち会えないこと、長期間勾留などについてである。日本でも、「人権派」と言われる人や、なにかというと欧米のやり方を推挙する「出羽の上」も、検察を非難していた。

                くそネズミ

 しかし、日本には日本のやり方がある。大金持ちで強権力、強面のゴーン氏の仮面をはがし、悪事を明るみにしていくのは、通常の手段では極めて難しい。賄賂や脅迫、その他の圧力もある。それらを跳ね除けていくには、生半可なやり方ではできない。しかも日本では、おとり捜査や盗聴・通信傍受などができないなど、捜査手法が限定されている。保釈人にGPS発信機を装着するという、先進国で常識の措置も取られていない。もちろん、わざと逃がして銃殺することも不可能である。
 むしろ日本の司法制度は、容疑者の人権に配慮しすぎているのである(だから逃げられた)。

 それに、もし日本の司法制度が悪いとしても、特権階級の金持ちだけルール破りできるのは納得できない。そもそも法律上はともかく、富を蓄積したものは、何らかの形で他の犠牲の上に立っている。富に比例して、その罪を償わなければならないはずだ(貧乏人の論理)。少なくともゴーン氏は、人々を犠牲にして会社を太らし、己の食い物にしたのは間違いない。

 それにしても、簡単に海外逃亡するとは、日本の法曹界も舐められたものである。
 ゴーン氏の弁護士や出入国管理組織を信頼したことが、まったく裏目に出てしまった。逃亡先レバノンでは、ゴーン氏を日本に引き渡すことはないといっている。悠々とパーティを楽しむ映像もあった。やりたい放題である。

                闇ネズミ
 ではどうすればいいか。
 日本のメンツを保つには、永遠にゴーン氏を封じ込める。死んだと思わせることである(ほんとなら最高)。日本から逃亡したものには、かならず恐怖の闇の手が及ぶ。そうすれば、ロシアや中国・北朝鮮とおなじで、日本も一目置かれる。
 これくらいのことをしなければ、日本はいつまでも国際社会でバカにされつづける。

1票の格差問題

 この議論が重要であるなら、もっと本質的な国民的議論を起こすべきである

 年に何回か思い出したように、1票の格差問題がマスコミに取り上げられる。
 12月6日の福井新聞朝刊でも、「参院1票の格差訴訟 抜本見直しの約束果たせ」と題した社説が掲載されていた。

 記事では、今年7月の参院選における「1票の格差」訴訟の高裁・高裁支部の判決について述べている。16件の訴訟のうち「合憲」判断は14件、「違憲状態」は2件であった。2件とはいえ1票の価値の平等に疑義が発せられた意味は大きい、と主張している。
 すなわち社説で言う「抜本見直し」とは、明らかに1票の格差をゼロにすることである。世論を誘導することで、来年にも出る最高裁の統一見解をけん制しようとしている。

                1日2本 Ri.6.26

 しかし私は、この主張には全く同意できない
 私が「見直し」に反対するのは、そもそもなぜ1票の格差がいけないのか、まったく理解できないからである。いろんな見解を見ても、きちんと説明した理論にお目にかかったことがない

 たとえば、6日の社説にも一応、「選挙制度は民主主義の根幹であり、「法の下の平等」という憲法の精神を踏まえ不断の見直しが求められている。」と書いてある。だが、このような主張は、トートロジー(同義語反復)であって、同じことを表す言葉の無意味な繰り返しにすぎない。また日本国憲法のどこを見ても、選挙における1票の平等など謳っていない。

 いまや、1票の格差是正を巡る攻防は、ほんとに国民のための選挙制度をつくるのではなく、与野党間の議席数の奪い合いのためになってしまった。1票の平等を主張するのは、ほとんどが(日本社会を乱そうとする)左翼陣営である。

 きちんと納得さえできれば、私も1票の平等に与してもいいと思う。地域間格差をなくし、日本が豊かになるためにはどうしたらいいか。私は原理主義者ではない。
 この議論が重要であるなら、もっと本質的な国民的議論起こすべきである。

逆転人生

 親方日の丸の警察・検察は、いくら冤罪をつくっても自分の首は安泰である

 先日のNHK「逆転人生」では、ある冤罪被害事件を取り上げていた。寿司屋の主人が、駐車違反を咎められた婦人警官に対し、暴行を働いたという冤罪である。現場には大勢の目撃者がいた。暴行はなかったと証言する人がいるにも関わらず、19日間も拘留され、その間、警察官や検事から執拗な取り調べを受けた。あげく最後には、暴行を認めることを条件に、起訴猶予にしてもらったという。それでも、公務執行妨害で暴行し、逮捕されたという「犯罪歴」は残る。結果的に裁判に持ち込み、14年かけてその汚名を晴らす、という逆転人生である。

 むかし私の友人が逮捕された時も、警察のつくったストーリーを認めるまで、長々と勾留を解いてもらえなかったと言っていた。これまで世間で騒がれた多くの冤罪事件も、同じようなものである。

 警察・検察に限らず、多くの役所では、一度決めたことは覆したくない。「無謬性の原則」というのがあり、しばしばこのような理不尽な出来事が起こる。直接冤罪被害に遭った人ばかりでなく、その可能性のあるわれわれにとっても許しがたい。
 表に出ない冤罪被害者は、数えきれないくらい発生しているはずである。有罪とされる人の10%以上あるような気がする。TV放送のようにずさんな取調べが日常行われているなら、半分くらいあってもおかしくない。

                ひねミミズク

 では、なぜこんなばかなことが頻発するのか。
 警察や検察側の理屈はわからないでもない。犯罪者の流出防止である。
 たとえば企業の品質管理を考えてみよう。その場合、検査のミスは大きな問題である。品質検査は、刑事事件では逮捕後の警察・検察の取り調べに該当する(逮捕は抜き取り段階)。
 品質検査のミスには、つぎの2種類がある。
①不良品を良品と判断するミス
②良品を不良品と判断するミス

 企業において、①(不良品を良品と判断する)のミスは、お客に不良品を提供し、不利益を与えてしまう。お客離れを起こす、致命的なミスである。
 一方の、②良品を不良品と判断するミスはどうか。企業にとって、廃棄損は出るがお客に不良品が渡ることはない。不良品と判定されたものは、たとえ良品であろうと廃棄される。これが優良企業とされている。
 したがって、「優良企業」は、②より①のミスのほうを無くそうとする。②のミスはあまり表に出ない(モノやサービス自身は声を出さない)。

 そこで、警察や検察の取り調べにおいても、罪のない人を罪人とする(②にあたる)ミスを犯すより、罪人を無罪(①にあたる)とする方を恐れているのではないか。もし取調べのミスによって、悪質な罪人が放たれてしまったら、再犯による被害が発生する。現実には、そのことで治安が保たれている面もある。

 つまり好意的に解釈すれば、現在の取り調べ法は、冤罪人をつくるより、犯罪人を世に送ることの不利益を無くそうとしているのである。

               崩れ熊

 しかし、モノやサービスと異なり、冤罪被害者は人間である。いくら犯罪者を社会に流出させないからと言って、罪のない人が罪人の汚名を背負い、処罰されるのでは堪ったものではない。また企業にとっても、②のミスは利益を直撃する。こんなミスが続けば、あっという間に潰れてしまう。検査員は路頭に迷うから、②のミスも極力防ごうとする。

 それに対し、警察・検察は親方日の丸である。いくら冤罪人をつくっても、自分の首は安泰である。決して口に出さないが、本音ではそう思っている。
 現に平成30年に行われた、約30万件の裁判のうち、無罪となったのは130件しかない。今のずさんな警察・検察のやり方なら、毎年10万人以上の冤罪被害者が発生していると思われても仕方がない。被害者らが国を恨み、まともに仕事をしなくなって、本物の犯罪者に変身したらとんでもないことになる。すでになっているのではないか。

 したがって、人間様を対象とする警察・検察の取り調べにおいても、②(良品を不良品と判断する)のミスも無くす努力をしなければならないのである。

 どんな人や組織でも、ミスは必ずある。重要なのはそのミスを減らすようにすることと、ミスが発生しても大事にならないことである。そのために、いろんな知恵がある(このことは別な機会に)。

                  妖しい枯れ木

 もっとも、いまの警察・検察から裁判に至るまでの取り調べは、ミスと言うより悪意であるとしか思えない。それなら、彼ら自身を裁かなければならない。その仕組みをつくるため、グルになっている法相界を分断する。裁判制度の抜本改革が必要である。

 まずは、国民自身が冤罪を防ぐために、大きな声を上げ続けることである。TV番組のような理不尽なことが続けば、法曹界の人々の首が飛ぶ。つまり、彼ら自身が「逆転人生」を送る。そのことを、しっかり自覚していただく必要がある。

選挙結果

 日本の安全保障に対し、国民は米軍を許容するという現状維持を望んだ

 参院選挙は、玉虫色の結果になった。投票率が低いので、公明党や泡沫狂信的な党が躍進したことが特徴である。これでは改憲できない。

 すなわち安全保障に対して、国民は現状維持を選んだ。20兆円出して自衛隊を強化するより、日本を米軍の無法・占領地帯にしておくほうがよい。反日マスコミや活動家が監視しているので、米軍も目に余る行為はできない。これでも、中国に侵略されるよりはるかにましである

              徒歩部隊 H30.10.21

 棄権が多かったのは、有権者はいったいだれに投票していいかわからなかったからであろう。私自身も迷った。そこで、ネットで見つけたサイトで候補者を選んだ。憲法改正やエネルギー問題など、20項目の政策すべてを4択でクリックすれば、いちばん近い候補者と政党を探してくれる。私の望む政策にいちばん近い候補者は、選挙区が嶋谷昌美氏(N国党)、政党は幸福実現党であった。
 残念ながら、いずれも落選である。私の政策は、国民にまったく支持されていない。私の1票は、反対側に堕ちる日本の落下スピードを、ほんのわずか緩めることしかできない。


 今回は、山本太郎氏の率いる「れいわ新選組」が台風の目になった。かれが政治に参加して10年近くなる。俳優だから、言葉で人を動かすのは得意である。障碍者を前面に出すという「禁じ手」はいただけないが、やや政策は現実的になってきた。かれの原点である、原発に対する非道な姿勢さえ改まれば、保守層でも支持する人が出てくる。

選挙運動の電話攻勢

 小手先のテクニックで当選しても、政治家として大した仕事ができるわけではない

 選挙が近づくと、いろんな候補者の支援者から、票を入れてくれるように電話が入る。戸別訪問が許されていないため、電話作戦は重要な選挙運動のひとつである。もちろん私でも、電話を受けたときは色よい返事をする。電話口で政策論争などする気はないし、そんなことして長引いても困る。

 だが、電話を受けたからといって、その候補者に1票を入れた覚えはない。かえって、忙しいときに電話を取らせたという、マイナスのイメージが大きくなる。少なくとも私には、電話作戦は逆効果である。もし私が電話で投票を依頼したとしても、快く承諾してくれる人はそれほどいない。ムダ電話ばかりしている候補者を見るたび、こんな政治家に日本を任せていいのかと思う。

                オーム返し

 だが、どうせ電話するなら、もっとスマートにやったらどうか。
 直接投票を依頼するのではなく、クラス会や趣味の会、或いは地域の会合などの案内を兼ねる。もちろん最初から、それらの企画を、選挙期間に合わせておく。あるいは、候補者の参加する演説会やイベントを紹介する。候補者の名前は出さず、それとなく政策や心情に訴える。相手が察してくれればいい。ストレートに候補者の名前を出すより、倍以上の効果がある。

 もっとも、こんな小手先のテクニックで当選しても、政治家として大した仕事ができるわけではないのだが。

選挙前のフェイクニュース

 いっときの感情で投票するとあとで必ずしっぺ返しが来る

 選挙近くなると、政治がらみの出来事は、すべて選挙に影響する。そのため、政権側やマスコミの活動が活発になる。
 たとえば今日の福井新聞朝刊には、「プーチン政権 2島返還協議入りも拒否」と、一面トップに掲載されていた。新聞を開いて真っ先に見るところに、こんなことが書いてあれば、与党の票1%は減る。また、おそらく今週中に、こんどは年金からみのニュースが、反日新聞のトップを飾る。

 北方領土も年金も、急に出た問題ではない。北方領土は日本が武力強化しなければ解決できないし、高齢化した国民が働かなければ、年金問題は解決しない。大多数の甘い汁を吸っている人はじっと黙っている。こんなことは当たり前である。

                よく見ろ

 これで選挙結果がどう変わるか。
 著名ブロガーの藤原かずえ氏の分析によると、内閣支持または不支持の理由として、①政策、②政党、③他の内閣よりよさそう、の3項目が基本である。現在の安倍内閣の支持者では、常にこの3項目が、30%強ある。逆に不支持者はこの3項目の合計は20%程度である。これに、総理の人柄の良し悪しが、指示する人はほぼ5%程度であるのに対し、不支持層では10%から25%と、大きく変動する。

 したがって、印象操作だけで20%の浮動票が動き、選挙結果は大きく変わる。郵政民営化、民主党政権、小池知事などで懲りたように、いっときの感情で投票するとあとで必ずしっぺ返しが来る。
 大問題は、投票したくなる、まともな政党や政治家がいないことである。

相続手続き⑦  相続マニュアル(まとめ)

 相続に関して行うことは、ほぼ以下のとおりである

 被相続人の預貯金が、多くの金融機関に分散していた場合、まず「法定相続情報一覧図」を作る。でないと、そのたび関係者の戸籍謄本や住民票などを用意しなければならない。
 これをつくるには、市町役所へ行って必要書類の申請を行う。窓口の人や近くにいるアドバイザーは、たいてい親切に教えてくれる。それでも、以下に示す基本的なことを理解したうえで、手続きをすすめていったほうがいい。でないと質問することもできない。司法書士などに手続きを委託する場合も同じである。

                清い水 R1.6.25

①法定相続情報一覧図の作成(福井法務局5階、登記所)
  被相続人の、戸籍全部事項証明書(除籍謄本、改正原戸籍謄本)、住民票除票
  相続人全員の、戸籍謄本(親子関係がわかる)、住民票
  請求部数(遺言書検認用+不動産名義書き換え用+通帳書き換え用×金融機関数)

②裁判所による遺言書の検認(遺言書がなければしなくていい)
  申立書(裁判所HPよりダウンロード)
  遺言書
  法定相続情報一覧図
  収入印紙(800円)+連絡用郵便切手
  (戸籍謄本はすべてコピーし、原本は返却してもらえる?戸籍原本還付申請書)

③遺産分割協議書の作成
  (相続人の合意があれば遺言書は不要)
  相続人全員の実印と印鑑証明書が必要

④金融機関通帳の名義書換え、預金引きおろし(金融機関ごとに行う)
  相続確認票の提出(HPからダウンロード、必要書類のご案内)
  相続手続き請求書
  被相続人の預貯金通帳、届け出印
  法定相続情報一覧図
  相続人全員の、承諾書・印鑑証明書
    又は遺産分割協議書・印鑑証明書

⑤不動産の名義書換え
  所有権移転 登記申請書(法務局WEBからダウンロード)
  法定相続情報一覧図
  遺産分割協議書・印鑑証明書
  固定資産評価証明書
  登録免許税(収入印紙)
  
⑥厚生年金残金受給
  申請書
  厚生年金証書
  貰う人の戸籍謄本
  被相続人の住民票除票
  振込通帳 
   用意できたら、0570-05-4890(福井年金事務所)に予約する

 基本は、遺産分割協議書と、法定相続情報一覧図、印鑑証明書である。
 極端に言えば、あらかじめ遺産分割協議書をつくっておけば、遺書はいらないのではないか(法的にはどうか知らないが)。

 また、自分の戸籍は死ぬ前にはっきりさせておいたほうがいい。今回、父親の戸籍をそろえるだけで、福井市役所に3回、登記所2回、勝山市役所、と、何度も通うことになった。勤務している人にはハードルが高い。死ぬすこし前に、自分の戸籍謄本を揃えておければ理想である。

       

相続手続き⑥

 相続手続きをできるだけ簡単にするためのポイント

 父親の相続手続きが一段落した。思っていたほど難しくはなかった。だがきわめて面倒臭かった。取得すべき書類がたくさんあるので、右往左往する。その経験を踏まえて、私が亡くなったとき、相続人の負担をどう軽くするか考えてみた。

1.遺言書
 正式な公正証書遺言でなければ、裁判所の検認が必要である。それには関係者すべての戸籍謄本などが必要で、さらに申請してから検認されるまで1か月近くかかる。
 正式な公正証書遺言は、公証人役場で約3万円の費用(5000万円の財産の場合)と2名の証人(相続人以外)を連れていく必要がある。これもめんどくさい。めんどくさいついでに、そのとき「遺産分割協議書」を作っておき、押印だけで完成できるようにしておけるかどうか。それができれば、相続手続きはだいぶ楽になる。

2.相続税対策
 数年前から、「3000万円+相続人の数×600万円」以上は、相続税がかかるようになった。私が亡くなったときにややこしい税金の計算をしないで済むようにしたい。できるだけ通帳に現金を残さないようにする。死ぬ前の1年間、毎日片町で3万円も使えばすっからかんになる。というより、1年間も毎日片町で豪遊すれば、必ず死ねる。これこそ極楽往生である。

                説教

3.相続人確定のための書類集め
 不動産登記や預貯金の引き出しには、被相続人の(出生~死亡までの)戸籍謄本、相続人全員の戸籍謄本、住民票、印鑑証明書、実印などを揃える必要がある。被相続人に法定相続人がどれだけいるかどうかの確定のためである。めんどくさいが、移動を繰り返していない限り難しくはない。

4.遺産分割協議書
 書類はネットを参考に、見よう見まねで作ったが、書き方や印鑑の押し方など、細かいところで間違えた。その都度、印鑑を押し直す。登記などに使うには、相続人全員の実印が必要である。相続人が散らばっているので、書き直しのたびに印鑑や署名を書いてもらう。都度いちいち説明するのも煩わしい。
 そこで、死ぬ前に遺産分割協議書をつくっておけばいい。
 署名と実印を押しておけば、あとは印鑑証明が必要なだけである。これを被相続人が認めれば、遺言書もいらない。


 車の廃車手続きでも、すったもんだした。そこで手続きの代行を頼んだら、ますますわけがわからなくなった。相続手続きに限らず、この国は何かと手続きが多い。このことも、日本の生産性が低い理由のひとつである。

参院選挙

 そういえば、来週は参院選挙である。
 むかしは自民党への反発から、社会党を応援していた。さすがに実態がわかると、そっち系は敬遠するようになった。
 だからいまは投票先に困る。
 自民党には不満があるし、共産党のような外国応援党に入れるわけにはいかない。

                妖しい口

 と思ったら、「NHKをぶっ殺せ」という、シングルイシューの党が現われた。なによりNHKが、この党のために放送の時間枠を与えているのがおもしろい。
 この党の狙いはわかりやすい。だが、ほとんど受信料のことしか言わない(7,000億円のNHK料金より、3兆円の太陽光賦課金の方がはるかに多い・・・)。もっと具体的に、NHKの番組内容まで踏み込んでくれたら、私の1票は確実なのに。

日本国憲法の前文

 つぎはぎだらけの憲法を大事にする日本は、ゆで蛙になって昇天する

 6月30日の福井新聞「憲法へのまなざし4」では、「芸人」松元ヒロ氏が、舞台で憲法前文を朗読していることが紹介された。あるときその「芸」のあと、作家の井上ひさし氏が楽屋を訪れ、憲法は素晴らしい名文だと絶賛したという。井上氏は憲法に否定的な石原新太郎氏との論争のあと、松元氏の朗読を聞いて、あらためて感激したらしい。

 はたして憲法は、名文か悪文か。護憲派にとっては名文でも、改憲派にとっては悪文に思えるであろう。
 その前文は以下の通り。

≪日本国憲法前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、 われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって 再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに 主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。≫

                シカと見た R1.6.27

 恥ずかしながら、前文をじっくり読んだのは初めてである。600字余りのこの文について、私には名文か悪文かの判別はつかない。
 ただ、分かりにくいところがあるのは確かである。

 まず1フレーズ目に、≪そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。≫とある。
 これを、「人類普遍の原理」と勝手に決めつけていいのだろうか。日本は、単細胞の国民ばかりではない。他の選択肢も残すべきではないか。

 つぎの段落では、≪日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。≫とある。
 いくら、敗戦ショックで異常な精神状態に罹っていたとはいえ、この文言はあまりにも他人まかせでお人よしである。小学校の校歌ならともかく、こんなフレーズが日本を代表する憲法前文に載っていることが恥ずかしい。これでは「国際社会において、名誉ある地位を占め」られるはずがない。しかもこの文言は、つぎの段落の内容と矛盾する。

 最後の段落は、かなり踏み込んでいる。
≪われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。≫
 「政治道徳の法則」が何を意味するのかよくわからないが、この内容はまさに日本が自主防衛することを宣言したものと解釈できる。しかも一国平和主義を排し、世界の紛争解決に尽力することを誓っているのである。

 したがって、第2段落と第3段落の内容は矛盾しており、当然第3段落の解釈と9条の戦力放棄はまったく食い違っている。本文を見ても矛盾だらけであり、よくこんなつぎはぎだらけの憲法が、70年以上大事にされていたのか不思議である。このままでは日本は、ゆで蛙になって昇天する

憲法改正にむけて

 護憲と反原発は、敵対勢力を見破るための、わかりやすいリトマス試験紙である

 先週の福井新聞「憲法へのまなざし2」では、護憲の立場から、元文部次官の前川氏が持論を展開していた。彼のため大きく紙面を割くと言うことは、その論説が護憲派の代表とみなされているからである。たしかに前川氏の見解は、ほぼこれまでの護憲患者と変わらない。

 その主張のひとつは、「現行憲法は押し付けられたものでなく、正規な手続きで日本人が自ら決めたものである」ということであった。日本人は敗戦のショックに加えて、悲惨な戦争被害を目の当たりにしていた。さらにアジアを中心に戦火をもたらしてしまった。その深い反省に立って、今の平和憲法をつくったのだという。

                恨めしや

 しかし、だからこそ、現憲法は改めなければならない。
 当時の異常な状況での国民の総意が、いまだに続いているはずがない。あの時期、歴史始まって以来の「敗戦」ショックが日本中を襲っていた。国そのものが無くなるかどうかという、切羽詰まった状況だったのである。敗戦の「深い反省」以上に、当時の日本人はみなカストロフィーバイアスに罹り、日本中が異様な雰囲気に陥っていた。
 こんな状態での重要決定事項が、いまだに残っていることこそ不自然である。

 もっと重要なことは、現行憲法設立に携わった人は、いま生きている人ではほんの一握りしかいない。今の国民の大多数は、憲法設立に関わっていない。選挙を通してでも関わりがあった人は、すでに鬼籍に入っている。
 老境に差し掛かった私でさえ、憲法設立時には腹の中であった。生まれたとき当たり前のように存在していた日本国憲法は、世の中理解するにつれとんでもないものに思えてきた。この現存する国民の声が、握りつぶされている。


 ルールは守らなければならないが、それ以上にルール変えなければならない。
 少なくとも現憲法の賛否は、いま生きている大多数の国民に問いかけるべきである。信任投票でもいい。
 それを封印するのは、なにか別の魂胆があるに違いない。共産勢力は、日本国民のバイアスを悪用して、護憲と反原発を強固に推進している。もちろん国力を落とすためである。護憲と反原発は、敵対勢力を見破るための、わかりやすいリトマス試験紙である。

                牛のケツ

54字の物語
 中国人民解放軍が侵略を開始し、沖縄から九州に上陸した。日本の9条信奉者はすぐ降伏して、中国軍の手先になった。

相続手続き⑤

 遺言書を書くより、いきなり「遺産分割協議書」を作ったほうがわかりやすい

 ようやく、不動産登記と預貯金引出手続きが終了し。父の相続が一段落した。
 はじめての手続きだから書類不備が多く、何回か書き直しが発生する。そのたび遠くの相続人に説明したり印鑑を貰う。ややこしいので頭の中が混乱する。また今回、あちこちの市役所や裁判所、登記所、年金事務所、金融機関など、20回も駆けずり回った。

 その一つに、家庭裁判所で遺言書の検認手続きがある。
 先月申請を行ってから20日以上かかった。おかげで、その他の手続きがストップしてしまった。正式に遺言書の内容を確認してから、相続人間での「遺産分割協議書」を執行しようと思ったからである。その間、法務局への不動産登記や金融機関からの預貯金引出ができない。

              裁判所 R1.6.12

 1か月近く待たされたので、どんな重要なものかと思っていたら、立ち会った裁判官の言葉で、唖然としてしまった。遺言書の検認は単に、裁判官が立ち会った時刻に、その遺言書があったことを証明するだけである。その遺言書が有効かどうか、いわんや内容が適切かどうかなどのお墨付きを与えるわけではない。

 つまり、検認時刻より前に遺言書が書き換えられていたとしても、知ったことではない。それらは別途相続人の間で解決する。検認後に、遺言書が書き換えられていたと主張するものがいた場合、検認日にコピーした遺言書を見せる。検認はトラブルのほんの一部に備えるだけである。多額の印紙代を治めるわけでもない。審査請求なしの特許のようなもので、知らない人に遺言書を権威づける効果しかない。ほかの手続きが滞るのなら、ないほうがいい。


 そこでこんどから、終活の重要課題として被相続人は、遺言書を書くより、いきなり「遺産分割協議書」を作ったほうがわかりやすいと思う。被相続人が作り、亡くなったとき相続人が調整・追認する様式にすれば、手っ取り早い。さらに被相続人は、生まれてからその時までの戸籍謄本を貰い、「法定相続情報一覧図」もあらかじめ作っておく。いい年して、相続人が増えることはめったにない。あっても微調整ですむ。相続手続きはずいぶん楽になる。
 とにかくこんなややこしい手続きは合理化しなければ、生産性向上どころではない。

相続手続き④

 認知症気味の私は、やることはすぐやらないと、覚えていられなくなる

 ややこしい手続きの中で、今日ようやくその一つが終わった。「未支給年金の請求手続き」である。3~4か月後に、故人の1か月分の年金を受け取ることができる。故人の住民税などいろんな支払が続くので、20万円でもあれば助かる。
 あとは、遺言書の検認を貰って遺産分割協議書をつくる。そのあともいろいろある。

 一昨日は、登記所で「法定相続情報一覧図」の検認を貰い、その足で家庭裁判所に遺言状の検認申請を行った。例によって書類は不備だらけで、修正印鑑で真っ赤になる。それでも、遺言書が検認されるには半月以上かかるという。これでまたブランクが生まれる。
 そもそも、「遺産分割協議書」があれば、正式な遺言書などいらないのではないか。わけがわからなくなってきた。

                ボケ

 認知症気味の私は、やることはすぐやらないと、覚えていられなくなる。
 5月7日の連休明けから、さっそく関係書類を集めるため役所へ行った。だが、まだ死亡手続してないと言われ、歯車が狂ってしまった。死んだ人の戸籍文書をつくるのには、10日かかるという。そんなに長く覚えていられない。せっかく付け焼刃で身につけた知識が飛んでしまった。
 
 なにも、理論的に難しいことをやるのではない。ただ、書類作成上の微妙な決め事が有象無象にある。常識で通ることもあるし、それぞれの役所の決め事もある。それぞれの窓口で、間違えながら少しづつ覚えていくしかない。
 こんなアホな経験が、これからの人生に役立つであろうか。

相続手続き③

 法務局の窓口も含め、昨日はあちこちの役所を5回も渡り歩いた
 
 昨日はPSA検査のあと、父親からの相続手続きのため1日中飛び回ることになった。
 相続の基本書類は、法定相続情報一覧図と遺産分割協議書である。

 法定相続情報一覧図は、金融機関や登記所、遺書の検認などに必要な、被相続人と相続人を確定するためにつくる。被相続人の、生まれてから死ぬまでの戸籍証明と住民票除票、相続人の戸籍謄本と住民票が必要である。

                 請求書

 99才で亡くなった父親は、10歳のとき勝山から今の家に養子に来たことはわかっていた。ややこしい縁組を行っていたようで、戸籍謄本をそろえるため、勝山と福井の市役所を行ったり来たりする羽目になった。100年近く前なので、知っている人はいない。父の戸籍謄本は全部で6通にもなった。
 それに相続人全員の必要書類である。代理として受け取るので、必要書類の申請書作成だけで混乱する。

 法務局の窓口も含め、昨日はあちこちの役所を5回も渡り歩いた。まだ最初の申請書類がそろっただけで、なにも具体に動いていない。
 最終目的は、土地の登記とわずかの貯金を下ろすだけである。ここまでして、まだ何の進展もない。
 そろそろ、堪忍袋の緒が切れかかってきた。

相続手続き②

 私が亡くなるときまでには、もっと合理化されているといい

 昨日、相続手続きの第一歩として、市役所に、相続人確定書類を貰いに行った。被相続人(亡くなった父親)の戸籍謄本(生まれてから死ぬまで)、それに私ともう一人の相続人の戸籍謄本、住民票、印鑑証明書である。これだけあると、窓口に出す申請書を書くのが大変である。そのうえ代理の委任状も必要で、住所・名前・生年月日を、繰り返し延々と記入する。ときどき間違えるので、30分以上かかった。

 むかし起業したとき、社員の社会保険事務所に出す申請書を書くのにうんざりし、社会保険労務士に依頼したことを思い出した。とにかく、いくつもの用紙に、住所・名前・生年月日を手書きで記入するバカらしさには辟易した。それ以来、司法書士や労務士は、住所・名前・生年月日を正確に書くことが仕事かと思っていた。

              茹で鼠

 ところが、亡くなった父親(被相続人)の戸籍謄本は、まだ発行できないと言われてしまった。先月23日に死亡、25日に死亡届を出したあと10連休に入ったため、その間役所は何もしていなかった。つまり、まだ戸籍から抜けていないのである。いつになるか聞いたら、あと10日、16日までかかるのだという。たしか、年金のストップは死亡届と連動していた。マイナンバー制度でも、役所のオンラインは中途半端である。
 その代わり、記入のアドバイスや窓口の人は懇切丁寧なので、文句を言うことはできなかった。

 じつは役所に行く前に、自宅におむつセットが届けられた(もちろん引き取ってもらった)。寝たきりになりそうだった父のため、介護保険を利用し2~3カ月前に注文したものである。普通に購入したら、5000円以上するのが、1000円足らずで買える。安くなるのはいいのだが、手続きに時間がかかったらまったく意味がない。そういえば、要支援、要介護認定にも1か月以上かかり、その間に症状はどんどん悪化していた。
 これほど遅いのは、できるだけ保険を使わせないための遅延戦術なのであろう(食べ放題、飲み放題のシステムと同じ)。
 私が亡くなるときまでには、もっと合理化されているといいのだが。

相続手続き①

 面倒臭いだけで難しいことはないはず。やってみなければわからない

 父が亡くなったので、相続手続きを始めなければならない。財産といっても、狭い宅地2か所と郵貯の通帳が2冊。たぶんそれがすべてである。宅地は路線価で計算できる。あとはタンスの中のシミのついた衣類や書物、古ぼけた金庫。これらは資産価値がないどころか、廃棄費用がかかる。すべて足しても、相続税のかかる金額には遠く及ばない。遺言はあるし、相続人の間でほぼ分配の話はついている。

 したがって、手続きは比較的簡単である。とりあえず、年金や保険関係の手続きはできる。
 葬儀の翌日、ある総合会計事務所から相続支援の案内書が届けられた。かれらに任せると、そのための委託手続きの方が厄介そうである。途中で相談されたり、わけのわからない決着がつくより、できるところまで自分でやってみたい。せっかくの機会、自ら経験しなければアドバイスもできない。

                 底なし沼

 それでも正式な相続手続きを取らなかったら、新たな相続人が出現するなど、あとで面倒なことになる。
 そこで、この連休を利用して相続関係の勉強を行った。図書館に行けば関連書物は山ほど並んでいる。もちろんネットで調べればいくらでも知識は得られ、申請書式もダウンロードできる。
 こんどの相続に関して行うことは、ほぼ以下のとおりである。

①裁判所による遺書の検認
  申立書(裁判所HPよりダウンロード)
  遺言書
  被相続人の、戸籍全部事項証明書(除籍謄本、改正原戸籍謄本)
        住民票除票
  相続人全員の、戸籍謄本(親子関係がわかる)
  収入印紙(800円)+連絡用郵便切手
  (戸籍謄本はすべてコピーし、原本は返却してもらえる?戸籍原本還付申請書、あるいは法定相続情報証明書を作成)

②遺産分割協議書の作成
  相続人全員の実印が必要、印鑑証明書

③金融機関通帳の名義書換え、預金引きおろし
  相続確認票の提出(HPからダウンロード、必要書類のご案内)
  相続手続き請求書
  被相続人の預貯金通帳、届け出印
  被相続人の、戸籍全部事項証明書(除籍謄本、改正原戸籍謄本)
  相続人全員の、戸籍謄本(親子関係がわかる)、住民票
  相続人全員の、承諾書・印鑑証明書 又は
  遺産分割協議書・印鑑証明書

④不動産の名義書換え
  所有権移転 登記申請書(法務局WEBからダウンロード)
  被相続人の、戸籍全部事項証明書(除籍謄本、改正原戸籍謄本)
  相続人全員の、戸籍謄本(親子関係がわかる)、住民票写し
  遺産分割協議書・印鑑証明書
  固定資産評価証明書
  登録免許税(収入印紙)
  

 たくさんあってややこしいのだが、要は「遺産分割協議書」をつくり、名義変更などの遺産相続とその有効性を確かめる手続きである。①②は、③④のために行うもので、③と④はほぼ同じものを準備する。

 だから最初の関門は、被相続人が生まれて死ぬまでの戸籍調査である。なにしろ大正9年生まれである。養子縁組などもあったらしいし、なにしろ空襲や大地震で、戸籍の原本が残っているとは思えない。他に相続人はいないはずだが、客観的に証明するのは難しい。
 これさえできれば、あとは面倒臭いだけ。難しいことはないと思う。不動産の登記申請書も、必要要件を記入すればよい。私ができないのならそのしくみが悪い。少なくとも、補助金の小難しい申請書をつくるより簡単そうな気がする。

                骸骨の霊 H30.7.17

 そしてもうひとつややこしいのは、その後の法要である。これこそ簡素化したい。
 正式には初七日(7日目)から始まって、二七日(14日目)、三七日(21日目)、四七日(28日目)、五七日(35日目)、六七日(42日目)、そして七七日(49日)で一段落つく。そのあとも、100日、1周忌(1年目)、3回忌(2年目)、7回忌(6年目)~…といつまでも続く。いっそうことを複雑にしているのは、菩提寺の住職が危篤で、明日をもしれないことである。
 そもそも菩提寺が無くなったら何が困るのか、よくわからない。

選挙違反と法律

 世の中がどんどん複雑になって身動きが取れなくなり日本は停滞する

 昨日は市会議員の投票日であった。近所では1~2週間前から、地元の候補者とその応援者たちが、選挙カーや街頭で必死にアピールしていた。やり方はどの候補もほとんど同じである。いすれも選挙カーにスピーカーをつけ、年齢不詳のウグイス嬢が、候補者の名前を連呼している。毎日のようにいろんな候補者事務所から、投票願いの電話が入る(逆効果のような気がするが)。

 候補者は言いたいことも言えず、にこにこしていなければならない。とくに選挙期間中は、なにか異常なことがあれば票に響くし、下手すれば選挙違反に問われる。
 政治家を志す素人にとって最大の難関が、この選挙に係るややこしい手続きと規制である。金のかかる選挙を排除しようとしたあげく、ますます複雑になった。そのためわずかの「違反」さえ咎められる。

              法恩寺山林道入り口 H26.10.29撮影

 問題なのは、いまの選挙違反が、われわれの常識では測れないことである。日常生活なら、詳細な法律を知っていなくても、常識に沿って動いていれば咎められることはない。選挙活動ではその常識は通用しない。だから国会でも、政敵を倒すための「うちわ揉め」が頻繁に起こる。
 選挙を手伝っている人が、法律を熟知しているはずがない。常識で通用しない選挙違反は、おそらくすべての候補者が行っている。警察は、その情報を細かくつかんでいる。

 したがって警察は、選挙で当選したすべての候補者の「弱点」を握っている。だから日本では、警察の力が強い。
 この構造は、税金逃れをしている政治家や企業(ほとんどすべて)に対する財務省。完全に守ることが難しい労働基準法の適用企業に対する厚労省などにも当てはまる。


 いまの法律はあまりにも複雑すぎ、100%完全に遵守している企業や人は皆無である。みな多かれ少なかれ違反している。他人と異なったことをやろうとすると、必ず何らかの法律に引っかかる。法律を作った人は、その弱みを握りたい。
 そのため官僚は、誰も理解できないような法律をつくる。だから世の中は、どんどん複雑になって身動きが取れなくなる。日本が停滞する大きな要因である。

沖縄県民投票結果

 戦争で奪い返す覚悟がないのにウダウダいうのは情けない

 沖縄で、米軍の辺野古移設を問う県民投票が行われた。予想通り、『反対』が7割と圧倒的多数を占めた。反対者しか投票に行かないのだから、こうなることは目に見えている。こんな複雑な問題を、単純な3択で問うことが無理筋であることは、最初からわかっていた。また住民がいくら反対したとしても、日本政府がそれに従うはずがない。そんなものに従っていたら、それこそ無責任である。

 世の中には、できないことを承知で反対する人が、かなりの割合でいるから困る。ほんとに辺野古移設が中止になったら、とんでもないことが起こる。イギリスのEU離脱、韓国の無理筋日本批判と同じ、ガキのわがままである。反原発も同じで、その中2病を、中国の工作機関と化したマスコミが後押ししている。

 福井県のように、社長の割合が日本一の地域では、沖縄住民のような無理筋要求はしない。社長は責任ある立場として、その組織と生存環境を守る義務がある。できないのを承知で駄々をこねていては、現実社会が成り立たないことを知っている。

              大合唱

 そもそも基地があることで、ほんとに沖縄が苦しんでいるのか。どう考えても疑わしい。
 沖縄が困っているのなら、人々は他県に移住するはずである。それなのに、逆に沖縄県では人口が増えている。沖縄は、大都市圏を除き、日本で唯一人口が増えている地域である。H28年度も、東京都に続いて2番目の増加率であった。
 これではとても、沖縄県民が苦しんでいるとは思えない。基地のことでは悩んでいるのかしれないが、トータルでは、日本でいちばん住みよい県である。人口統計は、賃金統計より信頼できる。統計はウソをつかない? 

 そして現実に、辺野古移設がガラガラポンになれば、沖縄は独立に向かう。沖縄は日本領といっても、実質はアメリカが戦争で奪ったものである。日本に「返還」したのは、ややこしい沖縄県民の扱いを、日本にまかせただけである。それなら、戦争で獲られた領土は、戦争で奪い返すしかない。その覚悟がないのに、ウダウダいうのは情けない。
 まさにこのことは、北方領土や竹島にも言える。

改憲論議

 改憲発議は国民に考える余地を与える。考えない国民はバカになる

 下村憲法改正推進本部長は、今度の通常国会で憲法に自衛隊を明記する改正を発議するのは難しい、という認識を示したらしい。
 これでまた、憲法改正が遠のきそうである。なにをグズグズやっているのか。

 国会議員は、まったく仕事をしていない。そもそも国会は、法律をつくるところではないか。法律の親玉が憲法である。チマチマと細かい法律ばかりいじくって、肝心の憲法に手を付けないのでは、国会議員の存在意義がまったくない。「立憲主義」などと言う、怪しげな理屈に惑わされている議員たちは、いったい何を考えているのか。なにも考えていないと言わざるを得ない。

                ナマケモノ H30.11.25

 国会議員が考えないのだから、国民も考えない。改憲発議は、国民に考える余地を与えるだけである。それすらできない国会は存在価値がない。そして、考えない国民はバカになる。人材しか資源のない日本で、バカな国民が増えたらどうなるか。

 いまの国会は、パーキンソン凡俗法則そのままに、チマチマと目先の細かい出来事ばかり議論している。統計間違いとか文書紛失など、モリカケ騒ぎが終わっても、アホな重箱の隅つつきは終わりそうにない。もういい加減にしてほしい。これなら国会議員など、10人で充分である。