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原発推進提言組織

 世界が原子力なしで維持できる人口は数億人。日本では数百万人である

 日本の政策グループ国家基本問題研究所が、「日本に原子力発電所を取り戻せ」とする声明を出している。日本中の人々が、原発に対し腰が引けている中で、有意義な提言である。積極的に原発推進を言いづらいなか、勇気をもって世論を矯正する組織は、貴重な存在である。じつのところ国民は、文句を言いながら強引さを望んでいる。

 原発の必要性については、本ブログで散々書いた。
 環境や食料と同じ、エネルギーは日本だけの都合で成り立たない。
 現有のエネルギーを確保したい日本など先進国と、これからエネルギーを使って発展したい大多数の途上国では、エネルギーに対する見方がまったく異なる。途上国は、最も合理的な最新技術を使う。もちろん最先端の原子力発電である。石炭の大量使用は、安価でてっとり早いが、いくらなんでも問題が多すぎる。

 資源はいくらでもある。ウランを含め、すべての燃料資源が枯渇することはない。どんな資源も、採掘が経済的に見合うかどうかである。ウランは、海水中に無尽蔵に含まれている。ウラン価格が高騰すれば、海洋国家の日本は、海水から抽出することは充分可能である。

               原子炉PWR

 日本が原発から撤退するのは、非現実だし無責任である。
 これまでの核燃料残渣や廃棄物の処理、50基にもわたる原発施設の廃炉事業は、だれかがやらなければならない。いったい誰がお金を払うのか。文句を言う人に限ってなにもしない。そのコストは、現在の原子炉運転から支払うしかない。

 もっと深刻な問題がある。
 世界が、原子力なしで維持できる人口は、1億人に満たない。日本の自前エネルギーは、水力と森林が年間成長する1億トン。これでは数百万の人口しか養えない。そのとき、お隣の超巨大国に完全に飲み込まれている。
 原発なしのエネルギー政策は、ぬるま湯につかって死んでいく、ゆで蛙そのものである。このままでは人類が滅びる。
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伊方原発運転差し止め

 仮処分決定は、日本人の知力低下の影響であることは明らか。事態は深刻である

 またとんでもなく怪しげな司法判断がでた。定期点検中だった四国電力の伊方原発3号機が、広島高裁で運転停止の仮処分決定がなされたことである。

 裁判官は、原発沖合の活断層調査について「十分な調査をしていない」と指摘。阿蘇山の噴火については、降下火砕物の想定が過小だったと説明した。「原子炉には、原告らが生命、身体などに重大な被害を受ける具体的な危険がある」のだという。

               墓場

 しかし、この判断にはまったく科学的的根拠がない。そもそも阿蘇の大噴火が起こったら、それだけで日本国が壊滅する。また中小噴火の火山灰対策が必要なのは、原発よりむしろ火力発電所である。
 まさに、いびつな国民感情が、科学と司法を捻じ曲げている。国民生活と安全を根底から脅かす、あきれはてた司法判断である。これでは韓国の大法院判決や司法をバカにできない。日本のほうがもっとひどい

 この結果、伊方原発とあわせ関電・九電の計4基が、3月以降に順次停止することになった。テロ対策施設の完成遅れもある。日本国民に対する嫌がらせとしか思えない。  
 当面は夏の電力需要にむけ、旧式の火力発電を引張り出して対応する。伊方分だけで、毎月35億円燃料費が増加する。電力費の高騰や大気汚染が進み、いっそう国民の困苦が深まる。環境悪化による死者が、数千人単位で増える。さらに、大噴火や津波が起こったとき、シェルターとして機能する原発施設も無くなる。


 科学的な客観的事実を信頼できず、感情に基づく風評に負ける社会は文明国ではない。
 この司法判断を見ても、明らかに、日本人の知力・脳力の劣化が著しい。毎年の国際学習到達度調査のたび、読解力の成績がどんどん落ち込んでいるのはその表れである。劣化が裁判官や政治家にまで及んでいる。
 それなのに、まともな危機意識がまったくない。事態は深刻である。

エネルギーの活用

 原発なしのエネルギー政策は、ぬるま湯で死んでいくゆで蛙そのものである

 エネルギー開発は、日本が持続・発展するための、最重要課題である。エネルギーの安定確保と効果的な活用がなかったら、日本はもとより人類の未来が奪われる。
 そのエネルギーの基本は電力である。

 すべての電力発生装置には、必ず長所と欠点がある。長期的に安定して電気を送るためには、その長所と欠点をうまく取り入れ、バランスの良いエネルギー源を求めなければならない。

                微妙なバランス

 問題の多い太陽光発電にしろ、すこしは利点もある。夏の日差しの強くて冷房需要が最も多いとき、それなりの発電をする。ただ大きな問題は、あまりにも不安定なことである。電力系統では迷惑以外のなにものでもない。春・秋の一番電力需要が少ないとき、最も発電量が多いなど、ジャストインタイムの反対、ムダの権化である。火災の原因になるし、償却後の廃棄方法も厄介である。

 火力発電は、技術が確立され燃料確保さえできれば、品質の良い電力を供給できる。アイドリングしておけば、再エネのバックアップとしても使える。だが燃料の9割を中東に依存し、供給も価格も不安定である。効率性追求のための高速タービンは周波数変動に弱く、大停電の恐れもある。

 また水力発電は、出力調整がしやすく、揚水による蓄電もできる。しかし、国内に大規模の水力発電を開発できるところは無くなった。

 そして原発である。原発はまさに、安定電源の神様のようなものである。一度燃料を入れたら、数年は愚直に働き続ける。燃料は安いし、ライフサイクルでの安全性はピカ一である。しかし福島の事故のため、日本国中には重篤な原発アレルギー患者が広がってしまった。

 あとは、これらの電源の長所と短所を生かし、品質の良い電気を継続的に提供するしくみをつくる。途上国に比べて所得の高い日本では、少しぐらい高くても大きな負担にはならない。むしろ国内で回るお金なら、いくら高くてもいい。

処理水の処理

 いまのように大騒ぎして、「出すぞ、出すぞ」と言っていたのでは必ず反対が起こる

 政府は23日、福島第一原発のタンクに保管された処理水の放出を前提に、有識者会議の報告書案を公表した。実現可能な放出方法として「希釈して海洋に放出」「蒸発させて大気に放出(水蒸気放出)」「その併用」の3案を示したという。

 いま処理水は、敷地の1000基あるタンクに約110万トン溜まっており、さらに毎日約170トン増えている。そろそろ限界である。ただ海洋放出、水蒸気放出のいずれも、自然放射線による影響の1000分の1以下で、人体にまったく影響ないことは自明である。
 いまさらこんなことで、小田原評定を続けているのは、なんとも情けない。

 ところがいくら安全でも、いまの日本ではすんなり受け入れられるとは思えない。国民のほとんどは3.11福島事故のあと、悪質なプロパガンダに洗脳され、重篤な放射脳病に罹ってしまった。いったん思い込んだ感情は、梃子でも動かない。まさにバカは死ななきゃ治らない。だから韓国から、理不尽な嫌がらせを受けるのである。

                親子狸 

 こんな日本では、いまさら処理水処分で「国民的コンセンサス」などできるわけがない。
 ではどうしたらいいか。4つの案がある。

 ひとつは、強制的に排出することである。
 これは、民主主義国家の日本では無理である。北朝鮮か中国に占領され、独裁政権が日本を牛耳れば可能になる。積極的に採用したい案ではない。

 つぎに人知れず、シレッと流してしまうことである。
 いくら安全な処理水でも、いまのように大騒ぎして、「出すぞ、出すぞ」と言っていたのでは、必ず反対が起こる。有識者会議を繰り返し、時間がたつほど反対派の団結も強力になる。金も絡むから、どんどん話はややこしくなる。
 それなら、小田原評定を延々と続けている間に、少しづつ垂れ流していけばいい。
 最終的に責任者は処罰される。だが覆水盆に返らず。歴史的な国民的英雄になる可能性もある。

 一番いいのは、タンクに溜まった処理水を、貴重な有価物として販売することである。
 汚染水とか処理水というから、みなが嫌がる。「ラジウムイオン水」して販売すれば、必ず購入する人が出てくる。健康水として飲んでもいいし、風呂水とするならラドン温泉を超える。タンク買いで、抗菌洗浄液としても使える。そのうちブランド価値が高まり、最初に購入契約した人は、大金持ちになる。

 最後の手段として、北朝鮮あたりのスパイをそそのかし、処理水のタンクをつぎつぎ爆破させる。ミサイル直撃のほうが現実的かもしれない。流れてしまったものは仕方がない。風評はあきらめてもらう。それでも、いまのままズルズル行くより、はるかにましである。

廃液固化中断トラブル

 野ざらしになっている石油や石炭燃えカスのほうがよほど問題である

 昨日の福井新聞で、茨城の再処理施設でトラブルが発生し、放射性廃棄物をガラス固化体にする作業が、1~2年中断するという記事があった。放射性廃液は、高放射線と高熱を持つため、ガラスに吸収させ固めることで取り扱いを容易にする。ただ順調に進んだとしても、30~50年は青森の中間処理施設で冷却し、その後最終処分(どこか決まっていない)する。
 茨城の東海再処理施設は、2014年から廃止がはじまり、70年と1兆円の予算で施設解体と廃液の固化を進めている。記事によると、トラブルの内容は、ガラスを注入する機器の一部が変形し漏電が発生したためだという。

                お釜

 どのようなトラブルがあったかわからないが、こんなことで再生に1~2年かかるのは尋常ではない。現場における現物の修正、改善だけで、そんなにかかるとは思えない。おそらく期間の大半は、また「文書作成」という、しょうもないことに費やされているのではないか。
 原発の再稼働の申請書類も、何万ページもの書類審査がメインだと聞く。それがあまりにもうるさいため、関電の担当者が自殺に追い込まれたこともあった。安全のための作業が、逆に死者をつくるのでは、本末転倒である。

 すべての技術は、以下のようなプロセスで完成に近づく。すなわち、失敗と再発防止策を積み重ねるほどいいものができる。失敗をしない技術はない。だから、体力の続く限り失敗を重ねなければならない。最終的に国家がそのリスクをとればいいのである。

 失敗→再発防止策→前進→失敗→再発防止→さらに前進→失敗→繰り返し

                燃え上がる

 しかしながら、
 そもそも、高レベル放射性廃棄物処分は、どれほど重要なのか。
 先日、本ブログで放射性廃棄物ガラス固化体の再資源化について書いた。その検討がなされていないのは、あまりに量が少なすぎるからではないか、と思いはじめた。東海再処理施設で保管している廃棄物は、350㎥しかない。7m四方の空間、小さなマンション一部屋分である。エネルギー源とするには少なすぎる。それなら、処分、処分と大騒ぎすることもない。

 つまり100万kwの原発で、1年に発生する高レベル廃棄物は、ガラス固化体で10t(26本)である。一方、同規模の化石燃料発電では、膨大な温暖化ガスに加え、重金属や放射性物質を含む廃棄物が10万t発生する。もちろん、放射性廃棄物のような管理は行われていない。野ざらしになっている石油や石炭燃えカスは、なぜ問題視されないのか。そのほうが不思議である。

原発弱者

 原発反対を叫んでいる人たちは、自分たちがどれだけ恵まれているか認識していない

 私が、本ブログや話の中で原発推進を訴えると、「福島の避難民の前で言ってみろ」と言われることがある。もちろんその人たちの前で、私の主張を繰り返し述べることはやぶさかではない。目の前に連れてきていただければ、喜んでお話しする(市民ヤクザは困る)。

                貧困女性 

 じつは福島難民よりはるかに悲惨な人たちが、世界ではその何万倍もいる。
 たとえば、アフリカで電気の無い暮らしをしている人たち。ざっとアフリカ人口8.5億人の半分。彼らは、まともなエネルギーが得られないため、毎日水汲み重労働に5時間以上費やす。生まれた赤ちゃんの何割かは、1年以内に死ぬ。そこから先も、栄養不足で大人になれない子が多い。いまだに、平均寿命40歳に満たない地域がいくらもある。

 これら最貧困層の人たちは、先進国の反原発や環境保護は自分勝手な主張としか思わない。豊かな人が豊かさを維持するための詭弁である。グレタさんがそのまま大人になったようなものだ。
 エネルギーの恩恵にあずかり、ヌクヌクと長生きしている人たちが、栄養不足の病人の前で反原発を叫ぶ恥知らず。取り残された人は、乏しい薪や石炭の直焚きに依存し、いつまでも飢えや病気で苦しむ。

 原発反対を叫んでいる人たちは、自分たちがどれだけ恵まれているか認識していない。気が付かないふりをしているなら、卑怯極まりない。ごまんと溢れている、放射能の恐怖を煽るインチキ理論で、自らを納得させようとしているだけである。

美浜原電見学ツアー(つづき)

 施設の外観や内部見学を、観光の目玉にするくらいの工夫があってもいい

 昨日の原電見学ツアーは、もちろんメインの美浜原電も見学した。3基の原子炉を有する美浜原電所は、1、2号基が廃炉作業中である。最大出力の3号基は、40年の運転期間を20年延長することが許され、いま災害対策工事を行っている。そのため毎日2800人が働いているという。20年延長と言っても、休止期間が入り実質的には13年しか延長できない。これだけお金をかけて13年で採算が合うのだから、よほど原発以外の電力コストは高い。

 PRセンターで、30分ほど講習のあと、原電のバスに乗って敷地内を見学した。そのあとセンターに戻って質疑応答。およそ2時間コースである。PRセンターと敷地は、400Mほどの橋で結ばれており、敷地に入るときは厳重なチェックを受ける。それでも、意思を持ったテロリストなら入れる。カバンはチェックされても、身ぐるみ検査されることはない。

 といって、大した見学ができるわけでもない。停止したバスの中で、VR画像を使っての説明が2~30分。そのあと、建設中のかさ上げ堤防の上でバスを降り、全体を眺めただけである。なにしろ敷地の広さは、ディズニーランドに匹敵する。遠くに見える原子炉建屋やタービン室、かさ上げ中の防波堤の説明を聞いてもピンとこない。もちろん、原子炉建屋など重要施設には入れない。これは期待はずれであった。バスで移動した距離も、広い敷地のほんの一部、数百メートルくらいしかない。
 (12月予定の診断士見学会では、どこまで見れるのか。もっと突っ込んだ内覧を期待したい。格納容器内は無理でも、冷却プールや蒸気タービンなど、この目で見たい。)

               原子炉PWR

 質疑応答のとき、「高レベル放射性廃棄物ガラス固化体の有効活用」について質問した。最終処分は、トイレの無いマンションと揶揄され、原発最大の弱点とされている。今の計画では、ガラス固化体のまま六カ所村で30~50年冷却し、そのあと最終的に地層処分する。「最終処分地」という、ゴミためになるのは勇気がいる。NINBYばかりの日本で、受け入れ自治体が決まるとは思えない。各地で闇助役の暗躍がはじまる。
 
 他方で、高レベル放射性廃棄物は、数十年もの間、高熱を発するエネルギーの塊である。これを有効活用しない手はない。国を挙げてこのことを推進し、有望な資源を保存するということなら、手を挙げる地域は出てくる。永久機関でないのだから可能性はある。少なくとも、ソーラーパネルより環境にやさしい。
 今世紀末、エネルギーに目覚めた世界人口は、110億人に達する。世界全体で必要なエネルギーは、いまの数倍になる。E=MC2という、格段に効率的な核エネルギーなしで、人々が満足するとはとても思えない。

 だが関電の回答者は、「処分方法は法律で決まっている」の一言であった。技術的に可能かどうかは検討したこともないらしい。まさに深刻な大企業病に罹っている。このままでは茹でカエルである。
 それならむしろ中小企業に任せた方がいいのではないか。あるいは潤沢な内部留保をもつ企業は、ぜひ挑戦すべきである。このためのリスクを国が持つのが、成熟した国家である。

              美浜原発 解体~再生 R1.7.10

 つぎに景観の問題がある。海水浴場や観光地として名高い水晶浜からは、美浜原電が丸見えである。原発を毛嫌いする人や放射脳患者は、景観を阻害されていると思う。そんな人が10人に一人でもいれば、観光地として成り立たない。
 この点では、とりあえず正面に見える1,2号基が無くなれば、景観は大幅に改善される。さらにこれを機に、水晶浜からの景観を配慮した建造物を造ったらどうか。

 もともと原発敷地は、ディズニーランドに匹敵する広大さと、対攻撃性を備えている。大津波はもちろん、核シェルターとして地域住民の避難場所とすることもできる。
 原子炉とあわせ、そのための安全施設を目立つように配置すれば、イメージは大きく変わる。むしろこの施設の外観や内部見学を、観光の目玉にするくらいの工夫があってもいいのではないか。

新型原子炉の開発(エネルギーセミナー)

 今の日本では、中国の属国として「日本自治区」となるのは時間の問題

 昨日、エネルギーセミナーを受講した。講師は原子力専攻の岡本孝司氏(東大教授)である。今年は、竹内純子氏の「エネルギースクール」は聴けなかった。その昨年のスクールでは、原子力政策にはいまひとつ腰が引けていた。それに対し今回、原子力専攻の岡本氏は、専門的見地から、原子力について割と突っ込んだ話をされたと思う。

 講義内容の80%は、私自身の知識を再確認するようなものであった。
 中国やインドが経済成長し、2100年には世界人口が今の1.5倍、110億人を超える。その子孫たちを満足させるためには、少なくともいまの3~5倍のエネルギーが必要である。いま原子力の選択肢をなくすわけには絶対にいかない。

                お釜

 またこの講習では、「多目的原子力システム」の開発状況を聴くことができた。このシステムは、30万kwの小型原子炉で、直径1㎜の燃料ウランをセラミックスで覆ったものを熱源とする。発電だけでなく、水素生成、蒸気発生、淡水化なども行う。炉心の大きさは新幹線車両程度で、安全性のコントロールは飛躍的に上がっている。
 もともと発電は、1次エネルギーの26%にしか過ぎない。原子力を発電に限定するのは、いかにも不合理であった。すでに、「多目的原子力システム」の実験炉はできており、数年後には商用運転から量産がなされるという。

 じつはこの装置をつくっているのは日本ではない。やはり中国である。
 中国はすでに、核燃料サイクルを実現すべく、もんじゅの次世代タイプ高速増殖炉を稼働させている。さらに2030年までには、100万kw級の新型原発を100基つくる。それに加え、この新しい原子炉システムを全土に配置する。中国の実行力からすれば、4~5年とかからない。さらにこれをアフリカに持っていけば、その周辺地域はエネルギーを牛耳られ、完全に中国の手に堕ちる。

 すなわち中国は、5Gだけでなく、エネルギー分野においても、世界をけん引するようになってしまったのである。日本は中国に追い付かれたと思ったら、あっという間に引き離され、すでに取り返しのつかない位置にいる。このままでは確実に中国に取り込まれる。


 今、日本の人々は、
①いまだにGHQの憲法呪縛に憑りつかれ、9条の見直しにさえ6割が反対している
②3.11バイアスからの放射能アレルギーが慢性化し、条件反射的に原発を毛嫌いする

 これでは、日本が中国の属国として、「日本自治区」となるのは時間の問題である。それこそ子孫に顔向けできない。

理不尽な原発責任判決

 関係者が断罪されなければ事故の教訓を活かせず、文明の発展はありえない

 先日、東電の原発事故をめぐり、強制起訴されていた元会長勝俣恒久被告(79)ら3名の判決があり、全員が無罪を言い渡された。裁判長は、最大の争点だった2011年3月の巨大津波を予見できたかどうかについて、「予見可能性を認めることはできない」と判断したという。

 もちろんこの判決に対し、原発告訴団は、「被害者はこの判決に納得していない。弁護士が即時控訴することを望む」と反発している。

 まったくその通りである。私自身も納得していない。裁判上の法的テクニックは別として、東電の幹部たちは決して無罪などではない。もし彼らに責任がないとすれば、あの事故は、人知及ばぬ不可抗力の出来事だった、ということになってしまう。そんなこと、あるはずはない。

               裁判所 R1.6.12

 すなわち事故後におこった一つひとつの不具合を見ていくと、簡単な準備さえあれば起こらなかった。そのうちいくつかでも対策が施されていれば、あそこまで重大事故にはならなかったといえる。

 ハード面では、配電盤が集中していたこと、ベント機能、注水機能が不十分であったことである。具体的には、それらを動かすための、弁やモーター、動力の冗長性が不足していた。こんなものは、その気になれば簡単に低コストで対応できていた。
 ソフト面では、SPEEDEIと呼ばれる緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムが、ほとんど避難の役に立たなかったことである。そもそも、20キロ以上の大規模避難は、まったく想定していなかったという。

 つまり、原発反対者に気を使うあまり、東電関係者はやるべきことを怠ってしまったのである。この罪は重い(反原発者も同罪である)。あの程度の津波発生を知らなかったはずはない。関係者が断罪されなければ、失敗が失敗でなくなってしまい、事故の教訓を活かすことが難しくなる。
 そんなことでは金輪際、文明の発展などありえない。それでなくても、世界の中で日本が取り残されようとしている。この判決は、それにいっそう拍車をかける、大きな火種をつくってしまったのである。

                 幽霊怖い
              
 そもそも、原発事故の「被害者」とは誰か。
 ふつうに考えれば、一番被害を受けたのは、東京電力である。原子炉が破壊されたうえ、補償金まで取られる。そのつぎに、原発の販路を失った原子炉メーカー、政府、自治体、最後に近隣住民となる。あの大災害では、2万人余りの人が亡くなった。だが、原発事故で直接亡くなった人はいない。逃げ回っている人は、放射能という「亡霊」に脅えているだけである。そのうえ補償金まで要求している。

 最大被害者である電力会社を貶めた人々を断罪することで、再発防止を確実にする。摺合せ技術の向上でしか生きるすべのない日本では、原発エネルギーは、何がなんでも進めなければならない。人々の放射脳アレルギーに配慮している余裕などまったくない。

ソーラ―パネル破壊

 進次郎は日本中のパネル撤去ができれば、ポピュリズムに流されない真の宰相になれる

 先週、台風15号の影響によって、千葉県は50万世帯で3日以上停電が続いている。無数の電柱がなぎ倒されたためである。この台風では、多くの構造物が損壊した。そのなかでも、太陽光パネルの破損被害が深刻である。

 千葉県市原市の水倉ダムの水上に5万枚並べて発電していたソーラ―パネルが、強風でズタズタになったあげく、一部が重なって発火・焼失した。このパネルは、2018年3月に稼働を開始したばかりで、5千世帯分の電力供給できるという出力14メガワットの水上発電所である。国内では珍しいフロート式メガソーラー発電所で、湖面の新しい利用法として注目を集めていた。強風対策は充分のはずだった。

 ニュースにはなっていないが、家庭用のソーラ―パネルが吹っ飛んだり発火した事故も、相当数あったに違いない。ソーラ―パネルは光があれば発電する。出力調整ができないため、通常でもしばしば火災が起こる。いったん発火すると、感電やショートの危険があるので、下手に水で消火出来ない。有害物質が含まれており、廃棄方法も定まっていない。

 昨年は台風21号の強風によって、大阪住之江区の物流施設屋根に設置されていた6.5MWのメガソーラーで、2万8160枚のパネルの約半分が損壊・飛散した。また、同じ大阪市此花区の埋め立て地にあった9.99MWのメガソーラーは、3万6480枚の設置パネルのうち、4割近い1万3413枚が強風で破損した。

               環境破壊  H30.10.22

 メガソーラーといっても、大した発電ができるわけではない。ダム湖を埋め尽くした14メガワットの水倉ダム発電パネルでさえ、300カ所以上つくってようやく、100万kW原発1基分の発電量を賄う。しかも発電時や波形が安定しないので、電力系統では厄介者である。もとより日本中がソーラ―パネルで埋め尽くされた、現在の環境破壊状態は末期的さえある
 10年後には、ソーラ―パネルの膨大な廃棄物は、感電リスクと有害物質を豊富に含む厄介な廃棄物として日本中を困らせる

 小泉環境大臣は、まず日本中の危険なソーラ―パネルの撤去を行っていただきたい。新設などできるはずがない。もちろん福島第一で保存限界になっているトリチウム水の排水処理は躊躇すべきでない。それができなければ、悪夢ルーピーの再来である。ポピュリズムに流されない、真の宰相になることはできない。

原発再稼働と開発を進めよ

 目先の事故に慄き、人類の貴重なエネルギー源を潰す愚かな国民になってはいけない

 いま日本は、「脱原発」という恐ろしい魔物に憑りつかれている。
 政府は表だって原発推進を唱えることはできず、無知で無責任な政治家は、ひたすら「脱原発」を叫ぶ。その結果、エネルギーの制約、化石燃料高騰、不安定な再エネ発電などで、国力が衰退してきた。このままでは、世界との差は開くだけでなく、人類の未来を閉ざす。

 現時点で電力の確保には、中東の化石燃料を大量消費している。そのため、温暖化の進展に加え、安全保障にも大きな問題を抱えることになった。3.11のあと、トチ狂った日本が高騰させたオイルマネーが、シリア内戦を拡大させ、北朝鮮の核開発を呼び込んでしまった。いまも、日本の支払うオイルマネーが、米・露・中・仏・英・北鮮の武器商人を太らせ、世界各国に火種を撒き散らしている。
 
                 最強の美浜原発 R1.17.10

 日本は早急に、原発を主力電源にしなければならない。日本人が毛嫌いしている原発には、純粋に自然・社会科学的見地から、圧倒的なメリットと稼働させる理由がある。直ちに、休止中の原発を再稼働させるとともに、次世代に向けて開発を続ける必要がある。
 以下に、その理由を挙げる。

①原発は最もエネルギー密度の高い、効率的なエネルギーである
 エネルギー密度は、ある基準となる量あたりのエネルギーである。ウランは石炭の10万倍以上のエネルギー密度を有する。火力発電で一番効率の良い天然ガスの、4万6千倍以上もある。
 太陽光や風力発電に至っては、それを作るためのエネルギーと発生エネルギーのどちらが大きいかという議論をしている段階で、まったく問題外である(それに加え、不安定さを補うための蓄電池などのロスが大きい)。
 70億にも増えてしまった人間の生活を維持するには、原子力以外の選択肢はない。それ以外では必ず、資源をめぐって血みどろの争いになる。さらに、人類が宇宙に旅立つには、密度の高い原子力エネルギーに依存するしかない。

②原発は、エネルギー源のなかで、最も安価で安全なエネルギーである
 石油、石炭、天然ガス、ウランのなかで、原料調達コストが最も安いのは、ウランである。原料採掘時に、最も安全なのもウランである。昔、日本が石炭を主要燃料にしていたころ、炭鉱で毎年何百人もが犠牲になっていた。いまも資源産出国では、同じことが起きている。それを使う日本は、知らんふりして、自国の労災がなくなったと喜んでいる。安全や環境は、国境を超え、さらにライフサイクル全体で見なければならない。
 しかも、石炭・石油を燃料とする発電は、空気中にCO2以外に、Nox、Soxなどの有害廃棄物が、量に排出される。そのために死ぬ人は、原発1基分の火力発電所だけで、少なくとも年間数千人である。放射能では、(逃げた人以外)ほとんど死んでいない。事実がわかれば、原発の危険を煽り立てるのは、バカらしくなる。

 そして3.11の過酷事故によって、日本にはこれ以上ない原発の安全性についてのノウハウが蓄積された。さらにいまや、核シェルターの無い日本でもっとも安全な場所は、じつは原発施設なのである。

③化石燃料、太陽光パネルの輸入は、日本を破滅させ、自殺者を倍増させる
 化石燃料、太陽光パネルは、国内で調達することができない。太陽光パネルのような人海戦術の組み立て製品も、中国に勝てるわけがない。技術開発が進む製品は、自動化できないからである。人手を安く使える中国のような、アジア諸国の独壇場である。しかも、原材料のレアアースを、中国に握られている。

 したがって、原発をやめれば、化石燃料、太陽光パネルの支払いで、日本は貧乏国家に逆戻りとなる。貧乏国家では、今のような世界一の長寿は成り立たない。何千万の人が、経済破たんや餓えで死ぬ。貧乏な国ほど平均寿命が短い。
 だから、「経済より命」などという反原発論は、ボケのたわごとである。第一、「経済」のバックがなければ、「除染」、「汚染水」など、放ったらかしになってしまう。

 現に、2011年を境に化石燃料の輸入が、毎年3~5兆円も増えている。原発停止で足元を見られ、増加分以外もバカ高い価格で買っているからである。輸入量はそれほど増えていないが、これは電力不足のため国内で価値を生み出す力(おもに製造業)が毀損したからである。事態はさらに深刻である。
 おまけに、太陽光設備の輸入額は年間数兆円規模にまで増え、国民負担が賦課金として毎年3兆円にも及ぶ。これらを合わせると、少なくともGDPの2~3%が流出している。こんどの消費増税で日本は終わる。

                環境破壊  H30.10.22
             
④再生可能エネルギーは、自然破壊と先進国のエゴの塊である
 風力発電、太陽光エネルギー、地熱発電、水力発電など、すべて再生可能エネルギーと呼ばれるものは、自然が受けるエネルギーを、人間が横取りするものである。太陽光発電装置などは、資源採取から作るときに発する放射性核種や毒素を持つ材料が、生物を蝕んでいる。したがって、この割合が10%を超えるころには、原発など比ではない、ものすごい環境破壊問題になる
 現に、いま日本の国土のあちこちに、無機質な太陽光パネルの「大草原」が広がっている。これが日本中に拡大すると思うと、ぞっとする。そもそも、補助金と逆ザヤ利権でしか成り立たない太陽光エネルギーが、世の中に価値をもたらすはずがない。このような、効率の悪い自然エネルギーは、持つものと持たざる者の格差を決定的に助長する。脱原発は、完全に先進国のエゴなのである。

⑤国産エネルギーの調達は我が国安全保障の肝である
 先の大戦の大きな原因の一つは、日本がアメリカに石油を止められたことにあった。エネルギーがないと生産活動が停滞し、多くの国民が死ぬ。エネルギーなしに、1.3億人の老人国家を養うことはできない。移民受け入れどころか、若者は食うために海外移転し、衰退が加速される。
 衰退した国家は、必ず侵略される。現に、隣の国が虎視眈々と狙っている。
 したがって、日本が独立国家になるためには、どうしても自前のエネルギーを確保しなければならない。その選択肢を自ら失うのは、愚の骨頂である。日本を滅亡させようとしているとしか思えない。

 そしてまさにいま、日本のエネルギーの大半を依存する、ホルムズ海峡が怪しい。日本以上に海峡を利用している中国が、ここを支配しようと手ぐすね引いている。アメリカは、単独で守れなくなり、「有志連合」を呼びかけている。これに国内の平和ボケ患者(中国工作員)が必死で抵抗している。もし、海峡が中国の支配下になれば、化石燃料に依存した日本は終わる。中国への領土提供(尖閣~沖縄~九州)と引き換えにホルムズ海峡の通過を乞うという、屈辱的な関係がはじまる(そのとき、じじいの決死隊が黙っていないが)。
 熱い戦争にならないために、海外への高いエネルギー依存は、絶対に止めるべきである。

⑥原発は、まだコストダウンの余地が大いにある 
 電力会社員の給与は、国民怨嗟の対象である公務員よりさらに恵まれている。東京電力が、人件費のカットを行ったが、それでも公務員並みである。関連の天下り施設、交際接待費も桁外れである。聞くところによると、3.11のとき東電会長は、マスコミを大勢引き連れて、海外「豪遊」していたという。したがって、電力料金は、まだまだ下げることができる。企業年金など、とんでもない話である。
 また、既存の原子力発電設備の稼働は、ほぼ維持管理費だけで済む。稼働しなくても同じくらいの金がかかる。除染や廃炉に膨大なコストがかかったとしても、すべて国内でまかなえる。利権はあるとしても、これらはすべて国民の富となる。
  しかし、石油、石炭、天然ガス、太陽光パネルは外国から、国富を削って購入しなければならないのである。

                金が飛んでいく
               
⑦放射線の危険性を過大視してはならない
 仕事と居住環境さえ整備できれば、事故のあった原発近くに住みたいと思う人は多い。年間100~200ミリSV程度では、かえって健康になる。補償金などいらない(おぞましいことに、いまや放射線のリスクそのものが、利権と化している)。 
 福島第一で、タンクから漏れる放射性物質を含んだ水を、「汚染水」というから、イメージが悪くなる。「ラジウムイオン水」と名前を変えたほうがいい。もし放射線が人体に影響を与えるとしたら、人間の天敵である細菌にこそダメージが大きい。中毒や病気が少なくなり、困ったことに長寿社会がいっそう進む。
 また、放射線に強いDNAをもつ国民を増やすことは、国力の強化となる。

⑧原発100年の撤退戦に最大限の資源を注入する必要がある 
 たいてい、撤退のための活動は、推進するよりも、何倍も重要で難しい。たとえ日本が原発を全停止させても、リスクがなくなるわけでは全くない。これまで発生した、莫大な量の放射性廃棄物管理をいったいだれがやるのか。
 原発を絶対安全に効率よく撤退するためには、人もお金も資源も、これまで以上につぎ込む必要がある。原発以外でそのお金を生み出すことはできないし、技術の継承も必須である。重要なのが、しんがりを務める優秀な人材である。今の何十倍も原発従事者を増やさなければならない。

 さらにいま、厄介者とされている核廃棄物を有効利用できる可能性も見えてきた。そもそも「毒」は「薬」なのである。再生可能エネルギーより、はるかに実現性が高い。
 もし、原発を毛嫌いする人ばかりになったら、こんな難しい仕事をする人材が集まるわけがない。積極的に原発を推進し、その人材を育成するための、国民的機運を高める必要がある。
 原発から逃げていては、ますます原発リスクが増大する。そんなことがわからないのか。

⑨日本より隣の国の心配をしたほうがいい
 ほんの隣の国、韓国・中国が、原子炉の量産体制に入っている。インドもすごい。中国などは、2050年までに100万KW級の原子炉を、じつに400基つくるという。つまり、毎年10基以上のペースで新設する。今のままでは、日本から原発関連の技術者が引き抜かれるのは、まちがいない。ますます日本には原発技術者がいなくなり、国内の原発リスクが増大する。
 その上世界中に、信頼性の低い原子炉がこれだけ増えるのである。事故を起こす確率は、日本よりはるかに高い。福島第一どころか、チェルノブイル級の事故が、頻発する可能性がある(すでに起こっているかもしれない)。日本と違って情報公開されないから、いつの間にか当事国のみならず日本まで、福島の何百倍もの放射線にさらされる。
 原発が嫌な人は、日本より隣の国の原発新設を阻止すべきではないのか。田原総一郎氏は、日本の反原発者は一国平和主義だという。同感である。

⑩爆発する世界人口をどうやって養うのか
 もし世界中の人々が、日本人と同じ生活レベルを要求すれば、今の10倍ものエネルギーが必要となる。そのエネルギーに目覚めた世界人口は、これから90億~100億と増えていく。その状況下で、圧倒的高効率な原子力エネルギーを無くせるはずがない。これを排除してしまったら、必ずエネルギーを巡っての世界戦争になる。原発事故よりはるかに恐ろしい。
 人類がいったん手に入れてしまった文明は、決して後戻りできない。とくに原発や高速増殖炉の開発は、摺合せ技術を得意とする日本が、率先して進めていくのがいちばんである。それこそ人類に対する最大の貢献である。

            美浜原発 解体~再生 R1.7.10

 たしかに、原子力の開発は難しい。リスクはある。
 だが、「難しい道と易しい道、どちらか迷った時は難しい道を選べ」という。難しい道の方が、成長と大きな成果が得られる。易しい道は、ゆで蛙から国家~人類の滅亡である。

 そもそも世の中に、絶対安全、ノーリスクなど、どこにもない。人類はあらゆる身の回りの毒を受け入れ、あるいは役に立つものに代えてきた。加熱や発酵調理はその最たるものである。我々が日々摂取しているどんな食物にも、多くのいろんな毒素が含まれている。それらを避けていたら、人は生きていけない。

 たかが、一度の事故に慄いて、貴重な設備を稼働させないとは、なんという愚かで臆病な国民であろうか。その臆病さが人類を滅ぼすのである。宇宙開発という人類未来の可能性も殺してしまう。なんどもいう、直ちに原発の再稼働と開発を再開しなければならない。いますぐにでも動かせる原発は、20基以上ある。

福島廃炉デブリ

 ヒステリックに原発を毛嫌いするありさまは、我が国に対する隣の国民と同じ

 原子力損害賠償・廃炉等支援機構は、第一原発事故で溶け落ちた核燃料デブリを、2号機から取り出し始めるよう提言する。東電は昨年1月、2号機の格納容器底部でデブリとみられる堆積物を確認し、今年2月には小石状の堆積物をつかんで動かしている。1、3号機と比べて、調査が進んでいる。今年後半に、改めて2号機の内部調査を行い、サンプル採取を目指す。
 歩みは遅いが、確実に処理は進んでいる。同時に放射性物質の取扱いについてのノウハウも蓄積される。

 このデブリ取出し記事に対し、わずかながら
 ≪長期的な未来のため、起きてしまった事故をこのように解決しようと努力してる人たちを称賛して欲しい。≫という声があった。

 そもそも3.11の原発事故で、直接亡くなった人はいない。原発は、あれだけの事故があっても死者がでないほど、安全であることが証明されたのである。人々は単に、放射能という幽霊に脅えているだけだ。あるいはハンセン病への対応と同じ、醜い差別根性にこりかたまっている。
 またデブリは、それ自身強烈な放射線を発している。ということは、エネルギーの塊である。われわれは、放射線を使った装置の恩恵を思う存分受けている。医学分野と食品分野、それに分子構造を改変させる新物質の創出である。すべての物質は、毒素が強いほど有益性が増す。

              毒花

 しかし偏見だらけの日本では、原発の記事が出るたび、心無い無責任なコメントが並ぶ。
 ≪膨大な量の放射性危険物資、しかも成分分析もキチンとされていない、お化け物質をどう処理してゆくのか≫
 ≪原子力は人類の叡知だけでは制御出来ない領域です。それを安全かつクリーンだと喧伝して国民を騙した当時の政治家たちの無責任は、罪とは言わないのでしょうか?≫
 ≪対策も立てられない、終わりも決められない、かかるのは膨大な費用と要因、原発を推進していた人自分の責任をどう考えているんでしょうか。≫
 ≪デブリ全部を取り出すなど100年たっても無理。≫
 
 こういう人たちは、文句さえ言っていれば気が済むのであろう。かれら自身は何もしないし、ろくなアイデアも持っていない。
 なぜ世の中は、こんな人たちばかりになったのか。

 知識人と呼ばれる人たちが、リスクを過大視して人々に恐怖を植え付けたからである。もちろんその背景には、日本を弱体化させようとする勢力がある。そのため、大勢の人が「放射能」という幽霊に脅えることになってしまった。
 したがって、「汚染はないという政府発表は嘘八百で、福島どころか東日本の食品を食べているかぎり命が保たれない」などという、非人道的な国会議員がそれなりの支持を集めている。
 
 このように、原発のこととなるとまるで理解を深めようとせず、ヒステリックに騒ぎ立てる人々のあり様は、我が国に対する隣の国民とそっくりである。人(韓国人)のふり見てわが身を正さなければならない。

放射性廃棄物

 天然資源の無い日本にとっては、このエネルギー源を捨てることは国を滅ぼす

 昨日、竹内純子氏のエネルギーセミナー「原子力の未来について学ぶ」を受講した。ゲストは、山口彰氏(東大大学院教授)で、原子力やエネルギー工学、リスク評価を専攻している。久しぶりに原子力専門家の話を聴いた。

 山口氏がとくに強調していたのが、使用済みのMOX燃料を繰り返し再処理して燃料化する、次世代高速炉クローズドサイクルの必要性である。資源を有効利用するだけでなく、長期的に放射性毒性を有するマイナーアクチ二ド元素を繰り返し燃焼させ、毒性を低減させる。すでにロシアや中国では、かなりのところまで進んでおり、インドも続いている。
 
 この場合でも最後には、放射性廃棄物が残ることは避けられない。とくにいまの高レベル放射性廃棄物ガラス固化体は、500㎏で1500SV/Hという強烈な放射線と2.3KW/Hの熱量を有している。
 次世代高速増殖炉が停滞している日本では、まさにその処分が問題となっている。

     エネセミナー 竹内 R1.6.10       エネセミナー 山口R1.6.10

 だが人間にとって危険な放射線は、人間の天敵である病菌にはもっと危険である(敵の敵は味方)。もちろん熱源にもなり得る。天然資源の無い日本にとっては、このようなエネルギー源を捨ててしまうのは、きわめて勿体無い話である。IT分野で後進国となった日本が、エネルギー分野でも他国の後塵を拝するようなら、未来は真っ暗である。世界の最貧国になり餓死者が続出する。悲惨な日本を想像したくない。
 このことについては、本ブログでも散々主張してきた。放射線のリスクを恐れ、このままゆで蛙になるのはまっぴらである。

 一般に廃棄物利用の効率が悪いのは、それが散らばっているからである。「分ければごみ、集めれば資源」となる。ほとんどの資源は、集めるためのエネルギーが、かなりの部分を占める。
 その点原子力施設の廃棄物は、廃棄された時点で、極めて厳格に分別されている。
 つまり原発廃棄物は、資源を利用する上の最大障壁をクリアーしているのである。あとは、それを有価物に変換するだけである。永久機関でないのだから、できないはずはない。毒性が強ければ強いほど有効活用できる。放射線を遮断し、ヒートポンプなどの熱源として利用することも可能である。

 もんじゅや六ヶ所村では、マスコミがわずかのトラブルに目くじら立てるので、担当者は嫌気がさしてしまった。中国への人材流出が続いている。多少の放射能漏れくらい何の心配もない。足を引っ張るしかない放射脳患者を気にせず、どんどん失敗すべきである。失敗を許容し続けなければ、もう2度と日本は再生しない。

エネルギー密度と事故

 圧倒的多数の人の死に場所となるのが、ふとんの中と風呂の中である

 移動手段やエネルギー転換など、たいてい大規模化するほど集約度が高まり、効率が良くなる。移動の場合は、徒歩、自転車、バイク、乗用車、バス、船舶、航空機の順番で輸送効率は高い。また大規模化するほど、移動距離当たりの死者数は少ない。
 エネルギーでも、資源の採取から設備の建設、運転期間中までで、単位エネルギーあたりいちばん死者の少ない安全なのは、核エネルギーを使った原発である。

              獅子奮迅

 核のエネルギー源としての利用は、原発だけではない。半減期88年のプルトニウム238は、その放出エネルギーを電池として利用できる。最初1㎏あたり540Wで100年以上使える。宇宙旅行には、このエネルギー密度の高い核エネルギーが欠かせない。α線だから、取り扱いは容易である。もちろん家庭で使用してもかまわない。

 γ線やβ線も、もちろんエネルギーに変換できる。
 家庭用の小型原子力電池は、いくらでも可能である。核エネルギーも、小型化すれば便利である。ただ小型化すれば、事故の確率は高くなる。大規模原発のほうが安全である。
 原子力というと拒絶反応する人はいる。そんなことを言っても、すでに社会には病院や研究所などあらゆるところに、放射性物質は散らばっている。そもそも一歩地表を離れたら、上も下も強烈な放射線の世界である。放射線から逃げていては、人類は生きのびていけない。

                大砲 H30.7.17
 
 戦争における大量殺戮は、原始的手段によるほうが圧倒的に多い。大量に死者数を増やすのは、ナタと斧である。ルワンダやポルポトの大虐殺。住民を皆殺しにした元の大遠征も、今からみたら大した兵器ではなかった。これまで何十億人もの人々が殺されたが、核兵器で亡くなった人は広島・長崎以外にいない。

 みなが危険だと思っているものほど、じつは安全なのである。
 そしてほんとに危険なのは、みなが安心しているところである。圧倒的多数の人の死に場所になるのは、ふとんの中と風呂の中である。腹の上もある。

原発の未来

 現政権が退陣するときには、原発推進と核武装への道筋を置き土産にすべき

 日本の未来を左右するエネルギー政策の、その中心となるべき原子力政策が暗礁に乗り上げている。そのことに関し、エコノミスト(3/12)の記事で、橘川武郎氏(東京理科大教授)は、「福島後の未来をつくる」というタイトルで、原子力をめぐる課題と、その解決策を述べていた。

 橘川氏の述べる7つの課題は
①福島事故処理と、被災地復興
②第5次エネルギー計画「原発比20~22%」をどう実現するか
③廃炉のための人材確保
④再生エネルギーを主力電源化する第5次エネ計画における原子力の未来
⑤もんじゅ後の核燃料サイクルの進め方
⑥原発輸出が困難な状況での、重電メーカーの原子炉製造
⑦山積みする原子力問題を解決する主体はどこか

 これ以外にも、福島第一で蓄積される「汚染水」の処理、原発事故被害者への補償継続、青森県6か所村での燃料製造など、原子力に係る問題はいくらでもある。

 そしてその根本は、「人」である。難題を進めようとする意欲と能力のある人材が圧倒的に不足している。いくらでもいるのは、悪いことは人のせいにして、自分は安全なところにおさまっている性悪な人材ばかりである。

 すなわちいま、日本国民が重篤な放射脳病に罹り穴倉に籠っている。それに対し、自らの立場を悪くしても敢然とやるべきことをやるリーダーが必要である。残念ながらいまの政治家はすべて、東電を叩く側に回っている。自ら原発を推進し、叩かれる方になろうとしない。これでは日本の未来は真っ暗である。

               幽霊怖い

 そんな人を待っていては埒が明かない。今の選挙制度では無理かもしれない。
 橘川氏は、東電の柏崎刈羽原発を他の電力会社に売却することを提案している。原発事故に関して、諸悪の根源と思われている東電がこれらの原発を保有したままでは、再稼働は進まないからである。
 所有者が東北電力に代わっただけで再稼働するのは難しいだろうが、イメージの落ちた東電が保有したままでは、永久に再稼働は難しい。

 希望はある。
 菅政権が辞めるとき、FITという毒饅頭を遺して行った。安倍政権が退陣するときには、原発の推進、核武装への確固とした道筋を置き土産にしてほしい。そうでなければ、ここまできた長期政権の意味がまったくなくなる。

再エネ発電の問題

 再生エネルギー発電が普及するほど、大停電による国家的損失リスクが高まる

 10連休明けから、晴天が続いている。この季節は、気温が高くなく日光量が多いため、太陽光パネルはフル発電する。おそらく、地域によっては電力が余りすぎ、買取中止にしている。皮肉なことに、真夏のエアコンがフル回転する時期は、パネル発電機の能力は半減する。
 このことを含め、電力供給における実務の専門家である大嶋輝夫氏の「停電がいちばんわかる」では、いま日本でいびつに普及している太陽光発電の問題点を、以下のように記述している。

①売電により高電圧が発生する
 太陽光発電は、お天気次第でゼロから最大定格まで行ったり来たりする。最大電力が発生すると、その近隣の送電線は、100V以上の電圧となる。日本では需要家に電圧が95~107Vになるように、調整されている。そこに再生エネ電力が流れ込み、電圧が上昇すると、地域の電気製品がおかしくなるだけでなく、下手すると火災が発生する。

②いびつな交流電圧カーブ
 また太陽光発電は直流を交流に変換している。そのため交流曲線の波形は滑らかにならない。多くの電気機械は寿命に影響するし、精密な機械なら動作が狂ってしまう。家庭の屋根にある売電用太陽光パネルは無数にある。なかに粗悪品のインバータが使われていれば、まともな品質は確保できず機器の劣化が進む。

                光る太陽
③環境被害の押し付け
 大規模太陽光パネルは、休耕田を利用することが多い。いまでも日本は、食料自給率が40%しかない。残りの60%を輸入しているということは、膨大な土地と水資源、耕作エネルギーを海外が負担している。
 さらに、パネルの原料採掘時に発生する環境や人身被害を資源国に押し付けている。
 このことは、他の国の環境悪化を犠牲にして、日本だけがいい思いをしようとする、一国平和主義そのものである。世界全体では、確実に環境破壊が進んでいる。


 従来指摘されていた問題点に加え、再生エネルギーには、このような欠陥がある。電力会社は、そのリスクが顕在化しないように、必死で支えている。これからさらに、再生エネ発電が増えると、支えきれなくなる。大嶋氏は、高効率化した火力発電の脆弱性も指摘しており、いまの電力供給バランスでは、大停電が頻発するようになるという。

 そしてこれからは、太陽光発電の買い取り価格が、大幅に下がっていく。最大42円/kWhだったのが、2019年度で14円/kWhで、さらに下がる。むしろ、FITと化石燃料のおかげで電力料金が25円/kWhを超えるまで上がっている。したがって、太陽光発電は、自己消費に向かう。消費者は、質の悪い電力をどのように使いこなすのかが問われる。

廃炉処理

 目の前の作業を確実にこなしていくことが経済活動を促進し、技術資源の蓄積にもなる

 東京電力は15日、福島第1原発3号機使用済み燃料の、プールからの搬出作業を始めた。最も危険視された4号機からの搬出は終わっていたが、炉心溶融を起こしたプールからの搬出は初めてである。3号機のプールには556本の使用済み燃料が保管され、廃炉を進める上で大きな障害となっていた。予定から4年以上遅れているという。

 今月中に、取り出し容易な未使用燃料7体を別のプールに運び入れる。その後で、作業が難しい燃料取り出しを行う。困難な作業なら数回は失敗する。そのときは、メディアや心無い人たちの中傷を跳ね返していただきたい。計画から遅れているとはいえ、確実に進んでいる。これまでだれも行ったことがない未知の世界である。失敗を重ねることで、これからの原子力開発に向け、きわめて貴重なノウハウが蓄積される。
 現場で実際に作業する人、指示する人、作業環境を整えた人たちを応援する。


                子どもサル

 そして、誰が何と言おうと、原子力の開発・普及は、もっと進めなければならない。宇宙船地球号は、核エネルギーのE=mc2という、圧倒的効率性を有効活用すべきである。核燃料の開発をやめたら、100年後の100~200億の人類は生きていけない。これは科学的原理的に自明である。その選択肢を奪おうとする者は、鬼か悪魔である。その悪魔を放射脳病がつくっている(悪魔は詐欺師と同じで一見やさしい)。現代の先進国は、未来人類を殺す放射脳病を治すことに、全力をあげる必要がある。

 ともかくいまは、目の前の作業を確実にこなしていくことである。
 このことが経済活動を促進し、技術資源の蓄積にもなる。
 現場では様々な役割を持った人が一生懸命やっている。それをどこ吹く風で見ている私たちには、誰が悪い、遅い、見通しが甘いだの、とやかく言う資格は無い。ここまでやってくれた方々に感謝したい。

太陽光発電の悪夢

 民主党政権の悪夢は現実であった。その毒が全身に回って日本中がのた打ち回る

 日本に太陽光発電が普及するにつれ、その弊害が目立つようになってきた。
 まず場所をとる。いまや日本中どこに行っても、無異質な太陽光パネルが我が物顔にのさばっている。新幹線で太平洋側を走ったとき、窓の外一面に広がる太陽光パネルの大海原に吃驚した。こんなものを、自然エネルギーという人の神経が理解できない。

 お金の負担も重くのしかかってくる。
 いまでさえFIT(による消費者負担)が2兆4000億円ということは、国民一人当たり年間2万円もの、余計な支払が発生している。毎年日本人一人2万円以上を特定の事業者に支払っている。しかもこれから、どんどん増える。
 いくら高速増殖炉が金食い虫だと言っても、20年間で1兆円である。このFITの1年分をつぎ込めば、あっという間に完成していた。いまごろ最少コストで電力の2~3割は賄っていた。中国やロシアの後塵を拝することはなかった。
               
            環境破壊  H30.10.22

 そもそも太陽光発電は、夜の発電量ゼロ。それはいいとして、昼は出力制御しないと周波数が変動してしまう。発電しすぎると電力設備が壊れるし、低発電に備えてバックアップのための火力発電をアイドリングしておく。こんな劣悪品質の電気が、安定した電気よりも高く売れることがおかしい。

 ここまで国民負担が上昇することを、行政は想定していなかったはずはない。先行するヨーロッパ諸国の状況からある程度予想されていた。していなかったらバカである。
 FITこそ、民主党政権の最大の悪夢であった。いや悪夢でなく現実であった。その毒が全身に回って、これから日本中がのた打ち回る。

核のゴミ

 核のゴミはゴミではない。貴重なエネルギー資源である

 原子力開発のネックは、トイレの無いマンションといわれる核のゴミの始末といわれている。福井の県知事選に出馬するいずれの候補も、関電の原発使用済み燃料は、県外搬出にこだわっている。日本全国、醜いババ抜き合戦である。
 ほとんどの人は、無責任な言動をぶつけるだけで、だれも自ら手掛けようとしない。原子力に係ろうとする人たちに対し、「暴利をむさぼる既得権益者」と、冷たい言葉を投げつける人さえいる。福島第一の廃炉作業でも新たな段階を迎えており、その画期的な作業に対しても、冷ややかである。

 これでは、優秀な人はだれも問題に携わろうとしない。いま核燃料サイクル技術が停滞しているのは、困難な業務を遂行できない、落ちこぼれ集団ばかりになってしまったからである。世間の冷たい目に耐えられる人はそういない。いまのままでは、人類が生き抜くのに必要なエネルギー開発が制限されてしまう。

                お釜

 この際、核燃料「廃棄物」くらい、福井県が喜んで引き受けるべきである。嶺南でなく嶺北、福井市内のほうがいい。そこに核開発の研究施設をつくる。核廃棄物は、貴重な資源である。

 「核のゴミ」はどのように処理したらいいのか。
 すべてのプロセスには、インプットとアウトプットがある。仕事をすれば必ず余剰が発生する。一般にそれを「廃棄物」という。それをつぎの資源にすれば、新たな価値が生まれる。発酵はそれを利用したものである。

 多くの廃棄物利用の効率が悪いのは、それが拡散しているからである。「分ければごみ、集めれば資源」である。ほとんどの資源は、集めるためのエネルギーが、かなりの部分を占める。
 だが原子力施設の廃棄物は、廃棄された時点で、極めて厳格に分別されている。

 したがって原発廃棄物は、資源を利用する上の最大障壁をクリアーしている。あとは、それを有価物に変換するだけである。永久機関でないのだから、できないはずはない。毒性が強ければ強いほど有効活用できる。そのまま熱源として利用することも可能である。もんじゅや六ヶ所村では、マスコミがわずかの失敗に目くじら立てるので、担当者は嫌気がさしてしまった。

 優秀な人材をこの分野に投入するためには、国民の原子力アレルギーを治療しなければならない。このままでは、核のゴミは永久にゴミで終わる。

韓国の知性

 日本人が忌み嫌う韓国も、原子力政策に関しては冷静で合理的な判断をしている

 韓国で中断されていた新古里原発5、6号機の建設再開が、市民参与型調査の結果、賛成多数で可決されたという。少し古いが、2017年10月のことである(「世界1月号」高野聡氏の投稿による)。

 市民参与型調査というのは、対象者に充分な情報を与えたうえで意見集約を行う。韓国の場合、サンプリングされた数百名の対象者が、事前学習を行ったうえで宿泊を含む討論会や学習会を何度も行い、その都度調査を行う。ふつうの世論調査では、その案件に対し知識レベルの低い人が多いため、世間の偏った情報に影響されてしまうからである。

 この韓国の市民参与型調査では、最初に行った一次調査では36.6%だった建設賛成者が、最終の4次調査では、59.9%にまで増え、建設再開が決まったという。あれほど日本人が忌み嫌っている韓国も、原子力政策に関しては冷静かつ合理的な判断をしている。
 韓国は深刻な大気汚染もある。なにしろWHOの報告では、大気汚染のため亡くなる人は世界で700万人にもなる。韓国だけでも数十万人はいる。

              極楽浄土と、遠くに槍・穂高 H30.9.23

 一方、日本ではどうか。
 日本原子力文化財団の調査によると、17年10月の調査において、「今後原子力発電を増やしていくべき」という人は、たった1%しかいない。逆に「廃止すべき」という人は65%もおり、韓国人とは大きな認識の差がある。日本では原発再稼働どころか、原発新設など夢のまた夢である。

 日本人が原発を嫌うのは、そもそも人々が原子力や放射線について、誤ったイメージを持っているからである。つまり日本では、やみくもに「原子力は危険だ」と言う人が70%、「不安だ」と思う人が60%もいる。「必要だ」と言う人は、20%にも満たない。放射線に対するイメージもほぼ同じ割合である。
 日本だけで年間数万人は亡くなっている化石燃料発電の大気汚染より、原発のほうが怖いらしい。こんな低レベルな日本国民の世論調査をもとに、原子力政策ができるわけがない。

              タヌキの勢揃い

 じつは「世界1月号」で、韓国の市民参与型調査で原発建設再開を論じていた高野聡氏も、「反原発派」である。高野氏は韓国の市民参与型調査のとき、資料やTV番組などに、賛成派から根拠に乏しい偏った情報が提供されたと主張している。韓国メディアも建設賛成側に立つ報道が多かったという。

 日本とはまるで反対である。もともと日本では原発推進に係る報道はほんの一部で、圧倒的多数が反原発に立った歪曲情報である。本屋や図書館の書棚は、反原発本で溢れている。両論併記を行っているメディアさえ少ない。そのため日本は、バイアスに罹った放射脳患者で一杯である。この病気を治すのは難しい。
 したがっていまの日本で、韓国のような原発政策の市民参与型調査を行っても、短期間で最善策をとることはできない。


 しかし、憲法改正(破棄)、核武装を含め、事態は急を要する。日本沈没を免れるためには、一気にルールを変えなければならない。モタモタしている暇はないのである。