FC2ブログ

年の終わり

 まもなく今年も終わる。いろんなことがあった

 まず45年の運転歴はじめて、大規模な交通事故被害に遭い、車を買い替えた。
 相手は80代老人である。運転中意識が無くなって中央線をはみ出し、反対車線からぶつかってきた。私もときどき、運転中意識が無くなる。他人事ではない。修理なら全額保険適用できたのだが、大枚はたいて自動ブレーキ付き新車を購入した。

 じつはこの秋には、私の実弟も自動車同士の衝突で車を全損し、新車を購入した。
 イノシシ年は、車も見境がない。

                いじけた猪

 そして99才の父親が、老衰で亡くなった
 8か月ほど在宅介護が続き、家中で険悪ムードが漂い始めていた。それまで、父親より息子の私のほうが、あの世に近いと思われていた。修羅場を演じることなく、最悪の事態を免れたのは幸いであった。
 ややこしい相続手続きも、アタフタしながら終わらせることができた。
 こんどは、私の番である。

 その他、深酒すると必ず意識が無くなるようになった。おそらく、ここに書けない恥ずかしい出来事もあったと思う。
 残念ながら、オリンピック競技には出れそうもない。金メダルは、永遠に無理である。
 それ以外なら、来年は必ずいいことがある。
スポンサーサイト



誕生日

 いま、吉田兼好の死んだ年を越えようとしている

 今日、私の誕生日である。「誕生日おめでとう」と言われなくなって久しい。
 34年前の今日、日航ジャンボ機の墜落で520人が亡くなった。朝の通勤途上のニュースで名前を聞きながら、亡くなった人たちのおかげで自分が生きていると、つくづく感じたことがある。

 それがいまや、吉田兼好の死んだ年を越えようとしている。
 今朝の福井新聞の死亡欄を見ると、福井市の死者10名のうち私と同じ年齢が3人いた。

              獅子奮迅

 そろそろ潮時である。
 と10年前から思っていても、なかなかその気になれない。下半身も元気である(スクワット500回可能)。
 今年亡くなった父親と同じ年まで生きるなら、あと30年もある。今の仕事を、100才まで続けられるかどうか。遊んで暮らすだけの年金ジジイにはなりたくない。

 それができるかの要のひとつは、変化するIT環境に対応できるかどうかである。とりあえず今年中に、ウィンドウズ10へすんなり移行したい。無駄な抵抗を止められるか。これが試金石になる。

終活の整理

 父親の遺品を整理している。
 タンスや布団など、これまでトラック1台分は捨てた。
 それでもまだ、大昔の写真や古文書、年代ものの衣服、孔のあいたカシミアのコート、羽織袴、モーニング背広、高級そうなカバンなど出てくると、捨てるに捨てられない。 

                骸骨の霊 H30.7.17

 私自身も終活に向けて、身の回りを整理している。
 捨てるには決心がいる。だが、身軽にしようと捨てる以上に、いろんなものが溜まる。10年前から本を買わなくなったのに、黙っていても郵便・宅配でどんどん送られてくる。いろんな団体の会報など、知らないうちにゴミの山ができる。
 いつになったら、なにもないすっきりした暮らしができるであろうか。

視察旅行

 明日から、顧問先企業の視察で関西方面に旅行する。
 開発中の、実証施設建設の工事現場を視察するためである。そこではNEDOの支援を受け、地中熱を利用した冷暖房省エネを行う装置を取り付けている。その本格運用のための施設である。

 この事業は、開発をはじめて4年以上経った。実験をやるたび失敗を繰り返してきた。補助金を使っていても、作業の労力は並みたいていではない。関係者は、よく諦めずここまで来たと思う。自然科学を使う技術は、成功するまでやれば必ず成功する。これからも、いくどか失敗を繰り返す。そのたびノウハウが蓄積され、参入障壁が高まる。


 早朝視察なので、出発は今日の夕方となります。
 ということで、
 本ブログは、明日から2日間お休みします。
                長い馬

 じつはその前に、相続手続きがある。
 ようやく今日の午後、家庭裁判所へ行って父の遺言書の検認を受けることになった。その足で、登記所で不動産登記をする予定。自分で作った書類が間に合うかどうか。これでやり直しと言われたら、また県外の親戚を駆けずり回る羽目になる。
 国民にこんな面倒なことをやらせるから、日本は国際競争力が無くなるのである。                  

お足飛ぶ

 つぎつぎと懐からお足が飛んでいき、我が家は一気に貧乏になる

 ことしは、自動車事故から新車の購入、父親の葬儀と、150~200万円クラスの出費が相次いでいる。これだけで充分痛い。だが年末にかけて、もう一つ大きな出費がある。
 パソコンの買い替えである。これまで使っていたウィンドウズ7のサポートが、来年1月で切れる。それまでに、ウィンドウズ10の入ったパソコンを購入しなければならない

 ぎりぎり我慢しようと思っていたが、周りの人たちが10を使いだすと、互換性がおかしくなる。現に、私のウィンドウズ7のオフィス2010で作ったワードデータを、最新のパソコンに送ったら、行化けしてしまった。一人で頑張っていても、他の人と通じないのでは仕事に差し支える。

 パソコンを2台あるので、そのうちの1台だけでもウィンドウズ10と最新のオフィスにしなければならない。これで10~20万円はかかる。葬式や新車購入代金より安いが、続けて出すのはつらい。

               金が飛んでいく

 さらに心配なのは、菩提寺の住職が亡くなったことである。その跡継ぎ襲名披露や、改築費用などに多額の寄付金を要求されるのではないかと戦々恐々している。宗教法人は、事業承継助成金の対象にはならない。

 そのうえ、築50年は経っているわが屋敷の屋根が腐っている。いまかろうじて、ブルーシートで雨漏りを防いでいる。これを直すとなると、1000万円単位のお足が飛んでいく。
 これから我が家は一気に貧乏になる。これからも相続税の心配をしないように。

書類と本の整理

 トラック一杯のガラクタを処分するための大騒動がまもなくはじまる

 こんどは私の終活のひとつ、書類の整理を行っている。ほとんどは、20年前に始めた仕事関係のものである。訪問・診断した企業の診断内容や決算書類が多く、そのまま捨てることはできない。廃品回収に出せないので、始末に困る。薪ストーブがあれば燃やせると思ったが、だめらしい。薪ストーブで紙を燃やすと、煙突に灰がつまり周囲に飛散する。また、相当量の灰が残る。

 したがって、読み取れないようにして家庭ごみに出すしかない。シュレッダー機がないので、人間シュレッダーが書類を粉砕する。企業名や内容がわからなくなるまで紙を破る。一度に出せないので、毎週20㎝ぐらいづつ処分している。あと1年くらいかかりそうだ。
 ほとんど10年以上前のものなので、情報としての価値はないのだが。

              窓の花 本体は枯れても元気な 朝の顔(平成25年9月16日撮影)

 あとは、本である。1000冊はないと思うが、雑誌や単行本取り混ぜたら、大八車一杯になる。これこそ古紙として廃棄できるが、ただで捨てるのは惜しい。1冊1500円として、買った時は150万円である。それでも古本屋に売れば2足3文にしかならない。いっそ自宅を古本屋にしたらどうか。1冊100円で10万円。1000冊の本に値付けするだけで、それくらいコストがかかる。

 本や書類を整理していると、有象無象のガラクタが出てくる。使わないのだが、捨てるには惜しい。だからどんどん溜まる。じつは、こんなものは序の口である。先日亡くなった父親のガラクタが、それこそトラック1杯ある。この始末に頭を痛めている。

まもなく1万回

 あとひと月で平成が終わります。本日お昼ごろ、新元号が発表されます。
 本ブログを開設して、まる6年が経過しました。平成最後の6年の記録です。拍手回数が、やがて10000回の節目を迎えます。そろそろ潮時かも知れません。

 私が本ブログをはじめたのと同じ時期、海老蔵氏がブログを開設しました。内容は写真と日常の出来事を数行だけです。それだけで広告収入が、年間3千万円以上あるといいます。もちろんこちらは、一円の収入もありません。

              極楽浄土へ急登 H30.9.23

 この際、栄えある10,000回目の『拍手』をしていただいた方には、粗品を進呈します。
 『拍手』コメント欄に、10,000回目であることと、住所・氏名を書いてください。かって、1,000回目に『拍手』していただいた方にも、それなりのプレゼントをさせて頂きました。
 ちなみにその方は、まもなく成仏されました。

平成の終わり

 平成のつぎは、間違いなく私の終活時代である

 もうすぐ平成が終わる。巷では多くの人が総括を行っている。元号で時代を括るのはあまり合理的でないが、30年という時間は、天皇でなくてもほぼ親から子に繋がる一世代である。企業の事業継承も、だいたい70才位の社長から40代の息子になされる。

 私の場合平成の30年は、サラリーマンから独立し、紆余曲折し今に至る人生であった。父親が社長だったら、ちょうど引き継ぎどきである。つまり昭和天皇が亡くなったのは、私がサラリーマンの退職を決意したときである。

              仏舎利塔 H30.11.18

 私は平成に入って間もなく会社を辞めた。機械設計会社を1年、眼鏡部品会社を7年経営。一時期、眼鏡中堅会社に顧問として入る。その後9.11の同時多発テロのころ、いまの経営コンサルタントに転身した。
 その10年後の平成23年に、3.11東日本大震災が起こる。同じ平成でも、その前と後では様相は大きく異なる。その少し前にはリーマンショックがあり、日本中の製造業が青息吐息であった。よく日本は回復したと思う。

 間違いなく平成のつぎは、私の終活時代である。いま99才の父親が死にかかっており、その後の30年を私がカバーする。終わるのは、つぎの元号交代と同じになるかもしれない。長生きして、末代までの恥になるか。

幼馴染の喪主

 若しかしたら、人生最後の長生き勝負には、こちらが勝つかもしれない

 昨晩、近所にいた人の通夜に行った。享年95歳。近所の人といっても、20年前に県外の息子のところに行き、4年前に体を壊して福井の病院に入っていた。だから、ここ数十年会っていない。
 じつは、その息子というのが葬儀の喪主で、私の幼馴染であった。
 生まれたのは、私より5か月ほど遅い。高校1年のとき鉄棒で大けがをし、私の1年遅れとなるまで、幼稚園~中学校からの同級生であった。

 私が有利だったのはそれだけである。
 幼い時から彼は、私の必ず1つ上を歩んでいた。たとえば幼稚園のとき、近所の駄菓子屋で私が1等の当たりくじを引いて喜んでいたすぐ隣で、彼はすんなりと「特等」を引いていた。小学校では、私がテストで90点をとると、彼は必ず95点か100点であった。またお互い同じ学年の妹がいたが、私と彼が小学校から帰ってきたとき、彼の妹だけ「お兄ちゃん」といって彼に飛びついたのが記憶に残る。
 極め付きは小学校卒業の時、私が成績優秀の「学校賞」を貰って得意になっていたら、彼は平然と最高レベルの「県知事賞」を受賞していた。

 その後中学・高校と、彼は常に学年のトップクラス。成績の落ちた私は、いつしか彼の背中さえ見えなくなっていた。東大法学部から裁判官になり、国立大学の教授へと、エリートコースまっしぐらである。とくに裁判員制度に関して一家言持っており、関連の著書も多い。いまや法曹界の重鎮である。

 その彼とは30年ほど前、近くの実家を見に来たとき、簡単な言葉を交わした。それ以来会っていない。この機会、久しぶりに彼の顔をみようと、通夜に参列した。いくらエリートになっても、お互い覚えているであろう。

            祭壇 H30.6.09

 しかし残念ながら、喪主の席に彼の顔を見ることはできなかった。
 主催者である彼の奥さん(らしき人)に聞くと、体調が悪く臥せっているということであった。詳細な病名までは聞けなかったが、喪主として通夜に出られないくらいだから、かなり悪いのではないか。
 若しかしたら、人生最後の長生き勝負は、こちらが勝つかもしれない。


 もっとも、体調が悪いというのは方便であって、ほんとはノーベル賞なんかでストックホルムかどこかへ行っているのである。幼いころ駄菓子屋で「特等」をとった運と実力は、まだ衰えていないと思う。
 どう考えても、彼には勝つ気がしない。

休養日

 1週間前から、体がだるい。最初のどが痛くなり、鼻水が噴出。その後背中や節々が痛くなってきた。咳も止まらない。2~3日前、治りかけたと思ったのに、深夜まで寒さを我慢してパソコンに向かっていたら、ぶり返してしまった。急に積まれた仕事に戸惑ってしまったからである。

 これでは元の木阿弥である。むしろ以前よりひどくなった。
 治りが遅いのは、まちがいなく老衰のためである。外観は40代でも、下半身と体内細胞は70を超えている。若くみられるのもつらい。

 今週の体育祭で、ある競技の70才以上の部にエントリーしていたら、クレームがついたという。どう見ても70才には見えないからだそうだ。

              2つの玉 

 養生のため、今日はこれで失礼します。
 幸い食欲はあるので、まだ棺桶に入ることはないと思います。もちろん、年に一度の休肝日ではありません。

5年の節目

 今日で、本ブログ継続5年目となった。

 最初、1か月でいいと思っていたのに、半年から1年~3年と伸び、まさかの5年目である(ブログ本数は今日が1998本目)。ここまで生きていることさえ想像できなかった。あと数か月で古稀を迎える。

 これも、拍手していただける方のおかげです。
 ありがとうございました


            あっぱれ H28.12.5   

 ただ5年も続けたのに、いっこうに慣れない。1000字の文は、相応の気力とそれなりのネタが必要である。頭が昼行燈では1行も書けない。まとまった文を書く難しさは、最初から変わっていない。老化が進んでいるからであろう。

 だから書くのをやめたら一気に惚ける。いまも頭のなかはお花畑である。
 もう私の周辺、桜通りは満開に近い。
            桜通り満開 h30.3.30
 今日はこれから京都へ花見旅行。来週は福井の桜が満開になる。

元旦

あけましておめでとうございます
      今年もよろしくお願いします

 
      飲むイヌ

 このブログも、なんだかんだと、今年の3月で5年になります。
 5年続けてこの程度なので、そろそろ潮時でしょう。それなりの年齢にもなります。怖いのは、始めるより辞めるのが難しいこと。

 以前のような馬力は出なくても、チビチビ仕事は続けます。年を取っても、経営コンサルタントという仕事は、できることが増えています。ただ、格安の仕事を受け、後悔しないようにだけはしたい。

 とりあえず、15日は恐怖のPSA検査。ここを乗り切れば、つぎの半年は頑張れる。
 その前に、ナマコで一杯。

減退した記憶力

 脳内に沈殿した記憶を呼び起こすには、お酒をほどほど飲むことである

 年取るにつれ、記憶が目に見えて減退していく。記憶力というより、「記憶を呼び出す力」である。話していて、なかなか言葉が出てこない。頭に浮かんだイメージを口走ると、「あれのこれをどうした」となって、わけがわからない。

 したがってここ数年、人前で話す講演は、ほとんど断っている。言葉が出なくて立ち往生することが、しばしばあったからだ。そうすると、記憶を引き出す訓練が途絶え、ますます話すことができなくなる。悪循環である。10年前禁煙してから、その傾向が強くなった気がする。

           飲酒運転撲滅 H27.7.18  技術士研修会資料より

 それでも、思いを発信することはできる。書くことである。
 ブログの場合は、言葉が出なくても、ネットなどで調べられる。きっかけがあれば思い出す。なにしろ、70年近くの人生で見聞きしたことがすべて頭に詰まっている。それをすいすい出すのは至難の業である。口車のうまい人は、記憶と言葉がつながる能力の長けた人、あるいは頭の中身が少ない人である。

 もう一つ、脳内に沈殿した記憶を呼び起こす方法がある。
 飲酒である。人とお酒を飲むと、つぎつぎと言葉を発することができる。アルコールが、記憶と言葉の間にある障害を除去する。できるだけ機会を見つけて酒を飲む場に出る。

 しかしこれには致命的欠陥があった。アルコールの量が少ないと不十分だし、多すぎるとろれつが回らなくなる。酒宴で中庸を保つのは、至難の業である。

古稀一歩前

 気が付いたら、昨日(12日)は69才になる誕生日であった。

 先だって、105才で亡くなった日野原重明医師は、100歳を超えても誕生日を祝って貰っていたという。日野原氏は著名人だから、周りが放っておかない。ふつうは知らないうちに誕生日を通り過ぎる。数年前から、自分の年はわからなくなっていた。もしかして70才の古稀かと思って、数えなおしたらまだ1年あった。
 日本人の健康寿命ぎりぎりである。いまはまだ年相応に動ける。

        あの世への架け橋 H27.9.26
 
 それでも同年代の知人が、つぎつぎ他界していく。空耳でも頻繁に、お迎えの声を聞くようになった。来年無事に、古稀を迎えることができるであろうか。
 97才の父親はますます元気である。これから親子で長寿競争になる。

学生時代のトラウマ

 なんでも目の前のものは、早く片付けないと気がすまなくなってしまった

 小学校や中学校のとき、夏休みや冬休みには、必ず宿題が出た。「夏休みの友」といって、毎日2ページくらいの分量である。毎日きまった量をこなせば、何も問題がない。だが、小学校から中学校を通し、必ず最終日に持ち越す。夏休み40日分も溜まれば、相当な量である。
 なにも、悪ガキとして開き直っていたわけではない。むしろ、できるおとなしい子として通っていた。気が小さいので、休み明けの宿題を白紙で出すわけにはいかない。

 そのため、長期休みの最終日には、必死の頑張りとなる。それも薄暗くなるまで手をつけられない。夕食後に、必死で仕上げる。もちろんやったように見せかけるだけである。小学生であるから、9時ごろには眠くなる。そこから2~3時間が、地獄であった。

 こんな苦労をするなら、前もって少しでもやっておけばいいのに、それが出来ない。なぜか、ぎりぎりまで手をつけられない。すぐ違うことに興味を持ってしまう。高校に入っても、大学受験の勉強が全く手につかず悶々としていた。なぜ駅弁でも大学に合格できたのか不思議である。

      茹で鼠

 じつは、小学校から中学、高校にかけての、この地獄の苦しみが、私の大きなトラウマになっている。やろうと思ってもできない。このことで、今も夢でうなされる。登校日の朝、まったく宿題に手を付けておらず、真っ青になったところで目が覚める。

 さすが会社勤めになると一夜漬けは利かない。学校の勉強とは質も量も違う。
 かってのトラウマから、こんどはなんでも目の前にあるものは、早く片付けないと気がすまなくなってしまった。だから仕事は早いといわれる(簡単な仕事であるが)。

 問題なのは、酒の飲み方である。
 注がれた酒はそのまま貯めておくことができない。注がれるとすぐ飲む。その繰り返しでいつの間にか、酒の弱い私が酒飲みの烙印を押されることになってしまった。
 早急に北朝鮮問題を片づけたいのも、このトラウマのせいである。

記憶障害

 最近、自分の書いたことまで忘れるようになってきた

 むかしから、物覚えがいいほうではない。とくに最近、めっきり記憶力が落ちた。いくら本を読んでもほとんど身につかない。
どうしたら記憶力を取り戻せるか。


 篠原菊紀氏(諏訪東京理科大教授)が「週刊東洋経済」に掲載した記事によると、記憶には「覚える」、「それを保持する」、「思い出す」の3つの機能がある。高齢者は、このうちの「思い出す」機能が衰えているという。いくら覚えても、必要なときに思い出すことができなかったら意味がない。

 したがって、あることを長く覚えておこうと思ったら、はじめにこの3つの機能を働かすことがいいらしい。最良なのは、記憶したものをすぐに書きだすことである。読書感想文が書ければベストである。 
 さっそく、以上のことを記憶しておくため、この文を書いた。


 だが、ほんとにこれで効果があるのだろうか。
 最近、自分の書いたことまで忘れるようになった。週に一度の深酒も影響しているようだ。

今年の活動計画

 鬼になって高価格戦略をとることと、息子が嫁を迎えることである

 昨年は忙しかったが、まったく売り上げには結びつかなかった。1年中、なにかに追われていた。つい油断して、『断る力』を発揮できなかったからである。他人からものごとを頼まれると断れない。そのうえ昨年度は、自治会長と合わせ地域区長という大役も仰せつかった。
 これでは体が持たないし、心を亡くす。老い先の短い今、できることは限られる。もっと自分の時間が欲しい。

 だから今年は、昨年の轍は踏まない。
 『断る力』を回復する。具体的には高価格戦略を取る。
 すなわち、ギャラの少ない仕事は受けない。原則として受注価格を1回(半日程度)あたり3万円とする。もちろんいくら安くても、すでに約束した仕事は続ける(防災委員やあと2年間は交通安全指導員など)。
           鬼
 その他の仕事は、心を鬼にして断る。鬼になれるかどうかが、正念場である。そのうえで、いつ死んでもいいよう、ひとつひとつの仕事を充実させる。

 ただ心残りは、はやく息子が嫁を迎えてほしい。子供の一人も作ってもらえれば、直系の子孫ができる。これで思い残すことはない。
 (これこそ徒然草にある、『夕べの陽に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき。』である)

平成29年元旦

  あけましておめでとうございます

 今年も妄言ブログ
    よろしくお願いします!!

            白山砂防新道からの朝日(初日ではありません) H28.10.14

 今年こそ毒饅頭を一掃して、いい日本を築きましょう。
 もしかしたら今年は、天皇陛下が譲位され、新しい年号に変わる可能性もあります。われわれも、つぎの世代への本格的な禅譲が必要です。

やっと修復

 仕事の半分以上を占めているパソコンが使えなくなったら引退である

 昨日は丸一日、不調のパソコンと格闘。あきらめたかけたところ、夜中になって何とか元に戻った。結局、原因の本丸はなんだったのか。
 
 ヘルプ画面を呼び出しながら、つぎのことをやった。

 ①メモリ負荷の確認→メモリ負荷は問題なかった
 ②ディスククリーンアップで12ギガ削減した→変化なし
 ③再起動の繰り返し→変化なし
 ④念力→変化なし

 これらの動作は、普通のパソコンなら10分もあればできる。だが、動きが極端に遅いため、これだけやるのに、5~6時間かかった。なにしろ、クリックしてからの動作が本来の100倍かかる。

 最後に念のため、ウィルスを除去しようと「ウィルスバスター」を立ち上げた。別のウイルスソフトが入っており、それを削除したところ、なんと動作が元に戻った。動作が遅いので、こんな操作でも3時間以上かかる。その間、③再起動、⑤ケーブルの接続確認、⑥マウスの電池交換、⑦罵倒+100叩き、⑧念力+呪文、などいろんな操作をした。だから、ほんとの原因はよくわからない。たぶん原因は、このウイルスソフトの重複であろう。
 なんとか今のところ、順調である。

          昼行燈
 
 修理に出すと、業者はめんどくさいのでハードディスクを交換する。それなりのお金と貴重なデータ(一部バックアップしていなかった)を失う。いま私の仕事の半分を占めているパソコンが使えなくなったら引退で、たちまち「昼行燈」になる。なんというもろい仕事であろう。

パソコン不調

 パソコンが不調で仕事ができない。
 昨晩出張から戻り、ブログを更新するために愛用のパソコンを開いたら、どうもおかしい。ネットで台風情報を見ていたら、急に動作が遅くなった。あとは、なだめてもすかしても動かない。というより、極端に遅い。フォルダを開いたり閉じたり、ひとつの動作だけで数分から10分以上かかる。これでは仕事にならない。とてもIOFT展の報告どころでない。ここまで書きあげるのに5時間かかった。HDDが壊れた可能性もある。

 と、いうわけで
  しばらくパソコンと格闘します。

 これを機会に、ブログ更新の頻度を少なくしたいと思います。