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ラグビー日本敗退

 イギリス領か植民地だった国が残り、そのイギリスがEU離脱で右往左往する

 昨晩、日本中が注目したWCラグビー日本対南アフリカは、日本が3点しかとれず、3-26で完敗した。素人目にも、組んだとき完全に押されていたし、スピードも違う。スコットランドに勝ったときの気力もない。日本は、予選で力を使い果たしてしまったように見えた。

 今回のシリーズで日本は、ロシアに30-10、アイルランドに19-12、サモアに38-19、スコットランドに28-21で勝っている。いずれも苦しい点数での、ぎりぎり勝利である。
 一方の南アフリカは、ニュージーランドに12-23で競り負けたものの、ナミビアに57-3、イタリアに49-3、カナダには66-7で大勝している。奪った点数は、4試合で日本が115点、南アフリカが184点。日本の1.6倍である。普通に考えたら、力量差は明らかである。

 もし日本が決勝まで行っても、相手はニュージーランドである。このチームは、日本がやっと勝ったアイルランドに、46-14の大差で勝った。素人目でも、その差は歴然としている。あの試合を見たら、とても日本が勝てるとは思えない。

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 ただこれで、目標としていたベスト8は実現した。勝ちすぎるとつぎが大変である。ここから先は、4年後に取っておけばいい。またラグビーのおかげで、同時開催していた、プロ野球日本シリーズの影が薄くなった。私にとって、60年前から見せつけられたマンネリプロ野球より、ラグビーの方が新鮮である。

 そして残った4チームは、すべてイギリス領か植民地だった国・地域である。
 そのイギリスが、EU離脱のことで右往左往している。このところの世界景気悪化の一因でもある。正式に、「合意なき離脱」が決まれば、日本の消費増税と合わせ技で、世界恐慌が来る。香港デモやソウルデモの混乱も加わる。

 そういえば韓国がなぜか、ラグビー日本チームのユニホームが「旭日旗」だと言って騒がない。桜をイメージした赤縞のユニフォームは、パラリンピックのメダルよりよほど旭日旗に近いと思うのだが。もうそれどころではないのであろう。
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新型原子炉の開発(エネルギーセミナー)

 今の日本では、中国の属国として「日本自治区」となるのは時間の問題

 昨日、エネルギーセミナーを受講した。講師は原子力専攻の岡本孝司氏(東大教授)である。今年は、竹内純子氏の「エネルギースクール」は聴けなかった。その昨年のスクールでは、原子力政策にはいまひとつ腰が引けていた。それに対し今回、原子力専攻の岡本氏は、専門的見地から、原子力について割と突っ込んだ話をされたと思う。

 講義内容の80%は、私自身の知識を再確認するようなものであった。
 中国やインドが経済成長し、2100年には世界人口が今の1.5倍、110億人を超える。その子孫たちを満足させるためには、少なくともいまの3~5倍のエネルギーが必要である。いま原子力の選択肢をなくすわけには絶対にいかない。

                お釜

 またこの講習では、「多目的原子力システム」の開発状況を聴くことができた。このシステムは、30万kwの小型原子炉で、直径1㎜の燃料ウランをセラミックスで覆ったものを熱源とする。発電だけでなく、水素生成、蒸気発生、淡水化なども行う。炉心の大きさは新幹線車両程度で、安全性のコントロールは飛躍的に上がっている。
 もともと発電は、1次エネルギーの26%にしか過ぎない。原子力を発電に限定するのは、いかにも不合理であった。すでに、「多目的原子力システム」の実験炉はできており、数年後には商用運転から量産がなされるという。

 じつはこの装置をつくっているのは日本ではない。やはり中国である。
 中国はすでに、核燃料サイクルを実現すべく、もんじゅの次世代タイプ高速増殖炉を稼働させている。さらに2030年までには、100万kw級の新型原発を100基つくる。それに加え、この新しい原子炉システムを全土に配置する。中国の実行力からすれば、4~5年とかからない。さらにこれをアフリカに持っていけば、その周辺地域はエネルギーを牛耳られ、完全に中国の手に堕ちる。

 すなわち中国は、5Gだけでなく、エネルギー分野においても、世界をけん引するようになってしまったのである。日本は中国に追い付かれたと思ったら、あっという間に引き離され、すでに取り返しのつかない位置にいる。このままでは確実に中国に取り込まれる。


 今、日本の人々は、
①いまだにGHQの憲法呪縛に憑りつかれ、9条の見直しにさえ6割が反対している
②3.11バイアスからの放射能アレルギーが慢性化し、条件反射的に原発を毛嫌いする

 これでは、日本が中国の属国として、「日本自治区」となるのは時間の問題である。それこそ子孫に顔向けできない。

マラソンコース変更

 涼しい札幌でスピードレースになると、日本人選手は逆立ちしても勝てない

 IOC会長の提言で、東京オリンピックのマラソンコースが、札幌へ変更になる可能性が大きくなった。今年のカタール・ドーハの世界陸上で、棄権者が続出したことを受けたものである。いくら早朝に走るとはいえ、夏の東京は暑くて湿度も高い。沿道での観客も、ドーハの比ではない。もちろん札幌は大歓迎である。

 東京オリンピックの花形種目を北海道でやるのも意義がある。国民から見たら、オリンピックは都市でなく国が盛り上げると思っている、またここで、南北に長い日本の強みを発揮すべきである。ドーハなら、こんな芸当はできない。
 さらに小池東京都知事は、「札幌より北方領土で」と言ったらしい。素晴らしいアイデアである。ぜひ実現に尽力していただきたい。

                競争 r1.5.09

 しかし、これで日本人選手が上位に食い込む可能性はなくなった。なにしろ今月12日にはオーストラリアで、ケニアのキプチョゲが非公式ながら、2時間を20秒も切っている。さらに女子マラソンで、翌13日にケニアのコスゲイが、2時間14分4秒という、驚異的な世界新記録を出した。

 オリンピック陸上競技では、辛うじて100メールリレーとマラソンだけが、日本にメダルの可能性があった。東京暑さの消耗戦ならともかく、涼しい札幌でスピードレースになると、アフリカ勢の独壇場である。ケニアには、彼らに匹敵する選手が相当数いる。タンザニア、エチオピアもそれに続く。日本人選手は逆立ちしても勝てない。柴犬とシェパードの差と同じ、日本人とは遺伝子が違う。同じだけ訓練したら、陸上競技で勝つのは難しい。

 ではどうするか。
 参加することにだけ、意義を見出す。いきなりコース変更を通達され、負け戦を準備する担当者には同情する。

日本の物質循環

 国内に限れば、従来型の大量生産~大量消費の経済活動は、着実に変わってきている

 環境白書では毎年、日本の物質フロー図を掲載している。
 図は、西暦2000年から15年経った2015年の物質フローである。
 第四次循環基本計画では、物質フローの「入口」、「循環」、「出口」に関する指標について目標を設定している。それぞれの目標年次は、2025年度である。各指標について、最新の達成状況を見ると、以下のとおりである。

①資源生産性(=GDP/天然資源等投入量)
 2025 年度において、資源生産性を49 万円/ トンとすることが目標(2000年度の約24.2万円/トンからおおむね2倍)。2016年度の資源生産性は約39.7万円/トンで、2000年度
と比べ約64%上昇した。しかし、2010年度以降は横ばい傾向である。

②入口側の循環利用率(=循環利用量/(循環利用量+天然資源等投入量))
 2025年度において、循環利用率を18%以上とすることを目標(2000年度の約10%からおおむね8割向上)。2000年度と比べ、2016年度の循環利用率は約5.4ポイント上昇。しかし、近年は伸び悩んでいる。

③出口側の循環利用率(=循環利用量/廃棄物等発生量)
 2025 年度において、出口側の循環利用率を47%以上とすることを目標。(2000年度の約36%からおおむね2割向上)。2000年度と比べ、2016年度の出口側の循環利用率は約7.5ポイント上昇。しかし、近年は伸び悩んでいます。

④最終処分量(=廃棄物の埋立量)
 2025年度において、最終処分量を1,300 万トン以下とすることを目標(2000年度の約5,600万トンからおおむね8割減)。2000年度と比べ、2016年度の最終処分量は約75%減少した。

 物質フロー2000~2015年

 これをみると、日本の物質循環効率は、2000年度に比べ、大きく向上している。主な要因は、「総物質投入量」が、21億㌧から16億㌧に減少していることである。輸入資源が3~5%減。それより国内資源が11.3億㌧から5.8億㌧と、半分近くに減少している。
 つまり、ムダに物質資源を使わずに循環している。
 森林資源(年間1億トン)などの問題はあるが、従来の、大量生産~大量消費の経済活動は、着実に変わってきているのではないかと思う。

 一方で、国内の資源消費型(環境破壊)のところを、途上国に移行している可能性が大きい。つまり輸入製品が伸びている。全体から見た割合は少ないが、製品をつくるにはその100倍以上の資源を浪費する。その場合は、かえって地球規模では悪化している。国内の修復ビジネスが伸びてきたと考えるのはまだ早い。

健康寿命

 健康寿命が延びても、それ以上に不健康な期間が長引けば元も子もない

 近年「健康寿命」という言葉をよく聞く。健康寿命とは、人の助けを借りず起床や衣類の着脱、食事、入浴など、自力で生活ができ、健康的な日常が送れる期間のことである。私を含め、人生の終盤に近づく人たちは、この健康寿命を延ばそうと躍起になっている。

 厚生労働省によると、我が国の健康寿命は、2016年で男性72.14歳、女性74.79歳であった。2010年調査に比べると男性が1.72年、女性は1.17年延びている。一方で平均寿命は、2017年の発表によると、男性81.09歳、女性は87.26歳で、健康寿命と平均寿命の差は10年前後ある。その期間は医療・介護機関や家族などの手助けが必要となる。
 したがって我々は、健康寿命を延ばすことで、この不健康な期間を減らすことができると考えていた。

               高齢化した胎内くぐり岩 H29.8.10

 しかし、ことはそう単純ではない。
 2011年調査の平均寿命は、男性79.44歳、女性85.9歳であった。この6年で男性は1.65年、女性は1.36年延びている。つまり健康寿命を延ばしても、「不健康寿命」が短縮されるとは限らないのである。むしろ女性は、健康寿命が尽きてから死ぬまでの期間が長くなった。すなわち健康寿命を延ばすことで、年を取るほど簡単には死ねなくなるのである。

 本来、健康寿命を延ばす目的は、不健康な期間を短くすることにあった。それが逆に、不健康な期間を長引かせるのでは、本末転倒である。健康寿命が100歳になっても、そのあとで不健康な期間が20年にもなったら、社会は大混乱に陥る。


 ではどうしたらいいか。
 ひとつは、健康寿命が延びたぶん、懸命に働くことである。年取ってから安楽に暮らせる時代はとっくに過ぎた。年金の支給額を減らし、80~90歳でも働ける人は総動員する。重労働でも構わない。高齢者が必死に働けば、PPK(ピンピンコロリ)が実現する。

 もう一つは、健康寿命を充分謳歌した人(たとえば90歳)には、安楽死の権利を与えたい。各種麻薬や売春を解禁し、死ぬ前に味わってもらえれば、本物の天国に行くことができる。これは普通に年取った人もOKにしたい。
 7月の参院選挙には、「安楽死制度を考える会」が立候補した。落選したので、当分この問題は先送りになる。