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イタリアの悲惨

 イタリア人の気質は、新型コロナとの戦争が終わった後、どのように変わるのか

 イタリアでは、新型コロナの爆発的な感染が止まらない。全土で移動制限措置が開始されているに拘らず、毎日500~1000人もの死者が発生している。いまだに収束の見通しは立っていない。すでに死者数は、中国本土の倍以上となった。致死率も約10%と他国に比べ際立って高い。いま亡くなる人の30%程度が、新型コロナだと思われる。

 イタリアは、人口当たりの医者数が日本の1.5倍もある。それなのに、なぜイタリアはこんな状態になったのか。先週のフジTV(プライムN)では、イタリアとの関係が深い人たちの説明があった。
 なかで、イタリア人と結婚したヤマザキマリ氏(漫画家)の話が興味深かった。

               野合

 ヤマザキ氏によれば、イタリア人の人付き合いの良さが、感染拡大を招いたという。ドンファンとされ、並外れて人なつこい国民性が、今回は悪いほうに働いてしまった。またイタリアは3世代同居が多く、家族を大切にする。高齢者も多い。食事も必ず一緒に取る。週末には、近隣の人たちを集め、10人くらいのパーティを行うのが普通らしい。

 それに加えて、イタリア人はよくしゃべる。男女にかかわらず、常に何か話していなければ気が済まないらしい。ひっきりなしにピーチクパーチクやっていれば、集団感染しないほうがおかしい。

 ふつうなら、これらイタリア人の習性は悪くない。それどころか、日本人に失われたうらやましい気質である。日本は家族や仲間間の会話が乏しいことが問題にされていた。それが、こんどの飛沫感染症では裏目に出てしまった。

 新型コロナとの戦争が終わったあと、イタリアはどのように変わるのか。新型コロナで、国民の10%もの命が失われれば大きく変わらざるを得ない。「濃厚接触」がなくなり、いっそう少子化が進む。

                キノコ雲

 いや日本も、他人ごとではまったくない。福井でも、つぎつぎと検査陽性者が発見されている(現時点で9人)。福井では受入れ病床が100程度しかないらしい。いま300人も患者が発見されれば、完全に医療崩壊する。
 では、日本はどうするか。
 高齢者は騒がず、首を洗って待っているべきである。さすがのじじいの決死隊も、直接ウィルス相手に突撃するわけにはいかない。
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花見で免疫力をつける

 花見に行って適度な散歩と一杯の酒、あとはぐっすり寝る。余計なことは考えない

 福井もついに開花宣言があった。
 いつも開花の早いNHK前通りから、足羽川堤防を通って足羽山まで、往復3時間の花見散歩である。堤防のソメイヨシノは爆発寸前の蕾で、10年前に植えた「陽春」が咲き始めている。山に登れば、足羽神社の枝垂れ桜は3分咲き。カタクリは全開で、もう暑さに参っている。

 桜通り R2.3.26  足羽川堤防桜 R2.3.26

 さすがに、山のソメイヨシノはまだ蕾である。わずか色づいているだけ。
 だが汗ばんだ初夏のような陽気に、茶店で滴っている生ビールと、できたての厚揚げの誘惑に勝てる人はいない。コロナ騒ぎも、桜には関係ない。青空にピンク開の桜を見ると、幸せな気分になる。毎年、インフルエンザが春先に収束するのは、桜と紫外線の影響だと思う。

 足羽山 カタクリ群生 R2.3.26  博物館屋上から白山 R2.3.26

 コロナに限らず、病気に罹らないためには、免疫力を高めるのが一番である。どんな先端治療でも、症状を抑えることしかできない。宮坂昌之氏(免疫学者)によると、免疫力を高めるには、適度な運動と休息、適度な栄養、そして適度なストレスが一番らしい。

 足羽神社3分咲き R3.3.26  花見宴会場 R2.3.26

 すなわち、花見に行って適度な散歩と、ほどほどの飲酒。あとはぐっすり寝る。余計なことは考えない。地方には、猥雑な上野公園のようなところはない。人混みを避けて濃厚接触しなければ、どこでも行ったほうがいい。日本は狭いし余生は短い。ひと気がなく、自宅から歩いて行けるところは、いくらでもある。ただ、コロナの代わりにクマが出る。

 残念ながら、今日から当分雨らしい。

検査至上主義が破滅を招く②

 欠陥を考えず、すべて検査で解決できると勘違いするからおかしくなる ①の続き

 ものづくりにおける検査について考えてみよう。
 たとえば(A)のように、100個の製品の中に、20個の不良があったとしよう(新しい製品をつくる場合、これくらいの不良発生は珍しくない)。検査の場で20個の不良を正確に見つける人は少ない。できるのは、検査の神様だけである。

 実際には、良品なのに不良とされる「偽不良」と、不良品なのに良品とされる「偽良品」が、必ず混在する。

     検査の実際

 良品なのに不良とされる「偽不良」の発生は、不良を絶対に出さないよう慎重に検査する場合(B)に起こりやすい。その場合、不良品を市場に出してしまう可能性は低い。だが、見かけの不良発生数が多くなって、その分利益を直撃する。
 なにしろ不良廃棄品は、原材料の仕入れから出荷までかけたコストをまったく売り上げに計上できないのである。(B)のように、「偽不良」が20個もあると、予定した売上高が40%も減少する。これでやっていける企業は少ない。

 そこで、目先の利益を重視する経営者は、検査を緩くして、できるだけ不良発生数を減らそうとする。その分見かけの不良数は、たとえば10個に減少する(C)。だが、減った分の10個は良品に紛れ込んで、市場に出荷されてしまう。市場での不良率は10/90=11%にもなって、会社の評判はがた落ちになる。



 (B)と(C)、どちらも困る。だから検査の精度を、できるだけ(A)に近づけようと努力する。神様ではないのだから、完璧にはできない。例えば(D)のようになる。本物の不良が15個で偽不良が10個、併せて25個を不良品とみなして廃棄。良品として出荷した75個のうち、5個不良品が混じる。
 まだ面白くないが、すったもんだしても、やっていかなければ、飯の食いあげになる。
 ここから検査技術を磨いて、(A)の状態に近づけると同時に、不良発生を抑えていくのである。

                学問の勧め 松平春嶽

 いまの新型コロナウィルス検出のPCR検査は、(D)のようなものである。PCR検査では、偽不良品(偽陽性)はもっと少ないかもしれない。だが偽良品(偽陰性)はこの何倍もある。これでは検査の意味をなさない。

 つまりPCR検査は、単に陽性の人(不良品)を絞り込むための検査なのである。検査の欠陥を考慮せず、検査で感染の有無を判定できると勘違いするからおかしくなる。さらに、もともとウィルス検査は、いい加減なものと思ったほうがいい。なにしろ、人体に1000兆個も住みついているウィルスや細菌の中の、たった一つを見つけ出すのである。


 そしてじつは、検査にはものすごい落とし穴がある。
 ③へつづく 

検査至上主義が破滅を招く①

 感染者の確定や安心ための検査なら、10億件やってもムダである

 ようやくマスコミなどで、新型コロナ感染の検査拡大を叫ばなくなった。一部の無能マスコミを除いて、PCR検査の弊害について理解が深まってきた。いまだに、検査!検査!と叫んでいる人たち(なぜかTBS系が多い)を見ると、つくづく「バカは死ななきゃ治らない」と思う

 WHO事務局長が「検査、検査、検査」と言い始めたのは、明らかに魂胆がある。
 すなわち、中国の検査キット権益がらみである。車検や健診など、むかしから検査には必ず利権がつきものである。日本の検査機関は天下りの巣窟となった。中国が検査で儲けるのは、まさにマッチポンプである。

 いま、世界中が検査拡大に走っているのは、とりあえず治療薬がない感染症に対し、検査でしか儲けられないからである。さらにつぎのワクチン利権も、マッチポンプ中国が狙っている(日本は医薬品開発には弱い。欧米や中国は、人種差別によっていくらでも治験者が得られるからだ)。

                天狗

 そもそも、日本の検査数は決して少なくない。おそらく韓国の100倍は行っている。毎日個人が自己診断しているし、病院へ行っても必ず問診する。レントゲンやCTスキャンもある。
 少ないのは、いい加減なPCR検査数だけである。

 それにこれまで、日本でPCR検査数が少なかったのは、感染者が少ないからである。日本の20倍も検査している韓国に比べても、PCR検査に対する陽性率は変わらない。日本は絞りに絞っても3%(対検査人数では5.5%)、地域によっては数百件検査しても陽性ゼロである。やりすぎ韓国も3%程度。ちなみにアメリカは10%。イタリアに至っては、陽性率20%もある。

 だから日本でも、これから感染者が増えれば、検査数も増える。どうせ全数できないのなら、統計学の確率論をもとに進めていけばいい。
 統計サンプルなら、無作為抽出で1000件あれば充分である。感染者を確定するため、あるいは安心のための検査なら、10億件やってもムダである(強欲者が毎晩床下の札束を数えるようなもの)。韓国でさえ累計で30万件しかない。
 日本は、お手本とされる台湾を見ながら、独自に進めていくべきである。
 
                親鸞

 このように、医療専門家でない私も、本ブログでウィルス検査の是非について、しつこく書いてきた。医療も、れっきとした「商品・サービス事業」経営の一部だからである。すべての事業の目的は、信頼できる商品・サービスを提供することに尽きる。
 その医療サービスの目的は何か。患者を増やさないこと、適切な治療を行うこと、最終的には死亡率を下げることである。
 「検査」は、その医療サービスの一手段に過ぎない。
 検査の目的と運用については、すべての商品・サービス、あるいは「ものづくり」も異なることはない。企業でもレベルの低いところほど、検査を重視する。

 いまやることは、医療体制を充実させること。防護服や人工呼吸器(日本は3000台?動けるのはその数分の一)の国内生産。検査の方法と精度を、大幅に改善することである。検査数が少なすぎるという邪悪な雑音に惑わされ、むやみにいまの検査数を増やすことでは絶対にない。



 もちろん検査の技術と運用は、組織の存続に大きく影響する。このことは、基本中の基本である。私自身が経営の現場で、直接ものづくりや管理にかかわり、そのことを実感してきた。

 次回②で、武漢ウィルスを離れ、ものづくりにおける検査について考えてみよう。

オリンピック延期

 埼玉アリーナKIで一人でも陽性者が発覚したら、6500人と家族が14日間自宅待機である

 7月のオリンピック開催の延期が濃厚になった。
 世間の雰囲気をみて、総理はじめ都知事やIOCは、延期をほのめかし始めた。
 たしかに、いまの欧米の感染拡大を見たら、オリンピックどころではない。とくに日本は、(対策がうまくいきすぎて)感染ピークが、どんどんあとずさりしている。これではとても、7月には収まりそうにない。このままでは、数年かかる。

 むしろ医療崩壊を起こし、毎日数百人も亡くなっているイタリアのほうが収束は早い。すでに国民の何割かが感染しており、まもなく集団免疫が成立する。そうなれば、感染拡大は起こらず確実に終息する。そのうえ口うるさい年寄りが減少し、イタリアは甦る。フランス、イギリス、そしてアメリカも後につづく。

                交通安全

 では日本はどうすればいいか。
 イタリアの惨状をみたら、いまさら医療崩壊はしたくない。もうすこしだけピークを早め、1年かけて収束させるのが得策であろう。5~10人程度の集まりを増やしながら、ゆっくりとピークをあげていく。
 あるいはこのまま有耶無耶にする。なにしろ新型コロナより恐怖の感染症は無数にある。
 こんなもので右往左往するのはばかげている。

 ただ、埼玉アリーナでのKI観戦はリスクが多すぎた。6500人もいれば、必ず数人は陽性者がいる。いないはずがない。1週間後に一人でも陽性者が発覚したら、6500人全員とその家族が14日間の自宅待機である。またクルーズ船のドタバタが始まり、世間からも白い目で見られる。日本のコロナ状況から、その確率は2~3%もある。
 そこまで覚悟して観戦したのであろうか。